ねえ。ねえってば。
返事してポンコツ。
うるさい、静かにして。
それでさ、質問なんだけど。
いいから黙って聞いてよ。
――わたしたちってさ、
*
姉さんに子供が出来た。
ただそれは姉さんが妊娠したとかじゃなくて、どちらかと言うとコウノトリさんが運んで来てくれた方の子供であった。そしてさらに言うのであれば、それは全然おめでたい話とかではなくて、実は結構、重い話だった。
姉さんが結婚したのは二年ほど前のことで、今は人の良いほんわかした旦那さんと近くのマンションで同棲している。二年も同棲しているのだから、そろそろ二人の間に子供が出来ても何ら不思議ではなかったのだが、姉さん曰く、「セックスはしてもいいが子供は二十九歳まで絶対に作らん」とのことで、二人とも朝から晩まで仕事に精を出していた。
そんな姉さんとは対照的に、こっちはまぁ酷いもので、セックスどころか大学すら行かなくなってしまったニート同然の分際だった訳だけれども、幸いにしてそれには一応の理由もあり、家族も理解してくれていた。ただ姉さんだけは「甘ったれるなこのうんこ製造機」と暴言を吐いて蹴り倒してくるけど、それでもたまには実家に帰って来て、「ほれうんこ製造機。小遣いだ」と言ってお小遣いをくれたりする。
いろいろなことがあるにせよ、それでも世界は案外平和に回っていた。
そんな折、何の前触れもなく、家に姉さんが帰って来た。
帰って来ただけなら良かったのだが、姉さんの後ろには、小学生くらいの女の子が一緒にいた。
俯いていて、そこからは何の気力も感じられない子供であった。まるで抜け殻や人形を思わせるような無気力感。
戸惑う家族共を順に見渡して、姉さんはその子の背中に手を添えながら笑った。
「父さんに母さん。あとうんこ製造機。報告がある。――あたし、子供出来たわ」
うそつけ、と家族全員が思ったが、姉の笑顔に、その時は誰一人、反論することが出来なかった。
最初はえらい騒ぎだった。
ついに姉さんがどっかから子供を拉致して来たのかと家族会議が開かれた。父さんは大慌てて警察に連絡しようとして、母さんは現実逃避としてお隣の西岡さんにランチのお誘いメールを送った。てんてこ舞いの事態に一家崩壊の危機に陥り、終いには父さんが涙を流しながら「今ならまだ間に合う。頼む。頼むから自主してくれ」と姉さんにしがみ付いて懇願していた。不憫でならなかった。
そして、真実の蓋を開けてみれば、それはそれで、結構な大問題であった。
無論、その女の子は姉さんの子供ではなかった。旦那さんの隠し子でもなかった。血の繋がりなんて一滴も無い、正真正銘の、赤の他人であった。ではなぜそんな子供を連れて来たのかと言うと、家族の予想は半分当たっていた。
姉さんはその子を「誘拐して来た」のだと言う。
姉さんは破天荒なところがあるとは思っていたが、それでも人道を踏み外すことは無いと思って信じていたのに、まさか誘拐して来るとは本当に予想外であったがしかし、その「誘拐」には、姉さんなりの理由があった。
今から一年くらい前に、その子の母親に相談を受けたらしい。ちなみにその母親というのは、姉さんの古い知り合いで、高校生の時の同級生だそうだ。その母親が言うには、何でも父親が典型的な暴力男で、酒を飲むと見境無く暴力を振るったり、モノを壊してしまう癖があったらしい。その行動に母親も、そしてその子ももはや精神的に限界で、そんな生活についに耐えられなくなり、ノイローゼ一歩手前のその時、藁に縋る思いで姉さんを頼った、と。
姉さんは破天荒で口が悪くて、暴言と一緒に手と足と頭突きが出るような人だったけど、それでも元来姉御肌で、昔から自然と人に頼られる性質を持っていた。そんな姉さんに相談したら、どうなるかなんて判り切っていた。案の定、姉さんは怒り狂ってその家に突入して、包丁を突きつけて抵抗する父親を問答無用でボッコボコの病院送りにしただけでは飽き足らず、母親までも「てめえが不甲斐無いせいだろうが」と一喝して張り倒してしまったらしい。よく逮捕されなかったなと思う。
そんなことがあったにせよ、しかし結果的には、世界は平和になった。一ヶ月の入院を経て戻って来たその父親は、心を入れ替えて物凄く優しい人になったとのことで、母親も人間が変わったかのように頼り甲斐のある人となった。暴力に怯えて塞ぎ込んでいたその子もまた、徐々に明るさを取り戻していった。
そこで終わればハッピーエンドだったのだが、世界は再び、壊れてしまった。
交通事故だった。父親の運転する車に家族三人が乗って、隣の県のテーマパークへ遊びに行く時のことだった。高速道路での事故で、両親は即死。奇跡的にその子だけが生き残る結果となった。なったのだが、そこから先はもう、転げ落ちて行くだけだった。人が変わったかのように良い人間となったその両親だったが、それまでの行動が直ちに清算される訳もなく、親戚からの風当たりは冷たかった。それは二人の子供であるその子にも例外無く吹き荒れ、親戚間を酷い扱いでたらい回しにされた挙句、最後には施設に放り込まれることとなった。
そのことを耳にした姉さんが再び怒り狂った。
そしてその結果、誘拐して来た、と。
「大丈夫、話はちゃんとつけてある。でもふざけんなって感じよあのクソハゲ共。あたしがこの子を預かるっつったらどうしたと思う? 快く頭を下げて来たのよ。それだけじゃなくて、耳打ちで生活費等は一切出さないとか抜かしやがって。マジでぶっ殺してやろうかと思ったわ」
姉さんは破天荒だ。破天荒で口も悪くて、暴言と一緒に手と足と頭突きが出るような人だ。
それでも思うことがある。
そんな姉さんでも、この人は、唯一胸を張って言える、自慢の姉だ。
「おい、うんこ製造機。昼間はあたしもトッシーも仕事だから、お前が優奈(ゆな)の遊び相手になれ」
最終的に、姉さんにそう言われた。
そう言われた結果、反論することも出来ず、遊び相手になることが決定した。
ただ、いきなり小学六年生の女の子の遊び相手になれと言われても、正直困った。男の子であればゲームをしたりチャンバラをしたりサッカーや野球をしたりとやりようは幾らでもあったのだろうが、さすがに喋ったこともない女の子といきなり遊べるはずがなかった。そもそも小学生高学年くらいの女の子が、普段何をして遊んでいるのかなんてまったく知らなかった。おまけに優奈は、最初の頃、ほとんど何の感情も表に出さない子供だった。
しかし、それも仕方が無いことだったのかもしれない。何せやっと世界が平和になったと思ったら、再び一気に地獄の底に叩き込まれたのだから。この子のことを立て直すのは、ちょっとやそっとのことでは不可能だとすら思った。だから接し方には一番悩んだし、悩み過ぎた結果、体重が五キロも減った。そしてそんな中で出した結論は、自然解決、という本当にうんこ製造機並の答えであった。
随分と長い間、一緒の部屋で過ごしながらも、互いにほとんど干渉しない生活が続いた。
しかしそれでも、自然解決なんて答えを出したうんこ製造機を他所に、世界は順調に回る。
姉さんの手に掛かれば、きっと不可能なんて何ひとつとしてないのだと思った。
優奈は見る見る内に元気を取り戻していって、最終的に、こちらのことを姉さんにあやかって、出来損ないの機械――「ポンコツ」と呼ぶようになった。
勘弁して欲しかった。
世界は回る。
そして、姉さんの言う、宣言の歳となった。
その宣言通り、姉さんは本当に妊娠した。
優奈は、中学二年生になっていた。
【あらすじ】
ポンコツの姉の家で元気を取り戻し、再びに前を向いて歩き出した優奈。
しかし、そんな折に姉が子供を授かったことで、
本当に自分はこの家に居ていいのか?
子供が産まれてしまったら、自分は要らない存在になるのではないか?
という葛藤に苛まれ、どうしようもなくなった時、ポンコツに相談する。
そしてその葛藤を知らないポンコツは、深く考えずに発言したことにより、優奈を傷つけてしまう。
そのことが発端となって、とうとうその重圧に耐え切れなくなった優奈は、家出してしまう。
果てない逃避行の先、行き止まりの道標の中、優奈を見つけたのはまさかのポンコツだった。
不器用ながらに差し出された手に対し、優奈は――
いかん、いかんぞ。あらすじって難しいなオイ。
プロットすら書かいたことがない神夜では、そもそもこの企画がダメかもしれん。
ここで起承転結まで書くことが出来るのだろうか。
しかし、とりあえず大枠はこんな感じ。
ここから幾つかポンコツと優奈、そして姉さんとのエピソードを交えつつ、
上記葛藤を匂わせて、家出した優奈を姉さんにぶっ飛ばされながらポンコツが必死に探す。
で、やっぱり在り来たりなんだけれども、
小さな頃、一緒の部屋でずっと過ごしていたその情けないけど優しい背中に、
優奈は気づかない内に淡い気持ちを抱いていて――、とかとか。まぁいつもの神夜の物語だ、うん。
たぶん勢いがつけば一気に書けそうではあるんだけれども、力尽きてしまった物語のひとつ。