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タイトル13:『どぅぺぇいうる、げぇんぅんがぁー』
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投稿日: 2014/05/16(Fri) 21:57
投稿者神夜





 ハローワークに行くつもりが、気づいたらパチンコ屋経由の風俗帰りとなっていた。
 自分でもびっくりした。自分でもびっくりしたが、ハローワークなんていつでも行けるのだから、パチンコ屋の月一イベントの方が優先度が高いなんてのは至極当たり前のことであり、おまけにさすが月一イベントである、日給換算にして八万の儲けとなった。そうであれば所詮あぶく銭なのである、盛大に性欲を満たすことに費やすべきであろう。こういう時にしか行けない高級店に意気揚々と向かい、得意気に「ナナちゃん指名の花弁大回転で」と注文した結果、自分でもびっくりするくらい大満足した。
 アパートの近くのコンビニへ鼻歌混じりに立ち寄り、雑誌コーナーで週刊誌と風俗雑誌に目を通し、冷やかし程度にコンビニのアルバイト募集の紙をちらりと見つめるが、あまりの時給の低さに鼻で笑って素通りする。酒コーナーからお気に入りの缶ビールを二本取り出して、ツマミのコーナーでビーフジャーキーをあるだけ囲い込み、レジが可愛い女の子だったためにいつもよりクールを装って「二十七番の煙草を三つと、あとフランクフルトと唐揚げ棒」とすまし顔で注文する。お釣りを渡される時に手が触れ合わないかと期待したが、そんなことはなかったのが少し残念である。
 買った物が入った袋を手に提げ、フランクフルトをもりもりと食しながら帰路に着く。コンビニから歩いて僅か二分、フランクフルトを食い終わる前に自分の住む二階建てのボロアパートに辿り着いた。ズボンの後ろポケットを弄って鍵を探し当て、フランクフルトの棒を咥えたままロックを外し、ドアを開けた。
 その瞬間、恐ろしいまでの違和感が浮上した。
 腕時計で時刻を確認する。夜の十一時過ぎである。辺りが暗闇に支配されているのは当然だ。だからこそ、部屋の中も真っ暗であるはずだった。にも関わらず、自らのアパートの一室の奥から、灯りが漏れている。今朝に出掛ける際に電気を消し忘れた、なんてことはあるはずがない。なぜならいつも、朝は窓から射す明かりだけを頼りに活動しているため、「朝に電気を点ける」という習慣自体が無いからだ。だとするのなら。なぜ、部屋の奥から灯りが漏れているのか。おまけによくよく意識を澄ましていくと、テレビの音まで聞こえてくる。
 合鍵を持っている誰か、という線はまずない。合鍵を誰かに渡すなんてこと、今までしたことは一度も無い。ならば両親などが何かしらの理由で来たのか、ということに関してはさらにない。なぜなら両親とは十年前の二十二歳の時に死別していた。事故死だった。だからもし仮に両親がこのアパートに来るのだとすれば、それはきっとお盆だけであろう。
 なら。なら、今にこのボロアパートにいるのは、果たして誰なのか。
 泥棒、ではないだろう。泥棒がのんびりとテレビなんて見ているはずがない。じゃあストーカーか、と言えば悪い意味で心当たりが無い訳ではないが、ストーカーされるほど良いツラを持っている覚えもない。では一体、今にこの部屋の中にいる奴は、果たして誰だろう。
 小さく息を吸い込み、ワザと音を大げさに立てて室内へ入り込み、灯りの漏れる部屋のドアを無造作に開け放った。
 ゴミ袋やコンビニ弁当のタッパーやビールの缶が散乱しているクソ汚いアパートの一室。そこに、禿げ散らかした薄汚いおっさんが一人、横に寝転がりながらテレビを見て「げははははは」と笑ってケツをボリボリと掻き毟っていた。そのおっさんが扉を開け放ったこちらに気づき、「おっ」と意外そうな顔をした後、のっそりと起き上がって再びに「げははははは」と笑って片手を上げてきた。
「よお、遅かったやないかい。どないや、ええ仕事あったか?」
 殺すぞ、と口が出そうになったが何とか踏み止まる。
 しかし、なんだ、これ。
 薄汚いおっさんと対峙しながら、呆然と立ち尽くすしか出来なかった。
 なぜなら、
 なぜならそのおっさんが、どう見ても、どこからどう見ても、――自分自身、だったからである。



     「どぅぺぇいうる、げぇんぅんがぁー」



「おーおー、気ぃ利くやん。ちょうどビール飲みたかってん。おまけにビーフジャーキーに唐揚げ棒。致せり尽くせりやな」
 コンビニのビニール袋を勝手に引っ手繰った挙句、中の物を遠慮なく穿り出し、缶ビールのプルタブを開け放ち、実に意地汚く唐揚げ棒を貪り、ビールを煽った時に「かぁあーっ」と歓喜の声と共に屁をぶっ放して、薄汚いおっさんは「げははははは」と笑う。
 対面に座り込んだまま、同じようにコンビニの袋から缶ビールを手繰り寄せてプルタブを開け、ビーフジャーキーをつまみとしてビールを煽る。思わず同じように声を出しそうなところで何とか踏み止まったが、そのせいとでも言うべきか、無意識の内にケツが浮くような屁が出てしまった。その屁に対して、対面のおっさんは目を真ん丸にしながら再び「げははははは」と一人で大爆笑する。殺してやろうかと本気で思う。
 ビーフジャーキーを貪りながら、大きなため息を吐いた。
 クソ狭いアパートの一室で、何が楽しくて不細工なおっさんと二人で酒を飲まねばならないのか。おまけに、その相手が自分自身と瓜二つのおっさんだと来たものだ。意味がわからない。生き別れた双子の兄弟、とかではもちろんないであろう。しかし、鏡を見ている分には気づかなかったことがある。実際、鏡に映る角度によっては「あれおれって実はイケメンなんじゃね?」と思ったことも一度や二度じゃない馴染みのツラであるはずなのに、実際に実物をこの目で見てみるとそれはもう酷いものだった。なんだこの妖怪みたいな物体。仕事とは言え、今日に相手をしてくれたナナちゃんはよくもまぁ嫌な顔ひとつせずに頑張れたものだ。見上げたものだ。今度また指名をしてあげよう。
 缶ビールを埃が転がる床に置きながら、再びのため息を吐いた。
「――で、お前。結局の話、一体何やねん」
「何やねんって、何がやねん」
「ワレが誰や言うてんじゃボケ」
「誰やてお前。アホちゃうか。見て判らんのか、お前やお前」
「そういうこと言うてんちゃうわボケ、殺すぞ。何でおれがもう一人おんねん。んなわけあるかい」
「あるんやからしゃあないやろ」
「何であんねんな。ふざけてんのやったら殺すぞお前」
「待て待て。そんなもん決まってんやろ。おれがお前のドッペルゲンガーやからや」
「どっぺ、あ? なんて言うた?」
「ドッペルゲンガー。知らへんか? 有名やん、どぅぺぇいうる、げぇんぅんがぁー」
 そう言って不細工なツラで「げははははは」と笑う目の前のこのおっさんに本気で殺意を覚える。
 しかし。――しかし、ドッペルゲンガー。ドッペルゲンガーってあれか。この世界には自分がもう一人いて、そのもう一人と出会ってしまったら死ぬとかいう、あの都市伝説か。じゃあ何か。今にこのドッペルゲンガーに遭遇したため、自分は死ぬというのか。ふざけんな。家の中で寝転がってテレビ見てケツを掻き毟るドッペルゲンガーなんぞいてたまるものか。
 未だに「げははははは」と笑い続ける自分自身を睨みつける、
「とりあえず笑うのやめろや」
「何でやねん、おもろいやろ? これな、最近流行のおれのギャグやねんで? いくで、顔にも注目してよく見て聞いとけよ、いくで。――……どぅぺぇいうる、げぇんぅんがぁー、げはははははっ!」
「待て、待てコラ。本気で殺すぞお前。一回黙れや」
「どぅぺぇいうるげぇんぅんがぁーぁあげはははははあべびッ! ってーな何すんねんお前ッ!! ビール投げるかフツー!? 中身入ってんねんで!?」
「やかましいわボケコラァッ!! 本気で殺すぞワレェッ!!」
「あーあーあーあー見てみぃこれ勿体無い!! びちゃびちゃやないかい!! 勿体無いお化けが出んぞ!!」
「ワレがそもそもお化けやろが殺すぞッ!!」
「お化けは殺せませんー、残念でしたー、げはははははは!!」
「っんのボケカスコラァッ!!」
 目の前の不細工に向かって殴り掛かる。「おおッ!? やんのかコラァッ!!」と対抗してくる不細工。
 クソ汚いボロアパートの一室で、不細工なおっさん二人が本気で殴り合う。一発殴ったら一発殴られる。一発蹴ったら一発蹴られる。ただし暗黙のルールとして、髪の毛にはどちらも絶対に手は出さない。手は出さない代わりに顔面とボディに遠慮無く拳と蹴りが炸裂し合う。
 幾度目かの拳の応酬の後、ついに力尽きて互いにその場に倒れ込んだ。
 ビールを飲んだせいか、それとも殴られたせいか。身体中が高熱を出したみたいに熱く、息がまともに出来ないくらいに苦しい。汚らしい床に大の字に倒れ込んだまま、互いの荒い息だけが室内に木霊し続ける。年齢はもうすでに三十を越えているせいか、なかなかに呼吸が落ち着かない。スポーツや運動を真面目にしたのなんて随分と昔の気がする。体力がここまで落ちていることに正直驚いた。喉の奥から嫌な唾が競り上がってくる。
 それから約数分後、ようやっと落ち着いた呼吸を意識して、倒れ込んだまま、大きな、本当に大きなため息を吐き出して、こう言った。
「……結局の話、……お前は、何やねん……」
 それに対して不細工なおっさんは鼻血を垂れ流したまま答える。
「いやせやから……お前の、ドッペルゲンガーやっちゅうとるに……。しかしお前、めちゃくちゃに殴り腐りよってからに……。おーイタ……」
 お互い様だ不細工野郎が。そう思いながらも、いつまでも起き上がることが出来ないまま、寝転がり続けていた。

     ◎

 互いに煙草を吸いながら、話をまとめるとこうなる。
 自分と瓜二つの、不細工なこのおっさんはどうやら本当に「ドッペルゲンガー」らしい。信じた訳では勿論無いが、それでもドッペルゲンガーらしい。呼称が面倒だったので、取り敢えずは「ドッペル」と呼ぶことにした。本当は「ゴミ親父」というあだ名で通すつもりだったのだが、再びの殴り合いに発展したために「ドッペル」で落ち着いた。
 そしてそのドッペルの言うことをまとめていくと、こうなる。
 この世界には、「もうひとつの世界」が存在している。イメージとしては鏡の中のような世界。その世界には、こっちとまったく同じ世界があって、同じ時間が流れ、同じことが起きている。ただし、極稀に、こっちの世界と違うことが発生することがあるという。それが今回、このドッペルに起こった。
 ドッペルは向こうの世界で、今日の自分と同じように朝起きて、ハローワークに行こうしたところ、悲運にも交通事故に巻き込まれてしまった。向こうの世界の自分はそこで即死したのだという。どうも話を聞いていると、今日に自分が偶然にもパチンコ屋の月一イベントの幟を見つけたために、進行方向を変えたことによって死ぬ運命が書き換わったみたいだった。
 そしてここから少し面倒な話になるのだが、どうやらその世界で死んだ場合、一時的にこちらの世界に放り出されるらしい。そこでもう一人の自分と、「役目を入れ替える」ことが可能だそうだ。つまり、死ぬ役を替われるということ。その場合、こちらの世界でドッペルが生き残り、向こうの世界ではこっちの世界の自分が死ぬ、と。そういうことらしい。
「せやったら何か。ワレはおれを殺そ思てここにおるんか?」
 的確に意図を見抜いてそう言ってやったのにも関わらず、ドッペルはケツを掻き毟りながら少し困った顔をして、
「いやまぁ、最初はそう思たんやけどな。でもお前を待ってる間によくよく考えてみると、別におれらそこまでして生きる必要ないやん? どーでもええこんな人生に、そこまで未練もあらへんし。せやけど他に行くところあらへんし、どうやって向こう側に帰るのかもわからへんしで、とりあえずここでお前待っとろーかな、と」
 そう言われてみればそうかもしれない、と素直に納得してしまう。
 別にいつに死のうが、結構真面目な話、本当にどうでもよかった。どうせこのまま適当に過ごすくらいであれば、いつか綺麗さっぱり苦痛もなくスパーンと死んだ方が良いかもしれない。無論、自殺などをするつもりは毛ほども無いが、たまたま交通事故に巻き込まれて何を思う暇も無く、とかだったら正直、結構歓迎するレベルの話だと思う。悔いはあると言えばあるのだろうが、幽霊になってまでそれを達成しようなどと、微塵も思わない。
 煙草を片手に缶ビールに口をつける。
「まぁ、ワレの話は大体わかったわ。信じろ言うても無理な話やけど」
「せやろな。おれもいきなりそんなこと言われても信じへんどころか、たぶんぶん殴るやろな」
「やけどそうなると、お前がここにいることの理由が不明や。せやからしゃあないから、話はわかったことにしといたる。せやからとっとと消えろ。今すぐ向こう側に帰って一人で大人しく死ね」
「そうしたいんはやまやまなんやけど、その方法が判らんねん」
「あ?」
 ドッペルも同じようにビールに口をつけつつ、
「さっき言うたやろ? どうやって向こう側に帰るんかわからんのや」
「ワレ、ふざけてんのやったらマジで殺すぞ。来たんなら帰る方法くらいわかるやろ」
「わかったら苦労せん言う話や。何やったらここでお前に殺されたら帰れるんかな?」
 馬鹿にするでもなく。素で、ドッペルはそう言った。




 【あらすじ】

 とりあえず、どうしようも無くなって奇妙な共同生活を送ることになった不細工なおっさん二人。
 しかし自分自身であるがゆえに次第に意気投合し、
 一緒にパチンコや風俗に行ったり、どっちがハローワークへ行くかで喧嘩になったり、
 顔が一緒のことを利用してコンビニで「ルパンごっこ」をやったりとやりたい放題していた頃、
 クソみたいな底辺でも、こんな底辺なら悪くないと初めて思った時、
 「この世界」でも交通事故が発生する。
 大きな事故、死を覚悟して意識が途切れ、ふとした拍子に気づくと、
 自分の目の前で身代わりとなったドッペルが居た。
 そこで交わした最期の言葉と同時に、ドッペルは在るべき世界へと還っていく。
 そして残された不細工なおっさんは一人、ほんの少しだけ、真面目に生きようとする。
 
 
 息抜きに書いてた物語。
 女の子なんてひとりも出ない。萌えもなければニーソもない。
 不細工な汚いおっさんがひたすらに馬鹿する話。そんなものがあってもいいじゃないか。うん。


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