小説掲示板 雑談板
[新規順タイトル表示] [ツリー表示] [新着順記事] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]

タイトル123:『怪獣輪舞曲』
記事No: 1073 [関連記事]
投稿日: 2014/05/19(Mon) 20:48
投稿者天野橋立

 総理大臣執務室は穏やかな白い光に満たされて、平和な夏の午後に時が止まったようだった。しかし、総理の顔はちっとも平和ではない。 今すぐ総辞職したい、とでも言いたげな苦悩を浮かべている。でっぷり太った巨体も、溶けて流れ出しそうだ。
 なんでわしが大臣の時に、と大曽根総理は思う。よりによってこんなけったいな事件に出くわすのだ。怪獣が暴れているだと? 一体それはなんなのだ。確かにわしは強引なことも随分やってきた。恨んでるやつは多いことだろう。しかし、怪獣の恨みを買う覚えはないぞ。自衛隊を強化はしたが、あれはシーレーン防衛のためで、別に怪獣を退治するためじゃない。そう思ってるんだとしたら、それは勘違いだというものだよ、君。
 そう、怪獣が出現したのである。フィルムの中にでも、液晶画面の上にでもなく、現実世界に現れたのである。出現地点は京都市中京区四条河原町西入、ちょうど高島屋京都店の正面辺りであった。出現時刻は7月13日の午後1時頃、つまりは祇園祭山鉾巡行のまっただ中に、突如出現したのである。その日の人出は京都府警によれば約四十万人、たちまちのうちに数千人の死者が出ることになった。
 総理はゆっくりとかぶりを振った。二回振り、三回振った。何度振っても彼の脳裏から怪獣の異様な姿は消えはしなかったが、しかしそれでもぶんぶん振り続けた。考えまい、考えても仕方が無い。なにか違うことを考えよう、楽しいことを思い出そう。彼は救いを求めるように執務室の中を見回した。そうだ、この執務机は卓球台くらいの大きさがあるぞ。真ん中にネットを立てて、試合をすればどうだろう。ほうらほらほら見えてきた。机の両側で弁髪の子供がラケットを振り回してるぞ。「やあっ! とおっ!」行き交うピンポン玉。かん、こん、かん、
「総理、怪獣対策委の第一回報告が」木村官房長官がドアを開けて入ってきた。やせて背が高く、ロマンス・グレーがすてきな「少女漫画のおじさん」的知性派である。
 総理はうすら笑いを浮かべ、踏切の警報機みたいにリズミカルに目玉を左右に動かしている。いかん、壊れとる。官房長官はあわててそばに駆け寄り、肩をつかんで揺さぶる。「総理、総理。お気を確かに」
「そうとも、吉本君」目玉をふらつかせながら、総理は重々しくうなずく。「見たまえ、この子供たちの華麗なラケットさばきを。風のように! 鳥のように! まるで踊っているみたいじゃないかね!」
「総理、頼むからここで壊れないで下さいよお」官房長官は泣き声になる。「せっかく総選挙に勝ったのに、怪獣のせいで失脚なんて洒落になんないですよ」
「懐柔? それならわしの得意技だぞ。たとえどんな相手でもこの笑顔で丸め込んでみせるぞ」うすら笑いを浮かべる。
「怪獣でもですか?」
「怪獣を懐柔。わはははは、面白いぞ」急に真顔になった。「全然、面白くない」
 今だ、と木村長官は総理を連れ戻しにかかる。「そうです、面白くありません。怪獣でそれはもう大変なのです」
「そうだ、大変なんだった」総理はまだ痙攣気味の目玉を木村長官に向けた。「世界が揺れとる」
「全部怪獣のせいです」
「そうか。なんとかしなきゃなあ、木村君」
「そうですとも」長官はうなずいて、「で、怪獣対策委員会の第一回報告が出ました」
「何か有効な対策でも見つかったかね」
「いや、それはまだです。とりあえず、」書類に目を落とした。「怪獣の名前が決まりました」
「名前?」
「は。やっぱり名前が無いと呼びにくいだろうと言うことで。決まった名前は、「アシデナギナタ」だそうです」
「それ、だけか」
「それだけですな」
 総理の目線がまた左右をさまよい始めた。木村はあわてて、「待った、それ駄目です」と肩を揺さぶる。

 怪獣出現のニュースを、もちろん最初は誰も信じはしなかった。怪獣の姿を今まさに撮影しているカメラマンさえ、その存在を信じることはできなかった。そんな馬鹿なことがあるはずはないのである。しかしあるはずがないにもかかわらず、それは現実であった。彼は踏み潰される瞬間、やっとそれを理解した。
 全員が半信半疑のまま、行政システムはマニュアルに従って勝手に動いて行った。もちろん怪獣出現などというケースは想定されていないが、死者が出て、ビルが崩れ、大災害が発生しているのは確かである。とにかくこういう場合は対策委員会を作れと言うことで、政府に「怪獣対策委員会」が創設されることになった。
 委員会のメンバーはそうそうたるものである。防衛庁長官、警察庁長官、公安調査庁長官、消防庁長官、海上保安庁長官、気象庁長官、文化庁長官と長官揃い踏みである。治安維持のトップばかりであり、この場を襲撃されたら日本の明日は暗黒であろう。あとなぜだか知らないが社会保険庁長官が加わっていて、左右の長官たちに「なぜ私が呼ばれたんでしょう」と聞いて回っている。長官連の他には京都府警本部長他被災自治体の代表者と動物学者を始め学識経験者が加わっていた。しかし彼らの誰一人として、一体何が起こっているのか、正確に理解している者はいなかった。
 全員が円卓に着くと、進行役の警察庁長官の合図で部屋の照明が落ち、スクリーンが降りてきた。映し出されたのは、祇園祭宵山の風景である。大通りを進みゆくいくつもの山鉾、沿道は気の狂ったような大変な人出でにぎわっている。打ち鳴らされる鐘の音でコンチキコンチキやかましいことこの上ない。
「やっぱり京都はいいですなあ」と海上保安庁長官がうなずく。「何と雅な」
「どうぞ、一度おいで下さい」京都府警本部長がにこやかに答える。「私も京都、大分覚えてきましてね。ご案内しますよ。先斗町に、私のとっておきの、いい店があるんですよ」
「お、いいですな。しかし、京都は港が遠いですからなあ。巡視艇で行くとなると少々不便ですな」
「哨戒機で琵琶湖に着水していただければ、あとは浜大津から京阪電車ですぐですよ」
「なるほど、それでは来月辺りお願いしましょうか」
 突然スピーカーが悲鳴を上げた。何か異変が起きたようだ。群衆が混乱を起こしている。カメラがぐっとズームする。大写しになったのは長刀鉾だが、なんだか変である。群衆を蹴散らしてうろうろ動き回ってるみたいだ。
「おい、足が生えとるぞ」警察庁長官がそう叫んでスクリーンを指差した。
「歩いてますな」国家公安委員長が呟く。
 確かに総監の言う通り、長刀鉾の車輪の下から二本の足がにょきっと生えていた。足だけじゃない、腕も生えている。屋根の上には首も突き出している。古代の恐竜、というか例の有名映画の主人公にそっくりの顔をしていて、しかし心なしかにやにや笑っているようだ。怪獣が鉾を甲冑のように着込んで通りをしゃなりしゃなり闊歩している、そんな感じである。
 全員が一斉に動物学者の方を見た。
「ありゃ、なんですか」防衛庁長官が訊ねた。「どういう生き物なんです」
「いやー、分からないんですねえ、それが」むしろタレントとして有名なその動物学者は、にこやかに言った。「これが生命の神秘なんですねえ。もし捕まえたら、私の経営する動物帝国で引き取らせてもらいますよ。帝国の仲間たちと仲良くして欲しいものですねえ」
「いや、あれは文化財ですから。国立博物館が引き取ります」文化庁長官が、真顔で言った。
「しかし、まずいな」警察庁長官が顔をしかめた。「こんなでたらめ怪獣じゃ、まず誰も信じてくれんぞ」
「テレビのバラエティーだとしか思ってもらえんだろうなあ」
「怪獣が出るなら出るで、もっとまともな格好で出てきてもらいたかった」
「監督不行き届きじゃないのかね」
「大体、最近の若者の服装は奇抜過ぎるぞ」
 怪獣は時々ビルに蹴りを加えたりしながら、四条通りを西方向、つまり烏丸通りを目指して楽しげに群衆を踏み潰し、進んでいく。なにせ数十万の人出である、踏む気が無くたって踏みつぶされる。
 大丸京都店の前まで来たところで、怪獣は何を思ったか大丸のゴシック建築に顔を向け、大きく開いた口から火炎を放った。大丸は一瞬にして炎に包まれ、煙を噴き出し始めた。京都では、デパートと言えば高島屋か大丸が有力で、それぞれのファンで市民は二分されているような状況なのだが、恐らくこの怪獣はバラの包み紙がお気に入りだったのだろう。
(つづく、はずだった)

……随分昔に書きかけたギャグ小説です。
あらすじ、というほどのものは考えてないのですが、この後巨大なスーパーヒーローが突然出現し、政府と契約して「怪獣退治専門官」となって怪獣を次々と倒す、という展開になる予定です。この「専門官」はすさまじく金にうるさく、何かというと「もっと金を出さんなら俺は降りる」などと言ってごねまくります。こんなヒーローに振り回されまくる政府のドタバタぶりを中心に書くつもりでした。

神夜さんに「便乗はよ」とかせっつかれたし、最近あんまり書いていないタイプのものなので、試しにここへ上げてみました。これをぐちゃぐちゃに掻き回すのは難しかろう(元がぐちゃぐちゃなので)

なお、もし紅堂さまから、「掲示板の使い方として不適当」とのご指摘がありましたら、すぐに削除する所存です。


- 関連一覧ツリー (★ をクリックするとツリー全体を一括表示します)

- 返信フォーム (この記事に返信する場合は下記フォームから投稿して下さい)
おなまえ※必須
Eメール 公開または未記入   非公開
タイトル sage
URL
メッセージ内には上記と同じURLを書き込まないで下さい

メッセージ  手動改行 強制改行 図表モード
暗証キー (英数字で8文字以内)
プレビュー   

- 以下のフォームから自分の投稿記事を修正・削除することができます -
処理 記事No 暗証キー