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タイトル123:『しっ、死んじゃえばーかっ』
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投稿日: 2014/05/16(Fri) 21:58
投稿者神夜






 ねえ、※※。

 ――わたしたちって、幸せ、……だったのかな?


     ◎


 いつの間にか、そこにいた。
 真っ白い空間だった。周りには何もなく、ただ目が痛くなるくらいの白い空間が、永遠と続いていた。床や天井、壁の境目なんてまったく判らない、本当にただ真っ白な空間が続いている。距離感なんてものはここでは意味を成さず、歩き出してもたぶん、自分が進んでいるのかどうなのかさえ、きっと判らないんだと思う。
 どこだろう、此処。
 ようやくそう思った。思ったのも束の間、ここに来て初めて、自分がこの空間の中で椅子に座っていたのだということに気づいた。そっと立ち上がって自らが座っていた椅子を見つめる。安っぽい鉄パイプと、茶色の木板。昔に良く使っていたような気がする、どこか馴染みのある椅子が、真っ白い空間にただポツンと、そこにはあった。
 どこだろう、此処。
 再びにそう思う。そう思うのも束の間、胸に大きな穴が空いているかのような違和感に気づいた。そしてその違和感の正体に気づいた時、愕然とした。
 此処がどこなのか。それ以前の問題であった。
 何も思い出せなかった。自分が何で此処にいるのか。自分が今まで何をしていたのか。自分がこれから何をしなくちゃいけないのか。自分がこれから何をするべきなのか。自分自身の過去のこと、自分自身のすべてのこと、そして、自分自身の名前さえ、何も思い出せなかった。胸に空いた穴のような違和感はたちまちにその大きさを増し、この白い空間のように、すべてを空白に染め上げていく。
 気が狂いそうになる。言いようの無い焦燥感のようなものが急激に込み上げて来て、堪らずに叫び声を上げようとしたその瞬間、
 真っ白い空間に、黒い線が入った。その線は下からすーっと真っ直ぐに上へ伸びていき、二メートルくらいのところで緩やかな曲線を描いて方向を変え、再び下へ向かって落ちていく。最初の線の位置まできたところでぴたりと止まり、じっと見つめるそこで、いきなりその線が、いや、その線で囲った空間が開いた。
 まるでドアのように、その空間が切り取られて、『こちら側』へと押し開かれていく。
 白に慣れ切った目にはそれは酷く新鮮に思えてならず、食い入るように見つめていたそこから、一人の女の子が出て来た。
 この空間の中にあってなお真っ白な服、真っ白な髪、しかし眼だけが綺麗な空色をしている。小さな輪郭を作る頬のライン、澄ん蒼い瞳と綺麗な唇、白い肌と細い肩、華奢な身体と幼い雰囲気。歳はたぶん中学生、あるいは小学生高学年くらいであろうか。身長はこちらの胸にも達しておらず、ただ彼女の頭の上にはなぜか、白く薄く輝く変なリングのようなものが浮いている。
 空間に現れたドアのようなモノを押し開け、彼女は手をにしたメモ用紙みたいなものを見ながら『こちら側』に現れた。
 やがてその視線がメモ用紙から離れ、その光景を呆然と見ていたこっちと噛み合う。
 空色の蒼い瞳が、無表情にじっと見つめて来る。
 不思議な時間。この少女は、一体、誰なのだろう。
 その疑問を口にしようとした瞬間、突然に、目前の少女は言った。
「番号9921」
 幼さを漂わせる口調で、少女はそうつぶやく。
 意味が判らずに戸惑っていると、少女は少しだけ口調を荒げ、
「番号9921っ」
 ますます意味が判らない。番号9921が果たして何であるのかも判らない。
 どこか怒っているかのような表情を浮かべる少女を戸惑いながらも見つめていると、その顔がいきなり泣きそうな雰囲気を彩らせ、再びに口調を荒げたまま、
「ばんごうきゅーきゅーにーいちっ! へんじっ!」
 へんじ。返事? 番号9921というのは、もしかして自分のことを言っているのではないか。
 そう理解した時には、もう全部が遅かった。
 少女はその場にへたり込んで、急に泣き出してしまった。
 知らない真っ白い空間にいつの間にか自分は居て、自分が誰であるのかも思い出せないこの状況で、いきなり、目の前で少女に意味も判らず泣き出されてしまった。どうしていいのか、まったく判らなかった。
 しかし、状況は一切判らないままでも、目の前で泣き続けるこの少女をいつまでもへたり込ませている訳にもいくまい、と心のどこかが思う。だからこそ、何とか少女を宥めて椅子に座らせたまでは良かったのだが、しゃくり上げるように嗚咽を漏らす少女はなかなか落ち着かず、その前にしゃがんでずっと慰めていた。
 ただ、すべての状況が判らないこの状況ではどうすればいいのかなんて理解出来るはずもなく、慰める言葉なんて「ごめんね。僕が悪かったね。ごめんね」以外に出て来なかった。だから何が悪かったのかなんて知る由も無いことだったが、ただひたすらに、少女に対して「ごめんね」と謝り続けた。
 その甲斐があったのか無かったのかは判らないが、それでもそれから随分経った後、空色の瞳を赤めらせながらも、ようやく少女は泣き止んだ。少女は小さく鼻を啜りながらも、幾分か落ち着いた感じでじっとしていたが、やがて本当に小さく、先ほどと同じ事をつぶやいた。
「……番号……9921……」
 意味なんてこれっぽっちも判らなかったけど。それでも、何となく雰囲気でそれは自分のことを呼んでいて、そしてここで返事をしないと、少女はまた泣き出すんだろうな、というのは、何処と無く理解してしまった。
 小さく笑いながら返事をした。
「はい」
 そのことに対して、少女は、どうしてか、笑った。
 綺麗な向日葵のような笑顔を咲かせ、彼女はこちらに向かって笑っていた。
 その笑顔があまりに眩しくて、本当に可愛くて、そしてどこか、どうしてか、――無性に、懐かしくて。
 思わずその笑顔を見つめていたその瞬間、
「――最初から返事してよっ!!」
 耳を劈くような叫びと共に、顎を思いっきり蹴り上げられた。
 しゃがみ込んでいたせいで、椅子に座っていた少女の足がベストな距離感で顎を打ち抜く形となった。ひとたまりもなかった。そのまま背後に蛙のように引っ繰り返り、おまけに顎を強打されたせいで、意識が驚くほど混濁した。思考と共に世界が揺れる。一発でどっちが天でどっちが地なのかさえ判らなくなった。立ち上がることなんて当たり前のように出来ず、ぐわんぐわんと揺れる世界の中で意識を保つことだけが精一杯の行動で、
 曲線の揺れ動く中で、少女が椅子から立ち上がるのが見えた。
 声が降って来る。
「なんでさっき返事しなかったの!? 意味わっかんないっ!! 聞こえてたなら返事してよっ!!」
 返事って、そもそも番号9921というのが何だという説明すらないのに、いきなり返事なんて出来るはずもない。そう反論しようと思うものの、未だに脳に受けたダメージは抜け切らず、口からは言葉らしい言葉なんてものはついに出て来ない。
 それを黙秘と受け取ったのか、少女はさらに声を荒げ、
「なんとか言ってよ!! 喋れるんでしょ!? 知ってるんだからねっ!!」
 喋れるよ、喋れるけど、今は喋れないんだよ君のせいで、とも反論しようとするも、口は相変わらずまともに動いてくれず、そして少女の言葉は続く、
「そんなんだからフィル姉様が貴方達のことを蛆虫だって言うのよっ!! この蛆虫っ!! ばーかばーかっ!! 死んじゃえばかーかっ!!」
 ばーかばーか、と涙目で罵り続ける少女は、名前をスピカ・フィーフィットと名乗った。

 そして少女は、自分のことを、

 ――天使見習いだと、そう、言った。



     「しっ、死んじゃえばーかっ」



 スピカは結局、自分の喉が枯れるまでこっちを罵倒し続けた。
 散々に罵倒した後に、どこからともなく白い水筒みたいなものを取り出して、その蓋となっていたものをコップ代わりに、中の透明な水のようなものを椅子に座りながらこくこくと飲んだ。そして小さく息を吐いてから、ものすごく勝ち誇った顔で笑い、未だに白い空間に倒れこんでいたこちらを見下した。ただ、その見下しに関しては別段に苛立ちを覚えなかった。それはゲームで大人に勝った子供がするような、無邪気な勝ち誇りの笑みで、苛立ちどころか、それはどこか、逆に微笑ましい気持ちにさせた。そしてその微笑ましさを、どうしてか自分は、ものすごく愛おしく、そして、――懐かしく、感じてしまった。
 受けたダメージから回復しつつある脳がようやく正常に稼動する。
 その場に座り直し、一度だけ深呼吸をして、椅子に座ったスピカを見上げるように見つめた後、こう言った。
「……質問をしてもいいかな」
「どうぞ?」
 勝ち誇った子供顔で、スピカは返答する。
 どこから聞こう、とは思ったものの、結局はどこからでも同じだという結論に至る。
「此処は、どこなの?」
「狭間」
「狭間、……って何?」
 そんなことも知らないの、とスピカは呆れ顔になり、
「人間界と天界の狭間に決まってるでしょ」
 人間界と天界。そのあまりの漫画やゲームのような単語に、思わず笑ってしまった。
 するとスピカが急に顔を真っ赤にして、
「なんで笑うのっ!」
 ごめん、そんなつもりはなかったんだ、とスピカに対して肩をひくひくさせながら謝る。
 しかし、スピカは自分のことを天使見習いだと言った。天使と言い切らずに見習いだと言うあたり、子供なのに謙虚だと思う。そしてその設定に順ずるように、ここは人間界と天界、つまりは普通の世界と天国の間である、と。たぶんスピカはそう言いたいんだろう。子供がよく考えているようなファンタジー物語の世界観。スピカもきっと、例外ではないのだろう。
 少しだけ付き合おうと思った。今はここに、自分とスピカしかないのだから。
「じゃあ、僕は死んじゃったのかな」
 先ほど笑ったことに対してまだ怒っているのか、スピカはムスッとしながら、
「正確にはまだ死んでない。死にそうになってるだけ」
 瀕死状態であるから、狭間というどっちつかずな所にいるのか。
 何となく自分の置かれた設定上の話が判って来た。
「僕はどうして死にそうになってるの?」
「そんなの決まってるでしょ。貴方が、自殺しようとしたからよ」
「自殺って。なんで僕が自殺なん――、っ、かっ……ッ」
 違和感を感じた時には、頭の中を金槌で叩きつけられたような痛みに襲われた。
 思わずその場に蹲り、頭を抱えて歯を食い縛った。金槌の次は頭の中を鋸で切り刻まれるかのような断続的な痛みが続く。忘れ掛けていた胸に空いた穴のような違和感。何か。何か忘れていた。そう、思っていた。忘れているのだ。思い出せない何か。自分が何で此処にいるのか、自分が今まで何をしていたのか。自分がこれから何をしなくちゃいけないのか、自分がこれから何をするべきなのか。自分自身の過去のこと、自分自身のすべてのこと、そして、自分自身の名前。胸に空いた穴のような違和感。
 何を忘れているのか。何か。本当に、本当に大切な、何か。
 形の見えない、この大切なものは、果たして、――なん、なのだろう。
 始まったのと同じくらい唐突に、痛みが引いた。流れる嫌な汗と共に荒い息を繰り返しながら、何とか思考を落ち着かせようとしていると、再びに声が降って来た。
「思い出そうとしても無理だよ。貴方達じゃ、絶対に」
 僅かに視線を上げたそこに、なぜか少しだけ哀しそうな顔をするスピカを見た。
 視線が合わさっていたのは数秒だっただろうか。やがてスピカは椅子から立ち上がり、
「番号9921。これから貴方に、選択肢を二つ、与えます」
 その言葉と同時に、スピカが現れた時のように、白い空間に線が二本、距離を隔てて現れた。それはそのまま先ほどと同じような動きをした後に、二つのドアを作り出した。
 その前に立ち、スピカは言った。
「番号9921。貴方は今、狭間にいる。ここから貴方が選べる選択肢は二つある。一つは、このまま天界へ行く道。一つは、貴方の心の欠片を捜す道。好きな方を選んでいいよ。どっちを選んでも、わたしが責任を持って貴方を導くから。わたしはそのために、ここにいる」
 何を言っているのだろう。この状況は、一体、――何なんだろう。
「……心の欠片、っていうのは……なに……?」
「貴方が忘れてしまった記憶だよ」
「……記憶、」
 この胸に空いた穴のような違和感。思い出せない、何か。何か、本当に大切な何かを、たぶん自分は、どこかに置いて来てしまった。スピカの言う、心の欠片を捜す道というのは、きっとそれを取り戻す道。だったら取るべき道なんていうのは決まって、
「……あのね。一つだけ、貴方に言っておかなくちゃならないの」
 見上げた先のスピカはこちらから視線を外し、白い空間のどこか一点を見つめながら、こう言った。
「記憶を取り戻すことが、必ずしも良いことだとは思わないで。貴方は自殺しようとした。……ううん。貴方は、自殺をしたの。だから、それ相応の記憶が、貴方の心の欠片にはある。……それを全部集める覚悟が、貴方には、ある?」
 今は忘れてしまった何か。それがどんなものだったのかは判らないけれど。それでも、自殺をしようと思うくらいだから、きっと何か、とても辛いことがあったのだと思う。そのことを聞くのは怖いとは思う。だが、それ以上に今は、自分が置いて来てしまった何か大切なものの方が、重要に思えてならなかった。辛いことを思い出そうとも、それでも、自分は大切なものを、取り戻さなければならない。
 なぜなら、

 なぜならあの日、僕は、――僕たちは、この手を離さないと、そう、決めたはずだから。

     ◎


 【あらすじ】
 
 失った記憶。
 それは、かつて最も愛した女性の記憶。
 二人は手を繋ぎ、そしてもう二度と離さないと誓った。――はずだった。
 
 
 とまぁ、これもまた在り来たりな物語である。
 題名とフィルで、読んだことがある方ならお解かりのように、
 「うるせえばーか。死ね」「生意気言うんじゃねえよばーか。死ね」の続編というか派生というか。
 
 結局、かなり暗い出だしになったことと、
 自殺に辿り着くまでの仮定がどうもしっくり来なかったから止まってしまった。
 
 大枠としては、
 世界は、ひとつの事故によって無残にも砕け散った。
 偶然にも助かった主人公だが、女性は長く生死の境を彷徨っていた。
 不幸なことに、相手方の女性とは駆け落ち同然で、互いの両親の反対を押し切っての逃避行中だった。
 散々に互いの両家から呪いの言葉を掛けられ、関係は最悪に悪化し、
 自らの弱さが最大の原因となり、やがて主人公はその身を投げた。
 
 そして辿り着いた狭間で、主人公は記憶の欠片を集め出す。
 そのひとつひとつの大切さと、自らの愚かさを悔いた主人公は、
 スピカとひとつの約束をして、自らの世界へと還り、未だ生死の境を彷徨う彼女の傍へ――。
 
 


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