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そこまで打ち込んで適当に送信釦を押下する。
たった一度。鼻糞を穿り回すが如く適当に押したこのたった一度の送信釦によって、サーバーに登録されている大凡十万件の個人アドレスに向かってメールが放たれたことになる。詳しい仕組みなんて知ったこっちゃないが、どうやら中で変なプログラムが動いていて、一回送信釦を押せば最後、勝手にどんどこどんどこメールを送信してしまうらしい。よく出来ている、と我が会社ながら思う。最近はインテリヤクザも増えたもので、パソコンに向き合って変な数字をひたすら打ち込むことを仕事としてるヤツもいるくらいだ。昔から喧嘩ばかりで、ただの下っ端生活を続けている自分とは大違いの連中である。
煙草に火を点けがてら、せっかくだからもう一回送信釦を押す。ちなみにこれで、さっきとは違う十万件の個人アドレスにメールが送信されたことになる。一回押せば十万件、二回押せば二十万件、三回押せば三十万件、というように簡単に増えていく。ちょろいものである。
薄暗いオフィスの天井に向かって煙草の煙を吐き出す。吐き出しながらも一定間隔で送信釦を押下し続けた。
今のご時世、こんなクソみたいなスパムメールに引っ掛かるヤツなんてそうはいないが、百万人に一人くらいの割合で極稀に釣れたりする。そんなヤツが釣れるだけで、実は採算がかなり取れたりする。なんたって一分で書いたゴミみたいな文章を、煙草吸いながら釦ポチポチして送信しただけで何万、上手くいけば何十万の儲けにもなるのだ。ボロイ商売である。
煙草を吸い終わると同時に送信釦を押下することを止めた。灰皿で火種の息の根を消していると、右斜め後ろにあるオフィスへの扉が開いて、誰かが入って来た。首だけで振り返る。
入って来たのはハゲ頭だった。いや、ハゲ頭というか、スキンヘッドである。おまけにこのスキンヘッド、身長が190センチもある。体重も100キロを超えている。眉毛もない。筋肉で出来ているような人間。たぶん悪の秘密結社の戦闘員の実力で言えば、自分がショッカーで、このスキンヘッドが幹部クラスである。そのスキンヘッド幹部が怪訝な顔をして、
「おう。なんだ、哲弘だけか」
「うす。おれだけっす」
「他の連中どうした。金田と誰だっけ、あの猫背のクズ」
「あー。金田は確か今日は休みっす。猫背のクズは知りません」
「そうか。猫背のクズが次来たら教えろ。お仕置きしてやらにゃならん」
「うす」
まあ猫背のクズは逃げたんだろうな、とは思っている。もともとどっかから迷い込んだかのような学生のアルバイトだったし、いつもビクビクしながら仕事をしていたのを憶えている。仕事が遅いとスキンヘッド幹部に何度か優しくどつき回されていたし、もうそろそろ限界だとは薄々感づいてはいた。だから今日ここに出勤した際、金田はともかくとして、猫背のクズがいなかった時、「ああ、バックレたな」と一発で理解した。
スキンヘッド幹部が少し離れた大きなデスクチェアーに腰掛け、ポケットからスマートフォンを取り出し、それを操作しながら、
「で。今日の調子はどうだ」
「んー。ぼちぼち、っすかね。電話対応の方は相変わらず知りませんけど、クリック数はすでに8件あります。注文数は2件だけですけど」
「2件か。まぁ搾り取れるだけ絞り取っとけよ。両方10は取れるだろ」
「10、っすか。何とか頑張ってみますわ」
「ちゃんとやれよ。お前のことは信用してんだ。両方10の20取れたら、2はボーナスしてくれるよう、おやっさんに頼んでやるから」
「え。マジっすか。それホントっすね? おけ、任せてください、ちょっち頑張ります」
無言のスキンヘッド幹部から視線を外してディスプレイと向き合う。
最大90%OFF!! ――嘘じゃない。表示定価\300,000の物を\30,000で販売するなんてほとんど当たり前だ。
国外へも進出中の最強ネット通販ショップ!! ――嘘じゃない。日本だけじゃなく、お隣の国とも協定を結んでいる。
あの有名なブランド品も数多く取り揃えられています!! ――嘘じゃない。ブランド品も数多くある。有名かどうかなんてのは個人の判断だ。
どこにも嘘なんて書いてない。ただそれが、「お客が望んだ品」かどうかなんて、こっちの知ったこっちゃないだけの話。が、それでもまだ優良的な方だとは自負している。こっちは中の国の製品ではあるが、ちゃんと見た目がそれらしい商品を提供しているのだ。酷いところだと、どっかで拾ってきた布に平仮名で「ぐっち」や「しゃねる」とだけ書かれているだけの場合もある。そこから考えたら、まだ良心的であろう。
しかし何はともあれ、今は目先の二人である。一人はすでに何を血迷ったか、5万分も注文を確定させて来ていた。本当に何を考えているのかさっぱり判らないが、せっかくだからあと5万は搾り取りたい。少々小細工を織り交ぜつつも、注文返信メールに幾つか常套句を書いて返信しておく。これで基本的に馬鹿なら、あと5万は絞り落としてくれる。基本的な馬鹿じゃない場合でも、あの手この手で何としても5万は絞り落とす。
そしてもう一人だ。こいつは一体幾ら落として、
「……んぅ?」
「なんだよ気持ち悪い声出して。おれは今ナメコ狩ってんだ、邪魔すんじゃねえ」
「え、あ。すんません」
思わず変な声を出してしまった。
いやそれよりも、注文確定メールの表示金額は、\0。これではただのイタズラである。こういう場合はさらに違う手段を用いてもっとえげつなく金を毟り取るところであるのだが、どうやらこのイタズラメールに関しては、少しだけ趣向が異なっているらしい。
備考欄に、メッセージが書いてあった。
『お忙しい中、申し訳ありません。お値段のことでご相談したいのですが、よろしいでしょうか?』
なんだこれ、と首を傾げつつも、煙草を咥えて火を点けた。
【あらすじ】
一通のメールから始まった、ある不思議な話。
最初はどれだけ搾り取ってやろうかと思っていた哲弘だったが、
メールを繰り返していく度、その送り主が、ただの女子中学生であることに気づく。
おまけに、母への誕生日プレゼントを買いたいのだと言う。
さすがにそこでパチモンを買わせる気も失せ、上からの制裁覚悟でこのサイトの真実を告げる。
しかしそこから思いもよらぬ方向に事態は流れて行き――
どんでん返しにするか、はたまた普通に素朴な少し甘い恋愛モノにするか、
最期まで決めきれずにこのプロローグで力尽きた物語。
発端は確か、何年か前に酷かった、投稿掲示板の方の通販ショップの荒らし書き込み。
だから題名はそれをほとんど真似てやろうフヒヒ、とか思った。