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タイトル3:『言葉 ―コトバ・コトノハ―』
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投稿日: 2014/05/16(Fri) 22:00
投稿者神夜






 肌が触れる度、僕たちは喧嘩をする。
 心が重なる度、僕たちは喧嘩をする。

 だけど僕は、君を愛している。

 肌が触れ、心が重なり、喧嘩をしても、
 それでも、
 
 それでも僕は、君を、愛している。


 ――ごめん。
 僕は泣いて、そう言った。

 ――背負わせて、ごめんなさい。
 君は笑って、そう言った。

 だから、僕は。
 そして、君は。


 僕は。

 僕は、君を――、愛して、いた。



     「言葉 ―コトバ・コトノハ―」



 いつも同じ場所で、同じことをしている女の子が居た。
 都筑市の市営図書館「つづきプラザ」の、二階の奥にある自習室。そこの窓際の一番後ろの席。そこに座って、彼女はただ、本を読み続けていた。晴れの日も曇りの、雨の日も雪の日も、図書館が空いている限り、彼女は必ずそこにいて、いつもと同じように、ただ本を読み続けていた。
 歳はたぶん高校生くらいだと思う。制服は着ていなくて私服であったが、見た目も随分と幼く見えたし、何よりも雰囲気がまだ子供だった。今までの約二ヵ月間弱で、彼女の私服の種類は僅か七種類しか見たことがなく、一週間でその七種類の服装をローテーションで着用していた。余程お洒落に興味が無いのか、あるいは何かそうしなければならない理由でもあるのか。
 図書館へは、いつも開館五分前後に着くように家を出ていた。図書館程度の開館時間を外で待つのはどこか気が引けたし、休日ならともかくとして、平日の自習室なんて人がいることの方が珍しいから、それでも十分だった。しかし、開館五分前後に到着しているのにも関わらず、毎日、彼女は先に自習室にいた。そして閉館五分前になると、彼女は誰に何を言われるでもなく、すっと席を立って、静かに帰って行く。
 彼女が、本当は図書館に住まう幽霊かそれに類する何かだと思ったことがある。彼女は自分にしか見えていないのではないか、と考えたこともある。だから自習室の清掃に来た職員に尋ねた。するとどうやら彼女は幽霊ではなくちゃんとした生きている人であり、全員に見えているとのこと。ただ素性の深くは職員も知らないらしく、話し掛けても一切、返事をしないという。そのことが積み重なるにつれ、やがて職員も深くを追求することを辞めた。何分、ただ朝から晩まで本を読んでいるだけであり、人畜無害であるため、職員間でも特に気にされていないらしい。それどころか、つい最近になってそこに追加された自分の方が職員間ではマークされていると言われて少しショックだった。
 いつも同じ場所で、同じように本を読んでいる女の子が居た。
 この二ヶ月間で、たぶん彼女と同じ空間を最も共有しているのは自分だと言う思いはあったが、ただそれは、あくまで『同じ空間に居る』だけであって、喋ったことは愚か、名前すらも知らない。そもそも相手の瞳に自分が映ったことがあるのかどうかさえ、判らなかった。喋ったこともなければ名前も知らない、そして目すら合ったことが無い。彼女はきっと、こちらのことなど本当に『空気』としか思っていないのかもしれない。
 でも、それを敢えて飛び越えようとは思わなかった。
 いつも同じ場所で、同じように本を読んでいるその子のように、自分もまた、いつも同じ場所で、同じように本を読み続けた。
 そのことに変化が起きたのは、そんな空間を二ヶ月間、共有した日のことだった。
 いつものように本を読み、物語の中では蛙に姿を変えられてしまった主人公が何とか元の姿に戻ろうと奮闘していたその時、意識の彼方で小さな悲鳴を聞いた。予想外のことに遭遇した際に出るような、そんな悲鳴。それは本当に小さな小さな、普段の雑踏の中でなら絶対に気づかないであろうくらいの小さな悲鳴であったが、誰も居ない自習室では、それは思いの他、よく耳に通った。
 顔を上げて視線を向けると、いつも座って黙々と本を読んでいるはずの彼女が椅子から立ち上がり、自習室の壁の方をじっと見つめていた。何を見ているのだろう、そう思って彼女の視線の先に目を凝らして初めて、白い壁に小さな黒の点があることに気づいた。よくよく見ればその点がゆっくりと動いているような気がする。
 ――蜘蛛?
 たぶん、蜘蛛。それもかなり小さい、小指の爪ほどの小さな蜘蛛だ。あれがなんていう種類の蜘蛛かなんてのはさすがに知らないが、よく家の中とかに現れるタイプである。女の子はその蜘蛛をじっと見つめたまま、それが僅かに動く度に大袈裟なまでに肩を震わしてその行方を追い続ける。
 怖いんだろうか、とぼんやり考える。
 蜘蛛が好きだ、とは冗談でも言えないが、あのくらいのサイズであれば別段怖くはなかった。ただ、どうもあの女の子は相当に怯えているらしい。女の子は虫とかが苦手だと聞くし、あの子もまた、例外ではないのかもしれない。どうしよう、とは思ったものの、このまま放っておくのは少し忍びなかった。
 二ヶ月間一緒の空間に居たが、彼女とコンタクトを取るのは、これが初めてであった。
 自らの席を立ってゆっくりと近づいて行く。気配としてそのことを彼女が気づいたのだ、ということは背中を見ていて何となく判ったのだが、どうやら蜘蛛から目を離せないらしい。その気持ちは何となく判る。部屋の中にゴキブリとかが出たら、たぶん自分も何も出来ずにただ見ていることだけしか出来ないと思う。
 彼女のすぐ傍まで歩み寄って、改めて蜘蛛を見る。本当に小さい。
 彼女はただ、その蜘蛛をじっと見つめ続けている。
 さすがに、ここでいきなりこの蜘蛛を叩き潰したら、思いっきり引かれると思う。
 どうしよう、とは思ったものの、殺さないのであれば、取るべき道はひとつしかない。
 壁の上にあった窓をそっと開け、蜘蛛の下の方に手を回してぶんぶんと振ってみる。動いているものに反応したのか、あるいは手から出る風に反応したのか、蜘蛛は思惑通りに動いてくれた。慌てて上に歩き出して、そのまま綺麗に窓枠を乗り越えて外へと旅立って行った。外に出たことを確認した後、窓をゆっくりと閉めて一息着く。
 ここで、ようやく彼女の方を振り返った。
 振り返って初めて、二ヶ月間一緒の空間に居て初めて、彼女と目が合った。
 真っ直ぐに見つめ合った彼女は、横顔で見るよりも随分と幼く見えた。短めの髪と小さな輪郭を作る頬のライン、澄んだ瞳と綺麗な唇、白い肌と細い肩、華奢な身体と幼い雰囲気。高校生くらいだと思っていたが、向き合った彼女の身長はこちらの胸くらいまでしかなくて、もしかしたらもっと幼い、それこそ中学生くらいなのではないかと思わせた。
 数秒間、彼女と見つめ合っていた。しかしやがて沈黙に耐え切れなくって口を開こうと思った時、先に動いたのは彼女だった。
 すっと手を動かしたと思った時には、その手が胸の前で瞬時に幾つかの形を作っていった。
 あ、これって――、
 それが何であるのかを、すぐに理解した。
 手話だった。何度かテレビで見たことがある。ただ、それが手話だということは判ったのだが、果たして形を作り変えるその手が何という言葉を伝えようとしているのかは、まったく判らなかった。手話の基礎でさえ習ったことなんてなかった。こちらを切実な瞳で見上げながらも、彼女は次々と手の形を変化させていく。
 何かを伝えようとしている彼女と、それを理解出来ない自分。
「え、っと……あの、ごめん。判らないや……」
 そう呟いたところで、手話を使う彼女にはきっとこの言葉は伝わらないのであろう。
 こちらを見上げていた彼女が、突然に手話を止めた。少しだけ悩むような素振りを見せた後、身体の向きを変え、自習室の机の上に置きっぱなしになっていた鞄の方へと手を伸ばして、そこから何かを取り出した。
 携帯電話だった。
 それを開けると同時に、びっくりするくらいの速度でキーを叩いたと思った次の瞬間には、そのディスプレイがこちらに向けられた。ディスプレイはどうやらメモ帳を開いているらしく、そこにはただ一言だけ、こう、書かれていた。
『ありがとう』
 手話もそう伝えようとしていたんだろうか、とふと思った。
 敢えて言葉は返さなかった。ただ、どう致しまして、という意味を込めて、笑って見せた。
 そのことに対して、彼女もまた、こちらに向かって、綺麗に、笑った。

 彼女との距離が近づくのに、そう時間は掛からなかった。
 一度切っ掛けを手に入れたら、あとは流れに身を任せるだけで良かった。
 朝に自習室に行けば会釈をするようになった。お昼を別々で食べていたのが一緒の机で食べるようになった。三時の休憩には一緒にベンチに座ってジュースを飲むようになった。閉館時間の五分前には図書館の入り口まで一緒に帰るようになった。一緒の空間を共有して、一緒の机で、一緒に本を読むようになった。
 三人用の長机の両端に二人が座って、その真ん中に家から持って来たタブレットを置き、何か伝えたいことがある時は、それに文字を打ち込んで会話をした。
『この図書館でオススメの本とかある?』『そうですねー、わたしが見た中ではE-5とかにあるの全般、面白かったですよ。貴方は何かありますか?』『好きなジャンルは?』『大体なんでもいけますよ。虫関係以外であれば』『さすがに昆虫図鑑なんてオススメはしないよ』『そうですよね(笑)』
『そう言えば君はどれくらい前からここに通ってたの?』『一年くらい前からです』『一年ってすごいね。学校は?』『もう卒業してますよ』『卒業って、中学校? 高校は?』『中学校って、どうしてそうなるんですか。高校に決まってるじゃないですか』『うそ。歳いくつ?』『今年で20歳ですね』『   』『どうしました?』『……ごめん。中学生くらいだと思ってた』『やっぱり。よくそう言われますけど、正真正銘のハタチです』『すごいね、ものすごく若く見える』『20歳に対してそれって、単純に子供に見えるってことじゃないですか』
『前に聞きそびれてたんですけど、貴方の歳は幾つなんですか?』『唐突だね。僕は今年で27になるよ』『おじさんだ(笑)』『それちょっとショック受ける』『(笑) でも、おじさんもいつもここにいますけど、会社はいいんですか?』『おじさんって言うのやめて。本当に凹む』『すみません(笑)』『僕は会社には行ってないよ。ちょっと前に辞めちゃった。だから今はニートかな』『じゃあわたしと一緒。ニート仲間ですね』『君もニートなんだ』『君もニートです』
 二ヶ月間、一度も喋ったことがなかったはずの彼女は、距離が近づくにつれ、タブレットの中では饒舌に話した。
 会話もせずに一日中、一緒の長机で本を読んでいる時もあれば、タブレットの充電が切れるまで永遠と話をしていた時もあった。彼女は自分のことを人見知りだと言った。というよりは、言葉を扱うことが出来ない彼女にとって、初めて人と『会話』をする時は、相当の勇気がいるのであろう。何しろ手話、あるいはいつかのように携帯電話などの文字で会話するしかないのだから。だから彼女は、この図書館の職員に声を掛けられても、一切返事をしなかったのだ。もしかしたら職員に話し掛けられていたことにすら、気づいていなかったのかもしれない。
『よく考えたらわたしたちって、お互いの名前知りませんでしたよね』『そう言えばそうだね』『名前、教えてもらってもいいですか?』『いいよ。名前は佐藤光宙』『あの、すみません。光宙ってなんて読むんですか?』『ピカチュウ』『ピカチュウって、あの黄色いピカチュウ?』『そう、その黄色いピカチュウ』『   』『  い 』『   』『 ご  』『   』『本当にすみませんでした。ごめんなさい。もう叩かないでください』『次やったら本気で怒りますよ』『本当は佐藤統弥』『……それって、とうや、って読むんですか?』『そうだよ。君は?』『南野言葉』『ことば、っていうの?』『そうですよ。言葉って書いて、そのままことば』『変わった名前だね』『ピカチュウなんて名前の人に言われたくありません(笑)』
『でも、少しこの名前、コンプレックスなんですよ』
『なぜ、って。言葉を喋れないのに、名前は言葉。そんなの、おかしいじゃないですか(笑)』
 彼女は喋れないのではなく、耳が聞こえなかった。
 産まれた時から、彼女はこの世界が発する音から離れた世界で過ごして来ていた。それはたぶん、自分にはまったく想像出来ない世界のことで、そして考えたとしても、そこにどんな想いがあるのかなんて、まったく判らない。そう。それは本人にしか判らないこと。そのことに対して、何も知らない健全者である自分が客観的に「寂しい」だとか「辛い」だとか、そういうことは言ってはいけないのだと、知っていた。
 なぜなら、

 なぜならあの時、『彼女』は――、

     ◎

 昔から、感情をあまり表に出さなかった。
 嬉しいことがあっても、楽しいことがあっても、辛いことがあっても、嫌なことがあっても、それを表に出して、表情を変えることを、昔からあまりしなかった。ただ、内面的にはもちろん嬉しければ嬉しいし、楽しければ楽しいし、辛ければ落ち込みもするし、嫌であれば腹を立てることもあった。だけどそれを表情として表に出すことが、小さな頃からどうしてか苦手で、よく人に「無表情」や「ポーカーフェイス」だと言われた。
 そんな自分が唯一、表情を素直に変えられる人が居た。
 大学生の頃に、その子と出会った。
 大学の入学式の日。偶然にも肩がぶつかってしまったことが切っ掛け。
 その子はひとつ年上の女の子で、勝気で、男勝りで、喧嘩をすれば口よりも先に手と足が出るような性格をしていたけれど、でも綺麗な花や可愛いぬいぐるみを眺めてニコニコするような一面も持ち合わせていた。彼女の前でだけは、どうしてか自分は、感情をありのまま、表情として表に出すことが出来た。
 嬉しいことが合ったら一緒に分かち合い、楽しいことがあったら一緒に笑い、辛いことがあれば一緒に泣き、嫌なことがあれば一緒に怒った。
 自分が今まで生きて来た中で、初めて喧嘩をした相手は、その子だった。その子以外と喧嘩をしたことは、一度もない。そしてこれからもきっと、その子以外と喧嘩をすることなんて、無いのだと思う。
 彼女とはよく喧嘩をした。口論もしたし、グーでの殴り合いもしょっちゅうだった。ただ、口論であればともかくとして、喧嘩をすれば口よりも先に手と足が出るその子に、自分はいつもこてんぱんにされていた。たまに苦し紛れの一発が彼女に入った時は、その百倍以上の仕打ちを余儀無くされた。それでも。一度も彼女に喧嘩で勝ったことなんてなかったけど。それでも自分は、よく彼女と喧嘩をした。白状すると、いっつも負けていたけれど、彼女と喧嘩をするのは、――楽しかった。それはきっと、喧嘩をした次の日、どっちが悪かろうが、必ず彼女が歩み寄ってきて、本当に申し訳なさそうに、「……ごめんなさい」と謝ってくれていたからだろう。

 僕は、彼女が好きだった。
 彼女と過ごした日々が、僕の人生のすべてだった。
 素直にそう思えて、そう言えるほど、僕は、彼女が好きだった。
 だから、僕はあの日――




 【あらすじ】
 
 昔、大切な人を病気で失った「僕」。
 現実逃避で通い始めた図書館。
 そこで出会った一人の「言葉を知らない少女」。
 
 二人はやがて――
 
 
 まぁよくある恋愛ものである。
 確かちょうどこの時に少女マンガ読んでて「おし、何かそれっぽいの書くか」とか思って書き始めて、
 ここで力尽きた。あらすじもクソもない。もう煮ても焼いても神夜では食えなくなった物語。
 


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