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  • タイトルRe: 23:『最大90%OFF!!(仮)』
    記事No: 1075 [関連記事]
    投稿日: 2014/05/19(Mon) 22:06
    投稿者天野橋立

    これ面白そうだ! タイトルを見て、反射的に「-90」を付けちゃいそうなところも笑えます。ただ、「ただの女子中学生が、母のプレゼントを」ってだけの展開だと確かに物足りないかなあ。
    実はその「女子中学生」の正体は、「母へのプレゼントを買おうとして悪質サイトに引っかかってお金を全て取られ、そのショックで引きこもりだかなんだかになった実在の中学生の姉」とかで、妹をそんな目に遭わせたスパムサイトを憎むあまり、悪質サイトに近づいては何らかの報復をしている、とかいう展開だと、何となく神夜さんスタイルの作品になっていきそうな気がします。
    もちろん主人公は、途中からその姉に力を貸すわけですな。スキンヘッドも実はそんなに悪い奴ではなく、加勢してくれます。頭脳で闘う主人公と、いざというときは鉄拳をうならせるスキンヘッド、そんな感じでバトルシーンがあって、みたいな。
    いかがでしょうか。


    タイトルRe: 123:『しっ、死んじゃえばーかっ』
    記事No: 1074 [関連記事]
    投稿日: 2014/05/19(Mon) 21:25
    投稿者天野橋立

    タイトルを見た時点から、ああこれはあれだ、ニーソで踏まれる奴の続編か何かだ、と思って読んでみたんですが、なるほど確かにちょっと重いかなあ……。
    まあ、あのシリーズ自体、重いところをひっくり返して感動の結末へ、って感じなので、ここからいくらでも面白くは出来そうですけどもね。僕ならこのまま救いの無いバッドエンドで終わらせちゃいそうですが。


    タイトル123:『怪獣輪舞曲』
    記事No: 1073 [関連記事]
    投稿日: 2014/05/19(Mon) 20:48
    投稿者天野橋立

     総理大臣執務室は穏やかな白い光に満たされて、平和な夏の午後に時が止まったようだった。しかし、総理の顔はちっとも平和ではない。 今すぐ総辞職したい、とでも言いたげな苦悩を浮かべている。でっぷり太った巨体も、溶けて流れ出しそうだ。
     なんでわしが大臣の時に、と大曽根総理は思う。よりによってこんなけったいな事件に出くわすのだ。怪獣が暴れているだと? 一体それはなんなのだ。確かにわしは強引なことも随分やってきた。恨んでるやつは多いことだろう。しかし、怪獣の恨みを買う覚えはないぞ。自衛隊を強化はしたが、あれはシーレーン防衛のためで、別に怪獣を退治するためじゃない。そう思ってるんだとしたら、それは勘違いだというものだよ、君。
     そう、怪獣が出現したのである。フィルムの中にでも、液晶画面の上にでもなく、現実世界に現れたのである。出現地点は京都市中京区四条河原町西入、ちょうど高島屋京都店の正面辺りであった。出現時刻は7月13日の午後1時頃、つまりは祇園祭山鉾巡行のまっただ中に、突如出現したのである。その日の人出は京都府警によれば約四十万人、たちまちのうちに数千人の死者が出ることになった。
     総理はゆっくりとかぶりを振った。二回振り、三回振った。何度振っても彼の脳裏から怪獣の異様な姿は消えはしなかったが、しかしそれでもぶんぶん振り続けた。考えまい、考えても仕方が無い。なにか違うことを考えよう、楽しいことを思い出そう。彼は救いを求めるように執務室の中を見回した。そうだ、この執務机は卓球台くらいの大きさがあるぞ。真ん中にネットを立てて、試合をすればどうだろう。ほうらほらほら見えてきた。机の両側で弁髪の子供がラケットを振り回してるぞ。「やあっ! とおっ!」行き交うピンポン玉。かん、こん、かん、
    「総理、怪獣対策委の第一回報告が」木村官房長官がドアを開けて入ってきた。やせて背が高く、ロマンス・グレーがすてきな「少女漫画のおじさん」的知性派である。
     総理はうすら笑いを浮かべ、踏切の警報機みたいにリズミカルに目玉を左右に動かしている。いかん、壊れとる。官房長官はあわててそばに駆け寄り、肩をつかんで揺さぶる。「総理、総理。お気を確かに」
    「そうとも、吉本君」目玉をふらつかせながら、総理は重々しくうなずく。「見たまえ、この子供たちの華麗なラケットさばきを。風のように! 鳥のように! まるで踊っているみたいじゃないかね!」
    「総理、頼むからここで壊れないで下さいよお」官房長官は泣き声になる。「せっかく総選挙に勝ったのに、怪獣のせいで失脚なんて洒落になんないですよ」
    「懐柔? それならわしの得意技だぞ。たとえどんな相手でもこの笑顔で丸め込んでみせるぞ」うすら笑いを浮かべる。
    「怪獣でもですか?」
    「怪獣を懐柔。わはははは、面白いぞ」急に真顔になった。「全然、面白くない」
     今だ、と木村長官は総理を連れ戻しにかかる。「そうです、面白くありません。怪獣でそれはもう大変なのです」
    「そうだ、大変なんだった」総理はまだ痙攣気味の目玉を木村長官に向けた。「世界が揺れとる」
    「全部怪獣のせいです」
    「そうか。なんとかしなきゃなあ、木村君」
    「そうですとも」長官はうなずいて、「で、怪獣対策委員会の第一回報告が出ました」
    「何か有効な対策でも見つかったかね」
    「いや、それはまだです。とりあえず、」書類に目を落とした。「怪獣の名前が決まりました」
    「名前?」
    「は。やっぱり名前が無いと呼びにくいだろうと言うことで。決まった名前は、「アシデナギナタ」だそうです」
    「それ、だけか」
    「それだけですな」
     総理の目線がまた左右をさまよい始めた。木村はあわてて、「待った、それ駄目です」と肩を揺さぶる。

     怪獣出現のニュースを、もちろん最初は誰も信じはしなかった。怪獣の姿を今まさに撮影しているカメラマンさえ、その存在を信じることはできなかった。そんな馬鹿なことがあるはずはないのである。しかしあるはずがないにもかかわらず、それは現実であった。彼は踏み潰される瞬間、やっとそれを理解した。
     全員が半信半疑のまま、行政システムはマニュアルに従って勝手に動いて行った。もちろん怪獣出現などというケースは想定されていないが、死者が出て、ビルが崩れ、大災害が発生しているのは確かである。とにかくこういう場合は対策委員会を作れと言うことで、政府に「怪獣対策委員会」が創設されることになった。
     委員会のメンバーはそうそうたるものである。防衛庁長官、警察庁長官、公安調査庁長官、消防庁長官、海上保安庁長官、気象庁長官、文化庁長官と長官揃い踏みである。治安維持のトップばかりであり、この場を襲撃されたら日本の明日は暗黒であろう。あとなぜだか知らないが社会保険庁長官が加わっていて、左右の長官たちに「なぜ私が呼ばれたんでしょう」と聞いて回っている。長官連の他には京都府警本部長他被災自治体の代表者と動物学者を始め学識経験者が加わっていた。しかし彼らの誰一人として、一体何が起こっているのか、正確に理解している者はいなかった。
     全員が円卓に着くと、進行役の警察庁長官の合図で部屋の照明が落ち、スクリーンが降りてきた。映し出されたのは、祇園祭宵山の風景である。大通りを進みゆくいくつもの山鉾、沿道は気の狂ったような大変な人出でにぎわっている。打ち鳴らされる鐘の音でコンチキコンチキやかましいことこの上ない。
    「やっぱり京都はいいですなあ」と海上保安庁長官がうなずく。「何と雅な」
    「どうぞ、一度おいで下さい」京都府警本部長がにこやかに答える。「私も京都、大分覚えてきましてね。ご案内しますよ。先斗町に、私のとっておきの、いい店があるんですよ」
    「お、いいですな。しかし、京都は港が遠いですからなあ。巡視艇で行くとなると少々不便ですな」
    「哨戒機で琵琶湖に着水していただければ、あとは浜大津から京阪電車ですぐですよ」
    「なるほど、それでは来月辺りお願いしましょうか」
     突然スピーカーが悲鳴を上げた。何か異変が起きたようだ。群衆が混乱を起こしている。カメラがぐっとズームする。大写しになったのは長刀鉾だが、なんだか変である。群衆を蹴散らしてうろうろ動き回ってるみたいだ。
    「おい、足が生えとるぞ」警察庁長官がそう叫んでスクリーンを指差した。
    「歩いてますな」国家公安委員長が呟く。
     確かに総監の言う通り、長刀鉾の車輪の下から二本の足がにょきっと生えていた。足だけじゃない、腕も生えている。屋根の上には首も突き出している。古代の恐竜、というか例の有名映画の主人公にそっくりの顔をしていて、しかし心なしかにやにや笑っているようだ。怪獣が鉾を甲冑のように着込んで通りをしゃなりしゃなり闊歩している、そんな感じである。
     全員が一斉に動物学者の方を見た。
    「ありゃ、なんですか」防衛庁長官が訊ねた。「どういう生き物なんです」
    「いやー、分からないんですねえ、それが」むしろタレントとして有名なその動物学者は、にこやかに言った。「これが生命の神秘なんですねえ。もし捕まえたら、私の経営する動物帝国で引き取らせてもらいますよ。帝国の仲間たちと仲良くして欲しいものですねえ」
    「いや、あれは文化財ですから。国立博物館が引き取ります」文化庁長官が、真顔で言った。
    「しかし、まずいな」警察庁長官が顔をしかめた。「こんなでたらめ怪獣じゃ、まず誰も信じてくれんぞ」
    「テレビのバラエティーだとしか思ってもらえんだろうなあ」
    「怪獣が出るなら出るで、もっとまともな格好で出てきてもらいたかった」
    「監督不行き届きじゃないのかね」
    「大体、最近の若者の服装は奇抜過ぎるぞ」
     怪獣は時々ビルに蹴りを加えたりしながら、四条通りを西方向、つまり烏丸通りを目指して楽しげに群衆を踏み潰し、進んでいく。なにせ数十万の人出である、踏む気が無くたって踏みつぶされる。
     大丸京都店の前まで来たところで、怪獣は何を思ったか大丸のゴシック建築に顔を向け、大きく開いた口から火炎を放った。大丸は一瞬にして炎に包まれ、煙を噴き出し始めた。京都では、デパートと言えば高島屋か大丸が有力で、それぞれのファンで市民は二分されているような状況なのだが、恐らくこの怪獣はバラの包み紙がお気に入りだったのだろう。
    (つづく、はずだった)

    ……随分昔に書きかけたギャグ小説です。
    あらすじ、というほどのものは考えてないのですが、この後巨大なスーパーヒーローが突然出現し、政府と契約して「怪獣退治専門官」となって怪獣を次々と倒す、という展開になる予定です。この「専門官」はすさまじく金にうるさく、何かというと「もっと金を出さんなら俺は降りる」などと言ってごねまくります。こんなヒーローに振り回されまくる政府のドタバタぶりを中心に書くつもりでした。

    神夜さんに「便乗はよ」とかせっつかれたし、最近あんまり書いていないタイプのものなので、試しにここへ上げてみました。これをぐちゃぐちゃに掻き回すのは難しかろう(元がぐちゃぐちゃなので)

    なお、もし紅堂さまから、「掲示板の使い方として不適当」とのご指摘がありましたら、すぐに削除する所存です。


    タイトルRe: これは面白そうだ
    記事No: 1071 [関連記事]
    投稿日: 2014/05/19(Mon) 15:34
    投稿者神夜

    そう思うのなら便乗はよ!
    ぐちゃぐちゃに掻き回す例題なら天野さんはいい実験台だ


    タイトルこれは面白そうだ
    記事No: 1069 [関連記事]
    投稿日: 2014/05/17(Sat) 10:47
    投稿者天野橋立

    いただいた感想のほうを読んで、見に来ました。
    これは面白そう。掲示板でここまでやって大丈夫なのかな?ってのがちょっと気になるんだけど、大丈夫そうなら僕も何か置いてみたいな。未完成フォルダに、色々力尽きた残骸がありますしね。


    タイトル123:『悠久輪廻』
    記事No: 1068 [関連記事]
    投稿日: 2014/05/16(Fri) 22:01
    投稿者神夜






     太陽の光。雨の匂い。月の灯り。星の瞬き。
     世界の、音。
     嗚呼。世界は何と美しいのか。
     この美しい世界が、どうか。どうか、永遠の刻の果てまで、続きますように。

     ――久遠。

     暁様が私の名を呼ぶ。
     世界の最果てで、暁様はただ、私の傍に居てくれる。
     繋いだ手の温もり。通じ合った心の心地良さ。
     暁様の、声。
     嗚呼。この時が、どうか。どうか永遠の刻の果てまで、続きますように。

     ――久遠。どうか。どうか君が、幸せでいられますように。

     暁様。暁様がどうか。どうか幸せで、いられますように。

     世界は、言った。
     贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄を捧げよ。贄 を 捧 げ よ。

     例えもう二度と会えないとしても。
     例え繋いだ手が引き裂かれても。
     それでもただ、通じ合った心がここに在れば。
     それでもただ、貴方を想うことが許されるのなら。
     それだけで、久遠は幸せです。最果てのここで、貴方を想えるのなら、それだけで――

     ――久遠。助けに来たよ。私と共にここを出よう。

     嗚呼。世界は何と美しく。
     嗚呼。貴方は何と優しく。

     引き裂かれた手は、再びに繋がり合い、

     世界は、言った。
     裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏切り者。裏 切 り 者。

     死んでしまった世界の最果てで。
     引き千切られた四肢を抱き、吊るされた身体に血の涙を流す。

     世界は何と美しく。
     世界は何と優しく。
     そして世界は何と、――残酷か。
     貴方の居ない世界ならば。貴方を想うことも許されない世界ならば。

     そう。世界なんて、

     ――……滅んで、しまえ。



         「悠久輪廻」



     連日に渡って過去最高気温の更新を大安売りで行う猛暑の被害は、我がオカルト研究部においても甚大であった。
     室内温度はついに四十度を超え、扇風機までもが煙を吹いて天寿を全うされた。クーラーなんていう偉大なる文明の利器は、全国優勝を視野に入れるほど強いバスケットボール部とサッカー部、そして吹奏楽部にだけ与えられた特権であって、ウチのようなどうでもいいクラブ活動については、「扇風機でも十分過ぎるくらいだ。経費削減の昨今、それでも仕方が無く与えてやっとるのだ。大事に、大事に使え。特にお前ら、あー……おか? ああ、そうだ、お化け部。お前らなんてこれで十分だ」とハゲデブ教頭に鼻で笑われた挙句、もう十年も前の型落ちもいいところの扇風機を譲渡された。
     そしてその鼻で笑われた扇風機でさえ天寿を全うした部室内は、もはや炎熱地獄そのもので、干乾びて死ぬのも時間の問題かもしれない。
    「……ねっちゅーしょーで倒れたらー……、がっこーのたいまんだってー……うったえてやるー……」
     パイプ椅子に座り込み、長机に身体全体を預けるように突っ伏している那奈(なな)は先ほどからずっとまるでゾンビのようにそう呟き続けている。その主張も最もだから判るのだが、うだうだ言われるのはそれ以上にうるさくて暑苦しいからやめて欲しい。が、那奈に対して文句を言う気力もほとほと尽き果てていて、自分自身も今にも倒れそうである。
    「がっこーのー……、たいまんをー……ゆるすなー……、えいー……えいー……おーぉぉ……」
     力無く挙げられた腕がくいくいと動くが、やがてパタリと机に倒れ込んで沈黙する。
     その光景を見つめながら、つい数分前に買って来たばかりの缶ジュースに手を伸ばす。中身に口をつけた瞬間、もう随分と温くなってしまったことに肩を落としながら、それでも無いよりかは幾分かマシであろう、と自分自身を納得させてちびちびと飲んだ。気持ち悪いくらいの中途半端な喉越しを感じながら、温くなってしまった炭酸ジュースほど味気ないものはないと途方に暮れる。
     開け放たれた窓の外からは、盛大な蝉の鳴き声が聞こえていた。
     部室のドアが開けられたのは、そんな時だった。
    「やっほー、ごめんごめん、遅れ、って、あっつ!? なにこの部屋!? 暑い暑い! なにこれ!?」
     部室に一歩入った瞬間にすぐさま後退し、こちらを信じられない目で見つめる女子生徒は、オカルト研究部の幽霊部員、優衣(ゆい)である。ただ、幽霊と言う言い方は少し間違っているかもしれない。優衣は那奈の友達で、オカルト研究部を設立する際に人数集めとして無理矢理名前だけ書いて貰ったのである。だからその条件として、「好きな時に来て好きなことをしててもいい」という特待部員なのだ。ちなみに普段はバスケットボール部で、おまけにそこのエースで、本当にこの学校の特待生でもある。
     ポニーテールにした長い髪を左右に振り、優衣は理解不能とでも言いた気に、
    「ちょっと何よこの暑さ。あんたら死にたいの?」
     死にたい訳ないだろ、と反論するだけの力さえ湧き上がって来ない。
     まるで死んだ人間の気分を味わいながら部室の外にいる優衣を見つめていると、大きなため息を吐き出しながら、その炎熱地獄へ足を踏み出しつつ、
    「ほらもう、那奈が死にかけてる。こんなところで死なせるために、那奈をオバ研に入れたんじゃないんだからね」
     オカルト研究部、お化け研究部、略して『オバ研』。生徒にはもっぱらそう呼ばれている。
     汚染された室内へ入り込む救急隊員の如く慎重に部室に入り込み、優衣が徐々に那奈へ近づいて行く。ようやっと見つけた生存者よろしく、優衣が那奈の肩を掴んで揺さぶり、
    「起きなさい那奈、ここにこのままいたらアイツみたいに脳味噌が溶けて馬鹿になって死ぬわよ」
     誰の脳味噌が溶けてんだ、と反論するだけの力さえ湧き上がって来ない。
     揺さぶられた那奈が僅かに視線を上げ、その虚ろな視線が優衣を捉える。捉えた瞬間、その口元がにへらっと緩んだ。
    「天使の優衣ちゃんだー……、お迎えに来てくれたんだねー……、いいよー……わたしはもー……疲れたよー……」
    「え、ちょ!? ちょっと那奈!? まっ、待ってっ、待っ、きゃあっ」
     いきなり立ち上がった那奈に抱きつかれ、優衣がバランスを崩してその場に倒れ込んで行く。
     埃っぽい床に女子高生二人が転がる。おまけに転がっている二人は、かの有名な杉原優衣と佐々木那奈だ。この光景を写真に収めてオークションに掛ければ、たぶん軽く万は越す。下着なんてものが見えているようなブツであれば、下手をすれば数十万でも出す奴もいるかもしれない。
     それくらい、校内でのこの二人の人気は凄まじかった。
     杉原優衣はバスケットボール名門高の特待生でエース、おまけに顔も体系もグラビアモデルみたいなもので、男女問わず人気者で、そしてその人気はこの高校のみに留まらず、他校にファンクラブまである始末だ。一体どこの漫画のヒロインなのかと、常日頃から思っている。
     しかし佐々木那奈もそれに通ずるものがあった。合法ロリなんて言葉はこいつのためにあるのだとすら思う。童顔から魅せる笑顔は人を魅了し、人懐っこい性格はそれをさらに際立たせる。お姉さんに憧れる人は優衣に、妹に憧れる人は那奈に、という見事な役割分担を担う二人は、小学校の頃からの幼馴染であると言う。元は那奈もバスケットボール部で優衣とコンビを組んでチームの柱だったらしいのだが、いろいろあって今はこのオカルト研究部のみに在籍している。
     そしてそんな二人がくんずほぐれずで絡み合っているこの構図は、実は物凄くエロくて、その筋に流せばきっと高値で取引されるに決まっていた。よくよく考えてみると、ここで写真を撮って売り払えば、もしかしたらこの部室に扇風機なんてちんけなものじゃなく、クーラーを設置出来るのではないかと半ば本気で思い、携帯電話に手を掛けた瞬間、しかしその事実がバレた場合、優衣に殺されるかもしれない危険が伴うことを思い出して何とか思い留まる。
     那奈に抱きつかれた優衣がじたばたと暴れて抵抗するが、暴れれば暴れるほど、那奈がその身体にさらに纏わりついて「にへへ」とだらしない顔を浮かべながら笑い続ける。その笑顔がちょっと怖くなってきた。那奈はこの暑さでついに壊れてしまったのではないか、と不安になった頃、優衣の我慢の境界線が突破され、「暑いって言ってるでしょ!?」という叫びと共に、拳が振り下ろされてしまった。
     その結果、部室の壁と棚の間に体育座りで挟まって、叩かれた頭を抑えながら那奈はしくしくと泣いてる。
     そんな光景を視界の隅に入れながらも、先ほどまで那奈が座っていた椅子に座り込んだ優衣に視線を移す。じゃれ合ったせいか、かなりの汗をかいていた。ユニフォーム姿で汗を流す優衣は何度か見たことがあるのだが、制服姿で汗を流す姿は、もしかすると初めて見たかもしれない。汗で透けたカッターシャツに、ピンク色の何かが見える。これも写真に撮れば実は高値で――、なんて考えていたことを見透かしたように、優衣がこちらをキッと睨みつけ、
    「――どうすんのよ。那奈が泣いちゃったじゃない」
     僅かに動揺しつつ、
    「いや知らねえよ。お前が泣かしたんだろ」
    「元はと言えばあんたのせいでしょ。こんなあっつい所に那奈を閉じ込めて。もし那奈が死んだら、あたしがあんたを殺すわよ」
     そこまで大事に思っているくせに、遠慮無く那奈の頭に拳を振り落とすのはどうなのだろう。
     何度目かのため息を吐き出していると、優衣が床に転がっていた団扇を手に取って仰ぎながら、
    「ていうか暑過ぎでしょこの部屋。なんで扇風機もかけてないの?」
     胸元を開けて団扇で扇ぐ優衣。風に煽られたカッターシャツの隙間から、豊満な谷間が見え隠れしている。心底思う。写真に撮って売り捌きたかった。それが捌けさえすれば、こんな馬鹿なことをしなくても済むのに。
    「見て判るだろ。扇風機はこれだよ」
     目の前に広げられた部品の数々。羽があるおかげで、その残骸が扇風機だというのが判る。
     煙を噴いて天寿を全うされた扇風機である。それは今、目の前で跡形も無く分解されている。
     優衣が意外そうに身を乗り出しつつ、
    「へえ。あんた、機械にも詳しいんだ。凄いじゃん」
    「馬鹿言え。ドライバーなんて触ったの、小学校の工作以来だ」
    「え。じゃあそれ何してるの? 直してるんじゃないの?」
    「直そうとしていた、というのが正しい。もうどこかどうなっているのか、おれでも判らん」
    「ダメじゃん」
     そう。ダメだった。何とかならないかと思って分解してみたが、何ともならなかった。ゴミが増えただけだった。
     優衣に言われてようやく諦めがつく。ドライバーをその場に投げ出して、椅子に深く腰掛けた。そんな中で、優衣が持っていた団扇でこちらに風を送ってくれた。学校のアイドルに団扇で扇いで貰えるなんて、これは有料サービスにしたらいい儲けになるのではないか。そして優衣は、時折こうした気遣いを誰彼構わず自然とやってしまう。そこが誰からも好かれる所以であるのだろう。それ自体は有り難い、有り難いのだが。飛んでくる風が暑過ぎて、もはやそれは嫌がらせに近かった。身を乗り出し気味だった優衣の胸元は、まだ広げられたままだった。
     ダメ元で言ってみる。
    「なぁ」
    「なんだい。って、この部屋四十一度あるじゃん!? うそ!? この温度計壊れてない!?」
    「なぁってば」
    「だからなんだい」
    「写真撮っていいか」
    「写真って、なんでまた」
    「いや、その写真がクーラーになるかもしれないんだ」
    「? どういう意味?」
     その問いに、言葉ではなく視線で答える。
     こちらの視線を追って、優衣が自らの視線を下げ、広がったままの胸元に落ちる。
     優衣の笑顔が返って来た。こちらも笑顔を返した。
     こっちはちっとも悪くないのに、思いっきりグーで殴り飛ばされた。

    「……何やってんの、お前ら」
     オカルト研究部の最後の一人である高山智久(たかやまともひさ)が部室に訪れた時の第一声がそれだった。
     そう言われるのも無理はないだろう。炎熱地獄並に暑い部室の中で、優衣はご立腹で破壊した団扇をさらに粉々に粉砕しており、那奈は未だに体育座りでしくしく泣いていて、こちらは両の鼻の穴にティッシュを詰め込んで扇風機の処分作業を進めていた。端から見ても和気藹々とした雰囲気ではなく、異常な光景だというのは一目瞭然であったことであろう。
     高山の台詞に誰も答えないでいると、「まぁいいや」という小さな呟きの後、両手で持っていたそれを掲げた。
    「ほれ。ウチの要らない扇風機持って来たぞ」
     その台詞に一番早く反応したのは那奈だった。先ほどまでベソをかいていたくせに、いきなりパァっと明るい顔になって隅っこから飛び出していく。そのまま高山の前まで来ると、まるで子犬のように「扇風機つけよう扇風機!」と連呼する。小さなお尻をふりふりするその後姿を見ていると、尻尾でも生えているのではないかと思う。
    「まぁ待て、慌てるなナースケ」
     高山は何故か那奈のことをナースケと呼ぶ。最初は「那奈介」と呼んでいたものが訛ったのだと推測される。
     せっせと扇風機を運んで行く高山の後ろにぴったりとつく那奈。その二人を視線だけで追う自分と優衣。
     やがてコンセントまで辿り着いた二人が意気揚々と扇風機にプラグを刺し込み、自信満々にスイッチをONにした。羽の前に待機していた那奈が風が送られて来るのをわくわくと夢見ていたその瞬間、何の前触れも無く、ギャンッ!、という鈍い音と共に扇風機が飛び上がった。尻尾を踏まれた犬のような声を上げて那奈が引っ繰り返り、それとほぼ同時に扇風機から煙が上がった。
     たちまちに立ち込める焦げ臭い匂いに優衣が溜まらずに声を上げる、
    「ちょっと! どうなってるのよ!」
     高山が大慌てで扇風機のスイッチを切りながら、
    「うっそ、壊れたのこれ。おれ扇風機が煙噴くとか冗談だと思ってたんだけど」
    「そう思ってた時期がおれにもあったよ。しかし二台目まで壊れるとはさすがに思わなかった」
     しかし、二台も連続して壊れるなんてことがあるのだろうか。
     これは扇風機が悪いとかじゃなくて、もしかしてコンセントの方に原因があるのではないだろうか。内部的に短絡しているとか、そういう原因のような気がしてきた。そうじゃなければいきなり扇風機が煙を噴くとか、普通は有り得ないと思う。だったらもう下手なことはせずに、誰か教師に言って調査して貰うべきであろう。こっちはこれっぽっちも悪くないのに、どうせまた教頭に嫌味を言われることになる。面倒なことばっかり起こるものである。
     そう言えば、と思い出して姿を捜してみると、先ほど引っ繰り返っていた那奈はもうそこには居なくて、さっきまでと同じように、隅っこに縮こまったまま放心していた。どうやら思いの他にショックだったようだ。もうしばらくは立ち直れないかもしれない。最後の希望まで絶たれたのはもはや事実であり、この状況を打破する術はもう無い。
    「しかし暑いなここ。なんだこれ、蒸し風呂かよ」
     あちーあちーと言いながら高山が制服をはだけさせてバタバタする。男の裸なんて写真に撮っても金にならないのが惜しい。
     鼻に詰めたティッシュを抜き出してみる。先の方に少しだけ血がついているが、どうやら鼻血は止まったらしい。よかった。ティッシュを丸めてゴミ箱へ投げ捨てながら、ふと視線を移した壁掛け時計の針を見て、ため息を吐く。今日だけで何回目のため息かももう判らない。
    「――そろそろ夕方だな。帰るか」



     【あらすじ】
     
     何だかんだで、和気藹々と過ごすオカルト研究部の面々。
     そんな折、たまには部活動らしいことをしよう、ということで、
     近頃話題となっていた心霊スポットへの肝試しを決行することになった。
     しかしその日、そこで奇妙な出来事に遭う。
     その日から、メンバーの様子が変わった。
     性格が変わったかのようなメンバーと違和感を残しながらも過ごしていたその日、
     肝試しから三日後のその日、主人公を残した全員が死亡する。
     絶望の中で夜を迎えたその時、気づけば時刻は、三日前のあの日に遡っていた。
     そしてまた、その三日後にメンバーは全員死亡し、時が遡る。
     唐突な事故、不自然な自殺。繰り返す度に死亡原因は変わるが、主にこの二つがメンバーに死を運んだ。
     何度目かは判らない繰り返しの中、ついに主人公はこの原因に気づき、
     この退行と、メンバーの運命を変えるために動き出す。
     
     
     とりあえず、純和風ホラーで、グロい何かを書きたくて始めた物語。
     冒頭のあれは、昔にあったある村の風習で、数年に一人、贄を捧げることで安泰な生活が手に入ると信じられていた。
     そんな時に起こったひとつの事件。贄を阻止しようとした若者が、村人に殺された。
     それを切っ掛けに始まった、贄による復讐。皆殺しにされた村人。
     
     そんなのがまぁ、よくある呪いとか怨念とかそんなのになって、
     それに触発されたメンバーの気が狂って次々死んで行く。
     それを止めようとあがき続けて、最終的に贄の怨霊なり何なりとどうにかこうにかして、
     皆助かる、たぶんハッピーエンドな物語。
     中間を如何にエグくグロく書くのかを突き詰めよう、と思って書き始めたけど、
     どう考えてもかなりの長編になることが判明して力尽きた物語。
     大昔に神夜が書いた『KILL YOU』のもっとちゃんとした版みたいな。


    タイトル3:『言葉 ―コトバ・コトノハ―』
    記事No: 1067 [関連記事]
    投稿日: 2014/05/16(Fri) 22:00
    投稿者神夜






     肌が触れる度、僕たちは喧嘩をする。
     心が重なる度、僕たちは喧嘩をする。

     だけど僕は、君を愛している。

     肌が触れ、心が重なり、喧嘩をしても、
     それでも、
     
     それでも僕は、君を、愛している。


     ――ごめん。
     僕は泣いて、そう言った。

     ――背負わせて、ごめんなさい。
     君は笑って、そう言った。

     だから、僕は。
     そして、君は。


     僕は。

     僕は、君を――、愛して、いた。



         「言葉 ―コトバ・コトノハ―」



     いつも同じ場所で、同じことをしている女の子が居た。
     都筑市の市営図書館「つづきプラザ」の、二階の奥にある自習室。そこの窓際の一番後ろの席。そこに座って、彼女はただ、本を読み続けていた。晴れの日も曇りの、雨の日も雪の日も、図書館が空いている限り、彼女は必ずそこにいて、いつもと同じように、ただ本を読み続けていた。
     歳はたぶん高校生くらいだと思う。制服は着ていなくて私服であったが、見た目も随分と幼く見えたし、何よりも雰囲気がまだ子供だった。今までの約二ヵ月間弱で、彼女の私服の種類は僅か七種類しか見たことがなく、一週間でその七種類の服装をローテーションで着用していた。余程お洒落に興味が無いのか、あるいは何かそうしなければならない理由でもあるのか。
     図書館へは、いつも開館五分前後に着くように家を出ていた。図書館程度の開館時間を外で待つのはどこか気が引けたし、休日ならともかくとして、平日の自習室なんて人がいることの方が珍しいから、それでも十分だった。しかし、開館五分前後に到着しているのにも関わらず、毎日、彼女は先に自習室にいた。そして閉館五分前になると、彼女は誰に何を言われるでもなく、すっと席を立って、静かに帰って行く。
     彼女が、本当は図書館に住まう幽霊かそれに類する何かだと思ったことがある。彼女は自分にしか見えていないのではないか、と考えたこともある。だから自習室の清掃に来た職員に尋ねた。するとどうやら彼女は幽霊ではなくちゃんとした生きている人であり、全員に見えているとのこと。ただ素性の深くは職員も知らないらしく、話し掛けても一切、返事をしないという。そのことが積み重なるにつれ、やがて職員も深くを追求することを辞めた。何分、ただ朝から晩まで本を読んでいるだけであり、人畜無害であるため、職員間でも特に気にされていないらしい。それどころか、つい最近になってそこに追加された自分の方が職員間ではマークされていると言われて少しショックだった。
     いつも同じ場所で、同じように本を読んでいる女の子が居た。
     この二ヶ月間で、たぶん彼女と同じ空間を最も共有しているのは自分だと言う思いはあったが、ただそれは、あくまで『同じ空間に居る』だけであって、喋ったことは愚か、名前すらも知らない。そもそも相手の瞳に自分が映ったことがあるのかどうかさえ、判らなかった。喋ったこともなければ名前も知らない、そして目すら合ったことが無い。彼女はきっと、こちらのことなど本当に『空気』としか思っていないのかもしれない。
     でも、それを敢えて飛び越えようとは思わなかった。
     いつも同じ場所で、同じように本を読んでいるその子のように、自分もまた、いつも同じ場所で、同じように本を読み続けた。
     そのことに変化が起きたのは、そんな空間を二ヶ月間、共有した日のことだった。
     いつものように本を読み、物語の中では蛙に姿を変えられてしまった主人公が何とか元の姿に戻ろうと奮闘していたその時、意識の彼方で小さな悲鳴を聞いた。予想外のことに遭遇した際に出るような、そんな悲鳴。それは本当に小さな小さな、普段の雑踏の中でなら絶対に気づかないであろうくらいの小さな悲鳴であったが、誰も居ない自習室では、それは思いの他、よく耳に通った。
     顔を上げて視線を向けると、いつも座って黙々と本を読んでいるはずの彼女が椅子から立ち上がり、自習室の壁の方をじっと見つめていた。何を見ているのだろう、そう思って彼女の視線の先に目を凝らして初めて、白い壁に小さな黒の点があることに気づいた。よくよく見ればその点がゆっくりと動いているような気がする。
     ――蜘蛛?
     たぶん、蜘蛛。それもかなり小さい、小指の爪ほどの小さな蜘蛛だ。あれがなんていう種類の蜘蛛かなんてのはさすがに知らないが、よく家の中とかに現れるタイプである。女の子はその蜘蛛をじっと見つめたまま、それが僅かに動く度に大袈裟なまでに肩を震わしてその行方を追い続ける。
     怖いんだろうか、とぼんやり考える。
     蜘蛛が好きだ、とは冗談でも言えないが、あのくらいのサイズであれば別段怖くはなかった。ただ、どうもあの女の子は相当に怯えているらしい。女の子は虫とかが苦手だと聞くし、あの子もまた、例外ではないのかもしれない。どうしよう、とは思ったものの、このまま放っておくのは少し忍びなかった。
     二ヶ月間一緒の空間に居たが、彼女とコンタクトを取るのは、これが初めてであった。
     自らの席を立ってゆっくりと近づいて行く。気配としてそのことを彼女が気づいたのだ、ということは背中を見ていて何となく判ったのだが、どうやら蜘蛛から目を離せないらしい。その気持ちは何となく判る。部屋の中にゴキブリとかが出たら、たぶん自分も何も出来ずにただ見ていることだけしか出来ないと思う。
     彼女のすぐ傍まで歩み寄って、改めて蜘蛛を見る。本当に小さい。
     彼女はただ、その蜘蛛をじっと見つめ続けている。
     さすがに、ここでいきなりこの蜘蛛を叩き潰したら、思いっきり引かれると思う。
     どうしよう、とは思ったものの、殺さないのであれば、取るべき道はひとつしかない。
     壁の上にあった窓をそっと開け、蜘蛛の下の方に手を回してぶんぶんと振ってみる。動いているものに反応したのか、あるいは手から出る風に反応したのか、蜘蛛は思惑通りに動いてくれた。慌てて上に歩き出して、そのまま綺麗に窓枠を乗り越えて外へと旅立って行った。外に出たことを確認した後、窓をゆっくりと閉めて一息着く。
     ここで、ようやく彼女の方を振り返った。
     振り返って初めて、二ヶ月間一緒の空間に居て初めて、彼女と目が合った。
     真っ直ぐに見つめ合った彼女は、横顔で見るよりも随分と幼く見えた。短めの髪と小さな輪郭を作る頬のライン、澄んだ瞳と綺麗な唇、白い肌と細い肩、華奢な身体と幼い雰囲気。高校生くらいだと思っていたが、向き合った彼女の身長はこちらの胸くらいまでしかなくて、もしかしたらもっと幼い、それこそ中学生くらいなのではないかと思わせた。
     数秒間、彼女と見つめ合っていた。しかしやがて沈黙に耐え切れなくって口を開こうと思った時、先に動いたのは彼女だった。
     すっと手を動かしたと思った時には、その手が胸の前で瞬時に幾つかの形を作っていった。
     あ、これって――、
     それが何であるのかを、すぐに理解した。
     手話だった。何度かテレビで見たことがある。ただ、それが手話だということは判ったのだが、果たして形を作り変えるその手が何という言葉を伝えようとしているのかは、まったく判らなかった。手話の基礎でさえ習ったことなんてなかった。こちらを切実な瞳で見上げながらも、彼女は次々と手の形を変化させていく。
     何かを伝えようとしている彼女と、それを理解出来ない自分。
    「え、っと……あの、ごめん。判らないや……」
     そう呟いたところで、手話を使う彼女にはきっとこの言葉は伝わらないのであろう。
     こちらを見上げていた彼女が、突然に手話を止めた。少しだけ悩むような素振りを見せた後、身体の向きを変え、自習室の机の上に置きっぱなしになっていた鞄の方へと手を伸ばして、そこから何かを取り出した。
     携帯電話だった。
     それを開けると同時に、びっくりするくらいの速度でキーを叩いたと思った次の瞬間には、そのディスプレイがこちらに向けられた。ディスプレイはどうやらメモ帳を開いているらしく、そこにはただ一言だけ、こう、書かれていた。
    『ありがとう』
     手話もそう伝えようとしていたんだろうか、とふと思った。
     敢えて言葉は返さなかった。ただ、どう致しまして、という意味を込めて、笑って見せた。
     そのことに対して、彼女もまた、こちらに向かって、綺麗に、笑った。

     彼女との距離が近づくのに、そう時間は掛からなかった。
     一度切っ掛けを手に入れたら、あとは流れに身を任せるだけで良かった。
     朝に自習室に行けば会釈をするようになった。お昼を別々で食べていたのが一緒の机で食べるようになった。三時の休憩には一緒にベンチに座ってジュースを飲むようになった。閉館時間の五分前には図書館の入り口まで一緒に帰るようになった。一緒の空間を共有して、一緒の机で、一緒に本を読むようになった。
     三人用の長机の両端に二人が座って、その真ん中に家から持って来たタブレットを置き、何か伝えたいことがある時は、それに文字を打ち込んで会話をした。
    『この図書館でオススメの本とかある?』『そうですねー、わたしが見た中ではE-5とかにあるの全般、面白かったですよ。貴方は何かありますか?』『好きなジャンルは?』『大体なんでもいけますよ。虫関係以外であれば』『さすがに昆虫図鑑なんてオススメはしないよ』『そうですよね(笑)』
    『そう言えば君はどれくらい前からここに通ってたの?』『一年くらい前からです』『一年ってすごいね。学校は?』『もう卒業してますよ』『卒業って、中学校? 高校は?』『中学校って、どうしてそうなるんですか。高校に決まってるじゃないですか』『うそ。歳いくつ?』『今年で20歳ですね』『   』『どうしました?』『……ごめん。中学生くらいだと思ってた』『やっぱり。よくそう言われますけど、正真正銘のハタチです』『すごいね、ものすごく若く見える』『20歳に対してそれって、単純に子供に見えるってことじゃないですか』
    『前に聞きそびれてたんですけど、貴方の歳は幾つなんですか?』『唐突だね。僕は今年で27になるよ』『おじさんだ(笑)』『それちょっとショック受ける』『(笑) でも、おじさんもいつもここにいますけど、会社はいいんですか?』『おじさんって言うのやめて。本当に凹む』『すみません(笑)』『僕は会社には行ってないよ。ちょっと前に辞めちゃった。だから今はニートかな』『じゃあわたしと一緒。ニート仲間ですね』『君もニートなんだ』『君もニートです』
     二ヶ月間、一度も喋ったことがなかったはずの彼女は、距離が近づくにつれ、タブレットの中では饒舌に話した。
     会話もせずに一日中、一緒の長机で本を読んでいる時もあれば、タブレットの充電が切れるまで永遠と話をしていた時もあった。彼女は自分のことを人見知りだと言った。というよりは、言葉を扱うことが出来ない彼女にとって、初めて人と『会話』をする時は、相当の勇気がいるのであろう。何しろ手話、あるいはいつかのように携帯電話などの文字で会話するしかないのだから。だから彼女は、この図書館の職員に声を掛けられても、一切返事をしなかったのだ。もしかしたら職員に話し掛けられていたことにすら、気づいていなかったのかもしれない。
    『よく考えたらわたしたちって、お互いの名前知りませんでしたよね』『そう言えばそうだね』『名前、教えてもらってもいいですか?』『いいよ。名前は佐藤光宙』『あの、すみません。光宙ってなんて読むんですか?』『ピカチュウ』『ピカチュウって、あの黄色いピカチュウ?』『そう、その黄色いピカチュウ』『   』『  い 』『   』『 ご  』『   』『本当にすみませんでした。ごめんなさい。もう叩かないでください』『次やったら本気で怒りますよ』『本当は佐藤統弥』『……それって、とうや、って読むんですか?』『そうだよ。君は?』『南野言葉』『ことば、っていうの?』『そうですよ。言葉って書いて、そのままことば』『変わった名前だね』『ピカチュウなんて名前の人に言われたくありません(笑)』
    『でも、少しこの名前、コンプレックスなんですよ』
    『なぜ、って。言葉を喋れないのに、名前は言葉。そんなの、おかしいじゃないですか(笑)』
     彼女は喋れないのではなく、耳が聞こえなかった。
     産まれた時から、彼女はこの世界が発する音から離れた世界で過ごして来ていた。それはたぶん、自分にはまったく想像出来ない世界のことで、そして考えたとしても、そこにどんな想いがあるのかなんて、まったく判らない。そう。それは本人にしか判らないこと。そのことに対して、何も知らない健全者である自分が客観的に「寂しい」だとか「辛い」だとか、そういうことは言ってはいけないのだと、知っていた。
     なぜなら、

     なぜならあの時、『彼女』は――、

         ◎

     昔から、感情をあまり表に出さなかった。
     嬉しいことがあっても、楽しいことがあっても、辛いことがあっても、嫌なことがあっても、それを表に出して、表情を変えることを、昔からあまりしなかった。ただ、内面的にはもちろん嬉しければ嬉しいし、楽しければ楽しいし、辛ければ落ち込みもするし、嫌であれば腹を立てることもあった。だけどそれを表情として表に出すことが、小さな頃からどうしてか苦手で、よく人に「無表情」や「ポーカーフェイス」だと言われた。
     そんな自分が唯一、表情を素直に変えられる人が居た。
     大学生の頃に、その子と出会った。
     大学の入学式の日。偶然にも肩がぶつかってしまったことが切っ掛け。
     その子はひとつ年上の女の子で、勝気で、男勝りで、喧嘩をすれば口よりも先に手と足が出るような性格をしていたけれど、でも綺麗な花や可愛いぬいぐるみを眺めてニコニコするような一面も持ち合わせていた。彼女の前でだけは、どうしてか自分は、感情をありのまま、表情として表に出すことが出来た。
     嬉しいことが合ったら一緒に分かち合い、楽しいことがあったら一緒に笑い、辛いことがあれば一緒に泣き、嫌なことがあれば一緒に怒った。
     自分が今まで生きて来た中で、初めて喧嘩をした相手は、その子だった。その子以外と喧嘩をしたことは、一度もない。そしてこれからもきっと、その子以外と喧嘩をすることなんて、無いのだと思う。
     彼女とはよく喧嘩をした。口論もしたし、グーでの殴り合いもしょっちゅうだった。ただ、口論であればともかくとして、喧嘩をすれば口よりも先に手と足が出るその子に、自分はいつもこてんぱんにされていた。たまに苦し紛れの一発が彼女に入った時は、その百倍以上の仕打ちを余儀無くされた。それでも。一度も彼女に喧嘩で勝ったことなんてなかったけど。それでも自分は、よく彼女と喧嘩をした。白状すると、いっつも負けていたけれど、彼女と喧嘩をするのは、――楽しかった。それはきっと、喧嘩をした次の日、どっちが悪かろうが、必ず彼女が歩み寄ってきて、本当に申し訳なさそうに、「……ごめんなさい」と謝ってくれていたからだろう。

     僕は、彼女が好きだった。
     彼女と過ごした日々が、僕の人生のすべてだった。
     素直にそう思えて、そう言えるほど、僕は、彼女が好きだった。
     だから、僕はあの日――




     【あらすじ】
     
     昔、大切な人を病気で失った「僕」。
     現実逃避で通い始めた図書館。
     そこで出会った一人の「言葉を知らない少女」。
     
     二人はやがて――
     
     
     まぁよくある恋愛ものである。
     確かちょうどこの時に少女マンガ読んでて「おし、何かそれっぽいの書くか」とか思って書き始めて、
     ここで力尽きた。あらすじもクソもない。もう煮ても焼いても神夜では食えなくなった物語。
     


    タイトル23:『最大90%OFF!!(仮)』
    記事No: 1066 [関連記事]
    投稿日: 2014/05/16(Fri) 21:59
    投稿者神夜






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     薄暗いオフィスの天井に向かって煙草の煙を吐き出す。吐き出しながらも一定間隔で送信釦を押下し続けた。
     今のご時世、こんなクソみたいなスパムメールに引っ掛かるヤツなんてそうはいないが、百万人に一人くらいの割合で極稀に釣れたりする。そんなヤツが釣れるだけで、実は採算がかなり取れたりする。なんたって一分で書いたゴミみたいな文章を、煙草吸いながら釦ポチポチして送信しただけで何万、上手くいけば何十万の儲けにもなるのだ。ボロイ商売である。
     煙草を吸い終わると同時に送信釦を押下することを止めた。灰皿で火種の息の根を消していると、右斜め後ろにあるオフィスへの扉が開いて、誰かが入って来た。首だけで振り返る。
     入って来たのはハゲ頭だった。いや、ハゲ頭というか、スキンヘッドである。おまけにこのスキンヘッド、身長が190センチもある。体重も100キロを超えている。眉毛もない。筋肉で出来ているような人間。たぶん悪の秘密結社の戦闘員の実力で言えば、自分がショッカーで、このスキンヘッドが幹部クラスである。そのスキンヘッド幹部が怪訝な顔をして、
    「おう。なんだ、哲弘だけか」
    「うす。おれだけっす」
    「他の連中どうした。金田と誰だっけ、あの猫背のクズ」
    「あー。金田は確か今日は休みっす。猫背のクズは知りません」
    「そうか。猫背のクズが次来たら教えろ。お仕置きしてやらにゃならん」
    「うす」
     まあ猫背のクズは逃げたんだろうな、とは思っている。もともとどっかから迷い込んだかのような学生のアルバイトだったし、いつもビクビクしながら仕事をしていたのを憶えている。仕事が遅いとスキンヘッド幹部に何度か優しくどつき回されていたし、もうそろそろ限界だとは薄々感づいてはいた。だから今日ここに出勤した際、金田はともかくとして、猫背のクズがいなかった時、「ああ、バックレたな」と一発で理解した。
     スキンヘッド幹部が少し離れた大きなデスクチェアーに腰掛け、ポケットからスマートフォンを取り出し、それを操作しながら、
    「で。今日の調子はどうだ」
    「んー。ぼちぼち、っすかね。電話対応の方は相変わらず知りませんけど、クリック数はすでに8件あります。注文数は2件だけですけど」
    「2件か。まぁ搾り取れるだけ絞り取っとけよ。両方10は取れるだろ」
    「10、っすか。何とか頑張ってみますわ」
    「ちゃんとやれよ。お前のことは信用してんだ。両方10の20取れたら、2はボーナスしてくれるよう、おやっさんに頼んでやるから」
    「え。マジっすか。それホントっすね? おけ、任せてください、ちょっち頑張ります」
     無言のスキンヘッド幹部から視線を外してディスプレイと向き合う。
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     どこにも嘘なんて書いてない。ただそれが、「お客が望んだ品」かどうかなんて、こっちの知ったこっちゃないだけの話。が、それでもまだ優良的な方だとは自負している。こっちは中の国の製品ではあるが、ちゃんと見た目がそれらしい商品を提供しているのだ。酷いところだと、どっかで拾ってきた布に平仮名で「ぐっち」や「しゃねる」とだけ書かれているだけの場合もある。そこから考えたら、まだ良心的であろう。
     しかし何はともあれ、今は目先の二人である。一人はすでに何を血迷ったか、5万分も注文を確定させて来ていた。本当に何を考えているのかさっぱり判らないが、せっかくだからあと5万は搾り取りたい。少々小細工を織り交ぜつつも、注文返信メールに幾つか常套句を書いて返信しておく。これで基本的に馬鹿なら、あと5万は絞り落としてくれる。基本的な馬鹿じゃない場合でも、あの手この手で何としても5万は絞り落とす。
     そしてもう一人だ。こいつは一体幾ら落として、
    「……んぅ?」
    「なんだよ気持ち悪い声出して。おれは今ナメコ狩ってんだ、邪魔すんじゃねえ」
    「え、あ。すんません」
     思わず変な声を出してしまった。
     いやそれよりも、注文確定メールの表示金額は、\0。これではただのイタズラである。こういう場合はさらに違う手段を用いてもっとえげつなく金を毟り取るところであるのだが、どうやらこのイタズラメールに関しては、少しだけ趣向が異なっているらしい。
     備考欄に、メッセージが書いてあった。
    『お忙しい中、申し訳ありません。お値段のことでご相談したいのですが、よろしいでしょうか?』
     なんだこれ、と首を傾げつつも、煙草を咥えて火を点けた。



     【あらすじ】

     一通のメールから始まった、ある不思議な話。
     最初はどれだけ搾り取ってやろうかと思っていた哲弘だったが、
     メールを繰り返していく度、その送り主が、ただの女子中学生であることに気づく。
     おまけに、母への誕生日プレゼントを買いたいのだと言う。
     さすがにそこでパチモンを買わせる気も失せ、上からの制裁覚悟でこのサイトの真実を告げる。
     しかしそこから思いもよらぬ方向に事態は流れて行き――
     
     
     どんでん返しにするか、はたまた普通に素朴な少し甘い恋愛モノにするか、
     最期まで決めきれずにこのプロローグで力尽きた物語。
     発端は確か、何年か前に酷かった、投稿掲示板の方の通販ショップの荒らし書き込み。
     だから題名はそれをほとんど真似てやろうフヒヒ、とか思った。
     


    タイトル123:『しっ、死んじゃえばーかっ』
    記事No: 1065 [関連記事]
    投稿日: 2014/05/16(Fri) 21:58
    投稿者神夜






     ねえ、※※。

     ――わたしたちって、幸せ、……だったのかな?


         ◎


     いつの間にか、そこにいた。
     真っ白い空間だった。周りには何もなく、ただ目が痛くなるくらいの白い空間が、永遠と続いていた。床や天井、壁の境目なんてまったく判らない、本当にただ真っ白な空間が続いている。距離感なんてものはここでは意味を成さず、歩き出してもたぶん、自分が進んでいるのかどうなのかさえ、きっと判らないんだと思う。
     どこだろう、此処。
     ようやくそう思った。思ったのも束の間、ここに来て初めて、自分がこの空間の中で椅子に座っていたのだということに気づいた。そっと立ち上がって自らが座っていた椅子を見つめる。安っぽい鉄パイプと、茶色の木板。昔に良く使っていたような気がする、どこか馴染みのある椅子が、真っ白い空間にただポツンと、そこにはあった。
     どこだろう、此処。
     再びにそう思う。そう思うのも束の間、胸に大きな穴が空いているかのような違和感に気づいた。そしてその違和感の正体に気づいた時、愕然とした。
     此処がどこなのか。それ以前の問題であった。
     何も思い出せなかった。自分が何で此処にいるのか。自分が今まで何をしていたのか。自分がこれから何をしなくちゃいけないのか。自分がこれから何をするべきなのか。自分自身の過去のこと、自分自身のすべてのこと、そして、自分自身の名前さえ、何も思い出せなかった。胸に空いた穴のような違和感はたちまちにその大きさを増し、この白い空間のように、すべてを空白に染め上げていく。
     気が狂いそうになる。言いようの無い焦燥感のようなものが急激に込み上げて来て、堪らずに叫び声を上げようとしたその瞬間、
     真っ白い空間に、黒い線が入った。その線は下からすーっと真っ直ぐに上へ伸びていき、二メートルくらいのところで緩やかな曲線を描いて方向を変え、再び下へ向かって落ちていく。最初の線の位置まできたところでぴたりと止まり、じっと見つめるそこで、いきなりその線が、いや、その線で囲った空間が開いた。
     まるでドアのように、その空間が切り取られて、『こちら側』へと押し開かれていく。
     白に慣れ切った目にはそれは酷く新鮮に思えてならず、食い入るように見つめていたそこから、一人の女の子が出て来た。
     この空間の中にあってなお真っ白な服、真っ白な髪、しかし眼だけが綺麗な空色をしている。小さな輪郭を作る頬のライン、澄ん蒼い瞳と綺麗な唇、白い肌と細い肩、華奢な身体と幼い雰囲気。歳はたぶん中学生、あるいは小学生高学年くらいであろうか。身長はこちらの胸にも達しておらず、ただ彼女の頭の上にはなぜか、白く薄く輝く変なリングのようなものが浮いている。
     空間に現れたドアのようなモノを押し開け、彼女は手をにしたメモ用紙みたいなものを見ながら『こちら側』に現れた。
     やがてその視線がメモ用紙から離れ、その光景を呆然と見ていたこっちと噛み合う。
     空色の蒼い瞳が、無表情にじっと見つめて来る。
     不思議な時間。この少女は、一体、誰なのだろう。
     その疑問を口にしようとした瞬間、突然に、目前の少女は言った。
    「番号9921」
     幼さを漂わせる口調で、少女はそうつぶやく。
     意味が判らずに戸惑っていると、少女は少しだけ口調を荒げ、
    「番号9921っ」
     ますます意味が判らない。番号9921が果たして何であるのかも判らない。
     どこか怒っているかのような表情を浮かべる少女を戸惑いながらも見つめていると、その顔がいきなり泣きそうな雰囲気を彩らせ、再びに口調を荒げたまま、
    「ばんごうきゅーきゅーにーいちっ! へんじっ!」
     へんじ。返事? 番号9921というのは、もしかして自分のことを言っているのではないか。
     そう理解した時には、もう全部が遅かった。
     少女はその場にへたり込んで、急に泣き出してしまった。
     知らない真っ白い空間にいつの間にか自分は居て、自分が誰であるのかも思い出せないこの状況で、いきなり、目の前で少女に意味も判らず泣き出されてしまった。どうしていいのか、まったく判らなかった。
     しかし、状況は一切判らないままでも、目の前で泣き続けるこの少女をいつまでもへたり込ませている訳にもいくまい、と心のどこかが思う。だからこそ、何とか少女を宥めて椅子に座らせたまでは良かったのだが、しゃくり上げるように嗚咽を漏らす少女はなかなか落ち着かず、その前にしゃがんでずっと慰めていた。
     ただ、すべての状況が判らないこの状況ではどうすればいいのかなんて理解出来るはずもなく、慰める言葉なんて「ごめんね。僕が悪かったね。ごめんね」以外に出て来なかった。だから何が悪かったのかなんて知る由も無いことだったが、ただひたすらに、少女に対して「ごめんね」と謝り続けた。
     その甲斐があったのか無かったのかは判らないが、それでもそれから随分経った後、空色の瞳を赤めらせながらも、ようやく少女は泣き止んだ。少女は小さく鼻を啜りながらも、幾分か落ち着いた感じでじっとしていたが、やがて本当に小さく、先ほどと同じ事をつぶやいた。
    「……番号……9921……」
     意味なんてこれっぽっちも判らなかったけど。それでも、何となく雰囲気でそれは自分のことを呼んでいて、そしてここで返事をしないと、少女はまた泣き出すんだろうな、というのは、何処と無く理解してしまった。
     小さく笑いながら返事をした。
    「はい」
     そのことに対して、少女は、どうしてか、笑った。
     綺麗な向日葵のような笑顔を咲かせ、彼女はこちらに向かって笑っていた。
     その笑顔があまりに眩しくて、本当に可愛くて、そしてどこか、どうしてか、――無性に、懐かしくて。
     思わずその笑顔を見つめていたその瞬間、
    「――最初から返事してよっ!!」
     耳を劈くような叫びと共に、顎を思いっきり蹴り上げられた。
     しゃがみ込んでいたせいで、椅子に座っていた少女の足がベストな距離感で顎を打ち抜く形となった。ひとたまりもなかった。そのまま背後に蛙のように引っ繰り返り、おまけに顎を強打されたせいで、意識が驚くほど混濁した。思考と共に世界が揺れる。一発でどっちが天でどっちが地なのかさえ判らなくなった。立ち上がることなんて当たり前のように出来ず、ぐわんぐわんと揺れる世界の中で意識を保つことだけが精一杯の行動で、
     曲線の揺れ動く中で、少女が椅子から立ち上がるのが見えた。
     声が降って来る。
    「なんでさっき返事しなかったの!? 意味わっかんないっ!! 聞こえてたなら返事してよっ!!」
     返事って、そもそも番号9921というのが何だという説明すらないのに、いきなり返事なんて出来るはずもない。そう反論しようと思うものの、未だに脳に受けたダメージは抜け切らず、口からは言葉らしい言葉なんてものはついに出て来ない。
     それを黙秘と受け取ったのか、少女はさらに声を荒げ、
    「なんとか言ってよ!! 喋れるんでしょ!? 知ってるんだからねっ!!」
     喋れるよ、喋れるけど、今は喋れないんだよ君のせいで、とも反論しようとするも、口は相変わらずまともに動いてくれず、そして少女の言葉は続く、
    「そんなんだからフィル姉様が貴方達のことを蛆虫だって言うのよっ!! この蛆虫っ!! ばーかばーかっ!! 死んじゃえばかーかっ!!」
     ばーかばーか、と涙目で罵り続ける少女は、名前をスピカ・フィーフィットと名乗った。

     そして少女は、自分のことを、

     ――天使見習いだと、そう、言った。



         「しっ、死んじゃえばーかっ」



     スピカは結局、自分の喉が枯れるまでこっちを罵倒し続けた。
     散々に罵倒した後に、どこからともなく白い水筒みたいなものを取り出して、その蓋となっていたものをコップ代わりに、中の透明な水のようなものを椅子に座りながらこくこくと飲んだ。そして小さく息を吐いてから、ものすごく勝ち誇った顔で笑い、未だに白い空間に倒れこんでいたこちらを見下した。ただ、その見下しに関しては別段に苛立ちを覚えなかった。それはゲームで大人に勝った子供がするような、無邪気な勝ち誇りの笑みで、苛立ちどころか、それはどこか、逆に微笑ましい気持ちにさせた。そしてその微笑ましさを、どうしてか自分は、ものすごく愛おしく、そして、――懐かしく、感じてしまった。
     受けたダメージから回復しつつある脳がようやく正常に稼動する。
     その場に座り直し、一度だけ深呼吸をして、椅子に座ったスピカを見上げるように見つめた後、こう言った。
    「……質問をしてもいいかな」
    「どうぞ?」
     勝ち誇った子供顔で、スピカは返答する。
     どこから聞こう、とは思ったものの、結局はどこからでも同じだという結論に至る。
    「此処は、どこなの?」
    「狭間」
    「狭間、……って何?」
     そんなことも知らないの、とスピカは呆れ顔になり、
    「人間界と天界の狭間に決まってるでしょ」
     人間界と天界。そのあまりの漫画やゲームのような単語に、思わず笑ってしまった。
     するとスピカが急に顔を真っ赤にして、
    「なんで笑うのっ!」
     ごめん、そんなつもりはなかったんだ、とスピカに対して肩をひくひくさせながら謝る。
     しかし、スピカは自分のことを天使見習いだと言った。天使と言い切らずに見習いだと言うあたり、子供なのに謙虚だと思う。そしてその設定に順ずるように、ここは人間界と天界、つまりは普通の世界と天国の間である、と。たぶんスピカはそう言いたいんだろう。子供がよく考えているようなファンタジー物語の世界観。スピカもきっと、例外ではないのだろう。
     少しだけ付き合おうと思った。今はここに、自分とスピカしかないのだから。
    「じゃあ、僕は死んじゃったのかな」
     先ほど笑ったことに対してまだ怒っているのか、スピカはムスッとしながら、
    「正確にはまだ死んでない。死にそうになってるだけ」
     瀕死状態であるから、狭間というどっちつかずな所にいるのか。
     何となく自分の置かれた設定上の話が判って来た。
    「僕はどうして死にそうになってるの?」
    「そんなの決まってるでしょ。貴方が、自殺しようとしたからよ」
    「自殺って。なんで僕が自殺なん――、っ、かっ……ッ」
     違和感を感じた時には、頭の中を金槌で叩きつけられたような痛みに襲われた。
     思わずその場に蹲り、頭を抱えて歯を食い縛った。金槌の次は頭の中を鋸で切り刻まれるかのような断続的な痛みが続く。忘れ掛けていた胸に空いた穴のような違和感。何か。何か忘れていた。そう、思っていた。忘れているのだ。思い出せない何か。自分が何で此処にいるのか、自分が今まで何をしていたのか。自分がこれから何をしなくちゃいけないのか、自分がこれから何をするべきなのか。自分自身の過去のこと、自分自身のすべてのこと、そして、自分自身の名前。胸に空いた穴のような違和感。
     何を忘れているのか。何か。本当に、本当に大切な、何か。
     形の見えない、この大切なものは、果たして、――なん、なのだろう。
     始まったのと同じくらい唐突に、痛みが引いた。流れる嫌な汗と共に荒い息を繰り返しながら、何とか思考を落ち着かせようとしていると、再びに声が降って来た。
    「思い出そうとしても無理だよ。貴方達じゃ、絶対に」
     僅かに視線を上げたそこに、なぜか少しだけ哀しそうな顔をするスピカを見た。
     視線が合わさっていたのは数秒だっただろうか。やがてスピカは椅子から立ち上がり、
    「番号9921。これから貴方に、選択肢を二つ、与えます」
     その言葉と同時に、スピカが現れた時のように、白い空間に線が二本、距離を隔てて現れた。それはそのまま先ほどと同じような動きをした後に、二つのドアを作り出した。
     その前に立ち、スピカは言った。
    「番号9921。貴方は今、狭間にいる。ここから貴方が選べる選択肢は二つある。一つは、このまま天界へ行く道。一つは、貴方の心の欠片を捜す道。好きな方を選んでいいよ。どっちを選んでも、わたしが責任を持って貴方を導くから。わたしはそのために、ここにいる」
     何を言っているのだろう。この状況は、一体、――何なんだろう。
    「……心の欠片、っていうのは……なに……?」
    「貴方が忘れてしまった記憶だよ」
    「……記憶、」
     この胸に空いた穴のような違和感。思い出せない、何か。何か、本当に大切な何かを、たぶん自分は、どこかに置いて来てしまった。スピカの言う、心の欠片を捜す道というのは、きっとそれを取り戻す道。だったら取るべき道なんていうのは決まって、
    「……あのね。一つだけ、貴方に言っておかなくちゃならないの」
     見上げた先のスピカはこちらから視線を外し、白い空間のどこか一点を見つめながら、こう言った。
    「記憶を取り戻すことが、必ずしも良いことだとは思わないで。貴方は自殺しようとした。……ううん。貴方は、自殺をしたの。だから、それ相応の記憶が、貴方の心の欠片にはある。……それを全部集める覚悟が、貴方には、ある?」
     今は忘れてしまった何か。それがどんなものだったのかは判らないけれど。それでも、自殺をしようと思うくらいだから、きっと何か、とても辛いことがあったのだと思う。そのことを聞くのは怖いとは思う。だが、それ以上に今は、自分が置いて来てしまった何か大切なものの方が、重要に思えてならなかった。辛いことを思い出そうとも、それでも、自分は大切なものを、取り戻さなければならない。
     なぜなら、

     なぜならあの日、僕は、――僕たちは、この手を離さないと、そう、決めたはずだから。

         ◎


     【あらすじ】
     
     失った記憶。
     それは、かつて最も愛した女性の記憶。
     二人は手を繋ぎ、そしてもう二度と離さないと誓った。――はずだった。
     
     
     とまぁ、これもまた在り来たりな物語である。
     題名とフィルで、読んだことがある方ならお解かりのように、
     「うるせえばーか。死ね」「生意気言うんじゃねえよばーか。死ね」の続編というか派生というか。
     
     結局、かなり暗い出だしになったことと、
     自殺に辿り着くまでの仮定がどうもしっくり来なかったから止まってしまった。
     
     大枠としては、
     世界は、ひとつの事故によって無残にも砕け散った。
     偶然にも助かった主人公だが、女性は長く生死の境を彷徨っていた。
     不幸なことに、相手方の女性とは駆け落ち同然で、互いの両親の反対を押し切っての逃避行中だった。
     散々に互いの両家から呪いの言葉を掛けられ、関係は最悪に悪化し、
     自らの弱さが最大の原因となり、やがて主人公はその身を投げた。
     
     そして辿り着いた狭間で、主人公は記憶の欠片を集め出す。
     そのひとつひとつの大切さと、自らの愚かさを悔いた主人公は、
     スピカとひとつの約束をして、自らの世界へと還り、未だ生死の境を彷徨う彼女の傍へ――。
     
     


    タイトル13:『どぅぺぇいうる、げぇんぅんがぁー』
    記事No: 1064 [関連記事]
    投稿日: 2014/05/16(Fri) 21:57
    投稿者神夜





     ハローワークに行くつもりが、気づいたらパチンコ屋経由の風俗帰りとなっていた。
     自分でもびっくりした。自分でもびっくりしたが、ハローワークなんていつでも行けるのだから、パチンコ屋の月一イベントの方が優先度が高いなんてのは至極当たり前のことであり、おまけにさすが月一イベントである、日給換算にして八万の儲けとなった。そうであれば所詮あぶく銭なのである、盛大に性欲を満たすことに費やすべきであろう。こういう時にしか行けない高級店に意気揚々と向かい、得意気に「ナナちゃん指名の花弁大回転で」と注文した結果、自分でもびっくりするくらい大満足した。
     アパートの近くのコンビニへ鼻歌混じりに立ち寄り、雑誌コーナーで週刊誌と風俗雑誌に目を通し、冷やかし程度にコンビニのアルバイト募集の紙をちらりと見つめるが、あまりの時給の低さに鼻で笑って素通りする。酒コーナーからお気に入りの缶ビールを二本取り出して、ツマミのコーナーでビーフジャーキーをあるだけ囲い込み、レジが可愛い女の子だったためにいつもよりクールを装って「二十七番の煙草を三つと、あとフランクフルトと唐揚げ棒」とすまし顔で注文する。お釣りを渡される時に手が触れ合わないかと期待したが、そんなことはなかったのが少し残念である。
     買った物が入った袋を手に提げ、フランクフルトをもりもりと食しながら帰路に着く。コンビニから歩いて僅か二分、フランクフルトを食い終わる前に自分の住む二階建てのボロアパートに辿り着いた。ズボンの後ろポケットを弄って鍵を探し当て、フランクフルトの棒を咥えたままロックを外し、ドアを開けた。
     その瞬間、恐ろしいまでの違和感が浮上した。
     腕時計で時刻を確認する。夜の十一時過ぎである。辺りが暗闇に支配されているのは当然だ。だからこそ、部屋の中も真っ暗であるはずだった。にも関わらず、自らのアパートの一室の奥から、灯りが漏れている。今朝に出掛ける際に電気を消し忘れた、なんてことはあるはずがない。なぜならいつも、朝は窓から射す明かりだけを頼りに活動しているため、「朝に電気を点ける」という習慣自体が無いからだ。だとするのなら。なぜ、部屋の奥から灯りが漏れているのか。おまけによくよく意識を澄ましていくと、テレビの音まで聞こえてくる。
     合鍵を持っている誰か、という線はまずない。合鍵を誰かに渡すなんてこと、今までしたことは一度も無い。ならば両親などが何かしらの理由で来たのか、ということに関してはさらにない。なぜなら両親とは十年前の二十二歳の時に死別していた。事故死だった。だからもし仮に両親がこのアパートに来るのだとすれば、それはきっとお盆だけであろう。
     なら。なら、今にこのボロアパートにいるのは、果たして誰なのか。
     泥棒、ではないだろう。泥棒がのんびりとテレビなんて見ているはずがない。じゃあストーカーか、と言えば悪い意味で心当たりが無い訳ではないが、ストーカーされるほど良いツラを持っている覚えもない。では一体、今にこの部屋の中にいる奴は、果たして誰だろう。
     小さく息を吸い込み、ワザと音を大げさに立てて室内へ入り込み、灯りの漏れる部屋のドアを無造作に開け放った。
     ゴミ袋やコンビニ弁当のタッパーやビールの缶が散乱しているクソ汚いアパートの一室。そこに、禿げ散らかした薄汚いおっさんが一人、横に寝転がりながらテレビを見て「げははははは」と笑ってケツをボリボリと掻き毟っていた。そのおっさんが扉を開け放ったこちらに気づき、「おっ」と意外そうな顔をした後、のっそりと起き上がって再びに「げははははは」と笑って片手を上げてきた。
    「よお、遅かったやないかい。どないや、ええ仕事あったか?」
     殺すぞ、と口が出そうになったが何とか踏み止まる。
     しかし、なんだ、これ。
     薄汚いおっさんと対峙しながら、呆然と立ち尽くすしか出来なかった。
     なぜなら、
     なぜならそのおっさんが、どう見ても、どこからどう見ても、――自分自身、だったからである。



         「どぅぺぇいうる、げぇんぅんがぁー」



    「おーおー、気ぃ利くやん。ちょうどビール飲みたかってん。おまけにビーフジャーキーに唐揚げ棒。致せり尽くせりやな」
     コンビニのビニール袋を勝手に引っ手繰った挙句、中の物を遠慮なく穿り出し、缶ビールのプルタブを開け放ち、実に意地汚く唐揚げ棒を貪り、ビールを煽った時に「かぁあーっ」と歓喜の声と共に屁をぶっ放して、薄汚いおっさんは「げははははは」と笑う。
     対面に座り込んだまま、同じようにコンビニの袋から缶ビールを手繰り寄せてプルタブを開け、ビーフジャーキーをつまみとしてビールを煽る。思わず同じように声を出しそうなところで何とか踏み止まったが、そのせいとでも言うべきか、無意識の内にケツが浮くような屁が出てしまった。その屁に対して、対面のおっさんは目を真ん丸にしながら再び「げははははは」と一人で大爆笑する。殺してやろうかと本気で思う。
     ビーフジャーキーを貪りながら、大きなため息を吐いた。
     クソ狭いアパートの一室で、何が楽しくて不細工なおっさんと二人で酒を飲まねばならないのか。おまけに、その相手が自分自身と瓜二つのおっさんだと来たものだ。意味がわからない。生き別れた双子の兄弟、とかではもちろんないであろう。しかし、鏡を見ている分には気づかなかったことがある。実際、鏡に映る角度によっては「あれおれって実はイケメンなんじゃね?」と思ったことも一度や二度じゃない馴染みのツラであるはずなのに、実際に実物をこの目で見てみるとそれはもう酷いものだった。なんだこの妖怪みたいな物体。仕事とは言え、今日に相手をしてくれたナナちゃんはよくもまぁ嫌な顔ひとつせずに頑張れたものだ。見上げたものだ。今度また指名をしてあげよう。
     缶ビールを埃が転がる床に置きながら、再びのため息を吐いた。
    「――で、お前。結局の話、一体何やねん」
    「何やねんって、何がやねん」
    「ワレが誰や言うてんじゃボケ」
    「誰やてお前。アホちゃうか。見て判らんのか、お前やお前」
    「そういうこと言うてんちゃうわボケ、殺すぞ。何でおれがもう一人おんねん。んなわけあるかい」
    「あるんやからしゃあないやろ」
    「何であんねんな。ふざけてんのやったら殺すぞお前」
    「待て待て。そんなもん決まってんやろ。おれがお前のドッペルゲンガーやからや」
    「どっぺ、あ? なんて言うた?」
    「ドッペルゲンガー。知らへんか? 有名やん、どぅぺぇいうる、げぇんぅんがぁー」
     そう言って不細工なツラで「げははははは」と笑う目の前のこのおっさんに本気で殺意を覚える。
     しかし。――しかし、ドッペルゲンガー。ドッペルゲンガーってあれか。この世界には自分がもう一人いて、そのもう一人と出会ってしまったら死ぬとかいう、あの都市伝説か。じゃあ何か。今にこのドッペルゲンガーに遭遇したため、自分は死ぬというのか。ふざけんな。家の中で寝転がってテレビ見てケツを掻き毟るドッペルゲンガーなんぞいてたまるものか。
     未だに「げははははは」と笑い続ける自分自身を睨みつける、
    「とりあえず笑うのやめろや」
    「何でやねん、おもろいやろ? これな、最近流行のおれのギャグやねんで? いくで、顔にも注目してよく見て聞いとけよ、いくで。――……どぅぺぇいうる、げぇんぅんがぁー、げはははははっ!」
    「待て、待てコラ。本気で殺すぞお前。一回黙れや」
    「どぅぺぇいうるげぇんぅんがぁーぁあげはははははあべびッ! ってーな何すんねんお前ッ!! ビール投げるかフツー!? 中身入ってんねんで!?」
    「やかましいわボケコラァッ!! 本気で殺すぞワレェッ!!」
    「あーあーあーあー見てみぃこれ勿体無い!! びちゃびちゃやないかい!! 勿体無いお化けが出んぞ!!」
    「ワレがそもそもお化けやろが殺すぞッ!!」
    「お化けは殺せませんー、残念でしたー、げはははははは!!」
    「っんのボケカスコラァッ!!」
     目の前の不細工に向かって殴り掛かる。「おおッ!? やんのかコラァッ!!」と対抗してくる不細工。
     クソ汚いボロアパートの一室で、不細工なおっさん二人が本気で殴り合う。一発殴ったら一発殴られる。一発蹴ったら一発蹴られる。ただし暗黙のルールとして、髪の毛にはどちらも絶対に手は出さない。手は出さない代わりに顔面とボディに遠慮無く拳と蹴りが炸裂し合う。
     幾度目かの拳の応酬の後、ついに力尽きて互いにその場に倒れ込んだ。
     ビールを飲んだせいか、それとも殴られたせいか。身体中が高熱を出したみたいに熱く、息がまともに出来ないくらいに苦しい。汚らしい床に大の字に倒れ込んだまま、互いの荒い息だけが室内に木霊し続ける。年齢はもうすでに三十を越えているせいか、なかなかに呼吸が落ち着かない。スポーツや運動を真面目にしたのなんて随分と昔の気がする。体力がここまで落ちていることに正直驚いた。喉の奥から嫌な唾が競り上がってくる。
     それから約数分後、ようやっと落ち着いた呼吸を意識して、倒れ込んだまま、大きな、本当に大きなため息を吐き出して、こう言った。
    「……結局の話、……お前は、何やねん……」
     それに対して不細工なおっさんは鼻血を垂れ流したまま答える。
    「いやせやから……お前の、ドッペルゲンガーやっちゅうとるに……。しかしお前、めちゃくちゃに殴り腐りよってからに……。おーイタ……」
     お互い様だ不細工野郎が。そう思いながらも、いつまでも起き上がることが出来ないまま、寝転がり続けていた。

         ◎

     互いに煙草を吸いながら、話をまとめるとこうなる。
     自分と瓜二つの、不細工なこのおっさんはどうやら本当に「ドッペルゲンガー」らしい。信じた訳では勿論無いが、それでもドッペルゲンガーらしい。呼称が面倒だったので、取り敢えずは「ドッペル」と呼ぶことにした。本当は「ゴミ親父」というあだ名で通すつもりだったのだが、再びの殴り合いに発展したために「ドッペル」で落ち着いた。
     そしてそのドッペルの言うことをまとめていくと、こうなる。
     この世界には、「もうひとつの世界」が存在している。イメージとしては鏡の中のような世界。その世界には、こっちとまったく同じ世界があって、同じ時間が流れ、同じことが起きている。ただし、極稀に、こっちの世界と違うことが発生することがあるという。それが今回、このドッペルに起こった。
     ドッペルは向こうの世界で、今日の自分と同じように朝起きて、ハローワークに行こうしたところ、悲運にも交通事故に巻き込まれてしまった。向こうの世界の自分はそこで即死したのだという。どうも話を聞いていると、今日に自分が偶然にもパチンコ屋の月一イベントの幟を見つけたために、進行方向を変えたことによって死ぬ運命が書き換わったみたいだった。
     そしてここから少し面倒な話になるのだが、どうやらその世界で死んだ場合、一時的にこちらの世界に放り出されるらしい。そこでもう一人の自分と、「役目を入れ替える」ことが可能だそうだ。つまり、死ぬ役を替われるということ。その場合、こちらの世界でドッペルが生き残り、向こうの世界ではこっちの世界の自分が死ぬ、と。そういうことらしい。
    「せやったら何か。ワレはおれを殺そ思てここにおるんか?」
     的確に意図を見抜いてそう言ってやったのにも関わらず、ドッペルはケツを掻き毟りながら少し困った顔をして、
    「いやまぁ、最初はそう思たんやけどな。でもお前を待ってる間によくよく考えてみると、別におれらそこまでして生きる必要ないやん? どーでもええこんな人生に、そこまで未練もあらへんし。せやけど他に行くところあらへんし、どうやって向こう側に帰るのかもわからへんしで、とりあえずここでお前待っとろーかな、と」
     そう言われてみればそうかもしれない、と素直に納得してしまう。
     別にいつに死のうが、結構真面目な話、本当にどうでもよかった。どうせこのまま適当に過ごすくらいであれば、いつか綺麗さっぱり苦痛もなくスパーンと死んだ方が良いかもしれない。無論、自殺などをするつもりは毛ほども無いが、たまたま交通事故に巻き込まれて何を思う暇も無く、とかだったら正直、結構歓迎するレベルの話だと思う。悔いはあると言えばあるのだろうが、幽霊になってまでそれを達成しようなどと、微塵も思わない。
     煙草を片手に缶ビールに口をつける。
    「まぁ、ワレの話は大体わかったわ。信じろ言うても無理な話やけど」
    「せやろな。おれもいきなりそんなこと言われても信じへんどころか、たぶんぶん殴るやろな」
    「やけどそうなると、お前がここにいることの理由が不明や。せやからしゃあないから、話はわかったことにしといたる。せやからとっとと消えろ。今すぐ向こう側に帰って一人で大人しく死ね」
    「そうしたいんはやまやまなんやけど、その方法が判らんねん」
    「あ?」
     ドッペルも同じようにビールに口をつけつつ、
    「さっき言うたやろ? どうやって向こう側に帰るんかわからんのや」
    「ワレ、ふざけてんのやったらマジで殺すぞ。来たんなら帰る方法くらいわかるやろ」
    「わかったら苦労せん言う話や。何やったらここでお前に殺されたら帰れるんかな?」
     馬鹿にするでもなく。素で、ドッペルはそう言った。




     【あらすじ】

     とりあえず、どうしようも無くなって奇妙な共同生活を送ることになった不細工なおっさん二人。
     しかし自分自身であるがゆえに次第に意気投合し、
     一緒にパチンコや風俗に行ったり、どっちがハローワークへ行くかで喧嘩になったり、
     顔が一緒のことを利用してコンビニで「ルパンごっこ」をやったりとやりたい放題していた頃、
     クソみたいな底辺でも、こんな底辺なら悪くないと初めて思った時、
     「この世界」でも交通事故が発生する。
     大きな事故、死を覚悟して意識が途切れ、ふとした拍子に気づくと、
     自分の目の前で身代わりとなったドッペルが居た。
     そこで交わした最期の言葉と同時に、ドッペルは在るべき世界へと還っていく。
     そして残された不細工なおっさんは一人、ほんの少しだけ、真面目に生きようとする。
     
     
     息抜きに書いてた物語。
     女の子なんてひとりも出ない。萌えもなければニーソもない。
     不細工な汚いおっさんがひたすらに馬鹿する話。そんなものがあってもいいじゃないか。うん。


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