『Requiem des Fahrrades』 ... ジャンル:ショート*2 未分類
作者:浅田明守                

     あらすじ・作品紹介
昔はどこまでも行けると信じていた。君と一緒に走るのがなによりもの幸せだった。でも、幸せはいつまでも続くものではなかった……

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 昔はどこにだって行けると、本気でそう思っていた。
 君がよっこらせと、少し年寄り臭いかけ声を出さないと持ち上げられない重たいものも軽々と持つことが出来た。自慢じゃないけど同じ年代の連中の中では僕はとびっきり足が速かったし、君と一緒によく山道を駆けたせいか、坂道だろうが泥道だろうが、どんな道だって力強く駆けていくことが出来た。まあそのせいでよく、僕らはしょっちゅう全身泥まみれになって、君のお母さんに大目玉を食らったりしたもんだけれど。
 君が会社に就職してからも僕らは一緒だった。さすがに子供のころのように泥道を一緒に走ったり、雨が降る中を全力う失踪してみたり、なんてことはなくなったけれども、それでも君はどこへ行くにも好んで僕と一緒に行きたがった。家族や会社の同僚が何度止めようとしても君は僕と一緒にいることを止めなかった。そういう頑固なところだけは、本当に子供のままだ。
 そんな君の想いを僕は嬉しく思う一方で、少しだけ辛くも感じていた。
 だって、現実は残酷だ。流れる年月に勝つことは誰も出来ない。
 どこまでもいけると思っていた身体は今ではおんぼろもいいところで、少し動かすだけでも全身からギシギシと嫌な音が聞こえてくる。自慢の足も重たく、山道を駆けるどころか普通の道を普通に動くだけでも身体のあちこちが不調を訴える。時代に取り残された僕は、時代の波に乗った後輩たちを横目で見ながらただ腐っていくのみ。
 でも、それでもいいと言って君は僕の側にいてくれた。おんぼろな僕の身体を気遣いながら、ゆったりと僕のペースに合わせて走ろうとしてくれた。でも、そんなのは本末転倒もいいところだ。気遣わなければいけないのは僕の方なんだ。
 僕らの身体には同じ場所に傷がある。昔、山の中を駆けまわっていた頃に負った傷だ。
 山道をどれだけ速く駆け下りることが出来るか。それは僕らがよくやっていた遊びで、だから僕は油断してしまった。前日の大雨で露出した木の根っこに気付かずに、全力で坂道を駆け下りて、派手に転んだ。君は転んだ僕に巻き込まれて、右足に大きな怪我を負った。幸い命に別状はなかったけれど、雨が降る度に君が痛そうに右足を擦っているのを僕は知っている。
 僕は君に怪我を負わせてしまった。この先もずっと続くであろう重たい枷を君に負わせてしまった。そのことは僕にとって軽いトラウマとなっている。
 もう君に怪我をさせたくはない。僕のせいで君が怪我をするのなんて耐えられない。だから……君はもう、僕と一緒にいるべきじゃない。
 そう考えていたのは僕だけじゃない。君の家族だって、会社の同僚だって、君のことを心配して何度となく君にそう言ってきた。でも、君はそれらの声に耳を貸すことはなく、僕と一緒に在り続けた。
 さすがに会社へ一緒に行くことはなくなったけれども、休日の度に君は調子の悪いところはないかと僕に語りかけ、一緒に散歩に出かけた。俺が死ぬまでお前のことはこき使い続けてやるから覚悟しろ、なんてことを言われたこともある。表だって泣くことはなかったけれども、その言葉がどれだけ嬉しかったことか。
 でも、本当にダメなんだ。僕は本当におんぼろで、いつ壊れてしまってもおかしくはない。いつ君に怪我をさせてしまうかわからない。それに最近、僕はおかしいんだ。ふとした拍子に頭の中に悪い考えが浮かんできてしまう。坂道を下っている時、車通りの激しい道を通っている時、川沿いの土手を走っている時、ここで僕がちょっとふざけたらどうなるか。そんなことばかりが頭に浮かんでくるんだ。
 以前はこんなことはなかった。そんな場所で僕がふざけたら、それこそ怪我では済まないかもしれない。死ぬような事故になってしまうかもしれない。それがわかっているにもかかわらず、そんなことを考えてしまうんだ。
 だから君は僕を見限らなきゃいけない。いや、本当はもっとずっと前に君はそうしなきゃいけなかったんだ。
 あぁ、僕はもう限界なんだ。君と一緒に走るのが辛い。身体は痛いし、何よりも心が苦しくて張り裂けそうなんだ。今だって、我慢している。この坂を下った所には大きな交差点がある。いつも大型トラックだとかがビュンビュン走っているような場所だ。事故多発地帯で、毎年何人かの人がこの先の交差点で亡くなっている。
 あぁ、我慢しているんだ。ここでちょっと、君の背中を押してやったらどうなるのか。そう難しいことじゃない。交差点の前で僕が急に立ち止まったら、あるいは止まらなかったら、君はきっと交差点に飛び出して車に撥ねられて……そして僕はこの苦しみから解き放たれる。
 あぁ、我慢、我慢して、いたんだ。でも、君がいけないんだよ……いつまでも僕を見限らなかった、ボロボロになった僕を解放してくれなかった君が……。だって、君はたとえ僕の一部が壊れてしまっても無理やりにでも直してしまうだろう? もう嫌だと言っても聞いてはくれないだろう?
 だったら、僕が君をどうにかしてしまうしか他に方法がないじゃないか……


      物を大切にするのはいいですが、自転車には耐久年度が存在します
            自転車の点検と買い替えは定期的に
                            −−−日本自転車協会

2011/09/15(Thu)23:48:53 公開 / 浅田明守
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■作者からのメッセージ
 この物語はフィクションです。実際に自転車協会なんてものがあるかどうかは知りませんが、とりあえず現実世界とこの物語は全く無関係なので悪しからず。
 というわけで皆様こんにちは。あるいは初めまして。テンプレ物書きの浅田です。
 もっと捻れ、どっかのCMみたいとの指摘を多く頂いたので少しばかり内容を改編させていただきました。
 ……ごめんなさい、嘘です。原型がほとんど残っていないの間違えです。
 とりあえず原点回帰ということでオチはちょっぴりダーク(?)な感じに。かつ、物を大切にしよう的なCMみたいと言われたのでいっそ物を大切にし過ぎるのはどうですかねぇ、的なCMっぽくしてみましたがいかがでしょうか?
 意見、感想などなにとぞよろしくお願いいたします。

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