『お地蔵様と私』 ... ジャンル:ファンタジー 未分類
作者:元祖ジョニー                

     あらすじ・作品紹介
昭和四十年、「廃村宣言」が出された山村で、「私」は一人生きていく。

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 森の中へ歩を進めた所までは覚えている。それからは、無意識のことだ。きっと私は、その場所で縄をくくり、首を吊ったはずであった。
 私は目覚める。今、ここで意識があることはおかしいと、改めて気付く。深い、深い森の中で、夏の暑さを感じながら、私が最初に目にしたのは、木々の緑の隙間から覗く、狭い、狭い空だった。こんな暑い気温の中で、おそらく数時間前に自分がやっていたことが、どれだけ肌寒い作業であったことか。心が凍てついて、きっと私はこの世にはいないのだ、という錯覚までしていたに違いない。私は、どうして命拾いをしたのだろう。
 昭和四十年。日本は近代化の波に飲み込まれていた。しかしこの山村だけは、外の世界から切り離され、古い習慣や信仰に基づいて皆が細々と生きていた。世間のだれも見向きやしない。「忘れ去られた村」。一時は、そう新聞に報じられたこともあったが、一日も立てば、世俗の誰もが、ちっぽけな山村のことなんか忘れてしまう。そんな山奥の小さな集落であったが、若者だけは外界からの情報に敏感で、ひとたび自宅のポストに朝刊が投げ込まれると、外界の状況を少しでも手に入れようと、紙面に目を走らせた。結果、外の世界の魅力にとりつかれ、街に出て一旗あげようと考える若者が増え、このような閉鎖空間から、抜け出したがる若者が増えに増えた。将来、山村の未来を紡いでゆくはずの若衆が、次々と村を離れてしまったせいで、村からは生気がなくなっていった。
 春は、草花の芽吹きに心を躍らせ、田植えをした。夏は、ツクツクボウシの鳴き声を聞きながら、川で冷やした西瓜を、縁側で頬張った。秋は、山の紅葉を愛でながら、年老いた父と美味しい酒を飲んだ。暗くて寒い冬だって、囲炉裏を囲んで、ほかほかの鍋を家族皆でつついた。そんな自然ありきの暮らしが、当たり前だったはずなのに。若者は、村を顧みることはしなかった。街での暮らしが、どれだけ豊かで、どれだけ誘惑の多いことか、村に残された者は知らなかった。
「廃村宣言」が出されたのは、三か月前のことだった。冬の辛くて厳しい気候だけでなく、働き手のいなくなったこの集落で生きていくのは不可能であると、自治会は判断した。集団離村が開始されたのは、廃村宣言から、一か月前であり、宣言が出される頃には、集落の人数が一桁にまで減っていた。そして「私」は、このちっぽけな集落に残る、最後の人間となったのだった。

※※※※※

 身寄りがなく、お金の蓄えも少ない私が、この地を捨てて生きていけるはずもない。結局、私はこの地を選んだ。いや、この地を選ぶしかなかった。しかし、隣人も村長も、毎日挨拶を交わしてくれる人もいない生活は、さすがに堪えた。私はひどい虚しさを覚え、ひょっとしたら、この地球上には私しかいないのではないか、という思いさえ頭をよぎるようになった。蔵に蓄えていた米と、畑の野菜、そして山菜を食糧として生活をしていたが、心の空白を埋めるものは何もなく、ついに私は、「この世界を終わらせよう」と決意したのだった。

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 なぜ、命拾いしたのかはわからない。太い縄は、いとも簡単に千切れていて、ふいに「誰かが自分を助けたのではないか」と思った。その瞬間、頭の中のどこからか、「生きるべきだ」という声がするのを聞いた気がした。森に入る前は、疲れた顔で暗い気持ちをひきずっていたはずなのに、自身の心から、寂寞の思いがすっと引いていくのを、全身で感じていた。その時である。不穏な音。カサカサと。葉っぱや草が擦れる音。誰もいないはずだ。静まったと思うと、またカサカサと音がする。直観的に、小動物の類だと感じ取った。鬱蒼とした木々の間を縫って、姿を現したのは、小さな黒猫だった。かなりやつれているようで、あばら骨が浮き出ているようにも見える。私は、「可哀そうな猫だ」と口に出していた。やつれた自分自身を客観的に見ているようで、あまり気持ちの良いものではなく、自分も、この猫みたいに哀れだという心情がその一言から滲み出ていた。細い体躯ながらも猫の目は、不気味に光っていた。凛とした目だ。私を全く恐れていない。ふいに動物好きの私は、その華奢な猫をなでてみようと考えた。チッチッチッと私が口を鳴らすと、意外にも猫は私の元へ寄ってくる。とても野生の猫とは思えなかった。私の前まで来て猫は、甘えるような声を出し、私の足に体を摺り寄せる。不気味だという第一印象を抱いた猫であったが、そのとき初めて「愛らしい」と思えた。それから数分間、猫とじゃれていたが、華奢な黒猫は、私の元を離れていく。そして、しきりにこっちを気にしながら、ニャーニャーと鳴いている。猫は、元来た道を戻りながら、何度も私の方を振り返るのだ。どうしたのだろうと思案したのち、私は、彼とも彼女ともわからない猫についていくことにした。

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 五分程だろうか。猫についていく自分の姿を俯瞰すると、非常に間抜けに思えるのだが、私は未知の感情に従うまま、森の中を猫に案内されて歩いた。やがて、川のせせらぎの音が聞こえる、開けた場所に出た。木漏れ日がその場所を明るく照らしていて、木々の枝葉が風になびき、心地よい音を作り出している。私は川のすぐほとりに、苔むしたお堂を見つけた。決して立派はお堂とは言えない。中には、小さなお地蔵様が祀られている。失礼ながら、こちらも決して立派なお地蔵様とは言えない。供えられていたのであろう仏花は、とうの昔に枯れ果てていた。案内を買ってでた黒猫はといえば、お堂の隣で毛繕いを始めている。この猫は、私をここに連れてきたかったのだろうか?

※※※※※※

 深い森の中で命を断とうとした時から、一か月が過ぎていた。自分の思いの向くままに生活をしようと決めて、私は自分の暮らしを継続することにしたのだ。畑や田んぼの手入れ、山菜採りなどに加えて、一つ増えた習慣があった。それは、森の中の「あの場所」へ、毎日通うこと、お地蔵様にお供えをすること、そして、やせ細った黒猫に自分の飯を分け与えることだった。
 いつものように森のお堂を訪れ、お地蔵様にご挨拶をした。初めてここに来たときから、私はなんとなく「命をお地蔵様に助けてもらった」と考えるようになった。それから感謝の念を込めて、お堂をピカピカにした。苔むしていたお堂の屋根を布きれで、綺麗に拭いた。お地蔵様も拭いてさしあげた。そして、毎朝、お花を供え続けた。見違えるほどに綺麗になったお堂の中で、お地蔵様の顔が、とても柔和で、ほがらかであることを知り、私はとびきりうれしい気持ちになった。

「誰かが何処かで、きっとあなたを見ているよ」

 そんな、温かい声が聞こえてくるようだった。命を断とうとした私を、あの黒猫も、このお地蔵様も見ていたのかも知れない。そう考えると、とてつもない罪悪感がうまれた。

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 一か月前の出来事から、毎晩見ている夢があった。狐の面をかぶった赤い着物の女の子の夢。おかっぱ頭で、右手には、色とりどりの折り紙で作られた風車を持っている。内容はいつも思い出せない。ただ、その子が出てきて、私に何かを伝えようとしているような気がする。目が覚めると、いつも忘れてしまうのだ。その子のことを。

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 ある時、地蔵堂がいつもと違うことに気付いた。私が供えた花に加え、違う花が供えられているのだ。初めは気のせいだと思った。それが数日続くと、やはり怖くなった。私以外に、この村に残っている者はいないはずだ。けれども、誰かがもし残っていたのだとしたら….。
違う花が供えられていることに、違和感と少しの恐怖を覚えながらも、毎朝のお参りは欠かさなかった。そして、私は出会う。この廃村に残っている「もう一人」に。

※※※※※

 お堂から、さらにさらに山奥、けもの道といえば、褒め言葉になるほどに、草をかき分けて進まなければならない道。二時間ほど登った所に、草庵はあった。寺というにはあまりにも侘びしく、ぼろの民家というには、少しばかり荘厳。ただ一つ言える事は、とても人が住むような土地ではないということ。このような深い山奥に、ポツンとたたずむ草庵。きっと、ここに草庵があることなど、廃村になるまでだって、誰も知らなかっただろう。あの日、男と偶然にお堂で出会ってから、私はときどきここを訪れるようになった。奇妙な縁だ。猫と出会い、お地蔵様と出会い、ついには自分以外の人間と出会うとは。私が最後の一人ではなかったと、驚くと共に安堵したことを覚えている。
 男は、樋口慶海といった。この草庵の主である。由緒ある大きな宗派の僧であったらしいが、戦争による一部の神仏分離によって、寺の存続ができなくなり、それによってこの地に移り住んだという。当初は、世のため、人のためと思い、自らあらゆる所に足を運び、教化の旅をしていたらしいが、二十年前に足を悪くして以来、この地に草庵を建て、余生を過ごすことにしたという。頭髪は綺麗に削ぎ落としているのに、髭は生えっぱなしという、均衡を保たない顔である。
「廃村宣言が出されていたことは、私も存じておりました。旅の修験者、まあ山伏のお方ですが、そのお方がここを訪れました際、廃村宣言のことを口にしておられました。山伏のお方は、「あなた様もここを離れて、もっと豊かな生活をされてはいかがですか。なんなら私と縁のあるお寺をご紹介いたしましょう」とご提案されたのですが、私は老いるだけの身ゆえ、それをお断りしました。私もあなたと同じ、ここを離れられぬ人間なのです。足を悪くしてからは、ここに根をおろして、人のために朽ちてゆこうと」
「そんなあなたであるからこそのお話があるのですが、良いでしょうか」
「ええ、私なんぞの老いぼれでよろしければ、いくらでもお話をお聞かせください」
「私はつい先日、森の中で首をくくって自ら命を断とうとしました。私以外の人間は誰もいないのだと思うと、激しい空虚が私の心を支配しました。何をしても虚しく、何をしても人のためにならない。挨拶を交わす人もいない。そんな中で私は、ついに首をくくって自殺することを選んだのです。こんな毎日なら、死んだ方がましだと、自暴自棄になりました。森の中で、誰にも知られることもなく、くたばろうと。けれども、死ねなかった…。森の中へ入るとき、私は無意識でした。でも、首を吊る瞬間だけは確かに覚えているのです。「これで、私の寂しさに埋もれた世界は終わる」と。しかし、おおよそ数時間で、私は、あろうことか目覚めたのです。首を吊ったはずの同じ場所で。確実に死ぬことができるよう、切れぬ縄を用意したはずなのに、あっさりと千切れていた。初めは、偶然だと思い込み、お地蔵様が助けてくださったのだと、都合よく解釈しておりました。でも、もしかすると、あなたは偶然あの場所にいたのではないですか?私の縄を切ってくださったのは、あなたではないのですか?あの場所にいた黒猫も、きっとあなたの飼い猫でしょう。初対面の私に対して、あんなに懐くはずがありませんよ。この命、助けてくださったのは、感謝いたします。ですが、なぜ黙っておられたのでしょうか」
 目の前にいる白髭をたくわえた老人に私は問う。きっと私を助けてくれたのは、この方なのだ。老人は、白髭をなでながら、何かを思い出したように語り始めた。
「あれは、戦争が終わってすぐの話です。やはり、明治よりの神仏分離、廃仏毀釈という思想があったものでしたから、仏道に身を置くものとしては、とても大変な時代でありました。私が足を悪くしたのは、ちょうどそのころで、もはやこれまでと思い、草庵を結んで、そこに暮らしながら、教化することにしました。いくら仏教が虐げられていたとはいえ、仏道を欲する方はいくらでもおられましたから。そのような方々に教化し、人として豊かに暮らしていただくことこそ、私の人助けだと考えておりました。だからといって、目立つ場所に草庵を結ぶわけにもいかず、こうした山奥にて、暮らすこととなりました。どこから噂を拾ってきたのか、「山奥に仙人が住む」ということを聞いて、たびたび草庵を訪れた方が幾人かおられました。皆、やつれた顔をして、救いを求めておられたのです。私は彼らをお助けしようと、さまざまな相談をお受けしました。会社が破産してしまったこと、妻に先立たれたこと、息子の病気が治らないこと。様々な辛く苦しい思いを背負って、ここへ来られました。そのたびに私は、健やかに生きていくための智慧を与えようとし、彼らを救うために祈りました。救いを求めてこられた方の、その後を知る術はないのですが、草庵に訪れる人が後を絶たなかったので、きっと良い噂が流れているのだろうと。そのことを思えば、きっとお助けすることができたのだろうと思えました。しかし私にも、唯一救うことができなかったと、確実に言える方が、お一人だけおられるのです」
 狐につままれたような気がしたが、この白髭の老人の話を聞き続けることにした。
「美しい女のお方でした。夫との間にもうけた男の子が一人いて、お腹の中にも新たな命を授かっている、そう話されておられましたね。相談に来られた時は、地獄に落とされたような顔をしておられました。本当にこのような言葉でしか形容できない、苦しくて辛いお顔をされていました。彼女の話によると、夫が違う集落の女と浮気をしていて、昨晩、その女と家を捨てて逃げた、ということでした。「夫もその女も呪い殺してやる」と叫んでは、ひどく泣いておられましたよ。私自身、どのようにすれば良いかわからず、ただひたすら彼女をなぐさめ、彼女のために色々な幸せの在り方というものを説きました。その中で私は、「自分の子にだけは、恨みをぶつけないで下さい。あなたは、女である以上に、母であるのですから。仏様から授かった命を大切にしてください。そして、それを生きがいとして、暮らしていくのです」と説いたように思います。そうすると、長く泣いていた彼女は「はい、尊い命を大切にします」と言いました。泣き濡れたお顔があまりにも、哀れに思えたので、おかゆを御馳走し、森の出口までお送りしました。別れ際、彼女は「ありがとうございました」と言って、そこで初めて笑顔をお見せになられたのです」
 慶海師は、お茶をすすりながら、再び話を続ける。
「それからは、何度か草庵に来られました。愛しい子供のためにこれからを生きるのだという決意をされて、本当に健やかになりました。笑顔の似合うお方でしたよ。私の所に訪れるたび、よく男の子の話をされておりました。とてもやんちゃなこと、学校では勉強を頑張っていること、実は好きな女の子がいるということ。本当にうれしそうにお話しをされるのです。お腹の中の子供についても、どんな名前にしようか、服を買わなければ、文章の読み書きは早め早めが良い、と。子供を愛しているという思いが、言葉だけでなく、表情からも満ち溢れていました。これが、本来の母親の姿です。そんな彼女を見て、私は、お助けできたことをとても誇りに思いました。そして、山麓の神社の例大祭の前夜、その日も、彼女は草庵を訪れ、色々な話をされました。明日の例大祭の縁日には、男の子とお腹の子と、共に行きますが、慶海さまもご一緒しませんか、とお誘いいただいたのです。人の多い場所に出るのは気がひけたので、私はお断りしました。今にして思えば、そのお誘いを受けておくべきだったのかもしれません」
 慶海師は、溜息をついた。その表情から後悔の念が浮かんでいることは、素人目にもわかった。
「翌日、山の麓の神社にて、例大祭が取り行われました。きっと彼女は、大きくなったお腹を撫でながら、男の子の小さな手をぎゅっと握りしめて、神社の参道を歩いたことでしょう。男の子には、縁日の屋台で、ひょっとこのお面や、狐のお面、それに般若のお面を買ってあげたのかも知れませんね。草庵にたたずみながら、私はそのような想像をしておりました。しかし、幸せとは長く続かないものです。水は常に一定の所にとどまらないのと同じように、この世は常に変わりゆくもの、人の幸せだってそうなのです」
「彼女が亡くなったことを知ったのは、その日の晩でした。なにせ私が第一発見者だったのですから。麓の神社から少し山に入った場所。そうです、私とあなたが初めてお会いした地蔵堂の場所です。彼女は首を吊って亡くなられました。下半身からは血が滴っており、足元には何か塊らしきものが転がっていました。私は、ゾッと怖くなりましたが、その血に濡れた塊を抱きました。案の定、その塊は、彼女が生んだ赤子だったのです。けれども、手も足も未発達で、とても人間の赤子とは思えませんでした。おぞましいようなものを見てしまった気になって、全身が震え、汗が止まりませんでした。恐ろしくて、恐ろしくて。どうすることもできず、首を吊ってしまった彼女をただ見ているしかありませんでした。しばらく茫然としていた私は、彼女の服の帯に、手紙が挟まれていることに気付きました。恐れ多かったのですが、その手紙を読むことにしました。今私にできることが、これだけしかなかったと思えたからです。その手紙にはただ一言、「どうか、私の愛したこの子を供養してください」と書かれていました。その言葉を目にして、私はこの子に対して、どれだけのむごい感情を抱いてしまったのだろうと、自己嫌悪に陥りました。未熟児とはいえ、人の子。母親の愛を存分に受けて、幸せに育つはずだった、人の子。彼女はきっと、縁日を回っている最中に陣痛をおこしたのです。そして、人のいる場所を避け、森の中でわが子を産もうとしたものの、産まれた子は、既に死んでいて…」
「もういいです。もう…わかりましたから」
 私は、慶海師の話を遮った。これ以上は、聞かずとも良いと思ったからだ。私は、理解したのだった。あの場所は、私の母と、私の弟もしくは妹になるはずだった子が、亡くなった場所だったことを。
そうだった。あの日、私は、お腹の大きい母に連れられて、神社の境内を、縁日の中を歩いた。母の手はとても温かく、とても優しかった。母は言ったのだ。
「せっかく縁日に来たのだから、何か思い出に残る品を買いましょう。そうですね、お面はどうでしょうか」
優しく微笑んでいた。意地っ張りな私は「もう子供じゃない。いらない」と言ったのだ。母の優しさ全てがうれしいはずなのに、照れ臭くて、はずかしかった。学校の同級生に、母と手を繋いでいる姿を見られたくない、そう思って、私は母の手を振り払った。母は、それでも微笑んでいた。なぜ、私は母の手を離してしまったのだろう。母を見失ってしまったのだろう。縁日の人ごみの中で、私が迷子にさえならなければ、母を助けられたのに…。私を探している間に、陣痛が来て、子どもを産んで、母は自ら命を絶ったのだ。
 涙が溢れた。目の前にいる老人は優しく私の背中を撫でた。もはや涙は堰を切ったように流れた。私は、今まで母がどこで亡くなったのか、何故亡くなったのかを知らずに生きてきた。今すべてのかけらが繋がった。
「彼女の遺体は、私が丁重に葬らせていただきました。赤子も同様です。あの世で救われるように、また、この世で再会を果たせるように、私は、地蔵堂の建立を立願しました。だから、あなたがあのお堂をきれいにしてくださったおかげで、その方々も大変お喜びだと思いますよ」
 私は、思い出す。毎晩、夢に出てきたあの子は、私の妹なのだろう。この世に産まれて、元気に成長して、きっと縁日で遊びたかったのだろう。縁日には、狐のお面がたくさん並んでいるのだ。違う店では、綺麗な折り紙で作られた風車が、風に吹かれてからからと回っているのだ。美味しい食べ物の香りが赤い着物の女の子を取り巻いて、女の子は無邪気に笑うのだ。私の母がそうしてくれたように、私は妹の手をひいて、金魚を掬ってやりたかった。
 私は、全てが繋がったことを考えて、最後に慶海師に問うた。
「残された男の子は、どうなったのでしょうか」
 慶海師は、うなずきながら答えた。
「私もわからないのです。ただ、その後は身寄りもなくなってしまったので、ひょっとしたら、亡くなったのかもしれないと思っていました。彼も色々と辛い思いをしたと思います。一度は命を断とうとしたことがあったのかもしれません。ですが、今は健やかに生きているはずです。お母さんと妹さんがいつでも彼を見守っているのですから」

 いつも、どこかで誰かが見ている。この世の者だろうと、この世の者でなかろうと。人のいない廃村だって、きっと誰かが私を見てくれている。見守ってくれている。
縄の千切れる瞬間、確かに聞こえた。


「誰かが何処かで、きっとあなたを見ているよ」


 それは、生きたくても生きる事が出来なかった、もうこの世にはいない誰かの、想いであった。

2010/10/11(Mon)19:40:00 公開 / 元祖ジョニー
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■作者からのメッセージ
読んで頂き、ありがとうございました。
はじめて書かせていただきました。元祖ジョニーと申します。自分の手でも創作を!と思いまして、投稿した次第でございます。
ご意見、よろしくお願い致します。

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