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『お地蔵様と私』 作者:元祖ジョニー / ファンタジー 未分類
全角8530.5文字
容量17061 bytes
原稿用紙約22.6枚
昭和四十年、「廃村宣言」が出された山村で、「私」は一人生きていく。
 森の中へ歩を進めた所までは覚えている。それからは、無意識のことだ。きっと私は、その場所で縄をくくり、首を吊ったはずであった。
 私は目覚める。今、ここで意識があることはおかしいと、改めて気付く。深い、深い森の中で、夏の暑さを感じながら、私が最初に目にしたのは、木々の緑の隙間から覗く、狭い、狭い空だった。こんな暑い気温の中で、おそらく数時間前に自分がやっていたことが、どれだけ肌寒い作業であったことか。心が凍てついて、きっと私はこの世にはいないのだ、という錯覚までしていたに違いない。私は、どうして命拾いをしたのだろう。
 昭和四十年。日本は近代化の波に飲み込まれていた。しかしこの山村だけは、外の世界から切り離され、古い習慣や信仰に基づいて皆が細々と生きていた。世間のだれも見向きやしない。「忘れ去られた村」。一時は、そう新聞に報じられたこともあったが、一日も立てば、世俗の誰もが、ちっぽけな山村のことなんか忘れてしまう。そんな山奥の小さな集落であったが、若者だけは外界からの情報に敏感で、ひとたび自宅のポストに朝刊が投げ込まれると、外界の状況を少しでも手に入れようと、紙面に目を走らせた。結果、外の世界の魅力にとりつかれ、街に出て一旗あげようと考える若者が増え、このような閉鎖空間から、抜け出したがる若者が増えに増えた。将来、山村の未来を紡いでゆくはずの若衆が、次々と村を離れてしまったせいで、村からは生気がなくなっていった。
 春は、草花の芽吹きに心を躍らせ、田植えをした。夏は、ツクツクボウシの鳴き声を聞きながら、川で冷やした西瓜を、縁側で頬張った。秋は、山の紅葉を愛でながら、年老いた父と美味しい酒を飲んだ。暗くて寒い冬だって、囲炉裏を囲んで、ほかほかの鍋を家族皆でつついた。そんな自然ありきの暮らしが、当たり前だったはずなのに。若者は、村を顧みることはしなかった。街での暮らしが、どれだけ豊かで、どれだけ誘惑の多いことか、村に残された者は知らなかった。
「廃村宣言」が出されたのは、三か月前のことだった。冬の辛くて厳しい気候だけでなく、働き手のいなくなったこの集落で生きていくのは不可能であると、自治会は判断した。集団離村が開始されたのは、廃村宣言から、一か月前であり、宣言が出される頃には、集落の人数が一桁にまで減っていた。そして「私」は、このちっぽけな集落に残る、最後の人間となったのだった。

※※※※※

 身寄りがなく、お金の蓄えも少ない私が、この地を捨てて生きていけるはずもない。結局、私はこの地を選んだ。いや、この地を選ぶしかなかった。しかし、隣人も村長も、毎日挨拶を交わしてくれる人もいない生活は、さすがに堪えた。私はひどい虚しさを覚え、ひょっとしたら、この地球上には私しかいないのではないか、という思いさえ頭をよぎるようになった。蔵に蓄えていた米と、畑の野菜、そして山菜を食糧として生活をしていたが、心の空白を埋めるものは何もなく、ついに私は、「この世界を終わらせよう」と決意したのだった。

※※※※※

 なぜ、命拾いしたのかはわからない。太い縄は、いとも簡単に千切れていて、ふいに「誰かが自分を助けたのではないか」と思った。その瞬間、頭の中のどこからか、「生きるべきだ」という声がするのを聞いた気がした。森に入る前は、疲れた顔で暗い気持ちをひきずっていたはずなのに、自身の心から、寂寞の思いがすっと引いていくのを、全身で感じていた。その時である。不穏な音。カサカサと。葉っぱや草が擦れる音。誰もいないはずだ。静まったと思うと、またカサカサと音がする。直観的に、小動物の類だと感じ取った。鬱蒼とした木々の間を縫って、姿を現したのは、小さな黒猫だった。かなりやつれているようで、あばら骨が浮き出ているようにも見える。私は、「可哀そうな猫だ」と口に出していた。やつれた自分自身を客観的に見ているようで、あまり気持ちの良いものではなく、自分も、この猫みたいに哀れだという心情がその一言から滲み出ていた。細い体躯ながらも猫の目は、不気味に光っていた。凛とした目だ。私を全く恐れていない。ふいに動物好きの私は、その華奢な猫をなでてみようと考えた。チッチッチッと私が口を鳴らすと、意外にも猫は私の元へ寄ってくる。とても野生の猫とは思えなかった。私の前まで来て猫は、甘えるような声を出し、私の足に体を摺り寄せる。不気味だという第一印象を抱いた猫であったが、そのとき初めて「愛らしい」と思えた。それから数分間、猫とじゃれていたが、華奢な黒猫は、私の元を離れていく。そして、しきりにこっちを気にしながら、ニャーニャーと鳴いている。猫は、元来た道を戻りながら、何度も私の方を振り返るのだ。どうしたのだろうと思案したのち、私は、彼とも彼女ともわからない猫についていくことにした。

※※※※※

 五分程だろうか。猫についていく自分の姿を俯瞰すると、非常に間抜けに思えるのだが、私は未知の感情に従うまま、森の中を猫に案内されて歩いた。やがて、川のせせらぎの音が聞こえる、開けた場所に出た。木漏れ日がその場所を明るく照らしていて、木々の枝葉が風になびき、心地よい音を作り出している。私は川のすぐほとりに、苔むしたお堂を見つけた。決して立派はお堂とは言えない。中には、小さなお地蔵様が祀られている。失礼ながら、こちらも決して立派なお地蔵様とは言えない。供えられていたのであろう仏花は、とうの昔に枯れ果てていた。案内を買ってでた黒猫はといえば、お堂の隣で毛繕いを始めている。この猫は、私をここに連れてきたかったのだろうか?

※※※※※※

 深い森の中で命を断とうとした時から、一か月が過ぎていた。自分の思いの向くままに生活をしようと決めて、私は自分の暮らしを継続することにしたのだ。畑や田んぼの手入れ、山菜採りなどに加えて、一つ増えた習慣があった。それは、森の中の「あの場所」へ、毎日通うこと、お地蔵様にお供えをすること、そして、やせ細った黒猫に自分の飯を分け与えることだった。
 いつものように森のお堂を訪れ、お地蔵様にご挨拶をした。初めてここに来たときから、私はなんとなく「命をお地蔵様に助けてもらった」と考えるようになった。それから感謝の念を込めて、お堂をピカピカにした。苔むしていたお堂の屋根を布きれで、綺麗に拭いた。お地蔵様も拭いてさしあげた。そして、毎朝、お花を供え続けた。見違えるほどに綺麗になったお堂の中で、お地蔵様の顔が、とても柔和で、ほがらかであることを知り、私はとびきりうれしい気持ちになった。

「誰かが何処かで、きっとあなたを見ているよ」

 そんな、温かい声が聞こえてくるようだった。命を断とうとした私を、あの黒猫も、このお地蔵様も見ていたのかも知れない。そう考えると、とてつもない罪悪感がうまれた。

※※※※※

 一か月前の出来事から、毎晩見ている夢があった。狐の面をかぶった赤い着物の女の子の夢。おかっぱ頭で、右手には、色とりどりの折り紙で作られた風車を持っている。内容はいつも思い出せない。ただ、その子が出てきて、私に何かを伝えようとしているような気がする。目が覚めると、いつも忘れてしまうのだ。その子のことを。

※※※※※

 ある時、地蔵堂がいつもと違うことに気付いた。私が供えた花に加え、違う花が供えられているのだ。初めは気のせいだと思った。それが数日続くと、やはり怖くなった。私以外に、この村に残っている者はいないはずだ。けれども、誰かがもし残っていたのだとしたら….。
違う花が供えられていることに、違和感と少しの恐怖を覚えながらも、毎朝のお参りは欠かさなかった。そして、私は出会う。この廃村に残っている「もう一人」に。

※※※※※

 お堂から、さらにさらに山奥、けもの道といえば、褒め言葉になるほどに、草をかき分けて進まなければならない道。二時間ほど登った所に、草庵はあった。寺というにはあまりにも侘びしく、ぼろの民家というには、少しばかり荘厳。ただ一つ言える事は、とても人が住むような土地ではないということ。このような深い山奥に、ポツンとたたずむ草庵。きっと、ここに草庵があることなど、廃村になるまでだって、誰も知らなかっただろう。あの日、男と偶然にお堂で出会ってから、私はときどきここを訪れるようになった。奇妙な縁だ。猫と出会い、お地蔵様と出会い、ついには自分以外の人間と出会うとは。私が最後の一人ではなかったと、驚くと共に安堵したことを覚えている。
 男は、樋口慶海といった。この草庵の主である。由緒ある大きな宗派の僧であったらしいが、戦争による一部の神仏分離によって、寺の存続ができなくなり、それによってこの地に移り住んだという。当初は、世のため、人のためと思い、自らあらゆる所に足を運び、教化の旅をしていたらしいが、二十年前に足を悪くして以来、この地に草庵を建て、余生を過ごすことにしたという。頭髪は綺麗に削ぎ落としているのに、髭は生えっぱなしという、均衡を保たない顔である。
「廃村宣言が出されていたことは、私も存じておりました。旅の修験者、まあ山伏のお方ですが、そのお方がここを訪れました際、廃村宣言のことを口にしておられました。山伏のお方は、「あなた様もここを離れて、もっと豊かな生活をされてはいかがですか。なんなら私と縁のあるお寺をご紹介いたしましょう」とご提案されたのですが、私は老いるだけの身ゆえ、それをお断りしました。私もあなたと同じ、ここを離れられぬ人間なのです。足を悪くしてからは、ここに根をおろして、人のために朽ちてゆこうと」
「そんなあなたであるからこそのお話があるのですが、良いでしょうか」
「ええ、私なんぞの老いぼれでよろしければ、いくらでもお話をお聞かせください」
「私はつい先日、森の中で首をくくって自ら命を断とうとしました。私以外の人間は誰もいないのだと思うと、激しい空虚が私の心を支配しました。何をしても虚しく、何をしても人のためにならない。挨拶を交わす人もいない。そんな中で私は、ついに首をくくって自殺することを選んだのです。こんな毎日なら、死んだ方がましだと、自暴自棄になりました。森の中で、誰にも知られることもなく、くたばろうと。けれども、死ねなかった…。森の中へ入るとき、私は無意識でした。でも、首を吊る瞬間だけは確かに覚えているのです。「これで、私の寂しさに埋もれた世界は終わる」と。しかし、おおよそ数時間で、私は、あろうことか目覚めたのです。首を吊ったはずの同じ場所で。確実に死ぬことができるよう、切れぬ縄を用意したはずなのに、あっさりと千切れていた。初めは、偶然だと思い込み、お地蔵様が助けてくださったのだと、都合よく解釈しておりました。でも、もしかすると、あなたは偶然あの場所にいたのではないですか?私の縄を切ってくださったのは、あなたではないのですか?あの場所にいた黒猫も、きっとあなたの飼い猫でしょう。初対面の私に対して、あんなに懐くはずがありませんよ。この命、助けてくださったのは、感謝いたします。ですが、なぜ黙っておられたのでしょうか」
 目の前にいる白髭をたくわえた老人に私は問う。きっと私を助けてくれたのは、この方なのだ。老人は、白髭をなでながら、何かを思い出したように語り始めた。
「あれは、戦争が終わってすぐの話です。やはり、明治よりの神仏分離、廃仏毀釈という思想があったものでしたから、仏道に身を置くものとしては、とても大変な時代でありました。私が足を悪くしたのは、ちょうどそのころで、もはやこれまでと思い、草庵を結んで、そこに暮らしながら、教化することにしました。いくら仏教が虐げられていたとはいえ、仏道を欲する方はいくらでもおられましたから。そのような方々に教化し、人として豊かに暮らしていただくことこそ、私の人助けだと考えておりました。だからといって、目立つ場所に草庵を結ぶわけにもいかず、こうした山奥にて、暮らすこととなりました。どこから噂を拾ってきたのか、「山奥に仙人が住む」ということを聞いて、たびたび草庵を訪れた方が幾人かおられました。皆、やつれた顔をして、救いを求めておられたのです。私は彼らをお助けしようと、さまざまな相談をお受けしました。会社が破産してしまったこと、妻に先立たれたこと、息子の病気が治らないこと。様々な辛く苦しい思いを背負って、ここへ来られました。そのたびに私は、健やかに生きていくための智慧を与えようとし、彼らを救うために祈りました。救いを求めてこられた方の、その後を知る術はないのですが、草庵に訪れる人が後を絶たなかったので、きっと良い噂が流れているのだろうと。そのことを思えば、きっとお助けすることができたのだろうと思えました。しかし私にも、唯一救うことができなかったと、確実に言える方が、お一人だけおられるのです」
 狐につままれたような気がしたが、この白髭の老人の話を聞き続けることにした。
「美しい女のお方でした。夫との間にもうけた男の子が一人いて、お腹の中にも新たな命を授かっている、そう話されておられましたね。相談に来られた時は、地獄に落とされたような顔をしておられました。本当にこのような言葉でしか形容できない、苦しくて辛いお顔をされていました。彼女の話によると、夫が違う集落の女と浮気をしていて、昨晩、その女と家を捨てて逃げた、ということでした。「夫もその女も呪い殺してやる」と叫んでは、ひどく泣いておられましたよ。私自身、どのようにすれば良いかわからず、ただひたすら彼女をなぐさめ、彼女のために色々な幸せの在り方というものを説きました。その中で私は、「自分の子にだけは、恨みをぶつけないで下さい。あなたは、女である以上に、母であるのですから。仏様から授かった命を大切にしてください。そして、それを生きがいとして、暮らしていくのです」と説いたように思います。そうすると、長く泣いていた彼女は「はい、尊い命を大切にします」と言いました。泣き濡れたお顔があまりにも、哀れに思えたので、おかゆを御馳走し、森の出口までお送りしました。別れ際、彼女は「ありがとうございました」と言って、そこで初めて笑顔をお見せになられたのです」
 慶海師は、お茶をすすりながら、再び話を続ける。
「それからは、何度か草庵に来られました。愛しい子供のためにこれからを生きるのだという決意をされて、本当に健やかになりました。笑顔の似合うお方でしたよ。私の所に訪れるたび、よく男の子の話をされておりました。とてもやんちゃなこと、学校では勉強を頑張っていること、実は好きな女の子がいるということ。本当にうれしそうにお話しをされるのです。お腹の中の子供についても、どんな名前にしようか、服を買わなければ、文章の読み書きは早め早めが良い、と。子供を愛しているという思いが、言葉だけでなく、表情からも満ち溢れていました。これが、本来の母親の姿です。そんな彼女を見て、私は、お助けできたことをとても誇りに思いました。そして、山麓の神社の例大祭の前夜、その日も、彼女は草庵を訪れ、色々な話をされました。明日の例大祭の縁日には、男の子とお腹の子と、共に行きますが、慶海さまもご一緒しませんか、とお誘いいただいたのです。人の多い場所に出るのは気がひけたので、私はお断りしました。今にして思えば、そのお誘いを受けておくべきだったのかもしれません」
 慶海師は、溜息をついた。その表情から後悔の念が浮かんでいることは、素人目にもわかった。
「翌日、山の麓の神社にて、例大祭が取り行われました。きっと彼女は、大きくなったお腹を撫でながら、男の子の小さな手をぎゅっと握りしめて、神社の参道を歩いたことでしょう。男の子には、縁日の屋台で、ひょっとこのお面や、狐のお面、それに般若のお面を買ってあげたのかも知れませんね。草庵にたたずみながら、私はそのような想像をしておりました。しかし、幸せとは長く続かないものです。水は常に一定の所にとどまらないのと同じように、この世は常に変わりゆくもの、人の幸せだってそうなのです」
「彼女が亡くなったことを知ったのは、その日の晩でした。なにせ私が第一発見者だったのですから。麓の神社から少し山に入った場所。そうです、私とあなたが初めてお会いした地蔵堂の場所です。彼女は首を吊って亡くなられました。下半身からは血が滴っており、足元には何か塊らしきものが転がっていました。私は、ゾッと怖くなりましたが、その血に濡れた塊を抱きました。案の定、その塊は、彼女が生んだ赤子だったのです。けれども、手も足も未発達で、とても人間の赤子とは思えませんでした。おぞましいようなものを見てしまった気になって、全身が震え、汗が止まりませんでした。恐ろしくて、恐ろしくて。どうすることもできず、首を吊ってしまった彼女をただ見ているしかありませんでした。しばらく茫然としていた私は、彼女の服の帯に、手紙が挟まれていることに気付きました。恐れ多かったのですが、その手紙を読むことにしました。今私にできることが、これだけしかなかったと思えたからです。その手紙にはただ一言、「どうか、私の愛したこの子を供養してください」と書かれていました。その言葉を目にして、私はこの子に対して、どれだけのむごい感情を抱いてしまったのだろうと、自己嫌悪に陥りました。未熟児とはいえ、人の子。母親の愛を存分に受けて、幸せに育つはずだった、人の子。彼女はきっと、縁日を回っている最中に陣痛をおこしたのです。そして、人のいる場所を避け、森の中でわが子を産もうとしたものの、産まれた子は、既に死んでいて…」
「もういいです。もう…わかりましたから」
 私は、慶海師の話を遮った。これ以上は、聞かずとも良いと思ったからだ。私は、理解したのだった。あの場所は、私の母と、私の弟もしくは妹になるはずだった子が、亡くなった場所だったことを。
そうだった。あの日、私は、お腹の大きい母に連れられて、神社の境内を、縁日の中を歩いた。母の手はとても温かく、とても優しかった。母は言ったのだ。
「せっかく縁日に来たのだから、何か思い出に残る品を買いましょう。そうですね、お面はどうでしょうか」
優しく微笑んでいた。意地っ張りな私は「もう子供じゃない。いらない」と言ったのだ。母の優しさ全てがうれしいはずなのに、照れ臭くて、はずかしかった。学校の同級生に、母と手を繋いでいる姿を見られたくない、そう思って、私は母の手を振り払った。母は、それでも微笑んでいた。なぜ、私は母の手を離してしまったのだろう。母を見失ってしまったのだろう。縁日の人ごみの中で、私が迷子にさえならなければ、母を助けられたのに…。私を探している間に、陣痛が来て、子どもを産んで、母は自ら命を絶ったのだ。
 涙が溢れた。目の前にいる老人は優しく私の背中を撫でた。もはや涙は堰を切ったように流れた。私は、今まで母がどこで亡くなったのか、何故亡くなったのかを知らずに生きてきた。今すべてのかけらが繋がった。
「彼女の遺体は、私が丁重に葬らせていただきました。赤子も同様です。あの世で救われるように、また、この世で再会を果たせるように、私は、地蔵堂の建立を立願しました。だから、あなたがあのお堂をきれいにしてくださったおかげで、その方々も大変お喜びだと思いますよ」
 私は、思い出す。毎晩、夢に出てきたあの子は、私の妹なのだろう。この世に産まれて、元気に成長して、きっと縁日で遊びたかったのだろう。縁日には、狐のお面がたくさん並んでいるのだ。違う店では、綺麗な折り紙で作られた風車が、風に吹かれてからからと回っているのだ。美味しい食べ物の香りが赤い着物の女の子を取り巻いて、女の子は無邪気に笑うのだ。私の母がそうしてくれたように、私は妹の手をひいて、金魚を掬ってやりたかった。
 私は、全てが繋がったことを考えて、最後に慶海師に問うた。
「残された男の子は、どうなったのでしょうか」
 慶海師は、うなずきながら答えた。
「私もわからないのです。ただ、その後は身寄りもなくなってしまったので、ひょっとしたら、亡くなったのかもしれないと思っていました。彼も色々と辛い思いをしたと思います。一度は命を断とうとしたことがあったのかもしれません。ですが、今は健やかに生きているはずです。お母さんと妹さんがいつでも彼を見守っているのですから」

 いつも、どこかで誰かが見ている。この世の者だろうと、この世の者でなかろうと。人のいない廃村だって、きっと誰かが私を見てくれている。見守ってくれている。
縄の千切れる瞬間、確かに聞こえた。


「誰かが何処かで、きっとあなたを見ているよ」


 それは、生きたくても生きる事が出来なかった、もうこの世にはいない誰かの、想いであった。
2010/10/11(Mon)19:40:00 公開 / 元祖ジョニー
■この作品の著作権は元祖ジョニーさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
読んで頂き、ありがとうございました。
はじめて書かせていただきました。元祖ジョニーと申します。自分の手でも創作を!と思いまして、投稿した次第でございます。
ご意見、よろしくお願い致します。
この作品に対する感想 - 昇順
読ませていただきました。そして、実に私好みの、根っこがしっかりしたファンタジーだと思ったのですが――いかんせん、一見達者な文章の紡ぎっぷりに比し、全体の結構が、文芸としてあまりに無造作と申しますか。文章そのものから察するところ元祖ジョニー様は、いわゆるラノベだけではなく一般文芸作品も読み慣れていらっしゃる方だと思われるのですが、ならば言葉としての『語り口』だけでなく、ひとつの短編小説としての結構も、お好きな作家の作品などを、何度もじっくり反芻してみてほしいと思います。
また内容的に、昭和40年前後の過疎村の社会的な把握が、甘いように思われました。『自宅のポストに新聞が投げこまれる』という事象ひとつとっても、深山の集落ではなかなかに微妙な問題なわけですし。『廃村』という現象の地域政治的な意味合いも、観念的推測で書かれているように思えます。たとえばそこに住民がいなくなっても、土地所有権は残っているわけですし、そもそも『廃村宣言』という言葉の定義が解りません。こうした地に足の着いたファンタジーを現世に成立させる場合、社会的な土台を固めるのはなかなか難しいものです。短編としては、いっそ地域や年代を特定せず、主人公の狭隘な視野の中だけですべてを語らせるのも、ひとつの手段かもしれません。
なにやら厳しい意見を述べてしまいましたが、あくまでこの物語のモチーフに強く惹かれてのことですので、なにとぞ御一考ください。
2010/10/17(Sun)01:08:080点バニラダヌキ
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