『追悼(SS)』 ... ジャンル:リアル・現代 ショート*2
作者:鮎音                

     あらすじ・作品紹介
亡くなった祖父の葬式にて思う事とは何か

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誰にでも苦手な人はいるものだ。
別にその人が嫌いというわけでもなく、その人が嫌な人というわけではないのに、どこか関わるのを避けようとする人である。
丁度良い言葉というのが思いつかないが、相性が悪いと言えばいいのだろうか。
理由もなく好きではないのである、かといって嫌いというわけでもない。
私にとって相性の悪い人は二日前に亡くなった祖父であった。
祖父は常にタバコの匂いがしていた。縁側に座って朝焼けを見ながら食事前に一本、次に夕焼けを見ながら一本を吸い、雨が好きなのか降るとやはり縁側で吸っていた。
だが、私はそんな祖父に近づこうと思わず母からお茶を持って行くように言われても何かと断っていた。縁側に座っている祖父の背中だけを見て、隣に座る事もなく、どんな表情をしているかも知ろうと思わなかった。何が楽しいのかと聞く気も怒らなかった。
そんな祖父は周りにも嫌われているわけではなく、むしろ好漢であった。気持ちの良い笑い方をする人で、あのような笑い方を屈託がないと表現するのだろう。自然と人が集まり、よく近所の人たちと楽しそうにしているのを見た事がある。
そして、それを示すかのように葬式には私の知らない人達が大勢いた。
惜しい人を亡くしたと悔やむ中年にさしかかった人、向こうで会えたらまた話そうと無理に笑う老人、とてもお世話になりましたと話す女性、溢れるように涙を流す人々。
私にはそれが出来なかった。
そんな私を勘違いしてか、誰かが「気丈な方ですね」と母に話していた。
どこか居たたまれなくなって自室に戻り、大きく息を吐いて椅子に腰掛けた。
窓から外を眺めると祖父の見ていた庭が目に入る。何が楽しくて見ていたのか今となっては聞く事もできない。
笑うとヤニのついた黄色い歯が印象的だった祖父。
そう言えば。祖父は元々あのようにタバコを吸う人だっただろうか。
一日に数本で歯が黄色くなるというのはなさそうに思える。だとすれば昔はヘビースモーカーで後から抑えたのだろうか。
しばらく考えていたがわからないので気になって自室を出て台所に立つ母の元へ向かった。
まだ外で祖父について話す人が大勢いるなか、追悼客へと出す食事を用意している母の傍で食器を洗いながら、話を切り出してみた。
「おじいさんって昔からタバコ吸ってたっけ?」
忙しそうに手を動かしながら母が「昔は凄い吸ってたわね」と話した。
それを聞いてやはりそうなのかと考える、スポンジに洗剤を染みこませながら「禁煙したって事?」と会話を続ける。
「あなた覚えてないの?」
と意外な事を言われた。
「何の事?」
「あなたがタバコ嫌いってお父さんに言ったのよ。それからね吸う数を減らしたのは」
思わず、持っていた食器を落としそうになった。
祖父の気持ちが縁側に座る小さく曲がった背中からにじみ出ていたような気がしたせいだ。もちろんそんなのは錯覚である。ただの勘違いだとわかっている、けれど頭の中に自室の窓が浮かんでいた。
私が窓を覗き、庭を眺めている祖父を見る、だけど顔だけが見れない。背中しか見えず、頭の部分から紫煙が風に溶けて消えている。小さく少し曲がった背中の向こうで祖父は笑っていたのか寂しくしていたのか。一体どんな表情をしていたのか、無性にそれを知りたくなった。
そう考えた時には足が縁側を向いており、追悼客の隙間から覗く目の前の風景には綺麗な夕焼けが入ってきていた。

2009/02/04(Wed)04:21:08 公開 / 鮎音
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