『パプリカ』 ... ジャンル:ショート*2 リアル・現代
作者:カオス                

     あらすじ・作品紹介
「描写のない小説とは……」見かけた二人は、どこか可笑しい。この違和感はなんのだ?

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 パプリカ

「描写のない小説とは………………喜劇のようなものだ。どれだけ、心に迫ることを書いてもそれは単なる世迷いごとでしかない」
「なんとも、強引な説だな。お粗末すぎて泣ける。第一、小説には無駄なものが多すぎるのだ。心情や回想、思いなど邪魔だ」
「何を言う。私たちが日常の生活で、どれだけモノについてあれこれつまらないことを考えているのを知っているのかね。小説の場合、それを必要最低限にまとめ、且つ分かりやすくしてあるのだ、これを邪魔というのは何事だ」
「ハンッ! 邪魔なものは邪魔だ。研ぎすまされた、シンプルなものこそ一番うつくしい。だからこそ、小説はダメなのだ」
「真のうつくしさを知らぬ者が、よく『一番うつくしい』ものを言うことが出来るな。その無知さに感動すら覚える」
 と、以上のような討論を繰り返している二人を僕が見たのは、高校二年生の冬のことだった。予備校の模試の帰り、会場の自動販売機の前で人を待っていると、聞こえて来たのが先程の討論だった。ふと見た二人に、感じる違和感。パッと見た感じは、どこも変わった所などないのに、どこか可笑しい。
「周りのうつくしいものに気が付くことすら出来ない者に、言われたくはないね。ああ、それともうつくしさなんて高度なものは分からなかったかい」
「これだから、知ったかぶりは困る。美とは一瞬のものだ。気が付くどころか、その一瞬さえも分からぬ、ましてや一瞬ということも気が付かぬ者に言われたくはない」
 自販機の前の長椅子に座りながら、二人は討論を続ける。二人ともここら辺では、有名(金がかかることで)な私立のブレザーを着ていた。片方はやや茶色がかかった薄い髪色の、どこからどうみても育ちが良さそうな顔に、これまた生真面目にキッチリ制服を着ている。もう片方は、見事な黒髪を背中まで伸ばした些かつり目の、育ちが良さそうな顔なのに、制服はだらしない着かたをしているが、それが様になっている。僕はぼんやりと、その二人を観察する。先程から、感じている妙な違和感の原因がなんなのか、どうしても気になったからだ。茶色の方は、なんとなく貿易関係の仕事をしてしそうな家系の顔をしている。キッチリ着た制服が、その印象を強くする。もう一方は、ヤクザ関係? いや、その割には周りにその舎弟っぽいのが見当たらない。こういうのは、若(勝手に命名)のお側に忠義の二文字を背負っているのを置いて置くはずだ。ならば、家元? にしては、制服が………。いや、家元の末っ子というのはどうだ。これならば、説明が付く。出来のいい兄や姉の存在のため、構ってもらうことなく育った末っ子。それならば、制服の着崩しにも説明がつくのではないか。
 そこまで、行ったのなら二人の関係まで行ってみよう。まぁ、赤の他人の僕が見る限り、そんなに悪くもなければ良くもなさそうだな。フツーに気の合う友人? だが、その割には、討論の内容が些かマニアックに思える。というか、まず高校生が小説の形式とか、美に関してあんなに真面目に討論するのか。はっきり言おう、僕はしない。僕だったら、もっとカラフルな内容の討論をする。カラフルについては思春期なので、あまり深く聞かないで頂きたい。じゃぁ、気の合う友人か? だが、聞く限り二人の立場は同じというより、全く正反対だ。貶し言葉は直接出ていない物の、遠回しに人を馬鹿にするようなことばかり言っている。ならば、マブダチ? うん、中々良い線かもしれない。結構信頼していないと、相手に貶す言葉なんて言えないものだ。マブダチだとしたら、一緒にここに来ても可笑しくない、いや寧ろ自然だ。
 だが、なんだろうこの違和感は。
 違和感の原因を探しているはずなのに、見れば見る程奇妙な感じがするび。
 僕は二人が討論に夢中になっているのを良いことに、不躾に観察をする。二人の足下に在り来たりな黒とグレーのスクールバッグが置かれている。どちらもキーホルダーや、お守りなんかも付いていない。まぁ、二人のバッグだと考えても良いだろう。しかし、見れば見る程違和感は募って行く。髪型も黒い方が長いだけで茶色はフツーだし、制服だって黒い方が幾ら着崩していたって、良く見かける着崩しだ。段々と視線を下に下ろして行く。慎重は二人ともだいたい僕と同じぐらいだし、体型は茶色い方が細いな。かといって、黒い方は標準ぐらいだし。うーんと、唸りながら視線は二人の足下に移る。茶色の方のスラックスにはきちんと折り目がついている。こいつは、凄く真面目な人間だと考えられる。ブレザーにも埃一つ付いていないことを見ると、エチケットブラシを携帯しているのだろう。小学校のころ、クラスの学級委員を勤めていた生真面目なクラスメイトを彷彿させる。一方の茶色の方の制服は全体的にいかにも草臥れている。いや、草臥れているというよりも皺が多いから、そう見えるのかもしれない。スラックスの裾には、僅かに泥がついている。が、それでも汚い印象は受けない。結構いい加減だが、要領だけは良いヤツだ。黒い方を見ながら、僕はそう推測した。そして、ますます分からなくなっていく。
 全身を見回しても、違和感がなんなのか分からなかった。
 どれも、高校では良く見かけるものだし、どれもこれといって可笑しいものはない。
 なのに違和感が拭えない。
 うーむ、と僕は自分と比べながら二人を観察する。まず制服、これは学校自体が違うのだし違うのは当たりまえ。ポケットから覗く携帯ストラップ、これも種類は違うけど二人とも見える。黒い方はスラックスのポケットから、茶色は胸ポケットから。後は、足下のぼろぼろのスニーカー…………。
「おい!」
 いきなり後ろから声をかけられる。驚いて振り向くと、待ち人の田中が偉そうに立っていた。
「いつまで、そこに突っ立ってるんだ。帰るぞ」
 そう言うと僕の腕を掴んで、出口の方へ向って行く。
「ちょっと待て田中! あの二人何か可笑しくないか?」
 二人を指差しながら小声で田中に訪ねる。田中は立ち止まって二人を眺めると、呆れたように溜息を付いた。
「そりゃおかしいさ。だって足がないのだから」
 よく見ろと言わんばかりに、田中が二人の足下を指差す。僕の足下と二人の足下を比べると明らかに可笑しかった。何故だって? だって僕の足元には、草臥れたスニーカーがあるのに、二人の足下にはバッグが無造作に置かれているだけで、他には何もなかった。角度から言っても、ここから二人の靴は見えるはずだ。彼らが靴を履いていればの話だが。
 成る程、これが違和感の原因か。
「ああ、そういえばここに来る途中で、学生が二人事故にあったらしい」
 ほれと、田中が携帯の画面を僕に見せながら話す。だが、僕は二人を見つめたままだった。よく見ると、何か透けてる気が………………。
 どうやら重体らしい、となると幽体離脱かな、と非常に冷静な田中の声が遠くに聞こえる。バタン、と音を立てて僕は床に倒れていた。

2009/01/12(Mon)22:57:12 公開 / カオス
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