『LIVE STYLE』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:TAKE(17)                

     あらすじ・作品紹介
最近作った曲から出来た物語です。

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 来年に大学受験を控えた七月の塾帰り、夜九時二〇分を少し過ぎた頃。
 気まぐれにいつもと違う道を通って家路に着いていると、街の喧騒に紛れて音楽が聞こえて来る。一つのアコースティックギターと、倍音の利いた声。駅舎の入り口付近に人だかりがあった。演奏されているのはよく知れた曲のコピーで、ミディアムバラードの調子に乗せて人々の体がかすかに揺れている。
 人に囲まれた中心に立っていた男には見覚えがあった。一昨年卒業した部活の先輩だった。
 次の曲で終了らしい。僕は彼のオリジナル曲が演奏されていた約五分間、人だかりに紛れていた。
 最後の音を街が吸い込み、彼は頭を下げ、人々は購入した彼のCDを手に散ってゆく。
 その場が閑散とした風景を取り戻した頃、僕に気付いた。
「お久し振りです。客、結構居ましたね」
 インディーズレーベルに入って、最近有線でたまに曲が流れるようになったと、彼は誇らしげな表情で言った。
「ギター、貸して貰ってもいいですか?」
 弾けたっけ? と言いながら、先輩は仕舞いかけていたものを僕に渡してくれた。
 去年まで友達とギターを抱えて遊んでいた。オリジナルも数曲あるが、人前では披露していなかった。
 僕はCadd9のコードのストロークから始まるオリジナル曲を弾き語った。初めて外で歌うそれは、友達から恋人へ、遠距離恋愛を経て再会する物語を、爽やかな雰囲気のアップテンポで表現したものだった。
 段々と調子が出てきて、気が付くと周りに再び人だかりが出来ていた。曲が終わり、先輩と同じく頭を下げて拍手を貰うと、僕は先輩にギターを返した。彼も小さく拍手し、持ち歌の曲数を訊いてきた。
「曲が付いてるので、六曲ですね。歌詞から作る方なんです」
 お開きだと察した人々は、一人また一人と、街灯りに溶けていった。
「ずっとここで演ってるんですか?」
 週に一度だよ。他は小さなライブハウスなんか、大学の無い日にな。そう彼は言った。
「また来ますね」
 先輩は軽く右手を上げ、僕達は別れた。


 朝、僕は電車の前からニ両目、一番目のドアに乗り込む。三駅目で、同じドアからその子は乗ってくる。右手で風に乱れた前髪を直し、周りの女性より倍近い大きさの目を友達に向けて話しながら。
 名前も知らない。言葉を交わした事も無い。関係性など無に等しいのに、いつしか彼女を意識する様になっていた。
 彼女は僕よりも手前の駅で友達と降りてゆく。肩甲骨辺りでなびく髪を目で追う。手の中にある参考書の内容が頭に入らなくなる。
 帰りの電車も同じだった日が何度かある。その時彼女は一人だった。隣に座る事が出来たのに、僅か数センチの隙間にビロードのカーテンが引かれたような感覚があり、結局彼女に向けて声を出せない。そんな自分を心の中で殴る。

 毎週、先輩の歌う日にはあの道を通る様になった。時間的に丁度最後の曲で、終わるとしばらく近況を話し、僕が一曲だけ弾き語る。辛気臭い現実を払いのけて、束の間悩みを忘れる。恋や学や、友とのいざこざも。
 八度目にそこへ訪れた、つまり丁度二ヶ月が立った頃だった。ギターの側面に取り付けた、アンプと接続するピックアップに不具合が起こったらしく、最後の曲は生音にオフマイクでの演奏となった。この頃には僕が演奏するのを待っていてくれる観客も居た。僕は三本指で寿司を摘む形にピックを持つ。これで力が加わり易くなり、街の喧騒に負けない程度に大きな音が出る。
 音は濃密な紺碧の空に溶けてゆく。

 一番のBメロに差し掛かった時、それは不意に僕の視界へ飛び込んできた。
 朝の彼女が立っていた。
 驚き、裏返った声を誤魔化す事は出来なかった。小さな笑いが起こり、そのままサビへと繋ぐ。彼女もクスクスと笑っていた。
 曲が終わると、人々は日常へと帰ってゆく。同時に僕や先輩にも日常が訪れる。短くて儚い。
 彼女も群集に紛れて消えていた。


 それから一週間と三日後、相変わらず僕は彼女に声を掛けられず、向こうも顔がわかっている筈だが、以前と変わらず友達と車内で話していた。
夜、電話が掛かってきた。先輩からだった。通話ボタンを押すと、電話の向こうの彼は上気した様子だった。
 落ち着いて聞けよと、「そっちが落ち着いて下さい」とでも言いたくなるような口調で彼は話した。
 有線で曲を聴いていた大手事務所の社員が、一度メジャーへ向けて前向きに話し合いたいとレーベルに連絡してきたそうだ。その曲は、僕が作った詞に先輩がコード進行を乗せたものだった。ありがちな話だが、奇跡だと思えた。
 出来ればお前にも会いたいってさ。そう彼は言ったが、受験生のため優先順位を考えると、期待には応えられそうに無い。その旨を告げると、彼は納得した様子だった。
 付け加えるように先輩が僕へ告げたのは、僕が意識している彼女の存在が、彼にもあの夜に分かっていたという事だった。
 先輩は大事な言葉を、これからへ向けて言ってくれた。

 本気で何かしたいと思ったらな、ゼロから何もかも自分で動くんだ。その為に必要なタイミングだって、待つんじゃなくて作るんだよ。始めるのは全て自分。神だとか運だとかは関係ないんだ。今までそうしてなきゃ、俺に今回みたいな機会は来なかったよ。

 次の日、その言葉を胸に携えて電車に乗り込んだ。
 三駅目でドアが開く。彼女が乗ってくる。
 一人だった。
 今しか無い。ここで躊躇えば、この先に再び茫漠とした時間が訪れる。そう思った。
「おはよう」意を決して、僕は言った。
 彼女は少し驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。友達に見せるあの顔だった。
 おはよう。
 細められた明るいブラウンの瞳に一瞬、ポカンとした僕の間抜けな顔が写る。彼女はあの夜と同じ調子で僕を見つめ、二言目を紡いだ。

 やっと話し掛けてくれたね。


2008/10/17(Fri)17:16:21 公開 / TAKE(17)
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