『ひきこもりの歌』 ... ジャンル:リアル・現代 恋愛小説
作者:ミムラ                

     あらすじ・作品紹介
カノジがいるひきこもりの恋愛模様

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 はじめまして、大山大地と申します。とても大きくて強そうな名前をしてますが、ごめんなさい、25歳で一人暮らしの無職二ート、ついでに引きこもりです。でも悪気はないんです許してください。
 さて、そんなダメな僕ですが、掃除の行き届いた綺麗な部屋に住んでいます。布団も定期的に干されていてフカフカです。台所や風呂場などの水場も丹念に水垢、汚れが落とされています。
 もちろん自分の手でやったなんてこと、ダメな僕にはありえません。24時間ヒマを持て余す身分であろうと掃除洗濯はいっさいやる気になりません。お腹が空いてもコンビニに行くのが苦手です。レシートとお釣りをもらう時に店員さんと指が触れ合う事を想像するだけで……ああ、恐ろしい。
 では、どうやって僕が快適な引きこもりライフを送っているかというと、それは

 ガチャ

 やってきました。
 あ、紹介します。彼女は三島香苗っていいます。17歳の高校生です。文化系の性格で、掃除や洗濯が大好きだそうで、僕の生活の明暗は彼女の細腕にかかっていると言って過言ではありません。
 なぜ引きこもりの僕がそんな人と出会えたかと疑問に思う方もいるでしょうが、それは簡単な謎解きで、引きこもる前、大学の文化祭で知り合ったのです。
 香苗はその時まだ13歳。僕は21歳の大学生。ですが僕が13歳の時も大学生と付き合っていた同級生の女子がいたので全くの無問題ですよね。おかげ様でカノジョいる歴4年になった今も童貞な訳ですけど……

「大地、今日は部屋キレいにしてるね」
 香苗が合鍵を財布にしまいながら言った。
「そりゃそうだ。昨日掃除したんだからな」
 さすがの僕も一日で部屋を汚せない。
「ふぅん。たまに鼻かんだティッシュをたくさん、平気で床に捨ててるくせに」
「ちょっ……!!」
 いや違うんだ。それは徹夜でやったエロゲ(ロリータ
系AVでも可)でヌいた時に使ったティッシュの群れであって、射精の余韻に耽ったままトイレに流し忘れていたのであって、なにも訳知らぬ高校生女子に犬みたいにクンクン匂いを嗅がせるつもりはさらさらなかったんです!
「い、いやいや。それは花粉症の季節だからだよ。今は部屋から出てないんだけど……あ、そうだ」
 もってまわったように下手な言い訳をしていると、ある懸念に気づいた。
「香苗。おまえ、花粉を持ち込んでないか?」
「あ、そうかも」
 香苗は同意してブレザーを脱ぎだした。
「今度から上着は脱いで入るね」
 シュルリとネクタイを外す。
「それにしても春になると急に暑くなるよねー。温暖化のせいかな」
 ポツッ、ポツッとワイシャツのボタンを外して、胸元を露わにした。
「のっ……のわぁーっ!」
 そこには乳があった。正確に言うと二の腕で寄せて上げられた上乳である。
 僕は香苗という恋人がいるので衣服の隙間からオッパイを見たことがあるかと問われればあると答えるが、実のところ触ったことはない。せいぜいエロゲやAVのオッパイを液晶パネル越しに揉んだ程度だった。
 だってオッパイだよ、オッパイ!
 恋人だって言ってしまえば他人なんだから触るなんてとてもとても……
 どうやらこれが25歳無職二ートで引きこもりの僕の限界らしい。
 やらしいのはNG!

 そうこうしているうちに夜になり、香苗は家路についた。
 残ったのは缶ビール。
 僕は未成年に酒を飲ませるような下衆ではないので全部、自分が飲むために買ってきてもらったブツのである。
 今日は土曜日。週に一度の飲み会がある。僕はパソコンを立ち上げて、お気に入りからあるホームページを開く。
 そこでプシュッとビールを開けて、チャットルームに入室した。
 すでに2人が入室していて、僕で3人目だった。
 2人では間が持たなかったらしく、もっぱら僕が話題の集中放火を受ける羽目になった。
『オーヤマさん、まだカノジョと付き合ってるんですか?』
「あ。はい、付き合ってますよ。今日もウチに来たけど、暑い暑いってワガママにも胸元を無防備にさらしおってからに」
『押し倒したくなるシチュエーションですね』
「けど、相手は17歳ですよ。押し倒すって訳には」
『たしかに倫理上は駄目ですよね。でも話を聞いていると、相手は押し倒されたがってるんじゃありませんか?』
「押し倒されたい!?」
『合図を送っているように聞こえます。話を聞いただけの感想ですけど』
「ううむ。倫理の通りに生きられる人なんかいませんから押し倒されたい気分ってわからないでもないんですけど、まだ分別も無しに先走っているなら大人の側でブレーキをかけてあげなきゃと思うんです」
『大人ですね。ちゃんとした性欲があるか怪しいほど』
『臆病なんですよね、基本的に。でも同時に相手の気持ちを全部スルーできるほど外道』
 チャット仲間の好き勝手な集中爆撃を受けて、缶ビールを一気にあおる。
 いちいちもっともなのだ。性欲は低い。性的な恋人は右手で充分だし、そのせいで香苗に手を出す必要を感じない外道でもある。
 でも、わかってる。香苗に手を出せない本当の理由は簡単で、僕が臆病だからだ。

 日曜日も、いそいそと香苗はやってきた。正午の頃で、僕はまだ昨晩の酔いから覚めていない。頭をガンガンさせながらも、なんとかベッドから上半身を起こした。
「寝てていいよ。今日は掃除しに来ただけだから」
「そんなわけには……つーか本当に掃除だけしにきたわけじゃないんだろ」
「掃除だけしにきたんだよ」
 香苗はキッパリ。カレシとしてかなり傷ついた。僕よりも部屋が大事かっ!
「じゃあ、ホントに二度寝しちゃうぞ」
 全身を布団の中でモゾモゾさせて就寝の準備を整える。しかし、それはやっぱり失敗だったのだ。

 夕暮れ時になり僕は部屋中に充満した美味しそうな料理の臭気で目を覚ました。香苗は何を作らせてもかなり出来がよい。
「お、今日も美味しそうだなぁ」
「でしょう」
 僕がご機嫌取りのテンプレートを言うと、香苗が真っ赤な顔で上機嫌にビール缶をペコペコ握りつぶして振り返った。
 あれほど飲むなと言っているのに、昼間にグースカ惰眠をむさぼる引きこもりの言い分など、今時の女子高生は耳を傾けてくれないようだ。
「おい。なんでビールなんか飲んでるんだよ」
 僕が聞くと、意外にもはっきりした返事が戻ってきた。
「大地が飲ませてるんじゃんかぁ」
「僕が……飲ませて……?」
 いつのまにか寝ぼけて酒を飲ませたとか? でも、そんな見事な無遊病は僕にできないスキルだ。
 じゃあ、どういう意味だ。
「あたしねぇ、これでも学校じゃモテる方なんだよぉ。何度かコクられてるしぃ」
 初耳だった。僕は引きこもりだから外の世界なんかに興味はない。香苗も空気を読んで話さなかった。話に上るのはせいぜい、文化祭があったとか明日から夏休みとか、それくらいだ。
 それが今、恋愛の話を始めている。
 何組の誰それに口説かれたことがあるとか、真剣に迫られたとか、身ぶり手ぶりを添えて、あれこれ喋る。
 僕と出会ってから後、香苗は僕が想像できないほど膨大な時間を生きてきたのだった。僕が臆病風を吹かせて部屋に篭っている間、世間の荒風を正面から受けてきたのだ。
 それでも今日まで僕と付き合ってきた。
 何もしない臆病な僕と。
「僕が酒を飲ませてるって、そういう意味か」
 恋人なのに恋愛をしようとしない僕への抗議だったのだ。
「僕にどうして欲しいんだよ」
「好きにすればいいじゃん。別れるんならバイバイだしぃ」
 なるほど。別れ話か。香苗は僕にはできすぎた恋人だしな。そもそも引きこもりにカノジョがいるってどうよ。
「ああ。じゃあバイバイ。忘れモンすんなよ」
 言った側から平手打ちを3発も置いていきやがった。

 一人身になった感慨は特になかった。
 そもそも無職でニートで引きこもりの僕だ。寝て起きてボーッとして寝る毎日。話し相手が欲しかったら、チャットや掲示板を通せばけっこういる。社会人が思うほど引きこもりは孤独じゃない。
『あんたバカねぇ』
 今日は気分を変えようと普段使わないチャット部屋を覗いてみたら、しばらくして焦げついた。
『自分はオナニーするくせに、相手はオナニーしないと思ってるわけ? オメデタイわね』
 たぶん年上だと思うが、年下かもしれない。そんなハンドルネームしか知らない女性かもわからない人に先日の別れ話を話してみた直後のことである。
 ネットの見ず知らずの相手だからこそ打ち明けられ
ると思ったのだが、見事にぶった斬られた。
「17歳の女子ってオナニーするんですか」
『おバカ。オナニーは気持ちや衝動の問題よ。年齢は関係ないわ』
「気持ちや衝動ですか。どういう意味でしょう」
『意味なんて……好きということ、そのまんまよ』
「17歳女子ってそんなにセックスが好きなんでしょうか?」
『知らないわよ、バカね』
「彼女は今は僕を好きじゃないんですよ」
『あなたがそういうなら、そうなんでしょうね』
 そんな言葉を交わしてチャットは終わった。

 香苗が来なくなって一週間が経った。僕の生活は相変わらず怠惰で、少し部屋が汚くなった。掃除する人がいなくなったせいだ。
 だけど、それはそれで気にならない。部屋が汚くなって困るほど几帳面じゃないし、なにより自分で掃除しないのが悪いのだ。
 僕は香苗に甘えていた。8歳年下の少女に甘えていた。孤独で裕福な独房生活を暖かくしてもらった。感謝の言葉は数限りないが、彼女はもういない。
 そのことにいまいち寂しさを感じなかった。そもそも僕は引きこもりで、外界に触れたくなかった。大勢の人の中にいると孤独を感じるけど、一人で部屋の中にいると孤独を感じない。そんな引きこもりだ。
 そんな、そんな引きこもりだ。
 恋人に、恋人が望むように接してあげられない臆病者だ。
 しかし僕は、いつしか泣いていた。自分を正当化しようとする言葉を紡いだ数だけ涙をこぼした。
 全部、嘘ではない。
 部屋に一人でいるのが大好きだ。
 恋人がいなくてもかまわない。
 部屋は汚くていい。
 全部が全部、どーでもよく思える。
 だけど、確かに言える事がある。
 僕は香苗が好きだ。
 親も兄弟も、その他大勢の人間は好きじゃない。
 だけど香苗という一人の人間が好きだった。
 容姿も性格も、優しい時も怒った時も、僕は全部ひっくるめて好きだ。
 だから思った。
 やり直したい、と。

 僕には珍しく自発的に依りを戻すため、メールを送った。
「今どこ」
 返事は早かった。
『駅前で男子と歩いてる。彼と付き合うようになったらもう行けない』
「かまわん。俺が行く」
 メールを打つなり、数年ぶりに靴を履いて家を飛び出した。
 本当に久しぶりだ。ブランクのせいで、まともに走ることもできない。
 ブランクのせいで……ブランクのせいで……
 たしかにできないことは多いが、できることをして駅前にむかった。
 そして香苗を見つけた。見間違えはない。改札を抜けて駅のホームに入っていった。
「香苗っ!」
 自分なりに大きな声で怒鳴ったつもりだったが、常人ほどでなかったのだろう。香苗は振り返りもしなかった。
 追いかけて電車の切符を買おうとするが、入場券ってどうやって買うんだっけ? かなり混乱しながら券買機と格闘する。
 やっと買った切符を改札に通すのにも一苦労。
 なんとかホームに上がると、香苗を捜す。
 いた。
 向かいのホーム。香苗は一人で立っていた。男はいなかった。
 香苗は僕を見て一瞬、驚いた顔をした。
 そして次の瞬間、駆け込んできた電車が彼女を隠した。ちょうど彼女の側の電車だ。乗ってしまうのだろう。
 でも追いかける時間はない。電車はすぐに発車する。
 波のように後悔が押し寄せてくる。
 あの時ああしていれば、その時そうしていれば……
 巧くやるチャンスはいくらでもあったはずだ。
 電車はドアを閉め、ガタゴトと走っていった。
 結局、間に合わなかった。
 僕はうつむく。
 いつもそうだ。僕は大事なことを自分の諦めぐせで失ってしまう。もっと早くから真剣に向かい合っていれば今はもっと違うものになっていただろう。
「大地」
 声がした。顔を上げて目を丸くする。
 彼女がいた。電車に乗らなかったのだ。
 僕は驚きと興奮で叫んだ。
「追いかけてきたよ。香苗が好きだから」
「あたしも待ってた。大地が好きだから」
 言い返す香苗の瞳が潤んでいた。
 これからやり直そう。失敗しても何度でも。必ずではないが、人生は意外とリセットが効くのだから。

2007/03/10(Sat)15:49:42 公開 / ミムラ
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