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『海を泳ぐ』 ... ジャンル:ショート*2 未分類
作者:木沢井
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その海は、常に同じ顔を見せようとしない。ほんの先までも見えない日もあれば、驚くほど深い所まで見通せる日もある。荒れ狂ったり、静かだったり、いつも違っている。
変わらないのは、自分がいつもそこに潜り、何かを探し求めているということだろう。
そういう人は、自分の他にもたくさんいた。自分も彼らも、『漁師』と呼ばれていた。
『漁師』は、いつもその海に船で漕ぎ出すと、適当な場所を見つけて潜る。中には潜らず、何らかの道具を用いて何かを手に入れる『漁師』もいたが、たいていは素潜りで探す。自分も、素潜りで探す一人だった。道具を使う『漁師』を「羨ましい」と思わないわけではないが、どうすればそれらを得られるのか分からなかったのだ。
探し求める何かは、『漁師』によって違っていた。美しいものもあれば、目を背けたくなるようなものもあった。潜った海と同じように、色も、形も、大きさも違った。見つけた『漁師』によって同じように見えることもあったが、やはりそれぞれは違う何かなのだった。
ここでも同じなのが、『漁師』達は、自分達が見つけた何かを品評し、あれは何点だ、これは何点だ、といった具合に、点を付け合うことであった。自分も、大人の『漁師』達に混じって品評に参加していたが、結果は振るわないことの方が多かった。自分が見つけるものは古かったり、形が歪なものが殆どだったのだ。
ある時、自分はたまたま近くを漕いでいた、老年の『漁師』に、思い切って声を掛けてみることにした。
「どうすれば、よりよいものを見つけられるのでしょうか」
老年の『漁師』は、じっと厳しい目でこちらを見つめ、それからゆっくりと、噛んで含めるように言うのだった。
「お前は、いつも目の付け所を間違える。だから余計な手間をかけていたり、すぐ近くにあるものを見落としてしまっているのだ」
そう言って、老年の『漁師』は海に飛び込んだ。自分には、海が濁っているようにしか見えなかった。だが、老年の『漁師』は、あっという間に船に戻り、その脇にはきれいな色の何かを抱えていた。
「今は、分からなくてもいい」
手に入れた何かを船に置き、老年の『漁師』は続ける。
「この海は、自由だ。どこを泳ぐかも、何を求めるのかも、誰にも決めることはできないし、決まらなくていいんだと、俺は思っている。この海があるかぎり、俺達はいつまでも『漁師』でい続けられるんだ、だから焦らず、ゆっくりと泳げばいい。お前の探す何かも、ここには必ずある」
最後の言葉に頷いて、自分も海に飛び込んだ。海面は濁っていたが、潜ってみると透き通っていた。こういうこともあるんだと、驚きながらも納得していた。
全ての『漁師』が、あの老年の『漁師』のようになれるわけではないのだろう。だが、それが想像の海を泳ぎ、そこに眠る何かを求めることをやめる理由にはならないはずだ。
あの『漁師』が言ったように、この海はひたすら自由なのだから。
おわり
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2012/03/24(Sat)00:20:11 公開 / 木沢井
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■作者からのメッセージ
初対面の方、はじめまして。そうでない方々にはTPOに即した挨拶をば。空(妄?)想の海の表層部を平泳ぎしている木沢井です。
久方ぶりにSSを書いてみたい、とは思ってましたが、ふと思いついた『空想の海を平泳ぎ』という言葉を基にしてみましたらば、あれよあれよと浮かんで来ましたるそれら想像を言葉にまとめて出来上がったのが当拙作でございます。
特別な捻りもなく、毒も利いていない拙作ではございますが、退屈しのぎにでもなれば幸いです。
最後までお読み下さり、ありがとうございました。
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