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『日本現在話』 ... ジャンル:童話 ショート*2
作者:水山虎
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あらすじ・作品紹介
突然朝、鏡を見たら自前の顔が変形してたらあなたはまず何を考えますか?その考えは、そのままのあなたを映しています。鏡よりも正確に。
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今、あるところに、友江 慎太郎という大変顔が整った男がおります。ある古いアパートに住んでいます。
就職難の荒波を乗り越え、初出社日を迎えた慎太郎に大変なことが起きてしまいました。
その日の朝、慎太郎はいつもより早く目を開けました。今日が初の出社日だからです。
慎太郎が起き上がろうとすると、足だけが動きました。先に上がるはずの頭は、なかなか枕から離れません。
幾度も試行錯誤を繰り返しているうちに、やっと頭もあがりました。
顔を洗いに洗面所に行くと、慎太郎は鏡を見て腰をぬかしてしまいました。
「な、なんということだ……」
大学時代は美青年で通っていて、そんじょそこらの女子高生が見たら気絶しそうなくらいの二枚目だった
慎太郎の顔は無残な有様になっていたのです。潰れた鼻、細くつりあがった目、たらこのように腫れた唇、むくれて
じゃがいものようになった顔面、慎太郎がそれらに触ってみますが、やはり自分の顔でした。気のせいか、前
頭部の髪が薄くなっているようにも慎太郎は感じました。
「今日は初の出社日なんだ。休む訳にはいかない。かといって第一印象は大事だ。こんな顔では、
初日から先輩社員らに嫌われてしまう。そもそも面接なんぞは、この俺の人柄のよさそうな顔で受かったようなものなのに」
これが病気かどうかなんて慎太郎は知らないので、とにかくどうにかしようと、慎太郎はまずじゃがいものようにむくれた顔面からなおすことにしました。はたして病気なのでしょうか。
慎太郎は台所から包丁を持ってきて、よく消毒し、自分の頬のあたりを軽く切ってみました。血をぬいてなおす魂胆です。しかし何故か血は出てきません。ただ痛みと切れた跡はのこりました。
なんどやっても血がでないので、慎太郎は顔面はあきらめて、唇をなおすことにしました。
唇は腫れていたので、慎太郎は氷で冷やしました。しかし、腫れはひかないばかりか、氷をつけているにもかかわらず慎太郎はそれを冷たいと感じないのです。なのでまた、包丁で血抜きをしようと慎太郎は試みましたが、唇からも血はでませんでした。
つりあがった目と、潰れた鼻については、聡明なみなさんには話さなくても結果はおわかりのことと存じます。
結局なにも修正できないまま、とうとう慎太郎にはなおす時間がなくなってしまいました。
慎太郎はフードつきのコートを身に、サングラスとマスクを顔につけて家をでました。サングラスをかければ、つりあがった目は隠せます。そしてマスクをつければ、潰れた鼻と腫れた唇を隠せるのです。何故フードのついているコートを着ていったかというと、おおよそ顔を隠すためなんでしょう。
家からでると、近所のおばさんたちの視線が痛みました。でも、怪物を軽蔑する目ではなく、怪しい人を見る目だったので、慎太郎は緊張しながら前を通りすぎました。
「おはよう川瀬君。どうしたんですか、その格好」
ゴミを捨てに出ていた大家さんに声をかけられて慎太郎はドキッとしました。川瀬とは、慎太郎の苗字です。サングラスにマスクまでつけてコートまで着ているのに、大家さんは慎太郎を川瀬だと見破ったのです。
余計な緊張のせいで、慎太郎は「あ、ど、どうも。お……おは……」と口ごもってしまいました。
大家さんは笑顔でこちらに近づいてきます。この顔を見られたら大変だ、と慎太郎は思い、走って逃げました。
慎太郎は走りながら、「大家さんってすごいんだなあ。こんなに変装してるのに俺が誰だかわかるんだなあ」と、感心していました。
別に大家さんがすごいのではなく、人が慎太郎の部屋から出たら、どんなに格好が怪しくても慎太郎だと思うのが普通です。
角を曲がると、後ろにはもう大家さんは見えませんでした。駅までこそこそと歩きはじめると、パトロールをしている警察官が自転車でこちらに向かってくるのが見えました。
慎太郎は怪しい格好をしていたので、声をかけられるんじゃないかと、ヒヤヒヤしながら歩きました。
怪しい格好をしているからと言って逮捕される訳ではないのですが、この時代のの人間は警察官と会うだけでも緊張をしてしまうのです。
「ん? おい、お前。ちょっと待て」とその警官は慎太郎の前でブレーキをかけました。
あと少しで通りすごせそうでしたが、やはり警察官の目は逃れられませんでした。指示通り慎太郎はそこに立ち止まりました。
警察官は自転車を道路の脇に停めて、ズンズンとこちらに歩いてきます。なにをするつもりなのか、慎太郎はそれを考えたら額から汗がでました。
(免許証はあるが、今の顔はそれとはまるで別人のようだ。大丈夫だろうか。)
慎太郎はここから逃げ出したい気持ちでいっぱいでした。その訳は、警官に話しかけられて動揺しているのも理由のひとつですが、例え警官であろうと、こんな顔を人に見せられないと慎太郎は思ったからです。
ついに、逃げ出すことはできないまま警官は慎太郎の免許証を見せるようにと要求しました。慎太郎は少し震える手で渡しました。
そして、サングラスとマスクを外せと言われ、警官に言われたら外さなきゃならないので、思い切ってサングラスとマスクを顔から外しました。
警官も朝の俺のように、この顔を見たら恐怖と驚きで腰を抜かすのだろうなと慎太郎は思っていましたが、警官は恐怖におののくどころか驚きも腰を抜かしもしませんでした。ただ平然と、慎太郎の顔を見ては、免許証を目を戻し、また見ては、戻しを繰り返すばかりでした。
とうとう警官は免許証を返して
「ほれ、よく撮れてるじゃないか。もう、あまり怪しい格好はしない方がいいぞ。手間かけて悪かったな」
と、粗末な笑顔を残してどこかへ行きました。
慎太郎には、その笑顔が大変美しく見えました。今の慎太郎と変わりのない程醜い顔をしていたその警官は、今まで慎太郎がみたどんな女性よりも、輝いて見えたのです。そこには愛という感情はなく、ただ美しいものを、美しいと感じることができる感情のみがありました。
慎太郎は誰かが昔言った「人は中身」という言葉の意味を、少しながら理解できた気がしました。同時に何故か、顔をなおすために自分の体を傷つけるようなことをしていた自分が、とても情けなくなってきました。
近くにあったゴミ箱の中にマスクとサングラスを捨て、ゆるんでもいないのに、慎太郎はネクタイを締めなおしました。今日が初出社の日だからです。
慎太郎の姿は、警官に会う前より美しく見えました。
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2010/11/30(Tue)18:04:55 公開 / 水山虎
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■作者からのメッセージ
やってしまった……。
初めて小説を書いてみましたが、かなり難しいものですね。登竜門にこんなもん載せちゃってホント面目ないんですけど、読んで感想いただけたら嬉しいです。
面目はないんですけどね。ホントに。
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