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『呪いの匙加減 【三】』 ... ジャンル:リアル・現代 ファンタジー
作者:羽付
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あらすじ・作品紹介
もし「あなたは呪われている」と言われたら、あなたはどうしますか?
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どうも初めまして、僕の名前は舞島 妹乃助(まいじま まいのすけ)と申します。
所で、あなたはご存じだろうか? いや知っている訳ありませんでしたね。
おっと失礼。別に、あなたを馬鹿にしている訳ではありませんよ。ただ今まで、この事について知っている人に会った事がないので、きっと知らないだろうと思いまして。
この事とは、ですね。呪いについてなんです。あっ! 呪いと言っても大したモノじゃありませんよ。本当に些細なモノばかりですから。
実はですね。人間は生まれてくるときに一人一つずつ、呪いを持って生まれてくるのです。でも先程も話した通り、大抵の場合は本当に大したモノじゃありません。
例えばですね。普通の人が十回転ぶうちに、十一回転んでしまうとか、普通の人が忘れ物を十回するうちに、十一回忘れ物をしてしまうとか、普通の人が十回怪我するうちに、まあ後は同じです。
ほら忘れ物が多い人など周りにいませんか? その人は多分、忘れ物をしやすい呪いに掛っているのだと思います。でも同じ忘れ物をする呪いでも、程度に差があったりするのですよ。先程の例を使うなら、十一回の人もいれば、十五回の人、二十回の人と、効力とでも言えば分り易いのでしょうか? とにかく差があるのです。
おっと、いけない。今は悪い例ばかりを出してしまいましたが、逆に当たりを引きやすい呪いや、危険を察知しやすい呪いなどもあるのです。もちろん、こちらにも効力に差があるので、何をしても上手くいく人というのは何か強い呪いのせいなのかも知れませんよ。
それにしても呪いを誰が人間一人ずつに与えているのかは僕も知らないのですが、まあ不公平ではありますよね。
そうそう不公平と言えば、この僕が持っている呪いも相当に不公平だと思いますよ。ほらよく「何でも願い事を一つ叶えてあげましょう」というモノに、「願い事を十回叶えて下さい」と願っても欲深いとかで叶えられない事があるじゃないですか? でも僕の場合は反対とでもいうのか、一人一つずつしか持てない呪いを沢山持てるというか持たされる呪いなのです。
しかも何十年かに一つ二つ僕の意思に関係なく、かってに増えて行くのですよ。それも特別な呪いばかり。
おっと話し忘れる所でした。本当に極僅かなのですが、時たま僕のように特別な呪いを持っている人もいるのです。それは呪いの起こる状況が複雑過ぎて一生のうちに一度も呪いの影響を受けない人や、普通の人間では不可能と思われる事が出来てしまう呪い、自分以外の物や人に影響を与えてしまう呪いなどですね。
まあ、そんな人は滅多にいないですし、僕も出会った人数は多くないので詳しくはまたの機会にしましょう。
さてやっと本題なのですが、僕の呪いの一つに見ただけで他人の呪いがどんなモノか分かるというものがあります。その呪いで見つけた面白そうな呪いの持ち主に、僕の持つ別の呪いを使ってから観察するという趣味があるのですよ。
悪趣味だと思われましたか? でも余りにも暇な僕のささやかな趣味だと、お許しください。それに持ち主の方には、呪いをほぼ失くす事が出来る機会も与えるのですから。
とにかく、それでですね。今まで僕の出会った面白い呪いの持ち主の話を、特別にあなたにして差し上げようと思うのです。どうしてかって? 別段に深い意味はないのですが、一人で楽しむのも飽きてしまったからとでもお思い下さい。
そうですね。では先ず、彼女の話にしましょうか。
【 左の幸運と右の不幸 】
何て腹立たしいんだろう。こうなったら、やけ食いしてやるんだから!
十月も半ばのオフィス街に、スーツ姿のサラリーマンや制服の上に軽くカーディガンを羽織ったOL達が、昼食をとる為にビルの中から出てきている。
私も、そんな中の一人だけど昼休みのウキウキ感など少しもなくて、ただただ腹が立っていた。
総合職として入社して五年、やっと私の企画した商品案が通りそうだったのに。どうしてミニスカートで媚売るしか出来ない様な二年も後輩の、あんなどうしようもない案が採用されるのよ!
課長も、どうかしているんじゃないの! それに「サポートしっかりと頼むよ」って、どういう事よ。後輩の手柄の為に頑張れとでもいうの? ふざけないで!!
私はふと一階がガラス張りのロビーになっているビルの前で足を止めて、そこに映る自分を見つめる。
見た目も大事だとダイエットして痩せた体、お化粧の仕方もプロに習いに行って、二週間に一回はエステと美容院にだって。だけど明るく笑う後輩の笑顔と、スラッと伸びたしなやかな足……自分が勝っている所が、どこにもないような気がした。
そして今度は仕事まで、何だか笑いたくなってくる。その時、彼の顔が頭に浮かんだ。
彼と言っても付き合っている訳じゃないし、面識も殆どない会社の先輩。三十代前半で背も高くて格好良くて控えめな性格なのに、仕事ぶりは有能だと聞いた事がある。女性社員の中で彼を狙っている人は多い。
もし私に彼みたいな恋人がいれば、少しは自信がもてるのだろうか? 仕事も上手くいくんじゃないだろうか?
ガラスに映る私は、頭を横に振っていた。そうだよね……自分で何とかするしかない。今までだって、そうしてきたのだから、それに彼が私の恋人になる事なんてないもの。
私が溜息とも深呼吸ともつかない物を一つして歩き出そうとした時、軽い衝撃と共に道路に尻もちをついてしまう。
「痛ッ……」
何てついてないの、物とかじゃなくて人にぶつかった感触だった。近くに人がいたのに気付かないで、歩き出してしまった私がいけない。
とにかくいつまでも道路に座っている訳にもいかないし、ぶつかった人にも謝らなくちゃと顔を上げたら目の前に手が差し出された。
「大丈夫ですか?」
その声は心に響くような不思議な音色に聞こえた。
手の先にある顔は太陽の逆光で見えないけど、黒く長いマフラーが印象的だ。たぶん私がぶつかった人なのだろうけど、その見知らぬ人の手を取るのは躊躇われる。
「ほら、手をどうぞ」
そんな私の気持ちを察したのか、その彼の二言目で私は素直に手を取ってしまう。
「すみません。ありがとうございます」
そう言いながら立ち上がり相手の顔を見ると、背は高いけど高校生か中学生ぐらいに思えた。短くも長くもない黒い髪に力強く意思の強そうな黒い瞳と眉、それとは対照的な柔らかそうな口元に、その間の高い鼻と、今時ではないけどモテそうなルックスをしている。
「怪我とか、ありませんでしたか?」
その問いかけにスカートについた埃を払いながら、簡単に確認する。
「ええ、大丈夫です。それより私の方こそ、不注意でごめんなさい」
「気にしないで下さい。僕は頑丈なんで、所で一つお話させて頂いても宜しいでしょうか?」
もしかしてナンパ……あれ? 私、目の前の彼の話を聞かなくちゃいけない。突然に、そう思った。
「もちろん、いいですよ」
自分の意識はあるのに口がかってに答えた様な、そんな気がする。
「あなたは呪いを一つ持っています。でも安心して下さい。誰でも一つは持っているモノですから」
何を言っているんだろう? 怪しい宗教か何かだろうか? こんな事……聞かなくちゃいけない。どうしてなのか、そう思わずにはいられない。
「それで大変に申し難いのですが、あなたは僕の手に触れた事によって、その呪いの効果が最大限になってしまいました。ですから、あなたがどんな呪いに掛っているか、教えて差し上げますので十分にお気を付け下さい」
全く理解できないけど目の前の男のせいで、私は凄くよくない状況にいるんだと理解する事にした。だけど、とにかく黙って続きを聞かなくちゃいけない。
「よーく、覚えといて下さいね。あなたの呪いは、後ろから名前を呼ばれた時に、向かって左に振り返れば幸運が、向かって右に振り返ると不幸が訪れるというモノです。でも三日後に、またあなたに会いに来るので、その時に呪いが必要ないと思うのなら僕の手に、もう一度触れて下さい。そうすれば、あなたの呪いは今とは反対に、殆ど効力を失くします。話は以上ですよ」
その瞬間、何か解放されたような気がした。実際に解放されたのかもしれない。私は急いで、その場から怪しい男から離れるように駆けだす。
「絶対に右に振り向いちゃ駄目ですよ」
後ろから声を掛けられたけど無視して逃げるように走り続けて、息が苦しくてどうしようもなくなるまで足を動かした。
それから立ち止まって息を整えながら、あの男に私は操られていたんじゃないかと怖くなる。言っている事も突拍子もなくて、とにかく関わっちゃいけないと思った。
「園山(そのやま)さん?」
「嫌ぁ!!」
私は首の左側当たりを触られた様な気がして、また先程の男が追って来たのかと叫び声を上げて振り返る。
「大丈夫、園山さん?」
そこに居たのは思っていた人物ではなくて、会社で女性社員達の憧れの彼、野田 祐樹(のだ ゆうき)だった。
「えっ? の、野田さん」
「うん、大丈夫? 驚かせちゃったかな? ごめんね」
「いえ、違うんです! ちょっと変な男に、つけられているかと思って」
名前を呼ばれて肩を叩かれただけなのに、叫んだりして恥ずかしい所を見せてしまって顔が熱くなる。昔から興奮したり怖い事があると冷静に何も考えられなくなる悪い癖があって、そういう時こそ本当は落ち着かないといけないのに。
「そうなの? 最近は物騒だからね。じゃ一緒に会社まで戻ろうか」
「いいんですか?」
昼食はまだだったけど、短い距離でも野田さんと一緒に歩けるのが嬉しいと思った。それに私の存在と名前を知っていてくれた事が嬉しかった。
「当たり前だよ。園山さんは綺麗だから、注意しないと」
そんな彼にとっては何でもない一言に衝撃を受けている自分がいた。だって、こんな面と向かって男性に綺麗だなんて言われたのは、初めての様な気がする。今まで付き合った人は何人か居るけど、こんな風に混じりけを感じさせずに言ってくれた事はない。
この一瞬で魔法でも掛けられたように憧れから、本当の好きになってしまった。自分の気持ちを、こんなハッキリと自覚するのも初めての経験な気がする。
「綺麗だなんて、そんな私より」
「ううん、綺麗だよ! 前から、そう思っていたけど、なかなか声を掛けられなくて、今日は勇気を出して良かったよ」
きっと私が自分を否定するような事を言おうとしていると分ったから、それを遮るようにして言ってくれたんだと、その言葉がとても嬉しい。そう言って笑う彼の顔が、とても眩しくて素敵だった。
今日一日の不幸が吹っ飛んだような気がする。こんな幸運が訪れる……あの男の言葉が蘇る「左に振り返れば幸運が、右に振り向くと不幸が」、あの時は咄嗟だったから左肩に触れられた手を振り払おうとして、たまたま向かって左に振り返っていたけど。この幸運は本当に呪いのせいなの?
呪いの話をした男と出会ってから三日、私は自分の部屋で今日までの幸運を振り返っていた。
一つは野田さんと話を出来る様になった事、それに実は今日デートに誘われている。もうすぐ車で迎えに来てくれる筈だ。会社のエレベーターホールで待っている時に後ろから「野田さん」と声を掛けられ、今度は意識して左から振り向いたら誘ってくれた。
あと後輩にとられた仕事も自分のデスクに座っている時に、課長に名前を呼ばれ左から振り向いて話を聞きに行くと、部長の意向で私の案が採用される事になったと言われた。
そして決定的だったのが昨日。私には持病があって余り外に出られない母が実家に居て、その母に会いに行き、わざと背中を向けて名前を呼ばれるのを待った。
「貴美(きみ)ちゃん」
その声を聞き向かって左から振り返ると母は泣いていた。
「脳の腫瘍を取る手術をして貰えるの」
と消えそうな声で母は呟く。難しい位置にあって、どの病院でも手術を断られ続けて、大きくなり命を奪われるのを待つだけだと諦めていた腫瘍なのに。
「本当に? 本当なの、お母さん」
「ええ、本当よ。すぐにでも、いらっしゃいって」
まだ手術が成功すると決まった訳じゃないけど、私の力があれば大丈夫だと思った。最近は手足も上手く動かなくなってきたと言っていた母が、治るかも知れないそう思うだけで涙が溢れてくる。
この三日間、とても幸せだった。一生分の幸せを使ってしまったんじゃないかと、不安になるほどに。
そんな事を考えている時、玄関のチャイムが鳴った。私は野田さんが迎えに来てくれたのだと、急いで鞄を手にとり玄関の扉を開く。
「三日ぶりですね。さて、どうしますか? 呪いは、いらないですか?」
玄関に立つ男は、あの時と同じ黒いマフラーをして右手で握手を求めるように差し出してくる。私は反射的に両手を後ろに隠していた。
「なるほど。それが、あなたの答えですか。では最後に、もう一度だけ忠告させて頂きます」
そこで言葉を切ると男は黒い瞳で私の目をじっと見つめ、三日前に背中から掛けられた言葉を繰り返す。
「絶対に右に振り向いては駄目ですよ」
それだけ言うと男は自ら扉を締めた。
私はその場から動けなかったし、何も言えなかった。ただ、今この力を失う訳にはいかないと心の中で叫ぶ事しか出来なかった。
あれから三年の月日が流れた。あの男と出会ったのは、今でも昨日の事にように思いだせる。だけど今の私とあの時の私は、まるで別の人間のような気がする。
憧れだった祐樹とは結婚する事が出来て仕事も順調、母親も今では元気にハワイアンダンスに夢中だ。
この三年間、私は名前を呼ばれなくても振り向く時には左側からにしている。右側を向いた時の不幸なんて想像もしたくない。だけど、この力を使い続ける事に少しの躊躇いもあって、後ろを気にする癖がついた。そうすれば先に相手を見つけて、名前を呼ばれる前に自分から話しかけられるから。
だけど最近少しだけ祐樹の束縛が不満で、私を愛してくれているのは嬉しいけど独占欲とでもいうのか、とにかく私の全てを知りたがるのが嫌だった。
そして毎朝のように聞かれる「貴美は、僕だけのものだよね」と言う問いも、最初は嬉しかったが今では滅入る……イラつかせる。
もしかしたら私には、もっと相応しい相手がいるのかも知れない。そんな事を考えてしまう。
だから鏡の前でメイクをして出社の準備をしていると時に、後ろでドアを開ける音がして祐樹が入って来ても、いつものように自分から振り返る事をしないで名前を呼ばれるのを待った。
「貴美」
私は、ゆっくりと左から振り返る。この次にくる言葉は普段なら「僕だけのものだよね」だけど、今日は違うはず。
「今度の日曜日、山にでも行かないか?」
いつもと違う言葉がくると分っていても、少し私は驚いてしまう。
結婚してからというもの彼は家で過ごす事を優先させていたから、外に出掛けるのなんて本当に久しぶりだ。
山というか自然は好きだったし、最近はお洒落な登山服などもあって一度着てみたいと思っていたから、私はすぐに返事をしていた。
「うん。行きましょう!」
彼との関係も、また良い物に戻るような気がした。
やっぱり山の中は空気が美味しい。
月並みな事しか思えない自分に少しがっかりもするが、それでも自然に囲まれていると気持ちが良い。家からも余り離れていない所にあって高さも丁度いいから、ゆっくりと出掛けて来たのに余裕を持って山頂に辿り着けた。
日曜だったけど穴場なのか、綺麗な登山道がある割に人は少ない。
「やっぱり高い所からだと眺めもいいし、マイナスイオンで元気になれる気がするね」
そう言いながら祐樹は深呼吸をして、私もつられる様に大きく深呼吸をした。
空気なんて味も何もないと普段の生活だと思っているけど、山の中だと濃さを感じる事が出来るから不思議。
「そうね。今日は来て良かった」
それから山頂で休憩も兼ねて、ゆっくりと楽しく会話を続けた。こんな気持ちで祐樹と会話が出来たのは、ここ最近なかったから新鮮で時間はあっという間に過ぎていく。
「……ごめん、貴美。何か胸の当たりが苦しくて、歩けそうにない。悪いけど下山して人を呼んできてくれないかな?」
頂上から下山を始めてすぐに祐樹は、そう言って木に凭れる様にして座り込んでしまった。山頂では普通だったのに、今は本当に胸の辺りを押さえて苦しそうにしている。誰か助けを呼びたいけど、私達が下山を始めた時に山頂には誰もいなかったはず。
あと最近は携帯電話の使える山も多いらしいけど、この山では使えなかった。
祐樹を見ていると苦しさが伝わってきそうな程で、死んでしまうんじゃないかって目の前が一気にぐらぐらと揺れだす。
「わ、分ったわ。すぐに呼んでくるから!」
下山して誰かを呼びに行くしかない! そう思って走りだそうとした時、彼は私の腕を掴んで来た道と違う茂みを指さす。
「ここが近道だから、頼んだよ貴美」
とにかく早く彼を助けたい! 誰かを呼びに行かなくちゃ、そう思ったから私は彼の指示通りの道を行く事にした。
確かに、そこには獣道のような草と草の間に筋のように切れ目があって、無我夢中で私はそこを出来るだけ早く歩いた。
だけど何時まで経っても登山口は見えてこなくて、どんどんと緑も深くなって山の奥に入っているような気さえしてくる。どこかで道をそれてしまったのかな?
当たりは既に薄暗く周りの景色もよく見えなくなってきて、不安と緊張感だけが募っていく。こんな所で、もたもたしている場合じゃないのに。祐樹、大丈夫だよね?
その時、近くで何かが動くような音がして辺りを見まわす。
「誰? 誰かいるんですか?」
恐る恐る声を出すが、反応はかえってこない。でも、これ以上の大きな声を出す勇気も出てこなくて、この場を離れる為にも祐樹の為にも進むしかないと歩くのを再開した。
だけど今度はハッキリと後ろの草むらで何かが動く音がして、それが私に近づいてくるような気が……実際に近づいてくる!
声にならない悲鳴を上げて、私は走りだしていた。必死だった。あそこに何が居たのか分らないけど、怖くて怖くて堪らない。もう嫌だ! 誰か、誰か助けてよ。
もう走るのも限界が近づいていたけど、止まる事も出来ないし後ろを確認するのも怖い。
だけど……ごめん祐樹、私もう。
「貴美」
首の右側によく知っている心地良い指の感触と聞き覚えのある彼の声、緊張の糸が切れる様に私はただ手に縋るように振り返っていた。
その瞬間、胸に凄い衝撃があって……痛いと思うより熱いと感じた。私の体は後ろに仰け反る様に倒れそうになる。
「おっと傷ついてしまったら、台無しだ」
優しい祐樹の声と同時に私の背中に手を入れてくれて、ゆっくりと枯れ葉が積もり始めたばかりの地面の上に寝かしてくれた。だけど凄く息苦しくて、「ありがとう」も何も言えない。
目だけを動かして熱くて堪らない胸を見ると、そこには鉄の棒のような何かが刺さっていた。
誰、誰がしたの? 何だか体が一気に重くなって、目を開けているだけでも辛い。
「欲しい物は手に入りましたか?」
祐樹とは別の声がした。だけど、この心に響く様な不思議な声には聞き覚えがある。
「君か、脅かさないでくれよ。えっと何年ぶりだったかな? それより見てくれ、やっと手に入った。この首は俺だけのもの。やっぱり欲しい物を手に入れるのは最高だ。この呪いを失くさなくて良かったよ」
「それは良かった。お役に立てたのなら、僕も嬉しいです」
こんな嬉しそうな祐樹の声を聞くのは、初めてな様な気がする。それに呪い? 祐樹も呪いを? まさか、この鉄の棒は祐樹が?
「どうして、ここに? まさか君は警察に言ったりしないだろう」
「もちろんです。あなたの呪いを最大にしたのは僕なんですから。少し様子を見に来ただけなので、もう失礼させて頂きますよ。どうぞ、ゆっくりお楽しみください」
熱い……死にたくない……私死ぬの? いや、いやよ!! だって幸せだったのに…………だけど今は少し休まないと、その時あの男の声が聞こえてきた。
「だから、右に振り返っては駄目だと言ったのに」
さて、如何でしたか? なかなか面白い話だったでしょう。えっ? 彼の呪いですか? 彼の呪いは、欲しい物を手に入れたくなる呪いですよ。
実は彼女と出会う、ほんの少し前に彼にも出会っていまして、同じく呪いを最大限にして差し上げたのですよ。ただ彼の呪いは微々たるものでしたから、今まではずっと我慢していたのでしょう。女性の首が欲しいという欲求を。ちなみに彼の趣味は、呪いのせいじゃありませんよ。
だけど相当の忍耐とストレスだったと思います。はい? 何ですぐに彼女から首を奪わなかったかですか? 彼の呪いは自分の物にしたいというモノで、人を殺したいとかではないんですよ。
だから結婚という形で自分の物にしたと満足していたのかも知れないですし、この三年間を使って捕まらずに首を手に入れる案を練っていたのかも知れません。もしも捕まって押収でもされてしまっては、彼の物では無くなってしまいますからね。この後に彼が、どんな事をしたのか知りたいですか? でも、それは彼の話であって、彼女の話ではないので秘密です。
代わりに、もう一つ? 何でしょう。もし彼女が、あの時に左を向いてたらですか? さあ、それは僕にも分りません。何せ彼女は右を向いてしまったのですから。
では今回の話は、ここまでとしましょう。また機会がありましたら、別の方の話をして差し上げますよ。
それとも今ここで、あなたが僕の手を握って下されば、あなたの呪いについてお話して差し上げますが。あなたも、なかなかに面白い呪いをお持ちのようだ。
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お久しぶりです。舞島 妹乃助(まいじま まいのすけ)です。
何ですか、その顔は。もっと嬉しそうな顔をして下さいよ。また特別にお話をして差し上げようと思い、わざわざ出向いて来たというのに。えっ? 頼んでない? なるほど遠慮されているのですね。宜しいのですよ、これは僕の趣味でもあるのですから。
さて今日は、どなたのお話をしましょうかね。はい? その前に聞きたい事があるのですか。ええ、どうぞ僕で答えられる事なら何でもお答えしますよ。
ストーカーの僕の事が知りたいと……止めて下さい、ストーカーなんて呼ぶのは。ただ親切心で、あなたにお話ししようと来ただけで、常日頃から付きまとったりしていませんから。
まあ、それはいいとして。そうですね、僕の事を少しお話しましょうか。先ず生まれたのは今から、おおよそ二百年ぐらい前になります。若く見られがちですが、結構な歳なのですよ。ちなみに、もうお気づきかもしれませんが、これも僕に増えた呪いの一つのようです。不老というモノですね。二百年も生きているので、もしかしたら不死かも知れませんが、命に関わる様な事はしないので自分でも分りません。
他人の呪いなら、この目で見るだけ分るのですが、多くの呪いを持っているせいか自分を見ても何も分らないのですよ。ですから自分自身でも気付いていないだけで、まだ他にも色んな呪いを持っているのかも知れませんね。以前にお話しした沢山の呪いを持てる呪いというのは、実際にそうなので合っていると自信はあるのですが、もしかしたら間違った解釈の可能性も否定は出来ないのです。
とにかく生まれたのは二百年ぐらい前で、貧しい農家の家に生まれました。自分で言うのも何ですが、明るくて元気な子だったと思いますよ。それから成長と共に呪いの存在に気付いて、ある人物と出会って金銭に不自由しない暮らしをさせて頂いております。で、今に至りますね。
えっ? はしょり過ぎですか? いや僕としては細かく説明させて頂いたつもりなのですが、うーん、そうですね。ある人物というのは既に亡くなっていますし時間も余りないので、この話の続きはまた次の機会という事に。
では改めまして、僕の出会った若い女性の話をして差し上げましょう。
【 捨てるモノと失うモノ 】
「ねぇ聞いてよ。真美(まみ)がね、学校に来ないでって言ったのに、今日も来てて思わず蹴飛ばしちゃったの」
そう言いながら幼馴染の里桜(りお)は笑っている。なんて下品な笑い方なんだろう……声以外にも何か別な物が出ているに違いない。じゃなきゃ笑い声を聞いただけで、こんなに不愉快な気持ちになる訳がないもの。
「そうなんだ。災難だったね」
そして同意の返事をしてしまう自分も、きっと下品な仲間なんだ。だから本当は、里桜の事を不愉快に思える立場なんかじゃないのに。
だけどクラスの中心の里桜に逆らって自分がイジメられるのは、絶対に嫌だから……仕方がない。本当は里桜との関係なんて捨ててしまいたい、家が近いからと言うだけ一緒に登下校なんてしたくないのに。
「そうだ! 優子(ゆうこ)にお願いがあるんだけど、いいかな? 真美に明日は絶対に学校に来ないように言って欲しいの。言ってくれるよね? だって優子は友達だもの」
学校の帰り道、振り返って両手を合わせてお願いする里桜の姿は、男子ならきっと「いいよ」と即答してしまうぐらいに可愛いのだろう。緩くウェーブの掛った肩ぐらいまである髪は綺麗にカラーリングされていて、目も大きくて他のパーツもしっかりしているから、少女漫画に出てくるヒロインのようだった。
でも、それは外見だけ。中身は醜悪で、目を背けずにはいられないぐらいに汚い! 生ゴミと一緒に捨てても、きっと負けないぐらいに悪目立ちすると思う。
「でも私、真美の携帯の番号知らないし、私なんかが言っても」
「大丈夫だよ! 私、番号しってるから……それとも私のお願いなんて聞けないかな?」
怖い! 怖い、怖い……いつもと同じ笑顔、吐き気のする様な笑顔。私に尋ねているんじゃなくて、これは命令のなだから逆らっちゃダメ。言う事を聞かなくちゃ、電話なんてしたくないけど、「来るな」なんて言える訳ないけど、ここで断る事なんて無理だもの。
「そ、それなら、私、お願いしてみるよ」
何とか、それだけ言う事が出来た。もしかしたら声が震えていたかもしれないけど、里桜は気にしないに違いない。私が自分の言う事を聞いてくれる、それだけで満足なのだから。
「やっぱり優子は友達だよね! じゃ今、番号送っちゃうね」
そう言うと里桜は学生鞄の横のポケットに入っている綺麗にデコレーションされた携帯電話を取り出して、慣れた手つきで操作しだす。
そして数分もしないうちに、私の携帯にメールの着信音がなる。
――これで明日は真美、学校来ないよね? ありがとう! 優子。
真美の電話番号と一緒に、そう書かれていた。もし真美が明日、学校に来たらどうなるんだろう? もの凄い不安感が胸の中を駆け巡る。どうしよう、どうしたらいいんだろう。
「お願いね。優子」
里桜の目が獲物を狙うような、それになっているように思えた。もしかして次は、私なの? そんなの絶対に嫌!
「うん、任せて」
真美が来なければ大丈夫、そう真美さえ来なければ、それで大丈夫なんだから。
私は家につくと手洗いなどもしないで、自分の部屋に入る。お母さんが「お帰りなさい」と言っていたけど、それにも答えなかった。
部屋に入るとすぐに、窓際にあるベッドを背もたれにして床に座り込む。それから制服のポケットに入れていた携帯電話を取り出して、握りしめながら赤いそれを見つめる。何だか息苦しくなってきて、自分の部屋にいるのに緊張で身体が重く固くなるようだった。
その時、ふと携帯電話についている物が目にとまる。里桜が友達の証だと言って、お揃いで買ったキラキラ光るシルバーの小さなクマがついたストラップ。
中学生の頃に、買ったんだっけ? あの頃は本当に仲が良かったような気もする。ううん、あの頃から里桜は里桜だった。逆らっちゃいけない相手で、対等な友達なんかじゃかったように思う。そう言えば里桜の携帯電話には、ついていただろうか? 思いだそうとしても、あの笑顔がしか浮かんでこない。私は今、追いつめられているんだと再確認してしまう。早く、こんな事から解放されたい!
真美に電話しなくちゃ、そうするしかないんだから。アドレス帳を開こうとした時、
「嫌っ?!」
突然に携帯電話が鳴りだして、思わず携帯電話を床に落としてしまう。でも座っている状態だったから壊れたりはしなかったようで、着信音が鳴り続いている。
誰だろう? 私は携帯電話を拾って、恐る恐る液晶画面に映る着信相手の名前を確認する。晃(あきら)だった。すぐに通話ボタンを押す。
「もしもし、晃?」
『どうした? 何かあったのか?』
高校生になる頃から付き合いだして、もうすぐ二年になる大学生で年上の晃。いつも優しくて、その声を聞くだけ涙が出てきてしまう。
『おい、大丈夫かよ。今から、そっちに行こうか?』
「ううん、何でもない。大丈夫だよ、それより電話」
もしかしたら電話を通してでも、泣いているのが分ってしまったのかもしれない。だけど、こんな事で晃に心配をかけたくなかった。話してしまえば楽に、どうにかしてくれるかもしれないけど、そんな事はしたくない。自分がイジメられるかもと悩んでいるなんて、晃には知られたくなかった。
『本当か? いや、これからバイトだからさ、その前に優子の声が聞きたくてさ。って、俺、気持ち悪いかな?』
「そんな事ない! 嬉しいよ。私も晃の声が聴けて、凄くうれしい。ありがとうね」
『そっか。そうだ、今度の日曜日さ遊園地か、どっか行こうぜ。バイト代も出るからさ、どこでも連れてってやるよ』
「うん! 絶対に行く。どんな用事があっても行くよ」
今までの気持ちが嘘みたいに消えていて、幸せな気持ちで一杯になる。大丈夫、何でも上手くいくような気がした。
『おう! また後でメールか電話するから、じゃあな』
「うん、じゃあね」
幸せを噛みしめるように携帯電話を見つめる。晃、私一人で何とかして見せるから、心配しないでね。
さっき登録したばかりの真美の番号をアドレス帳から選んで、ゆっくりと決定ボタンを押す。不思議と息苦しさはなくなっていて、ちゃんと話せば分ってくれると思った。五回ほどコール音がしてから真美は、電話に出てくれた。
『どちら様ですか?』
どこかオドオドとした雰囲気のある声で、ついさっきまでの自分の声を聞いている様で変な気分になる。
「あっ私、同じクラスの優子だけど」
『雲井(くもい)さん?』
「うん、そう」
真美とは、それほど言葉を交わした事もない。里桜が真美に何かしている時には、出来るだけ関わらないようにしていたから。
『私に何か用?』
いつも里桜と一緒にいる私からの電話なのだから、警戒して脅える様な声になってしまうのは当たり前なのかもしれない。
「あのね、お願いがあるの。明日はね、学校を休んで欲しいんだ」
『ごめんなさい、それは無理なの。約束だから』
すぐにハッキリとした答えが返ってきた。脅える様な感じもなくて、それは決定している事で変えられないと言われている様な気がした。予想をしていなかった答えに、私は急に焦ってしまう。だって絶対に「いいよ」って、言ってくれると思っていたのに。
「ど、どうして? 明日一日だけ休んでくれればいいの。お願いだから、そうしてよ」
『私にはお母さんとの約束があるから……だから学校は何があっても行かなくちゃいけないの。ごめんなさい』
「ちょっと、まって、もしあなたが休まなかったら、今度は私の番かも知れないの。だからお願い! どんな約束か知らないけど一日ぐらいいいでしょ?」
沈黙が続いていたけど、きっと考え直しているんだと思う。自分のせいで誰かがイジメらるかも知れないなんて聞いたら、きっと悪いと思って休んでくれるに違いない。
『あなたも同じだね、あの女と。自分の事しか考えてなくて、私の気持ちなんて少しも考えてない。一日くらい? ダメに決まってるでしょ! 毎日、行かなくちゃ意味がないのよ』
今までとは別人のような大きくて、攻撃的な声だった。私は吃驚して、何も言えなくなってしまう。
『良い事聞いたわ。明日も学校行けば、今度はあなたなんでしょ? だったら余計に休む訳にはいかなくなちゃった。あの女と、もっと仲良くなれると良いね』
そう言うと真美は電話を切ってしまう。どうしよう……私は何て馬鹿だったんだろう。正直に話せば分ってくれるなんて、どうして思ったんだろう。それに怒っていた……どの言葉が彼女を怒らせたか分からないけど、すごく伝わってきた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう! そうだ、とにかくもう一度、電話をしてみよう。なかなか上手くボタンを操作する事が出来ない。手が凄く震えているからだと気付く、自分でも知らないうちに体中が震えていた。
何度も電話を掛けているのに、真美は出てくれない。そして今は着信を拒否されてしまったようだ。
もう、どうしたらいいか分からない。でも何とかしないと、明日には私が……そんなの考たくない。ずっと真美がイジメられていればいいのに、どうして私が!
晃の優しい笑顔が浮かぶ、やっぱり相談してみよう。私は携帯電話のアドレス帳の最初に登録してある晃の番号を選んで、そして後もう一度ボタンを押せば電話を掛けられるという所で指を止める。
ダメ! こんな事、やっぱり相談出来ない。もし晃に知られたら絶対に嫌われる。晃に嫌われるのなんて、死んでも嫌だ! じゃあ、どうしたらいいの、もう分らないよ。気持ち悪い、胸の辺りがモヤモヤして、何もかも吐き出したくなる。
その時、連絡網の事が頭に浮かんだ。そうだ、あれには住所も載っていたはず。私は立ち上がって、壁際にある机の一番上の引き出しを開ける。
あった……殆ど使う事がなかったけど、これで真美の家が分る。もう直接、会いに行くしかない。会って、そしてどうすればいいんだろう……分らないけど、でも、とにかく行こう。
平屋建ての一軒家が見える電柱の陰で、隠れる様にして私は待っていた……その家から真美が出てくるのを。初めはチャイムを鳴らそうと思ったけど、居留守を使われるような気がして待つことにした。どうしても直接会って、学校へ行かないと言わせなくちゃ。
もうそろそろ夜七時になろうとしている。もしかしたら今日は、もう出掛けないのかもしれない。だったら学校に行くときに邪魔をすればいい。里桜の機嫌を損ねるぐらいなら、ここで朝まで待つのなんて何でもない。
そんな事を考えていたら部屋の電気が消えて、こんなに早く寝るのだろうか? と思った時に、玄関の扉が開き真美が出て来て鍵を閉めていた。真美は紙袋持っており、きっとこれからどこかへ出かけるのだろう。
何て声を掛ければ、いいんだろう? さっきの電話で怒らせてしまったから着信拒否もされたのだろうし、次は私がイジメられればいいと言っていた。きっと嫌われている。
私は何もしていないのに、私の簡単なお願いも聞いてくれないのに、一方的に嫌われて避けられるなんて意味が分らない。だんだんと腹が立ってきて、真美が里桜にイジメられるのは当然なように思えてくる。
どうしよう、きっと普通に話しかけても私の話なんて聞いてくれないに違いない。もう……やるしかない。
ここに来るまでの間に震えは止まっていた。きっと無意識にでも分っていたから、ここへ何をしに来たか。そうすれば明日、確実に真美は学校に来たくても来られない。それで全て解決するって分っていたから、もう怖がる事なんて何にもないんだ。
私は真美の後をバレないように追う事にした。チャンスを見つけ、それを実行しなくちゃいけない。
それはすぐに来た。大きな道路の上に架かる歩道橋を真美は登っている。もともと人通りも少なくて、今も歩道橋には真美以外に誰も居ない。私も急いで後を追う。
真美は仕切りに時計を気にしていて、時たま小走りになって急いでいるようだったから後ろを振り向く事もなく、私には全く気付いていなかった。
だから私は簡単に真美の真後ろに立つ事が出来る。大丈夫、階段から落ちたって死んだりしないし、きっと大怪我だってしない。明日、学校を休むぐらいの怪我をするだけ、そう自分に何度も言い聞かせる。
だって、しょうがないんだもの。私のお願いを聞いてくれないんだから、こうするしかない。あなたの代わりになるなんて、絶対にごめんなのよ! ずっと、あなたが犠牲になっていてくれれば、私は里桜の笑顔に耐えるだけで良いんだから!
私は階段を降りようとしている真美の背中を、思いっきり突き飛ばしていた。
パシャ!
決定的な瞬間を撮ちゃったなぁ。でも、これでやっと捨てられる。
「こんな捨て方も、あるのですね」
私は、ゆっくりと声のした方に視線を送る。そこには想像通りの人物が立っていた。黒のパンツと、白いワイシャツに黒のブルゾン、そして長い黒のマフラーが一番に目を引く。
「やっぱり、見てたんだ。こっそり見て楽しむ悪趣味な人だろうって思ってたから」
「私のただの趣味ですので、お許しください」
私とおなじぐらいの歳にしか見えない男だけど、言葉遣いだけじゃなく雰囲気がそうじゃないと思わされる。
「そっか、今日で三日目だったんだ。あなたに会ってから」
「ええ、それで返事を聞きに伺いました」
三日前に、この男に会った時に言われた言葉を思いだす。
人一人が一つずつ持つ呪いを、この男と接触する事で最大限の効力になってしまうという事だった。そして三日後に、もし必要なければ呪いの効力を最小限にしてくれると言っていた。
「あなたの、おかげで沢山のモノを捨てる事が出来たわ」
「その写真は、どうなさるお積りなのですか?」
「もちろん、警察の持っていくの。これで優子と、もう会う事もなくなるだろうし、やっと捨てられたって感じかな」
そう幼馴染の優子。私はずっと友達だと思っていたけど、あなたの気持ちに気付いてしまったから、そんな友達は要らないの。
私の呪いは……
「手を出してくれる?」
「はい?」
男が首をかしげているので、私は自分から手を伸ばして彼の手を握る。すると不思議な事に、今の今まで優子との関係を絶対に捨ててしまわないと思っていたのに、その気持ちが薄れてくるといよりは、無くなっていくと言った方いいかも知れない。そしてポッカリと空いた場所を埋めるかのように、別の感情が私の胸の中を埋め尽くしていく。
「これが、あなたの答えなのですね」
「ええ」
呪いなんていらないって思った瞬間、もう男の手を握らずには居られなかった。
「どうして泣かれているのですか?」
「さぁ、私にも分らないな」
哀しい……きっと、この気持ちは、そうなんだと思う。優子を捨てた事が哀しいんだろうか? それとも友達じゃなかった事が哀しいのかな。でも今更そんな事は、どうでもいい事なんだと思う。
私はデジカメを警察に持っていくし、優子を捨てるのを止めるつもりも無い。
「もしかしたら捨てたのでは無くて、もっとずっと前に失くしていたのではないですか?」
「そんな事ないよ。私が捨てるの」
鞄のポケットにある携帯電話を取り出して、そこに下がっているキラキラのクマがついたストラップを取り外す。そして足元の排水溝へと落とすように捨てる。
そう私は捨てるの。いらないモノは全部、捨ててしまう。この胸の中に広がる哀しみだって、すぐに捨てるの。呪いが弱くなったせいか、この三日間みたいな捨てたいという強迫されているような切羽詰まった気持ちは起こらなかった。
「警察には、何と言うのでしょうか?」
「そうね、友達を見かけたから驚かせようと尾行して、証拠に写真を撮ろうとしたら、偶然に突き落とす所が撮れたとか、それぐらいでいいんじゃないかな」
「なるほど、確かに、そうですね。では僕は、これで失礼します」
そう言うと男は消える様に居なくなった。
私は涙を拭いてから、携帯電話で救急車を呼ぶ。そしてまだ歩道橋に立ち尽くす優子を見る。
「さようなら。優子」
私は、ゆっくりと警察署の方へ歩き出す。
さて、如何でしたか? なかなか面白い話だったでしょう? えっ? 彼女の呪いですか。彼女の呪いは、捨てたい物を捨てずにはいられなくなる呪いですよ。部屋の掃除など荷物を整理するには、便利な呪いかもしれませんね。
それにしても捨てると一言で言っても、色々とあるのだと彼女を見ていて分ったような気がします。友達のような目に見えないモノでさえ、人は捨てる事が出来るのですから。
はい? 何でしょう。僕の友達ですか? そうですね。しいて言えば、あなたでしょうか? また、そんな嫌な顔しないで下さい。冗談ですよ。子供の頃には、それは沢山いました。でも周りと違う時間を生きるようになってからは、なかなか友人と呼べる仲にはなれないものです。
先程話した、ある人物ですか? 確かに友人と言えば、友人なのかも知れませんね。そんなに興味があるのでしたら、次に来た時には彼の話をして差し上げましょう。
えっ? もう来なくてもいい? 本当に遠慮深い人だ。より一層に話をして差し上げたくなりましたよ。
そうだ、あなたの呪いが何なのか、お教えしましょうか? それはいいのですか、まぁ、その方がいいかも知れませんね。いやいや、深い意味などありませんから。
ああ、そうだ。まだ少し時間があるので、この呪いを誰が人に与えているのか私の考えをお聞きいただけますか? 別にいい? 遠慮も過ぎると人を不愉快にする時もあるので、お気をつけた方がいいですよ。僕は、全く気にしていませんけど。
僕の考えでは二人いるのだと思うのです。一人は人が嫌いで不幸にしようと、もう一人は人が好きで幸運を与えようと、その二つの呪いが混ざって一つの呪いとして人にかかるのじゃないかと。しかしそれは均等に半々ではないから、不幸ばかりが目立つ呪いや、幸運ばかりが目立つ呪いなどが出来てしまうのではないかなと僕は思っています。
そう言う意味で僕の呪いは、どちらになるのか曖昧ですから丁度半々なのかもですね
さてと、そろそろお暇させて頂きます。ではまた、お会いする日まで。
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お待たせして、しまいました。舞島 妹乃助(まいじま まいのすけ)です。
えっ? 待っていなかった? ああ、これが噂に聞く、ツンデレというものなのですね。なるほど、なるほど、本心とは裏腹なことを言わずにはいられない病だとか。大変なもの罹ってしまいましたね……でも安心して下さい! 僕は、あなたの気持ちをしっかりと理解しておりますから、何も心配することなんてないのですよ。
勘違い? 病なんかには罹ってなどいなくて、本心だと言うのですか……これは相当に重症なようですね。分かりました! ここは僕の話を聞くという治療を行いましょう。もちろん遠慮など必要ないですからね、いつも言っているでしょう?
何で僕の話を聞くのが治療になるかですか? それは、あなたの胸の中に答えがあるのではありませんか? えっ? 全く心当たりがない? あっ! なるほど、それも、そういうことですか、本当に厄介な病ですね。
とにかく僕の話を聞けば素直な気持ちが溢れ出して、そんな病など吹き飛んでしまいますよ! さて、どなたのお話をしましょうかね?
はい? その前に聞きたいことあるのですか? ええ、もちろん何でもお答えいたしますよ。ああ、この腕の包帯ですか、これはつい先程に何者かに襲われて切り傷ができてしまいましたので、自分で巻いたのですがなかなか上手いものでしょう? 誰に襲われたかですか? さぁ僕も特定は出来ないのですが、この呪いの力を利用したい誰かだと思いますよ。僕は存在を隠したりしていないので、たまにこんな事もあるのです。
心配して下さるのですか! おお、これがもう一つの症状という訳ですか。いいのですよ、そんな否定しなくても全て分かっておりますから、それから怪我も不老のせいか時間は掛りますが傷一つ残りませんので安心して下さい。でも、どうせ治るのなら一瞬で治ってくれれば、痛い想いし無くて有り難いのですけどね。
さて! そろそろお話をしないと、本当に時間がなくなってしまうかも知れません。
何でしょう? 前に会った時に話していた、ある人物についてですか……そう言えば次に会った時に、お話するお約束でしたね。分かりました! では、そのお話をしましょう。
時代は明治の中頃で僕は百歳ぐらいになっていましたが、見た目のまま中身もまだ子供のままでしたね。あの頃は不幸だと嘆くばかりでしたから、いつまでたっても成長しないのは当たり前だったのかもしれません。
そんな時に出会ったのが彼でした。少し古い話ですが、お話して差し上げましょう。
【 正しい選択と大切な選択 】
何もする事がなかったから道端に座って、ただそれを眺めていた。そこを歩いている人の多くは、洋服という西洋の物を着ている。僕といえば薄い着物一枚だけたったけど、風邪や病気になったことはないから問題ない。
その時、空から細かい何かが降ってくる。雪か……掌にのった白い粒が溶けていくのを見ながら、やっぱり寒いなと思う。一緒に雪遊びをした友は、皆とうの昔に死んでしまった。こんな物が降ったからといって、何があんなに嬉しかったのだろう? もう思い出せない……いや、初めから答えなど知らなかったのかもしれない。
ふいに何かが首に掛けられて、それは黒くて長くて温かい物だった。掌を見つめていて、目の前に人が立ったのに気付かなかったようだ。僕は慌てて手を自分の背中に回して、目の前の人物に触れないようにする。
「寒くないのかい?」
目の前に立っていたのは男で、僕の見た目とそう変わらない歳だろうか? 太い眉と力強い目が印象的だった。それにしても、何て間抜けな問いかけなのだと思う。
「寒いに決まっている」
「そりゃ、そうだな」
僕の答えに男は笑って、そう返してくる。黒い山高帽と仕立ての良い羽織と袴に、確かマントという物だったと思うが、それを肩に掛けていた。
「私の家に来るといい、温かいからね」
僕は男を見つめた。きっと――僕には不思議な力が……呪いが幾つかあって、その中に人が生まれた時から必ず一つ持っている呪いが、どんなモノか見ることが出来た――この男は困っている人をほっとけない呪いにかかっているのだろう。今までの経験から、きっとそうだろうと思った。
しかし僕の目には、想像していたモノと違う呪いが映る。
「家はすぐそこだ。遠慮なんてしなくていいよ、さあ」
そう言う事か……だったら僕は、この男について行こう。
座っている僕に差し出された男の手を、僕は何の迷いもなく握り返した。この男の呪いが僕の呪いを――幾つかの一つ、手を握った相手の呪いの力を一度目は大きく、そして二度目には小さくする――望んでいるのだろうから。
「背丈が高いね。異国の血が混じっているのかい?」
「そんな事はない」
立ち上がった僕を見て、同じ事を言う者が最近たまに居る。子供の頃から背は高くて、その時には「鬼の子だ」と言われたりしてあまり良い思い出はない。
「そうか、だけど背丈が高いのは良いことだよ。異国相手の商売では、見た目も大事だからね。そう言えば、まだ君の名を聞いていなかったね?」
「……僕の名は、妹乃助だ」
背の事を褒められたことなんてないから、少しだけ戸惑ってしまう。
「妹乃助君か、良い名だね。それに君は自分のことを『僕』と言うんだね」
「可笑しいか?」
「いや、君に似合っているよ」
少し前に道で話しをしていた学生たちの中で自分のことを『僕』と言っている者がいて、それが何だかとても格好良く思えたから自分でも使い始めたのだ。
僕より頭一つ分ぐらい小さい男は「さぁ行こうか」と言って、どんどんと歩き始めてしまう。遅れないように僕も、それに続いて歩き始める。
「なあ、まだあんたの名を聞いてない」
男は立ち止まると、少しだけ驚いたような顔で自分の頭を軽く叩いた。
「いけない、いけない。そうだったね。私の名は舞島 勘十太(まいじま かんじゅうた)だよ。家は異国を相手に商売をしていてね。そこの十男坊だったが家系なのか父親も兄達も皆、早死にしてしまって今は私が商売のあとを継いでいる」
とても寂しそうな顔をしていた……何十年も前だけど僕も同じように親や兄妹の死を見てきて、今でも消えぬ辛い想いがある。きっと同じなのだろうと思った。
「そうか……寒いから早く家に行きたいな。もしかして金持ちなのか? だったら、あの蒸気自動車は持っていないのか?」
僕は話を変えるように道を、このところよく走っている乗り物を指さして聞いてみる。
「すまないが、まだ持っていないのだよ。だけどすぐに手に入れて、妹乃助君を乗せてあげるよ」
「楽しみだな」
その時、風が吹き抜けて行き、思わず首に掛けられた物を握りしめていた。
「ああ、これは返すよ」
「いや君にあげるよ。商売相手から貰った襟巻なのだけど、私にはどうにも長いのでね。だけど君には丁度いいようだし貰ってくれ」
僕にも長いような気がするが……自分の首に掛る黒くて長い襟巻の端を手に持って、誰かから食べ物や寝床以外の物を与えられるのはいつぶりだろうと思う。普通の人よりも長く生きてきたのに、この言葉を言うのはいつぶりだろう。
「ありがとう」
勘十太と出会ってから十年以上の月日が流れた。最初は一日だけ世話になったら出て行くつもりだったが、勘十太に何だかんだと引きとめられて、結局こんな長い間を一緒に過ごしている。それでも出て行こうと思えば出来たにだが、それをしなかったのは居心地が良かったからだ。
年号は明治から大正へと代わって、街並みも様変わりしていた。だけど僕は屋敷の中で過ごすことが多くて、外のことはよく知らない。勘十太の仕事は順調なようで、あの日の約束通りすぐに蒸気自動車にも乗せてもらったけど、僕は人力車の方が好きだなと思った。
大きな戦争などもあって勘十太は、それを上手く利用したのだろう。あれを境に屋敷も、どんどんと大きな所へと移っている。しかし勘十太は、ここで一緒には暮らしていない。家柄の良い娘と結婚をして、子供も出来て今は別の大きな屋敷にいる。さらに最近は忙しいようで、あまり顔を見せにも来ない。
「妹乃助さんは、外へ遊びに行ってよろしいのよ」
そう声を掛けてきたのは、寝台で寝ていた勘十太の母親だ。僕が一緒に暮らす事になったばかりの頃は元気だったが、何年もしないうちにほとんど寝たきりの状態になってしまった。
「僕は、この部屋にいるのが好きなので、大丈夫です」
とても優しい女性で他人の僕に、ずっと自分の息子と同じような接し方をしてくれている。それに僕の母親に少し似ている所もあって、傍に居るだけ何だか落ち着くような気がした。
「それならいいのだけど。そう言えば、勘十太さんは元気なのかしら?」
「あいつは元気ですよ。ここへも、もっと来るように僕から伝えときます」
彼女からは読み書きなども教えてもらった。何かを知るというのは、とても楽しい事だと知ることが出来たのも彼女のおかげだろう。
「そうね、出来れば今日はお会いしたいけど、いいのよ」
いつも自分のことを優先したりしない、一緒に暮らすようになってから彼女が誰かに何かを頼んだりしたのを見たことがない。
「あの子は忙しいのでしょうから、元気だって分かればそれだけ十分」
そう言って目を閉じた彼女から、微かに寝息が聞こえてくる。とても綺麗な顔をしていたが、部屋の中での暮らしが長いせいで白くなり過ぎた肌の色が、美しさよりも病人の印象を際立たせている。とくに最近は調子が悪いようで、浅い眠りと目を覚ますのとを繰り返しているようだった。僕は座っていた寝台近くの椅子から立ち上がって、そっと音を立てないように部屋を出る。
「母さんの様子はどうだい?」
部屋を出ると、久しぶりに見る勘十太が居た。眉が太く意思の強そうなさ瞳は相変わらず若々しかったが、昔よりも少し太って皺も増えた分、貫禄は出たような気がする。あと洋装姿も板に着いてきたようだ。
「相変わらずだよ。今、眠ったところだけど、すぐに起きるだろうから」
「そうか、でもまた出掛けないといけない。会うは、また今度にしよう」
「自分の母親なのだから、少しぐらい時間を作ってもいいだろう?」
僕の声は自然と大きくなって、勘十太にそう言った。
「それは出来ないよ。妹乃助、お前が一番分かっているはずだ」
病弱な母親の傍に居るだけ、それを勘十太は出来ないのだ。僕は知っている……だったら!
「止めてくれ! まだお前に触れられる訳にはいかないのだ。まだ足りない、まだ先が私にはある」
勘十太には呪いについて話していた。この十何年で全く変わらない僕の姿が、それを本当だと証明したとも言える。いや勘十太は最初から信じていたな。
「何故だ? もう十分にお金なら手に入っただろう? 愛する者の傍にいても、いい頃じゃないのか!」
「私は、こんなものじゃない……そろそろ時間だな」
懐中時計を確認してそう言うと、そのまま僕に背中を向けて廊下を玄関へと向かって行った。
「勘十太……」
その日の夜、勘十太の母親の容態は急変して「今夜が山だろう」と医者に言われた。
「妹乃助さん」
「はい、ここにいます」
彼女の瞳は何かを探すようにさ迷っていて、近くに居る僕の顔が見えてはいないようだった。今この部屋には多くの使用人と医者に看護婦、そして僕だけで勘十太はいない。
それと、この部屋に彼女の病気を治せるような呪いを持つ者もいなかった。いや今まで病気を治す呪いなど見た事がないのだから、もともと存在しないのかもしれない。
「お願いがあるのです。最後に私の手を握ってはくれませんか?」
そう言って彼女は、弱々しく手を布団の上から持ち上げる。今にも折れてしまいそうな枯れ木のような腕で、それは細かく震えていた。使用人の中には我慢が出来なくなったように、嗚咽する者もいる。
僕の目に映っていた彼女の呪いは……だけど、そう思ったのも一瞬で彼女の手をしっかりと握る。
「ありがとうございます、妹乃助さん。もう一つだけ、私の願いを聞いて下さい。どうか、あの子の勘十太さんの傍に、ずっと居てあげて」
「分かりました。勘十太の傍にいます」
「あり……がとうね……妹乃助さ……」
力を失った彼女の手を、ゆっくりと布団の上へと下ろす。呪いの事を話してはいなかったけど、きっと気付いていたのだろう。そして自分の呪いについても少なからず……口にした願いを相手に守らせる呪い。僕は彼女の願いが分かっていた、いや心のどこかでそう言って欲しいと願っていた。
出会った頃の勘十太と今の勘十太、変わってしまったのかは分からないけど、それでも傍に居たいと思った。この想いは彼女の呪いのせいばかりでないはずだ! 何故なら彼女の言葉を聞く、その前から思っていたのだから。
彼女が亡くなった日、勘十太は、とうとう屋敷に戻って来ることはなかった。
あの日から時は、あっという間に流れていった。大きな災害、大きな幾つもの戦争があり、そして昭和という年号になって数十年の時が経つ。勘十太の会社は、その度に大きく成長していった。まるで全ての出来事を予測していたかのように、避け退け利用して。
僕は勘十太の養子となり、舞島妹乃助となった。
そして、これは直感と言ってもいいかもしれないが、とうとうこの日がきてしまったんだと感じる。
「母さんにも、こうしてずっと傍にいてくれたのだね?」
病院の豪華な個室のベッドの上で眠る勘十太は、窓際に立つ僕に声を掛けてくる。
「ああ、僕はあの人が好きだったから」
白髪で太い眉もすっかりと白くなって、目の力強さにも陰りがある。自分以外の者たちは歳を重ねていく中で、どんどんと取り残されていく寂しさ……慣れる事など、きっとないのだと思う。自ら死のうとした事も昔はあったけど、結局は出来なかった。もし死ねなかったら、その絶望から目を背ける為にも死なないだけだと思いたかったのだ。
「では、私も好かれているということかな?」
「どうだろう。お前は知っているのだろう? お前の母親と僕との約束を」
「ああ、知っているよ。だけど、それだけじゃないと私は思っている」
勘十太の言葉を聞き、ふと自分の首に掛る黒く長いマフラーを見つめる。これを掛けられた時から、勘十太という人物を好きだったのかもしれないなと思う。それに人の為に、この呪いの力をこれ程までに使ったのは初めてだった。
「そうかもしれない」
僕の答えに勘十太は微かに笑ったようだった。
「妹乃助、私の手を握ってくれ」
その言葉に、少なからず僕は驚く。勘十太の呪いから考えると、そんな言葉が出てくるはずがないのだから。
だが目の前に差し出される勘十太の手には、何の迷いもないような気がした。何十年も前のあの日が昨日のように思い出される。
僕は、ゆっくりと自分の手を伸ばして勘十太の皺だらけの手を、しっかりと握った。それと同時に勘十太の瞳から、大粒で綺麗な涙が溢れてくる。もっと早くに、この手を握っていればと思ったのは一度や二度じゃない。勘十太が容赦なく切り捨てていったものは余りに多くて、その分だけ勘十太は傷ついていたように思う。
「やはり僕のせいだったのかもしれない。すまない勘十太」
「何を言っている。全て私の選択だ。愛する彼女よりも今の妻を選んだのも、病気の母親の傍にいなかったのも、それにお前と出会う前から私は、父や兄たちに……うっ」
小さく呻いてから咳き込んでしまう。僕は自然と握っていた手に力が入る。
「妹乃助、私の最期の願いをきいてくれないか」
「何だ?」
「私が死んだら、この舞島の家を見守って欲しいと言うつもりだったが、それは止めだ。私が死んだら、お前は自由に生きて欲しい。色々な人と出会い、触れ合い、そしてお前が望むように」
「本当に、それでいいのか? お前の大事な舞島の家や会社に、ずっと僕の力を使ってもいいんだぞ」
勘十太は首を、ゆっくりと左右に振る。
「お前が生まれた意味が必ずあるはずだ。お前の求める答えが」
気付いていたのかと、また驚かされる。僕は自分の存在が疑問だった……でも勘十太と出会い、こうして誰かの為に生き続ける事が、存在する理由だと思い込もうとしていた。だけど心の奥で、そうじゃないという声がずっと聞こえていた。
「ありがとう。勘十太」
「私の方こそ、今まで、ありがとう……そろそろ時間のようだな」
「勘十太!!」
「やっぱり……その襟巻はお前に……よく似合って」
母親と同じ、優しい笑顔だった。
さて如何でしたか? やはり自分の話をするというのは、なかなか恥ずかしいものですね。はい? 舞島の家が今は、どうなっているかですか? もちろん、ちゃんとありますよ。シスダンという会社をご存じありませんか? そうです! その名前は聞いたことあるけど、何をしているかよく分からない日本を代表する会社です。現状を見る限り、僕の力など本当に要らなかったようですね。
交流ですか? 今でも舞島の性で戸籍もありますし、口座にはそれなりの金額が毎月振り込まれていますね。彼が色々と亡くなる前にはからってくれたようです。もしかしたら最初から、舞島の家を見守らせるつもりはなかったのかもしれませんね。まあ、せっかくなので有り難く使わせて頂いておりますよ。
答え? それを聞かれますか。あなたも人が悪いですね……残念ながら、まだ何も分かっていません。でも、こうして呪いの力を使い、そして呪いの力を使う人々を見ていれば、いずれそれに近づけるのではないかと思っています。
もしかしたら、あなたが僕に、その答えをくれる人なのかも知れませんね。冗談ですよ。手を隠したりしないで下さい。
大事なこと? ああ彼が、どんな呪いを持っていたかですか。それは、自分の得になる選択をする呪いですよ。しかし、この得というのは金銭的な得のみだと思っていたのですが、最期に彼が、どうして呪いを失くす選択をしたのか、それは今でも分からないのです。もしかしたらですが、僕は彼の呪いを見間違っていたのかも。
ああ、すいません! 少し、しんみりしてしまいました。今度来る時には、明るい話でもしましょうかね? えっ? もう来なくていい? 本当に冗談がお上手だ。と言うか、まだツンデレの病は治っていないようでね。そう言えば僕にも、病を治す呪いは備わっていませんでした。
ああ大丈夫ですよ、そんな説明をしようとしなくても、先程の「来るな」が冗談だって分かっておりますから。
では、そろそろお暇させて頂きます。僕もこれで、なかなか暇つぶしに忙しいのですよ。ではまた、お会いする日まで。
―― 完 ――
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2012/04/12(Thu)14:41:35 公開 / 羽付
■この作品の著作権は羽付さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
初めましての方、初めまして! お久しぶりの方、お久しぶりです!
羽付という者です♪
時間が経ってしまいましたが、こちらもいずれは完結させたいと思っております。
であであ( ̄(エ) ̄)ノ
2010/10/8 投稿
2010/10/8 誤字脱字の修正
2010/10/11 誤字脱字の修正&微修正
2010/11/26 【二】を投稿
2011/01/15 【三】を投稿
2012/04/12 名前変更による更新(内容の変更は無し)
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
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