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『白梅』 ... ジャンル:ショート*2 リアル・現代
作者:SARA
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あらすじ・作品紹介
小説を書くには東京へ行かなくてはならない、と物書きの男は少年の時から堅く心に誓っていた。
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白梅
小説を書くには東京へ行かなくてはならない、と物書きの男は少年の時から堅く心に誓っていた。日本の真中から文化の人は生まれる。小説家は勿論、あらゆる芸術は人に打たれて強くなり、世間へ認知されるようになる。だから男は地元を出るため猛烈に勉強した。そうして望んだ大学へ合格し、北の方からはるばる上京してきて一人暮らしをすることになる。しかしここ一カ月の間、男は大学へ行かなくなっていた。
その日、男は日が暮れてから目覚めた。寝ぼけ眼で窓の外を見やると、既に西の空が暗くなっていた。腹の音が鳴り、冷蔵庫を開く。しかし食料は勿論、酒の一滴も入っていなく、ブゥンと冷凍する音が空箱に響いた。財布を開けば小銭が数枚音を立てるだけで、札入れには山の様なレシートと避妊具が入っている。どれも飢えを凌ぐ物ではないと男は低い声で笑い、畳の上へ寝転がった。胸ポケットを探すと服の上へ煙草が一本転がり落ちた。
部屋の掃除をしたのは何カ月前だったろう、その時は女が来るからせっせと部屋を片付けた。それなのに今は綿埃の塊が部屋の隅にごろごろ転がっている。元来おれは掃除が好きな性質なのに、一人暮らしの生活がおれを自堕落な男に変えてしまったのだ。男はそう思い、くしゃみを一つして水鼻をトレーナーの袖で拭った。
男は高校時代に書きためた小説を大学に入ってから推敲して、次々と公募の文学賞へ投稿した、しかし、結果は芳しくなかった。大賞をとった奴らの作品を読んではみたが、大したことないじゃないか、その上、同級の友人は既に何かしらの賞をとっていると聞いた。おれはこんな所で立ち止まっている場合ではないのに一体何をしているのだろうか。
男は起き上がると、最後の一本である煙草に火をつける。手元が一瞬に明るくなり、白い煙が一筋部屋に漂った。
俺は賞をとることに意固地になっているのか、それとも周りを認めさせたいが故に頑なになっているのか。しかし、誰にも読ませずに自分一人で書いてきた時の方が今よりもよっぽど楽で没頭出来たように思える。人がいると分かった瞬間から、俺は自分を意識しすぎているのか。様々な状況で目的も違う同世代の人間の集まった大学は、俺には合わないのではないか。では、俺は何のために東京へ来たのだろうか。
吸い殻が何本も溜まった灰皿へ男は煙草をぎゅっともみ消した。そして財布も持たずに下は寝間着のままコートを羽織って、部屋を出た。
手すりを片手で掴みつつ階段を降りた。一車線の道路に車は一台も走っていない。歩道にも男の他には影を落とすものは誰もいない。息を思い切り吸い込むと、目の覚めるような冷え込んだ空気が体中に沁みわたる。正面から一台の車が走って来て、前照灯で男の全身を照らし出し、やがて通り過ぎて行く。排気ガスの曇った匂いが辺りに漂う。男は街灯の下まで歩いて行き、そしてその場で蹲った。
このまま車に轢かれて死んでしまえれば、どんなに楽だろうかと今は思う。けれど今はそうでも、明日が来て、それを何度も何度も繰り返して死ぬまでこのまま俺は生きて行くのだろうか。
ふと甘い香りが男の鼻孔をくすぐる。男は顔を上げた、匂いの正体は身近なのに、どこにあるのか分からない。この匂いは何だ、立ち上がり辺りを見回す。すると街灯の後ろに、梅の花が咲いていた。枝にぽつと咲いた花は、小さな雪洞(ぼんぼり)のようだ。淀んだ空気の中で、散り際の梅の香りが辺り一面に漂う。吹き抜ける風に一枚の花弁が目の前にひらひらと舞い降りる。男は慌てて腕を伸ばす、しかし花弁は手の中へとらわれる事もなく静かに地面へ落ちた。
男の脇を一台の自転車が走る。自転車は男に見向きもせずに通り過ぎ、そうして花弁を飛ばしていった。
了
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2010/05/15(Sat)18:44:38 公開 / SARA
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■作者からのメッセージ
掌小説「白梅」第二稿です。色々なひとの意見を取り入れて加筆修正いたしました。
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