『過去の泉』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:東雲しの                

     あらすじ・作品紹介
湖畔の見えるホテルで、二人の男女が最後の旅への準備をはじめた。偶然と過去の罪を二人は乗り越えていく。

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美しい湖畔の見えるイギリスのホテルで、二人の男女が紅茶を飲んでいた。
湖畔には夏の山々が映し出され、窓から通り過ぎるさわやかな風が二人を包み込んでいた。
決して二人は若いわけではなかった。そして夫婦でもカップルでもなかった。
 しかし彼らを見て怒る人は誰もいなかった。ただ彼らは、最後の旅に出発する準備を始めたのだ。

 彼らは若きころを思い出していた。いや、幼い、そういったほうが正しいのかもしれない。
彼らは幼馴染だった。家は近かったし、学校も同じ。趣味は二人とも読書で、そこそこ運動も出来た。
唯一違ったのは身長と性別だけ。それゆえぶつかり合うことも多かった。二人は恋人ではなかったが、
お互いを愛していた。恋愛でも友情でもなく、もっと深い愛でつながっていた。

 しかし、男は大学時代それを壊してしまった。とても残忍なやり方で。死よりずっと残酷だった。
女は彼に絶望した。そして彼女は彼から長い間離れていた。彼女は結婚し、子供もできた。
彼も結婚し、家庭を持った。しかし彼らはお互いを愛し続けていた。

 そして、彼らはこのホテルで再会した。彼女は日々の疲れを取るためにバカンスでやってきていた。
彼はパーティーのゲームの副賞を利用するために来ていた。
「ひさしぶりね」
再会して先に分かったのは彼女のほうだった。彼女は自分の来月に生まれてくる孫のために、
靴下を編んでいた。小さくさわやかなクラッシクがロビーに流れていた。
彼は彼女が誰なのかに気づいたが、何も言えなかった。
忘れかけていた罪が彼の心を締め付ける。
「お元気でしたか?」
微笑みかける彼女に彼はうなずいた。
「それはよかったわ」
悲しい夢が、湖畔に落ちていく。

 彼は話し始めてた。今までの人生を。自分の罪を隠すために。
「もう、いいのですよ」
彼女は静かだった。ただそれが彼にとっては恐怖だった。
「私は、あのとき……」
彼女はまた微笑んだ。紅茶を口にする。
「神は私に彼を愛することを禁止したのだと思いました」
彼は紅茶のそこで溶けきっていない砂糖を見つめた。
「しかしそれは違ったようです」
彼は顔を上げた。
「私は幸せな人生を歩みました。しかし私はどんな人間も、あなた以上に
愛することはできませんでした」
彼女はまた紅茶を飲み、口を閉ざした。
「僕は、どんなに幸せの中にいても、君と一緒にいた時間以上に幸せな時間は
なかったよ」
紅茶を飲み干し、彼女は言った。
「あなたもはやく飲んでください。いきましょう」
彼は紅茶を飲みきり聞いた。
「どこへ?」

「私たちの行くべき場所へ」

それ以降二人を知る人はいない。

2010/04/18(Sun)14:31:04 公開 / 東雲しの
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■作者からのメッセージ
わかりづらいかもしれませんが、イギリスの空気が出ればいいな、と思います。

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