『西日 ある男とその女の対話 【完結】』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:つん                

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「ねぇ春木、私のこと一応でも愛してるわけ?」
 突然の問い。
 寝転がった姿勢のままで……その意図がつかめず青年は眉をひそめた。
 目の前には立ちはだかるコイビト。
「もちろん! 世界で一番愛してるよ!」
 というような軽口を叩く場面ではない、その事は問うた口の真一文字が語っている。
「……なに、突然」
 結局こんな科白を吐きながら、春木はよっと姿勢を正した。
 ガラス越しの冷たい西日が髪を透かす。そんな午後。
「いいから、答えて」
 震える声に余裕はない。
 噛み締められた口元はわなわなと震えていた。
 自分の行いを一つ一つ検索にかけながら、春木はがりがりと頭を掻いて、
「なんだよ、言いてぇ事があんなら言ってみ?」
 するとさっきの勢いはどこへやら、言えというのにコイビトはおしの様に黙り込む。
 しかしその目は探るように眇められ、底では焔が踊っていた。
「おい、なんだって? だから……」 
 それでもコイビトは口を開かぬ……つもりだったのだろうが、堪えきれなくなったように叫んだ。
「私、愛されてないんでしょ! だって、少しでもそういう気持ちがあるんなら、あんな酷いことしないはずよ!」

 はて

 俺はなにをしたのか。
 とりあえず思い当たる節のない。
 春木はちらとコイビトを見たが、涙で濡れた顔に突破口は見当たらない。
「だから、ちゃんと言わねぇと解んねって……」
 春木が予想していた反応と、彼女の態度は少し違った。
 怒るどころか、少し眉尻を下げ、悲しそうに……それでも真っ直ぐこちらを視る。
 好きそうな下唇が、零れた言葉にさらに赤く、夕暮れの色に染まった。


「留学するつもりなんでしょ……?」

 
「あ……」
 
「ナオから聞いたの、なんで……言ってくれなかったの?」
 しまった。
 思わず顔を覆いたくなったが、それすらも許されそうにない張り詰めた空気に、春木はうつむくしかなかった。
 こうなることが解っていたから言わないでいたのに……、

「なぁ、聞いてくれよ。俺ァ留学すんのが夢だったんだ。ガキん頃からの……
 で、よう……お前に言ったら悲しむだろ、んでもって止めるだろ?
 それが辛いから、ギリギリまで黙っていようと思って……よ」
 
 一気に捲し立てた。
 気まずいどころの騒ぎではない。
 顔を上げるのが恐くて、明暗の格差の激しい室内の、どうでもいい一点を見詰めていた。

「離ればなれになるの、私たち」

 ぞっとするような声音だった。
 思わず顔を上げかけて、春木は再度うつむいた。
 威圧するような声ではない、ただ耐え切れない程の「おぞけ」がする。
 顔を上げて目を合わせたら全てが終わる気がした。 

「それは……いちようには」
「嘘よ!」

 ダンと迫った女に、春木は思わず飛び上がりかけた。
「私なんて忘れてしまう! 春木は忘れる!」
「ちょっ、待てって!」
 抱き寄るというよりは締め上げる。
「いや! 春木! 何処にもいかないでよ!
 私はもう春木しかいないのに!」
 逞しい胸に長髪を押し付け慟哭する。
 煩わしいほどに甲高い。
 哀願するコイビトの後頭部を眺めるうちに、春木の中にある思いが生まれた。

 彼は決心した。

 ぽん、と優しく手を置かれ、彼女は赤くはれ上がった目線を上げた。
 逆光に阻まれその表情は明確でなかった……が、
「悪かったな……辛い思いさしちまったみてぇだ……」
 声は誠実みと愛情に溢れていた。
「春木ぃ……」
 彼のその声に、彼女は一層深く顔を埋めた。
 胸一杯にコイビトの臭いを吸い込む。
 落ち着いてきたと見て、春木はそっと抱き起こしてやった。
「もうどこにもいかねぇからよ」
「……うん」
 彼女はゆっくりと体を離すと、ひとつ頷いた。
「ごめんね、いまコーヒー入れる」
「おぅ」
 台所に消えた後姿を見送り、春木は安堵のため息をついた。
 タバコを取り出し、火をともす。
 何かを見計らうようにじっと、動かない。
 いくらかして、突然立ち上がると、そっと台所の様子をうかがう。
 熱しかけたヤカンを前にした彼女はまだ戻りそうにない。
 そう確認すると、家に一台の電話のもとへ向かい、手帳も見ずに一定量の番号を入力した。

「俺だ、ナオか、何で言いやがった。ちくしょう。お陰で奴を殺さねぇとイケなくなった」 
 受話器の向こうに立つ人物はいかなる言葉を返したか、
「……まぁいい、だが…… どうやらてめぇと一緒だってことはバレてねぇみてぇだが、奴相当……」
 そこで声が途切れた。

『春木?』 

 受話器の向こうに呼びかける声すらも失い、たちすくむ。
 背に冷たい重みを感じる。
 そういえば、随分たつのにコーヒーの香りは届いて来なかった。
 振り返らねば、そう思う。
 取り落とした有線の受話器が、限界まで引き伸ばされた西日に照らされ、左右にぶれる。

『ねぇ、春木! 聞いてる? あたしあのコにちゃんと言ったわよ?
 あんたの留学にあたしも着いて行くって……春木! ちょっと!』

 背後から手が伸びきて――……
 五月蝿く喚く受話器を取り、“切り”の点滅を押し隠す。
 外界とこの部屋を隔離したその指先を見ながら、春木はゆっくりと振り向いた。

 そして夕闇が……


 fin 

2005/02/02(Wed)00:06:16 公開 / つん
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■作者からのメッセージ
シリアス〜に纏めてみましたがどうでしょうか?
解りにくかった方のために相互関係を説明すると
春木はナオと恋人(浮気)で
春木は本当のコイビトに黙って
浮気相手と留年しようとしていたんです。

これでも解り難いですね、すみません!
感想評価をおまちしております。

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