- 『高天の原、災害推進本部会議より中継で』 作者:本宮晃樹 / お笑い ショート*2
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原稿用紙約10.3枚
八百万(うち、登場するのはたったの四柱)の神々の住まう、高天の原。 午後一の営業会議にも匹敵する気だるさで送る、災害〈推進〉会議の一部始終をご覧あれ。
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「まったくの話」
アマテラスは、あくびを噛み殺した。「次、どうすんのよ?」
「そうですねぇ」
ツクヨミは苦虫を噛み潰している。ホワイトボードには、青色のマジックで〈地震〉〈雷〉〈火事〉〈親父〉と書いてあり、地震に丸がつけてある。〈親父〉は、休憩時間中にヤマトタケルあたりがつけ足した落書きであるが、もう誰も咎めようとはしなかった。
「ええと、この際、かぶってもいいんじゃないでしょうか」
「かぶっても、いいだぁ?」
スサノオが声を荒げた。「地震はな、あんた、俺の仕事なんだぞ」
「まあまあ、そう怒りなさんなって」
ヤマトタケルが仲裁を買って出た。「大和は国のまほろば」
「うるせぇ。お前、それが言いたいだけだろ」
「とにかく、どうするか、決めなきゃいけません」
議事進行役のツクヨミは、持病の胃潰瘍が再発するのをはっきりと感じとった。
「確かに、最近、困ったら地震という風潮があったのは否めませんよ。その結果、スサノオさんがやけっぱちになって――ああ、まったく、東北地方がめちゃくちゃじゃないですか」
「こら、スサノオ!」
アマテラスが、こつんと彼の頭を小突いた。「だめじゃないの」
「ご、ごめんよ母ちゃん」
さすがのスサノオも、母親には弱い。アマテラスもアマテラスで、息子には弱い。この茶番劇に、ツクヨミはげんなりし、ヤマトタケルは苦笑していた。
「今回は、先延ばしにしたらどうかな」
ヤマトタケルは、若いだけあって思考も柔軟だ。
「要するに、災害を定期的に起こして、おごりたかぶった人間たちを戒めるっていうのが、これの趣旨なんでしょ?」
「そうです」
ツクヨミは、油断なくヤマトタケルを睨んだ。こいつは、むかしとんでもない思いつきで、この会議をさんざん引っかき回したことがあるのだ。いまでも覚えている。いわく「全部、洪水で流しちまえ」。それはもう、西洋の神がやったのだ……。
「最近、ちょっと天変地異が多すぎたと、ぼくは思うな。大和は国のまほろば」
「ううむ、確かにそうですね」
ツクヨミはうなずいた。最後の詩にかんしては、もう突っこまないことにした。あれはヤマトタケルが伊吹山で息絶え、鶴かなにかになって飛んでいったとき、大和朝廷を想って詠んだ詩である。響きが美しく、傑作と名高いのだが、それに気をよくしているのだ。おりに触れて、詠むのである。
「そうだそうだ、俺にやたらと地震ばっかり起こさせやがって」
スサノオがいきりたった。「こちとら、地震に限っては、妙に自信がついちまったい」
母親のアマテラスでさえ、これは無視した。気まずい沈黙が訪れる。
「あー、みなさん」
ヤマトタケルが、とりなすように言った。「ここらで、美しい詩を聞きたくないかな」
「大和は国のまほろば たたなづく 青垣 山ごもれる やまとし うるわし」
「十点!」
「九点!」
「一点!」
一点は、むろんスサノオである。もう、飽きるほどくり返されたパターンである。スサノオがすべり、ヤマトタケルが詩でとりなす……。
「はいはい、みなさん、話が逸れてますよ」
ツクヨミがぱんぱんと手をたたいて、注意を喚起した。
「で、次はどうするんですか?」
「おや? 新しい詩をご所望で?」
「天変地異のことです」
「ですから」
ヤマトタケルはにやりと笑った。「先延ばしでいいのでは」
「どっちみち、俺はもう、当分地震は起こすつもりはねぇぞ」
「あたしも、太陽は隠したくないわね。面倒だもの」
アマテラスの担当は、言うまでもなく太陽なのだが、これを隠されると氷河期が訪れるのだ。
「ツクヨミ、あんた、なにかやんなさいよ」
「えっ! わたしですか……」
ツクヨミは夜を支配しているのだが、なにぶん、古事記にも彼の役割は言明されていない。したがって、ツクヨミはぼんやりと夜を過ごしているだけなのだ。
「あのう、わたしは特別なにかできるわけでは――」
「知ってるよ、ツクヨミさん。そんなにしょんぼりしなさんなって」
ヤマトタケルが、ツクヨミの肩をなれなれしく抱いた。「ぼくだって、詩を詠うくらいしか能がないんだから。大和は国のまほろば」
「じゃ、どうすんの?」
「もういいじゃん。また原爆でも落とせば」
「ちょっと待った!」
「なんだい、ツクヨミさん」
「あんたの思いつきで、下界を放射能まみれにするわけにはいきませんよ」
「だからさ、どかんと一発、でかいのをやって、当分なんにもしないの。そら、これなら楽だろ?」
「あのねぇ、いまの核兵器がどれほどのものか、知ってるんですか?」
ツクヨミはため息をついた。
「いま、世界中の核兵器を集めたら、地球なんか一発か二発めで消し飛んでしまうほどなんですよ。これをオーバーキルと言うんですが」
「じゃあ、だめだ。くわばら、くわばら。大和は国のまほろば。どうです、韻を踏んでみました」
ヤマトタケルは実に得意そうだ。
「そろそろ、あれで決めますか」
ツクヨミは、ヤマトタケルが死ねばいいのに、と思いながら、観念したように言った。
「あれか」
「あれね」
「まあ、あれしかないでしょ」
「じゃん! あみだくじ!」
ツクヨミはやけっぱちになった。「さあ、今回もこれで決めちまいましょう」
「貸して。あたしが作るから」
アマテラスは、ツクヨミから強引にあみだくじを奪いとると、すらすらと編集していく。
「さ、始めるわよ?」
「どうぞ」
「まずは、ツクヨミから。デケデケデケデケデケ……」
アマテラスは、おどろおどろしい効果音で雰囲気を作りながら、ゆっくりとあみだを進めていく。
「あー、これは――あーあ、当たり! ツクヨミ、あんただよ、今回の天変地異係」
「げっ!」
「お題は……なんと、隕石!」
「げげげっ!」
「夜の支配者、ツクヨミノミコトに、宇宙から飛来する隕石。もうこれ以上ないってくらい、適任だわ」
ツクヨミはその台詞に、若干の違和感を覚えた。「ちょっと、見せてもらえませんか」
「いいわよ」
「どうも……って、うわ!」
あみだくじには、ツクヨミの名前しか記入されておらず、終点はすべて〈隕石〉になっていた。
「不正だ!」
「まあまあ、そう怒りなさんなって」
ヤマトタケルが、なれなれしく肩を抱いた。「大和は国のまほろばって言うでしょ?」
「しつこい!」
「とにかく、もう決定。ツクヨミ、あんた、やんなさいよ」
「うう、この屈辱は覚えてますよ」
「お好きにどうぞ」
かくして、天変地異は決定した。数日後、地球近傍をかすめて飛び去るはずだった巨大隕石の軌道が突如変わり、地球に衝突することが決定的になると、世界中がこれを阻止すべく、一丸となった。スペースシャトルが全機打ち上げられ、ロシアのソユーズ、ヨーロッパのアリアン、日本のH‐U、中国の長征など、ロケットも続々と打ち上げられた。
それぞれが、戦略核ミサイルを搭載し――非核三原則を標榜している日本のロケットですら――、隕石の邀撃に備えた。そして、各国のすばらしい連携が、ついにそれをなし遂げた。
飛散した隕石の破片は、大部分は大気圏で燃え尽き、生き残ったやつも海へ落ちただけで、地表への衝突はなかった。
世界は沸いた。憎み合っていた国同士が、たとえしかたないにせよ、死力を尽くして共闘したのである。この隕石がきっかけで、恒久的な世界連邦が形成され、長く続く地球の黄金時代がやってくることになる。
もちろん、高天の原の神々は、そんなことは知るよしもなかった。天変地異は、いんちきのあみだくじで決まったのだから。
つまり、なにが言いたいかというと――人間は、おのれの道はおのれで切り開くことができる。神に頼ったり、祈ったりする前に、おのれの力を信じよ、と、こういうことだ。不撓不屈の精神でことに臨めば、人間にやってやれないことはないのだ。
いまいち、まとまらない。では、最後に美しい詩で締めとしよう。
大和は国のまほろば……。
了
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2013/10/30(Wed)01:45:38 公開 /
本宮晃樹
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■作者からのメッセージ
わたしは、長編よりも短編を読むのが好きで、書くのも同様です。
さらに、書くのは基本的にきらい(!)なのですが、これは楽しんで書けた稀有な例だったと思います。
路傍の石ころみたいな小品ですが、くすりと笑っていただければ、幸いです。