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『I am SEAL’s  soldier[〜■26]』 作者:貴志川 / 未分類
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■25


 暗い夜空に煌々と光る線。

「いけッ 撃てるだけ撃ちつくせ!!」
 ポジションCの屋上からは砂漠迷彩姿の兵士達が銃を手に、暗視装置を装着してまさに撃てるだけ撃っていた。敵を狙う、というよりは建物全体を攻撃している。おかげで暗く、静寂の支配していたそこは、機銃弾とライフル弾の飛び交う、光の踊り狂う新たなる戦場と化していた。
 兵士達の一人、周りと比べて比較的若い兵士が、空気を切り裂くヒュシュンッという音に、ビクリと首をすくめた。
「うわッ!?」
 標的にされてる! あわてて、屋上の床面から三十センチほど上にまで守っている壁面に体を押し込んで、息を荒くさせた。
「……クソ、クソクソクソ……! やつらキリがないじゃないか!」
 激しい銃撃戦の波に乗って、それほど動くこともないのにかかわらず彼の心臓と呼吸は激しくなっていた。クソ、怖くはねえのに! 体か堅くなってる…… 
 落ち着くために、ゆっくりとマガジンに手をかけた。 
 

 そしてそれに気づき、彼は目を見開き体を硬直させる。

「…………う、うわあッ!? うがぁぁぁぁぁぁ!」
 大きく叫んだその兵士に、隣にいで機銃を撃っていた中尉が、思わず振り返る。
「どうしたエイブス! 落ち着けッ ……ああ、クソ!」
 中尉は彼がこの戦場の始めての負傷者だと知った。彼の人差し指と中指は千切れ飛び、血がドクドクと脈打ちながら噴出していた。なくなった指は骨をむき出しにしながら真っ赤な血肉を露出させていた。よく見ると、その中には熱く熱した銃弾によって焦げ付いたところすらあった。
 それを見て、さらにエイブスは混乱して悲鳴をあげる。
「中尉殿! 俺の指、俺の指があ!? うわあ!? ああ、ああ、うがぁぁぁぁぁぁ!!」
「落ち着けエイブスッ エイブス上等兵負傷! エイブスがやられたッ! 下からメディックをよんで来い!」
 


 その光景を片目で視界に入れながら、また一人の兵士が引き金を引く。
「撃てッ 弾が尽きるまで撃ちつくせええエエエッ!!」
 彼は一つのチームリーダーであり、彼の言葉に仲間は忠実にしたがって引き金をひいた。暗視装置の映像は、黄緑色に真っ暗な世界を明光な世界に変化させる。そこには向かいの建物から必死に銃を出して引き金を引き続ける民兵達の姿。
「(……当たらない)」
 兵士達は考える。
「(俺に弾は当たらない)」
 恐怖は彼らの指を鈍らせる。撃たれた兵士達の悲鳴が、彼らの恐怖をざらついたその舌でなぶるように舐めあげるが、彼らはその背筋を這い上がる冷えたモノを考えて押さえ込む。
「(俺には、当たらない)」
 一人の兵士が照準を覗き込む。
 銃口の上と銃身後部にある、突起物を視界の中で重ね合わせる。そしてそれを、銃を乱射する民兵達に向けてあわせた。
「(俺たちには、当たることは、ない)」
 銃声が響いた。


 飛び出した銃弾は夜空に黄金色を艶かしく輝かせ、一瞬のうちにBポジションを飛び越え、その北にあるハンビーも飛びこし、ハンビーの停まっていた道路のはるか上を横断し、その先にある民兵達の立てこもるポジションCへと到達。そして、
 銃を握る民兵の胸へと吸い込まれた。



「グへぅ!?」
 激しい銃撃戦は、民兵達の体の各部を次々と持ち去っていく。そして今、飛んできた弾丸は、合衆国兵士達が放つ掃射を恐れずに銃を握った民兵の男の胸の肉と血を抉り取っていった。
「ケリッシュアッカード!!」
 心臓から血を噴出しながら倒れこむその男に褐色の肌を持つ男たちが群がる。噴出す血を止めようと手を押し込むが、当たり前のように血は止まらない。
 そしてその男は動かなくなった。
「……トッタ!!」
 やがて一人の男が叫んだ。真っ先にキズを押さえ込んだ男だった。
「……ケッパッソプラッガ!!」
 その男に同調するように近くにいた男が叫んだ。
「トッタ!」
「トッタ!! トッタ!!」
「トッタァアアア!!」
周りにいた男たちがさらに同調するように銃を掲げて怒鳴り込み、天に向かって引き金をひいた。
 そして怒りに任せて体を隠していた壁から飛び出す。何人もの民兵達が、叫びながら銃を兵士達が立てこもる建物へと引き金を無造作に引く。
 死した仲間のために。それが教えであるのなら、幸福とは『そういうこと』だ。
 兵士達に容赦なく撃たれる民兵達、しかし、彼らは恐れることなく引き金を引き続ける。

 止まることのない銃撃音、囮という的を背負わされた兵士達と、それに反撃しようと引き金を引く民兵達。それぞれがそれぞれの立場で、背後に迫る死神と、いや、もしかしたらヘブンへと向かう階段へと向かっている。

 銃撃は、やむ気配はない。

「撃てええええエエエエエエッ!!」
「ケリッシュアッカァァァドッ!!」



 暗い部屋の中で、ユニット3の面々が暗視装置を装着する音が静かに響いていた。なるべく音を立てないように、静かなこの空間を保つように、そっと体を動かし続ける。そこにどれほどの効果があるかは彼らにとっては問題ではない。
 これは儀式だ。
 戦場に出る前に十字架にキスをするのも、聖書を読むのも、あるいは靴を履き替えるのと同じようにそこにたいした差異はない。ただ、その先にあるのは「死にたくはない、生きたい」という願望だけは一致している、とはウィルソン自身は考えていた。だから彼は神の存在も、ジンクスなんて下らないものも信じていたなかった。
「機体はLAV戦闘車と、ハンビー四台……かなりキツイ状況だこれは。……ファックッ」
 ウィルソンの横で、暗視装置を手早く装着したエバンスがそう毒づいた。軽く歯噛みをする。
「きっと神の思し召しがあるぜ。俺たちのことをその手で守ってくれるのさ」
 ウィルソンは笑いながら、軽くオーバーアクションで神の手を真似して、自分の体を抱きしめた。エバンスは呆れて肩をすくめる。
「しばらく戦場に戻っている間に随分と冗談がうまくなったな、ウィルソン」
「そうでもないさ」
「ファックキリストだよ。俺はな」
 エバンスはウィルソンと同じ無神論者だった。もともとは献身的なカトリックだったが、戦場に長くたっているとそれがむなしい行為に思えてきた、そんな理由で彼は胸に下げていたクロスを捨てた。死人を見すぎたとか、神がいるとしたら俺は完全な邪教だとか、色々理由はつけていたが。その辺りが自分と同じところを感じるから、ウィルソンは彼を気に入っていた。
「冗談でもそんなこと言うべきじゃねえぞ……。さて、それはいいとして」
 ウィルソンはドアを親指でさした。
「ここから出てからの話をしようぜ」
 エバンスはまた肩をすくめた。
「決まってる。でたらすぐに右手に向かって走る。そうしたら編成どうりにハンビーに乗り込む」
「それはいいがな、まず出てからいきなり集中攻撃されたりしたらどうする?」
 エバンスはフン、とその質問に鼻で笑った。テグスを手繰り寄せるように引っ張るまねをする。
「引きずるさ。そのままLAVのケツに放り込んでやればいい」
「…………」
 ウィルソンはしばらくしてから「なるほど」と少しだけ笑った。正確にはまったく笑えるような心境ではなかったが、それでもここでは笑わなくてはいけないだろう。
どうやらエバンスは、ユニット3にメディックがいないことに気がついていないようだった。
 負傷者や、遺体をCポジション……つまりユニット1、2が立てこもった建物に運んだため、そこにメディックが集中してしまったのだ。彼らが全員向かってしまうまで、ユニット3の面々は誰一人としてそのことに気がつくものはいなかった。
 なんという失態だ。
 そろいも揃った兵士達がそんなことにすら気がつかなかったなんて。
 ウィルソンはしばらくしてからそう思ったが、そのときにはもう、後の祭りであった。彼はこのことを誰かに言おうとしたが、エバンスの様子をみてやはり止めることにした。ここでそんなことを言ったとしても混乱を呼ぶだけだろう。
 なにより、ユニット3の兵士達が無傷で全員帰ってくるとは彼自身思ってはいなかったからだ。

 必ず、人が死ぬだろう。

「…………ウィルソン……ウィルソン」
 肩を揺さぶられて、ウィルソンはハッっとした。慌ててエバンスのほうを見る。
「どうした、大丈夫か?」
「ああ……大丈夫だ。少し考え事をしていた」
「しっかりしてくれよ。外に出てから頭くるっても笑えないから」
「バカ言え」
 ウィルソンは言いながら持っていた単身マシンガンのスライドをカチャリと動かした。
 できれば使いたくはないが、用意しておくに越したことはない。なにしろ、けが人が出たらそいつは死ぬのだ。
 ふと、エバンスの横からフィリップが顔を出した。
「軍曹、まだでないんですか? 攻撃ははじまってますよ?」
 エバンスは「聞こえてるに決まってるだろ」と握った銃尻でフィリップの頭を小突いた。
「焦るんじゃない。向こうがユニット1、2のおとりに引っかかってくれないと意味がないんだからな」
「いや」
 ウィルソンが口を開く。
「C2からの通信しだいだぞ。やつらがグリーンラインを出したら俺たちは――」
 その時、全員が持つハンディーの無線機からノイズが響いた。少しだけ騒がしくなっていた兵士達が、一瞬で黙り込んだ。
『ユニット1、2の攻撃を確認した。C2からユニット3へ、グリーンライン、グリーンラインだ』

「……出発らしいぜ」
 エバンスはハッと息を吐き出すと、そのまま扉の間へとゆっくりにじり寄った。外に最初に出るのはエバンスの役目だ。壁に張り付く。
「…………」
 それに習い、兵士達はため息や、祈りをささげながら銃を握り締めて壁に張り付いた。
 外からの銃撃音が、耳につく。
 ウィルソンは無神論者だ。
 それでも、死が怖いのには人類共通、変わりはない。
 心臓が高鳴っていた。

「緊張します」
 ドアの右横の壁へと張り付いたウィルソンに、隣に座り込んだフィリップが小声でつぶやいた。
「ドアを開けたらすぐにでも撃たれて、そこはもう地獄かもしれないと考えてしまって」
 ウィルソンはドキリとした。
 その考えはまさにウィルソンの考えそのものだったからだ。
「安心しろ」
 それでもウィルソンは笑顔でつぶやいた。
「ここより怖いところなんて、どこにもない。どこにも」
 それはいったい誰に話していたのやら。彼は少しだけ、自分自身に笑っていた。


 赤褐色の肌を持つ男は、身に着けていたサングラスを捨てて、怒りと焦りに任せて叩き潰した。立てこもっている建物の屋上の床に、グラスが割れる音が響いた。

「アアアアアーーーー!!」
「オグッ」
「ゲッハ!」
「トッタ! トッタ!」
「フェクシィッ!!」

「…………」
 先ほどから続いているこちらと、アメリカ軍との銃撃戦は、激しさを次第に増していき、それと同時にこちらが少しづつ劣勢に回っていた。
 どうやら先ほどまで立てこもっていた建物を捨てて、後ろの建物に逃げ込んだらしい。そこには、挟み撃ちにするために仲間を派遣していたのだが、役には立たなかったようだ。そこは既に占領され、こちらへと激しい銃撃を浴びせてくる。
 敵は憎憎しくも正確さをもった攻撃をしてきていた。いや、攻撃なんてものは生易しい。掃射をかけられているのだ。まさに銃弾の波。頭を下げている今ならまだしも、少しでも頭を出そうものならその頭を鉛球が貫通するだろう。
 敵はどうやら夜目が利く。こちらが敵の銃撃光を頼りに攻撃するのに対し、やつらは頭を出している仲間を片っ端から撃ってくるのだ。明らかにこの真っ暗な暗闇の中で見えている。

 劣勢だった。

「……パッカッ! ペッグルーア!!」
 男は自分も攻撃に参加することを決めた。本来なら、ここを同士民兵達に任せて、自分は車へとひくべきであったが、どうにもこのままでは素人集団の民兵達(例外もいるが)だけでは対処できそうもない。
 手早く仲間たちに指示を出すと、自分もAKを握りなおした。
「パックッ!!」
 そして遮蔽物となっていた雨どいから体を大きく飛び出させた。
 刹那に引き金を引き、ろくに狙いもつけずに弾丸をぶち込む。

 気の抜けるような、しかし確実に重い轟音が響いた。暗闇に、美しくも死をもたらす銃光が暴力的に線を描いて、それ以上に酷い声が真っ暗な夜空に響く。


 その手元の下、彼の目の前の建物からは、彼のもっとも忌み嫌う兵士達が、静かに這い出していた。

■26



 暗闇は晴れることはなかった。相変わらず激しい銃撃戦の音はやむことはなく、夜空に閃光が舞う。そこに静かな夜を挺していた姿はかけらもなく、砂漠と民家や大きな建物の、薄茶色の土色がかぶさり、それらは暗闇に暗色を付加されていた。
 そして、その街の真っ只中を単独で走るジープ。それは全速といえる速さでその身を走らせ、そして全力といえる勢いで機銃弾と銃弾を回りにばら撒いていた。
 そしてその前を走るのは黒い乗用車。その後部からは、テクニカルから持って来たと思われる機銃が飛び出ていて、ジープへとむかって発射されていた。
 クソッタレ! とウィルソンはハンビーの床を蹴り飛ばした。
「仲間はきてないのか」
 後ろに向かって怒鳴ると、フィリップが銃を構えながら怒鳴った。
「だれも来てません! ポジションBへと撤退しています」
「早くもとの場所に戻らないと死者三名になるッ、やつらを止めるぞ!」
 ウィルソンたちユニット3は、何とかポジションBから離れることには成功していた。まさに身を挺しての捨て身作戦ですらあったこの作戦に、民兵達は見事に引っかかった。隠れながら進んだ彼らは、ハンビーを動かすまでは一度も気づかれる事はなかったのだ。


 「いくぞウィルソン!」
 その時彼らは見つかることのなかった喜び、自分達の優秀さにいささか酔いしれていた。なんといっても、エバンスの怒鳴り声は僅かであるが、嬉々としたものがあったからだ。
 「了解軍曹殿!」
 ウィルソンは急いでエンジンをかけると、その場から逃げ出すようにハンビーを出した。
 エンジン音で民兵達に気づかれたが、しかしウィルソンたちには弾は届かなかった。ユニット1、2の掃討射撃のおかげだろう。まさにこの状況で、彼らはこの作戦の成功を疑うことなく、信じきった。ウィルソンからすればそれは死者が一人も出ないで脱出することができるという、なんとも嬉しい誤算であったわけだ。
 しかし彼らにまとわりつくのは決して女神の微笑などではなく、死神の、地獄にはおあつらえ向きのほくそ笑む顔であることに、彼らは気づくべきだった。
 全速で走り出したハンビーは、しかしすぐに進むのをやめてしまった。
 直後に上からのAKの応酬が来る。甲高い音が鼓膜を震わせ、ハンビーの装甲をまるで紙を貫くみたいに貫通する。
「ウィルソンッ 何してるんだ、先に進め!」
「前が出ないんだよ! クソッ何してやがる!」
 ウィルソンたちの前を走るハンビーがまったく動かない。エンジンすらつけていなかった。
 直後、無線機からノイズが響いた。
『キロ22よりユニット3、エンジントラブルだ! エンジンに何か――』

 直後に、目の前が炎に包まれた。轟音と激しい衝撃が辺りに響く。

「ぬぅッ!」「ウッ!」「うわあッ!」
 目の前で爆発するハンビーの炎から逃れるために体をハンビー内に放り込んだエバンスは、そこで爆風に殴りつけられた。乗っているハンビーが衝撃にぐらつく。
「クソ! プラスチック爆弾だッ、はめられたぞ!」
 ブービートラップだった。真っ黒になったハンビーから、体をバラバラにした兵士達が、かけらであるが飛び出していた。内臓と思われる器官も散乱している。
「……クソッやられた……! やつら最初からハンビーを出させる気はなかったんだ!!」
 ウィルソンが振りかえる。
「そんなことはもういい! すぐのこの場から離れ――」
 ふと、振り返ったウィルソンに黒い影が映った。あれは……?
 よく目を凝らす。
「――あいつ等か!」
 それは車だった。普通の乗用車。しかしその『普通』は決して戦場ではありえない普通であった。考えなくてもわかる。
「『戦犯者達』……!!」
 エバンスも気がついた。体を僅かに硬直させ、求めていたものがやっと目の前に現れたことにギュッと銃を握る。
「エバンスッ、銃座に着け! 行くぞ!」
 ウィルソンはハンドルを思いっきりきり、アクセルを吹かす。それを見たのか、車は後輪を滑らせながら全速で走り出した。
 フィリップはそれにバランスを崩し、そして叫ぶ。
 「このハンビーにも爆弾は仕掛けられているんじゃ……」
 ウィルソンはチラリとフィリップを見、さらに足を踏み出した。アクセルを強く押し付ける。
「じゃあ走って追いかけるかフィリップ!? 俺達に選択岐はねえんだよ!」
 いまだ戦犯者たちに気がついていない仲間は、ハンビーから脱出しようとしていた。無理もない、爆弾があの一台だけにつけられているとは考えにくい。
 その中を、走りぬける。
 エバンスが銃座に着き、機銃を握って、引き金を引く。それと同時に轟音があたりに響き、閃光が車へと炸裂する。
「急げ! 絶対に逃がすな!」
「クソ……うわあああああッ!!」
 フィリップも銃を前へ向け、引き金を引いた。いくつもの銃弾が暗闇に踊る。
 しかし一方的であったそれはすぐさま双方向の動きへと踊りを変える。
 前を走る黒い車から機銃が飛び出してきた。
「!! 伏せろ!」
 頭をいっせいに下げると、その上を銃弾が飛びすさっていく。
「うわっ」
 首の近くに着弾したフィリップは、さらに体を深くうずめる。そんなフィリップにエバンスは怒鳴る。
「撃ち返せッ、弾幕を張るんだ!!」
 エバンスは僅かに頭を出して、機銃を掴んだ。そのままろくに狙いもつけずに車へと引き金をひく。
 閃光が車へと走った。


 そして現在に至る。もう十数分カーチェイスを繰り広げていたが、両者とも停まる気配はなかった。戦闘用のハンビーに比べ、普通の車である『戦犯者たち』は不利に思われたが、特殊な兵装を施してあるのか、機銃弾すらその装甲とも見えない後部でくい止めているようだ。
「なんて奴等だ!」
 エバンスの怒鳴り声も、機銃の撃ち合いの轟音によってかき消される。
 頭を下げながらハンドルを握るウィルソンが怒鳴る。
「エバンス……! フィリップに狙撃させろッ、援護に回るんだ!」
 フィリップは激しい銃撃によってほとんど攻撃に移ることができていなかった。『戦犯者たち』は、休むまもなく弾幕を張るエバンスより、小銃を撃つフィリップに狙いを定めていた。おそらく、確実に殺すまで撃つ気だ。
 エバンスは強引に機銃を乱射してさらに弾幕を張ると、うなずいた。
「 フィリップ、援護する、よく狙えよ!」
「……ッ、わかりました! 急いでくださいッ」
 助手席のシートに身を隠しながら、体を縮めていたフィリップは怒鳴った。
「シートが持ちません!」
 そういった瞬間にも、こめかみに当たる位置にシートを貫通して弾丸が飛び出してくる
「援護射撃!」
 エバンスの怒鳴り声と共に閃光が走り、先ほどとは違い、車を止めるためではなく、機銃へと狙いを明確に定めて撃つ。もう、中の戦犯者たちを生かして捕まえようなどと、甘い考えは捨てた。
 あとは、どう生き残るかだ。
 それだけを支えに、エバンスは延々と引き金を引き続けた。
 弾倉が尽きようとするが、それも目には入れずに、ただただ、引き金を引く。
 戦犯者たちからの銃撃が、僅かに弱まった。


 フリップは、体を、銃と共に一気にシートから押し出した。
「…………」
 フウッと息を吐き出し、そして吸う。
 ドットサイト……照準が点のものだ……をゆっくりと動かし、どこを撃てば停まるのか、頭を冷やして考える。
「(…………)」
 ゆっくりと、照準をタイヤに合わせる。
 「フィリップッ、弾が切れる!」
上でエバンスが叫ぶ声に指がわずかにぶれた。
 照準が僅かながらに、それを敏感に感じ取り、狙いをつけるのを阻害する。クソ、クソ、動くんじゃねえ――
「(落ち着け!!)」
 歯を食いしばってそれに耐える。
 ここでビビったら、皆死ぬッ!
「もう切れる! 早くしろッ」
 車は左右に蛇行するように進む。エバンスの弾幕が逆に仇となっているのだ。弾から逃れるために蛇行する。わかりやすくも、効果的な考え方だ。
 おかげでドットサイトの点からタイヤ見えたり、見えなくなったり、不安定で狙いがつけられない。
 と、長く続いていた銃撃音が途絶えた。耳元でしていた轟音に、鼓膜が破れかけていた。しかしその音がなくなると、急激に心臓を締め付けるような恐怖が這い上がってきた。
「弾が切れた!」
 エバンスは弾倉を交換しようとするが、車から飛んできた機銃弾に阻まれて上手く指を動かせない。
 双方向だった攻撃の閃光は、いまや車からハンビーへの、一方的な銃撃に変わっていた。
 あまりの激しい銃撃に、エバンスが車の中へと転がり込んだ。
「ウィルソン、引き返すぞ! このままじゃ持たない!」
「待って下さい!」
 汗が、フィリップの額を伝った。震えそうになる指を、何とか押し留めて頭の中で怒鳴り続ける。まだだ、まだ、まだ撃つな……!
 そのフィリップの耳元を、銃弾がシートを貫通して飛び込んだ。空気を裂く、鋭い音が耳をたたいた。いや、一発ではない、次、また次と、しまいには数えるような暇もなく弾が飛び込んできて、ハンビーの中は銃弾の閃光でいっぱいになった。
「もう持たない!」
 エバンスが再び叫んだ。
「待って!!」
 フィリップの額を、汗が、伝う。
「停めます!」
 叫ぶ彼の耳元で、また弾丸が着弾した。

 ビシッ

 という音と共に、首の皮を銃弾に持っていかれた。体が意識とは違うところで反応しそうになるが、ここで体をシートに引いてしまったら、もう、体を飛び出ださせて撃つことは『できない』そう、確信があった。
 もう、引くことはできない。

 ふと、車の蛇行がとまった。

 サイトの点が、まっすぐと走る車のタイヤに、吸い付くように合わさった。

 その瞬間、フィリップの息は一瞬でつまり、息苦しさに指が震えそうになった。
「(死んで、たまるか……!!)」
 それでもギュッとグリップを握り、左手をしっかりと固定する。脇を締めて、銃尻を肩へと押し付けた。

 フィリップの額を、汗が、伝った。

「死んで、たまるかアアアアアアアア!」

 轟音が、フィリップの鼓膜を殴りつけた。

 発射された弾丸はフィリップの握る銃から飛び出し、既に叩き割られていた窓を飛びぬき、暗闇へと躍り出て、そして
 ゴム製の柔らかな部分を、その身で引きちぎった。

 タイヤが炸裂してバランスを失った車は、激しく横転した。横ばいになりながら建物に突っ込み、さらに回転し、数十メートルの間、地面と、装甲で金切り声と火花を上げた後、
天井を地面へ、タイヤを天へあげて、ようやく停まった。

 ウィルソンたちの乗るハンビーは、しばらくその様子を見届けて、徐行をする。
「……フィリップ、よくやった」
 何とか息を吐いたエバンスは、なんとも珍妙な格好をしながらつぶやいた。安堵に胸をなでおろす。対するフィリップも、額を流れる汗をゆっくり拭いて、それに答えた。
「……停まるぞ。周りから囲め」
 ハンビーは、ウィルソンの言葉と共に進むことをようやくやめた。激しかったエンジン音が、久方ぶりにおとなしくなった。


「よし、お前は右だ。俺は左から行く」
 エバンスとフィリップはハンビーを降りると、すぐさま民家へ突っ込んだ車を取り囲むように左右から回り込んだ。
 車からは煙が立ち込めていて、それが周辺を白く染めていた。その中を通ると、まるで薬品そのものをかじったような、酷い味が口の中に広がり、鼻もねじ上げられるように痛んだ。
 しかし、それもフィリップたちの集中力を僅かでも動かすことはできなかった。
「(……頼む)」
 味や、においなんていう五感すら超えた『恐怖』というどす黒いものが彼らの集中力を取り去っていたからだ。
 フィリップが黒い車の後部を見ると、そこから銃身のへし曲がった機銃が見えていた。銃をそこへ向けて、歩をゆっくりと進める。
 次第に車のサイド部分、後部座席と、助手席のドアが見えてきた。
「…………」
 さらに慎重に、ヒザを折り曲げながら、銃を左右、どちらにも向けれるように軽く握りながら、歩く。
 ふと、窓から何かの影が動いた。

 ガタン

「――ッ!」
 静かになった通りに、金属的な派手な音が響き、反射的にそこへと銃を向ける。
「…………」
 何も、ない。
 ただ、傾いた助手席のドアが揺れているだけだった。……やってくれる。目の錯覚か……。
 フッとため息とも、自分への戒めともつかない息を吐き出すと、フィリップは先程よりもさらにさらに遅い速度でドアへと向かった。
 近づくと、もう耳には自分の鼓動の音しか入らなかった。念のため、窓から撃たれないように姿勢を低くして、目線が窓から外れるようにする。
『フィリップ』
 無線機からエバンスの声がした。どうやら、彼も、反対側のドアへとついたらしい。
『一、二の三で開けるぞ』
『……イエッサ』
 フィリップは短く答えた。何か冗句でも飛ばせるものなら飛ばしたかったが、頭の中には別の思考ばかりが渦巻いていて、何も浮かばなかった。車の中で、助手席から、今にも銃を抱えて飛び出そうとしている民兵の姿。
『一』
 ドアを開けた瞬間、構えていたAKの引き金を引く民兵の姿。
『二の……』
 なす術もなく、体に銃弾を浴びて倒れこむ自分の姿。
 自分がとんでもないところへ来てしまったと、今更ながらに思い、背中を通り越して直接心臓を圧迫する、どろりとした……恐怖に……自分はいったいなぜここに来たのだろう、と後悔していた。
『三!』


 階段を駆け上がりだす民兵達。その数は四名ほど。赤と白の鉄骨でできた、作りかけの、高い、縦型住居の階段を、走り抜ける。
 カン、カンと革靴と、鉄骨の奏でる金属音だけが静かに響く。
 そこいらのマーケットで買ったシャツやズボンは、既にぼろぼろに穴あきだらけになっていたが、彼らは気にしない。赤褐色の肌は、そんなことは気にならないほどの汗を浮かび上がらせていた。衣服など、着ていたところで汗にぬれて使い物にならなくなっただろう。そしてそこに、汗と共に血が滲んでいる。そう、それも真っ白なシャツが赤く染まるほどの。
 そんなことに、興味はないのだ。
「ハアハア……」
 息を荒くしながら、彼らの頭の中にはやはり、最高の幸せへの欲求、そして自らの大地を守る戦士としての思考しかなかった。
 彼らが気にするようなことは何もない。
 言うなれば、彼らの気になることといえば、背中に背負った『聖戦氏の武器』だ。これが上手く敵へと飛び出し、やつらを『まとめて』吹き飛ばしてくれるだろうか。
 それだけが、気がかりだ。


 エバンスはドアを開けると同時に、中にいた褐色の男達へと銃を向けた。
「動くんじゃない! 動くなッ」
 立ち上がり、銃を明確に運転席の男へと向けると、男はぶるぶると震えながら、エバンスを見ていた。
 その男を無視して、すぐさま後部座席へと銃口を走らせる。
「…………アビィノ……ケラシィ」
 そこにも同じように縮こまる男達。
 後部座席に何人座っていたのだろうか。生きていて手を上げているのは四人。両端に座っていたらしい、小柄な男と、刺青のある男が、事故のショックでか、頭を天井の壁とシートに挟まれて、頭蓋骨を潰し、黄色い脳しょうを撒き散らしながら死んでいた。
「……軍曹、どうしますか?」
 向かいの、助手席に当たるドアから、フィリップが同じように銃を向けながらつぶやいた。
「引きずり出せ」
 エバンスはいいながら、運転席の男の襟首を、乱暴に引き、車から無理やり出すと、地面へたたきつけた。
「……お前も来いッ」
 フィリップも少し遅れてそれに習い、後部座席の男を引っ張り出した。
 『どうだ。おとなしく捕まったか?』
 エバンスの無線機が声を上げた。ウィルソンだ。彼はすぐさまここを離れるべく、エンジンを掛けっぱなしにしながらハンビーの運転席に座っていた。二十メートル離れていない近い距離だが、無線を使うのは回りに敵がいるのを警戒してか。
 無線機を口に押し付ける。
『大丈夫だ。無抵抗に捕まってくれた。おかげで手間が省けていい。まるで工場の流れ作業をやってるみたいだ』
 肩をすくめる仕草をウィルソンに見せるとウィルソンは少しだけ笑った。
 フィリップがウィルソンに、自分の前に力なく座り込んだ戦犯者たちを見せ付ける。
『縛り上げてやりましょうか機長? 自分は機長の指示に従いますよ』
『そうだな、フィリップ、とりあえず奴等を裸にして、ベースキャンプへ引きずっていこうか』
ウィルソン目をこれでもかというほど、愉快そうに見開いた。

 エバンスは引きずり出した戦犯者たちを立たせると、背中を押した。両手を挙げた戦犯者たちがバランスを崩しながら歩く。
「さあ、さっさと家に帰るぞ……ハンビーにつれていくんだ」
「イエッサ」
 フィリップも自分が引きずり出した三人を銃口で押した。それに震えながら、男達は歩き出す。
 その背中を見て、ふと、フィリップの頭を疑問がよぎった。
 それは考えるべきでない、いや、考えた時点で兵士である自分はその存在を無くさなくてはいけないような、そんな疑問だ。

『自分も捕まったら、こんなにも震えて、情けなく投降するのだろうか』

 そんなことを考えても、仕方がないというのに、彼はその疑問をしばらく頭の中で転がしていた。

 だからだろうか。

 ドンッという音が耳に入った瞬間、彼は歩を進めることができなくなっていた。

 土砂が巻き上げられ、目の前が土色で染まる。反射的に目をつむり、直後に襲ってきた『爆風』に体を吹き飛ばされる。
「グハッがっ!」
 肺を押し潰されるようにでたその声は彼の意思ではなかった。
 だから、目の前で映し出される、冗談のように巻き上がる炎を冷静に見つめることができた。
 耳が、鼓膜を吹き飛ばされたのではないかと言うほどの、引き伸ばされるような痛さと、キーンと言う音に支配されてる。体が思ったように動かない。よろよろと、鉛を飲み込んだ体を立たせて、衝撃で骨がきしむ腕を前へと、『前』へと突き出した。
「――――ッ!!」
 口から発した声も、自分の耳には入らない。鼓膜のなかをまだ高音が走り回り、何も聞き入れることができなかった。
「――ンッ!!」
 いや、聞き入れられないんじゃない。
「――ソンッ!!」
 『理解したくなかった』んだ。そうだ。そうなんだ。だってほら、俺は自分のいうことなんてちゃんとわかっているだろう?
 よく、耳をすませ。
 さあ、口を動かせ。


「――ッ ウィルソンッ!!」


 目の前には、RPGの直撃を受けて吹き飛んだハンビーが、黒煙と炎を上げて横たわっていた。
 そして、その横には、ハンビーのフロントガラスから体を吹き飛ばされ、下半身が『なくなってしまった』ウィルソンの姿。
「ウィルソン!!」
 横を見ると、何の躊躇も無くウィルソンの元へと駆け出すエバンスの姿があった。目を見開き、信じられないといわんばかりの表情をして、いまだ震えているウィルソンへと滑り込んでいた。
 フィリップも同じように走り出そうとする。
 しかしそれは足元をはねる銃弾によって行うことができなかった。周りを見渡し、しかし障害物などないことに気づいた彼は上を見上げた。
 はたしてそこに、奴等はいた。
 RPGを持つ一人の男。そしてそれを囲むようにAKをこちらへと乱射してくる男達。
「……当たるかよ」
 なんだか、よくわからないことがいっぺんに起こり過ぎて、ぼんやりとした頭で彼はつぶやいていた。そのままそこにヒザをつき、銃を構えて、ドットサイトを覗き込む。
 「……当たるかよ」
 周りに弾丸が当たるのは、あまりに遠すぎて、民兵たちには当てることができないからだ。
 だから、フィリップは引き金を容易に引けた。


「エ……バン…ず」
 ウィルソンの口からは血が吹き出していた。口の端でそれが泡を作り、ウィルソンの顔をさらに醜悪なものに変えていく。
 彼の顔は、苦しみにゆがんではいなかった。しかし、これから自分が未知の世界に消えていく事の恐怖に、蒼白になっていた。
 彼の顔の半分は、黒く、カスカスに炭化していた。全体の数パーセントにも満たないだろうが、どちらにせよ持たないだろう。エバンスには、ウィルソンが口が利けるのが不思議でしょうがなかった。
 なぜ、そんな下らないことにしか頭が働かないのか、それも、彼にはわからなかった。
「え…バ……ズ」
 エバンスはウィルソンの口の端についた血を指で拭いてやった。しかし、直後にウィルソンは、咳き込むと同時に噴水のように血を吐き出した。血は勢いよくエバンスの顔に振りかかかる。
 それでもエバンスは、僅かだって顔を動かさなかった。水のように粘り気のない血は、彼の頬からアゴへと垂れて、地面に血だまりをつくった。
「…………」
 ウィルソンは、体を痙攣させながら口を必死に動かしていた。震える口が、言葉を伝えようとゆっくりと……鈍く動いていた。
 彼の口は、他の器官と同じく、死へと進む体に先立ち、その役目を終えようとしていた。
「……何だ」
 震える口に、耳を寄せた。
「……ット」
「何?」
「……メッ……ト」
 エバンスは彼が何を言おうとしているのか考え、そしてゆっくりと彼の頭へと目を移した。
「……ヘル……メッ……ト」
 エバンスは彼の口の動きを読むと、すぐにウィルソンのヘルメットをはずした。
 付属していたゴーグルは、どこかに吹き飛んでしまったのだろう。ヘルメットは爆風にへこみ、すすがこびり付き、そして一番多い血が、ヘルメットの中までしみこんでいた。
 しかし、エバンスの目は鮮やかな血の色より、ヘルメットの中で一際目立つ、ピンク色の封筒へと向いていた。
 それを確認しようとしたとき、突然、腕を握り締められた。
「……ガッ……ヒュゥ」
 息を吸い込もうと必死になるが、しかしもう肺がまともに働いていないのだろう。ウィルソンの咽からは、奥から音がこぼれるだけだった。
「ウィルソン……」
 信じられなかった。
 いくつもの死体を見てきたのに、こんなことを言うのはおかしいかもしれない。新兵のようだと、言われるかもしれない。しかしエバンスの頭の中はそれでいっぱいだった。
 信じられなかった。

 そして、ウィルソンの目からは、何も読み取れなくなった。

「ウィルソン……」
 いつの間にか後ろに立っていたフィリップがつぶやいた。振り返ると、彼の顔は、やはり『信じられない』という……混乱の海に流されていた。
 泣きそうになりながら。
 エバンスは彼から目をそらし、ヘルメットの中に在った封筒に目を移した。
 そこには、あて先に当たる位置に、あまり綺麗ではない字で書かれていた。



 『娘達へ/ウィルソン・マクガイン』



「自分が死んでも」
 フィリップがつぶやいた。
「自分が死んでも届けられるように、してあるんです」
「……だろうな」

エバンスは気力なくつぶやいた。
 ああ、そうか。そうだったのか。

「これは、遺言ですか?」
「……そうだな」
「死んだときに、娘に渡すように作ってありますもんね。遺言書にきまってますよね」
「そうだな」
「生きてるうちに届けるつもりはなかったんですよね。ヘルメットの中に押し込むなんて、おかしいですしね」
「……そうだな」
フィリップはしゃがみこんだ。ウィルソンの、炭化した顔に手を触れて、そのざらついた感覚に、指を震えさせた。
そして、ギュッと、拳を握り締めた。
「遺書を書いて生きて帰ってきた奴はいないんじゃねえのかよ……!!」
「…………」
 エバンスは、口を開かなかった。

「ずるいだろ……こんなの……!!」

 エバンスは、ただ、口を閉ざし、銃を握り締めていた。
2005/06/16(Thu)20:15:48 公開 / 貴志川
■この作品の著作権は貴志川さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
……長かった。ああ、長い更新期間でした。遅執、本当に申し訳ないです【汗
しかも返信もしてない〜ちょっとまっていてくださいね! すぐに返信しますので!
今回は長く更新してみました。やっと後半の山場が終わったって感じですかね……
肩が痛いです……部活やりすぎだそうで【泣 神様は酷いやつです。きっと。タイプもできなかったんですから(言い訳?

えーでは、お読み頂き、ありがとうございます。
辛口意見、お待ちしております。
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