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『I am SEAL’s soldier[■Prologue〜■11]』 作者:貴志川 / アクション アクション
全角45929文字
容量91858 bytes
原稿用紙約152.6枚



■Prologue


 暗い部屋の中にディスプレイの光が延々と輝き続けていた。
 緑や、赤、黄色などの光も点滅している。だが音はほとんどしない。僅かなささやきと、身動きするためのカサカサという音が存在するだけだ。必要な音はそこに存在する人間のヘッドホンだけを通せばいいのだ。会話や、通信もそれで行われる。
 人間達はズラリと椅子に座ってディスプレイに注視していた。
 彼らはまるでディスプレイに話しかけるかのように、口を開いていた。その言葉を拾うのは彼らの装着しているヘッドフォンから伸びるマイク。
 そこにその場所の存在意義を理解していない人間がいたとしたら、まるで各所で独り言を言っている人間がいるように感じただろう。
 情報の機密性は、物理的には最高級と言っても過言ではないだろう。
 ディスプレイに照らされて、薄ぼんやりと白く浮かび上がった人間の顔は、ひどく冷静だった。ただただ、ディスプレイにある情報を取得し、通信によってペンタゴンへ送ればいいのだ。
 情報とは、と聞かれればその部屋にに存在している人間達は答えただろう。
 軍事衛星からの情報だ。と
 ここはアメリカ合衆国スパイ衛星傍受施設だ。

『衛星『アクE』より通信。ペンタゴン各局からの要請に従い、クウェート北部国境線の情報を取得』

 ひとりがまた淡々と情報を取得した。かちゃかちゃと自分の前にあるコンソールを叩く。
 ディスプレイには写真が映し出されていた。それは通信の通り、クウェート国境沿いの映像だ。
「…………」
 かちかちゃといつものようにコンソールを叩く。
 ……そして淡々と映像を送り出そうとした彼は、ピクリと体を動かした。
 そこにはいつもは無いはずの『それ』が映し出されていた。
「……ウソだろ」 
 彼は驚愕の表情でヘッドフォンをはずした。周りの仲間達が久しぶりに聞いた感情的なその行動と言葉に、つぶやいた彼へと目を向けた。
 そのうちの一人が大仰なため息と共に自分のディスプレイから腰を上げる。
 「またお前か、いい加減仕事に慣れろよ」
 驚いたまま動かない彼に、情報局のチーフである男が呆れたように言葉をかけた。
 まえから使えない新人だと思っていたが……もうそろそろこの仕事にはなれて欲しいものだ。
 この仕事は国家の機密に関するものが多いので、毎年こういった新人が多いのだ。
 それでも三ヶ月もしたら落ち着くはずなのだが。
 チーフは彼の肩に手を置いた
「なあウィルソン、スパイ衛星の写真にいちいちビビッてたら仕事にならないといつも言っているだろう」
 彼の言葉に反応した彼ははっとしたようにいきなり振り返った。
「チーフ!!」
 立ち上がって、チーフの肩を掴む。
「――うわっ!?」
「急いで統括本部に連絡してください! 緊急事態なんです!」
「だ、だからそういったことはいつもの事じゃ……」
「いつもこんなことが起きてますか!」
 興奮している彼に捕まれたままのチーフは、押さえつけられるようにディスプレイを見た。
 そして彼自身も目を見開くこととなった。



「なんだね。今度はどうした?」
 暗い寝室の中で妻の横で話す彼は、初老ながらもしっかりとした声で電話に出た。
 深夜二時だ。
 妻にいきなりたたき起こされてでた電話の先では、バタバタと激しく走り回る音がしていた。
……かなりまずいようだな
 嫌な予感を顔に出しながら、電話の先の彼の言葉に耳を傾けた。
『まずいです。軍部のスパイ衛星がクウェート国境北部の異常を発見しました』
 そしてやはり、懸案であったそれについての事だったことにさらに渋い顔をした。その表情に妻が肩を引っ張る。
 妻に優しく笑いかけた後、誰にも気づかれないようなため息をつき、答えた。
「……そうか、わかった…具体的には?」
 彼は受話器を持ちながらその報告を聞き、そして手に力をいれた。

……やはり聞くべきではなかった

―こうなると多国籍軍の投入は免れないだろう。
―……この国はまたも争いへの道を突き進むこととなるのか。

 電話は慌ただしく過ぎていく音と共に、一方的に切られた。
 そう思わざる得ない状況の中で彼は、切られた電話を横で待っていた妻に渡した。
 彼はにベットから降りて、衣装ケースに閉まってあるいつもの礼服を手に取ると、すぐに着替えだした。
「……行かなければいけない様な事だったの?」
 妻は心配そうにベットの上で彼に話しかける。
「いや、大したことじゃないんだ」
 その彼女にまたも優しく笑いかけながら、彼はネクタイをとりだした。
―そうだ、大したことないさ。そんな、慌てる事など、何もない。
 彼は笑顔で「すまないがネクタイを頼めるかな?」とおどける。
 ……内心を隠すのは長い官僚生活で覚えた事だ。罪悪感も、緊張もない。
 妻は少し微笑んでから彼のネクタイに手を出した。
「……さあ、できたわよ」
「ああ……すまないね。……少し仕事が長引きそうだが、心配しないでくれ」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫さ」
 電話の先で、誰かもわからない官僚はひどく感情的に話していた。
―『イラク軍が国境沿いに集結しています!』
 「まさか私がそんな危険なところへ頭を突っ込むわけないじゃないか」
―『奴等戦争始める気ですよ!』
「そうよね」
 妻は安心したように笑った。その表情からは別段隠した感情は無く、本心から安心しきっているようだった。
 その表情に合わせて、彼も笑顔で妻に軽くキスをした。
「行ってくるよ」
 彼はやはり、笑顔を妻に向けて玄関へと足を向けた。
 妻はそんな彼に、出かけにいつも言う軽い冗談を思いつき、笑顔で言った。
「まさかあなたが戦場に行くわけじゃないもの」
 
 彼は少し、笑うのを控えるしかなかった



1988年8月20日

 イスラム原理主義国家イランとサッダーム・フセイン大統領独裁国家イラクとの、8年間に及ぶイラン・イラク戦争が一応の停戦を迎えた。

 この戦争の結果、イラクは600億ドルもの膨大な戦時債務を抱えることとなり、経済の回復も遅れることとなった。
 しかし、戦争中にアメリカ合衆国、ソビエト連邦などの大国や、ペルシャ湾岸のアラブ諸国に援助された軍事力は、イスラエルをのぞいた中東では最大でありつづけることとなる。
 そんな中、サウジアラビア、クウェート両国が石油輸出国機構の割当量を超えた石油増産が行われた。石油の価格は急激に下がり、石油輸出によって何とか経済を保っていたイラク経済は大きく崩れることとなる。
 イラクは必死の抗議を行うが、敗戦国である彼らに世界は冷たく、侮辱的な言葉さえも投げかれられるなど、完全に無視される傾向が世界に広がっていった。
 
 そして7月27日。
 クウェート北部国境にイラク機甲師団が集結しているところを米軍事衛星が発見した。

 アメリカはこれを周辺アラブ国に通達したが、アラブ諸国はまるで相手にしなかった。

 クウェートもそれに続き、一切の防衛体制をたてることは無く、7月31日の両国会談ではイラクを侮辱するかのような発言が目立つ。






 そして1990年8月2日午前2時

 戦車を中心とするイラク軍機甲師団はクウェートに侵攻を開始した。
 米軍部、そして各国マスメディアはこれを「湾岸戦争」と呼び、有志多国籍軍を募り、イラク軍と前面戦争へ突入することとなる

 

 後にこの流れは「必然であった」と称されることとなる。
 憎しみが憎しみを呼ぶように、戦乱が戦乱を呼び続けることとなった。


■1


夕焼けが美しく地上を染めた。

 どこまでも続く砂漠に色濃いオレンジが映えてひろがるその姿は、まるで広大な海を眺めているようであった。

『αー1より本部へ。全日訓練終了。αー1帰投する。』
 ザッという耳障りな音が響いた。無線ノイズだ

『了解α-1。帰投後マルコム少佐からの直接訓辞がある。心の準備をしておけ。』
 もう一度、ザッとノイズ


 そのオレンジの海を切り裂くように漆黒のヘリが飛んでいく。真っ黒な機体、機頭部が丸い。そして機体横に飛び出した機銃……アメリカ海軍特殊部隊SEALS保有、軍用へリ『ブラックホーク』だ。
 ヘリは前部に重心をおいて、前かがみになるように全速で飛んでいく。バタバタという轟音がそれと同時に当たりに響き渡る。
 そのブラックホークを操る男がメットをはずしながら後部座席へと声を張り上げた。
「帰ったらマルコム少佐のお出迎えだ! しっかりアピールしろよ! 実戦投入も夢じゃねぇ!」
 ヘリの駆動音で声が届かないのだ。駆動音はまるで耳元でフライパンを叩きまくっているような騒音だ。
 中に搭乗している人間にとっては、もうどうでもいい事ではあったが。
 ヘリの後部は夕日が差し込んで、機体の壁がオレンジ色を反射させている。しかしながらやはりその黒い機体のせいでそのオレンジも僅かにくすんで見える。
その中には影がいくつか点在した。ヘリの動きに呼応して伸びたり縮んだりと伸縮を繰り返している。
 その影の一つが怒鳴り声に反応して手を上げた
「ジェームズ伍長! 自分はあまり乗り気になりませんであります!!」
 ヘリの後部に座る影……男達のうち、黒い肌をした兵士がパイロット……ジェームズに声を張り上げて返した。
 その黒い肌には汗が浮かんでいて疲れが見えるが、彼の口元はニヤリと何かいたずらを思いついた子供のように楽しげにゆがんでいた。
ジェームズはそのニヤ付いた顔をバックミラーで確認した。そして何を思ったか、彼自身もまるっきり同じ顔をして叫び返す。
「なるほど! そいつはどうしてだエドワード一等兵!? 続けてくれ!」
「サーイエスサー! 伍長殿! 自分はマルコム少佐には一日一度だけ会うことにしているからであります!!」
 エドワードが敬礼しながら叫び返した。彼は手に握った銃から片方の手を離し、その手でもう噴出しそうにしている口元を押さえた。
 彼のもういっぽうの手には、銃口の下にランチャーがある型のアサルトライフルが握られている。着ている服は砂漠迷彩服で、頭には特殊部隊用防弾ゴーグル付ヘルメット。周りにいる仲間達も同じだ。そしてその腕には星条旗のワッペン。
 彼等は誇り高き『合衆国兵士』だった。
「一日一度!? どういうことだ!」
 ジェームズの含み笑いをこめた言葉に、足をドアの外に放ってブラブラさせていた、端正な顔立ちの短髪の男がバッと手を上げた。
「その疑問には自分が答えるであります伍長!」
 彼は表面上平静を保っているが、よく見ると目が笑っていた。その表情に相まって、顔に塗った迷彩塗料が溶けてしまっていて、まるでおかしなピエロみたいな顔になってしまっている。
 おっとなぜか少しうれしそうにジェームズが叫び返す。
「なんだフィリップ! 答えてみろ!」
 フィリップは周りの仲間にニヤリッとわらいかけた。仲間はなるべく笑わないようにしながら、それでもこらえきれなずに出た小さい笑い声を上げてそれに応えた。
 そうしてフィリップは真面目な顔をして叫んだ。
「マルコム少佐の口の悪臭は朝一度かぐだけでその日一日を暗嘆とさせてくれるからであります! 一日に二回など、恐れ多くて気分が沈むしだいであります!!」
 その言葉にフィリップを中心にドッと笑いがおきた。
「まったくだぜ!! ハハハハハハ!!」
 パンパンと手を叩いて大笑いする者も現れだす。ヘリのバラバラという音にも負けない大声。今までためていたものを一気に爆発させるように、ヘリの中には爆笑がうずまいた。
「フィリップ! お前はきっと明日にでもクウェートに飛ばされるよ!」
 ジェームズもゲラゲラ笑いだした。両手とはさすがにいかないが、操縦桿から少し手を離しながら手をどこかしこに当ててゲラゲラと遠慮なく体をねじった。
 ……次第に見ている側も不安になるくらいになってくるくらいだ。
「この会話がばれたらジョーク抜きでみんな実戦投入ですよ」
 エドワードがヘッと笑い、叫んだ。
 とはいえ、我ながらそう思うのは間違っている気がするが、実際飛ばされるのなら絶対自分が先だろうな、と思い口をにやけさせた。
 そのエドワードの肩をフィリップがばんばん叩く。なんだよと振り向いたエドワードに親指を立てて、ニカッと笑った。
「何言ってんだ! 俺達はいつも口臭と戦ってんだろ!?」
 またもフィリップの言葉に笑いが広がる。エドワードはフィリップの目の前でふき出してしまったので、つばがフィリップに大量に付いた。少しもめる。

 ザザザザザザザザザザザザザザ

 と、その笑いのなかににノイズが入ってきた。
『α-1聞こえるか?』
 ジェームズが笑いを必死にこらえながらメットをかぶる。
「くっくく……くっは」
 苦労して口を押さえて顔を作る。しばらくしてから、かなりにやけているが一応それなりの表情を保つことに成功した。
「了解。α-1聞こえている。」
『ああ。こちらもよく聞こえている。それで今、お前達の会話がよく聞こえていてな』

ヘリの中の時間がすこし止まった。

「……なんだって?」
 数秒後にやっとのことで応答したジェームズ。すぐに返答は帰ってくる。
『ああ、それでだな……』
 エヘンと咳ばらいの後
『マルコム少佐がさらに重要な話が増えたから早く帰ってこい。だそうだ』



 民兵のRPG……いわゆる地対空砲ミサイル対策のため、ブルーに着色した輸送哨戒機から積み荷をせかされるがままに運んでいく。さらに運んだ積み荷はボックスから中身をだされ、検閲とともに仕分けする。……彼らに与えられたこの仕事は単純なだけにきつい仕事だった。最前線に送られたほうがはマシだと言う輩すら現れるほどだ。
「これ全部を救援物資でくばるのか?」
「…らしいな。……よっと」
 クウェートに派兵されたアメリカ海兵の彼等は、久しぶりの銃を使わないまともな仕事にありつきながら口を開き合った。
 送られてきた輸送物資を腰を折りながら肩にかつぐ。その荷物はいつもの通り無駄に重く、どれだけ圧縮しているのか想像もしたくもないくらいだ。
「こっちにゃ俺達へのプレゼントもありやがるぜ」
 検閲をしていた一人が、荷物をひっくり返して言った。中には手紙や煙草類が満載されていて、……仕分けには少々手間取りそうだ。彼等はめんどくさそうにすわりこんだ
「おいおい……見ろよ、アイツ彼女いたらしぜ」
「は?嘘だろ?……うわ、宛先あってる」
「アイツ、あんな焼きかけのミートパイみたいな顔して女いるのかよ」
「おおう、見ろよコレ、家族との写真だと」
「どれ。あー……コイツはひどい……ミートパイの彼女はドリアンだったらしいな」
 そうやって彼等はガヤガヤとうるさく仕分けをしていきながらも、一応は軍人らしく中身をきびきびと検閲していく。手紙や小包を一つ一つ開封しながら、爆発物や生物兵器がないかを確認する。しかしながら綺麗につつんだ包装を破るのには心を少々痛める。
と、その時封筒の一つから何かが落ちた。
「……あれ?」
 落とした兵士が地面を見ると、それが落ちている。
 ゆっくりつまんでみると、それは
「……花?」
「男の楽園にお花か?」
 隣の兵士からクククと笑いが漏れた。
「ま、砂漠じゃ見れないからな」
 落とした彼は花を丁寧な手つきで封筒にしまいなおし、『検閲済み』の判子を押した。
 ……しかし戦場に花など…縁起でもない。
 そういうつもりで送ったわけではないのはわかっていたが、こんな雑務を与えられていても戦場にいる以上、少々不謹慎に感じてしまうのは自分勝手なのだろうか。
 戦場にたむけられる花ほど、無駄なものはないのだから。



「ははは。本当に、マルコム軍曹がきてると思ったのか?」
 一時間前、ヘリから降りるなり青い顔をして降りてきた五人に通信兵は話しかけた。
 話しかけられた砂漠迷彩姿の、端正な顔立ちの男は目を細めながら口を開く
「ああ。だから降りてからジョークでしたって言われたときはこの銃が神からの贈り物だと思ったよ。」
「は?」と疑問を顔に出す通信兵にフィリップは表情を崩さず言った。
「神は正しき復讐者に武器をおあたえになる」
 フィリップは銃の肩当をガンガンと叩いた。
「……そいつは悪かったな」
 復讐の対象者はそうおどけて両手をあげた。

「(…あの野郎……いつか頭に弾ぶちこんでやるからな)」
 通信兵と別れて、いい加減文句をたれ始めた腹のために飯にとりかかったフィリップは物騒なことを考えていた。ドンドンと足音をたてながら眉を吊り上げたその姿は、もう誰の目から見ても怒っているとしか言いようがなかった。
 とりあえずこのイライラを食事に置き換えることにした彼は、置いてあったトレイを乱暴に引っこ抜いた。先程の足取りでドンドンと、配給食を順番で待っている兵士を追い越して肉の入れ物の横に重鎮する。
「ちょ……並べよ!」
 彼の後ろに並んでいた連中が彼を糾弾した。兵士は常に食事に飢えているのだ。
「うるせえな。騒がなくても飯はてにはいんだから黙ってろよ……」
「フィリップ!お前はこの間もそう言って僕の横から入ったろうが!」
「おぉ、誰かと思ったら級長じゃないですか。」
 そういいながらフィリップは一番でかい肉を取ってトレイの上の入れ物にほうりこんだ。
 級長と呼ばれた男はさらに渋い顔をする。先ほどヘリに搭乗していた男だった。
 そんな彼を指差し、フィリップスはさらに言う
「お前はその固い頭を柔らかくしたほうがいい…肉なんかくうな。野菜を食え」
 ワシャワシャと野菜の缶から乗せれるだけ級長と呼ばれた男のトレイに放り込んだ。
 男はそれをすべてフォークでフィリップのトレイに移し変えた。
「俺はリチャードだ!SEALならSEALらしく振る舞え!恥ずかしくないのか!」
 眉を吊り上げるリチャードを、フィリップは今度はフォークを使って指差した。
 随分力を抜いて、まるでタバコを片手に挟んでいるようだ。
 ……つまり、挑発しているわけだ。
「お前もSEALならわかるだろ?SEALはワンマンが得意なんだよ」
「平和のために戦う合衆国兵士がそんなんでどうする」
 リチャードはフィリップの手とフォークを払って言った。
「俺が戦うのはキューピッドアップルズの踊り子のためだよ。胸なんか熟れすぎたスイカよりでかい……俺は惚れたね」
 フィリップはリチャードの言葉に笑顔で答えた。拳をにぎりしめていい思い出をかみ締めているかのようだ。
 そんなフィリップをを相手に、リチャードは
「そんなもん知るか。とりあえずそのデカイ肉、俺によこせ」
 フォークを持って肉に飛び掛かった。……リチャードも兵士なのだ。腹は、常にすいていて、他の兵士と同様に食べ物に関してはひどく敏感だ。
 日本にはぴったりの言葉遊びがある。
『食べ物の恨みは怖い』
「おわ!テメ…やっぱり肉目的かよ! テメェにやるくらいなら砂漠のサソリにやる!」
 二人はガチャガチャと騒ぎながら、素直に並んで既に食事を食べ始めている兵士を尻目に肉の奪いあいを開始した。
「てめえ! 一発決めてやる!」
「やってみな! フィリップにできるのか!?」
 にわかにキャンプが騒ぎ始めた


「いいぞ!やれフィリップ!」
 エドワードが扇ぎ始めたお陰で事態はもう収拾が尽きそうにない。
「級長!正義のストレートだ!かませ!」
 ジェームズもゲラゲラ笑いながら煽る
「いい機会だ、テメエとはケリ着けてやる」
 フィリップは軽いステップを踏みながらフィリップはシュッシュッとジャブを振り回した。
「そいつは僕のセリフだフィリップ。」
 リチャードも左右にステップを踏んで距離を詰める。
 ファイティングポーズを決める二人にキャンプが最高潮に盛り上がり始めたとき。

バン

 とドアが開いた。
「オイ!!」
 フィリップスが後ろを振り向くと年配の内規兵が立っていた。
 会場が一気に冷めた。
 内規兵は軍内部の犯罪を取り締まる…言わば軍の警察みたいなものだ。今の騒ぎが内規兵にどう映ったか…確実に営倉ものだろう。
 キャンプ内に嫌な空気が漂う。
 しかし会場の気まずさを無視して内規兵は全く予想外の事を言った。
「ジェームズ伍長はどこだ?少佐がお呼びだ」
「ジェームズ?えーと……」
 てっきり逮捕かと思ったフィリップは拍子抜けしてしまった。
 しかし呼ばれた本人の心はあまり穏やかではない。
 おいおいおいおい……俺がなにしたってんだよ…
「自分がそうでありますが……」
 ジェームズがおずおずと手を上げると、内規兵は小さくうなずいた。
「わかった。お前たちは食事を続けろ。……エドワード伍長、来い」
「……」 
 なぜ連れていかれるのか、全くわからないエドワードはひきつった顔で内規兵の後ろについていくしかなかった。随分情けない顔をさらすこととなる。
 そして内規兵は入ってきたときとは対照的に、静かにドアを閉めて出て行った。
「…………」
後にはぼんやりと見ているだけの兵士達が残った。


■2


「少佐。SEAL、ジェームズ伍長お連れしました」
 ジェームズが連れてこられたのはマルコム少佐の司令室だった。
髪を完全に剃り上げて、いかつい風貌の少佐は睨み付けるようにジェームズをみた。
「し…SEAL、α-1班伍長、ジェ…ジェームズであります!」
 先ほどの会話もあり、かなり緊張して口がうまく動かない
「ヘリでの会話でありますか?」
 先手をうって聞くしかない
「なに?」
「ヘリでの会話は……あれは士気を上げるためのものでして、いわば実戦に備えた補足訓練みたいなもので…決して少佐殿を何かしらの…」
「伍長」
 少佐が話を遮った。
「冗談を言っている場合ではないのだよ」
「……え?違うのでありますか?」
 ジェームズはほうけたような顔を少佐に向けた。
「君がなにを想像しているかはしらないが。おそらく違う」
 ジェームズはその言葉に心の中で胸を撫で下ろした。
 ……ラッキーだ。ホントにクウェートになんか飛ばされたら洒落にならないところだった

 …
 ………?
 …………それじゃあなんのために呼んだのだろうか?
「重要な話だ」
 少佐の顔は、険しい。



「今本土から通達があった」
 少佐はゆっくりと、噛み締めるように話始めた。
「現在、クウェートに進攻したイラク軍を撃退するため……君達SEALの一部がクウェートに向かっているのは、知っているな」
 その内容に疑問を浮かべつつもジェームズは最敬礼をして答える。
「サーイエスサー少佐殿!知っているであります!」
 とは言ってもクウェートへ飛んだ彼等との面識は一切ない。クウェートに向かっているのはSEALの中でもえりすぐりのトップクラスチームだ。まだSEALになりたてともいえる在留組の自分達と縁などあるはずがない。
少佐はうなずき、続けた。
「楽にして聞いてもらっていい。……そのSEALの一部の隊員だが…前回のレンジャーとの合同作戦で連携が上手くいかず、多数の死者と負傷者をだしてしまった。……さらに今回、不足の事態で死者がでた」
 
 ……
 ………
 …………
 少佐が話にくそうに目をそらした。

 ………

 …………あれ?

 彼はこんなに遠回しに話をする人物だっただろうか?

 少佐は意を決したように顔を上げた。
「理由は機密であるとして聞けなかったが、私の知り合いから極秘に話を聞けた。ここから先の話は言外してはいけない」
 

 ……ちょっと待て

 なぜそんな話を

「なんでも送られて来た花が強いアレルギーをおこさせるものだったようだ。……偶然体質の悪かった者が十二名も死んだ」

 ……
 ………

 ジェームズの脳裏にあの時の会話がよぎった。
「これで送ったSEALの隊員はたった二十名になってしまった……軍もこれ以上、無視するわけにはいかない」

 ………あ

「二日後、多国籍軍による大規模なカフジ攻略作戦が決行される。これにアメリカ海軍も参加するが……レンジャーだけでは作戦を建てることができない」


『俺達みーんな、クウェート行きですよ』



 少佐が下から覗き込むようにジェームズを見た
「……大丈夫かね?気分が悪いのか?」
「………………いえ…なんでもありません少佐」
 ジェームズは自分でも驚くくらいかすれた声をあげた。
 いったい。この気分をどう伝えればいいんだ?


 軍人が「戦争にいくのが恐いのです」など


 食事が終わるとキャンプ内ではゆっくりとした時間が流れていた。テレビを見る者あり、酒をちびりちびりやる者あり。
 献身的な兵士は聖書を読みふけり、
「ヤーハッ! これで勝負! ストレート!」
「残念だな」
「ぐ…ロイヤルストレート……」
 あまり神に献身する気のないものは賭けポーカーに興じていた。
 そんな中で
「……ありゃいったいなんだったんだ?」
 フィリップは人気のテレビ番組を見ながらつぶやいた。
 ずいぶんと陽気な番組で、司会者が跳んだり跳ねたりしながら笑っている。
 周りの兵士達も釣られてぼんやりとそれを見てしまう。正直あまり面白くはないな、と思う。
 リチャードもその一人で、やはりぼんやりと……少し弱気につぶやいた。
「ジェームズ伍長、営倉入りか……」
 リチャードの言葉に、エドワードが煙草をふかす。
「バカか…なんでだよ。理由がねぇ」
 彼はほとんどテレビには目を向けてはいない。タバコをすうことに集中していた。たまにチラチラと見ては、やはりつまらなさそうに目をそらす。つまらないのはテレビのせいなのかどうかわからないが。
「あーでもありえそうな話だな」
 フィリップはテレビを見ながらスナックに手を出した。どうもフィリップ自身もあまり面白くはないらしい。なぜ見ているのかは、彼にもわからない理由だ。
「あんまりにも出来の悪い奴を隊内に持つと営倉もまぬがれない。とか教官言ってたし」
 エドワードが少し咳き込むようにして笑った。タバコの紫煙を噴出しながらフィリップに指をさした。
「フィリップ、自虐か?」
「いや、批判だよ」
フィリップはエドワードを中心に自分以外のメンバーをアゴで指した。
「出来の悪い奴らにな」
「……」「……」


「荷物をまとめろ」

 アゴで指された二人が腰を上げた瞬間、キャンプの入口が乱暴に空けられた。
 不穏な音に何事かと周りの兵士達が視線を向ける。
「ジェームズ伍長!」
 リチャードが叫んだ。
 ジェームズはそれにはなんの反応も示さずに、自分の荷物へ向かってつかつかと向かっていく。その顔は少しうつ向き気味で……蒼白だった。
 そんなジェームズに、フィリップが肩を組もうとする。……命令系統など無視の行為だが、彼らには関係ない。いつものことだ。
「なんで少佐になんかよばれたんだ?何やった?ん?」
 しかしジェームズは体を逃がした。フィリップを睨みつけるように立ち止まる。
 どうも機嫌がわるいらしい。
「………?どうした?」
 ジェームズは黙って荷物をまとめはじめた。その様子に周りは少し困惑するしかなかった。ジェームズはそれなりに人格者だと言われるほどこの隊では親しまれているくらいなのだが。それがこれほどまでに不機嫌になるとはいったいどうしたのか。
 リチャードがまるで全員を代表するかのように疑問を口にした。
「……帰るんですか?」
 その一歩間違えれば間抜けともとらえられかねない発言に、ジェームズは厳しい口調で答えた。
「始めに言ったはずだ。『荷物をまとめろ』これは命令だ」
 顔が良く見えないジェームズに、フィリップは面食らった。
「おいおい!俺達もか!?どこに引っ越しする気だよ!ラスベガスに行って一儲けする方が軍配金より様になるってか?」
 その言葉にジェームズはピクリと体を震わせて、

 そして振り返りゆっくりと、確実にかみ締めるように言った。


「クウェートだ」


■3


 戦場に来たんだ


 クウェートに来て十六時間。既にそれだけの時間が流れたというのに俺の中にあるのはそんなくだらない感情だった。
 いきなり輸送機にぶちこまれて5時間。ぶっ通しで飛び続けてクウェートキャンプに着いたのは早朝とも深夜ともいえない時間だ。

「……作戦内容については公開することができない。これは私の権限ではどうにもならないことだ。……わかってほしい」
 ジェームズの言葉に半信半疑ながらも荷物をかたずけて向かった司令室で、俺達を含む数十人を相手にマルコム少佐は開口一番そう言った。
「本当にク……ウェートに向かうのですか?」
 ジョークをとばされたとしか考えられなくて、『サー』もつけずに聞き返した自分の言葉こそ司令には
「…………そうだフィリップ一等兵。君達はこれから『クウェートに行くんだ』」
 ジョークに聞こえたのだろう。
「…………サー……イエスサー」
 敬礼した姿は、ひどく情けなかったに違いない。
 その時の俺の頭の中には母親に連絡をつけることしかなかった。
『死ぬかもしれない』と。
 ハイスクールを出てからもう四年。その間、まともに会ったことすらなかったのに。ただ、そればかり頭に浮かんでいた。
 結局、極秘の内に進んだ作戦だったがために母親とは連絡一つ出来なかった。

 座っていた俺の顔に、風で舞い上がった砂が当たった。
 さらさらとした砂が、払われなくとも自らの自重で落ちていく。
 俺は顔をあげた。
 バカみたいにまぶしく光り続ける沈みかけの夕日と、延々と続く砂漠。常人なら一週間で頭がどうかなるだろう。なにしろここにはそれ『だけ』しかないのだから。
 それ『以外』を見るときは戦場に出るときだ。
 俺は砂漠を見るたび、正直びびってる。ここを離れたら戦場なのだ。砂漠は、「お前は本当に戦場に来たのだ」とささやく。
 周りは砂漠だらけだ。

 ここのキャンプに着いたとき、意外に感じたことがある。
 ここにいる兵士は皆、一度は戦場に出た兵士なのに、あまりに柔和な印象だった。夜中には床につき、明け方には起き出して訓練を開始する。
 普通の人なら不思議に思うだろうが、戦場でも訓練はする。しかも自主的に。生き残る為には訓練しかない。皆、必要性があって訓練する。本土ではほとんど惰性でやっているにも関わらず。
 逆にそれが無くなった時はそれだけ切羽詰まった状況なのだ。
 そして彼等は訓練をするとき、あまりにも緊迫感のない顔をしている。これが歴戦の余裕なのか。

 それに比べて、俺達は切羽つまりすぎで、そしてあまりにも覚悟がなさ過ぎのようだった。
 昨日は着いて、話を聞いて、寝た。実質睡眠時間は三時間だが、ここの少佐には『健康そうに寝ている』と言われた。ここにいる兵士は戦場に出た日は寝ないのだそうだ。健康そうに寝ること、それ自体が新兵の証なのだと。兵士には休息はめった与えられない。休息は自らが上手く見つけるしかないのだ。休息があるのは新兵だけだと。
「ただ休息を与えられる時がないわけではない」
 そう言って少佐はパーティージョークを言うような口調でおどけた。
「銃が握れなくなった時か、死んだ時だよ」
 少佐のおかしそうに笑う顔を見て、俺は昨日の混乱も手伝ってぼんやりとした頭で思った

 「ここは戦場なんだ」

と。
「銃が握れるなら、いくら撃たれても、戦え」
 きっとそれは暗にこういう意味でもあるんだろう。
 合衆国兵士の「星条旗の為」精神は、戦場では容認されているようだった。

■4


 砂漠の砂の感触に慣れ始めたのはいつだったか。確か二回目のミッションのときは吐き気がするほどだったのは覚えている。砂が目や鼻や口に入り込んで不快なことこの上ない。食事の時まで口の中がジャリジャリと音を立てるから、食前のマナーは手を洗う前に口をゆすぐのがセオリーだった。
 とはいえ結局はいつの間にかその生活にも、砂の感触にもなれていた。砂漠で戦うには砂に慣れるのが絶対だということもその時、同時に悟った。
 昨日来た新兵達は明日ミッションだという。
 パンッ

 音と共にエバンスの肩に軽く殴られたような衝撃がきた。これにも大分なれたもんだと満足げに彼は肩をさすった。
「軍曹!大当りだ!ドたまに一発!」
 見ると、黒い肌の巨体の男が大声を上げて手を振って、ニコニコと笑っている。彼の手前には射撃用の黒い人の形をした的があり、その頭にあたる部分にはに一発、小さな丸い穴が空いていた。
「コイツで最後なんだよな軍曹!」
 いい加減帰ってもいい時間になっても訓練を続けるエバンスに、キャンプから迎えに来た黒人の男ボブ……は叫んだ。
知らないうちに日も傾きかけている。……ここらで最後にするか。
「もう10時間はぶっ通しでやってるんだ!そろそろ皆飯食いにいってる!休まないと体がもたないぞ!」
 確かにこれで10時間くらいか。
 しかしエバンスはその言葉には全く反応せず、ゆっくりと身を起こした。
 今まで撃っていた、長いバレルもっていて、銃口の下にランチャーを取り付けてあるライフルを地面に投げ捨てる。
 そして腰から拳銃を引き抜いた。
「…………え?」
 エバンスはしっかりと両手を添えて黒く艶消しされたそれの引き金を

 バズンッ

 引いた

「のぉうわ!!」
 うそだろ!?
 話しかけながら的の前に出ていたボブは、必死にその巨体を地面に放りだした。その頭の上をヒュンととてつもない音が通り過ぎる。

バズンッ

バズンッ

バズンバズバババババババババババ…

バズンッ

 撃てるだけ撃ちつくした後、エバンスは構えを解いて、少し背伸びをした。
「……ふぅ」
 エバンスが近づきながら撃った弾は正確にボブの頭の上を通って的の随所に当たっていた。
しばらくの沈黙がつづいてから、ボブはキョロキョロしながら頭を上げる。
「…………軍曹!!あんた俺を―」

バズンッ

「うおほい!?」
 意味不明な叫びとともにボブは頭を下げ、その上をヒュンと弾が通り過ぎていった。
「……ジャムった時はコイツが頼りだからな。締めはコイツって決めてんだ」
 エバンスはボブとは対象的にニヤリと笑って拳銃に弾倉をたたきつけた。
「…………」
 ボブはあまり上手く笑えたか自信がない。


「新兵どもはどうしてる?」
 エバンスはキャンプに戻って食事にとりかかる。
 既に食事の時間からは大分すぎていたから、配給食の受取場はすいていた。銀色の缶型、箱型の入れ物に肉やスープが放り込まれている。配給食という割りにその味はまあまあと言ったところだ。
「あんな感じで」
 他の兵士と同じように食事は済ませていたボブはラッキーホープを取り出し、そこから煙草を指に挟みながらキャンプの一角を指した。
「……ぉぉう」
 そこにはがやがやと騒がしく食後を楽しんでいる現地兵士とは対照的に、静かに座り込んだりうろうろしている兵士がいた。それぞれバラバラの動きをしているにもかかわらず、動きの目的は一つだ。
 要するに『意味もなく』。
「……全日訓練は?」
「済ましてあんな感じだ」
「……まぁそんなもんだよな」
「特にアイツ……あの地面に座り込んでいる奴だ。今朝も同じ場所でああしてた」
「…………そうか」
 エバンスは軽く手を上げてボブから離れた。
 食事をのせたトレイを持って座り込んでいるそいつの横に座った。
 しばらく食事を載せたトレイをどうするかでなやむ。結局体育座りをして、そのひざの上に置くことに安定した。
……
……
……悩んでる間に話しかけてくるかと思ったが、座り込んでいるそいつは一切反応しない
「戦場に来て怖いか?」
「…………!」
 エバンスの言葉に隣に人がいることを始めて認識したらしく、そいつは驚いたように目を見開いた。
「名前は何て言う?」
 エバンスは食事をしながら、そいつとは目を合わせずに言った。
 そいつはしばらく黙って、何も考えていないような顔を沈みかけの夕日に向けてつぶやいた
「…………怖くはない……です。よくわからないんです。やり残したことが多すぎて。……名前は……………………名前は」
 そいつはそのぼんやりとした顔を、夕日からエバンスに移した。
 エバンスが目を合わせると、彼は少し笑った。

「フィリップ」


■5

  訓練開始時、ヘリ駐機場に向かった矢先に出鼻をくじくように開口一番言われた。
「いいか、ここへ来たら今までの細やかなメンテナンスは忘れろ」
 幸い頭の方はヘリパイロットになった時点で既にメモリ一杯だったから、忘れろと言われれば喜んで忘れられる状態だった。
 だが戦場に来て学ぶ事はあれど、忘れることがあるとは思わなかったのも事実だ。
「忘れるのですか?……ボブ軍曹」
 やっぱり聞き返した自分を恥じた。
聞き返した俺を見て軍曹は溜息をついたからだ。
「ジェームズ伍長、それは疑問か?…OK、答えてやろう。返答はYESだ伍長。そして理由は簡単だ。『墜ちる奴は墜ちる。墜ちない奴は墜ちない』。俺達はメンテナンスはできてもコイツの…」
 ガンガンとヘリのコンソールを叩く
「耐久力を上げることはできないからだ。AKなら百、RPGなら一発で吹っ飛ぶか墜ちる。乗ってるやつが直接死ぬこともある」
 軍曹は全く物怖じせずにずけずけと『死ぬ』と言った。
 俺はその言葉に一歩体が引けた。『死』は今、リアルに体の周りに溢れて来ていたからだ。戦場とはほとんど『死』とイコールで結ばれていて、だがそれであるにも関わらず絶妙なバランスをもって『自分は死なない』という確信を持っている自分がいる。
 平たく言えば軽い現実逃避というやつかもしれない。
 それが今、ガタリと崩されたようだった。
「歩兵よりマシだなんて考えるなよ。その歩兵を降下させ、救助するのは俺達の仕事だ。」
「それは…教習で習いました」
「なら習ったよな?」
 軍曹はパイロット席にケツを深く押し込んだ。
「その時にRPGにぶち墜とされる確率は半端な数字じゃねぇ……止まっていて、これほどデカイ標的はねぇからな」
……知っている。
 確か任務遂行中の歩兵なんかより数倍危険なはずだ。民兵が相手ならなおさら。奴らは教えられたり学んだりした事をバカみたいに義直にやり続ける。一度RPGでヘリを墜とした奴はその次からもRPGを手に取る率が高い。

 ……それなのになぜ、俺は『死なない』と思っていたのだろう。
 こうやって俺の中にる小さな希望など、押し潰すのは容易なのに。

「……だがまぁ、一つ言うならば、だ」
 軍曹は口調を変えた。
 いつの間にか視線が全然別にな方向に向いてる。
「……?」
 疑問を顔に出した俺には顔を向けずに、軍曹はニカッと笑った。
「ビビるな。確率は所詮数字でしかないし、実際計算上の数字ほど敵が集まってくることもない。SEALの仕事は情報戦だ。戦犯を逮捕するミッションだとか…」
 軍曹は親指を立てた。
「Coolなミッションだよ。一時間で終わるやつがほとんどだ」
「……はぁ」
 そんな話を聞いても、俺の中にある不安は全然消えなかった。むしろ増える一方で、これを言い表すなら……そう

やり残したことがあるような

 黙り込む俺を見て軍曹は鼻で笑った。
「しけた面するなよ。いいか?……」
 そうして沈みかけの夕日から視線を俺に移して、ニヤリと笑いを含んだした口調で言った。
「戦場で生き残る奴らの法則ってのをを教えてやる」



「法則……」
「そうだ」
 エバンスはトレイからパンを取り上げてかぶりついた。
 いきなり隣に来たこの軍曹は、エバンスと名乗っていきなり戦場の常識と言うやつを話し始めた。少々面食らった。
 しかし、渋く蓄えた髯をなでながら口を開く姿は、どこか故郷の父親を思い起こさせるようで(年はエバンスのほうが全然若いが)自然と話を聞くことができた。
「それは……軍曹とか、少佐とか…そういう階級によって決まるんじゃ…」
「あーいや」
 食事の時間も終わりをつげ、随分と騒がしくなったキャンプの中で、エバンスはブンブン手を振る。
「そういうのじゃない。もっと現実的な話だ」
「現実……」
 エバンスはペットボトルのキャップを開けてミネラルウォーターを飲みくだした。口元を腕でぬぐう。
「生き残るのは『死にたくない』奴だ。生き残ることに全てを賭けるからな。判断が鈍らない。部隊の一員としては問題ありだが」
 ふぅっとエバンスは息をついだ。次に彼は風に舞った砂がこびりついた肉になんの躊躇もなくかじりついた。
ジャリジャリととんでもない音をさせてそしゃくする。
「……スパイスみたいなもんだ」
 物凄い形相でそれを見ていたフィリップに軽く手をひらひらさせてさらに続ける。
「死ぬ奴はな、『死ぬと思っている奴』だ。」
 エバンスは水で肉をノドの奥に押し込んだ。
 グビグビと水を飲むエバンスにフィリップは呆れた声をあげた。
「……『死ぬと思っている奴』ですか?」
……そんな奴いるのだろうか?
 なんだかさっきから当たり前の事を言っている気がする。
 「おうよ」と言いながらエバンスは空になったトレイをほかった。
 膝をほおりだすと、ラッキーホープを取り出して口にくわえる。
「火」
「え?」
 エバンスは眉を寄せてくわえた煙草をフガフガ言わせた。
「お前、俺が煙草くわえるだけのはったりだと思ってんのか?」
「あ……ああ、ライターっすか」
 フィリップはどこだったかと服の各部をポンポンと叩いく。
 しばらくかけて。やっと見つけた支給品のジッポを取り出した。
 火をつけて、エバンスのくわえている煙草に近づけた。
「サンキュー」
 エバンスはスー、パーと何度か繰り返した後、うまそうに笑った。
……この人、大丈夫だろうか?
 エバンスは煙草を見つめながら首をこきゃこきゃと鳴らした。
 夕日は既に沈んでいて、キャンプの中は照明がついて照らされていた。とはいえ、エバンス達の座るような端の方はうす暗い。それと比例して喧騒もだいぶ離れていた。
 そのうす暗い中では、煙草の小さな光りが妙に映えた。
「……俺はな、隊に入る前は医大生だったんだ」
………
「は?」
 思わず聞き返したフィリップに、エバンスは目を合わせずに続ける。
「親がな、借金までして通わせてくれたんだよ。俺の将来は最高のルート。医者になって、気立てのいい女と結婚して、家庭も円満。親孝行もする」
 フーと煙草の紫煙をはきだしす。
 紫煙はゆったりとエバンスの頭上をたゆたい、しばらくするとキャンプの張りに向かって伸び出した。
 まるでのんびりとした昇龍のようなそれを、エバンスはしばらく見届けた。
「二百万ドルだ。……俺が医大生になるのに二百万ドルかかった。俺の家は裕福じゃないし、そんな金をだすのは一苦労なんてもんじゃない。借金に、借金だ」
 エバンスはまたふー、と煙を天井の張りへと向かって吹きかけた。
 フィリップはしばらく黙った後、当然な疑問をつぶやいた。
「医者にはならなかったんですか?」
 エバンスはニヤリと笑って、「それだ」と指に挟んだ煙草をフィリップに向けた。
「そうして入った医大では、周りは金持ちだらけでな。俺は一人浮いていた。馬鹿げた話だが、奴らは俺を『貧亡人』呼ばわりしてやがったんだよ。口では友達とは言っていたがな」
「……それが理由ですか?」 
 フィリップが首をかしげながら、エバンスに向けて聞いた。
 友達が原因とはあまりにもガキくさいじゃないか、とでもいいたげに。
 エバンスは首を振った。
「医者になる勉強は続けたよ。なにしろ親は借金までしてるんだ。手一杯だったんだよ」
 だけど、とエバンスは続けた。
 煙草を地面にねじつけて、消した。すぐにエバンズの横顔を僅かに照らしていた光がなくなる。
「ある日俺の数少ないダチの一人が死んだ。すぐに理由をそいつの母親に聞いたら『殉職』したんだそうだ。ダチは陸軍少尉だった。任務中に足静脈を撃たれたんだと。戦場でそれを治療しようとしたが」
 エバンスは足静脈を、人差し指で横一線した。
 フィリップがギョッとしてそれを見る。
「結局ナイフでモルヒネも使わずに切開までされたのに……大量出血で死んだ。体中の血が抜けて、真っ白になってたらしい」
「…………」
 フィリップはいつの間にか足の付け根にある足静脈部分を無意識に触っていた。
 かける言葉も浮かばず、黙り込むしかなかった。
「それから俺はすぐに医大を退学した。泣いて止める親には何も言うことが出来なかった。一番心配していた父親は、さらに軍隊に入ると言ったら卒倒したよ……根っからの文民でな」
 フッと小さく吹き出してエバンスは顔をフィリップに向けた。
「んで、俺は始めての任務に着いた。戦争ど真ん中だ。俺はなんとなくやらなくてはいけない気がして、母親に電話した。母親は故郷でも有名な肝の持ち主で、俺はガキの頃門限の時間に一時間は遅刻していつもひっぱたかれていた。」
 エバンスは足をほおりだして、「煙草なんてばれたらどうなるか」と笑った。
 フィリップはどう反応していいのか困りながらも、小さく笑う。
 エバンスは笑いながら続けた。
「なんでかその思い出ばっかり頭に浮かんでしょうがなかった。俺はやりたくはなかったが、キャンプの端にある電話に恥を忘れて向かいあった。……そうやって電話したら母親は何て言ったと思う?」
 エバンスは人差し指をフィリップに突き付けた。顔は笑っているから、なにか気のいいジョークか何かだろうか。
 フィリップは素直にわからないと無言で答えた。
「『アンタ死ぬ気なの?』ってな。俺は面食らったよ。まさか、そんなはずないよ、って言ったら、『遺書みたいなセリフばっかり言ってるじゃない』だと」
 そう言うとエバンスはガッとフィリップの肩を掴んで引き寄せた。
 驚いたフィリップにエバンスは耳を寄せてささやいた。

「それで俺は気付いたんだよ」
 フィリップには見ることが出来なかったが、肩を掴むエバンスの顔にはもう、笑顔は浮かんでなかった。


「『俺は死ぬ気なんだ』ってな」




「なぁ」
 夕日が沈む前に話したいことがあった。
 キャンプにやわらかく差し込むその夕日が無くなる前に、彼に何かを伝えたかった。
「あ?」
 話し掛けるとエドワードは、不機嫌そうにリチャードから目を逸らして返事をした。
 二人はキャンプの入口の左端と右端にそれなりの距離をとって、向かい合うように座っていた。
 小さなボックスを椅子がわりにしたエドワードの横顔に、夕日が鮮やかなオレンジを射していた。
 その顔は子供の頃から見慣れた『それ』そのもので、なぜかとても安心した。
「修理屋のバイト覚えてるか?」
「……ああ」
「ハイスクール卒業したらやること決まらなくてさ、電話帳開いて、適当に指差したところがそこだったんだよな」
 ぼんやりとそんな下らない事を呟いていた。なにかもっと違う、重要なことを話したかったのに。
 でもそれが何かはわかってはいなかったのだが。
「……ああ」
 エドワードはまったく同じ返事をした。
「エドワードは整備が下手くそで、俺は運転が下手くそで、全然役に立たないでよく殴られたよな」
「……ああ」
「いつだったかエドワードが整備した車を俺が運転した時があったよな。……そうだ、あれは確かボスのお気に入りの車だったんだ。エドワードが整備してたら車が煙上げてさ、ボスがカンカンに怒り出して車を車庫に入れておけって怒鳴り散らしたんだ。それで俺がしょうがなく、車を車庫になおそうとして動かしたら――」
「お前はギヤを入れ間違えて今度はボスの新車に突っ込んだ」
 エドワードは先程の不機嫌そうな顔を幾分か和らげていた。少し笑い、何も見ていなかったその目を久しぶりに動かした。
「そうだよ! あの時は笑ったよな……首になったけどさ。それで――」
「リチャード」
 エドワードが反応したことに元気づいて、さらにまくし立てようとしたところでいきなり遮られた。
 え、と呟いたリチャードにエドワードは厳しい顔を向けた。
「ここで止めておこうぜ」
 そう言ってエドワードはまた目をどこにか向けてしまった。
「な……何でだよ」
 リチャードは戸惑った。
 声はおそらく、震えていた。
「……また、帰ってきてから話せばいい。……そうじゃないのか」
 エドワードは何かを吐き出すように呟いていた。
 既に夕日は沈みかけで、もう半端な明るさだけしか残っていなかった。
「リチャード。お前……朝からずっと思い出話ばっかして、何する気だよ。その話も、今朝話してた」
 半端な夕日が僅かにエドワードの目元だけを照らしている。
 リチャードはそれを見て、なぜかその目を恐れ出していた自分に気がついた。
 さらに震える声を上げる。
「何って……」
「全部話したら、お前どうなるんだ。戦場にいったら、お前何する気だよ」
 エドワードのその目は、いつの間にかリチャードを見ていた。
 夕日は消えて、暗くなったその中にエドワードの双眼は、鈍く光っていた。
 リチャードは口を開くことが出来なかった。
「リチャード」
 双眼が細く、睨み付けるように深い光りを宿す。
「生きて、帰るんだ」

うなずくこともできず、答えることもできず、なぜ自らが兵士であるのかだけ、暗い世界に問い続けていた。

夕刻が終わりを告げた

そうして夜が来て、朝日が昇った。
兵士達の顔を、朝日が照らしす。
朝日は、これからの未来を示すように黒く無機質なそれを照らした。
照らされた、命を奪うためだけに作られたその『銃』という存在は

何も言わず、もう僅かな距離に迫った自らの出番を待っていた。



■6



 どこまでも続く砂漠。
 その先にある地平線から、眩しい程の日の光りが顔を出した。その日の光りは、砂漠中に広がっていく。
 そして砂漠の中にある兵士達のキャンプにも、光はやって来る。
 望む、望ざるには干渉せず。
「グッモーニングソルジャー」
 日の光りは、キャンプの入口から一メートル足らずまでしか入ることができなかった。その先には、僅かな光りのみしか存在しない薄暗い世界が広がっている。
 テント内は極力光りが漏れないように、光源がつけられてはいなかった。
「サー! 少将殿! グッモーニング! サー!!」
 その薄暗い中では男達が、綺麗に整列して、一人の男に最敬礼をしていた。
 六名八チームが二つ。総勢九十六名。
 アメリカ海兵隊特殊部隊SEALと陸軍特殊部隊レンジャー達だった。
 その彼等のいるキャンプの中は、相変わらず雑然としている。
 輸送されてきたボックス、コップ、食器、歯ブラシ、聖書、トランプ、煙草……その、いつも通りの情景の中で唯一、不自然にポッカリと空いている空間があった。
 何かを縦に立て掛ける為に設置されているその空間には、赤い文字で注意書きがしてあった。
『Please multiply the safety device and maintain all magazines in my bulletproof jacket. Please maintain it before it puts it away to shoot it soon in the emergency. Please do after it looks up at the superior officer's instruction when using it …… However when the duty begins this section is omitted …….(安全装置を掛け、全ての弾倉を自分の防弾チョッキの中に保持していて下さい。緊急時にはすぐ撃てるように、しまう前に整備を行って下さい。使用時には、上官の指示を仰いでからにして下さい……ただし任務開始時にはこのセクションを省略して……)』
 兵士達の手には、普段は立てかけなければいけない、それが握られている。
 殺す、それに特化した存在。
 黒光りする、銃を。
「私から君達へと伝えることはほとんどない。君達には今まで訓練してきた事を発揮し、任務を遂行して、生きて帰ってきてもらいたい」
 僅かに白い髭を生やし、サングラスをかけたた少将はそれだけ言うと黙り込む。
 彼はしばらくかける言葉を探す様に、兵士達の顔を見渡した。
 そしてサングラスをゆっくりとはずし、ノドの奥に何かが詰まるっているかのような口調で話した。
「君達の幸運を祈る。生きてここまで帰る事を頭の中にしっかり入れておいてくれ……フーアー!」
「フーアー!」
 兵士達が掛け声を返すと、少将はきびすを返して、異変が悟られないように故意的に暗くしたキャンプの奥へと去っていった。
「部隊長は作戦企画テントへ! 他の者はミッションの準備にとりかかれ!」
 現場指揮をヘリからとるという大尉が叫ぶようにして号令をかけると、整然と整列していた兵士達は、素早い動きでそれぞれの場所へと向かって行く。
「ツイてないな」
 その中に混ざっていたエバンスは、キャンプ入口から、向かって東側にある作戦企画テントへ向かう為に入口へと向かいながら呟いた。
「え?」
 一方集合場所とも使用されるキャンプの入口から向かって西側にある、ただっ広い訓練場に向かう為に同じように入口へと向かうフィリップは、その言葉に疑問付を浮かべた。
「いや、何?……少将があんなふうにつまるのなんて見たことなかったからな…」
 エバンスは「あ〜あ」と残念そうに息を吐いた。
 その表情には変化はないが、口調は随分沈んでいる。
「……どういうことですか!?」
 キャンプの入口を出て、別れる直前で気になったフィリップは声を張り上げて聞いてみた。
 あぁん?とエバンスは答えた。
「ジンクスだよ」
 頭をガシガシとかきながら振り返った。
「生きるか死ぬか、あの少将にかけてんだよ」
「…………」
 エバンスとフィリップは同じチームに所属することが昨日の内に決まっていた。
 それを幸に思ったのは間違いだったのだろうか。

「紙とペンをやろうか?」
 就寝前、『一応』仕切を作ってあるだけの、狭い部屋の中。ギュウギュウに四人が、一 人部屋につめられている中に、フィリップとエバンスはいた。
 コンクリの床に布を引いただけの寝床の前で、フィリップに紙とペンをひらひらさせながらエバンス聞いていた。
「……何に使うんですか?」
 既に周りの人間は寝ていることから、声はかなり絞ってフィリップは答えた。
 エバンスはなぜか、つまらなさそうな顔をしていた。
「……別に、なんでもない。ただ俺の始めての実戦の時には必要だったからな」
 エバンスはそれからしばらくブツブツ言い続けて、「せっかく同じチームのよしみで…」とも呟いた。
「……同じチームだったんですか?」
「なんだ」
 エバンスは拍子抜けしたような、力の抜けた顔をフィリップに向けた。
「知らなかったのか?」
「まだそんな話は出てなかったッスから」
 エバンスは「ふ〜ん」と、自分から聞いておいて、興味なさそうに唸った。
「まぁ、いいや」
 それからもう一度紙とペンを取り出した。
「本当にいらないのか?」
 フィリップは呆れてそのまま寝床に着いてしまった。

 結局あれはなんだったんだか……
 紙とペン。……遺書でも書けと言うのか。しかし、それでは昨日の話と矛盾するではないか。
 フィリップがそんな事を考えながら歩いていると
「……?」
 遠くに見知った顔を見つけた。
「ジェームズ?」
 よく目を凝らして見てみると、やはりあの気の強そうな顔はジェームズだとしか思えなかった。
 どうもヘリポートへ向かう気らしい。周りの雑然とした中に混じった彼の姿は随分きびきびしている。
 ふと、ジェームズがこちらを向いた。
「ジェームズ!!」
 フィリップが大声を上げると、ジェームズは驚いた様に目を見開いた。
「…………」

しかし、その刹那の後には、彼はただ、フィリップ見ながら歩くだけだった。

ゆっくりと

歩く

 フィリップもなぜかそれ以上はなしかけることが出来なくて、ただ黙り込みながら数十メートル離れたジェームズと同じようにただ、歩くだけだった。
 視線がゆっくりと、離れていく。
 明るい日の光は、しかしながら彼らの目元までしか照らすことが出来ず、僅かに目を細めている彼らの感情までは照らせない。
 フィリップの心臓は、なぜかその瞬間、ひどく跳ね上がっていた。
 その原因はわかっていた。
 『恐怖』だ。
 緊張とも言い表すのかもしれないそれは、体の奥底から、冷水にジワリジワリとつけられていくかのような感覚をフィリップに与えていた。


「ミッションの説明を行う」
 作戦企画テントとは名ばかりの、砂漠の風と、嵐のためにボロボロになった布を四つの鉄の支点にかぶせてあるだけの設置テントの下、長い楕円形をした机を数人の男達が囲むように集まっていた。
「…………」
 男達の中にはエバンスもいる。
 その机の先、中心となる場所には、少将が腕を組みながら睨むように男達に口を開いていた。
「今回のミッションは戦犯者の逮捕を目的とする。……まずはこの地図を確認しろ」
 少将は自分の後ろにあるブラックボードに貼り付けてある地図を指差した。印刷されたばかりの白と黒だけのシンプルな地図だ。
 地図はいくつかの建物がまばらに存在するもので、大きさはすべての建物がバラバラだった。だが、建物の位置はそれなりの統制が取れており、大きな主道を中心に左右に建物が存在している。さらにその主道は、北進すると十字路に突き当たっていた。
「この、南から北へ向かう主道を中心に、建物が存在しているのはわかるな?」
 少将はゆっくりと人差し指を、地図上を移動させながら説明していく。
「そしてその先で……西から東へ向かうさらに大きな主道と十字路を結んでいる。ここを東へ曲がり……しばらく行ったところが目標だ。」
 少将はコンコンとその建物を叩いた。地図上では一際大きな建物で、ぽっこりと屋根つき階段が飛び出ていた。ちょうど学校の屋上にあるアレだ。
また、大きいと言ってもその地区は高級職専用の敷地なのか、目標の建物以外でもそこそこ大きな建物が目立つ。
「ここに戦犯者が二十四名潜伏していることがこちら側のスパイによって確認されている。全員がそろう時間はほとんどなかったので、手をこまねいている状態が続いていた。だが」
 少将は机の上に散乱していたコピー紙から一枚を取り出した。
「一週間前、今日この目標の建物で重要戦犯者全員が揃って行われる会議があることをスパイが掴んだ。……これがその書類だ」
「少将殿」
 少将が書類をブラックボードに貼り付けたところでエバンスが右手を上げた。
「……どうした軍曹?」
「昨日来た新兵の話では、彼らは『カフジ掃討作戦』に参加するために来たと話していますが」
 エバンスは目を細めながら遠慮なしで、つぶやくように言った。
 少将は僅かにエバンスを見る目に力を入れた。
「我々には時間がなかった。いちいちこの作戦を説明している暇はなかったのだよ」
「では、この作戦が極秘でおこなわれる理由はなんなのですか。」
 無表情に質問をしたエバンスに、少将は一言一言をかみ締めるように言った。
「……それは極秘事項だよ、軍曹。君はこの作戦に意義があるのかね?そうならば外れてもらってもかまわないのだが?」
 そのいやみたっぷりの言葉にエバンスは「なるほど」とつぶやいてから、軽く肩をすくめた。
「……意見が出ないのなら、ミッションの説明をつづけたい」
 男達を再び睨みつけるように見た少将は誰も手を上げないことを確認すると、再び口を開いた。
 地図にペンで矢印を書き込んでいく。
「まずヘリでこの建物にSEALの第一部隊が襲撃をかける。その間に、この……南から北へ向かう主道をSEALの第二部隊が制圧。最後にレンジャーがハンビィーとLAV-25歩兵戦闘車で目標へ突入。戦犯者二十四名全員を回収後、速やかに撤退。ヘリはミニガンを装備した攻撃ヘリ四台、ブラックホーク設置型バルカンを装備済み四台。車両はハンビィーを五台、LAV−25歩兵戦闘車が二台だ。アパッチの要請も行ったが小規模な戦闘に使うよりカフジ攻略に使いたのが本音らしい。断られた。部隊構成だが……第一部隊をSAELで六名四チーム、第二部隊をSAEL、レンジャー混合で六名六チーム。第三部隊を六名八チームだ。昨日のうちに顔合わせは済ましてあるはずだ。それほど戦闘に支障が出るとは思わないが、ここへ初めてきた新兵が多い。既にミッションをいくつか行っている君達には踏ん張りどころだ……頑張ってくれ」
 「以上だ」と少将は男達を見回しながら言った。
「この任務の最重要点は戦犯者の『逮捕』だ。交戦協定を守れ、人質を取るな、極力一般人を巻きこむな。逮捕して、撤退することだけを考えていけ」
 少将はそう言った後「後は各自別個で作戦の説明がある」と補足し、一口置いてあったコーヒーを含むと、男達を監視するようにそのまま黙り込んだ。
睨まれた兵士達は少少困惑しながら顔を見合わせた。しかし、すぐにブラックボードに集中する。
―少将は気になるが、任務内容のほうが重要だ。なにせメモ帳すらないのだ。

……
…………
…………
 沈黙がしばらく続いた。
 その場にいる誰もが作戦の確認と、概要を掴むことに集中していた。

「……生きてここへ帰ってくる」

 その沈黙をエバンスの呟きが静かに崩した。周りにいた隊長兵士達が驚いたように彼を見る。
彼は苦しそうに歯を食いしばっていた。
「お前達も、その事を忘れるな」
 そうしてつぶやいた後、エバンスは少し、自分のつめをかんだ。

■7

 
 ただっ広い訓練場では、砂と目標となる黒い的ぐらいしか無い。
 普段と違うのは、集まった彼等が手に持った銃を一切使わずに、静かに整列しているところだった。
 レンジャー部隊の現場指揮をとる小太りの(とは言っても筋肉でそうなっているのだが)大尉は、自分の前に整列している兵士達に怒鳴り付けた。
「ミッションで使う銃器の説明を行う! テメェらの頭ににへばりついたオムツを俺が取ってやるんだ! しっかり聞けよ!!」
「サー!イエッサー!」
 集まった数十人の男達は怒鳴るように答えた。
 それを見ながら大尉は思う。

―威勢だけはいいな。

「まずはコイツからだ……よこせ」
 大尉は兵士の中の一人から銃をむしり取ると、その安全装置をはずした。
 黒いアサルトライフルで、細身の銃身をしている。銃口から手元まで段々と太くなっていて、構えた時ちょうど左手で支える部分には穴が空けられている。さらにその下の部分には、人の腕くらいの太さの筒が装着されていた。
 大尉はガチャガチャと弾倉を取り外した。
「M203擲弾発射器付きM-16アサルトだ。装填数は三十発。」
 ガチャンッとまたその弾倉を装着した。
 次に銃身横にある、まわすタイプのスイッチをいじりながら兵士達に見せた。
「この切り替えスイッチは安全装置も兼ねていて、切り替えるとバーストと……」
 大尉は片手で構えて

バババンッ

 その状態から、いきなり銃をぶっ放した。

 撃たれる!?と感じた兵士達の「うわっ」と反射的に頭を下げる前を、弾が三発、連続して一瞬の内に通りすぎていった。

―いつものように撃つのと、撃たれるとは全然違うぞ

大尉は笑顔で兵士達を見る。
 兵士達は驚いて、頭を伏せながら、大尉の顔を目を見開いて見た。
 そしてその顔が笑っていることに気づくとサッと顔を青くした。
「……シングルの切り替えが出来る」

バガッ

 大尉は、兵士達の一連の流れなど一切無視して、説明を続けていた。
 今度は弾が一発、兵士達の前を通り過ぎて行った。
「ついでに擲弾発射用の照準を叩き上げてっ!!」
 大尉は銃身の上の部分にある三角形の照準をあげて、横のスイッチをいじくった。
 ビーンとバネを弾いたような音がすると、銃口の下にある擲弾発射器から黒い塊が飛び出す。

……
……

ボズンッ!!

 腹にくる音がすると共に、遠くにあった黒い標的に無数の大小様々な穴が開いた。
 中には完全に首が吹き飛ばされているものもある。
「…………」
 いきなりの出来事に、兵士達はぼんやりと下げた頭を上げるぐらいしかできなかった。
「それからコイツ……」
 大尉は銃を投げて兵士に返すと、今度は自分が肩に担いでいたゴツイ銃を地面に設置した。
「M-60D機関銃だ。引き金を引いたら引いただけ弾は出てくるぞ。装填数は二百発」
 かなりゴツイ銃で、銃口以外は全て太い。全体的には格ばった印象で、銃身の横からは弾が連なって垂れていた。
「ランボー知ってるだろ?アイツが馬鹿みたいに撃ちまくってるアレだよ」
 その言葉に兵士達がひきつった笑いをあげ―

バババババババババババババババババババババッッ!!!!

「うわあ!」
 ようとして、やっぱりいきなりぶっ放した大尉のせいでビクリと頭を下げた。
 全弾撃ち終えた大尉は腰に手を当てて呆れたように顔を渋らせた。
「なぁにビビってんだ」
 銃を肩に担いで場所を移動し始めた大尉は、兵士達のケツを蹴り飛ばした。
「いつも撃ってんだろうが」
そうだ。
 いつも撃っているのにも関わらず、なぜ自分達が怯えなければいけないのか、兵士達自身がよくわかっていなかった
 ―まったく、こいつらは何をやっているんだか。
 そんな自己嫌悪にも似た彼らの姿を見て、大尉はやはり、説教の必要性を感じた。
 二年も前、PKOの派遣先で自分もされたように。

 『……士気とは、戦場では重要な地位を占めるものなのだ。生死と士気は、まったく同じものだととってもいい。士気が下がれば死ぬ。上がれば生きる』

…まあ、いい。どうせそのために自分はココにいるのだ。
「ひとついいことを教えてやろう」
 大尉は機関銃を両手に抱きかかると、いきなり空に向けて高く手を掲げた。
 また!?
 とびくっと体をひかせた兵士達を尻目に、大尉は馬鹿でかい声で叫んだ。
「ビビッたら、怖くなったら叫べ! フーアー!!!」
 …………
 しばらくの間、兵士達の耳をふさぐ姿と、バカみたいに叫び続ける大尉の姿がキャンパスに描かれたように止まっていた。
 しばらくすると大尉はチラリと兵士達に振り返った。
 「どうした?」
 …………
―「どうした?」って…
 どう答えればいいのか。兵士達は伏せながら考える。
 大尉はとにかく叫ぶだけだった。
「叫べよ! フーアーーーー!!!」
「……フーアー!」
「もっと叫べ! フーアーーーーー!!!」
「フーアーーーーー!!」
「もっとだバカ! フーアーーーーーーーー!!!」
 大尉は、二年も前、PKOの派遣先で自分もされたことを兵士達にただただ行わせていた。
 
 そういえば自分に士気という存在を教えてくれた人は、死んだのだった。
 彼の士気は、その時高かったのか、低かったのか。 


 彼は一休みすると、またでかい声で叫んだ。
 兵士達も呆れたように合わせて叫ぶ。
 
 ―ただバカみたいに叫んで何が悪い 
 
 この中で何人が無言で帰ってくるかなど、考えたくはないのだから。


「ヘリについては説明しなくても知り尽くしているよな!?」
 遠くから地上部隊がバリバリと撃ちまくる音を聞きながら、ボブはその音に負けないように声を張り上げた。

 ―ビビるな、恐れるな

「ブラックホークを知らなきゃそいつはSOFですらねぇ! 輸送に特化したコイツと」
 ガンッと乱暴に真っ黒なヘリを蹴った。
「生きてここに帰ってきたかったらテメエの目をヘリの目にしろ!」
サーイエッサー! とボブの周りに集まった兵士達は敬礼する。
 これは昨日の『教育』の賜物だ。
 昨日、ヘリの教習に来たパイロット達にはそれなりに教育を仕込んであった。
 まず、返事は『サーイエッサー』
「本当にわかってんだろうな!」
 ボブは苛立っているようにうろうろしながら怒鳴り散らした。
 いや、実際にはこれは有効な教習だ。かれなりのやり方なのだ。

―命令を守れ、背を向けるな

「360°目を配れ! 先に見つけないと気付いたときには叩き落とされることになるぞ!」
「サーイエッサー!」
 もうやけだと言わんばかりに、再度兵士達は敬礼した。その声は今や完全に銃撃音に勝っていた。
 ボブはさらに怒鳴る。
「機頭から向かって左側が機銃の位置だ! 敵には必ず左側を向けろ! いいな!」
「サーイエッサー!」
「攻撃ヘリについては昨日話した通り、ミニガンと搭載ミサイルが常備装備だ! 突入部隊を降下させた後は必ずブラックホークの援護にまわれ!」
 ボブの後ろには攻撃ヘリが重鎮していた。ブラックホークと同じように真っ黒だが、全体的に丸く、機体頭部にはミニガンと称されるバルカン砲がついている。

 ―勝者になりたければ

 ボブはもう一度確認を入れる。
「いいな!」
「サーイエッサー!」
 ボブはしばらく隊員達全員を睨んだ。

―例えどんな手を使ってでも

 つぶやくように言った。
「お前らさっきからイエッサーイエッサーって本当にわかって返事してんだろうな……」
ボブはニヤリとした。
……
………
…………

…っくはは

 その顔を見て話を聞いていた兵士達は吹き出した。
 一気に笑いが広がっていく。
 ボブもニヤつきながら怒鳴った。
「よーし! お前達全員が理解しているようだからもう一つ覚えてもらう!」
 ボブは相変わらずわらずニヤついたまま、兵士達全員を見渡した。
 兵士達はしばらく笑ったあと、静かになる。

―生き残るしかない

 そして怒鳴った。
「全員生きて帰ってこい!フーアー!!」
「フーアー!!」
 兵士達は頼もしく笑った。
 例え心の中が恐怖におののいていても、それを見せれば『死』という魔物は嗅ぎ付けて来るのだから。

 

 演技であろうと、士気をあげ続けるしかないのだ。
 それは延々と続く波の打ち返しのように終わらない。
 

■8

 朝、随分と眩しかった太陽がだいぶ頂点へと向かって上がっていっていた。
 その日の下には、いつもとは雰囲気が違うキャンプがある。人があらゆるところを走り回り、怒鳴り声が響く。

「チームごとに別れてヘリに乗り込め! レンジャーは第三部隊だぞ!」
「ハンビーに乗れるのは六人だ!確認して乗り込め!」
「装備を確認しろ! 最低でもグレネードとM16は持って行けよ!」

 ハンビー……屋根の真ん中に機銃を設置した銃手用の穴がある装甲ジープで、砂漠迷彩塗装を施してある……のエンジン音とヘリの駆動音、そして兵士達の怒号でキャンプはにわかに騒がしくなっていた。
 ミッションに関係する兵士は皆、装備をかためて乗り込む機体に向かう。心なしか、それとも彼等自信の無自覚な切迫感か、歩みはひどく早足だ。
 誰しもが口には出さないが、キャンプの緊張は高まっていた。

「マガジンは幾つ持っていけばいいんだ……くそっ――目安なんかねぇからわかんねぇぞ」
 キャンプの中の武器保管室から取り出された武器を、整然とならベた机を前にしてフィリップは混乱するしかなかった。なにせ訓練で使用したことも無い物も多々あり、中には戦争規約に違反するのではないかと思うものもある。周りの多々いる新兵達も同じの様だった。手に持っては首を傾げて机に戻し、戻してはまた次のを手にとって首を傾げる……を繰り返している。
 しょうがなくだいたい使った事がある物を腰に吊していく。
 手榴弾、煙幕、スタングレネード、マガジンを六つ、……少し迷ってから一応教習通りに暗視装置をポシェットに詰めた。
 フィリップは全身迷彩姿で、頭にはヘルメットとゴーグル。肩にはM-16アサルトをかけて、腰には机から取りあげた投擲武器を下げていた。さらにチョッキの個別に別れている六つのポケットの中に、マガジンを全てほうり込む。最後に左腰のホルスターに単発銃をねじ込んだ。
「…………」
 フィリップは自分の姿を深呼吸しながら確認した。
 ジェームズと睨み合った時のあの感覚が、背中から蘇っていた。
 冷水につけられたような感覚。そして心臓が鼓動を激しくする。
――ビビってんのか、緊張してんのか……
 肩に何かがカタカタと当たった。
 「……!!」
 ハッとして見ると、銃の肩掛けの革紐を握る手が震えて、自分の肩を叩いていた。
――畜生! 瀬戸際にまできてこれかよ!
 ギュッと手を握りしめる。それでも手は震えるのをやめなかった。
「お前はSEALか!?」
 そんな彼の肩を後ろから走って来た男が掴み、振り返らせた。
 突然のことに驚いて振り返ると、現場指揮をヘリからとるというあの大尉だった。
 驚きながらながらも、フィリップは答える。
「自分はSEALです! 第二部隊に所属されました!」
「ならハンビーに急げ! もう出発するぞ! たかが一時間の任務の準備にそんな時間をかけるんじゃない!」
……
――……そうだ
「サーイエッサー!」
 フィリップは敬礼をし、怒鳴り返した。出発が迫った為に起動した、懐かしいヘリの駆動音の中だ。叫ばなければ聞こえなかった。
「敵をぶっ殺しに行きます!」
――たかが一時間だろう
――一時間だけ生き残るために戦えばいい
――楽勝だ
「気負うなよ!命令したらちゃんと同じ方向に撃つんだぞ!」
 大尉の含み笑いを背中に聞きながら走り出した。
 キャンプから飛び出すと随分と高く上がって暑くなった太陽が目に染みた。コンクリで固めた地面が蒸し返して熱い。
 ハンビーは何処だと周りを見回す。考えて見れば場所を聞いてなかった。
「ヘイ! フィリップ!」
 声がした方を振り向くとエバンスがハンビーの中から手を振っていた。片手でドアの縁を掴み、乗り出した身を器用に支えている。
「こっちだ!」
「イエッサー!」
 銃を走りやすいように両手に持って走る。
「遅かったじゃねぇか!?逃げる準備かよ!?」
 エバンスはゲラゲラ笑いながら走って来た彼を引き込むようにハンビーに乗せた。
「そんな訳ないでしょう!」
 フィリップが腰を無理矢理車の中にほうり込むのを見ながら、エバンスはクククと笑った。
 ハンビーの中には四人の兵士が既に乗りあわせていた。
 三人座る後部座席の、運転席に向かって左側に座る少年のような顔をした男が手を突き出した。
「レンジャーのチャーチルだ! よろしくフィリップ! SEALと組むのは始めてなんだ!」
 フィリップもその手を握り返す。
 そして返事を返そうと息を吸い込むと、運転席からいきなり馬鹿でかいアナウンスが飛び込んで来た。
「真後ろで熱い友情劇が繰り広げられているこのハンビーにお乗り頂きありがとうございます! 皆様を安全に戦場へとお連れするぅ、星条旗印のソルジャー専用車にようこそ! 本日のパイロットはぁ!!」
 狭い運転席でガタガタと無理矢理体を動かした、いかつい顔の男がフィリップの胸倉を掴んだ。
「ウィルソン・マクガイン機長だ! どうぞ戦場までの短い間よろしく!」
「……新兵をびびらす原因だぜ」
 エバンスがフッと吹き出して笑う。
 フィリップは、残念ながらそれとは対照的に少々戸惑いながら答えた。
「よ……よろしく」
「さぁて」
 エバンスはヨッと腰を上げてハンビーの天上にのぼり、銃手に着いた。外から見ると、ハンビーの上から機銃と共にポッコリと頭が飛び出ているようだ。
 エバンスはそこから少し顔を下に向けた。
「そろそろだ。コード『ミクスド』だぞ」
 チャーチルはそれに「楽しみだな」と、武器を確認しながら嫌そうな顔でかえした。
コードとは『暗号』の意味だ。軍内部ではいろいろなことに使われるが、今回のは『作戦開始の合図』として使っている。
「おい見ろよエバンス! 少将殿直々に送りだしだぞ!」
 ウィルソンがいきなり(いきなりが多いのは彼の性格なのだろう……とフィリップは思った)大声をだした。眉根を寄せながらキャンプの方向へ指を指す。
 つられてキャンプの方向をみたエバンスは「へっ」と苦笑した。表情は微妙なところだが、どう考えても楽しそうでも、嬉しそうでもない。
「マジだぜ……」
 エバンスまで嫌そうな声を出すので、何気なくウィルソンの指の先を見ると、少将が腕組しながらキャンプ前に立っていた。
「こりゃ本格的だな……」
 例の『賭け』というやつだろうか、彼等の顔は一様に渋い。

……昔からジンクスに頼りたいのはわからなかった。フィリップの彼女や友達が下らない占いなんてもので一喜一憂している姿を見るたび、彼は不思議な気持ちになったものだ。
 
 だが、朝おきたら聖書を手にしていた自分がいたのも事実だった。
 
 フィリップは宗教家の跡継ぎでもなければ、敬虔なクリスチャンでもない。ただ読んだだけだ。
 いや、理由なんてない。そう、そんな理由付けなど。
 理由があるとするなら、何のために聖書など読むのだ。
 こんなたった一時間のミッションじゃないか。

「……楽勝だ」
 彼はその根拠を頼りにいつの間にかつぶやいていた。
 視線の先には少将が腕を組みながら、サングラスの下の目で兵士達を見ている。
 その目を見ることは出来ない。サングラスはただ、真っ黒だ。
「……楽勝…だ」
 
 たった一時間。

 その言葉の次に続く言葉は言わなかった。
 理由なんて、ない。

 そんな彼を、エバンスはじっと見ていた。

■9



AM11:30


 『全部隊に入電。作戦本部よりコード『ミクスド』発令。繰り返す。コード『ミクスド』繰り返す……』




 ヘリに乗り、任務開始のコードを待っていたジェームズは、通信を聞いて後部座席に座る兵士たちに声をかけた。
『いくぞ! 舌を噛むなよ!』
 後部座席に座る兵士達は銃を握りしめながら答える。
「フーアー!」
「フーアー」
「フーアー…」
 バラバラに答えた彼等の顔は緊張や恐怖、義務感……数々の感情で歪んでいた。
 SEALだけで構成される第一部隊…任務中は「キロ」とよぶことになると通信があった…はほとんど本国から来た新兵のみで構成されるため、始めて実戦投入される者ばかりだった。
 ジェームズのヘリに乗る部隊などは完全にこの典型で、六名全員が実戦が始めてだった。
『メイ14ブラックホークテイクオフ』
 ジェームズは通信を入れてヘリを軽く浮上させた。
 ヘリのバタバタという音が僅かに変わる。ヘリポートに残っていた砂が舞い上がり、地面から十センチ程浮かんだ。そして他の四つの機体と同時に機首を右にむける。

 ヘリの群が一斉にキャンプを飛び立った。

 ぐんぐんと編隊を作りながら前進し、地面から離れていく。地面がまるで急流の様に流れていき、しだいにその地面も小さなオブジェへと縮小されていく。
 そしてそれと同時にフワフワとした浮遊感が、ぐっと重力を含んだ勢いに変わり、ヘリの兵士達にぶつかった。
「……っ」
 その衝撃に、胸が軽くながらも圧迫されて、小さく声が漏れる。
 地面へと目をむければ、小さな緑色のキャンプと、その周りを取り囲む様に敷かれたコンクリが見えた。それ以外はただただ砂漠が広がっている。
 ……いや、上空へと上がることによって視界が広がっていく。ちょうど機首の方向へと目を向けると、やはり小さくだが、大小の建物の連なる街が見えた。
「あれが目標のある街か? 意外に近いな……」
 後部座席に座る、先ほど怒鳴って返したエイバーは向かいに座るマーチンへ顔を向けた。マーチンは手にしていた聖書をゆっくりと目線から外す。エイバーをチラリと見てから窓から外を見て、見えた街に目を凝らした。
「……あの中のどれが目標の建物なんだ?」
 数が多すぎてわかりやしない。とマーチンはぼんやりとした表情でつぶやいた。それは答える者などを必要としない疑問だった。
 エイバーはそれに答える気があるのかないのか、「さあな」と呟きかえし、指を街へと向けた。
「……見ろよマーチン。火事か? 煙が巻き上がってやがる」
 街にはなぜか各所で煙が巻き上がっていた。それも一つや二つじゃない。
 その黒い煙へと猛スピードで近づく、ヘリの激しい揺れを感じながら二人は誰に言うでもなくつぶやいていた。
「気味が悪い」



 そんな後ろの会話を聞き流しながらジェームズはヘリを進ませていた。
「……」
 どう言い表せばいいのだろうか。この感情を理解できる人間がどこかにいるのならすべて吐き出してしまいたい気分だった。

 彼の視線の先にはエドワードがいた。

 ジェームズのヘリの僅かに前を飛ぶヘリの後部で、入口から足をブラブラとさせてエドワードはいた。
 彼は何も言わなかった。当然無線があるのだから話は出来る。それをしないのは話すべきことが無いからだろうか。
「……」
 いや、話すべき事の言葉をもたないのか。
 ただ視線が交錯するだけだ。
『残り5分だ!』
 無線から大佐の声が響いた。周りを見るが、大佐らしい姿は目に入らない。どうも自分達よりかなり高い所を飛んでいるらしい。
 視線をエドワードに戻すと、彼はもうジェームズを見ていなかった。前を見ていた。一体何を思い、考えているのか。ジェームズには計りかねた。頭も体もぼんやりと霧がかかっているようだった。
 ひどく体が遠い。
 自分の体じゃねぇみたいだ…
 まるで遠く離れた所から自分が体を見つめていて、全くの他人が自分の体を動かしているようだった。
 腕の動かし方すら忘れかけている。いつもはどのように動いていたのかと記憶の渦の中を覗きこんだが、そこには底無しの暗闇があるだけだった。
『残り三分!』
 無線の声が響いた。


 エドワードのヘリは随分と静かだった。
 いや、実際には騒がしいはずだ。事実、ヘリの駆動音はバラバラと騒がしく、重い重低な騒音を立てている。
「……」
 静かなのは彼の思考だ。彼の耳にはキンとした耳鳴りが張っていて、なぜか妙に静かだった。
 唯一、耳につく鼓動音だけが響く。
 心臓は馬鹿みたいに動き回っていた。一鼓動ことに銃を握る指がピクリピクリと動くほどだ。
「……天にめします我らが神よ」
 ギュッと銃をにぎりしめた。目線は街へとそそがれる。
「……我に、力を」
『一分だ!』


「我に、力を」


「エドワード……大丈夫…か?」
 ふと、肩に手を置かれた。振り返るとリチャードがひどく弱々しい顔で自分を見ていた。
「……大丈夫だ」
『ヘリ降下開始!』
 ヘリが離陸したときとは逆にスピードを上げながら降下していく。小さなオブジェは見る見るうちに大きくなっていき、作戦説明で見た地図そのものになっていく。地面はそれに合わせて急流の様に流れていった。
 それを見ながらエドワードはリチャードに強い口調で話した。
「生きて、帰るぞ」
 ヘリは一際大きな茶色い建物……兵士達のミッションの『舞台』となる上空で完全に空帯した。
 ヘリの中にいた軍曹がロープを外にけり出した。ロープシュルシュルと地面に落ちる。


『行けっ GO! GO! GO! GO!止まるな! 行けっ』

 リチャードが頷くのを見るか、見ないかの瞬間でエドワードの耳にやっと音が届いた。
 ヘリのプロペラの、鉄板を金づちでおもいっきりぶっ叩いたような音が久しぶりのようにエドワードの耳をぶん殴った。
 それを振り払うかのように銃を肩にかけ、エドワードはロープを握った。
「神よ! 我に力を!」
 そして一気に滑り降りる。



AM11:45

『目標への攻撃開始。繰り返す、目標への攻撃を開始しろ。第二、第三部隊はキャンプを離れて作戦を開始しろ。目標への攻撃を開始。第二、第三部隊は……』




「周囲を確保しろ! 360度だ! いけ!」
 次々と降下する兵士達の先頭、エドワードはヘリの上の軍曹の言葉通りに、左や右に銃をすばやく向けながら周りの確保を開始する。
 建物の右側に大きな道がある以外は、建物に囲まれているその目標は、やはり地図で確認したとおり、二階建てで、ぽっこりと階段を雨風からしのぐ屋根が飛び出ている構造の屋上になっていた。その屋上を銃を構え、走りながら周囲の安全を確認する。
 降りてくる兵士兵士が同じく周りの状況を確認していく。バラバラと騒ぎ立てるヘリの音と、舞い上がる砂と共に。
 屋上を確認したら同じ高さの隣の建物、建物と建物の間、各所にすばやく銃を向ける。
『クリア!』
 最後に軍曹が降りたのを確認すると同時、にエドワードは無線をいれた。周りの兵士達も警戒しながらクリアの通知を軍曹に入れていく。
 しかし軍曹が最後に確認を入れようとしたとき
『階段へ民兵!』
 鋭い声が飛んだ。
 直後にバズンと重い炸裂音が連続した。さらに地面が爆ぜる甲高く、短い音。
「11時の方向!」
 道路を確認していたエドワードが軍曹の言葉と銃撃音に振り返ると、まるで普通の服を着た肌の黒い男達がアサルトライフル…AKを階段を守る屋根の入り口に隠れて乱射している。飛び出た弾は明確な狙いをもって兵士達の近くに着弾していた。
 『撃て!!』
 エドワードはすぐに中腰になり銃を構える。爆ぜる地面の音を聞きながら、民兵達とは比較にならないほど正確な狙いをつけ
 
 引き金を引いた。

「アぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!」
 バババンッと三連続で弾が飛び出し、直後に民兵の首から顔にかけて血が噴出した。

バンッバババンッバンバンバババババババッバンッバンッ

 さらにまだぴくぴくと動くその男に向かって弾が飛び交った。銃撃がとんでもない勢いをつけて彼の体に突き刺さって、そのたびに血が噴出す。周りにいた兵士達が撃ち続けているのだ。
『撃ち方やめ! やめるんだ! 撃つのをやめろ!!』
 軍曹の怒鳴り声に兵士達はパラパラと撃つのを止めた。
 まだ一人しか殺ってないっ!引っ込んでるだけだっ!
 その思いを込めて軍曹を見ようとすると、すぐに指示が飛んできた。
『グレネードだ! 放り込め!』
 今度は一人がしゃがみながらグレネードをドアの中へと投げ込んだ。
「フラグアウト!!」

バガッ

 とんでもない音と共に中から黒い煙があがった。……グレネードが爆発して金属片を撒き散らしたのだ。映画のような派手な爆発はない。だからこそその効果は恐るべき威力を持っている。
 中にいた民兵達は全員死んだか。
「いけッ! 突っ込むんだ!」
 中腰で警戒しながら走りこみ、兵士達が階段への入り口に殺到した。
 中には首から血が噴出している虫の息の男が一人と、体の各部が吹き飛んでいる死体が転がっていた。
「―っ!」
 一瞬息が止まる。そこに軍曹の怒鳴り声が飛び込む。
『ビビるんじゃない! いくんだ!』
 銃を握り締めてエドワードは暗い階段を駆け下りた。
 電灯など存在しない階段。人が二人通り抜けれれば十分な広さで、長さはそれほどない。下向きへと斜め一直線に伸びているそこを、死体を踏みしだきながら走る。兵士達は自然とエドワードに続く形となり、一列となって走りこむ。
 そして左からもれる光の元、おそらく広い会議室へと続く扉のない入り口の真横の壁に張り付く。
 いきなり入って敵がいたら…一発だ。
少しだけ乱れた息を整える。
―頼むぞ
バッと一瞬だけ顔と目をその会議室へと向けた。

「……クリア!」
 
 そこには誰もいなかった。
 妙に静まったその広い会議室に、エドワードを先頭に兵士達はゆっくりと足を踏み入れる。
 縦に長い机を中心に部屋が構成されているらしく、ひろい。窓がなく、支柱以外にその部屋の中を隠すものはない。かなり開放的な、いかにもアラブらしい建物だった。
 
 歩くブーツが硬質的に響く。

 兵士達の銃口は自然と自分達とは向かい側にある入り口へと注がれる。
 エドワードはすぐに引き金が引けるように緊張する指先を少し動かした。
 その彼に早足で近づいたリチャードは、銃口を入り口に向けながら話しかけた。
「どこに戦犯者がいるんだ」
エドワードは首を振った。
『移動だ』
 軍曹の言葉にエドワードは向かいの入り口へと向かう。
 入り口は右へ曲がる構造らしく、正面から見るとただの壁しか見えない。
 ゆっくりと近づく
 やはり敵から見て死角となるように体を隠しながら右奥を確認する。

 敵は……いない

 その奥へと目を向けると外の光が漏れている。出口があった。
「軍曹……外に出てしまいます」
『…………かまうな、行くぞ』
 軍曹の言葉にエドワードはうなずくと、すばやく出口へと向かっては走りこむ。
『メイ11より本部、建物内に目標はいない。どうなっている』
 軍曹の通信を入れる声を後ろに聞きながら、エドワードは入り口の壁に張り付いた。
 その後ろに続いたリチャードが顔を渋らせながらつぶやいた。
「エドワード……何かへんだ」
「わかってる」
 エドワードは彼を見ないで返事をした。そして左右に伸びる道路を確認するためにしゃがみこむ。さらに何か言いたそうなリチャードをさえぎって、手の動きと合わせて説明した。
「お前は右だ。俺は左、敵がいたらそちらに加勢。いいな」 
 リチャードは少し詰まって、そして不満そうな顔をしながらもうなずく。
 エドワードはゆっくりと指を三本立てた。スリーカウントで飛び出せということだろう。
 ついでに呟く。
「いいか、生きて帰るんだぞ」
 指を二本に折った。
「……ああ」
一本。
「いけ!」
 カチャリッと銃が音をたてた。
 リチャードの見る広い道路に、敵の姿は見えなかった。しばらく銃と共に視線を左右にふったが、やはり敵は現れない。
「クリアだ、エドワード」
 振り返ってエドワードを見ると彼もゆっくりと銃を左右に振っていた。
 しばらく彼はそれを続けていた。
 リチャードとエドワード、両方の後ろで、建物の中で待機している兵士達が固唾を呑んで見守る。
「……クリアだ」
 そしてゆっくりと振りかえった彼に、兵士達は軽く息を吐いた。
 エドワードは疲れたように呟いた。
「ったく……ガゼネタじゃねえ―」

バヒュン

 その瞬間、先程聞いたばかりの音がリチャードの耳もとを通り過ぎていった。

「……え」
 疑問の言葉を口から出したのは

ブシャアッ!!

「―ッ!! エドワァァァァーード!!」
 エドワードの体が倒れこんだからだ。
 彼の頭を銃弾が貫通して、そこから噴出した血がリチャードの顔に飛びかかった。


 バズンバズンという重い音が連続して響き、リチャードの周りにキュインッと言う音共に連続して弾が着弾する。後ろで隠れていた兵士達が銃を構えて撃った。
「くそ! あそこだッ!! 向かいの建物屋上!」
 彼らの隠れていた建物の向かい側、周りの建物と比べ、僅かにちいさなそれの屋上からずらりと並んだ数十人の男達がAKを乱射していた。
 無数の弾が兵士達へと向かって飛び込んでくる。
 着弾音、地面が爆ぜる音、反撃するバースト射撃音、辺りは騒然となった。
 リチャードはその中でエドワードを仰向けにさせて、穴の開いた頭部を、何とかしようとひきずっていた。
「メディック! メディィィク! 畜生ッ エドワード! しっかりするんだ! エドワァァード!」
 ほとんど叫びに近いリチャードの声は、仲間達の手によって遮られた。服を引っ張られて建物の中に引きずり込まれる。
「リチャード! さがるんだッ! リチャード!」
「畜生ッ! 畜生ぉぉぉぉ!!」
 銃撃音に混じったその叫びは、エドワードには届かなかった




AM11:57

『メイ11より本部へッ! 仲間が負傷した! 一名が負傷! 繰り返すッ一名が…………一名が…死亡! ロル11一名死亡だ! エドワード上等兵殉職! クソッタレがッ聞こえねえのかバカ野朗! 一名が死亡! 繰り返す……』



■10




AM11:45
『…第三部隊作戦開始。作戦を開始しろ。なお、無線は切っていけ。傍受される危険がある。第二部隊の防衛している主道に来たら通信を再開しろ。繰り返す…』



「聞いたか!? 行くぞ!」
 ウィルソンはガチャリと勢いよくサイドブレーキを外して、ハンビーを発車させた。ブルルという音と共に車が動き出す。
 周りにいた他のハンビー達も作戦時に決めていた通りに列を作って走り出す。その数、六台。前後にLAV−25歩兵戦闘車…変わった形の装甲車で、上から見ると四角形の中にもう一つ小さな四角形があるように見える。正確には二つの平行線の端に台形が付いているような形の八角形で、その中に四角形がある。そしてその小さな四角形の先頭には長い棒が突き出ている。これが主砲の25ミリ機関砲。横から見ると二つの平行線に三角形をつけたような形で馬鹿でかい。そして砂漠迷彩が施されていた。…がついてきているので、部隊全体で八台だ

「命令したら命令通りに銃をぶっ放せ。それから必ず仲間と一緒になって戦え。それ以外は自由だ。死なないように動けばそれでいい」
 エバンスは上からフィリップに声をかけた。
 銃を堅くにぎりしめて、黙り込んでいたフィリップは、フッと力が抜けたようにエバンスを振り返った。
「サ…サーイエッサー」
「……紙とペンの準備はいいか?」
「エバンス……お前またそんなこと新兵に吹き込みやがって……」
 ウィルソンが呆れたようにチラリとフィリップを覗き見た。どうにも苦々しそうな顔だ。
 その彼の顔に向かってニヤリとした笑みを浮かべてエバンスが親指を立てた。
「別になにかあるわけじゃない。軽いジョークと一緒に家族への帰宅予約を入れるだけさ」
「……帰宅予約? どういうことですか?」
「そいつは新兵どもの初任務に遺書を書かせるのが趣味なのさ」
「……遺書」
 フィリップがエバンスを見ると彼は小さく笑みを浮かべながらフィリップの肩を叩いた。満面の笑みで、まるで挑発しているかのようだ。
「俺が書かせるのは遺書じゃない。いつ、どうやって帰るかを書いて家族に送るようにとっておくだけだって」
「…………」
「フィリップ! 俺の経験では遺書を書いて生き残ってきた奴はいねえ。気をつけな」
チャーチルが苦笑して顔をフィリップへと向けた。」
「……俺には必要ないです」
 フィリップの言葉に、エバンスは少しだけ口元を引き上げた。
「そんな縁起の悪いもん書かせるんじゃねえ」
 ウィルソンがその顔にケッと吐いた。
 車の外の景色は速さに比例して流れていく。コード『ミクスド』発令の時点で既に街に大分近づいていたが、それがさらに近づいてくる。流れる砂漠の凹凸を視界に捉らえていると、それがやけに感じられた。
 と、上から声が落ちて肩を叩かれる。
「……おいっ!?黒煙が上がってやがる…」
 エバンスが指差す先を見ると、確かに街から煙が上がっていた。それも一つや二つじゃない。真っ黒な煙がまるで空へと舞い上がるように大きな塊となって上がっている。
……なんだ、あれ
 フィリップは怒鳴ってかえす。
「煙が上がっていると何かあるんですか?」
「『敵が来た』って合図なのさ」
 チャーチルは隣の席で何とも言えない顔で返した。
「奴ら無線なんか高級過ぎてつかえない。だから今だに『のろし』の情報交換ってわけだ」
「……それはまずいんじゃないんですか?」
 フィリップは不安になり、呟いた。何ともまずそうな顔でチャーチルを見る。
 チャーチルは緊張気味の顔を少しだけ引きつらせるように笑わせた。窓の外を見ながらつぶやく。
「大丈夫だ。どうせ連中なんか俺達を見たら逃げるに決まってる。カフジ掃討作戦も開始してるしな」
 長い砂漠の景色も終わり、ハンビーは街へと入った。
「アリノウサフィカルディアソウス!」「アヌゥバッセ!」「カマデカマデェ!」
 彼ら独自の言語を理解する能力はフィリップにはない。だがどうもにもこうにも普通の状況ではないのは彼にも容易に理解できた。子供を抱いて逃げる母親、全力ではしる男、兄弟なのか手を繋いでハンビーから離れていく子供達。
 街は随分と騒がしくなっていた。どこもかしこも逃げ回る一般人でいっぱいだ。
「本当だ……煙は焚いてるのに逃げてやがる」
 煙は進めば進むほど数が多くっている。だが、逃げ回る人間達も増える一方だった。
 ウィルソンが後部座席へ振り向いた。
「だいたいここは第二部隊が制圧してるはずだろ」
 ハンドルを切る。
「俺達は第一部隊が連れて来た戦犯をのせて帰ればいいだけだ」

 なぜか車内に沈黙が流れた。

 何故だろうか。ウィルソンの言葉がすんなりと納得できない。誰もが『そうだ』と納得したいのだが、心のどこかで『そうではない』と何かがつぶやく。

 銃を握ったのだ


バズンッ
パキュンッ

 通りに突然爆音が響いた。

「なんだっ!?」
 突然の爆音にウィルソンが頭を下げながらエバンスへと叫んだ。
 銃座に座るエバンスは叫び返す。
「――ッ! 撃たれてるぞ! 上だ!」
 直後にまたも轟音が響く。

ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ――ッ

「ぐうお!」
 キュインッととてつもなく甲高い音がフィリップの頭上で繰り返される。その場所にいるのは
「クソッタレがッ 周りじゅう敵だらけだぞ!」
 エバンスの言葉にフィリップが頭を窓から突き出して見ると、通りの建物の屋上から民兵が数人現れて、ハンビーへ向けてAKを撃ちまくっている。
 フィリップはエバンスに叫んだ。
「九時の方向です!」「三時の方向だ!」
 しかし同時にチャーチルも叫んだ。え?、とさらに同時に目を合わせる。
「馬鹿野郎! 両方だッ両脇の建物からやられてる!!」
 エバンスが上から叫ぶ。フィリップが左右を見渡すと、確かに両方に敵が出て来ている。しかもさらにワラワラと数が増えていく。
「嘘だろ……なんて数だ……」
 民兵達は数え切れないほどの人数に達していた。どこを見ても民兵の黒い肌と頭しか見えなくなる。
 そこまで確認してから、いきなりチャーチルに頭を押さえ付けられた。
「馬鹿! 頭下げろ!」
 パキュンッキュンッと窓に弾が当たって爆ぜた。
 驚く間もなく連続して弾がハンビーへと炸裂する。
「うわっ!」
 驚くフィリップにさらにチャーチルが力をかけた。
「下げれるだけ下げるんだよ!」
 エバンスが銃座から下へと体を下げて頭を低くする。
「交戦許可要請だ! これじゃあやられるぞ!」
 ウィルソンが「わかってるっ」と叫び返した。ハンドルを無茶苦茶に切りながら無線を引き抜く。
『ロル23から本部! 攻撃を受けている! 交戦許可を要請!』
『……り返す…第二部隊制圧失敗…第三部隊はすみやかに…標の建物へ向…え! 交戦は許可する…り返す』
「……!!」
 チャーチルが体を体育座りするかのようにハンビーのドアに隠れながら怒鳴る。
「本部は理解済みか…!無線を切ったのが仇になったな!」
「なんにせよ交戦許可は出たんだな! やるぞ!」
 エバンスは頭を上げると銃座の機銃をわしづかみにした。
「こんなので死ねるかよ!」
 機銃を左へおもいっきり回してこちらを狙う民兵へと引き金を引いた。

バガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ

「アァァァァァァァッ!!」「ムウアッ!!」「オゴウッ!!」「ゲアアハッ」
 機銃が放つ轟音と共に閃光が走る。その先にあがった民兵達は断末魔の叫びと共に、引き金を引いたままのAKで周りに弾をばらまく。さらにその弾で周りにいた民兵達が死んだのがフィリップの目に映った。
「くそがあああああッ!」「敵だッ反撃しろ!」「さっさと撃てバカ野朗!!」「周りを見ろ!」
 仲間達も機銃を撃って反撃する。直接心臓に響いてくるのではないかと思うほどの轟音。連続して響く銃撃の音。そして民兵達の反撃する炸裂音。兆弾となる弾の甲高い音。
 もう周りには銃撃の音しか響いてない。
混戦となっていた。
しかし敵はあまりに多すぎる。

 あたりそこらじゅうからとんでもない炸裂音と共に飛んでくる弾がキュインッキュインッと跳弾となって連続してエバンスの周りの空気をさいた。
「フィリップ! 援護だッ……援護をしろぉ!!」
 エバンスは目の前に弾けた銃弾に思わず頭を車内へ下げながら叫ぶ。
「いくぞ! 撃つんだ!」
 チャーチルが起き上がってフィリップの肩を引き上げながら片膝を着く。すぐさま銃をエバンスを狙う民兵に向ける。
 そして撃つ。
 三連バーストの音が連続して跳弾音の嵐の中に鋭く響いた。
「フィリップッ 急げッ!!」
「ぐッ……」
 突然の事態に体がこわばる。そこをチャーチルに襟首ごと引き上げられた。
「俺達を殺す気かバカ野朗! さっさと立てッ ひざを突いて撃つんだ!」
 無理やり立たされたひざの上で、グッと口から飛び出そうになる叫び声をのどの奥に押し込んだ。銃口を必死に窓から突き出す。

パキュンッ!

 ピタリと体が止まる。兆弾の閃光と音がフィリップの目の前を一瞬で通り過ぎていった。
「……なにやってる!! びびるんじゃない! 撃つんだッ撃たなきゃ死ぬぞ!」
 フィリップの後ろで撃っていたチャーチルが振り返って叫んだ。

――……!! クソッタレが! なんでこんなことになるんだよぉ!

 フィリップは何とか指を必死に動かしてスイッチを操作した。バーストに切り替える。
 そして再度銃口を思い切って窓の外に出した。
「くそったれがあああああああああッ!!」

ババズンッ!ババズンッ!ババズンッ!ババズンッ!ババ…………

 引き金を引くごとに肩に衝撃がくる。何度も何度も、それを繰り返した。
「ハガウッ」「うげがッ」
 そしてそれと同時に民兵は何人か落ちていく。
「まずいぞ!」
エバンスが銃座から叫んだ。前へと向かって指を刺す。
「置いていかれる!」
 ウィルソンが前を見ると、前を進んでいたハンビーたちがスピードを上げてこの場所から撤退しようとしている。
「こちらもスピードを上げる! いくぞ!」
 ウィルソンがそれを確認しながら後ろへと叫んだ。一気にアクセルを吹かす。グンッというかるい負荷がかかるとハンビーはほとんど最高時速のスピードで走り出した。
「まずいぞ……RPGッ!!」
 エバンスがさらに叫んで頭をハンビーの中に突っ込んだ。エバンスの撃っていた方向をみると、数人の民兵達がRPG……ランチャーミサイルを肩に担いでこちらを狙っている。

バシュッ

 棒の先になにか楕円形のものをつけただけのようなものが白い煙を吐き出して、頭の楕円形だけを射出して迫ってきた。
「伏せろおおおおッ!!」
 チャーチルがまたもフィリップの頭を座席にうちつけた。そのまま自分も伏せる。

そして、それは炸裂した。

ジュガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ

 フィリップは生まれて初めて派手な演出の映画を、目の前で、現実に見た。

 爆発はまさに冗談のように、悪魔のような黒い煙と火柱を上げていた。





『こちら現地作戦指揮ヘリ部隊C2。こちらC2。第二部隊制圧エリアで緊急事態が発生。緊急事態発生。こちらが見た限りでも数百人の民兵達に囲まれて猛攻撃にあっている。ハンビー六台では対処しきれない。戦車は市街戦で応戦不可能。応援を要請。繰り返す。第三部隊で死傷者が多数出ている模様。ハンビー六台では対抗不可能。敵はRPGも所持している。応援を要請する。繰り返す…………』

■11




『第二、第三部隊はキャンプを離れて行動を開始しろ。第三部隊は中継地で待機。第二部隊は主道防衛を開始。繰り返す……』




 無線からの声に生唾を飲み込む。カウントはなかった。心の準備など冗談ほどもない。上空にあるひどく強い風がヘリの中まで入ってきて、それが僅かに強くなったとき戦いの合図は始まったのかもしれない。
 眼下に広がる大きな道路を見た。作戦で聞いたとおり確かに大きい。そしてそこにはまるでごちゃごちゃとしたエスニックな毛糸を使って作り上げた絨毯のように、民兵達が集まっていた。
「(なんなんだこれは……!!)」
 その情景はさながら地獄だ。いや、そこに自分達はそこへ向かわなければいけないのだ。
 地獄そのものでしかない
『キロ24より本部へ。作戦より数が多い。これは異常ではないのか』
『作戦指揮ヘリC2よりキロ24。どちらにせよそこを制圧しなければ第三部隊が危険に冒される。制圧を開始しろ』
『しかしこれでは……』
『キロ24もっともらし言い訳を……』
 無線からはやはりこの情景がまともなものではないことを告げる会話がひっきりなしに流れてきていた。当たり前だ。こんな情景、誰が想像するものか。少なく見積もっても五百人は軽く超えている。
『今から二分以内に降下を開始しろ。これ以上は意見なしとする』
 ……ついにC2からの通信が一方方向になった。これ以上は無理なようだ。
『……了解C2。作戦を開始する。キロ全部隊降下を開始しろ。繰り返す。降下開始だ。ただし降下後は絶対に停滞するな。移動しながら狙撃を行え』
 軍曹はついには折れた。目の前で高高度を保っていた軍曹のブラックホークは右へと傾き、そのまま下へと流れていく。それに続いて他の機体も通信と共にヘリを降下させていった。
 ……音が聞こえた。永遠に続くアイドリングのような、どろりとした、不快な音だ。

『キロ23、スーパー64現地へ4名降下させる』
 ジェームズは頭を振ってその音を無理やり振り払おうとした。出来なかった。
……それでも行くしかない。彼は無線を手にし、地獄へと進むことを仲間達に告げるとゆっくりとヘリを斜めに傾けていった。目の前の映像が変わる。ずっと平行線だった砂漠の地平線が斜めに傾いた。
 近づいてくる。民兵達の怒号、雄たけび。
 ジェームズは一気に操縦桿を傾けた。さらに降下のスピードは上がっていく。だんだんとオブジェのようだった建物の屋根や人間の形が輪郭を帯びてくる。


「アラテカム! ミンホールダー!」
 彼らは握ったAKを空へと向けた。戦う蛮族である彼らに恐れはない。
いや、もしかしたら昼に呑んだシャバのせいかもしれない。
 彼らはハイになっていた。この国を侵す敵たちを国から追い出さなくてはいけない。戦って、自由を勝ち取るのだ。
「ミマモカルーセ! レンタゲンティブ!(勝ち取るのだ! 戦え!)」
「ケリッシュアッカード!(勝利を!)」
 
ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!

 激しく銃を振り回して怒声を周囲に振りまく。AKを空に向かって撃ちまくり、士気はどんどん上がっていった。
 兵士達とは違う彼らはまさに死すら恐れぬ戦う戦士達。自由は戦いの先にある。幸福は銃口の先に浮いている。すべては戦い次第。勝つか、負けるか。
 それは神が戦士を選ぶのと同意義だ。
 恐れることはない。死の先には戦士のみに許された楽園が存在するのだ。そこにあるものは……すべてだ。生き抜くことと、楽園に存在すること、それは平行線を保っている。
『死』ハ、『生』ダ。

「ケリッシュアッカァァド!(勝利を!)」
「ケリッシュアッカァァァド!!」
「ケリッシュアッカァァァァァド!!!」
「ケェェリッシュアッカァァァァドォォォォォ!!!!」

 サア、テキガソラカラアラワレタ。
 サア、タタカオウ。


「いいぞ! 降下開始だ!! 」
 道路の南側……つまり第三部隊が突っ込んでくる所へと、ロープが蹴落とされてシュルシュルと地面へ落ちていく。それと同時に兵士達が一気に降下していく。
「いけえッ 止まるな! 降りろッ! いけぇぇぇッ!!」
 ジェームズは回りに目を必死に配りながら仲間へ叫んだ。叫んでも早くなるわけではないのだが、それでも背中を這い上がるこのひどく冷たいものから逃げ出したくて口から勝手に言葉が出ていた。
「ジョンッ! お前が最後だな! 急げッ RPGに撃たれるぞ!」
「(わかってんだよクソが……! 空飛んでるテメエらとは違うんだよ!)」
 しかし地上に降りる兵士達とは彼の恐怖はまったくべつものだった。
 ジョンはパイロットのジェームズに一瞥くれると、すぐさまロープを握って降下を始めた。シュルシュルと両手と両足で体を支えて降下する。
 先に下りていた七人程度の兵士達に続いて、屋根の凹凸に走って身を伏せる。そして頭を出して先程の敵の海の方向に顔を向けた。
 ……なんだよこれは…
 まるで人の波だ。人が人を押しのけてこちらへ向かってくる。屋根伝いに飛び越えて、できなければ飛び降りて道路を走ってくる。獲物を見つけた歓喜の表情。狂気の顔もその中に隠してまるで喜んでいるかのようだ。
 そしてそれらすべての者に共通するのは。

 甲高い音が、轟音を立ててジョンの耳元を走りすぎていった。

「うわぁぁぁぁぁ!!」
 それらすべての者がこちらへと銃を乱射していた。甲高い音が耳元をすぎると、近くの地面が炸裂する。それに反応して体がビクリとのたうつ。とてもじゃないが立ってなどいられない。体を丸めて屋根の出っ張りに身を隠すしかなかった。
「ジョン! 撃てッ! 撃ち返すんだ!」
 隣で銃を構えて撃つエイバーが叫んだ。今度は耳元から心臓の奥へと仲間の発砲音が響く。頭を少し上げると、仲間達が建物の下へと銃を向けて撃ちまくっていた。だが、バースト射撃で応戦しているが、完全に飛んでくる銃弾と返す銃弾の比がありすぎる。あきらかにこちらが押されていた。
「グッ!!」
 その反撃するエイバーも、飛んできた弾に思わず頭を下げる。
 ……反撃もクソもない。
 またジョンの足元に弾が着弾した。
「無理だ! ッあ! ……くそッ、敵が多すぎる! だめだ! 反撃なんてできやしない!!」
「だったらどうするんだ! これ以上さがったら戦線が崩れちまうぞ!」
「知るかよ! お前軍曹だろ! お前が――」

バヒュンッ

 突然訓練で聞いた音がジョンの周りに響いた。
「まさか」と頭を何かが駆け巡った。ビクリとして頭を下げる。
「RPGィィーーーー!!」
 どこかで、誰かが叫んだ。

 走って、建物へと撃てるだけ撃ちまくる、建物下の道路の数百の兵士の中、民兵が四人、いっぺんにRPGを発射した。目の前で仲間に叫んだ兵士に向かってRPG弾が直進する。
バジャアッ!!
「ウィリィアンド! ベッカ! ベッカ!」
 すぐにサングラスをつけた男が、右へ左へと指示をだす。
 それにうなずくと、RPGを持った男達が走って建物を囲み始めた。さらに彼らにAKを持った民兵達が続いて走り回る。
「クソッ!!」
 バズズンッと腹に来る音が彼の近くに着弾した。仲間がやられている。見上げると、迷彩服姿の男がこちらに向かって構えていた。
 すぐに引っ込んだ彼のところへ民兵達の銃が殺到する。
 兆弾音とAKの炸裂音が響き渡った。
「シャシャラディィ! ガリオサ!」
 数百の民兵達がその建物を取り囲んだ。
「……ックハハハ…」
 男は笑う。
 実に愉快だった。

 
「…………エイバー…?」
 震える声で話しかける。だが、彼は返事をしない。
 彼の上半身は、なくなっていた。
 ただ、半身だけの足が二本、ジョンの前には転がっているだけだ。そこから、僅かながらに血がでいている。
「エ…エイバー……?」
 まさか、撃たれたのか?
 ウソだろ? 今、話してたのに!!
「ジョ……ジョン………ガアッ! ッグ」 
 ホフク前進していたマーチンがこちらに気がついて、手を伸ばした。
 絶叫して両胸を抱え込んでいる。
「グアァ……くそッエイバーはどこだ!?」
 ……何いってんだマーチン……エイバーはここにいるだろう?
「クソッ……肺を撃たれたぁぁ……ゲッハがッ」
 マーチンは体を丸めて激しく咳き込むと、大量の真っ赤な血を吐き出した。血を地面に吐き出すと、ただの薄い茶色の地面が、鮮やかに彩られた。その色が、目に焼きつく。 体がその色に反応して、冷え切っていた。
 マーチンの顔に、さらに咳き込んだ血がたれ流れる。彼はその血から逃れるように仰向けに倒れた。そしてまたも絶叫する。
「グわぁぁぁぁぁぁぁ…………ゴッパ」
 最後はただの血を吐き出す音でしかない。
 必死に手をジョンへと伸ばす。目はもう虚ろでしかなかった。
「…ジョ、ジョン……エイバーを……メディックを……」
「う……あ……」
 恐怖で声がでない。体が震えて銃がカチャカチャと震えた。
 よく見るとマーチンの胸部には穴が開いており、そこからまるでリズムを刻むように血が吹き出している。
 ジョンはほとんど無意識のうちにその穴へと手を伸ばした。しばらく穴のふちをぼんやりと触ったあと、思い出したように、止血のために両手で押し込んだ。
「マーチン……死ぬな……死んだらだめだ…………マーチン!」
 マーチンの目はもう何も見ていなかった。
「……メディッ…………」
 血が、止まった。

「……う…ぐ……」
 目の前には二つの死体が転がっていた。
 銃をギュッと握り締める。
 俺はこんな風に死ぬわけには、いかない。
 死にたくない。

 震える体。 
 握り締める力を体にこめて、止めた。

「クソ……クソ……クソどもが………くそどもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 
 震えなくなった銃口を下にいる民兵へと向けた。
 銃声がこだまする。




『こちらC2、こちらC2……エイバー軍曹、 応答しろ。 エイバー軍曹。そこを放棄してさがるんだ。もっと後ろから反撃することを許可する。軍曹。応答しないか……軍曹…………』






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

*用語、作戦、人物について疑問がある場合、下の感想らんにある程度説明を載せておきましたので、そちらをご覧下さい。さらに不明なものがある場合、感想で書き込んでいただければすぐに回答させていただきます。
2005/04/01(Fri)16:24:25 公開 / 貴志川
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■作者からのメッセージ
どうも紅堂幹人さんにご迷惑をおかけしたようで、本当に申し訳ないと共に、次回からは新規投稿させていただきたいと思います。
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