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『この広い空の下【完結済】』 作者:askaK / SF 未分類
全角124159文字
容量248318 bytes
原稿用紙約355.5枚
二十二世紀の日本。IT技術が発達し、便利になった世の中であるが、それと比例して複雑怪奇なIT犯罪も絶えることはない。従来の警察組織では決して手に負えなかったIT犯罪を未然に防ぎ、あるいは解決するために創設された日本警察電子工学犯罪対策本部特別捜査部隊には、エリート中のエリートが集っていた。幼き日に、大人になったら特捜隊に入ろうと夢見ていた少年少女たちは、今年で二十二歳になる。数々の難関をくぐりぬけて特捜隊に見事入隊することのできた彼ら彼女らの、青春戦闘記。

 頭上を振り仰げば、果てのない蒼穹。雲は薄く、日差しが痛々しいほどに地面へ肌へと突き刺さる。シールドと呼ばれる地上を覆う巨大な幕に人類は守られ、直射日光に体を晒すことは、まずない。命の祖である太陽が人体に有害な光線を放つようになって何百年も経つが、それを人為的に防ぐ発明は画期的なものであった。よって、無防備にシールドの外に出ることは禁止されており、外が危険であることは年端もいかぬ子供達の間でも常識であった。
 しかしながら、出るなと頭ごなしに言われれば出てみたくなるのが人の性というものであり、少女たちが初めて大人の目をかいくぐり外界へと足を踏み入れてから、もう三年の月日が経とうとしていた。と言うと、大袈裟かもしれない。そこは屋根の合間に作られた規模の大きな室外機置き場でしかなく、外界と呼ぶには申し訳ないほどの広さしかなく、都会の隙間のような場所であった。それでもまだ幼かった彼女達にとっては目映い日光も清々しい空の色も未知の世界への冒険であり、その小さな胸を弾ませるには充分だった。
 以来、彼女達は大人の目を盗んでは室外機の山海の中へ埋もれようと自ら飛び込んで行むようになった。他に人が来ることのないその場所は格好の遊び場であり、秘密基地でもあった。立ち入り禁止と書かれた看板は、彼らには何の効力も示さなかった。
「あーちゃん、次は右! 下はせきゅりてぃばりあ出てるから気をつけて!」
 少年の指示に呼応して、少女の体が空を飛ぶ。少女は元いたコンクリートの塀の縁から室外機の上に足場を変えて、柔軟な体を曲げると鋭い眼光を右へ左へと浴びせた。
「せーやっ、次は?」
 誠也と呼ばれた少年はうーむと唸る。目には見えない道を拓くために想像を働かせている彼の横から、美枝子は身を乗り出した。二人の会話の間に自分も入って行きたくて、あまり遊びの主旨も理解していないのに声をあげる。
「あーちゃん、上行って、上!」
「上ぇ?」
 綾女というその少女は、顔を上げて眩しい日光に目を細めた。ビルの壁に這う配水管が、灼熱の太陽の光を浴びながら、上の方へ上の方へと伸びている。古びたその管に触れて「熱い」と呟きつつも、彼女はよしと気合いをいれた。
「ツルーパー白川綾女、ミッション成功のために登ります!」
 ドラマや漫画に出てくる台詞をそのまま真似て、綾女は管に手をかけた。砂埃で滑りそうになるが、服の袖を滑り止めに使いながら器用に登って行く。
「すごい、すごい! あーちゃん、すごいっ!」
 ずば抜けた身体能力の高さを見せつける親友の姿に心より感動しながら、美枝子はぱちぱちと手を叩いた。その上に目的地はない。ただひたすら、登って行くだけである。
 太陽は丁度綾女の真上に佇んでいた。綾女を見上げる美枝子と誠也からは逆光の効果で彼女の見せる細かい動きまでは把握できない。美枝子は登って行く彼女の影を見ながら頬を紅潮させていたが、隣の誠也は険しい顔をして、頭の上に片手を添えた。何年前に設置されたのかもわからない配水管が、妙な音をたてていたためである。
「……変な音がする」
「え?」
 もともとあまり声の大きくない誠也の呟きを聞き取ることが出来ず、美枝子は聞き返した。誠也はそれには答えず、一歩前へと踏み出すと、彼に出来る最大限の声で叫んだ。
「あーちゃん! おりて! あぶないから、おりて!」
「えっ、何っ?」
 綾女の影が遥か上方でゆらりと動く。その次の瞬間、金属の配水管が悲鳴をあげて壁からはがれ落ちた。
「あーちゃんっ!」
 めきめきと嫌な音をたてて歪んでいく管に最初はぶらさがっていた綾女であるが、このままでは管が折れて落下してしまう。なす術もなく地上から絶望的な気持ちで見守る親友たちの視線を受け、彼女二三度反動をつけると、管から手を離して地上へ身軽に飛び降りた。体操の選手のような綺麗なフォームで着地を遂げるが、すぐにがくんと膝から折れて地面に手をつき、足首を押さえてその場に転がった。
「あーちゃん!」
 自分の背丈よりもずっと高い所から飛び降りたのだ。当然、足に負担もかかるだろう。一瞬で、さぁっと顔から血の気の引いた美枝子より数秒早く、誠也が動く。足首を手のひらで庇いながら前のめりになっている綾女の元へ駆けつけると、彼もその場にかがみ込んだ。
「足、平気? お父さんとこ、行く?」
 誠也の父は医療関係の研究者だった。本業は研究をすることであるが、とりあえず医師免許も持っていた。美枝子や綾女も軽い風邪や傷ならば何度も彼の父に介抱してもらったことがある。故に、彼女達にとって誠也の父と言ったら「お医者さん」であった。
 誠也には遅れたが、慌てて走りだした美枝子も、綾女の傍にしゃがみむと不安な気持ちを胸いっぱいに抱きながら彼女の顔を覗き込む。可愛らしい物の好きな親の趣味により、ひらひらのレースのついたスカートを履いていたが、構わなかった。あられもない格好で綾女の前に膝を付き、泣きそうになる。
「あーちゃん、あーちゃん、ごめんね、ごめんね、大丈夫?」
 綾女は初め苦しそうな表情を浮かべていたが、今にも涙が溢れそうになっている美枝子の目を見るなり、驚いたように目を開いた後、いつも通りの凛とした顔つきを取り戻した。
「平気。全然平気。それより美枝子、パンツ見えてる」
 その言葉にはっとした美枝子はその場に正座し直しスカートを伸ばした。綾女とも誠也とも生まれた時からの付き合いではあるが、さすがに八つにもなれば羞恥心も湧く。特に誠也に対しては昔ほど接近した付き合いが出来なくなっていた。が、誠也の方は全く気にした様子を見せず、綾女だけを一直線に見つめている。
「平気なの? ぐきってしてない?」
「平気平気。きーんってなっただけだから」
 言い終えるが早いか綾女はすくっと立ち上がると、素早く一回転して見せた。最後はヒーローのようなポーズで固まると、満足そうに笑う。その笑顔に、美枝子も誠也もほっと胸を撫で下ろした。綾女は痛そうな素振りをもう二度と見せなかった。
「……やっぱり私、ツルーパーになりたいなぁ」
 手に着いた埃をぱっぱと払いながら、綾女はその場に勢いよく腰を下ろす。ようやく緊張が解け、誠也も足を崩すと大きな黒い瞳をきらきらと輝かせた。
「あーちゃんツルーパーなら、僕はオペレーターやろうかなぁ」
 それに負けじと言い返したのは美枝子である。
「えー、私もオペレーターやりたい」
「そうなの? じゃあ僕掃除屋さんとかでいいや」
「掃除屋さんって何?」
「道とか掃除してる人」
「……二人でオペレーターやればいいんじゃないの?」
 よくわからない二人の言い合いに綾女が突っ込みを入れる。
「そっか。じゃあ僕はあーちゃんのオペレーターやろうっと」
「ええ、私もあーちゃんのオペレーターがいい!」
「だから二人でやればいいじゃん」
「だめだよ。ツルーパー一人とオペレーター一人で仕事するんだってテレビで言ってたもん」
「じゃあ僕掃除屋さんでいいや」
 日本警察電子工学犯罪対策本部特別捜査部隊という番組に、意味も分からずはまっていた三人は、この秘密基地に来る度にその模倣をして遊んでいた。運動神経の良い綾女が突撃役、ツルーパーとなり、他の二人は交互に指示出しをする。障害物の多いこの場所は、そういった遊びには最適であった。
 他愛も無い話で盛り上がったり、つまらないことで笑い合ったり、幼なじみの三人は本当の兄弟のように仲が良かった。切っても切り離せぬ腐れ縁は、やがて十の年の頃に誠也が研究所を変えた父親とともに遠くへ行ってしまうまで続いた。それは決して会えない距離ではなかったものの、子供の足には遠すぎたために、そのまま疎遠となってしまった。さらにそれから十数年が経つまで、連絡すら取り合うことがなかった。
 時は二十二世紀を迎えようとしている。少年少女たちは未来に希望を抱いていた。
 
 1
 青白い光が暗い壁に映って反射する。殺風景なこの部屋は薄暗くともこの青白い明かりだけで生活できるくらいの広さしかない。自分の影が光の中に浮き上がるこの光景にももう慣れたものだ。それと向かい合う反対側の白い壁には画面が映し出され、そこから漏れる光によって部屋全体が青白く染められていた。
 彼女は何時間座っても腰の痛まないという画期的な椅子に腰掛けて、ぼんやりと画面を見つめていた。偶然、実家に帰った際に自分の部屋で見つけたディスクの中には思い掛けないデータがたくさん残されていた。よく捨てなかったなと自ら感心してしまうような幼き頃の作文や絵、テストの結果、そして懐かしい写真の数々。滅多に親に物をねだったことなどない彼女が、まだ小学校に通っていた頃に唯一ねだって買ってもらったカメラは、子供用の玩具でありながらなかなか高性能であった。今彼女が仕事の関係で使っているような精密機器とは比べるべくもないが、それにしても当時の様子をリアルに再現してくれている。
 一枚、また一枚とかつての写真を眺めながら、彼女は大きく深呼吸をした。この仕事を望んだのは他でもない自分であるが、目の回るような業務に忙殺されていると、遊ぶことに一生懸命だった頃を懐古してはあの頃は良かったなと呟いてしまう。もう少し時が経てば今まさにこの瞬間を懐かしむようにもなるのだろうけれど、どうしたって未来を見据えるより過去に浸る方が楽である。
 と、その時、突然背後から甲高い電子音が響いた。それは扉の外側に立った人物が静脈チップによる個人認証で扉を開いた際に鳴るものだ。このオフィスにおけるあらゆる扉には各々に厳しいセキュリティシステムが完備されていて、今彼女のいる部屋も例外でない。そしてこの扉を容易く開けられる人物は、同じ職場の人間でもごく少数に限られていた。
「――美枝子、そろそろ行かないとルナさんが来るよ」
 予想した通りの声に、美枝子は小さく頷いた。
「そろそろ行こうかなって思ってたところ」
「なになに、何見てんの? 写真?」
「うん。この前実家帰った時に部屋あさってたら出て来たの。あーちゃんも映ってるよ」
「え、何これ! めちゃめちゃ古い奴じゃん! うっわー、まだこの頃のは3Dじゃなかったっけ!」
 綾女は美枝子の肩越しに画面を覗き込んで、「懐かしーっ」と高らかに叫んだ。
 生家が近所だった縁により、生まれた時からずっと仲良くしてきた二人は、この写真に写っている時代でも仲の良い幼馴染であった。が、当時のクラス全体の写真を見ると、なかなか隣にいる物は少ない。ショートカットの黒髪で、男子生徒の首に腕を回しながら笑顔を見せているのが綾女だ。それに対し教室の端の方に数人の女の子達と固まって座り、にっこり首を傾げているのが美枝子であった。一見対照的な二人であるが、そろそろ二十二年間の付き合いになる。
「なんだっけ、この写真なんであたしヘッドロックかけてんだっけ?」
「よく覚えてないけど……たぶんクラス替えの前にみんなで写真撮ろうって言って、先生にシャッター押してもらったんじゃなかったかな」
「へえ……なんであたしヘッドロックかけてんだろ」
 腕を組んで真面目に悩んでいる綾女は、この頃に比べればかなり長くなった黒髪を首を振ることによって払いのけた。あれから十二年が経ち、いろいろな物が変わったが、彼女の男勝りなところは変わっていない。美枝子はもう一度写真を目を落とした。
 画面に向かって右側に女子が固まり、左側にばらばらと男子が散らばっている。その狭間にいるのが綾女で、一緒に中央を陣取っている男子生徒たちはクラスで目立つお調子者ばかりであった。左の端の方にぱらぱらと散っている男の子たちはあまり自分からは輪に入っていかない引っ込み思案なタイプが多く、その中に一段と愛らしい顔の少年を見つけた。
「あ……誠也君だ……」
 クラスの輪からはずれて上の空、明後日の方向を向いている彼は、かつて美枝子や綾女と幼馴染として親しくしていた大門誠也という少年であった。しかしこのクラス替えの後、親の転勤に着いて仙台の方へ行ってしまってから一度も会っていない。今はどうしているのだろう。
「ん、誠也?」
 美枝子の言葉につられるように画面を覗き込んで、端っこにその姿を見つけると、綾女はあははと笑った。
「全っ然カメラ見てないし。本当にマイペースだったね、この男は」
「そうだったね」
 美枝子も思わず笑ってから、机の中央に置かれた丸い機器の電源を切った。しゅんと音をたてて画面が消え、同時に机上に映し出されていたキーボードも消える。光源がなくなり部屋の中は刹那闇に包まれたが、自動光源探知装置が働き天井が一面明るくなった。コンピューターが消えて部屋が暗くなると自動で点灯する仕組みになっているのである。
 美枝子は机に残った手のひらサイズの丸いコンピューターを拾うと制服の胸ポケットにしまい、「行こうか?」と綾女を見上げた。美枝子より十センチほど背の高い綾女は運動能力増強装置を兼ねる底の高いブーツを履いているため、さらに目線が高い。彼女は美枝子を見下ろし軽く頷くと部屋の扉に手を当てた。セキュリティシステムの張られた扉は静脈チップに反応して開く。二人は窓のない閉鎖的な廊下に出ると、会議室に向かって歩を進めた。人の気配に反応して天井の明かりが点いたり消えたりを繰り返す緩い婉曲を描く廊下はまっすぐ会議室へと繋がっていた。
「そういえば誠也って言えばさぁ、あいつも特捜隊入ったらしいよ」
「えっ、そうなのっ?」
「うん、たぶんだけどね」
 増強装置を着けたままの肩をぐるぐると回しながらの綾女の台詞に、美枝子は瞠目した。そんな話は聞いたことがない。それどころか、誠也は美枝子の記憶の中で、十の歳のまま成長を止めていた。
「あーちゃん、誠也君と連絡とってたんだ?」
「まっさか。あの子引きこもりだし面倒くさがりだから電話したって出ないじゃん? 近況報告のメールさえ寄越すような奴じゃないし。しかも人見知りだったしねー。転校した後まともに生活できてんのかな」
 頓着なくからからと笑う綾女に悪気はない。小手に付けた装置を一度はずして付け直しながら、彼女は続けた。
「この前ルナさんが全国の特捜隊のデータ整理してる時に後ろから見てたの。で、その名簿の中に大門誠也って名前があってさ。年齢も私と一緒だったし。同い年の大門誠也がもう一人いるとは思えないから、やっぱりあの誠也だと思うんだ」
「へえ……特捜隊で何やってるんだろ」
「さあ、ポジションまでは見えなかったけど……。オペレーターかもよ?」
「だったらすごいね!」
 美枝子は思わず声を弾ませた。
 今から十五、六年も前によく三人で遊んでいた頃、特別捜査部隊ごっこというのをしていたことを覚えている。電子工学犯罪対策特別捜査部隊という長い正式名称を持つこの組織は、電子工学に関する犯罪ならば何でも幅広く扱っている。警察本部で取り扱えなくなった厄介な問題を解決するのが主な仕事であり、八割は黙々とコンピューターに向かっている職業であった。しかし、そのうちの一部、実働隊と呼ばれる部隊が中にはあり、彼らの仕事は特殊である。電子工学を利用して現実世界に起こった凶悪な犯罪に対抗するために編成され、隊員達は必ず突撃役ストームツルーパーと、案内役オペレーターが対と鳴って仕事をするよう定められていた。時折激しい戦闘に身を投じることもあり、一部のメディアがこの仕事を取り上げたことから一時期ブームとなり、特捜隊関係のアニメやドラマが流行した。そのため、一般人の中には、未だに特捜隊と聞くとその片鱗でしかない実働隊を連想する人が少なくない。そして当時の美枝子たちも例に漏れず、ヒーローのような特捜隊に憧れて、その模倣をしてよく楽しんだものであった。
 それから長い年月を経て、綾女、美枝子共に特捜隊入りを果たしたことも奇跡に近いが、もしも誠也までもが特捜隊に入り、しかも幼い時に夢見たオペレーターになっているのだとしたら神の仕業と疑わざるを得ない。
「本当、すごいよ。実際に美枝子とペアになれたってだけでもびっくりだったのに」
「んー、ペアはもともと知り合いだったりとか気の合う人同士が優先されるからね」
 ペアとなるツルーパーとオペレーターの間には絶対的な信頼関係が必要とされ、それが命の有無に関わるほどの重要事項であった。十八の時に特捜隊入りしてから二年の研修を経て、いざ実働隊に就く際には、ペアを決定するために必ず面接試験というものが取り行われるのだが、面接官たちはそんなものは不必要だとばかりに、美枝子は綾女とペアを組むものだと断定した上で話を進めていた。研修期間中から他とは比べ物にならないくらいに仲睦まじかった二人を引き離す理由など、何処にもなかったのだろう。
 そうこうしているうちに、二人は会議室の前に辿り着いていた。完璧な防音システムが装備されているため、中で今何が行われているのかはまるでわからない。代表して綾女が扉に手をかざすと、しばし認証に時間をかけた後に、入り口が開いた。失礼しますと頭を下げた綾女に続き、美枝子も深くお辞儀をする。三百人近く収容出来る広々とした円形の会議室であるが、中にはわずか数十人しかいなかった。その中心に立って立体映像と並んでいる女性がこちらを振り向くなり目を尖らせる。
「白川、佐々木、遅いぞ!」
 綾女の予想通り、お叱りを頂く。すみません、とそれぞれ口に上らせて二人は席に着いた。
 席は中央に向かって段になっているため、前の人の頭で視界が遮られるということもなく、女性チーフの厳しい視線が直接注がれる。
「お前らが一番最後だからな。あと一分して来なかったら捜索しに行こうと思ってたところだ」
 磯崎ルナというその女性は、三十後半という若さでありながら実働隊のチーフを務めていた。かつては名オペレーターとして活躍していたそうだが、パートナーが殉職してから数年チーフ補佐を経て、数年前、チーフに格上げされた。口調には切れがあり攻撃的だが、割と親しみやすい人物である。綾女や美枝子も、入隊以来散々可愛がってもらっていた。
「じゃあ、全員揃ったから始めるよ。今日緊急召集をかけたのは、大きなヤマが本部の方から勢いよく転がり込んで来たからだ」
 無駄な前置きはせず、ルナは片手に持ったリモコンを中央の機材に向けた。銀色の円盤状の機械の中から、立体映像浮かび上がる。この機械が開発されたことによって、より正確な現場の状況を把握出来るようになったわけだが、あまりの生々しさに一般には公開出来ないような物も多かった。今回も、そうだ。――映し出されたのは、路上に血まみれで放置された遺体の映像であった。撲殺されたのであろうか、頭と、そして腕からの出血がひどい。注意して見てみると、右腕は手首から先がなかった。「次」と言ってルナがリモコンをかざすと、映像が切りかわる。またもや放置された遺体の映像だ。こちらにも右手首がない。その次に映し出されたのは病院に運ばれた生存者の姿であったが、やはり右手首がなかった。次々に切り替わるどの映像の被害者も、右手首を切断されている。
 美枝子は本能的に口元に手を添えた。仕事柄グロテスクな画像や映像、実物を見ることもないわけではない。が、基本的にオペレーターの仕事は現場のツルーパーを安全に誘導することだ。そのため、なかなか慣れることは出来なかった。さりげなく会議室内を見回したが、誰一人として苦痛そうな表情を浮かべてはいない。修行不足だなと美枝子は自分に駄目押しをした。
「見ればわかる通り、連続手首切断事件だ。手口も似ているし、まだ報道もされてないのに何件か立て続けに起こっているから複数人による同一犯の可能性が高いと思う。ポイントは、被害が全部右手首ってことで、単なる悪趣味なコレクターの仕業じゃないだろう」
 その場にいた全員が納得した風に頷いている。美枝子も少し考えてから自分の右手を見て気がついた。
 今となっては日本に暮らすほとんどの人の右手のひらに、静脈チップというものが埋め込まれている。チップと言っても実物としての破片が肉の中に埋められているわけではなく、静脈にセンサーを当てて個人認証が出来るように外側から少し加工しただけのものだ。かつては実際にチップを埋め込んでいたこともあったため、その名残から今でも静脈チップと呼ばれている。これは便利な代物で、右手をかざすだけで家や建物の戸を開く鍵にもなり、交通機関を使う時の券代わりにもなり、財布がなくとも料金精算ができ、身分証明にもなるという万能さから一気に全国へと広まった。
「みんな察しの通り、狙いは静脈チップだろう。まあいつか起こるだろうとは思ってたんだ。チップが広まってから今まで大きな事件がなかったっていうのがいっそ奇妙なくらいで」
 物騒なことをさらりと言うが、誰も否定はしない。実際、現金やカードを利用する人が少なくなり、窃盗事件は格段に減ったが、その反動でこのような猟奇的な事件が起こることは十二分に予想できていた。
 ざわつき始めた会議室の中、最前列に座っていた壮年の男が大きめの声をあげる。それによって一気に静まり返った部屋の中に、彼の低い声が響いた。
「まだ最初の事件が起こってから二日も経ってないだろう。本部が早々にうちに回してきたってことはヤバい連中が相手ってことか?」
 ルナは腕を組んで天然の金髪をさらりと流す。
「うん、そういうことになる。新手の無法組織じゃないかって本部は言っている。というのも、丁度犯行のあった時間帯の全て、カメラの映像がハッキングされてるんだ。この大都市東京で」
 なんと、とその場にいた全員が息を呑んだ。
 街の全てをシールドで覆い、どこにも死角のないようにと配置された監視カメラは全て東京警察の本部に繋がっている。それはプライバシーなどを考慮して事件のあった場合にのみ、選ばれた警察官のみが見ることを許される映像だ。このカメラが設置されるようになってからというもの、カメラの位置を割り出し物理的に布をかぶせるなどして死角を作り出す手口が最も一般的である。それをせずに、本部のコンピューターをいじってハッキングしたとなると敵はかなりの使い手であると予測された。
「今のところ被害は四件。これからも増える可能性は充分にあるから、阻止していきたい。そこで、この件を担当するチームが発表された。実働隊からは、浦安山下と、高畑伊藤、それから白川佐々木」
「えっ……?」
 まさか自分が選ばれるとは思っていなかったために、美枝子は小さく声をあげた。隣を見れば綾女も間の抜けた顔をしている。今まで手の足りない事件に回され、その手伝いのようなことしかしてこなかったために、指名されてチームに組み込まれるのは初めての経験であった。目をぱちくりさせながら前方を見やれば、最前列のベテラン集団も意外そうにルナを見上げている。
「白川佐々木にはまだ早いんじゃないか? 補佐でもいいと思うが」
「補佐に回すほど人手が足りてないんだよ。片付けなきゃなんない事件のはこれだけじゃないんだ。そろそろ独り立ちしてもらわなきゃ困る」
 きっぱりと言い放って、ルナはリモコンを操作した。映像が目まぐるしく変化する。
「まぁ、アジトさえ見つかっちまえば、あとはその時行ける全員で攻め込むつもりさ。――で、もう一つの連絡事項は、これにあたって他の地域から実働隊員を移動してもらうことになったこと」
 中央に映し出されたのは等身大の若い男が二人。一人はいかにも筋肉質な青年で、しゃくれた顎が特徴的だ。その隣に映された青年はスタイルの良い美男子であった。大人しそうな顔をして直立に立っているだけなのだが、一見モデルのようにも見える。
 自分と同い年くらいかなと予想をたてながら映像を見ていると、隣で綾女が「あれ」と呟いた。何、と聞き返すより先にルナが説明を付け加えたのでそちらへ耳を傾ける。
「仙台から来てもらうことになった。ツルーパー秋川悠斗と、オペレーター大門誠也」
 大門誠也、と頭の中で繰り返す。それは先ほどたまたま話題に出て来たばかりの名前だった。
 馬鹿な、と思う。いや、しかし間違いなく「大門誠也」とルナは言った。綾女の話によれば、彼は特捜隊にいると言うし、有り得ない話ではない。それに、確か彼が東京から転校した先は仙台であった。もう疑う要素は何処ににもない。――とは言え、度肝を抜かれた。隣を見やれば綾女もまた、驚きを隠しきれていない。美枝子もひたすら瞬きを繰り返していた。
「若手をしごいてやるから寄越せと各地の特捜課に進言し、その結果移動してくることになったのがこの二人だ。秋川の方はスタンダードに特捜隊入りしたみたいだな、二十六歳だ。大門の方は飛び級を制度駆使して昇進したエリートだと。二十二歳、そこの二人と同じだ」
 同じどころの話ではない。美枝子と綾女は互いに目配せをした。こんな偶然があっていいのだろうか、と。
 二人の動揺など露知らないルナは、右手に持ったリモコンを左手のひらに叩き付けながら、数十人の実働隊を見回した。体力勝負の実働隊には、どちらかと言えば若い顔が多い。チーフであるルナ自身も特捜隊の中では若輩だとよく自分で言うが、そうは思えないほどの貫禄でもって会議を締めた。
「彼らにも今回の事件のチームに加わってもらうことになった。もちろん解決は全員の力あってのものだから、担当じゃない奴もこまめに報告書をチェックするように。以上、解散」

 デジタル時計が光を放ち、時の経過を伝えていく。時間が止まることはない。今はたちまち過去となり、置いてけぼりにされていく。窓のない閉塞された空間で、時間を教えてくれるのはこのデジタル時計のみである。時間はすでに二十二時を回っていた。そろそろ帰り支度をしないと家に着く頃には日付が変わってしまう。
 美枝子はパソコンの画面を開き、机の上に頬杖をついてぼんやりと映し出される画像を眺めていた。右側に、過去の写真。左側に現在の写真。二枚の写真を並べて、見比べる。たまたま見つけた小学生の頃の写真の面影は、確かに残っている。それにしても、と溜め息を吐いた。こうなると、偶然小学生の頃の写真を見つけ出したことも、運命に思えてくる。
「――にしても、びっくりしたね」
 四畳半ほどの小さな部屋の中、備え付けのパソコンを開いてデータの確認をしていた綾女が大きく伸びをした。美枝子が使っている物は仕事用でありプライベート用でもある自分自身のパソコンで、本体は卵と同じくらいのサイズであるため通称卵型と呼ばれ、スイッチをいれると画面とキーボードが映し出される仕組みになっている。持ち運びに向いていることを重要視したもので、美枝子と同じオペレーターは大抵この型の物を所持していた。それに対して綾女の使っている物は平凡なデスクトップである。特捜隊のメンバーなら誰でも使えるよう設定されているが、この控え室を実際に使用出来るのは綾女と美枝子だけであるため、ほぼ綾女専用と言って過言でない。彼女は、備え付けのワイヤレスマウスを投げ出すと、目元を軽く揉んだ。
「まっさか、本当に誠也がオペやってるとはなぁ……。それだけならまだしも、東京に来ることになったんでしょ。奇跡だよね」
「うん……しかも私たちと同じぺースで上がったんだね」
 美枝子は画面の中の無表情な男を見つめた。
 十八歳で特捜隊入りを果たすというのは、スタンダードな進級をした場合には、どんなに手を使おうとも不可能なことである。そこで、美枝子も綾女も、飛び級制度を利用して高校を抜かし中学から直接大学へと進んだ口であった。
 ちなみにこれは、その時の学力と専門性が試験によって認められた場合のみ許される特例的な進級制度である。美枝子はコンピューターのプログラミング能力や数学、英語の試験によりその壁を突破し、綾女は運動能力、論理思考や言語能力を認められた。そして三年で大学を卒業し、特捜隊に入ったこの道筋が、特捜隊に入るための最短ルートである。そのためにエリートと時折揶揄もこめて言われるが、本人たちにはピンとこない。その道の勉強だけをすればいいだけなので、幅広い知識が必要なわけでもないし、地道な進級をしている人々の方がむしろ大変なのではないかと思うことさえあった。
「もー、わかんないや。明日美枝子、解説して」
 投げやりに言い放った綾女はパソコンのスイッチを切った。それまで彼女の見ていた英数字の羅列が消える。犯人が現場近くのカメラにハッキングした際、一度だけミスであろうか、その痕跡が残っていたという唯一の手がかりともなるデータを送ってもらってそれぞれ見ていたのだが、美枝子が三十分でなるほどと理解したところを綾女は一時間以上かけても理解できなかった。というのも、彼女の仕事はそもそもコンピューターを扱うことではない。が、ベテランのツルーパー達はそこそこコンピューターの解析も出来るので、言い訳でしかなかった。入隊してまだ四年、これからも日々精進しているところである。
 綾女は諦めて椅子から立ち上がり軽く柔軟体操をすると、美枝子の画面を覗き込んだ。そして、そこに映された美青年の姿を見て唸り声をあげる。
「昔っから女みたいな奴だったけど、変わってないねぇ。世の中の女の子はこういう女々しい男が好きなのかな」
「さあ。どうして?」
「なんかさっきジュース買いに休憩所行ったら事務の女の子たちが実働隊にかっこいい男の子来るらしいよーって騒いでたから気になって」
「えっ? もう顔写真とか出回ってるの?」
「どうだろ。多分データで送ってもらったのは実働隊と上層部だけだと思うけど、噂はいくらでも広がるしね。誰かがちらっと見せたのかもしれないし」
 綾女は美枝子の背後からタッチパネルに手を伸ばし、カーソルを動かして先刻もらったばかりの秋川悠斗と大門誠也の写真を拡大した。
「……まー、この秋川さんって人のこと言ってるんじゃないと思うんだよね」
「……そうだね」
 失礼なことを言っているとは思うが、否定はできない。誠也のパートナーである秋川という男は、鼻が低くわずかに顎がしゃくれていた。不細工とまでは言わないが、お世辞にもハンサムとは言えない。
「まさかこんなところで再会するとは、誠也君も思ってないだろうね」
「うーん、向こうは私たちのことなんて忘れてそうだけど」
「ええっ、そうかなぁ」
「なんにでも無頓着だったじゃん。連絡も寄越さないような奴だし」
 綾女は言うなり欠伸をして、ロッカーを開けた。もう勤務時間もとうに越えている。私服に着替えるつもりなのだろう。
 美枝子もそろそろ帰り支度をしようとパソコンの電源に手を伸ばし、もう一度写真の中の彼を見つめた。見れば見るほど、懐かしい記憶がいろいろと蘇る。違う十数年を生きてきた彼は今、何を思ってこの東京へ戻ってくるのだろう。
 ぷつんと音をたてて画面の光が消えた。天井の明かりが点灯する。ふうと息を吐いて美枝子は立ち上がった。何はともあれ明日からは初の大仕事だ。この仕事を選んだのは他でもない自分なのだ。これからの長い人生に繋げて行くためにも失敗は許されない。
「頑張ろうね、あーちゃん」
「あったりまえよ」
 間髪置かずに返って来た歯切れよい返事に安堵する。美枝子はにっこり笑って自分のロッカーを開いた。この部屋を仕事部屋としてあてがわれてから二年、溜め込んで来た独特の臭いがほのかに漂った。


 天井が近い。椅子を倒して仰向けになるが、目に入る薄い青の模様が気になって、なかなか寝付けない。男はゆっくりと身を起こした。あと数十分で目的地へ着くだろう。日本各地の都市を繋ぐ特急は、ほとんど揺れず快適だ。しかし片道一時間もかからないのでは一眠りするにも中途半端である。男は煙草を取り出すと座席についている着火装置にかざした。白い煙が一筋立ち上り、天井の通気孔へと吸い込まれて行く。確実な分煙システムがついているため周囲への影響も気にならない。男――秋川悠斗は自分の隣に座っている青年をちらと見やった。端正な顔立ちは、ポータブルのゲーム画面を食い入るように見つめたままぴくりともしない。十分ほど前にこの電車に乗り込んでからずっとこの調子だ。いつものことなのでさして気になることでもないが、これから向かう大舞台を前に、よく平静でいられるなと半ば感心していた。悠斗は緊張のあまり寝付けもしない。
 煙草をくわえているだけでは手持ち無沙汰で、座席の足下に置かれた車内サービスのメニューを眺めたりもするがすぐに見飽きてしまう。こんなことなら窓際に座れば良かったなと今更のように後悔した。窓際を堂々と陣取っている青年は外を一瞥もしないばかりかゲームの画面から顔をあげることすらない。もったいないばかりだ。
 一体何をそんなに熱心にやっているのかと、身を乗り出して青年の手の中にある画面を覗き込めば、気味の悪い絵柄のパズルゲームが見えた。ルールは覗いただけではよくわからない。
「……何だ、これ?」
「……昔、俺が作った奴」
 期待していなかった返事は、彼らしく素っ気ない。感情表現が貧相なこの青年はそのために誤解を招くことも少なくない。しかしいかなる誤解を抱かれようと本人が全く気にしないため、改善されることはないのだろう。彼と付き合っていけるのは、物好きな悠斗くらいなものだ。
「お前が作ったのか? 趣味悪ぃな……なんだこの気持ち悪い怪物」
「絵は俺のじゃないよ。大学入った頃に、なんとなく学校のパソコンいじってたら面白いのが出来たからプログラムごとネットに上げたんだ。そしたら一気にたくさん、もほー品ができて、大ヒットしてたよ。これはそれが商品になったやつ」
「……パクられたのか」
「ん、違うよ、もほー品だよ」
「だから、パクられたんだろーが。なんでコピー防止しとかなかったんだよ」
「なんでかなぁ……忘れた。俺だけ独り占めしたんじゃもったいないからとか、そんな理由じゃないかなぁ」
 間延びした口調で言って、彼は欠伸を一つこぼした。もう彼とは七年の付き合いになるが、未だにこの感覚にはついていけない。欲がないと言うのか、無頓着と言うのか。
「……お前、これから仕事なんだぞ、わかってんのか」
「ん、知ってるよ」
「ゲームばっかしてねえでちゃんと資料読んどけよ」
「読んだよ、昨日」
「なんか監視カメラの制御コンピューターのハッキング履歴とかあったじゃねえか。あれは?」
「見た。ていうか見なくてもわかる。俺も、こうすればハッキングできるなーってずっと思ってたもん」
「……あ、そう」
 この天才肌の相方は、若干二十二歳という若さでありながら、仙台においては他のどのベテランオペレーターよりも優れていた。だが、それはオペレーションやコンピューター制御にのみ言えることである。コミュニケーション能力は、極めて低い。
「……ところでお前、これから東京に行くってことちゃんとわかってんだろうな?」
「うん。だって悠斗から何回も聞いたよ」
「そういうことじゃなくって……仙台にはもう戻らないんだぞ」
「うん」
「だから、仙台の奴らと惜別してきたかって聞いてんだよ」
「セキベツ? ゲーム?」
「……違ぇよ」
 予想はしていたが、自ずと溜め息が漏れた。
 悠斗がこの青年、大門誠也と出逢ったのは今から七年前、悠斗が大学二年の時だ。彼の大学は警官や自衛隊を目指す人の多い名門校で、特に特捜隊を目指す人間の育成に力を入れていた。全国にも数の少ない特捜隊を目指せる名門校とあって倍率も決して低くはなく、浪人せず留年もせずにストレートな進級を決めていた悠斗は、中でも優等生であった。だが、彼が二年になった時に現れた大門誠也という男は、さらに群を抜いたエリート中のエリートであった。何しろこの名門校に飛び級して入校したばかりか、その後も三年間で大学課程を修了したのだから唖然としてしまう。従って、入学は悠斗より一年遅かったが、卒業は一緒であった。その際共に仙台の特捜課の試験に合格した二人は、それからペアとして四年間一緒に働き続けている。
 悠斗は、今ではこの常人離れした青年の、良き理解者であった。天才となんとかは紙一重とはよく言ったもので、彼には一般常識がない。と言うより人間としての感覚が他とずれているのだ。そのため友人がいないと自ら語った当時十五歳の少年に、悠斗は興味を抱いた。悠斗自身は決して交友関係の狭い方ではなく、むしろ友人は多い方であったが、だからこそ今まで付き合った事のない、面白い奴だと好奇心が湧いた。
 何より、悠斗が誠也と親しくなれた要因は、悠斗が目指しているものがツルーパーだったのに対して誠也がオペレーターを目指していたことにある。特捜課の実働隊に入ったら、ペアは一生ものだ。自分の生涯のパートナーとなる名オペレーターを探していたこともあり、天才と呼ばれた男に近付いてみたが、予想以上の才能に目が眩んだことも事実。もしも同じポジションを目指す競争相手であったなら、嫉妬に狂ったかもしれない。実際に悠斗は、大学時代においても、また特捜隊に入った後も、彼の才能に嫉妬する人間を多々見てきている。悠斗自身、特捜隊に入って誠也と仕事をするようになってから彼の才能に振り回されてきた一人であった。オペレーターは天才だがツルーパーは凡才だと上から厭味を言われたこともある。それに苦しんだ時期もあったが、今ではこの天才オペレーターの指令を的確に聞いて動けるのは自分だけだという誇りを抱いていた。何しろ、常識離れした彼と普通人とでは満足に世間話すら続くまい。そこで誠也の指令に命を賭けることの出来る自分にも、彼と並ぶだけの価値はあるのではないかと自負することにしたのだ。
「……まぁ、事件の内容把握してんならとりあえずいいけどよ……せめて今回チーム組む奴らの顔と名前くらい見とけよ。お前、向こうのチーフの顔さえ見てないだろ」
「ん……見てない。必要なの?」
「当たり前だろうが。一人で仕事すんじゃねえんだから」
 くどくど注意をしたところでゲームを終えようとはしない誠也の代わりに、悠斗が彼のポケットを探る。上着の胸ポケットに手を入れると、その中には彼の相棒が収まっていた。黒の最新卵型である。悠斗は誠也の前の座席についている机を倒すとその上にそれを置いて起動そた。わずか数秒で立ち上がったそれを持ち主の代わりに操作して、東京本部から送られてきたファイルを探した。
「……あった、これだ」
 未開封のマークのついているデータをクリックして開く。東京の本部の幹部と、特捜課幹部の顔写真、そして今回の事件でチームを組むことになる実働隊メンバーの顔写真が名前とともに並べられていた。
「おい、こら。それはポーズしといて、見ろ」
「うーん……」
 誠也は唸り声をあげるだけだ。仕方がないので悠斗がページをめくった。
 一つのページにつき一つのペアの顔写真と、それぞれの履歴が書かれている。実のところ悠斗も他のメンバーについては顔写真を流し見しただけだった。そこで、読む気など毛頭もないであろう相方のために音読しつつ解説やることにした。
「はい、じゃあまず一人目、磯崎ルナ。この人がチーフだな。三十七歳か。三十代には見えねえな……中学からはヨーロッパの方に留学したそうだ。大学は向こうの名門。それから次は、実働隊のチームメンバー。最初は浦安要と山下秋人ペア。両方三十九歳ときた。ベテランっぽいけど体力もつのかね。いいや、次。高畑龍太郎と伊藤渚ペア。高畑が二十六、俺と同い年で、伊藤が二十五だな。オペの伊藤の方は女だ。若いけど可愛くねえな、つまんねえ」
「いいじゃない、別に。職場で恋愛はしないんだろ」
「恋愛云々関係なしに、可愛い娘がいた方がモチベーションあがるじゃねえか」
 どうでもいい主観を交えながら説明してやると、誠也はくすくすと笑った。精神年齢が七歳児とそう変わらないこの男は、面白おかしく話してやればきちんと聞き耳をたててくれる。扱いやすいと言えば扱いやすく、難しいと言えば難しくもあった。
 次が最後のペアだな、と言いながら悠斗はカーソルを動かした。今回の事件を担当する実働隊は自分たちを含めて四組である。そしてこの次のペアが、悠斗にとってはなかなか美味しいところであった。
「最後、白川綾女、佐々木美枝子ペア。これはなかなかの別嬪だぞ。白川の方は中の上くらいだけど、佐々木の方は特上だな。清楚なお嬢様タイプとみた」
 ぴた、と誠也の手が止まった。さすがの彼も男である。此処まで言えば興味を持たずにはおれまい。そう思って悠斗は満足そうに画面を示した。
「見ろよ、仕事用の真面目な写真なのに綺麗に映ってんぜ。変な加工もなんもしてねえのにこれだもんな。本物はもっと美人だぞ。――しかも二人とも二十二じゃねえか。若いな……。お前とおんなじエリートコースの人間ってことか」
 思わず感嘆の息が溢れた。誠也を初めて見た時には、こんなエリートは他にはおるまいと思ったが、世界は広い。エリート二人がタッグを組んで最前線で働いているのだから東京は凄いところだ。ひょっとしたらこんなに綺麗な顔をしているけれども誠也と同じように奇妙奇天烈な人間かもしれない。天才となんとかは紙一重とよく言うし、十二分に有り得ることだ。
 ちらと隣を窺えば、誠也はゲームを膝の上に置いてすっかりコンピューターの画面に釘付けになっていた。仕方らはゲームオーバーの文字が浮かび上がっている。誠也にも人並みの美的感覚があったのだなと感心したのも束の間、彼は予想外の言葉を吐き出した。
「俺……この子たち、知ってる……」
「……は?」
 間抜けな声が漏れる。誠也の顔は至って真剣だ。とても冗談を言っているようには見えないし、そもそもこんなところで冗談を言えるような男でもない。
「知ってんの?」
「うん」
「知り合い?」
「知り合い、だったかな……昔、シールドの外へ抜け出した仲間」
「はあ……?」
 いつものことながら、誠也の説明は要領を得ない。つまりどういうことなのだと問いただしたい気持ちはやまやまだが、恐らく満足ゆく答えは返ってこないだろう。青年の綺麗な瞳はまるまると見開かれており、彼自身愕然としてしまっているのが見て取れる。ただでさえ口下手な彼に、今説明を求めたところで無駄である。こういう時は、幼稚園児に聞くようにすればいい、と悠斗は今までの経験上心得ていた。
「……昔の知り合いなのか?」
「うん。たぶん……すっごい昔……」
「そりゃびっくりするわな。まさか特捜隊に入ってるとは知らなかったわけだろ?」
「知らなかった。全然」
「仲良しだったのか?」
「うん。いっつも一緒にいた」
「へえ……じゃあ、俺に紹介してよ。この可愛い方」
「無理だよ。覚えてないよ。俺も忘れてたし」
 忘れていたのはお前の方だけだろう、という突っ込みはあえて飲み込む。とにかく物事に頓着しないこの男は、過去を忘れ去るのもずば抜けて早い。恐らく、もうすでに悠斗と出会った頃のこともほとんど忘れてしまっているに違いない。彼がそう望んでいるのか、そういう体質なのかは未だに不明である。彼自身そのことで悩んでいた時期もあったらしく、深く詮索はしないでいた。そんな彼が、例え今しがた思い出したにしろ記憶の中に留めていたというからには、余程親密な間柄であったに違いない。それだけ親密な相手が彼と同じようにエリートコースで特捜隊に入るなんて、世界は狭いな、と先ほどとは真逆のことを思った。
「ま、覚えてたらでいいから、紹介しろよ」
「紹介も何も一緒に仕事するんだろ。必要ないじゃん」
「いや、仕事仲間としてじゃなくて知り合いの知り合いとして紹介してもらった方が、仲良くなるきっかけとしては……」
「またそういうこと言って。スミレさんに怒られるよ」
 容赦なく切り捨てられて、悠斗は失笑する。スミレというのは悠斗の妻だ。悠斗には家庭があった。妻もいれば今年一歳になる娘もいる。これは悠斗の人生設計においては予想外の出来事で、少なくとも三十までは独身を貫こうと思っていた予定は二十代後半に入るなり早々に狂ってしまったのであった。それに対する最後の抵抗として、彼の女遊びはやむことがない。スミレにはバレぬよう計らってはいるのだが、ひょんな時に露見してしまうその都度、修羅場を迎えている次第である。
「スミレはこっち来ねえからお前さえ黙ってりゃ平気だよ。単身赴任は気楽でいいねぇ」
「何言ってんの。すぐ寂しくなるくせに」
 いつもの調子を取り戻した誠也はさらりと言って、ゲームオーバーになった画面にリセットをかけた。また最初からやり直すつもりだ。そうなると、彼はもうパソコンの画面など見向きもしない。結局この若い女二人が彼にとってどういう知り合いなのかはわからないまま、彼は口を閉ざした。ゲームに向かってここ一番の真剣な眼差しを見せるその姿を見つつ、それ以上聞き出すことは諦める。大方、彼自身ほとんど何も覚えていないに違いない。悠斗は卵型のスイッチを切ると、元通り誠也の上着のポケットにその本体を戻した。
 自分の座席にもたれかかって、車両の端に掲げられた電光時計を見上げれば、到着時間まであと三十分を切ったようだった。時の流れは早い。
 ゲームに集中している誠也の肩越しに窓の外を見ると、シールドのない青空が広がっていた。人口の少ない地域には、まだ直射日光を遮る天井が設置されていないことも多い。直射日光の下を通る時は、必ずシールド加工された日傘を差さなければならないと物心つく頃には教わっていた。天然のシールドと言われるオゾン層が出来上がるまでには、まだ時を有するらしい。百年も前の研究では、二十一世紀の半ばにオゾンホールも塞がり回復するだろうと楽観視されていたこともあったらしいが、蓋を開けてみればこの通りである。まだ復興の目処はたっていない。
 悠斗は煙草を灰皿に捨て、倒した椅子に深々と背を埋めると、目を閉じた。まだ到着までは数十分あるはずだから、一眠りできないこともないだろう。次に目が覚めた時には、シールドの下を走っているはずだ。そしてすぐに新しい職場との出逢いが待っている。――それを考えると緊張で動悸が激しくなり、やはり眠りにつくことは難しそうだ。悠斗は人知れず溜め息を吐いた。


 東京二十三区から外れ、神奈川との境目あたりに出てくると、少しだけ街の空気が変わった。都会であることに変わりはないのだが、実験的に未来の世界を再現している中央部とは違い、どことなく生活臭が漂っていた。此処は人の住む場所だと思わせる雰囲気がある。特捜隊司令部のある大都会は、何もかもがデジタル化してどことなく浮世離れしていた。あちらは人の住む世界ではない。
 美枝子は昔懐かしいアスファルトの地面を踏みつけた。赫々たる日差しが降り注ぐ。シールドは有害光線を吸い取ってもその灼熱の力までは吸い取ってくれない。しゃがみこんでいる綾女が額に滲んだ汗を袖で拭った。インドア派の美枝子とは異なり幼い頃から外で飛び回っていた綾女の体は新陳代謝が早い。美枝子の倍以上汗をかいてぐっしょり濡れた前髪を振り払っている姿にいたたまれなくなって、美枝子は自分のハンカチを差し出した。
「ん、ありがと」
 それを遠慮なく受け取ると、綾女は額を拭いつつ立ち上がって左右を見渡す。場所は、住宅街の中に隠された小さな路地であった。昼間でも人気はなく、これが夜であったならこの場所には街灯の明かりすら満足には当たらない。美枝子は綾女の横に並んで軽く目線を持ち上げた。道の端に建てられた細い柱の天辺に、小型のカメラが設置されている。
「……此処のカメラ、わかりやすいね」
 思った通りを告げると、綾女も鬱陶しそうに肩にかかる程度の髪を結い上げながら、同意した。
「素人でもすぐ見つけられるカメラなんだから、ハッキングなんかしないで布でもかぶせときゃよかったのにね」
 国の所有するカメラで死角を失った都市において、カメラ本体に直接細工をするのは犯罪時の常套手段である。その対策として都心部においてはカメラが何処にあるのかわからないよう隠すようになったが、少し郊外へとはずれるとこの様だ。それでも常套手段をあえて使わなかったのは、俗な手段は使わないという犯人のプライドであろうか。
「しっかし、実際現場に来てみたところでもう何にも残ってないね。一通り本部が捜査はしちゃったわけでしょ」
 綾女は腰に手を当てて空を仰ぐ。手首切断事件のチームに加えられてから、連日実働隊は事件のあった現場へと派遣されている。だが、一度本部が洗った現場にはすでに事件の痕跡もなく、平和な風が吹いていた。美枝子はうーんと唸り声をあげて、とりあえず卵型を取り出した。何もせずに帰るわけにはいかないので、此処のカメラの映像記録と照らし合わせてみるつもりだ。美枝子がその場に座り込むと、綾女も隣に座った。二人仲良く道の端に体育座りをする。傍からは、凶悪事件の捜査をしているとは全くわからないに違いない。
「……ていうか、そもそも監視プログラムに穴があったのがいけないんだよ。まだ犯人の足跡も掴めてないわけだし、またすぐに次の事件が起こるんじゃないの」
「今、本部の情報課が修復作業にあたってるらしいけど……」
「本部の情報課じゃ一月はかかるでしょ。私と同じ程度の知識しかないんだよ」
 綾女の言葉に失笑した。綾女は確かにオペレーターほどの腕前はないが、電子工学特捜課に入れるだけの実力は持っている。卑下するレベルのものではないはずだ。
「……どお?」
「ん、ちょっと待って……出た、これが事件前の映像。で、こっちが事件後の映像」
 美枝子は二つの映像を並列させると綾女にも見やすいように画面のサイズを拡大した。アスファルトの上に映像が広がる。
「えーと、今私が座ってるとこに遺体が転がってたわけだな」
 あっけらかんと言って綾女は腕を組んだ。美枝子は眉をひそめる。被害者には申し訳ないが、気味が悪いと思わずにはおれなかった。いつまでもそんなことを気にしている自分はまだまだ半人前なのかもしれない。綾女は血に濡れた画像を直視しながらも、微塵も気にした様子はなかった。
 顔をしかめている美枝子を他所に、綾女は勝手に映像を再生して進めていく。まずは事件前の映像を動かした。被害者と思われる男性が、路地にゆっくり足を踏み入れる。なんでもこの奥に彼の自宅があるらしい。仕事帰りなのだろう、ぐったりと疲れきった風体で荷物を引きずっている。中小企業の平社員なのだそうだ。まさかこんなところで襲われ手首を切断されるとは夢にも思っていなかったろう。その上、彼の銀行口座を調べたところ、事件発生から一時間以内にはすでに空っぽにされていたということだ。悪逆無道な仕打ちである。
「……丁度、この辺りまで来たところで画面が吹っ飛んでるね」
 綾女は男と同じ道を辿って歩いた。そして画面が美しい田園風景に切り替えられたところで足を止め、しばらく待つ。ややあって、画面が再び切り替わり、もとの監視映像に戻った。その時にはすでに男は大量に血を流して横たわっていた。周囲に、他の人間のいた形跡は全くと言っていいほど、ない。
 美枝子は嘆息した。さすがに何度も再生してこの酸鼻を極める映像には慣れたが、状況は見えない。何しろ一番重要なシーンが丁寧に切り取られているのである。当然、犯人は二人以上だと予測された。数時間以内に別々の地域で酷似した事件が続発したことからさらに多勢である可能性が示唆されていた。しかし、その程度しか今の時点では、見えない。
 どうしたものか、と美枝子がパートナーの顔を見上げると、道の中央に仁王立ちになった綾女はとても険しい表情を浮かべていた。彼女も自分と同じように困惑しているに違いない。そう思ったが、綾女は軽く首を傾げると指先で画面を示してみせた。
「……もう一回、画面が切り替わってるところ見せて」
「え、切り替わってるとこ? 事件前後じゃなくて?」
「うん。なんか花畑みたいのが映ってるやつ」
 正確には花畑ではなく収穫前の稲穂の揺れる景色なのだが、そこは問題ではない。美枝子は言われた通り映像を巻き戻すと、映像の切り替わる瞬間から再生した。アスファルト一面に、綺麗な稲穂と絵に描いたような青空が広がる。現代では余程環境の整備された地域に行かなくては見られないような風景だ。観光の名所にもなっている。
 その芸術作品のような映像を見ながら、綾女は何やら難しい顔をして道の端をちらちらと見上げていた。そして、再び映像が切り替わる。それと同時に首を傾げて、彼女は頬に片手を添えた。
「……美枝子、今の何秒?」
「田園風景?」
「うん、それ」
 美枝子はぱちくりと大きな目を瞬かせてから、すぐにキーボードに手を伸ばした。すぐに映像の下に時計が現れ、カウントを開始する。十倍速でカウントすると、五秒ほどで完了した。
「五十二秒五三」
「……めっちゃめちゃ早くない?」
「ああ……確かに」
 言われて気付く。確かに、犯行には一分もかかっていないということだ。綾女にもう一度事件前の映像を流すよう言われ、美枝子は巻き戻しを繰り返す。そして映像の切り替わる一瞬前で一時停止すると、綾女と一緒に画面を覗き込んだ。
「この映像に、まだ奴は映ってない。でもって、この映像に映ってるのはこの男がいるところから後ろ大体三十メートルくらいまででしょ? この五十秒の間にまず三十メートル走ってくるわけだ」
「前から来たってことは? 前だったら十メートルくらいしか映らないけど」
「前部分映してたカメラも切り替えられてたっけ?」
「うん、この周辺カメラは全部。何処から来たのかわからなくするように通って来た道以外はダミーだろうけど」
 相手の手口は徹底している。実際に犯行のあった場所だけでなく、周囲のカメラも全て、人通りが多くて犯人の断定出来ないところまで一周ぐるりと映像は切り替えられていた。綾女は顎に手をあててしばらく考え込んだ後、眉間に皺をよせた。
「どうだろう……でもやっぱ、前からってことはないと思うんだよね」
「どうして?」
「だってさ、この男の人撲殺されて手首切り取られてんだよ? 明らかに鈍器で殴られた痕だったっていうから犯人は何か鈍器を持ってたわけでしょ。でもってこの短時間で手首を切り取れる刃物ってかなり優れた得物だよ。そんなのを持った奴が前から歩いてきたら少しはぎょっとするでしょ。でもこの人、全然気付いてないじゃん」
「暗くてわからなかったとか。凄く疲れてるみたいだし」
「いや、気付くでしょ。これしか時間がないから、袋とかから出し入れしてる時間はなかったと思うよ。むき出しの刃物と、むき出しの鈍器を持ってたと思う。後ろから着いてきたんだったら振り返らなきゃ気付かないだろうけど、前方十メートルの位置にいたら、おかしいなとは思うよ」
 そうかもしれない、と美枝子もそれ以上は反論しなかった。よしんば気付けないほどに疲労していたとしても、ここまで念入りに計画を練ってくるような殺人鬼が、気付かれる可能性の高い前方から刃物を持って近付くことは考え難かった。
「……だとしたら、五十秒の間に後ろから走って追いついたってこと?」
「そうそう。それも鈍器と刃物持ってだよ? でもってこの人に抵抗させる暇も与えず殴り殺して、すぱんと手首切断。私だって増強装置つけてなきゃ出来ないよ、こんな早業」
 綾女は首をすくめて見せた。身体能力の高さを買われて特捜隊入りを果たした綾女だ。その運動能力は並大抵のものではない。
「それに、もしもそれだけ出来る力があったとしても、何のためらいもなく殺せなきゃこの早さは無理でしょ。人を切るのに、慣れてるかも」
「えっ……でも人斬り事件とかあったらそれなりに有名になる、よね?」
「まあね……警察の知らないところであったのかもしれないし。日本警察の管轄外かもしれないし」
「そんな殺人鬼が……複数いるってこと?」
「その可能性は高いよね。一人で出来る芸当じゃないし」
 真剣な眼差しで画面を捉えた綾女の額から、再び一筋汗が滴り落ちる。美枝子の背中にも、暑さからくるものとはまた違う種類の汗が浮かんだ。覚悟はしていたが、規模が大きい。それまでアシスタントとして関わらせてもらっていた事件とはまるで格が違う。二人はそもそも人の命のかかった仕事をまだ遂行したことがなかった。従って、幼い頃にドラマで見たような、命を賭けて戦う実働隊の姿も見た事がない。もっと単純明快で簡単な事件ばかりだ。
 綾女は一息つくと、腰にぶらさげていた水筒を手に取った。中身をぐいと呷って、「いる?」とこちらに差し出す。それと同時に、二人のポケットの中に入れていた通信機がそれぞれ震えた。はっとして二人同時に耳元に手を伸ばす。随時耳に差しているイヤホンは、普段は全く外の音を遮断しない。が、通信機の通話スイッチを入れるとクリアに相手の声だけを拾った。左耳に通信機用イヤホン、右耳は外音を聞くために開け放しておくというのが彼女たちのスタイルだ。
『町田付近の実働隊に告ぐ』
 ルナの声が聞こえる。恐らく一方的な通信だ。この付近にいる実働隊全員に一斉送信されたもので、こちらからの声は届かないだろう。
『町田西部にこれまでの静脈チップ切断事件と同一犯によると思われる手首切断が発生。特捜課情報部が、被害者の静脈チップの反応のキャッチに成功した。それぞれのオペレーターに転送するから、奴の動きを追ってくれ。以上』
 ぷつんと音をたてて通信が切れた。二人は思わず顔を見合わせる。ややあってから、美枝子は弾かれたようにパソコンの前に屈んだ。画面の端に受信の合図が出ている。即座にそれを開いて地図をチェックすると、卵を拾い上げた。
「あーちゃん、行こうっ」
「行こう!」
 綾女が先に立って二人は走り出す。道の角に停めていたパトカーに、先に飛び込んだのは綾女の方で、当然の如く運転席に座る。オペレーターである美枝子がナビゲートするのだから何もおかしなことではないのだが、美枝子は助手席に座ってシートベルトを締めながら僅かに渋い顔をした。
「あーちゃん、お願いだから安全運転でね」
「出来る限りね!」
 綾女の運転は彼女の性格とよく似て大胆不敵だ。助手席に座っている身としては肝を冷やすばかりである。ゆえに普段は美枝子が運転席に座ることが多いのだが、緊急の場合は致し方ない。美枝子は座席前方に卵を設置して気を引き締めた。
「このまま直進して。突き当たりを、右」
「了解!」
 綾女の右足がアクセルを蹴り飛ばした。車が唸り声をあげる。騒音公害を解決したとして数々の賞を受賞した電気自動車が、こんな音をたてることも珍しい。美枝子はぐっと奥歯を噛み締めて足に踏ん張りを利かすと、まっすぐ前を見捉えた。けたたましいサイレンが街に鳴り響く。この程度で臆するわけにはいかない。これからが最初の大仕事だ。

 移動し続ける静脈チップの反応を追うこと二十分。いつもに増しての荒々しい運転の中でのナビゲートであったが、乗り物酔いする余裕もなかった。できる限り早く追いつくために相手の動きを読み、ベテランの仲間達に遅れをとるまいと奮励したが、寸前のところで反応が消えた。突如、静脈チップそのものが消滅したかのようにうんともすんとも言わなくなったのである。思わず美枝子は身を乗り出した。しかし、どれだけ目を凝らしても、そこに反応は見られない。
「どうしたっ?」
 突然ナビゲートが消えたことに綾女が不審の声をあげる。車は止まらない。
「……とりあえず、次の大きな交差点左に曲がって! その先十メートルくらいの地点で反応が消えたの! 何があったかわからないけど、行ってみよう!」
「よし!」
 美枝子の言葉に従って、綾女は左にハンドルをきる。遠心力で上半身が運転席の方へ投げ出されそうになるが、ドア上方の手すりを掴んで耐えた。今度は急ブレーキによりシートベルトが喉に食い込む。息がつまりかけて咄嗟に口元に手をやったが、すぐに背もたれに背中を打ち付けられて、気管も解放された。エンジン音が消える。美枝子は腹いっぱいに空気を吸い込んで自分を落ち着けると、顔をあげた。すぐ前に同じ車種のパトカーが止まっている。特捜隊の物だ。
「……さすが、もう何人か着いてるみたい」
 綾女がぼそりと呟いて、シートベルトをはずした。美枝子も慌ててシーベルトをはずすと車外に降りる。パトカーは二台のみであったが、その前のビルには十人近い特捜隊がすでにスタンバイしていた。
「来たな、白川、佐々木」
 その中心にいた中年の男がこちらに気付いて切れ長の瞳を持ち上げた。今回の件を担当するチームの中では最年長のベテラン、浦安要である。その背後で彼のパートナーである山下秋人が何やら通信機で報告をしているのが見えた。周りを囲む隊員たちはその報告を聞いている。浦安に黙って手招きされたので綾女と美枝子もその輪の中に入ると報告に耳を傾けた。
「……ぎりぎりで俺と浦安が駆けつけたんだが、奴さんはすでにビルん中だった。ビルにゃ違法のセキュリティが敷かれてる。今総勢で十人、五組いるが、どうする。中、洗うか?」
 報告の相手は磯崎ルナだ。尋ねるまでもなくわかった。実働隊の中でも最年長組である山下が指示を仰ぐ相手などルナ以外にはいない。また、チーフであるルナに敬語を使わないのも最年長組の特権である。ルナはパートナーを失ったためにチーフに就任したが、元は彼らと同期のオペレーターだった。
 山下は通信機の向こう側へ「わかった」と低く告げると切断した。そして浦安を一瞥した後、その場にいた全員を見回す。
「突入許可が下りた。違法なセキュリティが張られているから中も複雑だと思った方がいい。念のため磯崎が建物の平面図を探すと言ったが、期待はするな。この場の守りは、浅井と枚方に託す。――まずは俺たちから行く。後に続いてくれ」
 了解の声が一斉にあがる。山下は頷くと、自分の卵型を取り出し浦安に目配せした。そしてしばらくキーボードを打ち込んだ後、「行け」と低く命じる。それを合図に浦安が建物の中へ突入した。他の隊員たちもそれぞれに突入の準備を整え始めている。
 美枝子も手早く卵型を設置すると綾女を見上げた。綾女が頷いて、増強装置のスイッチを入れる。それを受けて美枝子は装置の反応を確かめた。これによって中に入る自分のパートナーが何処に居るのか、何をしているのか全て把握できる仕組みになっている。次に、この建物のセキュリティシステムに強引に自分のコンピューターを接続した。違法なセキュリティシステムと言われるデジタルバリアは、人体に有害な光線を発していることが多い。それは登録された人物以外を排除するためのものであり、ヤクザ組織などがよく使う代物だった。そしてそのシステムに自分のパートナーを偽造IDでもって登録することがオペレーターの仕事の一つであった。美枝子は他のオペレーターよりは少し手こずってしまったもののなんとかシステムに綾女のIDを送ると、彼女に合図した。心強い美枝子のパートナーは緊張しているだろうに、笑って先輩の後ろへと続いた。
 美枝子は綾女の通信機に自分以外の通信を全て禁止すると――自分のオペレーター以外の声が入ってしまうとツルーパーが混乱してしまい、命の危険に関わるためである。突入中の他のメンバーからの伝達はそれぞれのオペレーターを介すか、あるいはオペレーターの通信機を通して繋いでもらうかの二択となる。――セキュリティシステムから建物の全体図を想定した。確かな平面図があるわけではないが、セキュリティがどのように走っているかを見れば大体の予想はつく。
「あーちゃん、右側の階段を上って……三階まで。他のツルーパーはもっと上階に行ってるから、私たちは三階を探ろう」
『了解』
 オペレートするためには、他のメンバーの動きを見ることも大切だ。他の邪魔にならないよう、助けが必要な時には的確に助けられるよう、実際に動くのがツルーパーの仕事であり、監督するのがオペレーターの仕事だ。
『三階到着。手前の部屋から見てく?』
「待って、一番奥から二番目の部屋。この階では一番セキュリティが厳しくて、怪しい。きっと何かあるよ。そこから行こう」
『開く?』
「大丈夫、エントランスと同じセキュリティが二重にかかってるだけだから」
 美枝子は自分に出来る限りの最速でシステムに綾女のIDを打ち込むと、声をあげた。
「できた! 行って!」
『よし!』
「中に誰かいるかもしれない、気をつけて!」
『了解』
 綾女の通信機から、建物内の様子を聞く。綾女の威勢の良い声の後に、物音はない。どうやら中に人はいなかったようだ。
『誰もいない。でも、手首が落ちてる!』
「えっ……?」
『わかんないけど、保管されてるわけでもないのに腐ってないから今回の事件の被害者のじゃないかな……あ、中の静脈チップが壊されてる。だから途中で反応が消えたんだ』
「……わかった、他のメンバーに伝える」
 何の躊躇いもなく手首を拾い上げてその中まで探ったらしい綾女に感服しながらも、美枝子はその場にいる他のオペレーターに通信機を接続した。
「三階にて今回の被害者の物と思われる手首を発見。周囲に人はなし。捜索を続行する」
 通信を切断し、再び綾女の声に集中する。今の美枝子には、自分のツルーパーをオペレートするだけで精一杯であった。故に、後からやってきた影には気付かなかった。それは建物のエントランスに円陣を組むオペレーターたちの輪に近付き、その防衛をしていたメンバーには身分証明書を見せることで通過し、輪の中へと参入した。今まで見た事の無い風貌のその青年たちに、何人かのオペレーターは一瞬訝るような眼差しを向けたが、すぐにその整った顔立ちに気付いて、「これが」と心の中で呟いた。制服さえ着ていなかったため、一見一般人にも見えたが、取り出した卵型も、袖を捲ってスイッチを入れた増強装置も、彼らが一般人ではないことを示している。
「どう、あーちゃん? 何かありそう?」
『他には手首の一個もないよ。でもコンピューターがたくさんあるから、多分機密情報とか保管されてるんじゃないかな』
「うん、じゃあ私のパソコンに送れたら送って!」
 自分のパートナーとの会話で必死になっている美枝子の隣に、新たにやって来た青年は腰を下ろした。彼は卵型を起動しながらちらっと美枝子を伺う。そして、呟いた。
「……みえちゃん?」
「……え?」
 その呼び名は、小中、大学と学生時代にはよく使われたものであった。しかしながらこの職場では一度も呼ばれたことがない。こんな忙しい時にふざけたことをする輩は誰だ、と胡乱気に隣を見やって、美枝子は固まった。すらっと鼻筋の通った、その顔に見覚えがある。ふわりと笑ったその笑顔にも、懐かしい気持ちがこみ上げる。
『美枝子、パスワードかかってる! 美枝子、美枝子?』
 その顔に見とれてしまったために、僅かに反応が遅れた。通信機の向こうでツルーパーが当惑している。しまった、と思いながら美枝子はパソコンに向き直った。
「ごめん、あーちゃん……! パソコンにコード繋いで!」
『もう繋いだ! あとは頼んだ!』
 美枝子は無言で承諾し、キーボードを怒濤の勢いで叩いた。綾女の通信機のコードにパソコンを繋ぐことで、美枝子の方で遠隔操作が出来るようになる。簡単にコンピューターを開けない時は大抵この手段に出る。
 パスワードを必死に探してあてはめていく美枝子の横で、パソコンを立ち上げた青年は自分のパートナーを見上げて柔らかい笑みを浮かべた。
「悠斗、此処のセキュリティなら全解除出来そうだけど、どうしよう」
「何分かかる?」
「一分もかかんない」
 その言葉に驚愕したのは、台詞を聞く余裕のあった守備メンバーのみだ。他のオペレーターは気付かない。
「なら解除しろ。中の奴らが驚いて出て来たところを縛り上げてやろう」
「おっけー、それでいこう」
 悠斗と呼ばれた屈強な男が、軽くストレッチをしている間に青年は一連の操作を終えたようだった。何も知らない美枝子は、突然画面上からセキュリティシステムの反応が消えたことに驚き、顔をあげる。他のオペレーターたちも皆一様の反応を見せていた。それぞれ動揺しながらきょろきょろと周りを見回している。ただ、端の方に控えた新参者たちのみが平然としていた。
「悠斗、中の監視カメラに入ったよ」
「どうだ?」
「七階に、いっぱいいる。ん、違う、七階と六階の間」
「隠し部屋か。よし、行ってくる」
「いってらっしゃい」
 悠斗が中へと突入していく。その後ろ姿を呆然と見送りながら、美枝子はもう一度画面上に目線を落とした。依然として、セキュリティの反応はない。
『美枝子、どうかした?』
 美枝子の異変に気がついたのか、気遣うような綾女の声が響く。はっと我に返ると美枝子は最後まで仕上げてパスワードをあてはめた。
「ごめん、大丈夫……急にセキュリティが消えたからびっくりして」
『消えた? どうして?』
「わかんない……とりあえず、今そこのコンピューターの情報こっちに転送してるからもう少し待って」
『了解』
 美枝子は自分のパソコンに転送画面が表示されていることを確認し、高鳴る鼓動を落ち着けた。コンピューターにはかなり膨大な量のデータがあるらしく、しばらく転送は終わりそうにない。その隙にさりげなく横を見やれば、やはり見間違いなどではない、ルナから送られた画像通りの美しい青年がその場にあぐらをかいていた。
「……せーや君?」
 仕事中に不謹慎だとは思う。けれども確認せずにはおれず、戸惑いがちに声をかけてしまった。
『誠也? 誠也が来たの?』
 通信機の向こうからの綾女の声に答えるより先に、誠也がこちらを向いた。そして目を丸まると開いて、子供のように無邪気に笑う。
「わあ、凄い、覚えててくれたんだ……!」
 ぽかんと、拍子抜けした。
 あまりにも記憶の中にいる彼と変わらなくて、人間はこんなに変化のない生き物なのだろうかと疑問にすら思う。何しろ十年以上会っていないのだ。それなのに、彼は十歳の時と全く変わらない。
「ねえ、悠斗! みえちゃん俺のことを覚えててくれたよ!」
 仕事中だというのにパートナーに通信機を使って報告などしている。当然パートナーからは叱られるだろうと思ったが、向こうの言葉を受けて彼はますます笑った。
「ええ、だから仕事仲間でいいじゃん。なんで紹介しなきゃなんないのさ」
 何の話をしているのかはわからないが、少なくとも仕事に関係のある話ではないはずだ。周りの視線が痛々しい。注意した方がいいかもしれないと恐る恐る彼に声をかけようとすると、「ん」と彼は画面を見ながら瞬いた。
「ゆーと、なんか向こうもセキュリティ解けたの気付いたみたい。六階から逃げ出したよみんな。え、七階まで行っちゃったの? んー、じゃあたぶん裏口から出ると思うから、そっちに先回りしてよ」
 美枝子は彼を見やって愕然とした。セキュリティを解いたのは彼の仕業だったのか、とようやく気が付いた。――正攻法ではないが、仕事が早い。他のオペレーターは皆怪訝そうな顔をしているが、セキュリティが解けてしまったものは仕方ない。此処は彼に合わせて犯人とおぼしき集団の捕縛を手伝おうと思った。
「誠也君!」
「ん、何?」
「助勢するわ! そっちの会話、繋いで!」
「ほんと? 助かるな、ありがと」
 彼は厭うことなく謝礼して、一本コードをこちらへ伸ばした。そういえば、今しがた来たばかりの彼のパソコンとは、まだ共有設定をしていなかった。他のメンバーと違って、ワンタッチで通信機が繋がることはない。
 そんなことも忘れていた自分を恥じ入りながら、美枝子はコードをポケットの通信機に繋いだ。パソコン上の転送画面はほとんど終盤にさしかかっている。
「あーちゃん、聞いて!」
『はいはい、なんでも聞くよ。私のこと無視して何楽しそうに会話してんのよ』
 しばらくオペレートを忘れていたために、わざと拗ねたような口調で返してくる。本気で怒っているわけではなかろうが、一瞬でも職務放棄してしまったことを申し訳なく思いながら、美枝子は続けた。
「ごめん、あーちゃん……! 誠也君たちが、裏口に逃げ出した人達を捕まえるらしいから、手伝う。転送終わったらコード抜いてすぐに部屋出て右に行って! 非常階段があると思うから、それで一階まで下りて裏口に回ってほしいの」
『了解。転送は?』
「あと三秒……三、二、一……完了!」
「はいよっ!」
 接続が切れましたという文字が浮かびあがる。綾女がコードを抜いたのだろう。「OK」の文字をクリックして画面を閉じると、美枝子は誠也たちの会話に耳を澄ませた。
『ゆーと、今何階?』
 すぐ隣にいる誠也の声も、通信機越しに聞こえる。それに答える野太い声は、彼のパートナーの秋川悠斗のものだ。
『今五階の踊り場まで来たぞ』
『間に合わない。裏から逃げようとしてる、奴ら』
『そんなに早えのか』
『ゆーとも近道して』
『どこから』
『その踊り場、窓あるでしょ。飛び降りればそのまんま裏口前だから』
 美枝子はまたもや吃驚する。思わず誠也の表情を眺めたが、戯れている様子など伺えない。いくら増強装置を着けているとは言え、余程上手く着地しなければ大怪我をおう可能性は十二分にある。
『五階から下りろと?』
『窓あるだろ、窓』
『あるな』
『無理?』
『馬っ鹿、お前、これっくらいなんともねえよ』
『うん、知ってる。悠斗ならできるよね』
『……なんか俺、いいように扱われてねぇ?』
 この状況でも軽口を絶やさない彼らの会話を信じられない気持ちで聞きながら、美枝子は綾女に声をかけた。
「あーちゃん、一階着いた?」
『うん、もうあと五段、着いた!』
「じゃあ、その非常階段から中入って! 確か、すぐ左側に裏口があったから!」
 消えてしまう前のセキュリティの図面を頭に思い描きながら指示を出す。そうこうしている間に悠斗は本当に五階から飛び降りたようだった。『やるじゃん』という誠也の言葉を受けてちらと彼の画面を覗き込めば、彼が入り込んだというこのビルの中に設置された監視カメラの映像が映っていた。法的な物ではないだろうから、恐らくこのビルの所有者が独自の判断で設置したものに違いない。そのカメラさえ易々と操る彼の画面には、かすり傷一つなく仁王立ちになっている悠斗の姿が映っていた。
『止まれ! 動くなよ。動くと怪我するぜ』
 タイミング良く裏口から逃げ出そうとしていた五人の厳つい男達にレーザー銃の銃口を向け、彼は薄笑いを浮かべる。男達は反抗する術を持っていなかったのか、その場で地団駄を踏みながらも留まった。
「あーちゃん、裏口の外に男が五人いる。秋川さんが銃で威嚇してるから、捕縛を!」
『了解』
 短い返事のすぐ後に、カメラの映像の中に綾女の姿が飛び込んだ。
『あーちゃんだ……』
 同じく映像を見ていた誠也がぽつりと呟く。まさか十二年ぶりの幼なじみがカメラを通して見ているとは露知らず、綾女は自分よりも幾周りも大きい男達をねじ伏せて、手錠をかけていった。全員身動きが取れなくなったことをきちんと確認し、美枝子は通信機を他メンバー全員に繋ぐ。
「白川と秋川が、建物内にいた男を五人捕縛しました。抵抗する素振りはないので、助勢は不必要です。引き続き捜査を続けて下さい」
 簡潔に要件を伝えて、通信を切る。
『他にはもう誰も、いないと思うけどなぁ……』
 美枝子の報告を横で聞いていた誠也がこぼした。「え?」と聞き返せば、にっこり笑って彼は右手を差し出す。その意図がわからずきょとんとすると、彼はさらに右手を伸ばした。
『コード。もういいでしょ?』
 通信機から聞こえてくる声にはっと気付く。美枝子は急いで自分の機器からコードを抜くと、誠也の右手に乗せた。彼は何が嬉しいのか満面に笑みを浮かべてぎゅっとコードを握りしめる。
「ありがとね、助かったよ」
 通信機越しではない、直接耳の鼓膜に触れる声はとても柔らかい。のんびりとマイペースな口調も十二年前のままだ。
「あーちゃんがいるよ、悠斗……そう、そこの人! あ、ずるい自分だけ挨拶して」
 美枝子には聞こえない会話をしながら、楽しそうに彼は映像を覗いている。
「――俺も早く会いたいな」
 何故だか、美枝子の胸の内がざわめいた。その横顔に見とれそうになって首を振る。今は仕事中だ。雑念は捨てて然るべきである。
 それから数十分でビルの中の探索は終わった。誠也の言った通り、他には誰もいなかった。そのかわり、それぞれツルーパーたちはビルの中に隠されたデータや違法機器、刃物などを回収し、成果を形にして見せた。だが、突然現れた仙台からの新参メンバーほどの収穫を見せたペアはいなかった。美枝子は畏怖に似た感情を抱いたが、ベテラン達には通用しなかったようである。捜査が終わるなり早々に連れ出された彼らは初端からこってり搾られたことだろう。単独行動を慎めとは、美枝子たちも研修期間中より耳にたこが出来るほど言われ続けたものである。
 そういうわけで、仕事を終えてビルから綾女が戻って来た時にはすでに誠也の姿はいなかった。彼女は結局、十二年ぶりの再会を果たすことなく、特捜隊本部へと戻ることになった。残念そうにする綾女の横で美枝子はいつも通りの笑みを浮かべながらも、何故か釈然としないでいた。その理由はこの時の彼女にはまだわからぬままだ。


 廊下が明るい。最初に抱いた感想は、その一点のみであった。
 交通手段が発達し、世界は狭くなるばかりである。日本国内など数時間あれば何処へでも行けてしまうというのに、日本人は良くも悪くも愛郷心が強いために無闇に飛び回らぬ者が多い。それでも中央都市東京といえば誰もが一度はと憧れる街であったが、悠斗は生まれて二十六年、この地に足を踏み入れたことが一度もなかった。
 東京に到着したらまずは特捜隊司令部に来いと言われていたにも関わらず、いざ到着してその報告を入れてみたら「事件発生。ただちに現地へ向かえ」と短い指令が届いた。もちろん拒む理由も権限もなかったので現場へ直行し、早速捜査へと飛び込んだ。仙台にいる頃より他のメンバーとの連携が苦手なことで有名であったが、それにしても今回はやりすぎたなという自覚はある。と、言うより、故意にやった部分もあったことを否定はしない。新米だからと舐められたくない気持ちが先走り、自分たちの実力というものを見せつけておきたかった。パートナーである誠也の方はそんな打算は欠片も浮かばず純粋に捜査を楽しんでいただろうが、悠斗はそれほど無頓着ではおれない。案の定、仕事が一段落するなり最も年輩のペアに呼び出されてお叱りを頂いたが、それも予想の範疇である。初仕事ならば苦言を呈する程度で終わるだろうと思っていた通り、「仙台でどうだったかはわからないが、此処では此処のルールに従え」としつこく言われたのみであった。既に充分他のメンバーに自分たちの実力は伝わったろうし、次からはしばらく大人しくしていよう。これは、彼の本質をよく知る人間からは、度々あくどいなどとも言われがちな所以であるが、何しろパートナーがあまりにも純真無垢であるから、これくらいで釣り合いが取れているのではないかと思う。悠斗は仙台の司令部よりも幾分明るい廊下の照明を見上げて、煙草の煙を吐き出した。
「悠斗、悠斗……あ、こんなとこにいた!」
 喫煙所に飛び込んで来た彼は、決して煙草を吸わない。嫌いなわけではないらしいが、火をつけて口にくわえる作業が面倒くさいのだという。その感覚は未だに理解出来ないでいる。
「急にいなくなったからびっくりしたよ」
「一服してくるって言ったじゃねえか」
「え、言った?」
「……お前、ゲームしてて聞いてなかったろ」
 悠斗は灰皿に煙草を押し付けて消火すると、立ち上がった。司令部に来て、悠斗と誠也に与えられた控え室はまるで物置の中のようであったが、それでも個室を与えられたことなど今までなかったから感動した。誠也などはこれで思う存分遊べると嬉々としてゲーム機を取り出し、数時間前に叱られた記憶など頭の片隅にも残っていないようであった。
「急に消えないでよ」
「だから、一服してくるって言ったっての」
「こんな知らないとこで一人になったら怖いじゃん」
「……此処がこれからお前の職場だぞ」
 本気で怯えた表情を浮かべる彼は、極度の人見知りである上に寂しがり屋だ。物にも事にも頓着しないくせに妙なところで執着をみせるのは、そこに起因している。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
「うん。宿舎どこだっけ」
「俺だって知らねえよ。地図見ながら探すんだよ」
 荷物はすでに届いているはずだ。初めて訪れた東京は想像していた以上に入り組んだ街であったが、此処から宿舎までそう遠くはないと言うし、辿り着けるだろう。方向感覚には自信がある。が、誠也には無理だろう。放っておいたらこの司令部の中でも迷子になってしまうに違いない。
 誠也を連れて、悠斗はまず階段を下った。そういえば反対側にエレベーターもあったような気がするが、下れない距離ではないのでいいだろう。途中すれ違った事務の女の子たちがちらりとこちらを見て何やら互いに耳打ちをした。恐らく誠也のことを噂しているに違いない。彼の外見は万人に受けがいいので何処へ行っても何かともてはやされるのである。しかし、それも最初のうちだけだ。その性格を知ると人々はあけすけに一線を引く。無慈悲な話である。
 三階のフロアまで下りると、二人は外へと繋がる正面玄関を目指した。一階まで下ると広い道路の前に出てしまうが、三階からは、歩道橋に出ることが出来た。すでに時間は午後九時を回っているが、勤務中の隊員は多い。規則上八時には解散できることにはなっていたが、その通りに仕事が終わることなど稀なのであろう。それは仙台でも東京でも変わらない。
 外の闇とは対照的に白い光に照らされるエントランスの中央には、警備員に囲まれた受付がどっしりと構えている。他の企業と変わらぬ看板ともなる美女が二人案内係として腰掛けていたが、その実は他の企業の受付嬢とは比べ物にならないほど屈強だろう。綺麗な制服の下にちらりと増強装置が見えた。いざと言う時は警備員とともに戦力となるに相違ない。ふと、その受付嬢と話し込んでいる二人の若い娘に目を奪われた。一人はすらりと背が高く、受付のカウンターに身を乗り出して積極的に談笑している。もう一人はどちらかと言えば小柄で、自発的に話すのでなく他三人の話に便乗して相槌を打っていた。二人共に私服を着ていたため制服の時とは印象が違い、咄嗟にはわからなかったのだが、受付嬢の一人がこちらに気付くと同時に二人も振り向いて、「あ」と声をあげた瞬間に思い出した。誠也の古馴染みだという、非常に興味深い女たちだ。
 彼女たちの視線は全て悠斗を通り越し、誠也へと降り注がれていた。前の二人は仕方ないとしよう。なんでも誠也とは十数年ぶりの再会だというのだから、隣にいる悠斗など目に映るまい。しかし、受付嬢の二人までもが全く悠斗には目もくれずに、すっかり誠也に見とれているのは非常に遺憾であった。新入りが珍しいというのなら、隣にいる悠斗にも一瞥くらいくれても良いではないか。
「……誠也?」
 最初に口を開いたのは、背の高い方の娘であった。彼女とは、悠斗も先ほど仕事中に二言三言交わした。彼女は悠斗と同じツルーパーなのだという。女の身でツルーパーの仕事をこなすという実力にも圧巻だが、その制服がオーダーメイドで作られたかのように似合っていたことにも驚いた。私服だとまた随分と感じが違う。
 ちらと隣にいる誠也を見れば、彼は緊張しているのだろうか、硬直していた。親しかったんじゃないのか、と突っ込みたくもなるが、十数年ぶりに会うとなると昔のようにはいかないのかもしれない。しかし、一方の白川綾女の方はからっとしていて、にやっと笑みを浮かべると誠也の正面に駆け寄った。
「久しぶりじゃん! 全っ然連絡寄越さないから何処かで行き倒れてるんじゃないかと思ってたよ」
 その口調に安堵したのか、誠也の緊張がほぐれていくのが隣にいても手に取るように笑う。彼はにこにこと子供みたいに笑った。そして、背の高い、だが自分よりは幾分か低いその娘の言葉に答えた。
「久しぶり、あーちゃん。相変わらずだね」
「あんたに言われたくないよ。初日からお説教くらったって? どうせ誠也のことだから全く堪えてないんだろうけど」
 言って軽快に笑う綾女は、後ろに控えるもう一人の娘とはまるで正反対であった。美枝子というその少女は、二人の会話に参加したいのかそれとも単に傍聴していたいのか、遠慮がちに後ろから二人のやりとりを覗き込んでいる。その様子になんとなく違和感を抱きながら、悠斗は傍観するに徹した。
「そういえば、あんたら、今日の締め来なかったでしょ」
「何、締め?」
「最終報告会。担当事件がある場合は最後にチーフの所集まるの」
「ああ、あるらしいね。明日から参加しろって。今日はなんか司令部探検してた」
「なんだすっぽかしたのかと思った。私、やっと誠也に会えると思ってわくわくしてたのに」
「え、俺に……?」
「あ、そうだ! 折角だからこれからご飯でも皆で食べに行こうか! 積もる話もあるだろうし。ねえ、美枝子?」
「え……?」
 突然話を振られて、美枝子が戸惑いの声をあげる。彼女は鳶色の瞳で二人を順々に見た後、嬉しそうに笑った。
「うん、行きたいな。もう遅いからあんまり話せないかもしれないけど……」
「日付変わる前に切り上げれば大丈夫でしょ。――秋川さんも行きませんか?」
 綾女が誠也の肩越しにこちらを向いた。秋川さんというよそよそしい呼称が気になるが、最初は仕方あるまい。誠也とは大学の時からの付き合いゆえに親しいが、綾女とはほぼ初対面な上に悠斗の方が四つも年上なのだ。それでもキャリア上は同輩なのだから、いずれは悠斗と呼んでもらおう。
「俺はいい。三人でじっくり話してこいよ」
「えっ、悠斗行かないのっ?」
 振り返った誠也の驚いた顔は、やがて不安の色に変わって行く。こいつの人見知りには困ったもんだと苦笑を交えながら、悠斗は彼の肩を叩いた。
「古馴染みなんだろ。宿舎の場所も教えてもらえ。たまには俺以外の奴とも話せよ」
 それから後ろの女二人に向かって愛想笑いを浮かべる。
「こいつ、ほっとくとゲームばっかやってて飯も食わねえんだ。なんか滋養のあるもん食わせてやってくれ」
 きょとんとしたのが美枝子、笑みにつられて噴き出したのが綾女である。二人のリアクションの差異に興味深いものを感じながらも、悠斗は一同に軽く手を振った。冗談半分に彼女たちを紹介してくれとは言っていたものの、十二年ぶりの再会に水を差すような無粋な真似をする気はさらさらない。後ろの方で受付嬢が二人でこそこそと会話しているのが見えた。彼女たちも興味津々といった具合だが、首を突っ込む度胸はないらしく、声を潜めている。
 おろおろとしている誠也に笑いを隠せないまま、悠斗は自動ドアをくぐりぬけた。宿舎に向かうためには、とりあえず歩道橋を渡らなくてはならない。
 橋の下を猛スピードで車が走り抜けて行く。ヘッドライトに照らされる景色はそれ以上に眩しくて、賑やかだ。
(それにしても、驚いたな……)
 悠斗は夜空を仰いだ。都会の明かりに負けて星の姿は見えない。
 誠也には、ほとんど全くと言っていいほど、友人がいなかった。それは彼の持つ独特な雰囲気が人を寄せ付けないためでもあり、彼自身も誰かと積極的につるもうとはしないためでもある。唯一親しくしていた悠斗も、誠也は友人であるかと聞かれたら俄には肯定できなかった。悠斗には、大勢の友人がいる。しかし、そのどの友人とも誠也は違う。だからと言って、単純に仕事のパートナーだけで片付けられるものでもない。もっと近しいのである。友人のようにじゃれあったり同等な会話をしたりすることはないが、十も二十も年の離れた弟のように思っていた。面倒を見てやらなくてはならない存在、あるいは守ってやらなくてはならない存在でもあった。
 ――俺、ずっと悠斗といたいよ。
 それは、在学中に言われた言葉だ。仲良くなるまでが長かったが、一度心を許すと忠犬のように懐いてくる彼が、実は誰より孤独を恐れていると、その頃に知った。それなのに悠斗の他に雑談できる相手もいない彼が不憫に思えて、悠斗は言ったのだ。「それなら一緒に特捜隊に入って俺と組もうか」と。
 また、誠也は滅多に過去を語らなかった。意識して語らないわけではない。忘れてしまうのだ。あまりにも記憶の損失が激しいために本人も悩んでいた時期もあったが、最近では「キャパシティの少ないハードディスク」と自分でふざけるようになった。最低限、生きていく上で大切なことは忘れないのだという。だが、大抵のことは数年で綺麗さっぱり忘れてしまう。
 その昔、飛び級をしてまで生き急ぎ、何かに追われるようにオペレーターを目指している彼の生き様を疑問に思い、「お前はどうしてオペレーターになりたいんだ」と尋ねたことがある。彼はしばらく考えこんだ後、真面目な顔で「忘れた」と答えた。「ただ、誰かと約束したような気がする」と続けた哀愁漂う横顔を、悠斗は未だに忘れたことがない。それは思い出を持たない彼の語った数少ない過去の感情だった。
 それが大門誠也という一風変わった青年である。そんな彼に古馴染みという知り合いがいたということに悠斗はまず驚愕し、そしてそれを彼が忘れずにいたということにも驚いていた。一癖も二癖もある彼と十数年ぶりに再会して、怯むことなく会話できた彼女たちに感心したし、必要としない記憶を次々に削除していく彼の頭の中にも残るほど、その存在意義が強大であったのだということにも度肝を抜かれた。
 世界は時とともに狭くなりつつあるが、世間は依然として広いままだなと心中で呟いて、悠斗は階段を下った。夕飯はコンビニかどこかで買って帰ることに決めて歩き出すと、不意に遠くに置いて来た妻と娘のことを思い出す。結婚を早まったと後悔することも少なくないが、家に当然のように自分を待ってくれている人がいて、当然のように夕飯が用意されている幸福だけは、否定できなかった。彼女たちは今頃どうしているだろう。無事に到着した旨を、あとで一報入れておこう。そんなことを考えながら、悠斗は夜の明るい街に溶け込んだ。

「――じゃあ、焼き肉でも食べに行くか」
 綾女の一言で行き先が決まり、三人は受付嬢にお疲れさまの挨拶をして、外に出た。受付嬢たちはいろいろと聞きたそうにしていたが、「ごめん、今度ね」と綾女に言われて不満の声をあげながらも手を振った。交友関係の幅の広い綾女は、特捜隊に入って四年、何処へ行っても仲の良い知り合いがいる。彼女のように簡単に人と打ち解けることのできない美枝子はいつも、綾女の後ろについて話を聞くばかりだ。周囲には無口な女だと思われていることだろう。もとより多弁な方ではないのであながち間違いではないが、たまには自分からも積極的に声をかけなくてはいけないなと思う。
 滋養のつくものを、という悠斗の言葉を真に受けて綾女の向かった先はリーズナブルでありながら質も悪くない肉の店であった。ただ、いかんせん量が多いので美枝子はそう頻繁には足を運ばない。美枝子と違って体を動かす仕事である綾女は美枝子以外の友人ともよく行くらしく、勝手知ったるといった様子で奥の座敷に二人を連れて入った。
「今日の事件も、最初に気付いたのはうちの情報部だってさ。たまたまカメラのプログラムいじってたらおかしな羅列があったから、こりゃハッキングされてるなって気付いたらしい。本部の情報課じゃ絶対わかんないよ」
 何を話したらいいのか、すっかりあがってしまって何も言えない美枝子のかわりに、綾女が話題を広げてくれた。無難に今日の仕事の話から始まり、美枝子と誠也が口を挟む形で会話は継続されていく。そういえばその昔三人で話した時も、そうだったなと思い出す。綾女が面白い話題を持って来て、二人がそれに乗る。そんな時間を共有していた。
「へえ、この事件、本部も動いているの?」
 三人は座敷の丸いテーブルを囲んで座り、美枝子の右隣に座った誠也が首を傾げた。すると、左隣の綾女がメニューのタッチパネルを器用に操作しながら返答する。
「そりゃまあね。特捜課に丸投げってことはないよ。そもそも私たちが今回やらなきゃいけないのは、奴らがどこからハッキングしてるのかを調べることと、それを突き止めて敵のアジトに突っ込んでくことだけでしょ。よくわかんない組織の裏側とかは本部が調査してるはずなんだよ。――あ、嫌いな物とかある? なかったら片っ端から全部頼んじゃうけど」
「え、全部? 食べきれるかな」
 本気で心配そうな顔をする誠也に、綾女が笑う。美枝子もつられて笑いながら、タッチパネルを覗き込んだ。
「えーと、じゃあ野菜と肉と半々で三種類くらい頼もうよ。少なかったらあとから足せばいいし」
「三つでいいの? ……そっか、あんたら二人とも動かないんだ。私だけ大食らいみたいでやだな」
「それは仕方ないよ。特に今日はたくさん動いたし」
「確かに今日は働いたねー。五人も捕まえたし。明日は筋肉痛かも」
 綾女は軽い口調で言って増強装置のついた右腕を叩いた。が、実際のところ、この程度で綾女が筋肉痛になることはないだろう。暇さえあれば筋力維持のためのトレーニングをしなくてはならないツルーパーの仕事は、情報処理に回されるオペレーターとはまるで種類が違うが苦難の連続である。非番の時でさえ、現場の近くにいればいつ招集されるかわからないから、常に筋力増強装置を身につけているのだ。卵型コンピューターを携帯してればいいオペレーターとは違う。
「ツルーパーは本当に大変だよね……」
「そーでもないよ。私には向いてる。もしツルーパーの試験落ちてたら、本部の情報課行ってたかもしれないんだから、本当に良かったよ」
 からっと笑った綾女の方を見て、誠也が目を丸くする。
「えっ、そうなのっ?」
「まあ、本部の情報課行けるくらいの知識はあったしね。よくあるパターンじゃない?」
 注文を送信し終えるとタッチパネルを横に避けて、綾女は慣れた手付きでヒーターのスイッチを入れた。
 確かに、ツルーパーを目指して勉強していたが、最終的に試験に受からず本部の方へ回されるパターンはありがちであった。オペレーターになるための勉強をしてきた場合は特捜隊の中でも事務職や、特捜隊の情報部へ回される可能性も充分にあるのだが、ツルーパーは情報系よりも体力を重視するためにどうしても特捜隊内の他に行くには知識が足らないのだ。
「でも、小さい時からずっとずーっとツルーパーになるのを目指してたから、なれて良かったよ本当に。佐々木美枝子っていう頼もしいオペレーターも付いたことだしね」
「私は、あーちゃんのおまけだけど」
「おまけの方が豪勢だな」
 綾女は笑いながら運ばれて来た皿を受け取って、机の上に並べる。頃合いよく熱くなったヒーターの上に食材を並べていきながら、「誠也は?」と彼の方を向いた。
「え?」
 話を振られた誠也は瞼を持ち上げて黒め勝ちの目を大きく見開いた。泣いているわけでもないのにどことなく濡れた瞳は愛らしい犬を連想させる。
「誠也も、ずっと目指してたの? オペレーター」
 箸で肉に上手く火を通しながら、綾女が尋ねた。返事はしばらくない。肉の焼けて行く音だけが空間を占めていた。
「俺、は……」
 ようやく口を開いた誠也の目は、泳いでいた。綺麗な顔に影がかかる。何か言いたくないことでもあるのだろうか。そう美枝子が思ってしまってもしょうのない動揺の仕方であった。
「俺は……よく、覚えてない」
 なので、美枝子はてっきり彼がはぐらかしたのだと思った。よもや、本当に彼が記憶をなくしているとは、露知らない。
「そっか。ま、もうなれちゃったんだから動機なんてどうでもいいことだけどね」
 自分から話を振ったくせに事もなげに流して、綾女は肉をひっくり返した。誠也はあからさまにほっとしている。美枝子も運ばれて来たアルコールを一人一人の前に並べながら、話題を転換することにした。
「それにしても、こうやって三人で円になってると、昔を思い出すね! よく三人で遊んだよね。シールドの穴を探し出して、そこを秘密基地にして」
「やったやった! でも最終的に見つかっちゃってすっごい怒られたよね」
「そうだったっけ?」
「そうだよ。……あれ、でも私一人で怒られた気がするな。あんたら二人何処にいたの、あの時」
 綾女は笑い混じりに問いかけた。どんな思い出も、時が経てば笑い話になる。しかと覚えているわけではないが、それは当時の綾女にしてみれば笑い話では済まされなかったろうに。
 美枝子はなんとか思い出そうとして首を捻った。あの室外機の山の中に度々出入りしていたことを大人に見つかってしまったという記憶は、ある。しかし、いつのまにか厳重な立ち入り禁止の塀が出来てしまったことこそ覚えていても、直接叱られた覚えはなかった。綾女が一人で怒られたのだったか。しかし、何故だろう。肝心なところが思い出せない。
「……思い出した」
 美枝子の独白に答えるかのように、ぽつりと、誠也が呟いた。どこか遠くを眺めるような眼差しで、彼は空中を見つめる。「え?」と先を促した綾女の言葉に続いて、淡々と言葉を繋いだ。
「遊んでてあーちゃんが飛び乗った配水管が、壊れたんだよ。それが、見つかって、誰か子供が出入りしてるんじゃないかって問題になって……黙ってればいいのに、あーちゃん一人で白状しにいったんだよ。俺、覚えてる、その瞬間だけ」
 言われて、美枝子もようやくうっすらとその光景を思い出した。――美枝子も誠也も、叱られるのが怖くて何もなかったふりをした。だが、綾女は自分が壊したのだと、一人で告白した。そしてその中には美枝子の名前も誠也の名前も出て来なかった。
「俺、すっごい驚いた……だから、覚えてるのかも。俺が泣きそうになってたら、一人で怒られたあーちゃんが戻って来て、何泣いてんだよって言って」
「えええ、私そんなこと言った? 覚えてない……」
 恥ずかしそうに両手で頭を抱え込んだ綾女を前に、誠也が満面に笑みを浮かべる。子供みたいだな、と美枝子は思った。相手の忘れていることを自分が覚えていたということに心から喜んでいるみたいだ。
「んー……まあ、とにかく! この再会を記念して! まずは乾杯しましょうか!」
 並べられたグラスを勢いよく手に取り、自分に言い聞かせるように気を取り直して綾女が顔をあげた。誠也も美枝子もくすくすと笑いながら、グラスを握りしめる。
「乾杯!」
 広い机の上で、三つのグラスがぶつかった。肉は丁度良い焼き加減に出来上がっている。独特のソースの臭いが香った。
 美枝子は甘口の酒を一口飲んで、ちらっと誠也の顔を見る。幼い頃の面影をそのまま残した眼差しは、まっすぐ綾女に注がれていた。不思議なざわめきが再び沸き上がる。
 夜は静かに更けて行く。再会の宴は、まだ始まったばかりだ。


 悠斗と誠也が東京へ来てから二週間が過ぎた。同時に、手首切断事件の捜査が始まってから二週間と半分が経過した。捜査は着実に進展してはいるものの、なかなか相手の尾を掴むまでには至らない。悠斗達の働きで捕縛した五人の男どもからも、さして重要なことは聞き出せなかった。口が堅かったというわけではない。そもそも情報を持っていなかったのだ。
 想像以上に、犯罪組織の規模が大きいということだけは明確であった。五人の男の中には手首を切断した実行犯もおらず、ハッキングをした凄腕のプログラマーもいない。ましてや重鎮などおらず、五人は単なるビルの警備員であった。彼らの証言によれば、ビルの警備は破格の給料につられてやっただけで、具体的な組織の中身は何も知らないという。法律上良くないことをしているのだろうと気付いてはいたが、それだけであった。事件当日については、雨も降っていないのに全身を雨合羽で包んだ男がビルへ飛び込んで来て、「警察が来るぞ。捕まりたくなければ隠れてろ」と言われてあわてて隠し部屋に逃げ込んだということしかわからないという。その雨合羽を着た男というのがきな臭いが、今の時点では何もわからずじまいであった。綾女を含め、何人かのツルーパーが持ち帰ったビル内にあったコンピューターの情報も、ほとんどが漏れたところで痛くもかゆくもないような内容ばかりで特にこれといった手がかりにはならなかった。
 と、いう具合なので、主に現場での仕事を任される実働隊は度々指令を受けて外に出る以外は雑用に回されていた。それもオペレーターに回ることが多く、ツルーパーは普段通り力仕事と体作りを繰り返す毎日だ。
 こうしている間にも、またいつ新たな被害者が出るともわからないのにな、と悠斗は煙を吐き出した。東京へ出て来てまだ二週間しか経っていないが、すでに喫煙所は居心地の良い自分の部屋のような空間になりつつあった。そこに集う人々ともすでに顔見知りになり、何てことのない軽口も交わす。生来、新しい環境に馴染むのが早いため、悠斗はすでにこの生活を満喫していた。東京も、悪い所ではない。
 スケルトンの椅子に腰掛けて、天井を振り仰ぐ。部屋全体を明るく照らす照明はしかし、直接見ても目を刺激しない。網膜に優しい光線を放つ素材で出来ているらしい。詳しいことは専門外なのでよくわからないが、心地良い光だなと思う悠斗は、規定された勤務時間も終わり、明日に持ち越せない仕事も残っていないため、一服したら帰ろうとしていたところであった。
 照明の間に隠された通気孔をぼんやりと眺めながら煙の流れを感じていると、喫煙所のアクリル扉が開いた。体当たりするような勢いで入って来たその人物は椅子に腰掛ける間も惜しいのか壁に背中を叩き付けて煙草を取り出すと火を着ける。腕を組んでふうと吐き出した煙は、色の付いた溜め息のように見えた。
「お疲れさまです、チーフ」
 悠斗が軽く会釈をすると、びしっと制服を着こなしたショートカットの女性がこちらを向いた。通った鼻筋と僅かにつり上がった目がきつい印象を与えるが、実際それほど厳格ということもなく、年相応の皺もない顔立ちは年齢の割に若い外見をしている。実働隊のメンバーからも慕われている彼女は、磯崎という名字ではなくルナさんという名前で呼ばれていた。
「秋川か……此処で一服してるってことはそろそろ帰る気だな?」
「ええ、まあ……ルナさんは?」
「私はもう少し残る」
「首尾はどんな感じです?」
「どいつもこいつも一貫して進まないよ。お前のとこのが一番厄介なんだからね。さっさと片付けて欲しいもんだ」
 挑戦的な眼差しを受け、悠斗はふつふつと笑う。
「……努力します」
「頼むよ、本当に。このままじゃ煙草の本数が増えるばっかりだよ」
「いいじゃないですか。喫煙所はコミュニケーションの場ですよ」
「まぁ昔はそう思ってたんだけどね。今はとにかくストレス解消だけだ。――そういや、巷じゃ旧式の煙草が流行ってるらしくて、その件も特捜課に流れ込んできそうだよ」
「旧式――ああ、副流煙で肺癌になるっていう」
 悠斗は自分の吸っている物から口を離して灰皿に浮いている吸い殻を見つめた。
 今は旧式と呼ばれているその種類は、二十一世紀初頭まで煙草の主流であった。しかし、副流煙の影響による周囲の人々の健康不全や主流煙による食道、肺への影響、そして何よりその高い依存性により、やがてその姿を消した。今、悠斗たちが吸っているのはそれらの問題を解決した新型種である、悠斗は旧式を吸っていないためわからないが、味から何から、まるで別の物なのだという。
「でも、旧式は今では違法でしょう。それがどうして巷に?」
「だから、それが問題なんだ。巷って言っても一部らしいけれどね。密売してる奴らがいるってんで地道に見つけては捕えてたらしいんだが、最近、裏に大きな黒幕が見えて来たとか。しかしなかなか賢い連中で、本部じゃ手に負えそうにない。近いうちにこっちに回ってくるんじゃないかな」
「へえ……」
 悠斗は自分の手のうちにある純白の新種をまじまじと見つめ、見た事のない旧式を頭に思い描いた。彼は旧式を吸ったことはもちろんないし、吸いたいとも思わない。だが、密売されているのだから、それなりに需要はあるのだろう。
「……俺にはよくわかんないですね。どうして寿命を縮めてまで吸うのかな」
「従来のは、今の奴とは比べ物にならないほど依存性が強いらしい。吸ってる間はリラックスできるというし」
「ストレス解消になるんですね。ルナさん気をつけて下さいよ」
 冗談半分に忠告すると、ルナはくいっと片眉を持ち上げた。
「言うね。誰の所為で毎日ストレスまみれになってると思ってるんだ」
「別に俺の所為じゃないでしょ。誰の所為でもないですよ。社会があれば、そこに悶着が起きるのは必然でしょう」
「……まあ、そりゃそうだ」
 あっさりと引き下がって、ルナは壁にもたれかかり煙を頭上の通気孔に向かって噴き出した。緩やかな風の流れに乗って、白い龍のように上昇して行く。
 二人の間に沈黙が走る。話題も尽きてしまったので、どちらも話す気はない。そうして一分も経たない頃だろうか、再びアクリル戸が開いた。先ほどのルナの時とは対照的なほどにおずおずと開かれた扉の向こうからは、喫煙者ではない青年が顔を覗かせた。そして悠斗の姿を見つけるなり、ぱぁっと表情を輝かせる。歳不相応の仕草だが違和感がないのは顔立ちが整っているからだろう。
「悠斗、帰る?」
 煙草を吸わない彼だが、相方の悠斗が仕事場にいない時はほとんど喫煙所に入り浸っていることを知って、今では常連であった。噂に聞く彼の美貌見たさに度々喫煙者ではない女子隊員が遠巻きに観察しにくることもあったが、それも最初のうちだけだった。今となってはそう珍しくもなくなったらしく、興味津々に群がる女の姿はほとんど見なくなった。
「おう、これ吸ったら帰るけど」
「本当? じゃあ一緒に飯食い行こう。あーちゃんたちと行くんだ」
「また綾女と美枝子か。三人で行ってこいよ」
「三人じゃなくって、今日はもっとたくさん来るよ」
「へえ? 綾女たちが誘ったのか?」
「ううん、俺が知らない女の子たちに誘われたんだけど、知らない人だらけじゃ怖いから俺があーちゃん誘ったの」
「……俺、遠慮しとくわ」
 なんとなく面倒な予感がしたので、悠斗は苦笑いをこぼした。
 昔からこうなのだ。一般常識の通用しない彼は、いつも自分から面倒の種をまく。しかしながら、発芽した面倒は大抵誠也自身に襲いかかるのではなく周囲にいる人を巻き込むだけで、彼自身はけろりとしていることが多い。なので、こういう時は関わるべからずと学習していた。
「……あ、そういえば誠也」
 踵を返して帰ろうとしていた彼を呼び止める。誠也本人でなく周囲が巻き込まれる面倒といえば、ふと思い出した。それは先日妻と電話で会話した時のことだ。
「スミレが言ってたんだけど、お前親父さんに東京に来ること言ってねえだろ」
 彼の見つめる視線の先が、あっちへ迷いこっちへ迷いを繰り返す。必死に何かを思い出そうとしている時の癖だ。たった二週間前のことだが、もう忘れてしまったのかもしれない。しょうがないなと思いがら悠斗は新しい煙草を一本取り出した。
「スミレん所に、お前の親父から連絡があったらしいぞ。誠也が何処に行ったか知らないかって」
 父子家庭に育った誠也は、父親との二人暮らしだ。それなのに、たった一人の肉親にさえ、移動を伝えることを怠ったらしい誠也はうーんと唸りながら考え込んで、やがてぱちんと指を鳴らした。
「思い出した。俺、置き手紙したよ、ちゃんと」
「なんで置き手紙だよ。このデジタルな時代に」
「なんでだろ。なんとなくかな」
「親父さんほとんど研究所から出てこねえんだから、メール一報してやりゃいいだろうがよ、まったく」
 医学の研究者である誠也の父は、一年の九割を研究所で過ごしている。ゆえに、大門家は誠也一人の物と言って過言でなかった。父親にさえ、きちんと東京行きを伝えていなかった誠也にも驚かされるが、二週間それに気付かなかった父親も父親である。実の父親よりも保護者らしくずっと誠也を支えて来た悠斗は、あまり彼の父に好感を抱いてはいなかった。
「まあ、スミレが東京にいるって言ってやったらしいから、平気だろうけどな」
「そお? じゃあいいや」
「うん。呼び止めて悪かったな。綾女たちが待ってんだろ、行けよ」
「あ、そうだった! じゃあまた明日な!」
 嬉々として手を振って、誠也は喫煙所を飛び出して行った。「おう」と手を振りながら、悠斗は奇妙な感覚に襲われた。寂寥感、というのだろうか。全く謂れのない感情だ。しかし、今まで誰かと遊びに行く誠也を見送ったことがほとんどなかったためであろうか。最初は微笑ましい心地で見守っていたのだが、それが連日続くと、妙な気持ちになった。
 ――あーちゃん達、昔と全然変わってなかった!
 そう誠也が声を弾ませて報告してきたのは、丁度二週間前のこと。彼が初めて綾女達と夕飯を食べに行ったすぐ後のことだ。電話嫌いな彼が、悠斗は同じ宿舎にいるにも関わらずわざわざ電話をかけてきたくらいだ、よほど嬉しかったのだろう。誠也の場合、綾女たちが変わっていなかったということよりも、変わっていないと気付けるほど昔のことを覚えていたことに歓喜していたのだろうが、どちらにせよ彼にとって彼女達が特別だったという事実は不変である。
「あいつが、俺以外の奴に懐くなんてなぁ……」
 感慨深く呟くと、一連のやり取りを傍聴していたルナが噴き出した。くっくと押し殺した笑いが聞こえてくる。
「懐くって表現はどうなんだ。犬っころじゃあるまいし」
 ルナの突っ込みは至極尤もだ。だが、悠斗にも言い分がある。
「まぁね……でも他にしっくりくる表現がないんですよ。あいつあれで二十二ですよ。俺には七歳か八歳くらいにしか見えません。そうじゃなきゃ、犬とか猫とかそんなんですよ。だから未だに綾女と美枝子以外とは打ち解けてないんです」
「まあ、否定はしないな。……けど、割と女には可愛がられるタイプじゃないのか? 顔も悪くないだろうし。めぼしい女の子の一人や二人、いるんじゃないのか」
「そう思うでしょ。そうでもないんですよ」
 悠斗は待ってましたとばかりに首を振る。ルナの目が面白そうに輝いた。
「と、言うと?」
「あいつ、一般常識がないでしょ? 人に気ぃ遣える方でもねえし。ましてや女の子の扱い方なんて最低で、その上極度に人見知りなんです。そのくせ、やたら顔がいいもんだから、女の子に期待を抱かせがちで、ほら例えば此処でも最初はものすごい女の子に注目されてたじゃないですか。でも二週間経った今じゃ大分熱も引いてきて、もうあと二週間もすれば誰も見向きもしなくなりますよ」
「なるほど、説得力があるね」
「俺、実際、そばでずっと見てきてますから。顔が良くてスタイルも良くて、一見モデルみたいだからきっといい男なんだろうなーなんて思って近寄ってくる女の子は皆、幻滅してくんですよね。あれ見てると、美丈夫も考えもんだなって思いますよ」
「それはどうだろう。あの顔を羨むことなんてしょっちゅうだろ?」
「それはまあ……ていうかルナさん、人の顔見て判断したでしょ。やめてくれません? そういうの」
 ルナは軽快に笑う。「被害妄想だよ」などと言うが、自分の外見に自信のない悠斗としては冗談に出来なかった。とは言え、それほど卑下していたわけではないのだ。美形ではないとは思うものの、大きなコンプレックスを抱くほどではなかった。だが、誠也と会って、彼と仲良くなり常に隣に彼がいる状況が続き、何かと自分の見た目が気になるようになった。比較対象として、あのルックスのレベルが高すぎるのだ。よって、自分が悪いのではないと思う。誠也の面立ちの方が問題なのだと結論づけていた。
「それにね、見た目なんて関係ないんですよ。だってあいつより俺の方が、まだもてますもん」
 自意識過剰ともとれる台詞をわざと吐き出して、胸を張ってみせると、タイミング良く喫煙所の扉が開いた。ルナが「そうかぁ?」と笑いまじりに訝っているのを見て、新しい訪問者は悪戯めいた笑みを浮かべる。
「なになに、楽しい話?」
 長身で肩幅の広いその男を、高畑龍太郎と言う。悠斗と同い年だが特捜隊入りは悠斗より一年早く、先輩にあたる。だが、そのフランクな性格も手伝って、先輩というよりも、すでに友人のような間柄であった。たまたま同じ事件を担当しているので会話することも多く、この喫煙所でもよく鉢合わせ、悠斗と波長の合う話し方をするためだろう。彼は天然パーマの髪をかきながら、喫煙所を見回した。
「龍さん、今日これから帰りですか?」
「あれ、それはもしかして飲みの誘い?」
「いや、違いますけど」
「残念やけど俺今日夜番、今度誘ってや」
「だから違いますって」
 人の話を聞かずに「ごめんなぁ」と謝って、龍太郎は悠斗から一席離れた椅子に座る。そしてルナと悠斗を見比べて、にやりと嫌な笑みを浮かべた。
「なんや、お前。ルナさんと二人っきりで……もしかしてナンパでもしてたんちゃうか?」
「してないですって。俺妻子持ちだもん」
「お前そういうの気にせんやろ」
「しますよ、少しは」
「でも、女遊びはやめられへんタイプやね」
「あれ、わかります?」
「わかるわかる、イメージそのまんま」
「ひでぇな、何そのイメージ」
「おい、人のことダシにして会話するな」
 ルナの切り捨てるような突っ込みに、二人同時に首を竦めてみせる。やはり、この男とは気が合いそうだと同時に思った。
「で、何の話しててん」
「俺の相方の話」
「あの可愛子ちゃんね」
「可愛い?」
「おう、一部ではもう有名人やで。仙台から可愛い子が来よったって」
「……あいつ恋愛観変だけど、ノーマルだぜ」
「うん、俺もノーマル。女の子大好き、お前と一緒で」
「一緒にしないでくれます?」
 龍太郎とは一緒にされたくない、と大袈裟に身を引いてみせると、彼は「心外だ」と言う。無論、どちらも本気ではない。
「ほなほな、東京警察電子工学特捜課の中やったら、誰がタイプよ」
「え、俺まだ全員知らないんですけど」
「知っとる範囲で」
「受付嬢の保坂さん可愛かったけど、あの人俺と誠也が一緒に歩いてると誠也しか見てねえしなぁ」
「それは仕方ないやろ。実働隊はどうよ」
「実働隊? だったら佐々木美枝子でしょ」
「お、一番競争率高いとこやんか」
「へえ、やっぱり競争率高いんだ」
「そりゃそやろ。若いしおしとやかやし美人やし。実働隊外にも狙ってる男はぎょうさんおるよ」
「まあ、そうだよな。実働隊一の倍率ってことか」
「でもな、新入り。俺が思うに、佐々木狙う時に一番鬼門になるのは、ライバルの男どもやないねんで」
「じゃあ、なんです」
「白川綾女や。下手に佐々木にちょっかい出したら噛み付かれるで」
「それは言えてるな。美枝子と付き合うにはまず綾女の屍越えないといけないのか……」
 それまで黙って聞くに徹していたルナが、此処で堪らないとばかりに声をあげて笑った。悠斗と龍太郎は同時ににんまりと口元を歪める。
「笑とるけど、ルナさんもそう思うでしょ」
「ノーコメントにしとこうかな。まぁ、でも佐々木の倍率が高いのは確かだろうね」
 ルナの笑いを噛み殺しながらの意見に、二人同時にうんうんと頷いた。「せやから」と言って、龍太郎が悠斗の肩をしみじみと叩く。
「佐々木は諦めろ」
「諦めるも何も俺妻子持ちですけど」
「うんうん。佐々木諦めて、うちの渚ちゃんとかどうよ」
「えええ、伊藤さんですかー?」
 やはり人の話を聞かない龍太郎の発言に乗って、悠斗は首をのけぞらせた。
 伊藤渚というのは、龍太郎とペアを組んでいるオペレーターの女性だ。二十五とまだ若いが、そろそろ四十に達しようというルナよりも年輩に見える。ルナが若々しいというのもあるが、渚もまた極端であった。
「おい、人の相方に対して『えええ』とはなんや」
「いやいや、そんなつもりで言ったんじゃないですよ、高畑さん。高畑さんの相方さんじゃないですか。そんな目で見れませんよ」
「なに急に丁重になってんねん」
 悠斗は幾度も「いやいやいや」と首を振った。申し訳ないとは思うが、ここは譲れない。龍太郎もわかっているのか、それ以上薦めることはせず、わざとらしく重々しい溜め息を吐き出した。
「……いや、俺ね、本気で心配やねん渚ちゃんのこと」
「龍さんは伊藤さんと付き合い長いんですっけ?」
「どやろ。大阪で隊入りしてから、そろそろ五年ってとこやな」
「うん、まあ短くはないですね」
「生まれてこの方、二十五年間彼氏がおらへんことを心配してあげられるくらいには、付き合いが長い」
「――龍さんあんた本気で心配してんですか?」
 失礼極まりないことを言う龍太郎に思わず呆れた声が出る。渚は自分で恋人のいないことを笑いのネタにしてしまうような気丈な女ではある。しかし、本人のいないところでそこまで言わなくてもと思いつつ、それだけ二人の仲が良いということなのだなと悠斗は自分を納得させた。
「でも渚ちゃんもう二十五やで? そろそろやばいんちゃうかなーって思いません? ルナさん?」
 話を振られたルナは苦笑を浮かべている。同じ女として思うところがあるのかもしれない。
「私も人の事言えないからなぁ……そろそろ一生独身の道を考え始めたもの」
「いやいやルナさんなら相手見つかるやろ、いくらでも」
「そうでもないな。この仕事してるとね、恋愛する暇もないんだよ、忙しすぎて」
 言い訳じゃないからね、と付け加えたルナに対して、「そう!」と高畑は手を叩いて肯定する。
「そーこーが、問題やねん。だってあの佐々木でさえ此処入ってから四年、大した噂もないねんで? それなのに渚ちゃんなんか此処から先どうやって乗り切ればええのか……」
 どこまで本気なのか、龍太郎は頭を抱えてうずくまった。悠斗は右肘で、彼の腕を叩く。
「じゃあ、龍さんが彼氏になればいいんじゃねえの?」
「はあ、俺ぇ?」
「そうそう」
「えー、なんで俺よ」
「だって相方じゃないですか。一番気ぃ合ってるじゃないですか」
「だったらお前、自分の相方と付き合えるか?」
「は? 誠也と? 常識的に考えて無理でしょう」
「やろ? 俺かて常識的に考えて無理」
「それとこれとは全然違うでしょ」
 悠斗は乾いた笑いを浮かべる。悠斗の相方は言うまでもないが、誠也である。妻子持ちである件を別にしても、いろいろな問題があって不可能だ。しかし龍太郎は首を横に振る。そして突然の真顔で呟いた。
「俺らの仕事は、特殊やで? 相方とは恋人でも家族でもない、もっと違う絆があるべきなのよ」
 突然すぎる変容に付いて行けず、悠斗は呆気にとられる。その間の抜けた表情が面白かったのか、悠斗の顔を正面から見つめて、龍太郎は噴いた。ますます付いて行けない。
 ややあって、動いたのは壁際にいたルナであった。彼女は灰皿に最後の一本を押しつけて、ちらっと龍太郎を睨みつける。彼女の鋭い目が睨みを利かせると、なかなか迫力があった。
「……若造がなに知った口を利いてるんだか」
 龍太郎はきょとんとして瞬いてから、笑いを引っ込める。
「はあ……すんません」
「……間違いじゃないけどね」
 妙に低い声色で呟いて、ルナは喫煙所の扉に手をかけた。その時はすでに、いつも通りの毅然としたチーフの背中である。
「じゃあ、お疲れさま」
 お疲れさまです、と二人分の声が重なる。ぱたんと閉められたアクリルの扉の向こうを見送って、二人は同時に首を傾げた。
「……何かあったんですか、ルナさん」
「さあ……知らん」
 すっきりとしない気分を抱いたまま、悠斗は灰皿に吸い殻を捨てて、立ち上がった。思いのほか長居してしまった。今頃相方は、奇妙な晩餐を迎えていることだろう。自分も何処かで適当に夕飯を食べて帰ろうと、後ろを振り返れば同じように釈然としない表情をしている龍太郎が映った。「それじゃ」と短く別れを告げて、外に出る。「今度飲み行こうな」という社交辞令かもしれない誘いには、右手を振ることで答えた。
 東京へ来て、二週間。まだ判然としないことは多い。



 ――綾女ちゃんは男子とばっか遊んで男子みたいだもん。
 ――それに怖いよね。私好きじゃない。
 ――そう? 僕、あーちゃんが一番好きだよ。

 突然の、白昼夢であった。風景も人も不鮮明で、何故そんな夢を見たのか、摩訶不思議である。
 美枝子はぱちぱちと何度も瞬きを繰り返す。人が動き始めていた。天井の高い吹き抜けの空間は、広さを重視して作られたものではない。その全てに情報網が張られており、建物全てを支配していた。すなわち此処が特捜隊司令部の中枢だ。
「……美枝子?」
 右隣から声をかけられる。光源が目の前に広がる大画面しかないため薄暗い部屋の中で、それでもくっきりわかるほど心配そうな表情を浮かべているのは美枝子の幼なじみであった。小さい頃からずっと一緒だった。彼女のことで知らないことなど、きっと一つもない。美枝子はそう信じている。
「ごめん、あーちゃん……ちょっとぼーっとしちゃって」
「もうミート終わりだから大丈夫だけど……平気? 少し休む?」
「大丈夫、ちょっと昨日遅くまで起きてただけだから。今日はちゃんと寝るよ」
 適当に誤摩化すと、綾女は「そう」とだけ呟いた。美枝子の誤摩化しに気付いて、信じてはいないような口ぶりだが、あえて深く追求はしてこなかった。その心遣いに感謝する。
 このところ、周囲に心配をかけてしまうほど、美枝子の調子は悪かった。体調が良くないというわけではない。睡眠時間もそこそこには取っているし、至って健康なのだが、ぼんやりしてしまう。未だかつて前例がないために自分でも処置しようがなく、困惑していた。
 朝の軽い打ち合わせも終わり、中央司令室から外に出ると綾女が大きく伸びをした。今までの調査の結果から、ようやく相手組織のそれらしき姿も見えるようになり、今日は忙しくなりそうだ。綾女がこちらを振り向いた。そして、伸びをしろとジェスチャーで伝えてくる。美枝子は思わず口元を緩めて、大きく両手を広げた。いつも綾女がやるように伸びをすると、確かに気持ちいい。
「何してんの、何してんの?」
 美枝子たちに続いて司令室から出て来た青年が、興味津々に声をかけてきた。彼は美枝子と綾女の間に入って、面白そうに二人の顔を見下ろす。
「何って……伸びしてるだけだけど」
 綾女が困ったように笑った。彼らが仙台からやってきて一月近くが過ぎて、幼なじみの三人はすっかり元通りの関係を取り戻していた。十二年前のそのままの関係性は生温くて、何故だか少し歯がゆい。美枝子はもどかしさを微笑みに包み隠して、両腕を軽く広げた。
「あーちゃんの癖なんだよ。いっつもいっつも伸びしてるもん」
「そんなにいっつもしてる?」
「してるしてる。でも気持ちいいよね、確かに」
「でしょ」
「へえ〜」
 興味があるのかないのか分かりづらい感嘆の声をあげて、誠也は頷いている。彼の後ろについてきた男性が、その声色に声をあげて笑った。
「お前も二人を見習ってちょっとはしゃきっとしろよ」
 悠斗と言う誠也のパートナーは、今ではすっかり綾女とも美枝子とも親しくなり、もともと人好きされる性格なのか、実働隊内にすっかり溶け込んでいた。綾女や美枝子としか話をしない誠也よりも、間違いなく輪が広い。
「お前昨日も遅くまでずっとゲームばっかしてたろ」
「えっ、なんで知ってるの?」
「昨日の夜より五個もダンジョン進んでたじゃねえか。こっからが正念場だってのに何やってんだか……」
 呆れた表情を浮かべながら、悠斗が歩き出す。その後ろに綾女が続き、誠也、美枝子と並んだ。
「まーたゲームやってたの」
「そうなんだよ、綾女からも何か言ってやってよ」
「まぁ、仕事が出来れば問題ないんじゃない? 朝のミート、ちゃんと聞いてた?」
「聞いてた!」
 子供のように胸を張った誠也に、美枝子は笑いを隠せない。綾女もあははと笑いながら、彼のさらさらの髪に手を伸ばした。
「よしよし、偉い偉い」
 自分よりも背の低い綾女に撫でられながら、誠也は嫌な顔一つしない。それどころか合わせるようにわざわざ少し身を屈めて、はにかんだ。その光景に、何故か美枝子の胸の内がざわめく。そんな美枝子の内情など知らぬ綾女は綾女で少し動揺したようで、目も口も一瞬ぽかんと縦に開いた。
「……誠也、あんた、大きくなったね」
「えええ?」
 今更のような感想に、今度は誠也が驚きを浮かべる。横に並んだ二人は、互いに驚き合ってみせた。
「だって、昔は私よりも小さかったじゃん」
「あーちゃんが大きかったんだよ」
「それにしたって、全然手ぇ届かないからびっくりした!」
「だから屈んだじゃん。男なんだから俺の方が大きくて当たり前だろ」
 確かに、誠也は大きくなった。あんなに細くて、たまに女の子と間違われたりもしていた彼だが、現在の彼を女と間違える人はいないだろう。今でも標準よりは細く見えるが、それでも肩幅は広かった。綾女よりもずっと背の低い美枝子などでは、顎を持ち上げなければ彼の顔を真正面から見ることが出来ない。
「どうでもいいけど、本当にちゃんと聞いてたんだろうな、おい?」
 エレベーター横の認証機に右手を添えて、険しい声をあげたのは悠斗である。誠也は綾女からぴょこんと離れると、彼の隣に立った。
「聞いてたよ。組織っぽいのが見つかりそうーってことと、やっと監視プログラム直ったーってことと、実行犯っぽいのが見えたーってことでしょ?」
「まあ……端的に言うと、そうだな」
 三本指を折りながらの誠也の説明は、端的というよりも大雑把だ。幼子に聞かせるような内容ではあるが、悠斗はもう慣れているのかそれ以上は何も言わず、到着したエレベーターに乗り込んだ。
「だって俺……難しいこと言われてもなんかよくわかんないし」
「わかったわかった。お前なりに理解したんならそれでいいよ」
 二人に続いて美枝子たちもエレベーターに乗る。目指すはそれぞれの仕事部屋だ。これから、それぞれに送ってもらったという資料映像をもう一度見直さなくてはならない。朝のミートの際に一度ちらっとは見たが、それだけでは不十分である。何しろ、その映像にはまさに手首を切断する瞬間が映し出されていたのだ。それは、昨日非番であったにも関わらず、司令部に出て来て情報部の仕事を手伝っていたオペレーター伊藤渚が、偶然ハッキングされる瞬間を捕えて差し止め、カメラをそのまま回し続けたために撮れた映像であった。
 ハッキングされた後に気がつくならまだしも、その瞬間に気付くことなど、奇跡に近い。そしてその千載一遇のチャンスを逃さず映像に収めたのだから、表彰されてしかるべき措置であった。だが、その時何故気付いていながら被害者を助けるべく、現場付近の隊員に通達しなかったのかと、渚は今、上層部で詮議にかけられている。褒められることはあっても責められることではないと、同じオペレーターの身として美枝子は思うのだが、市民の平和を守ることが最優先だとして上層部は渋い顔をしているらしい。被害者の方から苦情がくることを恐れているのだろうが、不条理な話である。それに関しては、チーフであるルナが、ハッキングを差し止めるだけで手一杯であった旨を訴えているらしく、それほど大事にはならないだろうとのことだ。まだ処分は出ていないが、とりあえず今のところ職場に出ることは許されている。渚は優秀なオペレーターだ。出来ることなら謂れの無い処分によって人員を裂かれることだけは避けたいところである。
「……それにしても、実行犯の男……すごかったね」
 上って行くエレベーターの中で、美枝子は独り言のようにぽつりと呟いた。
 中央司令室でのミート中、ちらりとだけ映し出されたその男の犯行現場は、息を呑むものであった。実行犯は人を斬ることに慣れているに違いない、とは綾女や美枝子でも初期の捜査で導き出せた安易な予測である。ちなみに、その件を一日の最終ミートの際に自信満々に報告したところ、他のペアはすでにそれを導き出した上で、さらにもう二、三個新たな結論を引っ張り出して来ていたために二人は思わず縮こまってしまった。ベテランの山下浦安ペアに、最初のうちは何事も細かいところからこつこつ調べて行くのが基本だからそれでいい、とフォローしてもらったが、尚惨めであった。
 閑話休題、あの凄惨たる事件の瞬間は、魔物の仕業かと思われるほどの手管で行われていた。画面に男が現れてからたったの三十秒で、片が付いた。男は被害者に駆け寄るなり後頭部に二発衝撃を入れ、動かなくなったところで巨大な刃物のようなもので手首を切断した。その切断方法についてものこぎりのように刃を横にして切るのでなく、まるで包丁で野菜や果物を切るようにまっすぐ切り落とし、一連の動作が終わるまで三十秒しか要さなかった。捜査のためとは言え、あれをこれから見直さなくてならないのだと思うと気が重い。具合が悪くなりそうだ。
「見たところ、増強装置付けてる様子もなかったし……きっとあれ押さえんのは実働隊の仕事だろうしね。きちんと見て予習しとかないと」
 恐れなどおくびにも出さない綾女は強い。すぐに臆病になってしまう美枝子とは比べ物にならない。
「……どうしてあんなこと、出来るんだろう……同じ人間の仕業とは思えない」
「十人十色って奴だよ」
「……それ、こういう時に使う言葉だっけ?」
 世の中にはいろいろな人がいる。ということを、綾女が伝えようとしていたことはわかる。わかるのだが、気分は暗くなるばかりだ。
「少しどこか、おかしいのかもしれないわ」
「おかしい……?」
「報告の時に、ルナさんも言ってたじゃない? 精神病持ちの可能性もあるからって」
 ルナの報告の中には、医療部の方にも映像を見てもらうことになっているという話があった。それほどまでに、正気の沙汰ではない。実際の映像を見て、そう思った。
 エレベーターが動きを止める。すぅと横開きの扉が自動に動き、その向こう側へ続く廊下が見えた。降りようと美枝子が足を一歩踏み出すと、しかし前に立っていた誠也が動かなかったために危うくその背中にぶつかりそうになった。俯いたまま動き出さない彼を訝って、綾女がその端整な顔を覗き込む。彼はちらりと綾女を見ると、何故だかとても悲しそうな顔をして首を横に振った。
「俺、喉渇いた」
「は……?」
「休憩所行ってなんか飲んでくるね、悠斗。すぐに仕事部屋行くから」
「ちょっと、誠也っ?」
 軽くよろめきながら出て行った誠也は、休憩所からは逆方向に向かって歩き出す。慌てて後を追った綾女が、彼の手を掴んだ。彼女は幼さの残る青年の顔に仕方ないなと微笑みを見せて、「こっち」と手を引く。そして振り返りざまに美枝子の方に目配せし、「先行ってて」と無言のうちに伝えた。美枝子に拒否権はない。去っていく二人の後姿を見送りながら、何故だか先ほど見た白昼夢を思い出した。
 あの懐かしい思い出の頃からずっと、三人は一緒にいた。と、思っていたのは美枝子だけかもしれない。美枝子の世界の中には、二人がいた。けれども、二人の世界に、美枝子の姿はあったのだろうか。
「……みえちゃん」
 凝りもせずにぼんやりとしてしまったところで声をかけられて、美枝子ははっとする。エレベーターの外に立って扉が閉まらぬよう手で押さえながら、悠斗がこちらをじっと見つめていた。
「出ないの?」
「あ、ごめんなさい、出ます……!」
 美枝子は赤面しながら急いでエレベーターを降りた。ドアの閉まる音が背後から聞こえる。他の階で誰かが待っていたのだろう、すぐに上っていくその音を聞きながら、美枝子は下を向いた。誠也と綾女の後姿をただ黙って見送った美枝子を見て、この男はどう思っただろう。図らずも紅潮してしまった頬を無防備に晒したくなくて、口元を手で覆った。
「どうした? 具合悪いの?」
「大丈夫です……ちょっと寝不足で」
「ふうん……?」
 語尾を持ち上げながら、悠斗が廊下をまっすぐ歩き出す。美枝子もその隣に並んで歩き始めた。
 二人の仕事部屋は隣同士だ。悠斗たちが来るまでは、美枝子たちが最も新入りだったため、自動的にその後やってきた彼らの部屋は美枝子たちの隣となった。仕事中に不必要な交流は当然ないが、休憩に出た時や帰宅する時などに、ちらっと覗いたり覗かれたりする場合もある。しかし、どの場合にも美枝子の隣には綾女がいるし、悠斗の隣には誠也がいた。従って、悠斗と二人きりになることなど、まずない。何を話せばいいのかわからず自然と無言になり、気まずい沈黙が続く。隣に並んで歩いているのもまた居心地が悪く、かと言って今更前に出ることも後ろに下がることも出来ずにどうしたものかと当惑していると、右側から重々しいほどの視線を感じた。振り向けば、悠斗がこちらを観察してきていた。
「……え、と、なんですか……?」
 勇気を振り絞って、美枝子は尋ねてみた。どう聞けば相手の気を悪くせずにいられるかもわからない。心を許した相手ならともかく、あまり人と話すことが得意ではないのだ。おずおずと右を見やれば、やはり彼はこちらを見つめてきていた。珍獣でも見るような目付きに、逃げ出したくなる。なんとか留まって彼の言葉を待つこと数秒、彼は唸りをあげた。
「近くで見ると、やっぱり可愛いね」
「えっ?」
「資料に載ってた写真見た時から思ってたけど……もてるでしょ?」
「え、え……?」
 予想外の発言に、気が動転した。返す言葉が見つからない。別段、自分を可愛いなどと思ったことはないしもてている自覚もないけれど、それを言ったところで謙遜のように聞こえてしまうかもしれないし、第一そんなことを聞かれる話の流れではなかったはずだ。
 頭が真っ白になっている美枝子の横で、悠斗がふつふつと笑う。からかわれたのだ、と思って美枝子は口をへの字に結んだ。誰にでも気軽に声をかけてくれる友好的な男ではあるが、性格は少しひねくれているのではないか。
「ごめんごめん、からかったわけじゃねえんだよ」
「……じゃあ、なんで」
「誠也と似てるなーって思ってさ」
「……誠也君と?」
「うん」
 またもや予想外の台詞に、今度は茫然とした。悠斗は悪びれた様子もなく頷いて、その特徴的な顎を撫でている。
「あいつもさ、かっこいいとか顔が綺麗とか言われると何にも答えられなくなっちまうんだ。もてるでしょ、とか言われてもフリーズしちゃうし」
「……そうなんですか?」
「まあ、尤も、あいつとみえちゃんじゃまた全然種類が違うけどな」
「はあ……?」
 よく話の読めないまま、かろうじて相槌だけは打っておく。広い廊下の向こうに、ようやく二人の仕事部屋が見えてきた。早く逃げ込みたい気持ちは山々であったが、悠斗の言葉が、そんな彼女の足を止めた。
「……誠也さ、昔、先天性の病気かもしれないって診断されたんだよ」
「え……?」
「精神病だってさ。しかも、自分の親父に」
 美枝子は足を止めた。誠也の父親は医学の博士だ。だが、そんな話は聞いたことがない。疑う気持ちをこめて悠斗を見上げたが、真摯な顔をしていた。――それはそうだろう。冗談には向かない。
「なんかまだ、きちんと証明されてるわけじゃないんらしいんだ。だから親父さんも、誠也には言わなかった。でも、あいつたまたまパソコンいじってて知っちゃったらしいんだ、中学の時」
 中学、と美枝子は繰り返す。それなら知らないはずだ。美枝子は十の頃までの彼しか知らない。
「誠也はさ、過去のことを忘れやすいんだ。全部忘れちゃうってんならそういう障害もあるんだろうけど、そういうわけでもない。コンピューターのメモリーみたいにさ、いっぱいになると何か一つ選んで消してくみたいに、選んで上書きされてくらしい。本人がそう言ってただけだから、俺にはよくわかんねえんだけどな」
 美枝子は、誠也の度々見せる不思議な仕草を思い出していた。三人でいる時、ふとした瞬間に思い出話に花が咲くと、彼はまるで知られたくないことをごまかすように口籠った。てっきり、言いたくないことでもあるのだろうと思っていた。しかし、ひょっとしたら本当に覚えていなかったのかもしれない。
「それで、かなり悩んでたらしくてさ。自分はおかしいんじゃないかって。だからさ、何かと敏感なんだよな、そういう話に」
「ああ、それで……」
 突然休憩所に行こうとした彼の後姿が思い浮かんだ。そういえば、ミート中も精神病の可能性がるから、とルナが言った時に動揺する素振りを見せていたような気もする。
「時代が進んで、技術が進むとさ、差別の壁をなくそうなんて言いながら、どんどん画一化が進んでいくよな。差別するんじゃない、少しでも標準と違う人間を排除しようとするんだ。いろいろ理由付けしてな」
「そうなのかな……」
「障害だとか精神病だとか言わなくてよかったんだよ。そうすれば、少し個性的な子ってことで終わるんだ。あいつも悩まないで済んだのにな」
 十人十色って奴だよ、という綾女の台詞が思い起こされる。そういうことなのかな、と今更のように釈然としかけた。が、それを読み取ったかのように悠斗が待ったをかける。
「……とは言え、それとこれとは別の話だぜ? 確かにありゃ狂気の沙汰だな。凡人の俺にはさっぱり理解できねえ」
 唐突に茶化した声色になって、彼はわざとらしくぶんぶん首を横に振った。美枝子はなんとなくほっとして顔に笑みを取り戻すと、「そうですね」と答えた。それを見て悠斗も安堵したように笑う。
「つーことで、何悩んでるか知らねえけど、仕事から手ぇ抜くなよ」
「え?」
「『大丈夫です……ちょっと寝不足で』ってやつ、誠也の常套文句。何か良くねえことうだうだ考えてる時に、絶対言うの」
 唖然とした美枝子を尻目に、「じゃあ俺はちょっと様子みてくるかな」と言って悠斗は部屋の前を通り過ぎて、さっさと休憩所の方へ踵を返した。足が棒みたいになって、阿呆のようにその場に立ち尽くす。早く部屋へ逃げたいと思っていたのは美枝子の方だったのに、何故か先に逃げられてしまった。けれども今、とても重要なことを指摘されたような気がする。
 頭の中が、白んだ。前例のない症状に、自分自身も戸惑ってしまう。病院に行ってみてもらった方がいいかもいれないと思うことも度々あったが、多分それには及ばない。
 ――私、すごく悩んでるんだ。
 白昼夢はその現れだ。夜になると余計な事を考えてしまうのも、その現れだ。
 そんな単純明快なことにも気付けないほどに、彼女は鈍かった。

「おい、綾女」
 休憩所へまっすぐ足を運んだ悠斗は、窓際の席に座って炭酸ジュースをぐいぐい飲んでいる綾女の姿を見付けて声をかけた。しかしながら、一緒に此処へ来たはずの相方の姿は見えない。彼はきょろきょろとその青年の姿を探して首を回した。
「誠也は……?」
「誠也? ジュース一口飲んで戻るって言って戻ってったけど」
「何? すれ違わなかったぞ?」
「本当に? じゃあ逆回りで帰ったのかな」
 中央司令室を円形の廊下が囲み、さらにその周りに休憩所や喫煙所、そしてそれぞれのオフィスが備え付けられているこの建物は、一周すれば確かにどちらからでも目的地に辿り着くことは出来る。しかし、この休憩所からもしも逆回りで帰ったとしたら、馬鹿馬鹿しいほどに遠回りだ。
「……あいつならやりかねないけどな」
「まあ、気分転換になるし、いいんじゃない?」
「気分転換しようと思って、何か飲みに来たんじゃねえのかよ」
「間違って炭酸買っちゃったから余計に落ち込んでた。だからって一口しか飲まないでさっさと帰っちゃうからさ、仕方なく私が代わりに飲んでるの」
 ああ、それで、と悠斗は綾女の手の中に握られたコップを見やる。中身はぶどうの炭酸ジュースだろうか。黒に近い紫の液体が窓から差し込む光を反射させて輝いていた。
「炭酸飲めないくせに迷わずこれ選ぶからさ、どうしたのかと思ったよ、本当。まあそれだけ動揺してるんだろうけどさ」
 その口調に、ふと違和感を覚える。――綾女は誠也の病気のことを知っているのだろうか。そういえば、先ほどのエレベーターの中での会話も、「十人十色」だとか、まるで誠也を労るような台詞が多かった。休憩所へ行くと言った彼に何の疑問も抱かずにすぐに付き添ったことからも、それが伺える。
「お前……知ってるんだ?」
 そう思って尋ねてみたが、
「何を?」
 綾女はきょとんとしていた。
 何を、と聞き返されても「誠也が病気かもしれないこと」とは言い辛い。ああいう局面であったから美枝子にはぽろりと零してしまったが、そう不用意に言いふらしていいものではないはずだ。よしんば綾女が知らないのなら、そのままでも構わないことである。
「いや、いいんだ、別に」
「誠也のこと?」
「……なんだ、やっぱり知ってるのか」
「知らないよ、何も」
 さらりと切り返されて、言葉に詰まる。ひょっとして遊ばれているのではないかとも思ったが、綾女は至って真面目であった。「ただ」と呟いて外を眺めた目付きは、どことなく遠い。
「ただ、あの実行犯の男……顔も何にもわからなかったけど、なんとなく誠也に似てたから」
「……なんだって?」
 思わず悠斗が顔をしかめると、綾女は首を竦めた。
「別に誠也が人殺しをするとかそういうことじゃないよ。……でも、なんとなくね。誠也と同じで他の人と違う物が見えてんのかなって思っただけ。たぶん、誠也もそれを感じたんじゃないかな。だから間違って炭酸買っちゃうほど動揺したんだと思う」
 たぶんあの犯人は天才だ、と綾女は呟いた。それは決して敵を無意味に賞賛する言葉ではない。淡々と事実を述べただけのものだ。
「雰囲気が一般人とはまるで違ったもの。あの男は天才だよ。――でもって、誠也も、一般人とはまるで違う、天才だ」
 悠斗は迷わず同意した。それはずっと相方を続けて来た悠斗が誰より理解している。
「けど、それって全然喜ばしくないことだよな。同じ世界を生きてるはずなのに、違う物が見えてしまうのってどんな気持ちなんだろう」
 時折、誠也を見ているとそんなことを思う。普通では考えられないような挙動を見せる誠也であるが、それは彼にとっては極めて普通の行動なのだ。ただ、それを変わっていると世間が勝手に評価するだけなのである。すなわち、世間と彼の普通は異なっているのだ。
 その悠斗の言葉に対し、綾女はコップに口を付けながら、うーんと唸った。
「でも、それは当たり前のことなんじゃない? 世界中何処探したって、自分と同じ世界を見てる人なんていないと思うよ」
「それは……そうかもしれないけど」
「ただ、誠也はそれが凄く奇抜なんだろうね。だから、一緒にいると飽きないんだ。もっともっと一緒にいたいなって思わせるのは、その所為なんだろうなぁ」
 何故か誇らしげに笑って、綾女はジュースを飲み干した。空っぽになったコップを軽々とリサイクルボックスに投げ入れると、「ナイス!」と自ら言い放ち、彼女は嬉々として手を叩く。
「よっし、私も負けずに頑張んなきゃ! じゃーね、悠斗!」
 綾女は一体何に触発されたのやら上機嫌になって、休憩所を飛び出そうとした。そして、出口ですれ違った丸顔の女性と危うくぶつかりかけて「すみません」と謝ってから休憩所を後にした。取り残された悠斗は呆気に取られるばかりである。その後ろ姿が見えなくなっても、彼女を見送っていた。
 ――目から鱗が落ちたような気がした。
 だから一緒にいると飽きないんだ、と誠也に関して言ったのは、悠斗の知る内では後にも先にも綾女だけだと思う。そもそも、悠斗は自分以外に誠也の懐く人間を知らなかったのだ。それだけでも大発見であったが、それ以上に驚愕し、愕然を通り越して悄然としていた。
「……悠斗?」
 気付けば綾女と入れ違いで入って来た丸顔の女性、伊藤渚が不思議そうにこちらを伺っていた。
「何かあったんか? めっちゃ阿呆な顔しとるで」
 自分で確認する事は適わないが、間違いなく阿呆みたいな顔をしていたのだろう。それにしても失礼ではないか。悠斗は首を振って苦笑した。
「や、なんでもないですよ」
「何かあったんやろ? お姉さんに相談してみ」
「誰がお姉さんですか」
「綾女にいじめられたん?」
「いや……綾女にちょっと感心させられたというか、なんというか」
「綾女に?」
「あ、いやえっと、だから……東京は凄ぇなって。女でツルーパーやってる奴なんて、仙台にはいなかったので」
 ますます面妖そうに顔をしかめた渚を前に、適当に言い訳をする。突然考えたにしてはなかなか悪くない口上であった。実際、仙台には女のツルーパーはいない。まさか自分よりも誠也のことを理解している人間に会ってショックを受けましたなどと馬鹿正直に伝えられるはずもなかった。
「あ、そういうこと」
 幸い、誤摩化しであったことには気付かれなかった。渚は疑う様子は微塵も見せず、右手をかざしてコーヒーを買いながら左手でぼさぼさの髪をかきむしる。
「大阪にもおらんかったよ。東京でも、今は綾女だけや」
「あー、そうなんですか?」
「そらそうよ。増強装置は本人の実力に装置の力を演算する物やんか? 男と女じゃ圧倒的に男の方が有利やし」
「……そうですよね」
 悠斗は首の裏を掻いた。誤摩化すために適当に吐き出した言葉であったが、それのおかげで今更のように綾女の異様さに気が付かされた。今まで誠也の友人だという情報だけで彼女のことを異様な存在とみなしていたが、よく考えてもみればそれ以前に奇異な要素はいくらでもある。誠也のような凡人離れした奇特さとは違うが、やはり彼女も他とは違っていた。
「でも別に、他のツルーパーに比べて劣ってるってことはないですよね。あいつ、元が強いんですかね」
「んー、普通やと思うで」
「普通ではないでしょ」
「せやなぁ、まあ普通ではないねんけど、少なくともツルーパーやっとるあんたとか龍太郎とか男共には力じゃ勝たれへんよ」
 渚はそう言いながら、コーヒーメーカーで作られたカプチーノを取り出した。彼女は砂糖を山のようにいれてカプチーノをかき混ぜながら、悠斗の隣に並ぶ。
「それでも綾女をツルーパーにしたのは、圧倒的な度胸と決断力があるからやって、ルナさんは言うとったけどな」
「度胸と決断力……?」
「そうそう。ツルーパーの本業ってとにかく目まぐるしく動くことやん? ちょっとでも迷ったらあかんねん。綾女はそこで、他の誰より迷わへんから強い――ってルナさんの台詞やけどな」
 私にはようわからん、と付け足した渚の言葉に、悠斗は妙に納得させられていた。確かに、そうかもしれない。人よりさばさばした女だと思っていたが、さばさばしているというより自分の目指す道に迷いがないのだろう。それが彼女の美点であり、強さだ。少しの迷いもなく、誠也のことを受け入れる。故に、彼も彼女に懐くのだ。では、自分はどうだろう。
 悠斗は唇を噛み締めた。――これ以上は考えてはいけない。これ以上は、今後の仕事に響く。
「……じゃあ、ちょっと俺、一服してきますので」
 余計な雑念を振り払うために悠斗は煙草を吸うことに決め、窓際を離れた。少し動いて忘れよう。そう思っての行動だったのだが、悠斗が前進しはじめると、隣にいた渚が何故だか不服そうな声をあげた。
「えー、つまらん。もっと話そうやー」
「もう充分話したじゃないですか」
「綾女の話しかしてないやん」
「いや、もう俺煙草吸ってさっさと仕事戻らなきゃいけないんで」
「ええやん、此処で吸ってけば」
「……渚さん、分煙って知ってます?」
「取りすぎると成人病になるやつやろ」
「それは塩分です」
 悠斗は乾いた笑みを零した。そういえば、龍太郎が渚に恋人の出来ないことを嘆いていたなと思い出す。続けてわあわあとどうでもいい話を喚き散らす饒舌な渚の様子を見ながら、この分では当分無理だろうなと慮外なことを考えた。
 同じ女でも世界には色々な女がいるものだ。悠斗は自分の中でそう結論付けて、余計な思考は忘却の彼方へ追いやった。意外にも、この方法はなかなか効果的であった。


 ――美枝子ちゃんは可愛くていいよね。
 ――美枝子ちゃんはいい子だよね。
 そんな心にもない賛美を受けていたのは、いつの頃だったろう。誰かに嫌われるのが怖くて、団体行動を乱さぬよう、一生懸命になっていた時代がある。あれはまだ、年の桁が二つにも達さない頃だ。子供ながらに自立心が芽生え、秩序を何より大切にする割には自分が中心にいたい頃。最も無邪気で残酷な時代であった。
 水音が遠い。自分が全身に被っているはずのお湯の温度もわからない。幽体離脱したかのような感覚に支配されながら、美枝子は鏡に映った自分を見つめていた。
 幼馴染だからという理由だけで仲良くしていた美枝子と綾女と誠也は、人の多い学校生活においては特に三人でつるむということもなく、それぞれ自由に過ごしていた。仲違いしていたわけではないし、近くにいれば会話もするし一緒に遊ぶこともあれど、わざわざ三人で固まる必要のない、広い世界であった。学校という一つの社会の中において、三人は単に仲の良い幼馴染であった。
 綾女は、誰とでも分け隔てなく遊んだ。この歳の頃の女の子がよくそうであるように仲良しグループというものに属すことはなく、たまたま自分の近くにいる子を捕まえては、その子に合わせて遊んだり話をしたり、自由気ままであった。体を動かすことが好きであったため、自由時間は外へ出て男子と張り合うことも少なくない。女の子の中では、浮いている存在であった。
 誠也はと言うと、大人しく目立たない男の子であった。授業中も自由時間も何を考えているのか誰にも見えない何かを必死に見つめていることが多く、あまり友達と話すこともなかった。グループ授業などで自由に班を決めるよう指示されると、大抵余っていた。教師が手配して、適当に入れられたグループに不平を言うこともなく、黙って従った。モチベーションの差が激しく、意欲の湧かぬ物は誰に何と言われようと決して手を付けなかったが、その代わり興味の湧く物を見つけると誰より熱心に取り組み、教師の度肝を抜くような結果を出した。実は天才なのではないかと一部の大人は心の中で感心するばかりであったが、総じて奇特な子供であった。周囲からは一線を引かれていた。
 そして美枝子は、至って平凡だった。仲の良い女友達といつも一緒にいたかったし、遊ぼうと誘われれば無条件に嬉しかった。教師の言うことはきちんと聞いて、自由時間は皆に合わせて楽しんだ。男の子よりも女の子と一緒にいる方が自然で、どちらかと言えば内向的な付き合いをしていた。
 平凡でいたいという思いは仲間はずれにされたくないという願いから、そしてそれは独りになるのが怖いという怯えから来ていた。故に、ずっと仲良くしてきた幼馴染たちが普通と変わっているという理由で不当な悪口を言われているのを聞いても、じっと黙っていた。さすがに自分から彼らのことをくさすことはなかったが、話を振られたら相槌を打つくらいのことはしていた。後ろめたさがなかったと言えば嘘になる。だが、仲間はずれは嫌だった。誰かに嫌われることが何より怖かった。
 しかし無情なもので、どんなに列を崩さぬようにと努力していても、火種は外から飛び込んでくる。あれは、四年生に上がる頃だったろうか。思春期というものが訪れて、誰が誰を好きらしいなどという恋愛沙汰の噂が一丁前に飛び交う時期のことであった。女子の中心にもいると思われるボスのような少女に、好きだと公言された男子がいた。運動神経が良く、快活な少年だったと思う。美枝子にとっては、フルネームも覚えていないようなその程度の存在であった。であるにも関わらず、何が発端であったか、彼が好きな女の子はどうやら佐々木美枝子らしいという噂が流れた。そこから悲劇は始まった。
 まずは、当人である少女の周囲から、あまり声をかけられなくなった。もともと自分から積極的に話しかける方ではなかったために、会話の数が激減した。さらに時間が経つと、露骨に無視されるようになった。授業の取り組みなどは別であるが、自由時間の楽しい話には決して入れてもらえなくなった。それもほんの一部であったが、中央にいる強い女子のグループがやり始めると波紋のように広がって行くのは必然的なものなのかもしれない。やがて、クラスの女子の全体的に、美枝子を避ける風潮が広まった。
 美枝子にしてみれば、理不尽な話である。原因となった男子と仲の良いわけでもなく、好かれようと思ったことすらない。自分の所為ではないとわかっているのに、周囲から否定されるとそれが例え自分のことであっても流されてしまう弱さがあった。――私が悪かったんじゃないかしら、と。
 そんなある日のことである。一緒に遊んでくれる友達もいないので、仕方なく自由時間は図書室へと通い、電光本を読んで過ごしていた時のこと。学年に仕切りを置かず、様々な生徒がいる中に混ざり、なんとなく興味のある本を流し読みしていた。
 休み時間もあと数分、大して面白くもないなという感想を抱きながら物語は終盤へ向かう。そしてチャイムの鳴る二、三分前、寂然とした図書室の中に荒々しく飛び込んで来た生徒がいた。
「すいません、すいませんっ! これ、これって、まだ間に合ってるよねっ?」
 ばん、と激しく叩き付けるように返却口に本を置いて、肩で息をしている。図書委員の生徒はその勢いに押されておどおどとしながら、彼女の持って来た本の端に読み取り機を当てた。ぴぴっという甲高い音の後に、画面に文字が浮き上がる。返却期限は丁度カレンダーと同じ日にちを表示し、ぎりぎりで間に合ったことを示していた。
「良かったああ、間に合ったぁあ」
 女子生徒は図書委員から返された自分の電光板を持って息を切らす。それまで外で遊んでいたのか、服の背中部分はぐっしょり汗に濡れていた。
「……あーちゃん?」
「お?」
 美枝子は自分の本はその場に置いて、思わず立ち上がる。本とは程遠い生活をしている彼女を、こんなところで見かけるとは思わなかった。
「本、借りてたの?」
「あ、うん、そうそう! 警察二十四時シリーズ! 宣伝してたから面白そうだと思って借りたんだけどさ、全っ然読むの忘れてて、そろそろ期限じゃん、ってさっき気付いたの!」
 危ない危ない、と綾女は震えた。
 この学校の図書貸し借りシステムは、全て機械によって管理されている。生徒は電光板と呼ばれる板を持って図書室へ向かい、借りたい本を選んで申請する。すると、この電光板にその内容が全て送られて、期限内ならば何処にいても読めるようになるのだ。だが、もしも期限を切れてしまった場合はその文章が読めなくなるだけでなく、ペナルティとして一週間本を借りられなくなってしまう。綾女はそれを危惧し、図書室まで飛んで来たのだろうが、これから一週間、彼女がわざわざ本を借りて読むとも思えない。それでも期限を守ろうとした彼女の律儀さに、自ずと顔が綻んだのも束の間、次の台詞で笑顔は消え去った。
「美枝子はこんなとこで何してんの? いつも一緒にいる子たちは?」
 瞬間、どきっと、鼓動が高鳴った。――綾女は知らないのだ。美枝子が抱えている悩みのことを。
 実際のところ、表立った被害はなかった。美枝子の目立つことを嫌う性分も手伝って、彼女が無視されていることは、本人たちしか気付いていない。クラス全員の集まる授業中には少し素っ気ない程度で普通に接してくるものだから、教師も気付く素振りを全く見せなかった。自由時間になると外へ飛び出してしまう男子たちはもちろん、その男子に混ざって遊んでいる綾女とて、気付かないことに無理はなかった。
「あの、えっと……本が読みたくて」
 咄嗟に、出て来た言葉は言い訳にもならない。本が読みたいという理由だけで、美枝子が自ら輪の中からはみ出して行くタイプでないことは綾女もよく知っているはずだ。だが、とても自分の口から仲間はずれにされているとは言えなかった。誰とでも簡単に打ち解けることが出来、故に一所に留まらない綾女を前にして、必死に自分の居場所を探さなければ落ち着くことも出来ない美枝子とは全く違う綾女を前にして、そんなことは口が裂けても言えなかった。
 認めたくない真実を自分の奥に押し込めて、吐き出したくない弱音を無理矢理飲み込むと、肺が圧迫されたように苦しくなった。息が詰まる。目頭が熱い。我慢した言葉の代わりに、別の物が目から水となって溢れた。悲しいのか悔しいのか、寂しいのか辛いのか、これがどういう感情の現れなのか、しかとはわからない。
「美枝子……?」
 幼馴染の突然の涙を目の前にして、綾女はただ呆然と口を開いただけだった。慌てる仕草の一つも見せない。本当は、心の奥では生半可でなく動揺していたのかもしれないが、そんな様子はこれっぽちも感じさせなかった。始業の合図が校舎に響くその瞬間まで、二人は静止したまま一歩も動かなかった。
 ――そして事件は、その日の午後の授業に勃発した。
 経済の動きについて、小学生でもわかりやすいように考える実習であった。コの字型に並べられたそれぞれの席に座り、まずは教師の説明を受ける。それから、三、四人のグループを組み、くじ引きによって何の店をやるか決め、実際の経済の動きを模倣してみようという取り組みをした。グループは席順で決められた。何の悪戯か、美枝子は、自分の受けている仕打ちの原因となった男子と、誠也との三人グループになった。もちろん、美枝子がそう望んだわけではない。本当に偶然だった。
 グループワークが始まると、生徒たちはそれぞれの店の商品を売り買いするために席を立った。何人かは店番としてその場所に残らなくてはならない。美枝子は大人しく店番をしていた。例の少女がこちらへ近付いてくるのが視界の端でわかった。何か言われるかもしれないと密かに身構えたが、特に彼女は何も言わずに美枝子の前を通り過ぎた。かと思えば突如衝撃が美枝子の座っていた机を襲い、美枝子の学習用電光板が揺れる。机の上に無防備に置かれただけの状態であった電光板はその振動に耐えられず、落下しそうになった。反射的に手を伸ばすけれど、届かない。学習板が床と衝突する――と思い目を瞑ったが、それらしき音は響かなかった。恐る恐る瞼を持ち上げれば、ぱちぱちと真珠のような瞳を瞬きさせている少年と、目が合う。
「……誠也君?」
「これ、落ちたよ」
 彼の手の中には、美枝子の電光板が握られていた。どうやら、床と衝突する前に彼が拾い上げてくれたらしい。
「……ありがとう」
 予想だにしなかった早業に美枝子もまた瞬きながら、自分の電光板を受け取った。撫でてみても、傷一つない。それほど壊れやすい物ではないが、落とせば傷が付く、あるいは塗装が剥がれる可能性があった。やんちゃな男子生徒などは、四年使用して来た間に、ぼろぼろにしてしまっていたが、美枝子の物は新品同様とまではいかないものの綺麗なままであった。それが何故、突然机の上から逃げ出したのかと考えようとするより先に、ぴしゃんという乾いた音が教室中に響いた。雑然としていた空間が、一瞬で静まり返る。クラス全員の視線が、音のした方へと注がれた。
 コの字型に固められた机に囲まれ、その中央に堂々たる姿で立ちはだかっているのは、白川綾女である。そしてその足下に蹲っている少女は、先ほど美枝子の机の前を通り過ぎた女子生徒であった。そして、美枝子のことを村八分にしている張本人でもある。
 少女は何があったのか自分でもわかっていない顔をして、床に足から崩れ落ちたまま右頬に右手を当てていた。対する綾女は憮然とした面立ちで、両手を腰に当て、少女を見下ろしている。ややあって少女が右手を離すと、その下に包まれていた右頬が林檎のように赤く腫れ上がっていた。それだけでなく、右側の唇の裏を切ったのか、鮮やかな赤が口紅のように滲み出している。そして、ようやく状況が飲み込めた。綾女が、少女のことをひっぱたいたのだ、と。
 少女自身、そのことに気付くと、よほど痛かったのだろう、驚きより怒りより何より先に、大粒の涙を目に溜めて泣き出した。声をあげて泣くことも出来ないのか、苦しそうに嗚咽を繰り返している。はっと我に返った教師が、ようやく少女に駆け寄って、保健室へ行くよう言い渡した。少女に従っている取り巻きのような何人かの女子生徒が名乗りをあげて、彼女に付き添った。
 何の前触れもなく起きた事件に、教師も当惑していたようではあったが、ひとまず「どうしてこんなことをしたのか」と綾女に問いかけた。綾女は依然として仏頂面のまま、「嫌いだから」と答えた。当然、その後彼女は散々に叱られることになるのだが、美枝子には彼女の行動の真意が全く見えなかった。あの綾女が、と思う。他人のことを嫌いだからという理由で殴りつけるような少女であったか。――それはない。幼馴染の美枝子が誰より知っている。
 後から考えてみれば、美枝子の電光板が危うく机から落下しそうになったのも、あの女子生徒の仕業だったのだろうと安易に予想がついたが、その時の彼女にはきつく叱られている綾女を目の前にしてはらはらすることしか出来なかった。まさか綾女が自分のために叱られているとは思わなかったし、綾女も何故か、女子生徒が美枝子にあくどい仕打ちをしたことは決して口にしなかった。
 この事件がきっかけとなり、女子生徒の怒りの矛先は完全に綾女の方に向いた。だからと言って急に彼女たちが美枝子に友好的な姿勢を見せるようになったわけではないが、露骨に無視をされることはなくなり、一人、また一人と会話をしてくれるクラスメイトが増えた。気付いた時には、自由時間を過ごす仲間も出来、図書室に逃げ込む必要もなくなっていた。
 そして美枝子の代わりに悪口雑言を吐かれる対象となった綾女はと言うと、一部の女子生徒に何と言われようが、何をされようが、ものともしていなかった。そもそも最初から関わり合いも薄かったために、無視をされたところで何らダメージがない。やがて少女たちも馬鹿馬鹿しいと気付いたらしく、ある時からぱったり悶着はなくなった。美枝子は望み通り、安穏とした生活を送ることが出来るようになったのであった。

 ――昔から、ずっと、そうだった。
 美枝子は、実家で発掘した懐かしい写真を自宅の小型プロジェクターに映し出して、溜め息を吐いた。
 特捜隊の隊員たちに宿舎として与えられた部屋は、決して広くはない。十畳が一室と、ダイニングキッチン、そしてバスルームがついているだけであった。美枝子の生活している十畳の部屋には、ベッドが一つと小型プロジェクター、そして自宅用のデスクトップが一台置かれた書斎机しか置いていなかった。最低限生活していけるだけのスペースがあればいいからとシンプルにコーディネートした間取りは、今でも割合気に入っている。シャワーを浴びたばかりで濡れている髪をバスタオルで拭きながら、美枝子は書斎机の前に座った。――こんな写真を見ようと思ってパソコンを立ち上げたのではない。もう一度仕事の資料を整理しようと思っていたはずだった。だが、一度開いてしまうとつい見入ってしまう。美枝子はタッチパネルに触れて画面を操作しながら、一枚ずつ写真をめくった。
 それぞれに懐かしいエピソードがある。だが、綾女と並んで映っている写真は少ない。美枝子はクラスからあぶれぬように必死に居場所を探し、綾女は図らずも中央を陣取っていた。これは、二人の位置関係そのものだ。昔からずっとこうなのだ。十中八九、これからもずっと変わらない。
 だからと言って、綾女のことを羨んだこともなければ、妬んだこともなかった。美枝子には綾女の位置に行くことなど出来なかったし、行きたいとも思わない。ただ、二人の位置は遠くとも、ずっと傍にいられると思っていた。写真でこそ並んで映ることはないけれども、今思えばこの時から美枝子にとっての本当の友達など、綾女しかいなかったような気がする。それは悔やむべきことではない。一生付き合って行けると思える友達が一人でもいて、今でも仲良くしていることは、喜んでしかるべきだ。
 しかし、そこまで考えて必ず思い当たるのは、大門誠也の存在であった。彼ももちろん、大切な友人であり幼馴染だ。けれど綾女と同じ意味を持つ存在かと言えば、少し違う。再会するまでに間に十二年のブランクがあったことを差し引いても、やはり彼は、違う。
 ――綾女ちゃんは男子とばっか遊んで男子みたいだもん。
 ――それに怖いよね。私好きじゃない。
 それは、綾女がクラスメイトの少女をひっぱたいた後のことだ。美枝子もさすがにこの手の会話には参加出来なくなり、周りが綾女の陰口で盛り上がろうとすると、居心地悪そうにその場を退いた。そのため、ほとんど美枝子は綾女の陰口を直には聞いていない。たった一度だけ耳を傾けてしまったのは、その女子生徒たちの近くに、誠也が座っていた時だけだ。
 ――そう? 僕、あーちゃんが一番好きだよ。
 無論、誠也は少女たちの会話に参加していたわけではなかった。たまたま、席が近くてその会話が聞こえてしまっただけのことである。それなのに聞き流すことをせず、間髪入れずに会話に割り込んだ彼のことを、美枝子は色濃く覚えていた。少女たちはぎょっとしたように身を震わせて、その後も気味の悪い物を見るかのような目付きでちらちらと彼の方を伺っていたが、美枝子はもどかしいような歯がゆいような、いかんともし難い感情を持て余した。その正体は、十二年経った今でも明らかではない。
 そして、今になって、何故だろう、美枝子はその時のことを頻繁に思い出す。誠也と再会したことによって、時間が逆に回り始めた。思い出したくもないような感情ばかりが蘇る。
 美枝子は窓際に足を運ぶと、ブラインドを持ち上げた。明るい夜の街の上を、幾重にもイルミネーションが走り回り、シールドに反射して不思議な模様を作っている。こつん、と額を窓に当てると冷たくて心地良かった。邪念の渦巻く頭の中を、やんわりと冷やしてくれる。
 まるで正反対の性格をしているのに、綾女と誠也は仲がいい。あのシールドの外へ逃げ出した時からずっと、そうだった。美枝子は二人が互いに微笑み合うのを、複雑な心境で見ていた。自分もその中に入りたい。けれども入って拒絶されるのが怖くて、入れない。故に、どっちにも付かずに曖昧な笑いだけを浮かべて、二人に付いて行く。――考えてみれば、美枝子は延々とそうやって生きてきた気がする。
(私は、多分、置いて行かれたくないんだ)
 煮え立つ脳みそで、朦朧としながらも、そう思った。
 いつもいつも、三人一緒だった。美枝子は少なくともそう思っていた。その二人が、自分だけを置いてどこかへ行ってしまうのではないかと不安で不安で仕方ない。だから、少し強引にも二人に付いて行こうと気張る。
(私は、あの頃から一歩も成長していない)
 プロジェクターに映し出された映像は、記憶よりも鮮明に、その時のことを描き出している。
 美枝子はブラインドを下げると、パソコンを強制終了してそのままベッドに倒れ込んだ。肉体よりも精神の疲労が重くのしかかり、彼女を眠りに誘う。そしてすぐに、意識は夢の中へと埋没した。彼女は気を失うように、眠りについた。


 その日は、湿度の高い曇天であった。
 休憩所のコーヒーメーカーで買ったコーヒーがゆらゆらと揺れる。溢れそうになるまでにはいかないが、静かに波打って波紋を残した。そうさせている本人は、少しも気付かない。
「いっそ、雨が降ればいいのにね」
「ん?」
 後ろから聞こえた呟きに、悠斗はキーボードを打つ手は止めずに問いかけた。後ろから声をかけてきた男は、さっさと自分のノルマを終えてさらに余分な情報整理まで終えて、上からの司令を待っている。本来なら無限大にある捜査の仕事が、早めに片付いてしまうことなどまずないのだが、彼の場合はあまりにもそのスピードが早すぎて、上層部の処理が追いつかなくなってしまうらしく、時たま暇をもらってぼんやりしていた。が、そのパートナーである悠斗は一般人であるため、そういうわけにはいかない。たった数分前までは増強装置の整備と筋力トレーニングをしていたのだが、それを終えてルナからまとめて送られた資料をチェックしているところであった。午前に一回、午後に一回送られてくる資料は、膨大な量だ。それまでに特捜課全体が進めた捜査の全てがまとめられているわけだから当然と言えば当然なのだが、体を動かすことが本業であるツルーパーにはなかなか辛い作業である。
「雨が、降ったらいいのにって思うんだ」
「……なんで?」
 誠也の独り言のようなぼやきにいちいち反応してやりながら、手は止めない。止めている暇はない。
「じめっとしてるとさ、悠斗いらいらするじゃん?」
「俺?」
「うん。さっきからすっごい貧乏揺すりしてる。気付いてないだろ?」
 指摘されて、気が付いた。パソコンの脇に置いたコーヒーの水面が揺れている。それほど強くキーボードを叩いていた覚えはないので、知らず知らずのうちに足を揺すっていたのだろう。無意識にやってしまうが、これは確かに悠斗の癖である。
「いーっつもそうだよ、お前。こういう天気の時絶対机蹴るの。自分じゃ気付いてないかもしんないけど、聞いてる方は結構気になる」
「へえ……そりゃ知らなかったな」
 この世の多くにおいて無関心のような顔をして、意外によく見ているではないか。悠斗は少なからず感動した。
「……けど、なんで雨なんだ? 雨降った方が湿度上がるじゃねえか」
「俺、雨好きだもん」
「……あ、そう」
 いつも通り、悠斗にはよくわからない理論を組み立てる。同じ湿気が高いなら、いっそ雨が降ってくれた方が嬉しいということだろうか。考えたところで彼の感性は理解不能なので、さっさと諦めて作業に戻った。画面には、手首切断事件の首謀と思われる組織についての詳細が羅列されている。まだ確たる証拠のあるわけではないが、伊藤渚の手柄によってハッキングを差し止めた際の相手の履歴から、十中八九これだろうと予想された。しかしその組織の全貌も不鮮明であり、どうやら現実世界よりもネット上に縄張りを広げているらしく、未だ実動隊の出番はそれほどなかった。プログラムの修正により新たな被害者も出ていないため、尚更ネット上での捜査が主となる。
 ――組織が運営しているだろうと思われるネットショップ、あるいはネットバンク、そこから予想される組織の規模、組織が今まで関係してきただろうと思われる事件沙汰、組織の好むサイト形式まで書かれている。よく調べ上げたものだと感心する気持ちはあれど、肝心のアジトであったり実像であったりが何も浮かび上がっていない。まだまだ長期戦に持ち込まされそうだ。
「んー……眠い」
 後ろから、欠伸をする声が聞こえてくる。いい気なものだと内心毒付きながらも、独り言ともわからぬぼやきに反応してやった。
「また遅くまでゲームでもやってたのか?」
「やってない」
「じゃあなんだ。どうせ夜更かししてたんだろ」
「そーでもないよ。最近は、ちゃんと寝てる」
 のんびりとした口調で言葉が返ってくる。この男は四六時中この調子だ。緊迫した現場でオペレートをする時ですらこうなのだから、何をどうしたって直らないに違いない。
「寝てんのか」
「うん」
「じゃあなんで眠いんだよ」
「なんでだろ……最近はちゃんと食べ物も食べてるからかなぁ」
 冗談みたいな台詞だが、事情を知っている悠斗には笑えなかった。己の食生活にさえ頓着しない彼は、放っておくと何も食べないまま生活を続ける。不摂生のあまり倒れてから、「ああそういえば水しか飲んでなかった」と救いようのない原因を白状したこともあった。その彼が自ら食のことを口にするのも珍しいし、実際にきちんと食を取っているのだから大した進歩だ。そしてその裏側には、あの娘の存在があることも悠斗は知っている。
「……綾女か?」
「ん、何が?」
「綾女が食わせてくれてんだろ」
「食わせるっていうか、いっつもご飯誘ってくれるよ。みえちゃんと一緒に」
 初め、友人は愚か知人とてほとんどいない誠也に、東京に知り合いがいると告げられた時にも度肝を抜かれたが、それは序章に過ぎなかった。こちらへ来てみれば、ひねもす「あーちゃんあーちゃん」と、本当に十二年間一度も会っていなかったのだろうかと疑いたくなるような接近ぶりで、時々この男は悠斗がパートナーであることを忘れてるのではないかとさえ思う。綾女の隣で一生懸命二人の会話に参加しようとしている美枝子が、いっそ哀れだ。
「お前と、綾女ってさ、なんなのよ」
 ここまで来ると、ただの友人では済まされないと思う。実は血を分けた姉弟なのではないか。それにしては風貌は似ていないけれども。
「幼馴染」
「だからさぁ、なんかそういうんじゃなくて」
 じゃあ何さ、とむっとしたように言い返して来た誠也は回転椅子に乗ってぐるぐると回り始める。いよいよ指令が来ないので倦んできたようだ。
「そういえばさ、昔」
 詮方ないので、報告書を読みながら、会話の相手を続けてやる。これまでずっと、誠也に昔話は禁物であったが、とある一部のことは、最近になって解禁された。その一部に関しては、大切にしまっておいたものを箪笥の奥から探し出すように、ゆっくりゆっくり思い出すのである。
「俺が、お前と初めて会った頃さ、お前になんでオペレーター目指してんだ? って聞いたことあったじゃん?」
「うん、覚えてない」
「いいから最後まで聞けよ。……その時お前さ、『誰かと約束したんだ』って答えたんだ」
「ふうん、そうだっけ……?」
「そうなんだよ。それって……綾女?」
 椅子の足を蹴り飛ばして子供みたいに回転していた誠也が、ぴたりと止まった。
 彼の記憶の奥の方、宝物のように大切にしまわれてきたその記憶は、幼馴染たちの物ばかりだ。他の何を忘れても、何故かそれだけは忘れなかった。それほどまでに、彼の人生の中で重要な存在だったのだろう。
「あーちゃん、かな……?」
「俺に聞くな。綾女と約束したんじゃねえの? 一緒に特捜隊入ろうとかなんとか」
 話のねたになるかなと思い、軽い気持ちで問いかけた質問であった。だが、突然険しい顔つきになった誠也は、片手で眉間を押さえ、よろめいて机に肘を付く。普段、仕事中であっても、どんなに難しいオペレートの仕事がやってきても決して見せないような渋面を作り、唸り声をあげた。待てど暮らせど返事がないことを訝しんで振り返り、悠斗は目を丸くする。彫刻にしたくなるような端麗な顔立ちは、悩んでいても崩れることはなかった。珍しい光景を見たなと思う。何もそんなに悩むことではないはずなのだが。
「……そんなに悩むなよ」
「……うーん」
「別にいいんだよ、どうでもいいことなんだし。忘れたなら忘れたで、気にすんな」
「……昔さ」
「うん?」
 まさかの誠也の昔語りに、どうでもいいと言いながらも興味が募る。もう一度彼の方を振り向くと、すでに険しい表情は残っていなかった。背もたれに首を乗せて天井を見上げ、椅子の上に膝をたててゆらゆらと揺れている。呆けた雰囲気が、彼をいっそう妖しく見せていた。
「まだ、七つとか、八つの時にさ……俺たち、三人でシールドの外に出たんだ。汚いところだったのに、冒険してるみたいで、楽しかった。……そこでさ、みんなで将来の夢とか話し合っててさ。あーちゃんがツルーパーになるって言うから、俺、オペレーターになるって言った。でもそしたらみえちゃんもオペレーターがいいって言ったから、俺、掃除屋さんになるって言ったんだ」
「……なんで掃除屋?」
「掃除屋さんっていっつも、俺が道でぼーっとしてると、どうしたんだぼうやーって声かけてくれたから」
 年端も行かぬ少年が道に一人突っ立っていたら、良識ある人間なら声をかけるだろう。彼の独特な感性は、今も昔も変わらないらしい。
「なのになんで、俺、掃除屋にならなかったんだろう」
「ならなくてよかったと思うよ、俺は」
 誠也ほどの能力があって、それを生かさない手はない。自分の机の上も拭けない誠也が、オペレーターと掃除屋のどちらに向いているかなんて比べるべくもないだろう。
「でも俺、別にそんなにオペレーターになりたかったわけじゃないと思うんだ」
「綾女と約束したんじゃねえの?」
「してない。約束なんてしてないよ。だけど、ならなきゃいけないってずっと思ってたんだ」
 かつてない記憶の量に怯えるように、誠也は震えた。切迫したような話し方をする。悠斗は不安になった。今まで思い出すことをしなかった人間が、突然記憶が無闇に探っても大丈夫なのだろうか。
「誠也」
「どうして俺、なろうと思ったんだろう。みえちゃんに譲るって決めたのに」
「誠也、そろそろ休め」
「でも、だって、今、俺オペレーターをやってるよ。どうして」
「誠也、もういいから」
 立ち上がり、ばんと悠斗は机を叩いた。
 鼓膜を劈くような音に、誠也はあどけない顔を見せる。ようやく我に返って、彼は再びこめかみを押さえた。息を大きく吐きながら、肘を付いて俯く。
「……大丈夫か?」
「うん、平気……」
 小動物のように縮こまった彼の肩を落ち着けるように叩いて、悠斗は窓のない壁を見た。無機質な白の上に、パソコン画面の光が波打つ。
 誠也という青年は、運命の悪戯だろうか、凡才ではなかった。そのために人と違う感性で人と違うものを見て、人と違う表現をしてしまう。それでも根本は全人類と一緒、楽しい時は笑うし、悲しい時は涙も流す、恋しい時には恋しい時の焦がれる気持ちを抱くのだ。
「……お前、綾女のことが好きなんだろ?」
「それはもちろん、好きだけど……」
「そういうことじゃなくってな」
 悠斗は嘆息した。認めたくはなかったけれども、薄々感じていたこと。それを自らの口に上らせる。
「お前が、ずっと一緒にいたいって思っていたのは、俺じゃなくて綾女だったんだな」
「……どういうこと?」
「お前は、綾女と同じツルーパーを目指してた俺に、彼女の影を重ねたんだ」
「言ってることがわからないよ」
 本心からわからない、と告げる誠也に、それ以上言う気はなかった。ぐったりと脱力しながら自分のデスクに戻り、もう一度嘆きの息を吐く。
「悠斗……」
「いいんだ、わからなくて、いいんだ」
 悠斗の名を呼ぶ心細そうな声には極めて明るく返答した。彼が不安がることは何もない。ようやく彼にも安息の場所が見つかったのだ。悠斗は手放しで喜んでやらなくてはならない。
 とりあえず仕事を終えるのが先決だ。まずは資料を最後まで読み終えてしまおうと、スクロールする手に力を込める。その瞬間、ポケットに入れた通信機が、受信の合図を伝えた。
 はっとして通信機に手を伸ばせば、それまで憂いを帯びていた誠也の顔もいつもの物に戻る。二人同時に機器の通信を受け入れて、耳元に手を伸べた。
『――全隊に告ぐ!』
 中央司令室からだろう、ルナの声だ。一斉送信された声は恐らく東京の特捜課全体に響き渡っている。
『静脈チップ、手首切断事件の首謀組織、ジェミニーの所在が判明した! 担当の実働隊はすぐに現地へ、界隈にいる実働隊にも応援を求む!』
「誠也!」
 悠斗が彼の名を呼んだ時にはすでに誠也の卵型の画面には地図が映し出されていた。司令室から送られたものだ。さすがに、仕事が早い。
「行くぞ」
「でも、悠斗、たくさんある」
「何?」
 どういうことだ、と地図を正面から眺めれば、確かに彼の言う通り、目的地は多数表示されていた。複数点滅している朱印に思わず眉間に皺が寄る。
「これは一体……」
『尚、やつらのアジトは複数ある模様。それぞれセキュリティは厳しいが、その分システムさえ破ってしまえば中は手薄だ。そこで、逃げ道を与えないために総攻めとする』
 悠斗の呟きに応答するように下された指令に、自ずと背筋が伸びた。
『浦安山下は新宿中央、高畑伊藤は目黒、白川佐々木は中野へ回れ。それから秋川大門は八王子だ。あまりそちらに人員は回せないが、建物の規模から言っても最も小さい。お前らと数人で片付くだろう。行け!』
 最後の号令が聞こえるや否や、誠也と悠斗は同時に部屋を飛び出した。そしてやはり同じタイミングで隣の扉が開く。中から転がり出て来た綾女と美枝子の二人とはアイコンタクトだけを交わし、緊急時用のエレベーターへ走った。これは緊急時のみ使われる、倍速のエレベーターだ。危険なので一般人の乗降は禁止されている。
 さっさと片付けるぞ、という気迫に満ちた綾女の台詞に、美枝子と誠也が同時に頷いた。度し難い感情はひとまず忘れることにして、悠斗も拳に気合いを入れる。久しぶりの出動に腕が鳴った。やはり、頭を使うよりも体を動かす方が向いている。

 サイレンを鳴らしてパトカーの特権を生かし、最短ルートで八王子まで走ると二十分かそこらで到着した。二十三区内へ向かった他のメンバーとほとんど変わらない。「すごい速かった!」と目を爛々とさせる誠也のナビゲートが上手かったおかげだ。既に到着していた二組の実働隊は予想を上回る到着の速さに驚きを隠せずにいた。
 まさか実働隊がわざわざ来なくてはならないほどハイクオリティなセキュリティが敷かれているとは思えぬおんぼろビルの前に立ち、「秋川大門、到着しました」と一報を入れると、待っていましたとばかりにルナからの指令が下る。
『全員、所定の位置に付いたようなので、これより出撃を開始する! 指揮はそれぞれの担当ペアが取るように、以上!』
 悠斗はルナの声に頷き、その場にいた実働隊たちを見回した。悠斗と誠也は東京警察電子工学犯罪対策特捜課においては最新兵なので、当然二組ともに先輩だ。しかし、命ずる権利は悠斗にある。――こういう場合、最初の指示を出すのはツルーパーの役割と決まっていた。誠也はさっさとオペレートの準備を初めている。――悠斗は若干緊張しながらも、常々の飄々としたテンポを崩さずに、一組を護衛として残し、もう一組を自分と一緒に突撃するよう割り当てた。不平は出ない。こういった緊迫した状況では例え先輩であろうとも異議を述べるものではないのかもしれないが、安堵した。
「悠斗!」
 悠斗の号令が終わるなり、見計らったように誠也が声をあげる。悠斗はそれに目配せで答え、増強装置のスイッチを入れた。「いいよ」という短い合図を受けて、個人認証付きの扉をくぐる。もしも誠也が悠斗の個人認証を間違えて入力していたり、プログラミングに失敗していたら大怪我では済まないが、その可能性を危惧して腰が引けたことなど一度もなかった。相方を信用するのはツルーパーとして当然のことであるし、何より悠斗の相方は他の誰でもない大門誠也なのだ。彼の成功を疑う要素は、どこにもなかった。
 ビルの中は、外装ほど粗末ではなかった。と言うより、外装からはとても想像が付かないほど真新しくて綺麗だ。整備を怠ったことなどないことが、一目でわかった。
『人は、あんまりいない』
 早速内部を統括管理するコンピューターに入り込んだのか、機械を通して誠也がマイペースにオペレートしてくる。
『一番上、四階に二人いるから、そこ行こう。右曲がってすぐのところに階段があるからそれで二階まで上って』
「おう」
 言われた通りに右へ向かうと、非常口のランプのついた扉があった。重たそうな扉であるが、増強装置を付けた悠斗にとってはのれんをくぐるようなものだ。片手で軽々開くと、階段を五段飛ばしで上った。
 一分とかからず辿り着いた二階のフロアで、階段は終わっていた。天窓から光が差し込んできている。
『その扉を出て、まっすぐ行って。突き当たりに隠し階段がある。セキュリティがかかってるからちょっと待って』
「おうよ」
 のれんのように軽い扉を開いて直進すると、突き当たりは純白の壁であった。何処に階段が隠されているのか、一見しただけではわからない。どんな種類のセキュリティがかかっているのか悠斗には判別できないため、迂闊に触ることも出来なかった。少し離れた位置から壁の全体を舐めるように見渡して、少しでも鍵になりそうなものを探す。
「……どうだ、解けそうか?」
『ん、ちょっと待って……意外に手強い』
「へえ、そりゃすごいな」
 人間よりもコンピューターと会話する方が得意な誠也である。その誠也に手強いと言わせるとは相当巧妙に作られたプログラムに違いない。と、思ったその時だ。誠也の神妙な声色が響いた。
『……誰かいる』
「なんだって?」
 壁の周りを散策し、その場にかがみ込んで居た悠斗は弾かれたように立ち上がった。いつどこからでもかかってこい、と戦闘態勢を取る。が、人の気配は何処にも感じられない。
「……何処だ?」
 よほど上手く気配を消しているのか、あるいはこの隠し扉の向こう側に潜んでいるのか。考え得る可能性は全て考慮して受け身を取っていたが、オペレーターの答えは想定外の物であった。
『違う、そこにいるんじゃない。誰かが、プログラムをいじってる』
「は……?」
『俺がセキュリティを突破しようとしているのを、向こうが防いでるんだ』
「……まさか」
 悠斗はあんぐりと口を開いた。それはつまり、現在進行形で誰かが誠也とプログラム上にて戦っているということになる。比類ない天才である彼と向こうを張るプログラマーが敵方に、いるのだ。
「……相手は何処にいるんだ、中か?」
『わからない……遠隔操作かもしれないし。……とにかく、壊そうと思ってプログラムを削っても、新しいセキュリティがどんどん付け足されてくんだ……凄い速さで』
 なんてことだ、と息を呑む。誠也のプログラミング速度は並大抵の物ではない。のんびりとした口調で会話をする彼は、喋る速さよりもむしろコンピューターにプログラムを打ち込む速さの方が断然速いくらいだというのに。
「……どうする」
『どうって……? もちろん、突破するよ』
 悠斗よりもずっと落ち着いた声色だった。彼は自信に満ちあふれた宣言をする。
『でも、一瞬しか開かない。相手の裏をかいて、向こうが混乱した隙に、一瞬だけ開く。その一瞬に、突入して』
「失敗したら……?」
『悠斗が大怪我する。それだけだよ』
 言ってくれるじゃないか、と悠斗は苦笑した。こういうことを平然と言う青年なのだ。悠斗がずっと欲していた才能を、ずっと羨んでいた天才という地位を、当然のように持っている男。彼の隣という位置を掴んで、少しでも近付けたような気がしていた。が、それもまやかしだったのかもしれない。――
それでも、離したくない。決して、この場所を譲る気はない。
「よし、来いよ」
『うん、行くよ』
 悠斗の胸の内の葛藤など知る由もない誠也は、いつもの通りのオペレートを続けた。それはもう、憎らしいほどである。
『さん、に、いち……行け!』
 誠也のカウントに合わせて、瞑目していた悠斗は、床を蹴る。目の前の壁に肩から体当たりすると、意図も容易く口を開いた。反動でそのままひっくり返りそうになるが、器用に片手をついて空中を旋回する。二歩で着地して、頭上を見上げた。回廊のように渦巻く階段を包むのは巨大なコンピューターである。その最上部に、若い少年が座っていた。
『無事着いた?』
「……おかげさまで」
 小声で答えて、悠斗はもう一度顎を持ち上げた。
 吹き抜けを囲むように続いている回廊は、二階分ほどの高さだ。電飾が一切なく、窓の一つもない暗澹とした空間では、敷き詰められたコンピューターの発する明かりがきらきらと宝石のように輝いていた。その頂上に君臨している少年は、あたかも大富豪の主人のように見えるが、いかんせん若すぎる。悠斗が突然飛び込んで来たことに仰天してこちらを見下ろしてきたその顔は、何も汚れの知らない子供であった。――が、ここのコンピューターを扱っているのは彼である。セキュリティシステムをかけて誠也と戦ったのも、間違いなく彼だろう。
 先手必勝、とばかりに悠斗は床を蹴った。回廊を回りながら上って行くのでは時間を大部分無駄にしてしまう。そこで一段高い手すりから、もう一段高い手すりへと猿のように身を飛ばして一直線に登った。最上部の手すりにぶら下がると、振り子のように自らの体を揺らして、反動で上へよじ登る。そして相手に隙を与えないうちに、回し蹴りを食らわした。一国の首相が座るような豪華な椅子に腰掛けていた少年は、反抗することも出来ずに「ぐえ」と苦しそうな呻きをあげてその場に転がる。そして気を失ったのか、動かなくなった。それを確認すると、悠斗は軽く手を払った。
「一丁あがったぜ、誠也」
 恐らく、通信機越しにもわかるくらい満足気な声をしていただろう。この天才と組んでいて、最も満ち足りるのは、自分の力で相手を仕留める瞬間である。オペレーターだけでなく、ツルーパーもやるな、と思わせたいのかもしれない。それに、単純に任務を完遂させた瞬間は充足している。
 が、返って来たのは賛美の声でも陽気に笑う声でもなく、悲痛な叫びであった。
『だめっ! もう一人いる! 危ないっ!』
「え――」
 一人捕えて、気を許したその刹那の出来事であった。恐ろしいほどの勢いで、背後に殺気が迫った。振り返ることも出来ない。そんなことをしている間に、やられる。
 考えるより先に体が動いた。悠斗は額からつんのめるような形でその場に伏せた。危機一髪のところで、鋭利な刃物が描いた弧を逸れる。残像が、機械の発する明かりを反射しているように見えた。
「すげえや、避けた奴、初めて見た」
 面白そうに弾ませている声は、若い。急いで起きあがって防衛体勢を取り、悠斗は唖然とした。そこに得物を握り締め立っていたのは、たった今悠斗が蹴り飛ばしてノックアウトしたはずの少年だったのだ。
(どういうことだ……?)
 危うく意識が昏迷しそうになる。それがいけなかった。例えどんな状況に陥っても、常に先を見て、危険回避をしなくてはならない。そんなことは初歩中の初歩だったのに、つい気を取られてしまったのだ。その瞬間を、敵が見逃してくれるはずもなかった。
「俺の弟、返せよ」
(弟っ……?)
 足下を見れば、そこには先ほど悠斗が倒した少年が転がっていた。そうか、と気付く。
(こいつら、似てるけど、兄弟……)
 そしてそれに気を取られた一瞬のうちに、右腕に激痛が走った。血飛沫があがる。見た事もない立派な刀剣が宙を舞う。
 自分の体に何が起こったかなど、考えていられなかった。もう一度舞い踊った刀剣は、確実に悠斗の喉元を目指していた。鍛え抜かれた反射神経で、皮一枚すれすれのところで後ろへ退く。しかし、それによって手すりの向こう側へと体重が移動し、バランスを崩して頭から下へと悠斗の体は落下した。しまったと思って利き腕を動かそうにも、痺れて言う事を聞いてくれない。かろうじて左腕で途中の手すりに掴まりぶらさがると、最下階へと飛び降りた。
 頭上を仰げば、余裕の表情で少年が舞い降りてくる。すとん、と着地した彼は、見たところ増強装置を付けている様子はなかった。
(化け物……)
 覚えず足がすくむ。勝てる気がしない。
「お前、強えな」
 厭味のように、少しも喜ばしくない賞賛を寄越す少年は、にやにやと笑っていた。その笑みが一層不気味さを募らせる。
「俺と弟の二人で、いろんな奴と勝負してきたけど、こんなに避けられたのは初めてだ」
「二人……っ?」
「そうか、お前が、本物の特捜隊って奴か!」
「待て、今、二人と言ったな……? この一連の事件に関係していたのは、お前たち二人だけなのか……?」
「そりゃそうだよ。そもそも、ジェミニー自体、俺とあいつしかいないもの」
「何……」
 悠斗は完全に言葉を失った。話が違うじゃないか、と送られて来た資料のことを思う。誰が調べあげたのかは知らないが、資料には少なくとも百五十人の構成員がいるはずだと書かれていた。資料の情報が絶対ではないという原則はあれど、百五十人と二人とでは桁が違う。百五十という数字を割り出した根拠も長々と書かれてはいたが、つまりそれはこの少年たちにまんまと嵌められたということだ。彼らはあたかも百数十人の人間が組織を動かしているように見せかけて、実はたった二人で事を成していたのだ。
(くそっ……)
 このまま何も出来ずに逃げ帰るなど、プライドが許さなかった。だが、いくら増強装置をつけていても身体には限界というものがある。右の手首の先には、すでに何も着いていない。出血の量が多くて身体が痺れを訴え始める。万全の状態で戦ったなら、勝機はあった。しかし、利き腕を失い目眩を感じる今、勝率は極めて低い。
 悠斗は、まだ握り締めることのできる左拳にいちかばちか最後の種を仕込んだ。
『悠斗、悠斗……っ?』
 こちらで何が起こっているのか、パートナーに伝えている余裕はない。今、自分に出来ることは後に繋げて行く事だ。
 悠斗は床を蹴った。上から少年に一発食らわせるフェイントをかけ、体を低く沈める。そして左足で足払いをすると、見事に避けられた。床すれすれのところを悠斗の足が旋回する。その遠心力によって彼の左手も舞い上がり、わずかに少年の足に触れた。
 少年は遊びに夢中な子供のような笑みを浮かべて、刃渡り二尺ほどの凶器を悠斗に向かって突き落とす。きらりと光る鋭利なそれは、悠斗の目の前を通って頬に切り傷を一本描いた。ぎりぎりのところで致命傷は避け、悠斗はすぐに体勢を立て直す。――もう目的は果たした。悔しいが、あとは他のメンバーに任せて逃げるしかない。
 悠斗は、出口に向かって走り出した。これは、大きな賭けであった。この隠し扉のセキュリティは、一時的に誠也が開いただけで、今は閉じているはずである。もし今、外から無理矢理入ろうとした場合には、誠也が言ったように大怪我を負うことになるだろう。だが、内側から外に出る場合、セキュリティは特にかけられていない場合が多い。特捜隊司令部が全てそうであるように、中から外へはフリーパスに設定されているのが一般的なのだ。
 この扉も、そのルールに則っていると信じて、悠斗は扉に突っ込んだ。どのみち、此処で逃げることが出来なければ命の保証はないのだ。ならば迷っている暇はない。
 無事な左肩の方から体当たりをする。どん、と障害物にぶつかった衝撃が走り、一瞬息を呑んだが、それだけであった。
 目の前に明るい視界が広がる。来る時に見た、白一色の廊下だ。
(やった……!)
 なんとか、命は助かったらしい。とは言え、まだ安心は出来ない。相手がどの程度まで深追いしてくるは予想も着かないが、まだ此処は彼らの手の内だ。
『悠斗、どうしたの、ねえっ……?』
 長い間応答のないことにさすがの誠也も不安を抱いたのか、いつもと違う弱気な声が聞こえた。悠斗は、体中の血が下がって行くのを感じながら、息も絶え絶えに答えた。
「誠也……逃げる」
『えっ……?』
 何の状況説明もしないまま、閉め切られた窓に向かって突進した。増強装置の力をフルに発揮して、硬度の高いアクリル製の窓を割る。がしゃん、という鈍い音を受けながら、体を外へ投げ出した。下方、パトカーの脇で愕然としている誠也がちらっと視界に映る。
 最後の力を振り絞って受け身を取り、なんとか二階からの着地には成功した。が、もう立ち上がることは出来ない。
「悠斗っ!」
 悲鳴によく似た叫び声が聞こえる。万人を唸らせる実力を持つ己のパートナーに、足を引っ張ってしまって申し訳なかったと謝罪したくとも声が出ない。
 視界が歪んだ。体を動かして熱は充分に発生しているはずなのに、妙に寒い。
 そして、悠斗は意識を手放した。どうかもう一度覚醒することが出来ますようにと祈りながら。


 ――八王子部隊、任務失敗。秋川負傷。
 綾女がその知らせを受けたのは、彼女自身も警察病院の病室にいた時のことであった。綾女が負傷したわけではない。彼女は至って健康体であった。
 風通しの良い、無人病棟の一室にて、彼女は物思いに耽っていた。従来は看護士の仕事であった傷病者の世話の一式をボタン一つで行えるマルチベッドの脇に座って、綾女は白い顔をした自分のパートナーを無言で見下ろしていた。
 美枝子が倒れたのは、任務を全て遂行した後のことであった。綾女達が行けと命ぜられた中野の本拠地の中には、特に何の収穫物もなかった。捜査が始まった初期、町田のビルに突入した時を彷彿とさせる成果であった。数人の警備員を捕えることには成功したものの、彼らは高額の賃金で雇われただけで何も知らず、パソコンから拾い上げた情報も何の役にも立たなさそうな物ばかりであった。
 まるではずれくじを引かされた気分だね、と美枝子と笑い合った。美枝子は後から駆けつけた本部の警察官達に事情を説明し、捜査のバトンを渡すその瞬間まで、いつも通り気丈に振る舞っていた。
 そして全てが終わり、一度司令部に戻ろうとパトカーに乗り込んだ瞬間である。突然ぱたりと彼女が気を失った。
 驚いた綾女はそのままパトカーを病院まで走らせ、医師の診断を受けてさらに吃驚した。血圧が極度に低く、ひょっとしたら数日大した物を食べていないのか身体機能があちらこちら病んでいた。原因は精神の疲労困憊だろうから点滴を打ってしばらく安静にしていれば問題はないだろうということだが、いつ倒れてもおかしくない状況だったという。それなのに、美枝子はおくびにも出さないので綾女は何も知らずにいた。
 それならそうと言ってくれれば良かったのにと恨めしく思う反面、捜査も終盤にさしかかり、あと少しで解決の糸口が見つかるという時に、体調不良などを理由にして美枝子が休める性格ではないと理解していた。それに、気付いてあげられるきっかけは幾つもあったはずだ。この頃彼女が気抜けしている姿はよく見かけていたし、その度に「大丈夫、ちょっと寝不足で」という怪しげな言い訳を繰り返していたのも知っている。例えお節介でも、何故もっと配慮してやれなかったのかと悔やまれるばかりだ。心の奥が苦しい。
(美枝子はいつも、一人で抱え込むから)
 綺麗な寝顔を見ていると、長い映画を巻き戻して再生するように、過去の事例がいくつも思い出された。綾女のように自己主張をしない美枝子は、辛いことも悲しいことも、決して表には出さない。綾女はいつも「すごいな」と感心するばかりで、肝心のことを忘れてしまうのだ。表に出さなかったとしても、辛いし、悲しいのだという至極当然のことを。
 いつであったか、まだ小学生時分のこと、美枝子はつまらない理由によってクラスの一部から不当な扱いを受けていた。けれども、美枝子はやはり弱音の一つも吐かなかったから、綾女は大した問題ではないのだろうと気にも留めていなかった。ようやく事の重大さに気が付いたのは、彼女の涙を見てからだ。彼女をそこまで追いつめたクラスの連中にも、気付いてすらやれなかった己自身にも怒りが募り、その場の勢いで思わずクラスメイトを殴り飛ばしてしまった。一時的な感情で動いてしまうのは、綾女の悪い癖だ。そして、そうでもしないと動き出せもしないところが、最大の欠点だ。
 そのことを思い出すのは、大抵いつでも事後なのであった。今日のように、傷ついた親友の姿を見ながら、綾女は常々後悔している。なのに、学習能力がないというか、またすぐに忘れてしまうのだ。本当に単細胞だと我ながら呆れてしまう。
 鬱々としながら美枝子の枕元で頭を抱え込んでいると、しばらくしてぴくりと彼女の体が動いた。はっとして綾女は顔を上げる。
「美枝子っ!」
 たまたま一人部屋が空いていて良かったと思う。興奮のあまりつい、大声をあげてしまった。枕元にてこの声量で叫ばれたら、よしんば熟睡していても目が覚めてしまうと思い当たった時には、既に遅い。美枝子の澄んだ鳶色の瞳が、虚ろに開かれた。
「あーちゃん……?」
「美枝子……」
 今度は声量を押さえて、控えめに呼ぶ。長い睫毛の揺れる上品な目元をじっと見つめていると、何故だろう、彼女は居たたまれないような表情を浮かべた。
「あーちゃん、ごめんね……」
「……何が?」
「まだ、ジェミニーの首謀犯捕まえてないのに……倒れちゃって」
 咄嗟に、この子は何を言ってるんだろうと疑問が浮かぶ。あたかも自分に落ち度があったかのような口調で悵然と目を細めた彼女に、呆れを通り越して怒りが湧いた。どこまで自分の苦渋を隠すのだ。責められる謂れはあっても、謝罪される筋合いはない。やるせなさの余り湧き出た憤怒は、場違いな物だとわかっている。別に自分は、美枝子に怒りをぶつけたいわけではないのに。
「美枝子――」
 感情を押し殺して発した声は妙に据わっており、逆効果であった。悄然としている美枝子はもともと痩せているが、さらにやつれているように見えて、痛々しい。
「ごめんね……」
 違うのだ。美枝子の口から謝罪を聞きたいわけではない。聞きたいわけがないのだ。綾女はぐっと己の感情を胸の奥へと押し込める。
「私は……美枝子のパートナーだけどさ、そんなんじゃなくって……親友とか、そんな言葉で表せるものでもなくって……親とか兄弟みたいな、もしかしたらもっと近しい存在だと、思ってる」
 綾女は唇を噛み締めた。綾女の仕事は体を張って戦うことだが、こういう時には能弁でないことが悔やまれる。訴えたい気持ちをどうやって言葉に乗せたらいいのか皆目見当もつかない。
「なんでも話してほしいとか、そんなことは言わない。美枝子があんまり自分のことをぺらぺら喋るタイプじゃないってことも知ってる。本当ならもっと私がわかってあげられればいいんだけど、私そんなに器用じゃないから……」
「あーちゃん」
「だからさ……こんなこと言うのは狡いと思うけど……なんかあったら、教えて、あたしに。……嫌なんだよ、美枝子が散々傷ついた後になってから、知るのは……」
 嫌なんだよ、絶対に、と口の中で繰り返すと、美枝子が瞠目した。その瞳の中に、自分の姿はどう映っているのだろう。自分勝手なことを言っている自覚はあった。押し付けがましい願望である。それでも、切実に願う。
「こんなの、私の自己満足だけど……美枝子が辛いと思う物、全部私が壊すから。泣かされたら言って私がそいつぶっ倒すから。具合が悪くても言って。あんたの分まで頑張れるから。どうしても我慢できないことがあったら、教えてよ。単細胞なりに、一緒に悩むから……」
 目の中にうっすらと涙を浮かべて、美枝子はすんと鼻を鳴らした。声が詰まってしまったのか、返答はない。ただまっすぐ綾女を見つめて、感極まったように呼吸を止める。
「これからも……一人きりで悩まないで。お願いだからさ……私を一人にしないで……」
 蚊の鳴くような声で、懇願する。美枝子は動転したように目線をさまよわせてから、こくん、と小さく顎を引いた。続けて、「わかった」と掠れた声で呟く。綾女はできる限りの力を頬に込めて、口の端を持ち上げた。きっと情けない顔をしているだろう。それを見上げる美枝子は、天使みたいに綺麗な顔をしている。この眩い笑顔を守るためなら何だって出来ると、本気で思った。
 二人が互いの笑顔を確認し合うと同時に、綾女の通信機が信号をキャッチした。はっとしてポケットの中に手を伸ばす。美枝子も真顔に戻って、こちらの様子を伺っていた。病院のベッドに寝かされた彼女は、さすがに通信機を身につけてはいない。
 首謀犯確保の報告だろうか、あるいは新たな任務だろうか。そう思いながら受信を承諾し、耳に入ってきた言葉は予想を大きく外れていた。
『全隊に告ぐ。八王子部隊が任務に失敗した。首謀犯は逃走した模様』
「……なんだって?」
 何、と美枝子が目で問いかけてくる。直接伝令を受け取れない美枝子に通詞してやろうと開いた口は、そのままの形で固まった。続いて聞こえてきたルナの言葉の衝撃があまりにも大きかったためだ。
『今、犯人の行方を負っている。尚、秋川が負傷した。意識不明の重体で、今警察病院に運ばれた。至急他の隊員に、応援を求む』
「……あーちゃん?」
 伝令を聞き取りやすいようにと左耳に手をあてがったまま硬直した綾女を、訝るように美枝子が見上げる。綾女はゆっくりと自分のパートナーを見下ろした。動揺のあまり、唇が痙攣する。全身から血の気が引いていくのがわかった。
「……八王子が、失敗したって」
「え……誠也君たちが……?」
「それで……悠斗が意識不明の重体だって……」
「そんな……」
 美枝子の口があんぐりと開く。二人はしばらく言葉を失った。
 特捜課実働隊に入って早四年、一度たりとも知り合いが重傷を負ったことはなかった。何しろ、選定されし鍛え抜かれた肉体を持つ戦士ばかりなのである。大抵の事件では打撃を受けることなどない。あったとしても、足首を捻ったり、肩を脱臼したりする程度だ。意識を失い、病院へ運ばれてきた仲間を、彼女たちはまだ一度も見たことがなかった。故に、美枝子が倒れた時にも必要以上に焦ってしまったのである。ただの疲労と聞いて、気付けなかった己を悔やみながらも、安堵した。――しかし悠斗はわからない。
「あーちゃん、様子を見に行って……」
「美枝子」
「私は、大丈夫だから」
 そう言って微笑んだ彼女は顔面蒼白だ。先ほどから綾女と会話をしてこそいるが、起きあがることさえ出来ない状態なのである。綾女は首を横に振った。
「でも」
「大丈夫。此処は病院よ? 何かあったら看護士さんもお医者さんも呼べるんだし」
「そうだけど」
「行ってあげて、誠也君のとこ」
 美枝子の口から飛び出した誠也の名前に、綾女は息を呑んだ。そうだ、悠斗の大事と聞いて慌てたが、彼の横には誠也がいるはずだ。あの甘ったれた男が自分のパートナーが瀕死の重傷を負って、平然としていられるだろうか。
「あーちゃんでさえ、私がちょっと倒れただけでこうなんだもの……誠也君はもっとパニックに陥ってる」
「……かもしれない」
「だから、行ってあげて。私も、様子が気になるし」
 一気にまくしたてた所為か、美枝子の息が荒くなった。しかし強い眼差しで「行って」と繰り返されては、逆らう術もない。昔から、綾女は美枝子の頼みには弱いのだ。滅多にねだることをしない彼女の願いを、裏切ることなどできない。
「……美枝子、ちょっと行ってくる」
「うん……お願いね」
 安らかな笑みを浮かべて繰り出された願いを、綾女は慎重に受け取った。そして、病室を飛び出す。静かにと書かれた壁の標語に気付くゆとりもない。一直線に、一階の受付を目指した。今しがた運ばれたらしい彼が何処にいるのか、まずは尋ねなくてはならない。
 病室に一人取り残された美枝子は、こっそりと気息を整えた。興奮したためか、胸が苦しい。だが、精神に重くのしかかっていたものは、泡のように消えて行った。彼女は、中途半端に開かれたままの扉を横目に見やる。
「……一人じゃないし、一人にもしない」
 静かな独り言は、誰に聞かれることもなかった。病院の持つ独特の臭いに紛れて、空中へと吸収されていく。
 彼女はそっと目を閉じた。久方ぶりに安眠できる予感がした。布団は柔らかく、彼女を眠りの世界へと誘う。悠斗のことも誠也のことも、不安の材料は有り余っているが、綾女がいるのだから大丈夫だ。美枝子はそう思った。綾女は、世界中の誰にでも胸を張って誇れる、美枝子の無二のパートナーだ。

10
 孤独を恐れたことは、一度もなかった。仲間が欲しいとも友人が恋しいとも思ったことがなかった。人間は群れたがる生き物だと何処ぞの学者が偉そうに言っていたが、もしもその定義が正しいのなら、自分は人間ではないのだろうか。青年は、悩むのでなく淡々と己の人間性の欠落を感じていた。思い煩うことは、大分昔に止めた。何故なら、意味がないからだ。どんなに懊悩したところで、打破できぬ現状は永遠と去ることがない。今という瞬間は一息する間に過去となり、逃げて行くものだ。そしてやがて忘れられて行く。特に、彼にとっては、過去を覚えていることのほうが難しい。そんな現状に煩悶して何になる。故に、どんなことに関しても悩まないことに決めたのだ。例え己が人間としての心を持っていなかったとしても、思い悩むほどのことでない。ただ、まっすぐ前を見て歩いて行けばいい。
 ある意味達観していたとも言える青年の周囲には、やはり人が集まらなかった。その人間離れした容貌に寄ってくる女はおれど、振り向くこともなく通り過ぎていった。それすら、彼にはどうだっていいことだった。
 そんな彼の横を唯一歩いてくれたのは、その男一人だった。男は、青年の非凡性を度々羨んでいたが、青年とつるむことが出来たという点において、充分に凡庸ではなかったという言い方もできる。それはもちろん、彼の望んでいた形とはまるで違っていたが、最終的にはその位置に落ち着いた。よって、彼らは互いに互いをパートナーと認め合う形で寄り添った。それまでずっと一人きりだった青年にとっては、無双の存在であった。
 それなのに、何故だろう。今、彼らの間には、空間を隔てる分厚いガラスの壁がある。青年は、両手のひらをぺたんとそのガラスに貼付けて、額を乗せた。吐息でガラスが白く曇る。もとから暗くてよく見えないガラスの向こう側が、さらに見えなくなった。
 医療関係者以外の立ち入りを禁じられた集中治療室のその中に、誠也のパートナーは閉じ込められていた。レスピレーターを取り付けられた体は、自らの力で呼吸することすら満足にいかないという。此処からは死角になっている右腕の先は、すでにない。意識を失っている原因はその右腕からの大量出血だそうだ。病院に運ばれた時には、血の通っていない真っ白な顔をしていた。
「ゆーと……」
 彼の名前を口に出すと、ガラスが再び曇った。返事を寄越さない彼は、まるで人形のようだ。
 なす術もなく、暗闇の中の彼を茫然と見つめてどれほどの時間が経ったのだろう。せわしなく看護士が動き回っている背後に、看護士ではない人影が立った。それは早足でこちらへ近付いて来て、ぴたっと足を止める。
「大門」
 誠也の名字を呼び捨てた声は若い女の物であったが、声質からは考えられないほどの威厳があった。内側が暗く外側の明るいガラスは鏡の役割をして、誠也の背後を映し出す。ちらりと眼球を動かすだけで視線を投げやれば、そこにはぴしっと制服を着こなした女性が直立していた。
「……チーフ」
 名前は覚えていない。いつ忘れてしまうともわからないから、覚えようと努力したこともない。ただ、彼女が自分の職場を取り仕切っていることは、さすがに覚えていた。彼女は実働隊のチーフだ。いつも中央司令室にいて、全体を統括している立場にあるはずなのに、何故此処にいるのだろう。
「どうして、此処に……?」
 黒いガラス越しに問いかける。背を向けたままの体勢だが、ルナは非礼を叱ることはしなかった。見え辛い集中治療室の中を目を凝らして覗き、眉をひそめる。
「いくら連絡しても、お前が通信機に出ないからだ」
「え、俺が……?」
 誠也は自分のポケットの中に潜ませた通信機本体を撫でた。病院に直行します、とルナに一報したことまでは覚えている。けれども、その後からは全身から感覚がなくなってしまったみたいに、悠斗のことしか考えられなかった。そういえば、どうやってこの病院までやってきて、このフロアまで上がって来たのかも鮮明には思い出せない。
「司令室の方は優秀な補佐達に任せてきた。誰か秋川の様子を見に行ってこい、大門から話を聞いてこいと命じたんだが、どいつもこいつもそれより司令室で全隊を取りまとめる方がいいと尻込みするもんだから、私が来たんだ」
 尻込みする理由は簡単だ。悠斗のいなくなった今、誠也から直接情報を聞き出さなくてはならないが、誠也とまともにコミュニケーションできる自信が誰にもなかったのだろう。誠也自身にもわかる。それにしても、直裁に言葉を選ぶ人だ。
「それで、どうなんだ、お前の相方は」
 ルナは誠也と同じようにガラスに額を押し付けるほど近付いて、中の様子を伺おうとした。しかし、周囲に設置された装置が放つ光とそれに照らせる程度にしか明瞭でない。
「相手がすごくて、右手を切られました」
「静脈チップを取られたのか」
「それが目的かどうかはわからないです。二階からぽーんって飛び出して来て、何も言わないで意識失っちゃったから……何があったのか、こっちにはよくわかんなくて」
 傍からでは気付かれないだろうが、誠也は少なからず焦っていた。常なら他人のことなど少しも構わないから相手に自分の意図が伝わろうが伝わらなかろうがどうでもいいのだが、今はそういうわけにはいかない。わざわざお前に情報を聞きにきたとチーフが宣言してまでやってきたのだ。何かを報告しなくてはならないのだが、こういう時に何を報告すればいいのか、どうやって報告すればいいのか、誠也には一般的な常識がなかった。いつもならば、隣にいる悠斗が全て代わりにやってくれていることである。
「えーと、だから、あの……」
「誠也っ!」
 尻窄みになっていく台詞に覆いかぶさるようにして、聞き慣れた声が飛び込んで来た。運動神経が良いためか、猛烈なスピードで走ってくるのに足音はほとんどしない。旋風を巻き起こし、その場にいた看護士たちが目を丸くしているのを他所に、まっすぐ誠也に向かって飛んで来た。
「せいやっ、悠斗は……っ?」
 ルナの存在にも気付かなかったのか、チーフの前は素通りし、振り向いた青年に体当たりするように彼の服を真正面から掴む。真剣な眼差しで見上げてくるのでおどおどとしながらも、目線で「あっち」とガラスの向こう側を示した。綾女はよろよろと力なくガラスに近付くと、ばしんと手のひらを叩き付けた。割れるのではないかと肝が冷えたが、幸いみしっという嫌な音をたてただけで済んだ。
「どこが悪いの、悠斗……?」
「……右手、取られちゃった」
「相手の得意技か……切り慣れてるもんね、右手首」
「うん……」
「まだ目は覚めないの?」
「ずっと寝てる」
「他に怪我は?」
「ないよ。でも、血ぃ流しすぎてまだどうなるかわかんないって医者が……」
 答えながら、誠也は綾女の横に並んだ。どうして此処にいるのだろう、一体何処から来たのだろう。唐突な登場に驚きは隠せないが、心底安心していた。報告すら出来ない口不調法な誠也であるが、綾女の質問になら答えられる。
「けど、どうしてこんな大怪我を……? 別に悠斗、弱くないでしょ?」
「弱くないよ」
「相手が多かったのかな」
「ううん、違うと思う……通信機通してだからちゃんと聞こえなかったけど、相手は二人しかいないっていうようなこと、言ってたから」
「ああ、それが逃走中の犯人って奴か。今頃その二人は仲間んとこに逃げ込んでるかもしれないね。早く先手を打たなきゃ」
「たぶん、仲間はいないと思う」
「……なんで?」
「それも悠斗が言ってたんだ。この事件に関係してるのはお前ら二人だけなのかーって」
「そんな……まさか」
 綾女が、信じられないとばかりに目付きを険しくさせた。その反応を受けて、誠也も事の異常性に気が付く。一月以上かけて、天下の特捜隊が苦闘してきた事件だ。誠也たちも、この事件のために仙台から移動させられたようなものである。その事件が、たった二人によって実行されたものだったなんて、誰も予想していなかったに違いない。何しろ大掛かりな事件であった。命を奪われた人も少なくなかった。だが。
「……出来なくはないよ」
「たった二人で? 政府の管轄でもある監視カメラにハッキングして、何人も人を殺して」
「たぶん、俺たちと同じなんだよ」
「は?」
「ツルーパーとオペレーターみたいな感じなんじゃないかな。一番最初に起こった事件も、離れたところで数カ所一気に起こったって言っても、現実的に移動できないほど遠くなかったもん。ツルーパーが強くて、オペレーターが頭良ければ、二人で出来ちゃうよ……ううん、むしろ二人くらいの方がやりやすいのかもしれない。あんまり人数が多いと、逆にばらばらになっちゃう」
 故に、実働隊内でも、ツルーパーとオペレーターは必ずペアを組むのだ。ツルーパーなら、オペレーターなら相方が誰でもいいという形にはせず、必ず互いに相手は一人しかいないという仕組みになっていたのも、意思の疎通を重用視したためである。これだけ技術の発達した時代になっても、結局最後に物事を左右するのは人間同士の信頼関係なのだ。
「まぁ、確かに……出来なくはないかも。……でもそれってすごいことだよ」
 綾女が神妙な面持ちで呟いた。綾女も誠也も、此処に至るまでに数々の努力を重ねてきた。一朝一夕でなれるようなものではない。それなりの才能があり、涙ぐましい努力があり、人生の半分以上をこれのために費やして来たようなものなのだ。それを、実際にツルーパーでもなくオペレーターでもない一般人が容易く出来てしまって良いわけがない。だとすれば、彼らは綾女たちと同じだけ奮励してきたということになる。
「……で? 奴らは何処へ行ったんだ?」
「ルナさん!」
 後ろから割り込んで来た声に、綾女が飛び上がる。どうやら本当に気付いていなかったらしい。いたんだ、とばかりに目を大きく見開いて、彼女は上司に軽く会釈をした。
「すみません、全然気付かなくて……」
「いや、白川がいて助かったよ。ついでに奴らの居場所の手がかりみたいな物も知りたいんだが」
 ルナは自分と誠也の間に立つ綾女をまるで通訳のように扱う。誠也もそれに異論はない。どうなの、と綾女が問いかけてきたので、素直に首を傾げた。悠斗が意識を失ったことで頭がいっぱいになり、他のことはほとんど覚えていない。
「……でも、悠斗のことを追っては来なかった」
「逃げたのかな。逃げ道はあった?」
「いくつか、隠し扉があったと思う」
「じゃあ、実働隊の応援が駆けつける前にと思って逃げたんだね。どこに行ったかは?」
「……わかんない」
 誠也は首を横に振った。
 わからない。何一つわからない。悠斗がいなければ、誠也には何一つわからないのだ。こんな誠也のことを、天才だなどと抜かしたのは何処の誰なのだろう。悠斗なしでは報告一つできない男なのに。その唯一無二の存在を助けることも出来ず、集中治療室の中に監禁せざるを得ない無力な男なのに。
「ゆーと……」
 ルナが、中途半端な誠也の報告を受けて中央司令室の方へ連絡をしている。綾女は何やら難しい顔をして病院の床を睨みつけていた。誠也はもう一度ガラスに額を付けて、己のパートナーを眺める。遠くに光る心電図が、まだ彼の命が消えていないことを示していた。
 頭の中から削除されていく、何処を探し出しても見つけることのできない失われた記憶の中に、誠也は大切な物をたくさん置いて来た。大好きな悠斗。でもどうして自分は彼を大好きだと思ったのだろう。大好きな綾女。どうして全てのことを忘れても、彼女のことだけは忘れなかったのだろう。
 遠い遠い記憶の連鎖の向こう側に、全ての答えは隠されていた。世間を探せばもっと楽な仕事はいくらでもあったろうに、わざわざこの道を選んだ理由も、きっとその中に埋もれている。
 ぴっぴと規則正しく波打っていた心電図が、ふとその波形を変えた。
「悠斗……?」
 何が起こったのだろうと身を乗り出そうとして、ガラスに阻まれる。黒い影のようだったその姿が、わずかであるが、動いた。誠也は居ても立ってもいられなくなって、右を向いたり左を向いたり、挙動不審になる。
「あーちゃん、あーちゃん! 悠斗が、悠斗が……!」
「どうしたっ?」
 綾女が声を張り上げる。誠也は彼女の腕を思わず掴んだ。
「悠斗が動いた!」
 目が、覚めたのだ。綾女はまっすぐ誠也の顔を見つめてしばし黙りこくった後、バッタのように飛び上がった。俊敏なその動きは、とても誠也には真似出来ない。彼女は治療室の前に設置された中と外を繋ぐ受話器のスイッチを叩くように入れて、叫んだ。
「悠斗……悠斗、聞こえるっ?」
 部屋の中の音はスピーカーを通してこちら側へと届けられるのだが、今のところ心電図の動く音と、呼吸音しか聞こえて来ない。綾女は台に両手を付いてぐるりと首を回すと、誠也の腕を引っ張った。誠也はそのまま前につんのめりそうになりながらもなんとかバランスを整えると、受話器の前に立たされる。戸惑いながら綾女の方を見ると、「何か言え」とジェスチャーで命令された。
「……悠斗?」
 壁に備え付けられたマイクのような形の受話器に、恐る恐る話しかける。スピーカーから聞こえてくるすぅと空気の通り抜けるような音は人工呼吸器によるものだろう。
「悠斗……?」
 もう一度声をかけると、蚊の鳴くような声での返答があった。
「……誠也、か」
 はっとして誠也は息を呑む。肩が自ずと震えた。そんな彼を落ち着けるように、綾女の手がそっと背中を撫でてくれる。母親に抱かれた赤子のように、気持ちが安らかになった。
「綾女も、そこにいるのか……?」
「いるよ……」
 自分の名前を呼ばれた綾女が、ずいと顔を前に出す。集中して耳を澄まさなくては聞き逃してしまうような、機械音に負けそうなほどに微かな声量であった。
「奴らを……追ってくれ」
「奴ら……悠斗の腕を切った奴?」
「そう……だ。最後に……小型発信器を、付けた……それほど性能のいい奴じゃないが……多分、誠也のパソコンでなら、拾えるはずだから……」
 気息奄々としながらも、訴えてくる。綾女にせつかれて、手早く卵を取り出しスイッチを入れると、確かに発信器の反応があった。これは、特捜隊として支給されたものではない。大雑把な市販のものであるが、それにしては小型で相手に付けた時に気付かれ難いなと、悠斗と誠也が二人で見つけた際に思わず買ってしまったものであった。故に、信号をキャッチできるよう設定されたのは誠也のパソコンのみである。とは言え、何の手がかりも無かった今の状況では、間違いなく救いとなる。
「でかしたな、秋川」
 後ろでやりとりを見守っていたルナが誠也の隣から、画面を覗き込んだ。そして手を伸ばしててきぱきと誠也のパソコン上に光る受信画面を、実働隊全員に転送するためキーボードに手を伸ばす。誠也は自分のコンピューターをチーフに任せて、悠斗と自分を繋ぐマイクの方へと向き直った。例え敵の居場所がわかろうとも、誠也は此処を離れるわけにいかない。
「綾女……早く追ってくれ……奴らが、発信器に気付く前に……」
 指名された綾女は、表情を曇らせる。いつもならば「わかった」と返事をするが早いか走り出すところなのに、今日は何故か一歩も動こうとしない。
「……今、美枝子も動ける状態じゃないんだ。大した傷病じゃないんだけど、出動は出来ない」
 ああだから、と誠也はようやく納得した。だから本来なら此処にいるはずではない綾女が、警察病院へすぐ駆けつけてくれたのだ。みえちゃんは大丈夫かなとぽつりと思った瞬間、悠斗の声が聞こえて、呆気にとられた。
「誠也が、いるじゃねえか……」
「え……?」
 綾女にとっても、それは予想していない切り返しだったのだろう。マイクの前でどういうことだと首を傾げている。もちろんその様子は向こう側へは伝わらないのだけれども。
「誠也……さっきは、変なこと言って、悪かったな……」
「さっき……?」
「出動する前……意味わかんねーこと、言っただろ……?」
「……ああ」
 誠也は目を伏せた。
 ――お前は、綾女と同じツルーパーを目指してた俺に、彼女の影を重ねたんだ。
 まだ司令部にいる時のことだ。まだ日付も変わらない、数時間前のことなのに、もう何日も経ったような気がする。未だにその言葉の真意は不明のままだ。
「あれ……忘れてくれ。お前は、綾女と行け……」
「……どういうこと?」
「綾女、誠也を頼んだ……。そいつ連れて、犯人を、追ってくれ……」
 彼は、誠也の疑問には答えてくれない。綾女は何度か迷うように強く瞬きを繰り返した後、低い声色で呟いた。
「――わかった」
「あーちゃん」
 何がわかったというのか。自分を差し置いて進められる話に付いて行けず、ますます辟易した。
 忘れてくれ、と悠斗に頼まれなくとも誠也はきっとそれを忘れてしまうだろう。けれども、そこに何かの鍵があったような気がする。自分は、何故今此処にいるのか。どうしてオペレーターを目指そうと思ったのか。何も出来ないくせに、何故それに己の半生をかけてしまったのか――。
「……パートナーの交換は、原則的に禁止だよ」
 すぱんと話を切り裂くように言い放ったルナが、誠也の肩を叩いて振り向かせた。勢いよく拳を差し出されたので反射的に右手を差し出せば、誠也の卵形を返される。どうやら、必要な作業は全てお終えたらしい。
「そこをなんとか、お願いします……!」
 何の躊躇もなく、深々と頭を下げた綾女に、誰より誠也が驚いた。どうしてそこまでするのだ、と思わずにおれない。彼女はそこまでして現場に行きたいのか。
「私も誠也も、この事件の担当です。それなのに他に任せてぼんやりなんてしてられません。他でもない悠斗が行ってくれと言うんです。無下になんて……」
「それは関係ないだろう。どうして実働隊が必ずペアを組まされるのか、何度も説明は受けたはずだ。ツルーパーはオペレーターに命を預ける。それが出来なければ、ペアは成立しない。その場限りで組めるものじゃない」
「私は、オペレーター大門誠也に、命を預けられます!」
 少しの迷いもない宣言に、誠也はすっかり言葉を失った。
 命を預ける。何の話だろう。綾女が誠也に命を預けると言ったのだ。何故、という疑心しか浮かばない。そんなつもりでこの仕事を選んだのではない。そんな気持ちでこの仕事をしたことはない。
「駄目だよ、あーちゃん……駄目だ」
「何が……?」
「そんなの、だめだよ。俺なんかに、命を預けないで……」
 語尾が震える。自分で思うよりもずっと弱々しい台詞になった。
 ひょっとしたら自分はずっと勘違いをしていたのかもしれない。孤独は怖くないと言いながら、一人で生きていけない自分は、誰かを欲している。命を預かる心構えもないくせに軽々しくオペレートをした結果が、これだ。大切な人を失いかけたのは、間違いなく己の責任だ。そして此処でもう一度出動したら、もう一人、失ってしまうかもしれない。
「あーちゃんは、どうしてツルーパーになったの……?」
「何言ってるの、急に」
「いいから、教えてよ。どうしてツルーパーになったんだよ?」
 誠也らしからぬ強気の口調に、綾女は眉をひそめた。昔はショートカットだった黒髪が、今はさらりとたなびいて、時の流れを感じさせる。
「どうしてって……ずっと夢だったからだよ。小さい時によく見た番組で、悪党を捕まえる特捜隊っていうのに、ずっと憧れてたからだよ。私も、体張って命張って、悪党捕まえてやるんだって、ずっと思ってたからだよ」
 時の流れは不変である。けれども、どんなに時が流れても、変わるものと変わらないものが存在している。綾女は今も昔も変わらない。そして、これからもずっと。
「……俺は違うよ、あーちゃん」
 誠也も変わらない。これからもずっと。
「俺はただ……もう一度会えるかなって思ったんだ」
「……誰に?」
「あーちゃんに」
 思い出した。大切に残しておいた記憶の中に、彼女の面影を、誠也は確かに見た。
「私に……?」
「オペレーターになったら、また会えるんじゃないかなって思ったんだよ。本当に、それだけの理由だった……俺は別に、町の平和を守るとか、悪党をやっつけるとか、そんなのはどうだってよかったんだよ。あーちゃんに会えれば、それでよかったんだ……。そして、今も……」
 綾女はどんなヒーローよりもヒーローらしく、正義を貫いてきた。そんな彼女の姿はいつでも眩しくて、誠也を魅了した。後にも先にも、こんな自分の中にその存在を刻める人物は、綾女一人だと思った。父親の仕事のための転勤だと言われたら、それに反抗する力も何もなかったあの子供の頃、彼は心の中で誓ったのだ。オペレーターになろう。そして、また綾女に会おう、と。
 綾女は誠也を軽蔑しただろう。自分の相方が瀕死の重体となり、臆して現場に行けないような情けのない男を、蔑視したに違いない。挙げ句の果てに、己は仮にも日本警察特捜課の一員でありながら、街の平和を守ることなどどうでもいいとほざくのだ。こんな男には、彼女の隣にいる資格さえない。
「……だから、そんな俺に命を預けないで」
 消え入りそうな声で、呟いた。
 しん、と病院の廊下が静まり返る。耳の痛くなりそうな沈黙の下、きょとんとした表情の綾女が、一歩誠也に近付いた。夢にまで見たというツルーパーのスウェットは、彼女によく似合っている。彼女は目線を合わせられずに俯いた彼の顎に手を伸ばして、僅かに傾けた。いつのまにか十センチ以上も身長差がついたはずなのに、綾女は自分より幾分も大きく見える。
「それで、いいんじゃないの?」
 目線を、逸らしたいのに逸らせない。蛇に睨まれたように、固まったまま動けなくなった。
「昔、よく一緒に特捜隊ごっこしたことを、思い出してくれたってことでしょ?」
「そう……かもしれない」
「だったら、それでいいじゃない。またあのシールドを飛び出した時みたいに、やればいいんだよ。あんたが指示して、私が上る。それだけだよ」
 そう言って誠也の手を取った綾女の手はとても暖かくて、冷えきった誠也の胸の内まで溶かしてくれる。
 彼女は固まったままの誠也の肩を力強くぱしんとはたいて、そのままルナの前に深く頭を下げた。
「ルナさん、お願いします……! 私、誠也となら出来ます! 一時的な物じゃありません。まだ片手の年の頃から、ずっと私のオペレーターでした……!」
「あーちゃん……」
 あんたが指示して、私が上る――。
 ――綾女の言葉から、記憶が数珠つなぎになって脳裏に蘇りはじめた。
 あーちゃん、次は右! 下はせきゅりてぃばりあ出てるから気をつけて! ツルーパー白川綾女、ミッション成功のために登ります! やっぱり私、ツルーパーになりたいなぁ。あーちゃんツルーパーなら、僕はオペレーターやろうかなぁ。二人でオペレーターやればいいんじゃないの? 綾女ちゃんは男子とばっか遊んで男子みたいだもん。それに怖いよね。私好きじゃない。そう? 僕、あーちゃんが一番好きだよ。転校することになったんだ。忘れないでね。忘れたくないよ。絶対に忘れたくないよ。
 ――怒濤のように記憶の波が押し寄せてくる。こんなの、初めての経験だ。
 記憶障害? お父さん、僕は記憶障害なの? 誠也は気にしなくていいんだよ。そうか、俺は何も覚えてられないんだ。忘れてしまうんだ。忘れたくないことも、いつか、忘れたくないと思っていたことまで忘れてしまうんだ。
 ――誠也は身震いした。押し寄せてくる記憶の波に恐怖したわけではない。感動していたのだ。
 オペレーター試験? 君ほどの才能があれば、三年後にはきっと卒業できる。オペレーターにならなくちゃ。どうしてかはわからないけれど、ならなくちゃいけないんだ。秋川悠斗です。将来はツルーパーを目指しています。へえ、ツルーパーを目指してるんだ、俺はオペレーターを目指してる。お前はどうしてオペレーターになりたいんだ? わからない。ただ、誰かと約束したような気がするんだ。俺、ずっと悠斗といたいよ。それなら一緒に特捜隊に入って俺と組もうか。
 ――思い出すことを諦めていた。どうせ忘れてしまうのだからと、覚えることも放棄した。それでも、こんなに、こんなに自分には記憶が残っている。
 初めまして、秋川悠斗と大門誠也です。オペレーターは天才だが、ツルーパーは凡才だ。オペレーター大門は奇才だが、奇才ゆえに恐ろしいな。あいつは人見知りなんです。悪気はありません。お前らの、東京への移動が決まった。どういうことですか、厄介払いということですか。妙な言い方をするな。東京支部は日本の特捜隊の中でも最もレベルが高い。昇進と思え。お父さん、僕、東京に行くことになったよ。でも父さんは家にいないから、置き手紙をします。仙台の奴らと惜別してきたかって聞いてんだよ。セキベツ? ゲーム? 最後、白川綾女、佐々木美枝子ペア。これはなかなかの別嬪だぞ。俺……この子たち、知ってる。
 ――思い出される記憶の一つ一つが繋がって、自分の中を埋めて行く。全ての過去が、この大門誠也という人間を構築しているのだと知った。自分は突如ここに生まれでて来たのではない。過去の連続から、今現在が構成されている。
 久しぶりじゃん! 全っ然連絡寄越さないから何処かで行き倒れてるんじゃないかと思ってたよ。よしよし、偉い偉い。誠也、あんた、大きくなったね。十人十色って奴だよ。私は、オペレーター大門誠也に、命を預けられます! まだ片手の年の頃から、ずっと私のオペレーターでした……!
 ――ああ、あれはいつの頃だろう。まだ、幼馴染というぬるま湯に浸かって、シールドの外でぬくぬくと遊んでいた頃だ。真っ赤な空に背を向けて、逆光でその表情は見えないけれども、強い口調で言われた。
 『何泣いてんだよ、ばーか』
 はっ、と誠也は覚醒した。長い映画を見ているような気分だった。目の前に広がるのは白い壁で作られた狭い世界――病院の中だ。綾女が深々と頭を下げていた。全ては彼女で始まり、彼女に帰結していたように思える。誠也にとっては、きっとそれが全てだった。
「ツルーパー秋川悠斗が敵に切られて、オペレーター佐々木美枝子は過労で倒れて、まだ半人前の私たちの出せた結果は、確かにわがままを言えるような物ではなかったかもしれません。……でも、だからこそ、もう一度チャンスを下さい! 秋川悠斗が行ってくれと頼んだように、私は先ほど病室で、行って欲しいと佐々木美枝子にも頼まれました。二人が私たちに託してくれているんです! 私たちは、まだ動けます!」
 直角に曲がった腰の向こうに、腕を組んだチーフの姿が見えた。綾女の姿勢はいつ見ても、清々しいほどにまっすぐだ。魅了される。そうだ、だから彼女に会いたかったのだ。臆病な自分だけれども、まだ彼女の隣にいる権限を取り戻すことは、できるだろうか。まだ間に合うのだろうか。――誠也はきゅっと唇を結んだ。
「チーフ、俺、やります……! やらせてください……!」
 彼は頭を下げることも忘れて、ルナの前に立ちはだかった。生まれて初めて、他人に堂々と懇願などしたものだから、頭の下げ方がよくわからなかったのだ。
 突然の誠也の申し出に、ルナは吃驚したように後ろによろめいたが、その真剣な顔を見て何を思ったのか、少し笑った。仕事の鬼と呼ばれて久しい磯崎チーフが、このような緊迫した空気の中で笑うことは奇跡に近い。笑わせた張本人はそのことを知らないが、大の男が今にも泣き出しそうな顔で懇願したのが面白かったのだろう、ルナはくすと笑った。
「……わかった、行け。ただし、今回限りだ」
「ルナさん……!」
 綾女が、伏せていた頭を上げる。誠也も目をきらきらと輝かせた。「これは仕事だぞ」とルナは苦い顔をする。そしていつも通りの厳しいチーフの面を取り戻すと、二人をじっと睨みつけた。
「今回の許可は異例の措置だと思え。たまたま発信機の位置が此処から近かった。それにあの発信機は大門のパソコンでしか正確にはその波長を拾えん。だから、特例とする。今、他の面子も大門のコンピューターから転送される情報を元に探しているはずだから、すぐに合流しろ」
 二人は同時に了解の合図を見せた。ルナはうん、と頷いて、壁際のマイクに近寄る。そして腕を組んだままほんの少しだけ腰を屈めて、声をかけた。
「秋川。お前の願い通り、二人に行ってもらうことにした」
「……ルナさん?」
「そうだ、チーフ自ら出て来てやったんだ、感謝しろ」
「……ご心配を、おかけして……」
「社交辞令はいい。何か二人に注意することがあったら、今のうちに言っておけ」
 すぐにでも出動しようとしていた二人は足を止める。互いに目線を交わして、スピーカーから聞こえてくる音に耳を傾けた。
「……綾女」
「うん」
「……敵は、若い兄弟だ……少年の姿をしているが、半端でなく、強い……」
「少年……?」
「そうだ……だが、あなどるな。決して、怯むな」
「……わかった」
 力強く頷いた綾女が、凛とした眼差しで誠也を捕える。誠也がそれに応えると、次の瞬間には走り出していた。誠也もまけじと彼女の後を追う。病院の中を歩く看護士たちに、注意するタイミングも与えない。解き放たれたように、飛び出していった。目指すはシールドのない、懐かしい世界である。

 此処から近い、と言ったルナの言葉通り、発信機の目指す先まではわずか五分足らずで到着した。実際に距離が短かったこともあるが、綾女の運転が凄まじかった。誠也はナビゲートをしながら何度か舌を噛みそうになった。悠斗の運転も荒いと思っていたが、上には上がいるものだなと心の中でこぼしていた。
 辿り着いた場所は、ビルとビルの間に挟まれた、設計上のミスのような裏道であった。人の通る道ではない。何故なら、反対側に通り抜けることも出来なければ、どこに続いているわけでもないからだ。
「一体、何処に……?」
 行き止まりになっているコンクリートの壁を叩いて、綾女が空を見上げた。誠也はパソコンを路上に置いて、唸りをあげる。画面上に点滅する光は確かに、この辺りを示しているのだ。が、何処にもそれらしき入り口は見当たらない。
 夕暮れも過ぎ、辺りは暗くなり初めていた。パソコンの画面より溢れる光が、誠也の顔を下から照らす。ぽつ、と冷たい雫が彼の鼻の頭を掠めた。
「雨……」
 綾女が呟いて空を見上げた。星も見えない曇り空は、いつ泣き出してもおかしくない。
 誠也は卵型を拾って、少しだけ道の端に寄った。雨は嫌いではない。けれども、濡れることが好きというわけでもない。雨の臭いや音が好ましいだけで、自分が濡れることを喜んだことはなかった。
 道の端を囲む塀に背中を預けると、ふと足下を取られて危うく滑りそうになった。咄嗟に塀に手をついて足下を見やれば、銀色の排水溝がこちらを見上げている。そこだけ他の道とは違う質で出来ており、滑り止めが利いていなかった。危ないなと素通りしようとして、誠也は足を止める。此処にあるのは、入り口ではないか?
「……あーちゃん!」
 誠也はその場にかがみ込んだ。「どうしたっ?」と声をあげて綾女が駆けてくる。誠也は排水溝の蓋に手をかけた。さすがにセキュリティロックはかけられていない。しかし、鋼で出来た巨大な蓋は、誠也一人の力では持ち上がらなかった。画面を見れば、まっすぐ光が移動をしている。間違いない。都市の下を流れる隠された道を通り、奴らは逃走を計ったのだ。
「どいて」
 誠也の思惑を言わずとも悟ったのか、綾女は誠也を退けてその場に仁王立ちになった。そして増強装置のスイッチを手早く入れると、片手で格子の部分を握り締める。わずかに膝を曲げて「はっ」と気合いを入れると、びくともしなかった蓋が軽々と持ち上がった。綾女はそれを塀にたてかける。がしゃんという冷たい金属音が道に響いた。
「……この下?」
「たぶん……。今俺の立っているところを移動しているけど、何処にもいないから……。きっと、俺の下を移動してるんだ」
「……なるほど。奴らは今も、移動してる?」
「うん、発信機は動き続けてる」
「だったら、他のメンバーが此処に来るまで、奴らを此処に引きつけておかなくちゃ」
 その場にあぐらをかいて、怒濤の勢いでキーボードを叩き始めた誠也の肩越しに、綾女が画面を覗き込む。二人の顔が青白く光った。
 パソコンに向かっていた誠也が呼び出したのは、地下水路の情報であった。立体地図を呼び出して、それを発信機の情報とブッキングさせる。すると敵が水路のどの位置にいるか、それは地上で言うとどの辺りか、如実に見えるようになり、綾女が感嘆の声をあげた。誠也は目を閉じて、軽く呼吸を整えてから、もう一度画面を見つめる。――できることならこんなことはしたくない。だが、彼女を止めることなどできない。ならば、自らの手で、送り出そう。
「あーちゃん」
「うん、大丈夫。いつでも行けるよ」
 凛々しく答えて、綾女は長い黒髪をひとつにまとめた。誠也は彼女を一瞥し、小さく了承の意を唱える。オペレートをこんなに怖いと思ったことはなかった。綾女は、いつも通り堂々としている。誠也はそれに、着いて行く。
「それじゃ、あと、頼んだよ」
「……うん」
 悪戯っぽく笑って、綾女はすとんと排水溝の下へ足から飛び込んで行った。通信機のスイッチを入れて、誠也はまっすぐ画面だけを見つめる。雨の雫が時折ぽつぽつと、彼の髪を濡らした。
 綾女の降り立った地下水道の中は、入り口の割には広々としていた。流水音の他には何も聞こえない。犯人達はこの近くを通ったということであったが、足音の一つも聞こえなかった。
『あーちゃん、周り見える?』
 誠也の案ずるような声がする。照明もなく、外と繋がるのは排水溝だけであるために、肉眼では何も見ることができない。綾女は制服の内側に備え付けられた暗視鏡を取り出し、頭に装着した。それほど鮮明にというわけにはいかないが、暗褐色の視界が広がった。
「……大丈夫、問題ない」
 小声で答えて、綾女は辺りを見回した。ちょっとした物音でもこだまして響いてしまうような空間だ。相手のたてる音が聞こえないことも奇妙だが、こちらも音をたてて気付かれるわけにはいかない。
『左に曲がって。ずっと道なりに進んで行って。五十メートルくらいしたら、一つ排水溝があると思う。奴らは今、その辺にいるから』
 通例であれば「了解」と答えるところだが、今はなるべくなら声を出したくない。「ん」とせせらぎの音に重ねて答えて、綾女はまっすぐ走り始めた。
 特捜隊が特別に作らせたツルーパー用の靴は、特殊な素材で出来ているために高い所から下りてもほとんどその衝撃を吸収し、また走る時にもほとんど足音をたてない。その上でさらに物音の立たぬ走り方をしているために、彼女の周りはほぼ無音であった。
 五十メートルを全速力で走れば、たった数秒、増強装置を付けた足で追いつけぬ相手はいないと考えて良い。しかしながら、言われた通りに排水溝の下までやってきても、人の気配は全くなかった。頭上を振り仰げば排水溝を塞ぐ蓋の格子の合間から、小雨が振り込んで来ている。大雨になったら、この地下水道の水かさも増すかもしれない。
 気配は依然として見えないし、どうしたものかと綾女が左右を見回した、その刹那、
『あーちゃん、すぐ近くにいる! 危ない!』
 誠也の切羽詰まった声がした。
 本能的に身構えて、敵の襲来を待つ。それから一秒もしないうちに何かが飛んでくるのがわかった。それを鍛え抜かれた反射神経で避けて、水道の上を飛び越え対岸へ移る。重々しい音をたてて投げられた物体が転がった。排水溝の上の街灯から漏れる光によりそれが銀色に反射する。刃物だ。それも、かなり長い物である。
 綾女はそれが飛んで来た方を睨みつけた。当然だが、それを投げた主はその方向にいるはずである。しかし、綾女の耳に飛び込んで来た声は、すでに転がった得物の横にいた。
「お前も、特捜隊か」
 いつの間に、と綾女は首を回してそこに人の姿を見つけると、構えの姿勢をとる。長い刀を肩に担いで、にやりと笑ったその男は若い背格好をしていた。少年の風貌をしている、と悠斗に言われてはいたものの、実際に目にするとその衝撃は大きい。まさかこんなに若い少年にこれほどの実力があるとは思わなかった。
「けど、変だな。なんで此処にいることがわかったんだ? 此処じゃ監視カメラもないってのに」
 余裕たっぷりの素振りで頭を掻いている少年の後ろから、突如白い手が伸びて来て、思わずぎょっとする。暗視鏡ではきちんとその姿まで見捕えることは出来ない。
「……兄ちゃん、此処に発信機ついてる」
 白い手は、少年のふくらはぎを探って、そこに張られた一センチ四方の透明なワッペンを剥がして水に捨てた。発信機が水の流れに乗って遠ざかって行く。しまったと思うが手遅れだ。他のメンバーがあれを追ってしまわぬよう、連絡をしたいが、ポケットの通信機に手を伸ばすほど気を緩められそうにもない。
「先に探知しときゃよかったな。気付かなかったよ」
 少年の横に並んだ白い手の持ち主の顔を見て、ますます驚きが増した。――同じ背丈、同じ体型、同じ顔をしている。まるでクローンのようだ。
「八王子までやってきたあの男の仕業か。死にかけてたわりに、凄ぇな」
「特捜隊だしね。ところでお姉さんも特捜隊?」
 二人分の眼差しが、こちらに注がれた。後退りしそうになる足を叱咤して、綾女は二つ分の瞳を睨み返す。八王子の男とは、十中八九悠斗のことだろう。ということは、やはり、彼らが悠斗の言っていたジェミニーの二人で間違いない。たった二人で全ての事件を起こしていたということも、あれだけ大規模な組織を形作っていたということも、全てにおいて驚倒するような事実ばかりであった。
「あんたら……何者なの?」
 口から飛び出したのは無骨な質問であった。けれども、他に問いかけようがない。
 少年たちはぽかんとした後、面白そうに笑った。
「何者って……知ってて追いかけてんじゃねえの?」
「お姉さんこそ何者だよ。俺の太刀避けるなんてすげえじゃん? 特捜隊じゃなかったら褒めてあげるよ」
「特捜隊だったら褒めるほどのことじゃないよな」
「うん。特捜隊だったらこれくらい避けてくれなきゃ困るな」
「なんたって憧れの特捜隊だもんな」
「……憧れの特捜隊?」
 思わず聞き返していた。いつ相手が襲ってくるともわからない状況で、口を挟むべきではなかったのかもしれない。それでも、聞き捨て鳴らない台詞であった。
「そうそう、憧れ」
「ずっと俺ら、特捜隊になりたかったんだよ。なー?」
「うんうん。だから、その特捜隊がめちゃめちゃ弱かったらがっかりしちゃうわけ。わかる?」
 小馬鹿にしたような口調はもはや気にならない。内容ばかりに気を取られて、怒りも恐れも湧いて来なかった。純粋に、不思議で仕方がない。
「だったら、どうしてこんなことをしたの? こんな事件を起こしたら、特捜隊になんか入れるわけがないじゃない。これだけの実力があれば、すぐにだって入れるのに」
「どうして、だって」
「どうしてって、そんなの特捜隊になれないからに決まってんじゃんね」
「なんでよ」
「お金がないから」
 二人分の声が重なった。少年たちは「やだやだ」とわざとらしく首を振っている。その様子もそっくりで、目が可笑しくなったのではないかと疑ってしまうほどだ。
「これだから、裕福な人間は嫌だね」
「お金があって当然だと思ってる。なんでやらないの? なんて、世間知らずもいいとこだ」
「本当本当。学校行くのにどんだけ金かかるか知らないんじゃねえの」
「それは……」
 なんと返せばいいのか、わからない。しかし、黙っているのも悔しくて、きりっと眉を上げて、二人を見回した。そもそも返事などせずともいいのかもしれないが、答えてしまうのが綾女の律儀なところであった。
「……金がないからって人を殺すの? 人を殺して手首をとって金を奪って、それじゃどんなに才能があったって、憧れなんか達成できない」
「別に手首とったのは金が欲しいからじゃねえよ。とれるからとっただけだ」
「とれるから……?」
「そうそう。最初のうちは、学校行く金が欲しくて銀行の口座ハッキングしたりしてたんだけどさ、あんまりにもちょろいから、学校行く必要ねえじゃんって話になって」
「何処まで俺らの力が通用すんのかって話になって」
 試してみたんだよ、と二人は声を揃えた。声の質もぴったりなものだから、一層気味が悪い。
 綾女は、ひたすら唖然としていた。恐らく彼らは、天より恵まれた才を持つ、天才なのだ。だが、その才能に振り回されている。才能を使うのでなく、才能に使われてしまっている。
「……出来れば、もっと、違う形で活躍してくれれば、嬉しかったな」
「そう? 俺らはこれで充分満足だけど」
「確かに、充分だね。世間はみんな馬鹿だってよくわかったし」
「憧れてた特捜隊のみんなにも会えたし」
 揶揄嘲弄するように二人は笑って、同時に綾女を眺めた。
「――で、お姉さん、特捜隊?」
 恐ろしいほどの覇気に、膝が笑う。こちらに勝機はあるだろうか。ないとしたら、作り出さなくてはならない。どんな手を使ってもいい。此処で彼らを逃がすわけにはいかないし、ましてや負けるわけにはいかない。
『あーちゃん』
 自分の無事を、地上で祈ってくれている人がいる。絶対に、負けられない。
「そう、特捜隊よ。あんたたちが憧れてるっていう、電子工学犯罪対策特捜課実働隊ツルーパーの、白川綾女だよ!」
 慇懃に名乗って、綾女はコンクリートの地面を蹴った。ふわりと体が飛翔する。対岸に着く時には、刀を持っている方の少年が目の前まで来ていた。綾女の右手首を迷うことなく目指して、銀色の光が舞う。綾女は左に迂回して、少年の後ろ側に回るとポケットからレーザー銃を取り出した。命を取るまでには至らないが、動きを封印するには丁度良い頃合いの痛手を与えることができるため、ツルーパーたちに各々重宝されている最新の飛び道具だ。しかし引き金に指が届くよりも少年がこちらを向く方が早かった。右目に垂直に刀が突き刺さりそうになり、のけぞって避ける。そのままバランスを崩しそうになるが、後転して危険を回避する。その際に、刀を持っていない方の少年がただ傍観しているだけの姿が見えた。そうか、と思う。彼らはツルーパーとオペレーターなのだ。今刀剣を握り締めている方の少年しか、戦闘には向いていない。
 あちらを先になんとかすれば、と傍観している少年の方に走ろうとすると、刀で足下を掬われた。ぎりぎりのところで当たらずには済んだが、やはり彼らも危惧しているらしく、その方向へはなかなか動けない。レーザー銃を使うことも出来ず、それどころかそれの所為で片手が塞がるという不利な状況に陥った。今までこれほどの強敵と戦ったことがないために、そこまで頭が回らなかったのである。
 躱して、躱され、躱して、躱される、を幾度も繰り返す。力は完全に互角かもしれない。このままでは持久戦となる。どちらかが力尽きたら、そこで終わりだ。そう頭の端で思ってから、ふと綾女は気がついた。この少年、もう一人の方へ綾女が走ろうとした時だけでなく、少しでもこの場所から移動しようとすると、それを阻止しようとする。ひょっとしたら彼は傍観している少年を囮に取られることを恐れているのではなく、もっと別のことを恐れてこの場所に留まるのではないか。では、一体何を恐れているのか――。
(……明かりだ)
 ようやく、釈然とした。綾女は光がなくとも赤外線を利用して物を見ることの出来る暗視鏡を付けているが、彼は何も付けていない。ただ移動するだけならそれでも良いが、戦闘時に何も見えないのは明らかなるハンディキャップだからと、彼はこの場所を動こうとしないのだ。この上には、排水溝の入り口がある。そこからは街灯の明かりが漏れ出している。彼はその明かりを頼りに、戦っている。
(これが、消えれば)
 綾女は相手の太刀筋を器用に避けながら、口の中でもごもごと呟いた。少年に聞こえてはいけない。けれども、通信機越しに気を揉んでいるであろう、今現在のパートナーには告げなくてはならない。
「誠也……!」
『何、あーちゃん!』
 通信機の向こう側で、待ち構えていたのだろう。返答は早かった。
「私が今居る所の、上の街灯、消して欲しいんだけど……できる?」
 いちかばちか、であった。今や万物がコンピューターで制御されている時代である。とは言え、公共の電力を扱うプログラムをそう簡単にどうにか出来るとは思えないし、本来、出来てしまって良いはずもない。期待と不安を半分ずつ抱いて、待った返事はやはり、早かった。
『――出来る』
 待ってて、という声は、普段の彼からは想像も付かないほどに頼もしい。綾女は太刀を避けながら、心底胸を撫で下ろしていた。
 そして、そこからは時間との戦いであった。
『今、街灯の点灯プログラムに入った』
 逐一報告される内容を確かめながら、綾女は精一杯体を翻す。少年はなかなか疲弊する素振りを見せないが、綾女の動きは鈍くなりはじめていた。こちらから相手に仕掛けることはできなくなり、防戦に徹する。
『そこに街灯だけ消すように今書き換えてる。あと少し、耐えて』
 うんともすんとも唸ることすら出来なかった。相手の動きを読んで、怪我を回避する。それだけである。
 綾女は上から差し込む光を最後にもう一度見上げ、少年たちの位置を確認した。勝負は、明かりの消えた瞬間である。隙を見せない少年でも、何の前触れもなく突然辺りが闇に包まれれば、動きを止めざるを得ないに違いない。その瞬間を狙い、二人同時に仕留める。体勢を立て直すだけの時間を与えてはならない。
『あと三秒で消える』
 綾女はぐっと奥歯を噛み締め、丹田に力を込めた。緊張が走る。レーザー銃を左手に持ち替え、刀剣を持つ少年に正面を向けて、間合いを取った。
『さん、に、いち……今だ!』
 少しのずれもなく、ぱっと明かりが消えた。暗視鏡だけが頼りとなる。セピア色の世界の中で、少年の持つ刀剣が、的外れな方向を切り裂いていた。綾女は足音をたてないよう気配を押し殺して彼の背後に回ると、手早く足払いをかける。ふわり、とその体が浮いた瞬間、両手で半トンを抱え上げられるまでに増強された腕に力を込め、鳩尾に拳を入れて彼を床に叩き付ける。「ぐぅ」と肺から吐き出される空気によって綺麗でない悲鳴をあげ、少年は動かなくなった。その確認が終わるなり、左手に握ったレーザー銃を離れた位置にいるもう一人の少年に向けて発射する。眉間に当てて、一発で仕留めた。ばたん、と遠くで倒れたまま、その少年もぴくりともしない。
『……あーちゃん?』
 おそるおそるといった雰囲気で、誠也が様子を伺ってくる。綾女はレーザー銃をくるりと手の中で回転させると、ぎゅっと握り締めて、通信機に手を当てた。発信先は誠也だけでなく、隊全体である。
「こちら白川。主謀犯二人を捕えた。場所は、大門の卵型を辿ってもらいたい。以上」
 ぱちっと通信を切断し、レーザー銃を右の靴の中にしまった。ほっとして体中から力が抜けそうになる。手ぶらになった両手のひらに力を取り戻すために宙へ差し伸べると、自然と体が伸びをした。美枝子に、伸びをするのが綾女の癖だと指摘されたが、その通りであった。
 捕えた少年たちをそれぞれ後ろ手に手錠で縛り上げ、綾女は一人ずつ地上へ運んだ。二人目を運び終え、巨大な武器も地上へ引き上げると、丁度仲間たちが集まり始めていた。地面の上に転がしたまま放置していた咎人どもは、後からやってきたツルーパーたちがパトカーに詰め込み処理してくれていたので、綾女は敵の得物を片手に軽くストレッチをする。今回は冗談でなく、筋肉痛になりそうだ。
「白川、お手柄じゃねえか」
 賛美をくれたのは、ベテランオペレーターの山下であった。彼が伸べた手の上に得物を預けつつ、こそばゆい気持ちになる。
「悠斗が先にいろいろアドバイスしてくれましたし……誠也がいろいろやってくれたから」
 そこまで言って、不意に自分に向かって猛突進してくる気配に気がついた。敵意は感じられない。ので、受け身を取らずに振り向くと、視界が真っ暗になった。真正面から受けた衝撃でほんの少し足下が揺らぐが、なんとか踏ん張る。肩の辺りを包み込むように圧迫を感じて、抱きしめられているのだと気がついた。もぞもぞと顔を持ち上げれば、流麗なこげ茶の髪が小刻みに震えている。
「誠也……?」
 誠也は何も言わなかった。ただ、綾女を抱きしめる腕に力を込めた。
 誠也の肩越しに、刀を握り締めた山下が首を竦めたのが見えた。「ほどほどにな」と呟いて、彼は苦笑を残しつつ踵を返す。他のメンバーたちも呆れたような笑いを見せるだけで、特に嫌な顔はしなかった。
「ほら、ちょっと……おどき、誠也。まだ後始末が済んでないでしょ」
 子供を宥めるような気持ちで彼の広い背中を叩くと、少しだけその背筋が震えた。だが、解放してくれる気配はない。
「……俺、もう絶対やだからね」
 綾女にぎりぎり聞こえるか聞こえない程度の声量で、彼は呟いた。綾女は彼の背を叩いていた手を止めて、耳を澄ませる。
「もう今後一切、絶っ対に、あーちゃんとは組まないから……」
 語末の方は風の音に負けてよく聞こえなかった。が、言わんとしていることはわかる。綾女はくすと笑って、自分の肩に顔を沈めている彼の髪を、撫でた。
「もう必要ないでしょ。誠也のパートナーは悠斗なんだから」
 がくがくと誠也は首を縦に振った。その度に肩に体重がかかって重苦しい。
 雨が降り始めていた。濡れたとわかりにくい霧雨であるが、髪がだんだんと湿って行く。外し忘れていた暗視鏡も曇り始め、前方が靄に包まれた。
 たった一夜だけ復活した、幼い頃のペアは、それきり解散した。そしてもう二度と組むことはないだろう。

11
 失って始めて気付く大切さとはよく言ったものである。生まれた瞬間から当然のように持っていた感覚を失って二週間、回復するには早すぎるほどであったが、空白の二週間の間にさまざまなことを考えた。世界は無限の広がりを持つ。人は可能性を抱きながら時の流れに置いて行く。悠斗は右手のひらを開いたり閉じたり繰り返しながら、ありとあらゆるものに触れた。
 技術の進歩により、体の一部を失えばそれに匹敵するだけの部品を付けることが可能となり、今彼の右腕の先に取り付けられた義手も、義手だと言われなければ誰にも気付かれないほどの出来映えであった。そういうものがあるということは知識として知ってはいたが、実際に体験してみるとその性能の高さに圧倒させられる。熱い、冷たい、柔らかい、固い、滑らか、ざらつきのある、多種多様の感触が脳へと伝達させられる。そして最も本格的であったのは、痛覚であった。熱さも冷たさも、度を超せば痛みに変わる。痛覚を抜くことも出来ますがどうしますかと製造業者に聞かれ、迷わず痛みを感じることを選択した。それがなくては、動きが鈍ってしまう。これから先もツルーパーとして働いて行くためには、どうしても必要だった。
 エレベーターの扉が開き、二週間ぶりの司令部の床を踏む。すれ違い際に幾人かが「体はもういいのか」と聞いてくれた。懐かしい顔ぶれに義手を見せびらかして、「おかげさまで」と頭を下げる。人々は「そうか」と笑ってすぐに過ぎ去っていった。この司令部にいる隊員たちはいつ何時でも多忙を極めている。雑談をしている暇などなく、それでも悠斗の体を労ってくれたことを心底ありがたく思った。
 エレベーターを下りると、右側に緩く婉曲した廊下が続いている。この建物の中央を吹き抜けて作られた中央司令室がこの婉曲の内側に、そして外側にはそれぞれの職場がちりばめられていた。吹き抜けの中央司令室へは、とりあえずどの階からも入れるよう設計されているものの、普段その中にいる重鎮に用があって訪れる際には一階の扉を使う。その他はどれも非常用だ。
 悠斗は婉曲の途中で足を止めると、右の義手を認証機に当てた。ピッと高い音をたてて重々しい扉が開く。右手が生きている時には静脈の形とそこに記憶された情報で認証を行っていたが、義手には血が通っていないために、埋め込まれたチップがその代わりを果たす。これぞまさに静脈チップである。
 特捜課の全てのコンピューターを統括するマザーコンピューターは、二十四階まで吹き抜ける空間に威風堂々と置かれていた。その周辺を囲むように、コンピューター技師たちと、チーフや課の長たちが動き回っている。
 おつかれさまです、と技師たちに挨拶をしながら、円形の壁に沿うように作られた階段を登った。実働隊のチーフは比較的下の方にいる。いつでも出動できるようにと配慮された位置づけだ。
 二階部分まで上がると、巨大モニターに分割された映像を見ながら、技師とチーフ補佐が何やら作業をしていた。その後ろに立って作業を見守っているのが、実働隊のチーフだ。椅子は用意されているのに、滅多に座ることのない彼女はとても姿勢がいい。毅然としたチーフらしい面持ちでモニターを睨みつけていたが、すぐに悠斗に気付くと凛々しい笑みを浮かべた。
「秋川!」
 ルナの快活な声に、ヘッドフォンをしていなかった数人が気付いてこちらを振り向く。彼らにおつかれさまですと軽く会釈をしながら、悠斗はルナの前に立った。
「どうした、もう体はいいのか?」
「ええ、おかげさまで。今日からもう働けるんで、そのご報告に」
「今日からって……今日はお前公休じゃないか」
「そうなんですけど。……もうすでに二週間も休んじゃってますし」
 正直な所、病院のリハビリ運動には飽きていた。一般人とは比べ物にならない回復力で体力を取り戻した悠斗は、ツルーパーとしてのトレーニングを再開させたくて仕方なく、ようやく今日になって病院からの許可が下りたため、そのまままっすぐ此処へ向かった次第である。その旨を伝えると、ルナは一も二も無く快諾してくれた。そもそも、休みの日に働きに来てくれる分には何ら問題はないわけであるが。
「……それじゃあ、それだけなので、失礼します」
 要件だけを伝えて頭を下げると、「あー」とルナが声をあげた。いつでも凛々としている彼女らしからぬ声色に退こうとしていた足が止まる。ルナは大画面を一瞥して何かを確認した後、「待て秋川」と続けた。
「二週間のブランクがあるだろう。少し茶でも飲んで、話を聞いて行かないか」
「……はぁ、それはありがたいですけれど」
「じゃあ、来い」
 短く言い捨てて、半ば強制的に連行されることとなった。もちろん嫌なわけではない。むしろチーフ自ら状況説明をしてくれるなど、もったいないばかりである。が、この場でてきぱきと指示されるのでなく、裏側のチーフ室に連れてかれるというのが珍妙であった。普段は「茶でも飲みながら」などと軽く言う女性ではないので、少なからず違和感を抱いた。
 ルナは技師と補佐たちに、「お前たちも適宜休憩をとれ」と指示して、二階へ出る扉を開いた。この扉はそのまま実働隊チーフの部屋へと繋がっているため、ごく少数の人間しか使用したことがない。悠斗も此処をくぐるのは始めての経験であった。
 数字にすれば、六畳程度であろうか。壁に無数のディスクが並べられており、どのメディアでも必ず表示出来るよう、用意されたコンピューターも十台近くスペースを占めているので、決して広くはない。接客用の椅子に座るよう薦められ、落ち着かないながらも黒のソファに腰掛けると間もなく煎茶が出された。茶碗に注がれて行く手際の良さに思わず目を奪われる。
「ルナさん、慣れてます……?」
「慣れるも何も、ただ注いでるだけじゃないか」
「そうですけど……」
「まあ、チーフ補佐時代が長かったからね。よく前チーフにこうやってお茶煎れたからさ」
「なるほど……」
 納得して唸りをあげると、受け皿に乗せた茶を仰々しく差し出された。
「ほら、チーフに茶注いでもらうなんてなかなかない経験だぞ」
「本当にそうですね」
 丁重に受け取って、一口啜る。その味は凡庸であった。
「――で、仕事の話は誰かに聞いたりしてるのか?」
 自分の茶碗を手に握り、悠斗に向かい合って座ったルナは早速本題を切り出した。悠斗は苦笑する。
「まぁ、俺の相方はあれですからね……仕事の話なんて、ほとんど。綾女が来た時も、仕事の話はあまりしないですね。佐々木美枝子が来た時だけはほんの少し説明をくれますが、その程度です」
「へえ。結構見舞いに来てくれたのか?」
「実働隊じゃない知り合いも何人か来てくれましたし、あとは仙台から奥さんがしばらく来てくれてましたけど……実働隊だったらあとは、高畑龍太郎さん伊藤渚さんがペア揃っていらっしゃいましたよ。あの人たちも騒がしくするだけ騒がしくして帰っていっただけですけどね」
「そうだろうな」
 その様子を想像したのか、ルナはにんまりと笑った。
「なら、今は何の情報もない状況か」
「そうですね、病院はコンピューター機器も禁止されてましたし。これから部屋行ってこれまでの報告書を読むところから始めようと思ってたところですよ」
「膨大だぞ」
「……でしょうね」
 公休を二日連続で取った後、その分の進捗を読むだけで目眩がしそうになるほどだ。二週間分の報告書を読むのは、気の遠くなるような作業だろう。とは言え、それは覚悟していた。へまなことをして二週間も穴を開けてしまった自分が悪いのだからと自らに言い聞かせる。
 そんな彼の心情を読み取ったのか、ルナはますます笑みを濃くしていく。最近気が付いたことだが、この女チーフは誰かが苦心しているところを見るのがわりと好きらしい。
「可哀想だから、軽くかいつまんで説明してやるよ」
「ああ、助かります……」
「まずはお前の担当してた手首切断の件。これはさすがに聞いているか?」
「ええ、誠也と綾女が組んでひっ捕えたとか」
「そう。彼らは双子の兄弟で、ジェミニー、すなわち双子座という名前で多種の分野に手を伸ばしていたようだ。ネットショップ、ネットバンク、取引の仲介から転売まで、どれも狙ったように違法なことばかりをしている。目的は法律を破る事だったらしい。特に利益を考えたわけでも何か目標のあったわけでもないそうだ」
「……少し、異常かもしれませんね」
「まあ、そうだな。最終的には特捜隊、奴らの言う特捜隊っていうのは実働隊のことだな、その実働隊と勝負するのが夢だったとか。今は監獄にぶち込まれているが、満足だと零しているらしい」
「監獄? 脱獄しませんかね。双子の兄貴の方、怪物並の身体能力持ってましたけれど」
「ああ、あれは増強装置を使っているから」
「え、増強装置? 使ってました?」
「気付かなくても無理はない。見た事も無い特殊な装置だったからな。市販のものを、自分に最も適合するように開発を重ねたらしい。綾女も言っていたが、真っ当に生きてればどの世界でも重宝されたろうにな」
「真っ当……」
 口の中で繰り返して、頭に浮かんだのは誠也の顔であった。この事件を担当するに当たって、予想される犯人像に対し「異常だ」「狂っている」という形容詞が使われると、誰より傷ついた表情を浮かべた。彼が腹の内で何を考えていたのかはわからない。が、普通ではない、異常だと言われ続けた彼にとって、真っ当な人生とはどんなもの指していたのだろう。社会から外れ、法律を多々犯して最後には独房に入れられ、それでも「満足」だと語ったジェミニーの少年たちと、必死に社会に溶け込もうとし、法律に使われる窮屈な思いをし、独房に入れられた犯人に同情を抱く誠也と、どちらの方が真の意味で幸せなのか、悠斗には判断を付けられない。
「それと、あのジェミニーが捕まったおかげで、あの後かなりの収穫があったのも知っているか?」
「あ、はい……えーと、とにかくいろんな犯罪に関わってたってことしか」
「その通りだ。それまで未解決で特捜課に回されてきた件や、こちらに回されそうになっていた件、本部で現在調査中の件も会わせて二十近くが解決だ。おかげで報告書作りで腕が腱鞘炎になりそうだ」
 ルナは冗談めかして言って、手首を振った。
「とは言っても、報告書作りなんて行き詰まってる事件を無理矢理掘り起こすよりずっと楽だからな……本当に楽な時期だよ。未解決なのはほとんどネット上の犯罪ばかりで、実働隊には特に仕事が回って来ないし。――そういえば、お前がいない間、大門はほとんど情報部の方に回されてたんだが、珍重に値するって情報部の方からお褒めの言葉を散々頂いたよ」
「そうですか、そうでしょうね。唯一の問題は、コミュニケーションが難しいことですけれど」
「そうだな。白川が暇な時はいいんだが……実働隊らしい仕事がないもんだから、白川は大門の通訳係としての活躍しかしてなくてな」
 あいつは体を動かすしか能がないから、と辛口のコメントを吐き出してルナは笑った。合わせて悠斗も笑おうとしたが、どうしても口元が引きつってしまう。綾女が誠也の通訳係である。それは疑うべくもない真実だが、悠斗には手放しに笑えない事実であった。
「……どうかしたか?」
 悠斗の引きつり笑いに目敏く気付く洞察力はさすがだ。ふうと嘆息して、悠斗は一口お茶を啜った。もとよりこの人に隠せるとは思っていない。少しの気の迷いでも命を左右する極限の現場で、部下の異変には敏感であってしかるべきだ。
「――二週間も入院してると、いろいろ雑念が湧いてくるものですね」
 妙な切り口から話を始めると、ルナは目を細めた。
「と、言うと?」
「俺、手首を義手に変えたでしょう? するとね、同じようでいて全然違うんですよ。感覚も力のいれ具合も、何にも」
 悠斗は袖をまくって右手を自分の顔の前に掲げた。開いたり閉じたり、指を一本ずつ動かしてみたり。基本の動作は思うままに、自分の体の一部として扱うことができる。けれども、やはりこれは本物ではない。本物のように上手くはいかない。
「――例えばね、熱いものとか冷たいものに触ると、これは熱いもの、冷たいもの、という判別は出来るんです。でも、それが感覚としてすんなり入ってくるかというとそうでもなくて、何かに語りかけられて、これは熱いんだよと教えられてるような……そんな感じがするんです」
「技術がいくら進歩したと言っても、天然の素材に近付けるっていうのはなかなか難しいからな……。ちょっとした違いでも、なんとなく違和感を感じるんだろう」
「そうなんです。でも、これからはこれが俺の腕になるわけで、多分そのうち慣れてしまうんだと思います。本物の手の感覚なんて忘れてしまって、これが俺の中で本物になるんだと」
「だろうな。それでいいじゃないか」
「でも、もし、その頃になって、本物の手首を取り戻せるとなったら、俺はどうするんだろうか、と」
 ぴたり、とルナが動きを止めた。悠斗もぎゅっと自分の義手を握り締めたまま、しばらく言葉を飲み込む。沈黙はわずか数秒だったろうが、やたらと長く感じられた。先に静寂を破ったのは、ルナの方であった。
「どうすると、思うんだ?」
「俺は……多分、もとの手首を取り戻そうとします。何がなんでも」
「どうして」
「そちらが本物だからです。これは、よく似ているけれど、偽物だから」
「つまりお前は、白川綾女が本物で、自分は偽物だと、そう思っているのか?」
 ぴしゃりと言い当てられて、二の句が継げない。悠斗は渋い顔で、机の上を睨みつけた。
 彗星のごとく突如現れた大門誠也という男は、悠斗にとっては羨ましいばかりの天に恵まれた才能と、天に恵まれた容姿を、生まれながらにして持っていた。出会った当初は、妬ましくて仕方なかった。しばらく経つと人を寄せ付けない雰囲気に興味を持った。いつの間にやら一緒に行動するようになって、誠也にとって自分だけが特別なのだという誤解を抱いた。そしてその誤解だけが悠斗の矜持を支えて、今日に至る。よもや、自分以上に彼を理解してあげられる存在がいるとは予想だに出来なかったのである。
「正直、俺は誠也のおかげで此処までのし上がって来たような物です。あいつの才能を利用して、でもあいつはそれを何とも言わないから、俺ばっかりいい思いをしてきたんだと思います。けど、誠也には俺じゃなくてもっとぴったりなパートナーがいたんだ」
「それが、白川だと……?」
「白川綾女と、大門誠也は生家がものすごく近くて、小さい頃からの仲良しだったんだそうです。その頃からの深い絆なんですよ」
 ツルーパーとオペレーターは、必ず一対となって行動する。それは絆を大切にするためだ。相手はこの人じゃなくては、と互いに断言出来ることが実力よりも重要になってくる。信頼が何よりの武器となるからだ。
「ルナさん、パートナーの交換は原則的に禁止だと言ってましたけど、此処だったら交換しても、問題はないんじゃないですか……?」
「白川と大門に本格的に組ませるってことか?」
「そうです」
「それは、有り得ないな」
「なんでです?」
「なんでもくそもあるか。お前、何か勘違いしてないか?」
 ルナは心の底からうんざりとした表情を浮かべた。切れ長の瞳をさらに吊り上げて、苛々とした口調で喋る。
「お前は、自分と大門より白川と大門の方が距離が近いのではないかと言うが、それはなぜだ?」
「幼馴染だし……それに、多分、誠也は綾女に惚れてます」
「そこだ。そこが違うと言ってるんだ」
「……どういうことです?」
「仕事上のパートナーと、私情恋愛慕情で言うところのパートナーを、どうしてかぶせて考える? それは一番危険なことだ。仕事上のパートナーは、絶対に自分の思い人であっちゃいけない。特に、この仕事では、ね」
 不意に頭の中に、いつか聞いた台詞が蘇った。
 ――相方とは恋人でも家族でもない、もっと違う絆があるべきなのよ。
 これは確か、高畑龍太郎の吐いた言葉だ。喫煙所でふざけあっている時に、彼が偉そうに呟いた。この言葉を聞いた時、何故だかルナの機嫌が著しく悪くなったのを覚えている。若造が知った口を利くなと、罵られた龍太郎もわけがわからないと唖然としていた。
「私が、チーフ補佐に就く前、オペレーターをやってたっていうのは知ってるか?」
「ああ、聞いたことありますけど」
「その時の私の相方っていうのがね、いい男だったんだ。ツルーパーとしても立派だったしね」
「はあ……」
「私はその男が好きだった。彼も私を好きと言ってくれたな。まだ若かったからね……馬鹿馬鹿しいけど、毎日仕事が楽しかった。――でも、彼は仕事中に殉死した。私のオペレートミスで」
 悠斗は中途半端に口を開いたまま、固まった。
 この話は初耳であった。誰にも聞いたことがない。誰も知らなかったのかもしれないし、知っていても気軽に話せる内容でもないだろう。
 「もう十年も前の話だけど」と当人はさばさばしていて、足を組むと机上の茶を手に取った。
「信頼してないってわけじゃないんだけどね……いろんなことを考えてしまうから、恋人のオペレートなんて出来ないんだよ」
「……そういうものですか?」
「そういうもんだ。……そういえば、お前には妻がいたな。妻は人生の伴侶、一緒に生きて行く相手で、仕事の相方は精神の伴侶、心を一つにして一緒に戦う相手だ。妻と大門を比べたことがあるか?」
「それは……ないですけど」
「だろう? そういうことだよ」
 そうなのだろうか、と悠斗は首を傾げた。誠也と綾女の関係と、自分と妻の関係はまるで違う物のように思っていた。何年来の運命的な再会を果たしたつがいのような彼らと、たまたま町で見かけて可愛いからという理由で近付き、子供が出来たから結婚したというなんとも付焼き刃な自分たちであるが、それらを並べて考えてしまっても良いものなのだろうか。
 悠斗が冷め始めた茶に自分の顔を映し、鬱々とそんなことを考えていると、きとブザーが鳴った。それは誰かが此処、ルナの部屋の前に立ったことを示している。
「……誰だ?」
 ルナは組んでいた足をほどいて立ち上がり、扉の横に備え付けられたモニターを覗き込んだ。そこからこちらを見上げているのは、丸顔のきつい顔をした女性である。ショートカットの髪をぐしゃぐしゃと掻き揚げて、通路の方を眺めていた。
「伊藤か」
 ルナが内側から扉を開くと、彼女、伊藤渚はにやっと笑った。
「ルナさん探して中央司令室まで来たのにおらんから、ルナさんどこやー補佐に聞いたら『自分の部屋に男連れ込んではります』言うてましたけど?」
「残念ながら、連れ込んだ男はこれだよ」
「あー、これは残念や」
 開口一番失礼なことを言う渚は、悠斗の前に立つと、じろじろと彼の体を眺め回した。悠斗は思わず引いてしまう。
「なんですか……?」
「……って、悠斗やんか! あんたこんな所おって平気なん? 怪我は?」
「普通先にそっち聞くでしょ! なんなんです、いきなり残念やーって」
「だってルナさんの連れ込んだ男があんたやったら残念やんかぁ」
「そういう問題じゃないですよ、もう」
 悠斗は苦りきった。一人渚が飛び込んで来ただけで、先ほどまでの真剣な空気は何処へやら吹き飛んでしまった。これで仕事は出来る女だというのだが、疑わしいものである。
「で、何の用だ?」
 悠斗が窮しているのを見て面白そうに笑いながら、ルナが問いかけた。こちらの出来る女もなかなか質が悪い。
「あ、そうそう、今本部の方へは龍太郎が確認とってくれてますけど、旧式煙草の密売の件あったやないですか」
「ああ、そろそろ本部から回ってくるんじゃないかっていうあれだな」
「そうです。さっき暇で暇でしょうもなくて、ジェミニーの件いろいろ洗い直してたら、あの煙草の取引にも一枚噛んでたらしくて」
「本当か?」
「ほんとです。いろいろ小細工かけててわかりにくくなっとったんですけど、十中八九ジェミニーのサイトやなっていうのが転売してて」
「本当だとしたら、また一つ糸口が見つかったな。……ジェミニーを釣ったらあとは芋づる式だ。こういうことを言っていいのかわからないが、儲けたな」
「ほんまそう思いますわ」
 渚がしみじみと頷くと同時に、再びブザーが鳴った。今度は誰だとルナが覗き込めば、長身で天然パーマの男が欠伸を噛み殺している。原型を留めていない崩れた顔に腹を抱えて笑う渚を他所に、ルナが扉を開いた。
「高畑まで来たか……」
「あ、ルナさん、お疲れさまです」
 欠伸の名残で大きく開いていた口を閉じて、龍太郎が会釈する。高畑まで、とルナに言わしめた原因をどれだけ本人たちが理解しているのかどうか、龍太郎の顔を見上げた渚は「はぁ」と溜め息を吐いた。
「どうでもええけどあんたほんま不細工やんなぁ」
「渚ちゃんに言われたないねんけど」
「そんなことよりちょっと見てよ」
「そんなことて……お前が振ったんやろ」
「ええからええから。こんなとこに悠斗がおんねんで」
「お、ほんまや」
「ルナさんが自分の部屋に連れ込んだ男って聞いたからめっちゃわくわくして来てんのに、悠斗やったんよ。がっかりや」
「あー、残念やなー、それ」
「残念やろー?」
 うんうんと頷いて悠斗の顔を覗き込んだ龍太郎は、間を開けてから、大声をあげた。
「……って、悠斗やん! 何してんの、お前! 怪我はどうなったん?」
「……あんたら、本当うるさい。此処チーフの部屋なんだからちょっと静かにしろよ」
 とりあえず二人ともに悠斗にとっては先輩だが、敬語を使うのも煩わしくなった。さすがにこれにはルナも呆れたような顔をしていた。
「何か報告があるんなら早く言いな。追い出すよ」
「えっ、ルナさんが冷たい」
「追い出すよ」
「……はい。もう伊藤に詳細は聞いとると思うんですけど」
 目角を吊り上げたルナの気迫に押され、龍太郎は声色を低くする。渚も合わせるように静かになった。
「今本部の方に確認とってみたら、やっぱり旧式煙草の件の転売業者はジェミニーで間違いないようです。サイトの方の運営が急にストップしたから、売る方も売られる方も困ってるんやないですかね。此処から辿れば両方にお縄かけられますよ」
「ほう。そう本部にも言ったのか?」
「とりあえず言うには言うたんですけど、本部の力じゃその前に逃げられるかもしれないので、良ければ俺らにこの捜査の許可いただけないですかね」
「他の仕事はどうなった?」
「俺らのノルマは全部終わらせました。この件だって暇で暇でしょうがないから調べてたらたまたま見つけた収穫ですよ」
「わかった、許可する。本部の方には私から言っておく」
 その言葉を受けて、龍太郎と渚は同時にガッツポーズを決めた。自分から仕事をもらってここまで露骨に喜ぶペアは、この実働隊の中でも珍しい。ちゃらけてはいるが、やることはきちんとやるペアなのである。本当に多士済々の職場だと改めて感じた。
「ほんまやることなくて、このまんまやったら事実上の公休になるとこやったもんなぁ」
 渚の言葉を受けて龍太郎は大きく首を縦に振る。
「悠斗んとこの可愛い子ちゃんが優秀すぎるんや。あいつ仕事全部持って行きよんねんで」
 悠斗の所の、という表現が誇らしく思える。そんな自分に苦笑しながらも、悠斗は「そりゃどうも」と冷たくなった茶を啜った。
「でも、今日誠也は公休のはずですけど?」
「あ、そういえばそうやったっけ。あれ、ほななんでお前此処おんの?」
 実働隊において、公休はペアで同時に取る事が一般的だ。出動の命令があった時にどちらか一方しかいないのでは戦力にならないためである。だからと言って、公休の日に一人で仕事をしに来てはいけないという規則はない。
「俺一人でも情報整理くらい手伝えますよ。渚さんだってしょっちゅう公休の日に出勤してるじゃないですか」
「私はそれで詮議かけられて処分されそうになったけどね」
 ジェミニー事件の監視カメラのハッキングを防いだ時のことを言っているのだろう。それのおかげで事件解決の糸口が掴めたと言っても過言ではないのに、すぐに被害者を助けなかったということで危うく厳重処罰を受けるところだったという。
「あれ、結局どうなったんです?」
「ルナさんが交渉してくれて、不問に処すってことになってん。今回はそれで助かったけど、休日出勤の時は気を付けなあかんよ?」
「それ、休日関係なくないですか?」
「あるよ。なあ?」
「放っとけ、悠斗。こいつ男おらんから休日もやることなくて、仕事しに来よんねん。それで余計なことして詮議かけられててんから、もう救いようがないねんて」
 うるさいわ、と渚が龍太郎をはたく。仲が良いなと率直に思う。だが、確かに恋人とは違う。ある意味ではもっと希薄で、ある意味ではもっと深い絆だ。ルナの言った意味がなんとなくわかったような気がした。
「そういえば、今日は白川佐々木組も公休取ってたな」
 空っぽになった悠斗の茶碗と自分の茶碗を流し台に片付けながらルナが言う。仕事ばかりしている女性というイメージが強かっただけに、流し台に立って食器を洗っている姿は新鮮であった。悠斗はその後ろ姿を見ながら「ええ」と相槌を打つ。
「三人で遊びに行くって言ってましたから、今頃どこかで遊んでるんじゃないですか」
「え、あの三人休日も一緒におんの? よう飽きへんな」
「休日まで仕事場来ちゃう渚さんよかマシだと思いますけど」
 よく飽きないな、とは悠斗も常に思っていたことなので彼らを庇う気などさらさらなかったが、言わずにはおれなかった。「渚ちゃんの将来が心配だ」と嘆いていた龍太郎の気持ちがわからないでもない。
「でもあの三人仲ええからなぁ。たまに疎外感受けたりせえへんの?」
 顎を撫でながらの龍太郎の問いかけに思わず笑った。彼らが来る前まで、まさにその話をしていたところだ。
「受けまくりですよ。でも、ルナさんに激励を頂いたから」
「へえ、ルナさんが?」
「ちょっと私の昔話をしただけだよ」
 颯爽と言い放って、ルナは乾燥機に食器を片付けた。「ああ」と少し神妙な顔をしたところを見ると、渚は事情を知っているようである。阿呆のような顔をしているところを見ると、龍太郎は事情を知らないようである。
 事情を知っているらしい渚は、少しの逡巡の後に、おずおずとルナに問いかけた。
「ルナさん、私ずっと前から思ってたんですけど」
「ん、何?」
「ルナさんが全然結婚せんのって、やっぱり元相方さんが原因ですのん……?」
 悠斗はなるほど、とルナの返事を聞く前に納得させれた。
 前から素朴な疑問ではあったのだ。容姿も悪くなく、性格も悪くない。頭も良いし、手先も器用だから恐らく家事全般も出来るであろう。そんなルナにもう何年も恋人がいないというのは何故なのだろうか、と。
 だが、先ほどの殉死したパートナーの話を聞いた後ならば、それにも頷ける。ひょっとして、まだ操を立てているのかもしれない、と。大切な人を失った職場で指揮を振り続けている心境は、計り知れない。
 ルナはしばらく瞠目していたが、やがて柔和な笑みを浮かべると、首を横に振った。茶色に近い金の後れ毛が揺れる。
「そんなんじゃない。単にもてないだけだ」
「そんなわけないやん」
「ほらっ、いつまでも無駄話してないでさっさと仕事をする! お前らは自分から仕事しに来たんだろう?」
 ルナに促されて、悠斗は立ち上がる。確かに、いつまでも此処で油を売っていても詮方ない。「えー」と不平の声をあげる渚たちには一瞥もくれず、まっすぐルナを見つめて頭を下げた。
「じゃあ、俺、失礼します」
「うん、まずは報告書読むのを頑張ってくれ」
「はい。――ありがとうございました」
「お茶くらい、いつでも煎れてやるよ」
 もちろん、茶を煎れてくれたことだけに対する謝礼ではない。ルナもわかっているのだろうが、あえて何も言わなかった。悠斗はもう一度起礼をすると、部屋を出る。中央司令室の雑然とした空気の中を通り抜けて一階の廊下に出ると、殺風景な中を、忙しそうに隊員たちが歩き回っていた。
 完全無欠に見えるルナにも過去があったように、すれ違う名前も顔も知らない彼らにも、様々な悩みがあるのだろう。一見能天気に見える龍太郎や渚だって苦悶することはあるだろうし、悩まない人間など、この世にはおるまい。
 エレベーターに乗り込んで一人きりになると、不意に人恋しくなった。そういえば、四日前に仙台へ帰ったスミレはどうしているだろう。まだ一歳にも満たぬ幼い娘を母親に預けて、深手を負った悠斗の身の回りの世話をするために慣れない東京まで出て来てくれた。
 自らの人生設計を狂わせた早すぎる結婚を悔やんだこともある。愛なんて浅はかなものだからと馬鹿にしていた節もある。今でも妻以外の女を見て度々惹かれるし、まだ女遊びもしていきたい。こんな自分の横で、たった一人綾女だけを想い続けて来た誠也の慕情の深さには感心し、己を恥じ入る気持ちがないわけでもない。彼の言う「大好き」と自分の言う「大好き」の重さには明らかなる違いがあると思うし、それらを比べるのは恥ずかしいものがある。――だが、けれども。
 エレベーターから降り、自分の仕事場のある階に辿り着くと、悠斗は通信機に手を伸ばした。内線通話の設定を外線に変えて、ワンタッチ。一番最初に登録した番号は、なんだかんだ言いながらもやはり彼女の物だった。
『……もしもし?』
 たった三コールで聞こえてきた声は、四日前まですぐ傍で聞いていたはずなのに、至極懐かしく感じられた。
「スミレ?」
『うん。どうしたの? 今病院?』
「いや、今日から仕事に復帰しようと思って」
『えっ、大丈夫なの?』
「大丈夫」
『そっか。頑張ってね』
「おう」
『……どうかしたの?』
「何が?」
『だって、悠斗そんなに電話かけてきたりしないから……』
「ああ……ちょっと、声が聞きたくなって」
 ありふれた言葉が自ずと口の端に上った。電話の向こうの彼女は、少しの沈黙の後、恥ずかしそうに笑った。それを聞いた途端、仄かな幸せが広がる。胸を揺るがすほどの威力はなくとも、笑いが止まらなくなるような勢いはなくとも、確かに感じられる幸せの基盤だ。
 右の義手を翳して部屋の扉を開き、二週間ぶりの仕事部屋を堪能する。悠斗には居場所がある。それでいいではないか。
 彼は、結婚してから一度も口にしていなかった言葉を、電波に乗せた。恐らく彼女は受話器の向こう側で仰天しているだろう。そんなタイミングでも、そんな雰囲気でもなかったから。
 例え重みが違っていても、その言葉の与える影響はさして変わらない。たった一言、「大好きだ」と。


 きらきらと西日が差して、噴水の水を橙色に染める。駅前に作られた直径四メートルほどのこの噴水は待ち合わせ場所としてはメジャーだ。彼らもその噴水の縁に腰掛けて夕焼けの下を烏の群れが飛んで行くのを見ながら、ぼんやりとしていた。
「美枝子……来ないね」
「うん……来ないね」
 口々に呟いて、二人は空を見上げた。
 ここのところずっと働き詰めであった彼らに、チーフのルナから呼び出しがかかったのは一週間ほど前のことである。何か仕事で失敗をしてしまったのだろうか、それとも新しい仕事だろうかと様々な予想を巡らせて彼女の元へ行くと、その要件は、「働き過ぎだから休め」という突拍子もないものであった。そういえば、ジェミニー事件が佳境に入る頃からすっかり熱中してしまい、一度も公休の申請をしていなかったなと誠也は思った。というより、公休の申請もいつもなら全て悠斗がやってくれるので、その彼が入院中でいない今となっては、休みを取るということすら念頭にも浮かばなかったのである。
 急に休めと言われても、申請のやり方もわからない彼にはなす術もなく、一体どの日を休日に設定すればいいのかも見当も付かず途方に暮れていると、「じゃあ一緒に公休とって何処か遊びに行くか」と綾女が願ってもないことを言い出してくれたので、即座に了承した。
 そしてその予定の日、宿舎から電車を使って数十分離れた町にて三人で待ち合わせをしたのだが、時間を過ぎても美枝子が来ない。二人は待ちぼうけを食らっていた。
「どれくらい経った……?」
「十分くらい」
「十分か……おかしいね」
「うん、おかしいね」
 馬鹿みたいに綾女の言葉をおうむ返しにする。他に言い様がないのだ。美枝子が待ち合わせに遅刻することは、まずない。何かあったなら連絡があるはずだ。それもない。
 美枝子を待っている間、会話は特に交わされなかった。それは決して気まずいものではなく、居心地の良い沈黙であった。噴水の上げる水しぶきの音、子供たちがじゃれ合う声、通り過ぎて行く電車の音、風の奏でる声、自然のハーモニーが眠気を誘う。昼寝には遅く、夜の就寝には早すぎるが、これから一眠りしたい心持ちになる。
 遠くを歩く若い女の集団が、こちらを示して何やらひそひそと囁いた。町を歩いていても誠也の風貌は人目を引いてしまう。が、当人は気付いてもいない。誰かを待つという珍しい状況下で、数少ない記憶の貯蔵庫から昔を連想していた。
「昔……」
「ん?」
 もともと喋りが得意ではない上に眠気も混じり、舌足らずな口調となる。
「こうやって待ってたことがあったなぁ……」
「何を?」
「あーちゃんを。……ほら、えっと……あーちゃんが、シールドの外に出て、怒られた時」
「ああ……誠也が泣きながら待ってた時ね」
「うん、そう。……あの時も、夕焼けだったなぁ」
 赤く染まる鱗雲を眺めながら、虚ろに呟いた。たった一人で叱られに言った綾女を哀れに思い、だが追いかける勇気もなく、こんなことをしていたら綾女に嫌われるのではないかという恐怖も湧き、にっちもさっちも行かなくなってめそめそと涙を流していた。過去の記憶は、掘り起こせば掘り起こすほどに鮮明に色づいて行く。回想がこんなに心地良いことだとは、思いも寄らなかった。
「あーちゃんは、あの頃から凄かったなぁ……正直に言わなくたっていいのに、私がやりましたーって言いに行ったりして……」
「あー、うーん……」
 まるで、正義の味方のヒーローのようだった。誠也が懐かしい光景を思いながら目を細めると、綾女は歯切れの悪い声をあげる。彼女は頬を掻きながら首を斜めに傾けて、誠也と同じ空を仰いだ。
「それね……誠也に言われてから思い出したんだけど……別に私、一人で叱られに行こうとしたわけじゃなかったんだよね」
「へ?」
「んー、だからさ」
 きょとんとした誠也の横で、綾女は髪をかきあげる。今では珍しい純粋な日本人の血を受け継ぐ彼女の髪は、落陽の力を持ってしても黒以外の何にも染まらない。
「あの時さ、シールドの張られてない場所に人がいるっていう話だけ聞いて、勝手に誠也と美枝子がいるんだと勘違いしちゃって。よく考えてみればシールドの外には出ちゃいけないことになってるんだから、そんな話が流れてくる時点でおかしいのに、そこまで頭も回らなくて。よっしゃ、じゃあ私も遊びに行くぞーって走って行ったら、なんかよくわかんない大人がうじゃうじゃいるじゃん? 咄嗟に誠也か美枝子が怪我でもしたんじゃないかって思って、私は配水管から落ちてもうまく受け身とれるけど、二人は鈍臭いから偉い怪我でもしたんじゃないかって思って、飛び出したんだよね。で、業者の人達に捕まって、「この配水管壊れてるんだけど、何か知らない?」って聞かれたから「乗ったら壊れました」って馬鹿正直に答えたってわけ。悪いことをしてる自覚がなかったからね。まさか怒られるとは思わなかったんだよ」
 いきなり知らない大人からこっぴどく叱られたから、本当びっくりしたなーと暢気な口調で言い放ち、綾女は微笑んだ。
「何がなんだかわからないし、何が悪くて怒られたのかもわからないで豆鉄砲食らった気持ちで家に帰ったら、なんかうちの前で誠也がめそめそ泣いてるじゃん? そりゃ『何泣いてんだよ』って言うよ」
 だから別になんにも凄いことはないんだよと言う綾女に、誠也は見とれる。事情がどうであれ、彼女が一人で三人分の罪を被ったことは変わらない。そのことについて文句の一つも言わないというのも真実だ。いかなる場合でも前向きな彼女だから、出来ることである。その太陽のような明るさに何度救われたことか。
「ん、なんだ……? 通信機光ってる」
 ふと気が付いたように綾女はポケットの中へと手を伸ばした。制服のポケットは、この通信機を入れるために作られたようなものなので何かを受信して気付かないことはまずないが、今日綾女の着ている服のそれは飾りのようなものだ。服の中に線を這わせられるようにも設計されていないため、イヤフォンもしていなかった。気付かなくても無理はない。
「げ、美枝子からだ……そりゃそうだよね、美枝子だもんね、遅れたら連絡くらいいれるよね」
 自分自身に言い聞かせるようにぼやきながら、綾女はイヤフォンを耳に突っ込む。伝言が届いているようだ。綾女に手招きされて、誠也は彼女の右耳に左耳を近付けた。誠也にも聞こえるよう音量をあげてくれたらしく、聞き慣れた美枝子の滑らかな声が鼓膜に届く。
『もしもし、美枝子です……えーと、今日のことなんだけど、どうしてもやらなきゃいけないこと思い出しちゃって、行けそうにありません。……直前の連絡になっちゃってごめんね。私の分も楽しんできてください! それじゃ』
 ぷつん、と音が切れる。そして無音状態が続く。要件は、これだけのようだ。二人は肌と肌がくっつきそうなほどの至近距離で、思わず目を見合わせた。美枝子には珍しい、土壇場でのキャンセルだ。しかもその理由もわかりづらい。何かあったのだろうかと思わずにはおれないが、どうしてもやらなきゃいけないこととはぐらかされては聞き返し難いものがある。美枝子の声が聞こえなくなると、途端に町の雑音が明瞭になった。通り過ぎる電車が風を斬る。風圧で木の葉が舞った。
 暫時の沈黙が続き、先に動いたのは、やはり綾女の方だった。イヤフォンを耳からはずしてコードを巻き取りながら、立ち上がる。
「……じゃー、いつまでも噴水の音聞いててもあれだし……行くか!」
 ポケットに通信機をしまいこんで、くるりと体を反転させた彼女の顔は、逆光で見えない。茜色の光が後光のように煌めいて、『何泣いてんだよ』と言った懐かしい面影と重なった。当然のように差し伸べられた手のひらに手のひらを重ねて、起立する。「行くか」と繰り返されて、満面に笑みが広がった。いつのまにか自分よりも一回り小さくなった手のひらを握り締めて、答える。
 太陽は西へと沈み、空を埋め尽くすのは残照のみとなった。あの頃とは異なる背格好で、あの頃から変わらぬ心持ちを抱いて、二人は夜の始まる町へと溶け込んだ。

 ――作業を始めてから、幾ばくの時間が過ぎただろう。
 静閑も過ぎると耳が痛くなる。デジタル時計はまだそれほど時間が経過していないことを示していたが、もう数時間も仕事をし続けたかのように全身の血が滞っていた。それだけ作業に集中していたということであろうか。一カ所だけを集中して睨みつけていたため、こめかみが重い。こういう時は、綾女を見習おう。――美枝子は両手のひらで虚空を掴み、大きく伸びをした。
 通常二人で使っているこの部屋は四畳半ほどしかなく、大して広いわけでもない。けれどもいつもいるはずの一人が欠けると、意外に豁然とした。会話もなければ、動く時の衣擦れさえ聞こえない。机上に映し出されたキーボードを叩く音がやけに強調されていた。
(お茶でも飲みに行こうかな)
 作業をやりはじめてまだ一時間も経っていないが、もとより休日出勤なのである。休憩を多く取って咎められる謂れはない。
 美枝子はパソコンをその場に放置したまま部屋を出ると、休憩所の方向を向いた。円形の建物の最西にエレベーターがあり、休憩室はその反対、最東に位置している。両者の丁度中心にある美枝子の仕事場からは、どちらに行くにも近くなかった。
「あれ、みえちゃん?」
 休憩所に向かって一歩踏み出すと、急に声をかけられる。振り返れば、三メートルほどの近距離に隣室の主が立っていた。
「今日、公休じゃねえの?」
 彼もたった今部屋から出て来たのか、その背後ですぅっと扉が閉まる。
「悠斗さん、お体大丈夫なんですかっ?」
 まさか、職場に来ているとは思わなかった人物の登場に、少なからず仰天した。
「うんうん、やっぱりみえちゃんはいい子だよ。一番最初に俺の体心配してくれるんだから」
 何故か悠斗はしたり顔だ。此処に来る前に、悠斗が龍太郎と渚のペアに開口一番「残念やー」と言われたことはもちろん、知る由もない。彼も休憩所、あるいは喫煙所へ向かうのだろう。美枝子の目指していたのと同じ方向へ向かって歩き出す。美枝子もつられて歩を進めた。
「そんなの、当たり前ですよ……。だって一ヶ月は入院が必要だって、リハビリは半年続けろって言われたって言ってたじゃないですか」
「医者はそう言ったけどな。外傷なんて手首なくなったくらいだぜ? この通り義手が付いてもう何も問題ないのに、リハビリだけじゃ体がなまっちまうっての」
「お医者さんはなんて?」
「今日から復帰していいってさ。あの薮医者、入院費ぼったくるつもりだったんじゃねえのか」
 まさか、と美枝子は小さく呟いた。普段から尋常でないトレーニングによって体を鍛えているからこその芸当だ。医者も呆れたことだろう。
「それで、みえちゃんはどうして此処にいるのかな?」
「え、私ですか?」
「誠也が嬉しそーに言ってたぜ。公休とってあーちゃんとみえちゃんと遊びに行くんだーって」
「……知ってたんですか」
 三人以外は誰も知らないと思って、高を括っていた。職場に来たところで誰にも突っ込まれまいと思っていたのだが。
「だっていっつも三人一緒にいるのに、休日まで一緒に遊ぶこともないじゃないですか」
「休日まで出勤する方がどうかと思うけどな」
「まあ、それは、そうですけど……」
「何、気ぃ遣って二人っきりにしてやったの?」
「……そんなんじゃないです」
 自分で思った以上に不愉快そうな声が出て、しまったと口を塞ぐがもう遅い。隣の様子を伺えば、気分を害した様子こそないものの、気の抜けた顔をしていた。「すいません」と小さく謝罪する。美枝子は唇をへの字に結んだ。
 気を遣ったのか、と聞かれれば、否定することは出来ない。いつも三人でいるのだ。こういう時くらい、と思ったのは事実だ。だが、第三者に「気を遣った」と思われるのは、まるでいつも美枝子が邪魔をしていると思われているようで癪だった、
「……自分のね、位置が、ようやく見えてきたような気がするんです」
 ぽつりと呟くと、悠斗は興味深そうに目を細めた。
「位置、ねえ……」
「私には、私のための位置があるんじゃないかって。それもわからずに勝手に置いてかれるなんて思ってもがき苦しんで、倒れて迷惑なんかかけて……きっと私にしか埋められない位置があるはずなのに」
 私を一人にしないで、と綾女に言われた時は開いた口が塞がらなかった。一人にしないで欲しいと、絶えず懇願し続けたのは美枝子の方だ。お願いだから置いて行かないで欲しいと、何度願ったことか。
だが、それによって綾女が孤独を感じていたのなら、本末転倒もいいところだ。手を伸ばせばいつでも掴める位置にいるのに、手を伸ばそうとしなかったのは美枝子の方だったのかもしれない。
「……その通りだな」
 どことなく意味深に頷いた悠斗であったが、不思議に思って美枝子が顔をあげると、その時にはいつも通りおどけた口調に戻っていた。訝る美枝子に対しては、笑いでその真意を隠す。
「じゃあ、つまり、自分の位置は休日に遊びに行く所にはない、と思ったわけだ」
「まあ……そういうことですけど」
「でもだからって出勤するってのはどうなのよ。俺、みえちゃんが渚さんみたいになるのは嫌だからな」
「はあ……」
 何故、此処で渚が出てくるのだろうと美枝子は頭を捻った。上手くはぐらかされてしまったことには気付かない。まさか彼が自分と似たような悩みを抱えていたとは、夢にも思わない。
 通常の半分ほどの速度でゆっくりと歩いていたが、気付けば休憩所の前に辿り着いていた。やはり煙草を吸うつもりであったらしく、悠斗は喫煙所の方へ歩みを向ける。
「じゃ。頑張ってその自分の位置とやらを見つけてくれよ」
 それを捨て台詞にして、彼は去って行った。美枝子は何も答えられず、ただむっとしたように眉をひそめた。――彼には、まだ美枝子が自分の位置を見つけ出せてはいないことも、お見通しのようだ。
 休憩所にはぱらぱらと人がいる程度であった。自動販売機の前は空いていて、誰も並んでいないため自分のペースで品定めが出来そうだ。美枝子はしばらく逡巡した後、コーヒーメーカーに右手の静脈を合わせてエスプレッソを購入した。コーヒー独特の癖のある香ばしい臭いがその場に漂う。
 今や、右手一つあれば何でも出来てしまうような時代となった。しかし、どれだけ科学技術が進歩しても決して解決出来ぬ悩みを抱えて、人々は進化を遂げて行く。
 休憩所の窓から外と眺めると、シールドの上の方に星が光って見えた。この大都会のイルミネーションにも負けずに星が見えるというのは、空気が澄んでいる証である。美枝子は窓に背を預け、煎れたてのエスプレッソを啜った。きっと明日は綺麗な秋晴れだ。


「この広い空の下」完
2009/09/22(Tue)16:44:49 公開 / askaK
■この作品の著作権はaskaKさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
最終的に事件はひとまず解決したものの、少年少女たちの心の葛藤は何一つ解決せずに終着いたしました。
でも、結局生きているうちに解決できることなど一つもないのではないだろうかと。

初めてのSFで、いろいろとわからないことだらけのまま執筆してまいりましたが、電子的なことよりも人と人の繋がりであったり、「人間らしさ」というものをコンセプトに最後まで書き上げました。
そのためかあまり事件に重きを置けなかったことが後悔の一つであります。

それでは、しばらくは読み手としてもぐろうかと思います。
まだまだ感想文練習中なので、書き手の皆様、私が出現した場合はお手柔らかにお相手して頂ければ嬉しいです。
長々とお読み下さり、ありがとうございました。

8/23 3と4を投稿させて頂きました。1と2の誤字脱字も直しました。
8/28 5と6を投稿。誤字脱字修正。
9/01 7を投稿。誤字脱字修正。
9/06 8を投稿。誤字脱字修正。
9/09 9を投稿。誤字脱字修正。
9/13 10を投稿。誤字脱字修正。
9/18 11、終を投稿。誤字脱字修正。
9/22 誤字脱字修正
この作品に対する感想 - 昇順
[簡易感想]続きも期待しています。
2009/08/22(Sat)07:55:560点模造の冠を被ったお犬さま
模造の冠を被ったお犬さま 様
ありがとうございます。ご期待に沿えるよう、頑張ります。
2009/08/23(Sun)15:05:450点askaK
初めまして。千尋と申します。御作を読ませて頂きました。
 未来の世界って、やっぱり興味があります。でも22世紀になっても重力制御(タ○コプター)や空間制御(ど○でもドア)や時間制御(タイムマシン)は実現していないっぽいですね〜。とはいえ、ちゃんと日本が存在していて、少年少女たちが未来に希望を抱ける世界なことにホッとしました^^ それに、千年前でも千年後でも、人間ってやつに変わりはないんでしょうから。
 機械や街の様子が具体的で、情景が浮かぶようでした。ただ、冒頭の描写が、ここは本当にシールドの外なのか、ギリギリ内なのかというのが、ちょっと分かりにくい気もしました。
 誠也は、少年時代が、結構しっかり者の印象だったので、大人になった時の落差にあれっと思いましたが、空白の12年間に秘密があるんでしょうね。コンピューターの天才なのに、日常の記憶が抜けちゃうのは不思議ですね。でも、人の顔だけ覚えられないという病気もありますから、その辺の事情が気になります。
 私的には、悠斗がいい感じですね〜。こういう一癖あるけど、押さえるとこは分かっているっていう男には、グッとくるものがあります*
 人間模様と、そして凶悪犯罪の捜査の行方にも注目したいと思います。しかし、これだけの犯罪が起きると、政府も何とかしないと社会問題化するよなあ、などと余計なことに気を揉んだりして。
 続きも楽しみにしています!
2009/08/25(Tue)17:46:110点千尋
千尋様
はじめまして。いつもこっそり作品を拝読させて頂いております。チキンゆえに一度も感想を書き込んでおらず申し訳ないです…。
このたびは拙作へのコメントどうもありがとうございます。
100年後の世界は発展しているようで、実は何も根本的には変わっていない、現代の延長線上にある世界ではないかと予測して執筆しております。どら○もんの世界に出てくるような夢の機械は、実現してないのではないかなぁ、と思ったり…。
異世界ファンタジー物はよく執筆するのですが、今回は未来の日本を舞台にしてしまったため、現代との共通点と現代との相違点を表現するのが難しかったです。確かに、冒頭部分は特に書き出しということもあって描写が足りていないですね。ご指摘頂いて再確認致しました。ありがとうございます。
誠也は、少年時代の精神状態のまま、大人になってしまったというイメージです。おっしゃる通り、病気を示唆されているという設定であります。それについては後ほど詳しく執筆していきたいと思っております。
悠斗は人間離れした誠也との対比が書きたくて、なるべく人間くささをにおわせてみました。そのへんも伝えられるよう、以後精進していきたいとおもいます。
今作品では、組織の末端である個々人を描写しようと、あまり政府の方は描写しないつもりなのですが、確かに社会問題ですね。実際にこんな事件がおこったら、迂闊に外も歩けませんし。笑
丁寧なご感想どうもありがとうございました! いずれ勇気を持って、千尋様の作品にもコメントしたいと思います…!
コメントを参考に、これからもがんばっていきたいとおもいます。
2009/08/26(Wed)19:06:120点askaK
千尋です。
 自分の知らないうちに、大事な記憶が消えていっているかも知れない、というのは、ほんと恐怖ですよね。誠也がいつまでも子供のようなのは、無意識に自分の過去を留めておきたいからなのかもな、と思ったりしました。
 煙草の話もそうですが、ある程度のブレを認めない社会は、大厄を招きかねない。といいつつ、自分と異なるものを排除しようとするのも人のさがで、もし誠也みたいな人間がいたら、やっぱりどう接していいか分からないかも。本当は、自分も、いつ外側に出てしまうか分からないんですがね。だから、人を直感的に理解し受け入れることのできる綾女の力は、やっぱり一種の才能ですね。
 様々な示唆に富んでいて、また隊員たち各々の特徴が分かりやすく描写されていて、面白かったです。続きも楽しみにしています!
2009/08/29(Sat)10:05:240点千尋
6の、悠斗と綾女が出会ったところの会話、
「悠斗は……?」
「悠斗?
ってところ、おかしくありませんか?
すみません、気になったので……。
続きもがんばってください!
2009/08/29(Sat)23:21:410点ごんべえ
千尋様
感想どうもありがとうございます。
ここ数十年の間にも、様々な精神病が発見されて、1900年代は普通の子だった人が、今の時代では病気と言われてしまう時代になっているように思えます。きっと100年後にはもっとたくさんの病人が発見されてしまうのだろうなと思うと、人間の技術の発達っていかがなものかと思ってしまいます。
登場人物が多いので、キャラクターを書き分けるのが難しいのですが、わかりやすいと言っていただけてほっとしました。
ご感想本当にありがとうございました。

ごんべえ様
>「悠斗は……?」
>「悠斗? ジュース一口飲んで戻るって言って戻ってったけど」
上記の箇所ですね。ご指摘の通り、悠斗ではなく、誠也です。お恥ずかしい。
次の更新時に修正致します。
ご指摘どうもありがとうございました。
2009/08/31(Mon)09:12:210点askaK
千尋です。
 美枝子の心理描写が非常に精緻で納得しながら読むことができました。学校というのは、たいていの人が初めて直面する本格的な社会だから、それにどう向き合うかは、ある意味、自分の全存在をかけないと難しいんですよね。もしかすると、そこには大人になっても乗り越えられていないものが、まだあるのかも知れない、自分に照らし合わせて、そんなふうにも思いました。
 そういえば、私の同級生にも綾女みたいな女の子がいました。女一人で野球部に入ったり。あの子は今どうしてるかなあ。……おっと、つい自分の妄想にふけっちゃいました〜。
 面白かったです。いずれほかの登場人物の心の内側も出てくるんでしょうか。続きも楽しみにしています! 
2009/09/02(Wed)11:13:470点千尋
はじめまして、三文物書きの木沢井でございます。
 1〜6を昨日拝読し、今日7を拝読させていただきました。仰られているように、各人の繋がりや人物の背景が見事に描かれていて、だけどしつこくないから先へ先へと読み進められ、私は好きです。キャラクターで挙げるなら悠斗でしょうね。自分の全く知らないタイプの人間を忌避せず、むしろ親しくしようとする姿は嫌味がなくて好感が持てました。
 少々、話自体から事件が置いていかれ気味のような気もしましたが、それはきっとそうした展開なのでしょう。続きも楽しみにしています。
 以上、小学生時代は常にマイノリティーに属していた木沢井でした。
2009/09/02(Wed)21:53:550点木沢井
千尋様
ご感想どうもありがとうございます。
今回は美枝子の心理描写のみの更新となり、長ったるくないかなと不安だったのですが、そう言っていただけて安堵いたしました。
大人になればなるほど自分と付き合いやすい人を選んで小さな世界で固まってしまいがちですよね。小学生ほど、様々な人種の混ざった社会はないように思えます。
私の同級生にも綾女のような子がおりました。一つの学年に1人くらいそういうタイプの子がいるのかもしれませんね。ちなみに私はその子に近付きたいけど近付けない、大変根暗な子供でした。笑
このたびも、ご丁寧なコメントありがとうございました!

木沢井様
はじめまして。ご感想ありがとうございます。
以前からユーレイ噺をこっそり拝読させて頂いておりました。チキンゆえに感想も残せずごめんなさい…。
人物同士の絆や駆け引きなどを描いた物語が好きなもので、どうしてもそちらに力を入れてしまいます。そのため、ご指摘通り、とりあえず主軸であるはずの事件と上手く絡ませきれず、どうしたものかと思っております。
悠斗は知らないタイプの人間に近付くことによって自分のために何かを吸収しようとするタイプだと思って執筆しております。少し狡いところもありながら、人間味溢れるキャラクターになればな、と…。
私はマイノリティーに憧れながら、そうする勇気もなく教室の端っこでじめっとしているタイプでございました。笑 なので木沢井様のようなタイプに今でも憧れがあります。
丁寧なご感想どうもありがとうございました。
2009/09/03(Thu)20:18:120点askaK
こんばんは。両脚を曲げると筋肉痛が酷い木沢井です。
 誠也は相変わらずフワフワしていて掴み所がないというか、分かりにくいキャラクターだなと思う反面、実際に誠也がオペレートしている時の悠斗の心情から誠也への信頼が感じられてよかったです。
 犯罪組織(?)の中核と思われる人物が現れた場面は、各キャラクターの動きを上手く描写されているなぁと思いましたが、個人的には今まで偽装なり隠蔽なりしていた犯人がネタを明かす時は、もう少しその辺りを補強する地の文があってもいいかなと思いました。
 今回の更新分も楽しませていただきました。続きも楽しみにしています。
 以上、二日後には筋肉痛が治っていてほしい木沢井でした。
*全くの余談ですが、現行ログの2ページ目あたりに、ユーレイ噺の『裏』があります。本編同様に暇つぶし程度にはなると思われますので、よろしければどうぞ。
2009/09/07(Mon)01:53:180点木沢井
木沢井様
こんばんは。ご感想ありがとうございます。
悠斗は誠也を信頼しているけれども、自分が誠也に信頼されている自信がないという後ろ向きな設定で執筆しております。それは仰せの通り、誠也が掴みどころがなく、他のキャラクターたちにとってもわかりにくい人物だから…という風に設定しておりますが、実は個人的には誠也が一番書きやすかったりします。
確かに、犯人兄弟の登場はあっさりしすぎているかな、と自分でも読み直して思いました。かと言って戦いのシーンにあんまり説明を入れすぎても迫力がなくなってしまいそうだし…難しいですね。研究を重ねて精進したいと思います。
あ、ユーレイ噺の「裏」もこっそり拝読させて頂きました。いつも感想書かずで申し訳ないです。ただいま感想修行中なので、また後ほど読み直して感想を書きに参りたいと思います。その際は、まだまだ修行中なのでお手柔らかにお願い致します…。
筋肉痛には睡眠が一番です。たぶん。十分お休みなさってくださいませ!
2009/09/07(Mon)21:38:530点askaK
千尋です。
 誠也の不思議キャラが、現実的な悠斗の目を通して、だんだんくっきりしてくるようで、よかったです。誠也、かわいい。それ以上に、悠斗、いいなあ。あんた、大人だよ、ほんと。
 スローモーな会話のあとのスピーディーな突入シーンが、メリハリがあって、ワクワクしました。アクションシーンの描写が超苦手な私は、とっても羨ましい! って、いきなりハイパー兄弟登場? 手首の先がないって、ギャーッ、私の悠斗がぁっっ!! エエイ! 誠也、綾女、美枝子! 出動よっ! 悠斗の仇打ちじゃ、やっておしまいっ!!
 ―ってな感じで、ムチャクチャ入りこんで楽しんじゃいました* 更新を楽しみにしています!
2009/09/08(Tue)07:13:120点千尋
千尋様
ご感想ありがとうございます。
誠也とコミュニケーションできるのは、悠斗と綾女だけなので、この二人の視点でしか誠也を描けないのがもどかしいところであります。わりと誠也は書きやすいのに。
いえいえ、とんでもないです。私はアクションシーンに限らず全体的に描写がまわりくどくなりがちなので、読者に伝わっているのかどうかと不安を抱きながら執筆しております。少しでも楽しんで頂けたなら、光栄です。
このたびも、ご感想どうもありがとうございました!
2009/09/09(Wed)16:31:570点askaK
千尋です。
 うーむ、いつもながら、askak様の心理描写には、手抜きがありませぬのう。綾女が「すぐに忘れてしまう」というのに、あるあるとうなずいてしまいました。彼女の心の目は、サーチライトみたいに、現在自分の興味のあるほうに集中的に向けられるんでしょう。それが強力なゆえに、ほかのことをつい忘れてしまう。いい悪いじゃなくて、そういうタイプなんですよね。
 「なにかあったら話して」と言われても、本当に全部話せるわけじゃない。でも、大事な人に、大事な言葉を言われるだけで、人って救われちゃうんですよね。そういう大事な言葉を、綾女はちゃんともっていて、そして口に出せる人間なんだな、と思いました。
 今回も色々考えさせられました。続きも楽しみしています!
2009/09/10(Thu)07:47:530点千尋
千尋様
ご感想ありがとうございます。
そうですね、綾女は悪気なく自分の興味だけを見て突っ走るタイプです。というより、他のことを考えるほど器用でない、不器用なタイプだと思っております。
美枝子と綾女は全く正反対のタイプで、でもだからこそしっかり合致するペアなんだということを表現したかったので、とても的を得た感想を頂けて大変嬉しく思っております。感謝感謝です…!
今回のご感想を励みに、続きも執筆していきたいと思います。ありがとうござました。
2009/09/11(Fri)21:20:420点askaK
こんにちは! 羽堕です♪
 序章では近い未来に、ありえそうな状況と子供達が、どんな事に夢中になっているか伝わってきました。なんとなく美枝子に感情移入しちゃいました。
 1.何気ない会話から十四年での進歩と歳月を感じれる所が、良いなと思います。それぞれに夢を叶えていて良かったなという感じです。担当になった事件が、どうなっていくのか楽しみになりました。ペアは知り合いなどが優先されるのかぁ、友達や幼馴染だからこその深く暗い部分もあったりするんじゃないかなと、ちょっと穿った見方したりしてw
 2.悠斗と誠也の人間関係が、上手く出ていて入り込みやすかったです。悠斗の優しくておちゃめなお兄ちゃん的な所も好きなのですが、誠也のとぼけたような所がある天才というのが結構、ツボだったりします。
 3.やっぱりカメラに監視されている生活って、安心な部分と怖い部分があるなと思ってしまいました。捜査の雰囲気や突入シーンの緊張感など、面白かったです。まだまだ格下の相手で、誠也たちの実力見せの意味があったのだとは思うのですが、少しあっさりとした収拾の仕方かなとは思いました。事件自体は、まだまだ解決してないようなので、どんな裏があるのかワクワクです。
 4.冒頭は、誠也の可愛らしさが出てるなってw 昔を思い出しながらの三人での食事、そして、ちょっとした恋模様? なんかありそう雰囲気、こういうの好きです。
 5.煙草の話って、ありえそうだけど、でも味も何も違う物が世間に受け入れられて、本物の煙草が禁止になるかな? と少し思いましたが100年もあれば……それにパラレルワールドなのだから深く考えてもでしたね。すいません。ルナと竜太郎との軽口めいたやり取りも、分かるなぁって感じで良かったです。少しですが会話文だけで流れ過ぎてたかな。それにしても、スミレさんは苦労してるんだろうなぁ。すごくスミレさんが気になってしまいました。
 6.殺人鬼の怖さが伝わってきて、でもそれってある意味で誠也にも当てはまるんだよなって感じてしまいました。そして少し明らかになった誠也の症状、これって美枝子にとったら、いずれ自分が上書きされる記憶にならないかと新たな不安や悩みにならないか心配です。やっぱり美枝子に頑張って欲しい派なのでw 綾女のここまでの努力みたいなものも伝わってきて、渚など上手くキャラを使われてるなって思いました。「私、頑張ってる」なんて自分で言うより、全然、響いてきます。
 7.美枝子の気持ちが凄い良く伝わってきました! 小学校の頃のエピソードも、すごく今の美枝子へと繋がっていて、私自身も重い気持になってきて、それだけ感情移入できて面白かったです。
 8.前半の方の悠斗と誠也の会話って、お互いにとって切ない部分があるんだろうなって想えて、それは二人とも気づいていない部分なのかも知れないけど、そうじゃないだろうかって勝手と感じました。ごめんなさい。そして敵地への突入、こいうアクション部分はドキドキとできて良いです! 犯人の正体に、悠斗のピンチと展開もよくて楽しめました。
 9.綾女だって、ただ強いだけの女性じゃなくて弱い部分もあって、そして美枝子を大事に想う気持ちもすごく伝わってきて、ここにきて綾女の事が、一段と好きになれた気がします。そして美枝子の変化と、彼女の強さが出ていて「うん、うん」と何だか分からないけど頷いてしまいました。ここまで面白かったです。
であ続きを楽しみにしています♪
2009/09/12(Sat)16:03:361羽堕
羽堕様
ご丁寧なご感想をありがとうございます。
1.そうですね、知っている仲だからこそ上手く行かないこともあると思います。それはそれで審査の対象としているという設定なのですが、どうにも描写不足のようです…ご指摘ありがとうございます。
2.誠也が一番書きやすく、愛着のあるキャラクターなので、嬉しいです。
3.確かに、アクションや捜査自体よりも、誠也や悠斗の描写ばかりに重きを置いてしまったため、あっさりしていたかもしれません。全く考えていなかったことなので、言われて初めて気が付きました。確かに、と納得しております。
4.いわゆる恋愛小説や恋愛漫画のような発展の仕方はありませんが、実はそういう要素も織り交ぜているつもりです。伝わり難いですが…笑
5.軽いノリを描写する場合、どうにも会話だらけになってしまう癖のあるようで…。確かにスクロールしてもしても会話、という箇所がいくつかありますね。うーん、きちんと地の文も織り交ぜられるよう精進していきたいものです。スミレは確かにサブキャラとは言え可哀想な役所でありますが、悠斗には悠斗なりの愛の形があるはず、と思っております。
6.そうですね、美枝子は悩むタチなので、さらに抱え込んでしまいそうです。
7.美枝子の回想だけという節ですが、感情移入していただけて嬉しいです。暗い話ですみません。
8.悠斗と誠也の会話から、切なさを感じ取って頂けて光栄です。互いに互いの思惑があれど、なかなかそれが逸り合わない二人というイメージです。本当は信頼し合える仲なのに、というのを表現したかったので、切なさを感じ取って頂けたなら幸いです。個人的にはどちらかというと心理描写の方が好きなもので、アクションシーンは苦手なのですが、そう言って頂けると救われます。
9.美枝子の心情の変化まで読み取って下さり、ありがとうございます。うだうだと長い話でありますが、ようやく山場を越えようとしております。
本当にご丁寧なご感想をありがとうございました。私は他人の小説を読んでこんなに上手く読み取ったり、読み取った物を表現できないので、羨ましい限りです。精進精進…
どうもありがとうございました!
2009/09/13(Sun)21:24:220点askaK
千尋です。
 今回更新分、文句なく面白かったです。基本、話の途中でポイントをつけない主義なのですが、思わず押さざるを得ないほど、良かったです!
 誠也は、自分の記憶と一緒に心も封じこめていたのかも知れませんね。だから、心が開かれると同時に記憶もよみがえってきたのかも。誠也の心の原点は綾女だったけど、そこまで導いてくれたのは、悠斗なんですよね。
 失う怖さを知って、人は初めて守り抜く覚悟と強さを得るんだなって、思いました。
 誠也の精神の成長と、現実の世界がぴったりとあっていて、見事でした。それに、過不足ない描写、流れるような文章運びも気持ちが良かったです。もう、これで終わりでもいいっていうくらい、満足感がありました。……や、とはいえ、続きも勿論楽しみにしています^^!
2009/09/14(Mon)07:24:111千尋
こんにちは、来月に向けて色々と追われている身の木沢井です。
 前回と今回の更新分で、各キャラクターに血肉がしっかりと付いているように感じられ、いつもながらに楽しく読ませていただきました。『これだけ技術の発達した時代になっても、結局最後に物事を左右するのは人間同士の信頼関係なのだ。』というお言葉に薄っぺらさがなくて、askak様が表現なさろうとしているものの一端を感じられたように思えました。
 アクションシーンは、少々淡白に感じられましたが、それも綾女と誠也の為せる業かな、と思い納得のできるものでした。この辺りは、未来ならでは(?)の技術がしっかりと活かされていましたね。
 あっさりと捕らえられたように思える犯人兄弟、彼らのことも含めて、これからどうなっていくのかがとても楽しみです。
 以上、自らの無謀さを少しばかり後悔している木沢井でした。askak様も重い荷物を運ばれる際はお気を付けて下さい。
2009/09/15(Tue)17:20:100点木沢井
千尋様
このたびはポイント加算までありがとうございます。いろいろと粗も見える展開ですが、面白いと言っていただけることが最大の励みでございます。ありがたやありがたや…!
私は人間の心は記憶で作られているのではないかなと勝手に思っております。なので、記憶がところどころ欠如する誠也は、他の人から見ると理解できない感性をしていると言われてしまう…という設定であります。設定を自ら説明してしまうという至らなさに苦笑しつつ……笑
綾女ばかりクローズアップしてしまいましたが、悠斗の存在も感じ取って頂けて嬉しいです。笑
次の投稿で当作品は完結する予定でございますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。

木沢井様
ご感想ありがとうございます。
確かにアクションシーンにしろ主謀犯捕縛にしろ、淡白に進んでしまった感は否めません。ここぞというところの盛り上げ方がいまいち身に付いていないなと改めて実感いたしました…
あまりにも的確な一文を引き出して頂きまして、作者でありますが、ああなるほどと納得しております。確かにその一文が今回この作品に込めた醍醐味でございまして、なんかもうその一文があれば他何もいらなかったかもしれないと思いました。笑
とは言え、長々と続いている作品ですが、そろそろ締めに入ろうかと思っております。いろいろと追われているようですので、それらを振り切ってからまたお暇な時にでも、完結後にまたお会いできれば嬉しいです。
(ちなみに当方仕事の関係上、常に2kgのラップトップと大量の資料を持ち歩いておりますので、足腰には自信があります。でもぎっくり腰持ちという矛盾)
2009/09/15(Tue)18:34:290点askaK
 はじめまして、askaK様。上野文と申します。
 御作を読みました。
 最初はよくある……などと思ってしまったのですが、不覚でした。
 足場となる世界観が丁寧に綴られて、悠斗 誠也 綾女 美枝子 の四人の関係がいきいきとして、読んでて非常に楽しかったです。
 敵役好きの私としては、犯人にもうちと活躍して欲しかった気もしますが、今回の最後がはれやかだったので、これはこれで読後感いいなあという印象を受けました。面白かったです!
2009/09/16(Wed)12:41:360点上野文
こんにちは! 羽堕です♪
 誠也の危さみたいな物を感じれました。でも決してそれが悪いとばかり言えなくて、そんな所を含め悠斗も綾女も受け入れている所が、凄いなと思いました。また誠也の中で確実に何かが変わったのが分かるのが良かったです。でも、まだまだキッカケがあったにすぎず、この先も、どんな形になるか分からないけど、綾女、悠斗、そして美枝子に他のたくさんの人と触れ合い成長して欲しいなと思える登場人物ですね。
 犯人との決着は、私も少しあっさりしているかなと思いました。すぐれた武器も、それを扱える実力と、その前の隙を作る前準備があったからこその命中だとは分かるのですが出来れば、もう少し肉薄する感じがあったら嬉しかったかなと思います。犯人の逆恨み的な発想って、決して分からない訳でもないのですが、してしまった事が酷過ぎる。でもこのシリーズが続くならば、いつかこいつらもって勝手にムフフフな想像をしてしまいます。
であ続きを楽しみにしています♪
2009/09/17(Thu)14:08:560点羽堕
上野文様
はじめまして。このたびはこのような長文をお読み下さりありがとうございます。
設定も導入部分も、間違いなくありきたりなものであります。せめてもう少し引きのある導入が書ければいいのですが、なかなか上達致しません。…悩ましいところです。
キャラクター達の関係を濃く描きたくて執筆し始めた話なので、生き生きしていると言って頂けて大変嬉しく思っております。
完結まであとわずかですが、「面白い」とのお言葉を励みに最後まで執筆していきたいと思います。どうもありがとうございました。

羽堕様
このたびもご感想ありがとうございます。
誠也であれ悠斗であれ綾女であれ美枝子であれ、この作品に登場させたキャラクターたちは皆不完全であることを意識して執筆しておりました。これから成長していける可能性を持っている、青春真っ盛りの人間というのが描きたくて書き始めたので、それが少しでも伝わったなら光栄です……
そうですね、確かに全体の割合から考えてもあっというまに決着が着いてしまいました。もともとあまり犯人や事件の方には重点を置いておらず、人間ドラマのついでに事件、くらいの気持ちで書いていたためかもしれません。それと、多分私自身がアクションシーンが苦手だからだと思います…。得意な方が羨ましいものであります…
犯人たちは逆恨みもありながら、ほとんどは好奇心で犯罪に手を染めたと思っています。昨今でも若年層による凶悪犯罪の危険性が叫ばれておりますが、年を経てさらに情報化が進むと、犯罪に対する罪の意識はさらに希薄になるのではないかな、と…。
もうまもなく終結致しますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。ありがとうございました。
2009/09/17(Thu)19:37:430点askaK
完結おめでとうございます。登場人物の人数と物語の面白さは必ずしも比例するとは限らないと学ばせていただいた木沢井です。
 終始物語に入り込めていたからでしょうか、かなりの長編であったにもかかわらず、飽きることなく楽しませていただきました。キャラクターも皆が皆、しっかりと確立していて、それもまた、御作に入り込めた理由なのでしょう。特に悠斗、彼は最後の最後まで美味しいキャラクターでしたね。特に最後の美枝子との会話の部分など、本当は悠斗が主人公なのではと……すみません、熱が入り過ぎました。
 個人的には犯人兄弟にもっとスポットライトを当ててほしかったかなとも思いましたが、askak様が満足なさっているのなら、私から言えることは何もございません。
 あと、誤字なのか自信はありませんが、今回の更新分で『付け刃』となっているのは『付け焼刃』ではないのでしょうか? 間違っていなかったらすみません。
 以上、大いに大いに満喫させてもらった木沢井でした。次回作を期待しつつ、当方の拙作でよろしければまたご覧になっていただきたいですと、勝手に宣伝を残してみたり。
2009/09/19(Sat)11:36:222木沢井
こんにちは! 羽堕です♪
 完結、おめでとうございます。そして、お疲れ様です。
 これからも悠斗がツルーパーを続けて行くことが出来て、本当に良かったって思いました。(痛覚を残す所は凄く頷けて、こういう細やかさが好きですw)
 ルナの言葉は、きっと悠斗に染み込んだろうなって想えて、悠斗もまた一歩前進出来たんだろうな。その後のドタバタとした感じもよくて、良い上司に良い仲間と出会えた悠斗が羨ましくなっちゃいました。
 電話だけですがスミレの登場は嬉しくて、悠斗の最後の言葉は吃驚と同時に幸せだったんだろうなと思えて、この夫婦には何時までも幸せでいて欲しくなりました。(ドロドロした感じも嫌いではないのですが、ここは! とw)
 四人、それぞれの微妙な変化はあったけど、まだまだ物語は始まったばかりで、もっと悩みまた成長していくんだろうなと、広がりのある終わり方で面白かったです。いつかまた、この四人と仲間や家族の話を読めたら良いなと思います。
であ次回作を楽しみにしています♪
2009/09/19(Sat)12:00:111羽堕
 こんにちは、askaK様。上野文です。
 御作を読みました。
 四人の物語として、実にしっくりくる終劇だったと思います。
 とても面白かったです!
2009/09/19(Sat)12:25:051上野文
千尋です。完結、おめでとうございます!
 最後まで人間描写というテーマがきちんと貫かれていて、好感がもてる作品でした。読者として、作者の言いたいことが受け取れている(と思うことができる)表現力にも勉強させられました。
 『例え重みが違っていても、その言葉の与える影響はさして変わらない』というのは、なかなか含蓄のある言葉ですね。自分の心中を表現することは難しく、表現して後悔することも多いものですが、やはり人に伝える一番の方法は、言葉なのですから、私たちは色々試行錯誤しながらも、言葉をつむいでいかなくちゃいけないわけで……。
 面白かったです! 次回作も期待しております。
2009/09/19(Sat)17:40:181千尋
木沢井様
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
私はあまりキャラクター作りが得意ではないため、たくさんのキャラクターを出してしまうと何人か似たような人が出来上がってしまうので、なるだけ少人数で物語を書くことが多いようです。もう少し柔軟な発想力がほしいものです。笑
そのように、少人数で進める物語なので、実のところ、主人公を一人には限定していません。今回の作品も、特に誰が主人子というつもりもなく、書き進めて参りましたので、悠斗が主人公のように感じられたのでしたら、きっとその部分は特に彼に重きをおいて執筆していたのだと思います。
犯人兄弟については、仰せの通り、本当に軽く触れるだけで終わってしまいました。本当なら事件と人間関係の描写の両方に力を入れられれば良かったのですが、どうにも力不足でございました。
それから、誤字のご指摘ありがとうございます。間違いなく、「付け焼刃」でございます。本当に誤字脱字が多くて、更新するたびに修正しているようなこの状況もなんとかしなくてはなりませんね。
次回作はどうなるかわかりませんが、しばらくは読み手として徘徊するつもりですので、感想を書きに登場した場合には、お手柔らかにお願いします。
長ったるい文章に最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました。

羽堕様
こんばんは、このたびは拙作を最後までお読み下さりありがとうございます。
痛覚の描写を含め、私の書く文章はあまり本編と関係のない描写がちょくちょく出てくるため、読み難いのではないかなぁと危惧しておりました。が、気に入って頂けたなら、本望です。
ルナや渚、龍太郎など、他のキャラクターも本当は活躍させたかったのですが、どうもそこまで手が及ばず、最後だけのゲスト参加となってしまいました。悠斗を囲む人々、という雰囲気が少しでも伝えられたなら幸いです。
悠斗とスミレは、なんだかんだ言いながらもいい夫婦だと思って執筆しております。悠斗が他の女に目移りするのも、スミレはある意味では許容していて、それを越えて彼を支えている強い妻である、と。
いずれまたこの作品の続きを書くようなことがありましたら、またお付き合い下されば嬉しいです。
長ったるい文章に最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました。

上野文様
このたびは拙作に最後までお付き合いくださり、ありがとうございます。
ぼやかした終わり方ですが、それがより彼ららしいかなと思って締めくくらせて頂きました。
面白いと言っていただけて、長い話でしたが、書いてよかったなと思いました。
どうもありがとうございました。

千尋様
このたびは最後までお読みくださりありがとうございます。
あまり文章に自分の主張であったり心情を込めるのは得意ではないのですが、少しでも伝えられたのならば、光栄です。勉強させられるなんてとんでもないことでございます。皆様のご感想のおかげでいろいろな自分の欠点も見えて、こちらこそ勉強になりました。
『例え重みが違っていても、その言葉の与える影響はさして変わらない』は常日頃から私がよく思っていることであります。だからこそ言葉は武器でもあり栄養でもあるのでしょう。自分の言葉に責任を持てるような人間になりたいものです…。
長ったるいこのような文章に最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました!
2009/09/21(Mon)22:10:360点askaK
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