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『群神物語T〜明鏡の巻〜5−8【完結】』 作者:玉里千尋 / リアル・現代 ファンタジー
全角141345文字
容量282690 bytes
原稿用紙約426.4枚
これは、神と人の世が混じり合う物語…… ◎あらすじ◎ 白河の南湖上で、飛月をたずさえ、ニニギを迎えうつ龍一。古代国家ヒタカミから土居家が受け継いだ霊鏡は、当主の魂とともにある。龍一もろとも、鏡を手に入れようとするニニギと、それを雷神の秘文で防ごうとする龍一。ふたりの攻防を、見守る美子は、ニニギのつくった結界の中に、ふーちゃんとともに閉じこめられる。その時、龍一渾身の雷神が、天から落ちた。……明鏡の巻完結!
※管理者様の許可を得て、投稿者名を「千尋」から「玉里千尋(たまさと・ちひろ)」に変更しました。
◎目次◎
一『穴』 二『躑躅岡天満宮』 三『飛月』 四『瑞鳳殿』 五『客人』 六『道祖神』 七『明鏡』 八『エピローグ』

◎主要登場人物◎
★上木美子(かみき みこ)初出第一章:萩英学園高校一年三組在籍。十六歳。O型。宮城県遠田郡涌谷町の自宅がなくなってしまったため、仙台市内の躑躅岡(つつじがおか)天満宮宿舎に居候中。最近驚くことが多すぎて、不感症気味。特技は年齢あてと寝ること。
★上木祥蔵(かみき しょうぞう)初出第一章:美子の父。快活な性格で、妻の咲子亡きあと、美子を文字どおり男手一つで育ててきたが、ニニギと宗勝の罠に落ち死亡。享年四十六歳。
★ふーちゃん 初出第一章:金色のケサランパサラン。美子の心のオアシス。
★土居龍一(つちい りゅういち)初出第一章:土居家第三十九代当主。躑躅岡天満宮宮司、萩英学園高校理事長兼務。二十五歳。A型。一見、物腰は柔らかいが、本心をなかなか明かさない。
★築山四郎(つきやま しろう)初出第二章:躑躅岡天満宮庭師、萩英学園理事長代行。六十歳。A型。趣味の料理はプロ級。世話好きの子供好き。
★勅使河原椿(てしがわら つばき)初出第七章:土居家先代当主、土居菖之進(つちい しょうのしん)の妹。八十一歳。土居家の長老的存在。
★菊水可南子(きくすい かなこ)初出第五章:母は椿の三女、父は京都雲ヶ畑、眞玉神社宮司の秋男。職業は芸妓。二十二歳。B型。妄想直感型美女。過去に二度、祥蔵にプロポーズをしたことがある。
★菊水秋男(きくすい あきお)初出第七章:可南子の父。眞玉神社宮司。職業は書道家。
★中ノ目隆士(なかのめ たかし)初出第七章:東北守護五家中、白河を守る中ノ目家の現当主。二十二歳。気の弱い性格。
★孝勝寺の稲荷狐 初出第三章:天満宮近くの寺に住む四匹の白狐。
★三沢初子(みさわ はつこ)初出第三章:仙台藩第四代藩主伊達綱村の生母。当時の土居家当主、土居麻輔の手を借り、死後も霊刀飛月を護り続けてきた。
★伊達兵部宗勝(だて ひょうぶ むねかつ)初出第四章:伊達政宗の十男。仙台藩主の地位と飛月に固執し、生前は伊達騒動をひき起こし、死後は悪霊となる。
★ニニギ 初出第四章:天皇家の始祖神。三種の神器の一つ、八咫鏡が土居家に伝わるとにらみ、それを奪わんとする。祥蔵の妻咲子と浅からぬ因縁あり。
★結城アカネ(ゆうき あかね)初出第四章:萩英学園高校一年三組在籍。美子の親友。B型。目下の目標は、翔太の生写真を携帯電話の待ち受けにすること。
★田中麻里(たなか まり)初出第四章:萩英学園高校一年三組在籍。美子の親友。AB型。将来の夢はバイオリニスト。
★大沼翔太(おおぬま しょうた)初出第六章:萩英学園高校一年一組在籍。スポーツ推薦で入学した野球部のホープ。

◎キーワード説明◎
★古代三大国家 初出第二章:古代、日本の地にあった三つの大国、ヒタカミ(東北)、イヅモ(山陰)、クマソ(九州)のこと。ニニギに端を発するヤマト朝廷に滅ぼされる。
★守護主(しゅごぬし)初出第二章:ヒタカミの流れを汲み、今なお東北に強力な結界をはり続ける土居家当主のこと。
★竜泉(りょうせん)初出第二章:土居家が、躑躅岡天満宮本殿にて守り、毎日の霊場視に使っている霊泉。
★東北守護五家(とうほく しゅご ごけ)初出第二章:守護主を支える五つの一族。津軽に初島家、北上に沢見家、出羽に蜂谷家、涌谷に上木家、白河に中ノ目家があり、それぞれの当主を守護者(しゅごしゃ)と呼びならわす。当初は四家のみだったが、四百年前に、土居家から上木家が分家され、五家となった。
★秘文(ひもん)初出第四章:魂の力を引き出すための言葉。唱える者の力量により神に匹敵するほどの力を呼ぶこともできる。「稲荷大神秘文(いなりおおかみのひもん)」により龍一が召喚する雷神が代表的。秘文を声に出さずに唱える方法を、暗言葉(くらことは)という。
★飛月(ひつき)初出第三章:伊達政宗が名匠国包に造らせた希代の霊刀。三百年間、土居家と三沢初子の霊が護ってきたが、現在は美子が護持者となり保管。
★三種の神器 初出第四章:もともと、古代三大国家の霊宝【八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)はクマソ、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)はイヅモ、八咫鏡(やたのかがみ)はヒタカミ】だったものを、ヤマトが手に入れ、皇位継承の証としていた。現在、本物の行方は定かではない。
★赤い石 初出第一章:美子の母咲子の形見。


五 『客人』
                         ◎◎
 翌日、萩英学園高校内に、午後の最終のベルが鳴り響いた。
美子がいる一年三組の教室は、一気に解放感に包まれた。朝からおこなわれていた実力考査が、ようやく終わったのだ。明日から、十日間の長い試験休暇が始まる。萩英学園は、ゴールデンウィーク期間中は、平日も飛び石にせず、すべて連休にしていた。
 美子の席に、結城アカネがやって来た。
「美子、試験どうだった?」
「最悪ぅ!」
 美子は、伸びをしながら答えた。真横の席にいて、かばんの中に筆記用具をしまっていた田中麻里も会話に加わる。
「美子は、余裕だったものね。何せ、試験開始前ぎりぎりに教室に駆けこんで来たんだから」
 そうなのだ。美子は、今朝あやうく遅刻しそうになってしまった。朝早く起きて、最後の復習をしようと思っていたのに、目覚まし時計の音にまったく気づかず、八時近くまでぐっすり眠りこんでしまっていた。少し早めに来ていた築山が起こしてくれ、ジープで学校まで送ってくれなかったら、完全に遅刻していただろう。テストの出来具合など、推して知るべし、である。
 アカネが、笑いながら言った。
「まあ、もうテストのことなんて、忘れようよ」
 麻里が、くすくす笑って言う。
「それで、すっかり忘れたころに、結果が発表されるわけね」
 実力考査の結果は、ゴールデンウィーク明けの初日に発表されることになっていた。
「もう、麻里。混ぜっ返さないでよ」
 アカネは、それでも笑顔を隠さない。
 美子も、本当に晴れ晴れとした気持ちになった。二人は知らないが、美子はこの二日間で、大きな仕事を二つ済ませたのだ。高校生活初めてのテスト、そして、生まれて初めての怨霊退治だ。しかも、その怨霊は父の仇だった。
 アカネが、うきうきとした調子で二人に訊ねる。
「ねえ。二人は、ゴールデンウィーク、どうするの?」
 麻里が答える。
「私は、連休中はずっとバイオリン教室の合宿なの」
「えっ。大変だね」
「そんなことないわ。半分は懇親会みたいなものだから。うちの教室からプロになっている人も多いので、その人たちからの寄付で、毎年、学生を合宿がてら、色んなところに連れて行ってくれるの。今年は、長野の別荘を借りきるらしいわ。練習半分、観光半分というところね。最後には地元の人たちを招待して、ミニコンサートをするの。私の家族も、その時には来てくれるって」
 麻里は、にこにこしながら、言った。美子は、アカネに訊いた。
「アカネは、どこかに行くの?」
 アカネは、待ってましたとばかりに、かばんの中から、紺色のパスポートをとり出し、水戸黄門の印籠のように二人に見せた。
「じゃーん! 今日から八日間、オーストラリアに行って来まーす!」
「オーストラリア?」
「今日から?」
「うん。実は、このあと、親が迎えに来て、学校から直接、空港に行くことになっているの。荷物はもうつめてあるしね」
「いいなあ」
「ところで、美子は、どうするの?」
 アカネがパスポートを大事そうにかばんに戻しながら、美子に訊ねた。
 本当のところ、美子はゴールデンウィークのことなど、今まであまり考えていなかった。宗勝の退魔のことで、頭がいっぱいだったからだ。
 そもそも、躑躅岡天満宮で、カレンダーどおりに動いているのは、学校に通っている美子だけだった。龍一は曜日に関係なく、神社の行事をこなし、霊視の来客日は、毎月偶数日と決まっている。築山も土日にも天満宮に通ってくる。築山の休日は、庭師小屋の壁にかかっているカレンダーに丸印がつけてあるが、それは、曜日とは無関係に、だいたい十日に一度の割合でめぐってくるようだった。しかし、それにかかわらず、仕事があるときは天満宮に来るし、その場合は、他の日を休みに振り替えるときもあった。龍一には、休みなどないようにみえた。
「あたしは、特に予定はないなあ」
 美子は答えた。アカネが無邪気に訊き返す。
「えー、じゃあ十日間どこにも行かないの? 家の人に頼んでみれば?」
「アカネ!」
 麻里が、アカネの足をつついて、目配せをした。美子は、二人に、自分の両親がすでに亡くなっていないこと、今は仙台の親戚の家から学校に通っていると説明していた。
 アカネは、しまった、という顔をして口を閉じた。
 美子は、なるべく軽い口調で言った。
「今いる親戚の家の人って、ゴールデンウィークは休みじゃないみたいだしさ。まあ、映画を観たり、買い物したりして、のんびりすごすよ」
 アカネが、自分の失態をとり返そうと、慌てて言った。
「あたし、五月三日には帰って来るからさ、四日か五日に遊ぼうよ。お土産も渡したいし。麻里は何日に帰ってくるの?」
「私は、四日の午後に仙台に着く予定なの」
「じゃあ、五日に三人で会おうよ。美子もいいでしょ?」
「もちろん」
 三人は、学校を出て、アカネの両親が迎えに来るまで、校門の向かい側にあるコンビニエンスストアの前のベンチに座っておしゃべりをした。
 アカネは、時々、校門から出て来る生徒達に目を光らせて、チェックしていた。大沼翔太を探しているのだ。いつでも写真を撮れるように、携帯電話を手に持っている。
 しかし、次第に出てくる生徒の数はまばらになり始めた。アカネはあきらめ、携帯電話をブレザーのポケットにしまって、ため息をついた。
「はあー、駄目だこりゃ」
 麻里が、言う。
「大沼翔太なんて、ねらっている子はいっぱいいるよ。あきらめて、別な人にしなよ」
 アカネが言い返す。
「その言葉、そっくり麻里にお返ししまーす」
 もちろん、麻里の憧れの人である、世界的ピアニスト、佐山東児のことを言っているのだ。麻里は、きどって言う。
「私は、彼を音楽家として尊敬しているのよ。恋愛とは、また別次元なの」
「はい、はい。どうせ、あたしは、低次元ですよ」
「まあ、まあ」
 美子が、二人をなだめた。アカネと麻里は、こうして言い合うこともしょっちゅうだが、三人とも、すぐにもとどおり笑い合えることを分かっているのだった。
「お父さん、遅いな」
 アカネが携帯電話で時刻を確認して、つぶやいた。
「飛行機の時間は、大丈夫なの?」
「それは、大丈夫だと思うけど……」
 アカネが、道路の向こうを眺めたとき、学校近くの交差点を、一台の黒い車が曲がって来たかと思うと、すうっと美子たちの前に停まった。
 左側の窓が開き、奥から龍一が顔をのぞかせたので、美子は驚いた。ノーネクタイで、柔らかく糊のきいた、縁に黒い刺繍のある白いシャツを着ている。
「龍一、どうしたの」
「空港に向かう途中で、美子を見かけたのでね」
「空港? どこかに行くの?」
「これから、京都に行ってくる。明日の晩までには戻るけれどね。それまで留守番を頼むよ」
 そう言うと、龍一は、ぽかんとしているアカネと麻里に、
「美子のお友達ですか。美子がいつもお世話になっています。これからも、どうぞよろしく」
と、にこやかに挨拶をした。アカネと麻里は、どもりながら、かわるがわる、
「こ、こんにちは」
と言う。龍一は、二人に会釈をすると、美子に、
「じゃあな」
と、車を発進させ、走り去って行った。
(龍一、京都に何をしに行くんだろう)
 考えこんでいた美子は、アカネが突然大声を出したので、びっくりした。
「美子!」
「わっ。びっくりした」
「あの人、誰よ?」
 麻里も、言う。
「聞いていないよ」
 美子は、戸惑って訊き返す。
「聞いていないって、どういうこと?」
「だって、あの……」
 アカネが、急に顔を真っ赤にした。麻里がアカネの言葉を引き継ぐ。
「あの人と一緒に住んでいるの?」
「えっ」
 美子まで赤くなった。
(ああいうの、一緒に住んでいるっていうのかな……)
「あんた、親戚の家にいるなんていって、まさかあの人と、ど、同棲しているんじゃないでしょうね」
と、アカネが言ったので、美子は、仰天した。
「ち、違うってば。そうそう、その親戚っていうのが、あの人のことだよ!」
「あの人が、親戚?」
「そうよ。親戚なの」
「美子、親戚は叔父さんだって、言っていなかった? 叔父さんって、あんなに若いの?」
 麻里が、追求する。いつになく、厳しい。美子は、急いで記憶をたどった。
(あたし、叔父さんなんて、言ったかな……)
「そもそも、叔父さんを呼び捨てにすること自体、おかしいじゃない」
 アカネも鋭く突っこむ。
(しまった……)
 いつもの癖で、龍一と呼び捨てにしていたのだった。アカネは、美子の肩に手を回した。
「美子。怒らないから、本当のことを白状しな」
 麻里が、たたみかける。
「私たちは、どんなことがあっても、美子の味方よ」
「学校には、言わないから」
「愛に年の差なんて、関係ないわ」
「でも、あの人は、佐山東児よりかは若いんじゃない?」
「東児のことは、今は関係ないでしょ」
「それにしても、超かっこよくなかった? しかも、今の車、BMWだったよ」
「まさか……」
「美子、あんた、援交なんてしていないでしょうね」
「だから、本当に親戚なんだってば!」
 とめどない二人の攻撃に、美子はたまらず叫んだ。が、二人の目は疑り深げなままだ。
「ええと、正確にいうと、叔父さんというわけじゃなくて、遠い親戚というか……。年がそんなに離れていないから、何となく呼び捨てにしちゃっているだけだし。それに、一緒の家に住んでいるわけじゃなくて、同じ敷地内の別々の家に、それぞれ分かれて暮らしているんだから」
と言いながら、美子は、我ながらひどくしどろもどろになっていると、感じていた。麻里が、言った。
「同じ敷地内の別々の家? そういえば、美子って、いったいどこに住んでいるの?」
 美子は、学校の近くに家があるとだけ、二人に話していて、住所を教えていなかった。
(この際だから、躑躅岡天満宮だって、言っちゃおうかなあ。でも、二人が遊びに来たら、龍一が宮司なのは、まあいいとして、入学式で挨拶した理事長が庭師として働いているっていうのは、どうなんだろ……)
 このあと、アカネと麻里は、口が重くなっている美子から、無理やり、龍一のフルネームと、年齢を聞き出した。アカネが、冗談か本気か分からない口調で言った。
「あの人が、本当に美子の彼氏でないのなら、今度紹介してもらおうかなあ」
 麻里が、すかさず言う。
「アカネには、大沼翔太君がいるでしょ」
「さっき、別な人に乗り換えろと言ったのは、麻里でしょ」
「アカネは、年上は好きじゃないんじゃない?」
「自分は、年上好みといいたいの?」
 この時、クラクションが鳴って、シルバーのワンボックス車が、三人のほうへ走って来た。アカネがぴょんと立ち上がる。
「おっと、親が来ちゃった。じゃあ、五日の件は、また連絡するね! 二人とも元気でね」
 アカネが車の中から、元気に手を振りながら、去って行くと、麻里も腕時計を確認するなり、
「あ、バイオリンのレッスンに遅れちゃう」
と言って、
「バイバイ!」
と、美子に手を振りながら、駅のほうへ慌ただしく走って行った。
 美子は、麻里に手を振り返しながら、ほっと息をついた。そして、ゆっくり歩き出した。今朝は築山に車で学校へ送ってもらったので、自転車はない。しかし、天気は上々だし、天満宮へは歩いても二十分ほどだ。
 美子は、足どりも軽く歩いて行った。
                         ◎◎
 美子は、天満宮に帰る途中、三沢初子が眠るという、政岡墓所によった。相変わらず、門は固く閉じられている。美子は、辺りを見回して、人影がないことを確かめると、柵をよじ登って、中に入った。
 美子は、初子の墓の前に立ち、手を合わせた。
「初子さん。夕べ、瑞鳳殿に行って来て、宗勝の怨霊を、初子さんからいただいた釈迦像で、退治することができました。色々、ありがとうございました。そして、長い間、飛月を護ってきたこと、本当にお疲れ様でした。
 今後は、初子さんに頼まれたとおり、あたしが飛月を守っていきたいと思います。まだまだ半人前ですけれど、一生懸命やりますので、どうか、み護っていてください。そして、これからは、ゆっくりお休みください」
 初子の墓は、しんとしたままだった。しかし、美子は、確かに初子の存在を感じることができた。初子は、穏やかに微笑んでいるように思えた。
 美子は、初子に微笑み返すと、一礼をした。そうして空を仰ぎ見た。
 木立の間から、初夏の青色がどこまでも高く大きく広がっている。美子は大きく深呼吸をした。匂いが春から夏に移り変わろうとしているのが分かった。世界は本当に様々なもので満ちていた。
 美子は、父のことを考えた。そして、涌谷の大きくて古い家のこと。黒々とがっしりとした柱、美子が父と何度も笑いあった茶の間、美しい母の写真。なつかしさで胸がいっぱいになった。あの家は、美子の思い出をすべてつめたまま、穴の中に飲みこまれていったのだ。あれらが突然目の前から消えてしまった悲しみは、一生美子の心の中から去ることはないだろう。それでも、美子は、父や母や生まれ育った家を、本当に失ったわけではないと思った。
(あたしは、忘れない。忘れたくないもの。お父さんとお母さん、そして涌谷の家の思い出は、あたしがもっているものの中で、一番いいものだから。忘れなければ、失ったことには、けしてならないわ)
 美子は、見えないけれど、この世界のどこかにきっといるはずの、父と母に微笑みかけた。美子の頬を暖かい風が撫ぜて通りすぎていった。
 美子は、初子の墓の前を去り、また門の柵を乗り越えて、天満宮への道をたどった。
                         ◎◎
 天満宮の上社に着くと、築山が境内の玉砂利の上にかがみこんで、ゴミ拾いをしていた。
「ただいまかえりました」
 美子が声をかけると、築山は顔を上げて、空と同じように光る笑顔を見せた。
「おかえりなさいませ」
 美子は、急いで宿舎のリビングのガラス戸から、家の中に入った。今では、美子もほとんどリビングのほうから室内へ出入りしていた。鍵はほとんどかけたことがない。貴重品はないし、飛月は普通の泥棒にはさわることもできないだろう。
 かばんを置いて、うす手のシャツとジーンズに着替えると、美子は、また境内に戻り、築山の掃除を手伝った。築山は美子に、
「ありがとうございます。助かります」
と礼を言った。
 上社の境内には一面細かい玉砂利が敷きつめられているが、この玉砂利の間にたまる落ち葉などのゴミ掃除が、かなり大変なのだ。箒でも、掃除機でもとることができず、手で一つ一つ拾っていくしかない。それに比べると、下の拝殿の境内は、石畳と土なので、箒で掃くことができるから、まだ楽だった。
 築山は三日に一度、こうして上社の玉砂利の掃除をしているが、落ち葉の季節ともなると、毎日のように掃除しても、なかなか追いつかないという。しかし、築山は、言っていた。
「きりがないと思っても、いつかは終わりがくるものですからね。できるだけのことを、やればいいんです」
 築山の努力のおかげで、上社の境内は、常に、真っ白い玉砂利が美しいままで保たれているのだった。築山が、天満宮の掃除に関して、とても気を使っていることを知っているので、美子も、神社内でゴミを見つけると、すぐ拾うようにしていた。
 美子は、築山の隣に並んで、ゴミ拾いをしながら、話しかけた。
「さっき、学校の前に、龍一が車で通りかかって、これから京都へ行くって言って出かけて行きましたよ」
 築山は、下を向いて、せっせとゴミを拾いながら、答えた。
「そうです、そうです。先ほど、私にもそうおっしゃって、出かけられました」
「京都に、何をしに行くんでしょうか」
 美子は、訊いてみた。
「何をしに行かれるかは、聞いておりませんが、京都の眞玉(またま)神社に行くと言っておられました」
「眞玉神社、ですか?」
「はい。眞玉神社の宮司様は、土居家のご親戚ですから、その方にお会いしに行かれたのではないでしょうか。いずれにしても、明日にはお帰りになるとのことでしたが」
「龍一が、泊まりで天満宮を留守にするなんて、珍しいことですよね」
 築山は、ちょっと手を休めて、顔を上げた。築山の顔は暑さで真っ赤になっており、汗がぽたぽたと落ちていた。もうすっかり初夏の陽気だ。
「そうですね……」
 築山は、首にかけたタオルで汗をぬぐいながら、ゆっくりと答えた。
「しかし、どうしてもその日のうちにお帰りになれないときが、年に一、二度はございます。そのときは、天満宮を無人にしておくわけにいきませんので、私が庭師小屋に泊まることになっております。ですから、今夜は、私が一晩中おりますので、ご安心なさってください」
 その後、築山と美子は、会話を中断してゴミ拾いに集中したので、二十分ほどで上社の境内は、すっかりきれいになった。
 築山は、立って腰を伸ばし、汗をくるりとふいた。
「美子様のおかげで、早く終わりました。さて、今日の夕食はどうなされますか? お出かけにならないのであれば、普通にお作りしてもよろしいでしょうか?」
 美子が、特に出かける用事がないと言うと、築山はにっこりした。
「そうですか。実は、いい鱒が手に入ったものですから、夕食は押し鮨をお出ししようと思っていたので、ようございました。龍一様が急に出かけられたので、美子様もいないときは、どうしようかと思っていましたが。私一人では多いですからね」
「あたしも、手伝いますよ」
と、美子は言ったが、築山は、手を振った。
「いえ、いえ。実は昼すぎにもう作ってあるんです。押し鮨は、作ったあと、数時間経ってからが食べごろですからね。美子様は、夕べから大活躍されたんですから、あとはゆっくりお休みください。
あ、そうそう、今朝は間に合いましたか?」
 築山が、心配そうに訊いた。美子は、うなずいた。
「はい、おかげ様で。でも、築山さんに送ってもらわなければ、完全に遅刻でしたので、本当に助かりました」
「それは、よかった。では、夕食は六時ごろにお持ちします。その時分には、押し鮨もいい具合にできているでしょう」
「築山さん。今夜は泊まるのであれば、一緒に宿舎で食べませんか?」
「よろしいんですか?」
「ぜひ。あたしも、いつも一人で、寂しいんです」
「では、お言葉に甘えまして」
 築山は、普段は、夕食は自宅に帰ってからとるので、天満宮では食べない。学校が始まってからは、美子は、朝は一人でトーストなどで済ませ、昼食は学校の食堂で食べていた。学校が休みの日に、たまに築山と一緒に昼食を食べることがあるくらいだ。
 龍一とは、美子が最初に天満宮に来たとき以来、まったく一緒に食事をしていなかった。龍一は、美子が学校へ出かけたあとに起きて来て、築山の出す食事を食べ、昼間から夕方にかけて、神社の仕事や、霊視の来客の対応をしたあと、夕食をとっているようだったが、築山が嘆くように、その時間はまちまちで、六時ころに食べるかと思えば、真夜中すぎまで食べないというように、むらがある。どちらにしても、すべて宮司舎の中で食べるし、そのほかもめったに宮司舎から出て来ないので、美子とは一日中顔を合わせないことが、何日も続くのも珍しくない。
(確かに、これじゃあ、一緒に住んでいるなんて、言えないよね)
 美子は、築山と夕食の約束をして、宿舎に帰り、リビングで紅茶を飲んで一息ついていたが、そのうち、さっきの、アカネや麻里との会話を思い出して、ちょっと憤然とした。
(アカネは、大沼翔太と同じ学校なのに、なかなか会えないなんて言っているけど、こっちは、同じ敷地内に住んでいるのに、ろくろく顔も見ないんだから。
 よく考えたら、夕べだって、龍一は携帯電話であたしに指示するだけで、結局一度も顔を見せなかったじゃない。いくら疲れているからって、あたしが瑞鳳殿から帰った時くらい、宮司舎から出て来たって、いいと思うわ)
 先ほど、龍一と学校の前で会ったが、美子が数えてみると、これで五日ぶりに顔を合わせたことになる。
(彼氏どころか、こんなの友達ですらないじゃない)
 龍一は、最初に会った日に美子に『友達になろう』と言ったのだった。友達になるのだから、お互いを呼び捨てにしよう、敬語も使わないようにしよう、と。
(初めに龍一は、ああ言ったけど、それはあたしを天満宮に慣れさせるための一つの方法にすぎなかったんだわ。そりゃ、そうよね。あたしは、九歳も年下のガキだし。それに、龍一は、土居家の当主。守護家であるあたしは、本来は、『龍一様』って呼ばなけりゃいけない立場なんだから。たぶん、龍一は、お父さんが宗勝に殺されたことに、責任を感じて、あたしを特別扱いしてくれているだけなんだ。あたしは、それをありがたく思わなくちゃいけない。あんまり会えないことなんかに、不満を感じちゃいけないんだよね。本当なら、お父さんが亡くなって、他に身よりがないあたしなんて、もっと惨めになっているはずなんだから。それは、よく分かっているんだけど……)
 美子は、天満宮の土地を売ってくれと来た、和光という地上げ屋が、『宮司さんは結婚できないんでしたっけ』と言ったことを思い出した。しかし、龍一は、土居家の先代である土居菖之進の子供のはずなので、宮司だから結婚できないということは、ないだろう。
(龍一は、もう二十五。あたしが高校を卒業する前にも、いつ結婚してもおかしくない年齢だもんね。龍一のお嫁さんが天満宮に来たら、あたしがここにいることは、邪魔になるかな。それとも、龍一は、はなからあたしのことなんて、気にしていないかも)
 美子は、こんなことを考えている自分が、だんだん嫌になってきた。そうして、退屈そうにテーブルの上に寝そべっているふーちゃんに、気づいた。
「あ、ごめん、ごめん。放っておいて。ふーちゃん、遊ぼうか」
 美子は、リビングボードの引き出しの中から、ピンポン玉をとり出した。ふーちゃんは、目をきらきらと輝かせて、起き上がった。最近、美子とふーちゃんは、ボール遊びが気に入っていて、よくこのピンポン玉で遊ぶのだった。
 美子は、リビングテーブルの上を片づけると、テーブルの端から、ふーちゃんに向かって、ピンポン玉を弾き飛ばす。ふーちゃんは、それを見事前足でキャッチすると、美子に向かって鼻で押し返す。美子はまた、それをふーちゃんに返す。
 そんなふうにして、ふーちゃんと楽しく遊んでいるうちに、さっきまでの憂鬱な気分もずいぶん晴れたように、美子は思った。
                         ◎◎
 その夜、六時すぎに、宿舎のリビングのガラス戸の向こうに人影が映り、築山が、押し鮨を並べた大皿と、鍋を持って、宿舎にやって来た。鍋の中身は、三つ葉を散らした吸い物である。大皿には、薄く切ったかぶの漬物もそえてあった。
 美子と築山は、リビングで、テーブルを囲んだ。
 美子は、鱒の押し鮨をつまんだ。桜色の鱒の身が美しい。その上に、うすく透明なものがかぶさっている。築山が説明した。
「それは、白板昆布です。そのように、非常にうすいものでないと、押し鮨には合わないんですよ。それは、福井県の敦賀からとりよせたものです」
 築山が作る料理は、相変わらず美味しい。美子は、ほどよく酸味のきいた押し鮨を夢中で食べ続けた。ふーちゃんは、遊び疲れたのか、床の上で、うとうととしている。
 築山は美子に断って、テレビをつけた。六時のニュースが流れる。やがて、地元の話題のコーナーになった。
「さて、次のニュースです。仙台市霊屋下(おたまやした)、伊達政宗公の霊廟、瑞鳳殿があることで有名な経ヶ峰内の、手水所跡から、突然水が湧き出しているのを、今朝、管理人の方が発見しました。
 この手水所は、明治維新後、伊達家が、御廟の祭祀方法を、仏式から神式に変えた際に、湧き水を利用して造ったものでしたが、近年になって泉は枯れ、石組みだけが残っておりました。瑞鳳殿管理人の丹野さんが、今朝出勤して、この手水所跡に行ってみたところ、石組みの縁まで水がたまっていることを、見つけたということです」
 ここで、瑞鳳殿の管理人という男性が、手水所の前でインタビューを受けている映像が流れた。
『昨日までは、この泉は枯れていた、ということですか?』
 インタビュアーの質問に、作業着をつけた丹野が、答える。
『はい。私が昨日の夕方に、ここに来たときは、確かに水はありませんでした。ところが、今朝七時ころに、ここに来ると、このように、水がいっぱいにたまっていたのです』
 ここで、手水所がアップで映し出される。きれいな水が、石のふちからあふれんばかりにたたえられていた。
 美子は、体を乗り出した。
「本当だ。水がある。あたしが夕べ見たときも、枯れていたのに」
 インタビューが続く。
『誰かが、ここに水を汲み入れたとは、考えられませんか?』
『いや、それは、ないでしょう。この泉の底は砂地になっていますので、一時的に満杯にすることはできても、すぐにしみこんで水位が下がってしまうはずです。しかし、この水は、私が今朝見たときから、まったく減っていませんから』
『そうすると、やはり突然湧き水が復活した、ということですね。
ところで、この石組みには、普段、金網をかぶせていたとのことですが、今はないですね。これは、今朝、泉が湧いているのを発見してから、とり外されたんですか?』
 丹野の口が、急に重くなった。
『いいえ……。これは、たまたま昨日、用があってとり外しまして。それが、はあ、そのままになっております』
『今朝七時ころにご出勤されて、このことを知ったとのことでしたが、ずいぶん、早くにお仕事を始められるのですね』
『いや、いつもは、八時すぎに来るのですが、今朝はちょっと用事があって、早めに来たのです』
『突然、泉が湧き出したことについて、何か、心あたりはございますか?』
 丹野は、しばらく黙っていたが、やがて、首を振った。
『さあ、さっぱり、分かりません。しかし、世の中には、色々なことが起こるものですからね。その中には、私らには理由が分からないことも、たくさんあるでしょう』
『そのとおりですね。この泉は、今後瑞鳳殿としては、どうなさるおつもりですか』
『枯れていた泉がせっかく、また湧いてきてくれたのですから、私個人としては、再度、手水所として活用したいと考えております。実際には、仙台市の担当者とも相談しまして、水質調査などもおこなった上で、ということになると思いますが』
『そうなれば、ここ経ヶ峰の名所が、また一つ増えるということになって、大変楽しみですね。それでは、丹野さん、お忙しい中、大変にありがとうございました』
『こちらこそ、ありがとうございました』
 ここで、インタビューは終わり、スタジオのアナウンサーに映像が切り替わった。
 アナウンサーは、
「不思議なこともあるものですね」
と一言言って、次のニュースを読み上げ始めた。
 築山と美子は、顔を見合わせた。美子は、訊いた。
「これって、夕べの退魔に関係あるんですかね」
 築山は、ゆっくりと答えた。
「関係ないというほうが、おかしいでしょうね」
 そして、にっこりして、つけ加えた。
「枯れていた泉が、再び湧き出したというのは、あの場所が清浄になったという証拠ではないでしょうか。実は、今映っていた丹野さんも、そのことに気づいていたのだと思いますよ。ただ、それをテレビの前では言わなかっただけです。というのは、今回の宗勝の退魔を、実際に天満宮に依頼してきたのは、あの丹野さんだったからです」
 美子は、驚いた。
「えっ、そうなんですか?」
「はい。三週間ほど前から、経ヶ峰内に、幽霊騒ぎが続いていたのです。夜どころか、昼間にも、霊廟のあちこちに、得体の知れない霊が現れ、観光客の中にすら何人か、目撃者が出てきたということでした。瑞鳳殿は、仙台市の重要な観光地の一つですからね。変な噂がたっては困るということで、管理責任者の丹野さんが、龍一様に相談していたのです。
 ですから、夕べ、瑞鳳殿で退魔がおこなわれることも、事前に丹野さんは知っておりました。何せ、退魔の邪魔にならないように、丹野さんに、あの泉の金網をとり外すようお願いしておいたのは、ほかならぬ私ですからね」
「じゃあ、龍一は、丹野さんから頼まれたから、宗勝を退治しようと決めたんですか」
「いえ。龍一様は、いつかは宗勝を退魔するおつもりでいたと思います。ただ、その退魔には、美子様を関わらせてあげたいと思ってもいらしたので、実は、今の段階ではまだ、時期尚早と考えられていたようです。
 しかし、丹野さんから、一刻も早くという強い要望がありましたので、夕べと決められたのでしょう。しかし、結果は、美子様お一人で、立派にやり遂げられましたね」
 築山の声には、はっきりとした賞賛の響きがあったので、美子は恥ずかしくなった。
「一人でなんかじゃありません。龍一が天満宮で手伝ってくれたからです。あの雷神の力がなければ、宗勝を黄泉の国に戻すことはできなかったわ」
 築山は、声に力をこめて言った。
「美子様、自分に自信をおもちください。龍一様も、先ほどお出かけになる前に、私に言っておられました。美子様は、本当によくおやりになったと。ここに来るまでは、守護家のことも何も知らなかった美子様が、正式な秘文の修行もほとんどないまま、退魔にのぞんだのですからね。
 美子様は、あの祥蔵様すらかなわなかった宗勝に、一人で立ち向かい、見事退魔に成功したのですよ。しかも、この三百年間、土居家の管理下にあった飛月を、飛月の護持者である初子様から直接託された方でもあるのです。龍一様は、美子様には、祥蔵様に負けないような素晴らしい霊力が備わっているとおっしゃっていましたが、その言葉に間違いはなかったのです」
 美子は、築山の言葉を聞いて、素直に嬉しかった。さっきまでは、ややもすると、卑屈な思いにとらわれそうになっていたからだ。それで、築山に正直に話した。
「ありがとうございます、築山さん。実は、さっきまで、ちょっと自分に自信を失くしていたんです。龍一は何も言ってくれないし、テストは最悪だし……」
 築山は、笑った。
「テストの結果なんて、気にすることはないですよ。私の入学式でのスピーチを覚えておられますか。萩英学園のモットーは、多彩な能力を育てること。むしろ、普通のテストでは計れない才能を重視しているのです。
 人間には、どうしたって、向き不向きというものがあります。勉強が得意な人、スポーツが得意な人、そして、その中には、龍一様や美子様のように、特異な能力で社会に貢献する方もいるのです。
 それに、人は、自分の好きなことや、得意なもののためには、一生懸命勉強するものです。たとえば、学生時代に勉強が苦手だった野球選手も、大リーグにいくために、必死に勉強して、英語を身につけたりするじゃありませんか。
 私だって、高校にも行っていない無教養な人間ですが、庭師の仕事に必要とあらば、樹木に関する外国語で書かれた研究論文を、辞書を片手に読むことだってありますし、化学式をもとに、肥料の配合をすることだってありますよ。こうして身につけた知識というのは、なかなか忘れないものです。
 しかし、あんまり、学校の勉強なんて、どうでもいいなどというと、龍一様に怒られますな。龍一様は、何とか美子様に、普通の高校生活を送ってほしいと、思っておられるようですから」
「全然、普通じゃない龍一に、普通になれといわれたって、説得力がないわ」
 美子は、そう言って、築山と笑い合った。
 それから、築山が言った。
「そうそう、今回の退魔の報酬ですが、だいたい、二十万円くらいになると思います。これは、美子様の口座にお振りこみしますか、それとも現金でお渡ししますか」
 美子は、目を丸くした。
「えっ。でもあたし、二十万円ももらえません」
「美子様、これは正当な報酬なのですよ。美子様は、命をかけて宗勝を退魔したのですからね。それに、このお金を龍一様が出すわけではありません。今回の依頼人である『財団法人瑞鳳殿』が支払うのです。ですから、ちゃんと受けとっていただかないと」
 美子は、戸惑いながらも、言った。
「分かりました。では、口座に振りこんでください」
 築山は、にこりとした。
「かしこまりました」
                         ◎◎
 七時をすぎると、築山は庭師小屋に帰って行った。
「私は、今日は一晩中、隣におりますので。では、おやすみなさいませ」
「おやすみなさい」
 美子は、すっかり元気になって、ふーちゃんに呼びかけた。
「ふーちゃん、また遊ぼうか!」
 ふーちゃんは、待ってましたとばかりに、テーブルの上に飛び乗る。美子は、ピンポン玉を転がしながら、ふーちゃんの機敏な動きを見て、言った。金色の尻尾が右に左に揺れている。
「本当に、ふーちゃんは、前よりも大きくなったよね。尻尾も、ちょっと太くなったみたい。もしかして、もっともっと、大きくなるの?」
 大きくなったといっても、以前よりも一回りほど違うだけなのだが、もしかすると、ふーちゃんを携帯電話のストラップにできるのも、あともう少しの間のことなのかも知れない、と美子は思った。
「ふーちゃんは、何にも食べないのに、どうやって大きくなるんだろうね」
 美子は、訊ねてみたが、ふーちゃんは、目を意味ありげに光らせるだけで、何も答えなかった。
                         ◎◎
 あくる日、美子は少し寝坊して、十時ころに遅い朝食をとったあと、リビングのガラス戸を開けて、ぶらぶらと上社の境内へ出た。今日も、まぶしいほどの快晴だ。
 庭師小屋をのぞいてみたが、築山はいない。下の拝殿を見下ろしても、姿は見えなかった。
石段を途中まで下りて、駐車場を確認してみると、龍一のBMWはもちろん、築山のジープも停まっていなかった。
(築山さん、朝になったから帰っちゃったのかな)
 美子は、これからの長いゴールデンウィークを一人ですごすことを考えて、ちょっと気が滅入ったが、とりあえず、観たいと思っていた映画を見に行こうと、気持ちを切り替えた。
 リビングに戻り、
「ふーちゃん、出かけるよ」
と、携帯電話にくっついている、ふーちゃんに声をかけたが、ふーちゃんはまだぐっすり眠っていた。
 ふーちゃんをつけたまま、携帯電話をとり上げると、メールが二件届いていた。
 一つは、アカネからだった。
『美子、麻里、二人ともおはよう! なんと、このメールはオーストラリアから送っているのだ。ちゃんと届いているかな? さっき、ようやくシドニー国際空港に着いたばかりです。日本との時差はほとんどないので、こちらも朝。季節は逆で秋なんだって。でも、今のところ、あんまり違いが分からないな。また、報告のメールを送るね! では、また』
 アカネのメールには、シドニーの空港らしき写真が添付されている。あちらもいい天気のようだった。
 もう一つは、麻里だ。
『アカネからメールきた? 私は今、新幹線に乗ったところです。ゴールデンウィーク初日だからか、すごく混んでいます。教室でまとめて席をとっておいてくれたので、よかったけれど。いつもはレッスン場でしか、バイオリンを弾けないので、連休中は、思いっきり練習したいと思います。五日にまた会いましょう!』
 美子は、にっこりした。
(持つべきものは、友達だね)
 二人に返信すると、美子は鼻歌を歌いながら、天満宮を出た。
                         ◎◎
 美子が、映画を観て、昼食を食べたあと、天満宮に帰って来ると、築山が、庭師小屋の台所でぐつぐつとトマトソースを煮こんでいた。
 鍋の上から、ナイフでニンニクを削り落としている。築山は、美子に気づいて、顔を上げた。
「おかえりなさいませ。美子様」
「あれ、築山さんは、今日はお休みじゃないんですか?」
「ええ。これが終わったら、おいとまします。今朝ほど、龍一様から連絡がありまして、今日の夕方には、天満宮にお着きになるそうです。それで、私は明日いっぱいまで休んでよろしいとのことでした」
「そうですか。今日の夕方には、龍一が戻って来るんですね」
 美子は、ついつい、声がはずんだ。
「ただ、夕食は外でとるので、用意はいらないとおっしゃっておりましたが」
「龍一が外食?」
 美子は、ちょっとびっくりした。
「ええ。何でもお客様を一人連れて帰るから、その方のご接待があるとかで」
 美子は、龍一が、天満宮の外で食事をすることにも驚いたが、龍一が接待をするということに、さらに驚いた。
「お客って、京都から? 眞玉神社の宮司さんかしら」
「さあ……」
 築山もよく知らないようだった。
「しかし、その方は、しばらく仙台に滞在されるようです」
「ふーん」
 築山は、話をしながら、ソースに、バジルやセロリ、ベイリーフなどを投げ入れた。たちまち、小屋の中はハーブのいい匂いでいっぱいになった。築山は、説明する。
「ソースの具は、チキンと茄子にしました。少し多めに作りましたので、余りましたら、明日のお昼にもどうぞ。冷蔵庫に入れておけば、もちますので。パスタは、食料庫に何種類かストックがあります。くれぐれも、茹ですぎないように。時計などに任せないで、ご自分で一本食べてみて、アルデンテかどうか、確認なさってくださいよ」
 築山は、料理のこととなると、いつも少しむきになるのだった。美子は、
「分かりました」
と、素直にうなずいた。
「龍一様の明日の昼食は、すでに宮司舎の冷蔵庫に用意してありますので、気になさらなくて結構です。冷菜ばかりですがね。どうせ、龍一様は、パスタなど食べませんから。
 それから、明日のご夕食は『天兵衛』にうなぎを注文しておきましたが、よろしいですか」
 『天兵衛』は近くの割烹料理屋で、築山が休みのときによく出前を利用する店だ。天ぷらがメインだが、その他の料理もうまい。特にうなぎはいつもいいものを仕入れているのだ。そうして、天満宮は昔からの馴染みなので、無理がきく。
「天兵衛のうなぎは、本当に美味しいですものね」
「明日は来客日なので、美子様の分は夜七時ころ、龍一様の分は九時ころに持って来るようにいってあります。もし変更があれば、庭師小屋の電話帳に天兵衛の連絡先が書いてあるので、伝えてやってください」
 と、築山は事細かに美子に指示した。
 そして、トマトソースができ上がると、築山は美子に、
「ソースは、冷めてから、冷蔵庫に入れてくださいね」
と言い残して、ジープで自宅に帰って行った。
                         ◎◎
 美子は、昼食を食べたばかりなのに、でき上がったばかりのトマトソースの匂いをかいでいると、またもやお腹がすいてきそうなので、夕方までの時間を、宿舎の掃除をしてすごすことにした。
 まず、窓と床のふき掃除をする。途中で、庭師小屋に行き、ソースが冷めていることを確認して、冷蔵庫にしまう。それから、また宿舎に戻って、キッチンを磨き、風呂掃除を終えると、くたくたになった。
 汗ばんだ体をシャワーで流し、さっぱりする。リビングに戻ると、開け放した窓からは、夕方の涼しい風が流れこんできていた。日はだいぶ長くなったが、もうずいぶん傾いてきた。時計を見ると、六時すぎだった。
(もう、そろそろご飯にしようかな)
 美子がそう考えたとき、天満宮の駐車場に、車が入ってくる音がした。龍一のBMWのエンジン音である。
 間もなく、石段を上がる二つの足音が聞こえてきた。美子は、
(築山さんが言っていた、お客さんも一緒に来たんだ)
と思い、リビングの網戸越しに外をのぞいた。
 すると、次の瞬間、上社の入り口、鳥居の下に龍一と並んで立っている、女性の姿が目に入ったので、驚いて、立ちすくんでしまった。
 女性は、赤レンガ色の麻のワンピースを着て、髪をくるくると後ろでまとめている。うす化粧だが、遠目でもぱっと引きたつ、すごい美女だ。
 女性は、境内を眺めながら、ちょっと低めの柔らかくかすれた声で、言った。
「いやあ、ここは、全然変わらへんなあ。何年ぶりやろか」
 そうして、ふと、女性の目と、美子の目が合った。
 女性は、興奮した様子で、龍一に話しかけた。
「あ、龍ちゃん。あの子が、上木美子ちゃんやろ?」
 龍一が答える。龍一は、出かけたときとは違う、うす青色のシャツを着ていた。
「そうだ。美子、ちょっと出ておいで」
 龍一に言われ、美子は、呆然としたまま、リビングから外に出た。
 風が起こって、美子の濡れた髪を吹き上げる。女性が、ほつれた髪をかき上げた。その仕草が、ひどく艶っぽい。美子は、慌てて自分のぼさぼさになった髪を撫でつけた。
「はじめまして。私、菊水可南子(きくすい かなこ)と申します」
 可南子が、挨拶をする。関西弁のイントネーションだが、とても上品に聞こえた。
 美子はどぎまぎしながら、頭を下げた。
「は、はじめまして。上木美子です」
 可南子のそばに顔を近づけたとたん、何ともいえないいい匂いが、ふんわりと漂う。胸がきゅっとしめつけられるような、匂いだった。
 美子は、龍一の顔を窺った。
(この人が眞玉神社の宮司さん? 違うみたい。もしかして……)
 龍一が、美子の考えをよみとったように、可南子を紹介した。
「美子、この人は、眞玉神社宮司の、菊水秋男さんの一人娘、菊水可南子だ。私のいとこにあたる。ちょっと頼みごとがあって、京都から、仙台に来てもらったんだ」
「あ、いとこですか……」
 美子は、自分の口調の変化を感じとられないように、注意して、言った。
 可南子が、朗らかに言う。
「そうなんよ。私の母が、土居家の者やってん。私も昔は、よくこの天満宮に遊びに来たもんなんよ。龍ちゃんも、何回か京都に遊びに来たことがあったしな。最近は、とんとご無沙汰やったけど。
 それで、たまに来たかと思えば、突然、今から仙台に来いなんて、むちゃくちゃ言うしなあ。……私は、お客さんとの大事な用事があったんやのに」
 そう言って、可南子は、軽く龍一をにらんだ。龍一は平然と答えた。
「大事な用といっても、食べたり、飲んだりするだけだろ」
「あほ。それも、私の仕事なんや、て。そもそも、私に頼みごとをするんなら、まず一度くらい、お座敷に呼ぶというものが、すじやないの。それが、わざわざ屋形を通しておきながら、喫茶店に呼び出すなんて、失礼にもほどがあるわ」
「可南子の白塗りの顔を見るのに、金を払うような、馬鹿馬鹿しいことはしたくなかったのでね」
「言うたわね。これでも、祇園では売れっ子で通っているんやから」
 龍一が、美子のほうを向いて言った。
「こいつは、京都で芸妓をしているんだよ」
「げいこ? 舞妓さんみたいな人ですか?」
 可南子は、美子に、にっこりした。
「舞妓を卒業すると、芸妓になるんよ。美子ちゃんも、京都によったら、ぜひ祇園に遊びに来はってな。もちろん、そのときは私のおごりやから、安心しはってね」
 龍一が、呆れたように言う。
「おい、おい。美子を祇園に誘って、どうする気だ」
「あら、今は、女性も気軽にお茶屋遊びをする時代なんよ。美味しい料理と、洗練された芸を、純粋に楽しむスタイルが、流行っているんやから。龍ちゃんも、一度経験してみるといいんやわ」
「可南子。……お前、もしかすると、怒っているのか?」
 可南子は、きっと、龍一に向き直った。口からぽんぽんと言葉が飛び出す。
「あんた。さっきから私の様子を見ていて、分からへんのか。だいたいな、昨日は何の日やった思うてはるんや。都をどりの最終日やったやろ。そんなてんてこ舞いのときに呼び出すわ、連休初日から一週間仙台に来い言うわ……。ほんに、たまたま今年から都をどりの期間が連休前までと変更になったんでよかったけどなあ。去年までは三十日までやったから、そやったら、絶対ぬけられへんかったけどな。とはいえ、ゴールデンウィークをまるまるぬけるなんて、客商売の私らには、大変なことなんや。私はな、今日ここに来るのに、お客さんに謝り、屋形のおかあさんに謝り、おまけに間に入りはった喫茶店のマスターにまで謝って、ようやっと出て来たんよ。まあ、私は、全部お馴染みさんとの予定やったから、何とか連休明けに埋め合わせするゆうて、どうにか許してもろえましたけどな。ともかく、そこら辺、ようよう汲んでもらわれへんとなあ」
 龍一は、降参というように、両手を上げた。
「いや、悪かったよ。可南子は、本当に売れっ子だものな。ぬけるのも大変だったろう」
 可南子は、まだつんとして言う。
「私やから、無理がきいたんやで」
「恩にきるよ」
「分かってくれれば、ええんや」
「だから、前々から、可南子が行きたいと言っていた、仙台で一番の料亭に、これから連れて行くから」
「ほんまか?」
 可南子は、とみに機嫌が直ったふうに、にっこりした。
「ああ、本当だ」
 そうして、龍一は、美子に言った。
「そういうわけで、悪いが、美子。タクシーを一台呼んでくれないか。立町の『八重樫』までだ。二十分後でいいだろう」
「分かったわ」
 美子が、庭師小屋の電話から、タクシー会社に連絡をして戻ると、龍一が言った。
「詳しいことは、あとから話すが、これから一週間、ここに可南子が滞在することになる。できれば、美子と一緒に宿舎に寝泊りさせてやってくれないかな」
 美子は、可南子を見た。
「あたしは、全然構わないですが」
 可南子は、くったくない調子で言った。
「ほんま? よかった。美子ちゃん、よろしゅうお願いしますね」
 美子も、何だか嬉しくなって、微笑んだ。もう、可南子を大好きになっていた。
「じゃあ、とりあえず、可南子の荷物を宿舎に置かせてやってくれ」
「うん。可南子さん、こちらです」
 美子が可南子と一緒に宿舎に歩き出すと、龍一も自分のかばんを持って宮司舎に向かって行った。
                         ◎◎
 可南子は慣れた様子で、宿舎のリビングから、中に入った。
 そして、床に白い皮製の大きな旅行かばんを置くと、室内を見わたして、感心したように言った。
「いやあ、ずいぶん洒落た感じに模様替えしはったなあ。前と同じ建物とは思われへんわ」
「築山さんの娘さんが全部やってくれたんです。ここはリビングにしていて、今は、玄関わきの部屋を寝室にしています。可南子さんは、何回もここに入ったことがあるんですか?」
 可南子は、リビングの椅子に腰をかけると、美子に断って、たばこに火をつけた。
「そうやねえ。何回も、ゆうほどのことはないけどなあ。前は、なんも置いていない、殺風景な部屋やったんよ。そういや、築山さんは、まだいてはる? 姿が見えないようやけど」
「築山さんは、明日までお休みです。さっきまでいたんですけど」
 可南子は、品良くふっと煙を吹き出した。
「なら、あさってには、会えるね。久しぶりなんで、楽しみやわ。子供のころは、よく一緒に遊んでもろうたからなあ。
 ……ところで、美子ちゃん」
 可南子が、あらたまった口調になったので、美子は、ちょっと緊張した。
「何ですか」
「私、いったい、いくつに見える?」
と、可南子が真剣な顔をして訊くので、美子は、目をぱちくりさせた。
「え。可南子さんの年ですか?」
「そうや。正直なとこを、聞かせてくれへん」
 それで、美子は、まじまじと、可南子のことを眺めた。
 目は奥二重で、目尻はきりりと上がっており、顔の輪郭は卵型。見れば見るほど、滅多にない美人である。肌はぬけるように白くしっとりとしていて、特に首すじがすんなりとのびているのが、美しい。たばこをはさむほっそりした指の先の爪は、丁寧に磨かれていて、真珠色のマニキュアが控えめに塗られていた。
「二十二歳くらいですか」
 美子が恐る恐る答えると、可南子の顔がぱっと輝いた。
「ビンゴ! 美子ちゃん、あんたが初めてや。私の年齢をいっぺんで答えられたのは」
「あ……、そうなんですか?」
「そうなんよ。私は、いつももっと上にみられるんや。ま、あと三ヶ月ちょっとで二十三になるんやけど。ある時なんか、三十五歳ですか、なんて。ほんまに、失礼しちゃうわ。初めて会う芸妓さんには、たいてい敬語を使われるしね。
 何や、この世界にも、相当長くいるように思われているようやしなあ。ほんまは舞妓のときから数えても、五年くらいしかおらんのやけど」
「でも、五年というと、十代のころから、やっていらっしゃるんですか」
 可南子は、皮製の携帯灰皿に、たばこの吸い殻をぽんと入れると、今度はレモン・タブレットを口に入れた。
「十七のころからやけどな。舞妓としては、そう早いスタートでもないんよ。中学を卒業してすぐになる子も多いし。
 私は、初めはあまり興味がなかったんやけど、私の母の知り合いが、たまたま屋形、つまりは花街の置屋の女将さんでね。私を熱心に誘ってくれはったんよ。高校に通いながら、アルバイト感覚でいいから、と言わはるんで、まあ、始めてみたわけなんや。
 そうして、気がつけば、すっかり花街に馴染んでしもうたんやなあ。やっぱり、性に合っていたのかも知れへんな。女将さんは、そこを見ぬきはったんやろね」
 美子は、可南子がいる、遠く華やかな世界のことを考えて、うっとりとした。
 そこへ、リビングのガラス戸を叩く音がして、龍一が顔をのぞかせた。
「おい、準備はいいか」
 龍一は、藍色のネクタイをしめ、同じ色合いのうす手のジャケットをはおっていた。
 可南子は旅行かばんと一緒に持っていた、小ぶりのバックを手にとると、
「いつでも、ええよ。じゃあ、美子ちゃん。これから一週間、よろしくね」
と言って、リビングのガラス戸を開けて、外に出て行った。
「いってらっしゃい」
 美子は、敷居まで立って行き、二人を見送った。
 可南子は、美子に手を振ったあと、龍一と一緒に歩いて行く。すらりとした可南子は、背の高い龍一と並んでも、ちょうどいい釣り合いだった。
 二人の会話が遠ざかりながら聞こえる。
「可南子。お前、たばこを吸ったな」
「あら、ばれた?」
「今日は、最初から飛ばして飲むなよ」
「何で? 龍ちゃんのおごりなんちゃうん?」
「八重樫に、椿さんもあとから来るからな」
「いや、ご冗談!」
「本当だよ。だから、あんまり羽目をはずすなよ」
「私、あの人苦手やのに……」
 二人の姿が見えなくなると、美子は、ほっとため息をついて、ガラス戸を閉めた。
 そうして、パスタを茹でる準備をしながら、これからのゴールデンウィークが、急にわくわくしたものになったような気がした。
                         ◎◎
 それから四時間後、リビングでテレビを観ていると、上社の玉砂利を歩く靴音が聞こえたので、美子は、ガラス戸を開けてみた。
 龍一が、いた。
「あれ、可南子さんは?」
 龍一は立ちどまって、ネクタイを緩めながら言った。
「なんだ、まだ起きていたのか。
 可南子は、多分遅くなると思うから、先に寝ていていいぞ。どこか、鍵を開けておいてやってくれ」
「いつも鍵なんか、かけないから、それはいいけど。
 でも、龍一、可南子さんを一人にして、帰って来ちゃったの?」
 龍一は、面白そうに口もとをほころばせた。
「いや、しかるべきお人に引き継いで来たのさ。じゃあ、おやすみ」
 そうして、龍一は、宮司舎に帰って行った。
 美子は、テレビを観終わると、リビングのテーブルの上に可南子へのメッセージ(『可南子さん、おかえりなさい。布団は玄関わきの部屋に敷いてあります』)を置くと、寝室に可南子の分の布団を、自分のものと並べて敷き、龍一に言われたとおり、先に寝ることにした。
                         ◎◎
 数時間後、美子は夢うつつに、リビングのガラス戸が、がたがたと鳴りながら開き、その後、あちらこちらにぶつかりながら歩く人の足音を聞いた。
 ひとしきり、ごそごそという物音、キッチンで水を使う音などが続いたあと、美子が寝ている部屋の戸が開いて、可南子らしき人影が、ばったりと布団に倒れこんだ。
 美子が起き上がって時間を確認してみると、朝の四時だった。可南子は、パジャマにこそ着替えていたが、布団をかけないまま眠りこんでいので、美子は、そっと上から布団をかけてやり、また横になった。
 隣の可南子が、むにゃむにゃと寝言を言った。美子には、それが、
「龍一の、あほんだらー」
と言っているように聞こえた。
                         ◎◎
 朝七時に起きた時も、可南子はぐっすりと眠っていたので、美子は、可南子を起こさないよう、そっと寝室を出た。
 朝食後、外に出てみると、宮司舎は雨戸が閉められ、ひっそりとしている。龍一は、夕べ帰ってから、いつものように本殿で霊場視を明け方までおこなったあと、今は休んでいるのだろう。
 美子は、築山がいない日はいつもするように、庭師小屋のわきの畑に、ポンプで汲んだ水をまいたり、拝殿や上社の掃除をしたり、した。
 昼に、美子が宿舎のキッチンで、昨日の残りのトマトソースを温め直していると、可南子がぼさぼさの髪をして現れた。
「美子ちゃん。悪いんやけど、水を一杯もらえへんかな?」
 美子は、急いで水を汲んで、可南子に渡した。可南子はそれをいっきに飲み干すと、テーブルの上に投げ出してあったバックから、くしゃくしゃのたばこの箱をとり出して、たばこに火をつけた。
 そして、椅子によりかかって座ると、訊いた。
「私、昨日、何時ころ帰って来た?」
 美子は、可南子にもう一杯水を汲んで渡しながら、
「確か、朝の四時ころでしたよ」
と答えた。可南子は、眉をひそめて考えるふうだったが、
「あー。後ろのほうの記憶があらへんわ。二軒目までは覚えているんやけど」
と言って、そのあと、
「久しぶりに飲みすぎてもうたわ。それもこれも、あの男のせいや」
と、ぶつぶつつぶやいた。美子が、
「あの男?」
と思わず訊くと、可南子は、むっとした顔で、
「そうや、龍ちゃんのせいや。あいつは、ほんま、ずるい男や」
と言う。美子は、可南子が寝言で、『龍一の、あほんだらー』と言っていたことを思い出した。
「龍一が、何かしたんですか? 龍一は、可南子さんよりもずっと早く帰って来ましたけど」
 可南子は、たばこを持った手をひらひらとさせた。煙が怒ったような軌道を描く。
「そうやろ。あいつは私に椿ばあさんを押しつけて、さっさと先に帰りよったんよ。おかげで私は、一人でばあさんの相手をさせられて、それで、ついついやけ酒を飲んでしまったんや」
「椿ばあさん?」
「土居家の長老みたいなお人でな。もう、八十はとうに越してるんちゃうんやろか。それなのに、煙管は、すぱすぱ吸うわ、酒は飲むわ、その合間に説教はするわ。まったく元気なもんや。こっちは、その間、料理やお酒の味を楽しむどころやない。
 それを、よる夜中までやられてみなはれ。そのあと、やけ酒の一つも飲みたくなるやろ?」
「はあー。大変でしたね」
「龍ちゃんは、要領がいいからなあ。しばらくすると、『私は霊場視をしに帰らなくてはいけませんから』なんてゆうて、途中でぬけよったんよ。椿ばあさんも、『土居家当主たる者、そうでなくはいけません』と言わはるし。
 私もその時一緒に出ようと思ったんやけどなあ、失敗してしもうたんよ」
 そのあと、可南子は、くんくんと鼻を動かした。
「それはそうと、何やいい匂いがせえへん?」
「あ、今からトマトスパゲッティを作ろうと思っていたんですが、可南子さんも食べますか?」
 可南子は、とたんに嬉しそうな顔になって、言った。
「トマトスパ? 私、大好き! そんなら、少しもらおうかなあ」
 そこで、美子は、すでに沸かしてあったお湯の中に二人分のスパゲッティを投げこみ、可南子の分も茹でてやった。
 可南子は、とても美味しそうにスパゲッティを食べた。
「ああ、美味しい。二日酔いも治る感じやわあ。このソースは美子ちゃんが作ったん?」
「まさか。築山さんが昨日作っておいてくれたんです」
「そうか。相変わらず、築山さんは、料理上手なんやねえ。でも、このスパゲッティの茹で加減も大したもんよ」
 美子は、にっこりした。
「ありがとうございます。築山さんに教えられましたから」
「なるほどな。いや、ほんまのとこ、築山さんがおらへんかったら、この天満宮も、どうなっているやら、分からんものなあ。龍ちゃん一人に任せておいたら、一週間で、ここはむちゃくちゃやろ」
「そうでしょうか」
 美子の慎重な口ぶりに、可南子が断言するように言った。
「そうや、て。あの男は、お金の計算もろくろくでけへん、放っておいたら、いつまでも、なんも食べへん。こんなんでは、美子ちゃん、あんたの面倒かて、みれるわけないやろ。実際的なことを、みーんな、築山さんがやってくれはるから、あんたを引きとるなんてゆうことができたんや。
 まったく、あれほど浮世離れしている人間も、今どきおらへんよ。しかし、世の中、霞ばかりを食べて生きていくわけにもいかんしな。誰かがこうして、スパゲッティの茹で方にまで、気を配らな、あかんのや」
 可南子は、そう言って、最後のスパゲッティを、ぱくりと口に入れた。美子は、可南子の辛らつな龍一評に、笑った。しかし、確かに、一々あたっているのだった。
 可南子は、伸びをした。
「ごちそうさん。あーあ。お腹いっぱいになったら、またねむなったわ。美子ちゃん、悪いけど、あと一時間だけ、寝かせてもらえへんかな」
「どうぞ、どうぞ」
「なんか、申しわけないな。でも、昨日は長距離の移動やったし、疲れたわ。
 ほんなら、ちょっとだけ失礼しますよって、おやすみ」
 可南子は、あくびをしながら、ぺたぺたと素足の足音をさせて、寝室へと戻って行った。
 美子は、二人分の皿を洗って、片づけながら、そばのふーちゃんに、話しかけた。
「可南子さんて、面白いよね。あたし、大好きだな。ふーちゃんは?」
 ふーちゃんは、目をくりくりさせて、尻尾を回す。
「そっか。ふーちゃんも好きなんだね!」
                         ◎◎
 一時間経っても、案の定、可南子は起きて来なかった。
 夕方の四時近くになると、美子は、庭師小屋の中にいるようにした。今日の四時に、龍一への霊視の依頼客が来る予定になっている。築山がいないときは、美子が客を宮司舎に案内する役目になっていた。
 四時少しすぎに庭師小屋の黒電話が鳴った。美子が出ると、天満宮に着いたという、客からの連絡だった。
 美子は、拝殿のそばで待つように言うと、急いで庭師小屋を出た。
 駐車場と拝殿との間、そして拝殿と上社への石段との間にある、朱色の木の扉は、龍一か、築山か、美子が開けてやらないと、客は通ることができない。鍵もかんぬきもかかっていないのに、どうしてそうなっているのか、美子には、いまだにその仕組みは分からないが、これも龍一が躑躅岡天満宮につくった結界の効果の一つなのだろうと、思っていた。
 拝殿裏の扉を開けて、下社の境内に出る。
 スーツを着た二人の男が、きょろきょろとあたりを見回しながら、拝殿と駐車場との間の板塀近くに立っていた。
だいぶ白いものがまじったくしゃくしゃとした髪型をした中年男性と、まだ三十代と思われる青年だ。両方とも、白いワイシャツに、きちんとネクタイをしめているが、スーツは安物のようだった。靴は、二人とも、ひどくくたびれている。
「東京から来た、平本です」
 美子に気づいた中年男性が名のったが、出てきた美子の姿を見て、明らかに戸惑った様子だった。
 美子は、確認した。
「そちらの方は?」
「連れの池川です。あの、ここは躑躅岡天満宮でよろしいんですよね。築山さんは、どうしました? 昨日、お電話に出た方ですが」
「築山は、本日お休みをいただいておりますので、あたしが代わりにお通しすることになっています。どうぞ、こちらです」
 平本と池川は、不審そうに顔を見合わせたが、美子にうながされて拝殿の裏に回り、扉の中に入った。二人とも、ぱんぱんにふくらんだ黒い書類かばんを下げている。
 客たちは、拝殿の裏に、もう一つの朱色の扉があり、その先にさらに石段が続いていることに、ちょっと驚いた様子だった。
 美子の後ろから、男たちのささやき声が聞こえてきた。若いほうが、言った。
「平本さん。本当にこんなところに頼んで大丈夫なんですか。そもそも、経費は本当に出るんですか?」
「経費のことは心配いらない。決済済みだ。私も来るのは初めてだが、前の課長からの引継ぎだからな。正直、私だって半信半疑だよ。しかし上はみな承知しとるらしい。まあ、最後の手段というやつだな」
「しかし、こんなことに、税金を使っていいんですかね」
「しいっ。声が大きいぞ」
「あ、すみません」
 美子は、刑事か、税務署の人間だな、と思った。
 美子が天満宮に来てから、約一ヶ月の間にも、役所関係者と思われる人間が、何人か、龍一に霊視をしてもらいにやって来ていた。築山によれば、警察が迷宮入りとなった事件の手がかりをつかむために依頼をしてくることもあれば、国税庁が、巨額脱税の裏づけをとりたい場合に密かに訪れることもあるという。ただし、龍一は、政治家からの依頼は断っていた。
 宮司舎の、玄関から入ってすぐ次の間は八畳ほどの和室で、そこが、いつも客を通す部屋となっている。
 美子は、二人の客にお茶を出したあと、廊下に出て、書斎の前に立ち、龍一を呼んだ。
 龍一は書斎の中にいたらしく、すぐに出て来た。
「お客様が来たわ」
 龍一は、いつもの装束姿に着替えていた。
「よし、今行く」
 そうして、ちょっと、首をかしげて考えてから、言った。
「今日の客は、それほど時間はかからないだろう。美子、今晩の夕食はどうなっている?」
 龍一が、食事の心配をするのを聞いたのは初めてだったので、美子は、少しびっくりしながら、答えた。
「築山さんが昨日のうちに、天兵衛にうなぎを注文してくれているわ。私の分は、七時ころ、龍一の分は、ええと、九時ころに持って来るようになっていたと思う」
「そうか。では、私の分も七時でいいと、言っておいてくれ。それから、可南子の分も追加で同じ時間に持って来るようにと。……可南子は、まだ寝ているのか?」
「うん。昼に一度起きて来たけど、また寝ちゃった」
 龍一は、ちょっと笑った。
「昨日はずいぶん疲れただろうからな。もう少し寝かせてやれ。それで、七時になったら、客間に、可南子を連れて来てくれ。三人で食事をしよう。二人に話があるんだ」
「わ、分かった」
 美子は、目をみはりながら、答えた。宮司舎で龍一と一緒に食事をとることなど、初めてのことだったからだ。
(話って、何だろう)
 美子は、宮司舎を出て、庭師小屋に電話をかけに戻りながら、考えた。しかし、間違いなく、龍一がわざわざ京都から可南子を連れて来た理由が、そこで分かるだろうと思った。

六 『道祖神』
                         ◎◎
 午後七時、天兵衛の、いつもの元気のいい店員が、三人分のうなぎを宮司舎の客間に運んで来てくれた。
 龍一、可南子、美子は、うなぎが並んだ座卓を囲んで座った。龍一は、装束から、普段着の麻の着物に着替えていた。可南子は、ざっくりとしたサマーセーターを着、長い足を黒いジーンズで包んでいる。二人とも、酒は断った。
 可南子は、美子が淹れたお茶を美味しそうにすすったあと、さっそく、うなぎの白焼きに箸をつけながら、言った。
「まったく、龍ちゃんのせいで、昨日はえらい目におうたわ」
「二日酔いは、私のせいじゃ、ないだろう?」
「いーや。ほとんど、あんたのせいや。龍ちゃんが帰ったあと、私がどうなったと思う?」
「さあね」
 龍一は、肝吸いを一口飲みながら、言った。口もとには、可南子と話すときに、いつも浮かぶおかしそうな笑みが漂っている。
 可南子は、二日酔いとは思えない勢いで、白焼きを片づけながら、話し続ける。
「なんと、椿ばあさんの北山の家まで連れて行かれたんよ!」
「そうなのか?」
「そうなんや。あんたに見せたいものがある、ゆうてな。それが、何のことはない、土居家の代々の家系図やら、古文書やら、かび臭いもんばかりでな。それを私に見せながら、もう三時間ばかり、土居家の歴史やら、土居家の者としての心構えやら、滔滔と演説や。こっちは、その間中、酒も飲まんと正座しとるんよ。
 私は、土居家の人間じゃない、菊水家の人間や、ゆうても、龍一には、まだ跡とりがおらんのやから、龍一に万が一のことがあったら、土居家を継ぐのは、可南子だ、と言わはる。私は、菊水の一人娘やから、土居の前に、まず、眞玉神社を継がなあかんゆうても、眞玉神社なんて、普段は誰もおらん、荒れ神社やないか、そんなもん、継がんでいい、やて。ま、これは、あながちあたっていなくもないけどな」
「それは、大変だったな」
「ようやっと、解放されたんは、もう十二時も回ろうというころや。そのまま、ただ天満宮に帰るのも、あほらしいから、タクシーで国分町に出て、二、三軒はしごして、帰って来たんよ」
「そうか。まあ、その分の飲み代は出すよ」
 可南子は、ふん、と鼻を鳴らした。
「ご心配なく。ちゃんと全部天満宮につけておきました」
 龍一は、楽しそうに笑い声をあげた。
「それは、請求書が回ってくるのが楽しみだな。まあ、可南子は大変だっただろうけど、今回、可南子を連れて来るように言ったのは、椿さんだったのだから、八重樫にも呼ばないわけにはいかなかったんだ。勘弁してくれ」
 可南子は、顔を真顔に戻すと、龍一に訊き返した。
「そういや、私がここに連れて来られた理由を、ちゃんと説明してもらっていなかったな。私に天満宮でしてもらいたいことというのは、いったい何なん?」
 龍一は、ちょっと居住まいを正すと、ひと呼吸おいたあと、話し始めた。
「ここ三週間ばかり、東北の各地にある道祖神のいくつかが、何者かによって破壊されるということが続いている。破壊された道祖神のほとんどが、古くからあるもので、すべて、土居家が、守護家とともに作り上げてきた東北の結界に関係している、重要なものばかりだ」
 美子が、訊いた。
「道祖神って、何なの?」
 龍一が、美子に説明する。
「境界を護る、神のことだよ。昔から、外からの災いが侵入して来るのを防ぐために、集落の堺や、道の辻におかれてきたんだ。塞(さえ)の神などともいったりする。
 道ばたに置かれている石碑や石像を見たことがないかい? あるいは、地蔵菩薩の像を? あれらはみんな、道祖神から変化したものなんだ。道祖神の形は色々だが、木や石で作られていることが多く、その働きの根本たるものは、外からの敵を防ぎ、内を護ることだ。
 土居家は、数百年かけて、この道祖神を利用して、東北の結界を作り上げてきたんだ。この結界の力により、東北の地以外からは、大きな怨霊はそうそう入りこむことはできないし、結界内では、土居家や守護家の霊力はより高まる。また、竜泉による霊場視も、結界内では、より隅々までいきわたっておこなうことができるんだ」
 美子は、急に思い出した。
「そういえば、涌谷に『道祖神』という地名があったわ!」
 龍一が、にっこりした。
「そう、あそこは、涌谷の地における、重要な結界のポイントだ。そして、まさにその地名の場所に、実際に道祖神もおかれてある。しかし今回、そこの道祖神は、幸い破壊を免れていたけれどね。
 東北中に道祖神と呼ばれる造物は何百とあるが、土居家が結界のために利用しているものは、そのほんの一部だ。この結界を作り出している道祖神を管理し、維持していくことも、私やほかの守護者たちの重要な役目の一つなんだよ。
 そして、この結界の、東北と関東との境界が、白河の鬼越道と呼ばれるところで、当然そこは、我々にとって非常に重要な場所となっている。そこで、その地は、単に道祖神をおくだけではなく、守護家そのものをおいている。
 すなわち、中ノ目家がそれで、鬼越道のすぐ手前にある南湖神社を本拠地としている」
 可南子が、口をはさんだ。
「中ノ目か。前々から不思議やったんやけど、なんで、白河のような大事な場所を、中ノ目なんかに任しとるん? 中ノ目家のもんは、こういっちゃなんやけど、代々たいした霊力ももたん、小粒ぞろいや、聞いてるし。今の当主の隆士も、二、三年前に会ったことがあるけれど、にきび面の冴えない若者やったしな。
 土居家が、白河にいたらいいんやないの」
 龍一は、苦笑をした。
「確かに、可南子の言うとおり、中ノ目家の霊力は、そう大きくない。しかし、中ノ目に白河を任せているのは、理由がなくもないんだ。
 そもそも、土居家がここ躑躅岡の地を本拠地と定めたあと、各守護家達もそれぞれの守護地にようやく落ち着いたのは、今から約五百年前だが、そのころの日本は戦国時代の真っ只中だった。土地も人心も荒れ、国はあってなきが如し、庶民は上から租税をとられるばかりで、誰かから守ってもらえる保証はまったくなく、いつ侵略者に土地や命をとられるか分からない状態だった。
 そしてそれは、武力も領土ももたない、土居家やそのほかの守護家たちにとっても、同様だった。いや、むしろ、ヒタカミという、大和朝廷の仇敵の流れを汲む者たちだからこそ、為政者に見つかれば、即、命をとられてしまうという、より大きな危険に、常にさらされていたんだ。だから、彼らは、守護地に落ち着いたというより、隠れる場所をようやくみつけた、といったほうがいいのかも知れない。
 守護家のうち、初島家は、ヒタカミの根拠地であった津軽に残った。
 沢見家は北上に拠を構えた。北上は、大和朝廷とヒタカミが最後まで争った地域で、そのころでも、民衆の間にヒタカミの記憶が根強く残っていた。
 出羽は、もともと蜂谷家の出身地だ。蜂谷家は、戦乱の間は、出羽のより山深くに隠れた。
 これら三つの守護家は、ヒタカミという国が存在するときからの、国臣だったのだが、中ノ目家は違う。中ノ目の初代は、ヒタカミが瓦解したあと、土居家がその落ち着き先を求めて東北中を彷徨っている際に、土居家に従うようになった者なんだ。その出自は、会津あたりから焼け出されてきた農民だったらしい。それを土居家に助けられたというのが、きっかけのようだ。
 しかし、なかなかの霊力を秘めた者だったらしく、何よりも、とても忠誠心の厚い人物だったので、当時の土居家当主が、部下に加えることを決め、この時に中ノ目という苗字も与えたといわれている。
 中ノ目家は、しばらくの間、躑躅岡の地に土居家とともにいたが、そのうちに、中央で始まった戦乱が東北にも波及してきて、日本国中が戦火の渦の中に巻きこまれていった。
 土居家の当主は嘆いた。かつて、神に嘉されたヒタカミの美しい国の姿は、もうどこにもなかった。
 土居家には、竜泉がある。しかし、それだけだった。竜泉で霊場視をおこなうと、清いものは少なくなり、逆に穢れがこの地をおおってきているのが分かった。穢れがあまりに多すぎて、土居家の力だけでは、すべてを清めることなど、とうていできなかった。
 ほかの守護家の力を借りたかったが、戦乱が始まるとともに、各地との連絡手段は失われていた。土居家は、竜泉の霊場視により、離れた守護者たちのだいたいの居場所は、感じることができたが、お互いの意思疎通をすることまでは穢れに阻まれ、できなかった。
 このとき、土居家では、穢れを一つ一つ祓うのではなく、東北中に結界をはり、全守護家の力を合わせることによって、この地全体の魂の力を強め、これにより自然の浄化作用を高めることを、考えていた。それには、この土居家からの、結界を作るという指示を、誰かが戦火をくぐりぬけて、各守護家のもとに届けなくてはならない。
 この役目を買って出たのが、中ノ目家だった。中ノ目家は、多くの犠牲を払って、これをやり遂げた。こうして、東北全体に、土居家と守護家達の結界が徐々に作られていった。
 そして、最後に残ったのが、白河の地だ。
 戦国時代の白河は、佐竹氏と芦名氏がその領土をめぐって激しく争い、そこに小田原の北条氏や米沢の伊達氏が介入するなど、混乱の最中にあったが、東北と関東との堺であるこの地に結界を築かなければ、まさに画竜点睛を欠くことになってしまう。
 土居家は、当初、自らこの地に赴くことも考えたが、やはり竜泉を擁する躑躅岡から離れることはできない。結局、中ノ目家が白河に行くこととなった。そして、中ノ目家は、白河の地に住まうことで、自らを結界の一部とし、土居家の結界を完成させたんだ。
 中ノ目が白河にいる理由というのは、こういったことだ」
 可南子は、感心したように、息をついた。
「はあー。人に歴史ありとは、このことやな。あの、ぼーっとした隆士にも、そういう血が流れていたんやな。まあ、私が会った時には、中ノ目家を継いだばかりで、まだ慣れていなかったのかも知れんしね」
 龍一は、とりなすように言った。
「そうだな。隆士も、このごろではずいぶんしっかりしてきたと思う」
「そうか」
「が、ここ二週間は、隆士と連絡がとれないんだ」
「どないしたん」
「風邪をこじらせたらしい」
「なんや、そんなことか。相変わらず、ドジなやっちゃな」
 龍一は、黙っていた。
 美子は、ご飯と鰻が盛られた器に、温かい出し汁を回しかけて、三人分のうなぎ茶漬けを作った。可南子は、喜んでそれを食べ出した。
「仙台で、こんな美味しいうなぎを出す店があったなんて、知らんかったわ」
 美子が、龍一を見ると、茶漬けには手を出さず、腕組みをして、じっと考えごとをしている。
 可南子は、目を上げると、はきはきとした口調で言った。
「龍ちゃん、さっさと話を進めなはれ。隆士と連絡がとれんのは、あいつの風邪のせいばかりでもないんやろ?」
 龍一は、目を光らせた。
「よく分かったな、可南子」
 可南子は、ぱちりと箸を置いた。
「あんたは昔から、余計なことは言わん。むしろ、必要なことも、なかなか、ようしゃべらん子やった。
 あんたが、中ノ目家の歴史やら、隆士の風邪のことやらを話したということは、さっき言った、道祖神が何者かに壊されているゆうことに、中ノ目家が何らかのかたちで関係しているということなんやろ? そして、とどのつまりは、私がここに呼ばれた理由も、そのこととつながりがあることくらいは、分かるんや。
 さ、私は京での自分の仕事を放り投げて来たんは、椿ばあさんと酒飲んだり、うなぎを食べたりするためやない。私にやって欲しいということは、いったい何なんや?」
 龍一は、考えがまとまったかのように、きっぱりとした様子で、話をし出した。
「よし。実は、三日前、ある男から、私に電話がかかってきた。その男は、葦原と名のった。
 葦原は、東北中の道祖神は、自分が中ノ目隆士を操って、壊させたのだと言った」
 思いがけない話に、可南子と美子は、思わず互いに顔を見合わせた。
 龍一が、続ける。
「葦原の目的は、土居家がヒタカミから伝えられた、霊鏡だという。
 その霊鏡を渡さなければ、隆士を殺し、白河の結界を破って、関東中の霊を黄泉から呼び出し、それら黄泉鬼とともに、東北に侵略して、力ずくでも、霊鏡を奪いとると脅迫してきた。
 私は、葦原の霊気を感じとることができたが、それだけのことができるくらい、恐ろしく強力なものだった。そして、やつは、脅迫するだけではなく、言ったことを本当に実行するだろうとも、思った。
 私は、とりあえず、来月の二十五日の真夜中に、白河の南湖でやつと会う約束をした。
 可南子には、その日、その時間に、躑躅岡天満宮にいて、稲荷大神秘文を唱えていてほしいんだ。
 というのは、葦原との話の流れ次第では、葦原とその黄泉鬼たちに対して、雷神を使う必要が出てくるかも知れない。それで、満月の晩を選んだのだが、それでも天満宮にいるときよりは、私の秘文の力は弱まってしまう。
 だが、もしもう一人、この天満宮で、稲荷大神秘文を私と時を同じくして唱え、私を補佐してくれる者がいたら、雷神の力を強めることができるはずだ。
 しかし、雷神を呼ぶことができるような強い稲荷大神秘文を唱えることができる者は、今のところ、私のほかには、土居家の中にも、守護家の中にもいない。
 そこで、一昨日の朝、椿さんの家に行って、相談して来たんだ。そうしたら、椿さんは、可南子に頼むのがいいとおっしゃった。可南子なら、稲荷大神秘文は知っているし、少し練習すれば、雷神を呼べるようにならないにしても、私の助けになるくらいの力を出すことはできるようになるだろう、というのだ。
 そこで、私は急遽、京都に行って、少し強引だったが、可南子に仙台に来てもらったんだ。
 椿さんが、可南子に、土居家の者としての心構えなんかを話したのも、私からそういう相談を受けていたからだと思うよ。何故なら、稲荷大神秘文で雷神を呼ぶことができるということは、本来、代々の土居家当主にのみ、明かされてきた秘密とされているからね。
 それに、私は、その場合、竜泉の使い方も教えたいと話していたんだ。遠く離れた白河の地にいる、私に対して、秘文の力を送るためには、どうしても竜泉で私の霊気を感じながら、秘文を唱えてもらう必要があるからだ。そして、竜泉での霊場視は、まさに土居家当主にのみ許されてきたことだからね。
 それで、土居家の長老格である、椿さんに、私以外の者に霊場視の方法を伝えることの許可を求めたんだ。椿さんも、可南子なら、いいだろうと了承してくださった。
 だから、可南子には、稲荷大神秘文とともに、竜泉で霊場視をする練習を、今夜から一週間、本殿でしてほしいんだ。
そして、悪いが、五月二十五日にもう一度仙台に来て、私がいない間の天満宮を守ってもらうとともに、私が葦原と会っている時間帯には、竜泉の前で稲荷大神秘文を唱えていてもらいたい」
 可南子は、眉をよせて、しばらく黙りこくっていた。美子も、もちろん口を出さない。
 可南子は、ようやく口を開いた。
「龍ちゃんが、私にやってほしいという内容は、分かった。私にどこまでやれるかどうかは、分からんけど、私の力が必要というなら、できる限りの手伝いをさせてもらいます。
 しかし、ほかは分からんことだらけや。
 まず、葦原という男とは、いったい何者なん? 龍ちゃんに、心当たりはあるんか?」
 龍一は、静かに首を振った。
「いや。その正体をみ極めるためにも、直接会う約束をしたんだ。
ただ、次に会う時までの間、隆士を使って道祖神の破壊をすることはやめるようにとは約束させた。それが、会見の条件だと伝えたんだ。だから、たぶん、それは葦原も守るだろう」
 可南子は、うなったあと、言った。
「それにしても、隆士も痩せても枯れても、東北守護五家のうちの一つ、中ノ目家の当主や。そう簡単に操られよるやろか」
「隆士は、自分では、熱で浮かされている間の夢と思っているようだな。
肉体と魂をつないでいるのが、意識だが、寝ている間はその意識が、自分でコントロールしにくくなる。この意識を握ってしまえば、肉体を、その魂の意志とは関係なく、操ることができる。霊力の高い者にとっては、そんなに難しい技ではないんだ。
……私も、やろうと思えば、できると思う。しかも、葦原の霊力は、私よりもずっと高い可能性がある」
「龍ちゃんより、霊力が強い相手か。隆士もえらい奴にひっかかってしもうたな。それで隆士は、本当に大丈夫なん?」
「隆士の命に別状はない。隆士の霊気は弱ってはいるが、ちゃんと生きている。それは霊場視によっても確かだ。
 葦原も、隆士を殺せば、自分が欲しがっている霊鏡が手に入らないことぐらい、分かっているだろう。おそらく、霊鏡と交換する人質としても、隆士のことを考えているんじゃないかな」
「そこや! 土居家がヒタカミから伝えられたという霊鏡って何なん? 私は初耳やで」
 龍一は、あっさり答えた。
「土居家に、ヒタカミから伝えられた霊鏡などというものは、ない」
 可南子は、ちょっと呆然とした。
「ない?」
「ああ」
「じゃあ、葦原が言っているのは、嘘なん?」
 龍一は、皮肉っぽい笑みを、ちょっと浮かべた。
「葦原は、それを嘘だとは思っていないだろうな。どこからつかんだ情報か知らないが、私が霊鏡などないといくら言っても、耳を貸さない。土居家の秘宝だから、私が隠していると思っているんだ。
 こちらとしても、葦原に隆士を握られている弱みもある。それに、関東から黄泉鬼を引き連れてきているというのも、嘘ではないようだ。
 竜泉での霊場視では、確かに鬼越道以南に、無数のそれらしき気配を感じる。それは日増しにふくらんできている。可南子も、霊場視をするようになれば、分かるよ」
 美子が、控えめに質問をした。
「あの、黄泉鬼ってなあに?」
 龍一が答えた。
「黄泉鬼というのは、読んで字の如し、黄泉から出てきた鬼のことさ。
 普通、私たちが退魔をする相手は、黄泉の国から、何らかの方法で地上に現れた、怨念をもつ死者の魂、怨霊であることが多い。
 黄泉鬼というのも、黄泉の国にいる魂の一種だが、怨霊は、生前の記憶が鮮明であり自分の意志ももっているのに対し、黄泉鬼は、それを呼び出した術者のいうなりに操られていることが、特徴だ。
 つまり、黄泉鬼は、自分の魂すら、術者に握られてしまっているんだ。やっぱりもとは人間の魂だったものが多いと思うけれどね。
 しかし、それを何万も黄泉の国から呼び出して、操るということは、並大抵の術者にはできないことだよ」
 美子には、龍一にどうしても訊きたいことが、あった。
「人は、死ぬと、みんな、黄泉の国というところにいくの?」
 龍一は、優しげな目になり、美子を見た。
「そういわれているね。でも、本当のところは私にも分からない。黄泉の国というところがどんな場所なのかも。単なる死者の国なのか、もっと別な意味もあるのか。
 世の中は、分からないことだらけだよ」
「分かっているのは、鬼越道の向こうに、気味悪い鬼どもや、もっと得体の知れん葦原ゆう男が、てぐすね引いて待ち構えているということだけや」
 可南子は、いつになく暗い表情になって、言った。
「それで、龍ちゃんは、葦原に会って、どうする気なんや? 交渉の材料となるべき霊鏡はもとから、ない、力は向こうのほうが上では、八方手づまりやないんか?」
 龍一は、可南子とは対照的に、明るく軽い口調で、言った。
「だから、可南子に手伝ってもらうのさ。
 なに、いくら葦原でも、何百年にもわたって培ってきた土居の結界を破ることなんて、そう簡単にできっこないよ。結界が破られさえしなければ、黄泉鬼が東北に入ってくることも、できないからね。
 黄泉鬼が足止めを食えば、相手は葦原一人だ。一対一なら、私もそう、葦原に見劣りするものじゃない。それに加えて、こちらには稲荷大神秘文もある。
 そもそも、私は葦原と闘いに行くわけじゃない。話し合いに行くんだ。霊鏡なんて、思い違いだってね。やつだって、馬鹿ではないだろう。ないもののためにお互い傷つけ合うことはないのだと、分かるだろうさ。そうすれば、葦原も隆士の意識を返すだろう。
 可南子に天満宮にいてもらうのはあくまで、万が一に備えるためだよ」
 龍一の自信たっぷりな言葉に、可南子も少しほっとしたようだった。
 龍一は、美子のほうを向いて、言った。
「それから、美子にも頼みがある。白河に行くときに、私に飛月を貸して欲しいんだ」
「飛月を?」
「ああ。やはり、こちらの力になるものは多いほうがいいからね。竜泉を白河に運ぶことはできないが、飛月なら持っていくことができるから」
「じゃあ、あたしも白河に行くわ!」
 美子が、はりきって言うと、龍一は、厳しい顔になった。
「そう言うと思ったよ。しかし、それは駄目だ」
「どうして? 龍一の邪魔をしたりはしないわ。それに、あとひと月もあれば、私ももっと秘文の練習をすることができるし、そうしたら、少しは龍一の力になることもできると思うの。
 それから、そうよ、あたしは飛月の護持者なのよ。それなら、あたしも飛月と一緒に、白河に連れて行ってくれても、いいんじゃない?」
 美子は、龍一が怒るかと思ったが、龍一は、別に怒る様子はなく、ただ、真剣な表情で、言った。
「美子の力は、この間の退魔で、充分分かっている。美子が、飛月の護持者だというのも、承知している。だが、美子には、天満宮に残ってもらいたい理由があるんだ」
 そうして、龍一は、ちょっと声を低くし、美子と可南子を交互に見ながら、話した。
「さっきは、土居家に霊鏡などないと二人に言ったけれど、それは、正確には違うんだ。
 ヒタカミから伝えられたものではないが、土居家には、確かに『霊鏡』と呼び慣わされているものが、一つある。それは、竜泉だ」
「竜泉が、霊鏡?」
 可南子と美子が、同時に言った。
「ああ。土居家は、竜泉を通して、地上の霊場をいながらにして感得することができる。その働きは、この世のあらゆるものを映し、みることができる、まさに霊鏡そのものだ。
 竜泉はヒタカミから直接受け継いだものではないけれど、竜泉こそ、土居家のもっとも重要な霊宝であることは、間違いない。
 私は、竜泉が土居家にとっての霊鏡であるなどということは、もちろん、葦原には話をしてはいない。それに、今の段階では、やつは、霊鏡というのは、本当に鏡の形をしていると思っているようだからね。
 しかし、そのような鏡が存在しないと知ったとき、やつが次にどう考えるか。天満宮の本殿内に、土居家が数百年にわたって、何ものにも代えがたく大事に守り続けてきた泉があることは、やつも知っているはずだ。それが、土居家にとっての霊鏡であると気づいたとしたら……。何としても、手に入れようとしてくるかも知れない。
 私がここにいる限りは、天満宮の結界の中に葦原を一歩たりとも入れさせることはしないよ。が、私が白河で葦原と対峙している最中、葦原が黄泉鬼を一匹でも結界の中に侵入させ、私を出し抜いて、天満宮を襲わせることも、考えられないことではない。
 だから、そのときには、美子に竜泉を守ってほしいんだ。そして、可南子のこともね。土居家にもっとも近い守護家である、上木家の血をひく美子にだからこそ、頼むんだ。
 それに、ほかの守護三家には、正直その余裕はない。福島ほどではないが、葦原の道祖神破壊は、東北全土にわたっていて、各地の結界は今、非常に不安定な状態になっている。
 現在、築山が、破壊されたものの代わりに、私が新たに作った道祖神を各地で交換して回っているが、その作業はあと一ヶ月以上かかるだろう。
 その間、各守護者たちには、それぞれの守護地をなるべく動かないよう命じている。結界の修復が完了するまでは、守護者たちに道祖神の穴を埋める役割をしてもらう必要があるからね。
 だから、津軽、北上、出羽の三家は、しばらく動けないんだ。白河の中ノ目は、今言ったような状態だ。残るは、上木家しかいない。涌谷の道祖神は、無傷だったしね。
……美子、私がいない間、竜泉と可南子を守っていてくれないか」
 龍一は、美子をじっと、見つめて、言った。その目は、ひどく澄んでいた。
 美子は、胸がいっぱいになって、ただ、大きくうなずいた。
 龍一は、安心したように、笑顔を浮かべた。
「じゃあ、任せたよ。今後、美子にも新しい秘文をいくつか教えるからね」
 そうして、龍一は、壁の時計を見て、言った。
「可南子、十二時に、また宮司舎に来てくれ。それまでにシャワーを浴びてくること。五月二十五日は、夜十二時から秘文を唱えてもらう。だから、今日から毎日、同じ時刻から二時間、稲荷大神秘文と霊場視の修行をすることにしよう」
「分かったわ」
 可南子が答えた。
                         ◎◎
 その日から七日間、夜の十二時から二時間、可南子は、天満宮の上社本殿内で、龍一について、稲荷大神秘文と、竜泉での霊場視の修行をした。
 それは、ひどく疲れるものらしく、夜中に宿舎に帰って来る時には、可南子はげっそりとしており、シャワーを浴びると、すぐに美子が敷いておいた布団に倒れこむのだった。そして、翌日の昼まで眠り続けた。
 龍一は、約束どおり、美子に新しい秘文を三つ教えてくれた。一つは、『天地一切清浄祓(てんちいっさいしょうじょうはらひ)』という、三種大祓の秘文よりも、だいぶ長いものだった。

『天地一切清浄祓』
「天清浄 地清浄 内外(ないげ)清浄 六根(ろっこん)清浄と 祓給う
 天清浄とは 天の七曜九曜 二十八宿を清め 地清浄とは 地の神三十六神を 清め
 内外清浄とは 家内三寳(さんぽう)大荒神(だいこうじん)を清め 
 六根清浄とは 其身其體(たい)の穢れを 祓給(はらひたまえ) 清め給ふ事の由を 八百万の神等(かみたち) 諸共(もろとも)に
 小男鹿(さおしか)の 八(やつ)の御耳(おんみみ)を 振立(ふりたて)て聞し食せと白す」

 もう一つは、ずっと短い祓詞で、『ひふみ祓詞(はらへのことば)』。これは、清音四十七音で構成されている。
『ひふみ祓詞』
「ひふみよいむなや こともちろらね しきるゆゐつ わぬそをたはくめか 
 うおゑにさりへて のますあせえほれけ」

 三つ目は、『降来要文(こうらいのようもん)』。
『降来要文』
「謹而奉勧請(つつしみてかんじょうしたてまつる)
 御社(みやしろ)なき磐境(このところ)へ 降臨鎮座し給ひて
 神祇(じんぎ)の祓 可寿可寿(かずかず)を 平(たいら)けく 康(やす)らけく 聞食(きこしめ)て
 願ふ所 感応納受なし給へと
 誠恐誠惶降烈来座(せいきょうせいこうこうれつらいざ) 敬白(うやまってもうす) 大哉(おおいなるかな) 賢哉(けんなるかな) 乾元享利貞(けんげんこうりてい) 如律令(りつりょうのごとし)」

 龍一は、美子に、すべての基本は、その場を清浄に保つこと、『祓い』であることを教えた。だから、秘文の種類も、祓詞が多い。祓うことで、その地が清められ、清められれば、その場にあるすべてのもの魂の力も正しく、強いものになる。
 退魔とは、相手を押さえつけ、殺すことではなく、本来の清い魂の状態に戻してやることなのだ。それには、自分の魂をまず、清明に保つことだ。
 そして、魂を清く、正しい方向に導くきっかけが、秘文に秘められた言霊(ことだま)の力である。
「まず、自分の魂をみつけるんだ」
 龍一は、何回も言った。
「秘文は、一つのきっかけにすぎない。すべての力は、自分の中にある。自分の魂の力を信じるんだ。そして、相手のことも信じるんだ」
「相手のことも?」
 龍一は、微笑んだ。
「そうだ、相手のことも信じろ。黄泉鬼も怨霊も祟り神も、我々と同じ魂をもつ存在。清い魂の力は、相手の中にも備わっている。それを探し出してやるんだ。祓いというのは、そういう作業のことなんだよ」
 『三種大祓』、『天地一切清浄祓』、『ひふみ祓詞』は、祓いの秘文だが、龍一が美子に最後に教えた『降来要文』だけは、違う。
「これは、降神の秘文だ。神の魂に対し、訴えかける場合に、使うものだ、まあ、これは今回の葦原に対しては必要ないものだろうけれどね。
 しかし、そもそも、神とはなんなのか、美子は分かるかい?」
「分からないわ」
 美子は、正直に答えた。
「うん。これは、世の中でもっとも難しい質問のうちの一つだからね。人間の数だけ、その答えがあるといってもいい。私もいまだに考え続けているし、美子にもこれから考えていってもらいたいんだが、とりあえずは、大いなる魂の力をもつ存在、というふうに思ってもらえれば、いいと思う。
 そして、この世は、様々な魂で満ち満ちている。魂とは、本来、時空を超えて存在するものだ。であれば、神というのも、どこか遠くにしかいないものではなく、むしろ、いつどこにでも存在するものではないだろうか。
 しかし、魂と対話するには、それなりの条件が必要だ。清く、強い魂を呼ぶには、それにふさわしい場を整えなければならない。降来要文は、そういった場を作るための秘文なんだ」
                         ◎◎
 龍一は、主に午前中、美子に秘文を教えた。
 美子は、龍一はほとんど眠っていないのではないかと思った。
 龍一は、午後は躑躅岡天満宮宮司としての通常の業務をこなし、一日おきには霊視の客も来る。そして、その合間には、宮司舎に籠もって、結界用の道祖神を作った。
 新しい道祖神は、築山に渡される。築山は東北各地に出張して、葦原に破壊されたものと交換してくるのだが、その時間帯には、必ず龍一は、本殿内に入り、築山の身辺に何か異常が起こらないか、霊場視をおこなっているのだった。
 そして、夜中の十二時から二時間は、可南子の修行にあてられた。
 美子が、龍一の体を心配すると、龍一は、涼しい顔をして、答えた。
「霊場視も、秘文も、長年やってきたことだからね。私にとっては、難しくも、特別なことでもないんだ。可南子や美子のほうが、ずっと大変だと思うよ。
 特に、可南子は毎日私にしごかれて、へとへとなんじゃないかな。初めての者に霊場視はこたえるよ。おまけに修行の期間は一週間しかない。本当は、もう少し時間を多くとりたいのだが、可南子にとって、一日二時間が限界だろうからね」
                         ◎◎
 可南子は、昼すぎに起きると、築山や美子が用意した昼食を食べる。その後、のんびりと本を読んだりしているうちに、だんだん元気になり、宿舎で美子と一緒に夕食を食べるころには、いつもの調子をとり戻すのだった。
 美子は、夕食を食べながら、よく可南子とおしゃべりをした。
 可南子は、築山の用意する食事と酒を、実に美味しそうに片づけながら、美子に色々な話をしてくれた。築山の料理も、いつもよりずっと力が入っているようだった。
 築山は、休み明けに天満宮に出て来て、可南子が来ていることを知ると、とても嬉しそうな顔をした。
「龍一様も人がお悪い。可南子様がいらっしゃるなら、そうと一言おっしゃっていただければ、お休みなどもらいませんでしたのに」
 可南子は、その時、昼食に築山が作ってくれた、ふわふわとした卵でとじてある親子丼に舌鼓をうちながら、にこにこして言った。
「いや、夕べは、たいそう立派な、うなぎをご馳走になって、大満足やったよ。でも、これから一週間、築山さんの作る料理を食べられると思うと楽しみやわ。
 それに、休めるときに、しっかり休まなあかんよ。十日にいっぺんしか休まれへんなんて、超過労働もいいとこ、芸妓並みやないの」
 築山が、答える。
「いえ、私の場合、休みは自分で勝手に決めることができるんです。龍一様は、もっと休めとおっしゃるのですが、家にいても、天満宮のことが気になりまして、休んだ気にならないのですよ。私にとっては、ここにいることが、休みみたいなものでして」
「やれやれ、築山さんもワーカホリックというわけやな」
 美子が、可南子に訊く。
「芸妓さんって、そんなに休みが少ないんですか?」
「私は、もう屋形の年季は明けたんで、いわばフリーランスの芸妓やから、定休日なんてないんよ。そやから、仕事があるだけ、働いているんや。舞妓のときには、公休日というのがあったんやけど、それも月に二へんくらいしか、なかったしなあ」
 可南子の言葉を聞いて、美子は、驚いた。華やかな生活の裏は、なかなか大変らしい。
                         ◎◎
 二、三日後の夕食時には、美子と可南子は、こんな話をした。
 美子が、可南子に訊いた。
「椿さんというのは、可南子さんと龍一のお祖母さんですか」
 今夜のメインは、大皿いっぱいに盛られた刺身である。築山が道祖神交換のため、三陸海岸を回ってきたついでに、石巻の漁港で手に入れてきた、新鮮な海の幸がところ狭しと並んでいた。
 可南子は、
「これ、これ。ここに来たら、こうでなくてはあかん」
と言いながら、あわびをつまんだ。
 そして、地酒をくっと飲んだあと、美子に答えた。
「そうや。椿ばあさんは、私の母方の祖母なんよ。しかし、龍ちゃんにとっては、叔母にあたるな。椿は、土居菖之進の妹やからな」
 美子は、ちょっと混乱した。
「えっ。でも、可南子さんと龍一は、いとこ同士なんですよね?」
「ははは。確かに、龍ちゃんは、私をいとこと紹介したな。しかし、正確にいうと、龍ちゃんは、私のいとこではなくて、私の母のいとこなんや。
 本来なら、ええと何やったかな、そうや、私からいうなら龍ちゃんは『いとこおじ』、龍ちゃんからすれば私のことは『いとこめい』といわなあかんらしいな。しかし、そんな言い方面倒くさいやろ? 私と龍ちゃんは年も近いし。そやから私らも周りも、単にいとこ、といってしまっているんよ」
 美子は、なるほど、と思ったあと、ちょっと頭の中で計算をした。
「椿さんは、今、八十歳を超えてらっしゃるということでしたよね」
「八十一、二くらいのもんやろ。椿には三人の娘がいて、私の母は、その末っ子なんや。
それにしても、さっぱり弱らへんばあさんや。今回会うても、呆けているどころか、頭の回転は速いし、足腰もしゃんとしておる。あれは、あと二十年は生きはるな。
 実は、今回、客への言いわけに、仙台の祖母が危篤やゆうてきたんやけどね」
 そう言って、可南子は、ぺろりと舌を出した。美子も、それを見て、くすくす笑った。
「……土居家の先代当主の菖之進さんは、七年前に亡くなったと聞きましたけど、それじゃあ、亡くなった時にも七十歳は超えてらしたということですよね」
「数えで七十七歳やったかな……。うーむ、この赤貝は京では食べられへんよ」
 可南子は、真剣な表情で刺身を一つ一つ吟味している。
「龍一は、当主になった時、十八歳だったらしいですけど、そうすると、ずいぶんお父さんとは年が離れていたんですねえ」
 美子がそう言うと、可南子は、刺身から目を離して、美子を見た。そして、
「うん? そうやな。私は、菖之進は嫌いやった」
と言ったので、美子は、ちょっと言葉に迷った。
「あ、そうなんですか?」
 可南子は、また刺身に目を戻した。
「椿ばあさんは、苦手やけど、嫌いやない。基本的には、いい人や思うし。ただ、菖之進のじいさんは、何や怖いお人やゆうイメージがあってな。龍ちゃんにもそれは厳しかったよ。高校に上がってからは、私も色々忙しくなって、ここに遊びに来ることもなくなったけどな」
 可南子が、菖之進の話題をあまり好まないように見えたので、美子は、この件にはもうふれないことにした。
 可南子は、刺身をひととおり食べ終わると、大きく伸びをした。そして、時計を見た。九時ちょっと前である。
「あーあ。あと三時間したら、行かなあかんなあ」
 霊場視の前には、身を清めなくてはいけないので、可南子は宮司舎に行く前に、いつもシャワーを浴びてから行くのだった。
 美子が、
「秘文と霊場視の修行は、どうですか?」
と訊くと、可南子は、即答した。
「しんどい、の一言やな」
「そんなに、大変ですか」
 可南子は、ため息をついた。
「特に、霊場視が大変やなあ。あんなに辛いもんとは思わんかったわ」
「霊場視って、どういう感じなんですか? 龍一に前に聞いた時は、うまく説明できないとは言われたんですが」
 可南子は、頬杖をついて、回想するような表情になった。
「確かに、言葉ではうまく表現でけへんな。あえていえば、自分の奥底まで、竜泉にさらして、とことんまで試される感じやな。自分が今まで築き上げてきたもんが、すべてひっぺがえされて、素っ裸になった気がして、そりゃあ、恐ろしくて、心細い心地になる。そんな状態で、無数の魂たちと、竜泉をとおして向き合わなあかんのや。
 私は、いまだに霊場視の初めのほうは、ぼろぼろ泣いてしまうんよ。今回のことが終われば、正直、もう二度とごめんやね」
 龍一は、霊場視をそんなふうに話したことはなかったので、美子は、霊場視がそこまで辛いものだとは、まったく想像もしていなかった。
 確かに、築山は、霊場視のあとの龍一は、ひどく疲れているとは、言っていたが、美子が会う龍一には、そんな様子は少しもうかがえなかった。
 可南子は、酒を一口口に含むと、言った。
「確かに、龍ちゃんは、私なんかよりも、ずっと霊力が強い。しかし、龍ちゃんは私と違って、何時間もぶっ続けで、霊場視をしているやろ? しかも、少なくとも土居家を継いでから七年間、ほとんど休まず毎晩や。しんどくないわけはない。
 おまけに、昼間は一般客の霊視までやっているというやないの。そうして、その実入りの半分は守護家への報酬にあてて、残りは天満宮の赤字に回しているという。先代は、そんなところまではしてへんかったはずや。
 何故、龍ちゃんは、そこまでやるんやろうか。ほんまに、あほなやっちゃな」
 美子は、『あほ』とまで言わなくても、いいのではないかと思った。それで、
「たぶん、龍一は、土居家当主としての、責任感が強いんですよ」
と言うと、可南子は、あいまいにつぶやいた。
「そうなんやろうなあ。そこが、つまり、あほという所以なんやが……」
 そうして、可南子は、美子のほうを向いて、言った。
「あんなあ、美子ちゃん。私が芸妓としての義理を欠いてまで、今回、仙台に来たんは、龍ちゃんに頼まれたからなんよ」
 美子は、うなずいた。
「そう、言っていましたよね」
 可南子は、重ねて、言った。
「言っておくけど、龍ちゃん以外のもんに頼まれたかて、私はここまでせえへんよ。つまり、ぽっと京都に現れて、明日から一週間、仙台に来てくれ、理由はあとから詳しく話す、なんて言われただけではな。普通、そうやろ?」
「はい……」
「なんで、私が分かった、行ってやるわ、と答えてしまったかというとな、龍ちゃんが頼みごとをするのを、生まれて初めて聞いたからなんや」
「…………」
「あの子が、弱音を吐いたり、ましてや人に頼るような言葉を口に出すなんて、天地がひっくり返ってもあり得ん、ゆうくらいに、思っていたからな。だから、頼みたいことがある、と言われた時に、もしこれをきいてやらんかったら、私は一生後悔すると思ってしまったんや」
 美子は、龍一が、美子に言った言葉を思い出した。龍一はあの時、美子の目をじっと見て言ったのだった。
『美子、私がいない間、竜泉と可南子を守っていてくれないか』
 可南子は、言った。
「美子ちゃん。龍ちゃんは、偏屈で、皮肉屋で、何を考えているかさっぱり分からん奴やけどな、でも本当に優しい人間なんよ」
「はい」
 美子は、龍一の優しさは、痛いほどよく分かっているつもりだった。しかし、それに加えて、こうも思った。
(可南子さんも、とっても優しい人ですね……)
                         ◎◎
 可南子がいてくれたおかげで、美子のゴールデンウィークは、楽しくすぎていった。
 可南子は、霊場視にも徐々に慣れていったようだった。
「何とか、龍ちゃんの補佐くらいは、できる自信がついてきたわ」
 明日は、京都に帰るという日の晩、可南子はほっとしたように、美子に言った。今夜が可南子の最後の修行だった。
「明日は、何時の飛行機に乗るんですか?」
「十二時ジャストや。空港まで築山さんが送ってくれはるって」
「じゃあ、あとは二十五日まで、しばらくお別れですね」
 可南子は、美子に、微笑んだ。
「この一週間、美子ちゃんとずっと一緒にご飯食べたり、おしゃべりしたりしていたから、なんか、寂しゅうなるなあ」
 美子は、ちょっと赤くなって、言った。
「あたしも……。何だか、可南子さんが本当のお姉さんみたいに思えてきて」
 可南子の口調は、あくまで、くったくない。
「ほんまや。私も、美子ちゃんを妹みたいに思ってきている。私は、一人っ子やから、きょうだいが欲しかったし」
「あたしもです!」
 二人は、にっこりとした。
 その後、可南子は、ちょっと、思い出し笑いをした。
「どうしたんですか?」
 美子が訊くと、可南子は、何故か顔を赤らめた。
 美子は、霊場視のためにシャワーを浴びてきたあとの可南子のつややかな肌が、ほんのりと桜色に染まり、照明を受けて長いまつげの影が、そこに落ちているのを、感心して眺めていたが、可南子が、
「いやな、きょうだいどころか、私らは、もしかして親子になっていたかも知れんと思うてね」
と言ったので、びっくりした。
「えっ? どういうことですか?」
 可南子は、ますます真っ赤になった。
「美子ちゃん、気を悪くせんといてね。あんたのお父さん、祥蔵さんに、私はプロポーズしたことがあるんよ」
「ええっ!」
 美子は、思わず頓狂な声をあげた。
 可南子の声は、逆に段々か細くなっていった。
「三年前にこっちに来た時に、祥蔵さんに思いきって申しこんだんよ。断られてしもうたけどね……」
 美子は、あまりにも信じられないことなので、呆然としたが、色々な意味での、
「何でまた……」
という一言だけが口をついて出た。
(何で可南子さんみたいな人が、よりによって何でうちのお父さんに、そして、何だってまた、お父さんは断ってんのよ?)
 可南子が赤くなったまま、美子の驚いた顔を心配げに見て、
「こんな話をして、ごめんな」
と言ったので、美子は、慌てて言った。
「いえ、ちょっと驚いただけで。でも、訊いてもいいですか? どうして可南子さんみたいに若くてきれいな人が、うちのお父さんに? あのう、お父さんのほうから可南子さんにプロポーズしたというのとの間違いじゃないですか?」
(それなら、まだ分かるわ。それにしたって、お父さんにすれば身のほど知らずだけどさ)
 しかし、可南子は、下を向きながらも、はっきりと言った。
「ううん。私の片想いやったんや。実は、十六歳の時にも祥蔵さんに告白して、すでに一回ふられてたんやけどね」
 もうもう、美子は、驚きすぎて声も出なかった。
 可南子は、ここまできたら、全部美子に話すと決めたらしい。
「実は、私が高校に入ったばかりのころから、ストーカー行為をしてくる男がいてな。学校の行き帰りに待ち伏せをしたり、何回も家に無言電話をしたり、気味の悪い手紙や贈り物を送りつけてきたり、ほとほと悩まされたんや。警察にも相談したけれど、結局なんもしてくれへん。通学には親に送ってもらわなあかんし、ろくろく外出もできんようになって、私も親もノイローゼ寸前や。それが、半年以上も続いた。
 そして、ある日、学校から帰って来て、自分の部屋を開けると、中にその男がナイフを持って、立っていたんや」
 美子は、ごくりと唾を飲みこんだ。
「私は、金縛りにあったように、逃げられもせず、声も出せずに、硬直したままや。
 男は、目をぎらぎらさせて、私をじっと見たあと、おもむろにナイフで自分の喉をかき切って、自殺したんや。
 親が駆けつけてきた時には、私は、男の血を全身に浴びて気を失っており、男は絶命していた……。
 ところが、これで終わらんかった。
 そのあと、毎晩、その男の霊が、血まみれの姿のまま、私の前に現れるようになったんや。部屋を変えても、一時的にホテルに寝泊りしてみても、やっぱり出てきよる。何も言わんと、じいっと私を見たまま、恨めしげに立っているんや。
頼むから、成仏してくれゆうても、まったく駄目や。私は、半分頭がおかしくなりそうで、入院までしたんやけど、やつは、病院にまで出てくるんや。
 親は、ついに龍ちゃんに相談した。龍ちゃんはそのときすでに土居家の当主になっていたんや。
 龍ちゃんは話を聞くとすぐに、私が入院している京都市内の病院に、祥蔵さんを派遣してよこした。
 実は、私は、祥蔵さんとは、この前に一度だけ会ったことがあったんや。というのは、祥蔵さんと咲子さんの結婚式は、眞玉神社で執りおこなって、その時に私も出席していたからね」
 美子は、はっとした。
「もしかして、お母さんが巫女をやっていたのって、眞玉神社ですか?」
「そう、そう、そうなんよ。私と美子ちゃんは、そんなところでも縁があるのかも知れんね。
 まあ、咲子さんが眞玉神社にいはったのは、一年とちょっとやったし、住むところも別々やったから、私もあんまり咲子さんと話をしたことはなかったんやけど。でも、子供心にも、何てきれいなお人なんやとは、思っていたんよ」
 可南子は、そう言って、美子に微笑んだ。
「二人の結婚式の時には、確か私は小学校に上がったばっかりやったかな。巫女の格好をして、三三九度の杯のお手伝いもしたんよ。しかし、その時は、咲子さんの花嫁姿にうっとりとして、正直、祥蔵さんの顔は全然見てなかったんやけどね。
だから、その十年後に祥蔵さんと会ったのが、実質初めてみたいなもんやった」
 そして、可南子は、目を潤ませ、遠くを見つめた。
「祥蔵さんが、いっとう最初に病室に入ってきた時、私はすぐに恋に落ちてしまったんや」
「えっ、もう?」
祥蔵のりりしい退魔姿を見て好きになってしまった、というストーリーを漠然と思い描いていた美子は、思わず言った。
 可南子は、頬を上気させながら、話し続ける。
「今思えば、一目惚れだったんやなあ。彼を見た瞬間、ほかのことは、もう、どうでもよくなってしまったんや。私は、祥蔵さんと一緒になる以外にないと思った」
 美子は、開きっぱなしになっていた自分の口に気づいて、慌てて閉じた。
「そ、それで、ストーカーの霊はどうなったんですか?」
 可南子は、夢みるような目をしながら、気のない口調で、繰り返した。
「ストーカーの霊?」
「はい。お父さんは退魔できたんですか」
「霊は消えてしまっていたんや」
「え」
「祥蔵さんは、一生懸命、退魔する相手を探していたんやけど、霊の気配なんか、影も形もなくなっていた。すごく困られはっていたよ」
 可南子は、くすりと笑った。
「『おかしいですね。龍一様の霊視によっても、強力な霊が、可南子さんにとりついていることは、確かなはずでしたのに』と言わはってな。しかし、三日三晩待っても、結局何も出てこんかったんや。
それで、私は祥蔵さんに言ったんや。『私には、霊が消えてしまった理由が分かります。私が祥蔵さんを想う強い力に、あいつは近よることすらできなくなってしまったんです』って」
「…………」
「祥蔵さんの驚いた顔ったら、なかったな」
 美子には、祥蔵の気持ちがよく分かる気がした。
 可南子は、ため息をついた。
「でも、その時は、私も高校一年生やったし、祥蔵さんも私の言うことを真面目に受けとることができんかったんやろうね。私は、『私は本気や。女は十六歳でもう結婚もできるんです』、ゆうたんやけど」
「はあ」
 美子には、それしか言葉が出なかった。
「そのあと、舞妓になることを決めたんも、祥蔵さんにふさわしい自分になるための、花嫁修業のつもりやったんや。そやから、はたちになってそろそろ舞妓も卒業やゆう時期になって、今度は私が涌谷に行き、祥蔵さんに結婚を申しこんだんよ」
「可南子さんは、それまでの間、ずっとお父さんを好きだったんですか」
「うん。忘れようとしたんやけど、どうしても忘れられへんかったんや。不思議なもんやな。たった三日一緒にいただけの人やのに。
 でも、今度は、祥蔵さんも私の気持ちを真剣に聞いてくれはったんよ。
 祥蔵さんは、こう言わはった。『ありがとう。可南子さんの気持ちは本当に嬉しい。でも、可南子さんが私をずっと想っていてくれたように、私も、まだ前の妻のことが忘れられないんです。亡くなってから十一年も経っているのに、やっぱり私にとって、彼女がただ一人の女性なんです』」
「お父さん……」
 美子は、父の男としての一面を知って、恥ずかしくもあったが、それでもやはり、そんなふうに母のことを想っていた祥蔵の言葉を聞くと、嬉しかった。
 可南子は、握りこぶしを作った。
「それで、私はますます祥蔵さんのことが、好きになってしまったんや! ああ、この人を選んだのは、私の間違いやなかった、と。
 そやから、芸妓になって、一人前の女に成長した私を、また祥蔵さんに見てほしかったんや。あれから三年、そろそろ三度目の正直や、思うてたとこやったんや」
 が、次の瞬間、可南子は、がっくりとうなだれた。
「そやのになあ……」
 涙ぐむ可南子を、美子はあべこべになぐさめた。
「可南子さん。可南子さんには、きっと、もっといい人が現れますよ」
 涙をぬぐって、可南子は、美子に微笑んだ。
「ありがとう、美子ちゃん。祥蔵さんを亡くして、一番辛いのは、美子ちゃんなのに、こんな話をしてしもうて、堪忍してや」
「ううん。可南子さんが、あたしのお父さんをそんなに好きになってくれて嬉しい。あたしは可南子さんのことが大好きだし、きっとお父さんも可南子さんのことが好きだったと思う」
「そうかなあ……。でも、たとえふられてしもうても、祥蔵さんを好きになったことは、私の誇りなんや。
美子ちゃん。あんたのお父さんは、ほんまに、ええ男やったよ。今は分からんでも、大人になったら、きっと分かる」
 祥蔵は、確かに、咲子と可南子、二人の美女に愛されたらしい。しかし、その魅力というものは、大人になっても、なかなか分からないのではないかと思う美子だった。
                         ◎◎
 翌朝、可南子は、天満宮を去って行った。
 美子と一緒に、龍一も見送った。
「じゃあ、可南子。二十五日にまたよろしくな」
「任しとき」
 そして、可南子は、美子に近よって、そっとささやいた。
「美子ちゃん。夕べの話は、龍ちゃんには内緒やよ」
 荷物を運ぶ築山のあとをついて行く、可南子の姿が見えなくなると、龍一が、美子に訊いた。
「夕べの話って何だい?」
 美子は、いたずらっぽく笑って、龍一に答えた。
「女同士の話よ!」
                         ◎◎
 翌日、仙台駅前の喫茶店で、美子は、アカネと麻里に一週間ぶりに会った。
 アカネと麻里から旅先のお土産をもらったあと、美子も二人に可南子からもらった京土産をあげた。
 それは、美しいガラス製の瓶に入った香水だった。
 京都の会社が作っているという。四つセットで、それぞれに四季をイメージした香りがつめられており、香水の名前として、春は『青竜』、夏は『朱雀』、秋は『白虎』、冬は『玄武』とつけられていた。
 美子は、春と冬の香りが気に入っていたので、二人に夏と秋の好きなほうを選んでもらうことにした。アカネは夏を、麻里は秋を選んだ。
 アカネは、さっそく手首の裏に香水をつけてみて、はしゃいだ。
「これ、すごくいい香りだね。あたし、毎日つけようかな」
「学校につけていったら、怒られるわよ」
 麻里は、アカネに釘を刺したあと、香水の凝った瓶を光にかざした。
「この瓶も、とってもきれい。誰にもらったの?」
 美子は、とっさに、
「ええと、京都に住んでいる親戚のお姉さん」
と答えた。
(だって、龍一の親戚が可南子さんで、あたしと龍一は親戚っていうことになっているし)
と思ったからだ。
 それを聞くなり、アカネと麻里は、同時にぷっと吹き出した。
「美子には、色んな親戚がいるんだね」
「ほんと、うらやましいな」
「あれ。二人とも、信じないの?」
「信じる、信じる」
 そうして、三人は顔を見合わせると、いっせいに笑い出したのだった。
                         ◎◎
 二日後、いつもどおりの、高校生活がまた始まった。
 朝のホームルームに、さっそく休暇前の実力考査の結果がクラス全員に配られ、生徒たちのため息で教室内が満たされた。
 そして、さらに衝撃的なことが、担任教師から発表された。
「皆さん、ゴールデンウィークは楽しめましたか。今日からは気を引きしめて、勉学に励んでください。ご承知のように、今月二十一日から三日間にわたり、中間考査がおこなわれます。これは、高校入学後に習った内容についての、初めてのテストですので、しっかり復習をして、のぞむようにしてください」
 教室中が、悲鳴でいっぱいになった。
「そんなの、聞いていません!」 
 一人の生徒が、手を上げて言う。ほかの生徒も口々に叫んだ。
「ご承知じゃ、ありませーん」
 担任は、淡々と答える。
「入学式当日に、みなさんにお渡しした行事予定表に、テストのこともすべて書いてありますよ。もう一度、確認なさい。
さて、これでホームルームは終わります。一時間目の授業の用意をするように」
 担任は出席簿を片づけると、教室をさっさと出て行き、入れ替わるようにして、次の教科の担当教師が入って来た。
 そうして、まだざわめきの収まらない生徒達に対し、授業開始の言葉として、こう言った。
「さあ、みんな。今日の授業内容は、次のテストに必ず出すぞ」
 一瞬にして、教室は、しんとなった。
                         ◎◎
 築山は美子に対し、学校のテストの結果など気にする必要はないと言ったが、気にしないといっても、限度がある。教師たちは授業中に次々と生徒に質問を浴びせ、宿題も多いので、毎日の予習復習は欠かせなかった。
 美子、アカネ、麻里のうち、将来、バイオリニストを目指している麻里が、三人の中で一番成績がよかった。
ある日の昼休み、午後一番の授業に提出しなければならない宿題を、麻里から写させてもらいながら、アカネは、げんなりしたように訊いた。
「麻里。あんた、いったい、いつ勉強しているの?」
 麻里は、次の発表会で演奏するという曲の楽譜を眺めながら、何でもないことのように答えた。
「別に。だって、授業を聞いていれば、全部先生が話しているじゃない。宿題はレッスンの待ち時間とかに済ませちゃうし。来月に発表会を控えていて、レッスンで毎日帰りが遅いから、家に帰るとすぐに寝ちゃうの」
 アカネは、ばったりと机につっぷした。
「ああ! 天は麻里に二物を与え、我には何にも与えん、か!」
                         ◎◎
 美子の学校用のかばんは、常にはちきれそうにふくらんでいた。中には、毎日使う教科書や辞書がぱんぱんに入っている。
 中間考査を明日に控えたその日、美子が、ずっしりと重いかばんを引きずるようにして、天満宮の石段をふうふう言いながら上りきり、ようやく上社境内にたどり着くと、桜の木の下のテーブルを囲んで、龍一と築山が、何やら話し合っていた。
 築山が、顔を上げる。
「美子様。おかえりなさいませ」
 美子は、重さにゆがんだ顔を、無理やり笑顔にして、言った。
「ただいま」
 龍一は、テーブルの上いっぱいに広げた大きな地図に何やら書きこみをしていたが、ちらっと目だけを美子にやって、
「おかえり」
と言ったあと、また視線を下に戻し、作業に戻った。
 美子は、ベンチにかばんを置いて、テーブルの上に目をやった。
 広げられた地図は、東北全土のもののようだった。そのほか、重ねられた数十枚の写真、何本かの木の棒が置かれている
「何をやっているの?」
 美子が訊くと、龍一が、地図上に、万年筆で、細かい青い字を丁寧に書きながら、答えた。
「例の道祖神さ。破壊された道祖神の交換を築山にやってもらっていたんだが、すべての作業が完了したんだ。思ったよりも早く終わってよかったよ」
「ほんと?」
 それを聞いて、美子もベンチに座った。
 そして、テーブルの上に置かれている木の棒を一つとり上げて、眺める。白木でできた長さ三十センチほどの細長い棒だ。片方だけに丸い突起がついている。
「これが、道祖神?」
「そう。今回私が作ったものだ」
 龍一が答える。
 美子は、矯めつ眇めつ、それを見ていて、何かに似ていると感じた。そうして、思いあたった。
(そうか。人生ゲームの、プレーヤーを表すあの棒状のコマを何十倍にも大きくしたみたいなんだ)
 そうして、写真のほうも見てみる。
 写真は、各地の道祖神を写したもののようだ。そのほとんどが、大きくひびが入っていたり、半分に折られていたりしている。写真の中には完全な姿をとどめている道祖神もあった。
 美子は、写真を見比べているうちに、あることに気がついた。
「何だか、写真に写っているものと、龍一が作ったものって、ちょっと違うね。写真のもののほうが、上の丸い部分が大きいみたい」
 築山が、龍一を見た。龍一は、下を向いたまま、返事をする。
「そう思うかい?」
「うん」
「たぶん、それは、私の作ったもののほうが、昔の道祖神の形により近いようになっているからだろう」
 そうして、龍一は、最後の字を地図に書きこんだあと、万年筆のキャップをくるくると回してしめると、顔を上げて、美子を見た。いつもの優しげな龍一の目だった。
 美子は、何だか嬉しくなって、さらに龍一に訊いた。
「昔と今の道祖神の形は、違うの?」
 龍一は、美子の質問に対して、けしてはぐらかしたり、うるさがったりせずに、いつもきちんと答えてくれるのだった。
「そうだね……。道祖神というのは、この間も説明したように、結界の神で、外からの侵入者から内を護る役割をもっている。鬼は外、福は内という言葉もあるように、治安の悪かった昔は、災いはすべて外からやってくるものと考えられていた。
 道祖神の形の基本は、杖なんだ。杖は旅人の象徴でもあるし、それとともに敵を打ちのめす武器ともなる。だから、道祖神を表すものとして、木や石を杖の形に削り、それを境界に立てたんだ」
 美子は、もう一度、龍一の作った道祖神をよく眺めた。
「あ、なるほど。これは、杖の形だったんだ」
「そう。しかし、時代が下るにつれ、治安がよくなり、交通の便もよくなってくると、それほど外と内とを意識しなくともいいようになってくる。
 すると、今度は道祖神に対して、境界の神というほかに、子孫繁栄の神としての信仰が加わるようになってきたんだ」
「これが、子孫繁栄の神?」
 美子は、道祖神を手に持ったまま訊く。龍一が、丁寧に答える。
「道祖神の形からの連想だよ。つまり、男性の生殖器だね」
 美子は、思わず、手から道祖神をとり落とした。それはそのまま、ごとんと音をたててテーブルの上に落ちた。そばにいたふーちゃんが、びくっとして、飛びのく。
 道祖神は、龍一と美子の間で、突起部分を真ん中にしてくるくると独楽のように回った。
「おっと、せっかく作ったものを壊さないでくれよ」
 龍一は、美子が落とした道祖神を、そっととり上げて、ほかのものと一緒に並べた。そうして、写真を一枚一枚めくりながら、説明を続ける。
「平和な時代が続くと、道祖神の本来の役目が忘れられて、子孫繁栄の意味合いが強調された道祖神が多く作られるようになったんだ。生殖器に似せた巨大な陰陽石なんかも、そうしたものの一つさ。もちろん、土居家の結界には、そういった道祖神は使っていないけれどね。
 ほら、この写真の道祖神なんかは、最近作られたものだ。こういう道祖神は、やはり破壊もされていないよ」
 そう、龍一は、一枚の写真を美子にさし示しながら、淡々とした口調で話し続けたが、美子は、もう、テーブルの上の道祖神や写真も、龍一の顔も、まともに見ることができなかった。
「道祖神のことは、もう分かったわ。ありがと、龍一。ふーちゃん、行こ」
 美子は、乱暴にふーちゃんを引きよせると、龍一から、自分の顔をそむけながら、かばんをひったくるようにつかんで立ち上がり、走るようにして宿舎へ去っていった。
 龍一は、宿舎のリビングのガラス戸がぴしゃりと閉まるのを見たあと、築山を振り返って訊いた。
「何だって、美子はあんなに急いでいるんだ?」
 築山は、小さいため息のあとで、答えた。
「美子様は、明日から三日間、試験期間ですからね。その勉強のために、お急ぎになっているんでしょう」
 龍一は、にっこり笑った。
「そうか。えらいじゃないか」
 築山は、もう一度、そっとため息をついた。
                         ◎◎
 美子は、とりあえず、三日間は、試験以外のことは考えないようにしようと思った。勉強机に座り、明日の試験科目の教科書や参考書を積み上げる。
(龍一の、ばか、ばか、ばか)
 しかし、ノートを開いて、問題を解きながら、こんな言葉を心の中で繰り返している自分に気づく。
(何だって、試験の前に限って、こうなの?)
 計算間違いを、ごしごしと消しゴムで削りながら、美子は考えかけたが、誰が悪いわけでもなく、いつも、自分が一人で、動揺したり、怒ったりしているのだと思い返す。
「集中、集中よ」
 美子が、大きな声を出したので、本棚の上に寝そべっていた、ふーちゃんが目を丸くした。
                         ◎◎
 テスト期間中は、常にそうだが、あっという間に時間がすぎていった。
 寝足りなく、やり足りない気持ちのまま、美子は、最終のベルが鳴るのを聞いた。
 帰り支度にざわめく音を後ろに聞きながら、美子は、ぼんやりと窓から外を眺めた。
 テストのあとに感じる、いつもの解放感を、今日はあまり感じない。その理由は、自分でも分かっていた。
 一つは、二日後に龍一が白河に行くことになっている件だ。
 龍一に、留守中の天満宮と竜泉のことを頼まれ、新しい秘文も教えてもらったが、試験勉強などもあって、あまり修行をしていなかった。当日は、飛月もない。龍一の期待に応えられるかどうか、美子は、まったく自信がなかった。
 もう一つは、試験の前の日に、龍一にとってしまった態度を、美子は後悔していたのだった。
(龍一は、寝る間も惜しんで、道祖神を作ったり、そのほかにも色んな仕事をしているのに、その中で、あたしの質問にも、ちゃんと答えてくれようとしていた。それなのに、話の途中で席を立つようにいなくなるなんて、ほんと最低よ)
 美子は、憂鬱な気持ちを払うことができなかった。空は美子の心の中のように、どんよりと曇っている。
 パシャリ、とカメラの音がしたかと思うと、
「ああっ。失敗しちゃった」
という、声がすぐそばでしたので、美子が驚いて顔を上げると、いつの間か隣にアカネが立って、窓の外に向かって携帯電話を構えていた。
「アカネ、いつからそこにいたの?」
 アカネは、呆れたように美子を見た。
「何言っているの、さっきからいたじゃない」
 美子の隣の席から、麻里が声をかける。
「例によって、待ち受け画面大作戦よ」
 美子が、首を伸ばして、窓の外から見える中庭を見たが、誰もいない。アカネが憤然としたふうで、美子に言った。
「もう、校舎の中に入っちゃったよ。美子も、翔太を見かけたら、協力してくれてもいいのにさ」
「ごめん、ごめん。ちょっとぼうっとしていて」
「そういえば、何か元気ないよ、美子」
 麻里が、心配げに訊く。アカネが、代わりに答えた。
「さっきの化学の試験問題を見て、元気が出る人間はいないよ」
「そう?」
「麻里には、分かんないかなあ。ねえ、美子」
「う、うん」
 美子は、話を合わせた。アカネは、ため息をついた。
「翔太も、元気なかったな」
「試験が最悪で?」
 麻里の言葉に、アカネは、ちょっと声をひそめるように、かがみこんだ。
「違うって。噂によると、翔太の大事にしている、イチローのサイン入りバットが、誰かに傷つけられたらしいよ」
 美子も、アカネに合わせて声を小さくした。
「え、そうなの?」
「そう。たぶん、翔太を妬む奴による犯行だと思うんだけどさ」
 麻里が、ちらと眉を上げた。
「いつも思うんだけど、アカネって、そういう情報を、どこから手に入れているわけ?」
 アカネは、ちょっと得意げに言った。
「それは、秘密です。大事なニュースソースですからね」
 美子は、笑った。
「あたしは、翔太の情報よりも、試験問題の情報のほうを、手に入れてほしいなあ」
 麻里も、笑った。
「ほんと、ほんと」
 そのあと、麻里が、ふと気づいたように、美子に言った。
「美子、あんた今日の日直じゃない? 日直にあれを職員室に運ぶよう、さっき担任が言ってなかった?」
 そして、麻里は前の教卓に積まれている紙の束を指さした。それは、ホームルームに担任教師が、クラスから回収した、健康診断についての事前アンケートだった。
 美子は、慌てて立ち上がった。
「あっ、そうだ。忘れてた」
「手伝おうか?」
 アカネが、訊く。
「ううん。大丈夫。二人とも先に帰っていていいよ」
 美子は、アンケートの束をつかんで、教室を急いで出た。
                         ◎◎
 職員室がある棟と、美子達の教室がある校舎とは、吹きさらしの渡り廊下でつながっている。
 職員室から帰る途中、その廊下を歩いていると、美子は、校舎の裏にぽつんと座りこんでいる人影を見かけた。
 萩英学園の野球部のユニホームを着ている。アカネのおかげで、それが大沼翔太だと、美子にはすぐに分かった。
 何となく気になって、近づいてみる。よく見ると、翔太は、手に持ったバットをじっと見つめていた。
「それが、イチローのサイン入りバット?」
 美子の声に、翔太は、びくっとして振り返り、立ち上がった。
 翔太は、話をしたことはないが、美子が同じ学年の女子だと分かったようだった。それで、少し安心したように、またバットに目を戻しながら、答えた。
「うん……」
 翔太の声は、思ったよりも高く、少年めいていた。
 美子が、翔太の手もとをのぞくと、確かにバットには、サインが書かれてある。が、そのサインを横ぎるようにして、大きな亀裂が入っていた。
「残念だったね」
 美子が言うと、翔太は落ちこんだようにうなずいた。
「野球部のみんなが、どうしても見たいって言うから、学校に持って来たら、試験の最中にやられたんだ。ひどすぎるよ」
 泣きそうになっている翔太を気の毒に思いつつも、美子は、何だか、いらいらしてしまった。
「でもさ、傷があっても、それはやっぱり、イチローのバットに間違いないんでしょ」
 翔太は、美子の言おうとしていることが、分からないようだった。不思議そうに、美子を見る。
「つまり、あなたがイチローからサインをもらったことも、あなたがイチローのファンなことも、あなたが野球を大好きなことも、みんなから期待されていることも、これっぽっちも傷つけられていないと思うよ。
 そりゃ、誰か意地悪な人がいて、そんなことをしたのかも知れないけど、そんな奴のすることに、いちいちくよくよしていたら、もったいないよ。学校の、ほとんどの人は……」
 美子は、さっきのアカネの様子を思い浮かべながら、にっこりして、言った。
「あなたのことを、大好きで、心から応援しているんだから」
 翔太は、真っ赤になって、美子をまじまじと見つめた。そして、小さな声で、
「ありがとう」
と言った。
 美子は、そこで突然ひらめいた。
「あのう、あなたの写真を撮らせてもらってもいい?」
 翔太は、目を見開いたが、
「いいよ」
と言ったので、美子は、携帯電話で、一枚翔太の写真を撮った。
(アカネ、やったわ!)
 美子は心の中で、ガッツポーズをとった。
 そして、晴れ晴れとした気持ちで、翔太に手を振って別れた。
「じゃあ、元気出してね! バイバイ」
 翔太が、美子の後ろから声をかける。
「どうも、ありがとう。あの、君の名前、何ていうの?」
「上木美子よ、一年三組の」
 美子は、走って自分の教室に戻った。しかし、教室の中には、すでに誰もいなかった。
(なあんだ、せっかく翔太の生写真を手に入れたのに)
 そこで美子は、翔太の写真を、アカネにメールで送信した。
 アカネからはすぐに返信が来た。そこには、
『信じられない! ……明日詳細を聞く』
とだけあった。
(アカネ、喜んだだろうな)
 美子は、自分自身に満足して、教室を出た。
 通い慣れた道を、自転車で、天満宮へ向かって走る。
 そうして、さっきの翔太との会話を思い返した。どうしても、龍一と比べてしまう。
 龍一は、どんなことがあっても、冷静で、自分のすべきことを着実におこない、それでいて、いつも優しかった。
(やっぱり、大沼翔太なんて、子供よね)
 美子は、一人うなずいた。
                         ◎◎
 翌朝、美子は教室に入ったとたん、アカネにつかまった。
 美子は、にこやかに挨拶した。
「おはよう、アカネ」
 アカネは、ものも言わず、美子を教室の端っこに引っぱっていく。麻里も一緒に来る。
 アカネが、厳粛な顔で、美子に訊いた。
「さ、美子。洗いざらい話してもらいましょうか」
 美子は、アカネのおおげさな様子に、笑った。
「どう? 翔太の写真、なかなかうまく撮れていたでしょ?」
「確かに。すごーく、よく撮れていたよ」
「アカネのために、撮ったんだよ」
「どうやって、撮ったの?」
「どうやってって、昨日、職員室からの帰りに翔太を見かけたから、撮らせてもらったの」
 アカネの眉をよせた表情を見て、美子は、何だか不安になってきた。
「何よ」
「だって、あれ、翔太の真正面から撮っているじゃない。それも、すごく近くから」
「だから、そういうふうに撮らせてもらったんだもん」
「おかしい!」
「は?」
「だって、翔太は、写真嫌いで有名で、頼んでも絶対撮らせてくれない人なんだよ。だから、いつもあたしは、気づかれないように、苦労して遠くから撮ろうとしてたんじゃない」
「あ、そうだったの?」
「そうなの! それが何で、一度も話したことがない美子に、あっさりオーケーするのさ?」
(ああ、なるほど、そういうことか)
 アカネのさっきからの様子の理由が、美子にはようやく分かった。それで、昨日の翔太とのやりとりを、ざっと二人に話して聞かせた。
 美子の話を聞いても、アカネはまだ納得しないようだった。
「ふうん。じゃあ、美子が翔太を元気づけたから、そのお礼として、写真を撮らせてくれたってわけ」
「だと思うけど。でも、そんなに写真嫌いみたいに見えなかったけどなあ」
「写真嫌いなの!」
 とりなすように、麻里が割って入った。
「アカネ、結果オーライでいいじゃない。美子は、あんたのために撮ってくれたのよ。お礼くらい言ったら? それに、あっちは、どうせ美子の名前すら知らないんだろうし。きっと昨日は写真オーケーな気分だったんでしょ」
 それで、アカネも気をとり直したように、美子に笑った。
「美子、ごめん。ありがとうね」
 美子は、作り笑いをした。そして、最後に翔太から名前を聞かれたことは、言わないほうがいいと思った。

七 『明鏡』
(四分の一)
                         ◎◎
 勅使河原椿(てしがわら つばき)は、朝の身支度を整えると、いつものように神棚の前で三礼をしたあと、拝詞(はいし)を唱えた。
「此れの神床(かむどこ)に坐(ま)す 掛けまくも畏(かしこ)き
天神地祇神八十百神等(あまつかみ くにつかみ やそよろずかみたち) 下三千一百餘神鎮守氏神(しもみちいおおすかみ しずめまもるうじがみ)
 諸々の大神等(おほかみたち)の大前(おおまえ)に 恐み恐みも白さく
 大神達の広き厚き御恵(みめぐ)みを辱(かたじけな)み奉(まつ)り 高き尊き神教(みおしえ)のまにまに
 直(なほ)き正しき真心(まごころ)持ちて 誠の道に違ふことなく
 負ひ持つ業(わざ)に励ましめ給ひ 家門(いえかど)高く 身健(みすこやか)に
 世の為人の為に尽くさしめ給へと 恐み恐みも白す」
 そうして、神棚に上げていた、一巻の和紙を手にとり、その場に正座をして、広げて見た。
 ひと月前、土居龍一から預かったものである。あれから何度も読んで、すでに内容は覚えてしまっているが、もう一度、墨で書かれた一字一句を丁寧に読み返す。
『……私、土居龍一が、本年五月二十五日より二十六日にかけて、白河の地より戻らない場合は、この文書の効力が直ちに発するものとする。そのための執行人及び証人として、土居家三十八代目当主菖之進の実妹、勅使河原椿にこれを預ける』
 書面の最後に、先月の二十六日という日付と、龍一の署名があるのを、椿は、しわのよった指でなぞった。
 そうして、縁側を通して、ふと外に目をやった。
 重苦しい黒い雲が、空をおおっている。週末は雨の予報だった。龍一の白河行きは、今夜である。
 この書類を持って、龍一が、この北山の家を訪れた時のことを思い返す。
 龍一は椿に、三月、瑞鳳殿に宗勝の怨霊が現れたところから、これまでのことを順々に話した。上木祥蔵の死、その娘による宗勝の退魔、その背後にひそむニニギの存在。
『ニニギですと? それが、あのニニギ神だというのですか』
 椿は、驚きの色を隠せなかった。
 だが、ニニギの存在を疑っているわけではなかった。十四年前の京での出来事を、兄の菖之進から聞いて知っていたからである。
 龍一の声と口調は、いつもと同じ、低く落ち着いたものだった。
『驚きになるのも、無理はありません。しかし、確かに、十四年前に私が感じた霊気と同じものでした。あれは、ニニギノミコトに間違いありません』
『しかし、ニニギ神が、なぜ“ヒタカミから伝わるあの霊鏡”のことを知っているのでしょうか』
『それは、分かりません。しかし、ニニギは、三種の神器のうち、八尺瓊勾玉でも天叢雲剣でもなく、八咫鏡が土居家に伝えられているということを、はっきりと知っているようでした。そして、鏡を渡さなければ、土居の結界を、黄泉鬼を使って蹂躙すると脅してきたのです。私は、来月二十五日に、ニニギと白河の南湖で会う約束をしました』
 椿は、龍一の顔をちらりと見て、言った。
『あなたは、白河に……、鏡をもって行くのですか?』
 龍一は、ちょっと笑った。
『もって行かざるを得ないでしょう』
 椿は、自分の声が震えるのを、感じた。
『鏡を、ニニギに渡すのですか』
 龍一は、きっぱりと答えた。
『鏡は渡しません。私の命に代えても。それはご安心ください』
 椿は、困惑したように、龍一を見た。
『しかし、それでは……』
 椿は、口ごもった。自分が言いたいのは、もっと違うことだと分かっていたのだが、うまく言葉が出てこなかった。
 龍一は、椿を安心させるように、言った。
『椿さん。可南子にすべてを託して参ります。その許可を得に、今日は伺ったのです』
 椿は、ぼんやりと、繰り返した。
『可南子。京都の菊水可南子ですか』
『はい。可南子でしたら、少し教えれば、竜泉もみることができるようになると思いますし、鏡も引き継いでくれるでしょう。その手配は私がいたします。今はまだ、可南子にありのまま全部を話すことはできませんが』
 そうして、龍一は、紐でくくって巻いてある和紙の書類をとり出し、椿に渡した。
『ここに、可南子への申し送り事項をすべて書いております。もし私が白河から戻らなければ、椿さんから可南子にこれを渡してやってくれませんか』
 椿は、龍一から渡されるままに書類を受けとったが、はっとして言った。
『まだ、土居家は、あなたを失うわけには、いきませんよ』
 が、言った瞬間に、椿は後悔した。
《私は、こんなことを言いたいのではない。もっと、別な言葉を使わなくては……》
 しかし、龍一は、言った。
『椿さん。これは、あくまで万が一に備えてのことです。しかし、危険がある以上、その準備はしておかなくては。土居家を途絶えさせることだけは、避けなくてはなりません。
 私は、あらゆる可能性を考えなくてはいけないのです。先代のご恩にお応えするためにも』
 椿は、ようやく少しだけ自分の言葉をみつけることができた。
『ああ、龍一。そうではありません。あなたは、もっと自分自身のことを考えなくてはいけませんよ』
 龍一は、椿の目を見ると、すぐに下を向き、手をついた。
『いえ。私は自分勝手な人間です。椿さん、許してください』
 椿は、それで、龍一がすべてを話してはいないことを、悟った。しかし、椿に何が言えるだろう。
(私は、この子にものをいう資格など、とうに自ら手放してしまったのだ)
 椿は、背すじを伸ばし、言った。土居家長老の自分として。
『龍一。話は分かりました。白河行きの件、可南子の件、許可を与えましょう。可南子が来仙したら、一度会わせてください。それとなく心の準備をさせます。それから、可南子には、私が仙台に呼んだようにいったほうがいいでしょう。
 この書類も、私が来月まで間違いなくお預かりします。もし不要となれば、破棄いたします。それでよろしいですね』
『よろしくお願いいたします』
 龍一は、もう一度、深々と椿に頭を下げた。
                         ◎◎
 椿は、書類を手に持ったまま、立ち上がると、縁側から空を見上げた。
 雲が渦を巻きながら、ものすごい速さで南から北へ流れていっている。上空はひどく風が強いのだろう。今夜の白河は、どんな様子だろうか。月は見えないかも知れない。
 椿は、龍一を初めて見た時から、愛していた。自分の三人の娘の誰よりも、愛していたのだ。
 椿は、たびたび、兄に訴えた。
『兄さん、龍一をもっと可愛がってやってください。あの子に必要なのは、親としての愛情なんです』
 菖之進は、腹だたしげに椿に言った。
『黙ってみておれ、椿。龍一は、土居家の次期当主となる者。わしは、親である前に、土居家の現当主として、龍一に教えなければならないことが、たくさんあるのだ』
 椿は、龍一と会う機会があるときには、自分のできる限り、龍一に優しく接しようとした。龍一の失われた母親の代わりに。
 しかし、しまいに気がついた。自分のしていることは、偽善だと。このような中途半端な優しさなど、龍一にとって迷惑にこそなれ、何の役にもたたないだろう。
 椿の笑いかけに対し、龍一は、いつでも素直な笑顔を見せていたが、椿は、その度に、龍一の澄んだ目にたじろがされた。そうして、痛感した。
《誰も、この子の母親の代わりになることなど、できない。ましてや、私の浅い心のうちなど、この子はすべてみ通しているに違いない》
 もし、龍一を守ろうとするのなら、何故全身全霊をかけて、菖之進と戦わなかったのか。所詮、自分も土居家の枠からはみ出すことができないのだ。
(私も、兄と同じなのだ)
                         ◎◎
 椿には、もう、龍一のために祈ることしかできなかった。
 椿は、庭に出て、重く垂れこめた雲の下で、神に祈りを捧げようと、いつものように手を合わせ、
「掛けまくも畏き……」
と言いかけたが、途中で止めてしまった。次には神の名を唱えなければならないのだが、何の神に祈ったらよいのだろうか。とおり一遍の天津神や国津神、産土神でよいのだろうか。あるいは、神皇産霊神(かむむすびのかみ)や、大国主神(おおくにぬしのかみ)か、それとも、躑躅岡天満宮の祭神である菅原大神であろうか。
 椿は、力なく腕を下ろした。
 龍一のために祈る神の名すら、みつけることができない。
 椿は、自分の無力さをただ噛みしめながら、暗雲が吹き飛びゆく様を、呆然と見上げていた。
                         ◎◎
 五月二十五日、午後一番の飛行機で仙台空港に着いたあと、可南子はそのままタクシーに乗って、午後三時前に躑躅岡天満宮へ到着した。
 携帯電話のメールで、可南子からおおよその到着時間を知らされていた美子は、上社境内のベンチに座って、待ち構えていたが、拝殿裏の扉が開く音を聞きつけると、石段を走って下りて行き、可南子の荷物を持って、一緒に石段を上社まで上った。
「ありがとう、美子ちゃん」
 と、可南子は美子に言ったが、その顔は心なしか緊張しているように見えた。
 上社に二人が着くと、築山が庭師小屋から出て来て、可南子に挨拶をした。
「可南子様、おつかれさまでございます」
「龍ちゃんは?」
「龍一様は、宮司舎におられますが、可南子様が来たら、宿舎でお待ちいただいて、あとは夕食をお出しするようにとのことでした」
「ああ、そう」
 可南子は、何だか気がぬけたような顔をして、美子と一緒に宿舎に入った。
 可南子は、寝室に荷物を置くと、リビングの椅子に腰をかけ、美子が出した紅茶を飲んだ。
 美子は、可南子にもらった香水のお礼を言った。
「四つもらったうち、二つを友達にあげたんですが、とっても喜んでいました」
 可南子は、笑顔を見せた。
「ほんま? よかった。あそこの会社の担当者とは、仲よしでね。私が今つけている香水も、オリジナルで作ってもらったんよ」
「あ、そうなんですか! とってもいい香りなんで、前から気になっていたんですよ」
 可南子は、自分の香水の瓶をとり出して、美子に見せた。美子は、ふたを開けて、ちょっと匂いをかいでみる。
「あれ。ちょっと可南子さんの匂いと違うように、感じますね」
 可南子さんは、にこにこして、美子に答えた。
「美子ちゃん、なかなか、嗅覚が鋭いな。
 香水というのは、瓶からの香りと、実際につけたときの香りとは、違うもんなんよ。
 まず、香水は揮発性やからね。つけた当初の香りをトップ・ノート、少し時間が経ったあとの香りをミドル・ノート、最後の残り香をラスト・ノートというんや。
 面白いのは、各人の皮膚の体温や皮脂量なんかの関係で、香りの揮発具合に個人差があることなんや。
 それから、大事なことは、香水は、その人の体臭と混じり合って、本当の香りとなるということ。だから、同じ香水をつけても、つける人によって、違う香りに感じることになるんよ。
 この香水は、私用に調合してもろうたんやけど、その担当者の子は、まず私の希望を聞いた上で、私の皮膚の検査から、体臭、どういうたばこを吸うかまで全部聞いて、それに合わせて作ってくれたんよ。
 私はこのほかに、和服のとき用のも、作ってもらって持っているんやけどね」
 美子は、ひどく感心してしまった。
「香水っていうのも、奥深いものなんですね。
この間可南子さんにもらった香水のうち、春と冬のものは、自分用にとっておいてあるんですが、なかなかつける機会がなくて。学校には、つけていけないし」
「そんなら、寝る前にでもつけたらどう? 香水というのは、ほとんど自分で楽しむもんやと、私は思うな。普通の距離で会っている人に対しても、ぷんぷん匂うほどにつけるというのは、無粋やね。ふとした瞬間に、そこはかとなく香るというのが、いいんや。
 そやから、私は、香水は、人と会う直前ではなく、三十分くらい時間を空けて、つけていくようにしているよ。つけた直後は、どうしても強く匂ってしまうからねえ」
 美子は、こんなふうに、可南子と話しているのが、とても楽しかった。可南子は、洗練された大人の女性だが、ざっくばらんで、美子に、少しも押しつけがましくない言い方で、色々なことを教えてくれるのだった。
「あたしも、大人になったら、オリジナルの香水を作ってもらいたいなあ」
 美子が言うと、可南子はにこにこした。
「うん。そのときは、調香師の子を紹介するよ。でも、作ってもらうときは、京都まで来なあかんよ。色々検査があるからね」
「あ、やっぱりそうなんですか」
「そうよ。機械でも検査するんやけど、一番大事なのは、自分でかぐことや、いうて、最後に、その人の体臭を、くんくんかぐんや」
「えーっ」
 美子の驚いた顔を見て、可南子は、笑った。美子は、思わず、自分の体をかいでみた。
「でも、そんなに体臭ってあるものですかねえ」
「西洋人ほどではないにしろ、やっぱり私らにもあるみたいよ。それに、調合師の人は、さすが、普通の人よりも嗅覚が優れているんやね。話を聞くと、日本人でも、人それぞれ、体臭には歴然とした違いがあるんやって」
「へえ」
「そういえば、龍ちゃんも、匂いにうるさいよ」
 美子は、どきりとした。
「えっ、そうなんですか」
「ちょっと前にたばこを吸ったとか、香水を変えたとか、すぐ分かるみたいやし。まあ、普段は気がついても、あまり何も言わないようやけど。
 この間、一週間、私はここの本殿で修行したやろ?」
「ええ」
「本殿に入る前は、必ずシャワーを浴びて来いと言われて、そうしたんやけど、一日目は駄目出しされてしもうた」
「どうしたんですか?」
 可南子は、肩をちょっとすくめた。
「京都から持ってきたシャンプーやソープを使って行ったら、匂いがきつすぎるから、次からは、別なものを使ってくれ、って。仕方ないから、二日目からは、美子ちゃんのものを使わせてもらってたんよ。
 宿舎に置いてあるものは、みんな無香料みたいやね。龍ちゃんにいわれたから?」
 美子は、驚きながらも、首を振った。
「いいえ。ここにあるシャンプーや石鹸は、全部もとから置いてあったものなんです。天満宮でまとめてとりよせているみたいで、届くと築山さんが、宿舎の分も補充してくれるので、そのまま使わせてもらっているだけなんです」
 可南子は、うなずいた。
「結局、龍ちゃんの意向なんやろな」
 美子は少し心配になった。何故なら、可南子が来る前に、青竜の香水を少しだけ試しにつけてみていたからである。
「……龍一は、香水も嫌いなんですかね」
 可南子は、美子をちらっと見て、たばこに火をつけながら、言った。
「いや。本殿に入るときにだけ、気をつけてほしいだけやないかな。龍ちゃんは、毎日本殿に入るから、ついでに天満宮で使うものを、香りのないものに統一しているということやろ。私の香水の匂いも、嫌がるふうではないし」
 と、可南子は、たばこの煙を吹き出しながら、にやりとした。
「ま、私がたばこを吸うことに関しては、何だかぶつぶつ言うこともあるけどな。そんなもん、いちいちきく気もないから、知らんふりをしているんやけどね」
 そうして、可南子は、あはは、と笑った。
 美子と、そんなおしゃべりをしているうちに、可南子も、天満宮に到着した時より、ずっと緊張がほぐれてきたようだった。
 午後六時すぎに、築山が宿舎に、二人分の夕食を持って来てくれた。
「あっさりしたものがいいとの、可南子様のご注文がありましたので、今夜はうどんにいたしました」
 そう言って、築山は、ざるに上げた冷たい稲庭うどん、たれ、薬味などをリビングのテーブルに並べた。薬味は、大葉、みょうが、しょうがのほか、すった胡瓜やトマト、大根おろしなど様々である。
「トマトも、うどんに合うもんやな」
 可南子は、いつもの旺盛な食欲で、さっそくうどんに手をつける。
 細く透きとおったうどんは、つるつると喉越しがよく、美子もどんどんと箸が進む。たちまち、ざるの上はからになった。
「ごちそうさま」
 可南子は、箸を置いたあと、掛け時計をちらっと見た。そろそろ七時になろうとしている。
「いったい、龍ちゃんはどないしたんや。さっきからさっぱり顔を見せんやないの。まだ白河には出発していないんやろ?」
 食器を片づける築山に、可南子が不満げな様子で、訊ねた。
「はい。まだ宮司舎におられます。私も今からちょっと宮司舎に行って、見て参ります」
 築山が答えた。
 築山が出て行くと、可南子は、また緊張がぶり返してきたようで、たばこをいらいらともみ消し、立ち上がった。
「美子ちゃん。シャワーを貸してくれへん。そろそろ用意をしておくわ」
「はい、どうぞ」
 可南子が、リビングを出て行ったあと、美子は、リビングの西側のガラス戸を開けて外を眺めた。
 すでに日は落ち、辺りは夕闇が広がっている。
 可南子の緊張が移ってきたのか、美子も不安な気持ちになってきた。
 龍一は、何をしているのだろうか。宮司舎で葦原との対決の準備に余念がないのだろうか。
 美子は、不安なときにいつもそうするように、無意識に首にかかっている赤い石にふれた。
 さらさらとした石の感触を確かめながら、心の中で、龍一に今までに教えてもらった四つの秘文、『三種大祓』、『天地一切清浄祓』、『ひふみ祓』、『降来要文』を繰り返してみる。一応、全部暗記はしているが、『三種大祓』以外の秘文は、まだ自分のものになっているとは、とうていいえなかった。
(やっぱり、練習不足だわ。もし今夜にでも、黄泉鬼がここに来たら、龍一の代わりに私が竜泉と可南子さんを守れるだろうか)
 美子は、胸が苦しくなった。
 龍一は、黄泉鬼とは、怨霊と違い、魂までも術者に操られてしまっているのだと言った。美子は、天満宮をひしひしととり囲む黄泉鬼の黒い影を、想像した。
(ううん。もしそうなっても、きっと龍一がすぐ来てくれるわ。ああ、でもそのちょっとの間に、とり返しのつかないことになったら)
 美子は、龍一の目に失望と悲しみの色がさすことを考えただけで、いてもたってもいられない気持ちになった。
(こんなふうに、ただ考えているだけじゃ、仕方ないわ。夜中までの間に、少しでも秘文の練習をしておこう)
 秘文の練習をするときは、いつも飛月を構えておこなっている。今夜は、飛月は龍一が白河に持って行くことになっているが、飛月がなくとも、あるつもりになって秘文を唱えようと美子は思っていた。
 それで、リビングボードの上に置いてある飛月をとり上げた時、開けていた窓の向こうから宮司舎のガラス戸が開く音がしたので、美子が急いでのぞいてみると、龍一が宮司舎の縁側から出て来るのが見えた。
 龍一は、宿舎を訪れるときと同じように、宮司舎からも、ほとんど玄関を使わず、縁側にあるガラス戸から出入りしていた。
 龍一は、袖の中で腕を組んで、ゆっくりと宿舎の美子のほうへ歩いて来た。
 美子は、網戸を開けた。龍一が、その前まで来る。
「やあ、美子。そろそろ行って来るよ」
 美子は、びっくりして、龍一を見た。
 龍一は、白地に紫の模様が細かく入った夏用の着物をゆったりと着ている。素足に草履を履いた姿は、何だかこれから近所へ散歩にでも行くように、見えた。
 龍一は、ちょっと宿舎の中をのぞいた。
「可南子は?」
「可南子さんは、今シャワーを浴びているよ」
「そうか。じゃあ、可南子によろしくいっておいてくれ」
 美子は、慌てて、言った。
「もう、行っちゃうの? 可南子さんがそろそろ出てくるから、ちょっと待っていてよ」
 龍一は、少し首をかしげて、
「そうしたほうが、いいかい? 特に言うこともないのだけれど」
と言ったが、美子が持っている飛月を見て、
「ああ、そうだ。飛月を借りる約束だったね。じゃあ、借りていこう」
と、組んでいた腕をほどいた。
 美子は、そのまま龍一に飛月を渡した。龍一は、そのほかは、まったくの手ぶらだった。
 美子は、のんびりとした龍一の様子に、戸惑いながら、訊いた。
「龍一、本当に大丈夫なの?」
 龍一が、驚いたように、美子を見た。
「大丈夫って、何がだい?」
「何がって、これから白河に行って、葦原と対決するんでしょう? 何万もの黄泉鬼たちも、待ち構えているって、言っていたじゃない。あたし……」
 美子は、ちょっとうつむいた。
「あたし、今回龍一が教えてくれた秘文の練習をあまりできなかったの。こんなことで、本当に竜泉と可南子さんを守れるか、自信がないの。もし、龍一が帰って来る前に、黄泉鬼たちがここにやって来たらと思うと、不安で」
 龍一は、しばらく黙ったまま、美子を見ていたが、やがて言った。
「この間、私が竜泉を守ってくれと言ったことを、覚えていてくれたんだね。ありがとう。
でも、大丈夫だ。黄泉鬼をここに来させるようなことは、しないよ。だから、安心して待っていてくれ。私が必ず、天満宮はおろか、鬼越道の内側には一歩たりとも、黄泉鬼一匹、入れさせはしないから」
 そして、それでもなお不安そうな美子の顔を見て、
「まだ、心配かい? ずいぶん、私も信用がないな」
と、冗談めかして、笑った。美子は、急いで、
「ううん。そんなことないけど」
と言った。
 龍一は、手に持った飛月を、その重さを確かめるように、軽く振ったあと、もう一度美子を見た。
「じゃあ、こうなったら、美子にだけ教えよう。実は、私にはすごい秘密兵器があるんだ」
「秘密兵器?」
 美子は、驚いて顔を上げた。龍一は、ちょっと声を低めて、打ち明けるように話す。
「そうだ。飛月や稲荷大神秘文よりも、ずっと強力な武器だよ。だから、葦原なんかには絶対に負けないよ」
 美子は、興味をそそられて、訊いた。
「飛月や稲荷大神秘文よりも、すごい武器って、いったいなんなの?」
 そうして、思わず、龍一がどこかに隠しているのではないかというように、その背後に目をやった。
 龍一は、笑いながら、
「それは、秘密さ。でも、それは、杖の道祖神よりも、ずっと力の大きな、柱の道祖神、とだけ言っておこう」
「柱の道祖神?」
 龍一は、ちょっと笑いを引っこめて、答えた。
「そうだ。前に、道祖神の原形は、杖だと説明しただろう? その杖よりも、敵を打ちのめす力の強い道祖神がある。それが、柱の道祖神だ。私には、それがある。
 だから、もう心配するなよ」
 龍一の、いつもの力強い声だった。美子はそれを聞くと、赤い石にふれたり、ふーちゃんの温かさを感じたりするときと、同じように、心安らかな気持ちになった。
 それで、龍一に向かって、うなずいた。
「うん。龍一を信じている」
 そこへ、可南子がリビングに戻って来た。装束に着替えている。純白の着物に緋色の袴をつけた、巫女の姿で、化粧はしていなかったが、ひどく美しく見えた。
 可南子は、龍一を見るなり、開口一番、言った。
「なんや、龍ちゃん。えらい、のん気な格好やないの。まさか、それで葦原に会いに行くわけやないやろね」
「一応、南湖神社で装束に着替えるつもりだよ。装束は、隆士のものを借りればいいだろう。隆士の背格好は、私と似ているからね」
 そうして、龍一は、可南子の装束姿を見て、言った。
「とてもよく、似合っているよ」
 可南子は、ちょっと眉を上げた。
「それは、どうも。龍ちゃんも、ようやく私の魅力に気づきはったとみえますな。しかし、ちと遅すぎるんやないの」
 龍一は、笑った。
「そうだね。ちょっと遅すぎたね」
 そして、言った。
「可南子には、今回、色々迷惑をかけるけれど、よろしく頼むよ」
 可南子は、驚いたような顔をした。
「うん……。まあ、役にたつか分からんけど、ちゃんと十二時から、稲荷大神秘文を唱えるから」
 龍一は、微笑んだ。
「ありがとう。でも、さっき美子にも言ったけれど、そんなに心配しなくても、大丈夫だと思う。この一ヶ月、道祖神の破壊もぴたりとやんでいる。
 それに、さっき南湖神社に確認したら、隆士の意識もはっきり戻ってきたらしい。どうやら、葦原は、もう隆士を解放したようだ」
「ほんま?」
「ああ。葦原の考えが変わったのかは、分からないが、少なくとも隆士のことは、もう心配いらないようだ。一応、葦原と会う前に、直接隆士を見舞ってくるつもりだけれど、だいぶ具合はいいようだ」
 可南子は、ほっと息をついた。
「そうか、そんなら、良かった。一安心やな」
 龍一は、二人に向かって、ちょっと飛月を上に上げて、挨拶するような仕草をした。
「とりあえず、私はこれから、車で白河に行ってくる。今夜は、築山も一晩中天満宮にいる。葦原との話し合いも、そんなにこじれずに済むだろう。可南子には、一応十二時からの稲荷大神秘文は、お願いするけれどね。こちらが終わったら、すぐに連絡するよ」
「気いつけてな」
 可南子が、ガラス戸のそばまで来て、龍一に言った。美子も、言った。
「いってらっしゃい」
 龍一は、ちょっと歩きかけたが、見送ろうと外に出た美子のほうを振り返った。
「いい匂いがするね」
 美子は、赤くなった。
「可南子さんにもらった香水をちょっとつけてみたの」
 龍一は、にこりとした。
「そうか。……自分に合った香りは、身を護ってくれるというよ」
 そうして、飛月を持った龍一は、上社の鳥居をくぐり、石段を下りて行った。
                         ◎◎
 龍一の姿が見えなくなると、可南子が、つぶやいた。
「なんか、いつもの龍ちゃんじゃないみたいやな」
 美子は、びっくりして可南子を見た。
「そうですか?」
「うーん」
 可南子は、うなって、リビングの椅子に腰かけ、たばこを箱からいったんとり出したが、ちょっと考えて、しまい直し、ミントのタブレットを代わりに口に放りこんだ。
 美子は、ほうじ茶を淹れて、可南子に出してやった。
「龍一の様子は、いつもと違いますか?」
 心配そうな美子に対し、可南子は、いつもの快活な様子に戻って、答えた。
「いや、急に私の装束姿を褒め出したりしたんで、なんや、気色悪くてな。あの男に、けなされたことはあっても、褒められたことなんて、いっぺんもなかったからな。なんか、裏があるんやないかと、思ってしまったんや」
「そんな。可南子さんが、本当にきれいだから、龍一も思わず褒めただけですよ、きっと」
 美子が、一生懸命言うのを聞いて、可南子は、にっこりした。
「ありがとう、美子ちゃん」
 そうして、可南子は、時計を見た。
「まだ、夜中までだいぶ時間があるね。ちょっと着替えるのが早すぎたかも知れんな。テレビでも観ようか」
 美子は、可南子がだいぶリラックスした様子になってきたので、ほっとした。そして、テレビをつけてみる。
「衛星放送で、何か映画をやっているかも知れません」
 ちょうど、『スターゲイト』という映画が始まるところだったので、二人はそれを観ることにした。
 可南子が、思い出そうとするように眉をひそめる。
「ずいぶん、前の映画やな。小さいころに一度テレビで観たことがあるような気もするけど、内容は忘れてしもうたわ」
 美子は、一度も観たことがない映画だった。単なる時間つぶしのつもりだったが、意外に面白くて、二時間があっという間にすぎた。
 観終わると、可南子は、ため息をついた。
「結構、面白かったね」
「そうですね」
 美子は、時計を見た。午後九時すぎだ。十二時までにはまだ三時間弱ある。
 それで、可南子に言った。
「あたしも、お風呂に入ってきていいですか」
「うん。ゆっくり浴びておいで」
 可南子は、携帯電話のメールをチェックしながら、答えた。美子が、リビングを出て行く。
 テレビは、番組がきり替わり、クラシックのオーケストラ・コンサートの模様を流していた。
 演奏曲目は、モーツァルトのピアノ協奏曲第二十番だった。モーツァルトには珍しい短調の曲だ。美しく、激しく、そして、せつない。
 可南子は、この曲が好きだったが、聞くと、何だかいつも落ち着かない気持ちになるのだった。何かを思い出そうとして、思い出せない、そういういらただしさを感じるのだ。
 可南子は、テレビ画面から視線をそらし、リビングボードの上に置いてある、二つの香水の瓶に目をとめた。美子にあげた、青竜と玄武の香水である。
 この香水を作った友人に、こう相談されたことを思い出す。
『今、四季をイメージした香水を試作しているんだけど、名前をどうしたらいいと思う?』
 それで可南子は、古代中国の伝説に基づく四神の名、青竜、朱雀、白虎、玄武はどうかと提案したのだった。
 古代中国の方角についての四象の考え方によれば、青竜は東とともに春を、朱雀は南と夏を、白虎は西と秋を、そして玄武は北と冬を象徴している。また四神は、平安京の都市計画の基になった風水の思想にも密接に関係しているのだ。
『京都の会社が作る香水の名前として、ええんやないかな』
 それが、そのまま通って、商品化されたのだった。
「青竜と玄武か……」
 四神がもつ色のイメージそのままに、青竜の瓶は青く、玄武のは黒い。
 それから、可南子は、龍一が出かける前に、美子の香りを褒めたことを思い出した。
 美子が、龍一を慕っていることは、はた目から見ても明らかだったが、龍一は美子のことをどう思っているのだろうか。
 可南子は、無意識に首を振った。
「……だとすれば、あまりに残酷やないの」
 可南子は、美子のことを思って、胸が痛んだ。
                         ◎◎
 その時、可南子の携帯電話が鳴った。
 出てみるとそれは、可南子の父、菊水秋男だった。
 秋男は、いつもの、のんびりした調子で話し出した。
「おう、可南子。元気にしてはりますか? ずいぶん、会うてないけど」
「なんやの、お父さん。どうしたん?」
 可南子は、ちょっといらいらしたような口ぶりで答えた。
 父のことは嫌いではないが、話すときは、いつも自然とこうなってしまう。
 秋男は、気にしない様子で、話し続ける。
「いや、何の用事ということもないんやけどな。しかし、ちょいと思いつきましてな。
 可南子さん、帰りに『日高見(ひだかみ)』を買うて来てくれへんかな。前に龍一さんからお土産にもろうたのが、えらい美味しかったんや」
「『日高見』? 宮城の地酒のことか?」
「そうや、そうや。ひと月前にもろうたんやけどな、あっという間になくなってしもうてなあ」
「あんなあ、お父さん。私は物見遊山に、ここに来ているわけやないんよ」
 言いかけて、可南子は、ふと気がついた。
「私、お父さんに仙台行きのことを、言いましたっけ?」
 秋男が、言う。
「そやから、この間、龍一さんが眞玉神社に来はった時に、聞きましたんや。『これから可南子を仙台にお借りします、ひと月後にもお借りします』ゆうてな。ご丁寧にお土産まで持ってきはりまして、それが、また結構なお酒でして、大変おいしゅういただきました」
「酒の話は、もうよろし。それで、龍ちゃんが眞玉神社に行ったゆうんは、四月二十六日のことなん?」
 秋男は、ゆったりと答える。
「日にちのことは、忘れてしもうたけどなあ。でも、そんなもんやないんちゃうか?
 日高見をあけたとき、一緒に飲んだ芸妓はんが、『都をどりも終わりどすなあ、五月に入りましたら是非あてらの鴨川をどりを見に来ておくれやす』ゆうておりましたからなあ」
 可南子は、ため息をついた。
 秋男の話し方を聞くと、常にまだるっこしさを感じるのだが、それで自分が、たまに京の人間ではないように思えてくるのだった。
「つまり、龍ちゃんは、私に会う前に、お父さんに会いに行ったわけやな。わざわざ私を借りる断りに行ったんやろか。そんなこと、一言も私には言わんかったけど。
 相変わらず、何も言わん男や」
「そうとも、違うんやないかなあ」
と秋男が言うので、可南子は、むっとした。
「違うって、今、お父さんがそう言わはったやないの」
「龍一さんは、確かに可南子を連れて行くゆうことも、言わはりましたけどな、私に会いに来たんは、別に訊きたいことがあるゆうことどしたなあ」
「お父さんに訊きたいこと? それはいったい何なん?」
「なんや、十四年前の咲子さんの事件について、私の知っていることを詳しく話してほしい、ゆうてな」
「十四年前?」
 秋男は、変わらない口ぶりで話し続ける。
「ほれ、可南子は覚えておらんかな。うちにいっとき、いはった、咲子さんゆう巫女さんやけんど」
「もちろん、知っとるよ。上木祥蔵さんと結婚しはった人やろ」
「そうや。祥蔵さんと出会って、宮城にお嫁に行きはったんやが、その三年ほどあとに、いなくならはったんや。
 ほんまに、惜しいことしたなあ。観音さんみたいに、それはきれいなお人やったんやが」
 可南子は、またいらいらしてきた。
「それで、その咲子さんの何を、龍ちゃんが訊きに来たん?」
「そやから、十四年前、眞玉神社で、咲子さんが消えてしもうた時のことを、や」
 可南子は、驚いた。
「消えた? 亡くなったんやろ?」
「表向きは、亡くなったゆうことになってますがな。そうかといって、遺体もなんも見つからへんままなんや。一緒にいた祥蔵さんは、咲子さんは、泉の中に消えた、言わはりますしな。
 私らは、それを聞いて、ああ、咲子さんはもとの場所に戻らはったんやろうな、と思ったんやけどな。
 そやけど、祥蔵さんとしては、あの状況では、そう思えんのも無理なかったやろうしな」
 可南子は、混乱して、秋男の話を止めた。
「ちょっと、お父さん。順を追って、話してえな。さっぱり言うてることが、分かりませんがな」
 秋男はそれで、仕方がないな、というように話し始めた。
「そやなあ。祥蔵さんも亡くならはったということやし、可南子に話してもええと思うけどな。とはいえ、誰に口止めされておることでも、ないんやけどな。
 そもそも、咲子さんというお人が、眞玉神社の巫女にならはったいきさつというのは、こうや。
 十七、八年前のある日、私が眞玉に行きましたらな、本社裏の湧き泉の前に白い服を着た若い女の人が倒れはっててな。私が声をかけたら、すぐ気がつかはりましたんやけど、咲子ゆう名前以外、自分のことをなんも覚えておらんかったんや。
 身につけておるもんは、服のほかは、赤い石を首にかけたきりでな。私は、あんたのお母さんと話し合うて、自分のことを思い出すまで、眞玉神社で面倒みようと決めましたんや。
 咲子さんは、あんなぼろ神社でも、文句いわず、よう働いてくれましたけどな、やっぱり昔の記憶は戻らんままやった。
 そうこうするうち、一年ほど経って、たまたま土居菖之進さんのお使いで京都に来はった上木祥蔵さんと出会って、結婚しはりましたんや。式は眞玉神社でさせてもろうたんやけどな」
 可南子は、うなずいたが、秋男の話を中断したくなくて、言葉ははさまなかった。
「その後、咲子さんは、涌谷で祥蔵さんと新婚生活を始めはりましてな、女の子を授かりました、ゆう手紙をもろうたりしたんやけど、まあ、遠方やしな。しばらく会う機会もないままやったんやけんど、ある時、ふらりと眞玉神社に咲子さんが帰って来たんや。それが、十四年前の夏のことなんや。その時はまだ私らも、雲ヶ畑の神社近くの家におりましたからな。
咲子さんが、突然私らの家に来はったのには、驚きましたが、咲子さんが、『特に用があるわけではないけれど、なつかしい神社で一晩寝泊りさせてくれませんか』、言わはりましたんで、構いまへんとお答えしたんや。まあ、女性にも色々あるやろうからな。眞玉神社は、咲子さんの実家みたいなとこや、思うてましたしな。
 するとその数時間あとに、菖之進さんから連絡が入りまして、『咲子さんを追いかけて祥蔵さんも眞玉神社に行きます』、と聞きましたんで、ああ、やはりこれは、夫婦の問題なんかな、とその時は思うたんや。
そやけど、それは間違いやった」
 ここで、秋男は、ちょっと言葉を止めた。可南子は、秋男がまた話し出すまで、辛抱強く待った。
「……祥蔵さんが咲子さんを追って来たんは、菖之進さんの、いや、龍一さんにいわれたかららしいんやな」
「龍ちゃんに?」
 可南子は、思わず言った。
 秋男の口調は、心なしかのんびりしたものから変わっていった。
「私らとは直接には関係ないことなんやけれども、十四年前の土居家というんは、例の跡とり問題で、守護家との間で、ずいぶん揉めていた時期なんや。菖之進さんには、子供がおらんかったからなあ。それで龍一さんを探し出してきて、次期当主と決めはったんやが、守護家の一部が、強行に反対してな。
……可南子も、少しはお母さんに聞いて知っているやろ?」
「うん……」
 龍一は、菖之進の本当の子供ではない。子のいない菖之進が、土居家を継がせるため、霊力の強い龍一をどこからかみつけてきて、養子としたのだった。龍一はもともと捨て子で、それまでは孤児院で育てられていたらしい。
「土居の血をまったくひいておらんもんを守護主とさすんのはどうかとか、まあ、こういっちゃえげつない言い方になるけど、どこの馬の骨とも分からんような子を入れるくらいなら、守護家のうちの誰かから当主を選んだらええやないかとか、けんけんがくがく、あったそうやな。
 しまいには、菖之進さんが、龍一さんで押しきりはったんやけれども、守護家らがしぶしぶでも龍一さんのことを受け入れたんは、菖之進さんの強い意志ばかりでなく、龍一さんの霊力の高さを目のあたりにしたことが大きかったそうなんや。
それが、つまり、咲子さんが消えたゆうときのことでな。龍一さんが東北の守護者全員の前で、その場にいた祥蔵さんに、『あなたの奥さんが鬼に襲われるから早く助けに行くように』と、言いなすったらしいんや。
 その時ちょうど、咲子さんは京都に来はってたんで、菖之進さんは、私に電話をかけてきたって、『咲子さんは無事ですか』、と訊かはった。そん時は、私も何のことや分からんかったけど、わざわざ眞玉神社へ行ってみましたけどな、咲子さんの様子に特に変わったことはあらへん。そやから、菖之進さんに、折り返し、そうお答えしましたがな。
 けれど、龍一さんが……、この時は、まだ小学生くらいのお子でしたがな、咲子さんは何ともあらへんと聞いても、やっぱり自分の言うことを変えませんでしたので、菖之進さんも、祥蔵さんを京都に向かわせたらしいんどす。まあ、守護者たちの手前もあらはりましたんやろな。その時は、ほかの守護者たちの中には、龍一さんの言葉を信じんもんも、だいぶいはったみたいやな。
 祥蔵さんは、その日の夕方に眞玉神社に着かはって、つつがなく咲子さんと会うたんやけども、時間も遅いゆうこともありまして、その晩は、咲子さんと一緒に眞玉神社に泊まるゆうことになりました。
 ここからは、私も菖之進さんからのまた聞きになるんやけれどもな、その日の夜、祥蔵さんがふと目を覚ますと、隣に寝ていたはずの咲子さんがおらんかったそうや。それで起き上がって神社の周りを探してみると、本社裏の泉のそばに咲子さんが立っておるんのを見つけたんやけれども、それと一緒にとてつもなく力の強い怨霊がおって、咲子さんを泉の中に引きこもうとしておったそうや。菖之進さんから、土居家に伝わる霊刀、飛月を持たされておった祥蔵さんは、それをかかげてその怨霊に立ち向かっていったそうなんやが、あっという間に飛月もろとも右腕を吹っ飛ばされてしもうたということや。
そうして結局、咲子さんは、その怨霊とともに、その場から忽然と姿を消してしもうて、そのあとには、祥蔵さんが、出血多量で朦朧としたまま残されたというわけや。
 ところで、祥蔵さんを一番に発見したんは、私なんやが、もし祥蔵さんを朝まででも放っておいたら、当然祥蔵さんの命も危ないとこやったと思うけれども、咲子さんがいってしもうたあと、割合すぐに祥蔵さんを見つけることができましたんや。
 というのは、あんたのお母さんが、暗ろうなってから、お帰りにならはりましてな、ほれ、例のお茶会やらや。それで、部屋に入るなり、『お父さん、神社のほうになんや得たいの知れん光がありますよ』と、言わはったんや。
 私が外に出てみた時には、もう何も見えませんでしたがな、昼間の菖之進さんからの連絡なんかもありましたんで、やはり気になりましたんで、神社に行ってみることにしましたんや。そこで、気を失いかけている祥蔵さんを泉のそばで見つけましてな、慌てて救急車を呼んで病院へ運びこんだゆう次第なんや。
 祥蔵さんは、体の血をだいぶ流して、いっときは危篤になりましたけんども、右腕を失くしたとはいえ、辛くも命をとりとめましてな、それで、祥蔵さんは宮城に帰ったあと、菖之進さんと守護者たちに、ことの経緯を報告したそうなんや。『咲子は確かに京で鬼に襲われ、そのあと消えてしまいました』とな。それで龍一さんの予言の正しさが証明されて、守護者達は、龍一さんを認めざるを得なかった、というわけなんや。
……と、ここまでは、龍一さんもとうにご存知のことばかりなんやけどな」
 オーケストラは、次の曲を演奏し始めていた。モーツァルトのピアノ協奏曲第二十四番だった。可南子は、テレビの音量を少し下げた。
 秋男にも、可南子が息をつめて自分の話に聞き入っているのが、分かっているようで、一息入れたあと、すぐに話を続ける。
「龍一さんが、この間、わざわざ私のとこに話を聞きに来たんは……、しかし、ようあんな辺鄙なところまで来はりましたな。いや、脱線するわけではないんやけれども、不思議なんや。
 というのは、今は私らも、雲ヶ畑の家には、ほとんど帰りませんやろ。あんたは祇園のマンションに住んではるし、私とお母さんは河原町二条や。雲ヶ畑は普段は空き家で、たまに神社に用があるときにしか、行きませんのや。
ところが、この間、忘れもんを思いたって、たまたま二週間ぶりくらいに眞玉神社に行きましたら、龍一さんがその場にぽんと立ってはったんで、驚きましたんや。
『少し確かめたいことがあるので仙台から来ました』言わはるんで、『今は私らはここに住んでおりませんのや、今日ここに来たんも二週間ぶりなんどす』言いましたら、それは自分も運がよかったと言わはりましたがな。
……まあ、それはそれとして、龍一さんが確かめたいことゆうんは、咲子さんがいなくなった前後のことで、祥蔵さんが菖之進さんに話してない部分がないか、つまり、龍一さんの知らない事実がないか、ゆうことどした。
 それで、私は今言ったことを丹念にお話ししましたがな、特に祥蔵さんが救急車で運ばれて行く最中、この時、私がつきそっていたんやけれども、その時祥蔵さんがさかんにうわごとを言っていたことは、龍一さんも知らんかったらしいどすな。そらそうやな、祥蔵さん自身もそんなことは覚えておらんかったやろうからな。
 祥蔵さんは、病院に行くまでの間、ずうっと、『サクヤヒメ、サクヤヒメ』と繰り返しはってたんや。それで、それを龍一さんに言いましたら、それは自分も初耳だったと言わはりましてな……」
 秋男の話は、これで終わったようだった。可南子は、自分に言い聞かせるように、つぶやいた。
「サクヤヒメ、か」
 秋男は、もとの調子に戻って、可南子に話し続けた。
「まあ、何でまた、龍一さんが今になってそんなことをわざわざ訊きに来たんかゆうんは、分かりませんがなあ。
そのあとで、可南子を仙台に連れて行くゆう話をしはりまして、年始の挨拶にも伺わず失礼しましたゆうて、宮城の地酒をくれはったんや。
 ほかは、そうやな、龍一さんが年初めに送ってくれはった年賀状の話をしましたな。あの人は、昔からすじがよろしゅうて、私もたまにしか教える機会もありませんでしたが、最近は、特に筆遣いが冴えてきましてな。今年の年賀状に書きはった『明鏡止水』ゆう字なんかは、なかなかの境地に達しはりましたなあと、申し上げましたんや。
 ところで、可南子、あんた今年は年賀状をくれへんかったようやが、どないしたんや? 具合でも悪かったんか?」
 可南子は、すっかり考えこんでいて、秋男の質問にしばらく気づかなかったが、
「可南子、可南子、聞いてはりますか?」
と言われて、ようやく、
「え、何や。年賀状か? ああ、仕事関係は出したんやけど、もしかしたら、お父さんたちには出さんかったかも知れへんなあ。ええやん、松の内に一回会うたやろ」
と、ぞんざいに答えた。秋男は、とたんに説教するような口調になる。
「可南子さん。そういうんは、あきまへんで。親子の間柄でも、年始の挨拶くらい、面倒がらずに一筆でも書くゆうんが、礼儀ちゅうもんや。あんたの字も、少しは上達したかも、毎年いっぺんくらいは、見させてもらわなあかんしなあ」
 秋男は、書道家で生計をたてているのだった。可南子は、いい加減に受け答えをする。
「ええよ。私はどうせ、書道には向いていないんや……」
 すると秋男は、きっとして、言った。
「何を言うてます、字を書くのに向き、不向きは関係あらへん。字というんは、書く者の心を映す鏡や。挨拶文一行だけでも、もろうたほうは、そこに相手の姿をみることができるんどす。そやさかい、書くほうも、普段の身なりに気を遣うように、字の一つ一つに心配りを怠らんようにせな、あきまへんのや。
 字というものは面白いもんでな、その人の精神状態がはっきりと現れよる。そやから、字もその人とともに年々成長していくもんなんや。字の修行は、人間の修行をするんと同じなんやで」
 可南子は、秋男からこんなふうな書道論を、小さいころから常に聞かされ続けてきたので、内心のうんざりした気持ちを隠しながら、軽く話をそらした。
「次から年賀状を出すようにするさかい。日高見も買っていくからな。
 しかし、お父さん、あんまり花街にばかり通ったらあかんよ。この間も先斗町のおねえさんに、『菊水先生が先日も見えはりました、いつもご贔屓にしてもろておおきに』と、言われたばかりや。うちのお母さんにばれたら、あんまりええことないんちゃうか」
 秋男は、とたんに寂しげなふうになった。
「ええんや。桔梗(ききょう)さんはそんなことはとうに知ってはりますのや。知ってはって、『あんさんもどんどん遊びなはれ、私もどんどん外に出ていきますから、お互い子育ても終わったことやし、自由にやりましょう』言わはるんや。そいで、三日にいっぺんは午前様や。
 可南子、お母さんはどこで何しはっているんやろなあ」
 しょんぼりしたような秋男に、可南子は、やれやれと思いながら、それでも励ますように、
「どこで何をって、お母さんも茶道の仕事やおつき合いで忙しいだけやないの? お互いの会話がないのがよくないんや。いっぺん二人で旅行にでも行ったらどう?」
と言った。秋男は、自信なさげなふうで、
「そうやなあ。しかし私が誘っても桔梗さんがうんと言うてくれますかなあ。あちらはお茶の仲間やなんかと年になんべんも旅行に行ってはりますがなあ」
 可南子は、今このときに、両親の熟年夫婦問題にあまり深入りしたくなかったので、
「京都に帰ったら、私のほうからもお母さんにそれとなく訊いてみるからな。そやから、お父さんも、いくらいいと言われたからって、お茶屋遊びばかりしとったら、あかん。女は言うこととほんとの気持ちは、違うことが多いんやからな。
 ほな、もうきるで。私もこれからやることがあって、忙しいんや」
と、電話をきろうとした。秋男は、とたんに明るい口調になった。
「そんなら、可南子からお母さんに言うてくれますか。そやったら、しばらく花街は控えますわ。いや、何件かすでに約束をしているとこはあるけんどな、先に延ばしたらええやろ」
「うん、うん。じゃあ、またな、お父さん」
 そう言って、可南子はようやく秋男との電話をきった。
「まったく、もう……」
 つぶやいたあと、少し気持ちを落ち着け、考えをまとめようとする。たばこを無性に吸いたくなったが、我慢した。
                         ◎◎
 龍一は、東北自動車道を白河インターチェンジで下りて、白河市内へ車を走らせた。あと二十分ほどで南湖神社に着くだろう。南湖の南側にある国道二百八十九号線を通りたくなかったので、白河の市街地を北から回りこむような進路をとった。
 何回かワイパーを動かす。細かい霧雨が降ってきたようだった。空は暗いが、厚い雲の上には、満月が照っているはずだ。龍一には、その煌煌とした光を感じることができた。
 ハンドルを操りながら、両手の指を何回か曲げ伸ばししてみる。
 最近、自分の力が飛躍的に高まりつつあるのを感じていた。
 美子と可南子には、ああ言ったが、本当のところ、稲荷大神秘文で雷神を呼ぶのに、もう竜泉のそばにいる必要はなかった。躑躅岡天満宮の中にいるのとまったく同じように、秘文の力を自分だけで自由に引き出すことができるようになっていた。
 またそれとともに、ある程度の霊場視なら、竜泉の力を借りずとも可能ともなっていた。こうして躑躅岡から遠く離れた白河の地にいても、天満宮にいる美子や可南子、築山の気配、さらには東北各地に散らばる各守護者らの動向も感じとることができる。
 それは、四月の瑞鳳殿での宗勝退魔のときに、すでに明らかなことだった。いつから、このようになったのだろうか。
 龍一は、ちょっと考えた。
 昨年末から、何か予兆のようなものはあった。
 しかし、はっきりと自分の内なる力の変化を感じ始めたのは、やはり三月に竜泉で瑞鳳殿のニニギの霊気を感じた直後からだろう。
 それ以来、龍一の中から、それまでとはまったく違う種類の力が、こんこんと湧き出してきたのだった。まるで、竜泉が自分の中に入ってきたかのようだった。
 しかし、その力がもとから自分に備わっていたものなのか、それとも外からやってきたものなのか、龍一自身にも分からなかった。
 それでも、龍一には、確かなことが一つあった。
 それは、この力が、自分を自由にしてくれるだろうということだった。
“なにから、なにに向かってか?”
 それまで龍一は、自分が自由になりたがっているなどとは、思いもしなかったのだが、しかし、それは昔から自分が世界に求め続けてきたこと、何を求めているかも分からないまま、切望し続けていることに、直接関係しているように感じた。
力が、その答えのある世界への扉を開く鍵を与えてくれるだろう。そうでなくとも扉の在りかくらいは、教えてくれるに違いない。
 すでに龍一は、躑躅岡天満宮という場所のしばりから、解き放たれたのだ。
 龍一は、これから対峙するニニギのことを考えた。
 ニニギのあの圧倒的な力、意志。確かに彼は、神の一人なのだ。
 今、自分はその神にたてつき、歯向かおうとしている。しかし、不思議と恐れはない。今宵、自分は死ぬかも知れないというのに、おかしなことだった。むしろ、ニニギと会うことを心待ちにしてすらいる自分に気づく。感覚が麻痺しているのかも知れなかった。
 龍一は、助手席に置いてある飛月をちらりと見たあと、ニニギと自分の力を計って、つぶやいた。
「二回、いや三回か……」
 しかし、チャンスは一度きりだろう。タイミングを少しでも間違えれば、すべてが無となってしまう。恐れなど感じている暇はない。冷静さだけが、龍一に必要なものだった。
 そしてそれは、十二分にもっていた。
 八竜神(はちりゅうじん)という名をもつ山あいの道を通りすぎ、龍一の車は、南湖神社がある南湖公園の入り口に着いた。
 南湖公園は、二百年も前に白河藩主の松平定信により築造された、日本最古の広大な公園である。
 南湖公園の特徴は、身分制度の厳しい当時としては画期的なこととして、一般庶民にも開放された『公園』であったということだ。公園の大部分は南湖と名づけられた人口の湖で占められている。
 南湖神社は南湖公園の北端に位置しており、松平定信を祭神としていた。
 南湖神社自体の歴史はそう古くはなく、創建されたのは九十年ほど前である。宮司はもちろん、初代から中ノ目家が務めてきた。
 中ノ目家は、松平定信が公園を造るずっと以前から、この地周辺に住み、守護者としての役割を果たしてきたのだが、神社としての形態は長年とっていなかった。
 そもそも守護者であることと、神社宮司となることは、無関係である。
 土居家も伊達家から躑躅岡天満宮の宮司を任命されるまで、神社をもたなかったし、涌谷の上木家は現在でも神社をもたない。
 ただ、長い年月にわたって同じ守護地を守り続けていくことや、霊場守護というその役割から、神社という形をとっていたほうが、対外的にも何かと都合がいいことも確かだった。そこで、今では東北の守護家のほとんどが代々、神社宮司をも兼任していた。守護五家のうち、現在も神社をもたないのは、上木家のほかは、出羽の蜂谷家のみである。
 中ノ目家もそういった理由から、神社を創建しようとしたのだが、場所としては南湖公園内が最適であったため、その神社建立の時期は、地域社会の了承が不可欠であった。
 そこで、南湖神社の祭神を、南湖公園の創設者であり、名君としてその死後も地元で敬慕されている松平定信とするとともに、建立の機運が高まる時期を見計らい、中ノ目家は神社設立の認可申請をしたのであった。
 このような建立経緯とその立地のため、南湖神社は、南湖公園という観光地の一部になっている側面もある。周囲にはだんご屋やみやげ物屋が並び、全体に開かれた神社という雰囲気であって、躑躅岡天満宮とは、だいぶ趣きを異にしていた。鎮守の森に囲まれているということもなく、小山を背後にしているものの、神社の建物自体は、平地に建てられている。
 龍一は、公園の入り口手前でいったん車を停止させた。
 入り口には、工事中を示すパイロンがいくつも置かれており、その間にバーがわたされている。
 龍一は、車から出てバーを外し、パイロンとパイロンとの間を、車を通らせたあと、またバーをもとに戻した。
 そして、公園内の車道をゆっくりと車で走った。
 公園の中は静けさに包まれ、いくつかある店もすべて閉まっている。照明は少なく、天気も悪いので、辺りはひどく暗かった。
 龍一はそのまま、南湖神社に併設されている社務所わきの駐車場まで行き、車を停めた。
 その音を聞きつけたのか、社務所建物の中から中ノ目隆士が出て来た。
 初夏らしからぬセーターとスラックスという服装である。龍一と同じくらいの背丈で、ひょろりと痩せている。年は龍一よりも三つ下の二十二歳。可南子が言ったように、にきびの跡があばたのようにいくつか頬に残っている。細長い手足をばらばらに振るようにする、ひょこひょこした歩き方が特徴だ。
 隆士が、小走りで龍一に駆けよって来て、あえぐように声をかけた。
「守護主様、ようこそいらっしゃいました」
 龍一は、飛月を持って、車を降り、隆士の案内で社務所に向かいながら、話しかけた。
「具合はどうだい、隆士」
 隆士は、弱弱しいながらも、笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。おかげさまで今月に入ってからは熱も下がりまして、こうして起き上がれるまでになりました。ご心配をおかけして申しわけございませんでした」
「病み上がりのところ、頼みごとをして悪かったね」
 隆士が、大げさに顔の前で手を振った。
「いえ、いえ。たいしたことではございません。……あ、足もとにお気をつけください」
 二人は、まだ白木の香りが漂うようなごく新しい、大きな社務所の中に入って行った。
 隆士が、龍一を奥の部屋へ案内する。
「装束を用意するようにとのことでしたが、本当に私のものでよろしいんでしょうか。しかし、急だったもので新しく仕たてる時間もございませんで、やはり私の着古しになってしまいました。もちろんクリーニングには出してございますが」
「いや、それで充分だよ」
 龍一は、案内された部屋に入り、中を見わたした。
 畳に風呂敷が広げられ、その上に装束がたたんで置いてある。普段は客間にしているようで、がっしりとした座卓、それに座布団以外、これといった家具はない。
 床の間には、『南湖秋水夜無煙』と書かれた掛け軸がある。これは、唐の詩人、李白の詩の一節だが、南湖の名の由来とされているので、ここにかけられているのだろう。
 隆士が、お茶を持って、部屋に戻って来た。そして、座っている龍一の前の机上に、茶碗を置く。
「お待たせしました。母がもう帰ってしまいまして、私が淹れたものですから、あまり美味しくないとは思いますが……」
 龍一は、礼を述べたあと、隆士に言った。
「隆士。あとは、もう下がっていいよ。私は着替えて、時間までここで待たせてもらおう。十二時まではまだ二時間ほどもあるからね」
 隆士は、少し迷うように、座ったまま黙っていたが、ようやく言った。
「あのう、守護主様」
「なんだい」
「十二時にいらっしゃるというお客様は、本当に、こちらにお通ししなくともよろしいのでしょうか」
「ああ」
「しかし、みかげの島は、南湖に浮かぶ何にもない小島でございますよ。あそこでは、おもてなしも、ろくにできませんが」
 龍一は、苦笑した。
「いや、もてなしなどいらない客なんだ。人のいない場所で話をしたいだけなんだから。
十二時少し前になったら、私が一人で島に渡る。お前はもう、自宅へ戻っていいんだ。
しかし、事前に頼んだように、明日の朝になって、もし私の使ったボートが岸に戻っていなかったら、すぐに躑躅岡天満宮の築山に連絡するんだよ」
 隆士は、困惑したように、視線を宙に迷わせた。
「それは、守護主様の身に何か良くないことが起こるということでしょうか」
「そういうわけじゃないが、こちらにも色々都合があってね。築山には、その次の指示をしてあるから、大丈夫だ。まあ、あまり気にするな。
 ただし、朝になるまでは、南湖周辺に近よらないようにするんだ、いいね。……今夜は公園に誰も入れないようになっているだろう?」
 隆士は、ようやく、龍一の顔に焦点を合わせた。
「は、はい。それは大丈夫です。というのも、今日の夕方、白河市役所の観光課の職員らが、連絡もなしで突然参りましてね、今夜一晩、公園を立ち入り禁止にするといって、封鎖していったのですよ。理由を訊いても、管理の都合上というだけでして」
「それは、私が頼んでおいたんだ。今夜は誰にも邪魔されたくなかったのでね」
 隆士は、驚いたように、目をはって、ただ、
「はあ、そうでしたか」
とだけ、言った。そうして、またうつむき加減になり、黙った。
 龍一は、隆士のしょんぼりとした顔を眺めた。
「隆士、どうした? もう帰ってもいいぞ」
 隆士は、一度大きくため息をついたあと、意を決したように、龍一に訊いた。
「守護主様。私には、寝こんでいたときの記憶がほとんどないのです。これは、いったいどうしたことでしょうか……」
 龍一は、軽く答えた。
「熱が高かったんだろう」
 隆士は、逆に語調を強めた。
「しかし、どうもおかしいんです。夢のように断片的に、私にはどこか外を出歩いているような記憶もあるんです。私が寝こんでいた間は、母が神社の手伝いに来てくれていたんですが、夜、たまに寝室をのぞくと、私の姿が見えないこともあるそうなんです。
 私は、私は、もしかすると、ふらふらとどこかに出かけていたんじゃないかと思うんです」
「どこかって、どこだい?」
 隆士は、ごくりと生唾を飲みこんだ。
「どこかは、はっきりしないのですが、道祖神がある光景が頭に浮かぶんです。その中で私は、道祖神を見ると、何ともいえない衝動にかられて、道祖神をめちゃくちゃに壊したりしてしまうんです」
 隆士は、額のべっとりとした汗を、セーターの袖でぬぐった。
「守護主様。先月初めに守護主様が私に電話をかけてらした時、東北内の道祖神のいくつかが破壊されているとおっしゃっていましたけれど、もしかすると、それは私がやったことじゃないでしょうか……」
 龍一は、隆士の震える肩を強くつかんだ。
「隆士。それは、お前じゃないよ。お前がみたのは、単なる夢だ。それに、道祖神の破壊はもうひと月前からやんでいる。破壊された道祖神の修復も終わった。
 だから、もうあれこれ気に病むのは、よすんだ。分かったね」
 隆士は、龍一の言葉を聞いて、ようやく安堵の表情を浮かべ、うなずいた。
「ありがとうございます、守護主様」
 龍一は、隆士の肩から手を離して、言った。
「さあ、もう休めよ。何だかまだ顔色が悪いぞ」
「はあ。それでは、お言葉に甘えまして帰らせていただきます。熱が下がったとはいえ、本調子とはいえないもので。今日は五月も下旬というのに、夜になって、冷えこんできました。守護主様もお気をつけください。
 あの、私の家は、この社務所のすぐ奥にございますので、何かありましたら、ご遠慮なくお呼びください」
「ああ、ありがとう」
 隆士は、龍一に一礼をすると、部屋を出て行った。
 龍一は、隆士が閉めていった襖の柄をしばらく眺めた。
 湖の上を、数匹の千鳥が飛んでいる図柄だった。秋の美しい夕焼けがその背景だった。
 その後、目を戻し、わきから飛月をとり上げ、ことりと机の上に置いた。

(四分の二)
                         ◎◎
 美子が風呂から上がってリビングに戻ると、可南子は開け放した西のガラス戸の向こうの暗い外を眺め、何か考え事をしているふうだった。テレビは消されている。
 可南子は、美子が部屋に入って来たことに気づき、振り向いた。ひどく真剣な顔つきをしている。そして、美子をじっと見たあと、言った。
「それが、お母さんからもらったという石?」
 美子は、首に手をあてて、赤い石にふれたあと、うなずいた。
「はい」
「……サクヤヒメか」
「えっ。お母さんの名前は、咲子ですけど」
「うん、うん。そうやったな。咲子さんや。……咲子さんは、十四年前に交通事故で亡くなったということやったな」
 美子は、可南子のそばに座り、何故そんなことを訊くのだろうという表情になりながらも、
「はい」
と答えた。可南子は、重ねて訊く。
「祥蔵さんも、その事故の時に、右腕を失ったって?」
「はい、そうお父さんから聞いています」
 可南子は、うなずいた。
「私もな、十六歳に祥蔵さんと会うた時、ほれ、祥蔵さんが退魔のために京都まで来てくれはった時にな、つい、『その右腕はどうなさったんですか』と訊いてしまったんや。そうしたら、祥蔵さんは、『妻を亡くした事故で、私も一本腕を失ってしまいました』と教えてくれはったんやけどな」
「はい……」
 美子には、可南子が何故突然こんな話をし始めたのか、依然分からなかった。
「ところで、今回、龍ちゃんから教えられるまで、美子ちゃんは、上木家が守護者の一族ゆうことを、まったく知らんかったそうやな」
 美子は、こっくりとした。
「祥蔵さんからは、守護家やら、土居家のことについては、本当に何も話を聞いてなかったん?」
「ええ、何も」
「ふうん」
 可南子は、難しい顔をして、考えこんだ。
「どうしたんですか、可南子さん」
 美子が、ついに訊いた。
 可南子は、ひどく迷いはしたが、決断は早いほうだったので、すぐに自分の心を決めた。
「美子ちゃん」
「はい」
「今から私が話すことに驚くなっちゅうほうが無理やから、それは言わんとくね」
「…………」
「これをみんなしゃべったと知ったら、龍ちゃんも、そしてたぶん祥蔵さんも怒りはるやろうとは思うけど、私は、美子ちゃんが聞く権利があると信じるから、話すんや。それだけじゃなく、私のためにも、美子ちゃんに知っておいてほしいんや。
 というのは、このことは、龍ちゃんや土居家に関係するだけでなく、今からほんの二時間後に、私と美子ちゃんがどうしていったらいいか、ゆうことに直結していくことやからなんや」
 美子は、風呂上りの火照った体が、すうっと冷えていくような気がしながら、無言でうなずいた。
 可南子は、美子に話し始めた。
「実はさっき、私の父から電話があって聞いたことなんやが、龍ちゃんが四月二十六日、私を迎えに来る前に、わざわざ眞玉神社によっていったそうなんや。
 それは、私の父に、十四年前に咲子さんと祥蔵さんがあった事故について、訊きに行くためやった。今の今まで、私もその事故というのは、交通事故かなんかと思っていたけど、それは、まったく違かったんや。
 十四年前、咲子さんが眞玉神社に里帰りしたとき、大きな霊力をもつ怨霊が現れて、咲子さんを襲った。そのせいで咲子さんはいなくなり、それをとめようとした祥蔵さんも、そいつに右腕を失う大怪我をさせられたというんや」
「怨霊に、お母さんが……」
 美子は、心がまえをしていたつもりだったが、体が自然に細かく震えるのを抑えることができなかった。つい二ヶ月前に宗勝の怨霊に襲われて亡くなった父。ところが、十四年前、母も、怨霊によって殺されていたというのだろうか。
 その時、ふーちゃんがぽんと膝の上に乗ってきたので、美子はその温かい背中を撫ぜて、気持ちを落ち着かせようとした。
 可南子は、美子の様子を見たあと、続けた。
「そして、その怨霊の出現を予知したのが、当時土居家に引きとられようとしていた、龍ちゃんやった」
「引きとられる?」
 美子に訊かれて、可南子は、ちょっとしまった、と思ったが、それについても、隠さず話すことにした。
「うん。これは、特に言わんといてね。まあ、当時の守護者らは、みんな知っていることなんやけど。
 もともと龍ちゃんは土居家の血をまったくひいていないんよ。子供がおらんかった先代の菖之進が、孤児院から龍ちゃんをみつけ出してきて、跡とりにするために養子にしたんや。どこかで、霊力が抜群に強い子供がいると、聞きこんだらしいんやな。それが、ちょうど十四年前、つまり龍ちゃんは十一歳の時、ゆうことになる」
「孤児院……」
 可南子は言いにくそうだったが、言葉を続けた。中途半端に知っているよりは、すべてを知っておいたほうがいいと分かっていたからだ。
「龍ちゃんは五歳の時に孤児院に来たということやけれども、どうも、親が直接おいていったらしいんやな。そのあと、親は行方知れずで、生き死にも分からんそうや」
「親が、自分で?」
「つまりは、龍ちゃんは、親に捨てられたんよ」
 美子は、胸を衝かれた。『親に捨てられた』という言葉が、きりのように心にくいこむ。
 美子の頭の中に、電光のように記憶がよみがえった。初めて龍一に会って、土居家と上木家が、本家と分家の関係にあると知った時、美子は、では自分と龍一は親戚なのか、と龍一に訊ねたのだった。
(あの時、龍一は、何と答えたんだっけ……。普段と変わらない口調だったように思うけど、ああ、でも心の中はどうだっただろう?)
 五歳の時なら、本当の親の顔を、今でも覚えているのではないだろうか。
 美子は、我知らず、首の赤い石をぎゅっと握りしめた。
(あたしの両親ももういないけど、お父さんは、最後の最後まであたしを愛してくれていた。お父さんは、お母さんも生きているときは、あたしをとっても愛してくれていたって、話してくれた。二人の思い出は、温かいものばかりだわ)
 可南子は、先を急いだ。
「ともかく、咲子さんの危険を一番に察知して、祥蔵さんに知らせたんが、当時十一歳の龍ちゃんやったんや。が、結局のところ、咲子さんは怨霊に連れ去られ、祥蔵さんは大怪我を負った。
 その祥蔵さんを病院まで運んだんが、私の父なんやけど、父が言うには、祥蔵さんは救急車で運ばれている最中、ずっと『サクヤヒメ、サクヤヒメ』とうわ言を言っていたそうなんや」
 美子は、思考能力を失ったように、ただ、
「サクヤヒメ……」
と繰り返した。
 可南子は、言葉に力を入れて、美子に言った。
「ここが、肝心なとこなんやけど、龍ちゃんが、何でわざわざこのタイミングで、十四年前の古話を、うちの親に訊きに行ったか、ゆうことなんや」
 美子は、現実に戻ったように、はっとして可南子を見た。
「十四年前のできごとと、今回の葦原のことが、関係があるっていうことですか?」
 可南子は、得たりとうなずいた。
「それ以外、考えられへん。龍ちゃんが、まったく関係ない話をわざわざ確認しに行くわけないからな」
「でも、葦原という人と、お母さんを殺したという怨霊とは、どんな関係があるというんでしょうか? 十四年前の怨霊というのが、葦原が呼び出した黄泉鬼だったとか?」
 可南子は、首を振った。
「私は、別の考えをもっているんや。つまり、葦原自身が、十四年前に咲子さんを襲った怨霊やないか、と思うんや」
 美子は唖然として、可南子を見た。
「私らは、葦原というやつを見たことすらない。龍ちゃんからの話に聞いているだけや。それが人間なのか、それとももっと別のもんなのかは、判断しようがないやないか。
 いったい、葦原というのは、どういうやつなんやろうなあ」
「そ、それを、今夜、龍一が会って確かめてくるんじゃないですか?」
 美子は、地面がぐらぐらと揺れるような気がしながら、言った。可南子の目が、照明を受けて強く光った。
「私は、龍ちゃんは、葦原がどんなやつなんか、その正体をもうすでに知っていると思うんや。知った上で、今、白河に行っているんやと思う」
「すでに知っているって、龍一は、いつ知ったんでしょう?」
「少なくとも、眞玉神社で私の父から話を聞いたあと、私と会う前までには、わかっていたんやろな」
「じゃあ、一ヶ月も前じゃないですか」
「そういうことになるな。そやから、あの時、うなぎを食べながら、私らに葦原の話をした時点で、すでに龍ちゃんは、葦原がなにものか分かっていたんや。ただ、私らには話さなかっただけやろ」
「そんな……。それで、可南子さんには、もう、葦原の正体が分かっているんですか?」
 可南子は、うなずいた。
「分かったつもりや。ついさっき、やけどな」
 美子は、可南子の口もとを見て、次の言葉を待った。
「葦原の本当の名前は、ニニギ、や」
 美子は、聞きなれない名にきょとんとした。
「ニニギ? 可南子さんの知っている人ですか?」
 可南子は、ちょっと、にやりとした。
「知っているといえば、知っているけど、知り合いとは違うな。
 まず、葦原のことはおいといて、十四年前の怨霊とは何だったのか。
 私が、そいつがニニギやと思いいたったんは、一にも二にも、私の父のおかげや。つまり、祥蔵さんが『サクヤヒメ』と盛んにうわ言を言っていたと聞いたからなんよ。
 サクヤヒメゆうんは、コノハナノサクヤヒメのことやと思う。コノハナノサクヤヒメというのは、古事記や日本書紀にも登場する女神で、天照大神の孫で、現在の天皇家の祖先神となったニニギノミコトと結婚したという女性のことや」
 美子は、呆れたような表情になった。
「それって、単なる神話じゃないですか」
「そのとおり。しかし、神話やから、まったくの幻の話ということにはならんやろ。祥蔵さんがうわ言で言っていたんは、自分の奥さんの本当の名前なんやと思う。咲子さんは、コノハナノサクヤヒメの生まれ変わりだったんや」
「…………」
 美子の顔を見て、可南子は、思わず笑いがこみあげてくるのを感じた。確かに、こんな話をにわかに信じろというほうが無理だろう。しかし、話している間にも、可南子の胸のうちには、揺るぎない確信が、たち上がってくるのだった。
 可南子は、自分の記憶と推理を確かめるように、ゆっくりと、言葉を続けた。
「美子ちゃんは、私が、どうかしたんやないやろかと、思っているかも知れんけどね。咲子さんは、そもそもから、実に不思議な人なんや。
 十七、八年前、咲子さんは、眞玉神社の泉のそばに、突然、姿を現した。自分についての記憶はまったくなくて、ただ身につけていたんは、その赤い石だけやったそうや」
 美子は、そっと、また赤い石をさわった。何度この石にふれてきただろう。しかし、今、その感触は、新たな不思議を美子に感じさせた。
「咲子さんは、祥蔵さんと結婚して、美子ちゃんを産んだが、その数年後にまたもや眞玉神社の泉の場所から、怨霊に襲われるかたちで、忽然と姿を消してしもうた。どうにも並の人間とは思われへんやないか。
 そして、それを目撃した祥蔵さんは、うわ言でサクヤヒメと何度も言っている。サクヤヒメと咲子。この二つの名前が何の関連性もないということのほうがおかしいと思わへんか?
 それからな、私にはこの話を聞いて、もう一つ思いあたったことがあるんや。実は、眞玉神社の泉の水は、不思議な力があるということで、霊泉とも呼ばれているんやけどね」
「霊泉? 天満宮の竜泉みたいなものですか?」
「いや、竜泉のように、霊場視をおこなうような力はない。が、眞玉神社の泉から湧く水には、心や体の傷を癒す不思議な力があるんや。これは、あまり外にはいうてないけどな。うちのお父さんが、本当に必要な人だけに、水を分け与えているようにしているんや。
 というのは、この水の癒しの力は、どうも受ける側の人間によってまったく異なるようなんやな。どうしてそうなのか、また、どんな法則があるんかは、分からん。お父さんは、水が人を選ぶんや、ゆうてるけどな。
 ところで、眞玉神社の泉が、こんな力をもつようになったんは、実は昔からのことやなくて、つい十三、四年前からなんや。それまではごく普通の湧き水やったんよ」
「……十三、四年前」
「そうや。つまり、咲子さんが眞玉神社の泉の前から姿を消した直後から、その水は、不思議な癒しの力をもつようになったということになるんよ。
 私には、これが単なる偶然とは、とても思えんのや。咲子さん自身に、何か特別な力があったとみるんが、むしろ自然やないやろか」
 美子は、頭の中がぐるぐるしてきた。
(あたしのお母さんが、神話に登場する女神?)
 母の写真を思い浮かべる。写真は涌谷の家と一緒に穴に落ちてしまい、もう二度と見ることはかなわないが、美子の脳裏には、目の前にあるのとまったく同じようにその画が細部にいたるまではっきりと焼きつけられているのだ。確かに、母は、神秘的といっていいほど、美しい人ではあった。ではあったが……。
 美子は思わず、自分の顔を撫でてみた。
(あたしが、女神様の子供なわけがないじゃない……)
 しかし、目の前の可南子は、ひどく自信たっぷりの様子だった。美子は、遠慮がちに、言ってみた。
「で、でも、もし、万が一、あたしのお母さんが、そのサクヤヒメと、なにか関係があるのだとしても、十四年前の怨霊が、ニニギだっていうのは、ちょっと飛躍しすぎじゃないですか? つまりは、ニニギって神様でしょう。ましてや、葦原がニニギだなんて」
 可南子は、うなずいた。
「なるほど、確かにうちのお父さんの話だけやったら、そうやろな。私に話をしてくれたお父さん自身すら、咲子さんがコノハナノサクヤヒメだの、眞玉神社に現れた怨霊がニニギノミコトやなんて、今でも夢にも思ってないやろしな。
 私も、龍ちゃんがこの話をわざわざ訊きに行ったと知らんかったら、聞き流しておったところや。
 しかし、龍ちゃんは、明らかに、葦原の件と、十四年前の怨霊の件をつなげているんや。
 それで初めて、私の中で、今までの龍ちゃんの言動と、十四年前のできごとが、ぴたぴたっとあてはまったんや。
 葦原のほうから、考えてみると、まずその名前からして、ニニギノミコトを連想させるんや」
「どういうことですか?」
「神話によれば、ニニギは天照大神に日本国を治めるよう命じられて、高天原から地上に降り立った。これが有名な天孫降臨や。
 それで、ニニギは、日本で始めての統治者といわれるようになるんやけど、古事記などでは日本のことを『豐葦原之千秋長五百秋之水穗國(とよあしはらのちあきながいほあきのみずほのくに)』、又は、『葦原中国(あしはらのなかつくに)』と呼んでいるんや。つまり、葦原というんは、神話の上では、日本をさす言葉なんよ」
「なるほど」
「それから、龍ちゃんが、葦原は、土居家が持つ霊鏡を要求してきている、言うとったけど、ニニギノミコトが天孫降臨の際に天照大神に与えられたんが、いわゆる三種の神器で、それは、鏡、玉、剣やった。ここにも、鏡という、ニニギとつながる符号がまた一つあるな」
「うーん」
「そもそも、日本で一、二の霊能力者といわれている龍ちゃんより強い霊力をもつ人間が、今の今まで誰にも知られんで、突然現れてくるなんてゆうのも変やろ。また、普通の怨霊やったら、龍ちゃんは私なんかの力を借りんでもええはずや。
 ニニギゆうたら、まさに、日本の神の一人や。怨霊なんかと格が違う。しかし、それでこそ、龍ちゃんほどの霊能力者が、血相を変えるわけもあるんやないかな。私らには、大丈夫やと何回も言っていたけどな。それやったら、椿ばあさんに相談したりするまでもなく、龍ちゃんだけで解決できるはずなんや」
 可南子は、ここでいったん言葉をきり、美子の顔色を窺ったあと、話を続けた。
「それからなあ、私は祥蔵さんの一件にも、ニニギが関わっているんやないかと、思っているんや」
 美子が、ぴくりとした。
「龍ちゃんは、宗勝と葦原が関係しているようには話してなかったけどな、葦原が十四年前の怨霊……というか、ニニギ神だとすれば、この二つがつながっていないほうがおかしいんや」
 美子は、一生懸命に頭を働かせて、今聞いた可南子の話を反芻してみた。
 十四年前、交通事故で亡くなったと思っていた母は、実は怨霊に殺されていた。父はそのとき母を守ろうとして、右腕を失った。
 可南子の考えでは、母はサクヤヒメという女神の生まれ変わりであり、怨霊とはニニギという神様だという。
 その同じニニギが、今度は、父の命までを奪い、さらに、あるはずのない霊鏡をよこせと、龍一を脅迫してきている……。
 美子は、首を強く振った。
 こんなの、嘘だ。
 美子は、父や母のことを思い出して、涙が浮かんでくるのを、必死にこらえた。もし、本当にそうだとしたら、どうして、神が、自分の大事なものをことごとく奪うようなことをするのか。
「でも、でも、何で神様が、あたしのお父さんやお母さんを殺したり、土居家の宝を欲しがって、脅してきたりするんですか。あんまり、ひどすぎるじゃないですか」
「さあ、それは私にもよう分からん。でもな、いくら古事記や日本書紀に神々しく描かれているとはいっても、よくよくよめば、ニニギとは、もとからこの国に住んでいる者たちを排除し、自分が代わりに支配者となった、侵略者にほかならないんや。
 美子ちゃんは、龍ちゃんから少しは土居家のことも聞いたやろ? 土居家は、もとはこの国の大部分を治めていたヒタカミ国の流れを汲む一族なんやと。
 ヒタカミを滅ぼしたのが、大和朝廷、つまりはニニギなんや。古事記や日本書紀は、つまりは古代の歴史書や。そして、歴史は常に勝者によって書かれるもんなんや。大和朝廷からしてみれば、ニニギは日本の英雄であり、国の礎を作った、まさに神そのものや。
 しかし、ヒタカミや、ニニギに滅ぼされたほかの国々からすれば、残忍な殺戮者といえるんや。
 どちらが真実なのかとか、善悪がどちらにあるか、ゆうのは、み方次第でもあるし、今となっては誰も分からんことや。
 しかし、ニニギという人物が、本当に実在したのなら、それは、最初から神だったのではなく、私らと同じ人間だったはずやろ? 人間の魂には、色んな面があるんやないかな? そうして、ニニギの魂がなにかを求めて、何千年もの時を越えて、現れたということも、考えられないことではないんとちゃうかな?」
 美子は、龍一が、降来要文を教えてくれた時、『神とはなにか』ということについて、言っていたことを思い出した。
(龍一は、神とは、大いなる魂のことだと言っていた。それから、魂は、時空を超えた存在なのだから、神も、いつ、どこにでも存在するものだとも……)
 本当に、葦原は、ニニギという神で、龍一はそれに一人で立ち向かおうとしているのだろうか。
 可南子は不安げな目をして、美子の顔を見た。
「美子ちゃん。私は心配なんや。ニニギなんて神相手に、本当に龍ちゃんは白河で大丈夫なんやろか……」
 美子は、白河に出かける直前の龍一を思い出した。龍一は、快活といってもいい様子だった。
 それで、可南子に言った。
「もし、葦原が、ニニギだとしても、龍一には勝算があるんじゃないでしょうか。だから、あんなに余裕のある様子だったんじゃないですか?」
「勝算?」
「はい。龍一が、さっきあたしに言ったんです。自分は、稲荷大神秘文や飛月よりも強い武器を持っているから、大丈夫だって」
 可南子が、眉をひそめた。
「武器? 何やろ」
 美子は、首をひねった。
「さあ。龍一は、はっきりとは教えてくれませんでしたけど。でもそれは、『柱の道祖神』だって言っていました」
 すると、とたんに可南子の顔から、さっと色が失われた。
「柱の道祖神やて? 龍ちゃんは、柱の道祖神とゆうたんか?」
 美子は、可南子の剣幕に驚きながら、うなずいた。可南子は、テーブルの縁を指が白くなるまでしっかりとつかんでいた。
「あかん……。龍ちゃんは死ぬ気や」
「ええっ!」
 今や、可南子は唇まで青ざめていた。美子がいることを忘れはてたかの如く、独り言のように、つぶやく。
「そうか、そうなんやな。龍ちゃんは始めっから、そのつもりやったんや。私を呼んだんも、そういうことやったんや……」
 美子は、たまらず、可南子に向かって、叫んだ。
「可南子さん! 龍一が死ぬ気って、どういうことです? 柱の道祖神って、いったい、何なんですか?」
 可南子は、不思議そうに、美子を見た。
「美子ちゃん。あんた、道祖神とは、そもそも何だったか、知らんのか?」
 美子は、一生懸命、言葉を見つけようとした。
「あの、龍一は、道祖神というのはもともと杖なんだって、言ってましたけど」
「杖やて? 龍ちゃんがそう言ったんか? それは違う。道祖神というのは、もともと『人柱』のことなんや。龍ちゃんもそれは知っているはずや」
 人柱という言葉を聞いて、美子はぞっとした。
 可南子は、立ち上がり、自分の携帯電話を握りしめながら、話し続けた。
「道端に立っているお地蔵さんを知っているやろ? あるいは、古墳の周りに埋められている埴輪を? あれらも、みんな人柱からきたものなんや。
 人柱とは、自らをその地に埋め、永遠に外からの侵入者から中を護る、護り神となった人間のことなんや。
 人柱の『柱』とは、神のこと。今でも、神を数えるときは、一人二人というのではなく、一柱二柱と数えるんよ。人柱になるゆうんは、その身を神に捧げ、自分自身も神になるゆう意味や。
 そやから、昔は、人柱は、純潔の乙女や、巫女、あるいは力の優れた人間が、自ら進んでなったんや」
 そうして、可南子は、携帯電話を開いて、何やら探していたが、すぐにいらだたしげに閉じると、
「そや、私は椿の家の番号を知らんかったんや……」
と、西のガラス戸の向こうへ体を乗り出し、
「築山さん! 築山さん!」
と、大声で呼んだ。すぐに築山が庭師小屋から出て来て、宿舎のリビングの前まで来る。
「どうかなさいましたか? 可南子様」
「築山さん、悪いけどな。勅使河原椿の家の番号を教えてくれへんか。緊急の用事があるんや」
 築山は、可南子のただならぬ様子に、驚いたようだったが、
「分かりました」
と言って、すぐ庭師小屋にきびすを返した。
 そして、小屋に入ったかと思うと、すぐに出て来て、敷居のそばに立っている可南子にメモを渡した。
「こちらです」
 可南子は、ひったくるようにメモを築山から受けとると、書いてある番号に電話をかけた。椿は在宅のようで、すぐに出た。
 美子と築山が固唾を呑んで見守る中、可南子の声が響く。
「椿お祖母さん? 可南子ですけど。夜分遅くにすいません。…………。そうです、今、躑躅岡天満宮に来ています。龍ちゃんは白河に行っています。…………。ええ、例の葦原に会いに行っているんですが、その件で、お祖母さんに訊きたいことがあるんですけどね。葦原というやつの正体なんですが、私が思うに、奴は十四年前、上木咲子さんを襲った怨霊と同じなんではないかと。それだけでなく、それがなんの霊なのかも、見当がついたんです。…………。えっ?」
 ここで、可南子は、長い間黙った。電話の向こうの椿の言葉をじっと聞いているようだった。そのあと、震える声で、言った。
「……お祖母さん。あんた、そこまで分かっていて、なんで龍ちゃんを行かせたんですか? 龍ちゃんは、柱になるゆうて、出かけていったんですよ」
 そしてまた、沈黙。椿はごく低い声で話しているようで、その声はこちら側にはもれてこない。
 突然、可南子が、大声を出した。
「あんたら、土居のもんは、どんだけあの子をいいように使えば気が済むんや! 土居家が安泰なら、龍ちゃんはどないなってもええ、ゆうんか! もう、ええ、あんたには、いっさい頼まん!」
 可南子は、バチンと音がたつほどに携帯電話を閉じると、椿との電話をきった。
 そうして、電話をテーブルの上に放り投げたあと、怒りに満ちた様子でリビングの中をぐるぐると歩き回ったが、家の中と外で、恐ろしげに可南子を見つめている美子と築山に気がついて、足をとめた。
「椿は、何もかも知っておった。葦原がニニギということも、龍ちゃんが死ぬ覚悟をしていることも……。
 あいつは言うたよ。土居の結界を護るために犠牲になるのは、龍一自身が決めたこと、それが龍一の運命なら仕方がない。もし龍一が亡くなったら、代わりに土居家と東北を守っていく守護主となるのは、お前だ、お前は余計なことを考えずに、天満宮を守っていればいい、って。
……なんて奴や。椿だけはあの子の味方や、思うてたのに。み損なったわ」
 外の玉砂利が、じゃらじゃらっと鳴った。窓の外に立っていた築山が、可南子の言葉を聞いて、衝撃のあまりふらついたのだった。
「可南子様。今の話は本当ですか?」
「築山さん。あんたこそ、龍ちゃんから何も聞いてへんのか?」
 可南子が、逆に築山に問い質した。
 築山は首を振ったが、それは、体の震えのようにも見えた。
「い、いいえ。龍一様は、私に、もし朝になっても自分が戻らないようなら、念のため南湖神社の中ノ目様に連絡してみるようにと、言われただけです。
 あ、葦原がニニギというのは、いったい、どういうことですか?」
「どうもこうもない。龍ちゃんは、よみがえったニニギ神に、飛月だけ持って一人で相対する気でいるんや。
 しかし、神に対抗できる人間なんか、おるか? 
 そやから、龍ちゃんは自らが人柱となることによって、ニニギを封印しようとしているんや。龍ちゃんは、白河の結界の一部になりに、行ったんや!」
「まさか、龍一様が……」
 すると急に、築山は、走って庭師小屋に入って行ったかと思うと、一通の封書を手に持ち帰って来た。そして、それを可南子にさし出した。
「これは、龍一様が、中ノ目様に連絡する前に開けるようにと、私に預けていかれたものです。それまでは、封を切るなと言われているのですが……」
 可南子は、築山から封筒を受けとると、躊躇なく封を破った。中には、紙が一枚きり入っていた。
 可南子は、それを開いて一目見るなり、大きくため息をつき、築山に渡した。
 築山は、紙を受けとると、青ざめた顔のまま、その表を凝視し続けた。
 美子は、立ち上がって、二人にもどかしげに訊ねた。
「どうしたんです? 何が書いてあったんですか?」
 可南子は築山に手招きをしてリビングに上がらせ、美子にも合図をして、三人でテーブルを囲んで座るようにした。
 そうして、築山の震える手から紙をもう一度受けとると、美子にも見せた。
 紙には、龍一のいつもの字で、さらりと一行だけ、『中ノ目に連絡する前に、勅使河原椿より指示を受けること』と書かれてあった。
 可南子と築山は、舌を失ったように、黙ったままだ。
 重苦しい沈黙を破るように、美子は、言った。
「可南子さん。あたしたちも白河に行きましょうよ! 龍一を助けに行かなくちゃ」
 可南子と築山が、力ない目で美子を眺めたが、二人が何も言わないので、美子は、重ねて言った。
「築山さん。ねえ、早く!」
 可南子が、ついに口を開いた。それは、さっきとうって変わって、美子をなだめるような口調だった。
「美子ちゃん。さっきは、つい大声を出してもうて、ごめんな。びっくりしたやろ」
「そんなことより、早く白河に行かないと!」
 ところが、美子が驚いたことに、可南子は首を横に振った。築山は黙ったままだ。
「残念ながら、美子ちゃん。あんたを白河に行かせるわけにはいかないな。あまりにも危険すぎる。
 そして、あんたが行ったところで、龍ちゃんの何の役にたつんや? かえって足手まといになるだけやろ。
 私は私で、やはりここを動くわけにはいかん。理由は、美子ちゃんと同じや。せめて龍ちゃんに言われたとおり、竜泉の前で稲荷大神秘文を唱えて、少しでも龍ちゃんの力の補佐をすることが、私にできる一番の方法なんや。
 そして、築山さんかて、ニニギ神に対して、いったい何ができるゆうんや?
 悔しいが、椿の言うとおりや。私らは、ここで祈るしかできることはないんよ」
「でも、でも」
 可南子は、美子を制した。
「今、ようやく分かった。龍ちゃんが、今夜私をここに呼んだ理由を。龍ちゃんは自分を助けてほしいと、私に頼んだわけやない。
美子ちゃん、あんたを白河に行かせないよう、私を呼んだんや。そやから、私はあんたを白河に行かせるわけにはいかないよ」
(私は、あの子の気持ちをよみ誤ったのかも知れん……)
 可南子は、龍一の最後の言葉をもう一度、思い返した。
                         ◎◎
 美子は、龍一が美子に、『私がいない間、竜泉と可南子を守っていてくれないか』と言った時のことを思い出していた。
(いない間というのは、今夜だけのことだよね。違うの、龍一? それとも、もう龍一に二度と会えないの?)
 美子は、ふーちゃんを引きよせ、胸の前で抱きかかえた。ふーちゃんは、美子の心のようにぶるぶると震えていた。決定的な痛みが、美子の前に大きく広がろうとしていた。
 龍一は、こうも言っていた。
『自分の魂をみつけろ』と。
 秘文を唱えると、確かに身体の内側から、熱い光のような力が湧き上がるのを、美子は何度も経験していた。美子は、それを、秘文が自分の魂の力を引き出してくれているのだと思っていた。
 しかし、あらためて考えたとき、自分の魂とはどういうものなのか、美子には、はっきりとしなかった。
(あたしの魂はどこにあるの? そして、なにを求めているんだろう)
 美子は、父と涌谷の家のことを思い出した。
 自分の魂の一部は、まだあの涌谷の穴の中で、父と家とともに、うずもれて眠っているように思えた。しかし、そのあと、ふーちゃんと龍一が、また美子の別な魂をみつけてくれたのだ。
(だから、あたしは、こうして今も生きていられる)
 美子は、そう思った。
(あたしの魂は、あたし一人きりから、できているんじゃないんだわ)
 美子は、顔を上げ、可南子と築山の暗い顔をかわるがわる見て、言った。
「可南子さん、ごめんなさい。でも、やっぱり、あたしは白河に行きます」
「美子ちゃん……」
 美子は、可南子の困ったような表情を見てつらくなったが、自分の気持ちを偽ることは、やはりできなかった。
「可南子さんが、あたしを心配してくれているのはよく分かっていますし、これが自分の我がままだとも知っています。
でも、許してください。もしここで何もしないで、龍一を死なせてしまったら、あたしは、一生後悔すると思うんです。
ううん、あたしの魂が、完全に死んでしまう、そんな気がするんです」
 可南子は、美子の目を見た。そして急に祥蔵のことを思い出した。
(祥蔵さんが死んだ時、私の魂の一部も、確かに完全に死んでしまったのだ。この子の目は、私が恋した祥蔵さんと同じ目や。
 私は、祥蔵さんのどこに惹かれたのか、ずうっと分からんかったけど、今、ようやっと分かった。
 彼の目に映る彼の魂の姿や。それは、愛する者と一緒に、自分の魂を永遠にうずめてしまった者の目なんや。一生消えない傷を負っている人間の目や。
 そして、私の目も、今はそういう目をしているのだろう。私は、もう二度と、本当に人を愛せない気がしている。
 でも、この子は、それでもまた人を愛そうとしているんや。そして、愛した者を失わないよう、戦おうとしているんや。
 私にそれを邪魔する権利があるだろうか?)
 可南子は、そっと美子の頬に手をふれた。
 美子の肌は、青ざめて、ひやりとしていた。首にかかっている小さな石だけが、まるで脈うっているかのように、凝縮した赤い光を放っていた。
 可南子は、ついに言った。
「美子ちゃん。ほんまやな。魂が死んでしまったら、人は本当に死んでしまうのとおんなじやもんな。
 人生には確かに、正しい行動が、正しい結果を生まない場合もある。そこが、龍ちゃんがけして分からんとこなんかも知れんな。
 この結末がどうなるんか、誰にも分からんけど、自分自身、精いっぱいのことをするしか、ないもんな」
 可南子の目に、涙が浮かんだ。
「美子ちゃん。できれば、龍ちゃんを助けてやって。
 あの子は、もうずっと、色んなものを背負って生きてきたんや。そうして、今度は、すべてを自分の身に受けて、一人で死んでいこうとしているんや。
 でも、そんな生き方は、間違うていると、教えてやってくれへんか。生きている時も、死ぬ時も、一人じゃないんやと、分からせてあげてほしいんや」
 美子は、涙が落ちないように、必死に目をみひらいて、可南子のうるんだ瞳の中に映る自分の影を見つめた。そうして、可南子に約束した。
「可南子さん。必ず、龍一を連れて帰りますから」
 可南子は、黙ってうなずいた。
 築山は、細かく体を震わせながら、龍一の手紙をじっと見つめていたが、やがて言った。
「可南子様。私も美子様と一緒に白河へ行かせてもらってもよろしいでしょうか。
 私の役目は、龍一様をお守りすることです。それなのに、私は、むざむざと龍一様を死地に向かわせてしまったのです。
 龍一様からは、今夜は天満宮から動くな、可南子様と美子様を最後までお守りするようにと、命じられておりましたが、どうも私には、その命令は守れそうもありません」
 可南子は、築山を振り向いた。
「どちらにしても、美子ちゃんを白河に連れて行くには、築山さんに車を出してもらわなあかんのや。
 築山さん。美子ちゃんと龍ちゃんをよろしく頼みます。しかし、あちらでは、ようく状況をみきわめて行動してな」
「ありがとうございます、可南子様」
 築山は、頭を下げた。
 美子も、言った。
「可南子さん。あたしも龍一から、可南子さんと竜泉を守るようにと頼まれていたのに、ごめんなさい」
 可南子は、こわばっている二人の体と気持ちをほぐすように、わざと笑顔を浮かべた。
「ほらほら、築山さん。あんまり緊張していって、事故なんか起こさんようにしてな。
 美子ちゃん。私のことなら、一人で大丈夫や。私は、こう見えても次期土居家当主に指名された者なんよ。
 それに、龍ちゃんかて、喜んで命を捨てに行っているわけはない。ぎりぎりのとこで勝つ計算があるから行っているはずや。
 ともかく、あちらがどんな状況になっているかも、さっぱり分からんのやからな。今からあれこれ心配しても始まらんやろ。
 もし、白河に着いて、龍ちゃんと話ができそうやったら、私に電話させてな」
 美子と築山がうなずく。
 可南子は、ふと、今の自分とまったく同じような口調で、龍一が、葦原について話していたことを思い出して、苦笑した。
 龍一もこうして、心の中に不安を隠しながら、『大丈夫』という言葉を繰り返していたのかも知れない、と思った。
 そうして、龍一がいなくなってから数時間が経過した天満宮で、土居家当主という重荷が、否が応でも徐々に自分の肩にのしかかってくるのを感じ、ぞっとした。
 可南子は、そんな気分を振り払うかのように、立ち上がった。
「ほな、二人とも頼みますよ」
                         ◎◎
 龍一は、南湖神社社務所の一室で瞑想をしていたが、ふと目を開けた。
 躑躅岡天満宮を美子と築山が出て、南へ向かうのを感じたからである。かなりの高速移動だ。車らしい。
 おそらく、三人が何かに気がついたのだろうと、龍一は思い、眉をひそめた。
 部屋の掛け時計を見ると、十一時少し前だった。築山がいくら車を飛ばしても、十二時には間に合わないだろう。しかし、一応の準備だけはしておいたほうがいい。
 龍一は予定を変更して、立ち上がった。すでに装束には着替えている。白絹の狩衣と袴だ。
 そして、飛月を手に持ち、社務所を出る。
 外は濃い霧がたちこめていた。いや、これは霧雨だろうか? 
 水の中を歩くような夜だった。装束はすぐに露を含んだようにしんなりとした。
 龍一は、南湖神社の境内を真っ直ぐ下りて行き、じきに南湖のほとりに立った。
 霧は、南湖の水面から大量に発生し、周囲に流れていた。
 ボートが、桟橋に一つだけつながれている。
 龍一はそれに乗り、南湖の中央に向かって、霧の中を漕ぎ出して行った。
                         ◎◎
 築山のジープは、きちがいじみたスピードで、東北自動車道をひたすら南下していた。
 美子は、助手席に座りながら、思わずシートベルトを握っていた。
 ふーちゃんはとても正視にたえないというように、美子のウィンドブレーカーのポケットの中に入っている。
 東北自動車道は、高速道路とは思えないほど、曲がりくねった道なので、築山は黙りこくったまま、右に左にとハンドルをきり続けていた。
 おまけに、仙台市内を出たころから霧が出てきて、視界はひどく悪かった。路面も濡れている。
 霧に反射する車のライトのぼんやりした光の輪を見つめながら、美子は何も考えないことにした。
                         ◎◎
 龍一のボートは、すぐに南湖の真ん中に浮かぶ小島に到着した。
 何本かの曲がった松の木と、中央に膝丈ほどの小さな鳥居、これだけでいっぱいの人工の島である。
 龍一は、鳥居の前に飛月を置くと、島の中央に立ち、手を組んで、目を閉じた。
 みかげの島を中心として、湖全体に結界をはるためだ。
 龍一が精神統一を始めると、島から湖の外に向かってすうっと風が起き、さざなみがさっとたった。
 とともに、濃い霧も外に向かって動く。
 波が湖畔を洗う。
 霧も湖のほとりまで流れていくが、それ以上は見えない壁にぶつかったように外に出ない。
 龍一は、ふっと息を吐いた。
 結界が完成した。
 周りがすべて水に囲まれていることと、この地がもともと数百年にわたって結界が築かれてきたという環境のため、新たな結界をはる作業もさほど難しくはなかった。
 龍一はその後、何度も結界のイメージを描き、さらに強固なものにしていく。
 地表だけでなく、宙をもなぞるようにする。結界はみかげの島を中心とした半円形のドーム型となっているからだ。
 一つの結界が充分にできあがると、龍一はさらにその外側にもう一つ結界を作ることにした。
 一つ目の結界は、美子や築山が湖に入って、みかげの島に来ることができないようにするための結界である。
 外側の結界は、南湖公園全体をとり囲むようにはった。これはニニギや黄泉鬼たちから、美子や築山、南湖神社を護るためのものだ。気の早い黄泉鬼の何匹かが、鬼越道の向こうからこちらを窺う気配を、さっきから龍一は感じとっていた。
 南湖公園のすぐ南側を通る国道二百八十九号線が、白河を分断するように東西に走っているが、これがちょうど土居家の結界と重なっている。この結界は、現在は問題なく機能しており、黄泉鬼が入りこむ隙はない。
 龍一は、南湖公園の周囲に二つ目の結界をはり終わると、この古い土居の結界を、たんねんにもう一度確認した。時間をかけ、東北全体をなぞるように確認し終わると、少し安心した。
 しかし、新たに二重の結界をつくったことにより、龍一の霊力はずいぶん消耗されてしまった。
 最初は、ニニギに致命傷を与えられるだけの雷神を三回は呼べると踏んでいたが、この分では二回が精いっぱいというところだろう。
 しかし、龍一は別段気にしなかった。二回もあれば充分だ。むしろ、ニニギが龍一の霊力の衰えを感じてくれれば、ことは早く済む。
 あとは時がくるのを待つだけだ。湖面は鏡のように静まり返っている。
 濃霧が湧きたち、そしてまた音もなく降っていた。
 龍一は、自分の心臓の鼓動だけを聞いていた。
                         ◎◎
 十二時十五分前、可南子は念入りに手を洗ったあと、宿舎を出て、竜泉のある本殿に向かった。
 本殿につながる渡り廊下の前で、草履を脱ぐ。
 本殿の入り口は、この廊下との間のみにある。
 重い白木の扉を押すと、音もなく開いた。そうしてもう一つ、さらに一つ。合計三つの扉をぬけ、ようやく本殿の中に入ることができる。
 五月の連休中、七晩通った本殿だが、やはり緊張が高まる。うまく龍一に秘文を届けられるだろうか?
 最後の扉を閉めると、とたんに暗闇に包まれた。
 本殿に屋根はない。
 もし晴れていれば、今ごろは満月の明かりが射しこんでいるはずだが、上空は黒い雲でおおわれている。
 上社に一つのみある桜の木のそばの灯篭の明かりは、本殿をとり囲む背の高い三重の瑞垣に阻まれ、ここまでは届かない。
 可南子は目が慣れるまで、入り口付近でしばらく立ち止まった。
 次第に、辺りの様子が見えてくる。
 本殿は二十メートル四方ほどの正方形で、一面に石が敷きつめられているところは上社の境内と同じだが、玉砂利ではなく、ずっと大きくて平べったい白い石であるのが違う。
 可南子は、本殿の中央に向かって歩を進めた。
 素足が白石の上で滑りそうになる。空気中の水分が石の上で冷やされて、露が下りているのだ。
 冬はどんなに寒いだろう、と可南子は思った。
 竜泉は、本殿の少し北よりに生える、柳の木の根もと付近から湧き出している。
 柳の樹齢は定かではないが、土居家がこの地を拠と決めた直後に植えたときくので、とすれば五百年以上は経っていることになる。
 幹は、高さはあまりないが、ごつごつとがっしりとしている。地表に出ている数本の根は、それぞれがその幹と同じほども太さがあり、一本一本が竜泉をとり囲むいくつかの岩を抱えこむようにして伸びており、さらにその真上から、長く伸びた枝がおおいかぶさった姿は、まるで天と地の両方から竜泉を護っているかのようにも見えるのだった。
 柳の古木と岩に囲まれた竜泉は、静かに水を湧き出でさせていた。
 水は柳の下で大きく一度たまりをつくったあと、ねじれた曲線を描きながら流れをつくり、本殿の南側で、もう一つ同じような大きなたまりの渦を巻いて、ふっつりとまた地下へ消える。
 そう、竜泉は、この躑躅岡天満宮の本殿内にのみ姿を現す泉なのだ。
 可南子は、柳に向かい、竜泉の前にあぐらをかいて座った。
 衣を通して、濡れた白石がひやりと尻をうつ。
 かたわらに文机ほどの大きさの低い台が置いてあり、霊場視にいつも使う榊の枝が乗せられている。
 可南子は枝を手にとろうとして、台に目をやり、ぎくりとした。いつも榊の枝と一緒に置かれてある、龍一の小さな護り刀がなかった。
 首を振って、不吉な考えを払う。今は秘文に気持ちを集中させなければならない。
 榊の枝を静かに竜泉につけ、雫を辺りに払いながら、『三種大祓秘文(みくさおおはらいのひもん)』を唱える。
「吐普加美依身多女(とふかみえみため)、寒言神尊利根陀見(かんごんしんそんりこんだけん)、波羅伊玉意喜餘目出玉(はらいたまひきよめいたまう)、吐普加美依身多女、寒言神尊利根陀見、波羅伊玉意喜餘目出玉……」
 場と自身が清められたと感じられるまで、何度も繰り返す。次第に雑念が消えていく。
 可南子は、そのまま動きをとめ、天空を見上げた。
 昼からの風はぴたりとやんでいた。すべてが息を殺して、なにかを待っているかのようだった。
 可南子の腕時計が、かちりと時を刻んだ。
 文字盤を見なくとも分かった。十二時になったのだ。

(四分の三)
                         ◎◎
 龍一は、ゆっくりと目を開け、南西の方角を見た。
 向こう岸からすうっと見えない一本の道が通るように霧が晴れてくる。湖面の上を歩いて、人の影が近づいてきた。
 それは、上木祥蔵の姿だった。
 祥蔵は、そのままみかげの島の土を踏み、龍一の前に立った。
 祥蔵の後ろでまた霧のカーテンが閉じる。
「待たせたな」
「いや、定刻どおりだ」
 龍一は、ニニギに言った。そして、祥蔵の目を見た。瞳の代わりに、ニニギがまとっていたと同じような黒い炎が燃えるように宿っていた。
 ニニギは、龍一の表情を見て、にやにやとした。
「驚いたか? しかし、この男の体を俺が引きずってくるわけにもいくまい。それに、鏡と体を引き換えにするという約束を確実に守ってもらうためにも、これが一番いいからな」
「別に構わない」
 龍一は答えた。
 ニニギは、ちらりと小さな鳥居のほうを見た。鳥居の前には、先ほどのまま飛月が置かれてある。
 今度は、龍一が説明した。
「飛月をお前に対して使おうというのではない。まあ、今回の立会人というところだ」
 ニニギは、ふん、と鼻を鳴らした。
「そんなことは、どうでもよいわ。立会人だと? いくらでも連れて来るがいい。また、結界も好きなだけはるがいい。俺を通したあと、また結界を閉じたようだが、このような急ごしらえの結界で、俺をいつまでもしばれると思うなよ」
「この結界は、お前を閉じこめるための結界ではない。邪魔が入らないようにするためのものだ。悪く思うな」
「そうかな?」
 ニニギは、祥蔵の左手をあごに伸ばしかけたが、祥蔵にはひげがなかったことに気づいて、途中でやめ、代わりに腰に手をあてた。
 祥蔵は龍一よりもずっと背が低かったが、ニニギの尊大さは、それをまったく感じさせない存在感を周囲に発していた。
 しばしの沈黙のあと、ニニギが再び口を開いた。その声は心なしか、いらついているようだった。
「さて、もうよいかな? それとも時を稼いでいるのか? 俺の忍耐力にも限度があるぞ。見たところ、霊鏡らしきものはどこにもないようだが」
 そう言って、ニニギは、装束の中に隠れている龍一の手に目をやった。
 龍一は、組んでいた手をほどきながら、言った。
「約束どおり、霊鏡はもって来ている」
「どこだ?」
「ここだ」
 龍一は、自分の胸を指さした。
 ニニギが、龍一の装束の懐にでも鏡が入っているのかと視線を探らせる。
「ニニギよ。そうではない。径が二尺の円鏡という、あの八咫鏡は、今はこの世のどこにも存在しないのだ。
 なぜなら、ヒタカミが、天皇家から再び八咫鏡をほかの二つの神器とともにとり戻したあと、八尺瓊勾玉、天叢雲剣、八咫鏡という三種の神器はすべてヒタカミ自身の手で破壊されてしまったからだ」
 ニニギは、憤然として叫んだ。
「嘘だ! お前は嘘をついている!」
 龍一は、さとすように、ニニギにゆっくりと話した。
「本当だ。じきにお前もそれを信じるようになるだろう。まず私の話を聞くがいい。
 古代、クマソとイヅモがお前たちヤマトに滅ぼされ、三種の神器すら奪われたあと、ヒタカミだけがかろうじて残った。 が、ヒタカミはヤマトから無理に神器をとり戻そうとはしなかった。
 神器は魂の象徴であり、国の宝には違いなかったが、魂や国土そのものではない。魂や国を、誰も本当に所有することなどできぬことを、ヒタカミは知っていたからだ。神器とはいえ、それはあくまで物にすぎぬ。そのためにまた戦乱を開く愚をヒタカミは犯したくなかったのだ。
 ヒタカミのもとに三種の神器が再度戻ってきた経緯の詳細は、明らかではない。しかし、時は飛鳥時代、壬申の乱前後、朝廷が混乱にあったころのようだ。この時はまだヒタカミも大国としての姿を保っており、この国をヤマトと二分する勢力だった。
 数百年の時を超え、三種の神器は再びヒタカミの手に戻ってきたわけだが、当時のヒタカミの国主は、これらをすべて破壊することを決めた。その主な理由は、隣国であり敵国でもあるヤマトの姿だった」
 ニニギは、じっと龍一の話を聞いている。
 その様子を見て、龍一は、話を続けながら、同時に暗言葉を使って稲荷大神秘文を密かに唱え始めた。
 秘文は声に出して唱えることが基本だが、暗言葉によって心の内で秘文を唱えれば、声を出したのと同様な力を引き出すことができる。
 龍一は、土居家の古文書の中から暗言葉という技の存在を知り、それまでうもれていたものを復活させたのだった。
 暗言葉を応用すれば、このように会話をしながらでも、一方で相手に気づかれることなく秘文を唱えることができる。しかし唯一の欠点は、暗言葉を使いながらだと、若干声が特殊な響きを帯びてしまうことだった。
 それで、龍一は、話が佳境に入り、ニニギが引きこまれてきたところを見計らって、暗言葉を使い始めたのだった。
 龍一の声は、暗言葉の影響によって、次第に遠くから響くような不思議な色を帯びてきたが、ニニギがそれに気づく気配はなかった。
                         ◎◎
 躑躅岡天満宮の本殿内で、可南子は、ゆっくりと『稲荷大神秘文』を唱え始めた。その声は、大きくもなく小さくもない。
「夫(それ)神は唯一にして 御形(みかた)なし 虚にして 霊有
 天地開闢(あめつちひらけ)て此方 国常立尊(くにとこたちのみこと)を拝し奉れば
 天(あめ)に次玉(つくたま) 地に次玉 人に次玉(やどるたま) 豊受(とようけ)の神の流(ながれ)を
 宇賀之御魂命(うがのみたまのみこと)と 生出(なりいで)給ふ……」
 併せて可南子は、竜泉を通じて龍一の霊気を探した。
 自分の魂を竜泉に開き、その流れと一体になるようにする。
 すぐに自分が肉体という確かなものを離れ、柔らかい無防備な存在になるのを感じる。しかし、ここで恐れてしまえば、竜泉に受け入れられない。
 可南子は強いて竜泉の中に入っていった。
 躑躅岡から八方へ複雑に伸びる霊場の線をたどる。すべては竜泉とつながっている。道さえ間違わなければよいのだ。白河の南湖の地への道をたどることは、何度も練習したおかげで容易にできた。
 途中から、龍一の強い霊気が前方に光り輝くようにして、可南子を導いてくれた。
 可南子はそちらのほうへ急いだ。隣に、龍一と同じような大きさの霊気が並んで立っている。これがニニギだろうか?
 そこは、鏡のように平らで丸い大地だった。
 二つの大きな霊気が、降りた星のようにその上に輝いている。二つは双子のようにそっくりだった。しかし、可南子には、名前が書いてあるように、龍一がどちらなのかが分かった。
 可南子が近づくと、龍一の魂がなにかを語りかけようとしているのが分かった。
 ラジオのチューニングが合うように、次第に音と光が、意味のある言葉のかたちをなしていく。
『……ようやく来たか。……さあ、早く私の中から鏡の種を受けとってくれ』
(鏡の種? 鏡の種とは?)
『鏡の種は、土居家がヒタカミより受け継ぎ、土居の当主が代々、連綿と守ってきたもの。ヒタカミが八咫鏡からその力の源をとり出し、魂の種として残したものなのだ。
 その本質は英知。この国の清らかで大いなる智恵の光が、この中に凝縮されている。
 種をもつものは、己の力量によりこの智恵をとり出し、その光で真実を照らしみることができるという。種の力を引き出すことができるできぬに関わらず、この種を己の中に秘して次に伝えていくことが、土居家当主としての役割なのだ。
 ……次なる土居の当主よ、私が護ってきた鏡の種を受け継いでくれ。私の勤めは終わった……』
 可南子は、龍一の魂をみた。今までに感じたことのないほど、それは強く大きく光り輝いている。それでいて、可南子にはその命が尽きようとしているのが、はっきりと分かった。
『さあ、早く』
 龍一がおのれの中から種をとり出し、こちらにさし出した。可南子はそれを受けとろうと、手を伸ばす。
 と、急速に辺りの景色がばらばらになると同時に収れんしていく。龍一の声が遠く離れていく。可南子の魂は強い力によってもとの場所にあっという間に引き戻されていった。
 しかし、その一瞬の間に、次の場面をみることができた。
 大きな二つの光は互いに近づき、やがて一つとなるかにみえた時、突如、片方が粉々に砕け散り、無数の光の粒を宙にまき散らしながら、消えていった。
 さらに次の瞬間、可南子はまた躑躅岡天満宮の本殿内にいる自分に気がついた。
「……永く 神納(しんのう)成就なさしめ給へば
 天に次玉 地に次玉 人に次玉……」
 自分の声が、空気中に響いている。秘文一行分の時間しか経っていなかったのだ。
「……御末(みすえ)を請(うけ) 信ずれば……」
 今みたものは、なんだったのだろう。しかし、同時に答えが分かる。
 霊場視をするときには、いつもそうだ。すべてのものが同時にやってくるのだ。
(私は、未来をみてきたんや)
 龍一が死に際して、次の者にヒタカミの秘宝である鏡の種を渡そうとしていたこと、そして、一つの魂が、もう一つの魂を飲みこもうとし、片方が砕け消えていったこと。
 あれは、けして夢や幻ではなく、時を越えて確かに存在する現実だった。これだけは間違いない。
 ただし、それが、三十分後の未来なのか、三年後の未来なのか、それとも三十年後のことなのか、今は可南子にも分からなかった。
 三十年後だからといって、遠くに感じるとは限らない。三十分後でも、未知の世界であることに変わりはない。
 その場にいたときには、ひどくリアルに感じられたものも、こうして天満宮に戻ってくると、急速にぼんやりした幻影じみたものになってゆき、可南子の中からうすれていった。
(そうや。こんなことはしていられへん)
 可南子は我に帰ると、再び雷神を呼ぶために秘文に集中していった。
「天狐(てんこお) 地狐(ちこお) 空狐(くうこう) 赤狐(しゃくこお) 白狐(びゃっこお)……」
                         ◎◎
 築山と美子が乗ったジープは、東北自動車道を下り、白河市内の道路をひた走りに走っていた。
 空は相変わらず曇っていたが、白河に入ると霧は晴れ、空気の見通しもよくなっていた。
 ふと、美子はポケットがぶるぶると震えるのを感じて、手を入れてみた。ふーちゃんがひどく震えている。
 驚いて外に出してみると、ふーちゃんの体中の金色の毛が逆立ち、ちりちりと火花のような光を無数に放っている。
 ふーちゃんは美子の膝の上で四肢を踏んばり、自分の内側からのなにかに、身震いしているかのようだった。
「大丈夫? ふーちゃん」
「美子様、もうすぐ南湖神社に着きます」
 そう言ったとたん、築山は突然強くブレーキを踏んだ。美子の体が前につんのめる。
 ふーちゃんがあやうく転げ落ちそうになるのを、すんでのところで美子は捕まえた。
「申しわけありません、美子様」
 築山は、サイドブレーキをかけて、額の汗をふいた。
「道が急に塞がれていまして……」
 築山は、ドアを開けて車外に出、道を塞いでいる工事用のバーをパイロンごとわきに移動させると、また戻って来た。
 ジープは再び発進し、曲がりくねった細い道を進む。暗くてよく見えないが、左側は山、右側はどうやら水辺になっているようだ。
「もう、南湖公園内です。公園内に南湖と南湖神社があります。右にあるのが南湖です」
 築山が早口で説明する。
 美子が南湖を見ようと首を伸ばす間もなく、ジープは左に曲がり、やがて砂利が敷かれた駐車スペースで停まった。
「龍一様の車があります!」
 築山と美子は同時に車を降りた。
 美子はちらりと携帯電話で時間を確認した。十二時十分だった。
 龍一の車の中を確認するが、当然ながら龍一はいない。美子は築山に訊いた。
「龍一は、どこで葦原と会っているのかしら?」
 築山は、戸惑ったように立ちつくした。
「それが、聞いていませんで……」
「南湖神社って、どこなんです?」
 築山は、気がついたように、うなずいた。
「そ、そうですね。とりあえず、神社の前に行ってみましょう。こちらです」
 築山は、車を停めた駐車場から、大きな建物を回りこむようにして、美子を境内に案内した。
 参道と石段を上ると、すぐに天満宮と同じような大きな拝殿があった。境内はしんと静まり返っている。
 拝殿の右横には石造りの鳥居があり、奥に小さな神社が見える。灯籠が辺りを照らしていたが、人影はない。
「誰もいないわ」
 美子は、焦りを隠せなかった。こうしているうちにも、龍一の身に何か起こりつつあるかも知れないのだ。
 築山は、少し離れて、拝殿のわきに建っている大きな建物をのぞきこんでいたが、
「社務所にも誰もいないようです。美子様、この裏に回りましょう。裏には中ノ目様の自宅があります。中ノ目様なら、龍一様の居所をご存知でしょう」
と、美子に大声で言ったあと、すぐに走り出した。美子もその後ろを駆け足でついて行く。
 先ほどの駐車場のすぐ先に、こぢんまりとした住宅があった。その中も真っ暗だったが、築山は躊躇なく呼び鈴を何回も鳴らし、扉をノックし続けた。
 二、三分ほどして、奥から人の気配が現れ、玄関前の照明が点いた。
 扉の透けガラス越しに人影が浮かび上がる。その背格好が龍一にそっくりだったので、美子は一瞬どきりとしたが、次に聞こえてきた声は、似ても似つかぬものだった。
「どなたですか」
 築山が、勢いこんで言う。
「夜分遅く申しわけありません、中ノ目様。躑躅岡天満宮の築山です。
 あの、龍一様がこちらに来ていらっしゃっていると思うのですが……」
 人影は、ちょっと間をおいたあと、がちゃがちゃと玄関の鍵の音をたてていたが、やがて戸ががらがらと開いた。
「どうしたんです? 予定が早まったんですか?」
 隆士が寝ぼけ眼のまま、築山に訊いた。寝床からそのまま起きて来たらしく、フランネルの水色のパジャマを着ている。
 それから、築山の後ろに立っている美子に気づいたらしく、
「その女の子は?」
と訊いた。
 築山は、隆士の言葉の終わりを待ちきれないように、急いで言った。
「上木祥蔵様のお嬢様、上木美子様です。中ノ目様。龍一様はどこですか?」
 隆士は、築山を不思議そうに見ながら、答えた。
「守護主様ですか? お客様と十二時に、みかげの島でお会いになるとおっしゃっていましたが、本当にあんなところにいらっしゃるかどうかは、分かりませんよ。……それにしてもいったい今は何時ですか?」
 隆士は、時計を探してきょろきょろと辺りを見回したが、あいにく玄関に時計は置いていないようだった。
 築山は、隆士の最後の質問を無視した。
「みかげの島ですって? 南湖に浮かんでいるあれですか? 分かりました。美子様、参りましょう」
 築山がそのまま駆け出そうとするので、隆士はさすがに驚いたらしく、後ろから二人を呼び止めた。
「ちょっと! どうするんですか。守護主様は、朝まで誰にも邪魔されたくないとおっしゃっていたんですよ!」
 築山は、隆士を振り返り、少し言葉につまったが、
「いえ。ただ、龍一様のご無事をちょっと確認したいだけなのです」
 と言った。それを聞いて、さすがに隆士も目が覚めたようだった。
「ご無事を?」
 そうして、何か思いあたることがあるように、一人うなずいた。そして、少してきぱきした調子になって、二人に言った。
「しかし、もし守護主様が本当にみかげの島に行かれたのであれば、ボートは岸にもう一艘もないはずです」
 築山は、驚いた。
「ですが、いつもは桟橋に何艘か停まっているじゃありませんか」
「守護主様のご命令で、今日の夕方に、一隻を残して全部片づけてしまったんです。この霧では、岸からでは島の様子は見えないでしょうし」
「霧? 霧はもう晴れたわ」
 美子が、言った。
 隆士はそれを聞いて、近眼らしき目を細めて、夜の奥を見つめ、首をひねった。
「本当だ……。さっきまであんなに煙っていたのに」
「とにかく、岸にまで行ってみましょう。湖はあっちですよね」
 美子は、誰の返事も聞かず、そのまま道を駆け下った。築山もそのあとに続き、たちまち二人の姿は隆士の前から消えていった。
 隆士は、しばらく、唖然として二人がいなくなった方向を見つめていたが、はっと気がついて、サンダル履きのまま自分も外に出ようとしたが、思い直して、いったん家の中に戻り、キルティング素材のクリーム色の部屋着をはおってくると、慌てたように湖のほうへ駆け出した。
 隆士が、湖の岸にようやくたどり着くと、築山と美子が並んで湖を眺めていた。
 隆士は、息切れしながら、二人に訊いた。
「守護主様は、どうでした?」
 しかし、二人が何も答えないので、隆士は、顔を上げ、自分で見た。そうして、同じように立ちつくした。
「何だ、これは……」
 美子の言うとおり、霧は嘘のように晴れていた。しかし、それは湖の周囲だけだった。
 南湖の中は、まるで見えないお椀をかぶせたように、乳白色の濃い霧がたちこめ、岸から先はまったく何も見えない状態だった。
 湖の中につき出している桟橋の様子に目をこらすと、ボートは一艘もない。やはり、龍一は島に渡っているようだった。
 築山は、途方に暮れたような様子で、独り言のごとくつぶやいた。
「どうしても、行けないんです」
 築山の言っていることが、桟橋に渡ろうとして、隆士にもようやく分かった。
 なにかに遮られて、岸の向こうへは一歩を踏み出すことすらできないのだ。壁にぶつかるような感覚があるわけではない。しかし、体が拒否するように動かないのだった。
「守護主様の結界です」
 隆士は二人に言った。
「お客様との会見を邪魔されたくないためでしょう。ご用事が済めば、守護主様がご自分で結界を解き、帰って来られるはずです。私たちにできるのは、ここで守護主様をお待ちすることだけです。朝までには終わるとおっしゃっていましたから……」
 隆士は、もっともなことを言ったつもりだったが、美子が激しく隆士の言葉を遮ったので、驚いた。
「あたしたちにできるのは、本当に待つことだけなの?」
 美子の目は涙でうるんでいた。
「いったい、何があったんです? 守護主様の結界があるということは、守護主様もご無事な証拠ですよ」
 隆士は、築山と美子を交互に見ながら、言った。誰に何を訊けばいいのかも、分からなかった。
 築山は夜目にも分かるぐらい、真っ青な顔になっていた。美子は、岸の向こうに何か見えないかと必死に目を凝らしている。
 隆士は、美子の肩に乗っている霊孤と目が合った。
 霊孤は、それ自身が発光体のように、不思議な金色の光を辺りに静かに放っていた。
リスくらいの大きさで、ふさふさとした太い尻尾をもっている。その大きな黒い瞳は、他の人間たちの誰よりも落ち着いているように見えた。
 その目を見ているうちに、隆士は、今までにないくらい、自分の心が清明になっていくのを感じた。
 隆士の心は、昔から繊細すぎて、そのため、いつも感情に振り回されてしまい、自分の判断にも自信がもてないのだった。
 しかし、今は、自分のやるべきことが正しく判断できる気がした。
 隆士は、美子の腕を優しくつかみ、こちらを向かせると、ゆっくりと訊ねた。
「美子さん、とおっしゃいましたね。さあ、何が起こっているのか、私にも聞かせてください。私は何も知らないんです。
 しかし、ここは私の守護地。事情が分かれば、何かお役にたてるかも知れません。守護主様の身に、何か起ころうとしているのですか?」
 美子は、初めて見たように、隆士に焦点を合わせ、そして思いのほかすらすらと答えた。
「龍一が今会っているのは、ニニギという神なんです。
 ニニギは十四年前に、あたしのお母さんを殺し、二ヶ月前には、あたしのお父さんも殺しました。ニニギは、土居家が持つ霊鏡を狙っているんです。そのため、関東からたくさんの黄泉鬼を呼びよせ、土居家の結界を破ろうとしているんです。
 龍一は、一人でニニギの侵入をこの白河の地で防ごうとしています。
 ……龍一は出かける前に、あたしに言ったんです。自分は柱の道祖神をもっているからって。あたしはその時、それが何のことなのか分からなかったんですが、天満宮にいる可南子さんが、菊水可南子さんが、それは人柱になるということだって、教えてくれたんです。
 それで、あたしたちは、急いでこちらに来たんです。龍一を死なせたくないから……」
「ニニギ……。黄泉鬼……」
 隆士の目つきが変わった。そうして、辺りを見回す。
「そいつらが、本当にこの地の結界を破ろうとしているのですか」
 隆士は、南湖の白い霧の向こうを、遠い目で見つめた。そうして、南の方向へ、岸に沿って、歩き出す。
 美子と築山もそのあとをついていった。
 しばらくして、隆士はぴたりと止まった。
「鬼越山(おにごえやま)の向こうに、なにかがいる……」
 隆士がつぶやく。
「鬼越山?」
 隆士は南西の方角をさし示しながら、美子に説明した。
「南湖のすぐ南側が鬼越道(おにごえみち)といって、東北の結界の最南端、関東との境界線になっているんです。その向こうにある小高い丘を鬼越山といいます。
 その丘の向こう側に、邪悪な気配が無数に感じられます。しかし、ひどくあいまいです。
 どうやら、守護主様が、南湖公園を囲むように、さらに結界をはられているようです。
 つまり、今、白河には三重の結界がある状態ということです。
 もともとの東北全体を護っている大きな結界と、それから南湖公園を囲む結界。私たちはその中にいます。
 そして、南湖の岸沿いにはられている結界。守護主様はその中心におられるのです。この一番内側の結界が、もっとも強固です。だれも入れず、なにものも出ることができないようになっています。そのため、霧さえも、閉じこめられているのでしょう。
 私にも中の様子を感じることはできません。しかし、このような強い結界を必要とするなにかが、守護主様と一緒にいる、そういうことなのかも知れません」
 隆士は、そう言って、再び歩き出した。
「こちらへ。みかげの島に一番近い場所に行ってみましょう」
 三人は、霧におおわれた湖をにらみながら、遊歩道を歩いていった。
「島につながっている場所はないんですか?」
 隆士は、首を振った。
「ありません。……さあ、ここです。つまり、比較的島に岸が接近している場所、ということですが。花月橋(かげつきょう)と呼ばれています」
 美子たちは、小さな橋らしき上に並んで立った。かろうじて、島影らしきものが見えるが、人の姿まではまったく分からず、当然声なども聞こえない。
 美子は、橋から身を乗り出してみたあと、がっかりして、隆士に言った。
「これじゃあ、さっきと同じだわ。あたしたちは、どうしたらいいの?」
 隆士は、美子を見下ろして、落ち着いた声で言った。
「守護主様を信じることです。守護主様が、ここまで入念に準備されて、そのニニギとやらに会われているのであれば、私たちに何ができるでしょう。守護主様は、待て、と言われました。ですから、私たちは、待つのです」
「そんな……。もしそれで、龍一が、死、死んでしまったら?」
 隆士は、美子を見た。
 この少女は、土居家の当主とどういう関係なのだろう。築山は上木祥蔵の娘だと言っていたが、それならば、自分と同じ守護家の一族である。
「東北の結界を侵そうとするものがいるのであれば、これを阻止するのが、我々の役目です」
 隆士は、一息おくと、次の最初の言葉に特に力を入れた。
「“守護主様”は、身をもってこれを示そうとされているのです。土居家の血をひく者として」
 美子は、何か言おうとするかのように口を開いたが、何も言わずにまた閉じた。そうして、不安げに花月橋から湖の奥を眺めた。
 美子と築山が、それきり黙りこくってしまったので、隆士はちょっといらいらしたが、自分のやるべきことを思い出し、また平静に戻った。
 隆士は、花月橋から、もう五、六歩南に歩くと、そこで立ち止まり、じっと手を組んで静かに目を閉じた。
 築山が、隆士のそばにやって来た。
「中ノ目様?」
 隆士は、精神が乱れないようにしながら、ゆっくりと答えた。
「今の東北の結界は完璧です。しかし、鬼越山の向こうの気配は確かに不穏です。
 また、守護主様の結界の中にいるとはいえ、そのニニギというものは、すでに鬼越道を越え、こちら側に入りこんでいると言いましたね。
 もし、守護主様がニニギに敗れるようなことがあれば、白河の守護者である私が代わってここの結界を死守すべき役目を負っているのです。
 それに備えて、鬼越道の結界をさらに強めておく作業に入ります。ですから、少し静かにしてもらえませんか」
 築山は、黙ってうなずき、また花月橋の美子の隣へ戻った。
 美子は、今の隆士と築山の会話を聞いていたのかいないのか、ただ思いつめたような表情で霧の向こうを見つめている。
                         ◎◎
「……稲荷の八霊(はちれい) 五狐(ごこお)の神(しん)の 光の玉なれば……」
 躑躅岡天満宮で、可南子は稲荷大神秘文を唱えながら、身震いが起こるのを抑えられなかった。かつてないほどに、秘文の力を感じる。
 稲荷大神秘文は、もともと一般の神社でも普通に唱えられている祝詞である。それは、神の本質、神の力に通じる方法を説いたものといわれており、数ある秘文の中でも、力のあるものとされている。
 が、この秘文により雷神を呼べるなどということは、もちろん知られていない。
 稲荷大神秘文に秘められた力の謎を解き明かし、これにより雷神を呼べることを発見したのは、土居家当主の中でも秘文使いの天才として名高い、第二十三代目の土居麻輔であると伝えられている。しかし、そもそも秘文の力を引き出すのは、秘文を唱える者の力量いかんにかかっている。
 その後の土居家当主は、麻輔の書き残した記録によって、稲荷大神秘文に、雷神召喚の力があると分かってはいても、実際にこれに成功することは、長らくなかった。そう、第三十九代当主、土居龍一が現れるまでは。
「……誰(たれ)も信ずべし 心願を 以て 空界蓮來(くうかいれんらい)……」
 可南子は、秘文が乱れないよう、歯をくいしばった。なにか、とてつもなく大きなものが、この天満宮の丘から立ち上がろうとしていた。
(神や。まさしく神が今、起きようとしている)
 人が来るずっと以前よりこの地に住まう古き神が、今目覚めたのだ。可南子の目からは、我知らず涙が滂沱と流れ出ていた。
 神は、可南子の唱える秘文がつくる道を通り、天満宮の丘と竜泉から沸き上がるようにして出現したかと思うと、あっという間に雲を突き抜け、天の高みに昇っていった。
 それは、この丘の、そして竜泉の化身のように思えた。
 雷神は、いったん北を向いたが、なにかに呼ばれるようにして、くるりと反対側を向くと、そのまま分厚い雲を踏むようにして恐ろしいスピードで、南へ走り去っていった。
 可南子には、雷神が、白河の龍一のもとに馳せていったのだと分かった。
 竜泉を通じて、龍一の唱える稲荷大神秘文を感じることができる。
「……高空(こくう)の玉 神狐(やこう)の神(しん) 鏡位(きょうい)を改め 神寶(かんたから)を於(もっ)て
 七曜九星 二十八宿 當目星(とめぼし) 有程(あるほど)の星……」
 可南子は、震える声で、秘文を何とか唱え終わった。
「……私(わたくし)を親しむ 家を守護し 年月日時(ねんげつじつじ)災(わざわい)無く
 夜(よ)の守(まもり) 日の守 大成哉(おおいなるかな) 賢成哉(けんなるかな)
 稲荷秘文慎み白す」
 再度、榊の枝を竜泉に浸し、辺りを払いながら、礼をする。
 そうして、ようやく自分の頬をぬぐった。顔が陶器のように冷たく濡れていた。
 そして、白河に去っていった雷神のことを考える。
 雷神は、想像以上に強大で、しかも驚くほど従順だった。
 可南子は、神をこのように操る稲荷大神秘文の力を恐れた。そんな力は、けして人間がもつべきものではないという気がした。
 そして、どきりとした。
(雷神は、私の秘文によって目覚めたんやない。龍ちゃんの秘文のために出てきたんや)
 龍一とは、いったい、なにものだろう? 可南子は、ふと思った。
                         ◎◎
「……ヒタカミが、何故三種の神器をすべて破壊することにしたか。
 それは、神器をめぐる醜い権力争いが絶えない、ヤマトの姿をみていたからだ」
 白河の南湖に浮かぶみかげの島で、龍一は、ニニギに向かって話を続けていた。
「本来は、平和と繁栄の象徴であった神器が、何故統一国家となったヤマトに、血生臭い闘争しかもたらさないのか。
 あるいは神器とは、一つの国がすべてをもつべきものではないのかも知れない。
 またあるいは、時代が下り、人の魂が純粋ではなくなったため、神器の力を誤った方向にしか引き出すことができなくなっていたのかも知れない。
 ともかく、当時のヒタカミの国主は、神器を三つとも破壊することを決め、実行した。
 神器のうち、八尺瓊勾玉、天叢雲剣は完全に破壊された。
 しかし、八咫鏡だけは、その物質としての鏡は破壊したが、その核となる魂は、とり分け、別のかたちでヒタカミが護っていくこととした。それが、『鏡の種』と呼ばれるものだ。
 その理由としては、八咫鏡が、もともとヒタカミがつくり上げたもので、ヒタカミという国土そのものの魂の象徴であったことがあげられる。
 しかし、鏡という、誰もが手に入れることができる形をとれば、その力がまた誤った使われ方をされる恐れがある。
 そこで、鏡を魂という、通常の者には、目にも見えずふれもできない存在とすることで、鏡にふさわしくない者には手にとることすらできないようにしたのだ。
 そして、その鏡の種は、ヒタカミの国主が、自らの魂を容器として、代々護り、伝えていくこととされた。
 そもそも、三種の神器の働きとは、それぞれなにか?
 それは、世界におけるもっとも美しい魂のあり方を具現化しているのだ。
 すなわち、八尺瓊勾玉は命、天叢雲剣は力、そして八咫鏡とは英知のことだ。
 つまり、鏡の種とは、魂の知恵のことなのだ。
 しかし、鏡という形を失ったため、鏡の種を自身の中においた者すら、その知恵を引き出し己の力とすることは、さらに困難なこととなった。
 ヒタカミが滅び、鏡の種は、土居家に受け継がれた。
 土居家の当主は、世界でもっとも素晴らしい知恵を身の内にもちながら、それをみ、理解することはほとんどできない。 それほどに魂の真実とは深淵で難解だからだ。
 しかし、当主としての第一の役目は、鏡の種を生涯守り、次の世代に受け継いでゆくこと。また、己の力量によっては、鏡の知恵の光を垣間みることも可能だ。
 そしていつの日か、その鏡の種の、本当の姿をみることができるものが現れる、そう伝えられてもいるのだ」
 それから、龍一は、ちょっと立ち位置をずらした。まるで、ニニギから自分がもっとよく見えるようにするかのように。
「ニニギよ。私の魂の奥底をよく感じてみるがいい。そこにお前が昔手に入れた、あの八咫鏡の光が眠っているかどうかを。
 そうすれば、私がヒタカミから鏡を受け継いでいること、しかしそれはすでに八咫鏡とは呼ばれていないと言った意味が分かるだろう」
 ニニギは、黒い目の炎をたち上がらせ、龍一の目の奥から視線をもぐりこませるようにして凝視していたが、やがて、大きく息を吐いた。
 龍一は、少し笑みを口もとにのぼらせた。
「鏡をみつけたか? 私は約束を守った。さあ、祥蔵の体を返してもらおうか」
 ニニギは、祥蔵の唯一の手を握ったり開いたりしながら、言った。
「約束を守っただと? 俺は『鏡と引き換え』だと言ったはずだ。
 この体をとり戻したいなら、お前のもつ鏡の種とやらを、俺に渡すことだな。
 土居家当主が代々受け継ぐというなら、ほかの者に渡す方法があるということだろう」
 龍一は、静かに首を横に振った。
「鏡の種は、お前には渡せない。土居家の当主となる者以外に渡すことは禁じられているのだ。種をもつ当主の魂がこの掟に反したとたん、鏡の種は消滅してしまうといわれている」
 ニニギは、信じられないような表情を浮かべた。
「消滅だと?」
 龍一は、なだめるように、言った。
「ニニギ。お前の求める三種の神器など、やはりすでにどこにも存在しないのだ。鏡の種は、八咫鏡とはまったく違うものなのだよ。
 それは鏡というよりも、鬼火のようなつかみどころのないもの。土居の当主にすら、使うことはおろか、みることもままならないようなものなのだ。
 そんなものをたとえ手に入れたとしても、いったいどうするのだ? 鏡の光は、お前を正しい方向に導くどころか、惑わすだけだろう。
 ニニギよ。お前の住むべきところ、黄泉の国に帰り、再び静かな眠りに戻ってはくれないか?」
 ニニギは、唇を噛むようにして、じっと立っていたが、やがて、言った。
「いや。俺には、鏡がどうしても必要なのだ。
 静かな眠りだと? 俺があの地下の場所で、一度でもそんなものを手に入れたことがあったと思うのか? 常に落ち着かず、広大で荒れ果てた場所を彷徨い続けていただけよ。二千年もの間ずっとだ。お前にそのような状態が想像できるか?
 地上では、俺の名を神として讃える祝詞が絶えることはなかったが、そんなもので俺の魂は癒されるものではなかった。
 神という立場が何だというのだ。天皇の始祖だと?
 はっ。俺ほど、この国を愛した者がいようか。自分の祖国よりも、何ものにも代えがたく、愛し育てたのだ。
 俺の地上での最後を知っているか? 俺は、八咫鏡に殺されたのだ。そう、文字どおりな。
 ようやく俺の国がかたちとなろうとした時、鏡が俺を黄泉へ引きずりこんだのだ。ヒタカミの呪いだったのかも知れん。
 それ以来、この国は、そのまま俺の牢獄となり、俺は二千年間、神という名の囚人として、地下につながれてきたのだ。
 最初の千年、俺はひたすら耐えた。いつかはこの呪いが時の力によって消えると信じて。
 次の千年、俺は絶望していた。この国は、俺を許す気がないのだと思ったよ。地上では、俺の子孫が繁栄しているというのにな。
 そんなとき、あるものが俺に教えてくれたのだ。神器を再び手に入れることができれば、俺は救われると。そいつは、ひどく奇妙だが、俺よりもずっと古くからこの国に住む神だ。そして、予言の力をもっている。土居家に神器の一つが伝えられていると教えてくれたのもそいつだ」
 ニニギは、祥蔵の一本の手を伸ばしながら、龍一に徐々に近づいていった。
「そういうわけで、お前には悪いが、鏡をみつけたからには、ここであきらめることはできん。
 お前がその身から手放すことができぬのなら、俺はお前ごと鏡を手に入れよう。
 それが俺にできないとでも思うか? 簡単なことだ。この体からぬけ出て、お前の中に入るまでよ。
 お前の魂は、永久に鏡の容器として俺が所有してやろう。お前の体は、そのまま神の体として使ってやろう。
 悪くない提案ではないか? お前はこれから、神と呼ばれるようになるのだぞ。
 確かにお前には、それだけの価値がある。こうしているだけで、お前の体に流れる素晴らしい霊力を感じることができる。神の器としてふさわしい……」
 ニニギは、手のひらを龍一に向かって開きかけたが、とたんに、ぎょっとした表情を浮かべた。龍一があとずさりするどころか、さらにニニギに歩みよってきたからである。
「何を……」
 ニニギは、言いかけ、はっとして空を見上げた。
 天は、分厚い雲におおわれ、何もないかに見えた。
 が、次の瞬間、雲が大きく二つに割れ、その奥から、まばゆい光が射しこんだ。
 それは、月の光よりも、もっと鋭く、日の光よりも、もっと強いものだった。
 そして、突如、ぎざぎざに折れ曲がった稲妻が、大きくらせんを描きながら、ニニギめがけて落ちて来た。
 ニニギは、思わず手を頭の上にかかげた。なにか自分の口から声がもれたような気がしたが、耳にまで届かなかった。
 バリバリッという凄まじい音が南湖全体に響きわたり、巨大な閃光が四方すべてをおおいつくして、それから、何も見えなくなった。
                         ◎◎
 花月橋の上にいた美子は、空から大きく鋭い光が南湖の中ほどめがけて落ち、結界の中が雷光で満ちるのを見た。
 その後、霧が金色に輝きながらぐるぐると渦を巻き始めたかと思うと、次に、目の前の結界がびりびりと震え出した。
 美子は、恐れながらも、それを見つめたまま、ただ立ちつくしていた。
 すると、隆士の声が背後から飛んだ。
「美子さん、伏せて!」
 美子が欄干の影に隠れたとたん、衝撃波のようなものとともに、ざざあっと湖の霧が堰を切ったように流れ出てきた。心臓が止まりそうなくらい、冷たい流れだった。美子の隣で、築山も必死にしゃがみこんでいる。
 流れがほとんど止まったように見えたころ、美子はようやく立ち上がった。頭の上から冷水をかぶったように全身がずぶぬれとなっていた。
 ふーちゃんが、欄干の上に飛び乗り、ぶるぶると体を振って毛皮の水気を払った。
 美子はようやく、ふーちゃんの変化に気がついた。以前よりも三倍も大きくなっていた。
「ふーちゃん! ほんとにふーちゃんなの?」
「美子様! あれを!」
 築山が湖上を指さした。
 湖の霧は、徐々にうすくなってゆき、岸沿いにぽつりぽつりと建てられている街灯の明かりによって、湖に浮かぶ小島の様子もだいぶ照らし出されてきた。
 島に植えられている木の影、そして……、
「だれか、あそこにいる」
 美子は、霧が晴れたため、かえって声を押し殺しながら、言った。大きな声を出せば、向こうに届きそうにも思われたからだ。
 人影は、ひとりに見えた。
 先ほどの雷は、間違いなく、龍一が稲荷大神秘文によって呼んだ雷神だ。しかも、瑞鳳殿の時とは比べものにならないくらい、強烈なパワーをもっていた。
(龍一が、ニニギに勝ったんだわ!)
 美子は心を躍らせた。
                         ◎◎
 霧が晴れつつあるみかげの島の上で、ニニギは顔を引きつらせながら、立っていた。そうして、下を見下ろした。龍一が力つきたように倒れている。
 ニニギは、今さっき雷が落ちた水面を一瞥すると、龍一に言った。
「今のは、お前が呼んだのか? あり得ん。人間にこのような力を使うことができるなど……。お前は、本当に人間か?」
 しかし、龍一は荒い息をしながら、わずかに細目を開けて、ニニギを見上げるだけだった。
 ニニギはおおまたで龍一のもとに歩いて行き、その喉をつかむと、恐ろしい力で龍一の体を片手で持ち上げた。
「あれをまともに喰らっていたら、俺はひとたまりもなく消滅していただろう。だが、幸いわずかにはずれて、湖に落ちた。お前には残念なことだったな。
 こんな隠し玉をもっていたとは。あれで俺を倒す計画だったというわけだ。
 はずしたのは、自分も巻きぞえになることを恐れたせいか。しかし……」
 ニニギは、手に力をこめた。龍一の喉が苦しげに鳴った。
「これで、もうお前の武器はなくなった。お前の中にはほとんど霊力がなくなってしまったぞ。結界などで力を無駄遣いしたせいだ。これではもう雷は呼べまい」
 ニニギは、そこで、にやりとした。
「龍一よ。お前が負けるのは、お前の力が足りなかったせいではない。お前の戦略がまずかったせいだよ。
 戦いの基本を教えてやろうか。一つ目は、力の配分方法を誤らぬこと。二つ目は、武器は常に予備をもつことだ。たった一つでは今のように失敗した時のとり返しがつかない。お前はこの二つともに間違いを犯したのだ。
 さて、さらにつけ加えるならば、敵の反撃の芽は、徹底的につぶしておくことも必要だ」
 そう言うと、ニニギは視線を、島の岸につけられている、龍一が乗ってきたボートにやり、そのまますうっと湖の岸にまで動かした。
 すると、その視線に操られるかのように、ボートが独りでに走り出した。
 美子は、当初、龍一だと思っていた人影が、もう一人を手で持ち上げるのをみて、声にならない悲鳴を上げた。
 持ち上げられたほうは、装束のようなものを着ている。まさかあれが龍一ではないか? 
 そして、次第に明らかになってゆく島の景色が目に入ったが、美子には、それが何を意味しているか、分からなかった。
 龍一をつかみ上げている、その人物の姿に見覚えがあった。
(お父さん?)
 まさか。何を自分は考えているのだろう。美子は首を振った。
 その時、どこからともなく、ボートが美子の前に現れた。
 そして、小島の上の人物が、大声で美子に呼びかけた。それは、美子が一度も聞いたことがない、低く、恐ろしく大きく響く声だった。
「上木の娘よ。それに乗って、こっちにやって来い。今この場で土居の当主を俺に握りつぶされたくなかったらな!」
 美子は、ふーちゃんを抱きしめながら、目の前のボートをじっと見つめた。
「……ニニギ。美子は関係ないだろ」
 ニニギの手の中で、龍一の喉がかすれた声を出した。
 ニニギは、ふんと笑った。
「さあて。それはどうかな? お前がどうして俺に気づかれずに雷神を呼べたのか、今、俺はそれを考えている。
 頭のいいお前が、何故力を浪費してまで強固な結界を作ったのか。
 もしかすると、結界は俺の目からあの娘を隠すためだったのかも知れん。先ほど結界が崩れるまで、俺にもあの娘の存在が分からなかったからな。あの娘が、お前に雷神を呼ぶ手助けをしていたのかもな。
 いや、むしろ、あの娘と一緒にいる霊孤があやしい。霊孤は雷神と協調する性質があるからな」
 そうして、ニニギは、龍一が声を出せないように、手に力をこめ直しながら、美子に向かって再び大声を出した。
「おい! 早く来い。その霊孤と一緒に船に乗るんだ!」
 美子は、びくりとすると、そのままボートに足を踏み入れようとした。
 築山が慌てて、美子にささやく。
「美子様。行ってはいけません。殺されてしまいます!」
 隆士は、岸から数歩離れた場所で、美子と、その向こうの湖上の人影を見つめていた。固まったように、体も喉も動かせなかった。
 美子は、決心したようにボートに乗った。ボートはだれかに押さえつけられているように、美子が乗ってもぴくりとも揺れなかった。
 築山が、泣きそうな声で、言った。
「美子様!」
 美子は、築山を振り向くと、にこりとして一度うなずき、また島のほうに向き直った。
 ボートは音もたてず、鏡の上を滑るように島のほうへ進んでいった。
 急に湖の霧がまたたちこめてきて、美子の乗ったボートは、たちまちぼんやりとした乳白色の影の中に隠れ、見えなくなった。
                         ◎◎
 美子とふーちゃんの乗ったボートは、みかげの島近くにたどり着き、そのまま上陸することなく、水面でとまった。
 ニニギが振り向く。美子は、ふーちゃんをぎゅっと抱きしめた。
「お父さん……」
 それは、まぎれもなく、上木祥蔵の姿だった。
 ニニギは、眉を上げた。
「上木の娘よ。残念ながら、俺はお前の父ではない。事情があってお前の父の体を借りているだけだ。じきにこの体は、お前に返してやるよ。それがこの土居の当主との約束だからな。
 まあ、残念ながら返せるのは体だけだ。魂はとうにぬけ出てしまったからな」
 美子は、涙で視界が曇らないよう、必死に我慢しながら、祥蔵の姿を見た。
 ごま塩の短い髪型、がっしりとした首すじから肩にかけての輪郭、そして左の一本しかない腕、何もかも生前のままだった。
 違うのは、黒々と燃え盛る炎のような目と、一本の腕で龍一を軽々と持ち上げていることだ。
 確かにこれは、父なんかではない。ニニギだ。
「龍一を放して!」
 大声を出したつもりだったが、ニニギの湧き上がるような太い声とは比べようもないくらいか細く聞こえた。
 ニニギは、美子を鋭く一瞥し、龍一のほうに向き直った。
「今、放してやるさ。俺がこいつの中に入ったらな。
 さあ、龍一。お前の作った湖の結界の残骸を利用させてもらい、あの船の中に娘と霊孤を封じた。これでもう、ほかから力を借りることはできなくなったぞ。
 ……うん?」
 ニニギは、まるで中身を確かめるかのように、龍一の体をぐらぐらと揺すった。龍一の顔が苦しげにゆがむ。
「ニニギ、やめて!」
 美子はボートから飛び出そうとしたが、見えない壁に撥ね返され、しりもちをついた。
 ニニギは、うるさそうに、美子を見ると、ふっと息をボートに向かって吹きかけた。
 たちまちボートの周りに霧が集まり、ほとんど美子の姿が見えないほどになる。
 ボートの結界の中で、美子はさかんに見えない壁を叩いたり叫んだりしていたが、その音すら聞こえなくなっていた。
「黙っておれ、小娘め」
 そうして、ニニギは、龍一を珍しそうに眺めた。
「龍一。お前の力は、本当に底知れない。先ほどは、ほとんど残っていないと思われた霊力が、この短い間に、ずいぶんと回復してきている。これも満月の夜のせいか?
 まあ、まだ雷神を呼べるほどではないようだが、ともかく早いところ、けりをつけたほうがよさそうだ」
 ニニギは、龍一の体をさらに高々と持ち上げた。そうして、かっと目をみひらく。
 目の中の黒い炎が今にも飛び出さんばかりに燃え上がり、龍一の細く開いた目を貫かんとするようだった。
 いや、本当に炎はその目の中から抜け出て、龍一の魂を捉えようと触手を伸ばそうとしているのだった。
 美子は、煙の玉の中に閉じこめられたようになり、それでも必死で結界の壁を壊そうとしたり、のぞきこもうとしたりしていたが、今や何も見えず、何も聞こえなかった。
「龍一が、龍一が殺されちゃう」
(あたしは、やっぱり何もできないの?)
 パリ、パリ、パリ……。ボートの中で、かすかに何かの音がした。
 振り返ると、ふーちゃんの体全体が輝くような黄金色の光を発している。それは、ボートのうす暗い結界の中をまぶしく照らしていた。
「ふーちゃん……」
 美子は、ようやく分かった。ふーちゃんは、雷神に反応しているのだ。
 瑞鳳殿の戦いのあとに体の大きさが変わったのも、先ほど白河に向かう車の中で火花を散らし、その後、急に大きくなったのも、龍一の呼ぶ雷神に共鳴したせいなのだ。
 そうであれば、今また、龍一は、雷神を呼ぼうとしているに違いない。
 美子は、結界の壁にすがりつき、霧の向こうを見ようとした。あんな弱った状態で、稲荷大神秘文を唱えたら、龍一の体はどうなってしまうのだろうか?
 ふーちゃんが、ボートのふちに飛び乗り、美子の下から空のほうを見上げた。
 ぴたりとふーちゃんの体の火花が止まる。
 美子はふーちゃんの目を見下ろした。金色の中で輝く漆黒の瞳。
 美子はしゃがんで、そっとふーちゃんを抱きしめた。成長しても、その柔らかさ、温かさはいつもと同じだった。
 そうして、ふーちゃんと一緒に見えない空を見上げた。
                         ◎◎
 ニニギは、まさに龍一の体に入らんとして、腕をぐっと引きよせたが、その時、龍一の口がわずかに動いているのを見とがめ、耳を近づけた。
 かすかな声が聞こえる。
「……しちようきゅうせい にじゅうはっしゅく とめぼし あるほどのほし……」
「こやつ、秘文を唱えておる!」
 慌てて、上を見て、ニニギは驚愕した。
 漆黒の雲の海の中を、巨大な金色の竜がぐるぐると泳いでいるかのように、稲妻があちこちで流れながら光を放っている。
 先ほど落ちてきた雷よりも、それは、何倍も大きく、そして何よりも、明確な意志を有していた。その意志とは、すなわち、眼下のニニギを、そのいく本もの鋭い牙と爪でつかみ、切り裂くことなのだ。
 天空を舞う鷹が、地上の小動物にぴたりと焦点を合わせているかのような強烈な視線を感じ、ニニギの背すじが、ぞうっと総毛だった。このような感覚は、二千年前に命を失って以来のことだった。
 かつてない恐怖に、ニニギは、思わず龍一を放そうとしたが、すぐに手の力を入れ直した。一刻も早く龍一の体の中に入ることが、身を護る最善の方法だと悟ったからである。
 ニニギの魂が、祥蔵の目を通って、外に飛び出ようとした、まさにその同じ瞬間、ついに金の雷竜が、宙を引き裂くような轟音をたてながら、ニニギと龍一のほうへ、真っ直ぐに落ちてきた。
 星が粉々に砕け散るような音と光の衝撃の中、ニニギは確かに、龍一がにやりと笑うのを見た気がした。

(四分の四)
                         ◎◎
 パアンッと音をたてて、美子の周りを囲っていた結界がはじけ、霧が再び流れた。
 美子は、霧を手で払った。
 みかげの島は、まぶしい光でおおわれている。
 その光源は、不思議に細長い形で、島の上に浮かんでいた。
 人影は、一つ……。
 美子は、必死に目を凝らした。
 いや、二つだ。立っているのは祥蔵の体だ。そして、松の木の根もとに横たわっているのが、龍一だ。
「龍一!」
 美子の声は、よく通った。倒れている龍一が、わずかに動く。まだ生きている。
「なんだ? なんだ、お前は?」
 祥蔵の体から、息の荒いニニギの声がした。すると、ニニギはまだ龍一の中に入っていないのだ。
 ニニギは、目の前に浮かぶ光に向かって、問いかけているようだった。
 美子は目を細めてその光の正体を確かめようとした。
「……飛月?」
 確かにそれは、飛月だった。
 鞘から抜け出て、刀身を金色にきらめかせながら、ニニギと対峙するように切っ先を向け、宙に浮かんでいる。
 飛月の中から、言葉が流れ出た。
 それは、まぎれもなく懐かしい父、祥蔵の声だった。
「ニニギ、久しぶりだな。さあ、今こそ十四年前の決着をつけようではないか」
 ニニギがあとずさりするように体を動かそうとしたが、その足はぴくりとも動かなかった。
「お前。……まさか、上木祥蔵か?」
「もう見忘れたか? お前と私とは、一人の女性をはさんでの浅からぬ因縁。そして今は、同じ体をも共有した間柄ではないか。
 しかし、私の体に入りこんだのが、お前の運のつき。魂が離れたとはいえ、長年私が使ってきた体だ。しばらくの間はお前の魂をその中にとどめておくことぐらいできる。
 お前は私の体の中に閉じこめられたまま、この雷神の力を受けた飛月で貫かれるのだ」
 その時、背後から、龍一が振り絞った声を出した。
「やめろ、祥蔵。その体を傷つければ、お前は二度と復活することができなくなるぞ」
 飛月の中の祥蔵が、答えた。
「龍一様。私はすでに肉体を捨ててしまったのです。私の魂はすでにこの世のものではないのです。今さらこの世に還ることなどできましょうか」
「それは、違う。お前の魂は肉体の死によって自然に体からぬけ出たのではない。死よりも先に自らの意志で飛び出したのだ。飛月の中には、お前の魂が生きているときと同じままにこめられている。
 だから、再び肉体と合わされば、お前はよみがえることができるはずなんだ」
 祥蔵は、少し黙ったあと、言った。
「そこまでみぬかれておりましたか。さすがは我が守護主様でございます。
 しかし、そうであればなおさら、何故私が死よりも先んじて体を捨て、飛月に宿ったかがお分かりになるはず。
 それは、けしてまた生き返ろうなどとするためではありません。肉体と一緒に魂までもからめとられることを避け、いつの日か、こやつからあなた様をお護りするためにほかならないのですよ。
 そして、その瞬間が、今この時なのです」
 龍一は、必死に起き上がろうとしながら、祥蔵に訴えた。
「だめだ。祥蔵。お前には分からないのか。美子には、まだお前が必要なんだ。自分の娘のことを考えろ!」
 美子は、ふーちゃんを抱きかかえたまま、じっと飛月を見つめていた。
 美子は、飛月の中から、祥蔵の温かい、いつもの優しい視線を感じたように思った。
 祥蔵の声が、静かに言う。
「龍一様。私をこの世に還すために、すべてを仕組まれたのですか。この場で、私の体と、飛月の中にある私の魂とを合わせるために。
 そうして、ご自身は、どうなさるおつもりでしたか。
 一度目の雷神も、二度目の雷神も、わざと私の体から外すように落とされましたね。
 あくまでもニニギを私の体から追い出す脅しだったというわけですかな?」
 龍一は、弱弱しいながらも、いつもの皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「確かにわざと外したというのは、正解だよ。二度目は、お前に受け止められてしまったがね。
 私の中に霊力が多ければ、ニニギが入りづらくなるだろう。それに、あまり霊力の多いまま、ニニギに体を引き渡すわけにもいかないからな」
「なるほど。しかし、そのように弱ったお体で、ニニギを内に抱えたまま、人柱になどなれるとお思いでしたか」
「ニニギをこの身に封じることができれば、我が命を断つことなど、いかようにでも可能さ」
 そう言って、龍一は、懐から小さな護り刀をちょっととり出してみせた。
 祥蔵は、快活に笑った。
「いつもながら、龍一様のお考えには隙がございませんな。
 さすれば、唯一の計算違いは、この祥蔵ただ一人ということになりますか」
 龍一は、松の木によりかかり、ようやく座った。その顔に血の気はまったくない。
「分かっただろう、祥蔵。ニニギを封じたまま、人柱になれるのは、この私だけだ。お前の体では、ニニギを閉じこめたままにすることはできない。
 お前の体は、魂が離れてしばらく経ち、抜け殻同然で力不足だ。ニニギという、大きな力をもつものを、封じることができるのは、正直、私の体と魂くらいなものなんだよ。
 どちらにしても、飛月や雷神の力がいかに大きかろうと、霊を完全に封じたり消滅させることなどできないのは、お前も知っているはずだ。その場を浄化して、黄泉の国に戻してやるだけだ。
 ニニギは、土居家の霊鏡をあきらめない。また機をみて地上に現れ、この地を脅かすだろう。
 だから、お前のことがなくとも私は同じ方法をとっただろう。
 祥蔵。これは命令だ。私の邪魔をするな」
「それは、守護主様のお立場で、守護者に命じられる、ということですかな」
「そうだ」
「龍一様。守護主様のご命令は、守護者にとって絶対。その掟は、命ある限り守られねばなりません。しかし、私はすでに命ある身とはいえませんな」
「何だって?」
 祥蔵は、ふふふと笑った。
「私は、自分の命とともに、守護者としての掟も捨て去ったのですよ。そうして、私は自分に新たな掟を課したのです。
 それは、あなた様のご命令に逆らっても、あなた様の身をお護りする、という掟です。
 この掟こそ私の魂の力、誇りなのです。あなた様とて、それを妨げることはおできになりませんよ」
 飛月は、さらに輝きを増した。
 祥蔵の声が、美子に高らかに語りかける。それは、美子がよく知っているようで、初めて聞く響きをももっているようだった。
「美子! お父さんの最後の姿をよくみておくんだ。お前には、我が上木家の本当の話を何もしてやれないままだったが、万の言葉よりも、今の光景こそが、私がお前に贈る最大の遺言だ。
 お父さんは、自分に最後まで誇りをもって生きた。それこそが、人生でもっとも重要なことなんだ。
 お前も、強く、誇り高く、生きていってくれ。
 お母さんも、誇り高い人だった。そして、愛に満ちていた。
 お前に見えない人の話をしたな。お父さんも、お母さんも、これまでもこの先も、ずうっとお前を愛している。私たちは、お互いに見ることはできなくとも、永遠に家族だ。血と魂でつながった、家族なんだ。
 このことを忘れないでくれ!」
「お父さん!」
 美子は、思わず叫んだ。
 飛月は、足に根がはったように動けないでいる祥蔵の体を、輝く金の光をまき散らしながら、ゆっくりと貫いていった。
 ニニギの、地の底から湧き上がるような、断末魔の声が響きわたる。
 光は、飛月から、祥蔵の体へと、とり囲むように移り、やがてすっぽりと全体をおおいつくした。
 それから、輝きが、一段と強さを増したため、その一本一本の光の線が見えるほどになり、まるで、無数の細い金の刃が、つきたてられているかのようだった。
 ついに、耐えきれぬような、ぐぅ、という低いうめき声が上がった。
 祥蔵の目の奥から、黒く大きな炎が、手のような形でにょろりとしぼり出される。
 それは、助けを求めるかのように、上へ上へと糸を辿るように昇ってゆき、そして、あえぐように、いったん空中で停止した。
 しばらくの間、迷うような闇色の濃い霧のかたまりが、その場にゆらめく。
 美子は、はっとした。その中に、本当のニニギの姿が見えた気がしたのだ。
 しかし、その一瞬後、それは、つと、南のほうを振り返ったように見えたのち、そのまま、恐ろしい速さで、地平線めがけて飛び去っていった。
 ニニギの魂は、あっという間に、夜の中へ溶けて消えてしまった。
 祥蔵の体が、スローモーションのように音もなく、飛月を刺したまま、倒れてゆく。
「お父さん!」
 しばりから解き放たれたように、美子は、ボートについているオールを動かし、岸に近づけると、島に飛び下りた。
 真っ直ぐに祥蔵の体のところへ走り、そばにひざまずく。
 祥蔵の体には、胸の辺りに飛月が深々と突き刺さっている。金色の光はすでに失われていた。
 美子は、祥蔵の顔をのぞきこんだ。まるで眠っているかのような、穏やかな表情だった。
 美子は、一度大きく息をついたあと、飛月の柄を持ち、そっと刀身を抜いた。
 刀はするりと抜け、その身には血の一滴もついていない。祥蔵の体からもまったく血は出ていなかった。
 美子は、祥蔵の体と飛月を、同時に抱きしめた。
 まだ、父のなつかしい匂いが残っているような気がした。
 そして、胸の上で静かにささやいた。
「お父さん。ありがとう……」
 目から涙がひっきりなしに流れ、美子の頬と一緒に、祥蔵の体を濡らした。
 二ヶ月ぶりの涙だった。しかし、心を斬るような涙ではなく、温かく湿らすような涙だった。
(あたしは帰ってきた)
 ふと、こんな言葉が美子の胸の中に浮かんだ。
(ぐるりと回って、帰ってきた。同じところではないけれど、やっぱり心の中に帰ってきた。ありがとう、お父さん。お父さんのおかげよ。あたしはこれで、生きていける。ありがとう……)
 そのまましばらく、美子は、身動きもせずに、祥蔵の体と一緒に横たわっていた。確かにあったものを、今一度確かめ、記憶しておくために。
 少しして、ふーちゃんが、頬に鼻を押しつけてきたので、美子は、起き上がって、その体を抱きかかえた。
 金色に輝く背中をゆっくりと撫でる。ふーちゃんの体は大きめのリスほどになっており、尻尾は太く長くふさふさとしていた。
 濡れたような瞳は、以前と同じままに輝きながら、美しく美子を見つめている。
 美子は、頬を拭って、ふーちゃんににっこりとすると、飛月を、静かに祥蔵の体の上に置いた。
 そして、立ち上がり、龍一のもとへ駆けよった。
 飛月の光がなくなり、辺りはまた、岸から届くほの暗い街灯の明かりだけになっていた。
 龍一は、松の木の根もとにほとんど頭をつけ、崩れるように倒れている。
「龍一?」
 美子は、恐る恐る声をかけた。龍一は、祥蔵よりも死んでいるように見えた。
 しかし、美子の声を聞いて、龍一は、うすく目を開けた。
 美子は、腰がぬけたように、その場に座りこんだ。
「ああ、よかった。龍一。もう大丈夫よ。ニニギはいっちゃったわ」
 龍一は、また目を瞑った。
「美子。すまない……」
「え。どうしたの」
 龍一は、つらそうに声を出した。
「祥蔵を……、君のお父さんを。やっぱり、逝かせてしまった」
「龍一……」
 美子は、座り直した。
「龍一。お願いだから、そんなふうに自分を責めるのはやめて。お父さんは、自分で自分の人生を選んだのよ。だから、あたしも、お父さんのことを悲しむのはやめにするわ。
 聞いたでしょ。お父さんは、見えない人になっただけなんだって。ずっと、あたしたちは家族なんだって。
 それなのに、龍一だけ一人でくよくよするなんて、おかしいわ。だって、龍一は何も悪くないんだもの」
「ああ。そうだな……」
 そう言って、龍一は、装束の袖で顔をおおった。
 美子は、龍一がこれほど弱っている姿を見たことがなかったので、どうしたらよいのか分からなかった。
「龍一。とにかく、この島を出ましょう。ボートに移れる? 築山さんを呼んだほうがいいかしら」
 美子は、龍一を起き上がらせようと手を伸ばしかけたが、龍一は片方の手を上げて、それを遮った。
「いや。まだこの島を離れるわけにはいかない」
「でも……」
 龍一は、顔から腕をどけた。
「美子。携帯電話を持っているか?」
 美子は驚きながらも、うなずいた。
「じゃあ、それで可南子をここに呼んでくれ」
「え。可南子さんを?」
「ああ。それから、一緒に水を持って来るようにと言ってくれ」
 美子は、何のことか分からなかったが、龍一の声が、普段の落ち着きと強さをとり戻してきているようだったので、少し安心した。
 電話をかけると、可南子はワンコールですぐに出た。
「美子ちゃん? どないしたん? どうやったん?」
 美子は、可南子の声にほっとしながら、短く答えた。
「ニニギは黄泉に帰りました。龍一も、みんな無事です」
 可南子の大きなため息が、受話器の向こうから聞こえた。
「そうか。ほんま、よかった。雷神がずいぶん前に帰って来た気配がしたのに、何の連絡もないから気をもんでいたんよ」
「だけど、龍一は雷神でずいぶん霊力を使っちゃって……。可南子さんに水を持って、ここに来てほしいっていうんですが」
「水を?」
「はい」
「なるほど。分かった。すぐ行くからな。白河の南湖やな」
「みかげの島です」
「了解や」
 電話をきると、可南子は、躑躅岡天満宮の本殿わきの渡り廊下から立ち上がった。
 稲荷大神秘文を唱え終わり、天満宮から雷神が走り去っていったあと、可南子はここでずっと美子からの連絡を待っていたのだった。
 すぐに用意を整え、白河に向かおうとして、ふと気がついた。
(どうやって行くんや?)
 天満宮には、車は、龍一のBMWと築山のジープの二台しかない。その二台は両方とも出払っている。こんな夜中では電車も通っていない。
 仕方なく可南子はタクシーを呼んだ。
 天満宮の石段下に着いたタクシーに乗りこみながら、運転手に言う。
「運転手さん。白河の南湖までお願いしますわ」
 運転手は、ぎょっとした。
「白河? 福島県の白河市ですか?」
「そうや。大急ぎで頼みます」
「しかし……」
「人の命がかかっているんや。十万でも二十万でもお支払いしますよって、お願いします!」
 可南子の真剣な様子と、巫女の装束姿と、美貌にあてられたのか、しまいに運転手は、
「分かりました」
とうなずいて、車を発進させた。
                         ◎◎
 可南子を待つ間、龍一は頑として島から動こうとしなかった。
 美子は、築山と電話で話をし、とりあえず祥蔵の体だけをみかげの島から運び出すことにした。
 まず美子がボートを湖の岸まで漕いでいき、それに築山と隆士が代わって乗りこみ、島に渡った。
「龍一様。大丈夫でございますか」
 築山は島に着くと、すぐに龍一のそばへと走った。
 龍一は、松の木によりかかり、南を向いて座禅をくんでいるように静かに座っていたが、築山と隆士が到着すると、そちらを振り向いて、にこりとした。
 辺りは暗く、龍一の細かい表情や顔色までは見分けられなかったが、その声は普段と同じようだった。
「二人ともご苦労。私は大丈夫だ。祥蔵を丁重に運んでやってくれ。飛月も一緒にな」
「守護主様。あの、私……。結界が……」
 隆士が龍一のそばに座りこんで、どもりながら言った。
 龍一は、隆士の肩に優しく手を置いた。
「隆士。結局はお前にも迷惑をかけてしまったな。しかし、お前が二人と一緒にいてくれたおかげで、私はニニギとの戦いに集中することができたよ。ありがとう。
 お前が心配しているのは、鬼越道の結界のことだろう? あの向こうにいた黄泉鬼どものほとんどは、ニニギが去ったと同時に霧散したが、一つ、二つまだ立ち去りかねているものがいるようだ。
 しかし、そいつらは、朝までには私が祓っておくようにするから、安心してくれ」
 それを聞いて、隆士は、心の底からほっとしたような表情を浮かべた。
「ありがとうございます。守護主様。どうも私は、退魔は苦手でして……」
 龍一は、隆士の肩を軽く叩いた。
「中ノ目家当主の第一の役目は、この白河の結界を守ること。そして、隆士。お前の結界護持の能力は素晴らしいものだ。それはこの地にあっては、万の退魔にも匹敵する。
 お前は、中ノ目家の当主として本当にふさわしい人間だよ」
「守護主様。ありがとうございます」
 隆士は、思わず涙ぐんで龍一の足もとに平伏した。
 亡父に代わって中ノ目家を継いでから三年。常に自分の能力に疑いをもち、中ノ目家の当主として失格なのではないかと思わない日はなかったのである。生前、父からも叱られてばかりだった。現在も、ほかの守護者たちから自分が軽んじられていることも知っていた。
(そうだ。結界護持。これこそが中ノ目に求められているものではないか)
 自分が慣れ親しんだ白河の地。隆士はこの地の隅隅まで熟知していたし、結界は隆士の一部といってもよかった。
(私は結界。結界は私。この地の結界のことなら、他の守護者の誰にも負けない)
「守護主様。これからも、全身全霊をかけて、私が白河の結界を守ります」
「うん。任せたよ」
 隆士は、龍一の親しげな目と合って、誇らしげな気持ちで胸がいっぱいになった。
                         ◎◎
 築山と隆士は協力して、ボートに祥蔵の体と飛月を運びこみ、岸まで運んだ。
 そして、築山のジープを岸近くまで停め、その後部座席に祥蔵の体を毛布にくるんで乗せておくこととした。このあと、祥蔵の体は、涌谷に運ばれ、上木家の墓の中に埋葬されることになるだろう。
 美子は、ジープのそばのベンチに、黙って座っていた。
 築山は、隆士に頼んで、タオルや毛布を何枚か用意してもらい、まず美子に渡した。美子の髪やジーンズはまだ霧でしめっていた。
 天気は徐々に回復してきており、分厚い雲はきれ、星星が間から瞬いているのが見えるようになっていた。だいぶ傾いてきた満月も、今宵、初めてその姿をのぞかせている。気温も上昇してきてはいたが、冷たい霧の名残はまだ湖の周囲に漂っていた。
 築山は、美子の体をタオルでふき、毛布でくるんでやったあと、残りの数枚を抱えて、島の龍一にも届けた。
 水に囲まれている小島の上は、気温も数度低いようだった。
 築山は、龍一が嫌がるかと思ったが、目をつむって瞑想しているような龍一は、築山が毛布をそっと肩にかけても、特に拒むそぶりはみせなかった。
 それで築山は、何だか余計に龍一のことが心配になった。
 龍一は人形のようにじっと動かなかった。白絹の装束は、わずかな月明かりの下でも、霧と土で汚れているのが分かる。
 築山は、一刻も早く可南子が到着して、この長い夜を終わらせてくれるよう、心の中で祈った。
                         ◎◎
 東の空がうすい光におおわれ、夜明けが近いことをうかがわせるようになったころ、ようやくタクシーに乗った可南子が南湖に到着した。
「おおきに、運転手さん。あとは帰ってもよろしいですんで」
 可南子が、大きなキャンパス地のバックを抱えてそのまま降りようとするので、運転手は慌てて声をかけた。
「お客さん。お支払いがまだですが」
 可南子は、軽く手を振りながら、
「躑躅岡天満宮につけておいてや」
と言うと、さっさと南湖のほうへ歩いて行った。
「つけておいてといわれましても……。ちょっと、待ってくださいよ」
 運転手も、車を降りて可南子のあとを追いかける。この様子を見て、築山がやって来た。
「どうも、お世話様です。躑躅岡天満宮の者ですが、どうかなさいましたか」
「天満宮の方ですって? いや、あのお客さんが、タクシー料金は躑躅岡天満宮につけておいてくれとおっしゃるんですが、長距離ですし、つけというは、困るんですがね」
 築山は、タクシーの車体に描いてある社名を見て、言った。
「みやぎのタクシーさんですね。ちょっと会社と無線で話をさせてもらえませんか?」
「会社と?」
「ええ。本部の方は私をよくご存知なはずですから」
 運転手はしぶしぶ築山に無線を渡した。
 築山は、タクシー会社の人間とちょっとやりとりをすると、運転手に無線を返した。
「料金の件は解決しましたので、確認なさってください」
 運転手が驚いて無線係に訊いてみると、上の人間の了解がとれたので、この場で料金はもらわなくてもいいという。
「至急、仙台に戻って来るように」
との指示に、運転手も引き下がるしかなかった。
「どうも、お世話になりました」
 と、築山に丁寧に頭を下げられ、運転手も思わず
「毎度ご利用ありがとうございます」
と頭を下げ返したあと、狐につままれたような顔のまま、タクシーを発進させた。
                         ◎◎
 そんな後方のやりとりにまったくしん酌することなく、可南子は大またで南湖の岸ぎわまで歩いて行った。
「美子ちゃん!」
 美子が顔を上げた。
「可南子さん!」
 可南子は、美子の隣に座って、美子をしっかりと抱きしめた。
「つらかったな。えらかったな」
 可南子は、美子の頭を撫でながら、優しく言った。
 可南子は白河に向かうタクシーの車内で、携帯電話を通じて、美子から南湖での一部始終を聞いていたのだった。
 二度の雷神のあと、飛月にこめられた祥蔵の魂が出現したこと。ニニギが、祥蔵の体ごと飛月に貫かれ、退魔されて黄泉の国に去っていったこと。祥蔵は、ニニギに自分の魂を操られることを避け、龍一を護るために自ら飛月の中に魂を秘めていたのだということ。祥蔵が最後に美子にした、誇りと愛の話。
 可南子は、美子を抱きながら、そっとわきのジープを見た。
(こんな人を愛せたんは、ほんまに女の勲章やな)
 そして、そっと自分の目をぬぐった。
 美子が、可南子の顔を再び見ると、可南子の目は優しく微笑んでいた。
「可南子さん。ところで、龍一が頼んだ水って何なんですか?」
 可南子は、持っていたバックの中から、五百ミリリットルほどの大きさの青いガラスの瓶をちょっととり出してみせた。
「ふふふ。魔法の水や。話をしたやろ? 眞玉神社の泉の水のことを。龍ちゃんは、私が遠出するときには、必ずこの霊水を持ち歩いていることを知っていたから、頼んだんやろな。
 さあて、いざ救いの女神が参りますか」
 可南子は勢いよく立ち上がった。
                         ◎◎
 可南子はしっかりしたオールさばきで、あっという間にみかげの島にボートをよせた。
 そうして、軽い足どりで島に飛び移ると、背の低い松の木の一本にボートの舫(もや)い綱を結んだ。
 同乗していた美子も、可南子にキャンパス地のバックを手渡したあと、ふーちゃんを肩に乗せたまま島に渡る。
 龍一は、二時間前と同じ場所で片膝を立てて座り、上陸した二人をじっと見ていた。
可南子は、龍一を一目見るなり、言った。
「何と、まあ、ずいぶんみすぼらしい格好やないの、龍ちゃん。だから、言わんこっちゃないんや。それもこれも、私らに黙って一人でことを運ぼうとするからやで。少しは反省しいや」
 ぽんぽんと投げかけた言葉は、しかし、その表面上の意味とは裏腹に、悲しみと心配がにじんでいた。
 夜明け前の青白い光に照らされた龍一の顔は、げっそりとやつれた陰影がつき、その穏やかな表情がなければ、目をそらさずを得ないほどだった。
 可南子は、そばにある石に座ると、バックの中から青い瓶をとり出し、龍一に渡した。
「さ、眞玉の水や。これを飲んで元気出しなはれ」
 龍一は、素直に、
「ありがとう」
と言うと、瓶の水を飲み始めた。何回にも分け、途中でむせながらも、時間をかけて飲んでいく。
 可南子は、その様子をじっと見守っていたが、瓶の水が半分以上なくなったところで、龍一の顔をのぞきこみ、少しほっとしたように言った。
「だんだん、三途の川から戻ってきたようやな。残さず全部飲むんよ。私が今日の朝、飲もうと楽しみにしていたコーヒー用の水なんやから、ありがたいと思うてや」
 軽口にも、明るさが戻ってくる。美子は、可南子のわきに座りながら、訊いた。
「えっ。可南子さん。霊水でコーヒーを淹れようと思っていたんですか?」
 可南子は、にこにこして美子の肩に乗っているふーちゃんの頭を撫でながら、言った。
「そうや。眞玉の水で淹れたコーヒーは、絶品なんよ。この間こっちに来た時は、急やったから水を持って来れんかったけど、今回は是非、美子ちゃんにもその味を味わってもらおうと思っていたんや。でも、まあ、またの機会にな。
 ……ところで、さっきから言おう言おうと思っていたんやけど、このケサランパサンって、こんなに大きかったかな?」
 美子は、ふーちゃんを膝の上に移し、その背中を撫でてやりながら、答えた。
「夕べ、白河に着いてから、急に大きくなったんです。どうも雷神に反応して大きくなったみたい。雷神が近くに来ると、火花を出したり、体全体が光ったりするし。
 ケサランパサランって、そういうもんなんでしょうか」
 可南子は、ふーちゃんを両手で抱えて、しげしげと見たあと、首をひねった。
「さあ。私はそもそもケサランパサラン自体を見るのも、この子が初めてやし。どうなんかなあ。ケサランパサランはよく山に出るというが、雷との関係か。
 龍ちゃん。どう思う?」
 龍一は、瓶の水をほとんど飲み干したところだった。龍一は、首をちょっとかしげながら、ふーちゃんを見た。
「ケサランパサランが雷に反応するという伝承は、今まではなかったけれどね。山の中でも、特に鉱脈や水脈の近くに現れやすい性質があるのは確かだよ。だから、以前から私は、ケサランパサランには電気や磁気に対する親性があるのではないかと考えていたのだが……。
 本当に雷神に出会うたびに大きくなるのだとしたら、興味深いね」
 龍一の視線を感じたのか、ふーちゃんは逃げるように美子のもとに戻って、その肩に隠れるようによじ登った。
 それを見て、可南子は、笑った。
「ふーちゃんが、実験台にされるのは、いややいうてはりますで。しかし、雷が起こるたびに大きくなっていったら、世の中のケサランパサランは、みいんな霊孤になってしまうなあ」
 龍一は、パチンと音をたててふたを閉めたあと、可南子にからの瓶を返した。
「いや。そもそもケサランパサランは霊孤の尾から分かれたものに違いはないけれど、普通はそんなふうに大きくなったりはしないはずだ。そこまで大きくなってしまうと、もうケサランパサランともいえないな。立派な霊孤だよ」
「美子ちゃん。もうさすがにふーちゃんをストラップにすることは、できへんなあ」
 可南子が言うので、美子も気がついた。
「あっ。じゃあ、もうふーちゃんを一緒に連れて歩けないのかなあ」
 龍一が、そろそろと立ち上がりながら、言った。
「大丈夫だろう。霊獣はその霊力が高ければ高いほど、一般の人に見えにくい。何かいるという気配くらいは感じるだろうけれど、そばにいても、その姿までは見えないはずだよ」
 そうして、龍一は、懐から護り刀をとり出して鞘から抜くと、今までよりかかっていた松の木の枝を一本斬り折った。
 可南子が訊いた。
「どないする気や、龍ちゃん」 
 龍一は、枝を持ってみかげの島の南端まで行き、湖のふちに立った。その背中は、いつものとおり真っ直ぐに伸びている。
「ここを去る前に、ニニギが連れて来た黄泉鬼たちを、きちんと祓っておく必要があるからね。夕べから霊場もだいぶ乱れているから」
 そう言うと、龍一は、枝を両手で構え、目をつむった。
 美子と可南子も、立ち上がり、龍一の後ろ姿を並んで見つめた。
 数分間、静寂が南湖を包んだ。
 やがて東の空からさあっと一すじの光がさしこんだ。夜が明けたのだ。
 すると、ぱさぱさっという、いくつものはばたきが近くで聞こえたので、美子と可南子は驚いて、辺りを見回した。
 夜が明けたばかりの新しく湿った空を、どこからともなく、真っ白な鳥が二、三十羽ほども飛んで来て、それらが次々とみかげの島の松の木々に降りてきているのだった。
 たちまち、島の木の枝は、白い鳥たちで埋めつくされた。
 その様子を、築山と隆士も、対岸で見ていた。
 遠目で見ると、緑の松の木にとまるたくさんの鳥たちは、まるで、何かの約束のように枝に結ばれた真っ白い紙のように見えた。
 白絹の装束を着た龍一は、ふと頭(こうべ)を上げると、ゆっくりと祓詞を唱え始めた。
「天清浄 地清浄 内外清浄 六根清浄と 祓給う……」
 それは、以前龍一が、美子に教えてくれた『天地一切清浄祓』だった。美子は、龍一が秘文を唱えるのを、この時初めて聞いた。
 龍一の声は、深く低く響き、宙へ、それ自身が命をもっているかのように、広がっていった。秘文の一つ一つの言葉は濃密で、違った意味をもちながら、それでいて、すべてが流れるようにつながっていた。
 美しかった。
 秘文を唱えながら、龍一は、右手に松の枝を、さっと振った。
「……天清浄とは 天の七曜九曜 二十八宿を清め……」
 東の山の向こうから昇りつつある透明な蜜のような朝日が、龍一のさし示した西の空に光を届ける。
「……地清浄とは 地の神三十六神を 清め……」
 次に、東の山に向けてひと振り。太陽は徐々に高さを増し、その顔をのぞかせた山のふもとも、明るく照らしてゆく。
「……内外清浄とは 家内三寳大荒神を 清め……」
 最後に、正面の南の丘が祓われた。
 日はすっかりその姿をあらわにし、天空は清らかな青々とした光で満たされた。
「……六根清浄とは 其身其體の穢れを 祓給 清め給ふ事の由を
 八百万の神等 諸共に 小男鹿の 八の御耳を 振立て聞し食せと白す」
 龍一は、深く一礼をし、顔を上げ、しばらく対岸の丘向こうを眺めたあと、持っていた松の枝を湖に向かって投げた。
 枝は、空を切って遠くの水面に落ち、ちょっと迷うように浮かんだのち、すうっと湖の底へ沈んでいった。
 それを見届けると、龍一は、美子と可南子を振り返って微笑んだ。
「済んだよ。さあ、帰ろうか」
 龍一の申し出を断り、今度も可南子がボートを漕いだ。
 三人プラス一匹の霊獣、それに可南子の荷物や、龍一がかけていた毛布を積むと、小さなボートはいっぱいになったが、可南子は力強くボートを操って、やがてぴたりと桟橋につけた。
「可南子さん。ボートを漕ぐのがうまいんですね」
 美子は、感心して言った。可南子は苦笑いをした。
「まあ、今の龍ちゃんよりはな。そんなふらふらしている人間に漕いでもらって、転覆してもいややしなあ」
 桟橋では、築山と隆士が待っていて、三人がボートから降りるのを手伝った。
 龍一が、南湖神社の社務所で着替えている間、ジープとBMW二つの車を停めた建物そばの駐車場で、築山と可南子は、美子からちょっと離れた位置に立ち、話し合った。
「可南子様。私は一足先に祥蔵様を乗せて、仙台に戻りますので、龍一様と美子様のことをお願いできますか?」
 可南子はうなずいた。
「そうやな。それが一番いいと私も思うわ。今、私らの中でまともに運転できそうなんは、築山さんと私だけみたいやし。祥蔵さんは一刻も早く連れて帰ってあげたほうがいいしな」
「はい。それではよろしくお願いします」
 そうして、築山は、後部座席に毛布でくるんだ祥蔵の体を乗せたジープで、仙台へ向けて走り去っていった。
 しばらくして、龍一が白地に紫のかすりの着物に、飛月を手に持った、白河に行く前と同じ格好で社務所から出て来た。その後ろから、隆士もついてくる。
 龍一は、美子に飛月を渡した。
「美子。飛月を返すよ。これからも飛月を守っていってほしい」
「分かったわ」
 美子は飛月を受けとった。
 今まではこの中に父の魂が宿っていたことに気づかず持っていたのだ。そして今では、本当に父はいない。戦いが終わり、母と同じ場所へいったのだ。
 龍一が、隆士に言った。
「隆士。世話になったね。悪いが、あとの始末を頼むよ。公園の封鎖やボートの件は、じきに頼んでおいた人間が処理しにやってくるから」
「守護主様。本当にありがとうございました。あとは私にお任せください」
 隆士は、龍一に深く頭を下げた。
 そうして、そばに立っている美子のほうを向くと、
「美子さん。色々大変でしょうが、同じ守護者として、これからも協力して守護主様をお支えして参りましょう」
と言った。美子は、どきりとして、
「はあ」
とだけ、答えた。龍一が、口をはさんだ。
「隆士。美子は、まだ上木家を正式に継いだわけじゃないんだよ。今の上木家は当主不在の状態なんだ。美子はまだ若い。私は、しばらくはこのままでいいと思っているんだ」
 龍一の口調が断固としたものだったので、美子も何も言えなかった。隆士は素直に、
「は。そうでしたか」
と答えた。
 龍一から鍵を受けとって、先にBMWの運転手席に乗っていた可南子が、窓を開けて、龍一と美子に声をかけた。
「二人とも、そろそろ出発するよ。私もこんな格好やからな。あんまり日が高うならんうちに、天満宮に帰りつきたいし」
 そうして、可南子は、自分の巫女装束の袖をちょっと振ってみせた。
 龍一はうなずいて、車の後部座席に乗りこんだ。美子も助手席に座る。
 車が発進するのを、隆士は、おじぎをして見送った。
 可南子が曲がり角でバックミラーを確認すると、隆士はまだ深々と頭を下げていた。
(相変わらず、堅苦しい奴やな)
 可南子は思ったが、ここ最近、ちょっと隆士を見直していたので、それは口に出さず、代わりに後ろに座っている龍一の顔をちょっと見て、言った。
「龍ちゃん。具合はどないや」
「まあ、まあ、だよ。眞玉の水のおかげだな」
 まぶしい朝の光がミラーに反射して、可南子は龍一の姿を見失いそうになり、慌ててちらっと後ろを振り返って、直接自分の目で龍一の顔を確認した。
 龍一は、ちゃんとそこにいた。
 しかし、頬は紙よりも白く、目の下には青黒い隈が刻まれている。太陽の光を受け、輝いている瞳が、唯一の彩りに思えるくらいだった。
 前方に向き直り、バックミラーの位置を直す。この時、龍一の首すじが目に入り、可南子はぎょっとした。
 龍一の首いっぱいに巨大な手の跡が、不気味な判のように黒々と残っているのが、はっきりと映って見えたのだった。
 すると、龍一がすっと手を自分の首にやった。次に龍一が手を下ろすと、黒い手形は跡形もなく消えてしまった。それで可南子は、ますます禍々しいような気分に襲われ、バックミラーから目をそらした。
 車は、国道二百八十九号線を西に向かって走っていた。沈黙が車内をおおっていた。
 美子は、バックミラーに映る龍一の顔をちらりと見た。龍一は、一心に左側の窓の向こうを眺めているようだった。
 白河の街をぬけ、東北自動車道に入ったころ、ようやく龍一は窓から目を離すと、言った。
「可南子」
「なんや?」
「どうして、美子を白河に来させたんだ?」
 龍一の言葉は低かったが、声の調子は、南湖の霧のようにひやりとしていた。可南子は思わず唾を飲みこんだ。
 美子は、慌てて、言った。
「違うの、龍一。可南子さんは反対したのに、あたしが無理やり来たの」
「美子は黙っていろ」
 龍一は、ぴしりと返した。美子の舌がたちまち動かなくなった。思えば、龍一が本当に怒ったところを見るのは、これが初めてだった。
 可南子は、しっかりとした口調で言った。
「ほんまや。夕べ、美子ちゃんに万が一のことがあったとしたら、その全責任は私にある。
しかしあの時、私は、美子ちゃんは真実を知る権利があるし、白河にも行く権利があると判断したんや。もしもう一度同じ場面になったとしても、私は同じことをしたと思う」
「本当にそれが正しいと思っているのか?」
「正しいことが、必ずしもいつも必要なものとは限らないんとちゃうやろか?」
 黒い炎のような怒りをまとっている龍一に、こんなにきちんといいたいことを言える可南子を、美子は尊敬した。
 龍一は、押し殺したような声で、言った。
「土居家の当主は、いつも、正しい道を選択しなければいけないんだ」
 可南子も、ゆっくりと、答えた。
「私らは、あんたを、土居の当主としてみているわけやないんや。『龍一』という一人の人間として、大事に思っているだけなんよ」
 龍一は、指でまぶたを強く押した。
 美子には、龍一が今どう感じているのか、分からなかった。
 ひどく長い沈黙のあと、龍一はようやく目から手を下ろした。
 そして、運転手席側のドアによりかかると片膝を抱えるように引きよせながら、言った。そこには、もう先ほどのような怒りの様子はなく、ただいつもの皮肉っぽい調子があるだけだった。
「ところで、不思議だな。可南子たちは、どうして葦原がニニギだと分かったんだい?」
 可南子は、さすがにほっとしたふうになった。
「実は、たまたま昨晩、うちのお父さんが電話をかけてきてな。ひと月前に龍ちゃんが眞玉神社を訪ねて来たというのを聞いたんや。そのときしたという、十四年前のサクヤヒメの話も」
「そうか、菊水先生が……」
 何かを考えこんでいるような龍一に、可南子は続けた。
「その内容は、美子ちゃんも知ってはる。十四年前の京で、本当は何が起こったか……。ごめん、私が全部話したんや」
 美子は、ちらりと後ろを振り返った。龍一の目が、澄んだ光を返してきた。
「そうか。美子は知ってしまったのか」
 十四年前の、母の死と、父の怪我が、交通事故なんかではなく、京都の眞玉神社に現れた悪霊によるものだということ。父がうわごとで言った『サクヤヒメ』という言葉。
「うん……。でも、知ってよかったと思う。いつかは、あたしだって、知らなくちゃ」
 龍一は、ふっと微笑んだ。
「そうだな。そのとおりだ……。
コノハナノサクヤヒメ、か。その一言で、二人とも、ニニギの存在に気づいたというわけか。たいしたものだ」
「みんな、可南子さんの推理よ。あたしは、ただぽかんとしていただけ」
 龍一は、にやりとした。
「そりゃ、そうだろう。可南子のは、どちらかというと、推理というより、妄想だ」
 可南子が、怒ったように、一つ咳払いをした。
「龍ちゃんかて、それで葦原がニニギと分かったんやろ?」
「いや。私は四月二日、美子が飛月をとり戻してきた時点で、ニニギが背後にいることを悟ったんだ」
「なんやて?」
「そもそもは、三月の初めに感じた瑞鳳殿の怨霊の気配が、どうもおかしいという感じがずっとぬぐえなかった。しかし、何がおかしいのか、それが分からなかったのだが、美子が飛月をとり戻した経緯を話してくれた時、ようやく気づいた」
「どういうこと?」
 龍一は、目を閉じると、頭をそらすようにしてシートにもたれかけさせた。話すたびに喉仏が上下に動くのが見え、美子はどきどきして目をそらした。
「飛月を釈迦堂に探しに来たのは、宗勝だったが、顔は生前のものと違っていた。しかし、それを見た初子は、それが宗勝だとわかった。何故なら、初子は宗勝に以前会ったことがあったからだ。
 つまり、前から宗勝の霊気を知っていたから、再びそれを感じたとき、同じものだと判断することができたんだ。
 その話を聞いて、私はようやく思いついたんだ。三月に現れた瑞鳳殿の怨霊がもつ霊気は、以前にも感じたことがあるものだと。
 それがつまり、十四年前に京で、美子の母親と父親を襲った霊だった。
 そして、その霊の名がニニギだということは、祥蔵が、当時すでに先代の菖之進に報告済みで、私も先代から聞いてずっと前から知っていたんだよ。
 だから、本当は、三月の、怨霊の気配を感じた時点で、私はすぐにそれがニニギと分かるべきだったんだ。
 しかし、私は四月に美子から話を聞くまで、気づくことができなかった。そして、その間に祥蔵を失ってしまった……」
 可南子が、声を高くした。
「あんなあ、龍ちゃん。そんな十四年前という昔に京都のほうに感じた霊気と、仙台の瑞鳳殿にちらっと出た怨霊とをつなげろ、ゆうほうが無理やろ。だいたい、十四年前ゆうたら、あんたはまだ小学生やったやないの」
 それから、ちょっと首をひねった。
「四月初めの時点でそこまで分かってたんなら、なんでそのあと、わざわざ眞玉によったん?」
 龍一は、軽く笑った。
「さあ……、何故だろうな。単に菊水先生に、久しぶりに会いたかっただけかも知れない」
 それで可南子は、ちょっとはぐらかされたような気分になった。
「ともかく、ええか。祥蔵さんのことは、あんたのせいでもなんでもない。それだけは、はっきりしとることなんやからな」
 龍一は可南子の言葉には直接答えず、
「美子が持ち帰った飛月に祥蔵の魂が、生前のまま宿っているのをみて、私は希望をもった。
 祥蔵の体を、宗勝やニニギが利用していることは、分かっていた。地上で動くには体が必要だし、祥蔵の体は霊力が強く有用なので、彼らはむしろ丁寧に扱って保管しておくだろう。
 黄泉にある体と飛月の中の魂をむすび合わせることができれば、祥蔵はまた生き返ることができるかも知れないと思った……」
 美子は、思わず大きくため息をついた。
 龍一が、ぽつりと言った。
「すまない、美子。しかし、不確定なことを、君に言うわけにはいかなかった」
「うん……」
 美子は、ひざの上の飛月を、そっと撫ぜた。
(お父さん)
 ふーちゃんが、美子の手の甲を優しく舐めた。それで美子は、また顔を上げた。
「ありがとう、龍一。そんなにあたしと、あたしのお父さんのことを考えてくれて」
 龍一はそのために、自分の命を投げ出そうとまでしたのだ。
「そんなものじゃないよ」
 龍一は、静かに、言った。目を閉じたままなので、その表情はよく分からない。
 美子は、ふと思い出した。
「初子さんも、お父さんのことを知っていたのかな」
「もちろん、知っていたと思う。だから、美子に飛月を渡すとき、私に黙って一人で来るように、なんて言ったんじゃないかな」
「え、どういうこと?」
 龍一は、軽く笑い声をたてた。
「あのとき初子は、なんて言った? これは『飛月の意志』だと言ったらしいじゃないか」
「飛月……お父さんの、ってこと?」
「つまりね、あの日は、美子の誕生日だっただろう?」
 美子は、あっ、と言った。
「飛月は、お父さんからの誕生日プレゼント……?」
「祥蔵は、美子に、直接飛月を渡してやりたかったんじゃないかな」
 美子は、もう一度、飛月を見た。
 それは、もう、父の魂がぬけた、空虚なものではなかった。父の心は、やっぱりそこに、今でもあった。
(もし、あたしが初めからお父さんのことを知っていたら、お父さんはあたしのことが気になって自分の仕事を続けられなかっただろう。龍一を最後まで守るという仕事を。だから、お父さんは、あたしにも、自分がここにいるって、言えなかったんだ。でも、お父さんは、自分ができる最大のことを、あたしにしてあげたいとも思ったんだ。だから、初子さんに頼んで、飛月をあたしに……)
 美子は、ぎゅっと飛月をにぎりしめた。父の存在を強く感じた。
 車内は、しばらくの間、しんとした。しかしそれは、温かい沈黙だった。
 可南子は、とろりと気持ちの良いもので、胸がいっぱいに満たされていく気がした。
(祥蔵さん。あなたは、ほんまにええものを遺しはりましたね。あなたの心は、ちゃんと美子ちゃんに伝わりましたよ。
 ……そうしても、私にも。私は、あなたのことを忘れるのに、もう少し間がかかりそうです)
 それから、気持ちをきり替えるように、きびきびと言った。
「つまり、龍ちゃんは、ニニギとの対決を逆手にとって、祥蔵さんのことも考えとったわけやな。ニニギが、祥蔵さんの体で現れたゆうのんも、龍ちゃんがそうさせたん?」
「まあな。ただ、もちろん、真の目的は、ニニギには伏せておいた。
 ニニギにはただ、祥蔵の体を返してほしいと伝えてあっただけだ。祥蔵の体がどうしても必要だと知られれば、こちらの弱みをあちらに握られてしまうからね。ニニギのように。
 ニニギは、土居家の霊鏡欲しさに、進んで私の取引に応じてきたし、結界の中と知りながら、一人無防備な姿でやって来た。圧倒的な力の差がありながら、だから私にも勝機がった」
 龍一はそこで、ニニギが、戦略について講釈したことを思い出し、くすりと笑った。
「ニニギの敗因は、自分の欲しいものをあからさまにしすぎたということだな」
 可南子は、パックミラー越しに龍一が笑っているのを見て、むっとした。
「人柱になる、ゆうんが、勝つことと思うてるんなら、大間違いやで、龍ちゃん」
 龍一は、ため息をついた。
「祥蔵は相変わらずだったな。本当に生きているままだったよ。それが私の間違いだ。あいつの性格を計算に入れていなかった。
 守護主の命令は、守護者にとって絶対だって? 本当にそう思っていたのかな。生前からいいたいことははっきり言うやつだったが。結局最後の最後で、自分の考えを押しとおしていったな。
 ニニギはとり逃してしまったし、祥蔵は還ってこなかった。私の完全な負けだよ」
 可南子は、呆れ返った。
「勝ち、負けって、自分の命をそんなふうにしか言えんのか」
 そうして、涙をこらえて飛月を撫ぜている隣の美子をちらりと見て、だんだんと祥蔵にすら腹がたってきた。
「だいたい、あんたら男は、いっつも自分一人でなんもかんも決めて、周りには何の説明もせんと、思うとおりにただ行動しはりますけどな、しかし、自分の命が自分一人だけのもんや、思うのは、心得違いというものやで。何も聞かされんと、ある日結果だけ知らされるこちらの身にも少しは、なってみることや」
 龍一は、ちょっとうすく目を開けて可南子のほうを見たあと、また目を閉じた。
「わかった、わかった。悪かったよ。でも、頼むからちゃんと前を向いて運転してくれよ」
 可南子は、涙で視界が曇らないよう、目をごしごしこすり、ハンドルを握り直した。高速道路を走行中なのだ。
「ともかく、龍ちゃん。あんたが死んだら、少なくとも二人の美女が泣いてくれるやろうから、まあ、ありがたいと思うことやね」
「その、美女っていうのには、もしかして可南子も入っているのかい」
 龍一は、目を閉じたまま、笑った。可南子も、笑った。
「ははは。泣いてもらう代わりに、さんざん文句を言われてしもうたな」
 龍一の返事はない。
 ぱたり、という音がしたので、美子は、後ろをもう一度確認した。
 龍一は腕を落とし、深く静かな眠りに入っていた。
 そのあと、龍一は、三日三晩、眠り続けた。

八 『エピローグ』
                         ◎◎
 白河から躑躅岡天満宮に帰ったその日のうちに、可南子は京都に帰っていった。
「龍一の目が覚めるのを、待たないんですか?」
 美子が訊くと、可南子は、にっこりした。
「龍ちゃんの顔を見たら、また文句が出るからな。起きたら、よろしく言うといてや。私をお座敷に呼ぶ約束忘れんようにってな。美子ちゃんも、機会があったらぜひ京都に遊びに来てな」
「可南子さん。本当に色々ありがとうございました。可南子さんがいなかったら、あたし、どうしていいかわからなかった」
「私かて、今回、実際に役にたったことといえば、眞玉の水を持っていったことと、ボートや車を動かしたことくらいやけどな。
 しかし、美子ちゃんも、あの男のそばにおったら、まあ大変やろうけど、これからも、龍ちゃんをよろしくな」
 美子は、一瞬、
(あたしは、いつまで龍一のそばにいられるのだろう)
と思ったが、それは口には出さなかった。
「あたしなんて、ただの学生ですから……。竜泉だってよめないし」
 竜泉という言葉を聞いて、可南子はなにかを思い出しそうになった。
(昨日の晩、竜泉でなにかをみた気がするけど、なんやったかな? 鏡に関することやったと思ったけれど。いや、龍ちゃんは、竜泉が土居家の霊鏡と言ったはずや。ああ、ごっちゃになってしもうたわ)
 可南子は、ちょっと頭を振って、考えを振り払い、自分のスーツケースを持ち上げた。
目の前にタクシーが停まった。
 二人は、躑躅岡天満宮の石段の下にある狛犬の前で、タクシーを待っていたのだった。昨晩と同じ、『みやぎのタクシー』だったが、運転手は別人だった。
「ほんなら、美子ちゃん。さよなら」
「さようなら、可南子さん。気をつけて」
 タクシーが角を曲がって見えなくなるまで見送ったあと、美子は肩の上に乗っているふーちゃんと目を合わせ、そのあごの下をちょっと撫でてやった。
 ふーちゃんは、ぴょんと美子の肩から飛び下りると、石段を跳ねながら上っていった。
美子もその金色の背中を追いかけて、天満宮の石段を駆け上がった。
 今のところ、この場所が、美子の住む場所なのだ。龍一と竜泉のある躑躅岡天満宮が。
                         ◎◎
 一週間後、美子は、目が覚めた龍一とともに、涌谷の上木家の地所を訪れていた。
 美子の家があった場所は、石組みの高い壁がぐるりと丸く囲んでいた。頑丈な金属の扉がついていて、厳重に鍵がかけられている。穴の中に誰も落ちたりしないように、龍一が建てさせたものだ。
 美子は、黙ってそのわきを通りすぎ、龍一のあとをついて、裏山を上った。
 龍一と美子は、上木家の墓所の前に、立った。
 白くて古びた石は、相変わらずそのままだったが、その前の土は、色が若干周りと違っており、最近掘り返されたことを示していた。
 龍一は、榊の枝に白い紙垂をつけた玉串を手に持ち、鈍色の装束を着ている。
 美子は高校の制服を着、同じく玉串を持ち、龍一の後ろに立つ。ちょうど今日から衣替えなので、制服は夏物だった。
 龍一が、祥蔵のための鎮魂歌を唱える。
「此の霊床(たまどこ)に鎮め奉る 上木祥蔵命の御霊(みたま)の御前(みまへ)に 土居龍一 慎み敬ひも白さく
 あはれ現世(うつしよ)の人の身は 一度(ひとたび)身罷(みまかり)ぬれば 其のいそはきし行為(しわざ)とても 永久(とは)に見る事叶はず
 汝命(いましみこと)の御霊を此の顕世(うつしよ)に留めおかんと 有らむ限りの術 及ばむ程の思ひを尽くししかど 其の甲斐なく
 共に起き臥し昼となく夜となく 汝命が深き心を尽くし慈しみ育み給ふ愛子(まなご)とて 互(かたみ)に言問(ことと)ひ語らひし盟友(ともがら)とても 其の術を知らず
 其は 紅葉(もみぢ)の梢離るるが如(ごと) また水の霧となりて立ち上るが如し
 枯れ木と見えども時廻りくれば若芽萌え 水煙(みずけぶり)は雲居に消えたのち清き雨となり地を濡らす
 此の国の形成りたる神代より 幾度千度五百度(いくたびちたびいほたび) 万(よろず)の物 神むすび神ほどきまた 神むすび 此れ八百万の大神達の御業(みわざ)なり
 されば聞こし食せ 常盤木(ときはぎ)たる玉串(たまくし)の榊葉(さかきば)の涙の露の白玉を 払いて御前に手向け奉り 我らの誓ひし詞を 
 汝命の万事(よろづ)に清く誇り高き御心は 此れに樹(た)ち給ひし愛子が継ぎ給ふて 後の代に其の御霊を守り伝へん
 また我は 遺されし幼き人を 心の限り身の限り 其の健やかに育ち給ふを助け守らん
 故(かれ) 此の由を告げ奉る状を 平けく安けく聞こし食して
 御霊はも天翔(あまがけ)り国翔りても 折々に寄り来坐しては
 春日の日の温かに照らし 大地の豊かに啓(ひら)き迎えるが如く 若木を大樹と育て美しき花を咲かせるを 
 ぬば玉の夜の守り日の守りに守り恵み幸はへ給へと 謹み敬ひて白す」
 龍一は、深く一礼すると、石の前の地面に玉串をさした。美子もこれにならう。
 二つの玉串の垂(しで)がひらひらと風に揺れた。
 龍一は、ちょっと美子を見たが、何も言わずに、また石をじっと見つめた。
 美子も、何も言わない。
 どこからか、白い蝶が飛んできて、石にとまり、しばらくすると、またどこかへ飛んでいった。
                     ―明鏡の巻、完―
2012/03/04(Sun)09:15:51 公開 / 玉里千尋
■この作品の著作権は玉里千尋さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 明鏡の巻、ようやく完結いたしました。
 初投稿の未熟な、しかも、このような長長しい物語にもかかわらず、お読み頂いた方々、そして温かく貴重なコメントをおよせ頂いた方々に、心から御礼申し上げます。
 今作につき、宜しければ、忌憚なきご感想、ご批評を頂けますと、大変嬉しいです。

 ……そして、性懲りもなく近々、第二巻目、その名もちょっと案の定な『玉水の巻』を投稿させて頂く予定です。「しょっぱなから、あの人が?」的な始まり、やも知れません?! 第一巻よりも、さらに趣味と妄想に突っ走り、そして輪をかけて長たらしい話になる予定であり、呆れられ、誰にも読んでもらえなかったらどうしよう、という不安でいっぱいの今日この頃ではありますが、お見かけの際は、チラ見でも宜しくお願い致します!

 最後に、もう一度、本当にありがとうございました!
この作品に対する感想 - 昇順
こんにちは! 羽堕です♪
 美子、アカネ、麻里の三人の会話は、テスト終わりの解放感と連休への期待感が出ていたように思います(美子もやっと一息って所なのかな)。龍一を見た麻里、アカネの反応も、分かる気がしました。
 父母への想いなどと、築山の「いつか終わりがくるもの」なんだか意味深に感じてしまいました。美子が龍一を、どう想ってるか少し触れられていて、まだまだ微妙な距離感があるんだなぁと思ったり。
 美子がした退魔の影響や、ふーちゃんの成長などが、ちょっと出てくるのは良かったです。それと料理にうるさい築山というのも面白かったです。
 可南子を連れ帰ったのは、やっぱりニニギとの取引と関係してるのかな。それに椿ばあさんも気になるなぁw この後が、どう進んで行くのか期待しています。
であ次回作を楽しみにしています♪
2009/07/19(Sun)14:09:340点羽堕
こんにちは! ゅぇです♪(と、羽堕さんの真似で入ってみる)
前回投稿分からまとめて一気にここまで読ませていただきました。自分も昔から少しずつコッチ系統のお話を書きつづけてはいるのですが、こうまではとてもとても。もう少し自然なかたちで説明を入れたほうがよかったかな、と思われる点はいくらかありましたが、それでも描写が丁寧で、ふーちゃんの魅力もたっぷり詰まっていて、それからそれから文体にも好感がもてて、ラッキー久々に好みの作品を見つけた!!という感じです。お父さんが亡くなったところはちょっと唐突というか、物足りなさを感じたりもしたのですが。可南子さんも登場して、続きが楽しみになってきたところですね。ゆらゆらとふるべ、ふるべゆらゆら、久々に聞きました(笑)次回更新を今か今かとお待ちしております。ひとつ個人的な希望を言うと、もう少し京ことばを雅やかに、はんなりとした感じで可南子さんに使わせてもらえたらもっといいかな、なんて。
2009/07/21(Tue)00:00:371ゅぇ
>羽堕様。コメントありがとうございます。
 築山の言葉は、田辺聖子先生のありがたーいお言葉「あしたの風はあした吹く(by私本・源氏物語)」と一緒に、仕事がつまって泣きそうなときに唱えると、何とか乗りきれるという、大変便利な秘文でございます^^。
 美子と龍一の距離は、確かに微妙です。その微妙感が、今後うまく出せるとよいのですが……。
 羽堕様は、いつも読みが深すぎて、ドキドキです; 新たな登場人物たちも、温かく見守ってやってくださいませ! ありがとうございました!

>ゆぇ様。コメントありがとうございます。
 この長い話に、途中から入っていただける方が現れるとは、思いもよりませんでした! そして、ポイントまでつけていただいて……。感無量ですTT
 このサイトに投稿してみて、あらためて、表現というのは、受けとっていただける方がいて、初めて方法を学ぶことができるのだな、とつくづく感じます。これからも、ヤヤ不自然な表現が散見されるでしょうが、よろしければご指摘アドバイスお願いいたします。
 ……京ことば。やっぱり気になりましたか〜;; わたくし、生まれも育ちも無骨な東北なもので、本とかテープとかで勉強はしたのですが、正直、京のはんなり感を出すのは、難しい! 地元のですら、方言って難しいものです。いやいや、言いわけですね。
 ともかく、ご感想、本当にありがとうございました!
2009/07/21(Tue)07:58:160点千尋
 こんばんは、千尋様。上野文です。
 遅ればせながら、御作の続きを読みました。
 荒唐無稽な部分や若干強引な部分も、うまくまとめるというか、丁寧に綴られてることで、次第に納得できて、はああと思わされました。
 キャラクターの描写が丁寧なので、ひきこまれるのかもしれません。あと可南子ちゃんが個人的に好きです♪
 少しだけ気になったのは、ときたま、いかにも説明文という台詞が混じるのと、日本が舞台なのに神々の扱いが西洋的に映ることでしょうか。それも、徐々に味になっている気がします。面白かったです!
2009/07/25(Sat)21:17:390点上野文
>上野文様。コメントありがとうございます。
 いやあ〜。ヒヤヒヤです; 「味」という言葉で救って頂き、私も苦笑でございます。
 西洋的……。生臭いってことでしょうか。そうですね。ニニギは確かに生臭いです。まあ、宗勝はおいといて。生臭くない神も将来登場させる予定ではありますが、純粋なる(自然)現象の象徴としての神々というよりも、やっぱり人格神に近くなるかも知れません。まずは、神が人に近づいてくる、というのが一応コンセプトでございまして。
 それにしても付け焼刃ですから……; 今後もよろしければご指導お願いします!
2009/07/26(Sun)09:29:350点千尋
こんにちは、チャーハンと唐揚げを急いで腹に詰め込んできた木沢井です。
 結構前に拝読させていただいていましたが、中々適当な日がなく、といった言い訳はこのくらいにした方がいいでしょうね。見苦しいですし。
 テスト後のやりとり、自然に楽しげな雰囲気が出ていていいですねぇ。特に龍一が出た所などが面白かったです。
 龍一との距離感が微妙だという美子ちゃん、可南子嬢が登場することで何か変化はあるのでしょうか? 本編の展開も楽しみですが、そういった所も楽しみにしていきたいです。見どころが多い方が楽しい……か、どうかは人によりけりですね、うん。
以上、今夜は友人と机を挟んでカツ丼を予定している木沢井でした。

 あ、これはオマケですが、千尋様が横文字を考えるのが苦手(?)といったことを仰っていたので、一つお勧めの本を紹介します。
[人命の世界地図]21世紀研究会編 文春新書
 ヨーロッパを中心とした人名の起源や派生形(あだ名)に関して書かれた本です。概略的ですが名前の意味や土地との関連性なども書いてあって、私は面白いと思いました。「創氏改名は強制」と記述してあるのは気に入りませんでしたが。
2009/07/31(Fri)12:41:320点木沢井
>木沢井様。お忙しい中、お読み頂き、ご感想もありがとうございます!
 見どころと言って頂け、嬉しいです。次回更新分には、彼らのビミョーな空気がもう少しあらわになるかも、です^^。
 また、面白そうな本をご紹介頂き、ありがとうございます! 近くの図書館にあるようなので、さっそくのぞいてみます。……というのは、我が家はとっても狭く、そのためなるべく本は一度図書館で借りて、それでもどーしても欲しいもののみ購入することにしているのですTT 特に事典などのコーナーに行くと、色々欲しくてしようがなくなります。一番場所をとるのに〜。でもこの本は、新書サイズのようなので、よかった……。
 チャーハンと唐揚げとカツ丼なんて、がっつりですね! 私は頂き物のマカロンを今日だけで三つも食べてしまったので、今夜はきっと野菜中心のメニューです……。
 色々、ありがとうございました!
2009/07/31(Fri)17:06:040点千尋
 こんばんは、千尋様。上野文です。
 御作の続きを読みました。
 人間関係がいい感じに複雑になってますね。
 美子ちゃんの、こうとても学生らしい日常が魅力的でした。
 物語にも緩急が付いて上手い構成だって感じました。
 面白かったです。続きを楽しみにしています。
2009/08/06(Thu)21:56:460点上野文
こんにちは! 羽堕です♪
 龍一は、そう言えば金銭感覚がずれてるというより無いような感じだから、領収書を本当に楽しみにしてるんじゃないかなと思ったりしちゃいました。
 可南子の龍一へのツッコミは、「あぁ、わかるかも」という所を突いていて、長い説明の中で可南子がアクセントになっていて良かったです。少し美子が、空気になっていたような気もします。
 龍一が、どんな対処をしようとしているかなども見えてきて、これから対決だって気分に盛り上がってきます。(美子の新しい秘文など)それと可南子と美子の会話から、昔の龍一や龍一の意外な一面が見れて良かったです。
 可南子と祥蔵のエピソードは少し唐突な気がしましたが、今はいない祥蔵の想いなども上手く出ていて面白かったです。
 龍一の天然な所や、学校での恋愛模様もこじれそうな予感があって、高校の方もなんか楽しくなってきましたw
であ続きを楽しみにしています♪
2009/08/07(Fri)14:42:140点羽堕
読ませていただきましたー! こんなに更新が楽しみでしょーがない作品って、ほんと久しぶりです。めっちゃ心の潤いです(笑
可南子さんもええキャラしてましたね。また出てくると思いますが、それも楽しみ。でも龍一さんと可南子さんのあいだにはやっぱり見えない強い絆がありそうでもあり。それにしても美子ちんは受け入れる強さを持った子ですね。こういう子、好きだなあ。祓の祝詞も、お気に入りのものばかりが出てきて胸躍ります。自分がひっそりと書きためているものにも実は祝詞が出てくるのですが、それがもしも板に乗るようなことがあったら、温かく見守ってください(笑
可南子さんが美子パパ好きだったのは驚きです。えーなんでええーーー!?思わず叫びました(笑でもそれもいいスパイス。パパの人柄をしのぶことができました。
あとは心配はねえ、アカネと美子ちんの関係かなやっぱ。女の子は簡単にはいきませんもんね。そこらへんもどきどきしながら、次の更新をお待ちしたいと思います。
2009/08/07(Fri)17:34:380点ゅぇ
>上野文様。コメントありがとうございます。
 やっぱり、役者がそろってくると、リズムも出しやすいですね^^ 上野様にそう言って頂け、ホッとしまた。
 学校って、不思議なところですよね。やっぱり一種の結界に守られた一つの独立した世界、聖域だと思うんですよ。だから、教師は、これからも聖職であってほしいし、あるべきだ……って、ちょっと話題が外れましたね;
 ご感想、ありがとうございました!

>羽堕様。コメントありがとうございます。
 龍一には、「お前、ほんとに霊能力者か!」ってな、妙に鈍感なとこがあるんですが、それが伝わったようで、よかったですー。そして、金銭感覚ゼロです。困ったものです。
 はい。可南子は、龍一のツッコミ役です。だから、からみたくてからみたくて仕方ないわけです^^。美子は、大人二人の話を横から拝聴しているというか。実力と歴史をもたない若者感を、今しばらく美子には体現してもらおうと思っとりますw
 ご感想、ありがとうございました!

>ゆぇ様。コメントありがとうございます。
 そんな、ゆぇ様のお言葉こそ、わたくしの心の甘露でございます。もう、これで一週間くらいゴハンが食べられるくらいw
 美子の長所をあげて頂いて、嬉しいです。っていうか、この子のとりえって、そのくらいしかないんですが……;
 おぉ、ゆぇ様の祝詞使用作品ですか! きっと素敵なんでしょうね* 乗るのが楽しみです!
 今後は、“勝手に創作秘文”も徐々に出す予定ですが、『稲荷大神秘文』はあんまり気に入ったので、雷神召喚にそのまんま使ってます。
 可南子が祥蔵に惚れた経緯は、初め、美子が想像していたとおりなストーリーにしようとしていたのですが、(なんかありきたりでツマランなー)と思っていたところ、自分のメモに『可南子→妄想系美女』とあったので、(妄想系なら、いいんじゃね?)と、こんなんなりましたw
 うーん、食べ物と恋の恨みはオソロシイですからねぇ。最近の私は食い気ばかりですが……。
 ご感想、ありがとうございました! 
2009/08/08(Sat)08:33:250点千尋
おはようございます。今日から海に向かう予定の木沢井です。
 神社でも学校でも、美子の周りで複雑そうな人間模様が形成されてきていいですねぇ。神社の方では若干取り残され気味ですが、それも美子の立ち位置を考えれば適当ですかね。龍一が説明する箇所では、地の文に美子の存在を挿むだけで大分空気っぽさは薄れると思います。
 バットのくだりでは「美子、意外と大人だなぁ」と驚きつつ思っていました。龍一と比べれば無理もないか。金銭感覚に関しては何とも言えないけれど。
 今後の展開、ますます楽しみにしています。
 以上、庭先で山鳩に鳴かれている木沢井でした。
2009/08/09(Sun)05:43:110点木沢井
>木沢井様。コメント、そしてアドバイスありがとうございます。今後の推敲で参考にさせて頂きます!
 木沢井様の言葉で、あらためて考えちゃいました。……大人って、なんなんでしょうね。一つは、自分の内と外の距離感をうまくつかめるようになることって、思うんですけど、それってある意味、演技力なのかも知れませんね。
 海、いいですねぇ。でも、曇っていても意外に紫外線が強いこともあるので、日焼けにはご注意を! ご感想、ありがとうございました!
2009/08/09(Sun)08:28:260点千尋
こんばんはー、御作を前章から一気に(とはいっても3日くらいかかってますが(笑))拝読させて頂きました! もげきちと申します。
いやはや、本当に地の文が丁寧で設定的にやや強引かな? って思った場所でもつながりに違和感を感じません。むしろ説得力まであったりでニヤリと微笑んでしまう自分がいたりします。ただ、たまにあまりにも丁寧すぎて(若干説明しすぎている部分があって)読み手(自分だけかもしれませんが)のリズムが微妙に乗り切れない部分もあったりしました。うーん、でも必要な箇所だからこそ仕方が無いのかな? とも納得しております。
人間関係も色々と見えてきて、これからどう扱っていくかも楽しみであります。
まぁ、あれやこれや眼鏡の縁を指で直しながら「ふふん」とか言ってるイメージで何だか書いちゃいましたが――正直感想って「うん! 面白いです!」 だけで十分すぎた予感。これからの続きも楽しみにお待ちしてますねー。この時期は体調を崩しやすいですが、御身体ご自愛なさって公私共々楽しく頑張って下さい!
以上、もげきちでしたー。失礼します。
2009/08/10(Mon)18:06:291もげきち
>もげきち様。コメントありがとうございます。そして、三日間、本当にお疲れ様でした;
 あは。強引、説明しすぎ、リズムに乗り切れない……、この作品の欠点を的確にご指摘なさいましたね。いやいや、それでよいのです。ここはそのための場なのですから。
 ここに出すときは、(当然ですが)もうこれ以上どう直したらいいか分からない、という状態で出しているので、みなさんの意見で、初めて自分自身を客観的にみ直すことができ、本当にありがたいと思っています。
 拙作に貴重なお時間を使って頂き、しかもご感想・ポイントまで頂戴し、感謝感激でございます! ありがとうございました!
2009/08/11(Tue)07:36:010点千尋
 こんばんは、千尋様。上野文です。
 御作の続きを読みました。
 今回の更新分、土地や歴史を上手いこと絡められていましたね。
 どうしても派手にやりすぎると、浅く見える場合があるのですが、丹念に下地を作られていて、おおー、と息を呑みました。
 面白かったです。続きを楽しみにしています。
2009/08/22(Sat)18:58:480点上野文
オハコンニチハ! 続きを拝読させて頂きました。もげきちでっす。
ニニギとありいつかは名が出てくるであろう「サクヤヒメ」の文面ににっこりの自分。待ってましたー! って感じでありましたw 他にも色々とこれからの展開を予感させる一文が配置されていて楽しみを引きずりながら楽しく最後まで読ませていただきました。
道祖神は自分の地元でも「山ノ神」と一緒に信仰し正月七日に豊作祈願をやるのですが、やはり男神と女神とありましたねー……と、なんだか昔を思い出してしまってました。懐かしい。
椿様の偽善を知る善は……本当、知っているからこその辛さですよね。龍一からの言葉でしかその思いは救われることが無いでしょうが……その心苦しさから抜けられることを願ってしまったり。
今回も面白かったです。千尋さんの世界をまだまだ見れることを楽しみにしつつ、更新をお待ちしております! ではでは長々と感想失礼しましたー
2009/08/23(Sun)10:32:400点もげきち
>上野文様。コメントありがとうございます。
 一応、伏線回収パートなので、そう言って頂け、ホッとしました。
 ここに出すまで、自分では何回も見直しているはずなのに、いざ登竜門の画面で自分の作品を読み直すと、あちこちに誤字脱字、しょーもない文章運びがドシドシ発見されるのは、実に不思議です^^; でも、まだ改良の余地があると思えるだけいいですかね。表現力向上は、とても一朝一夕では無理ですが……。今さらではありますが、最初のころ、上野様に「設定は徐々に馴染ませたほうがいい」と言われた意味がようやく(コラ!)分かってきました。感謝、感謝でございます!
2009/08/23(Sun)10:56:200点千尋
>もげきち様。コメントありがとうございます。おっとコメントupが時間差になってましたー。
 そーなんです。案の定なのでございます。色々伏線を張ってみてはいるものの、たぶんそれほど予想外な展開にはならないであろう、この話。こんなんで、ほんとにいいんだろうか。ええい、ままよ、と開き直り半分の投稿なのでした;
 人って、外に表さないもののほうが、多いですよね。それでもやっぱり人とのかかわり合いの中でしか生きられない。そんなことを少しでも表現できたら、いいな、と思います。
 ありがとうございました!
2009/08/23(Sun)11:22:550点千尋
こんにちは! 羽堕です♪
 椿の人となりがジワっと伝わってきて、龍一への想いなどもあり良かったです。可南子を呼んだ本当の理由は、そういう事だったのかぁ。龍一も命をかけた戦いなんだな。
 可南子と美子との会話は自然で「うんうん、そうかも」などと相槌を打ちながら、一緒に話しているように読めました。美子での龍一は、普段通りに感じれて流石だなと思っていたら、可南子の指摘があり長年の付き合いがあるからこそ、なんだろうなと思えて上手いなと思いました。
 可南子と父親との会話から、土居家の後継ぎ問題や、咲子の話などもあって凄く引き込まれます。秋男の桔梗への愚痴が、なんか可愛らしかったですね。
 龍一の力の高まりと想いがあって、本当にニギギとの対峙がどうなってしまうのかドキドキです。
であ続きを楽しみにしています♪
2009/08/23(Sun)16:07:030点羽堕
>羽堕様。いつも精緻なコメントありがとうございます。
 苦節ン百枚にして、ようやく“自然”というお言葉を頂けたような……感無量ですT T しかし、次回更新分では、またどうなるか分かりませんが;
 秋男みたいな、おっとりトボけたお父さんというのは、ちょっと憧れです。割と気に入っているキャラなので、これからもちょこっとした場面で、オイシイ役をあげる、かも!です。
 龍一は、口数多いくせに、内心をなかなか出さないという役回りでしたが、ここで少し出してみました。これからも、もったいぶりつつ出してゆきたいと思います^^ ありがとうございました!
2009/08/24(Mon)08:05:070点千尋
こんにちは、海を目指したはずが、何故か十数キロほど山道を自転車で迷走してきた木沢井です。や、それも一つの思い出でしたが。
 クライマックスも近いようで、今回あった各人の動きにとても引き込まれました。特に椿のようなタイプはまだ描いてみたことがないので、彼女が自分の言葉を見つけられなかった場面などは、大変興味深かったです。
 個人的には、隆士の夢(?)がこの先で龍一と係わってくるのではと気になっています。
 以上、サクヤヒメと言えばニニギ、そして……と思った木沢井でした。続きも楽しみにしています。
2009/08/25(Tue)12:51:360点木沢井
>木沢井様。コメントありがとうございます。
 意外に、椿への反響がありましたねー。言うべき時に言うべきことを見つけるってのは、確かに難しいですよね。それに、大人になると、どうしても自分で制限をつけちゃうところがありますし。サクヤヒメ、ニニギ、そして……って、なんでしょう? 私が知りたいですよ! 予想外か、予想内か、はたまた期待外れか。うーむ、ドキドキです。
 あ、木沢井様にご紹介頂いた「人名の世界地図」、西洋だけでなく東洋のことも書かれていて、とってもいい本でした。さっそく今練っている話の参考にさせて頂きました^^。本当にありがとうございました!
2009/08/25(Tue)18:07:050点千尋
お久しぶりです。読ませていただきましたー!
今回も楽しかったです。龍一がますます神秘的になっちゃって……。女の子はこういうひとに弱いんです、少なくとも私は。あ、もう女の子って年じゃないですね調子乗りました(笑)
てっきりアカネちゃんたちが出てきて友情関係にもいろいろ影響が出るのかなと思いきや、今回は龍一・美子サイドでのお話でしたね。読者としてはどっちも好きですが、やっぱ龍一が出てくると嬉しいというかどきどきします。今回は短い感想になってしまいますが、続きも楽しみにしていますからねー!!
2009/08/25(Tue)19:14:580点ゅぇ
>ゆぇ様。短いなんて、とんでもない。いつもご感想、本当にありがとうございます。
 登場人物たちは、全部自分の分身と思って書いていますが、やっぱり龍一は力こぶ入ります。しかし、「群神物語」といいつつ、人間を描くことが目的なので、あんまりビックリ人間にならないようにしたいと思いますが……。
 ご指摘のとおり、この話は「色々なサイド」から成り立っている……ように書きたいと思ってます。まあ、この巻ではあまりそういう面は出てないんですけど。えー、次巻以降に^^;
 ありがとうございました!
2009/08/26(Wed)07:46:420点千尋
こんにちは、千尋様。こちらでははじめまして。
千尋様の作品は以前から拝読させて頂いたのですが、いかんせん感想を書くのがとても苦手なもので、はじめて書き込みさせていただきます。この時点でもうどきどきしております…。
時代を現代に設定したファンタジーは、現実と想像の混ざり合った世界観を描くのがとても難しいと思います。なので私は敬遠しがちなのですが、千尋様の作品は描写が丁寧で、違和感なくするりと入ってきました。特に、美子はどう考えても特殊な女の子であるのに、なんの変哲も無い普通の女の子っぽさがたびたび感じられて、親近感がわきました。
残りは最終章ということで、ついにクライマックスですね。ここまでに出て来た登場人物たちが、どう動くのかとても楽しみです。
……本当に大した感想が書けなくて、この気持ちをどうやって伝えたらいいのかわからないのですが……。昔から、どんなに感動しても読書感想文が三行で終わってしまうタイプでして……。
とにもかくにもクライマックスに期待しています。がんばってください。
2009/08/31(Mon)09:05:060点askaK
うるとら遅ればせながら拝読しました。面白かったです。相変わらず読みやすい文章で、ますます深まる不思議の山。ついにラスボスかと思わせつつ、実はまだまだ秘密が隠されていたりと、あれこれ深読み出来てとても面白いです。あぁ女の子良いなぁ。最近女の子を書こうとして四苦八苦しているので、女の子らしい可南子さんや、美子ちゃんなんかは大変参考になります。あと、椿さんもいい味出してるなぁ。日本神話には疎い私ですが、これからもまったり読ませていただければなぁと思います。ものっそ短いですが、このへんで。
2009/08/31(Mon)22:23:231水芭蕉猫
>askak様。コメントありがとうございます。
 いやあ、私など、「現代ものファンタジーが難しい」なんてこと、書いているうちはちっとも気づかず、ここで皆さんにご指摘を受けて初めて悟った次第です^^; 知らないって怖いですね〜。
 登場人物の中で、たぶん美子は、一番いじっていないキャラなんです。だから、「不自然」といわれれば、それは私の設定が不自然なためであるし、「普通」と感じて頂けたのは、まったく作為が入っていないためでしょう。つまりは、なんも考えてないってことなんですが……。(アハ)
 クライマックス。はい、頑張ります。マックスになるかどうか、分かりませんが、ぐわんばりまっす。ありがとうございました!

>水芭蕉猫様。コメント&ポイントありがとうございます。お久しぶりですー。
 「読みやすい文章」って、一番嬉しいお言葉かも知れませんね* なにしろ、どう頑張っても美文名文は無理ですから、せめてストレスのない文章にしたいなあ、とは思っているので。
 美子は、最初、もっとキャピキャピした感じにしようと思っていたんですよ。でも、書きかけて、“ムリ!”でしたw 「女の子」って、どういうんだっけ、と。自分自身があまりそういう感じじゃなかったしなあ。ま、美子は、かなり地味っすよね……。
 これからも、気が向いたらご訪問ください。ありがとうございました! 
2009/09/01(Tue)08:16:410点千尋
やべー超ドキドキしました!
長編の映画を観てるみたい。やっぱり私はこの作品のファンです(笑)劇的であり、また現実離れしすぎていないところも素敵です。とにかく続きが気になるところですね。今回読んでいて、あらためて龍ちゃんはひとりじゃないんだな、と思いました。嬉しいことです。実は美子ちゃんと龍ちゃんのロマンスが見たいような気もするんですが、やっぱほかの誰にもない心の絆がある感じだし、続きを楽しみにお待ちしていますね。
2009/09/04(Fri)10:17:521ゅぇ
こんばんは。
あうあうますます大変なことになっている、と感情移入しながら拝読しました。
前回も書きましたが、私はとても美子さんに親近感を感じるようで、今回も彼女になりきって読ませて頂きました。可南子さんに説明を受けるたび、どきどき……。
ただ少し、美子を白河に行かせるわけにはいかないと言っていた可南子が、白河に行くことを許可するくだりがスムーズすぎるかなと思いました。個人的にはもう少し葛藤があっても楽しめたかな、と。でもそれだとしつこくなってしまうかもしれませんし、文章がだれてしまう可能性もありますから、これで良かったのかもしれません。一私見として軽く受け流して下されば幸いです。
また今回もまとまらない感想で申し訳ないです…
では、美子の気持ちになって、龍一死なないでーと思いながら次回の更新をお待ちしております。
2009/09/05(Sat)01:05:440点askaK
>ゆぇ様。ポイント、そしていつも温かくありがたいお言葉、ありがとうございます!
 盛り上がりを感じとって頂けたようで、よかったですー。 なにせ、『くらいまっくす』ですからw しかし確かに、龍一は、色気ゼロでここまできちゃいましたよね……。
 やっぱり、多少無理をしてでも、『現実』とは離れたくないと思ってます。なにせ、ほっとくと、自分自身が、どこまで浮遊していくか分からないものですから;
 ありがとうございました!

>askak様。コメントありがとうございます。
 そうですねぇ。ともかく可南子は『直感型』なので、逡巡とか躊躇とかいう言葉は、彼女の辞書にないようです。それに「〜すべき」よりも「〜したい」が、彼女の気質に合っているんでしょう。龍一なら、たぶん逆でしょうけどね。その辺の性格描写が足りなかったかも知れません。とりあえず可南子に対しては「切り替え、早すぎ!」とか、突っこみながら読んで頂けると、助かります^^;
 「美子に感情移入できた」とのお言葉、本当に嬉しいです! ありがとうございました!
2009/09/05(Sat)09:04:090点千尋
こんにちは! 羽堕です♪
 今回は、可南子の気持ちが凄く伝わってきて、何だかますます可南子が好きになってしまいました。
 何度かの場面が切り替わる所も、上手く緊張感の高まりと戦いへの盛り上がりが出ていて、とてもドキドキできます。ここから、どうなってしまうのか待ち遠しいです。
であ続きを楽しみにしています♪
2009/09/05(Sat)10:48:360点羽堕
こんばんは、目が覚めたら筋肉痛は確実の木沢井です。
 可南子の気持ちの切り替えはそういうもの納得できましたのでさて置くとして、美子の母、咲子については、御作における『カミ』の有り様がよく出ていて、なるほど、流石は千尋様だなと思いました。ちなみに、以前私が言っていた『サクヤヒメ、ニニギ、そして……』というのは、ニニギが結婚を断ったために、彼の子孫である天皇の一族が短命になってしまった、というサクヤヒメの姉ことイワナガヒメのことでした。伝説に関してはうろ覚えですみませんが、『群神物語』というタイトルだから出るのかな? と思っただけでした。……何やら変な誤解を招いてしまったようですみません。
 果たして美子達は間に合うのか、そして龍一は本当に自分を犠牲にしてしまうのか、特に龍一は『敵を騙すにはまず味方から』と言う言葉を思わず贈りたくなるくらいに何かを隠してそうな気がしますので、続きが楽しみです。
 以上、竜泉が柳の下から湧き出している、という描写に千尋様の知識の一端を垣間見た気になっている木沢井でした。
2009/09/06(Sun)03:34:080点木沢井
>羽堕様。コメントありがとうございます。
 可南子を好きになって頂いて嬉しいです。彼女は、龍一や美子よりも、ずっと描きやすいキャラで、色々助かってます^^。
 頻繁な場面の切り替わりは、一応思っていたとおりの効果が得られたようで、安心いたしました。なにせ、宗勝のときの分も盛り上がっとかんと、というのがありますからw
 ありがとうございました!

>木沢井様。コメントありがとうございます。
 イワナガヒメ、なるほど。彼女も、なかなか面白い存在ですよね。
 『神とはなにか』というのは、こうした題名をぶち上げてしまった以上、やはり避けて通れないテーマではあります。ではありますが、もちろん一朝一夕で答えが出るものではなく、龍一が言ったように「考えている最中」って感じなのですが; アハ。とはいえ、知識同様、思考もたいして深くないので、なにかスンバラシイものが出てくる気もしませんがね〜。あんまり考えすぎると、うまく生きていけないっていうのも、人間の一つの知恵かも知れず。死なない程度にしときましょう!
 ありがとうございました!
2009/09/06(Sun)08:54:170点千尋
 こんにちは、千尋様。上野文です。
 御作を読みました。
 手に汗にぎる展開、というか、息詰るような緊張感をうまく表現されてるなあって、ドキドキしました。可南子ちゃんがうまく突破口を開いてますね。椿さんは龍一の味方のよーな気がしますが。
 うまく伏線も繋がってきて、とても楽しく面白かったです。 
2009/09/07(Mon)12:47:100点上野文
>上野文様。コメントありがとうございます。
 ほんと、今章では、可南子に助けられてます。暴走気味じゃね?というご意見がなくて、よかった……。椿は、夜中に孫から怒鳴られ、散々ですが、まあ、長老なんで我慢してもらいましょう^^。
「楽しい、面白い」と言って頂けると、やっぱり、ぽーっとなるほど嬉しいです。ありがとうございました!
2009/09/08(Tue)06:50:570点千尋
オハヨーございます。千尋様、御作の続き拝読させて頂きましたーっ
うん! 緊張感をしっかりと持ちつつ人物の心理描写のカットがしっかり魅せる感じで綺麗に
書かれているところに千尋様のセンスをやはり感じますだ。緩急の付け方が心地よいリズムとなって
するすると読めてしまうのは自分が楽しんで読んでる証拠でありますw
古事記の解釈、天皇家の始祖という事で『異界を演じた侵略』の色を濃くされて持ってこられてますのですね^^ ニニギの解釈の違いもまた面白く読んでますw
まぁなんてったって日本ののんびりとした大好きな「八百万の神々」ですから――緩やか緩やかw
西洋のように厳格化しなくても話が出来るのが嬉しい限りですよね!
なので、自分は千尋様が書かれる作品を純粋に楽しみにしてるって事で! えへえへ(丸投げw)

ではでは、続きも楽しみにお待ちしておりますー。失礼しました、もげきちでしたー
2009/09/09(Wed)10:06:220点もげきち
>もげきち様。コメントありがとうございます。
 この話を書くにあたっては、当然、古事記やら日本書紀にも(一応)目を通しているわけですが、それを下書きにしているというより、むしろ名前だけ借りているといってもいいくらいに、自由勝手に書いちゃってますので、「なんじゃ、こりゃ〜!」と思われても仕方ないです。ほんと、同じことを、イスラム教などでやったら、殺されちゃうかも知れませんね〜。でも「これは、いくらなんでもオカシイぞ」というところがありましたら、ドシドシご指摘ください! だいたいにして、知識不足をカンで補っているものですから^^;
 ニニギは、初めに考えていたのと違う性格になった登場人物の一人です。彼についての最終的なご感想も、再度もげきち様にうかがいたいものです。
 ありがとうございました! 
2009/09/10(Thu)07:29:520点千尋
こんにちは! 羽堕です♪
 龍一とニギギのやり取りは、息の詰まるような緊迫感があって良かったです。可南子や美子の龍一を想う気持ちも凄く伝わってきて、どうなってしまうんだろうとドキドキできました。ニギギの後ろにも、まだ誰かいそうな感じが「おぉw」と楽しみに感じます。
 自分の大好きな父親の体を使って、龍一を痛めつける姿は、美子にとっては耐えられない苦痛なんだろうなと感じました。それにしても雷神の力を一度使った後の展開など、面白かったです。ふーちゃんもまた成長したりと、ニギギとの決着がどうなるのかワクワクします。
 隆士のマイペースさが、少し場違いな感じがして笑えましたが、いいクッションになってたように思います。
であ続きを楽しみにしています♪
2009/09/20(Sun)16:16:331羽堕
 こんばんは、千尋様。上野文です。
 御作を読みました。
 窮地にあっても戦い、勝機を掴もうとする龍一と、あの手この手で追い詰めてくるニニギ。二人の激闘がたいへん面白かったです。やはり、敵役は強大でないと!
 しかし、こう視野を変えてみると、美子が一般人と思えないくらい巧みなアシストをしている気がしますね。続きを楽しみにしています。
2009/09/20(Sun)21:56:250点上野文
>羽堕様。コメント&ポイントありがとうございます。
 緊迫感ありと言って頂けてよかったですー。なにせ体技ってもんが皆無ですから;
 りゅういちぃ〜!と駈けつけてみれば、相手は死んだはずの父親? いや、か、体がのっとられとる〜!……こりゃ確かにショッキングですね。よく考えると、美子って登場してからあんまりいい目にあってないな。不幸体質なのかしら。耐えろ、耐えるんだ、美子! 美子の“み”は、辛抱のしん……じゃないですね。隆士の脇役ぶりも認めて頂け、嬉しいです。
 ニニギの後ろにまだ誰か、ですか。あはは……。羽堕様に“深読みし過ぎシール”を進呈させて頂きます!(ドキドキ。
 ありがとうございました!

>上野文様。コメントありがとうございます。
 はいー。なにせ、ラストダンジョンですから。二人とも、しつっこいです。ニニギは二千年分のもろもろが溜まってますし、龍一はA型ですから。え? 理由になってない? でもA型ってしつこいですよね^^。ちなみにO型は私を含めエセ平和主義が多いです。美子もO型ですけどね。
 美子のアシストは……、どうなんでしょうね。本人はたぶん、モスラ対ゴジラの闘いを唖然として見守っている一民間人って気分でしょうから、やっぱり一般人の感覚でいるんでしょう。
 ありがとうございました!

 今回のコメント返し、ネタが古すぎたかも。と、年がばれる……。いや、でも、そこまでではないですよ。
2009/09/21(Mon)09:30:260点千尋
龍一めっちゃかっこええやん!!
とりあえず後半ずっと鳥肌だってました。何だろう、適切な言葉が見つからないんですけど、うーん。

「美しい」

そう思いました。龍一も。美子ちゃんも。築山さんも。可南子さんも。ニニギ様でさえも。みなそれぞれに美しくて、清明としていて、なんだかとても心うたれました。
今回はもう龍ちゃんとニニギ、そして可南子さん、美子ちゃん、それぞれの戦いの緊迫感と、緊迫しているがゆえの美しさにつきますね。続きも楽しみにしています。実はこの作品の更新がばり楽しみなのですよん。よろしく!待ってます♪
2009/09/21(Mon)21:03:251ゅぇ
こんばんは、特に理由はありませんが、ニニギの「こやつ、秘文を唱えておる!」という台詞が妙にツボにはまった記憶のある木沢井です。
 手に汗握る龍一とニニギの攻防、その中で語られる歴史、そして美子じゃなくて、ここにきて何だか重要そうな気がしてくるふーちゃん……他諸々が、自然に詰め込まれていて、思わず唸りつつ右手がマウスのカーソルを評価の所に行ってしまいました。英語で言えばぐっじょぶ、イタリア語だとBravo! 他の知っている言葉でも表しますお見苦しくので自粛します。
 以上、続きが楽しみで楽しみで仕方ない木沢井でした。
2009/09/22(Tue)02:38:201木沢井
千尋様
今回更新分を拝読させていただきました。
戦いが進み、ますます目のはなせない展開になったところで区切られてしまい、「ここで終わりか!」と思わず突っ込んでしまいました。龍一の運命やいかに…!?
戦いの描写が一つ一つ丁寧で、納得しながら読み進めることができました。龍一と可南子と美子の三つの視点が同時進行で丁寧に進められており、切迫した雰囲気をより盛り上げているなぁ、と。こういう戦いの盛り上げ方が私にはできないので、なるほどなぁと考えさせられております。
では、次で7章も終わりのようですが、更新楽しみにしております。
2009/09/22(Tue)06:51:120点askaK
>ゆぇ様。コメント&ポイントありがとうございます。
 嬉しいお言葉ありがとうございます!
 そうですね、美子、可南子、築山は、もちろん龍一側にたって真剣になっているんですが、その龍一は、実は、ニニギの真剣さを感じたがゆえに必死になっているわけです。作者すら書いているうちに、こいつ、マジだぜ……と、姿勢を改めたくらいですから^^; ですから、この緊迫感は、まさに“ニニギさまさま”かも知れません。ところで、偉大なる神様のはずなのに、作中では誰からも『様』どころか、『さん』すら付けてもらえない哀れなニニギを『様』で呼んで頂け、彼も感涙にむせんでいることでしょう。代わって御礼申し上げます!
 次回で、もろもろ決着をつけます(た、多分)。楽しみ、とのお言葉を励みに頑張ります。ありがとうございました!

>木沢井様。コメント&ポイントありがとうございます。
 木沢井様の親指を立てた『ぐっじょぶ!』が目に見え、思わず『いえーい、さんきゅっ!』とピースで返してしまった千尋です。
 「こやつ、秘文を唱えておる!」は、言われてみて、自分でもちょいツボに入ってしまいました。いや、本人が、真剣なゆえに、確かに^^。
 もう、龍一の長話は、武器にすらなってますね。ここまでくると芸といってもいいかも知れません。
 ふーちゃんは、もちろん重要人物(?)です。なにせ美子が龍一よりも先に会った子ですから!
 ありがとうございました!

>askak様。コメントありがとうございます。
 すいません、ここで終わりなんですーー; 次回は一気にアップする予定ですのでお許しを!
 いやあ、私は平時では無駄にタラタラと描写や説明をしてしまう反面、戦いの場面でスピード感を出したり盛り上げたりとかがムチャクチャ苦手なんで、苦労します。ですから今回は、厳密に時系列を組んで、場面切り替えを頻繁にするという、ちょいズルイやり方で、きりぬけております。正統派アクションシーンをみっちり書ける方が羨ましいですよー。でも、続きも頑張りまーす。
 ありがとうございました!
2009/09/22(Tue)09:14:460点千尋
こんにちは! 羽堕です♪
 祥蔵については、なるほど、そういう事だったんだと、すごく良かったです。祥蔵の気持ちは痛いほど分かるのですが、美子にとってはどうだったんだろうと少し思ってしまいました。でも私の心配なんて必要ないくらいに、美子は祥蔵の気持ちをしっかりと受け止めて、また龍一への優しさも忘れない素敵な女の子で安心しました。
 何気に隆士のキャラは好きなので、今後にも登場の機会があったら嬉しいなと思ったりします。うー、でも長く土地を離れたりできないのかな……そこなんとかw すいません願望をかいてしまいました。
 可南子にとったら余計な気遣いかもだけど、少しだけでも祥蔵と話させてあげたかったな。湖での龍一のお祓いは幻想的で、目に浮かぶようでした。
 龍一が怪しく見えてしまっていた理由も、分かってスッキリですw 最後までしっかりと書かれていて、すごいなと感じました。面白かったです!
 まだ美子の学校の事や、ふーちゃんとか、色々と話はつきなそうなので次巻も期待してしまいます。
であ次回作を楽しみにしています♪
2009/10/04(Sun)14:16:481羽堕
 こんばんは、千尋様。最後まで拝読させていただきました。
 家のことや龍一との関係やら、まだまだ発展が楽しみなところなのにあっさり終わってしまったなと思ったら続編があるのですね。安心致しました。笑 またもや長編になるのではないかという予感がしますが、どうぞ最後までがんばってください。応援しております!
 お父様はどうにもおいしいとこどりですね。龍一の見せ場も、美子や可南子の懸念も全て、かっこよくさらっていってしまった感が否めません。笑 けれどそれでこそ祥蔵さん!可南子の気持ちがわからんでもないです。こんな素敵なお父様を持ったことは美子にとっては誇りでしょうが、それにしてもあっさり自分の父が消滅する様を受け入れてしまったところは少し違和感がありました。きっとそれが娘として美子にできる最大の父への思いやりだったのかもしれませんが、せっかくここまで丁寧に描写されてきたのでもう少し葛藤があっても……とは思いましたが、お父さんがかっこよかったのでもう相殺ということで。笑
 それはそうと関係のないことですが、つい先日山奥に遊びに行ったさいに、ケセランパサラン紛いのものを目撃いたしました。小さくてふわふわ浮いているものでしたが、ふーちゃんみたいに大きくなったらいいなぁと思いながら見送りました。さすがに捕まえることはできずじまいです。笑
 とにもかくにも、まずは完結お疲れさまでした!また次回作をお待ちしております。それでは!
2009/10/05(Mon)00:46:441askaK
拝読しました。遅ればせながら、そしてひとまずの完結おめでとうございます!! 長いながら、しっかりとブレずに完結させる力量に感服いたします。
カッコイイ男というのは常に身勝手なのねん。愛するもののために死すら厭わぬという根性とか、本当に滅びの美学だと思うのですよ私は。それを貫ける男の中の漢というのは、なんかもう、ホント格好良いのですね。祥蔵さんと龍一が本当に良いとこ取りです。これで惚れるなというほうが無理でしょうが。世の中には、色々な愛し方があるので、祥蔵の愛し方も娘に伝わればオールオッケーなのでしょう。美子ちゃんも、多分伝わってるよね?
 ふーちゃんが読んでる途中で進化した。というのに驚き。ケサランパサランって進化するのか……でも、リスサイズか。かわいいなぁと口元ににやけがかかります。
 お祓いの描写も細かくて幻想的で、幽玄な感じが出ててとてもよかったです。そして頼れるお姉様や、美子ちゃん等の女子の描写、ありがたーく参考にさせていただきます(おい
 大変面白かったです。
2009/10/05(Mon)21:17:181水芭蕉猫
こんばんは、ない知恵を絞りに絞っている木沢井です。いえ、大まかな所はいいのですが、細かい所が……。
 細かいといえば、千尋様の御作はこれだけの長編にもかかわらず事細かな設定をしっかりと書き込まれておられていて、「寄り道」しないと長編も書けない身としましては、羨ましくも頑張らねばと思いました。
 御作を読み始めるにあたり、「龍一……コイツ怪しいな。実は黒幕じゃないの?」などと思っていましたが、私の中ではさて当たらずともまた遠からず、といった感じです。龍一が一人で密かに事を運ぼうとしたあたりは、何とか参考にしていきたいものです。それにしても、龍一の動向もですが、祥蔵にはもっとびっくりさせられました。「んな無茶な」というよりは「そう来たかぁ」という意味で。いえ、そこからの展開はホロっときましたよ。美子はもっと感情的になるかな、とも思いましたが、野球のバットの時が頭に浮かび、「彼女ならこうあるのかも」と思い直しました。二番煎じでしょうが、物語や人物像をぶれさせずに完結された千尋様の手腕に感服する所存です。はい。
 ニニギ。南の方角……は、関係あるのか分かりませんが、背後には確実に何かいるのでしょう。何処の誰が出るのか、今から楽しみですね。勿論、ふーちゃんや学校のことも。
 以上、久石譲に聞き惚れる木沢井でした。余談ですが、龍一が死んでしまうのではと思っていただけに、彼が生き延びていたことを嬉しく思いました。
2009/10/05(Mon)23:28:202木沢井
 こんばんは、千尋様。上野文です。
 ひとまずの完結おめでとうございます!
 御作の続きを読みました。
 祥蔵さんがいいとこ全部もってちゃいましたね。
 でも、こう納得できるというか感嘆したというか。
 龍一さんは、言い方は変ですが、ニニギではなく、祥蔵さんに負けたことで、こう、親しみやすさというか、読み返したときの感情移入の強さが増したと思います。
 とても面白かったです! 次なるエピソードを楽しみにしています!
2009/10/07(Wed)22:14:291上野文
とりあえず一段落、お疲れ様でした。とても楽しかったです。たとえばちょっと会話が説明にかたよりすぎてしまう感があったな、とか、そういう細かいことも確かにひとつの感想としては持ちはしたのですが、そういったことをいっさい隠してしまうだけの魅力が、このストーリーにはありますよね。今回はお父さんが凛々しくて、ほんとうによかった!美子ちゃん、お父さんがあのお父さんでよかったね、と。お父さん、娘が美子ちゃんでよかったね、と。なんかそーいう感じで。龍一のちょっとわかりにくい優しさ(といっても、わかる人にはわかりやすすぎるんだろうけど)なんて、もう胸をうたれましたよー。毎回手に汗握る展開で、とても楽しく読ませていただきました。私はこのシリーズ、長ければ長いほどうれしいです。続きを首長くして待ってますね。
2009/10/08(Thu)09:15:021ゅぇ
>羽堕様。コメント&ポイントありがとうございます。
 祥蔵についてとりあえず納得して頂け、良かったです。美子は素直な子なので、まあまあ納得したようですが、一番納得していないのは、龍一かも知れませんーー; 残されたほうが辛いんだぞ、というのは、あると思います。その辺、ずしりと重いものを抱えてしまった一端を、最後のほうは表現したかったのですが、一応伝わりましたでしょうか……。
 そうですねー、可南子にも祥蔵に会わせてやりたかったですけど、可南子が実際にその場にいたら祥蔵もすんなり昇天できなかったでしょうね^^。
 戦いに勝って終わり!という結末ではないので、どう感じて頂けるか不安でしたが、スッキリと言って頂け、ホッとしました。
 隆士に注目されるとは、なかなか通ですね^^。登場したら登場したで、またチクチクいじめたくなるタイプですが、でも、こんな気弱で自信のない奴って、本当は自分自身の真ん中にいたりします。そう考えると、割に感情移入しやすいキャラかも知れません。
 白河の南湖公園は、実は一度しか行ったことがありませんが、その時やはり(朝ではありませんでしたが)、みかげの島の松の木にたくさんの白い鳥がとまっていて、龍一の祓いの場面のイメージをもらうことができました。やっぱり実地って大事ですよね!
 思えば、この作品に最初にコメントをいただいたのが、羽堕様でした。いつも丁寧で的確なご感想をおよせ頂き、大変参考になりました。
 最後までおつき合い頂き、本当にありがとうございました!

>askak様。コメント&ポイントありがとうございます。
 確かに。祥蔵は、言いたいこと、やりたいことを、さっさと果たして、去っていっちゃいましたよね。龍一の段取りを全部無視して……; ちなみに、祥蔵の名前の意味は、『果報者』なんですよw
 美子については、全般的に、皆さんに指摘されたことですが、“あんまり物分かりがよすぎる”、“心理描写が不足”と。今回更新時も、その辺で色々試行錯誤をしてはみたのですが、やっぱり難しいですね。しかし、これは自分でも分からないことなので、本当に言って頂けて、よかったです。これから直せるか分かりませんが、肝に銘じたいと思います。
 ケサランパサラン、ほんとに見たんですかー!! いいなあ。私は、もっと妙で全然可愛くないものしか見たことないですよ。なにを見たか、言えないくらい妙なので、言わないですけどw
 次巻では、残った伏線をポツポツ回収しつつ、ここまで広げちゃっていいの?くらいになる予定です。どうなることやら……;
 最後までおつき合い頂き、本当にありがとうございました!

>水芭蕉猫様。コメント&ポイントありがとうございます。
 個人的に、女の思うとおりになる男っていうのがあまり好みじゃないというのはあります。もう、なんでアンタそうなの?と腹をたてつつ、つい惹かれてしまうというのが、あるんじゃないかと。それに女は生きるのが仕事だけど、男は生かすために死ぬこともあるわけで。まあ、イマドキは違うかも知れませんが、やっぱりイザという時、男は体を張ってほしいというのが、女子としての変わらぬ気持ちですw
 美子はですね。分かってんのかな? ひとまず受け入れるというのが、この子のスタンスですから。今は完全に理解できなくとも、美子の人生の中で、くさびのように父親の存在があるようになればいいかな、と思っております。
 ふーちゃんは、『風の谷のナウシカ』のキツネリスを、もうちょっとふわふわにしたようなイメージです。ほんとにこんなのがいたら、それこそ猫可愛がりに可愛がっちゃいますけどね^^*
 可南子や美子を参考するとのお言葉、大変光栄です。ま、まあ、今のところ、猫様の描く女子には、圧倒されっぱなしですけど……。
 最後までおつき合い頂き、本当にありがとうございました!

>木沢井様。コメント&ポイントありがとうございます。
 そうですねー。この巻は、長いは長いですが、私にとっては短かったというか。初めの巻なので、極力寄り道をせずに、起承転結を意識したつもりです。あくまで、つもりですが; でも、次巻では、思いきり“寄り道”するつもりですよ!(大丈夫か?)
 そ、そんなに龍一は怪しくみえましたかね。成功といえば、成功なんでしょうか。木沢井様の『敵を騙すにはまず味方から』という言葉は、本当に龍一にぴったりで、ドッキリしました。龍一は、祥蔵のことを最後まで隠していましたが、最後にはその祥蔵にすっかりやられちゃったぜ!という構図ですw
 人物像にブレがない、というのは、本当に嬉しいお言葉です。でも多分、それは、私が頭ではなく、勘で書いているからだと思います。書き手としては、困ったものですが、勘で書くと良いことは、あんまり考えなくとも、自然につながっていくということです。なにせ、取り出し口が、『自分』という一個ですから。悪いところは、皆様にご指摘されたとおり、自分にとってあんまり自然なので、読み手を意識した描写が不足してしまう、ということです。だから頭で考えた世界観は説明過多になり、一方心理描写は不足という事態に……。分かっちゃいるんですけどね〜。
 学校のことを、結構、皆さんに気にして頂けているようで、嬉しいです。高校時代は、私自身にとっても、とても大事なときでしたし、萩英学園には、一種理想もこめて描いているので。
 最後までおつき合い頂き、本当にありがとうございました!

>上野文様。コメント&ポイントありがとうございます。
 『明鏡の巻』の表のテーマは『鏡』ですが、裏のテーマは『父親』なんです。父親としての愛し方とか、生き様(=死に様)というのを、描きたくて。
 そう考えると、実は真の主役は祥蔵で、龍一は、その引き立て役に回ってもらった感じですかね〜。龍一は、思い入れの強いキャラクターですが、それだけに、“そう簡単にカッコよくさせんぞ”と。もう少し時間をかけて育ってほしい、という親心ですかねw でも、負け方にも色々あるので、今回はそれなりに、うまく負けてくれたかな?と、上野様のコメントでちょっとホッといたしました。
 最後までおつき合い頂き、本当にありがとうございました!

>ゆぇ様。コメント&ポイントありがとうございます。
 まったく、皆様の作品などを拝見していると、自分の表現力のなさに、しばしば絶望感に襲われます。それに、やはり今考えると、特に前半のヒタカミや土居家の歴史についての説明はいくらなんでも冗長すぎたなと、猛省しております。それでも、最後までお見捨てにならず、本当にありがとうございます! そして、長ければ長いほど、とのお言葉に感涙です。も、もちろん、長さに見合うような内容にすべく努力いたします!(長ゼリフの癖はもしかしたら治らないかも知れませんが……)
 大事な人の死というのは、もしかしたら、全人生をかけても完全には乗り越えられないし、ずっと引きずるものなのかも。それでも、何かの拍子に区切りをつけられたら、ともかく前を向いていける……、そんな契機を美子が得た、ということが少しでも表現できていたらなあ、と思うのです。
 龍一は、一面では典型的な日本男児というか、はっきりと優しさをみせないのが美学と思っているフシがあります。おまけに一人でグズグズ考えるタイプなんですよ^^; こんなヤツで宜しければ、またおつき合い頂けますと嬉しいです。
 最後までおつき合い頂き、本当にありがとうございました!
2009/10/10(Sat)08:48:450点千尋
た、大変遅くなりました! 怠惰界と飽食界の住人もげきちです。お久しぶりです。
最後まで拝読させていただきました! うん、素晴らしい。純粋に楽しかった、面白かったです。
ただ地の部分が、どうしても説明的になってしまい会話分とのテンションの変化が、うーん何だろう言葉にしづらいのですが、妙な感覚に陥ってしまいました。集中したいときに何か止まってしまう。そんな感覚と言えばいいのかな? あーもう>< すみません語彙力がっががが(汗
しかし、そんな瑣末な事はどうでもいいですw 美子さん、強い子ですね。色々辛い部分もあったけど、良かったっぽいよね? なんていい子なんだー。
ニニギに関しては、現代の大和朝廷の考察どおりって感じでしょうか。異界の一つの持って生き方として正統であり、それでいて面白かったです。一つ一つしっかりと調べ、取材もされているんだなーっと思っております。そういう書き方が出来る千尋さんが素敵って事ですね^^ えへえへ。
さて、ふと見るとさっそく続編が! まだまだ、続く群神物語。楽しみにそちらの方も拝読させて頂きますだ! 完結おめでとうございました! そして今後も楽しく千尋さんの物語を紡ぎだし続けていってください! 以上もげきちでありましたー
2009/11/01(Sun)14:50:172もげきち
>もげきち様。コメント&ポイントありがとうございます。
 面白かったとのお言葉、純粋に嬉しいです!
 流れを中断するような説明的文章が、瑣末な事かどうか……。やっぱり重大な欠点なんでしょうねえ(汗。
 美子は、今振り返るとちょっとイイ子過ぎた部分もあったかなと思うのですが、親の愛を充分に感じて育った子の強さを表現したかったのでした。
 どうも私は妄想力はあるのですが、想像力がないので、色々なところからネタを引っ張ってこないと書けないんですよねー。取材というより、ネタ探しですね;
 続編では、ニニギがさらに活躍いたします。よろしければご覧ください。はい。本当に、仕事で書いているのではないのですから、楽しんで書かないとウソですよね!
 ありがとうございました!
2009/11/01(Sun)20:01:240点千尋
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