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『Curved Spoon 第2章』 作者:鋏屋 / リアル・現代 未分類
全角60241.5文字
容量120483 bytes
原稿用紙約174.4枚
超能力なんて嘘だ。エスパーなんて居るわきゃない。絶対信じない。5年前、俺はそう心に誓ったわけだが……
 なあ、そこのあんた、超能力って信じるか?
 いやいや、ネタじゃなくて。一言一句そういう意味。文字通り超能力。手を使わずに物を動かしたり、相手の考えてることを読みとったり、未来を予知したりするアレだよ。
 オイちょっと待て、そんな痛い目で見るなって……
 ――――だからそうじゃないって。薬もやってないし、変な電波に影響されてるわけでもないから……
 え? 俺? 俺の事はどうでも良いだろう。
 ――――頼むから引くな。コレでも結構マジに話してるんだ。
 そんな『なお悪いわ!』とか言うなっ!
 あ、悪い、ちょっと感情的になった。謝る…… でも俺、結構いっぱいいっぱいなんだ。
 うん? わかる? ホントにぃ?
 なんか微妙だけどまあいい。察してくれるとありがたい。
 つーか実は俺も超能力なんてこれっぽっちも信じちゃいない。
 いやいや待て待て、信じちゃいなかった…… っていったほうが良いな。
 訂正しよう、『俺は超能力など信じてはいなかった』
 どうだ? これで良いか? 良かった、あんた良い奴だな。
 で、今はどうかと聞かれると、これがどうにも微妙だ。
 何というかな…… 『信じざるを得ない状況』に陥ってる。
 なあ? 実は…… あ、もうちょっとコッチ、もっと耳を近づけ…… 
 ってこれは近すぎる! 普通にお互い違う世界に足を踏み入れちゃうでしょ!
 あ、ああ、そんぐらいで充分だから。
 その目を見つめたりするのは無しの方向で……
 結論から言う。
 超能力は実在する。
 もっかい言って良い?
 超能力は、じ、 つ、 ざ、 い、する。
 ――――その目はやめろ。「乙」とか言わんで良いから。
 良いから聞け。
 超能力は本当に有る力だ。それもあんたが知らないだけで、それはごく身近に普通にある。それを自由に操る人間も確かに存在する。いわゆるエスパーって言う人間だ。
 そいつ等は手を使わずに物を動かし、言葉を使わずに話し、未来を予知したりしてる。
 みんな知らないだけだ。エスパー達はそれを隠して生きてる。誰にも知られずにこの世界でひっそりと変化が起こるのを待っていたんだ。
 ごく自然にその力が受け入れられる日を…… 
 それはな? 未来予知によって決まってるらしい。そいつ等はそれを『約束の日』と呼んでる。
 それは何時か―――
 ふむ、良い質問だ。だがそれは明確な日時が確定していない。未来は現時点では不確定なんだそうだ。つまり今現在の因果によって流動するらしい。だが、その日は確実に訪れるんだそうだ。何年、何十年、いやいや、何百年先かわからないが、それはずっと昔から決まっている事なんだ。
 彼らはその『約束の日』をずっと待っている。これまでも、そしてこれからも……
 ―――ってそんな話はどうでも良い。ホントどうでも良い。
 俺が言いたいのは超能力は『厨二テイストのトンデモ話』でもなければ『ラノベの中の設定』でもないってことだ。
 俺はこれまで超能力を否定してきた。ああもう全力でな。そのために大学も物理学を専攻した。将来は超能力なんつー非科学的な物を全否定してやるつもりだったんだ……
 だがしかし、今の俺の立ち位置は非常に微妙だ。
 何故か――――
 うんむ、それはだな……
 俺がその超能力者ってトンデモな者になっちまったからだ。
 ああ、分かる、分かるよ、あんたが笑うのもよ〜くわかる。
 なはははっ、だよな〜? うんそうだよ、誰だってこんな馬鹿げた厨二ヲタな話しを笑わずに聞けるかって言いたいよな? うんうん……
 けどさ、あんた今、俺と一緒にちょびっと浮いてるって気付いてる?

 あ、ちょ、ちょっと待った、驚くのは良いけど暴れないで、周りの人が気付いちゃうから!!
 いやダメ! だってこの手放したらあんた大声で叫ぶでしょ? いいや、絶対叫ぶって。さっきも言ったでしょ? 俺達は存在を隠して生きてるんだって。
 えっ? 他であること無いこと言いふらす?
 わははははは―――――っ!
 いやゴメンゴメン、悪かった。
 でも そ、れ、は、無、理。
 何故かって?
 それは、あんたの記憶は……
 俺
 が 
 消
 し
 て
 し
 ま
 う
 か
 ら
 さ
 :
 :

 

第1章 認識のカタストロフ


 夏は嫌なことがいくつかあるが、その中でも睡眠中の寝苦しさはトップ3に入るだろう。背中に接する敷き布団のシーツに伝わった体の熱が確実に跳ね返り背中を湿らせる。俺は結構寝汗かきだから、起きる頃には汗びっしょりだ。
 エアコンを掛けて寝るればいいと思うだろうが、俺の部屋のエアコンは製造から13年経過したビンテージ物で、暑さより音の問題で寝る環境を維持できない。さらに温度設定機能が不調になって久しく、生暖かい風か、若しくは極端に冷たい風の2通りしかなく、それもランダムに切り替わり持ち主である俺の選択権など皆無だ。
 そりゃ俺だって新しいエアコンは欲しい。だが金がないのだ。
 勿論バイトもしているし、親からの仕送りだってある。だが俺が住んでいるこのワンルーム『カサブランカ青葉』の家賃が結構高いのだ。
 だがこれは致し方あるまい。若者の街なんて言うアド街ック風なキャッチの付く渋谷という立地条件では仕方がないことだ。だが基本朝が弱い俺は、大学に歩いて10分という条件は、他のどんな条件よりも魅力的な物だったのだ。
 そもそもだ、夏は暑いのが当たり前である。
 よって俺はこの国の四季を心ゆくまで満喫する生粋のエコロジストというわけだな、わははははっ!
 ―――はあぁ、エアコン欲っしい……
 んで、まあいつものように汗ぐっしょりのシャツで布団の上に転がりながら、窓から容赦なく差し込む朝日でもうとっくに目が醒めているにもかかわらず、何故か意地になって目を閉じ歯を食いしばりつつ「うう〜」と唸っていた。
 何やってんだ俺は……
 ふと自分のやっていることがとてつもなくアホだと言うことに気が付き、俺はむっくりと起きあがった。いつもと変わらぬ夏の寝起きの不快感だった。
 ――――が、しかし今日はいつもとちょっと違っていた。なんと言ったらいいか……う〜ん。
 何も知らない第三者的見知から見たら羨まし度70〜80%で「リア充ですかコラ!」的な感じかもしれない。しかし俺的にはウザさMAXプラス呆れ度50%。「何してるんだお前はつーか出てけよ頼むから」的な状況。うん、これじゃ確実に伝わらないな……
「なにやってんだお前は……」
 俺は寝ていたベッドの横でジト目で睨む女にそう声を掛けた。
「実、験、中……っ!」
 ベージュのチュニックワンピ姿でちんまり正座し手はお膝。ちょっぴり長めの髪は前髪残して後ろで束ね、化粧はルージュを引いただけの様なナチュラルメイクでいつもなら猫の様にクルクル回る大きな瞳が、眉に皺寄せて神妙な目つきで俺を見ていた。
「……何となくわかるが一応聞いておこう。何の実験だ?」
 言葉の通り、俺はこの女が言う『実験』なる物の正体を知っている。出会うとほぼ確実にやるのだ。そりゃぁわからないわけが無かろう。
「サ、イ、コ、キ、ネ、シ、ス〜っ!」
 何故かやたらに力を込め、小さな顔を赤くしながら最後の「ス〜っ!」を声を数段高くして言ったあと「ぷは〜っ」と息を吐きつつ、手で顔を仰ぎながらニッコリ微笑むこの女は鶏士真理【とりしまり】と言う。高校時代の部活の後輩である。大学は違うのだが、何故か妙に懐かれてしまい未だにこうして会いに来るのだ。今じゃヤサの鍵の在処も熟知しており、こうして勝手に鍵を開けて入ってくる始末だ。
 あー、誤解がないように一応断っておくが、俺と真理とは一切何にもない。確かに真理は見てくれは良い。それは認めよう。だが真理は俺が大嫌いな物に半ば宗教的に嵌っている変則ヲタだからだ。いままで真理のその特殊趣向につき合い様々な催し物に出向かされ、そこに集まった『同志』と呼ばれる同じような輩に怪しげな『念波』を送られるわ、真冬の夜中に歯をガチガチ鳴らしながら、一緒になってその怪電波を夜空に送らせられるわ散々な目に遭ってきたのだ。もうホントカンベンしてくださいなのだ。
「今のはちょっとおしかったね〜 サンパツ先輩」
 一体どのあたりが惜しかったのか是非詳細を聞いてみたい。先週駅前で突然唸り出し、今と少しも変わらない様子でハチ公に念力を送ったときは「ちょっとシクった」と言っていたが、今のとどこが違うのか誰でも良いから教えてくれ。
「ミカミだ! 良いかもう一度言うぞ、俺はミカミだ、ミ、カ、ミ!」
「あ、2回言った!」
 うぬぅ、こういう部分は妙につっこんでくるから嫌なんだよコイツ。
「何度だって言ってやる。いい加減高校時代の黒歴史を俺に思い出させるんじゃない」
 俺の名前は三髪敬太郎【ミカミケイタロウ】という。初めて会った人は必ず名字を『三上』と間違えるが、その都度「あ、そうじゃなくってえっと……」と詰まり、字の説明を考えても出てこず「サンパツって書いてミカミなんです」と苦渋の自己紹介をするハメになる。
 高校時代の渾名は『バーバー』。つーか中学、いや小学校から渾名がかわらん。まれにケツに『パパ』をプラスするファンシーなアホも居るが、県立高校では地元中学の卒業生も多く、ほぼ90%の確立で『バーバー』若しくは真理の様にストレートに『サンパツ』と呼ばれ続けた。
 因みに実家が『床屋』とかいうオチはない。ごくごく普通の瀬戸物屋をやってる。ただ看板に『瀬戸物・三髪』とあるのだが、『瀬戸物』という字に対して明らかにデカい『三髪』の字が、何屋だかわからないミステリアスさを醸し出している。うちの場合絶対店名に名字を使わない方が良かったのではと常々思うのだが…… 今はどうでも良いか、そんな話し。
「でも『サンパツ君』ってなんか可愛いじゃないですか。私は好きですよ〜」
 と和む真理のすけさん。なんか新聞野球漫画の『ライパチ君』みたいで地味に嫌だ。
「とにかく、ちゃんとミカミって呼べ。あと勝手に人の家に上がり込んで、寝てる隙に怪念波送るのは止めてくれ」
「怪念波じゃないよ、念動力だよぉ〜」
 と真理は頬を膨らませて抗議した。どちらにしろまともな物じゃないことは確かだ。そもそもその念動力とやらで俺に何をするつもりだったんだよ。
「えっとねぇ…… あははっ、考えてないやぁ〜」
 そんな「ないやぁ〜」とか頭ぽりぽり掻かれて微笑まれても……
 念力送ってる相手がどうなるか、いや、どうしたいかつーイメージ皆無で送ってるから凄い。世間ではそれを怪念波というのです。
 そんな真理を見ながら、ふと自分の姿がTシャツとトランクスの全開セクハラ装備であることに気付いた。
「あのな真理、朝から一人暮らしの男の家に上がり込むつーのはマズイだろやっぱし」
「ん? 私は平気ですよぉ。お兄ちゃんの部屋とかも普通に入ってくもん」
 いやだからそれは兄妹だから。俺はお前の兄ではない。
 因みに真理には2人の兄が居る。そのせいか真理には男への抵抗感というか、危機意識みたいな物が完全に欠落している。ちょっとおミソ残念な痛い娘っぽいが、一応性への知識もそれなりに持っている。だが、全く抵抗感無く男の中にとけ込む妙なスキルがあるのだ。
「で…… 今日はいったい何の用だ」
 俺はベッドから立ち上がり、椅子に掛けてあったストーンウォッシュのジーンズを履きながら未だに正座している真理声を掛けた。
「今日は先輩とお茶をしに行こうかと思いまして」
「は?」
 俺が聞き返すと真理はニコニコしながらそれに答えた。
「私、行きたい喫茶店があるんです。道玄坂なので先輩も是非〜」
「なるほど。だが断る」
 思わず即答。コレ大事。真理と付き合う上で学んだ俺なりの渡世術だ。
「何でですか? 喫茶店でコーヒー飲むだけですよ?」
「いいや絶対それだけじゃないはずだ。きっと何かある。今までお前が俺を『普通の店』に案内したことが一度もないのがその理由だ、胸に手を当てて考えてみるんだな。今までの自分の行動……」
 真理は俺の言葉の通り、何故か両手を胸に当て、しかも2,3度揉んでいた。思わず言葉が止まり魅入ってしまう。
「う〜ん、最近またちょっぴりおっきくなったんですよね」
 ゴクリ…… いやいやイカンイカン。
 誰もそんなこと聞いてないから。俺は手を当てろと言ったんだ。揉めとは一言も言っとらんわ!
「と、とにかくその手の話で行く店には今までロクなのがなかった。この前のピザ屋は何だ? 入った瞬間から従業員はもとより客まで『ウ〜ラ〜』とか唸ってるし、客の注文無視して勝手に料理持ってくるわ散々だったろ。そもそも料理の注文取りに来たのに『ご注文はテレパシーで』って道理的に間違ってるだろうが!?」
 先週真理がハチ公に念力送ってた日がその店に行った日だ。とびきりのピザが食べられるからと聞かされて連れて行かれたのだ。
 とびきりのピザ…… うん、確かに飛んでいたよ。同時に俺の脳も飛びそうだったがな……
 だってよ、『サイコキネピザ』とか言うふざけた名前のピザを、あいつ等投げてよこすんだぜ? 真理の話じゃサイコキネシスで飛ばしてるって聞いたが、どう考えてもフリスビーのそれだ。しかもまともにテーブルまで届いたのは3回中1回だ。もうツッコミどころ満載すぎて乾いた笑いしか出てこない状態だった。それに俺はあの店で日本語を聞いた記憶がない。えっとなんつったかな…… 確か『エスパーピザハウス・百合ゲラー』とかなんとか……
「う〜ん、確かにあのお店はちょっと嘘っぽかったですよね」
 いいえ違います真理のすけさん。本当要素が皆無でした。嘘成分がポンジュースの果汁より高こうございました。
 もうここまで話せばわかると思うが、真理は生粋の超能力ヲタクなのだ。超能力が実在し、また自分もいつか覚醒すると心の底から信じて日々修行に明け暮れているとっても電波な痛娘なのである。
 修行と言ってもチベットやらに行くわけでもなく、日々の生活の中で事あるごとに念力を使うよう念じてみたり、そういうパワースポット(?)とかに出向いてはなにやらよくわからんエネルギーを吸収している。
 まあ単に放っておけば、周囲から「あの人ちょっとアレじゃね?」的な痛い目で見られるだけなのだが、ごく希に本当に恐ろしい修行をするときがあるので注意が必要だ。
 例を挙げると極めつけなのがある。
 半年前、真理は車の免許を取った。んで親の車を借りて、半ば強引に俺を誘いドライブに出かけた。まあバリバリの初心者なので、助手席に乗った俺は結構おっかなかったのだが、そのうち本当の恐怖という物を味わうことになった。
 なんと真理は高速道路を走行中の車のハンドルから手を放し、念力でカーブを曲がろうと試みたのである。あの時は流石の俺も死を覚悟した。5年前に他界した祖父の声を聞いた気がする。何でも真理が言うに、極限状態にならないと覚醒しないエスパーも居ると本に書いてあったのだそうだ。たったそれだけで自分の命どころか同乗者の命でさえペットし賭に出る。真理のすけ様は恐ろしい思考の持ち主と言わざるを得ない。
 世に溢れる胡散臭い超能力研究者達に言いたいのだが、超能力の本に頼むからそういう無責任なコメント載せないで欲しい。真理場合はサンシャインの屋上から飛び降りかねない。一応俺は「お前は違う方法で覚醒するかもしれないから」と説得し今に至っているが、それ以来俺は真理の運転する車には絶対乗らないと心に誓っている。ああ、絶対にだ。
 んで、その胡散臭いピザ屋もネットの口コミで『エスパーが集まる店』と評判のお店だったそうだ。
「何にせよ、もうああ言う店は懲り懲りだ」
「でも先輩、今度はホントに普通の喫茶店…… ですよ」
 オイオイ何でそこで目を逸らすんだよ。しかも何故今一瞬『タメ』が入ったんだ? あからさまに怪しすぎるだろ!
 逸らす瞳の奥で、目玉の親父がクロールしているのが見える…… ような気がする。俺は真理にカマをかけてみた。
「待てよ…… 道玄坂には確か『つーちゃんねる』の超能力スレで話題の『瞬間移動でコーヒーを運ぶ店』があったような…… そこのことか?」
「ええっ? 単にエスパーが集まる喫茶店じゃないんですか?」
 ほらこれだよ……
 俺の誘導尋問に簡単に引っ掛かる真理。あっけなさ過ぎてまったくカマの掛けがいが無いヤツである。
 真理とのつき合いももう4年になる。真理の純粋さは馬鹿が付く程の物だ。そんなお前が嘘など付けるはず無かろう。ククク……っ
「ほらやっぱりな、そんな事だろうと思ったよ。大体『コーヒーは小豆から出来ている』と言ったらガチで信じたようなお前が、そんな普通の喫茶店に興味を持つ訳がない」
 俺は「ふふんっ」と鼻で笑いつつ、どや顔で真理にそう言った。が、しかし――
「すご〜い、うんうんう〜ん♪ じゃあ予定変更でそっちに行きましょう!」
 と全く人の話を理解してない真理のすけさん。誘導尋問に引っ掛かった事すら気づいてない。つーかもうエスパーがらみで連れて行くと、端から前提にしていた事を隠そうともしてない。人の話どころか自分のフリまで無かったことにしようとする恐ろしいまでの豪腕トークテクニックである。
「待てぃ! 『瞬間移動コーヒー』はお前の幼稚な嘘を見破る為のネタだ。実際にそんな店があるかは俺もしらんし、あるとも思えん。真に受けるんじゃない」
「え〜そうなのぉ? なんだぁ…… あ、じゃあ探しに……」
「行かーんっ! そんな店秋葉にだってねえ!」
 そんな真理の言葉に、俺は間髪入れずにそうきり返した。ほんの一瞬残念がっても、超能力になると直ぐに前向きな発想を考えるスペシャルにポジティブなその思考経路を遮断するにはこれしかない。一瞬ひるんだ真理に、俺はここぞとばかりに畳みかける。
「何度も言っていると思うが、そもそも俺は超能力否定派だ。言うなればアンチなんだぞ? お前がいくら俺をトンデモフィールドに引き込もうとしても無駄だ。もう同じ轍は踏まん。俺は超能力などこれっぽっちも信じてなんかいないんだからな。もう一度言うぞ、俺は超能力は、し ん じ な い!」
 俺がそう言うと、真理はとても哀しそうな表情をした。うう、なんかとても悪いことをしている気になるが、俺、間違ってないよな?
「でも高校時代、私の知ってるサンパツ先輩は私にちゃんと色々教えてくれました! 私が周りから引かれてても、先輩だけはちゃんと私の話を聞いて、もっそコアな超能力の事を沢山教えてくれました!」
 膝に置いた手をグーにして、真理は下を向きながら強い口調でそう言った。本来なら「サンパツ言うな!」とつっこみたかったが、そのグーにした手が震えてるのが嫌すぎる。それと同時に高校時代の俺を殴り倒したい心境だ。
 真理の言ったことは確かにその通りだった。高校時代、科学部の部室で他の部員から総スカンを食らい、一人声を殺して泣いていた真理に声を掛けたのは俺だけだった。そもそも何で真理が科学部に入ったのかは未だに謎だが、科学部で『超能力』を研究したいなんて誰も思わない。そんなことを言った時点で総スカンを食らうのは当たり前だった。
 真理はテレビで見た超能力の番組で超能力に魅せられてしまい、信じてしまったのだ。元々内気な性格だった事もその事に拍車を掛けていたんだろう。素直で純粋であるがゆえの弊害だ。こんな時代、高校までそう言った物を持っている事自体奇跡に近いが……
 そんな真理の姿に、当時の俺は何故か妙に同情心が沸いた。過去の自分を見ているような心境だったのだ。
 俺も実はその昔、真理のように超能力を信じていた。中学1年の頃までだ。小学校6年生の時、真理が見たのと同じようにテレビで超能力の特番をやっていた。その番組の中で、出演した超能力者がテレビカメラからお茶の間に向けて念を送り、それでテレビの前の視聴者にスプーンを実際に曲げて貰おうと言う企画があったのだ。
 当時の俺はスプーン片手にテレビの前にかじりつき、テレビの中で睨む外人の超能力者の目をじっと見つめながらスプーンを軽く指で押してみた。すると殆ど抵抗もなくスプーンは曲がり、そのまま千切れて床に落ちたのだった。この瞬間から俺は超能力の虜になった。急いでテレビ局に電話をし、混み合った回線を何度もかけ直してようやく繋がり「曲がりました!」と興奮して叫んだのが今でも印象に残っている。忘れたい過去の記憶の一部として……
 それから俺は超能力の関連書籍を読みあさり、超能力の知識を頭に詰め込んで学校で友達に自慢しまくった。スプーンが曲がった事、そして吸収した超能力の知識をひけらかした。小学生時代はまだ俺の周りの友達は俺の話に耳を傾け、それ相応の賛辞を送ってくれた。だが中学生になって、それは一変した。誰も俺の話に耳を傾けようとしなかったのだ。
 あれほど多くの書籍を読みあさり得た知識も、スプーンを曲げた実績も、全てがゴミのような価値しか無くなってしまった。そしてついには、俺は他の連中から冷めた目で見られるようになった。そして中学2年の春、俺は自分の中から超能力を捨てた。持っていた多くの本も全て売り払い、撮り溜めたビデオテープも全て捨てた。それ以来俺は超能力否定派に転向したのだ。
 だが、得た知識は時にネタとして役にも立った。中学の残りの2年間はネタとしての超能力ヲタクとして俺はそこそこ人気があったかもしれない。
 そして高校に入った時点で、俺はネタとしての超能力も捨てた。代わりに理工系に力を入れ、超能力を科学的に否定し続けた。屈辱的な中学時代を味あわせた超能力を俺は憎んでいたのだと思う。
 そんな時、俺は真理と出会った。
 超能力は人を不幸にする。真理と出会ったとき俺はそう思った。そして真理はあまりにも純粋過ぎたんだな。なのに俺はそんな彼女に、過去に封印したはずの知識を教えた。一時の気の迷い…… 若気の至りってヤツだ。
 科学部の部長だったから、部員が部室で泣いてるのを見過ごせなかった…… なんて言えるとカッコイイのだろうが、なんて事はない。俺が捨てた物を信じ、それが原因で誰からもシカトされてしまった彼女に、俺は昔の自分を見たのだろうと思う。
 それ以来俺は真理と2人でよく話すようになった。部長である俺が真理と話す事で、彼女の周りの連中も次第に彼女と話すようになった。もっとも真理は『ちょっと痛い娘』と言う扱いだったが、それでもそう言うキャラがウケて科学部のマスコット的存在になったのは、真理の努力もあったろう。その証拠に俺が卒業してからも、真理はその存在感を科学部に定着させていた。今では科学部に異端の部員を1人混ぜるのが伝統になっているぐらいだ。
 そんな理由からか卒業して2年経った今でも、未だに真理は俺を先輩と慕い、何かに付けて会いに来るのだ。
 まあ俺も最初の内は、確かに可愛い女の子の後輩に慕われるのは気分的に悪くないと思っていた。だがしかし、俺が若気の至りで教えた超能力の話しは真理の心にわずかに残っていたリミッターを全解除したようで、あの日以来真理の超能力熱はヒートアップ。大学に入ってからはそっち系のイベントやサークルに精力的に参加するようになり、事あるごとに俺を暗黒の過去へと逆行させようとする全く持ってコマッタさんになってしまったのだ。俺は常々思う、あの日あの時の俺を殺してやりたい……と。
「超能力を信じてない人が、何であんなにいっぱいいろんな事を知っているんですか? 何であんなに一生懸命私に教えてくれたんですか?」
 真理はちょっと潤んだ瞳でそう言った。やめろ、そんな『悪の親玉にさらわれたヒロイン』みたいな目で見るんじゃない!
「それはお前…… ぶ、部員が悩んでいたら部長が気に掛けるのは、あ、あたりまえのことなのだ。だが今は部長でも何でもない」
「でも私にとっては、サンパツ先輩は今でも超能力部の部長ですよ!」
「科学部だ! そんな胡散臭い部活の部長になった覚えは無いわっ!!」
 いつ超能力部になったんだ!? その都合良すぎる思考プログラムを即刻アンインストールしろ!!
「もう一度お願いします。私と一緒に 喫 茶 店 に 行 っ て く だ さ い!」
「全力で こ と わ る!」
 しばらく涙目の真理と俺の睨み合いが続いたが、不意に真理がふうっとため息を吐いて膝横のバッグに手を突っ込み携帯を取り出した。
「致し方ありませんね……」
 真理は妙にしっかりとした口調でそう言い、真っ黄色の携帯を開くとボタンを押し始めた。
「お前、何する気だ?」
「テレパシーで召還獣を呼びます」
 は、はい? 
 もしもし真理のすけさん? 何を仰っておいでですか? その召還獣って何?
 あー因みに真理のすけ様は携帯電話を『テレパシー増幅装置』と認識しております。
「お父さんに『真理は信じていた男の人に捨てられました』と報告します」
 はぁっ!? なな、な、何を……!?
「ば、馬鹿言うな! つかお前何言ってんの!?」
「事実…… ですよね?」
 番号を押す指を止め、うっすらと唇を歪める真理…… その顔は高校時代、部室で一人さめざめ泣いていた少女の面影は皆無だった。
「いやいやいやちょっと待てコラ! いや、待って、待ってください! てか捨てられたって何だよ? 捨てる前に拾った憶えもないしっ! 事実とか意味わかんねーってマジで!?」
 俺はあわてふためいて必死に真理を止める。ネットの『つーちゃんねる』なら『必死だなw』とか言われるかもしれないが、これにはちゃんと理由がある。必死にならざるを得ない理由がだっ!
 真理のお父さんは渋谷警察の署長さんなのだ。しかも娘溺愛の親馬鹿オプションがもれなく付いている。東京でも指折りの規模を誇る渋谷署の署長になるくらいだから、日頃は結構まともな人物なのだろうが、娘の為なら公私混同をマッハでスルーする無茶ぶりを発揮する。以前センター街で歩いていた真理に声を掛け、いかがわしいバイトを無理矢理やらせようとした男が、いつの間にか国際テロ組織の工作員として逮捕されたのは記憶に新しい。
 真理のパパさんはもう普通にギャグが通じる相手ではなく、今真理が言ったような内容を伝えたら5分以内にアパートが機動隊に包囲され間違いなくタイーホフラグが立つ。
 真理の上にいる2人の兄も当然のように警察官だ。そう、鶏志家は警察官御一家なのだ。大体真理のフルネーム『鶏志真理(取り締まり)』はダジャレ以外のなにものでもないではないか! 電波に国家権力付けるのは絶対反則だろマジでっ!!
「お父さんの職場、ここからとっても近いデ〜ス♪」
 両手でちんまり携帯を持つ真理がそう言ってニッコリ微笑んだ。数秒前まで溜めていた涙はどこに行ったんだよオイっ!
 ううっ…… 後手、三髪敬太郎、長考に入ります……

☆ ☆ ☆ ☆

 それから1時間後、俺と真理は道玄坂にいた。
 真理のすけさんはうきうきテンション、俺は当然ローテンションだ。一般市民の選択権の自由が国家権力の前に屈服した瞬間だった。これが民主主義を掲げる法治国家の本当の姿だ。今の俺と真理の関係はこの国の縮図と言ってもいい。
 政治だ、みんな政治が悪いんだ……
 一応出がけに「今回限りだ」と念を押したが、「うんうんう〜ん♪」と無駄に多い陽気な頷きを返した時点で、その宣言が確実にスルーされるのは確定した気がする。たぶん玄関出た瞬間に忘却の彼方に飛んでいったな。
 そんなわけで、うきうき真理のすけとイヤイヤ俺は、真理の携帯MAPを頼りに松濤郵便局の信号を南に折れ、道玄坂2丁目の路地に入っていった。
「なあおい、本当にこの辺りなのか?」
 俺は辺りを見回しながら真理にそう聞いた。真理は「う〜ん、たぶん……」と案内役としてははなはだ無責任な答えをよこす。帰るぞオイ……
 この辺りはさっき歩いていた東急百貨店や109など若者ニーズのショップが並ぶ表通りとは違い、ミニパブやオールドスナックなどの昭和時代丸出しな安酒場が並ぶ狭い路地で、表通りとのギャップが激しい。この道の風景からは『若者の街』なんて言うキャッチは確実に浮かんでこないと思う。開発に取り残されたデッドスポットと言った感じだった。華やかな大都会と言ったイメージが強いが、きっと東京にはいたるところにこういった場所があるのかもしれなかった。
「あ、たぶんここだ……」
 不意に真理は立ち止まり、丁度右手にある2階建ての建物を見上げた。築35年から40年と言ったところだろうか。恐らく鉄筋コンクリートの建物だろうが、その外壁はツタに覆われ、その間からアーチ型の窓が顔を覗かせている。窓上に掛かった庇には今時珍しい西洋瓦が使われているが、その表面にはびっしり苔がへばり付き、元の色をその緑で覆い隠していた。
 1階は現在使われていないらしく、空き家の文字の隣に「テナント募集」と書かれた看板が若干傾いて付けられていた。あまり頻繁に管理の手が入っていないようで、看板自体も所々に錆が浮いていて管理会社の名前がよく見えなかった。
「本当にここなのかよ?」
 俺は疑うようにそう真理に聞きながら2階に掛かった店の看板を眺めた。看板には『Curved Spoon』表記してあった。
「カーブスプーン…… 曲がるスプーン? まんまじゃないかよ」
 思わず呆れた声が漏れてしまった。しかし名前はあからさまにそっち系だが、どうにも店の外観が微妙すぎる。ここから見上げた限りではやってるのかどうかも怪しいといった感じだ。
「やっぱり先輩がついてきて来てくれて良かったぁ。私一人だったらちょっと入りにくい感じですぅ」
 ついてきたんじゃなくて、無理矢理連れてこられたんだ!
 とは思うが、今回ばかりは俺もついてきて正解だったかもしれない。場所と良い建物の外観と良い怪しすぎでしょマジで。
 真理は「入りにくい」だけで、それが超能力がらみなら確実に一人でも突入する。そう言った場合、真理は脅威とか危機意識が完全に沈黙し、期待と好奇心が表層意識を乗っ取ってしまう傾向がある。さっきも言ったが真理のビジュアル数値は決して低くは無い。むしろかなり高いと言える。加えて純真無垢、無駄に好奇心旺盛、でもって無知で無謀な少し痛い娘だ。たとえこんな怪しい場所のヤバそげな店で、見るからにすこぶる怪しい某のオッサンが出てきても「超能力あるよ〜 美味しいよ〜」とか言われたらホイホイついて行くだろう。
 真理の基本行動は小学生と大差ない。したがって非常にやばいのである。放っておけばレンタルビデオのAVコーナーで、パッケージに目線隠した真理の姿を見ることになる可能性は決して低くない。つーかこのまま行ったら、そんな日が来るのもそう遠い日じゃ無いのかもしれないと本気で心配になってくるのだ。
「よ〜し、いざ突入〜♪」
「あ、馬鹿待ておい……っ!」
 と俺の制止も聞かず、真理はタタっと階段を駆け上がり2階のドアを開け「ウ〜ラ〜」と全く謎な言葉を言いながら店の中に入っていった。俺も慌てて駆け上がり真理の後に続いた。そもそもお前等の言うその『ウ〜ラ〜』ってなんなんだよっ!
「お店、開いてましたね〜」
「おのれはまともに入店できんのかっ!」
 うがーと吠える俺をよそに、ニコニコの真理は「えっへん」とちょっと大きめの胸を張った。うん、確かに高校時代よりは大きくなっ…… じゃなくて! 威張ってどうすんだよお前は!!
「いらっしゃいませ〜!」
 不意にそう声を掛けられ、俺と真理は声の主を見た。そして目が点になった。
 目の醒めるようなさらさらヘアーの長い金髪。少女漫画のヒロインのような長いまつげとキラキラアイビーム。紺のメイド服のような若干胸を強調したウェイトレススーツに身を包んだ、バービー人形のような白人美少女が立っていた。
「お二人様ですか?」
 透き通るような声が流暢な日本語を運んでくる。俺と真理は思わず言葉を忘れて赤ベコの置物のように顔を上下に振った。
「どうぞこちらへ」
 その少女はすらりと伸びたほそっこい腕を流して俺達を店内に誘った。
「先輩、お人形さんみたいですね〜」
 と真理がため息のような声を漏らす。同姓の真理でさえウットリしてしまうのもわかる気がする。
「ああ……」
 かく言う俺もそのウェイトレスの美しさに見とれていたのだった。すると不意に真理が「あ、あの」とそのウェイトレスに声を掛けた。
「私たち、あそこのカウンター席が良いんですけど……」
 と右手奥にあるカウンターを指した。オイオイ、2人なんだからテーブルで良いだろう。せっかく彼女が案内してくれてるのだ。素直に案内されておけって。
「ああ、カウンターですね。はい、ではカウンターに」
 真理の微妙に空気を読まない注文に少しも気にした様子もなくニッコリ微笑み、彼女はカウンター席に案内してくれた。
 カウンターには、年の頃50代半ばと言った感じの、これまた外国人の男がバリスタ然とした姿で微笑んでいた。
「いらっしゃいませ」
 俺達がカウンター席に腰を下ろすと、その老バリスタは流暢な日本語でそう声を掛けた。年相応に渋い声だったが、どことなく暖かみの滲み出る優しい声だった。
「当店は初めてでいらっしゃいますね。私は当喫茶店のマスターをしております、バロン・トライヤーともうします。ようこそ、カーブスプーンへ」
 白い毛の混じる眉をニンマリ曲げて、老バリスタはそう名乗った。俺と真理はそんなバロン氏に慌ててお辞儀を返す。何というか、とても丁寧で紳士的な態度なので体が勝手にお辞儀をしてしまったと言った感じだった。
 だが俺は、少し引っ掛かる物があった。
 バロン…… はて?
「何に致しましょうか?」
 バロン氏はそう聞いてきたので、俺は「オススメはありますか?」と聞いてみた。するとバロン氏は「ふむ」と頷き、答えた。
「ブルーマウンテンの良い豆が入ってます。ローストはミディアムで豆本来の香味をお楽しみ頂けます」
「なら俺はそれを貰います」
 正直ミディアムとか言われても良くわからん。普通に「ブレンド」と頼んでも良かったのだが、何となく雰囲気のある店だったのでオススメの物を飲んでみたかっただけのことなのだ。
「そちらのお嬢様は何になさいますか?」
 バロン氏は今度は真理にそう聞いた。
「は〜い、お嬢様は紅茶が良いデ〜ス」
 馬鹿丸出しである…… 
 つーかオススメはブルマンって言っとろうがっ!!
「はは、なかなか元気で明るいお嬢様ですな。では、アッサム産のオレンジペコなどはいかがです? ミルクティーがとても合いますが」
「うんうんう〜ん♪ オレンジペコちゃんミルキー仕上げでお願いします」
 アホ全開である……
 もう紅茶ですら無いだろそれじゃ。不二家のキャンディーかよ。
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
 真理のネジ飛びまくりなトークにも全く不快な表情を見せずにニッコリ微笑んだバロン氏は、そう言ってカウンターの後ろにある棚からコーヒーサイフォンを取り出し、マッチでアルコールランプに火を付けた。だが俺はそのサイフォンの変わった形に興味を持ち眺めていた。
「最近ではあまり見かけることのない天秤式サイフォンですよ」
 そんな俺にバロン氏はそう教えてくれた。
「天秤式?」
「ええ、抽出が終わると、この天秤が傾いて自動的にランプの火に蓋が被さるようになっているんですよ。『ウィーン式』、または考案者のルイス・ガベットの名前を取り『ガベット式サイフォン』とも呼ばれています。19世紀のサイフォン初期の道具ですよ」
「なるほど……」
 その古めかしい装置には確かに歴史を感じさせる物がある。俺はどことなくこの天秤式のサイフォンがこの店にとても良く似合っている気がした。
 そんなことを考えながら、俺は改めて店内を見回した。
 店内は外観程朽ちた様子は無いが、やはりそれなりに古い感じの内装だった。昭和中期と言ったところだろうか。腰高に配された壁の木の板。そしてその上は漆喰の塗り壁。その壁に等間隔に絵画が配されているが、その壁の中央には、何故か古めかしいダーツボードが架けられている。
 天井から各テーブルを照らすように吊り下がった傘付きの照明。天井中央には大きなシーリングファンがゆっくりとした動きで回っていた。
 店内はそれほど広くはなく、テーブル席とカウンター席を合わせても30人、詰めて40人といったところの収容人数と言えば想像しやすいだろうか。カウンターの俺と真理の他に俺達より少し年上と思われる男性客が2名ほどいて、一人は小型パソコンをいじり、もう一人は読書をしていた。
 俺はふと、カウンターの突き当たりにあるロッキングチェアーに座る小学生ぐらいの女の子の人形に目を奪われた。ヒラヒラの付いたサテンドレスを来ており、俗に言う『フランス人形』の様な感じだが、何よりもそのリアルさに目を見張る。まるでただ眠っているだけで、時が来れば当然のように動き出すような、そんな雰囲気すらあった。丁度店全体を見渡すような場所にあるが、その人形は瞳を閉じた状態で座っていた。
 そんな風に店内を一通り見回していると、先ほどのウェイトレスが天使の微笑を携えながら近づいてきた。
「今日はデーとか何かですか?」
 相変わらず澄んだ美声である。そんな言葉にきょとんとした顔で、真理が俺に顔を向けた。
「そっかぁ、これってデートみたいですよね、先輩」
「全然違うだろ、そこは否定しておけ。むしろ俺は強制連行に近いのだからな」
 真理の脳天気なコメントに速反論する。だがまあ、今回ばかりはまともそうな店で心底安心したが。いや、むしろこの店はまともどころかかなり良い感じな店な気がする。
「先輩、後輩の間柄なんですか。すみません、私はてっきり恋人同士なのかと思ってしまいました」
 そう言って彼女はペコリと頭を下げた。うん、そんな姿もなんかとってもキューティーだ。
「てへへ、何だかちょっと照れ真理ですぅ」
「だから照れてどうする!」
 頼むから人類の会話と俺の意志を理解してくれ。それに俺は「てへへ」と声にだして笑う人間を初めて見たぞ!?
「コイツとは高校時代同じ部活だったもので、未だに俺を先輩と呼ぶんですよ」
「なんか素敵ですね…… あ、私、ソーニャ・ブルガーコフと言います」
 彼女は不意にそう自己紹介をした。ブルガーコフ…… ロシア人かな?
「私、留学生なんですけど、日本の同じ歳のお友達がいなくて…… あの…… もしよかったら私と友達になってくれませんか?」
 うおお! いきなり好展開キタコレ!! 
 ええもう全力でお友達やらせて頂きますともっ!!
「うんうんう〜ん! お友達だ〜い歓迎♪ 私は鶏志真理ですぅ。宜しくね、ソーニャンさん」
 ソーニャだ! お前の耳はどういう構造してるんだ真理? 悪いのは耳か? それとも頭か? 若しくはその両方か? 因みに俺の予想は3番目に30,000点。
「まったく…… 俺は三髪敬太郎と言います。ソーニャさん、ロシアの方ですか?」
「ええ、モスクワです。日本には去年から留学してます。歳は19歳です」
 およ? 俺とタメなんだ。外国人の年齢ってわからないなぁ。
「でもソーニャンさん、日本語うまいねぇ」
 と真理が感心したように言う。俺もその意見に同意だ。全然よどみが無いもんな。でも真理、お前もう彼女の本名使う気ないだろ……
「え? え、ええ、一応勉強してますから……」
 ソーニャはそう言い淀んでそう答え、ちょっと目を逸らした。
 ん? なんだ、なんかえらく動揺してないか?
 とその時、カウンターのバロン氏から声が掛かった。
「良かったねソーニャ、欲しがってた日本の友達が出来て。はい、お待ちどうさまです」
 バロン氏はそう言って俺と真理の前にコーヒーと紅茶を置いた。コーヒーのなんとも良い香りが俺の鼻孔をくすぐる。やはりサイフォンで煎れると香りが格段にいいな。
 真理も紅茶の臭いを嗅ぎ「はぎゅふぅ〜」と奇妙な声を漏らしている。俺はそんな真理の姿を見やり、苦笑しながらコーヒーを啜った。ブラックだが、豊かなコクと舌に感じるわずかな酸味が絶妙だ。とてもうまいコーヒーである。
 そんな絶品コーヒーを味わっていると、不意に隣の真理がバロン氏に問いかけた。
「あの〜バロンさん? バロンさんは超能力者なんですかぁ?」
 思わず吹いた。
 お前何でそんなにダイレクト主義なんだよっ! 何の予備動作もないままドロップキックをカマしてるようなもんだぞそれぇっ!!
「超能力? ふむ……」
 バロン氏はそう言って腕を組みつつ考え込む。いやいや、真面目に付き合わなくて結構ですから。そもそもソースはネットのアホな連中の無責任な口コミですから。俺は慌てて事の次第をバロン氏に説明した。
「ほほう…… それはもしかしたらこれのことですかな?」
 するとバロン氏はそう言って、胸のポケットからベージュのハンカチを取り出し、さっきの天秤式のサイフォンにかけると、その上に手をかざした。
 はぁ?
 俺は目が点になりながらもそれを眺めていると、不意にバロン氏がかざした手をすぅっと上に挙げた。その瞬間、点になった俺の目は『これでもか!』ってな具合に見開かれた。
 なんとハンカチの掛かったサイフォンは空中に浮いていた……
「わぁぁぁ! すっご〜いっ!!」
 隣の真理は大興奮で立ち上がり拍手をしだした。俺は目の前で起こっていることがどうにも信じられず思考がフリーズしていた。
「それとも…… こんな事ですかな?」
 バロン氏は再びそう言って、今度はその掛かったハンカチをサッと持ち上げる。するとフラスコの中に溢れんばかりのチューリップが出現する。真理は大喜びでキャッキャとサルのようにはしゃいでいる。
 空中に浮いていたチューリップサイフォンがゆっくりと真理の目の前に着地すると、バロン氏は手にしていたハンカチをクルクル回し始めた。
「はたまた…… こんな事かもしれませんね?」
 そう言ってハンカチを今度は縦に振ると、そのハンカチは見る見る捻られ棒のようになった。そしてその瞬間、バロン氏はそれを正面のダーツボードに向かって投げた。棒状になったハンカチはまるで矢のように飛んでいき、ダーツボードのど真ん中に突き刺さり、刺さった瞬間に元のハンカチに戻ってハラリとダーツボードに垂れ下がったのだった。
 真理はぴょんぴょん跳びはねながら拍手喝采。奥にいた2人の客も笑いながら拍手をしている。その様子から、その2人の客はこれが初見ではないらしい事が伺える。
 俺も少々度肝を抜かされたが、脳内にわずかに残る記憶が浮かびあがっていた。
 確かこれ、どこかで見たことがある気がするんだが……
 バロン…… あれ? バロン?
「ああっ!?」
 思わず大きな声が出た。唐突に記憶が繋がった。思い出した、アレは小学校の時のテレビだ。バロン…… そうだ、バロンだよ。
「魔術師…… ブラックバロン……」
 俺がそう呟きながらバロン氏を見ると、彼は苦笑しながら肩をすくめていた。
「懐かしい呼び名ですね。私を知る方がまだ日本に居るとは思いませんでした」
 バロン氏はそう言って銀髪の頭を掻いていた。
「ブラックバロン? 先輩、何ですかそれ?」
 はしゃいでいた真理だったが、俺の言葉に反応して不思議そうにそう聞いてきた。どうやら真理は知らないようだ。ブラックバロンの名前を。
「かつて、手品師界でその人ありと言われたイギリスの天才マジシャンだ。魔術師バロンの操る奇術は誰も真似の出来ず、一時期『エスパー』とまで言われた事もある。トレードマークでもある黒いタキシード姿から、いつしかブラックバロンと呼ばれるようになった伝説の手品師だよ」
 俺がまだ小学生の頃に手品ブームが起こったことがある。世界中で手品師達が脚光を浴びた黄金時代があったのだ。日本もそのブームの影響で沢山の日本人マジシャンが世に出た時期があった。手品のTV番組もあり、有名なマジシャンはTV、雑誌と引っ張りだこで、手品のネタを集めた専門書も数多く出版され、かなりの売れ行きを記録した。
 マジックグッズも大人から子供まで人気があり、若いサラリーマンは忘年会の必須芸として技を磨いたり、憶えたマジックを女性を口説く為のテクニックとして使ったりしていたし、子供達は教室などでクラスメートに披露して人気を取ったりしていた。
 そんなマジックブームの全盛期に彗星のごとく現れたのが希代の天才手品師ブラックバロンだった。彼のマジックは単に『手品』と言うにはあまりにも斬新で独創的であり、そして何より現実離れしていたのだ。様々なマジックの技を持っていたのだが、中でも物を空中に浮かす『物体浮遊』を駆使したマジックを得意としていた。
 それともう一つ、彼のマジックの中で、彼以外のマジシャン達がこぞって羨望と妬みの眼差しを送ったマジックが、今最後に披露した、何の変哲もないスカーフを針に変える『スカーフニードル』という物だ。このマジックはバロン以外では実現不可能と言われている。
 数々のマジシャン達が彼の元を訪れ弟子入りを申し出たが、バロンはその全てを断り続け10年前に引退した。彼の引退と共に神技と言われた『スカーフニードル』も姿を消した。
 バロンの引退は手品師界にとって大いなる損失と言われ、彼の引退を惜しむ声も多かったが、同時に彼のマジックを後世に伝える事をしないバロンに非難も多かったと聞く。
「引退後その消息はまさに魔術と言える程完璧に消失し、死亡説まで流れていたのだが、まさかこんなところで喫茶店のマスターをしてるなんて……」
 俺は真理にそう説明しながら改めてカウンターの向こうで照れながら銀髪を掻くバロン氏を見つめていた。
 俺今ちょっと感動してる。当時俺も彼の神がかったマジックに魅了された一人だったのだ。
「いやはや、よくご存じでいらっしゃる。少し照れてしまいますな。そちらのお嬢様があまりにキュートにお聞きなさるのでつい…… 日本語で言うなら『昔取った杵柄』と言うのでしょうか」
 そんなバロン氏の謙遜を聞きつつ、俺は心の中で首を振っていた。その技は少しも衰えてはいないと思ったからだ。まさかこんな場所で伝説の神技を生で拝めるとは思っても見なかった。
 そんな感動している俺の横で、真理のすけさんは、またまた全く空気を読まない爆弾発言をぶちかます。
「でも手品なんだぁ…… 私は超能力が良いんだけどなぁ」
 もうホントカンベンしてください真理のすけさん。あなたと一緒にいると僕は魂が抜けてしまいそうになります。頼むから一考してから言語出力してくれぇぇぇ!!
「お、おお、おまえなんちゅー事を……っ!」
 俺が言葉が出ずにいると、なんと逆にバロンさんが頭を下げた。
「すみません。私は単なる手品師なのですよ。真理さんの仰るような『超能力』ではないんです。ご期待に添えなくて申し訳なく思います」
 お、おおお…… じゃ、じゃすともーめんとぷりーず!
「いやもう頭なんて下げないでください。この娘はホント超能力になると見境無くなってしまうんです。こちらこそ無礼千万ですみません」
 俺の方はと言うともう恐縮しまくって何度も頭を下げまくり。当の真理のすけさんは、めっさ残念そうに紅茶を啜っておられます…… てか何で俺だけ謝ってんだよっ!!
「ここでは、どこからか私の噂を聞きつけて、時々アマチュアのマジシャン達がやってきてはマジックを披露していったりするんで、それをご覧になった方が『超能力』と思い書き込んだのかもしれませんね」
 そう言うバロン氏に真理は「なぁんだ、そっかぁ〜」と呟いた。
「でもこの『オレンジペコちゃんミルキー仕上げ』がとっても美味しかったんで許しちゃいま〜す♪」
 とおもいっくそ上から目線のセリフをのたまう真理。おーい誰か、ツッコミスリッパかハリセンもってこーいっ!!
「そうですか、これはありがたき幸せでございますElegant senhorita(麗しきお嬢様)」
 バロン氏はそう言って真理に微笑んだ。う〜ん、どんだけじぇんとるめんなんだあんた。流石本場英国産ナイスミドル。
 そんなバロン氏の広い心に救われ、俺達…… いや救われたと感じたのは俺だけかもしれないが、とにかく俺と真理はその後も残りの美味しいコーヒーと紅茶を堪能した。
 その間にバロン氏は超能力とマジックの違いについての自分なりの意見などを俺達に話したり、真理もまた超能力への熱い思いなんかも話していた。どうやらバロン氏も結構そっち系な話しが好きなようだ。ちょっと意外だったな。
 そんな話しに更にはソーニャも加わり、基本アンチな俺はそんな3人の話をちょっと離れたスタンスで聞いていたのだった。あ〜、コーヒーがうまい。
「さて、もうそろそろ行こうか、真理」
 俺は頃合いを見計らって、いつの間にか超能力アニメの評論を始めている真理にそう声を掛けた。どうでも良いけど、そんな白髪のイギリス人紳士相手に『とある科学の〜』とか力説してどうするんだよ、お前は……
「ごちそうさまでした、とても美味しかったですよ」
 俺はバロン氏に心の底からお礼を言った。真理のいい加減なソースでやってきた勘違いだらけのお店だったが、今回のお店はなかなか良かったな。良い店を見付けた感がある。ロシア美少女ソーニャとも仲良く慣れたしな。
「うんうんう〜ん♪ 『ペコちゃんミルキー』もとっても美味しかったですぅ〜♪」
 と真理のすけ様もご満悦なご様子。しかしもはや完全に物が違ってる。ここだけ聞いて真理の言っている物が『紅茶』と判断できる人がいたら、俺はその人にこそ是非真のエスパーの称号を与えたい。
 そうして俺が席を立った瞬間

(頭上注意じゃ……)

 ふとそんな声が聞こえ、俺は「えっ?」と振り返った。
 が、そこには来たときと何も変わらぬ店内の風景しか無かった。奥のテーブルにいた2人の客は、未だに同じテーブルで読書とPCをやってる。他に客も入ってきてはいない。 もう一度店内をぐるりと見回すが、古い内装の店内には、その声の主らしき人物はどこにも見あたらなかった。
 あれ? 今確かに直ぐ後ろで声を掛けられたよな?
 自分の周りにはバロン氏にソーニャ、そして真理。あとはカウンター席の奥にあるロッキングチェアーに座るジャンボフランス人形ぐらいだ。
「どうしたんですか? 先輩」
 首を傾げる俺を不思議そうな顔で覗き込み真理がそう聞いてきた。どうやら空耳みたいだ。う〜ん、寝起きの真理の怪念波のせいで精神汚染でもされたかな?
「いや、何でもない」
 俺は真理にそう答え、再びバロン氏に向き直った。会計は先ほど済ませたしこれにて帰還だ。
「また寄らせて頂きます」
「ええ、お待ちしておりますよ」
 俺の言葉にバロン氏は『本場英国紳士の微笑』でそう答えた。う〜ん、じぇんとるめ〜んだ。ソーニャもキュートな笑顔で「メールしますね〜」と言っていた。先ほど俺と真理はソーニャとアドレスを交換したのだ。ロシア美少女と友達にもなり、メアドも難なくゲットだ。今回の『真理のすけトンデモツアー』は本人の趣旨には沿わなかったが、俺的には大成功と言って良いだろう。いつもこうであって欲しいものだと心の底から願って止まない。
 店を出たところで、真理はなにやらポケットをごそごそまさぐっている。するとクルクル巻きにされたイヤホンと小さな端末が出てきた。なんぞそれ?
「へへへ〜 じゃ〜ん、ボイスレコーダーの『ぼい子っとちゃん』で〜す」
 ネーミングセンスゼロどころか反転してる。恐らく『ボイコット』とかけたのだろうが当然意味など無い。ただロゴが良いから付けただけである事が明白な名前のそれは小型のボイスレコーダーだった。
「超能力の生の音を『さいしゅ』するために携帯しておいたのです。私の『超能力七つ道具』最後の刺客!」
 七つ道具であるにもかかわらず、今初めて聞いていきなり最後ってどういう事なんだ? その『刺客』の意味もわからんし、そもそも『超能力の音』って時点で意味不明だ。それにわざわざ超能力のアイテムって限定する必要すらないごくごく普通のボイスレコーダーである。謎が謎を呼ぶ真理のまか不思議な思考経路だ。
 そういや確か先週のピザ屋の時は方位磁石が『超能力3種の神器』だったはずである。因みにその時聞いたら他の2個は乾電池と電球なのだそうだ。その神器とやらの使用用途は目下鋭意解析中だが、恐らく解析不能だろう。
「さっきの店の音なんか録音してどうするつもりなんだよ」
「音を録音して些細な変化も見逃さないようにするんです。これ基本ですよぉ」
 真理の猫目が事件を追う探偵のそれのように怪しく光った…… ような気がした。
 ああそうなの、基本なのね。全然わからないけど……
 まあとりあえず好きにさせておこう。真理の考えを読み解くのは特殊相対性理論をひっくりがえすより難しい。そう結論付けて俺は表通りに向かって歩き出した。
 しばらくして、ふと気が付くと真理が付いてこないことに気付き振り向いた。真理は後ろでレコーダーに繋いだイヤホンを耳に挟んで録音した音を聞きながら歩いているのだが、何度も立ち止まって「あれぇ?」と首を捻っている。
「どうしたんだよ真理、置いていくぞ?」
「あ、待ってくださいよぉ〜」
 真理はそう言いながらててっと駆け寄ってきた。
「何だよ?」
 俺がそう聞くと真理は眉を寄せて唸っていた。
「なんか変なんですよ。壊れちゃったのかなぁ……」
 そう言いながら真理はカチャカチャとストップボタンと再生ボタンを連打している。
「上手く録れて無いのか?」
「う〜ん…… 声がね? 録れてないんですよぉ……」
 俺は「どれ、貸してみろ」と真理から本体を受け取り、イヤホンを耳に挟んで再生ボタンを押した。直ぐに声が聞こえてくる。

〈――――または考案者のルイス・ガベットの名前を取り『ガベット式サイフォン』とも呼ばれています。19世紀のサイフォン初期の道具ですよ〉
〈なるほど……〉

 さっきのバロン氏と俺の会話だ。何だよ、結構良く録れてるじゃないか……
 ポケットの中に入れておいたのにもかかわらず、ノイズもないし音質もそこそこクリアーだ。真理の奴、結構良いレコーダー持ってるな。俺はそんな事を考えつつスキップボタンを押して先を聞いてみることにした。

〈そっかぁ、これってデートみたいですよね、先輩〉
〈全然違うだろ、そこは否定しておけ。俺は強制連行に近いのだからな〉
 ――――
〈てへへ、何だかちょっと照れ真理ですぅ〉
〈だから照れてどうする!〉
〈コイツとは高校時代同じ部活だったもので、未だに俺を先輩と呼ぶんですよ〉
 ――――
〈うんうんう〜ん! お友達だ〜い歓迎♪ 私は鶏志真理ですぅ。宜しくね、ソーニャンさん〉

 ……あれ?
 俺は再びスキップボタンを押す。
   
〈まったく…… 俺は三髪敬太郎と言います。ソーニャさん、ロシアの方ですか?〉
 ――――
〈でもソーニャンさん、日本語うまいねぇ〉
 ――――
〈良かったねソーニャ、欲しがってた日本の友達が出来て。はい、お待ちどうさまです〉

 ……なんだこれ?
 俺はもう一回同じ箇所を再生してみたが結果は同じだった。
「ね、先輩、変でしょう? ソーニャンちゃんの声が全く録れて無いんですぅ。バロンさんや私たちの声はちゃんと録れてるのに、ソーニャンちゃんの声だけが入ってないんですよね〜」
 そうなのだ。何度聞いても他の音はきちんと録音されてるのに、ソーニャの声だけは全く拾えていないのだ。
「壊れたのかなぁ……」
 特定の声だけ拾わないなんつー不具合があるのかははなはだ疑問ではあるが、まあ、こういったデジモノには良くあることだ。先ほどは結構高性能品かとも思ったが、どうやらペケ物だったらしい。らしいと言えば実に真理らしいアイテムである。
「こう考えたらどうだ? これは何か超常現象に関係があるかもしれない…… とか。『こじつけトンデモ妄想』は十八番だろう?」
「酷いですよ先輩、私は妄想なんてしたこと無いですよ」
 と俺の言葉に口を尖らせて文句を言う。そうだった、真理自身『妄想』などとは思っていないのだ。なので付き合わされるコッチがとても大変なのだ。しかし『こじつけ』や『トンデモ』の部分はあえて否定しないのが真理の凄いところである。
 真理は「う〜ん、そう言うことにしておこうかなぁ」と呟きながらボイスレコーダーを仕舞い、俺の隣に並んで歩き出した。
 すると不意に「あっ!」と叫び走り出したかと思うと、丁度工事現場の仮設塀の脇にある電柱の前まで行き、立ち止まって電柱に貼られた何かの宣伝チラシを眺めている。
「先輩先輩、これ、うちのサークルの企画なんですよ〜♪ こんなトコにも貼ってある〜」
 と言いながら振り向き、俺に向かって手招きした。どうせまた夜に集まってUFO呼ぼうとかいう企画なんだろう。俺はウンザリしながら天を仰いでため息をついた。
 するとその時、俺の視界に何かが入った。「何だ?」と思いつつそれを見上げると、それは右手にある工事現場の鉄骨材だった。クレーンで吊られたそれがゆっくりと旋回している。丁度端が真理の居る上空に少し掛かるぐらいだ。工事敷地の外にまで及ぶ長い鉄骨に、俺は「危ないぁ」とか思っていたら、不意にそれを吊っていたワイヤーの片一方が緩み、すっと下がった。
 俺が「あっ!?」と思った瞬間、もう片方のワイヤーがピンっと張ったかと思うと、吊っていたフックがすぅっと落ちた。勿論その直下には真理が居る。
 マジかよっっ!?
「真理ぃ―――っっ!!」
 俺は思いっきりそう叫んだ。真理は「ん?」と言った顔で俺を見る。
 ダメだ、間に合わないっ!!
 そう思った途端に、こめかみがぐぅっと何かに押さえつけられるかのような圧力を味わった。そして次の瞬間、バランスを崩した鉄骨材は、制御を失ったフックに吊られた状態のままぴょんと跳ね、派手な音をまき散らしながら建設中の建物の土手っ腹に突き刺さった。
 その音で真理や、周りにいた通行人も工事現場を見て声を上げた。俺は何故か目眩のような感覚を味わいながらも、もつれそうになる足に鞭を入れ真理に駆け寄った。
 周囲や当の工事現場では絶叫のような怒号が沸いていたが、俺の耳にはうまく入って来なかった。
 ただ、何故かあの店で聞いた空耳だけが鼓膜の奥底で何度も繰り返される。

(頭上注意じゃ……)

 やべえ、何だろう吐き気がする。なんかもの凄く気分が悪い。得体の知れない何かが体の中を這い回ってるような感覚だ。
 俺はそんな気分のまま、駆け寄った真理に声を掛けた。
「だ、だ、大丈夫か?」
 俺のそんな息も絶え絶えの言葉に真理は「うん、大丈夫ですよ〜 ちょっとビックリしたけど」と返してきた。そんな場違いに脳天気な真理のコメントを聞き、俺は少しだけ気分が良くなり、深いため息を吐いた。
 はあぁぁぁぁ…… 一瞬マジでダメかと思った……
 俺は心底ほっとしてその場にしゃがみ込みたくなったが、辛うじて腰と足が本来の仕事をしてくれた。すると、そんな俺の顔を覗き込んだ真理が、これまた不思議そうな顔をして聞いてきた。
「私より先輩の方こそ大丈夫ですか? 顔色も悪いですし、なんか今にも倒れちゃいそうですよぉ?」
「まあな…… 今のは、かなりビビッた…… からな……」
 心配そうな顔で俺を見る真理にそう答えたが、やはりまだ気分が悪い。
(頭上注意じゃ……)
 あの言葉が暗示したのはこのことだったのか? イヤイヤ冗談は吉野家だ。つーかそもそもあれは俺の空耳だ。だいたい『〜じゃ』とか妙な言い回しをする人間などあの場には居なかったはずである。
 それにしても、だいぶ引いてきたが、さっき感じたこめかみの圧迫感。あれはいったい何だったのだろう? なんかメチャクチャ重たいヘルメットを無理矢理被らされているような感覚だった。
 道行く足を止めて口々に何かを叫びながら携帯をかざす通行人にならい、俺達もまた、建設中のビルに突き刺さったくそ長い鉄骨を見上げた。
 あんな物が直撃していたら…… と想像すると背筋が寒くなる。真理は今頃ミンチになっていただろう。何かの拍子に落下の軌道が逸れたようだが、本当に運が良かったと思う。真理の強運には恐れ入ると言わざる終えないな。
 俺はそんなことをしみじみと考えながらその事故現場を眺めていた。

 だが数日の後に、この事件が『強運』などではなかった事を俺は驚愕の思いで知ることになる。そしてこの日が、俺と『彼ら』にとってとても特別な意味を持つことを、この時の俺は知る術を持たなかったのだ。

☆ ☆ ☆ ☆

 次の日は夏休み中にもかかわらず俺は大学に出向いていた。基本理系は夏休みでも研究室は開いていて実習している学生は多い。学年が上がるにつれて研究室でのやることは増えていくのだ。
 俺の場合研究室での実習はそれほど身を入れてやっているわけではないが、今日は必修単位の特別講義がある為研究室に顔を出していた。
 昨日の工事現場の事故は朝のニュースで報道されていたが、幸い怪我人は出なかったようだ。原因は吊り下げワイヤーの腐食劣化だったようで、工事の担当者の点検ミスというヒューマンエラーだったらしい。しかし鉄骨部材落下の際、何故それが軌道を変え建設中の建物に突き刺さったのかは原因がハッキリしないとのことだった。事故を目撃した通行人の証言では「急に跳ね上がった」と言うコメントが多かったようだ。かく言う俺もその場で見ていたのだが、あの妙な目眩のせいでいまいちその瞬間を思い出せなかった。
 しかしまあ結構派手な事故だったが、真理も無事だし怪我人も出なかったのだから、俺的にはホッとしてTVを見れるわけだ。
 午前中の講義を受け、俺は昼飯を食いに近くの中華屋に行こうと校門に向かって歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「三髪、お前も昼か?」
 振り向くと同じ学部の同級生、佐枝島真澄【サエジママスミ】が立っていた。
 膝丈の黒地のストライプパンツと、シャープな印象のグレーのタイ付きニットシャツが、その口調もさることながら、全体的にボーイッシュな感じがするこの女にはよく似合っている気がする。首筋までのショートカットもその魅力を手伝っているのは確かだろう。
「ああ、学食がやってないからな。外で中華でも食おうかと思ってな」
 俺がそう答えると真澄は「なら私も行く」と俺の隣に来た。
「お前も特別講義か何かか?」
 俺は歩きながら真澄にそう聞いた。真澄は同じ学部だが俺とは違い電気電子工学の専攻だった。前に聞いた話では個体物性工学とかいう研究室だったはずだ。何でも新素材の創造やらその特性を多角面から調べたりする分野だそうだ。俺とは少し毛並みの違うテリトリーだな。
「いや、教授の手伝いで出てるだけだ。自分の研究の足しにもなるからな」
 相変わらずの男口調で真澄はそう答えた。どうやら自主的に出て来ているらしい。このくそ暑いのにご苦労なことである。まあ俺の場合、部屋にいても暑いだけなので大学にいる方が涼しいと言う哀しい事実もあるが。
「大体理系に夏休みなど無い。真面目にやってれば尚更だろ」
 うん、真面目な真澄らしい意見だ。だが俺には特に志などもないし、何かを研究したいと言う欲求もない。物理学を専攻したのは単に超能力を否定したいと言うだけで勉強して入っただけだ。
「俺はお前と違って不真面目だからな。必修の特別講義じゃなきゃ来てなどいないさ」
「ふん、相変わらずだな。頭は良いのに使い方を知らぬ」
「よ け い な お 世 話 で す」
 真澄はこう言うが、実は真澄の方が俺などより格段に頭が良い。正直コイツの脳は俺とは別物だろうと思っている。
 専攻も違うし真面目さも違う。オマケにおつむも別物と、俺との接点が薄い彼女だが、では何故俺が真澄と親しいのかというと、実は真澄には妙な趣味がある。真澄はこう見えて、隠れアニメヲタクなのだ。
 真澄のそんな隠れた趣味を知ったのは彼女と初めてあったときで、完全に偶然だった。たまたま真理のつき合いで池袋にあるヲタ横町、通称乙女ロードの発祥地であるアニメイト池袋店に行ったとき、店で真理の欲しがっていたアニメの資料本を探しており、ようやく1冊見付けて手に取った際に同じ本を手に取ったのが真澄だったのだ。
 だが真澄は遠慮して直ぐに手を引っ込めた。俺が「良いんですか?」と聞くと、真澄は無言で頷くのだが、全身から「私の〜」と言う粘着系オーラを発散し、しかも目が少し潤んでいた。一見クールな外見をしているだけに、アニメ好きというのが恥ずかしかったようだ。でもやっぱり欲しいらしく、俺が手に持ったその本を動かすと同時に真澄の目もそれに吊られて動くというまさに猫じゃらし状態だった。
 その後にやってきた真理に事情を説明すると真理は「いいですよぉ〜」と快くその本を真澄に譲り、そのまま友達になったと言うわけだ。で、その後色々話を聞くうちに、なんと俺と同じ大学と言うことがわかって今に至っている。
「それにお前だって人のこと言えんだろう。それだけの頭脳を持っていながら、半分はアニメの知識で食われているのだから」
 俺がそう言うと真澄は真っ赤な顔をして反論してきた。
「ばば、ば、馬鹿、声がでかい! つーか人の趣味にケチ付けないでくれ!」
 周囲に聞かれなかったかを必死に心配し、全周囲警戒する真澄。日頃大学内では男口調でクールな彼女だけに、この辺のギャップは見ていて非常に気持ちがいい。俺の密かなストレス解消法だ。
「しかし意外だよな。現実主義のお前がアニヲタつーのが。アニメは9割方フィクションだろうに……」
 俺がそうぼやくと、真澄は顔を赤くし、相変わらずの男口調で反論してくる。
「べべ、べ、別に良いだろ。そ、それに、だから良いんじゃないか。変に実写でそれっぽく見せるよりよっぽど潔いし」
 まあ潔いかどうかは別にして、アニメーションだからOKという点は頷けるかもしれない。現実味のない物であったとしても、『アニメだから』で楽しめてしまう。日頃現実主義者である真澄にとってはまさしく『だから良い』と言える物なのかもしれないな。
「確かに世に溢れる萌えキャラも、三次元化したら結構恐いかもしれんしな」
「うむ。二次元であるから萌えると言える。最近アレだな、特に男の娘キャラなどがそうだ。リアルでコスしてる男の娘は萌えどころか『萎え』以外の何者でもない。アレははっきり言って害悪だ」
 そう言って拳を握りしめる真澄。どうやら何かのイベントで相当残念なコス屋を見たようだ。殺気すら纏っている。
「真澄が男の娘萌えだったとはな……」
「『魔っくらナイト』のヒカル君はMAX萌える。アレは確実に神キャラキタコレむしろ嫁にした…… って何言わすか貴様っ!!」
 いやいやいや、俺は言わしてないから、完全に自爆ってるから。むしろ釣られノリツッコミ→カミングアウト→自爆なんてコンボ、リアルでは初めて見たぞ。
 あとな、普通に考えて嫁になるのはあなたの方かと思われますが……
 そんなお互い所属学部とは少し違うベクトルに向いたディープな話をしながら、俺達は門を抜けて中華屋に向かった。

「ふ〜ん、なかなか面白そうな喫茶店だな」
 真澄はそう言いながら頼んだ冷やし中華にマヨネーズをかけていた。が、その量たるやハンパねぇ…… 大量にかかったマヨネーズで麺に載った具が殆ど見えない。その生粋のマヨラーぶりに目が点になる。
 つーか確実に冷やし中華がどっかいっちゃうだろそれ……
「あ、ああ……」
 唖然とする俺の前で、真澄はその冷やし中華ならぬ『冷やしマヨ麺』を旨そうに啜った。それを眺めていると自分が頼んだつけ麺を食う気が失せていく。素材の特性とか研究する前に自分の味覚を調べた方が良いかと思うんだがな。
「ようはアレだろ? 昔にあったっていうマジック喫茶みたいな」
 真澄の言うマジック喫茶とは、例のマジックブームの折りに一時だけ流行った喫茶店のことで、バリスタやウェイトレスが手品を披露し、また客も参加して手品をしたりするいわゆる企画喫茶だった。うん、まあカーブスプーンもそんな感じかもしれないな。
「確かにそんな感じかな。でもまあそれを前面に押し出してるわけでは無いがな。ただ良くそう言ったマジックを客に見せたりしてるのは確かだ。マスターの話ではアマチュアマジシャンなんかも良く来ると言ってたし」
 俺の話を聞きながら、真澄はさらにマヨネーズを投入する。
 まだかけるのカヨ……
 真澄の前に置かれたマヨネーズのチューブパックがほぼ空になる。これさぁ、普通に追加料金とか請求されるんじゃねえか?
「真理師の良くクグる板に『エスパーが集まる』とあったのはそう言った物を見た客が勘違いして書いたってのも頷ける。最近そういった『手品』もTVでしか見なくなったから逆に新鮮だったのかもしれない」
 真澄はそう言って中華麺を混ぜ、麺をマヨネーズでコーティングしていく。今ではもう具に何が載っていたを判別するのは不可能だった。
 あと、真澄は真理のことを『師』と呼び慕っている。歳は真理がひとつ下なのだが、真理は超能力と同じくらいアニメヲタクでもあり、その知識も桁外れなのだ。
 もっとも真澄の場合は脳のキャパ半分は専攻する個体物性工学の知識であるが、真理の場合は、ほぼ全部がそっち系で占められている為致し方ない。初めて会ったときに本を譲って貰ったと言うこともあるが、真理のアニメ知識を目の当たりにした真澄は真理を『師』と仰ぐようになったのだった。
 俺もアニメは好きだが、真澄程マニアックではない。記憶力、応用力と他の人間とは桁が違う頭脳を持っていながら、ある意味小学生と大差のない真理を師と仰ぐ真澄が理解できん。世の中にはそう言った希有な価値観を持った人間が結構居る。ヲタの世界は相当奥が深いとつくづく思うのだ。
 まあそんなことを話題にしながらつけ麺を啜っていた俺だったが、不意にあることを思いつき真澄に聞いてみた。
「あ、そうだ、お前にひとつ聞きたいのだが、布を針のように変える事は可能だと思うか?」
 俺の問いに麺を啜っていた真澄が「はぁ?」と言った目で俺を見る。
「スカーフをな? こう捻って細い一本の串みたいにして木にブッさすみたいな」
 真澄は箸を止めて少し考えていた。そして何かを思いだした様に俺に答えた。
「ああ、『美少女セーラーフォース』の道明寺茜の必殺技な。胸元のスカーフをすっと抜いて相手に斬りつけるんだろ? でもお前、アレは針じゃなくてどう見ても剣だと思うのだが……」
 違うわボケ。アニメの話などしとらんわっ!
「リアルでだ。繊維を鉄のような硬度に変えるようなコーティングだったり、はたまた形状記憶繊維とか何かあるんじゃないのか? と聞いてる」
「無い。つーか馬鹿なことを聞くな」
 俺の質問に真澄はそうきっぱり答え、「ふうっ」とため息を吐きつつ手元のコップにテーブルにあった氷水を注ぎながら「何故そんなことを聞く?」と逆に俺に聞いてきた。
「俺が昨日見たバロン氏のマジックは3つ。他の2つはある程度仕掛けの想像が出来る。だが最後にみた『スカーフニードル』だけは考えてもわからなかったんだ。それでお前に聞いてみたんだよ」
「本人だって手品と言ったんだろ? ならタネがあるはずだ。もっとも、それが素人に直ぐ分かってしまうようでは天才とは呼ばれんだろう。違うか?」
 そうだ。真澄の言うとおりバロン氏は手品師だ。手品師の手品は必ずタネや仕掛けがある。だがあの『スカーフニードル』だけは何かちょっと違う様な……
 何が? と問われると困る部分ではある。
「まあ…… そうなんだがな」
 ただ何となく昨日の「頭上注意」と呼びかけた声が妙に頭に残っており、それがきっかけでなんか色々不思議を探してしまっている。長いこと真理の電波に当てられてきた影響が出てきているのかもしれないな。
「真理のヤツに色々変な所に連れて行かれて、俺も妙なことを考えてしまったかもしれないな。どうもアイツと一緒にいると調子が狂うんだ。昨日も店の中録音したらウェイトレスの声だけ入ってないとか意味不明だし……」
 俺の言葉にマヨ中華の最後の一口を啜った真澄が「うずずー?(何ぞそれ)」と聞いてきた。俺は昨日の真理のボイスレコーダーの件を真澄に話した。
「面白いな…… なあ三髪、私もその喫茶店に連れてってくれよ」
 真澄は真顔で俺にそう言った。
 うん、別にかまわないが、とりあえずその口の周りのマヨネーズを処理しようか。俺がその事を伝えると真澄は顔を真っ赤にして「さ、先に言え馬鹿!」と言いつつ口の周りを紙ナフキンでゴシゴシ拭いていた。
 今気がついたが、コイツ口紅付けていたんだな…… まあコレでも女の子って事で。

 で、午後の特別講義が終わり、俺と真澄は門で待ち合わせ、例のカーブスプーンに向かった。
「オイ三髪…… 本当にここなのか?」
 店の前に着くなり真澄は開口一番そう言い、疑わしい目を俺に向けた。ま、この外観なら無理もないわな。
「ああ、ホレ、看板に書いてあるだろ?」
 俺はそう言って2階に掲げてある店の看板を顎で指した。真澄はそれを見上げ、それからもう一度外観全体を見回した。
「う〜む、なんか『魔っくらナイト』の12話に出てきたどっきりハウスみたいだ…… そうは思わんか?」
 知らんわ……
「しかし、この外観見てワクテカで単機突入考えるとかハンパない…… 流石は真理師、マジ極だ」
 いや、俺的にはそこに感心するお前がマジ極だと思うがな。つーか真理は基本その辺の意識は欠落してるから。アレと比べること自体ナンセンスだぞ。
「つーかなに? 真澄ってバケとか恐い系なのか?」
 結構軽い口調で聞いたんだが、これがド真ん中だったらしい。
「ばばばば、ば、馬鹿言うな! こ、こここ、こ恐い訳あるか! ちち、ちょっとビビってドキドキするだけだ!」
 世間ではそれを恐いと言うのではなかろうか……
「まあどっちでもいいや。とにかく入るぞ」
 と俺は階段を登っていった。真澄は「お、おう」と威勢のいい声で答えるが俺のTシャツの裾をむんずと握っていた。俺は「わっ!!」とか脅かしたい衝動を抑えるのに苦労した。うむ、これはかなり『おもしろー』な事を発見した気がする。ネタに頂いておこう。
「いらっしゃいませ〜! あ、ケイタローさん」
 店に入るなりソーニャが天使の微笑みで俺達を迎えてくれた。俺は「また来ちゃいました」と言いつつ頭をぽりぽり掻いた。典型的なさえない君のリアクションである。くそっ、こういう場合の引き出しが極端に少ない自分を呪う……
 一方真澄は店に入るなりパっと俺のシャツから手を放し、何事もなかったように店内を見回していた。「ふ〜ん、割と良い感じだな」とかスカしたコメントを吐いている。5秒前をソーニャに見せてやりたいぜ。
「コイツは俺と同じ大学の同級生で佐枝島真澄っていうんです」
 俺がそう真澄を紹介するとソーニャは「初めまして、ソーニャ・ブルガーコフです」とキューティースマイルで自己紹介した。
「あ、あの、さ、佐枝島真澄です。よ、よろしく」
 と真澄はぎくしゃくしながらペコリと頭を下げた。そして顔を上げソーニャを見るが、ほんのり頬が染まっている。同性であってもこの威力、恐るべしロシアンビューティー。
「うふふ、こちらこそ〜 どうぞこちらへ」
 とソーニャは俺達2人をカウンター席へと案内した。お日様のような長い金髪がゆれる後ろ姿にほわ〜となる。
「さ、三次元でも萌える……」
 と真澄もほわ〜と呟いた。うむむ、微妙に鼻息も荒い気がする。なんかとっても百合テイストな展開だ。つかハアハアうるせえ……
「ウェイトレススーツ完成度高杉…… なあ三髪、今お花畑が見えたよな?」
 見えねぇよ…… 
 気持ちは分かるが萌えずぎだ。これ以上真澄に妙なアプリがインストールされないことを祈るばかりである。
 で、俺達はそんな萌えキュンのソーニャに案内されカウンター席に着いた。カウンターの向こうには昨日と全く変わらない『英国紳士の微笑み』を湛えたバリスタ兼マスターのバロン氏が待っていた。
「いらっしゃいませ、ご贔屓にして頂きありがとうございます」
 相も変わらず丁寧な挨拶だ。彼が頭を下げると同時に俺達も思わず会釈をしてしまう.
流石は魔術師だ。
「昨日のコーヒーがとても旨かったのでまた来てしまいました。今日は同じ大学の友人を連れてきたんです」
 俺はそう言ってバロン氏に真澄を紹介した。真澄は先ほどのソーニャの時とは違い、居住まいを正して「佐枝島真澄です」と言いつつ会釈をした。
「これはこれは、ようこそカーブスプーンへ。私はマスターのバロン・トライヤーです」
 相変わらず流暢な日本語でそう言い、バロン氏は真澄を見て顔をほころばせた。
「これまたお美しい。昨日お会いしたミス真理とは違う美しさですな。なんと言いますかな…… noble lady、うむ、高貴な淑女と言ったところでございましょうか」   
 女性を褒めることは紳士の嗜みと聞いたことがあるが、やはりそう言ったところも本場のジェントルマンは気の利いた言葉を使うものだと思わず感心する。一方褒められた真澄は顔を赤くしつつしどろもどろに答えている。
「い、いや、わ、私はそんな、う、美しいとか…… な、なは、なはははっ……」
 グダグダだった。
 確かに真澄は整った顔をしている。しかし日頃クールのツンツンキャラで外見もボーイッシュな真澄は、あまり面と向かって容姿を褒められることが少ないのだろう。そんな慣れてない所に持ってきて本場英国紳士から容姿を褒められたものだからショートしかかってるらしい。昨日の真理とは大違いだ。
 つーか普通ならコッチが正解だろう。『ペコちゃんミルキー』で騒ぐアイツがいかに規格外かが伺える。ある意味エスパー級だな。
 それから俺と真澄はバロン氏から薦められたコロンビア・サントゥアリオというコーヒーを注文した。やはり昨日と同じく天秤型のサイフォンで煎れたコーヒーは格別の香りをもたらしてくれた。
「コロンビア・ポパヤン地区は山岳地帯が多く、日照、降水量、標高、土壌といったコーヒー栽培の好条件が揃った特産地なんです。昨日のジャマイカ産のブルーマウンテンも香りが良いですが、こちらもなかなか香り豊かでしょう? それにコクがあってマイルドな味わいがあります。至高のコロンビアマイルドと言われる味わいをお楽しみ下さい」
 バロン氏はその博識なコーヒーの知識を開陳しつつ、優雅な動作で俺達2人の前にコーヒーを置いた。なんとも言えないコーヒーの香りを湯気と共に味わいながらカップに口を付けると、至福と言っていい感覚が広がっていく。うん、やはりバロン氏のコーヒーは絶品だ。真澄も満足そうに「はぎゅふぅ〜」と妙なため息を漏らしながら啜っている。
 つーかお前もかよ…… 昨日の真理といい、貴様等どこの星から来たミュータントだ!
 今日は昨日と違い、客は俺達2人だけだったのでバロン氏も暇なようで真澄と色々話をしていた。
真澄との話しの掴みは、やはり昨日のように手品だった。今日はテーブルマジックやトランプを使ったカードマジックを次々と披露していくバロン氏に、真澄も驚きつつもそのタネを見破ろうと目を凝らしていた。それがひととおり一段落する頃にはすっかり真澄もバロン氏と打ち解けていたようだ。あの人付き合いが少々苦手な真澄を物の小一時間で打ち解けさせるその手腕は凄い。俺は感心しながら2人を眺めていた。
 バロン氏はとても聞き上手だ。昨日の真理の時もそうだが、相手が気分良く話す聞き方を心得ているようだ。初めは真澄の研究のことなどが話題だったのだが、いつの間にか昨日の真理同様アニメの話しになっている。お前等な……!
 基本真澄は『隠れ』である。なので自分からアニメの話題を振ることは勿論、俺や真理以外とアニメの話はまずしないのだが、驚いたことに今はオールカミングアウト状態だ。魔術師は話術にも魔術を使うのかもしれない。それと意外に日本のアニメが詳しいのが驚きだ。案外ヲタな人なのかもしれない。海外で日本のアニメが人気だというのはどうやら本当らしいな。
 さて……
 俺はポケットから取り出したアイテムをさりげなく装着した。まあこれは出がけにたまたま研究室で見付けたのでポケットに入れてきただけだ。ほんとかる〜い気持ちで昨日の真理のレコーダーの事を思いだし、ちょっとしたイタズラ心で付けるだけだ。
 俺の隣では真澄が熱心に何かを語ってる。時折「なあお前もそうだろう」と目線で俺に振ってくるが、俺は適当に相づちを打ってスルーした。自分の好きなアニメの事になると、コイツも真理とそうかわらんなマジで。だから同意を求めるなって……
 聞こえないし聞きたくない。
 俺は呆れるようにため息をついてゆっくりと店内を見回した。昨日と変わらない古い内装の店内だ。俺達以外に客はおらず、ガランとした感じだ。そう言えば昨日もお客は俺等意外に2人しか居なかった。日頃からこんな感じなのだろうか。
 もっともここは表通りから路地を入り込んだ場所にある。ましてや建物は古く、その外観は真澄じゃないが、なかなかダークで初めての客はちょっと入るのに勇気がいる。俺的には隠れ家っぽくて良いが、この状態で商売が成り立ってるのか少し心配になってくる。とても美味しいコーヒーなので少々もったいないと思うのだ。
 そんなことを考えていた時……

(ふむ、面白いことをする小僧じゃな)

 またあの声がした。
 俺はギクリとして周囲を見回すがやはり誰も居ない。だが俺はそれよりもその声が音声ではない事を確信し驚いた。昨日も『空耳』じゃなかったって事だ。
 直接、頭の中に、響いて、きた!?
 頭の中でその事実を細切れに言葉にして確認する。
 待て待て待て――――っ、そんなアホなっ!?
 脊髄反射ですぐさま思考がそう反論するが、これは紛れもない事実であることを俺は受け入れざるを得ない。そう認識せざるを得ない理由が今の俺にはあるんだよ。
 俺の妙な反応に気がついた真澄が不思議そうな顔をこちらに向けてくる。何か言ってるようだが俺の耳には届いていなかった。なーんにも聞こえない。
 信じたく無いが、これは……!?
「どうしたんですか? ケイタローさん?」
 俺の直ぐ隣までやってきたソーニャがそう声を掛けてきた。キラキラアイビームが迸る瞳で覗き込み、少し首を傾げたその萌えスマイルがたまらん!
「いや、別に何でもないです。なはは……」
 と乾いた笑いを返すとソーニャは「大丈夫ですか? なんか顔色も悪いみたい」と心配そうに聞いてくる。俺はそんなソーニャに「そうですか? 昨日ちょっと飲み過ぎたんで」と誤魔化し―――――――――んっ!?
 その瞬間、俺は驚きのあまり体が固まってしまった。
 ちょ、ま…… ま、マジ……っ!?
 頭の中で「あり得ない!」と連呼する俺がいる。だがしかし事実として受け止めるしかないもう一人の俺が悶絶していた。
 こんな事がリアルにマジであるなんて……っ!? 今実際に体感していても信じ切れない思いだだが、これは紛れもない現実であり、事実だった。
 俺はゆっくり、そしてまじまじとソーニャに視線を這わした。
「なんです? そんな目で見つめられるとちょっと恥ずかしいです」
 そう言って頬を染めるソーニャ。その顔もまたとても「そそられる」のだが、俺はそんな彼女の唇を凝視した。
 な、なるほど、そう言うことかよ……っ! 未だに信じられないが……
「す、すみません。ちょっと、か、考え事をしてしまって……」
 俺はどもりながらも辛うじてそう言い、心の中の葛藤をソーニャに悟られまいと誤魔化した。そして真澄の肩を叩き「悪い、俺急用を思い出しちまった」と言って席を立った。
 勘定は済ませてある。とりあえず今はゆっくり考える時間が欲しかった俺はバロン氏に「今日もとても美味しかったです、また来ます」と告げて出口に向かった。
「今度はまたゆっくりいらしてくださいね」
 と言いながらニッコリ微笑むソーニャに「ええ、また……」と短く告げて店を出た。最後の彼女の言葉を実際に聞いても未だに信じられない思いだ。
 階段を下りてとりあえず深呼吸をするが、まだ落ち着かなかった。背中にはいつの間にか冷たい汗が噴き出している。俺はもう一度深呼吸してから、先ほど装着したアイテムを外しポケットに押し込んだ。
 ホント、ただ何の気無しの軽い気持ちでやってみただけだった。だがその事でこんなにも信じられない事を確認することになるとは思わなかった。俺はそんなことを考えながら2階の看板を見やった。
 Curved Spoon
 真理が聞いたらなんて言うだろうか……
 すると階段から真澄が慌ただしく下りてきた。
「オイ三髪、貴様私を置いていくなんてどういうつもりだ? 待てって声掛けたのにまるでスルーしやがって、つーか急用って何だよ?」
 通りに出るなり真澄は開口一番俺にそう文句を言った。うん、実際聞こえてなかったし、なんか話が盛り上がっていた様だったから俺だけ出てきたのだが、やっぱり怒るか普通…… 
「悪い、ちょっとパニっちまった……」
 俺がそう言うと真澄は「はぁ?」とあからさまに不快な声で言った。
「どうしたんだよ、妙な顔して考え込んで。たまたま覗いた板が残念なヲチだった時のリア厨みたいでなんかキモイぞ」
 どんな顔だそれ……
「やかましい、キモイは余計だ」
 俺はそんな真澄の言葉に文句を言い、もう一度ポケットから先ほどつっこんだアイテムを取り出し手のひらに載せた。
「……耳栓? なんでそんな物」
 真澄は俺の手のひらにあるスポンジの様な素材の耳栓を見ながら首を傾げる。
「ああ、研究室に転がってたのを持ってきた。さっきお前とバロン氏が話し始めた頃から俺はこれを付けていたんだよ」
 その後であの声を聞いたので、俺はアレが脳に直接響いていると断言できたのだ。
「だから私の呼びかけに反応しなかったのか。しかしまた何でそんなことを……」
 真澄は少し呆れたように言いながら俺を見た。
「昼間話した昨日の工事現場の一件でな、あの事故が起こる前にこの店で俺は変な声を聞いたんだ。空耳かと思ってたんだが違った。それどころか、声ですらなかったんだよ……」
 俺は乾いた声で真澄にそう言った。
「どういう意味だよ」
 真澄はますます困惑した表情で俺をじっと見る。
「実はさっきも聞こえたんだ。昨日聞いたのと同じように。いや、聞こえたってのはおかしいな。耳栓してたんだからよ。直接頭に流れ込んでくる感じだった。でもあの店には俺達以外居なかったはずだ」
 俺がそう言うと真澄はブルッっと体を震わせる。
「ちょ、おま……っ、べべべ、別に、ここ、恐くなんか、な、ないけど、きき、き、急にそそそ、そういう、こと、い、いい、言いだすのは、ど、どど、どうかと、思う、わ、わけだが」
 瞳をフルフルさせ、真っ青な顔で固まりつつ虚勢を張る真澄。こういうネタはマジでダメっぽいな。うむ、これはやはり面白い事を知ったと言わざるを得まい。クシシ……
 ま、それはこの際横に置く。
「その声は結局何だかわからなかったが、実はもう一つ、この耳栓は信じられない事実をこの俺に教えてくれたんだよ」
「ま、まま、まだあるのかよ!?」
 今度は明らかにそれとわかる反応だ。体がびくんってなった。目が小動物のそれだ。
「そんなに怖がるなよ、お化けや幽霊とかって話じゃねえから」
「こ、こ、こここ、怖いなんて、ひ、ひひ、一言も、い、言ってないだろ!」
 言ってないだけだろ……
 なにも涙目になってまで我慢すること無いだろうに。なんか痛すぎてコッチまで涙しそうだよ。
「た、ただ、踏んだ先が、ブ、ブラクラだった的な、し、心境である事は確かだ」
 わかりずらいわ! ……何となくわかるけど。
 尚もしつこく怖がりながらも「怖くなんてない!」と主張する真澄に「わかったから聞け」と一括し話を進めることにする。つーかお前に付き合ってたら話がぜんぜん先にすすまんだろうが。
「この耳栓はかなり性能がいい。その証拠に耳栓を装着してからは外部の音が一切遮断された。バロン氏や真澄の声も全く聞こえなかった。だがな? ソーニャの声だけは何の抵抗もなく聞こえた」
 俺のその言葉に、怯えまくっていた真澄の表情が一転し「えっ?」と声を漏らした。
「いや、鼓膜で拾ったのではない、ソーニャの声もまた頭の中に直接流れてきていたのだ。昨日真理のレコーダーにソーニャの声は録音されていなかったのは当然だ。ソーニャは声帯を使って喋っている訳ではなかったのだからな……」
 俺の言葉に真澄は真面目な表情で俺を凝視する。
「昨日真理がソーニャの日本語を褒めたとき、彼女はかなり動揺していたが、その意味がわかったよ。今日耳栓を装着した状態で彼女の言葉を聞きながら唇の動きを見て分かったことだが、彼女は初めから日本語など喋ってなどいない。言葉と唇の動きが完全にズレていたのがその証拠だ。声に出していないが、恐らく母国語だろう。
 なら何故俺達は彼女の言葉が日本語として認識したのか…… それは彼女の言葉が普通の『言葉』ではなく『意志念波』だからだろう。たぶん俺達の脳はソーニャの意志をダイレクトに受け取っていたのだ」
「意志…… 念波?」
 俺の言葉を真澄は確認するようになぞった。
「三髪、お前何を言ってるかわかってるのか?」
 真澄はそう言いつつ睨むような視線を俺に向かって投げつけてくる。現実主義者である真澄らしい、まっすぐな視線だった。だが俺はその真澄の質問をあえて無視することにした。
 ああ、わかってるよ真澄。俺も馬鹿馬鹿しい事を口にしているという自覚はある。現に俺も未だに信じられない思いなのだからな。
 だが、事実を受け止めるのもまた、現実主義者の本懐ではないか?
「彼女は恐らく、自分の脳波で意志疎通を図ることが出来る特殊な能力の持ち主……
 日本では確か明治時代に東京大学の福来友吉博士が実験し『精神感応能力』、若しくは『遠話』と名付けられた能力だが、英語の方が知名度が高い……」
 声が高揚している自分を物語っている。それは懐かしい高揚感だった。
「三髪、お前……」
 そんな俺を睨み続けながらそう呟いた。
「1882年にケンブリッジ大学のフレドリック・W・H・マイヤーズが命名した超感覚知覚能力、ESP能力の一種テレパシー (Telepathy)…… そしてその能力を有する人をテレパシスト(Terepashisuto)と呼ぶ」
 遠い昔に封印したはずの知識が、頭の中に沸き上がる。かつて俺が調べ続け、蓄積し続けた知識。ゴミと等価として捨て去られたはずの記憶が、再び引き出されることを喜んでいるかのような錯覚を憶える。
 5年前に裏切られ、それ以来否定し続けてきたものが実在した。実際に確認した今でさえ否定しなければと思う反面、肯定したい自分も確かに存在する。俺はそんな葛藤を籠めるように、睨む真澄に言い放つ。
「とても信じがたいことだが、つまりロシア美少女ソーニャ・ブルガーコフはテレパシー能力を持ったテレパシスト……」
 実在した、それもこんな近くに! 俺はその事を自分に言い聞かすように言葉に力を込めた。
「そうだよ真澄、彼女は『超能力者(エスパー)』だ」
 そう言った時、どうやら俺は微かに笑っていたらしい。もしかしたら俺はどこかで喜んでいたのかもしれない。俺自身の認識のカタストロフを……



 超心理学
 それは神の力の解明を試みる学問……
 超能力
 それは神から与えられた6番目の真実……
 約束の日
 それは我らが等しく目指す真のエーリシュオン(理想郷)……
 
 あれからどれほど経っただろう
 幾万もの月と太陽が空を行きすぎていった
 あの日 あの時 あなたは言った
 涙に濡れるわたしの頬を優しく撫でて
 必ず再び会おうと
 だから私は生きている
 この悠久の時を
 あなたが私だとわかるよう
 あの頃の姿のままで……


第2章 悠久のエーリシュオン

 俺はカーブスプーンを出たその足で図書館に向かった。資料を探す為だ。
 俺は5年前にそれまで自分の持っていた超能力の資料を全て手放している。それ以来超能力を否定し続けていた俺だったが、ソーニャの存在が俺をかき立てていた。俺が図書館に行くと言うと何故か真澄もついてくると言い出したので、俺と真澄は2人で図書館に向かった。
「三髪、そもそもお前の考え方は早計過ぎる。たったそれだけの事実でソーニャさんを超能力者と断定するのはどうかと思う」
「ならどう説明する? 俺や真理が彼女と『会話』をしていているのにボイスレコーダーには録音されず、かつ耳栓をしているのにもかかわらず彼女の声が聞こえたその事実を」
 俺のその言葉に真澄は「それは……」と言い淀んだ。頭脳明晰な真澄でさえその答えを用意できないでいる。超能力ではなかったとして、じゃあ何だ? という問いに明確な答えが出せないのだ。
 確かにボイスレコーダーだけならば、機械の何らかの不具合として俺も認識したであろう。だが、さっきは俺自身の耳で確かめたのだ。基本アンチである俺の耳で……
「お前の耳栓の付け方が悪かった…… と言うことも考えられはしないだろうか」
「ありえんな…… 現にお前とバロン氏の会話の内容は俺には聞こえていない。何を話していたのかを説明するのも無理だ。それに店を出るときお前は俺を呼び止めたんだろ? だが俺には聞こえなかった。その事はさっきお前自身が納得したわけだが?」
 真澄はそんな俺の言葉に苦々しく「確かにそれはそうだが……」と答えていた。
「だが、いきなり超能力者と言われても『ああそうですか』と簡単に納得できないし、納得したくない…… いいか三髪、私たちは科学の徒だ。理解できない現象を『超能力』やら『超常現象』などと言うファジィな単語で片づける訳にはいかん」
 真澄は歩きながら歩道のアスファルトを眺めつつそう言った。
「それにお前はそもそも超能力を否定する側の人間だったはずだ。そのために物理学を専攻したんじゃないのか?」
 それは真澄の言うとおりだ。俺はこの5年間、超能力を否定し続けてきたのだ。インチキや手品の応用でしかない超能力を論破してきたはずだ。
 だが、そんなインチキ超能力を見るたびに、心のどこかで『もしかしたら』と期待していた様な気もする。そしてそんな中、ソーニャが現れた。俺が昔夢想した本物の特殊な能力を使っているとしか考えられない、本物かもしれない存在が……
「お前が否定し続けた歳月を無かったことにするのか?」
 真澄の言葉に俺は思わず立ち止まった。そうだ、ソーニャの力が本物だったとしたら、いや、その可能性は状況証拠から考えてもかなり高いわけだが、その存在を認めたなら、俺のこの5年間は無かったことになるのか?
 いや、違う、違うぞ真澄。
「否定は証明と同義だ。そのためにも俺は、再び向き合わなければならない。超能力とな」
 俺はそう言って振り返る真澄を見た。真澄はそんな俺にため息混じりにこう言った。
「ふぅ…… なあ三髪、気付いているのか? お前さっきから凄く嬉しそうだぞ?」
 俺は真澄の言葉にふと気付く。
 やはり、そうだったんだな……

 それから俺達2人は山手線で原宿に行き、表参道を経由して明治通り沿いの原宿警察を左手に折れて中央図書館に行った。表参道から大回りしたせいで少し歩く事になったが、若い女性でごった返す竹下通りを突っ切る気にはなれなかったので仕方ない。
 竹下通りは原宿駅から明治通りに抜ける緩やかな下り坂の通りで、派手なファッションブティックを中心とした若い女性向けのショップが軒を連ねる商店通りだ。なので俺のようなファッションなどにとんと関心のない男にはどうにも居心地が悪く、また歩きにくい場所だった。秋葉でヲタどもの中を泳ぐのには何の抵抗も無いが、どうもああいう場所は苦手だな。
 俺は中央図書館で数冊の超能力の本を手にして開いていたPCブースを陣取り、書棚から持ってきた本を読み始めた。
 真澄も隣のブースから勝手にキャスターチェアーを持ってきて俺の隣に座り、俺の持ってきた本を手にとって読んでいた。しばらくして手にした本に一通り目を通した真澄が口を開いた。
「テレパシー能力…… 超感覚的知覚 (ESP) の一種で、特別な道具を使うことなく遠隔の者と言葉を交わさずに通信する能力のことをいう。mental telepathy (精神遠隔感応)の短縮形として用いられ、ESP によって他人の心を読んだり、識別したりすることを指す……
 なるほど、お前はソーニャさんがこれに該当すると言いたい訳か」
「ああ、そうだ。さっきは直近だが、本来は対象が遠隔の場合の意志の疎通に使われると言われている」
 俺は真澄の問いにそう答えた。
「しかし…… この『超心理学』というのか? この分野が実際に『学問』」として、こんなに大まじめに研究されているとは知らなかったな」
「学問として認められているかどうかと言う点は微妙だ。科学として認めない者、科学として認めても心理学ではないと主張する者、そもそも研究対象となるべき現象が存在しないとし、この学問は『疑似科学』に過ぎないとする者など、様々なマイナス評価を受けているからな……」
 俺はため息混じりにそう答えた。科学的に解明の難しい分野だけに、疑心暗鬼が生まれるのはやむなしと言ったところだ。
「元々超心理学は仮にも『心理学』とつくぐらいだから、人間の精神面に作用する物、すなわち俺達の言う『超能力』を科学的に研究する学問ってのが本来の姿なのだが、現在は広義で臨死体験や体外離脱、前世記憶や…… あ、そうそう、心霊現象の研究もそれに含まれるんだ」
「し、ししし、心霊現象!?」
 俺の言葉に真澄はビクッと体を震わせる。もうここまで来るとギャグじゃないかと疑いたくなる。
「ああ、そういった超自然的な物、オカルト的な要素を含んだ学問になったんだ。日本じゃサイ(PSI)科学なんていう連中もいる。だが、そう言った物を広義で含んでしまったおかげで『超心理学』がとても胡散臭い学問として知られてしまったとも言える」
「確かに…… オカルトとかサイなんて聞くとぐっと幼稚に聞こえるな。とてもまともな学問とは思えん。喩えるならリアルロボアニメにいきなり魔法が出てきたみたいな印象と言ったところか……」
 そう真顔で言うお前も、科学の徒としてはかなり胡散臭いがな……
「だが超心理学の歴史は古い。今幼稚と言ったが、歴史的にはジェームズ、フロイト、ユング、アイゼンクといった者たちも超心理学に関わることもあったんだぞ?
 そもそもこの言葉が造語されたのは1889年で、名付け親はれっきとしたドイツの心理学者マックス・デソワールだ。その後1927年にアメリカノースカロライナ州ダラムにあるデューク大学の心理学者、ウィリアム・マクドゥ教授によって広められた。研究者の間では、教授は「超心理学の父」と呼ばれている。
 こう紐解いていくと、学問の発祥は他の科学と大差ないものだ。当時は大まじめに学問として実験を繰り返したり研究が続けられていた。それが今日のように胡散臭い印象を受けるのは、その後の研究の行き詰まりと、映画やアニメのフィクションの物がその能力をオーバーに描写したせいでもあるだろうと言われている」
 そんな俺の説明に真澄は頷いていた。
「この本の中に出てくる人物達もイギリスやアメリカの有名大学で超心理学研究でまともに『博士号』を取得しているしな…… 少なくともこの人物達は巷でうそぶく『トンデモ科学』の研究者達ではなさそうだ」
 真澄は納得したように本の巻末を飾る掲載された人物達のプロフィールを眺めながらそう言った。
「研究機関も世界中にたくさんある。デューク大学内の超心理学研究室、プリンストン大学の変則工学研究所、イギリスのエディンバラ大学などは、ユダヤ人の哲学者アーサー・ケストラー氏の遺産、約70万ポンドを寄付され1983年にイギリス初の超心理学研究室を作った」
 いずれも大学側から正式に研究室として認められた研究機関だ。トンデモ科学ではなく、正当な学問であると認められている証拠だ。
「中でも最も有名なのは『EONS』だな」
「EONS?」
 俺の言葉に真澄は首を傾げた。まあ知らないのも無理はない。世界的には結構有名な組織だが日本にはあまり知名度がない。俺は手元のPCを操作してEONSのHPを立ち上げた。
 EONS(The Enstitute of Noetic Sciences)【純粋理性研究所】はアメリカカルフォルニア州ペタルマに本部を置く世界最大の超常現象研究機関である。
 創設は今から40年近く前の1973年と歴史ある研究団体で、創設者はアポロ14号計画の宇宙飛行士エドガー・レイチェルだ。人類で6番目に月を歩いた人物としてその筋では有名人だが、 過去にMITで博士号を取得しており、独自で超常現象の研究を続けていたそうだ。
 彼は1971年のアポロ14号の月への飛行中、非公式だが超能力実験を行ったことでも知られている。この様子は『フィールド 響きあう生命・意識・宇宙』の第一部で紹介されている。実験は成功し、その成果はJournal of Parapsychology(June 1971)で発表された。
「エドガーはアポロ14号から地上にいる仲間にあらかじめ用意された記号を思念波を送り、地上にいた彼の仲間はその思念波を受信、それを照合したそうだ。だが仲間に送った記号のほとんどが『ハズレ』だったらしい」
「……それって成功なのか?」
「さあな、何でもそのハズレ方が確立の法則を超越した外し方だったって話だ。その確率値は予想の3000分の1だったそうだ」
「なんだ、その…… ただ往生際が悪いだけだと思うんだが……」
 まあ確かに。E.レイチェルのアポロ実験はかなり眉唾な物だと俺も思う。超能力研究者は総じて『往生際が悪い』ものである。
「で、E.レイチェルはその実験の『成功』で本格的に超能力研究に没頭しEONSを設立した。そんな組織も今じゃ3万5千人もメンバーがいるんだ。
 しかし、このEONSは 『インチキ療法を監視する団体「Quackwatch」』の信用できないウェブサイトのリストに載ってるんだがな」
 俺のその説明に真澄はその形の良い眉を寄せて唸った。
「3万5千人…… どっかの宗教みたいだな。BBSの良いネタになりそうだ」
 うんごもっとも。実際『つーちゃんねる』じゃEONSネタでスレ立ってるし。
「だが、ソーニャはインチキじゃない。お前は断定するのは早計だと言ったが、声帯による言葉の伝達ではないことは確かなんだ。仮にテレパシーではなかったにしろ、その方法は充分未知の伝達法だろ」
 すると真澄は「まあそれはそうだ」とあっさり頷いた。
「それとな、俺はあのバロン氏も怪しいと思ってるんだ」
「おいおい、バロン氏はテレパシーとかじゃなかったんだろ? 現に彼の声は耳栓してたら聞こえなかったって言ってたじゃないか」
 俺の言葉に真澄がそう食いついた。ああそう、確かにその通りだ。だけどそれっておかしいだろ?
「真理の偶然があったにしろ、俺は出会って2日でソーニャに気付いた。ソーニャがあの店でどのくらい働いているのかはわからないが、一緒にいるバロン氏が気がつかないって事は考えにくくないか?」
 俺のそんな疑問に真澄は「なるほど、それは言えるな……」と呟き腕を組んで考え込んだ。俺はそんな真澄を見ながら、バロン氏の手品を思い出す。今日見たテーブルマジックではない。昨日真理と見たあの『スカーフニードル』だ。あのマジックだけはどうにも仕掛けを想像できない。
「昨日の真理との会話では、バロン氏は超能力にも造詣が深かった。それに博識で頭の回転も速い。そんなバロン氏がソーニャの不思議さに気がつかない訳がない。恐らくバロン氏は気付いている……」

『良かったねソーニャ、欲しがってた日本の友達が出来て……』

 あの日、真理の言葉にソーニャが言い淀んだ時にバロン氏はそう声を掛けてきた。あの時は別段おかしいとは思わなかったが、改めて考えてみると少々強引だ。まるで言い淀むソーニャから俺達の意識を逸らせる為に間髪入れずにそう言ったような気がする。今思えば、それまで俺達の会話に自分から口を挟んできたのはその1度きりだ。前後のバロン氏の態度から考えるに、ちょっと違和感が残る。
「知らない振りをしているのか、それともお互い知っていてそれを隠しているのか……」
「隠す? なんで隠す必要があるんだよ?」
 そんな真澄の言葉に俺は「さあ? ただ何となくそう思っただけだ」と軽く答えた。
 そう、どことなくその事を隠しているような印象を受けるのだ。
 そして聞いたあのソーニャとは違う声……
「カーブスプーン…… あの店には何かもっと秘密があるような気がする……」
 そんな言葉を呟く俺を真澄は黙って見ていたが、その真澄の表情は俺の言葉に同意を表していた…… ような気がした。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 翌日の朝、やはり嫌になる程不快な汗で目が醒めた俺は、起きがけにシャワールームに直行し汗を流した後ベッドの丁度正面に置かれたTVを付けた。ハジテレビのお目覚めニュースでお馴染みのタレントやアイドル並のルックスを備えたアナウンサーが笑顔で映っている。
 前々から思っていることだが、この局は女子アナの選定ベクトルが別の方向に向いているとしか思えない。まあ、むさいオッサンが仏頂面でニュースを読み上げる姿よりはこちらの方が良いと俺も思うが。
 一昨日の例の工事現場の事件はもうほとんど報じられてはおらず、事故の責任の所在を追求している等の情報が一言報道されるだけになっていた。情報社会と言われる現代社会では常に新しい情報に焦点が移っていく。一昨日の事故は目撃者である俺達にとっては結構大きなニュースだったが、2日経った今では目撃者以外に憶えてる者はいないだろう。世の中そんな物である。
 その他のニュースでは、最近渋谷区内で奇妙な遺体が相次いで発見されるというニュースが報じられていた。自動販売機に潰されて圧死していたり、外傷が無いのに、まるで車に撥ねられた後のように全身の骨がバラバラになっていたり、交通看板のポールに串刺しになってたりと、その発見時の状態が異常な遺体が区内で相次いで発見されているとのことだ。それも全員が身元不明の外国人なのだそうだ。
 先月に2人、今月に入ってもう3人の外国人の遺体が発見されているとのことだ。警察は一連の遺体に関連性がないかどうかを現在捜査中だと言うが、巷では『国際犯罪組織の抗争』なのではないか? との無責任な噂も飛び交っているとのことだった。
 全く物騒な世の中である。本当にそういった抗争なら、日本の外とか、俺の知らないところでやってて欲しいものだ。
 そんなことを考えながら、俺はシャワーを浴びた後着替えてPCの前に座り、愛機の電源を入れた。程なくしてOSが立ち上がり、俺はハードディスクのランプの点滅がゆっくりになるのを待ってからインターネットに接続した。
 昨日図書館で借りてきた数冊の本は昨夜読み尽くした。幸い今日は研究室の特別講義が無い。なので今日はネットでテレパシーについてじっくりクグってみるつもりだったのだ。
 自分でも節操がないと思わなくもない。だが現実にソーニャの様な本物…… いや限りなく本物に近いと思われるエスパー的な存在が実在したのだ。真実を追求してみたいというのは無理無いことだと思うのだ。
 俺は起動したOSの画面からインターネットエクスプローラーに飛び、テレパシーという単語で検索をした。すると170万件ほどヒットする。あまりに数が多いので次に『テレパシー実験』と打ち替えて検索すると一気に23万件にまで減った。それでも23万件である。俺は仕方なくその検索結果をスクロールで追っていった。
 ほとんどの結果はテレビやアニメなどに出てくる事象や事柄についてだったが、その中に数件、現実に大学や研究施で実際行われたテレパシー実験の紹介記事があり、俺は上から順番にそれらを潜ってみた。
 数件の記事を検索していたら、1975年にデューク大学のJ,Bライン率いる学部の学派がEONSと共同で行ったテレパシー実験の様子を載せた記事が出てきた。
 記事によると実験の大まかな内容はこうだ。ライン達研究チームは、被験者であるテレパシストと思われる女性の脳に外部から低周波を当てて局所ノイズを発生させ、その状態で別の部屋でTVを見ている会ったこともない男性の人物の思考を読みとると言うものだった。実験中に被験者はトランス状態になり、その時その被験者はこう語った。
『私は今…砂漠にいる。とてものどが渇いている。長い角をした牛の頭の骨がころがっている。池があって…小鳥がその上を飛んでいる。灰色をした馬にまたがった人がいる。2人のインディアンがいて、テント小屋が見える。西部劇に出てくるような、1860〜1870年頃の銃を彼らは持っている。白黒まだらの馬がつながれている』
 別の部屋で読みとられる側の男性が見ていたTVの映像は『西部劇』だったそうだ。ライン達はこの日8回の実験を行い、そのうち6回がその内容をズバリ言い当てたとのことだった。実に75%の正答率である。
 さらにおもしろいことに、被験者は送られてきたイメージをそのままテレビでも見ているように受けとめているのではなく、まるで自分が西部劇の主人公にでもなったかのように感じていることだ。映像を外からながめているというよりも、スライドの中に入り込んでしまったように感じてしまうところが、ふつうの感覚とはちがったところである。
 つまり被験者は送信側の人物の『頭の中の意識』を受信している事になる、とライトは記事を締めくくっていた。
 つまりこの被験者は男性が西部劇を観ながら、あたかも自分が主人公のように想像し感情移入しながら鑑賞している意識を受信しているという訳である。その男性が目で見ている風景や映像ではなく、脳内のイメージを感じ取っている辺りが、逆に信憑性が高いように思えてくる。非常に興味深い内容だった。俺はその記事が載っているサイトページをお気に入りリンクに保存し、そのまま画面をスクロールさせていくと青いフォントで『当時の実験の様子』と書かれたリンクがあり、俺はカーソルを移動してマウスをクリックした。程なくしてその時の実験の様子を映した数枚のjpegファイルが展開された。
 数枚の写真には実験に参加した人々が映っている。頭にコードがへばりついたヘッドギアを付けている女性の姿が見えるが、恐らくこの女性がテレパシストの被験者だろう。そしてその横に中年の白衣を着た男がその女性の肩にてを置きながらこっちを観て目をしかめている。たぶんこの白衣の男が実験の主催者JB.ラインだ。その後ろには若い研究員達がなにやらモニターを観ながら機械を操作している様子が見て取れた。
 そんな数枚の写真をページごと送って眺めていたが、ふと何枚めかの写真でホイールを動かす指が止まった。
 ライトと思われる男性の後ろで、椅子に座ってこちらをじっと観ている女の子の姿が映っていた。俺は画面に顔を近づけてその写真に目を凝らした。
「女の子…… だよなぁ?」
 実験に使われた部屋の奥の壁際に置かれた肘掛け事務椅子に腰掛け、遠目で実験の様子を眺める小さな女の子。年の頃は10歳前後。写真がモノクロなので色まではわからないが、身に纏うヒラヒラの付いたドレスのような服はこの場にあってあまりにも場違いな格好だ。まるで大きなフランス人形のようだった。
 その写真以降、他の写真にも数枚映っているが、ポーズが違っているから人形でないことは確かなようだが、どれも写真の端など小さくしか映ってはおらず、その女の子の表情などはよくわからない。しかし目鼻立ちは整っているようでとても可愛らしい少女だ。この実験スタッフの誰かの子供だろうか?
 だが……
 ふと俺は奇妙な既視感に襲われた。この少女の顔には何故か見覚えのような物を感じるのだ。どこかで見たような気がする。それもそんなに昔じゃなく……
 しかしこの写真は今から36年も前に撮影された物だ。もし今この少女と会ったとして現在は間違いなく40歳を越えていることは間違いない。
 もしかしたら昨日読んだ本の中の写真か何かに映っていたのかもしれないなぁ…… などと思い、俺はそんなに深く考えずに次のサイトに飛ぼうとカーソルを動かした瞬間、記憶の中にあるある事柄に気づいた。
 ―――――あっ!?
 不意に記憶にある顔がその写真に写る少女の顔に極めて似ている事を思い出す。夏だというのにゾワリとして両肩から腕にかけて鳥肌が立つのがわかる。俺はもう一度写真をクリックして拡大表示させた。デジタル写真ではなく、通常のフィルム式で撮影された物をPDFで表示されているので拡大すると像がぼやけてしまう。俺は辛うじて人相がわかる程度まで拡大してパソコンの液晶画面に目を凝らした。
「似ている……」
 画面に映し出されたその写真に写った少女を見つめながら、思わずそう声に出していた。声に出してさらにそう強く思った。その端整で淑女のような顔立ち。そして着ている服と背格好。見れば見るほどよく似ている……
 その少女の顔は、あの店『カーブスプーン』のカウンターの一番奥に座らせてあるジャンボフランス人形にとてもよく似ていたのだ。しかし何故あの人形がこの少女の顔を模してあるのかが全くわからない。本来ならさほど気にならなかったかもしれない。だがあの店にはソーニャがいる。そしてこの写真は偶然にも超能力の実験の様子を映した物だ。36年前、あの人形と同じ顔をした少女がこの場所にいたことは確かなのだ。
 36年前の超能力の実験時にその場にいた少女の顔を持った人形が、偶然超能力らしき能力を有した人物のバイト先に置いてある確率ってどのくらいのものだろうか……
 ――――あり得ない。
 考えるまでもない。確実に何か人為的な意図があってのことだ。
 伝説とも言われた希代のマジシャンがバリスタ兼マスターを勤め、テレパシー能力を有するかもしれない女の子がバイトをし、36年前の超能力実験にその場所にいた謎の少女と同じ顔を持つ人形が置いてある。そして時折脳に響いてくる主の無い声……
 ここまで不可思議なことがそろってもなお、あの店が普通だと思う奴はいないだろう。
 渋谷道玄坂の裏路地で、まるで時の流れに取り残された佇まいで朽ちかけた雑居ビルにひっそりとある喫茶店『カーブスプーン』 あの店にはやはり何か秘密がありそうだ。
 俺はそんなことを考えながらパソコンの画面を眺めつつ、実験のレポートの続きを読み進んだ。
 いろいろのサイトのリンクに飛びながら読み進むにつれて、俺はふとあることに気づいた。どうもおかしい……
 このライン達の実験は75年の最初の実験から78年の3年で2回行われたのだが、それ以降実験はやっていないようだった。これはちょっと意外…… つーか変だ。
 最後の実験が行われた78年の7月以降、33年間で1度も行われてはいないのだ。共同で実験を行ったはずのEONSのホームページでは、実験そのものすらも書かれてはいない。75年以降の2回の実験も正答率70%を越える的中率を見せているが、それなのに結果以降その検証すら載っていない。しかも78年以降、実験の責任者であるJB,ライン氏の名前はどこにも出て来ないのだ。
 異端とは言え仮にも大学の正式な研究チームが正式な設備を使った研究実験で、曲がりなりにも70%以上の的中率を見せたこの実験に対して、何の評価も検証も無いというのはどういうことなのだろう? 70%以上とはほぼ成功と言って良い数字だと思う。結果を検証し現象についての評価するべきである。なのにそれがどこにもないのだ。
 しかもその後の実験は実施されていない。それどころかそのほかの超能力実験すら、このチームやEONSは行っていないのだ。
 普通ここまでの実験結果を得た場合、別のケースや他の物の研究にも拍車がかかるはずである。なのにEONS自体はその後実験は行わず、超常現象の調査のみをその主任務にしている節もある。JB,ライン氏にいたっては名前も出てこない。試しに名前で検索すると140件程度のヒット率で、出てくるのはアニメのキャラの似た名前と、この実験の事ぐらいだった。なんか変じゃねぇかこれ?
 他のサーチエンジンからキーワードを変え色々検索をかけてみたのだが、結局その実験後について新しい情報は出てこなかった。
「行き止まりかぁ……」
 俺はため息をつきながらPCの電源を落とした。まあどのみちEONSやラインの実験の事は今の俺には別段重要じゃない。今の俺の興味はソーニャの事であり、カーブスプーンだ。俺は近いうちにあの店にもう一度行こうと考えていた。


☆ ☆ ☆ ☆

 一通りネットでクグった俺はPCの電源を落とした。するとその直後、携帯にメールの着信を告げるメロディが流れた。メールの主は真澄だった。
(前の借りを返して貰う。今日これから私につき合え)
 借り……? なんだ借りって?
 俺は何のことだかわからず真澄にメールで聞いた。すると即座に返信が来た。
(この前の遠心分離器と赤外線照射装置を使わせてやったときの借りだ。忘れたとは言わせんぞ!)
 いやちょっと待て。あれはウチの教授が研究で使いたいから「貸してくれるか聞いてくれ」と頼まれたからだ。なんでいつの間に俺の貸しになってる!?
 そもそも俺が所属している研究室と真澄の居る個体性物工学研究室とはあまり交流がない研究室だ。元々理工系の研究室はお互いの研究内容を軽視する傾向にあり、あまり仲がよろしくない。なので機材を使用させて貰ったりする場合、結構面倒な手続きと色々と皮肉めいた嫌みを言われたりするのである。教授達はそれを嫌って他の研究室の人間と仲の良い生徒を使って機材を使わせて貰うのである。酷い大学だ……
 で、真澄のいる研究室は偏屈ぞろいで有名だった為、あまり交友関係が広くなく、そこでたまに真澄と話しているところを目撃されていた俺に白刃の矢がたったってわけだ。
 が、しかし使用したのは俺じゃない。なのに何故……
 俺は真澄に抗議メールを送った。だが、返信されたコメントで一蹴される。
(私はお前だから教授に聞いてやったのだ。お前以外だったらNOと答えたろうなぁ…… よってこの貸しはお前に返済して貰う。恨むなら自分の研究室の教授を恨むが良い。FuFuFu……)
 あの野郎……
 つかお前の機材じゃないだろ! お前は聞いただけだろうがっ!!
(午後3時にハチ公前で待つ。遅れるなよ)
 と続いて一方的なメールを送ってよこす真澄。果たし合いの侍かお前は!?


 結局俺はハチ公前で真澄と合流し、そのまま池袋に連行された。しかも自分で『遅れるな』とメールしておきながら30分も遅刻しやがったよこの女……
 で、しかも向かった先は池袋にある『腐女子の聖地』と言われる池袋三丁目、通称『乙女ロード』だった。
 真理といい真澄といい、何で俺をこういう妙な場所に連れてこようとするのか理解に苦しむ。つーかもうカンベンしてほしいんだな実際……
「う〜む、『魔っくらナイト』系同人は中野や秋葉の方が充実してるよな」
 アニメイトから出るなり真澄がそう俺に話しかけてきた。
 知らんがな……
「でも『ミラ・キラ』の箱版が手に入ったのはラッキーだった。初回限定瞬殺だったからな。さすが乙女ロード、マジ極だ」
 『ミラ・キラ』とは正式には『ミラージュ・キラーバースト』といい、龍泉貴美悠【リュウセン・キミユウ】という男の娘が主人公のゲームタイトルの略称だ。ストーリーは異能力バトル系のアドベンチャーゲームで、この貴美悠という主人公が『萌え可愛かっこいい』というよくわからんカテゴリを確立させるほどの人気キャラだった。容姿が可憐で萌えなだけに、物語に登場する仲間の男子とも何故かいい雰囲気になったり、男なので当然女の子キャラとの恋愛ネタもあるため、BLと百合テイストをごっちゃにしたような妙な雰囲気が、男ヲタのみならず、特に女子ヲタのハートを直撃しているのだった。
 ゲームは今年の冬に続編が発売予定。アニメは先月からスタートし、深夜枠にもかかわらずまずまずの視聴率を出しているらしい。
 男の娘萌えな真澄は、今この2本のタイトルに夢中なようで、両作品の公式グッズは勿論のこと、スピンオフ作品や同人作品まで集めているらしい。
「あとそれにそれにコレっ!」
 と左肩から提げた紙袋から出した同人コミックを自慢げに俺に見せる。ミラ・キラの二次コミのようだ。
「サークル『がんだ〜ら』の作品はコミケでもすぐ売り切れちゃうのだよ。半ば入手を諦めていたんだが…… 今私は運命を感じるぞ、三髪」
 と目をキラキラ輝かして微笑む真澄。内容が微妙だが、元々顔の作りが美形なだけにその笑顔はかなりハイクオリティだ。やべぇ、真澄のくせに結構可愛いじゃねぇか。
 しかしまあ、好きなアニメの事になると別人だな。日頃こいつと同じ研究室にいる生徒に見せてやりたいぜ。
 運命感じて喜ぶのは勝手だが、俺をそっちの世界の住人と認識する前提で会話を形成するのは止めてくれ。
「よし、次は『らしんばん』に突入だ〜!」
 と宣言しながら、真澄は俺の腕を引っ張りズンズンと元気良く歩いていく。
「お、俺も店に入らなくちゃダメか? なんか俺、アウェイ感バリバリなんだが……」
 いや、俺もアニメ好きだしゲームも好きだけど、ここのショップは女子ヲタ需要を前面に押し出しているので正直入るのには抵抗があるのだ。店員も当然だが、店内の客層9割5分が女子だ。はっきり言って浮きまくりなのである。
「気のせいだ、三髪。当然とした顔で入れば無問題だ。どうしてもと言うならホレ……」
 と真澄が右手に持ったアニメイトの袋を俺によこす。袋には良くワカラン萌えキャラがプリントされてるちょっと痛い袋だ。
「これを持っていれば浮きはしまい。まったく、理工系の男は神経質すぎるから困る。あまり手を焼かせるなよ」
 真澄は「はぁ」とため息をつき、空いた右手を俺の腕に絡ませながらぐいぐいと強引に歩いていく。ため息尽きたいのはコッチだよ……
 だが真澄、理工系あんま関係なくねぇか実際?
 結局俺もバリヲタの袋片手に『らしんばん』に突入することになった。狭い店内は案の定女子ヲタで溢れかえっている。別に俺は女子のヲタに抵抗は無い。現に真理や真澄とも普通にアニメネタで話が出来る。が、しかしこの状況はリアルで辛い。アニメイトの袋一つぐらいでは何の解決にもならん程浮きまくりだ。
「三髪、『がんだ〜ら』の『魔っくらナイト、みおたん編』だ、わかるな? 私はコッチを探すから」
 と真澄は俺にそう指示を出して2列ほど先のブースにイソイソと行ってしまった。「オイ、待てよ」と声を掛けたのだが、真澄の耳には届かなかったらしい。
 みおたん編……? なんだ『みおたん』って? さっぱりわからん。
 とりあえず俺は数段ある棚の列から、その『がんだ〜ら』とか言うサークルのコーナーを見付け、『魔っくらナイト』を題材にした同人コミックの集まった場所を探していると、真澄の言った『みおたん編』というタイトルのコミックを見付けた。棚には2冊ある。サブタイトルは『みおたん・こたつ鍋なのです!』とある。
 本タイトルもアレだが、サブタイトルも謎過ぎる……
 俺は首を捻りつつ、左右にいる女子に「スイマセン」と声を掛けつつその1冊に指をかけると、同時にその隣の1冊にも別の手が伸びてきた。ふと見るとその手の主も男だった。そいつも俺を見ておずおずと軽く頭を下げた。ちょっと挙動がぎくしゃくしている。
 歳は俺と同じくらいだろうか。ぼんやりとした目元と少々妙な形をした蔓の眼鏡を掛けている。俺も人のことは言えないが、はっきり言って冴えない、幸薄そうな男だ。
「あ、ああ、す、すす、す、スミマセン……」
 彼の指が俺のかけた指に引っ掛かり、思わず本を落としそうになったので、彼がそう謝ってきた。が、緊張しているのかやたらにどもっている。
 すると、彼の後ろから良く通る女の声がかかった。
「ちょっとカゲチカ、見つかったの?」
 俺はその声の主を見て、思わず目が点になった。ちょっとあり得ない程の美人だったからだ。小顔に顔を構成するパーツが完璧な設計で配置されている。恐らくほとんど化粧をしてないだろうと思うが、むしろそのナチュラルさが天然の美を形成している。
 真理や真澄、それにカーブスプーンのロシア系美少女ソーニャも確かに美形だが、この女の美人レベルは次元が違う気がしてくる。その証拠に俺達の周りにいた女子ヲタでさえ彼女を見て固まっている始末だ。
「あ、ああ、マ、マリア、こ、こここ、これ、だ、だだよな?」
 声を掛けられた男は、相変わらずの極度のどもりでその美女に手に持った本を見せていた。
「あ、あったじゃん。そうそうコレコレ。やるじゃんカゲチカ〜 これ泣けるのよ〜 あんたも読んでみる? 1泊2日200円で貸したげるけど?」
「み、みみ、見付けた、ほ、本人、か、から、か、金、取るの、か、かよっ!」
「あったり前じゃない。でもあんたが買ってくれるならタダで貸したげる。ああ、それ良い考えじゃない? そうしようよ〜」
 他人事ながらもの凄い自分中心な考え方の女である。
「こ、ここ、断る! つ、つ、つか、僕、が買った、じ、じじ、時点で、ぼ、僕の、物、だ、だろ!」
「馬鹿ね、彼氏だったらそこは彼女にプレゼントでしょ普通。相変わらずリアルじゃ魂ちっさいわね〜」
 いや、それを言うなら器だと思われ……
 つーかこの2人付き合ってるのかよ!? 何でこんなラッパーみたいなどもり男とこんな超絶美人が!? 世の中間違ってねぇかマジで!
 尚もどもった言葉で抗議する男を、そのマリアと呼ばれた女は強引にレジまで引っ張っていった。
 うむ、彼氏彼女と言うより、犬とご主人様のように見えるのは気のせいだろうか? まあそういう事にしておきたい気分ではある。でもこれは僻みじゃないからなっ!
 しかし、どうでも良いけど泣けるのかこのコミック? タイトルから涙を1ミリグラムも連想できないんだが……

 とりあえず真澄のお目当ての物をゲットし、俺達は『らしんばん』を出た。その後2件ほど軽く店を回ったが買う物は無く、そのまま帰ることになった。
 もう別に俺が持たなくても良いはずなのだが、流れから結局俺が荷物を持つことになる。相変わらずの萌えキャラがプリントされた手提げを持ちながらラッシュ手前の少々混雑した山手線が結構痛い。なんかいろんな意味で疲れたのだが、1つ空いた席に真澄を座らせ俺はつり革に掴まってぼんやりと外を眺めていた。すると不意に真澄が声を掛けてきた。
「なあ、三髪……」
 真澄がらしんばんの袋を膝の上で抱えながら、上目遣いで俺を見上げている。
「なんだ?」
「今日はその…… 付き合ってくれて…… ありがとう」
 思わず固まってしまった。俺は今までコイツがこういう言葉を吐いたのを聞いた記憶がないのだ。俺は「はぁ?」という顔で真澄の顔を見つめ返してしまった。すると真澄は慌てた様子で目を逸らした。
「わ、私は見てくれも、性格もこんな感じだから、ああ言う買い物に付き合ってくれる友人が居なくてな。こっそり一人で行くか、ネットで買うのが常なのだ」
 真澄は俯きながらそう言った。確かに普段の真澄は他人との接点を必要以上に取ろうとしない傾向がある。頭も良い上にクールで男口調というのもあって、少々近寄りがたい雰囲気もある。確かに俺も真理に付き合ったアニメショップで会うことがなければ真澄と親しく話すことが無かっただろう。そんな真澄だけに、自分の趣味をカミングアウトし、我慢せずに素の自分をさらけ出せる友人など俺達以外には居ないのかもしれなかった。
「き、今日は、お前が付き合ってくれたおかげで…… あっ、つ、付き合うと言っても、この場合は恋人とかそう言う意味じゃないからな。一緒に買い物に『付き合う』という意味だからな。ご、誤解するんじゃないぞ」
 わかっとるがな……
 しかし大学に居るときとは別人だなマジで。前々からツンデレっぽい感じはしていたが、正直ここまでだとは思わんかった。もっとも真澄と2人でこんなに長い時間一緒にいることが今まで無かったし。
「ま、まあ、か、借りを返して貰っただけのことだがな」
 その真澄の言葉に思わず吹き出しそうになったが、辛うじてそれを堪えた。
「ああその通りだ。俺は借りを返しただけだ。お前がありがたがる理由など無い」
 本来俺の借りじゃないが、まあそういうことにしておいてやろう。
「そ、そうなのだ。だ、だが、また何か借りを作りたいと言うのなら、え、遠慮無く言うといい。ま、前向きに検討してやろう」
 真澄はチラチラと俺の顔を伺いながらそう言った。そんな率先して借りを作りたがるヤツが居るかどうか謎なところだが、しっかしまあ、なんでコイツはこう上から目線で物を言うのだろう。素直に「また付き合ってくれ」と言えないものなのだろうか?
「お前のそのツンデレぶりを見たら、研究室の奴らはその場で倒れるかもしれんな」
 俺がそう言うと真澄は顔を真っ赤にして反論してきた。
「だっ、誰がツンデレだっ! 私は確かにツンかもしれんが、デ、デレてなどおらんわっ!!」
 混んでる電車内に真澄の声が響き渡り、周囲に居合わせた乗客が一斉にこちらを見た。真澄は言った瞬間周囲の視線を浴びてさらに顔を赤くして固まった。
 自爆乙である。つーかコッチもけっこう恥ずかしい。
「貸しだの借りだの関係なく、もっと気軽に誘えば良いだろ。友達に『買い物に付き合ってくれ』と言われれば、無碍に断ったりはしない」
 俺の言葉に真澄はぽかんとした顔で俺を見上げていたが、不意に視線を逸らして「そ、そうか、友達か……」と小さく呟いた。そうは言っても乙女ロードはなるべく誘わないで欲しいが……

 そうこうしているうちに電車は渋谷駅に到着した。改札を出たところで真澄が最後に『まんだらけ』も覗いて行きたいと言うので仕方なく『まんだらけ』に向かった。店内で色々と物色し真澄が会計を済ましている間、俺は店を出て脇の自動販売機で7upを買い一気に飲んだ。
 日は落ちてきたがまだまだ暑い。夏は炭酸一気のみが一番である。特に7upはすっきりして最高だ。マウンテンデューも捨てがたいが、やはり暑い夏は7upの一気飲みに限るな、などと思いながらガードレールにもたれ掛かってふと正面の細い路地を見やった。
 路地と言ってもビルとビルの隙間のビル従業員の通路と言った感じの袋小路の路地だ。数個のポリバケツが並び、従業員の物であろう自転車が2台ほど置いてあるその奥から、なにやら言い争いの様な声が聞こえてきた。
 俺は自然にそちらに目を凝らした。
 日が落ちかけているので薄暗いせいかハッキリとは見えないが、2人の人間がなにやら言い合っているのだが、言葉がどうにも良く聞き取れない。何となく日本語じゃないみたいだ。
 酔っぱらい同士の喧嘩かなにかか? と思ったが、まだ6時を少し過ぎたところだ。酔っぱらいが路地で喧嘩する程暮れている訳ではないだろうし……
 そんなことを考えつつ眺めていると、2人のウチ一人の影が一瞬ビクッと緊張したように震え、そのまま崩れ落ちるようにその場に倒れ込んだようだった。
 オイオイ、なんだよマジで……
 嫌な予感がしたが、何故か俺の足は俺の意志とは関係なく路地の入り口まで歩いていった。そしてじっと路地の先に佇むもう一人の人間を見つめる。するとその人物は俺の存在に気付いたようで、俺の方に振り返った。
 薄暗くて顔はよく見えない。だが髪型と背格好から言ってどうやら男のようだ。

(見ていたのかね?)

 驚きで飲みかけの7upの缶を落としてしまった。足下に缶が転がり、残った中身が靴を濡らすが、足がアスファルトに接着されたようにぴくりとも動かない。
(喋らなくて良い。YesかNoかを考えるだけだ)
 再びその低くて囁くような声が響く。
 そんな声が届く距離じゃない。ましてや街の雑踏の中で、そんな囁く様な声が聞こえる訳がない。だが、確かにその声は俺の中に響いてくる。
 俺の頭の中に……
 ソーニャを知った今ならそれがいかに馬鹿げていようとも納得できてしまう。これはソーニャと同じ能力だ。つまりテレパシー……
(もっともどちらを答えようが、結果は変わらないがね)
 頭の中のどっかで危険を告げるアラームが鳴っている。
 ヤバイヤバイヤバイっ! 確実にヤバイもん見ちまった気がするっ!!
 今倒れた人、考えたくないことだけどたぶん息して無いんじゃないか? お亡くなりになったんじゃないの? 勿論この人に何かされたことが原因でさ……
 え、なにこの状況? マジで意味ワカンネ。つか逃げろよ俺っ!!
 頭で必死に『逃げろっ!』と叫ぶが、俺の足は何故かゆっくりと路地へと踏み出す。
 ちょ、ちょっ…… まっ……!!
「な、何も…… 見て…… ない…… から」
 辛うじてそう掠れた声が出た。さっき7upで咽を潤したばかりなのに、今はカラカラに咽が渇いている。
(私に嘘は通じない。君の記憶にはハッキリ私がこやつを壊す映像が残っている。なに、殺しはしない。ただ残りの人生を病院のベッドの上で暮らすだけだ。自分が誰かもわからないから君自身がそれについて苦しむ必要も無いさ)
 頭の中に男のささやきが響く。薄暗い路地の向こうに立つ男の顔は未だにハッキリしないのに、青白くぼんやりと光った目だけが嫌にハッキリ網膜に飛び込んでくる。それと同時に俺の記憶にある知識がこの状況に答えを導き出す。
 テレパシー能力の発展系、瞬間催眠能力【ヒュプノシス】または遠隔催眠能力【マインドコントロール】と呼ばれる超能力。精神干渉のESPの中でも最も直接的に他人の人体行動に干渉する事が出来る能力だ。
 マインドコントロール自体は世界中の組織で研究されており、一般的にはLSDなどの薬物投与による人体洗脳や脳に電気ショックを当てて精神を操作する方法など、医学的、または科学的な補助を施した実験がほとんどだ。1950年代から1960年代にかけてCIAがコードネーム『MKウルトラ計画』と銘打って非合法の人体実験を繰り返していたことが1975年にアメリカ連邦議会に公開されたのは記憶に新しい。
 だがこれが個人の超能力として研究されていた歴史は1943年のドイツまで遡る。当時ドイツではこの研究に数百人のユダヤ人を集めてこの能力開花に向けて非人道的な実験を繰り返したという。
 実験では結局、あらかじめ用意された選択肢のどれを選ばせるか? という程度の成果しか得られず中止になったと聞くが、ここまで完全に相手の行動を操ることが出来る能力者が実在するなんて驚きだ。
(ツキが無かったな)
 そんな囁きが頭に流れた途端、いきなり脳みそが雑巾のように絞られるような圧力を感じ全身が硬直した。痛いとかそう言うレベルじゃない。思わず意識が飛びそうになる。
「ああ…… あがが……っ!」
 意識が持って行かれないように必死に抵抗するが、抵抗すればする程締め付けがきつくなる。半開きになった口から涎が垂れて服を汚すが、開いた口を閉じることすら出来ない。なのに足は一歩、また一歩と歩みを止めない。完全に指令系統を持ってかれている。
(……? 何故だ?)
 不意に男がそう囁いて首を傾げた。
(力に耐性がある……?)
 そんな呟きが頭に響く。すると急に頭の締め付けが若干和らいだ。思わずその場にへたり込みそうになるが、相変わらずからだが硬直して動かない。
(初めに妙な違和感を感じたが…… なるほど、同じ能力保持者だったわけか)
 はい? 同じ能力? 誰が?
(気付いていないのか? しかしこんな歳になるまで気が付かない訳がない。となると最近開花したと言うことになるが…… そんな事例は聞いたことがないな)
 なに言ってるんだコイツ? 俺がエスパーって言いたいのか? 力の耐性? さっぱりわかんねぇ…… てか助けてくれ!
 とその時、背後で俺を呼ぶ声が聞こえてきた。会計を済ませた真澄だ。クソっ、そうだ真澄が居たんだ。ヤベェ、タイミング悪すぎだ!
「何だよ三髪、通りに紙袋置きっぱなしで! 持って行かれたらどうするんだまったく…… つーかこんなところで何やってるんだ」
 真澄が呆れたような声で俺に文句を言う。そして路地の奥にいる男に気が付き「誰? 知り合いか?」と場違いな声で聞いてきた。
(ツレが居たのか……)
 頭の中にそんな男の言葉が響いた。その瞬間俺の心臓の鼓動が一気に加速する。
 真澄、逃げろっ!!
「ま……っ、に、にげ……っ!」
 必死に声を出そうとするが、引きつった擬音しか出てこない。そんな俺を不思議に思った真澄が訝しげに俺を覗き込む。
「……? 三髪、具合でも悪いの――――」
 言いかけた真澄の声が途中で途切れ、真澄の体が俺と同様に硬直し手に持っていた荷物がバラバラと足下に落ちた。
「あ……、あが……っ!」
 真澄のとぎれとぎれの悲鳴が鼓膜に響き、同時にまた男の囁きが頭の中に伝わってくる。
(若い者の未来を摘むのは忍びないが…… 君たちの不運には同情する。せめて恋人同士、仲良く眠らせてやろう)
 やっぱりコイツは真澄もやっちまうつもりだ。
(やめてくれ、真澄は何も見てないだろっ! つかそもそも真澄は俺の恋人でも何でもねーしっ!!)
(そうなのか? ふむ、だがこの娘は…… まあ私には関係無いことだな。しかし見てないからと言ってこの場に居てしまったら同じだ。すまないが見逃すことは出来ない。諦めてくれ)
(待て、待ってくれ。見てしまったのは俺だ。真澄は関係ないだろ! な、頼む、頼むから見逃してやってくれよっ!)
 俺は尚もそう男に懇願したが、男は静かに、そしてあの囁く声でこう告げた。
(あまり時間もない。抵抗するならこやつのようにあの世へ行って貰うことになる)
 クソっ! クソぉっ!! なんだよそれっ!! 真澄ぐらい見逃してくれても良いだろうがっ!
「あがっ! がぁ……っ み…… かみぃ……っ!」
 とぎれとぎれで真澄が俺の名前を呼んだ。その声を聞いた瞬間、さっきまで恐怖心しか沸いてこなかった俺の中にこの男に対する憎悪が沸いてくるのを実感した。
「この…… やろ……」
 怒りにまかせて自分の感情を意識に叩き付ける。すると手が無意識に拳を作った。そして今度は自分の意志でゆっくりと足を前に踏み出した。
 動く……! そう思った瞬間、さらに怒りを込めて男を睨み付ける。
(これは驚いた。今まで自分の能力に気が付かなかったにもかかわらず、いきなり私の能力を跳ね返す出力を発揮するとは……)
 男から伝わる声は未だに余裕がある。俺はそれが気に入らなかった。尚も怒りを込めた意識を男にぶつけるべく意識を集中した。
「真澄を…… 放しやがれっ!!」
 今まで声が出なかったのに、男から感じる圧力のような物を跳ね返そうと意識を集中した途端声が出るようになった。するとその瞬間傍らで体を硬直させていた真澄がその場に崩れ落ちるように膝を付いて激しく咳き込んだ。
「がはっ! げほっげほっ!!」
(なんと、私の力を完全に跳ね返すとはな。君には驚かされるよ…… 仕方がない、あまり使いたくは無かったがやむを得まい)
 男はそう囁きながら懐から何かを取り出し俺に向け、初めて声に出して言った。
「スマートじゃないカラネ、使いたくは無かったが仕方ナイ。命ダケはと思ッタガ、ソウ上手くはいかないようダヨ」
 イントネーションが微妙な片言の日本語でそう言いつつ、その男は乾いた笑いを吐いた。
 拳銃なんて…… ズル過ぎだろマジで!?
 ヤバイ、今度こそホントにヤバすぎる! ここ日本だよな? なんでアニメショップの隣でマジモンの拳銃持ってる外人が居るんだよ! 警察なにやってんだ!!
「まずは君からダヨ? ダイジョウブ、彼女も私が責任をもってキチンと後を追わせヨウ」
 その言葉が終わる瞬間、俺は撃たれるのを覚悟して正面に両手をつきだして身構え目をつぶった。急に頭にズンっと重みを感じ、バスっとした妙な音と同時に左手の手のひらに鋭い痛みを感じて叫んだ。
「熱っ!!」
 思わず手を引っ込めた。それと同時に足下に何かが落ちた。俺は慌てて左手の手のひらを見ると真ん中の部分が赤くなっていた。
 なんだ? 何が起きたんだ?
「――――!?」
 男は良くわからん呻きを発して再度引き金を引いた。また先ほどと同じような音が響き、俺は再び身構えたが、今度は体の何処にも痛みを感じず、俺はゆっくりと目を開いた。それと同時に足下に何か小さな物が落ちて乾いた音を立てた。
「なん…… ダト……?」
 男の声に初めて動揺の色が伺えた。俺は重い頭でゆっくりと男を見た。男は三度俺に銃口を向けようとするが、俺がその銃に意識を向けると銃は跳ね上がり、それと同時にまたバスっとした音がして頭上の何かがキンっと甲高い音を発した。
「PK……? It is foolish, and impossible …….!?」
 日本語ではないので何を言ったのかわからなかったが、その声は明らかに驚愕を示していた。俺は訳もわからぬまま、続けてその男に意識を集中した。頭がどんどん重くなり、少し頭痛がしてきたが、かまうことなく俺は『念じ』た。
 吹き飛べ!
 何故そんなことを念じたのかわからない。だが、何故か俺は『ソレ』が出来るような気がした。
 脳みそを素手でぐっと押しつけられた感覚に意識が飛びそうになったが、次の瞬間男の体は俺が念じたとおりに後方に吹き飛び、突き当たりの壁にぶつかって地面に落ちた。
「がはぁ……っ シットっ、マイガっ!」
 男はアスファルトに蹲りながら吐き捨てるようにそう叫び、ごほごほと咳き込んでいた。一方俺もまた酷くなりつつある頭痛で地面に膝を付いた。
 原因も根拠も何一つさっぱりわからんが、今俺が何をしているかは良くわかる。たぶん間違いない。しっかし頭痛てぇ……
「み、三髪……っ!」
 真澄がそう言って心配そうに俺を覗き込む。大丈夫だ。あんま大丈夫じゃないけどとりあえず頭痛いだけだし。
「い、今のウチに、逃げようぜ……」
 俺はそう言って路地の向こうに吹っ飛んだ男の様子をチラリと伺った。見ると立ち上がろうとして再びひっくり返ったところだった。どうやら結構なダメージを食らったみたいだ。あの様子じゃ直ぐには追っては来れまい。
 俺は震える膝に鞭を入れ立ち上がると地面に転がった真澄の荷物を拾い、足をもつれさせながら路地を出た。周りはもうすっかり暗くなっていた。俺達は少し歩き、折良く通りかかったタクシーで俺の部屋に向かった。
 タクシーで家に向かう途中、俺は何度も後部座席から後ろを伺ったが、あの男が追い掛けてくる様子は無かった。
 真澄もよっぽどショックだったのか、車内では終始無言で俯いていた。
 無理もないと思う。なんだかよくわからん力で拘束されたあげく、仕舞いには拳銃で理由もわからず殺されかけたのだ。こんな状態で普通でいたらその方が怖い。
 しかし、あの男は一体何者なのだろう。最初に言い争っていたヤツはあの男が殺したと言っていた。だとしたら俺はその現場を目撃した目撃者ってことになる。
 普通こういう場合映画やドラマじゃ俺は口封じの為狙われる役だよな? しかも相手は超能力つー反則技使ってるんだぜ? それってマジで撃ヤバだろ!
 未だに頭痛のする頭で俺は次に俺のやったことについて考える。
 あの男は間違いなく拳銃で俺を撃った。それは間違いない。だが俺には何処にも撃たれた形跡が無い。唯一左手の手のひらに痛みを感じた。いや、痛みと言うより熱さだ。暗くて良くわからなかったが、足下に転がったのは恐らく銃弾…… そして2発目は俺の体に触れる前に足下に落ちた。そして念じるままに吹っ飛んだ男の体……
 状況から判断して、俺が使った力は一般にPK【サイコキネシス】と呼ばれる物、若しくはそれに近い力だ。
 物体に手を触れることなく、念じるままに移動させることのできる能力。よく見かけるスプーン曲げもこの能力による物だという。だが、今日俺が使った物はスプーン曲げとは明らかに桁が違う。何せ銃弾を止め、人間一人を5m以上吹っ飛ばす程の出力だ。
 こんな力が何故いきなり使えるようになったのだろう。いや、以前からあったのか? なら何故今まで使えなかったのだ? そもそも、アレは本当に俺がやったことなのだろうか?
 だが、たぶんこの頭痛はそのPKによる物だろう。もう一度試してみたい衝動に駆られるが、頭痛の件もある。もしアレが俺の力なら、体に与える影響を見極めてからでないと使えない。それに突発的に発現したのだ。コントロール出来るかどうかも謎だ。ここは慎重にならざるを得ない。
 俺はそう考えながら、窓の外を流れるネオンの光が溢れた渋谷の街を眺めていた。その風景が、俺には昨日までの日常とは違う世界のように見えていた。
 わからない……
 何が起こっているのか全くわからない。
 思えば先日真理とカーブスプーンへ行った時からおかしな事ばかり起こっている気がする。どこかで道を間違え、魔女の森へ迷い込んでしまったかのような心境だ。思い当たるとするならばやはりあの店、カーブスプーンだ。あの店がきっかけだとしか思えない。俺はもう一度あの店に行く決心を強めた。
「おい、真澄、お前住所何処だ? 先にお前の家まで送るから」
 俺は隣で俯いている真澄にそう声を掛けた。すると真澄は俯いたまま俺の腕を掴んだ。
 ん? なんだ?
「なあ三髪、今晩…… 泊めてくれないか?」
「ああ…… んっ? ちょっと待て、お前そりゃマズイだろ。今日は親元にいろって」
 俺は思わず頷いてしまったが、慌ててそう返した。
「私は一人暮らしだ。実家は仙台だし」
 そ、そうなのか? ま、まあ確かに仙台はちょっと遠いな。それに真澄、友達いなそうだし…… いやしかし、一人暮らしの男の部屋に泊まるのはやっぱり色々とマズイだろ。何がマズイって…… まあその、色々とだ、いろいろ!
 そんなことを考えていると俺の腕を掴んでいる真澄の手が、微かに震えているのがわかった。
「変なんだ…… さっきから手の震えが止まらないんだ。ううん、手だけじゃない。体全体が震えてる。車に乗った途端震えが来て……」
 そう喋ってる声も震えていた。普段の真澄からは想像できないか弱い声だが、このギャップは反則だろ。俺、今何だか知らんがドキドキしてきたぞ? 頭痛てぇのに。
「マジで死亡フラグ立ったかと思った。普段男みたいにしてるのに、情けない話だが…… 怖かった…… 本当に怖かったんだよ。私、実はこう見えて結構恐がりなんだ。気が付かなかったかもしれないが……」
 いや、この前から気が付いてました。つーかそう思ってるのは貴女だけだと思ワレ。でもまあ確かにさっきは俺もマジで死んだと思ったけど。
「な、なあ三髪、車が着くまで、くっついてても良いか?」
「あ、ああ、別にかまわんが……」
 俺的には全然かまわなくは無いんだが、この状況でなんと答えたら良いかわからずそう許可した。すると真澄は俺の腕にもたれ掛かるように体を預けてきた。
「すまんな……」
 真澄はそう言って俺の肩に頭を載せた。
 うむむ、ちょっと困った状況だ。何が困ると聞かれると困ってしまうんだが……
   

2011/08/17(Wed)15:55:03 公開 / 鋏屋
■この作品の著作権は鋏屋さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めての人は初めまして。おなじみの人は毎度どうも、鋏屋でございます。
「Curved Spoon」第2章、『悠久のエーリシュオン』の続きをUPします。
今回乙女ロードのらしんばんで出てきたカップルは、ちょっとしたイタズラです。話の流れには全く関係ございません。まああの2人も相変わらずの力関係ですが、結構上手くやってるみたいですねwww
さて今回はようやく三髪が主人公らしい働きをしてくれます。敵のような者も出てきますし、物語が動き出してきました。あと真澄のツンデレぶりも加速して、良いキャラになってきたかなぁって思うんですがどうだろ?
いやしかし、真理と2人で出したらとんでもないことになりそうな悪寒がしますが(オイ!)
あ、それとそろそろ秋の創作祭の準備もしなくては……実現できるといいな♪
ではまたお付き合い頂けると嬉しく思います。
鋏屋でした。
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして。紫静馬と申します。感想ありがとうございました。
いきなりテンパった主人公の語りから始まり最後デンパで絞めて読者を困惑させるモノローグはいい。ちょっと浮いてるか確認しちゃったじゃないですかw
本編も超能力マニアなおにゃのことの掛け合いがたまらない。そして最後出てきた謎キャラと伏線――楽しくなってきましたね。
これからもお待ちしております
2011/06/18(Sat)02:30:510点紫静馬
》紫静馬殿(←なんて読むの?)
こちらこそ感想どうもですw
掛け合いがたまらないって嬉しいこと言ってくれるじゃないですかwww ええもうこういうのしか書けなくなってますけどね(オイ!) でも謎キャラ&伏線は次回あっさり回収ですw
次回はまたまたちょっと変わったおにゃのこも登場します。まあアホな話ですが、またお付き合い下されば嬉しく思います。
鋏屋でした。
2011/06/18(Sat)15:52:420点鋏屋
 ども、読ませて頂きました。
 ソーニャン可愛いよ、ソーニャン。そのネーミングは良いなぁ。
 ギャグ8:シリアス2じゃないか? と思いつつ、サンパツが急に解説し始めた時、おいどうしたどうした? となりましたが、ちょっと格好良かったです。関係ないけど三髪って単語を見て、散切り頭ってフレーズが出てきました。……何故?

 さておき、キャラが果てしなく暴走しているなぁw これでストーリーを進められるのか? と不安になりましたが、きちんと進展があったようで。
 ただ、2ちゃん的な文章の強調の仕方は意見の別れる所だなぁとも思いました。自分は雰囲気に合っていれば賛成派ですが。

 ではでは〜
2011/06/19(Sun)19:41:500点rathi
〉rathi殿
感想どうもですw 
三髪で散切り頭って…… うんまあ、わからないくもないが……
ソーニャン可愛かったですか。でもホントはソーニャですからねw 何となくソーニャンで定着しそうだけどww ネトスラングは確かに微妙ですね。抵抗ある人は居るだろうなぁ。
ギャグ8…… う、う〜ん、そうなる恐れがあるのは否定しないです。というか私自身最近ギャグの方が良いのかな、などと思ってたりもします。真面目な文章が書けなくなってる悪寒がするのです(汗)
まあ、アホな話ですが、またお付き合い下されば嬉しく思います。
鋏屋でした。
2011/06/20(Mon)17:44:590点鋏屋
読ませていただきました、紫静馬(むらさき しずま)です(わかりづらい名前で失礼w
なんかクールっぽいのに重度のオタクてなんというギャップ萌えw おかしな人が集まってくるなあ主人公には。
ソーニャンちゃんは当初からおかしいと思ってましたがやっぱりそうだったか。歓喜してる主人公がちょっと怖いですね。
これからあのモノローグに至るまでに何が起こるのか楽しみです。それでは
2011/06/20(Mon)22:25:570点紫静馬
〉紫静馬殿
感想どうもですw あと名前の読み方もwww
村さ来死酢魔←一発目の変換がコレでしたw どうなってるんだ私のATOKは…… なんか飲み屋で酔いつぶれた人的な……(マテコラ)
いや失礼しました。ふ、ふ、ふ、私はギャップ好きなんですよ。以前書いた話もそうですからwww
ソーニャンはあからさまに怪しかったですもんね。バレるわなそりゃ…… 真澄は普段は理論先行型の現実主義者ですがアニメになると人が変わります。でも根が恥ずかしがり屋で意地っ張りなので良いアクセントになってくれるでしょう。真理と真澄のセットが大変そうだけど…… でもこうなるとますます三髪の影が薄くなるなぁ……
ではまた、次回もお付き合い下されば嬉しく思います。
鋏屋でした。
2011/06/21(Tue)09:56:170点鋏屋
うん、厨二だ!
ネット用語が分からない部分がありましたが、雰囲気で読めました。
なんかエスパーも世界組織みたいになっているんですかね。そして近い将来、約束の日が訪れるのでしょうか。面白そうだ。でも凡人は支配されちゃいそうだなあ。
続きも楽しみにしています。
2011/06/23(Thu)11:47:480点玉里千尋
〉ちぃ姉さん
すみません、感想コメント来てるの気が付きませんでした(汗)
あれ? あれぇっ!?
コメ数7って、てっきり自分のレスで最後だとばっかり…… いやホントに申し訳ありません!
エスパーも世界組織…… う〜ん、さてどうでしょう(オイ!)
いやもう厨二ぷんぷんですみませんw スラングはちょっとわからないかもしれませんが、雰囲気でスルーしてくださいw(マテコラ!)
しょーもないお話かもしれませんが、次回もまたおつき合い下されば嬉しく思います。
鋏屋でした。
2011/07/19(Tue)18:50:500点鋏屋
 ども、読ませて頂きました。
 おおぅ、今回は設定解説の回ですね。なるほど、エドガーさんはそんな事をしてたのか。宇宙人話をしているのは、てっきり酸欠と恐怖で精神的にやられたとばかり思っていましたよ。
 興味をかき立てる人物を持ってきたのは、素直に上手いなぁと思いました。

 敵の影がちらほらしていますが、未だに姿を見せない様子で。どの方向性に持っていくのかによってまた評価が違ってきますが、個人的にはもうちょっと敵の登場が早くても良いかなぁと思います。

 ではでは〜
2011/07/20(Wed)21:48:410点rathi
初めての感想、失礼します。
個人的に、最初のオープニングの時点で、キタ! と思いました。
掛け合いが続いてテンションが上がりっぱなしでした。ていうか、個人的に真澄のキャラがお気に入りです。彼女が口紅を付けてた点、伏線ありそうで楽しみなんです。妄想しすぎでしょうか(笑)
なんだか舌足らずですみません。続き、楽しみにしてます。
2011/07/22(Fri)20:59:080点遥 彼方
〉rathi殿
感想どうもですw エドガーさんはrathi 殿の考えてる通りエドガー・ミッチェル氏です。よくご存じで。一応レイチェルに名前を変えておりますw
EONSも、本来IONSです。現実ではめっちゃ胡散臭い団体ですが、このお話では結構重要な組織として登場してますw いやぁ、実在する団体や人物を使ったらリアリティーが出るかなぁとかっつー単純な発想です。
ええ、敵つーか重要な相手の影をちらほら出しました。伏線の回収を本当にできるのか心配ですけど……(オイ!)
何はともあれ、また次回もお付き合いくださいませ。
鋏屋でした。

〉遥彼方殿
あれ?はじめまして…でしたっけ?
お名前を何度かお見かけしてるので、なんか初コメって感じがしませんですw
感想どうもです。テンション上がりっぱなしとか、嬉しいお言葉に小躍りしておりますwww
真澄は一見クールですけど根はまんま女の子つー設定です。でも意地っ張りで恥ずかしがりやなので、その辺りを楽しんで頂ければ本望かと……w
厨二臭いしょーもないお話ですが、またお付き合いくだされば嬉しく思います。
鋏屋でした。
2011/07/23(Sat)06:58:100点鋏屋
うん、宇宙に行くと世界観が変わるっていいますからねー。今そうだと思って見えている世界は、けっこう微妙なバランスの上にある暫定的なものかも知れません。
ちょいと説明が冗長な気もしますが、基本、主人公理系なので仕方がないでしょうか。
次は話がまた動き出すかな? 新キャラ登場も楽しみにしています。
2011/07/23(Sat)09:24:180点玉里千尋
〉ちぃ姉さん
レスが遅くなってスミマセン。感想どうもですw
宇宙行ってみたいですね〜 世界観変えてみたいです。説明が単調ですか…… やはり私は気を許すと説明文になってしまう癖が抜けきれないのかなぁ……
あ、新キャラは今回お預けになってしまいました。スミマセン。でも話しは動き出します。
またお付き合い下されば嬉しく思います。
鋏屋でした。
2011/08/17(Wed)15:48:470点鋏屋
三髪ついに発動かあ。しょっぱなから飛ばしてくれますね。
真澄ちゃん……そんなふうにデレを否認した時点で確定だと思うんだけどね(笑)
しかしあの二人、やっぱりそうなっちゃったのね。もう一人の彼女は仕方ないか。いやいや、恋愛は水ものですから!
否応なく、なし崩し的に巻き込まれていく先がどうなるのか楽しみにしています。
2011/08/22(Mon)08:04:540点玉里千尋
 ども、読ませて頂きました。
 ソーニャンがヒロインだと思っていたら、そうかそうかツンデレ真澄ちゃんがヒロインなのか……な?
 攻撃された後の怯え方とか会話とかがリアルというか、自然な反応で良かったです。

 さておき、ちょっと方向性が違うかも知れませんが、エスパーものという事で、貴志祐介さんの「新世界より」をオススメしたり。一風変わったエスパーものを楽しめるかと思います。

 ではでは〜
 
2011/08/25(Thu)20:54:520点rathi
どうも、お久しぶりです。
序文すっかり忘れてて「あ、こいつそういや覚醒するんだったな」なんて感想抱いてしまった俺マジ馬鹿orz
いきなり話が物騒になってしまった。果たしてどんな展開になるのかどうか。
そしてもう一つ――リア充爆発しろ(ぉ
2011/09/09(Fri)00:42:100点紫静馬
 作品を読ませていただきました。
 第1章は良い意味でも悪い意味でもシュタゲを連想させられますね。
 第1章、第2章を続けて読んだ感想を。第1章から比べると第2章は急激にトーンダウンしているため、第1章と第2章の差違に違和感を覚えました。個人的には第2章の書き方の方が好きですね。第1章はキャラが上滑りしている感があり、物語の進行がアップテンポと言うよりチグハグしているように感じられました。第2章は第1章から比べるとテンポは落ち着いている感じですが、私的には第2章的な文章の方がキャラの特異性だけを楽しむのではなく、作品そのものを楽しむには良いように思われました。
 細かい部分では第2章の渋谷での事件(超能力バトルといった方がいいのかな)での三髪君の反応が良い感じでした。もっと地の文を書き込んでもいいような気もしますが、文章のテンポや緊迫感を保つにはあれぐらいでもいいのかな。
 キャラに関してはちょっと作りすぎというか、キャラを固めすぎて読者に入りこむ余地がないように思われました。個性の強すぎるキャラを作った場合、誰にでも起こりうるのですが、狙いすぎた印象はあります。
 では、次回更新を楽しみにしています。
2011/09/11(Sun)11:11:090点甘木
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