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『潜水少女』 作者:天野橋立 / リアル・現代 ショート*2
全角1447文字
容量2894 bytes
原稿用紙約4枚
水の底では、色んな記憶がよみがえるのだけど。
 夏休みには子供たちでいっぱいになる市民プールも、まだ梅雨も明けていない平日の今日は、がらがらに空いていた。だけど、停滞前線の晴れ間から顔をのぞかせた太陽の光は痛いくらいに強くて、見事なまでのプール日和だとわたしは思った。

 プールサイドに立って見下ろすと、水面の反射が不規則な模様を描いて揺れていた。足元のでこぼこが、痛いようなくすぐったいような感じ。目の前に広がるプールは涼しげな青。それが本当は水の色じゃないのは、もちろん分かってるけど。
 しゃがみ込んで、両手を水に浸してみる。思ったほど、冷たくない。太陽に温められてしまったのだろうか。汗ばんだ肩にかかった水着の紐が、急にうっとうしく思えてくる。水に入ってさえしまえば、この暑さともお別れと思っていたのに。
 それでも気を取り直して、つま先からゆっくりと水に入ってみる。冷たい! やっぱり冷たい。汗のことなんて、たちまちに忘れてしまう。首まで浸かると、体がひんやりと引き締まったような、そんな気がした。

 レーンの彼方をじっと見つめながら、わたしは思い切り深呼吸した。胸の奥で、空気が塊になる。そのまま息を止め、頭を思い切り水に沈めて、プールの壁を蹴った。すっ、と伸びた体が、水底を這うように前へ進んだ。ゴーグルのレンズのすぐ向こうを、敷き詰められたタイルが流れて行く。とても静かだ。耳を撫でる水の音が、まるでそよぐ風のよう。
 紺色のタイルで描かれた五メートル目のラインは、たちまちに越えた。まだ苦しくは無いけど、少し息を吐き出してみる。激しい破裂音が耳を覆い、無数の泡が体をくすぐりながら消えて行った。
 そう、消えてしまえばいいとわたしは思う。あんな思い出なんかいらない。あんな風に簡単にわたしの前から消えてしまうのなら、優しくして欲しくなんかなかった。

 学校からの帰り道。小川に架かった、古い石橋の上。差し出した、手編みのマフラー。あいつが笑う、わたしも笑う。冬の陽が、山の向こうに落ちようとしている。

 いらない。消えてしまえ。わたしは目を開いて、強く水を蹴った。少しだけ息が苦しい。でも、まだまだ行ける。両腕を前に伸ばして、水を掻き分けるように後方に押しやった。タイルが勢い良く流れていく。水のなめらかさが、肌に心地良い。やがて中間地点の赤いラインを、わたしは越えた。再び、息を吐き出す。

 お前のことがどうでもいいってわけじゃないと、あいつは、まだ咲かない桜の木の下でそう言った。そんなわけない。でも俺は、夢をあきらめられないんだ。遠くはなるけど、二度と会えないってわけでもないんだし。
 嘘だって分かってた。飛行機でなければ会いに行けない距離。そこがどんな町なのか、空の色はどんな青なのか、道端にはどんな花が咲くのか。わたしには想像もつかなかった。
 
 体の中で、苦痛がふくれあがり始めた。息苦しさと言うよりも、それは切なさに似ていた。それでもわたしは、水を蹴り続けた。あともう少し。間もなく、向こう側にたどり着く。二十メートル目のラインが、足のほうへと流れていく。
 指の先までが苦痛で染まり、もう限界だと思った瞬間、壁に手が触れた。わたしは底を蹴って、水の上に飛び出した。わっと押し寄せてくる大量の甘い空気を吸い込むと、体にしびれが走った。

 太陽に向かって思い切り息を吐き出すと、肺の中の濁りと一緒に、色んなものが空中へと消えて行くのが分かった。何もかもが、透き通って見えた。わたしの夏はまだ、始まったばかりだった。
2010/06/25(Fri)21:17:45 公開 / 天野橋立
■この作品の著作権は天野橋立さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
今までとはちょっと趣の違う作品を投稿してみました。こんなに短いものは、今までほとんど書いたことがありません。
南波志帆の(というよりも、キリンジの堀込高樹作詞・作曲のと言うべきかも)「プールの青は嘘の青」という曲を聴いていて書いてみたくなった作品です。内容は歌の歌詞とは直接関係ないのですが、「目の前に広がるプールは涼しげな青」云々の部分は、歌のタイトルほぼそのままです。

6/25 いただいた感想を基に、内容を一部修正。
この作品に対する感想 - 昇順
拝読しました。水芭蕉猫ですにゃー。
失恋の話なのかしら? と一瞬思ったのですが、そうでもなかったですね。なんとなく、切ない感じが良いなぁなんて思いながら、それよりなによりプールで泳ぐという感覚がリアルで凄いです。そうです。水の中で泳ぎながら息を吐くと、耳のところを空気にもちょこられてすごくくすぐったいんですよね。そんな感覚の一つ一つが本当にうまいなぁとため息ついてしまいました。あぁ、プールなんてもう何年も行ってない。たまに行きたいなぁ……。
2010/06/23(Wed)21:48:401水芭蕉猫
>>水芭蕉猫さま
 感想ありがとうございます、ゴロゴロ。
 実はそもそも、水芭蕉猫さまの「ぷるぷるゼリー」(ちょっと違う?)を読んで、夏っぽい話を書いてみたいなあと思ってたところに、曲を聴いてて話を思いついたので書いてみた、というのがこれを書いた始まりだったりするので、そのご本人にお褒めの感想をいただいて、大変喜んでおります。
 元々泳ぐのは好きなので、自分が泳いでいるときのことを思い出すようにしながら書きました。リアルな感じが出ているようでしたら、うまく行ったと言うことなので良かったです。全力で泳ぐと、本当に嫌なこととか忘れられるんですよねえ……。
2010/06/24(Thu)21:04:430点天野橋立
おお、これは気持ちがいい。
いつもながらの空気感というか臨場感で、未だかつて一度も少女だったことのない狸でも、なんか甘酸っぱい夏の入口の一泳ぎ感を、堪能させていただきました。

で、掌編としてのまとまり、という観点から私見をのべさせていただきますと、今回の分量にまとめるなら、『あんな思い出』に関しては、もっと曖昧でもよかった気がします。思い出の部分が、簡潔ながらきわめて具体的に語られてしまったため、ではこの少女が何をきっかけに過去の『あんな思い出』を心に蘇らせどんな思いでダイブしたのかとか、リアルタイムの部分で語られていない心理の部分が、省略よりも欠落として気になります。
もし、泡が消えたあたりで初めて『あんな思い出』が蘇ったのだとしたら、飛びこんだ時点では普通に泳ぐつもりだったのを息継ぎなしに変更するとかの心理描写がちょっと欲しいですし。

――あ、待てよ。今、気がつきました。ここまで狸がごてごて言ってた指摘は、『たった一度きりの手紙の後、あいつからは何の連絡も来なくなった。でも、それも分かっていたことだった。』の一行を省略するだけで解決します。あの一行があったからこそ、「おや、じゃあこの少女は何をきっかけに本日無呼吸25メートルに挑んだのかな」とか、妙に気になってしまったのですね。これがなければ『あんな思い出』は『いつまでもつきまとうもやもや』に自動変換、きっかけなんてなんでもいいから「えーい、無呼吸泳法で夏の空にふっとばしちゃえ!」でオールOK。
しかし――誤字や文法ミスならともかく、他の方の作品に勝手に朱を入れていいのか狸。
2010/06/25(Fri)01:43:230点バニラダヌキ
>>バニラダヌキさま
 いつも丁寧な感想、本当にありがとうございます。
 僕もやはり一度も少女だったことはなく(当たり前)、女性の一人称で小説を書いたのも初めてなので、女性読者の方がこれを読んでどう思われるかなというのが、実はちょっと気になってたりしました。水芭蕉猫さまの感想で、結構ほっとしてたり。

 ご指摘いただいた、「掌編としてのまとまり」という点なのですが、何せ「なんか気持ちいい感じのが書けたぞ、えいっ!」とばかりに勢いで投稿してしまったもので、掌編としての構造にまでは考えが十分至らず、なんともお恥ずかしい限りです。
 バニラダヌキさまがおっしゃられるとおり、思い出についてはあまり具体的に語らないほうが良かろうなあというのは分かってはいたのですが、どうもうまく行かなかったようで、確かにご指摘の一行などに、特に生々しさが出てしまったのかもしれません。まずはその部分を削除してみて、文面を眺めてみようかなどと思ってます。
2010/06/25(Fri)21:15:210点天野橋立
 どうでもいいかもしれませんが、これを読み終わった後、そうか、もう夏なんだと恐らく今年初めて夏の到来というものを感じました。
 潜水してるところがいいです。水に潜って、まわりの世界とは孤立してるというんでしょうか、少なくとも水中ですから他の何かが邪魔することないんですよね。そしてひたすら音が聞こえないわけですから、少女が何かを思い出すと、全く何かに邪魔されていない、それでいて無音の世界が頭の中で展開されました。上手いこといえないなぁ、だから思い出される風景がすごく綺麗だったんです。
 そして潜水のシーン。あと少しのところで辛くなって、あきらめたくなるんですよね。それでもなんとか耐えきって一気に呼吸する。良い感じにつたわってきました。

 指の先までが苦痛で染まり、もう限界だと思った瞬間、壁に手が触れた。わたしは底を蹴って、水の上に飛び出した。わっと押し寄せてくる大量の甘い空気を吸い込むと、体にしびれが走った。

 ここすごく好きです。なんか読んでよかったと思えた一文でした。
2010/06/26(Sat)00:30:551コーヒーCUP
>>コーヒーCUPさま
 こんにちは、感想ありがとうございます。
 水の底って、ほんとに静かなんですよね。確かにまわりの世界からは切り離されて、何者にも邪魔されない感じがします。僕もその感じが好きなので、それを思い出しながら書いてみました。
 潜水の場面を書いている間は、書いている僕自身も段々息苦しくなってくるような気がして、浮上のところにたどり着いたときはやっぱりほっとします。そういうこともあって、泳ぎ終えて息をする部分がリアルに書けたのかも知れません。気に入っていただいて、うれしいです。
2010/06/27(Sun)10:34:000点安芸宮島
今気づきましたが、上記のコーヒーCUPさまの感想へのコメントの名前が、違反報告をした時の名前のまんまになっておりました。
同じ日本三景ではありますが、「安芸宮島」は誤りで、正しくは「天野橋立」です。大変失礼しました。変な使い分けをするものではありませんね。
2010/06/28(Mon)22:05:140点天野橋立
はじめまして、作品を読ませていただきました。
綺麗だなぁ。丁寧に描かれた描写がまるで繊細な水の感覚をそのまま表していて、まるで読者も文字のプールの中に溶けていくような……蒸し暑くなってきた部屋の中で程よい清涼感を与えてくれました。それでさらに破れてしまった恋の苦々しさが程よく糸を引いて……そして、読者の僕まで「ぷはあっ」と息を吐き出したくなるようなラスト一文の切なさと名残惜しさ。とても心地よかったです。
次回作も期待しています。
ではでは、
2010/06/28(Mon)23:22:451こーんぽたーじゅ
>>こーんぽたーじゅさま
 どうもはじめまして、感想ありがとうございます。
 これを書いていた日はどんよりと暑苦しい梅雨空でしたので、晴れ間の太陽の下、プールで思い切り泳ぐ気持ちよさに憧れるような気持ちで書いてました。冷たいプールの中に溶けていくような涼しげな心地よさを感じていただけたなら、良かったです。
 ラスト部分は自分でも気に入っているのですが、思い切り息を吐き出す実感が出ていましたでしょうか? あの一瞬は、ほんとにすっきりとした気持ちになりますね。
 またよろしくお願いします。
2010/06/29(Tue)21:12:240点天野橋立
こんばんは、天野橋立様。せんだいかわらばんです。
環境が変わったせいもあってなかなか登竜門にこれなかったんですが、題名から気になっていたので本日ようやく御作を拝読することができました。
まず読んでいて思ったのは、率直に着眼点が面白いなあと感じたことです。
夏といえばプールがつきものですが、潜水シーンの一コマ一コマを決別シーンになぞらえて描いていらっしゃる。私には、過ぎ行くプールの底にあるラインが人の記憶の走馬灯のように感じ、空気の泡とのダブルコンボが一層情景を鮮明にしているような……そんな印象を受けました。
天野橋立様の作品を読んだ後、創作意欲が湧いてきます。でも、短編って難しいんですよね(汗)。
2010/07/04(Sun)18:55:510点せんだいかわらばん
>>せんだいかわらばんさま
 作品をお読みいただき、ありがとうございます。
 感想をいただきましたとおり、プールの底のラインが過ぎ去っていく様子に、過去の思い出が流れて行くイメージを重ね合わせて書いてみました。情景を鮮明に感じていただけたのなら、うれしい限りです。
 僕も、ここまで短いものは今まで二、三作くらいしか書いたことがありませんが、確かに難しいですね。この作品は、ほとんど勢いだけで書いてしまいました。それでも自分ではまだしも良く書けたほうかなと思っています。
2010/07/05(Mon)21:20:010点天野橋立
合計3
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