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『女子高生◆殺人事件』 作者:時貞 / ショート*2 ショート*2
全角5055文字
容量10110 bytes
原稿用紙約14.6枚
「うわぁ――、すっごく口くっさーいッ! 何よこの強烈な臭いはッ。んもぉ、順平サイッテー!」
 女子高生の彼女にそう言われて、平松順平はとめどなく溢れ出す額の汗をハンカチで拭った。八月の熱帯夜、着ているスーツはすでに湯気が立つほど汗を帯びていて、ワイシャツは動きにくいほど肌にぴったり張り付いている。
「ご、ごめん、アヤ」
 アヤから突然の呼び出しメールを受けたとき、順平は会社の同僚となじみの焼肉屋でおおいに飲み食いした後であった。営業マンである彼は月に一度、給料日になるとこうやって同僚たちと焼肉屋に行くのを、なによりの楽しみにしていたのである。
 仕事の後のビールはうまい。給料日に食べる焼肉はうまい。特に今日は得意先を日頃の倍近く駆け回ったので、キンキンに冷えた生ビールがことさらうまく、食欲もそれにつられてさんざん肉を食べまくった。
 タン塩からはじまって、ロース、カルビ、ミノ、レバー、ハツ、ハラミ……、彼は内臓肉が特に好きで、最後にはレバ刺しに生にんにくおろしをたっぷり絡めて食べた。彼は全身から、汗、ビール、焼肉、にんにくをミクスチャーした臭いをぷんぷん放出していたのである。
 アヤからのメールを見た彼は、慌てて最寄のコンビニへと駆け込み、CMで有名な素早く口臭を消すカプセルタイプの口中清涼剤と、衣類の消臭スプレーとを買って、公衆電話のボックスに飛び込んだ。慌てたうえにアルコールがはいっている分、異様なほどに発汗し、電話ボックスのガラスがみるみるうちにくもっていった。
 そこで口中清涼剤を全部ボリボリと噛みくだし、スーツには隈なく消臭スプレーをかけまくり、アヤが指定した待ち合わせ場所に到着したのが、つい五分ほど前である。アヤはかなり気まぐれな性格で、自分の気の向いたときに《会いたいメール》を送ってくる。就寝中の深夜に呼び出されたことも度々あったが、惚れた者の弱みでついつい応じてしまう。

       *

 アヤと知り合ったきっかけは、とある携帯版の出会い系サイトであった。彼女いない歴の長かった順平は、それまでにも数サイトの出会い系サイトに登録していた。だがしかし、いくら利用してもなかなか女性と出会えることは叶わず、半ば諦めかけてた頃にアポイントを取れたのが、現役女子高生のアヤであった。
 アポイントが取れたからといって、必ず出会えるとはかぎらない。むしろ、すっぽかされる可能性のほうが高いのではないか? そんな一抹の不安を抱えながら待ち合わせ場所で待機していたとき、事前に顔写真で見知っていたアヤが現れたのであった。
 アヤはちょっと性格的にエキセントリックな部分があって、いきなり何をしでかすかわからないところがあったが、平凡を絵に描いたような順平にとっては、その危うさも彼女の魅力のひとつとして感じられた。

       *

「くっさい、くっさい、くっさい! 何かウンコよりもくっさいって感じ!」
 アヤは鼻をつまみながら、何度も「くっさい」を連呼する。その都度順平は何とか機嫌を取ろうとして、愛想笑いを浮かべながらアヤの服装を誉めたり、彼女が行きたい店を尋ねたりするのだが、いっこうにアヤの機嫌が直る気配は感じられない。
「な、なあ、アヤ。それじゃ、僕の部屋で何かDVDでも見ようか? すぐにシャワー浴びて、歯もしっかり磨くからさぁ」
「……それってやらしくない?」
「ち、違うよ! そういう意味じゃなくって、せっかく会ったんだから。アヤに嫌われたくないし、僕も早くサッパリしたいしさ。……あ、そうだ! ウチのパソコンで、何かアヤの欲しい物があったらネット注文してあげるよ!」
 アヤの顔色がにわかに変わってきた。順平はここぞとばかりにたたみ込む。
「一緒に電車に乗るのが恥ずかしかったら、ウチまでタクシーで行こうよ。帰りのタクシー代も渡すしさ」
 順平のこの一言で、アヤはにんまりと笑みを浮かべた。

 タクシー代の二千四百円少々を支払い、アパートの前に二人して降り立った。車内がかなり涼しかっただけに、外の空気はよけいに暑苦しく感じる。順平は急いで鞄から部屋の鍵を取り出すと、アヤの手を引いて自室へと続く階段を上った。
「順平の部屋に来るの、はじめてだね」
 すっかり機嫌を取り戻したアヤが、肩にもたれかかってくる。順平は内心、「さっきまでくっさいくっさい言ってたスーツに、もたれかかって何とも思わないのかよ」と毒づきながらも、もしかしたら今夜アヤとヤレるかも! という期待が高まり一人欲情していた。
 玄関にアヤを待たせて一人で部屋に入り、大急ぎで床に散らかっているゴミや汚れた衣類をベランダに放り出すと、エアコンをONにして設定温度を二十三度まで下げた。そして、テーブルの上に置かれていた芳香スプレーを掴むと、部屋中にまんべんなく振り撒く。そうしておいて、いよいよアヤを招き入れた。
「ふーん、順平の部屋ってこんな感じなんだぁ」
 あまり興味なさそうなアヤの声。
「何か冷たい物でも飲む? って言ってもウーロン茶かコーラしかないけど。……あ、あとはビールならたくさんあるよ、はっはっは」
「ん――、じゃあコーラ。ちゃんとコップ洗ってよね」
「……」
 順平は早速キッチンでグラスを洗うと、ちょっと埃くさいハンドタオルで水気を拭き取り、冷蔵庫から取り出したコーラを注いだ。それから冷凍庫から、いつ作ったかわからない氷をひとつ取り出し、そのグラスに落とす。跳ねたコーラの滴が、順平のワイシャツに染みをつくった。自分用の缶ビール一本とアヤのコーラを持って部屋に戻る。アヤは携帯の画面を見ながら静かに待っていた。
 とりあえずの乾杯を済まし、順平は一気に缶ビールを飲み干した。焼肉屋であれほど飲んだのに、帰宅してから飲むビールもこれまたうまい。思わずもう一本飲みたい衝動に駆られたが、この後の展開に備えてやめておいた。
「じゃあ僕はシャワーを浴びてきちゃうから、テレビでもパソコンでも何でも適当に使っててよ。あ、テレビラックの中にいろいろな映画のDVDが入ってるから」
 順平は、アダルト系のDVDをベッドの下に隠しておいて良かったと思った――。
 
 鼻歌を歌いながら全身をまんべんなく洗い、よく泡立ててシャンプーを済ませた後、温度の低いシャワーを頭から浴びる。一気に気分が爽快になってくるとともに、ふしだらな想像が頭に浮かんでにんまりしてしまった。シャワーを流しっ放しにしたまま、ゴシゴシと歯を磨く。歯と歯のあいだに肉片がはさまっていたので、少し歯ブラシに力を込めたら歯茎から血が出た。
「ふぅ――、これで臭いもバッチリだぜ」
 順平は両手で頬をぴしゃぴしゃと叩くと、シャワーを止めた。
 バスタオルでよく体を拭き、頭は生乾きのままティーシャツとハーフパンツに着替える。全身がサッパリして気持ちよい。ビールの酔いもだいぶ覚めたような気がした。
「ふふふ、アヤちゃんは何をしてるのかな?」
 順平は意気揚揚と部屋に戻った。

 パソコンのモニターをにらむ、アヤの横顔が見えた。どうやらインターネットでもやっているようだ。真剣な表情でパソコンに向かうアヤもかわいい。順平は静かに近寄っていくと、背中越しに声をかけた。
「なーに見てるのかな?」
 アヤがびっくりして「キャッ」と声をあげる。それから順平の顔を見て嬉しそうに微笑むと、パソコンのモニターを指差しながら言った。
「見て見て、これ、順平に買ってもらうことにしちゃった!」
「ああ、欲しい物注文していいって言ったもんね。どれどれ……ええッ!」
 モニターには、ネットショップの《ご注文一覧》が写真表示されていた。その商品が問題であった。高級ブランドのバッグに靴が二点、財布、色違いのワンピースが三点、おまけに何点かの小物まで含めて、合計金額は百万円をゆうに超えている。
 順平の顔色が一気に蒼褪めた。まだ発注を掛けたばかりの段階なのでキャンセルは可能なはずなのだが、予想を遥かに上回る合計金額に慌てふためいてしまい、そんなことはすっかり頭から抜け落ちてしまった。
「――ちょッ、おいおいおいおい! な、なんなんだよこれはッ! 誰がこんなに買っていいって――ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ」
「えー、だって全部欲しい物ばかりだったんだもん。ね、いいでしょ? お願いー順平ー」
 もはや順平の頭の中では、アヤの声が遠くから響いてきていた。一瞬放心状態になり、それからハッと気が付くと、声を裏返らせて叫び始めた。
「バカ言ってんじゃねーよ! いくら付き合ってる彼女だからって、こんなに高いものをいくつも買ってやるほど金持ってねえよ! 加減ってもんを知れよなッ」
「ちょっと、そんなに怒らなくたっていいじゃん。わかったわよ、じゃあこの中から本当に欲しい物だけ何個かにするよ」
 アヤの軽い口調に、順平はよけいに腹が立った。肉ばかりをたくさん食べたせいか、普段より攻撃的になっていたのかもしれない。
「何個かだって? だからそんな金無いっつーの! 靴のひとつくらいで我慢出来ねえのかよッ! それなら、今夜やらせてくれれば何も言わずに買ってやるよッ」
 アヤの顔色がたちまち険しくなり、いきなり座っていた椅子を蹴り倒して立ち上がった。そして、順平の顔をにらみつけると最大限に大きな声で叫びだす。
「あんたなんかにやらせるわけ無いでしょッ! いままでだって、奢ってくれるから付き合ってあげてただけなのにッ! 何よ、この変態スケベオヤジ! お金無い無い言っといて、今でも出会い系サイトにはお金つぎ込んでるみたいじゃないッ」
 そう言ってアヤはパソコンのメールソフトを起動させると、受信ボックスを開いて指差した。そこには、有料出会い系サイトからの入金確認メールが、一昨日の日付で受信されていた。
 順平の両腕がおのおのとふるえている。
「お、お前、人のメール勝手に見たのかよ……」
「パスワード掛けとかないあんたが悪いんじゃんよ! それに、何でも適当に使っててくれって言ったじゃないッ」
 アヤの逆ギレ的な言葉に、それまでぎりぎりのところで繋がっていた順平の理性の糸がプツリと音を立てて切れた。もはや自制は効かなくなっていた。
「こ、この――ッ」
「キャッ!」
 順平はいきなり躍りかかると、アヤを床の上に押し倒し、顔面を何度も拳で思いっきり叩いた。そして、髪の毛を鷲掴みにして持ち上げると、顔のど真ん中に唾を吐きかける。これまでの人生で、女性に対してこのような暴力を振るったことは初めてであった。アヤの顔は、溢れ出た鼻血と順平が吐きかけた唾液とで汚れている。
「お前なんか最低のクズ女だ! とっとと出て行け! もう顔も見たくない」
 順平はアヤの髪の毛を放して立ち上がると、顎で玄関を示した。一刻も早く出て行って欲しかった。このままグズグズ言い合っていると、自分が何をしでかすかわからない。
 アヤは無言のまま立ち上がると、虚ろな目を順平に向けた。それはまるでくもったガラス玉のような、無機質感を感じさせるものであった。
「……」
 順平はアヤをにらみつけたまま、両手を強く握り締めている。アヤはそのまま踵をかえすと、順平に背を向けて歩き出した。まるで、機械仕掛けの人形のようなぎこちない歩き方であった。
 アヤの姿が部屋から消え、順平の緊張感が一気に緩んだ。その場にペタンと座り込む。
「ふぅ――」
 順平の思考は停止したまま、体もまるで動かなかった。半ば夢を見ているような、虚ろな状態で壁紙を見つめていた。だから、背後にアヤの姿があることに気付かなかったのであろう。
 背中に冷たい衝撃が走り、順平は目を見開いた。そのまま視線を胸元に落とす。何かが、何かが背中から入り込み、自分の心臓まで達している――順平は瞬時にしてその映像が脳裏に浮かんだ。
 アヤは順平の背中に突き刺さった包丁を引き抜くと、大量の返り血を浴びながら立ち上がり、玄関に向かって歩き出した。途中でキッチンから持ち出してきた、順平の血と脂肪でぬらぬらする包丁を放り投げる。
 順平の部屋を出たアヤは、全身返り血にまみれたまま見慣れぬ住宅街を歩いた。途中ですれ違った主婦が驚きの悲鳴をあげ、その後すぐに百十番通報した。

       *

 翌日、この事件を各メディアはこぞって報道した。
 女子高生《による》殺人事件――。



        了
2008/08/08(Fri)16:51:26 公開 / 時貞
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■作者からのメッセージ
はじめまして。お久しぶりです。前作を投稿したのが約一年ぶりだった僕としましては、かなり短いスパンでの投稿となります 汗 ……しかし、これは正直反則ぎりぎりですね。うーん、ぎりぎりだなぁ。というよりも反則そのものでは? ……お叱りは甘んじて受けます。
お読みくださった方がいらっしゃいましたら、多大なる感謝とお詫びとを申し上げます 汗 汗 汗
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