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『くちづけ』 作者:硝子 / ショート*2 未分類
全角1300文字
容量2600 bytes
原稿用紙約4.05枚
吹奏楽部の女の子とその相棒のお話
吹奏楽部の活動が終了した直後、音楽準備室には傾いた陽が差して薄暗く…しかしあかく…。
数分前まで各々の楽器を棚に戻していた部員たちは、皆、毎日恒例の反省会を行うべく音楽室に集い、
そこからすこし離れたこの部屋には俺と彼女がいるのみだった。
俺と彼女は向き合っていた。
体に彼女の温かな手の感触がある。彼女は入部したころから手汗が酷く、べたべたとした汗がじんわりと滲んできて気持ち悪い。
できれば放してほしかったが、痛い目を見るのは自分なのでそういうわけにもいかない。
「……あのね、楽器を買うことになったよ」
彼女が前髪を弄くりながらそう言った。
どこか張り詰めたような、気まずい沈黙が降りる。
彼女の奥二重の瞳をまっすぐに見ることが出来なくて、俺はなんともなしに前髪に目をやった。
…そういや、彼女はいつも奥二重を気にしていて、ぱっちり目がいいのなんのと漏らしていたっけな。十分大きいと思うのだが。
それから、すぐにずり落ちてくる靴下や、制服の埃や、ふわふわと浮つく前髪や、唇の乾きや…彼女はいつも外見ばかり気にしていて、鏡を見るためにトイレに通いつめていた。
そこまで気にするほどの外見ではないと思う、のだが。
―――おいおい、いつまで前髪弄ってんだよ。

彼女はクラリネットパートに所属していたが、楽器を買わず学校のものを使用していた。特別欲しいとは思っていなかったらしい。なぜ3月上旬という微妙な時期に買うことになったのか不明だったが、とりあえずそれは気にしない。
……おめでとう。
ひとまず簡単な社交辞令を述べて、そっけなく沈黙を破る。別にかなしいとかそういう類の感情は無いが、
ちょっと冷たくしてやりたくなるようなわずかな悔しさは、ある。
入部して、楽器を始めて、俺と出会って。それが4月の出来事だったから、もうすぐ1年になるのか…時が過ぎるのは早いな、なんて思うから俺は彼女に親父くさいなんて言われるのかもしれない。
―――ちょっと意地悪しすぎたかもなあ。
俺がおかしくなるたびに、わざと変な音を出して彼女を困らせた。周りの部員は皆、彼女の実力不足としてそれを捕らえていたことも、ちゃんとわかっていたのに。男として大人気なかったかもしれない、あんなに不器用な彼女なのだから、俺のことなど理解できるはずもなかったのに…。
まぁ、別に彼女が新しいのを買おうが買わまいが、俺には関係ないけれども。
 彼女がレモンの香りのリップを塗り始めた。
俺は『べたべた』、彼女は『うるおい』と称すリップたっぷりの唇で、よく息を吹き込まれたなぁ…。
確実に寿命縮むからやめろっつったのに。
ふいに、ドアの隙間から漏れていた音楽室の喧騒がぴたりと止む。
「しゅうごーう」
部長の声が廊下を伝ってこっちの部屋まで届いてきた。
彼女は行かなくてはならない。引き止めるつもりもない。
「今日も一日、ありがとう」
恐らくは最後となる彼女の習慣があっけなく済まされ、俺はようやく汗ばんだ手のひらから解放された。

 そっと押し付けられたやわらかい感触に最初は驚いたが、それがなにであるかわかると、あとはただ大人しくしていた。
かすかにレモンの香りがした。
2008/03/07(Fri)21:37:39 公開 / 硝子
■この作品の著作権は硝子さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちは、硝子(しょうこ)といいます。
書き終えてみて、起承転結や「相棒」がなんであるか、などが弱かったかなぁと思ったのですが、いかかでしょうか?
感想・ご指摘等よろしくおねがいします。
お読みいただきありがとうございました。
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