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『姿無き暗殺者[完]』 作者:ヴァスキート / ファンタジー リアル・現代
全角21481文字
容量42962 bytes
原稿用紙約70.55枚
俺は日常に退屈していた。この世界は絶対に崩れないものだと思っていた。ただただ毎日同じ事を繰り返し、そして終わっていく。そんなずっと変わる事のない日常の中を生きていくんだと思い込んでいた。でも、中学三年の夏、そのちっぽけな既成概念は粉々に吹き飛んだんだ。修学旅行という、さして珍しくも無い場で──
 初夏の匂いが漂い始めた六月の半ばのことだった。だんだんと加速していく電車の中、異様な騒音とクラスメイト達の品の無い笑い声で気が滅入ってしまいそうだった俺は、乗り物酔いを理由に最後尾の席で外を眺めていた。
 修学旅行、それは間違いなく中学三年間において最大の行事であり、誰もが大いに楽しみ、騒ぎ、羽目をはずす。
 行き場や旅行の本質などには関係なく、多くの学生は思いっきり騒ぎまわる。 
 だが俺は一人、そんな奴らに冷めた視線を向けていた。
 馬鹿馬鹿しい。なぜ俺の周りはこんなに頭の悪い連中ばかりなんだ。
 こういう類の人間は往々にして人付き合いが苦手で根暗なものである。しかし俺は違う。
 別に俺は人付き合いが苦手なわけではない。友達も、居た。
 しかし俺は周りの人間ほとんどが嫌いだった。自分と同じレベルの人間がほとんどいないことに、イラついていた。
 俺はとにかくこの居るだけで胸くそが悪くなるような電車を、早く降りられるように願った。

 だんだんと電車が減速していく。慣性の力で体が前に持っていかれ、まどろんでいた俺は目を覚ました。
 ザワザワとした声が聞こえて、前方の同級生が電車を降り始めている。少し遅れて、俺も電車を降りた。
 電車を降りると、初夏の斜陽が目を突いた。つい一ヶ月前とは比べ物にならない日差しの強さだ。季節の変わりを感じる。もっとも、ここが在住地より低緯度の場所にあったからかも知れないが。
 そんなことを考えていると後ろから不意に「気分は良くなったか?」というようなことを同級生に聞かれて戸惑った。危うく「何のことだ?」と返答しかけて、口をつぐんだ。
 そういえば電車に酔ったと言ったんだったな……
 適当にとりつくろいながら言ってみる「ああ、まあ大丈夫さ」。
 意外にそっけない俺の返事を見て、フウンと言ってすぐに他の人間のもとに駆けていった。
 俺は、そいつの名前を思い出そうとするのをやめて、ゆっくりと歩き始めた。

 すでに時刻は午後五時を回り、駅の外は帰宅目的と思われる会社員が目立っていた。
 今日はもう旅館に行き、実質の観光は明日から──そう担任に聞かされていた。基本的に観光は嫌いで、興味は全く湧かなかったのだがなんとなく記憶には残っていた。
 頭の中でこれからの予定を反芻していると、担任の教師が「今度はバスに乗るぞ!」と言った。
 バスは既に駅の前に停まっており、俺達の中学校名が印刷された紙が、窓の前面に見えた。
 なぜか同級生はそのバスを見て、やたらと騒いでいた。バスが珍しいわけもなかろうに──本当にくだらない連中だ。
 そんな連中がどやどやとバスに吸い込まれていき、あっという間に人口密度は下がっていった。
 また移動か… と、もう俺は完全にあきらめていた。旅館までの辛抱だ。
 仕方なくバスに乗り込もうと、ステップに足を掛けたとき、運転手と目があった。しかし挨拶はせず、そのまま無言で乗り込んだ。
 一期一会?下らない。一回しか会わないからどんなに悪く思われても構わないんじゃないか。
 
 指定された座席に座り、しばらく考え事をしているといつの間にかバスは停まり、旅館に到着したようだった。意気揚々、とまでは行かないが、俺は少しの開放感とともにバスを降りた。
 そこからの時間の経過はいわゆる「普通」の修学旅行のそれだった。
 この時間は自由行動だったので、数少ない自分と同じレベルの人間──「友達」の古谷 慎と行動を共にした。
 と、言ってもそこらの馬鹿のように騒ぎまわるのではない。俺達は数時間部屋で会話を交わしていた。
「お前は相変わらずつまらなさそうにしていたな。あの乗り物酔いとやらも、嘘だろ?」慎がオレンジジュースのグラスを傾けながら、冷静に聞いてくる。右手の派手な装飾の時計が光を反射して、一瞬俺は目を細めた。
「当然嘘。つまらなかったんだから仕方ない。俺がつまらなさそうな顔をするのも自然の摂理だよ。」
「自然の摂理、と来たか。お前が羨ましいよ。あの場でつまらない表情ができるお前がな。」
「慎は楽しかったのか?あの電車の中が」
「そんなわけないだろ。周りがあんなにレベルの低い連中ばかりなんだから」
「でもクラス委員の古谷様は、『空気の読めない奴』とされたくないんだろ?人気もクラス委員の大事な要素だからな」
「そのとおりだよ。これでも完璧な優等生を演じるのも楽じゃないんだ」
「難儀な生き方だねえ。俺にはまねできないよ」
「その方が、楽だと思うぜ」そういう慎の顔は、少し寂しそうだった。
 その顔を見た俺は、なんとなくバツが悪くて、話題を変えた。

 特に大したことは起こらなかった。しばらく会話をしていると就寝時間になり、眠った。
 この日起こったことは、なんらおかしくない、全国の学校の修学旅行で同じように起こっているであろうことばかりだった。
 俺は、このまま何事も無く旅行が終わるのだとばかり思っていた。
 何の変化もない日常。決して変わる事のない根底。そんな物で俺の周りはきっちりと塗り固められているのだとばかり思っていた。
 そんな周りの塗装など、些細なきっかけで全て崩れ落ちてしまうとも知らずに……


 2日目、市内観光が始まった。縄文時代の遺跡だの、伝統工芸だの、下らないものばかりを見せられて、俺は正午を回る前からすでに観光に飽きていた。
 しかし幸いなことに、昼食後は完全自由行動の時間が与えられていた。
 多くの同級生はまた街に出かけるようだった。昼間あれだけ観て回って、これから何を観ようというのだろう。どうも馬鹿の思考回路は分からない。
 何をすべきかしばらく考えた後、俺は仲間とつるまずに一人で旅館のそばにあった森をぶらつく事にした。俺は市内観光よりはこっちの方がはるかに面白いと踏んだ。
 慎を誘おうかとも思ったが、おそらくあいつは周りに合わせて街に繰り出していることだろう。
「本当、難儀な生き方だな……」
独り言をもらしてから、俺はまた歩き始めた。

 まずは森の中心に向かって足を運ぶことにした。完全な気まぐれで、そこにはなんの作意も存在しなかった。
 
 さくさくと草を踏む感覚が新鮮で、苛立ちっぱなしだった修学旅行もようやくましになってきた気がした。
 しばらく歩いたが特に大した収穫もなく、30分ほどが過ぎた頃、不自然な建造物が目に入った。
 それは切り立った崖のようなところに建っており、玄関は崖の下にあるようだったが崖の上、反対側にも崖に面した入り口のようなところがあった。ベランダだろうか。
 家は非常に縦に長く、崖の上と下を結んでいた。かなり奇妙な設計だと思った。
 俺は玄関から入るべきか、ベランダのようなところから入るべきか一瞬迷ったが結局ベランダから入ることにした。
 扉を開けようとドアノブに手をかけたとき、背後から声が聞こえた。
「よ、どうした?こんなとこで一人で?姿を見かけたからついてきたぜ」。
 同級生の藤崎だった。あまり頭の回る方ではなかったため、あまり好感を持ってはいなかったが、そこそこに仲は良かった。
 わざわざ追い払うのも面倒だったし、その必然性もなかったため、俺は適当に相槌を打つことにした。
「ああ、なんとなく暇でな、少なくとも市内観光よりこっちのほうが楽しい」
 フウン、と少し関心したように一人で頷いてから、
「そうだな、俺も一緒にいていいか?」と藤崎は言った。
「ご勝手に」
 言いながらドアノブを回す。 ギィ、と軋んだが、ちゃんと開いた。
 嫌な予感が俺の脳裏をよぎった。しかし、今更引き上げる気にはなれなかった。
 …思えばこのときからもう、俺は姿無き暗殺者の掌の上に居たのかも知れない。
 部屋に入ったとたん、異様な匂いが鼻を突いた
「血の匂いだ……」
 薄暗い部屋だった。視界は皆無に等しいが、一階から何者かの気配は感じる。
 そしてゴリゴリと妙な音が聞こえる、どうやら下には誰かが居ると踏んで間違いないようだった。
「何の音だ?」さすがに目が慣れてきた俺たちは下を覗き込む。
「っ!!」隣にいた藤崎が声をあげようとした。俺は反射的に藤崎の口を塞いだ。
 俺は藤崎に超小声で話言った。
「声を立てるな。冷静になれ。落ち着いて考えるんだ。」
 ベランダから微かに射す日光がはっきりと照らし出していた。
 地面に無残な姿で転がっていたのは同学年の人間だった。名前は…何だったか、しかし顔は何度か見たことがある。
 さすがに同学年の人間の死体が転がっているのを目撃した俺は冷静とは言いがたかったが、それでもやっとのことで現状認識が最優先だと思い至った。
 もう少しはっきり見てみようと、目を凝らした。
 地面に横たわっていたそれはすでに人間ではなかった。唯一、無傷な顔からは生気を感じることは出来なかったし、体は血に染まり下半身と上半身は完全に分離しており、明らかに元の人間の体積より少なくなっていた。
 その死体の傍らに誰かがいた。
 俺達の中学の制服を身にまとい、キャップをかぶっていた。
 かなり大きなキャップだったので顔は見えなかったが、何をしているかは手をとるように分かった。

 喰ってるんだ。

 そこまで俺の思考が落ち着いたところで藤崎が俺の手を口からよけた。「もう大丈夫」という顔をしている。十分冷静になったようだ。
 「ここから逃げようぜ、これ以上ここにいるのは危険だ。」藤崎が言う。
 俺は返答する。「百も承知だ。だが、どうする?さっきのドアが軋む音を聞き取られなかったのは多分ただの幸運だ。おそらくあいつが最も激しく食べていた時期だったからその音にかき消されて聞こえなかったんだろう」
「じゃあ、何か?ここでじっとしてろと?」
俺は少し苛立ちながら言った。
「しばらく、ここで待とうといってるんだ。あいつが食い終わって玄関から出て行ったらこっちのベランダのドアから脱出する。」
「あいつがその前にこっちに見回りに来ない根拠でもあるのか?」
「ない、だが今ここを出てドアの音を聞き取られるよりはリスクは低い」
「その考え方には同意しかねるね。仮にドアの音を聞き取られたところで全力で逃げれば逃げられるはずだ。」
本格的に俺は苛立ってきた。
「もう少し頭を使え。最終目的地は山の下だ。俺たちのいる場所は崖の上だぞ。崖を迂回してたら、半端じゃないハンデになる。走る速さやスタミナによっぽどの差がないと振り切れない」
「できるんじゃないか?あいつは鈍重そうだぜ」
「そういう先入観でものを語るな。第一リスクが高すぎる。とにかく少し待って様子を見る。」
「お前はそう言うが、このままあいつに見つかるほうがよっぽど最悪なケースだぜ。」
俺はあたりを見渡して、言った「そこにモップがある。」
「は?」藤崎は狐につままれたような顔をしていた。無理も無い。
俺は解説を付け加えてやった。「もし見つかりそうになったら先制攻撃を仕掛ける。」
「な!」
「俺たちの顔を見られる前に殴り倒して速攻で逃げる。」
藤崎は少しあきれていた「はぁー 慎重なのか大胆なのかわからないな。まあ、お前の言うとおりにするさ」
「いつでもいけるよう準備しとけよ」
 そうは言ってもそんな無茶な作戦はなるべく使いたくなかった。
 だから俺はこのまま何事も無く「奴」が出て行ってくれることを願っていた。
 その願いが通じたかの様に「奴」はあらかた喰う部分を喰い終えたらしくしばらく立ち尽くした後、玄関から出て行こうとした。
 少しほっとして全身から緊張感を排除しようとした時だった。
 おそらく藤崎も俺と同じように緊張を解いたのであろう。
 藤崎の手からモップがこぼれ落ちた。
「馬鹿やろう!」と叫ぶ暇もなかった
 からんと乾いた音を立て、モップは床に転がった。
 下にいた「奴」は冷静にこちらを見た。姿は見られなかったように思う。しかし先ほどの音だけで「奴」を動かす原因には十分すぎた。
 タン、タンと一段ずつゆっくり階段を上ってくる
 くっ! どうする!? 今のモップの音であいつには警戒されてしまった。
不意打ちはおそらく、成功しない。
 あいつも今はありとあらゆる音に敏感になっているはずだ。
 逃げようとしたらあいつもすぐに動く。逃げ切れるかどうかは微妙だ。
 やはり攻撃を仕掛けるしかない。二人がかりなら勝てるかもしれない。
 現実的に考えてそれが一番だった。でも上まで上がられるということは即ち俺たちの顔が見られるということだ。
 そう、勝てばいいというわけではない。「奴」がこの光景を見てしまった俺達を消さないはずが無い。
 顔を見られるのだけは絶対に避けなければならない。
 くそっ 考えろ、考えるんだ!この状況をなんとか打開する策を……
 一歩、また一歩、と確実に奴は歩みを進める。ここに来るまであと15秒もかからないだろう
 隣で藤崎は真っ青になっている。
 落ち着いて考えよう。俺たちは二人だ。なんとかこの事を利用できないのか。
 二人であることを最も利用できる作戦は……
 考えるまでも無い。囮 だ。
 そう、一人が相手の気を引いて、もう一人が逃げ出す。これならよほどのことが無い限り一人は確実に逃げ出せる。だがもう一人は間違いなく相手に捕まり、最悪死ぬ。
 もちろん俺はそんな役をやる気はない。だからっていくら混乱してるとは言え藤崎がこの役をやるとは思えない。どちらかが死ぬのだって、嫌だ。
 
 囮、か……

 まてよ、その一歩手前なら…藤崎を丸め込むことができるんじゃないか?
 これなら…俺たちにとって最悪のかたちを確実に回避できるはずだ。
「おい藤崎、今から言う事をよく聞け。そうすれば助かる事は保障する。俺を信じてくれ」
 藤崎は、小さく頷いた。
 俺は作戦の内容を藤崎に伝えて、「必ず成功する」と囁いてやった。
 もう、奴の頭の輪郭が俺の視界に入ろうとしていた。


 ──「奴」は、なんなのだろう──
 分かるのは食人衝動がある、ということ。そして見られては相当まずいはずの光景を目撃されたというのに、冷静そのものだった、ということ。
 このことから、普通の「弱さ」を持った人間じゃないことは分かる。
 では、「奴」は人間じゃないのだろうか。
 もしかしたら、本当にそうなのかも知れない。食人目的の事件は何件か新聞などで見たことがある。その記事では、肉体のごく一部分が食われている、と書いてあった。
 だが下にいる「奴」はほぼ全身を食いつくしている。この光景はとても普通の人間が創り出したものではないように思われる。人間じゃないとしたら、一体──
 
 そんなことを考えているうちに「奴」が攻撃範囲内に入ってきた。
 俺は即座に作戦を思い出し、身構えた。そして心の中で叫んだ。「行け!藤崎!」
 

 藤崎は、飛び出した。
 モップをその両手にしっかりと握って──

 まっすぐそれを奴に向かって振り下ろした。
 直後、鈍い音が響いた。その轟音から俺は、もしかしたらやったのでは、と思った。
 しかし無情にも、奴は右手でしっかりとモップを防いでいた。
 少し、奴は口を歪めたように見えた。

 今なら やれる。

 確信を持った俺はもう一本のモップを持って飛び出した。
 俺は藤崎の後ろ、ちょうど奴の死角の位置にいた──藤崎には簡易的な囮をやってもらった。
 「奴」は全く警戒していない。
 右手に渾身の力を込め、息を大きく吐きながら、俺はモップを打ち込んだ。
 俺の手から伸びるモップは、まるで意思を持つかのように完璧な軌道を描いて奴の腹に向かって飛び込んだ。
 凄まじい轟音と共に、豪快に階段を落ちて行く「奴」を見ながら俺は、この思いっきり期待通りの反応を見たところ、こいつは普通の人間なのかも知れないな。と、思っていた。
 そんなことを考えているうちに藤崎は走り出していた。もちろん、逃げるためだ。
 俺も全力で後を追う。急がなくても「奴」の肋骨の2,3本は折れててしばらく動けないはずだったが、急ぐに越した事はない。
 途方も無く現実離れした光景を見てしまったせいか、あるいは自分の作戦が見事に成功したからなのかもしれないが──俺の気持ちはすがすがしかった。
 初夏の風を切って走るのがこの上なく快感に感じた。足が地面を捉える感覚が、何か素晴らしい物のように感じられた。
 しばらく走っていると宿泊中の旅館が見えてきた。俺達は、ハアハアと肩で息をしていた。
 藤崎は、笑っていた。何がそんなにおかしいのか聞こうかとも思ったが、自分も同じような表情をしていることに気づいて、やめた。
 そうして少し奇妙だった俺の動作を見て、また笑った。
 ふと思いついて、俺は聞いた。「なあ、喰われてたあいつの名前は何だ?」
「知らないのかよ! 学年委員長の安田だよ」
「安田…か。そういえば聞いた事があるような気もするな」
「人の名前覚えない癖直せよな」
「俺は必要ないことは覚えないんだよ」

 そんな風に二人で二分くらい満足感に浸っていたが、藤崎は奴に顔を見られた可能性がある、ということを思い出した。
 だとすればこのまま家に帰って転校でもするのが最もいい形だ。とにかく藤崎がここに居続けるのは危険すぎる。
 そう考えた俺は藤崎に財布を渡した。1円も使ってないから最初の所持金のまま、1万円が入っている。
 幸運なことに藤崎も一円も使っていないようだ。二人合わせれば2万円だ。
 タクシーで駅に行ってJRに乗れるくらいの金ではある。
 とにかく全速力で大きな通りに出てタクシーを拾うように指示した。
 「ありがとよ!」そう言って遠ざかっていく藤崎の背中からも、不安さは微塵も感じられなかった。
 これで、全て終わった。
 そう考えた俺がバカだったことに気づくのはそう遠い話じゃなかった。
 
 
 その後の俺は、完全に油断しきっていた。
 要因は、あの絶望的な状況から理想の形で生還できたことに対する充実感だったのかも知れないし、もう俺は助かったのだ、という都合のいい憶測からだったのかも知れない。
 とにかく、すがすがしい感覚と、麻痺していた空腹感が戻ってきているのを感じながら、夕食会場へ向かった。
 夕食はバイキング形式になっており、色々な物が用意されていた。途端、食欲が数倍になり、唾液が発生した。
 頭と体をフルに使った後だけあって、腹が減っていた。
 とりあえず何か腹に詰めようと目に入った物をいくつか自分の皿に盛り付けて席に戻った。
 椅子に座ろうとしたときだった。
 隣に座っていた同級生(また名前が思い出せなかったが、もう一つとなりの奴が「岡田」と呼んでいたので、思い出した)が話しかけてきた。ずいぶん突然な話口だったので、俺は少し驚いた。
 「おい、知ってるか?藤崎が──」
 その続きは分かっていた。どうせ「失踪した」と続くのだろう。

「──死んだってさ──」

 頭から血の気が引いていくのを感じる。目がくらみ、まっすぐ立っていられなかった。
 落ち着け、そんなのウソに決まってる!藤崎は…藤崎は…

 俺が逃がしたはずだ!

 俺の異常反応をみながらも岡田は続けた。やめてくれ、聞きたくない。しかしそんな心とは裏腹に、俺の耳は貪欲に岡田の言葉を聞き取ろうとした。
「なんかさー藤崎の奴、市内観光のときいなかったじゃん。そういや、お前もいなかったから何か知ってるかと思って」
 精一杯動揺を隠して言ってみる「いや、俺は何も知らない」嘘をつくのは得意だったが、このときばかりは下手だったに違いない。

 ─そして、俺には聞かなければならないことがあった─

 だが、聞きたくない。もし聞いて、俺の考えていた回答が返ってきたら…

 ─想定しうる最悪のパターンだ─

 だがそれでも、唯一全てを知っている人間として、俺には聞く義務があった。
 だから、聞いた。もう動揺を隠せる自信も、気力も無かった。
「…藤崎は、藤崎の死体は…どこで見つかったんだ?」
 岡田は…ゆっくりと答えた。
 死刑宣告をする裁判官さながらに、ゆっくりと。

「大通りにでて、すぐのところ。このホテルから1kmと離れていないところだね。」

  俺は持っている皿を床に落とした。
 決まりだ。もう俺の想定している最悪のパターンで事態は動いている。
 吐き気がした。さっきまでの食欲なんてもう微塵も感じられなかった。
 最悪だ。俺が一番回って欲しくないほうに、世界が回っている。
 どうにかこの状況を打破する手を…考えなければ…

 夕食会場は、相変わらずの喧騒だった。





 そう、俺の頭はとっくに結論を導き出していた。
 俺は藤崎に駅に向かうように指示をした。そしてあいつはすぐに出ていった。
 しかし、死体が見つかったのはホテルのすぐ近くだった。
 つまり、藤崎が殺されたのは出発した「直後」だ。
 「奴」はしばらく動けなさそうだった。俺は何度も後ろを確認したが、追ってくる様子はなかった。
 しかし、ホテルを出発した直後に藤崎はやられた。
 つまり、「奴」は、複数で組織をつくっている。
 一人じゃない。しかも徒党を組んでいる。

 最悪の展開だった。一人の奴をどうにかするより二人のやつをどうにかする方が100倍難しい。

 仮に俺が一人を殺したとしても、他の奴が俺を殺しに来る。

 一人づつゆっくりどうにかすることはできない。
 しかし…静かに水面下で行動すれば…一人ずつ殺ることは可能かもしれない。
 だが、だからといって今行動する意味は無い。そもそも勝てるかどうかさえ全く分からないのだ。
 しかし、なるべく早く何とかしておきたかった。
 俺があの安田が喰われているシーンをみていたことが気づかれている可能性も0じゃない。
 もし気づかれていたら…二人がかりで俺に攻撃してくる。最悪のパターンだ。

 ウエイターが少し困ったような顔をしているのを見て、少し冷静さを取り戻した俺は今すべき事を思い出した。
 「すいません。ちょっと手が滑ってしまって」俺は落とした皿を片付けながらホテルの人に謝った。

 とりあえず、食べよう。
 食欲は全く無かったが、思考力の低下は今最もあってはならないことだった。
 しかし俺はよく分かっていた。食欲が無いからと言って何も食べなければ著しく能力が低下する。脳も、体も。
 あの市内観光のため、食事をする気もおきなかったため、昼もろくに食べていないかった。とにかく食べておこう。

 ある程度食べて、また思考を開始した俺は、そういえば部屋に大き目の果物ナイフがあったな、護身用にもっておくのも悪くないな、などと考えていた。
 すると、教師たちが若干青い、何か心配事があるような顔でステージに上がった。
 そこで俺はようやく気づいた。

──修学旅行が中止になるんじゃないか?

 なぜこんなに簡単なことが発想できなかったのだろう。
 そうだ、明日すぐに朝のJRに乗って帰る可能性がある。
 そうなるなら願っても無い事だ。

──俺は生き残れる。

 だが教師の言った事は残酷だった。
「今日、二組の藤崎君が事故にあって、亡くなりました」

校長のこのセリフに、若干の悲鳴が上がった。しかしウワサになっていたためか、それほどの大騒ぎではない。

「このような事態は、私達の監督不行き届きでもあり、教師一同、多大な反省を……

 俺は中々核心に迫ろうとしない校長の話にかなり苛立っていた。

……しかし、我々にはかけがえの無い青春の一ページを刻もうとしている生徒のみなさんの旅行を止める権利など、ありはしないのです!
これは非常に由々しき事態です。しかし、大切なのは繰り返さないことです。みなさんはこの藤崎君の事故を繰り返さないように、注意して残りの三日をしっかり楽しんでください」

 くそ…あと四十八時間近くもこの状況で生き残らなきゃならないのか。
 俺の好きな確率論的に考えて生き残る確率は… 考えたくもなくなるような数字だ。
 だがそれでもこれは、数学とは違う。
 全ての事が起こるケースは、同様に確からしくないのだ。
 俺の行動しだいで、全く未来は変わる。 やってやるよ。やれるだけのことを!

「藤崎って、あの藤崎だよな?」
「マジかよ。信じられないぜ」

 ずいぶんと気楽な連中だ。もっともこの状況を理解していたのは俺だけなのだから仕方がないという気もする。
 ガヤガヤと騒ぎ出した生徒たちを静める意味もあったのだろうが、夕食時間を少し切り上げて、俺たちは部屋に戻された。
 部屋に戻る道すがら、俺はずっとこの修学旅行が中止にならない理由を考えていた。

 ──藤崎が死んだだけならまだしも、安田まで居なくなっているのだ。この修学旅行が続行されるのはずいぶんと不自然に感じた。
 それに校長は、安田の話には触れていなかった。
 あの山小屋に放置されている安田の死体は見つかっていないにしても、いや、見つかっていないなら尚更必死に情報を求めるはずだ。
 じゃあ何故、校長は安田の話をしなかったのか、そして何故修学旅行は中止にならないのか……

 一人で考え耽っていた俺の耳に、後方から聞き逃せない情報が飛び込んできた。
「なあ、安田が行方不明なのは知ってるか?」
「ああ、いないよな」
「ウワサでは安田も死んだんだってさ」

 ──何故それをこんな一般生徒が知っているんだ?

「マジかよ! それどういうことだ? なんでさっき校長はその話をしなかったんだよ?」
「何か凄い殺され方をしたんだって。それこそ死体はグチャグチャで、見る影も無かったんだって」
「だったら危険な殺人犯が居るって事だろ? 尚更校長は言っておくべきじゃないか。というか修学旅行を中止にするべきだろ」

 俺はすっかりこの二人の話に聞き入り、次の言葉を待った。露骨に二人の後をつけていた俺はかなり不審に見えたかもしれないが、そんなことを気にしている余裕など無かった。

「ところがさ、学校もすぐ警察に通報したんだけど、検死官みたいな人が来て、ちょっと死体をいじくってから真っ青な顔になって、どこかに連絡を取ったそうだ」
「それでそれで?」
「今度は白衣の人が十人くらい来て、何か専門用語を飛び交わせてたらしい。そしてその直後、学校側には『無かった事にしろ』とだけ言ったそうだ」

 もはや俺は我を忘れていた。さっきから話し続けている奴の肩を掴み、聞いた。

「それは本当か!? 安田の死は意図的に隠されたって言うのか? 一体何故そんなことをする必要があったんだ!」
 そいつは突然肩をつかまれ、かなり驚いた様子だったが、戸惑いながら答えた。
「本当はどうかは分からないけど、職員の宿泊室の前で立ち聞きしたんだ。『未知の病原体が…』とか言ってたよ」
 未知の…病原体……?

 ──そういう……ことか……

 謎のピースが音を立ててはまった。
 やはり犯人は、人間じゃないんだな。
 生物ごとに、寄生する病原体は違う。死体から、それも喰われていた死体から未知の病原菌が検出されたということは、今回の犯人は……未確認生命体だ。
 
 改めて安田の死体を思い出す。考えれば考えるほど人間の仕業ではないような気がしてきた。

 思考が大体落ち着いた俺は、もう一つ聞くことがあったのを思い出した。
「もう一つ、どうして藤崎の場合は、隠蔽されなかったんだ?」
「さあ…そこまでは、知らない」

 
 それだけ聞いて、俺は部屋を目指して駆け出した。少しでも今回の事件は正常な物かもしれないと思っていたが、そんな期待は粉々に砕け散った。

 部屋までつながる渡り廊下で、女生徒数人が教師に食いついているのを見つけた。
「何で死人が出てるのにこんな旅行を続けるんですか!? こんなことになったらもう楽しめません!」
「学校側の決定なんだから仕方ないだろう! 私は一教師でしかないんだよ!」
 教師は明らかに疲弊して、気が立っているようだ。無理も無い、おそらく幾度と無くこんなやりとりを繰り返したのだろう。
──しかし、この旅行が中止になることは絶対にない。旅行が中止になったりしたら、マスコミや、その他の人間が興味を持つだろう。そんなことになってしまえば「安田」という生徒のことが露呈するかもしれない。
 学校はそのことだけは何が何でも避けようとしている。おそらくもう安田の名前は学校の名簿に記載されていない。タイミングを見計らって、生徒にも適当な言い訳をする気だろう。

 ドアを思いきり開け放ち、部屋に入った。
 精神が過敏になっていた俺は、改めて部屋を見渡した。するとちょっとした果物の入ったかごを見つけた。
 俺はその傍らにあった果物ナイフを手にして、上の電灯の光に照らした。ギラギラと鈍い光を放ち、強烈な存在感を宿していた。こんなところにある果物ナイフにしては、妙に立派すぎる気がした。
──まるで、俺にもっていけと語りかけているようだった。

「しかし驚きだよな、昼まではぴんぴんしてた藤崎が…」
 後ろで話し声が聞こえる。相部屋の連中が到着したらしい。
 
 俺はナイフを胸ポケットにしまい、溜息をひとつついた。




 当然のことながらその日はほとんど眠れなかった。
 朝、制服に着替えて胸ポケットにナイフが入っていることを確認した。
 ──もしかしたらこのナイフが俺の命を守るかもしれない──
 そんな俺の考えとは裏腹に、その日の観光は全体に穏やかな物だった。
 これまでと少しも変わらず、ただ淡々と、観光地を巡っていく。
 そしてお土産品店を回ったり、遺跡を見たり、というようなことばかりで、自由行動になることは無かった。
 なんとなく落ち着かず、あたりをひたすら見渡してみたり、胸のナイフを触ってみたり、これまでのことを整理して敵のことを推理してみたりもした。
 しかし時間はただ無為に流れ、日は落ちていった。
 結局その日は何かマズイものを見かけるわけでも、生命の危機に直面することも無かった。だが俺はそれがかえって不気味だった。嵐の前の静けさなような気がしたのだ。
 そして、夜が来た。
 人口が非常に少ないこの街において、夜は絶対の静寂だった。
 布団に入ると、去っていく藤崎の背中が脳裏にちらつき、嫌な考えが頭を占拠した。
 自分の頭の中が暗雲の立ちこめていき、やがて全てを洗い流す雨となる。──そんなイメージのせいで俺の目は覚めていくばかりだった。
 静寂のためかイメージはどんどんリアルになり、最後には血まみれの安田の体がまぶたの裏に映し出された。
 だが、途中で何もかも投げ出して眠ってしまう事にした。
 昔から感情をコントロールするのは得意だったから、頭を真っ白にして、動くのをやめる。
 少しずつ少しずつ、睡魔が襲ってくる。
 眠る瞬間に、寝ている間に殺されたら──ということが頭に浮かび、少し、悪寒が走った。
 しかしそんなイメージも振り払い、俺は眠りの世界に吸い込まれていった。

 そして最終日、4日目が始まった。
 朝、朝食会場を目指し歩を進めた。
 何かあるとすればこの日──そんな緊張感は確かにあった。
 だが足取りは軽かった。それは少しでも眠れたからなのかも知れない。
 しかし何よりも、昨日ほどの危機感は無かった。

 あの安田を喰い、藤崎を殺した「集まり」が何なのかは全く分からない。
 いわゆる宇宙人のような常識外の生物なのか、あるいはいかれた殺人鬼の集まりなのか。
 だがどちらにせよその食人願望、殺人願望はあまり強くないのかもしれない。
 
 もう4日目だというのに犠牲者は2人だけだ。

 しかも藤崎は事件に首を突っ込んでいたから消された。

 つまり実質4日間で犠牲者は1人だけということになる。
 そしてまだ俺は殺されるどころか特に何も危害を加えられていない。昨日の夜が最大のチャンスだったにも関わらず、だ。
 この事実から導き出せることは、俺は「奴」には気づかれなかったということだ。
 ならば、確率的に考えても俺が犠牲になることはほとんど無い。

──案外もうこの旅行中に犠牲者はでないのかもしれない。

そういう考え方が根底にあったからこそ、俺は落ち着いて構えていた。
だが、それから予想とははるかに違う事態が発生することになるとはその頃の俺には知る由も無かった。

 余裕がでてきたせいか、俺は修学旅行を楽しむ気になっていた。
 まずは旅行の定番、土産屋にでも行こうかな。
 慎を誘い、回ることにした。
 もっとも俺は所持金1万円をすべて藤崎に渡していたから買い物はできなかった。
 慎は財布が無い理由などは一切聞かず、「貸そうか?」と言ってくれた。
「必要ないね。俺は買い物なんてしたくないんだ」
「相変わらず変な奴だな、お前は」
「賞賛の言葉、ありがたくいただきます」
 そこで俺達は歩き出した。その間もいつものどうだっていい会話を交わしていた。
話題をふるのは、いつも慎だった。「必ず一人は木刀買う奴いるよな」
「あー、いるいる。何考えてるのかイマイチ分からないよな」
「帰りに暴力事件でも起こすつもりかっての」
「でも昔そういう事件あったらしいぜ」
 慎は口に含んでいたスポーツドリンクを吹き出しそうになりながら言った。
「マジかよ!何で旅行のお土産で戦うんだよ!」
 今度は俺がお茶を吹き出しそうになった。
「だから一部の学校では郵送以外買えないんだってさ」

 1時間くらい二人でぶらついた。楽しい時間だった。心から笑顔を浮かべることができた。

 この間は安田や藤崎のことなど忘れていたかも知れない。
 だが、そんな幸福な時間は長くは続かなかった。

 俺は、気づいてしまったのだ。
 見つけたときは、口に出すのが怖かった。

 ──言ってしまえば、その事実が現実になる気がして。

 恐ろしい考えが頭を支配し、考えれば考えるほどその考えがあたっているような気がする。
 目の前に居る慎はいつもどおりの表情を浮かべている。

 ──でも俺は確かめずにはいられなかった。

「なあ、慎…お前いつから腕時計左にはめるようになったんだ?」

 そう、慎の左手には、いかにも高級そうな金色に輝く時計があった。
 周りには派手な宝石の装飾が施してある。その宝石の中心となっているダイヤは本物だと慎に聞かされたことがある気がする。
「俺の時計は大好きだった叔父さんの形見でな、かなり高い物だったけど無理して譲ってもらったんだ。その日以来、こいつと俺は一心同体だよ」、と。

 慎は少し驚いたような顔をして
「あ、いや今日は間違ったんだよ。」と言った。

 違う。嘘だ。本物の慎の右手には、火傷の跡がある。
 だから慎はそれを隠すようにいつも右手に時計をつけていた。
 でも、こいつは左手に時計をはめてる。

 そして、右手に火傷の跡は、無かった。

 この数日のことが頭に浮かぶ。
 やはり、俺の相手はマトモじゃないみたいだな。



 疑惑が確信に変わり、俺は言ってしまうことにした。確信できたためか、もう恐れなど無かった。

「お前ら、ホントに地球のことを勉強してきたみたいだな。確かに……普通右利きの人間は左手に時計をはめるさ。
ただし、慎はやけどをしていたんだよ。右手にな。お前は見たままの姿をトレースできるのか? そうだよな。だから慎の右手のやけどまではトレースできず、腕時計を右手にしたまま旅館に戻った。
そして普通の人間と同じように就寝時間には時計をはずした。で、翌日、しっかりとお前は普通の人間どおりに左手に時計をした、って訳だ」

 慎の皮をかぶった化け物は微動だにしない。

 俺は畳み掛けた
「どうせなりすますならやけどのことまで完璧にしとくんだったな。ここまで完璧になりすますとは、やっぱお前ら地球人じゃないのか?」
「お前らの目的はなんだ?本物の慎はどこだ!」
「他にもなりすましてるやつがいるのか!?」

 言いたいことを全て言い切ってから俺は改めて慎もどきの顔を見た。

 恐ろしく冷たい目で俺を睨み、口元だけは微笑みの形を作っていた。

 俺の周りを冷気がとりまき、悪寒が走る。
 先ほどまではとても心地よかったはずの空気が、肌を貫いてくるように痛い。

 この野郎、慎をどうしやがった。

「その笑いは…俺の推理は正解ってことか? なあ、さっきの俺の質問に答えろよ。」

 「奴」は一言も何も言わない。代わりにさっきまでの微笑が消え、殺気のようなものが感じられる。
 上等だ、やってやる!


 俺は胸ポケットにしまってあったナイフを抜き取り奴の顔面に振り下ろした。
 何度もイメージトレーニングを重ねた。相当速いはずの動作だった。
 ──一撃でしとめる!

 俺はナイフに渾身の力をこめた。



 ナイフが人の骨に突き刺さる感覚が手から伝わってきた。
 俺は一撃でしとめられるよう頭を狙った。
 思ったよりはるかに簡単にナイフは刺さり、そして相手を死に至らしめた。 と、思った。
 完全に殺したはずだった。計算通りの軌道で頭にナイフを食い込ませたはずだったのに…にわかには目の前の状況が理解できなかった。
 さっきまで慎の姿形をしていたそれはもう原型をとどめていなかった。
 目鼻が無くなり、骨格が分からなくなっていく。
 それは、恐ろしく鮮明に目に映りこみ、古い都市伝説で語られそうな光景だった。
 完全にどこが顔だったのか分からなくなり、最終的には液状の物体になってしまった。当然、ナイフなど自然に抜けていた。

 今、逃げるべきなのは分かっていた。

 でも、体がそれを許さなかった。

 目の前の物体がこれからどうなるのか見なければならない気がした。
 恐怖が先に出てしまい、冷静な判断力などすでに失っていたのだ。
 一分ほどたつと奴の体が再構築され始めた。
                           
 さっきまでの偽りの人間の姿とは違う、本当の戦闘形態に。
 犬歯が異常に発達しており、爪は恐ろしく鋭利。
 鋭く冷たい肉食動物の目を持ち、後ろ足の方が前足より長い。
 狼に似ているのかもしれないが、邪悪さは全く違うと思った。

 心底、恐ろしかった。

 だがおそらく慎や藤崎はこいつにやられたんだろうと思った。
 そう思うと恐ろしさは消えた。
 惨めに逃げ回るより、あいつらを殺したこいつには立ち向かいたい。
 俺は生き残れない予感を感じながら、改めてナイフに力を入れた。









 この旅行に出る前日、俺は自宅のマンションから町並みを眺めていた。
 もう深夜零時を回り、恐らく多くの同級生も明日に備えて眠っていることであろう。
 だが俺は、全く明日を楽しみにしてなど、いなかった。
 正直、もう飽き飽きしていた。
 下らない同級生、下らない教師、下らない親、下らない世界。
 ──俺がここに生きる意味など、あるのだろうか。

 不意に、俺は窓を開けた。
 冷たい風が流れ込んでくる。もう夏も近いが、流石に零時を過ぎると風が冷たい。
 下を見下ろした。高い。ここから少し足を蹴りだすだけで、俺の命は、終わる。
 こんな面白くない世界なら、それもいいのかも知れない。
 死にたい、とは思わなかった。しかし生きたいとも思えなかった。
 フウと溜息を一つついて、俺は窓を閉めた。
 途端、風がぴたりとやんだ。
 俺はベッドに入り込み、眠った。








 そんな風に考えていたから、はじめに安田が殺されるシーンに出会っても、ほとんどあわてなかった。むしろ面白いことになったとすら考えていた。
 しかし、今俺は思っている。
 生きたい 何が何でも!
 先ほどと全く姿を変えた「奴」の禍々しい目を見れば見るほどその思いは強くなった。
 慎を殺されたという怒りと、生きたいという思いが渦を巻きながら俺は立ち向かった。もう頭なんか働いちゃいない。
 とにかくめちゃくちゃにナイフを振り回した。
 しかし冷静さを欠いた俺のナイフは戦闘用形態になった「奴」を相手に虚しく空を切った。
 よろめいた俺の左腕に、「奴」が噛み付いてくる。
 激痛が体中を駆け巡る。
 うめき声をもらしそうになりながら、俺は必死に痛みをこらえた。
 無我夢中で左腕に噛み付いている「奴」を振りほどこうとナイフを叩き込む。
 俺の必死の攻撃はどうやら目に突き刺さったようだ。一瞬「奴」が怯んだ気がした。
 ナイフは「奴」の目に深く刺さり、簡単には抜けなさそうに見えた。
 それを確認した俺はナイフに力を込めたまま、思いっきり食いつかれたままになっていた左腕を引いた。
 腕が裂けるように痛い。しかしナイフと腕を思いっきり逆に引くことで、「奴」の体にはすさまじい負荷が生じる。何とか「奴」の牙からは逃れることができた。
 しかし同時にナイフも抜けた。

 すでに俺は肩で息をしていた。頭が朦朧とする。
 本能的に分かっていた。もうこれ以上の長期戦は無理だ。
 考えているとすぐに「奴」は飛び掛ってきた。
「うあああああああああ!」
 言葉にならない叫びを上げながら、俺は走った。
 飛び掛ってくる「奴」を、真正面に見据えて。
 その叫びとともに俺は覚悟をした。さっきくらいの痛みを怖がってちゃ、次は生き残れない。

 俺はせっかく抜けた左手を今度は自分から「奴」の口の中に叩き込んだ。
 ミシミシと骨が軋む音がする。
 あまりの勢いに、俺の手は「奴」の口の中深くまで入り込み、噛み付いてきた牙が手に食い込んでいたため、完全に「奴」と俺の腕は繋がった。
 ──これでもう、動けないよな。
 「奴」の目はこちらを睨んでいた。冷たく暗く、吸い込まれそうな目だ。
 その目の中に、何か奇妙な共通点を見つけたような気がして、不思議な気分になった。
 しかし、すぐにすべきことを思い出して、ナイフを握りなおした。
 そして俺は、右手に逆手に持ったナイフを、何度も、何度も振り下ろした。
 頭の中を駆け巡る慎との思い出を、振り払うように。
 これまでの人生に、終止符を打つかのように。



 やがて「奴」は動かなくなった。
 そして、俺も。
 一つだけ分かってたのは、俺はもう生きられないこと。
 「奴」は複数だった。こいつを倒したって生きられないなんてのは最初から分かりきっていた。
 しかしなぜか俺は戦った。無駄だったのに。
「ガラにも無いこと、しちまったな」
「本当に、下らねぇ」

 しかし、体は奇妙な充実感に包まれていた。
 自分に語りかけるように、俺は呟いた。
「慎、仇、取ったぜ。安心して、逝けよ」
「藤崎、悪かったな。俺の策が甘くてお前は死んじまった。あいつらが複数居るなんて、考えなかったんだ」

 元々俺はこんな世界に生きる意味など無いと思っていた。
 だから今死んでも、何の悔いも無いはずなのに…

 悔しい…
 
 俺は薄れ行く意識の中でそう思った。

 何でこんなに、無力なんだ…

 そして俺は、おそらく2度と覚めないであろう眠りについた。


















 喫茶店のドアを開けると、途端に冷ややかな風が俺の体を包み込んだ。
 扉についた風鈴がカランカランと乾いた音を立てる。夏の風物詩と言って花火やスイカに並べてもなんら遜色のないような、実に夏を感じる音色だった。
 時刻を確認するために左手にはめられた派手な金色の時計を見た。
「一時五分か…」予想よりも早くついてしまったことを不覚に思いながら俺は溜息をついた。
 直後、ウエイトレスが水を運んできた。
「アイスコーヒー」端的に注文っを終えた俺は、しばらく物思いにふけっていた。
 アイスコーヒーをほぼ8割がた飲み終え、未だ物思いにふけっていた俺を現実に引き戻したのは、カランカランという音だった。
 店に入ってきたそいつは、少し辺りを見回してから、俺を見つけて足早に駆け寄ってきた。
「悪い悪い、待たせちゃったかな?」
 時計は一時二十分を指し示している。
「どこの世界に、二十分も遅刻してきた奴を待っていない人間がいるんだ?」
「疑問文に疑問文で答えるのは禁止だぜ」
 そんな禅問答のようなやりとりが少し面白くて、くっくっく、と少し笑いをもらしてから俺は言った。

「ま、いいから座れよ。

    
     藤崎」 













 それから、俺と藤崎はいろんなことを語った。
 最近の自分のこと。好きなCDのこと。昨日読んだ漫画の話。これから見に行く予定の映画の決定。

 そして、修学旅行のこと。

 話を持ちかけてきたのは、藤崎だった。「お前が病院に居るって聞いたときは本当に驚いたぜ」
「いやいや、お前が生きてるって俺が聞いたときのほうが驚いたよ」
「そうなんだよ。大変だったんだぞ。みんなに『あれ、お前なんで居るの?』みたいな目で見られてさ」
 俺達はまた、ハハハと笑った。
「誰にも、言ってないのか?」藤崎は水をガブガブと飲んで、少し間をおいて聞いた。
「言ったとして、誰がこんなに突拍子も無い話を信じるんだよ」
「修学旅行の間に、行方不明が二つと、重傷者が一つも出てればこんな話でも通じるんじゃないか?」


「そうだな。そうなのかもしれない。でも俺は、このことは誰にも言わずに一生を終えるつもりだよ──








 目を覚ましたとき、俺は病院の一室にいた。
 天井がひどく白く、蛍光灯の無機質な明かりが、その白さをより一層際立てていた。
 朦朧とした意識の中で、白だけが俺を支配していた。

 ガチャリ、という音がして、反射的にドアの方を振り向いた。
 久しぶりに行った「動く」という活動は何か新鮮で、それがきっかけとなりさまざまなことを思い出した。

 ──何故俺は生きているんだ?

 修学旅行の事件のことを思い出した俺は、そんなことをぼんやりと考え始めた。
 しかしなぜか現実味が無く、ここは死後の世界なのかもしれないという気さえし始めた途端だった。


 ドアが大きく開けはなたれ、年配の女が入ってきた。
 どうやら、看護師らしい。軽く鼻歌まじりで近づいてきたが、俺の目が覚めているのに気づき相当驚いていた。
「あら! 目が覚めたのね。良かったわ!」
 なお俺が呆けているのを見て、看護師はこう言った。
「ん?ちゃんと目が覚めてるの?何か言ってちょうだい」
 俺は少し間をおいて、「覚めてますよ」とだけ静かに言った。
「良かった。これで面会謝絶の札を外せるわ。外の彼も入ってこられるわね」

 ──外の…彼…?

 一体誰だ?俺に家族は居ない。親戚とも疎遠だ。お見舞いに来そうな人間などいない。唯一来るだろう慎は、もうこの世に居ない。
 じゃあ一体この女が言っている人間とは誰なのか?

「すいません、俺にお見舞いの人間が来てるんですか?」さっぱり分からず、素直に聞くことにした。
「来てるわよ。今も居るし、これまでも毎日のように通っていたわ」

 ますます分からない。一体誰だと言うのか。

「それってどんな奴ですか?」
「あなたと同じくらいの年の男の子。ちょっとかっこいい感じの」と、言ってから
「あ、こんな説明より連れてきた方が早いわね。外に居るから、連れてくる」
 そう言ってバタバタと出て行った。忙しい女だ。嫌いなタイプだな。

 そしてドアの向こうから現れた人間を見て、俺は驚愕した。
 やや茶色がかった髪、高くて特徴的な鼻、髪と同じ色をした瞳、ルーズなジーパンに皮のジャケットを着こなすその姿は──
 
 まさしく藤崎だった。
 
 何よりも藤崎が当然のようにここにいることにただただ俺は驚くばかりだった。
「一体、どういうことだ?」それが俺の言える精一杯のセリフだった。
「それをお前に、聞きにきたんだよ」

 ──俺に?ますます分からなくなっていく。

 俺が面食らっているのに対し、藤崎はきわめて冷静だった。
「ここじゃ話しづらい。一階の喫茶店に行こうぜ」
 
 喫茶店で、藤崎が俺に語った事は、途方もない事実ばかりだった。

 藤崎は当初の予定通りきちんと逃げ出し、家に帰ったということ。
 しかし、藤崎は死んだ事になっており、家族には大層驚かれたということ。
 藤崎は学校に連絡して健在を伝えようかとも思ったが、俺の邪魔になってしまっては困ると考え、それはやめたということ。
 そして──岡田が死んだということ。


 信じられなかった。全く関係ない岡田が死んでいただって? 一体どういうことなんだ?

 実際に犠牲になっていたのは、藤崎ではなく岡田だった?
 考えれば考えるほどに混乱していった。

 しかし、パーツは揃っているはずだ。ゆっくり考えてみよう。

 何故、藤崎は死んだとされ、岡田は生きているとされたのか?
 至極簡単だ。岡田はいたし、藤崎はいなかったからだ。
 では何故、「死んだ」などということになったのか?
 これも簡単だ。死体があったからに決まっている。
 おそらくこの死体は岡田のものだったのではないだろうか。藤崎と岡田は背格好も似ているし、顔さえ判別つかないくらい潰れていれば、間違うことだって十分あるはずだ。
 まして、藤崎は突然いなくなったのだ。突然見つかった死体を、藤崎のものだと決めつけてしまうのは無理もないことだ。
 「藤崎は死んだらしい」と告げていた岡田は、あのとき既に偽者だったのだ。

 ──死んだのは藤崎ではなく岡田だった。

 このことから導き出せる仮説がある。
 実は「奴」は「複数ではなかった」のだ。
 
 藤崎がすぐに殺されたことを知り、俺はまっさきに「奴」が複数なのだと考えた。
 しかしそれは勘違いだったのだ。藤崎は殺されていなかった。
 「奴」は、たった一人だった。
 藤崎を殺せなかった「奴」は、代わりに岡田を殺して藤崎が死んだことにした。
 ──では何故そんなことをしたのか?
 ここからは全く根拠は無い。全て憶測の域を出ない。それでも俺は、こう考えている。
 ──「奴」は、怖かったんだ。
 「奴」がたった一人だと知ったら、仲間を連れて「奴」を討伐に行ったかもしれない。
 そのケースを恐れて、「奴」は複数のフリをしたんだ。そのために岡田を殺した。
 そしてまんまと俺はその罠にかかり、「奴」が複数なのだと思った。
 最初は、「奴」の思惑通りに進んだ。完全に計画通りだっただろう。
 しかし、「奴」は慎重で、発覚を恐れて、成り代わるのを途中で慎に変えた。
 前日の夜から、慎は「奴」だったのだろう。
 しかし、皮肉にもその慎重さで慎に成り代わったために、俺との戦闘になった。
 そして、死んだ。
 こう考えれば、全てのつじつまが合う。
──俺が今ここに、生きている事も。
──藤崎が今ここに、生きている事も。




 
 大体の話を聞き、一通り考えるのを終えた俺は病室から藤崎に電話をした。
 全ての真相がハッキリしたことで、藤崎は安心したようだった。
「俺、お前がそばに居て、本当に良かったよ」
 とかなんだか一昔前の古臭いセリフと共に、電話が終わった。
 
 その日の夜、フッと「奴」の目を思い出した。
 あの暗くて、黒くて、冷たくて、吸い込まれそうな目。
 俺はあのとき、「奴」に共通点を見つけた気がする。
 あの目には、たしかに孤独が宿っていた。
 
 「奴」はただ食事に来ただけだったのかも知れないな。
 俺は、何か正体の分からない恐ろしい存在だと認識していたが、なんてことは無い。俺たち人間と同じだったのかもしれない。
 「奴」は、慎を殺した。それは、絶対に許せない。
 ──でも、仕方ないとも思う。
 「奴」にとってはこれがただの食事だった。そう考えれば、あれだけ膨らんでいた怒りも萎えてしまう。
 俺たちだって、色々なものを壊しながら生きている。飯だって食う。
 たとえ、生きる事に全く楽しみを見出さず、ただ淡々と生きていても、俺たちは壊し続けている。
 さまざまな犠牲のもとに、俺たちは今生きている。所詮、俺にわかることなんて、それだけだ。
 

 あの事件で、俺は色々な物を失った。
 でも、色々な物を手に入れた。
 もう、「死んでもいい」なんて絶対に思わない。
 慎は、いつも笑っていた。
 人生を半ば投げてしまっていた俺とは違い、あいつはいつも希望を探しながら生きていた。
 その慎が死に、俺は今ここに生きている。
 慎の分まで、なんて言わない。言えない。
 でも、前より少しだけ希望を持って俺は、歩いていきたいと思う。

 








 





 


「で、結局どうする?まず映画か?」藤崎の声で、俺は我に帰った。
「そうだな。まず、歩こうぜ」
「は?」
「歩いてるうちに、何か思いつくさ」
 藤崎は少し間を置いてから、うなずいた。
 喫茶店の外に出ると、異様な熱気が体を包んだ。
 そうさ、歩いているうちに何か見つかるはずさ。
 今はまだやりたいことなんて無いけど、いつかは必ず、な。
 だって俺は前よりも希望を持って生きてるんだぜ。
 慎、できればお前も、見ててくれよな。

 俺は、一歩一歩力をこめて、歩き始めた。
 
2007/12/12(Wed)23:35:15 公開 / ヴァスキート
■この作品の著作権はヴァスキートさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ほとんど真面目に文章など書いたことがなく、非常に突っ込みどころも多いだろう、と思います。
しかし、作品を良くしていこうという気概だけはありますので、こんな文章でも最後まで読んでいただき、アドバイスを頂きたいと思いますので、是非宜しくお願いします。

皆様のお陰で、一応の完成は見せました。
しかし、まだまだ未熟な部分もたくさんあるでしょう。
ですので、これからも宜しくお願いいたします。
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