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『タランチュラ』 作者:時貞 / ショート*2 ショート*2
全角6111.5文字
容量12223 bytes
原稿用紙約16.6枚
 心因性の胃腸炎で二週間近くも冷房がキンキンに効いた部屋で寝込んでいたアタシは、久しぶりに身支度を整えて自室のドアから一歩足を踏み出した瞬間、殺人的な猛暑と肌を突き刺すような強烈な日差しに思わず卒倒しそうになってしまった。毎日トモダチのナオミが何とか口にできる食べ物を買い出しに行ってくれていたとはいえ、胃腸炎で倒れる前に比べると体力が驚くほど落ちている。閉じた眼のまぶたの裏で無数の星がチカチカと瞬いた。アタシは頭をゆっくりゆっくりと左右に振って、大きく息を吸い込んだ。重くて生ぬるい空気がどっしりと肺を満たす。その不快さにかえって頭がすっきりした。
 さて、どうしよう。
 今日のところは美容院にでも行ってその後手ごろなイタリアン・レストランで食事して、帰りに駅前のコンビニでファッション誌と缶ビールと冷麺でも買って、また冷房をキンキンに効かせた部屋でゆっくりテレビでも見ながらまったりくつろぎたいところだけど、現実的な問題として金銭的にそれほど余裕があるとは言い難い。なにしろこの二週間以上ものあいだ、体調不良を理由にバイトを休んでいるのだ。もともとたいした貯金など無かったアタシにとって、これ以上収入が無い日が続くとさすがに不安になってくる。でも、なんとなくバイトに行くのは気が重い。
 さてさてどうしたものかとドアに凭れて思案していたところ、まるでアタシの心中を見計らったかのようにハンドバッグの中のケータイが着信を告げた。誰が掛けてきたのかは取らずともわかっている。バイト先の店長だ。アタシは少し滅入った気分になりながらケータイを取り出し、通話ボタンを押した。いい年した男のくせにやたらキンキンと甲高い、聞きなれた声が耳に飛び込んでくる。
 ああ、ああ、アヤカちゃん! どうよ、元気になったぁ? うんうん、ナオミちゃんから聞いてるけどねぇ、なんとか胃腸炎だっけ? もうだいぶ症状は良くなったみたいじゃない。でさぁ……まだ体調完全じゃあないんだろうけど、今日ちょっとオンナのコの出が悪くてさぁ……できればアヤカちゃん、これから出勤してくんないかなぁ? まぁ、無理にとは言わないけどさぁ……できればさぁ……。
 アタシは聞きながらなんだか頭痛がしてきたので断ろうとしたのだが、どういうわけかいつの間にやら出勤することになってしまっていた。ケータイをハンドバッグに放り込み、なるべく日陰を選びながら駅へと向かった。どこにそれほどたくさんいるのだろう? と思えるほどに、セミたちが大音量を上げて鳴きまくっている。
 店長のキンキン声を一時間聞いているのと、このセミどもの大音量を二時間聞き続けているのとではどちらがマシだろう……? などとバカなことを考えているうちに駅に着いていた。券売機で切符を買って改札を抜けると、ちょうど上り電車が入線してくるアナウンスが聞こえてきた。走るのもしんどいアタシは次の電車でもかまわぬとわざとゆっくりエスカレーターに乗ったのだが、ホームに着いてみると先ほどの電車はまだ止まっていた。発車まで三分待ち状態だったらしい。朝のラッシュ時間帯では考えられない悠長さだが、この猛暑の中ホームで数分間待たされることを思うと、ただののんびり鈍行電車も夢のギャラクシー・エキスプレスのように思えてくる。途中で急行に乗り換えるなんてことはあえてせず、四十分ほど掛けて目的の駅に到着した。
 いつ見ても汚らしい雑居ビル。なんとなくオシッコ臭いエレベーターに乗って六階で降り、バイト先の事務所の重いドアをノックする。はーい? という独特な語尾の上がる間の抜けた声に、アヤカですとこたえると、勢い良くドアが開かれて店長のやたらに長い顔が満面の笑顔であらわれた。
 おお! アヤカちゃん、ちょうど良かったっ! いまちょうど一人お客様にお待ちいただいてるとこなんだよぉー! 暑い中今来てすぐなんなんだけど、これから早速西新宿のホテル・SHに行ってもらえるかな? そこの2301号室だからさっ! ドウグはもう準備しといてあげたから、ササっとメイク直しして出てもらえば……なかなか紳士的な声のお客様だったよ! それじゃあ……。
 店長の厚ぼったい唇から唾が飛んできて、アタシはハンカチを出してあからさまに顔を拭った。さっきの電話の時とは違い、アタシの体調の事に関しては何もたずねてこない。まぁ、そんな事こっちもハナから期待なんてしてないんだけど。アタシが黙って立っていると店長は少し卑屈な表情になって、どうしたの? なんて聞いてくるから余計ムカついてきて、なんでもありませーん! とアタシ的には超ハイトーンな声で返事をかえしつつとっととドウグを持って事務所を出た。
 ホテル・SHといえば誰が見ても高級ホテルである。ここに部屋を取ってあるということは、そこそこに金持ちのお客さんなんだろう。もしかしたらスゴイお金持ちかもしれない。うんとサービスすれば、気前良くチップをはずんでくれるかもしれない。アタシは二階のロビーで念入りにメイクを直すと、指定された2301号室へと向かった。いつものこととはいえ、ドアが開けられる前というのはなんだか胸がドキドキする。緊張感とはちょと違う意味なんだけど。
 ドアをノックすると中からどうぞと声が掛かって、アタシは遠慮がちにゆっくりとドアを開いていった。まず気がついたのは静かに流れている音楽だった。アタシの聴いたことの無い音楽。少しダークなメロディーラインに詩を朗読するようなボーカル、レトロな感じのキーボードの音色。ドアを完全に開けきると、室内の様子がハッキリとしてきた。照明は暗めに落としているが、かなり広い部屋であることはハッキリとわかる。左右を見回すと向かって右手に大きなキングサイズのベッドがあって、その上に腰を降ろした人物のシルエットが見える。アタシが失礼しますと声を掛けて一歩室内に足を踏み入れると、ベッドの上の人物も立ち上がってなにやら手の中のモノを操作した。薄暗かった室内に煌々と照明の光が降り注ぐ。
 やぁ、待ってたよ。もっとこっちに来なよ。冷たい飲み物も用意してあるからさぁ。突っ立ってると疲れるだろう。この暑い中よく来てくれたね。
 なんて言われて、アタシはコクンと頷きながらその人物に近づいて行った。背の高い、痩せぎすの男が全裸で立っていた。割合彫りの深い顔立ちをしていてハンサムの部類に入りそうだが、肌の色がやけに青白い。前に一度アングロサクソンの相手をしたことがあるが、もしかしたらこの人も外国人かしらん? などと思ってしまった。見た感じ全体的に肌に水分が感じられなくて、なんだかゴム人形みたいだな……なんて思っていると、男がアタシに微笑みかけた――ように見えた。右側の頬が不自然に吊り上って、微笑んだように感じたのだ。年齢は一見したところでは判断できない。見ようによっては二十代後半にも見えるが、三十代、いや、四十代と言われても自然と納得してしまいそうだ。
 君の名前は? と聞かれたので、アヤカですとこたえて頭を下げる。営業用の笑顔を作りながら服を脱ごうとすると、男に手で制された。
 いや、待ってくれ。
 アタシはシャワーを浴びても良いですか? とたずねたが、男は例の不自然な微笑を顔に貼り付けたままゆっくりと首を振る。アタシがハンドバッグからドウグを取り出すと男はガラス玉のような冷たい目を向けて、そんな物はしまいなさいよ――と口を少しだけ動かして言った。仕方なく男に促されるまま、一緒にベッドに腰掛ける。なんとなく自分の体温が一度くらい下がった気がした。
 喉が渇いただろう、何か飲むかい? え、ビール? 良く冷えたシャンパンなんかもあるけど……そう、ビールでいいのね。
 男はそう言って部屋に備え付けの冷蔵庫――ホテルの冷蔵庫とは思えないほど立派で大きな冷蔵庫だった――から見たことも無い銘柄のビールを取り出すと、これまた冷蔵庫から一緒に取り出したグラスを琥珀色の液体で満たし、アタシに手渡した。自分はシャンパンを開けると、ビンに直接口をつけてグビグビと飲みはじめる。
 アタシがビールを一口飲んでからあのーと切り出すと、男は、それはノルウェーのビールだよと例の微笑を浮かべながら言った。ここは相手の出方に従ったほうが良いと判断したアタシは、とりあえずビールをゆっくりゆっくり口に運んだ。男はシャンパンをすぐに飲み干してしまうと、今度はブランデーをグラスに満たしてアタシの横に腰を降ろした。枕元に転がっていたリモコンを取り上げると、なにやら操作する。とたんに部屋に流れていた音楽の音量が上がった。男は横目でアタシを見ながらしゃべりはじめる。
 アヤカね。君は何歳? え、十九歳? ふーん、もっと年上かと思ったよ。まぁ、少しはサバ読んでるんだろうけどね。はっはっは! ところでアヤカはこの曲知ってるかい? え、知らない? うーん、そっか……。これはね、ドアーズのジ・エンドっていう曲なんだ。ドアーズっていうのは特別なバンドなんだよ。ビートルズやストーンズなんかとはまた違う意味でね。彼らは、ドアーズは、ロックに「知性」を吹き込んだ最初のバンドなんだ。中でもこのジ・エンドなんかは……。
 アタシは適当に相槌を打ちながら聞いていた。ビールはすっかり飲み干してしまったが、なんだかこの男の話を聞いていると更に喉が渇いてくる。なんでアタシみたいなホテトル嬢を呼びながら、延々とドアーズやらの話を続けるのか。こいつはもしかしたらとんでもない変態かもしれないぞ、とアタシは身構える。と、ふいに男が口をつぐむなり、いきなりアタシの両手を取った。思わずビクリと跳ね上がる。
 君の両手の手のひらを見せてくれないか? ああ、そうそう。
 男はアタシの手のひらを右、左、右、左、右、左と何度も凝視する。かれこれ十分以上もそうやっていた。この人手相にでも凝っているのかしらん? などと思ってしまう。
 ああ、良い手をしているね。とても良い手だよ――そう言うなり男はうつぶせの格好でベッドに横になった。今まで気づかなかったが、男の尻の右裏のところには大きな蜘蛛のタトゥーが入っている。ほかには何も飾りの無い、ただただ一匹の蜘蛛だけが異様にリアルに彫られていたのだ。
 うつぶせになったまま男がささやく。
 さぁ、アヤカ。君の手で僕のこの蜘蛛を触ってくれないか。何も考えずに、じっとその手を置いているだけでいいんだ。さぁ……。
 言われるままに、アタシは右手を男の尻に這う蜘蛛の上に置いた。まるで催眠術でもかけられているような気分になってくる。
 うん、いいよ。……今度は左手を置いてごらん。
 男に言われ、今度は左手を蜘蛛の上に置いた。先ほどよりもひんやりとした感触が伝わってきて、頭がなんだかぼんやりとしてくる。酔ってないのに酔っているかのような、不思議な浮遊感に包まれた。
 そう、いいよ。君は左手の方が良いみたいだね。じゃあ、そうやって左手を置いたままじっと目を瞑ってごらん。
 言われたとおりにする。一分、二分、三分、五分、?分……アタシの頭の中に、突如鮮明な映像が浮かんできた。普段見る夢などとは違い、匂いや温度や風の動きまでも感じられる。

 そこは大きな邸宅の前だった。
 真夏の日差しが燦々と降り注いでいる。
 男が若いオンナのコを連れて邸宅の中に入っていく……。
 月明かりが薄ぼんやりと邸宅を映し出している。
 男が若いオンナのコを連れて邸宅の中に入っていく……。
 ちらほらと粉雪が舞い落ちてきている。
 男が若いオンナのコを連れて邸宅の中に入っていく……。
 真っ赤な夕日に邸宅の白い壁が染められていく。
 男が若いオンナのコを連れて邸宅の中に入っていく……。
 …………
 …………
 若いオンナのコたちが涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら泣き叫んでいる。
 ――いや――――! もうそれ以上切らないで! ピアノが弾けなくなっちゃう――っ!
 ぎゃ、ぎゃ、ぎゃぁぁぁ――――! お、お願い! なんでも言うこと聞くから、こ、こ、殺さないでぇぇぇ――――っ!
 痛いっ! 痛いぃぃぃ――――っ! なんでこんなっ! こんなひどいことぉぉぉぉ――――!
 あ、あ、悪魔っ! あなたは悪魔だよっ! ……い、いや、もうやめて……な、なによそれ……ぎゃぁぁぁぁぁ――――っ!

 気づいたらアタシは左手を蜘蛛から放していた。今のはいったい何? 全身に鳥肌が立っている。額から冷たい汗が何筋も流れてくる。今のはいったい何?
 思い出したようにベッドを見た。男が居ない。周囲を見回す。誰の姿も見えない。アタシは得体の知れない恐怖と異様な感覚にわけのわからぬパニックを起こし、すぐにこの場を逃げ出そうと思った。料金をもらっていないが、この際そんなものはどうだっていい。アタシの本能がとにかくこの場を早く離れろと告げていた。
 ハンドバッグを引っつかみ、ドアの方へと向かう。がしかし――どうしたことか? 足が、頭が、いや、全身がふらついてうまく前に歩くことができない。意識だけははっきりとしているのに、それに抗って身体が思うように動いてくれないのだ。アタシは何度も尻餅をつきながら、少しでもドアに、外の世界に近づこうと必死になった。歩くことに集中して……、歩くことに集中して……、歩くことに集中して……。よし! 少しずつ、ほんの少しずつだが前に進みはじめた! この調子で、この調子で……。
 足元を見つめながら歩くことに集中していたアタシは、このときある物が目に入って声にならない叫び声をあげた。
 蜘蛛――!
 巨大な蜘蛛が、手のひらほどの大きな蜘蛛がアタシの行く手を拒んでいた。全身が再び硬直する。まさに身体が凍りつくほどの恐怖心が脳の中を駆け巡った。
 
 アヤカ。君にも見えたんだね。ありがとう。あ、でも、ドアーズぐらい知ってて欲しかったなぁ。お金はちょっと多めに入れといてあげるから。……このハンドバッグの中でいいよね? ああ、今日は楽しかったよ。でも、ドアーズぐらい知ってて欲しかったなぁ。……ところで君は蜘蛛は好きかい? ん? ……まぁいいや。本当に楽しかったよ。それじゃあ…………。

 背後から冷たい衝撃が走り、アタシは目を見開いた。そのまま視線を胸元に落とす。なんだろう、これ? なにやらアイスピックみたいなものが、アタシの背中から心臓を貫いて胸元から飛び出してるみたい。不思議と全然痛みは感じない。むしろ、キーンと冷たい感触が足元から頭のてっぺんまで駆け抜けていく感じで気持ち良い。
 足元から蜘蛛が這い上がってきていた。アタシはじっと蜘蛛の動きを見つめる。
 蜘蛛と目が合う。すると突然蜘蛛の口がくわっと人間のように開き、おかしな声でやたらめったら鳴き始めたのだった。

 ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃおぎゃぎゃぎゃひぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃまぎゃでぎゃぎゃぎゃすぎゃぎゃぎゃね――――


         了
2007/08/21(Tue)17:50:59 公開 / 時貞
■この作品の著作権は時貞さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
90%以上の皆様、はじめまして。時貞と申します。こちらに来たのは半年以上ぶりです(^^;
久々にショートx2なんて書いてみたのですが、随分と小説から遠ざかっていたので、ペケペケなシロモノになってしまいました(泣)
ちょっと実験的なモノを書きたかったのと、好きな某作家の文体を真似して書いてみたのですけれど……。
感想やご指摘などいただけると幸いです。
それでは、よろしくお願いいたします!!
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