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『夏休』 作者:どわーふ / アクション ファンタジー
全角12539文字
容量25078 bytes
原稿用紙約42.4枚
どこにでもある、ボーイミーツガール物語。どこにでもいる、主人公とヒロインと、それにまつわる物語。

   プロローグ 1 〜手紙〜

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 拝啓クソ親父様。

 いかがお過ごしでしょうかコノヤロウ?
 こちらはアンタを殴りたくなるほどの猛暑に見舞われ、大変うざったいでごぜぇますですよ。
 アナタ様と喧嘩別れしてから3年がたちますが、未だ元気ですかボケナスさん?
 元気じゃないのなら満面の笑みと菊の花を持ってお見舞いに参ります。
 元気であれば何も言いません。やっぱり菊の花を持ってそちらに参ります。
 勘違いなされないようお願いしますよクソ野郎?
 俺が会いに行くのは妹と母さんであって、アンタに会う理由はありません。
 きっと、会ったら大喧嘩でしょうから? 母さん達にも迷惑かけちゃうからな。
 とりあえず一度はそっちに戻る。
 そん時はアンタが居ないことを祈るよ。
 
 それじゃ、また。
                ――不肖の息子


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――







   プロローグ 2 〜二人〜


 長く頑張って空を陣取っていた太陽も月へ交代し、月が星のお供を連れあ辺りを鎮めている。
 このあたりは空気が澄んでいるのか、星がよく見え、「はくちょう」「こと」「わし」の三つの星座も輝き、夏を代表する夏の大三角がひときわ目立つ。
 「さそり」と「いて」も負けじと頑張り、夏の蛍顔負けの自己主張を行っている。
 そんな月や星々に薄く照らされ、閑静な住宅街をひっそりと歩く女性の二人組が居た。
 いや、正確には歩いているのは一人。一人は車いすに乗り、もう一人がまるで初車を押すかのように丁寧に押す。
 押している方は腰まで届こうかという長髪で、スラリとした長身だ。
 薄茶のロングコートに身を包み、肩口のあたりからなにやら長い棒状の物が顔を出している。
 その棒状の物は白い布にグルグルと巻かれ、その棒が何であるかは見て取ることが出来ない。
 が、その長さ故かロングコートを突き抜けるかのように足元に伸び、更なる異彩を放っている。
 車いすに座るもう一方も子供ならではと言った方が良いのか、子供特有のさらさら髪を惜しげ無く伸ばし、いわゆる大和美人に魅せていた。
 こちらの方が車いすを押している女性より遙かに慎重は低く、その少女の身体は車いすにすっぽりはまりこんでしまうくらいである。
 灰色のパーカーを着、下半身にはピンクの毛布が掛けられている。恐らくは足が悪いのだろうか。
 「ねぇ……お姉ちゃん?」
 車いすに乗る少女が、前を向いたまま後ろを振り向くそぶりも見せずに話かけた。
 「……なに?」
 お姉ちゃんと呼ばれた女性は、こちらも下を、少女を見ずに応える。端から見ればまるで素っ気ない対応に見えるが、二人からすればそれは信頼の証なのか。
 女性が応答しても少女は言葉を紡がない。まるでこれから言うことを躊躇うかのような仕草である。
 女性は少女か聞かんとしていることが分かるのか、急かすようなこともしない。
 「あの、さ……私の病気、その……な、治るのかな?」
 「さぁ……どうだろうね? 咲(さき)が治ると信じ続ければ治るよ」
 これまでに幾度と無く繰り返されてきてた問答なのだろう。女性は今までに何度も何度も同じ言葉を発したのか、言い方に迷いがない。
 女性は車いすを押す速度も変えようとはせず、淡々と歩き続ける。迷いはない。
 対する少女は、更に不安の色を濃くした。女性の素っ気ない態度ではないだろう。病気とやらが治るか不安でしょうがないのだ。
 「じゃぁ、さ。……お姉ちゃんの病気は?」
 ピタリ、と。
 女性の足が止まった。ちょうど電柱に取り付けられ街灯の真下に来たときだった。
 ばしっばしっと音を立て、虫たちが無謀にも街灯の明かりへと飛び込む。街灯を倒そうとしている訳ではない。本能なのだ。
 女性はすっと上を向き、その虫たちを見る。その虫たちを見る目は、哀れみでも嘲笑でもなかった。まるで同類。そう、同類達を見る目だ。
 「分からないな……」
 対し少女はうつむき、自分のヒザのあたり一点を無言で見続けている。だがその顔には暗い表情はない。
 「そっか」
 何とかひねり出した言葉はそれだけだった。
 「本能……だから」 
 女性はそっと付け足した。相変わらず上を見たままだ。
 「そっか」
 少女は全く同じ返答を返した。相変わらず暗い表情はない。
 しばらく果敢な虫たちを眺めた後、女性は再び視線を前に戻した。
 「行こうか。咲の病気が治れば、きっと私のも治る」
 その言葉を聞き、少女は視線を同じく前へと戻す。
 数歩歩いたところで少女はようやく言葉を返した。
 「うん」
 その顔に暗い表情はない。むしろ少し、ほんの僅かだけ先程より明るい。
 二人の影が、薄暗い住宅街へと消えていった。

 間もなく、再び太陽の時間だ。







   第一章  〜スーパーと少女と彼女〜

 
   1
  
 
「うっ……ばぁ〜〜っ!」
 一ついっておこう。今俺が発した声は気合の声でもため息でも、ましてやなにやら怪しげな声でもない。
 ただの伸びだ。伸び。誰でもやるだろ? 俺はちょっと変わってるだけだ。
 別に頼んでいるわけでもないのにお日様が頑張っている中、伸びをしたってことは、俺は今起きたわけで、今の今まで寝ていたわけだ。
 ちなみに現在時刻は12:40。そりゃお日様も頑張るわけだ。真昼だもの。
 昨夜、深夜バイトから帰ってきた俺はどうやら窓を開け忘れたらしい。
「……死ねる」
 頑張ったお日様のエネルギーを溜めに溜め込んだ俺の部屋は、まるでサウナのように暑い。蒸し暑い。
 起き掛けの体に鞭をうち、布団から這い出る。
 あ、もちろん掛け布団なんて無いぜ? 腹冷え用のタオルケット以外は何もない。
「な、なんて暑さだ。これはまずい」
 深夜バイトから帰り、本当に一直線に布団にダイブした俺は水も飲んでいない。
 これ以上寝ていたら脱水症状でお陀仏だったかも。危ない危ない。
 台所まで行って、ミネラルウォーターを取り出す。
 水質汚染が続く都内なんかでは、水道水なんて飲めたもんじゃない。ミネラルウォーターは常備してある。
 水分を補給し終えた俺は、とりあえず外に出た。
「何もすることないもんなぁ……」 
 高校は中退。それと同時に親父と喧嘩し家出。その後友人のツテで格安でアパートを借り、今に至る。
 いうなれば今はフリーター。少し間違えればプー太郎。言い方を変えれば今流行のNEET一直線だった。
 流行に乗ってみようかなぁ、とか思ってみもしたんだが、それでは一週間とたたずに飢え死にする自信があったのでやめておいた。
 まぁそんなこんながあって、昼間の俺はフリーだ……とも言い難かったりする。
「あ〜、汚れ皿が溜まってる。洗わなきゃ。洗剤も無くなってきてたっけか。そうだった、味噌も少ないから買わないといけないし、おっと忘れるところだった水道料金も払わなきゃじゃねぇか」
 …………めちゃくちゃ忙しいじゃん。
 主婦のような俺。


   2


 っつーわけでスーパーにやってきたわけだが。
 今回は少しばかり遠出した。アパートを出、郵便受けを確認したらこのスーパーのチラシが入っていたのだ。
 なんともタイミングの良いことで、今日が安売りの最終日だった。
 ここのところ郵便受けの確認を怠っていたので、運が良いのか悪いのか、とにかくギリギリ間に合った。
「ん?」
 スーパーに入る直前、入り口のそばに車椅子に乗った少女がいた。
 少女の小さな体には少し不釣合いの大き目の車椅子に、少女がちょこん、とはまり込むように座っている。
 灰色のパーカーを着込み、ピンクのタオルが下半身にかけられている。
 ――足が悪いのかな? 
 そう思った。 
 ここのスーパー、品揃えは良いのだがいかんせん道が狭い。
 能率と効率を考慮した結果、狭い敷地の中に多種多様の商品が並んだため通路が極端に狭くなってしまっているのだ。
 人二人がすれ違うのがやっとのそのスペースでは、当然車椅子など入るわけもない。
 少女はおそらく、連れの買い物が終えるのを待っているのだろう。
 ふと。少女がこちらを見た。
 少女をまじまじと観察してしまっていた俺は、必然とがっちりと目が合ってしまうわけで。
 失礼だったかな? と思った俺は、何をとち狂ったのかさわやか青年全開スマイルを返してしまった。
 少女はこちらを見、そして笑った。
 顔の隣にニコッという文字が見えるかのような、見事な笑顔だった。
 ――ああいうのを大和撫子と言うんだろうな。
 そう思った俺は、自分の顔がさわやかスマイルからにやけに変わっている事に気づいた。思わず照れ隠しに頭をかく。
「おっと、そろそろ安売り終わっちまうよ。早く行こう」
「安売……り?」
 俺の言葉に少女が首をかしげた。きっと安売りなんて言葉も知らないほど純情なのだろう。
 そんな自分勝手自己満足な考えをしながら、やっぱり少女を見つめてしまった。いやもうこれはしょうがない。
 それほどまでに少女はかわいいのだ。……俺は断じて少女性愛者ではないよ? 念のため。
 あんまり見ていては失礼だろう。少女の笑顔を堪能するのも程々に、スーパーへと足を踏み入れた。

 スーパーの中は流石に涼しい。ここでバイトしても良いのだが、深夜バイトの方が圧倒的に給料が違った。
 家賃から食費まですべて稼がねばならない俺にとっては自給10円の差も、とてつもない金額差なのだ。
「まずは、食品から攻めますか」
 そう独り言をつぶやき、入り口脇にあるカゴを手に取り食品コーナーへ向う。
 食品コーナーは入ってすぐ左手にある。スーパーを効率よく回るには右回り、つまり時計回りが一番良いのだ。
 だがまぁ、そこらの主婦のようにすべて回り、使えそうな食品を買いあさるわけにはいかない。
 経済状況が思わしくない俺は、あらかじめ決めてきた目当てのものに一直線で向かう。
 ここのスーパーは遠いとなれど、安売り時には何度か訪れているので、場所が変わっていなければある程度の配置は覚えている。
「味噌、ミソ、みそっと」
 十代後半の青年にしてみればあまりつぶやくことの無いような主婦じみた内容の独り言。
 うるさいな。自炊してりゃ、いやでもこうなるんだ。
 誰に突っ込んでるんだろうね、俺。
「味噌、ミソ、み……んぁ?」
 味噌を探し、調味料コーナーに来た。そこには、先客が居た。
 いやまぁ、別に他の客ぐらい居るのが普通だ。
 目の前に居るのが、そこらのおばさん主婦だったら俺もスルーしてたに違いない。
 目の前に居るのは、俺と同年代であろう女性だった。
 いやまぁ、別に同年代でなくてもただの女性であればいい。
 ただ、なんと言おうか、異彩っつの? そんなのが全身から湧き出てるんだよな。
 まず第一に目がいくのが長髪。完全なる直毛だ。
 地面に向かう点において、何の迷いも見せずに髪が伸びている。
 何をどう手入れしたらこんなにすっとしたストレートが保てるのか、多くの女性が知りたがるだろう。
 次に瞳。その瞳は俺が見ている真横からでも判別できるような、真っ赤な紅眼。
 そして、もっとも異彩を放っている原因たるものが背中のソレだ。
 ――竹……刀?
 そう考えるしかなさそうだが、ソレにしては長すぎる。
 なにせ、175cmある俺よりわずかに高い程度の身長なのに、ソレは上は俺より高く、下は地面すれすれだった。
 で、当の本人は、
「赤味噌? 八丁味噌? 何を買えば良いんだ?」
 そんなことを言っていた。
 どれでも良いと思うよ? 何を作るかは知らんけど。
 ここまで観察させてもらっておきながらなんなのだが、俺は別に助言する気もなく女性の隣までやってきた。
 そして、
「やっぱ味噌汁はマル○メだよなー。」 
 とかつぶやきながらマ○コメ味噌を手に取った。
 うーん、我ながらお人よし。
 だが当の本人は両手に持った二種類の味噌とにらめっこしていた。聞こえてなかったのかもしれない。
「そ、そうだよな。味噌汁なら赤味噌だし、おでんとかだったら八丁味噌だよな。そ、それくらいは分かるんだが」
 そんなこと言ってるしね。
 だからどれでも良いと思うよ? 要は好みだし?
「そういや妹が今度赤味噌で味噌汁飲んでみたいとか言ってたなー。どっちでもいいんだけどなー。要は好みだしなー」
 棒読み全開でそんなことを言ってみた。
 もちろん俺に妹は居ない。いや、実家には居るんだが家出してからは一度も会っていない。
 だから勝手に使わせてもらったぜ、妹よ。
「そ、そうだった。あの子は八丁味噌での味噌汁が好きだった。ど、どれでもいいんだよな。忘れてたよ」
 なんだろうね。頬を自分の目と同じくらい紅く染めながら、何をいい訳してるんだろうね?
 しかもどれだけ味噌汁通なんだ? あの子とやらは?
 もうちょっとからかってあげたい気もしたが、ここは引き上げよう。まだやることあるし。
 この女性がどの味噌で味噌汁を飲もうと、俺には関係のないこと。
 どうやら助言ってもんを聞き入れるタイプでも無さそうだ。
 そのくらい、意味のないいい訳をしているところから解釈できる。
 でも俺は知っている。俺が別コーナーへ曲がった瞬間、彼女が○ルコメの味噌を手に取ったことを。


 台所を掃除しようにも洗剤を買っていないことに気がついた俺は、掃除用品コーナーへとやってきた。
 するとそこには先客がいた。
 そう、彼女だ。俺は思わず後ろを振り返った。
「ん? んん?」
 そうだ、俺は確かに彼女より先にこっちに向かったはずだ。なのに彼女は先にいる。
 どういった近道を通ったのかは知らないが、彼女がどれだけ早く移動しようと俺には関係ない。
「洗剤、センザイ、せんざいーっと」
 これまた主婦っぽいセリフだ。
 うるさいな。って何度も言わせるなよ!
 ホント、誰に突っ込んでんだか俺は。
「えーっと、ジ○イ君はどこかなー」
 彼は油汚れに強く、使用量も少なくすむとってもハイスペックな商品なのだ。
 ――ん?
 俺はすぐ右に立っている、例の彼女の手にあるものに気づき、目を見張った。
 右手にティン○ル。左手にサン○ール。
 そして、
「どっちが油汚れに効くのか……」
 とかなんとか言ってしまっている。
 ――……あー、なんつーか。両方、トイレ用だぜ?
 そう突っ込んでやりたい。
 いや、突っ込まねば彼女の体が危ない。そして先ほどのあの子とやらも。
 だが、先程の行動をみて、プライドの高そうな彼女に面と向かって突っ込んでやるのもなんだか気が引けるものがある。
 でまぁ、仕方なしにやってやるわけだ。
「おーっと。皿洗うのにトイレ用洗剤を買ってしまうところだったぜー」
 幼稚園児のお遊戯会顔負けの棒読みである。演技はへたくそなんだ。
 そんでまぁ、さっきみたいなやり取りがまた繰り広げられるのだが、あえて割愛しよう。
 そう。俺の華麗なる(だが棒読み)演技で指摘してやったのにもかかわらず、次の手に取ったのがマイ○ット、フローリング用洗剤であったことは言わないで置いてやることにする。

「いらっしゃいませー」
 そんな日本全国使い古されたセリフも、とびっきりの営業スマイルとともに繰り出されては、何度聞いても、いや何度見ても格別である。
「504円が一点ー」
 俺が買ったものがバーコードを通し、レジへ金額化される。
 買ったものはマル○メ味噌とジョ○君の二つだけだ。夕飯の材料なんかは未だ、冷蔵庫で食われる出番はまだかまだかと潜んでいるはずだ。
「合計で1024円頂戴いたしまーす」
 まぁこんなものか、と思ったときだ。妙な違和感を覚えた。
「んー、あれ?」
「お客様? どうかなさいましたか?」
 思わずうなる俺を店員さんが不思議そうな顔で見てくる。
 そんなにマジマジ見ないでくれ。照れる。
「あぁいや、今日ってまだ安売り最中じゃなかった? 全品2割引だかなんだか」
「へ?」 
 素でそんな返事を返されてしまった。
 店員の顔が、こいつ頭おかしいんじゃねぇ?と雄弁に語っている。
「いえ、当店では行っておりませんが?」
「へ?」
 今度は俺が素で素っ頓狂な声を上げてしまった。
「おかしいな、来るときにチラシを見たんだが?」
 店員は嘲笑うかの表情で俺を見(被害妄想)、こう言った。
「そのチラシはお持ちですか?」
 俺は表情が気に食わなかったため(勝手)無言でポケットに押し込められていたチラシを差し出す。
「……」
 店員はチラシを数秒間眺め、勝ち誇ったような表情で(思い込み)こう言った。
「こちら、去年のチラシになりますね」
 俺は唖然とした。なぜに去年のチラシがポストに入っているんだ?
 俺が取り忘れていて、ポストの奥底にたまっていたものが今日になって表に出てきて――ってんなわけあるか!
 俺は今日ポストを見て、一番上にこのチラシがあるのを見て一目散にやって来たのだ。
 奥底にたまっていたのだとしたら、いったい如何様にして一番上に浮上してきたのか。考えられん。
「…わかりました。じゃぁそのままで」
 不承不承了解し、財布から合計金額ちょうど、レジにたたき置き(八つ当たり)足早に店を出た。
 チラシといい、先ほどの女性といい、入り口の少女といい、性格悪い店員といい(……)、今日は不思議な日だ。


   間


「さっきのおにーさん、面白い人だったなぁ」
 軽い笑みとともにそんな言葉がこぼれる。
「名前、聞いておけばよかった」
 チラッと目が合っただけだったが、澄んだ目に照れた表情がなぜか面白かった。
 自分を目にして、好奇、憐憫の視線は数あれど、微笑みかけてくれた人は少なかった。
 いつもはお姉ちゃんが笑いかけてくれるぐらいで、あとはいつも面白くも嬉しくもならない視線ばかりだった。
 この体がいけないのだ。自由に動かない、この体が。機械に頼らねば万足に行動できない、この体が。
「気持ち……沈んじゃった。いけないいけない」
 首をわずかに左右に振り、ネガティブな思考を振り切ろうとした。
 変に考えるから余計な方向に考えが飛ぶのだ。ボーっと、何も考えずいればいい。
「お姉ちゃんが戻るまで退屈だな……」
 しばらくして、目の前の大通りを三人乗りで暴走するスクーターが通った。
 普段なら別段気にも留めないのだが、その暴走スクーターはこっちを見、さらにはこっちに進んできたのだ。
 ――なんだろ。この人たちもスーパーに用があるのかな?
 そう思った。
 だが次の瞬間、自分の考えは間違いであったと理解した。


   4


 女性の悲鳴が聞こえた。俺が向かっている入り口のほうからだ。
「なんだっ!?」
 女性、いや、おそらくは少女特有の甲高さであったから少女だろう。
 少女の声はやはり独特の周波数が――ってんなこと言ってる場合か!
 俺は手に持っていた洗剤と味噌入りのスーパー袋を投げ出し、一目散に入り口へと駆けた。
 入り口に来た俺は、やはり自分の耳は間違ってなかったことを確信した。
 悲鳴を上げたのは先ほどの入り口にいた少女で、その少女は今三人乗りのスクーターに連れさらわれようとしていた。
「なっ!」
 俺は考える間もなく飛び出し、全力で疾走する。
 だがそのスクーターは、4人分の体重もなんのその、速度が遅くなるわけでもなく走り出した。
 俺はこう見えても足は速いほうだ。というか俺の運動神経は常人のソレを大きく上回る。
 学生時代はその運動神経ゆえフィーバーしていた。学校を辞めた今、あんまり必要性はなくなったけどさ。
 だが今は天性の運動神経に感謝した。あの少女を助けられるからな。
 スクーターはどうやら住宅街に向かおうとしている。
 入り組んだ場所で追っ手をまこうとしているのだろう。
「こんのぉっ……!」
 足を動かす。腿を振り上げ振り下ろし、全体重を前方に向け加速する。
 もうちょっと。
 手先がスクーターの荷台に触った。
 一番後ろに乗っていた男が俺に気づき驚き、持っていた特殊警棒を振りかざし、俺の手を殴りつけようとした。
「うるぁ!」
 殴りつけようとした警棒を見切ってつかみ、全力で引く。
 勢いに負けた男はシートからずり落ち、俺の後方に向かって転がり落ちた。
 あれは結構ひどい落ち方と転がり方だったが、死にさえしなければどうなろうと知ったことではない。
 あの男がなぜ驚いた表情をしたのかは知らん。関係ない。
「おらぁ、次ぃ!」
 邪魔者を消し、再度荷台を掴もうと手を伸ばした。
 だが、加速する時間を得たスクーターはさらに加速する。それはもう、人の足ではどうしようもない速度だった。
 ――ちくしょぉ! ここまでかよ!
「っはぁ! っはぁ!」
 無酸素運動を続けてきた反動か、それとも叫んでしまったため余計な酸素を使ったのか、どちらにせよ俺の肺はもう限界だった。 
 それでも俺は走った。体に鞭を打って。
 なぜ頑張るのか? 知らん。体が勝手に飛び出しただけだ。理由なんて得に考え付かない。
 それに、女の子を守るのは男の義務だろ?
 最後の悪あがきとばかりに、前方にあった崩れたブロック塀のかけらを掴み、大きく振りかぶって――投げた。
 俺の手元を離れたブロック塀のかけらは一直線にスクーターに向かう。
 もう数十センチで後部に乗っていた男の後頭部を直撃する、という時だった。
「このっ――クソ共がぁああ!!!!」
 突如サイドの住宅街から飛び出してきた黒い影が、スクーター丸ごと蹴り飛ばした。
 いや、ぶっ飛ばしたというほうがいいだろう。
 つまりはスクーターがぶっ飛んだのだから。 
 スクーターはぶっ飛び、乗っていた男二人と、抱えられていたさらわれた少女が宙を舞った。
 すかさず体に鞭どころか鎖を打って、全身に力を入れた。
 体内に残った酸素を振り絞っての無酸素運動だ。
 届かない。ギリギリ、きっと間に合わない。
 そう思った俺は、跳んだ。
「おおぉぉぉおおお!!」
 走り幅跳びよりも遠くに、ビーチフラッグよりも貪欲に跳んだ。
 そして、少女は俺の腕に落ちてきた。


   間


 助けてくれたのはさっきの人だった。
 男の人に抱きかかえられていて、怖くて目をつぶっていたから後ろは見れなかったけれど、誰かが必死に追いかけてきてくれているのはわかった。
 さっきの人だったらいいなって思ってたけど、まさか本当にあの人だとは思わなかった。
 お姉ちゃんだったかもしれなかったのに。
 ううん。一番可能性が高かったのはお姉ちゃんのはずだった。
 なのになんで、あの人がいいと思ったんだろう?
 やさしく笑ってくれたから? 奇異の目を向けなかった人だったから?
 違うと思う。
 きっと私は、一目惚れ……したのかもしれない。
 そう気づき、私は赤面した。恥ずかしい。
 本当に恥ずかしい話だけれど、初恋だ。
 その人が私を必死で助けてくれて、今私はその人の腕の中にいる。
 話しかけてくれている。
 きっと違う。呼びかけているんだ。
 私がずっと目をつぶったままだから心配してくれているのだ。
 優しいな。 
 そうだ。さっき聞き忘れちゃった名前聞かないと。
 あ、そうだ、まずは目を開けないと。


   5

 
「おい、もう大丈夫だぜ? 目を開けな!」
 俺は軽く揺すぶりながら呼びかける。
 きっと彼女は怖かったと思う。いきなりさらわれて、いきなり宙を舞ったのだ。そりゃ当然か。 
「ほら、大丈夫か? 目ぇ開けなって!」
 優しく言おうとしたんだが、さっきの運動でアドレナリンが分泌され、思わず声が荒ぶってしまった。
 それでも何度か揺さぶったり、声をかけているうちに少女は目を開けた。
 目を完全に開けた少女は、一瞬俺を見、目を伏せた。
 どこか傷が痛むのかと思った俺は思わず顔を覗き込む。
 だが彼女は視線をそらし、俺の目を避けた。
 ――あー、やっぱさっき無駄にさわやかスマイルをしたのが間違いだったか。変人に思われてるぞきっと。
「あのっ」
 そう思ったとたん、少女が口を開いた。
「ん?」
 俺が反応しても、少女はまた黙りこくりうつむいた。
 まるで何かを言おう言おうとし、こらえているようだ。
 あぁ、きっと早く降ろせ、とかそういうことだろう。いつまでも俺が抱いているからだ。
 でもそうじゃないかもしれないからこの子が言うまで抱いていよう。
 ――女の子って柔らかいから抱き心地いいんだ! ぐっ!
 心の中でガッツポーズな俺。
「あのっ!」
 さっきと同じ言葉で、だがさっきより力強く少女は言葉を発した。
「ん?」
 俺はまったく同じ反応で返してやる。
 さり気に抱く腕に力を込めたのがばれないように、平然を装ったつもりだ。……ゴメンナサイ。
「あのっ……、名前っ……お名前教えてください!」
「へっ?」
 少女が振り絞った言葉がこれだった。
 あれだな。抱く腕がセクハラしいから後で訴えようとかそういうあれだな。きっと。
「え……名前? 俺ぁく――ごふぁっ!」
 蹴られた。
 右頬をクリーンヒットだぜ。奥歯が折れるかと思ったね。幸い折れてないけど。
「いつまで抱いている! さっさと降ろせ!」
「痛いぜオイ!? そのスクーターぶっ飛ばした黄金の右足で人間蹴り飛ばすなよ! 軽く死ねるぜ!? それにな、俺は保護してあげたの! 降ろしたらこの子歩けないんでしょ!? これは不可抗力というか役得というかいやなにその」
 そのゴールドライトレッグに耐えた俺の体に乾杯。でも正直きつい。意識飛びそう。
 あれですよ、少女の前の必死の強がり。
「いいから早く妹を返せ!」
 熱弁もむなしく、少女は彼女の手に渡っていった。うーむ、もう少し感触を楽しんでおきたかったが。
 俺の腕から離れるとき、少女の「あっ」というかすかな声を聴いたような気もしたが、それはきっと気のせいだ。
 大丈夫だったかと心配する彼女と、うん大丈夫と安心させている少女達をわき目に、俺はぶっ飛ばされたスクーターを見た。
「え、あ、あれ?」
 ぶっ飛ばされたスクーターはある。だが、少女とともに宙を舞っていた男たちの姿が見えない。
 あたりをぐるりと見回すも、人影ひとつ見当たらない。
 立ち上がって少し歩き回ってみるが、やはり先ほどの男たちらしき姿は無い。
「どうした? 間抜け面して歩き回って」 
 俺の行動がよほど不審だったのか。言ってくれるね。
「さっきの男達がさ、いなくなってるんだ」
「なに?」
 彼女もあたりを見回す。が、結局は俺と同じく見つけられない。
 あのすっばらしい蹴りで宙に浮いておきながら、即座に逃げ出せるとは敵ながら天晴れだ。
「何を言う。人をさらうようなやつに天晴れもなにもあるか」 
 ごもっともで。
「そうじゃな。スクーターで壁をぶち破ったり、人様ん家のガラスをブロックで叩き割るような連中にも、天晴れも何もないのぉ」
 背後から声がした。なんかもう背中が冷や汗でだくだくなんですが。
 ひょいっと声の主である爺さんの背後を見れば、ぶっ飛んだスクーターは民家の壁を粉々に粉砕し、俺が投げたブロックは窓を貫き、民家の風通しを良くしている。
 俺たちはことも何気に見合った。
「オイ……」
「わかっている……」
 アイコンタクト。こんな状況ならば知らないやつとでも意思の疎通は可能らしい。
 やってみるもんですね。
「ゴメンナサイ」
「そしてサヨウナラ」
 言い終わるが早いか、俺はもうクタクタの体で走り出し、彼女は少女をしっかりと抱え走り出した。
「なっ! をいこら、またんか!!!」
 背後でとんでもない怒鳴り声が聞こえたような気もするが、無かったことにする。それがいい。
「お前らさ……はっはっ……とりあえずウチこねぇ?」
 息を切らしながら必死に話す。なんというか、頑張れ!俺の肺!
「なにをっ! 何の魂胆だ!」
 こちらさんは相当俺を警戒しているみたい。よほど妹さんが大事と見える。
「別にっ……ハッ……ただ、妹さんの車椅子……ハッ……さっきの騒動で壊れてたから、休む場所が必要かなって!」
 酸素が足りない。頑張って言ったら怒鳴った形になってしまった。
 それを察したのか彼女はべつに怒りはしなかった。優しいんだか怖いんだか、なんなんでしょうね?
「……そうだな。ならばその言葉に甘えさせてもらおうことにしよう」
 それにしてもコイツ、人一人抱えてるってのに息ひとつ乱さず走っている。
 なんて体力してるんだ?
「あのっ!」
 その、抱えられた少女がいきなり声を発した。
 さっきから頑張って会話しようとしている姿がいじらしい。可愛いね。
 いやですから俺はそういう趣味は(以下略
「お、お名前! 教えてください!」
 別にこの子までも怒鳴らなくても、と思ったがやっぱりやめた。
 きっと頑張って言ったセリフだろうから。
「そうだな。お前の名前、聞いておこう。仮にも家に上がらせてもらう身だ。名前ぐらい知っておかねばな」
 だからなんであんたはピンピンしてんだ? 俺もう限界なんですが。
「お、俺のっ……名前っ……わっ」
 ダメ、リタイヤ。
 どさっと、座り込んでしまった。われながら情けない。
「だらしないやつだ。で、名前は?」
 いやあんたがおかしい。
「ハァッハァッハァ……久遠院 和(くおんいん かず)だ」
「なんだ、その外見の割りにいかつい名前だな」
 それは俺の親に言ってください。あ、苗字に関して親に言っても無駄だ。市役所? いや、先祖か。
「まぁいい、私は架崎 葵(かざき あおい)。こっちは妹の咲。よろしくな」
 そういって葵は手を差し出した。
 握手とは律儀なやつだ。
 そう思って握り返した俺が馬鹿だったんでしょうか? いえ、違うはずです。手、出されたら握らないわけにはいかないでしょう?
 握り返した俺の手をギュッと握って思いっきり引っ張り、俺の体を自分の耳元まで持ってきた。
「妹に手を出せば、コロス」
 ですから! 俺はそんな趣味はな……い……ヨ? うん……確かに笑顔にドキッとかしますけ……ど。
「ア、あははー」
 適当に笑っておいた。
 怖すぎる。

「くおんいん……かず君……」
 二人に知れず、咲は微笑んでいた。
 小さなガッツポーズとともに。




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 追伸:
 
 どうやら、すぐにはそちらに行けそうにありませんクソ親父様。
 なんだかいろいろありそうな予感がするので、アンタに会うのはさらに数年後になるかもな。
 とりあえず母さんと妹によろしく。

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2007/08/13(Mon)18:52:36 公開 / どわーふ
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■作者からのメッセージ
どーもはじめまして、頑張って小説でも書こうかなぁとか思って見たどわーふです。
この作品、そこまで練りこまれた設定などはございません。
あくまでどこにでもある設定、です。

ようは私の処女作であり練習作なのです。
ですから、ご指摘、アドバイスをいただけたらなとか思っております。

ちなみにこの作品、後に個人HPの方で載せる予定なのですが、長くなりそうなので、ある程度のところで上手く切り上げようかと思っております。
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