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『MISSING RING   第一章』 作者:マーモン / 異世界 ファンタジー
全角30133文字
容量60266 bytes
原稿用紙約101.45枚
 『天才』が創りだした者は『禍』なのか。それは何を感じ何を想うのか。 『禍仕掛人』ことシーク・クロウと『蒼想術士』、ジェイルのお話。  二人の過去。そして二人が引き受けた『任務』とは。
 * プロローグ a *
 
 その昔、世界には多くの種族が共存していた。
 大きく分けるなら、それは『人』、『妖精』、『魔物』、『妖<あやかし>』、『竜族』、『麒麟』――――
 この中で人は最弱の部類に入った。
 何故なら、他の種族と違い、一部の者しか『力』を持たない為だ。
 力―――つまり、魔力、妖力などの特別な能力の事。
 しかし、人にはその弱さを補うだけの頭脳があった。
 時の経過と共に、人は様々な事を学び、そして創りだした。
 しかし、彼らはいつしか道をそれ、愚行とも言うべき行動に出た。
 魔術と科学を掛け合わせたのだ。
 それ事態は大した事ではなかった。しかし、人はそれを新たな武器にすべく開発を進めた。
 『何がその力を宿すに一番相応しいのか?』
 彼らが選んだのは同胞であるはずの『人』だった。
 『ほんの僅かでいい。人の域を超えた力を持つ者が現れれば、人はより栄える事が出来る。他の種族と戦う事が出来る。
 その為には、単に武器ばかりを強くしても意味が無い。人自身が、人を超えねば―――』
 人が人を改造する。
 あまりにそれは人道に反した行為だった。
 しかし、彼らはそれに気付こうとはしなかった。
 実験は失敗が続いた。
 何より副作用、拒絶反応が激しく、大半の被験体は死んだ。
 そして、遂に被験体である双子の少年を『改造』する事に成功した。
 しかし、その双子も、力と引き換えに大きな代償を支払った。
 双子の中で時は止まってしまい、また心も壊れてしまった。
 双子の兄は人を憎み、忌み嫌った。
 そして、復讐として、人に害をなす新たな者達を『創り』始めた。

 双子は後に新たな『人成らざる者』を創り出す。
 
 時の闇の狭間にて、歯車は少しずつ狂いだしていた――――

 

 * プロローグ b*

 そこには惨劇が広がっていた。
 金属の床にも、壁にも、明るく照らし出された廊下にも、至る所に血が飛び散り、辺りを赤く染めていた。倒れている人達は既に多くが事切れ、そうでないものも致命傷を負って動く事すら出来ずにいた。そこに、一人の青年が駆け込んで来た。綺麗な蒼い髪に、銀色の瞳を持つ背の高い青年。彼は、倒れている人達を必死に見、誰かを探していた。
 不意に、廊下の角を曲がった所で青年の足が止まった。その視線の先に、一人の少年が血に染まって倒れていた。少しボサボサした黒髪に、酷く痩せた体つき。

「東風<アユ>!?」
 青年は少年に駆け寄るとその名を呼んだ。しかし、少年はぐったりとしたまま目を開けようとしない。
「東風<アユ>!!しっかりしろ!」
 何度目かに、少年がうっすらと目を開けた。焦点の定まらない目で、それでも青年の姿を確認したのか、その目が見開かれた。
「……シー…ク…戻って…きちゃ…ったの…?」 
 弱々しく少年が微笑んだ。
「喋るな!!ルシフィールが来たら何とかなる!!」
「……もう無理……だよ」  
 少年の傷は素人から見ても明らかに致命傷と見て取れた。骨を何本も折っている上に、銃弾で腹部等にに傷を負っている。応急処置でどうにかなるものではない。それでもシークと呼ばれた青年は必死で傷口の出血を止めようとしていた。
「ちいっ…!!」
「……シーク…もう……いいんだ。これでよか…ったんだ…よ」
 がっ、と少年の口から夥しい量の血が流れ出た。
「……ごめん…ね」
「!?」
「知って…たよ…シークが、任務の…度に……いつも…仲間を…気遣ってた事……いつだって…真っ先に……自分を犠牲にして……いつだって……守る為だけに……戦って……それなのに……僕は…」
 傍にいる事しか出来なかった。何も出来なかった。
「……僕…馬鹿だったよね……」
 でもね…これは僕が自分で決めた運命なんだ……笑っておくれよ。お願いだから泣かないで……
 少年の目が虚ろになり、光が消え始めた。
「……シークのせいじゃ、無い…よ」
「…!? 東風<アユ>…?!」
「ありが…とう……友達で、いて…くれて」
「…そんな…!!」
 微かに笑って少年は死んだ。手が力なく床に崩れ落ちる。
「……何でだよ!? 何の為に…誰の為に戦って来たと思ってんだよ!? 何だかんだ言って真っ先に死にやがって!!! ふざけんなよ冗談じゃねぇよ!! この……大馬鹿っ!」
 シークの悲痛な叫びは、もう少年には届かなかった。シークの目から溢れた涙が少年の頬を濡らす。
 背後から慌ただしい足音が聞こえたが、シークは少年の傍に座り込んだまま動かなかった。
「シーク!」
 駆けつけて来たのは、血に染まったそこには余りに場違いな、大きな紫色の目と、長い黒髪を持つ、漆黒のドレスをまとった妙齢の美しい女だった。
「シーク!! 東風<アユ>は見つかっ……」
 女――ルシフィール――の足が、止まった。そして全てを理解した。
「……あり得ない……嫌だよ…そんな……こんな事って…!!」
 ガクリ、とその場に膝を落としてルシフィールは嗚咽を漏らした。
 
「……これが……これがあいつの運命だって言うんなら……あいつらも、世界も、皆大っ嫌いだ!!!」

「馬鹿なガキだ」「馬鹿なガキだ」
  通路の先の暗がりから嘲るかのような声が響いた。
『くだらぬ信頼が何になる?現に私達は裏切ったと言うのに……』
 二つの声が響き、笑い声とともに暗がりから二人の少女が姿を現した。白いワンピースに白い髪の二人の少女は、瞳の色――一人は金色で、もう一人は碧瑠璃――を除けば鏡に映したかの様にそっくりだった。全身から研ぎ澄まされた刃物の様な冷たいオーラが漂っていた。
「よくもそんな事が言えるね!? お前達が仕組んだくせに!恩義ってものは無いのかい!?」
「それ以上の侮辱は許さねぇぞ……!!」
 シークの瞳は銀から血の様な赤に染まっていた。尋常では無いその殺気に、少女達は思わずたじろいだ。
「お前らに……あいつの痛みがわかるか!?」
 いつだって祈ってた。いつだって願ってた。皆が笑顔でいられる様にと……。
「あいつはお前らの事だって認めていた!! 兵器でも悪魔でもなく、人間として!!」
「くだらない。所詮は偽善故の痛み」「わかった所で何になる?」
 少女達の声に更に冷たいものが混じった。
『人の様な愚かで哀れなものと一緒にするな』
「救いようのねぇ馬鹿だなお前ら……!!」
 シークは立ち上がって両腕を広げた。ヒュンヒュンと空を切る鋭い音が響き、彼の両の手に焔が宿った。
「…戦うのか?」「他の三人は助太刀に来る暇はないぞ」
 金色の瞳の少女が嘲る様な笑いを浮かべ、碧瑠璃の瞳の少女はすっと目を細めた。
「助太刀は私だけで十分だよ」
 ルシフィールはそう言ってシークの隣に立った。
『それがあいつの望んだ事か?』
 冷笑を浮かべて二人の少女はそう言い放った。その手に、大きな白銀色のデスサイズが出現する。 
「さぁな…ただ、俺はあいつの為に戦う気はあってもテメーらみたいなカスの為に死んでやる気なんてこれっぽちも無いんでな」
「同感だね」
 ルシフィールが頷いて指を広げると同時に、シークは少女達に向かって疾走した。

 この死闘は三日間続いた。結果は誰も知らない。
 唯一の生存者である七人が行方不明となったことで事件の詳細は闇に葬られたまま月日は経って行った。
 この事件は『最悪の禍<ハザード>』とよばれ、知るものはごく一部のものだけであった。 


  

  * 1.覚醒 *

 それはゆっくりと目を開けた。
 それが目覚めた時、初めて見た風景は、何所かの実験室だった。
 それが目覚めた時、初めて感じたのは酷い不快感だった。
 自分を縛り付けている無数の鎖、体至る所に取り付けられた夥しいコード、自分が入れられている、液体で満たされた巨大なガラスのケース。そして、何やら忙しそうに走り回っている白衣を着た大勢の何か。それは『人』。しかしそんな事はどうでもいい。その全てが不快でしょうがない。
 それらが自分を拘束している。
 それらは酷く弱い。
 邪魔だ。
 何をすべきかは何となくわかっている。
 それは強い『念』を送った。
 
『邪魔だ』

 ガラスのケースにひびが入り、液体がこぼれる。白衣の『人』が悲鳴をあげてクリップボードを取り落とした。
 そんなことはおかまいなしに、それは念じ続けた。コードが千切れ、ケースが完全に砕け散った。
 『人』が何か叫んでこちらに駆け寄って来る。
 手に何か持っている。先に細く鋭い針の着いた、何か。 
 その時、それは感じた。
 自分と類似した、それでいて真逆の存在が近くにいる事に。
 それはその存在を『仲間』だと認識した。
 それの傍に行きたい。
 『人』の一人が細い針の着いた何かを自分の首筋に近づけた。どうやら先端の針を刺すつもりらしい。
 それは鬱陶しそうに軽く手を振った。
 『人』が吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた。その肩に、まるで刃物で切られたかの様な傷が開いていた。赤く染まった『人』はぐったりとして動こうとしない。他の『人』は後ずさりした。
 それは『人』を無視してケースの外に出た。初めて歩くと言う事にまだ馴れず、少しふらつく。
 しかし、そんな事はまるで意に介さないかの様に、それは歩を進める。初めて見るその施設の中を、まるで見知っているかの様に。
 『仲間』の気配がする方に。
 途中、ガラスの破片が素足に刺さるのを感じたが、痛みは無かった。ただ、『刺さった』だけだった。
 自分がいた部屋を出て、広い廊下を歩く。通路は傷一つなく、白い光でややまぶしい程だ。
 幾つものドアの前を通りすぎ、突き当たりの一つのドアの前でそれは立ち止まった。
 他の部屋とは違い、頑丈そうな金属のドアは、ちょっとやそっとでは開かなさそうだった。それの部屋のドアも、同じだった。
 どうやら自分と『仲間』は何か特別らしい。それはすっと手をかざした。重たい金属の自動扉が苦もなく吹き飛ぶ。中から悲鳴があがった。かはは、とそれは楽しそうに笑った。それが初めて出す『声』だった。悲鳴を無視して部屋の中に足を踏み入れる。

 そこにいたのは一人の女の子だった。
 見た目は十歳程、先程までそれがそうだった様に、大量のコードに絡まれてガラスのケースの中で目を閉じていた。
 着ている黒い濃紺のワンピースのせいで、酷く色白に見える。
 それがケースに近付いたその時だった。
 女の子がゆっくりと目を開けた。
 焦点の合わない目がそれを見つめる。
 右目は瑠璃、左目は紅。
『あなたは、なあに?』
 その女の子の声と思しき小さな声がそれの頭の中に響いた。
「……知らない」
 その時、それは割れたガラスに映る、自分に気付いた。
 金と言うよりは銀に近いの長い髪。
 その両眼は、まるで闇を映しているかの様な。
 まるで冷たさを映しているかの様な。
 燃える様な深い赤。
 着ている服は女の子のものと酷似していたが、色は白だった。
 
 見れば、女の子は再び目を閉じており、もう何も話しかけて来なかった。
 突如、それは猛烈な疲労感に襲われた。体が上手く動かない。今は動きたくない。
 自分も少し休もう。
 それは糸が切れたかの様に冷たい床に倒れ込んでいた。


 暫くの沈黙の後、それの傍に歩み寄った者がいた。
 一人は黒髪に蒼い目の長身痩躯の青年、もう一人は金髪碧眼の小柄な女。
「K…あなた今わざとA−007の知覚のコントロールを緩めたわね?」
 女が咎めるような厳しい口調で青年に話しかけた。
「…別にぃ?俺は少し気を抜いただけだよ」
 特に反省する様子もなく気楽そうにKは言葉を返した。
「まぁいいんじゃん?たまには力も使わないといざって時に暴走して手に負えなくなるし。そう怒んなよ、N」


   * *

『後はあんたが勝手に決めろ』
  
   * 2.混乱 *

 数ヶ月が経過した。
 相変わらず、A−007は日々の大半をコードや鎖に縛られたまま過ごしていた。
 以前より、チューブから送られる薬が強くなっている。
 しかし、007はすぐに免疫が出来る為、効果が薄れるやいなや、直にケースを破壊してしまうのだった。
 007は最近よく笑う様になった。怯えて悲鳴をあげる人達が、面白くてたまらない。
 それは単に、本当に純粋な遊び心だった。余りに残忍すぎる程に、無邪気な。
 『女の子』は何所か別の部屋に移され、相変わらず眠り続けている。『人』達は何も教えてはくれないが、007は感じていた。
 それが酷い癪の種でもあった。
 自分はあの子の傍に行きたい。傍にいたい。
 ずっと前から知っている様な気がして、初めて会った気がしなくて。

 (…それなのに、『人』は邪魔をする?何故私の前をいちいち遮るの??)

 イライラは募っていく。しかし、その暗い感情が募れば募る程、007は自分の『力』が強まる事に気付いた。
 『怒り』が私を強くしてくれる。
 『闇』こそ自分の居場所。
 007はうすぼんやりと気付いた。
 己が忌むべき存在である事に。
 『人』達はあまりに自分を強くしすぎた事に。
 慌てて自分を止めようした『人』に向かって手を振りながら007は笑った。

「あはははははっ」

 紅い雫が散る。それが面白くて仕方が無い。『強さ』の中にこそ自分の存在を確認出来るから。
 その時。 
 気配を感じたAー007は後ろを振り返った。
 其処にいたのはあの女の子―――T−001。
 酷く幼い顔に不思議そうな表情を浮かべて。
 何処までも蒼いそれが。
 右目だけが、紅い。

「きみの名前は?」

 トテトテ、とA−007の傍に駆け寄ったTー001が問いかけた。

「なまえ?」
「そう、名前。名前、無いの?」

 Aー007に、名は無かった。あるのは認識番号のみ。それどころか、『名前』の意味を、Aー007は知らない。

「じゃぁ、あたしが名前付けてあげる」

 T−001はそう言って笑った。

「何がいいかなぁ…えーとね…ぅ”ー…」

 物凄く考えている。

「…じゃぁ、ジェイル!!」
「…じぇいる…?」
「そう。今日から君はジェイルだよ!!」

 Tー001が嬉しそうに笑った。
 作意も悪意も何も無い、ただただ純粋な心の底から純粋な笑顔。
 自分の為に、笑ってくれた。
 自分に存在価値を与えてくれた。
 だけど、それは。

「う、あ…」

 ぞわり、と気持ちの悪い感覚にAー007は襲われた。
 何故私に笑う。何故私を信じる。くだらない。そんなモノが何になる??気持ち悪い気持ち悪いそれ以外の何者でもない。
 止めろ。
 私にとってお前は何の意味も無い。
 ただ殺したい。ただ壊したい。ただ、消えてくれ。
 それは絶対的な破壊衝動。そして、本心。
 そんな想いは、一切要らない。私が必要とするのは戦うに値する相手。
 誰かの隣に立つのではなく、屍の上に生きる。
 私は、一人だ。これからもずっと。それは私が望んでいることだ。
 なのに……

「邪魔なんだようっっ!!!!」

 そう叫んで、Aー007は両腕を振り上げた。ヒュンヒュン、と鋭い音が響き、赤い光が弧を描く。
 驚いた様な顔のままT−001が吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる。服があちこち切れ、全身に、まるでレーザーで焼き切られたかの様な、酷い火傷と切り傷を負っていた。誰かが叫び声をあげている。研究者達は『銃』を持っていた。

「えへ…」
 
 ゆらぁ、とT−001は笑って立ち上がった。立っていることすらままならないであろう、その体で。
 
「…痛い、よ…酷いなぁ…いきなり」
 
 尚も、笑って。
 尚も、無邪気で、何の悪意も抱かずに。
 
「…友達に、…なろう」

 笑って、手を差し伸べて来た。
 それは余りに脆すぎて、触れれば壊れてしまいそうな程に真っ直ぐで。
 だからこそ、その存在を、壊したい。全力で殺したい。

「うるさいっ!!!!」
 
 その全てを否定するかの様に、その力をぶつける。
 
 赤 く染ま った T−001 わた しが 殺 した 何 も 見た くない 何も か も 壊 れて しま え
 何故 笑って いるの 何 故 笑 いかけてくれ るの やめ てく れ そんな もの 必  要 な い
 そん な も の 気持 ちが 悪 い  お 前 に何 が わか る 私 の 闇 の 何 が わ かる
 

「…クラッシュしちまったよ」
 
 倒れたAー007と、完全に『死んで』いるT−001を見比べながら、Kが溜息をついた。

「何処が悪かったのかしら?『気』の波長が微妙に違ったからなのかしら…」

Nが001を回収しながら不思議そうに呟いた。彼女はTー001の開発メンバーのチーフだ。Aー007の開発は、Kが単独でやってのけた。

「いや…T−001は一方的に攻撃されていたからそれはないだろう。もしそうならT−001も多少は反撃しているはずだ。Aー007にはまだマインドコントロールが必要そうだな。しかし、アレを制御するのにも限度があるぞ。あらかたの薬に対しては耐性ができてるしな。Tー001を早いとこ完成させた方がいい」

「…こんなモノを一人で創りだせるなんて、天才としか言いようがないわね。まるで化け物だわ」

 半ば感心した様な声をあげるNに対し、Kは嬉しくないと言わんばかりに冷笑した。

「あぁ、そうだな。お前らには何もわからないだろうさ」
「…何が言いたいの?」

 訝し気な表情を浮かべるNに、Kは左手にのみ着けていた黒い手袋を外すと、左手の甲をNに見せた。

「そっ…その印!!」
「あぁそうさ…俺も研究の副産物だよ」

  Kの左手の甲に刻まれた赤い、死神の鎌と竜を象った紋章。それは、以前、政府直属機関『ダーク』のメンバーである少年が創り出した、『天才<サヴァン>』の証だった。『天才<サヴァン>』は全部で七人、諜報、暗殺、賞金稼ぎ等を主な仕事としていた。全員が並外れた身体能力と何らかの特殊能力を所持しており、その能力と引き換えに何らかの代償を支払ったとも言われているが詳細は不明。また、唯一政府から殺しを『合法的に』認められていた。しかし、十年前にメンバーの内二人が暴走し、研究所は破壊され、七人は行方知れずとなった。暴走した二人は他の五人によって殺されたとも言われるが生存者がいなかったため、真実はさだかではない。

「化け物は化け物にしか創れんのさ。あの方もそれを御存知だ」
        
「…あなたが…『天才<サヴァン>』の一人だと知っていて…!?」

「目的の為には手段を選ばないのがあんたら『人間』だろ?だからわざわざ俺は此処にいるんだぜ。
         
 この『禍仕掛人<フィクサー>』の俺がさ」

 Nの顔に驚きと恐怖が走った。『禍仕掛人』、それは。
            
 『天才』達の中でも一番最後に創りだされた、『最後の禍』。最終にして最悪の天才。


「これは俺なりの復讐だよ。所詮人どもにはわからんだろうがな。お前らは俺達を強くしすぎた。
…まぁせいぜい見てればいいさ。もうすぐ完成する『禍』をな」

 Nにしか聞こえない様な声で囁くと、動かなくなったAー007を抱え上げ、Kは部屋を後にした。後には呆然とするNと、倒れているT−001、そして破壊された部屋の始末に追われる他の研究者達が残された。


  * 3.シーク *


 Aー007が目を開けると、其処は何所か今までとは違う部屋のようだった。その他に、007が認識したのは、今までと違いコードも何も無い事、そして、誰が自分の傍に立っている事。それは『自分と同じ』もしくは『それ以上』の存在である事。
 007は体を起こそうとしたが、その『誰か』がそれを手で制した。

「まだ動くなよ。まだ完全に治りきってないんだからな」

 仕方なく声のする方に首だけ傾けると、やや長めの黒髪に蒼い目の、整った顔立ちの青年がいた。確か、Kとか言う名前だった。

「あぁ、俺はKだ。お前を創ったのは俺だよ。知ってると思うけど」
「…知らないよ」

 マジかよ、と言ってKは苦笑いした。わりかしショックだった様だ。

「まぁお前寝るか暴れるかのどっちかだったからな…」

 007は不思議そうな顔でKを見つめた。Kは信用出来る、そう直感が告げた。

「まぁいいさ。改めて自己紹介だ」

 そう言いながら、Kは顔の前で手をさっと一振りした。その瞬間、その容貌が一変する。群青色に近い蒼い長髪、瞳は両眼とも銀色だった。 
 まるで全てを拒絶しているかの様な。 
 まるでその背負った運命の重さに疲れきったかの様な。
 冷たく、何処までも透明な銀。
 服も研究服ではなく、何かの制服の様なモノになっていた。左手の甲に、赤い奇妙な紋章が刻まれている。前髪で隠れていて視認しにくいが、額にも同じ様な紋章があった。

               
「俺の本名はシーク・クロウ。『天才<サヴァン>』の一人だ。つってもお前は知らんか…」

「…どうやったの?」

 おもわず体を起こすと、007はK…否、シークに問いかけた。

「んぁ?今のは幻術だよ。俺の本当の姿を見たのは、他の『天才』以外はお前が初めてだな。おめでとう」

 ちっとも嬉しくないけどな、と思いつつ007はおもわずふきだした。大しておかしくもないのに、何故か笑いたくなった。
 
「…どうして普段は偽名なの?」

「んー…ここでは互いの存在は必要以上の事以外は知ってはいけないのがルールなのさ。もちろん名前もな」

「何で?趣味?」

「アホか。必要以上の事を知られるのは後々命取りになるんだよ。それに、知る必要も無いからな。でなきゃ俺だってこんなトランプのカードみたいな変な偽名名乗ったり、姿変えたりしねーよ。でもまぁ、外見まで偽ってんのは俺だけだな」

 シークの目に一瞬、寂しそうな光が宿った。まるで遠い昔を思い出すかの様に。

「…そいえば、此処って何なの?」

  不意に気になったそれを、007は口にした。自分は何なのか。あの少女は何なのか、シークは何者なのか、と。シークは暫く黙りこくっていたが007が急かすと渋々と言った風に口を開いた。


「ん…じゃぁ、順を追って説明すっか。…まず『此処は何なのか』について…だな。まぁ所謂、政府直属の『特殊研究所』みたいなやつさ。存在を知ってるのは、政府の中でもほんの一握りの者達だけだ。存在はおろか、研究所の場所さえ漏れない様になってる。メンバーは50人。基本目的は『知能を持った新兵器』を創りだす事」
 
 それは言い換えるなら人ならざる人。けれどそれは人道に反する。何故ならそれは生命への冒涜。人が最強を創りだす。それは余りにおこがましい事。けれども、それが『人』。

「じゃぁ、あたしは…その『兵器』なの?」
 
「…お前を創ったのは俺だ。俺は確かに最初はお前を兵器にしようと思った。それが人への復讐だと……だがな、俺はそれが何を意味するかわかってたからな。それがいかに呪われた力か。その代償がいかに大きいか、それがどんなに苦しいか。だから、お前にはそんな目にあって欲しくなかった。だから、計画を少し変更した」


「変更…?何を?」

「…俺達『天才<サヴァン>』には無かったもの。…強いて言うなら罪悪を感じる心、だな。だからお前はある意味では俺を超せない事になる。少なくとも<サヴァン>にはなれないだろうな」

「…何で?」

「天才<サヴァン>は何でも出来る。頭脳も身体能力も、あらゆる面で人の域を超えたさ。何も罪悪を感じないから、その力を、どんな目的にでも、一切迷わずに行使出来る」

 そう。一切迷う事無く、何であっても。
 それが人助けであっても、戦闘であっても、誰かを殺す事であろうとも。天才<サヴァン>はためらう事無くその力を解放する。
 故に、無敵。故に、最強。
 迷う心がければ、それは何にでもなれるから。
 後悔する心が無ければ、結果などどうでもよい事。
 傷付く事を知らないのなら、誰かが傷付く事など厭わない。
 感じる事を止めたときから、彼らは壊れているのだから。
 故に、最悪で最強。


「迷う心があるなら、それが人の証だ。悲しむ事が出来るなら、笑う事だって出来る…」

 静かにシークは言葉を紡ぐ。
 それは己に対する最悪感故か。
 それとも、己には不可能故に、憧れて来た事なのか。

「…だけど、私、は…」

 笑ってた。人が赤く染まるのを見て。
 壊れていた。あの少女を見た瞬間に。

「…確かにな。それもお前だ。今はまだ幼いからな。だけどその内わかるさ。お前は…」

 もしかしたら。

「人を殺すには、優しすぎるかもしれない」

 感じる事が、出来るから。その痛みを、知っているから。
 それでも、お前は…赤く染まって笑うだろう。同時に、その死に涙を流すかもしれない。
 その矛盾故に死ぬ程苦しんで、壊れそうになるかもしれない。
 それでもいい。
 その心を、失うな。


「…でも、罪悪も何も感じないなら何でシークはあたしにそれを…?」
「…それは俺の出で立ちについて話した時に言うよ」


 そこでシークは一旦口を閉ざした。銀色の瞳が、妙な輝きを放っている。水底の様な、揺らめく蒼い光。しかし、それはすぐに消えた。

「……とりあえず、今は此処までにしておく。残りの話は明日だ。ガキ兼ケガ人はとっとと寝ろ」

 何か言いかけた007に、シークは左手をかざした。

「明日になれば、全て 話す。 今は 寝ろ」

 007の目が虚ろになり、次の瞬間に007は眠りに落ちていた。もし傍で誰かが大喧嘩をしても、起きない程に深い眠り。
 それは一種の催眠術。

「……世話の焼けるガキだよなマジで……」

 そう言って、ふっとシークは苦笑いした。

「……なぁ東風<アユ>……」

 シークは静かにその名を呟く。彼が唯一超せなかったその少年の名を。今は亡き彼の初めての友達の名を。シークは左手にのみつけてる手袋を外すと、甲に刻まれた赤い紋章を見つめていた。それから気楽そうに何も無い空間に向かって話しかけた。

「…で、いつまで隠れてるつもりだ?」
「流石だね。完全に気配は消していたつもりだったのに」

 クスクス、と面白がっているような笑い声があがったかと思うと、次の瞬間一人の女が現れた。容貌もそうだが、硝子玉のような大きな紫色の目と、その身長程もある長い黒髪が異常に綺麗だった。フランス人形のような華やかで可愛らしい服をまとっていたが、その色は黒一色。そのせいか、女の透き通るような肌の色が一際目を引いた。

「……相変わらずゴスロリなのなお前」
「そう言う言い方は止めてくれるかな。殺すよ?」
「……藁人形は勘弁な」
「何でだい?シークは本当に冗談が通じないね」

 相変わらずの女に、シークは内心溜息を漏らした。しかし、実際人形を使った『呪い』は彼女の十八番だった。

「何で溜息なんてつくんだい?」

 そう言って女は綺麗に笑った。ただし、シークは悪魔が笑っているのと大差ない、と思っていたが。そして、睨まれた。

「随分なご挨拶だね。実に八年ぶりだと言うのに」
「あのなぁ、ルシフィール…お前一度、世間一般の礼儀作法の勉強した方がいいぜマジで」
「そうかな?君も言葉に気を付けた方がいいよ」

 次の瞬間シークの傍にあったコップが突如粉々に砕け散った。

「物にあたるなよ」
「…………」

 フン、と鼻を鳴らすとルシフィールはシークの方に歩み寄った。いや、正確には浮いていたのだが。彼女はシークに向かい合う位置で止まったが、床から三十センチ程の所に相変わらず浮いていた。

「どうやって入って来た?」
「『白幻<ホワイトイリュージョン>』を使ったから他の連中は私の存在が見えない。念のため赤外線センサーには作動しない様に細工をしておいたけどね」
「……暗証コードと掌紋チェッカーはどうやった?」
「んー? コードはちょっと誰かとすれ違った時に拝借したよ」
「そりゃ掏摸(スリ)だろ」
「指紋は誰かに化けるのも面倒だから壊しちゃった」
「単に壊したかっただけだろ」

 ニコニコしているルシフィールをシークは睨みつけた。ルシフィールは生来、機械を破壊するのが大好きなのだ。シーク自身、過去に散々被害にあったが、中でも一番酷かったのは、彼女が戦闘機をまるまる一個解体してしまった時だった。建物中の時計を破壊したときも酷かったが。しかし、彼女は天才<サヴァン>達の中で、シークに継ぐサイバーテロリストでもあった。そちら方面での所業に比べれば、そんなのはまだマシな方だと思うかもしれない。


「後ね、念のため部屋の周囲にも少しトラップを仕掛けておいたよ」
「……何した?」
「ワイヤーを廊下の下の方に大量に張っておいたよ」
「ガキの悪戯と大差ねぇじゃんか! 転ばせてどうすんだよ!!」
「人が転ぶのってみた事が無いからね」
「お前それ最悪だぞ」
「後はね……」「まだあんのかよ」
「とりあえず、廊下に近付いたら変な幻覚が見える」
「何の呪いだよ!? もっとマシなトラップにしろよ!!」

 先程響いた悲鳴の理由を知ったシークだった。とりあえず早く帰した方が良さそうだ。

「で?わざわざ何の用だよ」
「あぁ、あの二人の事だよ。イリアとメア」
 ルシフィールの口調に苦々し気なものが混じった。
「お二人とも生きてましたとさ」
 その言葉を聞いたシークの顔に微かな動揺が走った。
「どういう事だ?死んだんじゃなかったのか」
「どうも違ったみたいだよ」
 ルシフィールの手にはいつの間にか蒼いビー玉の様なものが五個程あった。それを中に浮かせながら、彼女は話を続けた。
「どうも『共鏡<ともかがみ>』を使ってたらしくてさ。魂を二つに分割しておいたらしいんだ。私達が戦ったのはその片割れだったみたいでね」
「本体は別な所にいた…と?」
「ご名答」
 蒼いビー玉はクルクルと円を描きながら相変わらず浮遊していた。 
「ただ、魂の半分が死んじまって、本体にかけてた印が解けなくなったから、暫くは動けずにいたって訳さ。あいつらの場合は二人一緒にいても封印術は不完全だしね」
 同意するかの様にシークは頷いた。
「…散らばってる三人にも連絡した方がいいだろうな」
「探してるけど中々みつからないんだよ…まぁ、それはあの二人も同じだろうし」
 パン、とルシフィールが手を叩く。一瞬光が瞬き、ビー玉が消えた。
「…東風<アユ>は……こうなる事を知ってたのかな?それとも知りたくなかったのかな?」
  
 シークは何も答えなかった。ただ無言で、ルシフィールを見た。
暫くの沈黙の後、シークが静かに口を開いた。
「……未来はどうなっている?お前の『目』には何が見えんだ?」
「さぁね。今度ばかりは未来は不透明だよ。何もわかりゃしない。だけど、嵐が近付いている事だけは見える……だってあの二人はずっと眠り続けていたんだから。暗い亜空間の中で、時を待ちながら、その心の闇を増幅させながら、ね」
 再び響いた悲鳴に、ルシフィールは顔をあげた。

「それじゃぁ一旦失礼するよ。あんまりあの人達虐めると可哀相だからね。これは持ち主に返しておいてよ」

 そう言って彼女は袖口からカードを取り出した。シークに渡す瞬間、左手の甲に刻まれた赤い紋章が垣間見えた。

「それではまた後日」

 ヒゥン、と言う音と共にルシフィールの姿が消えた。現れたときと同じく唐突に。
 
「東風<アユ>……」

 俺はどうしたらいい?なぁ…教えてくれよ。
 頬が濡れている事にシークは気付いた。その水を手で拭い、首を傾げる。それが涙だと言う事を、シークは知らない。
 溜息をついてドアに向かった時には、シークは再び黒髪に蒼い目の『K』の姿をとっていた。部屋をでると、そこからあまり離れていない所で、研究者の一人が床に尻餅をついていた。顔面蒼白で顔が恐怖に引きつっている。

「よぉカイム。そこは座る場所じゃないぜ」
「ち……違うんだ!!俺は……見たんだ…今あそこに…」
「幽霊ってか?そりゃお前単なる幻覚だよ。それと、お前カード落ちてたぜ」

 まだ怯えているカイムの手にカードを手渡しながらシークは苦笑した。

「だけど、本当に見たんだ!!さっきリアも見たって……」
「ふーん。そりゃご愁傷様。おーぃ、リア!!」

 シークは書類を持ってこちらに歩いて来た技術者に手を振った。

「何だい?」
「お前、今幽霊見たってホントかよ?マジでありえなくね?」

 ヒラヒラ、とリアの顔の前で手をかざしてシークが言った。

「……何の事?」
「えっ?だってお前さっき……」
 
 シークは、手を振った時、リアの記憶を瞬間的に修正したのだった。強い自己暗示をかける事で。

「それも夢だったんじゃね?」
 
 にぃ、と笑ってシークはカイムの肩をポンと叩いた。

「絶対夢だって。お前少し寝たら?」



 ◇ 4.NIGHT MERE<悪夢>◆

 ここはイリアスのはずれ。
 月が闇の中で蒼く冷たく輝き、その下ではイリアスの町の灯りが宝石のごとく煌めいている。
 その街並を一望出来る丘の上。
 闇の中で、一際に濃い影が蠢いた。影は二つ。月を背にしたそれは音もなく丘に降り立つ。
 透き通る様な白い髪が、月明かりで蒼く染まる。

「あはは…」

 何処までも白い、二人の少女は笑った。二人はまるで鏡に映した様にそっくりだった。
 その服も、髪や肌と同じく何処までも白い。
 瞳だけが、違う。
 一人は金色の瞳。もう一人は碧瑠璃。
 瞳の色が、少女達の白さもあいまって一際目立っていた。

「外の世界はいいね。暗くて悲しい」
「外の世界はいいね。暗くて冷たい」

 まるで鏡の様に、同じ様な言葉を紡ぐ。

「10年待った。私達は強くなった。そろそろ動こう」
「10年待った。私達は強くなった。もういいよね」

 二人の声が重なる。

『さぁ、奏でよう。崩壊の序曲を』

 白い光が二人を包み、そして消えた。後には前と変わらぬ静寂が残った。
 そこには何もおかしい所はなかった。ただ、淡々と時がすぎて行った。
 
 そして、それから暫く後。
 
 その丘に、一つの影が現れた。
「…………」
 月明かりに照らされその姿が闇夜に浮かび上がる。
 少しクセのある黒髪に、痩せた体つきの少年。身にまとうのは死神の黒衣。
「少し時間がかかり過ぎな気がするな……まぁいいけど」
 独り言の様にそう呟いて、少年は首からさげていた何かを取り出した。鎖が触れ合う音が響き、その先についていた小さな砂時計が現れた。砂は赤く、時折不気味な輝きを発していた。
 少年は両腕をひろげ、呪文を詠唱し始めた。
『時の闇の交わる狭間、我と契約せし者よ……契約により 我の前に姿を現せ』
 詠唱が終わると同時に少年の足下に青い光が渦巻き、一つの大きな五芒星<ペンタクル>を描く。
 光は更に蠢き、やがて少年の手前に、少年のものよりは一回り小さい五芒星を二つ描いた。
 その小さい五芒星の中に現れたのは、先程の二人の少女だった。
「久しぶりじゃん。イリア…それに、ナイトメア」
 少年が微笑んで声を掛ける。しかし、その瞳には何所か冷たい光があった。
『お久しぶりですスカル様』
 イリアとナイトメアが声を揃え、静かに一礼する。
 スカル。
 それがこの少年の名。
 昔はもう一つ名前があった。東風<アイ>と言う、真の名が。
 けれど、少年はその名は捨てた。東風<アユ>にその名を譲ったから。
「遅ぇんだよ」
 突如、スカルの口調が乱暴なそれに変わった。
「マジで役に立たねぇなお前ら」
 二人は何も言わない。ただ黙って下を見つめていた。
「……まぁいい。天才<サヴァン>の残り五人はシークを除いてまだ居場所がわかっていない……」
 その言葉に二人はさっと顔をあげた。それを見たスカルは再び口を開いた。
「お前達はまだ動くな。アイツの始末はネストに任せる」
 それだけ言うとスカルは身を翻し、丘を下って行った。イリアとナイトメアは暫く不服そうにその場にたたずんでいたが、やがてスカルの後を追って再び姿を消した。
 後には元通りの静寂が訪れた。蒼い光は四散し、五芒星<ペンタクル>の後など影も形も無くなった。
 そこにはいつもと同じ夜の闇が残っただけだった。

 けれど。
 嵐は、確実に近付いていた。

 イリアス……それはごく最近現れた小さな街。
 自然が美しい事、何よりイリアスで作られた魔術用品は非常に質が良い事で知られる。
 にもかかわらず、その街に好き好んで立ち寄るものはあまりいない。
 それは、一つの噂が流れていたからである。

 ―――イリアスは死霊魔術師<ネクロマンサー>達の集う街
 ―――悪しき霊魂達が呼び集められている。

 故に、『何の知識も無い』、『生きている』人間は行くべきではない、と……
  

 ◆◇

  

 * 4.影 *


 白い光。
 蒼い髪の青年ともう一人。
 椅子に座っている黒髪の少年。

「どういう事だ?」

 蒼い髪の青年が少年に詰め寄った。黒髪の少年は特に慌てる様子もなく微笑んでいる。

「今言った通りだよ。理由はさっきも言った」
「じゃぁ何でだよ!?何でお前が死ななくちゃいけないんだよ!?」
「それが一番いいからさ。それに、僕は…もう、生き疲れたよ」

 黒髪の少年は淡々と言った。その目は何処までも黒くて暗い。まるで一切の光を遮っているかの様に。

「ふざけんなよっ!!」

 蒼い髪の青年が怒鳴った。その声は微かにくぐもっていた。涙をこらえているかの様に。

「てめぇがいないんなら俺の存在価値なんてねぇだよ!!今まで散々友達面してその結果がそれかよ!?だったら、最初から心なんて無い方が良かった!!生まれない方がずっと良かった!!」

「僕はね、シークを誰よりも認めてるよ。君が隣にいてくれて、笑ってくれるだけで本当に嬉しかったんだ。でも…だからこそ、君は死んじゃいけないんだ」

「…」

「ねぇ、僕の頼み、きいてくれるかな?」

 少年は椅子から立ち上がると、蒼い髪の青年の手を取った。蒼い髪の青年は俯いたまま、何も言わない。その頬を伝って透明な雫が床に落ちる。

「僕はね、一度も外の世界を見た事が無いんだ。だから――――」

 白い光。

「…夢…?」

 目を開ければそこには見慣れた研究所の天井が見えた。
 007はゆっくりと体を体を起こした。今見た夢が妙に気にかかる。あれは確かにシークだった。けれど、もう一人は誰だろう?
 何故シークは泣いていたのだろう。

「おそようさん」

 やれやれと言わんばかりの口調でシーク機械を操作しながら声をかけた。凄まじい勢いでキーボードに文字を打ち込んでいる。その姿はシークではなく、黒髪に蒼い目の、Kとしての姿だった。

「きっかり一週間寝てたぜ」
「え!?」
「あ、そうそう。普段は俺の事絶対に本名で呼ぶなよ」

 うわの空で言いながらシークは同時に五つのコンピュータを操作していた。
 どんな神経なんだろうか。
 そう言いかけた瞬間、ピーッと言う機械音が響いた。

『認証コード一致』

 感情の無い機械の合成音声が響くと同時に金属のドアが開き、夥しい量の書類を抱えたNが入って来た。
 007はNが入って来る刹那、シークがコンピュータの画面を変えたのを見た。そこには何やら複雑な機械のプログラムのような文字が打ち込まれていた。

「K!!スーが今すぐ来て欲しいそうよ。それと、これはキノのサンプル」
「…わーった。サンプルはそこに置いといてくれ」

 Nはチラリとシークが先程まで操作していたパソコンを興味深気に見つめた。その目に好奇の色が浮かぶ。

「何を調べていたのかしら?」
「…あんたには関係ない」

 素っ気ない物言いが気に障ったのか、Nの口調に微かな苛立ちのような響きが混じった。

「あらそう?ここ数日感あなたはずっと何かにかかりきりなものだから。気にならない筈が無いわ。何を調べているの?それとも…」

 その刹那だった。
 何が起こったのかわからないまま、次の瞬間そのNの喉元にロングレンジのナイフが突きつけられていた。

「…っ!?」
「俺のやる事にいちいちあんたが口出しする権利は無い筈だぜ?あんまりコソコソかぎ回らない方が身の為だ」

 かはは、と乾いた笑い声をあげてシークはNを睨んだ。酷く冷たい、邪気のこもった目。Nの目に恐怖が走る。

「…脅してる…つもり!?」
「別に。俺は警告したまでだぜ…下手すりゃあんた、切り刻まれるかもしれんぜ?」

 ズタズタにさ、と言ってシークは笑うとナイフをおさめ、とNから離れた。
 ほっとしたのかNは一瞬よろめいた。その時、初めて007の存在に気付いたようだった。
 鋭い、値踏みするような目でNは007を睨んだ。その中に、嫉妬や憎悪に近い、暗く激しい光が宿っていた。何よりも007が感じたのは『嫌悪』。そのあまりの激しさに、体に戦慄が走る。しかし、それと同時に007はNが自分を酷く恐れている事に気付いた。
「……今日は、お嬢さん」
 ぎこちない微笑みを浮かべてNが声をかけた。
「……こんにちは」
 007も淡々と言葉を返した。
「……じゃ、お邪魔したわね」
 つっけどんにそれだけ言い放つとNは出て行った。
 Nが部屋から出て行くと同時にシークはあからさまにフンと鼻を鳴らした。 

「あの人、誰?」
「キノの開発メンバーのチーフ」
「キノ?」
「こないだお前が吹っ飛ばしてたTー001だよ。何かお前の名前、ジェイルで決定してるっぽいな」
「……そうだね」
 部屋から出るなよ、と一言言ってシークは足早に部屋を後にした。
 「……ジェイル…か……」
 一人残されたジェイルはそっとその名を呟いた。自分の名である、それを。
 何だか少しくすぐったい様な感覚だった。けれど、あの時襲った瞬間的な破壊衝動を忘れる事が出来ない。
 『殺し』は自分の本心なのだろうか?『好き』でも『嫌い』でも、選択肢は『殺す』のみ。
 殺したいけど、殺したくない。
 壊したいけど、壊してしまうのが怖い。
 まるっきり矛盾している。
「……何でだろう」
 いくら考えても答えは出て来なかった。
 暫く物思いにふけっていたジェイルだったが、リン…と言う鈴の音の様な音に気付き我に返った。
「……?」
 音はどうやら部屋の隅から響いているらしかった。ジェイルは椅子から腰をあげると、音のする方に向かって恐る恐る近付いた。リン、と再び音が響く。部屋の隅にあった小型機械を退けると、そこに黒い小箱があった。ふたの部分に、羽とデスサイズが交差した紋章があった。
「何……?」
 ジェイルはそっと小箱を手に取ったが、開けようとはしなかった。リン、という音は相変わらず響いている。高く透きとる様な音色。ジェイルは暫くその音色に聞き入っていた。
 シークはあまり時を置かずに戻って来た。ただ、戻って来た時には、先程までの黒い制服ではなく、パーカーにズボンと言うカジュアルな服装になっていた。
 いつの間に着替えたのだろうか。
 ジェイルがそれを指摘する前に、シークの方が口を開いた。
「ラークシティに行かなきゃなんなくなった…ぁ”ーマジで面倒くせぇ」
「ラークシティ?」
「あぁ。其処にある別のラボからデータ盗って来て欲しいんだとよ」
 面倒くさい、と言う割には何やら嬉しそうな表情をしている。
「お前も来る?」
「いいの?」
ジェイルは椅子から飛び降りると嬉しそうに聞き返した。
「まぁな。どうせ中にいるだけだと能力も覚醒しないし。生命のピンチとかそう言うのに遭ったら嫌でも覚醒するよ」
「…………」
 何か嫌な人だ。
「……それに、外出てみたいだろ?」
 最後に悪戯っぽくそう言って、シークはニッと笑った。
「……ありがとう」
「何がぁ?」
 とぼけているシークを見てジェイルは何故か羨ましさを覚えた。
 当のシークはと言えば、何やら部屋のあちこちにある書類や機械等の山の中を何やらゴソゴソとひっくり返している。やがて、シークが取り出したのは、銀色のチェーンにぶら下がった指輪だった。宝石などはついていない、至ってシンプルなものだったが中央には羽の刻印があった。
 それをシークはジェイルに向かってポイ、と放った。
「ほぃ」
 何とかそれをキャッチしたジェイルは、その指輪をマジマジと見つめた。
「何コレ?」
「護符<アミュレット>の指輪版。そのチェーンとセットでないと効果が薄れっから、絶対に外すなよ」
 何の為に、とジェイルが聞くと、
「対物理的攻撃用」
 と真面目な顔をしてシークは言った。
 半端なく洒落にならない。
「そんなに危険なの?」
「だって実質盗みじゃん?それにラボって今何処もガード堅いし。おまけにハッキングでデータを盗もうにあちらさんは外部ネットワークは完全に遮断しちまってっからさ。直接乗り込んで本体ごと盗ってこなきゃいけない訳よ」
 ちっとも深刻そうでない物言いからは、随分な余裕がうかがえた。
「…それって、いざとなったら……」
「殺さなきゃいけない場合も出てくるだろうな。ま、そう言う事態は極力避けるけど」
 さらりと言ってのけたシークを、ジェイルはじっと見つめた。
「……殺すの、怖くないの?」
「別に。何でだよ?」
「だって……だって、自分の手で殺すんだよ?壊すんだよ?」
「元々その為に俺は創られたんだし……」
「え?」
「ん?あ、いや別に」
 何でもねぇ、と言ってシークはまた物探しを始めた。片付けが苦手なのかな、とジェイルは思った。
「うゎっ…ねぇな…無くしたかな?」
「もしかして……これ?」
 そう言ってジェイルはシークに先程の小箱を差し出した。いつの間にか音は止んでいた。
「お!!それの事。サンキュ」
 シークが箱に触れた瞬間、紋章の羽が蒼く光った。リィン……と言う音が再び響き、共鳴するかの様に羽が光る。
「わかったってば!!今出してやっから!!うるせーよ馬鹿!!」
 ゴチャゴチャと箱に向かって話しかけるシークを、ジェイルは変な目で見ていた。
「……誰と話してるの?」
「チェス」
「はぃ?」
 何それ、とジェイルが口を開くより先に小箱の蓋が開き、中から黒い霧の様なものが飛び出して来た。
 キルルル、と言う甲高い鳴き声が霧の中から響き、赤く光る二つの目が現れる。
 霧が集まり、形を成し始めた。
 白く優雅な流線型のライン。紅い目と黒い嘴が異様に際立つ。
 それは強いて言うなら隼<ファルコン>に近い。
 しかし、鈍色<にびいろ>の鋭い鉤爪や、紅い目はどちらかと言うと猛禽類よりは獰猛な肉食獣を連想させる。
 ギィイ、先程とは違い耳障りな鳴き声を揚げ、鳥はシークの左肩にとまった。心なしか必要以上に鉤爪が食い込んでいる気がする。
 ジェイルの視線に気付いたらしい鳥は、まるでお辞儀をするかの様に軽く頭を下げた。
「こいつがチェス。ま、一種の使い魔だな」
 ギィイ、と機嫌の悪そうな鳴き声をあげてチェスがシークを睨んだ。どうやら長い事箱の中に入れられていた事がお気に召さなかった様だ。
「悪かったって」
 シークの謝罪にチェスはプイ、とそっぽを向くと、彼の肩を離れ、手近な機械の上にとまった。
 それを見て、シークは相変わらずだ、と言って苦笑いした。
「性格悪ぃだろ?でもアイツ腕は確かなんだぜ」
 シークはジェイルに耳打ちすると、チェスに向かって、
「ほらチェス。いつまでも拗ねてるとまた封印箱の中に戻すぜ?」
 と軽く笑いながら言った。
 しかし、これは大きな効果があったらしく、チェスは渋々と言った感じでシーク達の方に近付いた。
「さてと。あんまし時間を無駄にも出来ないから、そろそろ行くか」
 そう言うとシークは空中にすっと手をかざした。
 そこに発生したのは小さな青い光。それが突如白い光を発して輻射し、大きな円を描いた。
「んじゃ行こーぜ」
 何が何だかわからずキョトンとしているジェイルを尻目に、迷う事無く光の中に入っていった。
「え!?」
 戸惑うジェイルを見、キルル……と小馬鹿にした様な声で鳴くとチェスも光の中に飛び込む。
「……放任主義」
 ボソッと呟いて、ジェイルも恐る恐る光の中に入った。一瞬何も見えなくなり、キィン…と言うやや不快な音に顔をしかめる。
 しかし、それはほんの刹那の出来事だった。
 次の瞬間、感じたのは、柔らかい地面の感触。
 そして、光。
「……?」
「いつまで目ぇ瞑ってるわけ?」
 半ば面白がっている様なシークの声に促される様に、ゆっくりと目を開ける。
「……」
 初めて見た外の世界に、ジェイルは言葉が出なかった。
 眩しい程に光が溢れていて。
 果てしなく広大で。
 ただ、緩やかに時が流れていた。 
「わぁ……!!」
 ジェイル達が立っていたのは岬だった。
 眼下には、何処までも蒼く、広大な海が広がっている。
「んぁ?そーいやお前、海見た事ないんだっけ?」
 シークは珍しい物を見る様な目でジェイルを見た。
「なら、海岸沿いに歩いてくか?」
「いいの?」
 にぱぁ、と何故か意地の悪い笑みを浮かべてシークが頷いた。
「んじゃ、降りるか」
「は?」
 どうやって、ジェイルが聞き返す前に、シークは肘で思いっきりジェイルを突き飛ばした。
「ひぎゃぁあああああ!!」
 見事にバランスを崩したジェイルは岬から墜落した。
 下を見れば、運の悪い事に丁度そこは岩場になっていた。
 このままじゃ確実に死ぬんですが。
 ジェイルは自分でも何をしているのか自覚しないまま右手を伸ばした。
 岩場が迫ってくる。耳元で風が空を切る音がする。
 その時。
 
 ゆらぁ、と―――
 
 ジェイルが伸ばした手に反応するが如く、砂浜の砂が蠢いた。
 渦を描く様に砂は舞い上がり、ジェイルを掴んだ。
 否、巻き付いたと言うべきか。
 落下速度が目に見えて緩やかになり、ジェイルはいわばの上に軟着陸した。
 足がついたと同時に砂はまた形を無くし、さらさらと地面に戻っていった。
「え……私……今……?」
「やっほー」
 お気楽な声が上から響き、黒い漆黒の羽が数枚舞い落ちて来た。
 顔をあげたが、逆光のせいで何がなんだかよわからない。
 
 ばさりっ

 羽音と共にジェイルの前にシークが降り立った。肩からは一対の黒く巨大な翼が生えていた。
「怪我が無くてよかったな」
「人事みたいに言うなぁ!!あんたが落としたんだろ!!」
「悪ぃ、手が滑った」
 嘘付け。
 ジェイルはムッとして思いっきりシークを睨みつけたが、シークは相変わらず笑ったままだった。
「でも、能力は覚醒したろ?まだそれはほんの一部だけどな。突発的に覚醒する事が多いからさ。びっくりしたら覚醒するだろうと思って」
「シークっておおざっぱな上にC調だよね」
「うるせぇ」
 『C調』と言う言葉にシークは少しむっとした様な顔をした。
 しかし、本気で怒ったのかどうか、ジェイルが本人に確かめる事は出来なかった。
 何故なら、次の瞬間シークは先程自達がいた地点に風の刃を繰り出したからだった。
 シークが右腕を振り上げたと同時に、ひぅんと言う音が響き、青く光る風の刃が空を切る。
 当然ながら、直撃を受けた岬の先端部分は崩壊した。
 凄まじい音と共に巨大な岩が崩れ落ち、ジェイル達に向かって迫ってきた。
「!?」
 上を見上げ、凍り付いたジェイルにふっと暗い影が差した。岩が迫っている。ひゅう、と風を切る音。
「あ……!」
「チェス!!」
 シークがジェイルを掴み、思いっきり投げ飛ばした。
 キルルル、と言う甲高い鳴き声と共にチェスが現れ、鉤爪でジェイルの肩を軽く掴み、落石の及ばない所まで舞い上がる。その小ささからは考えられない力だった。
「シークは!?」
 眼下には落石と舞い上がる砂埃の他は何も見えない。
「まさか……」
 嫌な考えがジェイルの頭をよぎった。
 ――――と。
 ひゅっ、と何かが砂埃の中から飛び出し、上に向かって跳躍した。
 それと同時に、もはや原型をとどめていない岬のすぐ背後にあった森からも黒い何かが飛び出した。
 二つが空中でぶつかり、がきぃん、と言う鋭い金属音が響く。
 その動きは何が起こったかわからない程に速かったが、ジェイルは先程砂埃の中から現れた方は、背に生えた黒い翼からシークである事をかろうじて確認した。
 もう一人は、黒いマントを羽織った男であることぐらいしかわからない。
 しかし、その動きを見れば、かなりの手練である事は明らかだった。
 シークの右手には光が集まって刃の形をとったモノが、男の手には凶悪なデザインの大型のナイフがあった。
 二人は更に空中で交差し、すれ違い様に攻撃を繰り出していたが、五合程打ち合った時、シークの翼が巻き起こしていた風
が刃となり、男に繰り出された。
 男はかろうじて直撃を避けたが、その時生じた隙をつき、シークが手に出現させていた光の刃を投擲し、それが男を直撃した。
 力を失った手からナイフが離れ、下に落下していった。 
 一瞬遅れて、かろうじて空中に留まっていた男の体がグラリと傾ぎ、墜落する。
 追い打ちをかける様にシークが風の刃を繰り出した。
 数秒後、下の方から、どんっ、と鈍い音が響き、砂煙が舞い上がる。
 砂埃がおさまり、そこには動かなくなった男が倒れていた。
 赤い雫が徐々に男の周りの砂を染め始める。
 シークが翼を折り畳んで降下するのを見たチェスも後に続き、弧を描いて飛びながらゆっくりと舞い降り、シークの傍でジェイルを離した。
 当のシークは全くの無傷らしく、倒れている男の傍に片膝をついていた。
「よぉ。怪我とかしてねぇ?チェスもご苦労さん」
 気配に気付いたシークがジェイル達の方を振り向き、笑顔で声を掛ける。
「シ……シーク、大丈夫なの?」
「んー……多分」
 そう言いながらシークは再び男に目を移した。やおら手を伸ばし、男の顔の下半分を覆っていた布を外した。
 病的なまでに色白な肌。頬には赤い刺青があり、肌の白さのせいで禍々しい程に紅く感じられる。
 更に、首筋にあった刺青を見た瞬間、シークの顔が険しくなった。黒い色綴られた、髑髏とナイフが交差した不気味な刺青。
「殺戮<サイド>か……」
 同調する様にチェスが甲高い声で鳴き、微かに身じろぎした。
 一方、ジェイルは初めて聞くその不吉な言葉に眉をひそめた。
「……サイド?」
 シークは何も答えなかった。ただ、黙って上を見、先程自身が破壊した岬の辺りを睨んだ。
「急いだ方がいい」
「え?この人って……」
「放っとけ。後でお仲間が迎えに来るかもしれんしな」
 先程とは違う、有無を言わさぬ口調に、ジェイルも黙って従うほか無かった。
 ただ、胸騒ぎを感じずにはいられなかった。
 何事も無かったかの様に穏やかな海と空が酷く場違いに感じられ得る程。
 シークの後について足早にその場を歩き去りつつ、ジェイルは何度か岬の方を振り返った。
 そこには何もいなかった。
 しかし、ジェイルは微かな視線を感じた様に思った。
 冷たい、殺気のこもった視線を。
 きっとシークも感じていたのだろう、そうジェイルは思った。



 シーク達の姿は海岸を横切り、やがて見えなくなった。
 ジェイルの感じた事は、間違ってはいなかった。
 その姿が消えると同時に、木立の中から一つの影が現れる。
「……この距離で気付くとは……流石ね」 
 金髪碧眼の小柄な女。
 Nだった。
 ただ、着ているのはいつもの白衣ではなく、黒のチューブトップに、丈の短い黒のタイトスカート。それに、ブーツという格好だった。右手には細身の刀が握られていた。首からさげた髑髏のネックレスが酷く不気味だった。刀の柄にも同じ様な髑髏がデザインされていた。
「おぃ、どうする気だよ?ネスト。まさか取り逃がす気じゃねぇだろーなぁ?」
 気だるそうな口調と共に、短い黒髪に長身の男が現れた。黒い服に身を包み、顔の下半分も黒い布で覆っている為、表情は窺い知れなかったが、黒髪の下の赤い瞳には見る者をぞっとさせるような光があった。
「けっ……殺し損ねて逆に殺されかけてやんの」
「口にはもう少し気を付ける事ね、東雲(しののめ)」
 その言葉にネストは眉をひそめて男の方を向いた。
「はっ……そりゃ御愁傷様なこった。俺だってスカル様の命じゃなきゃてめえの下で動いたりしねえよ」
 意に介した様子も無く、至極面倒くさそうに東雲(しののめ)と呼ばれた男は言葉を返す。
 N、否、ネストの事を酷く嫌っているようだった。
「あらそう。あなたより実力の私がそんなに嫌なの?」
「その白々しい態度がいけすかねぇんだよ」
 東雲(しののめ)の声に明らかな殺意が宿り、ネストはふぅ、と溜息をついて視線を眼下に広がる海に映した。
「黒衣(くろご)はどうなった?」
「死んだわよ。あんな攻撃まともに受けて生きてると思う?天才<サヴァン>じゃあるまいし」
 そう言ってネストは眼下に視線を落とした。
 先程の男―――黒衣(くろご)が倒れているのが見えた。もはや動く事の無いそれを見つめ、ふっと笑みを浮かべる。
 仲間だと言う意識は無かった。
 ――ただ、彼が弱かっただけ。
 ――そう、弱いから悪いのよ。
 感情の無い冷たい微笑みを浮かべ、ネストは後ろを振り返る。
「引き続き追跡して。ラボの中に入った時点で殺す。あなたは先回りして、少し遊んであげて頂戴」
「ガキの方は?」
「あっちも殺して。覚醒したら厄介だし」
 ―――放っておけば後々スカル様にとって害になる。
「で?お前はどーするよ?」
 東雲の問いに、ネストは暫く考え込む様な素振りをし、
「戻るわ。まだ正体を明かすつもりはないもの」
 と言った。
「高みの見物ってか……マジでうぜぇよお前」
 あからさまに嫌みな口調でそう言うと、東雲はネストに背を向けて歩き去ろうとした。
 その足が、一歩踏み出そうとした瞬間に止まる。
「……気配の消し方も知らねぇのか?」
 右手を、何もいない筈の木立に向かって振り上げる。
 シュルシュル、と言う奇妙な音が響き、其処にあった木の一本が紙切れの如く切断される。
「きゃぁあ!!」
 甲高い悲鳴があがり、茶色い髪の女が飛び出してきた。一般人のようだった。
 走り去ろうと女はネスト達に背を向けたが、数歩も駆け出さないうちにその場に倒れた。
 喉元が何かで半分程切断されたからだった。
 見事、と言っても良い程綺麗に斬れていた。
「賢明な判断だこと。何であそこにいたのかろくに調べもせずに殺しちゃったわけね?」
「生かした所で正確な情報を言うとは限らん。生かしておく価値なんてねぇよ」
 吐き捨てる様に言って、それ以上は聞きたくないと言わんばかりに東雲(しののめ)は一瞬で姿を消した。
 ネストは東雲がいた空間をキッと睨みつけ、
「……まぁいいわ。今に見てなさい」
 とだけ呟いた。
 そして、ネストも一瞬にして岬から姿を消し、そこには女の死体だけが残された。
 見開かれた目にただ空の青さだけが映る。
 そして。
「……くふふ」
 死体である筈の女の口から笑い声が漏れた。
「馬鹿だねぇ……このぐらいでこの私が死ぬわけないのに……」
 辺りに四散していた血がすぅっと消え失せた。まるで最初からそんなものは無かったかの様に。
 ゆらぁあ、と女は立ち上がった。同時に首に走っていた傷が驚くべき速さで塞がり始め、やがて元通りになった。
 そして一瞬後、女の姿が変化した。
 漆黒のドレスをまとった、長い黒髪と大きな紫色の目を持つ美しい女。
「やれやれ……この程度の幻覚も見破れないなんて……殺戮<サイド>の質もおちたもんだね。それとも単に私の死んだふりが上手かっただけかな? まぁ、あの時点では、バレない方がいいんだけど」
 微かに笑いながらルシフィールは呟いた。
「えーと……つまり、今の話を聞いた限りじゃ、先回りした方がよさそうなのかな? まぁシークに助太刀が必要だとは思わないけどさ……」
 そう言いながらルシフィールは右手で何やら印を結んだ。次の瞬間、一陣の強風が吹き、それが止むと同時に彼女の姿も消えていた。


 * 5・イヴァン *

 シーク達が所属するラボ、通称CLは『ハザード』で壊滅した政府直属研究機関『ダーク』に並ぶと称される程の技術力の高さを誇っていた。ただ、CLは何処にも属さない、独立した機関だ。それ故なのか、徹底した秘密主義、絶対的なセキュリティの高さは有名だった。
 身を隠すにはもってこいの場所だ。
 シークにとっても、恐らく誰かにとっても。



 ネストは音もなく木立の陰から現れた。右手に握られていた刀が揺らぎ、指輪へと形を変える。
 ラークシティから此処―――CLへの入り口――は相当の距離があった。常人ならば徒歩で数日かかる。それを彼女はほんの数分で駆けた。
 それらは全て暗殺等の任務の為に磨いていてきた腕だ。彼女が東雲(しののめ)すら上回るものがあるとすれば、それは異常なまでのスピードの速さ。戦闘力で劣る部分を十分補える程の。
「何処に行っていたんです?」
 何の前触れも無く背後からかかった声にネストは寒気を覚えた。先程まで気配など微塵も感じられなかったから。
「いえ……少し外が見たかったもので」
 平静を装い、後ろを振り返った。
 立っていたのは妙齢の背の高い男だった。顔の左半分はその黒い髪で覆い隠されてはいたが、少しも不気味さは感じない。顔立ちは整っており、遠目から見れば女と間違われてもおかしくはなかった。
 男の名はイヴァン。CLのリーダーである。
「その為にわざわざラークシティまで行かれたのですか?随分な遠出をしたものです」
 イヴァンは微かに微笑んで、
「N……いや、ネストと呼んだ方がよろしいですか?」
 そう問いかけた。
「……何故、それを」
「私の追跡術をなめてもらっては困りますね。シークが任務でラークシティにワープした後、あなたもすぐに消えたのぐらい、簡単にわかります」
「何をおっしゃっているのか―――」
「わからないと?おや?視線が左上に移動しましたね。心当たりが、あるからでしょう?仲間は戻って来られなかったのですか……あの髑髏の紋章――――まさか君が殺戮<サイド>のメンバーだったとはね」
「!!」
 驚きを隠し切れないネストをよそに、イヴァンは木の幹に背を預けると話を続けた。
「君がシークの事を色々調べているのは知っていました。随分と頑張っていましたね。結局彼の張った結界は破れずじまいのようですが。それに、君はいつも右肩が微かに上がっています―――刃物か何か隠していますね?それに、君にはいつも殺気がある。普通の人にはわからないだろうけどね」
「素晴らしい洞察力ですこと」
「どう致しまして」
 イヴァンとの間合いを取るかの様に一歩後ろに下がったネストを見て、イヴァンはまた微笑んだ。
「おや?その刀を抜くのは止めておいた方がいいですよ。君の右手の指輪が刀に変形するのはしっています。私が術を発動させて君を攻撃するのと、君がその刀で私に撃ちかかるのとどちらが速いでしょうね?」
 動きを読まれたネストの表情に焦りが浮かんだ。追い討ちをかけるかの様にイヴァンは、
「君は私に勝てるのかな?」
 そう言い放った。ネストは答えられなかった。普段なら答えるより先に相手を殺しただろう。
 いつもなら相手が武器を手に取るより、術を発動させるより先に相手を殺せる自身がある。
 今は、無い。
 それはイヴァンが浮かべている笑みのせい故なのかもしれなかった。必ず自分が勝つ、そう決まっているかの様な穏やかな笑み。イヴァンの中でネストの敗北は既に決定しているから。
 動く事が出来ない。
 それは本能的な恐怖。
  ―――格が違いすぎる
「ならば、相撃ち覚悟であなたを殺す」
 感情を消し、ぞっとする様な笑みを浮かべてネストが言った。
「君の攻撃は私には届きませんよ」
 イヴァンは相変わらず木にもたれかかったまま言葉を返す。
「試してみなければわからない―――!!」
 その言葉を言い終えないうちにネストの姿は消えた。
 自身が発した言葉が空気に溶けるよりも先に、ネストはイヴァンとの間合いを詰めていた。
 刃が一瞬でイヴァンを切り裂き、紅い雫が散る。
 しかし。
「何処を見ているのですか?」
 面白がっている様な声が背後からかかった。
「なっ……!?」
 ネストの背後、10m程離れた所で、イヴァンは木にもたれかかっていた。
 困惑したネストは、自身が今しがた仕留めた筈のそれに視線を戻す。
「!?」
 そこには何も無かった。血の雫一つ無い。刃は木の幹に刺さっているだけだった。
「君が殺したのは幻です」
 幻術は普通は触れる事が出来ない。幻は実態が無いからこそ『幻』。触れる事は出来ないし、並の術士の幻術なら触れれば消える。
 しかし、真に幻術を極めた術士――幻操士<げんそうし>――は実態のある幻を創りだせた。
 つまり、幻を具現化すると言う事。
 これにはかなりの力と能力が必要とされ、出来る者はほとんどいない。
 イヴァンは数少ない幻操士の一人だった。
 幻を自在に操り幻を現実にし現実を幻に変える。
  その気になれば幻で相手を殺してしまう事すら可能だった。しかも、外傷は無く証拠は一切残らない。
「あなたに真実が見抜けますか?どれが幻でどれが真か」
 ネストはその場に立ち尽くした。
 相手が幻操士である以上、対峙した時点で既に何処までか現実で何処からが幻か区別がつかないからだ。
 もしかしたら、今時分が立っている地面や、刀を持つ自分の手ですら幻の可能性がある。
 こちらは一切動けない。
 忍にとって一番厄介なのは五感を制御されてしまう事だ。
 故に、忍と幻術士は非常に相性が悪い。
 ネストにとっては最悪の事態だった。
 速さも技の正確さも分析力も役に立たない。
 見るもの全てが信用出来ないから。
 ―――幻術破りも通用しなかった……ある程度の幻術なら痛みで解く事が出来るけど……これは多分無理ね……
 刀を握る手が微かに震える。
 ―――強い……!!
 相性の悪さを除いても、強すぎる。
 一か八か、ネストが動こうとした瞬間。
「おやおや……部下が困っているのに高見の見物は酷くはないですか?」
 ネストをまるで無視してイヴァンが背後の森を振り返り、声をかけた。
 返事は返って来なかい。
「だんまりを決め込むのは結構ですが、用件を早く言っていただけると嬉しいですね、スカル殿」
「!?」
 その名を聞いた瞬間ネストの顔に驚愕が走る。
 木の陰からゆっくりと一人の少年が姿を現した。
 少しクセのある黒髪に、痩せた体つき。少し大きすぎる黒衣。
 東風<アユ>に瓜二つの少年。
 しかし、その目には激しい憎しみが暗い光となって宿っていた。
「君は全く年をとりませんね」
「相変わらず嫌味っぽいな貴様。貴様だってそうだろうが?」
 横柄な口調で少年は言葉を返した。
「いつから気付いた?」
「先程あなたが現れた時からですよ。ずっと後ろにいましたから」
「……」
 スカルと呼ばれた少年は笑顔のイヴァンに向かって何の前触れも無く左手を突き出した。
 袖口から現れた黒蛇がまっすぐイヴァンに牙を剥き、毒牙を喉に突き立てる。
 しかし。
 黒蛇の毒牙がイヴァンの喉に突き刺さった瞬間、イヴァンの姿は消えた。
 地面に叩き付けられて怒った蛇が鎌首を持ち上げてシャーッと声をあげた。
「後ろにいるって言ったじゃないですか」
 スカルの背後、1mと離れていない所でイヴァンは木の幹に背を預けていた。
「……少しはやるじゃねぇの」
「御託は結構ですから、用件を言ってください」
 笑みを浮かべたままイヴァンはスカルにそう促した。
「……俺の側につけ」
 それだけ唐突にスカルは言い放った。
「それはつまりシークを殺せと?」
「それもそうだ」
 イヴァンはスカルに向かって哀れむかの様な笑みを浮かべた。
「お言葉を返す様ですが、私が求めているのは、君の様な者ではないのです。恨みに走り人を傷付ける者など要らない。欲しいのは、仲間を想う事が出来る者、人の上に立つ素質のある者。君はどれにも当てはまらない。完膚なきまでに真逆の存在。君は、壊れています」
 イヴァンの言葉に、スカルの顔が怒りで微かに歪んだ。
「知った様な口をきくな」
 スカルの声は至極落ち着いてはいたが、冷たい刃の様な響きが混じった。
「お前に何がわかる?」
「私とて被験体の一人です」
 そう言ってイヴァンは顔の左半分を隠していた長い髪をさっとかきあげた。そこにはおよそ生きている者の目とは思えない様なそれがあった。 瞳の形は三つ巴。そして、色は金色。
「私は幸いにして死にませんでした。この目は死と未来が見えるんですよ」
 あなたの死もね、と言ってイヴァンは笑った。それは自嘲気味な笑い方だった。
 彼には自分の死が見えない。結局、己の運命だけはわからずじまいだ。
 ただ、自身の終わりがもし明日だったとしても構わない。
 それが運命なら。
「答えによっては今日がお前の最期になるな。もう一度言う。シークを殺せ」
 イヴァンの背後でネストが刀を抜く音がした。しかし。
「断りますよ。君と違って私は世界の終わりを望まない。こんな世界でも、常に明日を望む者はいる……その人達の為にも、この世界は壊しちゃいけない。それに彼は私より遥かに強い。どのみち無理な相談です」
「なら死ね」
 スカルがそう言い放つと同時に微かなヒゥンと言う音が響き、イヴァンは背後から殺気が迫ってくるのを感じた。結界を張るため、印を結ぶ。
 しかし、がきぃんと言う甲高い音が響き、殺気が消えた。否、その対象が自分以外の何かに向けられた。
  イヴァンは不思議そうに後ろを振り返った。ネストの刃を遮ったのはリアだった。リアの右手に握られた細身の短刀がギラリと光る。
「相手してやんぜ、N……いや、ネスト」
「ふざけるないで。私がお前如きに負けると思うの?」
「試してみろよ……イヴァン様、スカルの奴は貴方様にお任せしますよ」
 思わぬ助太刀を喜びつつ、イヴァンは驚きを隠せなかった。
「リア……何故こうなると……?」
「シークが教えてくれたんです。アイツの勘は確かですから」
「……成る程ね」
 彼には見えていた訳だ。
「それではお相手いたしましょうかスカル殿」
 いつになく不敵な笑みを浮かべ、イヴァンはスカルと対峙した。 
 
  **

 シークはそれから暫く一言も口を開かなかった。
 いつもの様な気楽さは消え、深刻な表情を浮かべている。
 ジェイルは黙ってシークの後ろを歩きながら先程の『殺戮<サイド>』が何なのか考えていた。答えが出る筈も無いのだが。
 チェスは偵察の為に遥か上空の方を飛んでいるので姿は見えなかった。時折、キルル…と言う甲高い鳴き声だけが響いて来る。
 先程までの視線も既に感じる事は無かったが、ジェイルはずっと嫌な感じがしていた。
 ここから先には行っては行けない様な。
 ラボに戻らなくてはいけない様な。
 あるいは、どちらにも行くべきでは無い様な。
「……!!」
 突如断片的なイメージが頭に流れ込んできた。
 水。
 闇。
 女の子――キノ……?
 暗闇に赤い光が走る。
 キノが目を開けた。
 以前に会った時の穏やかさとはまるで違う、冷たくて暗い瞳。
 まるで殺す為に生まれてきたかの様な。

「……ル」

 一瞬キノと目があった気がした。

「ジェイル!!」

 シークの声と微かな痛みでジェイルは我に返った。
 どうやらシークがジェイルの頭を『小突いた』……らしい。
 随分痛いんですが。
「何を見た?」
 ジェイルの心の中を除き見たかの様に、ごく普通にシークが問いかけた。
 ジェイルが驚いて顔をあげる。
「俺、人の心ぐらい普通に読めるから」
「……悪趣味」
 さっきまでそんな事一言も言わなかったじゃん。
「いやいや…普段はそんなに意識してないから……まぁ聞いていないのと同じだ」
 そう言ってシークは苦笑した。
「ただ、俺が気になったのはお前が『キノ』って言ったからだ……T−001の事だろ?」
「う……うん」
「ちょっと失礼」
 そういうとシークはいきなりジェイルの前にかか見込んだ。無言で目を閉じ、ジェイルの額に両手をかざす。そのまま数秒もしないうちにシークは再び目を開けた。
「…………制御が……外された……?」
 不思議そうに、そう呟く。
「え……?」
 状況が飲み込めないジェイルは困ってシークを見た。
「……独り言だ、うん」
 そうは言ったもののシークは更に数秒程何かを考え込んでいた。
 そして。
「……ジェイル…」
「……?」
 酷く深刻な顔でシークが口を開いた。
「……キノを見たら……近寄るな」
「え……?」
 自体が飲み込めず困惑するジェイルを見て、シークは再び言葉を発した。
「多分……お前を、殺そうとする」
 全力で、心の底から。
 お前を殺そうとする。
「どういう……事……?」
 呆然として立ち尽くすジェイルを見て、シークは暫く何も言おうとしなかった。
 暫くして。
「……本来、キノは戦闘用では無い目的に創られた……お前の制御が効かなくなった時、唯一お前を『止められる』存在として… 止める、と言うよりはお前の力を緩和する為に……お前とは真逆の属性だった……」
 例えて言うなら『闇』と『光』。
 互いが互いを打ち消す様に。
 闇を打ち消す為に作られた『光』。
 それがキノ―――T−001。
「……だからキノは心の奥底にある筈の負の感情――特に破壊衝動――を極力封印されたいた……特殊な術を使って……」
 キノの場合、瞳の色が左右で違うのはその術の為だ。
 それが、両方の瞳とも金色になっていた。
 封印が解けた為か。
 あるいは、戦闘用に改造されたか……。
 いずれにせよキノの力を制御するものは既に無い。
 その力はジェイルとほぼ互角に近い。
 ジェイルはキノを『敵』と見なしていない。
 キノはジェイルを『敵』と見なしていたら。
 ジェイルにキノが殺せなかったらジェイルは死ぬ。
 あるいは、ジェイルが力を解放し暴走してキノを『破壊』したら、ジェイルは――――。
 どうなるのか。
 己の闇の残忍性を受け入れるか。
 あるいは、その残忍性が故に壊れるか。
 
 
 
 

 
2007/06/19(Tue)18:13:45 公開 / マーモン
■この作品の著作権はマーモンさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 3/12→途中の話を変更しましたです。あと、空白部分を少し削除。
 3/14→途中の部分を一部削除、*1*の最後を少し変更。*2*の話を一部修正。 プロローグ追加。後半部分少し修正。
3/15→*1*&*2*の途中部分を修正。
 3/16→*2*を少し修正。
 3/20→修正
 3/21→イリアスについての部分に追加。細かい所修正。
 3/23→プロローグ追加
4/4→ご指摘された誤字等を修正。
 4/12→少し修正
 4/13→誤字、脱字修正
 4/29→久々に更新…宿題地獄で疲れた(どうでもいいよ
 6/28→久々に…更新です…そろそろ修正開始(待

 こんにちはです。異世界ファンタジー…のはずです。
 描写力が…なさすぎるです。
 改善出来る所はできるかぎり直したいと思っています。
 アドバイス等ありましたら、辛口でもかまいませんのでどうぞよろしくお願いします。

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