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『真夜中の電話』 作者:夜 / ショート*2 リアル・現代
全角1174文字
容量2348 bytes
原稿用紙約3.65枚
真夜中に電話が鳴った。親となる人間は全ての子を愛すべきなのか。
 不愉快な電子音が、煩わしく耳元に鳴り響く。
 無理にこじ開けた寝ぼけ眼で夜光の時計を覗き込むと、時刻は午前二時を少しまわった所。そして、騒音の正体は枕元の電話だった。
 受話器へと伸ばしかけた手が止まる。何か予感めいたものが、その時から胸中でうごめいていた。そうしている間も、深夜の電話は不協和音を奏で、私を促す。まるで何かの救いを欲するかのように。
『もしもし? お母さん?』
 受話器を取ると、少女の声が聞こえてきた。声が緊迫したように少し高い。私は思わず、曖昧に頷き返していた。
『あなた…』
 私の問いかけは、すぐに打ちとめられた。
『待って。お母さん、切らないで。ねぇお願い、聞いて。』
 声が上ずって、泣き出しそうな調子を帯びた。
『ごめん、ごめんね。心配したでしょ?あたし、馬鹿だった。あんな男に騙されて家出しちゃうなんて…』
 声にはとうとう嗚咽が入り混じった。呂律が廻らないところを見れば、アルコールが入っているのだろう。
『大丈夫、怒ってないわ。いまどこにいるの?』
 私はひとまず彼女を落ち着かせることにした。いつの間にか、隣に寝ていた夫も起きていたようで、怪訝そうに私を見つめていた。
 何かを言おうとした夫を手振りで制して、私は同じ問いを繰り返した。
『お母さん、帰るわ。今から帰るからね。』
 問いの答えは返ってこない。代わりに、錯乱したように彼女は何度も“帰る”という言葉を独り言のように呟いていた。
『わかったわ、タクシーを呼びなさい。』
 努めて冷静を装ったつもりだったが、私の声も震えていた。
『タクシーで家に帰るのよ。わかった? タクシーが来るまでそこを動かないで。』
 三度目の問いかけで、ようやく彼女は返事をくれた。涙声の承諾を最後に、電話は切れた。
 しばらく部屋を沈黙が包む。事態が飲み込めたらしい夫はベッドから上半身を起こして、私の傍に並んで座った。
 やがてどちらからとも無く、私達は娘の部屋へと向かった。
 年を取ってからできた一人娘を、私達夫妻は溺愛していた。されど近頃は、何かと会話をする機会が減り、親子関係にいびつな切れ間が生じつつあった。
 それを世間の親の誰もが通る道だと考えていた私達は、甘かったのかもしれない。
 ゆっくりとドアを開けると、娘の部屋は闇に包まれていた。
 扉にもたれかかって、その闇を眺めていると、何時の間にやら涙が目に浮かんでいた。私は手を口に当てて、込みあがってくる声を押し殺した。
『お母さん…、どうしたの?』
 不意に、娘の声がした。ベッドの中で、影が僅かに動いた。起こしてしまったようだ。
『なんでもないわ。』
 私は小さく笑って首を振った。
『ただの間違い電話よ。』
 夫がそっと後ろから私の肩を抱いた。
『いいや、間違いなんかじゃなかったさ。』
 私の涙の一滴が、夫の指を濡らした。
2006/12/29(Fri)01:28:42 公開 /
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■作者からのメッセージ
テストが迫る中、現実逃避という名のショートショート。
改稿予定はございません。
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