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『武馬悠騎の平凡な日々【5】』 作者:甘木 / ファンタジー 異世界
全角15506.5文字
容量31013 bytes
原稿用紙約46.6枚
 自他共に認める平凡な主人公・武馬悠騎が非凡な世界で繰り広げる平凡な日々。異世界に放り出され、なし崩し的に軍隊に入れられた武馬悠騎が向かう先には何があるのか。
 【ドゥンスゲルの夜は更けて 前編】


「…………まったくユウキがモタモタしたせいでウィル・オ・ウィスプに囲まれちまうし、ジャック・オ・ランタンはワラワラわいてきやがるしよ。ま、あんなヤツらあたしの敵じゃないけど、ユウキがぶるっちまってよ。こいつションベンちびりそうな顔をしていたんだぜ」
「そりゃぁ大変だったな」
 トムと合流してからスーデルはずっとこの話ばっかりだ。スーデルがいかに活躍して、どれだけ俺がヘタレだったかをトムに吹聴している。スーデルの横で生返事を繰り返していたトムは歩みを緩め俺の横に並ぶ。
「スーデルの言うことなんか気にするなよ。無事逃げ切っただけでもたいしたもんだ。それにタルヴァスを守りきったんだから、初陣としては合格どころかおつりがくるぜ」
 と小声で言って、トムは白い歯を見せてにやりと笑う。
「それにしてもでっかいのをかっぱらってきたな」
「トムさんだって凄いじゃないですか。そんなに大きいのを二つも持ってくるなんて」
 俺が両手で抱えているタルヴァスを一回り小さくしたサイズのやつを、トムは片腕だけで器用に二個も持っている。
「まあな。せっかくのタルヴァスだ、見逃すテはないよな。でもよ欲張っちまったから戦いづらいったらなかった。ハッキリ言ってやばかったぜ」
 と言いながらもトムには傷ひとつついていない。片手だけで戦って無傷……元軍人って言うのはウソじゃないみたい。
「トム! ユウキ! 男同士でひそひそ話しやがってオマエらホモか! ま、ホモだろうが何だろうけどいいけどさ、たらたら歩いてるんじゃねぇよ」
 前を歩いていたスーデルは坂の上で立ち止まり、腰に手を当てて苛立たしげに地面を蹴っていた。


 *         *          *


 俺の体内時計で一時間ほど歩いたところで城壁に囲まれた町に着いた。昼間に崖の上から見ていたから町を囲む城壁と分かるのであって、知らずに見ていたら刑務所の壁と思ったろう。高さ四メートルほどの垂直の壁──壁の上には鉄条網が設置され、所々に鐘楼のような付属物が付いている──すべてを拒絶するような威圧感がある。
 これだけ物々しい城壁なのに、街道に面した部分に幅一〇メートル程の開口部がある。それも扉も城柵もなくぼっかりと無防備に開いているのだ。その不釣り合いさに違和感を覚えた。
 城壁の中には太い街路が延び、石造りの建造物が整然と立ち並んでいる。路床は石畳で舗装され、まるで古い町並みを残したヨーロッパの町のようだ(と言ってもテレビで見ただけどさ)。街灯が煌々と輝き、家々の窓からは明るい光が漏れている。いまがこの世界で何時に当たるのか分からないけど、たくさんの人が行き交っている。
 ふつうそうな町だ……よかったぁ。
 ほら、スーデルやトムが住む町だから無法者が集まる荒れ果てた町や、軍隊が駐屯する殺伐とした町をイメージしちゃって、ちょっと不安だったんだ。歩いている最中にどんな町なのか聞いても、スーデルはぶっきらぼうに「ただの町だ」としか答えてくれないし、トムは「着けば分かる」と言ったままニヤニヤするだけなんだもん。
 この町なら真っ当な文化生活ができる……たぶん。
「おい、ユウキ。なに、ぼけっとしているんだ」
「えっ? ここじゃないの?」
「ここはフンの町だ。あたしたちの町は……」スーデルは輝く城内を険悪な目つきで一瞥し、開口部に向かってくわえていた煙草を吐き捨てる。「こっちだ」
 スーデルは城壁に沿って足早に歩き出し、街灯もない暗闇の中に入っていく。背中からいらいらオーラを放出しながら。
「ねぇトムさん。どうしてスーデルは苛ついているの……あれ? トムさん?」
 横にいたはずのトムの姿がない。
「スーデルさん、トムさんが……」
 ……って、スーデルもいないじゃん。
「スーデルさん! スーデルさーん! どこですか? スーデルさぁぁぁん!」
「あたしの名前を気安く呼ぶんじゃねぇよ。モタモタしてないで早くこっちに来い!」
 闇の中から怒声と共にスーデルが姿を現す。と、また闇に沈んでいく。
「あ、待って下さいよぉ……」



 スーデルの背中を見失わないよう必死に後を追っていたら、闇の先に弱々しい黄色っぽい明かりが見えてきた。やがて光は数を増やし、明かりが大きくなるにつれ、スーデルが目指す場所がぼんやりと見えてきた。
「着いたぜ。ここがあたしたちの町ドゥンスゲルだ」
 スーデルは振り返ると、芝居がかった動作で右手を伸ばし町を指し示す。
 ドゥンスゲルはフンの町の城壁に張り付くようにあった。
 木造と石造りの建物が不規則に混在する町並み。フンの通りとは比べようもない土むき出しの狭い通り。さらに軒を並べる露店が通りをより狭くしている。街灯はないけど露店にぶら下げられたランプが曖昧な明るさをつくりだしている。露店には食べ物のようなもの、武器のようなもの、雑貨のようなものが──のようなもの、としか言いようがないんだ。バケツみたいに大きな器に取っ手をつけたものや、死神の鎌のようなものが何に使うものかなんて分からない──乱雑に並べられている。おまけに食べ物の臭いと酒の臭いとゲロの臭いが混ざり合って、生温かくって粘りつくような空気を醸し出している。
 怪しげで、猥雑で、活気があって、ひと言でいえば東南アジアの場末の町って雰囲気。
 ただ、東南アジアの町とは決定的に違うところがあった。それは、通りを埋めるモノの存在だ。それは……。
 角が生えているモノ、牙が伸びているモノ、ヒトの形をしていながら透明なモノ、羽根のついたモノ。マンガやアニメの中でしかお目にかかれない、奇々怪々な様相のモノが通りを行き来している(同人誌即売会などのコスプレでもいるけどさ、絶対的な数が違うんだよ)。マンガなら絶句するシーンなんだろうけど、数が多すぎて現実感がないままぼんやりと見ていることしかできなかった。
 異形なモノばかりじゃない。スーデルのようなエルフもいっぱいいる。背が低くてがっちりしたモノはドワーフだろうか。とにかくここは人種の坩堝どころか、魔女の鍋のように怪しげさがいっぱい。比較的人間に近い外観のモノが多いのが救いと言えば救いだけど……。
「おい、マヌケ。往来のど真ん中に突っ立ちやがって通行の邪魔だ。人間だからって偉そうに邪魔しやがって。どけねぇとおめぇの骨を抜いて今晩の薪にしちまうぞ!」
 俺の後ろから怒声が飛び……わぁ!
 振り返るとそこには、骸骨がいた。ローマ人のように布を巻き付けただけの骸骨が、真っ赤に瞳を輝かせ骨で作ったナイフを掲げている。
「すまねぇなヤス。このマヌケの骨を抜くのは待ってくれないか。コイツはあたしの部隊の新兵なんだよ」
 スーデルは俺の頭をこづきながらニヤニヤする。
「あん? スーデルのところの新兵?」
 ヤスと呼ばれた骸骨は、俺をジロジロと眺めナイフを布の中にしまう。
「スーデルに捕まっちまったのかい、そりゃ災難だったな兄ちゃん。でも、くじけちゃいけねぇぜ。生きてりゃきっと良いこともあるからよ。ま、死んじまったら俺がおまえさんの骨でナイフを作って大事に使ってやるよ」
 俺の肩をポンッと叩くと、ヤスは「可哀想に」と呟きながら雑踏に中に消えていった。
 可哀想って……それ、どういう意味? 俺の状況って骸骨に同情されるほどなの?
「スーデルさん。あの骸骨の言った意味は……?」
「気にするなって。ヤスは昔から悲観主義なんだよ。それよりあたしたちの駐屯地に行くぞ」
 さっきまで漂わせていたいらいらオーラはもうなく、スーデルは弾むような足取りで通りをかき分けていく。


 *           *            *


 スーデルは表通りから暗い路地の中に入っていった。路地にはゴミの山、酔いつぶれたコボルト、走り回るネズミのような小動物。とても歩きづらくて気持ち悪くて不気味なのに、スーデルは気にする風もなくスタスタと歩いていく。そして路地の突き当たりにある一軒の建物の前で立ち止まる。
「ここがあたしたちの駐屯地だ。なかなかシブイ建物だろう」
 スーデルは振り返り自慢げに胸を張る。
 ここが……暗くてハッキリは分からないけど、石造りの建物はもともと三階以上はあるものだったようだ。けど、三階以上が崩れていまは二階建ての建物になっている。窓のあった場所には板が打ち付けられていて、元は白かったと思われる壁には雑多なシミが浮かんで奇妙な模様を作り上げている。どこをどう見たらシブイって感じがするんだよ。単なる廃屋じゃん。とても人間の住む場所には思えない。
 なのにスーデルはその建物のドアに手をかけ、
「ただいま〜ぁ! 戻ったぜ!」
 重そうな木製ドアを勢いよく開けた。
 なにここ? お店?
 内部は飲食店のようなつくりだった。背もたれがないイスが並ぶカウンター、使いこんで汚れたソファーが置かれたテーブル席が三つ──たぶん元は喫茶店かスナックだったんだろう。でもここが店として使われていないことは確かだ。だって床には大穴が開いているし、テーブルは入り口近くのひとつを除いて荷物が乱雑に積まれて客席としての機能をなしていない。
「あっ隊長。お帰りなさい」
 カウンターの中から元気な男の子の声がかえってきた。
「お疲れ様でした」
 カウンター席に座った女性が柔らい声でスーデルをねぎらう。
「ホント疲れたよ。はやいとこメシを頼むぜ」
 四人掛けのテーブル席に身を投げ出すようにして座りこんだスーデルは、テーブルの上に足を投げ出し、「にゃぁぁぁ」と猫のような声を漏らして伸びをする。
「急いで作りますね……で、このタルヴァスを抱えた人は誰なんですか?」
 中学生くらいの男の子がエプロンで手を拭きながらカウンターの中から出てきた。青みがかった灰色の目がくりっとしていて、茶色がかった短い髪の毛がぽわぽわと立っているのと、童顔に背が低いのも相まってなんだか子猫を連想してしまう。
 男の子は大きな瞳を輝かせ、興味津々って感じで俺を見つめている。純真そうな瞳で見つめられると凄く恥ずかしいんですけど。
「おい、ユウキ。そんなところに突っ立っていないで自己紹介ぐらいしろよ。まったく気がきかねぇヤツだよホント」
 テーブルの上に置いてあったナッツを食べていたスーデルは、手にしたナッツを俺めがけて投げつける。
「早く!」
 二個目のナッツが飛んできた。
 自己紹介をすればいいんでしょう自己紹介すれば。このまま何も言わないでいたら短気なスーデルのことだ、ナッツの代わりに鉛玉を飛ばしかねないよ。
「えーとぉ、武馬悠騎です……よろしくお願いします」
 自己紹介をはじめた途端、俺は言葉に詰まってしまった。だって、なにを言えばいいんだよ。これが学校なら好きな歌や趣味でも言えばことが済むけど、この異世界で日本のことが通じるとは思えないし……お辞儀だけで済ましてしまった。
「ボクはホムスです。こちらこそ、よろしくお願いします」
 こんな短い挨拶なのに、ホムスは丁寧に頭を下げてくれた。
「わたしはフレンオラーンよ。階級は准尉。よろしくね」
 カウンター席の女性も長い金髪を揺らして会釈してくれる。
 フレンオラーンさんは美しかった。清廉な水のような美しさと言うべきか、暗い木立の中に一輪だけ咲いた可憐さと言うべきか、自分の語彙不足が悔やまれるほど綺麗な人なんだ。柔らかくウエーブした金髪、ルビーのような赤い瞳、不純なものを含まないミルクを連想させる白い肌、優しげに浮かべる笑み。そして長い耳。
 長い耳をしていると言うことはスーデルと同様エルフだろうか。そうだよ、エルフというのはフレンオラーンさんみたいに清楚な人を言うんだよ。スーデルが動を代表しているなら──動と言うより粗野とか粗暴代表という方が似合うけど──フレンオラーンさんは静の代表だ。やっぱエルフはフレンオラーンさんのように優雅あってほしいよなぁ。
「それだけかよ。つまらない挨拶しやがって。せめて笑いをとるとか、芸を披露するくらいしろよ」
 と、動代表のスーデルが酔っぱらいのオヤジみたいなヤジを飛ばしてきた。
 んなこと言われたって、俺は無芸だし特技もない。無理に芸をやれば失敗して冷笑ぐらいはとれるかもしれないけど、初めて会う相手を前に恥を晒す気はない。
「しゃあないな。あたしが代わりに紹介してやるよ。こいつはユウキ二等兵。フレンオラーンの姐御が出現を予知したニンゲンさ。ただしトムのように強くもねぇし、タルヴァスひとつかっぱらうのも手間取るどんくさいヤツだ。わざわざイエドノドゥーハー・イーズデンカの森くんだりまで出向いたのに、とんだ骨折り損さ。どうせ予知するならどんなニンゲンが現れるか具体的に言ってほしかったよ」
 ぽりぽりと小気味いい音を立てながらナッツを食べるスーデルは、『予知』の言葉に力を入れ横目でフレンオラーンさんを見る。
 フレンオラーンさんは「わたしは千里眼じゃないわよ」と言ってちょっと頬を膨らませ、俺の前に立つ。
 スーデルより十歳以上は上だろうか、シンプルな白いブラウスに濃紺のタイトスカート姿ということもあり、落ち着いた大人の女性って感じがする。
「よく見れば真面目そうな感じの子じゃない。きっとわたしたちの力になってくれるわよ。期待しているからねユウキ君」
 何でもできそうな気分にさせてくれる笑みだなぁ──さっきの頬を膨らませる子供っぽいしぐさも可愛いけど、今みたいな微笑みはお姉さん的で胸の奥が温かくなるよ──フレンオラーンさんの頼みなら何でも聞きますよ。そんな言葉が思わず口をついて出そうになった。
「はっ! ユウキが役に立つなんてことは、ウンディーネが砂漠に住む以上にありえないね。おっ、そうだ!」
 と、スーデルは反動をつけイスから立ち上がる。
「ホムス、喜べ。今日からおまえは一等兵に昇格だ。ユウキは二等兵だから、おまえがユウキに新兵とはなんたるかを教えろよな」
「ボクが教えるんですか……自信ないなぁ……」
 ホムスはただでさえ大きい目をさらに見開いて、俺とスーデルの顔を交互に見る。
「難しく考えることはねぇよ。雑用係ができたと思えばいいんだよ」
 あのぉ……わけの分からない世界に来ちゃって、わけの分からないうちに遊撃小隊に入隊させられて、そのうえ雑用係ですか。ふつう小説やマンガじゃ異世界に迷いこんだ主人公って救世主だったりするんじゃない。なのに俺は二等兵で雑用係? これってなんか不公平じゃないッスか……そりゃ、救世主なんてできないけどさ。
「えっと、ボクがユウキさんの教育係になったみたいです。改めてよろしくお願いしますね」
 ホムスは恥ずかしそうな表情を浮かべながらも真っ直ぐ俺を見上げ、右手を差し出してくる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 スーデルよりホムスの方がまともそうだから、よかったのかもしれない。でも、どうせ教えてもらうならフレンオラーンさんの方がよかったかなぁ。



「悪ぃ、遅くなった」
 俺がホムスと握手するのと同時に、大きな箱を抱えたトムがぬぅと現れた。
「トムさん、どこに行っていたんですか? なんですかその箱?」
 ホムスはオモチャを見つけた猫のように全身から「それ何? それ何?」オーラを立ち上らせる。
「ユウキの歓迎会の品物を手に入れるため、ちょいとフンの町に寄っていたら時間をくっちまった」
「フンに行ったんですか」
 ホムスが俺の手を握ったまま、箱の中を見ようとトムに近寄る。手を握られている以上、俺もトムのそばに寄ることになる。まあ、箱の中が気になっていたからちょうどよかったんだけど。フレンオラーンさんも箱が気になるのか俺の横に並ぶ。
 で、箱の中だけど……大男のトムが胸の前で抱えているから、身長一七〇センチの俺でも上の部分しか見えない。かろうじて飲み物のビンや食べ物がぎっちり詰まっていることしか分からない。
「あら、凄いわね」
 俺の横に並ぶフレンオラーンさんは女性にしては長身で、俺と同じくらい身長がありそうだし、おまけにハイヒールを履いているから余裕で箱の中を覗きこんでいる。
「なんですか? 何が凄いんですか?」
 トムの箱を見ようとした最後の一人は──スーデルは興味がないのか、またテーブル席に戻っている──残念なことに背が低かった。ホムスの身長はたぶん一五〇センチちょっと。その身長では何か策を講じない限り箱の中を覗けるはずがない。で、ホムスがとった策はジャンプすることだ。ホムスはトムの正面でしきりにピョンピョンと跳びはねる。
 あのぉ……俺の手を握ったまま飛び跳ねられると、全身揺さぶられて酔いそうなんですけど。いい加減に手を放してくれないかなぁ……。
「ねぇトム、こんなにたくさんの物どこで手に入れたのよ?」
 フレンオラーンさんの問いかけに、トムは悪戯がうまくいった子供みたいな表情を浮かべる。
「ボダルダーチンの店ですよ姐御。俺のタルヴァスが盗品と分かっているものだから、ボダルダーチンの野郎は足下を見て値切ってきやがって。そのとき姐御がボダルダーチンがアルドトゥメン倉庫の備品を横流ししているって言ってたことを思い出してね。そのことをフンの町のツァグダーにばらすぞと言ったら喜んでこれと交換してくれましたぜ。いやぁ大漁、大漁、姐御の情報には感謝しますぜ。見てくださいよ。酒でしょう、肉でしょう……これだけあればユウキの歓迎会に充分でしょう」
 トムは戦利品を読み上げながらカウンターの上に並べていく。一〇本以上の酒、大きな肉の塊、パン、チーズ、色とりどりの果物……。
 やっと俺の手を放してくれたホムスは、ずらっと並んだ食べ物を前に「すごい。美味しそうですね。こんないい肉は久しぶりですよ。今日は腕をふるって美味しい料理を作りますね」と感嘆の声をあげる。俺も次々に出される箱の中身に、驚きを通り越して感心すら覚えていた。
 タルヴァスって本当に貴重な食べ物なんだなぁ……こつん! 後頭部に小さな痛みが走る。
 なんだ?
 振り返った俺に殻付きのナッツが飛んできた。
「ユウキ、ぼさっとしていないでホムスの料理を手伝えよ。せっかくトムがおまえのために手に入れてきたんだからな」
「俺の歓迎会と言うことは、俺が主賓なんじゃ……主賓が料理を手伝うのって……」
「ゴチャゴチャうるせぇよ。ここはセルフサービスなんだよ。それと……」
 スーデルはナッツを握ったまま立ち上がる。
 俺はまたぶつけられるんじゃと身構えたが、スーデルは俺を無視して荷物を積んだテーブルをあさり始める。
「こいつを貸してやるからシャワーを浴びてこい。そんな泥だらけのままで料理をされたらかなわないからな」
 スーデルはナッツの代わりに黒い塊を投げてきた。
 ん? 黒いTシャツにアーミーパンツ?
「これは?」
「着替えだよ。あたしの持っている服で一番でかいヤツだ。それならユウキでも着れるだろう」
「えっ、スーデルさんの服ですか?」
「あたしの服じゃ不満かよ」
 スーデルは眉を寄せて俺に鋭い視線を投げかけてくる。
 だって女の子の服じゃん。確かに俺が着ている学生服は泥とタルヴァスの汁で汚れているし、どこで引っかけたのかズボンの裾は破れていた。だけど……。
 妹の由香はよく俺の服を勝手に着ていたよ。女の子が男物の服を着るとだぶだぶなのがかえって可愛いけど、その逆はヘンタイじゃん。
「不満じゃないけど……」
「ひょっとして姐御のスカートを借りたいからぐずっているのか。ユウキが女装趣味があるとは思わなかったぜ」
 スーデルは腰に手を当てからかうように嫌らしい笑みを浮かべる。
「あら、わたしのスカートでいいのなら貸してあげるわよ。でも、ユウキ君のウエストじゃちょっときついかも。ウエストに余裕のあるスカートを持っていたかしら」
「いえ、結構です!」
 真面目な顔でスカートの有無を思い出そうとするフレンオラーンさんを押しとどめる。
 冗談じゃない、俺に女装趣味はない。たとえ俺に女装趣味があったとしても、フレンオラーンさんは凄く細い。ウエストなんて俺の半分くらいしかないんじゃないのか。何があったって着られるはずがない。
「ボクが服を貸せればよかったんですけどね。でも、ボクのは小さすぎてユウキさんには無理だし」
 ホムスが済まなさそうに言う。
「俺の秘蔵の服を貸してやろうか」
 トムはもぅとタバコの煙を吐き出して俺を見下ろす。
「やめとけ。やめとけ。トムの秘蔵は趣味が悪いぞぉ。やたらの目玉のでかい半裸の女を描いたシャツだぞ」
 スーデルは渋面を作って、やめろ、やめろと手を振る。
「どこが趣味が悪いんだ。魔女っ娘メイメイちゃんのコミケ限定三〇枚発売のレア物なんだぞ。ネットオークションに出せば最低でも一〇〇〇ドルはする貴重品なんだ」
「あんな気色の悪いシャツを欲しがるヤツがいるなんて、おまえらのいたチキュウには悪趣味のヤツしかいないのかよ」
 スーデルは舌を出して肩をすくめる。
「ユウキもそんなのが着たいのか?」
「い、いや。メイメイちゃんはちょっと……」
 魔女っ娘メイメイちゃんって夜中に放送していたアニメだったよなぁ。確か主人公は小学生の女の子だけど魔法の力で変身して、世界征服を狙う悪のボディビルダーと戦うっていう、壮大なんだか矮小なんだか分からない作品だったような。やたらとパンチラシーンが多くて話題にはなっていたから記憶には残っているけど、小学生の女の子の半裸を描いた服を着る勇気はないッス。
 結局俺はスーデルの服で手を打つことになった。シャワーに行く時、「メイメイちゃんの良さが分からないなんて、ユウキは本当に日本人か」なんて声もかかったが、当然無視。
 なお、スーデルが貸してくれた服はTシャツはちょうど良かったけど、アーミーパンツは長すぎて裾をまくることに……スーデルって俺より背が低いのに……ちょっと悲しかった。



 【ドゥンスゲルの夜は更けて 後編】


「ユウキぃ、ちゃんと呑んでるかぁ!」
 間延びした言葉とともに、スーデルが俺の首に腕を回してきた。
「今日はおまえの入隊祝いなんだから、呑まねぇとタダじゃすまさねぇからな!」
「ちゃんと呑んでますよ。ほら」
 俺は臭いのキツイ酒が入ったコップを一気に空けてみせる(三分の一ぐらいしか残っていなかったけどね)。
「それ、本当にぃ酒かぁ」
「正真正銘の酒だよ」
「全然酔ってないじゃねぇかよ。顔色も変わってないし」
 自慢じゃないけど俺は酒が強いんだ。親父も母さんも酒が強い。その両親の遺伝子のおかげか俺も滅多なことでは酔わない──未成年者の飲酒は法律違反なのは知っているよ。だからそう度々は呑まないけどさ、高校生になれば付き合いというものもあるし。
「おまえ中味を入れ替えているだろう白状しろ」
「く、苦しい……」
 スーデルの腕に力が入り、俺の首を絞めていく。
 あ……お花畑が見えてきた…………綺麗だなぁ………………。
「ほら、ほら、スーデル。遊んでいないで。こっちでゆっくり呑みましょうよ」
 危うく三途の川を渡りそうになった俺を救ってくれたのはフレンオラーンさんだった。カウンター席に座る俺の背後にへばりついていたスーデルを引き離すと、フレンオラーンさんはまるで猫の首を掴んで運ぶようにスーデルのタンクトップを掴んでひょいと持ち上げる。
 フレンオラーンさんってめちゃ怪力なんですね……いくらスーデルより背が高いっといっても片手で持ち上げるなんて常識外れと言うか、ありえねぇ状況じゃないッスか。なのにトムもホムスも驚いているそぶりはない。ぶら下げられている当のスーデルですら駄々はこねているが、持ち上げられていること自体には驚いていない。
「は、放せよ! あたしはユウキと呑むんだよ」
「ユウキ君はトム君やホムス君と男同士の話があるみたいだから邪魔しちゃダメよ。女の子は女の子同士、あっちで楽しく呑みましょうよ」
 スーデルはぶら下げられたままジタバタと暴れる。
「嫌だぁ。あたしはユウキと呑むんだ。それに姐御はもう女の子って歳じゃないだろ……ひっ!」
 息を飲むような声を出してスーデルが大人しくなった。いや、フレンオラーンさんの右手の先で、だらーんと力無くぶら下がっている言う方が正しい。
「スーデルったら、女の子同士でも言っていい冗談と悪い冗談があるのよ。あんまり冗談が過ぎるとお仕置きするわよ」
 フレンオラーンさんは宗教画の聖母じみた柔らかい笑みを浮かべたまま、左手でスーデルの顔面をがっしりと握っている。左手には力強い筋肉が浮かび上がり指はスーデルの顔面にめりこんでいる。
 あのぉ、それってお仕置きのレベルを超えているんじゃ。スーデルの身体が釣り上げられた魚のようにピクピクと震えているし……。
「あら、大人しくなった。やっとわたしの言うことを分かってくれたのね。素直な女の子は好きよ。じゃあ、あっちで呑みましょうね。それじゃユウキ君、邪魔者はいなくなるからゆっくり呑んでね」
 フレンオラーンさんは右手を小さく振ってバイバイする。ぐったりとしたスーデルをつまみ上げたまま。


 *           *


「……会った時から思っていたんですけど、皆さん日本語が上手いですね。日本にいたことがあるトムさんはともかく、皆さんはどこで覚えたんですか?」
 さっきから気になっていたんだ。外国人、いや、ハイエルフのスーデルや骸骨のヤスまで日本語を話しているんだ……どうして?
「はい?」
 カウンターの中のホムスはグラスを持ったまま首をかしげる。
「俺もホムス、いや、誰も日本語は話してないぜ」
 顔をしかめながら酒を飲んでいたトムは──顔に似合わずトムは甘党だった。酒は飲めばいくらでも飲めるけど、好きじゃないそうだ──ぐいっとグラスを空けると、横に置いてあるタルヴァスにかぶりつき「甘くて美味い」なんて呟いている。
「へ? 日本語を話していない?」
「ニホンゴってなんですか?」
 ホムスはグラスを両手で抱えて、くぴりと酒に口をつける。
 誰も日本語を話していないって……だったらなんで言葉が分かるんだよ。おかしいじゃん。
 だって自慢じゃないけど、俺は英語のテストは平均点以上とったことがない。特にヒアリングはいつも赤点すれすれなんだ。だからトムが英語で話していたら聞き取れるはずはない。ましてやホムスたちが異世界の言葉を話していたら解るはずないじゃん。
「ユウキは窒素ってものを知っているか」
 トムはカブトムシのようにタルヴァスに顔をくっつけたまま唐突に聞いてきた。
「知っていますよ。地球上の生物を構成する必須物質で、空気に一番多く含まれている物質でしょう。確か八〇パーセントぐらいが窒素だったと思うけど」
「おっ、よく知っていたな」
 トムはタルヴァスから顔を上げ、口の周りについた汁を掌でなで取る。
「そりゃ知っていますよ」
 俺のことをバカにしているんだろうか。その前に窒素がどうしたと言うんだよ。
「俺たちのいた地球には窒素が山ほどあって、植物の生育や生物の身体を構成する物質として役立っていたよな。地球の窒素と同様に、この世界の空気にはアガールと言う物質が山ほど存在しているらしい。アガールはこの世界の魔力の源であると同時に、ある知能レベル以上の生物が発する言語を統一化する性質を持っているんだそうだ。だから俺たちが別々の言語で話していても相手に通じる。と、言っても俺も聞いた話だけで詳しいことは分からないんだ。アガールについてはホムスに聞いてくれ」
 トムは禿頭をなで顎でホムスを指し示す。
 突然話しを振られたホムスはグラスを握りしめたまま、トムと俺の顔を見比べている。
「アガールですか。うーん、ボクも長老に聞いただけだから上手く説明できる自信がないですけど……」
「それでも俺よりは詳しいだろう。話してやれよ」
 トムの言葉に「たぶん」と曖昧な返事をしてホムスは俺に顔を向け、それでいいですか? とばかり、じっと俺の目を見る。
「うん。俺、なんにも知らないから教えて欲しいんだ」
「分かりました。本当に概略のようなものですが話しますね」
「お願いします。ホムス先生」
「せ、先生じゃないですよ。ホムスって呼び捨てにして下さい」
 俺の言葉にちょっと照れたように頬を紅潮させ、ホムスはアガールの説明を始める。
「アガールはこの世界には普遍的に存在している物質ですが色も形も匂いもありません。見えないけれど存在している物質なんです……」


 ホムスが語ったことを要約すると──
 ・アガールは地上だろうが水中だろうが、この世界のどこにでもある。
 ・原理は不明ながらアガールがある限り異種間の言葉が通じ合う。でもテレパシーのようなものではないから相手の心の中まで分かるわけではない。
 ・異種間の言語伝達が可能だが、ジャック・オ・ランタンのような知能の低い邪霊などとは意思疎通はできない。
 ・アガールは〈魔力〉を持つ者に対して〈魔力〉を発揮させる源となる。それはスーデルの影と同化する能力や、フレンオラーンさんの予知能力が〈魔力〉と呼ばれるものらしい。しかし〈魔力〉には個人差があり皆同一の力を持っているわけではないし、一人で幾つもの〈魔力〉を持っている者もいる。
 ・特殊な状況でアガールが欠乏すると〈魔力〉は発揮できない。
「……ざっと説明するとこんな感じです。分かりましたか」
「何となく分かった。ねえ、ホムスにも何かの魔力があるの?」
「えっ! え? ええ、まぁ……魔力と言うほどのものじゃありませんけど…………」
「やっぱり魔力があるんだ。どんなの? 見せてよ」
「た、たいしたもんじゃないんです……とてもお見せするようなものじゃないんです……」
 ホムスは歯切れ悪く答える。なんだかとても言い辛そうだけど、俺としては気になって仕方がない。ならば、
「トムさんはホムスの魔力を知っているんですか」
 本丸がダメなら外堀からだ。
「ん? まあ知っているぜ」
「教えて下さいよ」
「俺の口から言うより、ホムスに直接見せてもらった方がいいぜ。なんたったて面白れえ魔力だからな」
「ちっとも面白くなんかないですよ」
「いいや、あれは面白い芸だよ。地球で見せたら金を取れるぜ」
 面白い芸? 面白い魔力ってなんだろう? 凄く見たくなってきたよ。
「お願いします。見せて下さいよ」
 俺はホムスに向かって両手を合わせる。両手を合わせることがこの世界で懇願の意味になるかは分からないけど、念ずれば通ずるだ。拝んで、拝んで、拝み倒してでも見てみたい。
「こんなにユウキが頼んでいるんだから、もったいつけないで見せてやれよ」
 トムも俺を後押ししてくれる。
「で、でもぉ」
「お願いしますホムス先生、お願いしますホムス先輩、お願いしますホムス一等兵殿」
「変な呼び方しないで下さいよ。ボクのことはホムスでいいですって」
「いいえ。見せてくれるまで止めるつもりはないですよホムスさん。本当にお願いしますホムス様」
 ホムスはう゛ぅぅと唸り居心地悪そうに顔を下に向ける。
「ホムス師匠。ホムス上官殿……」
「分かりました! ボクの魔力を見せますから変な呼び方は止めて下さい」
 ホムスはため息と共に言葉を吐く。
「うん、うん。止める、止める」
「見せますけど」
 ホムスはいったん言葉を切り、トムに顔を向ける。
「トムさん、絶対ボクを守って下さいよ」
 トムはにやにやしながら「だいじょうぶだ、俺に任せておけ」と片手をあげる。
 守る? ホムスの魔力って自分自身に危険が及ぶものなの? なのに面白いってどんな魔力なんだろう。
 ホムスはテーブル席にちらっと視線をやると、カウンターの中から出てきて俺の横に立つ。
「トムさん本当にお願いします」
 トムに念を押し、ホムスは両手を胸の前で握りしめる。
「じゃあ、いきます」

 俺は精いっぱい目を開いてホムスを見つめる。と……ホムスの姿が消えた。
「き、消えた!」
 凄い。消える魔力なんて凄い。
「消えてないですよ。ボクはここにいます……ぎゃぁ!」
 ホムスの声が足下から聞こえたと思ったら叫び声に変わった。
「あーん、カワイイ、カワイイ!」
 いまさっきまでテーブル席で呑んでいたはずのフレンオラーンさんが、なぜか俺の横にいた──瞬間移動ですか──茶色い毛だらけの何かを両腕手抱きしめてぐりぃぐりぃと顔を押しつけながら。
「く、苦しい。ト、トムさん……た、助けて……」
 フレンオラーンさんの胸からホムスの声が聞こえる。
 でも、フレンオラーンさんの胸には茶色い毛の塊がいるだけ。
 ホムスはどこ?
 毛の塊は全身を揺るようにしてフレンオラーンさんの束縛からの脱出を試みている。でも、フレンオラーンさんは逃さないとばかりさらに力強く抱きしめる──スーデルを片手で持ち上げた怪力で。
「ぎゅ、ぎゅるじぃ……だ、ず、げ……でぇ…………」
「姐御、姐御。いい加減にしないとホムスの野郎の中味が出ちまいますよ」
 トムはフレンオラーンさんの腕を掴み強引に放させようとする……放れない……放れない……トムの両腕はパンパンに膨れあがってぶっとい血管が何本も浮かび上がっている。なのに……放れない。当のフレンオラーンさんはトムが腕を掴んでいることなど気にならないようで、「カワイイ、カワイイ」と嬌声をあげ毛の塊に顔を埋め続ける。
「姐御ぉ正気に戻ってくれ。シャレにならないって」
 フレンオラーンの腕にすがりついたトムが苦しそうな声で叫ぶ。
 気のせいだろうか、毛の塊がグッタリしてきたような……。
 !! 俺の横で空気が爆発した。
 違う。爆発したんじゃなくって何かの音が炸裂したんだ。ただ、音が大きすぎて音として認識できなかっただけなんだと分かったのは、フレンオラーンさんがくたりと床に崩れ落ちたあとだった。
「へへへ、気絶したな。さすがの姐御でも頭を六〇口径弾がかすめていったら、ただじゃすまないよなぁ」
 どう見ても五〇センチは超えているバカみたくでかいリボルバー拳銃を構えたスーデルが、両肩を大きく揺らしながら呟く。
 いや、そんなことしたら普通の人間は死にますって。というか、それ本当に拳銃ですか? どう見ても人間の扱える武器じゃないでしょう。昼間持っていたのはアニメで見たCZ75のようなオートマチック拳銃だったよなぁ。色々と持っているんだ。ひょっとしてスーデルって銃マニアなの?
 俺は咄嗟の判断能力を失い、床に倒れるフレンオラーンさんを眺めながら、どうでもいいことばかり考えていた。
「バカ野郎! 室内でツェリザカなんてぶっ放しやがって。耳がおかしくなっちまうだろう! あぁあ、壁に穴開けっまってよ……って、それどころじゃない。ホムス、だいじょうぶか? 生きてるか?」
 トムは床に倒れるフレンオラーンさんの腕から毛の塊を引きずり出し、カウンターの上に置く。
 それは──犬。
 どう見ても柴犬の子犬にしか見えない生き物だった。
「トムさん、この犬なんすか?」
「無駄だよ。トムは当分耳が聞こえねぇよ。そいつはホムスだよ。それに犬じゃない。ワーウルフだ」
 シリンダーから排莢しながらスーデルがトムの代わりに答える。
「ワーウルフ?」
 ワーウルフって狼男だよな……でもカウンターの上でのびているのは、フレンオラーンさんの言葉じゃないけどカワイイ子犬。ワーウルフと言うよりはワードッグ。いや、ワーワンコ。
「そう。ホムスはワーウルフだから狼に変身できるの。まあ、変身しても狼には見えないけれどな」
「ワーウルフって満月じゃないと変身できないじゃないのか? でも、さっき見た月は満月じゃなかったぞ」
 俺が読んだ本ではワーウルフとかライカンスロープのような狼男は満月の夜だけ変身していたぞ。でも、今日は満月じゃない。おかしいじゃないか。
「はあ?」
 スーデルはバカにしたような目で俺を見上げる。
「ワーウルフの変身に月は関係ないのは常識じゃない。そんな大きな図体していてこんなことも知らないの。チキュウっていうのは随分と未開の土地なんだな。ま、ユウキを見てたらそうじゃないかなとは思っていたけどさ」
 未開なのはこの世界だろう! バケモノじみたヤツはウロウロしているし、電気だって通っていないじゃないかよ──と、叫びたかったけど、俺の口から出た言葉は、
「悪かったな。知り合いにワーウルフなんていなかったものでね」
 だった。ヘタレと呼ぶなら呼べばいいさ。バカでっかい拳銃をぶら下げた短気女を目の前にして反論できるヤツがいたらお目にかかりたいね。
「ユウキの無知ぶりも問題だけど、まずは姐御が目を覚ます前にホムスの変身を解かないとまた大変なことになっちゃうな。姐御のカワイイもの好きは見境がないからなぁ。しゃあない。トム、ユウキ、あんたら二人でホムスを風呂場に連れて行ってシャワーでも浴びせてきな。そうすりゃ目が覚めて変身も解けるだろう」
 スーデルは床に落ちているホムスの服を掴んで俺に投げつける。


 ホムスの変身が解けた後は、またも宴会だった。
 「絶対守って下さいって念を押したじゃないですか。約束を破るなんて酷いですよ。ボクは死ぬかと思ったんですよ」守ってくれなかったことをグチグチと言いながらもホムスはトムや俺のために料理をつくってくれたし、トムは「姐御のあのスピードにはついていけねぇよ。だから俺に罪はない」と嘯きながらタルヴァスに食らいつく。
 正気を取り戻したフレンオラーンさんは、しゅんとなってホムスに詫びると「わたしもう寝ますね」と言って奥に行ってしまった。
 そして、フレンオラーンさんの監視がなくなったスーデルは、俺やトムの襟首を掴み「さあ徹底的に呑むぞ。もし呑まないなんて言ったら鉛弾を喰らわしてやるからな」とバカでかい拳銃ちらつかせ、にゃるんと意地悪ネコのような笑みを浮かべる。
 俺は十六年の人生で初めてアルコールで意識を失うという貴重な経験をした。


 俺の異世界体験初日はバカ騒ぎのうちに終わりを告げた。
2007/02/04(Sun)20:59:25 公開 / 甘木
http://sky.geocities.jp/kurtz0221/
■この作品の著作権は甘木さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 お久しぶりの更新です。今日この日まで更新できなかった理由を詳細に語り出せば400字詰め原稿用紙にして250枚は優に超えるのですが、簡略に言うなれば甘木が怠惰であったという瑣末なものです。スミマセン。
 しばらく時間が開いてしまったので、この作品の書き方を綺麗さっぱり忘れていました。文章のリズムを取り戻すのに何度も書き直すハメに。「継続は力なり」とは古人の言葉ですが、この言葉を身をもってしみじみと感じました。
 今回は非常にマイナーな拳銃を出しましたが、完全に自己満足の極みですね。でも、なぜ地球の拳銃が異世界にあるか……実はこれは伏線になってない伏線なんですよ(笑。まだまだ説明していない部分が多いですが、少しずつ紹介していければと思っています。
 それにしても久しぶりに異世界物を書くのは楽しいです。やはり自分で世界を構築していけるというのは凄く魅力的ですね。これからも読む方に分かりやすい世界を構築できるよう努力します。

 このような未熟な作品ですが、読んでいただけたら幸いです。また、感想・叱咤・御忠告など甘口・中辛・辛口何でもかまいませんので、一言書いていただけると嬉しいです。
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