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『向日葵の魔女』 作者:紫静馬 / リアル・現代 ショート*2
全角10376文字
容量20752 bytes
原稿用紙約32.45枚
何であんなこと言ったんだろう? 自分でもよく分からない。理由があるとしたら、夏の暑さのせいだ。太陽の光と熱が、私にあんなことを言わせたんだ……。うだるような暑さの図書室で、二人の男女が邂逅する。別に何かあったわけじゃない。でも何も無かったというにはちょっと違う、そんな、夏のひととき――。向日葵が、笑っていた。
 あいつと出会ったのは、桜咲く季節だった。
 とは言ってもこの県立燃余(もえあま)高校周辺には桜なんてないけど。
 その日は、図書委員会の集まりがあった。主に委員長、副委員長、書記の選定、図書室の管理当番を決めるのが主題。
 だがそれは最初から難航していた。誰も委員長などやりたがらない。ならば副委員長、もしくは書記と教師が困り顔で1人ずつ当たっていくが、どいつもこいつも玉砕。
 この学校は県内で、いや日本中で最もやる気のない生徒が集まる学校と聞いていたが、これほどまでとは。まあ私も1年生だからと蹴ったのだが。
 誰でもいいから早く決まんないかなーと思っていたら、1人の男子生徒と目が合った。
 短髪のボサボサ頭、メガネは勉強熱心のせいではなくゲームのやり過ぎだと思う。
 別にその男は私に愛の眼差しをかけていたんじゃなくて、単に暇そうに周りをキョロキョロしていたら偶然目が合っただけらしい。その後も見続けているのは、三つ編みに八重歯の自分の容姿が珍しいからだろうか。それとも惚れた?
 ――まさかね。
 事実、すぐにまた目をそらした。早く終らないかな、と顔に書いてある。私のように。
 そして私も彼――クラスメートの的場 一機(まとば かずき)に向いていた目を窓に向けた。
 窓には、やっぱり桜などなかった。



 サジタリウス〜神の遊戯〜
 EX 向日葵の魔女



 ――暑い。
 汗ダラダラかきながら、夏の太陽に沈めと呪いをかけた。全然効かない。
 ――なんで止まってんのよ、ボロクーラー……!
 クーラーに呪いをかけようとしたが、既にご臨終してるので無駄だから止めた。
 ここは高校の図書室。今私は図書室管理のため受付に座っている。
 ――いても誰も来ないけど。
 4月から受付に座ってかれこれ3ヶ月になるが、1回も本の貸し出しを行ったことはない。別に私がサボっているのではない。誰も受付に用がないのだ。
 理由は色々ある。1つはこの場所の立地条件の悪さ。
 ここは生徒がいる新校舎から遠く離れた旧校舎の最上階にある。来るだけで一苦労する嫌味な代物で、身1つならまだしも本を抱えて行き来するなど正気の沙汰ではない。
 もう1つは本の少なさ。ここは10年前に名前を変えたのだが、それ以来蔵書はまったく増えていない。しかも今ある蔵書も少なく、種類別に分けて本棚をスカスカにしているから多くあるように思われがちだが、実際に数えると本棚2つ3つで事足りる程度しかない。こんななのは諸説あり、誰かかいっぱい借り逃げしたか学校側の人間が秘密裏に処分したかのどっちか。図書委員も担当の教師も全然管理していないからできる芸当だ。
 そんな事情があるから、今存在する蔵書はかなりのボロか、とても日常生活では役に立たないようなマニアックな本だけだったりする。こんなとこで借りるやつがいるわけがない。
 そして最大の理由。それは、なんと、驚くべきことに!
 ――ここにいる連中に、本を読むようなセンスがあるわけない……。
 ぶっちゃけた話、ここにいる連中にとって本はまさに猫に小判、誰も興味を示さない。
 そんなもの読む暇があったら、友達とだべってるか喧嘩するかゲームするかタバコ吸うか酒呑むか、男と女でイザナギ&イザナミごっこするかと決まっている。本など漫画かエロ雑誌以外お呼びでないのだ。
 ――ほんと、ひどい学校……。
 噂は耳にしていたが、まさかこれほどまでとは。ここは本当にクズの集まりだ。
 聞いた話によると、10年前少子化、過疎化で立ち行かなくなった3つの学校を1つにし、単位制高校にしたのだと。それはいいのだが、生徒を増やすために受験の枠を大甘にしたためろくでもない生徒ばかり集まってしまい、今や県に名だたる不良校。生徒のみならず教師も問題を起こしたか出来が悪いかの無能ばかり。私の担任の新木も無気力で、誰が呼んだかフーセンなどと言われている。
 ここは現代社会が生み出したゴミの集積場。決して言い過ぎてはいません。
 だから、そんな高校の図書室に貸出に来るやつなどいるわけはない。
「……うっわ暑っ!? なんでクーラーついてないんだ?」
 貸出に来るやつは、いない。本読みに来るやつは1名いるが。的場 一機という名の。
「すいませーんクーラー壊れてるんですよー」
 必要のない愛想笑いで常連に笑いかける。胡散臭いと認識したのか常連は顔をしかめた。
「なんで修理呼ばないんだ?」
「誰が払うんですか修理代」
「んなもん学校が……ああ、そうか」
 理解したのかうんうんと頷く。さすがにわかるようだ。
 こんなところのクーラーを修理する金など出すわけないと。
「よくそんな汗ダラダラで番やってるな」
「これが私の生き様ですから」
「やな生き様……」
 ははは、と薄笑いされた。あんたに言われたくはない。
「あなたこそ、どうして帰らないんですか? こんな暑くて蔵書もないところ居たって仕方ないでしょう」
「……『図書室の魔女』にそんなこと言われるとは思わなかった」
 『図書室の魔女』とは私のこと。いつのまにかつけられてた2つ名。
「自分で名乗っているわけではないですので。というかそんな屈辱的な名前をつけられるとは心外です」
「しょうがないだろ。そうやって毎日勝手に受付やってんだから」
 そう。実は今ここに居るのは仕事ではない。良く言うとボランティア、悪く言うと勝手に居座っているのだ。本来受付当番は1週間ごとに分担されているのだが、この3ヶ月間私以外がここに座ったことはない。
「怒られたことないの?」
「先生がここに来ることはありませんので」
「……腐ってんなぁ。そこまで来ると何故2つ名が生まれたかの方が不思議だ」
「悪事千里を走ると言いますし」
「言い得て妙だ」

 あれは4月頃。私が新学期最初の図書当番を終えた次の週。
 なんとなく胸騒ぎがして図書室に行くと中はカラッポ。無論受付も。
 ため息1つついて1週間前と同じく席に座る。そしてそのままズルズルと。
 そんなことをしていたら、図書室という秘境に1人居座る様子から『図書室の魔女』と呼ばれていた。当然悪口で。

「その前に貴方も図書委員でしょ。当番はどうしたんですか」
「……あのなあ、俺はちゃんと来たぞ? お前が追い出したんだろうが」
「私は別に何も言ってません」
 そう。この男来たことがあるのだ。正確に言うとこの男“だけが”来たことあるだが。

 あれは6月頃。私が『図書室の魔女』と呼ばれて久しくなって早2ヶ月。
 いつものように誰も来ない図書室の受付にいると、ガラッと扉を開ける音が。
 ちょっとビックリして振り向くと、こちらもビックリしているメガネ男子。
 受付に座っている私を不思議そうに見て、首を傾げると壁に張ってある当番表に目を向ける。そこには今週の当番に『的場 一機』と書いてあり、わけがわからず混乱している様子。
 頭に?マークを浮かべながら、何か聞きたそうな目で私を見つめると、そのままトボトボ帰っていった。
 そこで私は初めて、彼が的場 一機であることを思い出した。
 次の日も、そしてその次の日もやって来ては私を見て妙な顔をする彼に事情を説明したら、あんぐりと口を開けて「なんだそりゃ……」と呆れ果てていた。
 それでも彼はここに来るのを止めなかった。別に私に会いたいからではなく、本を読みに来ているだけだ。

「あの時ちゃんと聞いてればよかったじゃないですか。なんで私に何も言わなかったんですか」
「そ、それは……俺が間違ってるんじゃないかと思って」
 嘘だ。この男には人に聞くような度胸はない。その手のものをひどく苦手としている。きっと人と喋ったこともろくにないのだろう。
「聞けばいいのに……見かねて話したときのあのマヌケ顔、今でも忘れられません」
「いや、それは『図書室の受付は私なんです。永久に』なんて言われたせいだよ」
「冗談を真に受けないで下さい」
「冗談を真顔で言わないで下さい」
「当番の邪魔ですので話しかけないで下さい」
「お前が話しかけてきたんだろーが!」
「図書室ではご静粛に」
「……ったく!」
 いじってからかって一方的に突き放した。不機嫌そうに頭をガリガリ掻きながら一機は本棚に向かい、読み途中の本を取り出して椅子に座る。タイトルは『相対性理論について』
 ――変な本読んでるな。相変わらず。
 マニアックな本しかないこの図書室。その中で一機が読んでるのは『世界の宗教』とか『タイムマシン研究』とか変なのばっかり。どうもその方面に興味があるらしい。
 しかし、読み方に違いがある。宗教関係の本だと「……バッカじゃねぇの」や「あー、イライラする」など文句ばかりたれているのに、SF関係だとやたら真剣に読んでいる。一度消しゴムを投げつけたが気付かなかった。
 その違いから、この男は宗教嫌いで、SF好きのオタクではないかと予測している。あくまで予測。
 どうでもいいけど。と思いながらこっちも本を読み直す。部屋は再び静寂に。
「……暑い」
 なりませんでした。
「そんなことわかってますからいちいち言わないで下さい」
「いちいち独り言に突っ込まないで下さい」
 汗だくになりながら疲弊した顔で睨みつけてくる。むう……生意気な。
 こっちだって暑いのを必死に我慢して心頭滅却で忘れようとしていたのに思い出させやがって。ちょっといじるか。
「何言ってるんですか。突っ込むのは貴方でしょ」
「な……!」
 一瞬で赤くなった。一気に畳み掛ける。
「男の象徴である成り成りて成り余る所で女の成り成りて成り合わぬ所を塞いでズッコンバッコン」
「だああ、止めんかっ!!」
「きゃあ、近づかないでこの変態。私を手篭めにしてイザナギ&イザナミごっこする気ね」
「なんだそりゃ!! しねぇよそんなもん!!」
「冗談ですよ。あなたにそんな度胸ありませんものね。経験もなさそうだし」
「な……なんの経験だおい!?」
「ほらやっぱり。自分でするくらいしかやったことないんでしょこの1人上手」
「1人上手!?」
「手へんに上下と書いてなんて読むか知ってますか?」
「あああああぁぁぁっ!!」
 顔を真っ赤にして錯乱状態に。相変わらずこの手の話に弱い。まぁ意味がわかるからには多分耳年増なのだろう。
「あああ、もういい加減にしろよお前っ!!」
「図書室ではご静粛に」
「誰が騒がせた!?」
「黙れ」
「だぁ、もう畜生!!」
 やり場のない憤りを椅子にぶつけるかのように勢いよくドスンと座る。まだ顔真っ赤。かわいいものだ。
「――それにしても、本当に暑いですね」
「――なんの脈絡もなく話戻しやがった」
 呆れ果ててものも言えねぇよおいといった顔をされた。言ってるけど。
「向日葵でも咲き乱れそうな陽気ですねー」
「……向日葵が咲き乱れるってのはなんか表現が会わない気がするが、なにお前向日葵好きなの?」
「いいえ。私が好きなのは菊とか金盞花とか」
「ちょっと待てお前それ全部葬儀用の花じゃないか」
「そうですか?」
「そうだよ」
 本当言うと菊も金盞花も好きじゃない。あと向日葵も。
 だって、向日葵は似てるんだもの。
 人を死の旅へ誘う、あの花達に。
「変わった趣味だな。ま、こんなとこで毎日番してる人間の嗜好と考えればらしいか」
「……貴方に言われるとは思いませんでしたよ」
 声の調子が変わったことに気付いてこっちを向いた一機の目は、明らかに動揺していた。
 私が怒っていることがわかったのだろう。
「いっつも『こんなとこ』に来てわけのわからない本読んで、何が楽しいんですか」
「な、なんだよ。いちゃ悪いってのか?」
「悪いです」
 私がここにいるのは、他に誰も番をする人間がいないからじゃない。そんなアホな理由じゃない。
 ここは聖域なんだ。私が存在を許された場所なんだ。
 だから……
「迷惑です。はっきり言って」
 入って、くるな……!
「な、なんなんだよ……」
 私の迫力に押されて、ひ弱そうにオドオドしている。フン、情けない。
 この男、はっきり言って大嫌いだ。
 いっつも教室の中で1人でいる。友達もいなく、いつもポツンと。そして、騒いでる人間を冷たい目で見ている。軽蔑した、嘲った目で。
 それにひどく腹が立つ。それは、まるで、まるで……
「……なんなんだよお前は。いて何が悪い」
 ――え?
「別になにかしてるわけじゃない。どうこう言われる筋合いねーよ」
 口調は強気だが、ひどく弱い姿だった。
 目を逸らし、メガネを直すフリをして顔を隠している。その弱々しい姿はまるで雨の中捨てられた子犬。
 何故そんな姿を見せながらもここにいたがるのか。答えは自分自身の心の中にあった。
 ――怖いんだ、こいつ。居場所を失うのが。
 自分の存在が許される場所。そこにいても誰もなにも言わない場所。
 手に入れたくても入らない。欲しくても誰もくれない。
 ならば、見つけるしかない。
 それがどんなに荒れ果てた荒野でも、どんなにひどい場所でも、そこにしがみつくしかないのだから――。
「一機、さん――」
 こいつを、一機をあれだけ憎んだ理由なんて最初からわかっている。
 あれは、近親憎悪だ。
「――ごめんなさい」
「――え?」
 スッと口から出てきた言葉に、一機は驚いて呆気にとられる。
 その瞬間、待っていたかのようにチャイムが鳴った。
「……閉館ですよ」
「あ、ああ……」
 それだけ言うと、一機は図書室から出てっていった。

 あれから2年あまりの月日がたった。私も一機も3年生になった。
 相変わらず学校は腐っており、相変わらず図書室には本がなく、相変わらず一機は私のクラスメートで、相変わらず私は受付に座りつづけ、相変わらず一機は図書室に入り浸る。要するになにも変わっていない。
 ただ1つ変わったことは、私は一機が図書室に来るの対してなにも思わなくなったことだ。
 あの夏の日の出来事が、別になにかアクションを起こしたわけじゃない。次の日から一機は何事もなかったかのように図書室に居座りつづけた。
 私はそれを黙認できるようになった。理由はわかっている。
 私に友達はいない。いなくて当然だ。こんな無表情で無愛想な毒舌家、友達にしようなんて人間がいるはずがないし、私も友達を作ろうとしない。友達としてメアドを交換したりグダグダなんでもないバカ話を話したりキャアキャア騒いで遊んだり、それらがすごく無意味でバカバカしい行為に見えるのだ。
 だから、そうして必死に『友達』を作り維持しようとする連中を愚かな奴らだと見下した目で見て、それでますます皆が離れていく。そう、まるで、
 ――まるで、的場 一機のように……。
 話は簡単。自分と似過ぎているあいつの姿に無性に腹立たしくなっただけだ。
 そう考えると、一機があそこに入り浸った理由もわかる。
 あいつもなんとなく察したのだろう。こいつは同類だ、と。
 だから、あの時あんなに慌てたんだ。同類からも拒絶されたと絶望した。
 だから私は謝った。自分を傷つけてしまったと自分に謝った。
 そして私はあいつがそこにいるのを許した。聖域に入ったのは異物ではない自分そのもの。いても別に問題はない。
 だけど、そのとき図書室には人が2人いたんじゃない。1人と1人だ。
 決して交じり合わない、1人と1人が……。
 私も一機もそれで問題なかった。近づく必要などなかったから。
 一機が私に近づくことはなかった。私もそれで良かった。
 それなのに……
 ――あいつがいなくなって2週間、か――。
 今この図書室に、一機はいない。
 一機は2週間前のあの日から行方不明になってしまった。
 あの日、私は妙な胸騒ぎがしてふと眠っていた一機に声をかけた。いつもは放っておくのにその日は話しこんだ。
 そして予感は見事的中。次の日一機はどこにもいなかった。
 この高校では不登校は珍しくなく、一機もそうかと皆思ったが、英語の今日子先生が自宅ヘ行ったがもぬけのから。一機の両親は死別しているから親戚を尋ねたが誰も知らなかったらしい。(なぜ一介の教師がそこまでする、とは誰も聞かなかった)
 このときになって、私は初めて一機の両親が死亡していること、あの天才小説家的場 慎の息子であることを知った。それは皆を驚かせたが、元々クラスで浮いていた男、話題になることもなく忘れ去られた。
 担任も特に気にした様子もなく授業を続け、学校もいつものことなのでなにもしない。的場 一機失踪は数日とせず皆の記憶から消え去った。
 唯一さっきの今日子先生だけは近所にビラを張ったり生徒に尋ねたりと粘り強く探している。
 でも、私にはそれが無駄な努力だとわかる。
 あいつは逃げ出したんだ。この退屈な地獄から。望み通りに。
 逃げ出した先でで楽しくやってるかは知らないが。
 ――恐らく、もう2度と会うことはないだろうな……。
 私はあいつに何もしなかった。あいつが何もして欲しくなかったから。あいつがそれを望んでいたから。
 でもそれは正しかったんだろうか?
 自分は結局、行動を起こすことによって起こる変化を怖がっただけではないか。触れることすら恐れ、近づかなかった。機会はいくらでもあったのに。
 それはまるで、太陽の光を恐れて顔をそらしたかのように。
 だからあいつは私を見捨てたのか。
 恐らくもう会うことはない。
 だけど、もし万が一出会えたら……
 私は、向日葵になるべきだろうか?

「おい、起きろ一機」
「う……うん……?」
「起きろと言ってる。特訓中に寝るとはどういうつもりだ」
 別の世界でも、太陽の光と暑さは変わらない。そう思わせた夏の暑い日差しの中、木に寄りかかって寝ていたら、ユサユサ揺らぶられて起こされた。誰が犯人か考えるまでもない。
「……ヘレナか? いいじゃん別に。昨日はサジタリウスの修理で遅かったんだから」
「当たり前だ。勝手に先行しおって。どうやらまだ根性を叩き直す必要がありそうだな」
「うわあああ、それは勘弁」
 あわてて謝罪する。なんとかしてくれこの体育会系。
「へへへー、大変だねー一機」
「……マリー、そもそもお前が手伝ったくれたらこんなことには……」
「だってしょうがないじゃない。罰だからって隊長に言われてたんだもん」
 にししとニヤけ顔の女をギロリと睨みつけるが、全然平気なようだ。
「隊長、ちょっときつすぎるんじゃありません。少しくらい寝たっていいじゃないですか」
「そうそう、イーネよくわかってぇ!?」
「さあ、アタシの胸の中でゆっっくりと眠りなさぁい♪」
 突然イーネのGカップに包まれる。ああ、慣れてしまった自分が怖い。
「い、イーネさん! なにしてるんですか!!」
 レミィの真っ赤な悲鳴が胸越しに聞こえる。変わったなこいつ……。
「ああん、乱暴しないで。そんなに一機クンを渡したくないの?」
「な、ななな、なに言ってるんですか! ボクはそんなこと……!」
「あらあらまあまあ駄目ですよぅ。カズキンはミオのものなんですから」
「……生体解剖……ナオがする……」
 まったく同じ顔同じ声のミオ&ナオコンビか手段は一緒、目的は全然別の言葉を発する。助けて……。
「あなたたち……なにをしてるんですかぁー!!」
 グレタの絶叫と共に隊全員を巻きこんだ大騒ぎに発展。そのスキに抜け出してヘレナのもとへ。
「はぁ……疲れる」
「お前が来てから隊はずいぶん変わってしまったな。昔はもう少しまともだったんだが」
「俺がここに来てから3ヶ月程度じゃん。最初から変わり者だったんだろ」
「まあ否定はできんが……特にレミィは別人のようだ」
「確かに。なんでだろう?」
 この2人互いに鈍感である。
「ところで……さっき寝ながら微妙な顔をしていたが、なんだったんだあれは?」
「……寝顔覗いてたの?」
「な!? なんだそれは! それではまるで私が覗き魔のようではないか!!」
「覗いてたんだろ……微妙な顔、ねぇ」
 それは微妙な顔ぐらいしたかもしれない。なにせあの夏の日の夢だ。
 あれは驚きの連続だった。何故あいつがあそこまで怒ったのかまるでわからなかった。そして何故すぐ謝ったのかもわからなかった。
 あいつにとってそんなに俺は邪魔な存在だったのか? だったらどうして謝った? 次の日追い出されるかもと戦々恐々としながらとりあえず平静を装い行ったとき、あいつは何事もなかったかのように座っていた。
 それ以前に、あいつがあんなに喋ることのほうに驚いた。無口な女と言われていたが、実はまったくの偽りである事を知った。俺のように。
 あいつという存在がわからず、戸惑っていたあの夏の日。とはいえ別に大したことがあったとも言えない夏の日。
 それを今になって夢に見た。どうしてだろう?
 ――わからないな。
 あいつとは別に特別な関係ではなかった。居場所のない俺が唯一思考停止できる場所にずっといた女。それだけ。
 話したことは何度かあったが、大した話はしていない。でも、
 ――ひょっとしたら、あいつだけがあそこで“友”と呼ぶべき唯一の存在だったのかも。
 だったらこの夢は、あいつに対する負い目が見せたのか?
 友を捨てた裏切り者として――。
「――さて、そろそろあいつらなんとかしなければな。おい一機、手伝え」
「え!? やだよあの中に入りたくない」
 見れば今や乱闘騒ぎになっている。ここ最近多いんだこの隊では。
「つべこべ言わずにさっさと来いほら」
「ぐええ、首締まってる締まってる! あ〜れ〜……え?」
 首根っこを引っ張られながら情けない悲鳴を上げていると、森の中に美しく咲く大輪の花が目に入った。太陽を思わせる、向日葵。
「ヘレナ、あの花なんだ?」
「なに? ああ、あれはマヤの花だ」
「マヤ、ねぇ……」
 この世界と俺のいた世界とは季節が半年ほどズレている。俺はあちらで11月の秋に来たからこちらでは5月頃で春。そして3ヶ月たったから今は8月ぐらい。夏真っ盛りだ。向日葵のような花が咲いていて当然といったところか。
 ――向日葵か。そういえばあいつ、向日葵が嫌いとか言ってたっけ。
 実を言えば俺もあまり好きじゃなかった。
 太陽は俺にとって『外界』を表す象徴だから。傷つき、苦しめられる逃避したい世界そのものに他ならなかったから。だから、太陽を模した向日葵も好きじゃなかった。坊主憎けりゃなんとやらでしかないのは百も承知だが。
 だけど、今は違う。考えてみればあの世界はずいぶん幸せだったのだろう。なにもしなくても良い。逃避すればそれでよかった。太陽から逃れることもできた。
 もう逃げても隠れてもよかったあの世界とは違う。この世界では逃げることも隠れることも許されない。生きるためには、人々は太陽の中へ飛び込まねばならない。例え太陽の光が我が身を焼き尽くそうとしても、それでも人は太陽の中でしか生きられない。誰も太陽から守ってくれないから。
 ――それに、もうわかったから――。
 もう、太陽が、世界がそんな残忍じゃないとわかる。
 過日の苦い思い出から、世界とは、人間とはそういうものだと決めつけていた。だから俺は世界を否定した。世界の住人であることを止めようともした。そんな度胸すら持ってないくせに。
 でも、この世界に来ていろんな人と出会って、必ずしもそうじゃないことを知った。そういう人間がいないわけじゃなかったが、自分の視野が狭すぎたことは十分に理解した。
 だから、今は太陽を見ることができる。
 向日葵のように。
「おおー! 隊長、一機、援護に来てくれたんだね! 早速てつだぐふぉ!?」
 右ストレートを食らってあまり女らしくない叫びを上げたマリーの声で現世に戻る。いつの間にか乱闘現場に引きずられていた。
「馬鹿を言うな。おいお前ら、いい加減ケンカは止めろ」
「いいえ、ヘレナ様! 我々親衛隊の汚濁達に、今日こそ鉄槌を与えねばならないのです! どうか邪魔しないで下さい!!」
「よく言うわよこの堅物! 今日こそケリつけてやるからね!!」
 ヘレナの説得もまるで聞く耳持たずで血みどろの乱闘を続けるグレタとイーネ。こういうところは似てる気がするから、多分近親憎悪というやつだろう。同じ三十路前だし。
「「誰が三十路前よっ!?」」
「って思考を読むな!!」
 一方そのころ別の乱闘場所ではレミィが孤軍奮闘中。
「この色欲魔め、男なんかに色目を使うなんて!!」
「許しておけぬ!!」
「だから、ボクはそんなんじゃないってばーーーっ!!」
 エミーナとライラの発言に顔を真っ赤してポカポカ殴りかかるレミィ。やっぱ違う……。
「あらあらー、助けてくださーい」
「きゃあー……」
 追いかけられながらもどこか楽しそうにしているミオ&ナオ姉妹。まあ2人にとってただの遊びなのは間違いないんだろうけど。
「男が、男なんかがいるからっ!」
「消えろ、消えてしまえヘレナ様にまとわりつくウジ虫がっ!!」
「痛い痛い、蹴らないで蹴らないで!!」
 こちらは全く似ていないジェニス&ジェシー姉妹に男だからとボコボコにされるハンス。合掌……。
「はあ……なんというか」
 呆れてため息をもらしながらも、どこか楽しそうな顔をしているのは自分でもわかっている。
 ふと空を見上げた。太陽がこの騒ぎを笑っているかのように見えた。
 その光を不思議と心地よく思いながら、
 ――あいつも、向日葵になれるといいな。
 唯一友と呼べたかもしれない女、間蛇羅 麻紀(まだら まき)に思いを馳せた。
2006/10/04(Wed)14:14:49 公開 / 紫静馬
■この作品の著作権は紫静馬さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めまして、紫静馬と申します。
読んでみてなんだこりゃと思ったことでしょう。そりゃそうです。
これ、長編小説『サジタリウス〜神の遊戯〜』の番外編にあたる小説なんです。
本来は本編から出すべきなんでしょうが……その、自信なくて。
取り合えず番外編から出して寸評してもらってから、という風にしてみました。申しわけありません。
これだけで充分作品として成立するようにしました。少なくとも最後少し前までは。
自信がついたら本編も出す予定なので、どうかご容赦を。
寸評、よろしくお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
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