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『「煙草を吸う手」』 作者:@ / 未分類 未分類
全角2876文字
容量5752 bytes
原稿用紙約7.95枚
「煙草を吸う手」

 煙草っていうのは、男の生涯に必要なものだと思っている。ライターで火がついて口に運ぶ。味が美味しいというわけではないが、それで何かが満たされる気がする。煙草が無かったら生きていけないなんて依存は無い。でもこいつが無いと安心が出来なくなってきた最近の俺の生活は一体どうなんだろう。
 晩飯中にも煙草。昼食中にも煙草。朝食中にも煙草。煙の味とオムライスがシャッフルされたあの味は忘れられない。どんな味かといえば説明がつかないのだが、あえて言えば人生に一回くらい食べてもいいんじゃないか、とか、いじめられっこがいじめっこに復讐のチャンスを生むもの、とかそんな味がする。要するに兵器。
 こんな俺が世界で一番愛してるのが妻。妻は上品で可憐で華奢で、俺のどこに惚れたのか未だ分からない。でも昔の俺は結構ハンサムというか、現在の言葉ではイケメンだったのだ。昔の俺、万歳。
 しかしこのような幸せな生活が、まるで俺の煙草の煙のように渦を巻いている。妻はなんと煙草が嫌いだったのだ。妻を愛す俺はベランダで煙草を吸うのがモットーである。が、しかし上記の通り食事中に吸ってるってことは室内でも当然のように吸っているのだ。これはまさに無意識というものである。その内ドクターストップがかかるかもしれない量を毎日のように繰り返していて、今の肺の状態なんて知りたくも無い。
 だが俺は続けようと思っていた。近々煙草をやめればいいんじゃないか? という楽観的な意見が脳から降り注いできたのだ。うむ、これでいいだろう。そうここ一年間も考えていたら、全てをぶち壊すように妻の意見が現れた。

「煙草を一週間以内にやめてくれなかったら別れます」

 これはまずい。非常にまずい。妻は俺を愛してくれているらしいがそれを上回るものがどこかにあったらしい。原因は勿論煙草。何だ、煙草の何が悪いんだ。と反論できるわけもなく俺はその挑戦を受けた。受けたというか、受けるしかなかった。別れられるのは嫌だ。
 しかし自力で止めるのは当然無理。一年間もあの曲がった考えを貫き通してきたんだ。一日考え込んで、考えても浮かばなくて、頑張って午前五時まで起きてみた。その日は早出の出勤だと思い出して慌てた。遅刻こそはしなかったがその日帰ったら熱が四十度も出た。俺はどこまで単細胞なのかと自嘲。考える余裕が無かったのでなんとそれで三日も無駄にしてしまったのだ。

 あと四日しかない。一週間なんてハードルが高すぎる。妻を恨むがその前に恨むのは自分だろうと思い出して頑張る。ここは誰かの協力を得るしかないだろうと。その為俺の昔から中の良い友達と相談することにした。
 会社の屋上に呼び出して事情を話すと爆笑されたからとりあえず殴ってみた。それから会話がスタートされ、友人は協力してくれるようで俺と同じように考え込んだ。友人は俺がどこまで煙草に犯されているのかを知っている。だからこそ答えが難しい。こいつならきっと正しい答えを導いてくれると。

「じゃあ、この薬はどうだ?」

 言われて受け取ったのは、そういえば昔CMでやっていた煙草を抑える薬らしい。あの、煙草の着ぐるみを着た人とサラリーマンの人が激闘を繰り広げているあれだ。そうかこんな方法があったのかと感激して、友人に礼を言った。
 これは食べれば食べるほど効果が膨大するのかもしれない。期待が膨らんで、胸の鼓動を抑えコップに入れた水と一緒にそれを飲み込む。味はもちろん無い。一気飲みだから、しかも五つ同時に。何が起こるかとどきどきしていたら、思いっきり喉に詰まった。どうやって詰まるんだと自分の運命を呪った。で、その痛みがあまりにもすごかったため、「もう飲めません後遺症」という情けない後遺症が出来たことが理由でこれはもう駄目だなと友達に軽蔑の目を向けられた。

「なら、お前の全財産と煙草を俺が預かる」

 友人のことを信用している俺はまず全財産を預けた。全財産といっても、電車賃など最低限のものは残してもらっている。これなら煙草を購入できないだろうと。それから煙草を未練がましく渡した。友人はそれを持って去っていくから俺は後を追った。すると煙草が焚き火の中にするすると入っていくではないか。あまりにも無残で残酷極まりない行為だったから俺は泣いた。泣きながらやめてくれと訴えたら友人が気味の悪さに手を離した。俺はその止める行為が勢い余って友人に頭突きを喰らわせようとしてしまい、友人はそれを必死で避けた。なんか、今世紀最大のバケモノを見るような顔で。すると俺は踊る火の中へストライク。見事全治二週間の悲劇を突きつけられた。

 後二日。家で安静にしておかなければならないため、いつも屋上で会議していたが今日は俺の家、妻が居ない時だった。友人は家で色んなことを考えてきてくれたようだ。俺は包帯で巻かれた頭をさすりながら考え込む。
 ちなみに妻は銀座に向かったらしい。銀座といえば彩り華やかな妖しい街。もしや浮気でもしてるんじゃないか。俺が煙草をやめられなかった時のことを考えて。そう考えると焦りが出てくる。妻にどこまでも惑わされる俺は情けないが、もうそこは気にしないことにした。

「今度は缶詰でどうだ?」

 缶詰方法とは、俺がトイレと風呂とベットの最低限のものを置いた部屋で過ごすという方法だ。無論煙草は存在しない部屋。窓は一応あるが、あけて逃げられないように開かない。ドアはドアノブが無いので内側から開けることは不可能。俺はその中に放り込まれて、孤独で過ごすことになった。
 何も無い中、テレビをつける。小さな黒いテレビは電波が一応届いているらしく映す。なんでもどこかのお偉いさんが男の子を産んだらしい。ほうほう、と見ていて一時間。ついに俺は禁断症状が出てしまった。禁断症状とは、突然叫びだす。内容はその時適当だし、俺は意識がモウロウとしているため何を言うかはあまり覚えていない。あまりの轟音に警察が拉致か何かと勘違いして押し寄せてきた。後々友人と俺は並んで謝った。かなり叱られた。
 友人から聞けば、俺は「グラタン」と「キュウリ」と叫んでいたらしい。まさに意味が分からない。友人にもかなり叱られた。というか殴られた。

「お前もう駄目なんじゃないか?」

 後一日しか残っていない。思えば最初の風邪が問題だったのだ。あれさえなければ、もっと良い案もあったのに。友人にそこをなんとかと頼み込む。ちなみに全財産と煙草は返してもらった。
 友人はさらに考える。うんうん唸りながら。勿論俺も。俺は、やめて妻の安心した顔が見たいんだ。そのためにはこの行為はやめなければいけない。俺は妻を愛してる。でも煙草には勝てない。しかし妻が、などとエンドレス。段々嫌気が差してくる。自分に。空白の頭に友人の声が劈く。

「ま、お前の右手を切り落とせば煙草吸えないだろ」

 と、友人はけらけら笑っていた。俺も笑った。無い無い。まさかそんなバカなことするヤツ。


 次の日俺は病院に運ばれた。



2006/09/10(Sun)10:31:25 公開 /
■この作品の著作権は@さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めましてー、@です。お題は「煙草」ですが、色々詰め込んでみました。
ラスト、何があったかは暗黙の了解で。本人は楽しんで書かせていただきました。笑ってくれれば嬉しいです。
妻との関係がどうなったかはご想像にお任せします。
情景描写が淡々としているのは、@の密かなる狙いです故。
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