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『旅人旅行記〜green faily〜』 作者:花弦海 / 異世界 ファンタジー
全角10261.5文字
容量20523 bytes
原稿用紙約31.7枚
 
     プロローグ

 …………。

 お願いだよ。私はここにいるよ? ……どうして誰も気付いてくれないの?
 私はここに居るのに。

 ……怖い。

 暗くて怖いよ。
 誰か。
 早く私に気付いてよ――!

 私を……見つけて?





     1

 太陽が高く天頂に達している。昨夜の大雨で水分を含んだ地面からは、ジメッとした水蒸気が蒸発していた。そんな地面を、足を引きずって踏み締めている若い男がいた。
「み……水。水〜」
 情けない声を絞りだしてはいるが、男はその暑苦しい茶色いボレロをぬごうとはしない。大きな帽子すら、取ろうとしなかった。さすがに赤茶の長髪は暑いと感じているのか、ざっくりとゴムでひとつにまとめられていた。
 男は名を名乗る事はしない。ならば、私達はこの男を『旅人』と呼ぶことにしよう。
 この旅人は、旅人のくせに方向音痴であった。その本人は全く自覚がなし。だが、彼は誰もが驚く程の強運を持ち合わせている。そのため、例え幾日かかろうとも、目的地さえあればそこに辿り着く事が出来る人物であった。
 しかし今回はこの辺境の森に迷い込んでしまったために、さすがにその強運の威力も小さかった。旅人は迷い込んでしまった深い森を放浪している。もう丸一日ほど歩きづめであった。よって、小さなクタクタの鞄に備蓄していた乾燥食材は底をついた。水もついさっき、最後の一口を飲み干してしまったところであった。
 旅人は一度その場に立ち止まり、ズルズルと腰を下ろす。近くにあった切り株を見つけてもたれかかった。
「ふー。とにかく、休憩するか」
 額に滲む汗を拭い、旅人は空を仰いだ。そんなに高く、木々は生い茂っていない。葉の間からは蒼い空が見えている。そんな空が、旅人にあの日の出来事を思い出させる。
 彼女と、出会った時の事。
『あなたも、この空が好きなの? 』
 青空の下で、オリーヴ色の豊かな長い髪を靡かせた女性が立っている。彼女は初対面だった旅人に、愛くるしい笑みを向けて、また空を見上げていた。
 旅人はフッと顔を落として影を作る。帽子で隠れたその顔は、旅人の本来の顔が現れている。先程の情けない顔ではない。曇らせ、遠い記憶を追憶する。
 しかし、その顔は誰にも見られる事はない。知っているのは旅人自身。

 辺りがシンと静まり帰った時だった。旅人の耳に奇跡の音が優しく流れこんでくる。
「この音は……」
 旅人は体をゆっくり起こして、耳を澄ましている。それは確かに水のせせらぎの音だった。
「水だ。水が近くにある! 」
 旅人は慌てて立ち上がり、音が聞こえてくるほうへと走りだした。
 息は上がる。喉はカラカラだ。旅人は本能の赴くまま走り続ける。背丈の高い草むらを掻き分ける旅人の頭の中には、もう水のせせらぎしか聞こえていなかった。
 聞き心地のいい音が徐々に近づいてくる。透き通るような川のせせらぎ。清涼感。
 旅人の気持ちが最高潮に達した時、突如旅人は前へとバランスを崩した。旅人は奇妙な声を上げ、そのまま体制を立て直すこともせずに倒れ込む。なんとも言えない衝撃が来る事を旅人は予測したが、それは来なかった。それどころか、旅人の顔に冷たい液体が一瞬にして広がる。同時に、旅人は息をすることを止められてしまった。
 旅人の口の中に、その冷えた液体が一気に入り込む。視界は深緑から琥珀色の石が敷き詰められた水中へと一変いた。幸い浅かったため、旅人は慌てて両手を立てる事が出来た。
「っは――! ……お、おお! これは! 」
 旅人は体を起こして、両手で冷たい液を掬う。それが捜し求めていた水だと確かめると、旅人は直ぐさま水を口に運んだ。冷んやりした感覚が旅人のカラカラの喉に潤いを与える。待ち侘びたこの祝福の時に、旅人は声をあげた。
「水だ! ひゃほ―! 」
 旅人があげた水しぶきは、太陽の光を浴びて輝いていた。肌で感じる水の冷たさに、旅人は嬉しくなって顔を洗う。その拍子に、旅人が被っていた帽子が落ちる。少しずつ流されていく帽子は、沢の辺りにひっかかって止まる。だが旅人はそんなことを全く気に留めていない。もう一度、川の水を手に掬ってそれも飲み干してしまった。
「ふ〜。生き返ったなぁ〜」
 存分に水浴びをして満足した旅人は、濡れたボレロの裾を絞って岸に上がる。これで問題は解決? ところが、問題は派生して起こった。
 喉の渇きで気付かなかったせいか、急に空腹が旅人を襲ってきた。
「こ、今度は腹がぁ……」
 またもや情けない声を出して旅人は腹部を抱えて訴える。だがそれを聞く相手はいない。こればかりは水飲みで賄う事は不可能であった。
 ふと、旅人は顔を見上げる。遠くに見える赤れんが屋根の町並みを、旅人は発見したのだ。
 その川は、ちょうど森に沿う形に流れていた。出た場所は微妙ではあるが、結果的に旅人は森を抜け出せたのである。そしてその川の向こうに、小さな西ヨーロッパ風の街が広がっていた。
「おお〜。やっぱり僕ってツイてる〜」
 旅人の表情はパッと明るく輝き、流れる川沿いを歩き始めた。背丈の高い草木を掻き分ける旅人の足どりは軽快である。鼻歌までも飛び出しそうだ。
 旅人は川を下っていく。川の流れはとても穏やかで、降り注ぐ陽光を全て受け入れている。その陽光に照らされた川底には、小さな稚魚が群れを成して泳いでいた。旅人はそれを見下ろし、微笑む。
 ――かつて、あの青空の下に居た女性に向けた同じ笑顔で。





     2

 高いレンガ街が続く道。そこを街の外に向かって進んだところに、小さな田畑がいくつか点在している。その辺りにはレンガの家屋が聳えることはないので、田畑には暖かい太陽光が降り注いでいた。
 普段ならば、この太陽は植物達にとっては光栄なものである。しかし、今回は少し違っていた。
 ここ数年で、収穫量が思いっきり減少しているのだ。

 理由は急激な水不足。
 
 近くに川が流れているはずなのに、ここ最近の地面はカラカラに乾いている。田畑の土もすっかり水気を失い、作物も萎びてきている。そして辺りの樹木さえも元気をなくしているのだ。
「なんとかならないですかね〜アベルさん」
「う〜ん……。このままでは、完全に干からびてしまうなぁ……」
 生気がない田畑を目の前に、街の自治を取り仕切る二人の男が途方にくれている。そのうちのアベルという中年の男は、この街を統率する役割を担っていた。

 一度我が家に帰宅するアベル。彼は少し態度をイラつかせて椅子に腰を下ろす。一息つくとポケットにしまっておいた葉巻を取り出した。ダイニングテーブルの上に置かれていたマッチに手を伸ばす。しかしマッチは別の誰かに奪われてしまった。
「ノイ! 」
 アベルが見上げるとそこには栗色のショートヘアの少女、ノイが立っていた。アベルの娘である。
「葉巻、やめたんじゃなかったの? 」
 ノイはマッチを手中に、父親に刺々しい言葉を投げ付ける。
「こら。貸しなさい」
 アベルは苛立ちを顔に表したまま手を差し出した。ところがノイはマッチをごみ箱へと投げ捨てる。マッチは綺麗にアーチを描いてごみ箱へとゴールイン。勝利の笑みを浮かべるノイを、アベルは不満げに見ていた。アベルはおもむろに立ち上がり、ノイが捨てたマッチを拾う。そんな父親をノイは止めることはしなかった。変わりに、ふと口を開く。
「……また畑ダメになりそうなの? 」
「お前が心配することじゃあない」
 アベルは葉巻を加え、マッチを擦りながら切り返す。そんな父親の態度に、ノイは頬を膨らませる。
「またそうやってすぐに子供扱いする。あたし、もう十五だよ? 胸だってあるんだから」
 ノイはモデルのようなポーズをとってみるが、アベルの目をひくことは出来なかった。それどころか、アベルは我が娘に対して溜め息をつく。ノイは更に膨れた。
「まだ十五だろ? 一人で街を出る事が許されない十五歳だ。そんなの、また子供に過ぎない」
 アベルは葉巻に火をつけ、乳白色の煙を吐き出す。小さな丸となった煙は、ゆっくりと天井へ昇っていく。アベルはその煙をじっと見つめて、ノイを眼界に入れないようにしている。
 そんな父親の態度に、ノイはカチンときた。
「もう! なんで私の事子供扱いするのよ! ……いいもん。せっかくいい情報仕入れてきたのにさ〜」
 ノイはいじけたようにそう言うと、以外にもアベルはこの話に食いついてきたのか煙を吸うのを止めた。ノイはそんなアベルの反応にニンマリと笑い、胸を張って語り始めた。
「いい? 父さん。村はずれに小さな森があるでしょ? あそこの木々が異様に成長しているのは知っているよね」
 自信満々でアベルに語るノイ。しかしアベルはここまで聞くと、その先を悟ったらしく、再び葉巻を口に含んだ。ところが気分が高まっているノイはその話の続きをアベルに語り続けた。
「木々たちが肥大化している。それはね……森に住んでいる妖精のせいなのよ!! 」
 葉巻をふかすアベルに、ノイはズズイと顔を近づけて力説しきった。だがアベルの表情は相変わらず興味の冷めた表情のままであった。

 確かに、この町にはあの森についての伝説が残されている。
 森には緑を司る妖精が住み着いていて、木々たちの成長のバランスを均衡に保っていると言われているのだ。それだけではなく、その付近の自然環境にも深く関わっている。妖精が元気な時は豊作だとか、逆に不機嫌な時には天災が起こるという説も伝わっている。ノイは書物を読むのが大好きで、常人が読まないようなものにまで手をつけている。そこでノイが見つけたのが、この伝説が書かれた書物であった。
 咲き誇る花々。豊かな暮らしを得た人々は次第にこの伝承を忘れ、言霊によって語り継がれる事はいつしかなくなっていた。
 ――そして、誰も信じる事はなくなっていた。
「……ノイ」
「何? 」
 目をキラキラ輝かせてアベルの言葉を待つノイ。しかしアベルは、ノイが欲しがっている言葉を述べなかった。
「……頭でも打ったか? 」
 それは明らかに貶した言葉。ノイは目を輝かす事をやめ、そのままアベルにしかめっ面を向けた。
「父さんのバカ! 」





     3

(もう! 父さんのわからずや!! いっつも私の事、子供扱いするんだから! )
 家を飛び出したノイは、狭いレンガ街の路地をかっ歩していた。柔らかい紺の長いワンピースの裾はその度に波を作り、揺らめいている。行き交う人々は、いつもと様子が違うノイの様子をジロジロと見ていた。しかし今のノイにはそんな事は関係ない。

 ふとノイは立ち止まり、自分の影で黒くなった地面を見つめる。
 彼女に急に劣等感が襲ってきたのだ。
(私はただ、町のみんなの役に立ちたいだけなのに。……どうして誰もわかってくれないのだろう? )
 さっきまでの怒りはどこかに消え失せ、ノイに寂しさが押し寄せてくる。
 いつもそうだ。
 ノイは本を読むことが大好きである。文章が現す別世界の情景、人物達に胸を膨らませ、夢を持つ。ノイはその感動を伝えたくて、幼い頃から色んな人に夢を話し続けてきた。しかし、豊かさに我を見失ってしまっている人達にとってはどうでもいい話だった。ノイの夢物語を鬱陶しく思う大人もいた。
 いつしかノイは街一番の変わり者として、人々に陰口をたたかれることが多くなっていた。

 アベルの娘は変わり者。
 そういう噂が当たり前のように、人々に染み渡ったのだ。
 
 ノイは頭を何度か振ると、今度は落ち着いた足取りで街の中心へと向かって行った。細い路地をいくつか曲がり、大通りへと繰り出す。そこには主に飲食店が立ち並んでいる。比較的おしゃれな飲食店が立ち並ぶ通り。時間がお昼過ぎの時間帯だけあって、人も普段より多い。飲食店の中には、オープンカフェになっている西洋料理店もあった。ノイはそれらに全く目もくれずに、そのまま通りすぎようとした。
 しかしそのオープンカフェがある飲食店から人が思いっきり飛ばされてくる。
「え!? 」
 その人物はノイの目の前に転がり込んできた。あまりにも突然な事に、ノイは瞬きを何度も繰りかえし、その場に立ち竦む。店から乱暴に追い出された人物は茶色ボレロを身に纏い、大きな同色の帽子を被っている。髪が長髪だったので、パッと見、ノイには男か女かわからなかった。
 だが次の瞬間。その人物から発せられた低い声によって性別がぼんやり特定できる。
「いったたた……何もつまみ出す事ないでしょう」
 尻餅をついたお尻をさすり、男は座ったまま顔をあげた。
 陽に照らされるその男の横顔に、ノイ目を奪われてしまった。スッと高い鼻筋。日に透けて更に赤みを増している長髪。大きな帽子の唾から覗く彼の切れ長い黒い瞳。
「うるせ─! 無一文のアンタが悪いんだろーが!! 」 
 すると男が追い出された店から、体格のいい店主が顔を真っ赤にして現れる。白いコック衣装には、この男とやり合った時に引っ掛けた赤ワインがこびりついていた。
 そんな鼻息が荒い店主に、男は割と落ち着いて弁解する。
「だからぁ〜! 財布落としたんだってば! でも支払いの時に初めて気がついて……。それに、どうしても腹が減ってしまってて……」
 だか男の弁解は聞き入れられず、腹いせにもう一発蹴りを腹部に入れられてしまった。鈍い痛みが腹部に走ると、男はそのまま低く呻いて暫らく蹲っていた。
「二度と来るな! この食い逃げ野郎!! 」
 店主はそう言い散らすと、踵を返して店内に戻って行った。
 
 その場にほんの一時、騒然とした空気が流れるが、人々はまたいつもの日常に戻っていった。その中でノイだけが止まったままだった。男は立ち上がり、ホコリを掃っている。
「う〜それにしても困ったなぁ。財布あの時落としたみたいだし……」
 途方にくれている男を見たノイの中にあるひとつの考えが浮かぶ。
(この人……使えるかも! )
 するとノイはニンマリ笑い、少しずつ男の方へと近づいて行った。背の低いノイは更に体を傾け、男の視界に入り込む。突如視界に入り込んできた少女に、男は目を見開く。ノイは笑みを絶やさず、男に話しかけた。
「よかったら、うちに来ませんか? お腹、空いているんでしょ? 」
「え……」
 男が声を上げたと同時に、空しくも空腹の音が鳴り響く。『食い逃げ』と言われて追い出された男であったが、腹は満たされていなかったのだ。まだ腹三分目と言ったところだろう。男は恥ずかしそうに顔をあげて、ノイを初めて真っ直ぐ見てきた。そして恥ずかしそうに顔を少し赤らめた。
「みたい……ですね。はは。恥ずかしい」
「ほら。ならばうちに来てください! ご馳走しますから! 」
 ノイは男の腕を取り、少し強引に誘導する。男はそれを拒絶する事はせず、それどころか思いっきりこの初対面の少女に流されていた。
 ノイの気分は上々。少し鼻歌交じりに、男を自宅へと案内して行った。

   ※

 男はあの森で迷っていた旅人で、やはり彼はノイに名を名乗る事はなかった。
 気分が上々なノイはその事をあまり気に留めず、旅人の為に腕を奮う。旅人のがっついた食べっぷりに、ノイは更に企みを膨らませていった。
 出された皿を全て平らげた旅人は、椅子にのけ反って、満足気な笑みを浮かべている。切れ長い目は気持ちよさそうに細くなり、腹部は大きさを変えていた。 ノイはそんな旅人を見て、ニヤリと笑った。
「食べたわね……」
 不気味かつ、不穏な声のトーン。旅人はその変化に我を取り戻す。
「た……食べちゃった」
 少しおどけた返事を返した旅人。するとノイはテーブルの向かい側から体を乗り出して来た。皿が少し動く。旅人はドキマギして覗き込むノイと目を合わせていた。
 このままこの少女に食べられてしまう? ノイの放つオーラは、旅人を不安にさせていく。
 何がプチンと切れた時、ノイはガバッと頭を下げた。

「お願い! 私と街の外まで来て下さい!! 」

「……え? 」
 旅人は半ば腰を上げて、拍子抜けた声をあげる。そして数秒後に、首を傾げた。
「この街、十五歳以下の子供は一人で外に出られないしきたりで……! でも、大人がいれば大丈夫なの! 」
 ノイは頭を下げたまま、次々に言葉を並べていく。
「私、どうしても外に行かなくちゃダメなの! だからお願い! 私を外に連れてって! 」
 ノイはそのまま頭を上げる事なく、じっとしている。大体の理由をわかった旅人は、真剣な面持ちでノイに問い掛ける。
「どうして僕なんだい? 家族や知り合いとかの方が、僕よりずっと頼りになると思うよ? 」
「ダメ……なの」
「え? 」
 俯いたノイの声は震えていた。
「誰も……私の話なんて信じてくれないから。この街の人じゃ……ダメなの」
 手をキュッと握り絞め、ノイは悔しそうに唇を噛んだ。
 そう。変わり者と呼ばれて遠い目で見られてきたノイ。そんな彼女の夢見たような話は流される事が普通だった。今回の、森の妖精がどうしたと言うのも、父以外にも話した。だが、やっぱり誰も信じてくれない。またこの娘は夢物語を口走っているだけ。それぞれの時間を世話しなく生きている人々にとってノイの話など、どうでもよい事だった。
 ノイは悔しかった。誰にも聞いてもらえない寂しさ。それを打ち払いたくて、今回は自分の話を本当にしたいと思った。
 そう。人々に忘れられた森の妖精の話を……。
「…………」
 心の奥にある、開けてはならない蓋を開けてしまったように、ノイは顔を歪めて押し黙ってしまった。そんな彼女を見て、旅人は後頭部を掻き毟る。
 空腹のところ、この娘に助けてもらった恩がある。そう思うと、旅人はどうにも放っておくことが出来そうになかった。旅人はそんなに急ぐ旅をしていない。それでも目的はある。
(仕方ない……か)
 旅人は物の見事に、ノイが思っていたように動く事にした。
 旅人は立ち上がり、服ひかけにかけてあった大きな帽子を手にした。ノイは顔をあげ、玄関の前に立つ旅人を見上げた。旅人は逆光で背後に太陽を浴び、ノイには少し輝いて見えていた。
「行こう。君が望む場所へ」
「……あ、ありがとう! 」
 ノイはパッと顔を上げ、手を差し伸べる旅人に笑顔を向けた。
 その笑顔を見た旅人の心は、少しばかりくすぐったく疼いた。また、痛くもあった。
 似ていたから。
 青空の下で微笑む、彼女の笑みと。





   4

「ノ……ノイちゃ〜ん。ちょっと、ちょっと休もうよぉ〜」
「何のんきな事言ってるの! ほら、サッサと歩く! 」
 街の門を抜けたノイ達は、先ほど旅人が迷っていたこの深い森へと足を踏み入れていた。木々たちが異常に成長を遂げ、木漏れ日がチラチラとしか見えない。気のせいだろうか。旅人が迷っていた時よりも、森の木々が成長しているような気がする。
 腹十二文目くらい食べたはずなのに、旅人の足はもうフラフラであった。汗が湧き出て、生い茂った雑草へと落ちる。それでもやっぱり、帽子とボレロを取らなかった。そんな旅人の手を、ノイは強引に引っ張っていく。旅人はこれ以上喚いても逆に疲れるだけと諦め、大人しく森を進んでいく事にした。

 その途中。ノイが旅人に質問を投げかけてきた。
「ねぇ、旅人さん」
「な〜に〜? 休憩? 」
 間の抜けた返事にノイは小さく溜め息をつくが、自分が聞きたかったことを尋ねてみた。
「どうして、名前を教えてくれないの? 」
 旅人は帽子の下で、ピクリと眉を動かした。
「いやぁほら、ただなんとなくどうしてかなぁ〜って思って……」
 先ほどまでフニャフニャした感じを顔だった旅人の顔は、帽子に隠れてしまっていた。そして何故かじっと黙ってしまっている。
 まずい事を聞いてしまった? そう後悔したノイだったが、旅人はいつものように明るく答えてくれた。
「知らないほうがいい事もあるんだよ。ノイ」
「え? 」
 確かに旅人は明るく答えた。だが、その意味深な言葉はノイを黙らせてしまった。旅人笑顔の裏にある闇を、ノイは一瞬だけ感じてしまったのだから。次第にノイの足は遅くなり、腰を曲げてフラフラと進んでいく旅人の後ろ姿を見つめた。旅人は隣に居たはずのノイが消えたのでゆっくり振り返る。
「どうしたの? 早く行くんでしょ〜? 」
「あ、うん」
 ノイは戸惑いつつも、旅人の下へとかけて行った。

 二人は森を進んでいく。上から垂れ下がる枝を払いのけたりしながら、暗い森の奥へと進んでいく。
 進んでいる……はず。
「あれ? 」
「どうしたの? ノイちゃん」
 その途中、ノイがハタリと立ち止まった。辺りを見回し、目をパチパチしている。そして徐々に表情を曇らせていった。そんな様子を、旅人は首を傾げてキョトンと見ている。
 どこかで鳥が鳴く。森のずっと上から聞こえてきた。それを合図に、ノイはあまり口にしたくない事を言葉にした。
「……迷ったみたい」
「え」
 数秒の、何とも言えない沈黙が訪れる。こんな小さな森で迷ってしまった現実など、信じることが恥ずかしく思える。
 最初にやる気のない旅人を引っ張りつつ先導していたノイであった。だが途中から次第に旅人へと移行し、方向オンチな旅人がノイの前を歩き始めたのだった。自分が方向オンチだと自覚していないこの旅人は、何故こんな事になったのか専らの原因を理解出来ないでいる。よって旅人は木々が鬱蒼と生い茂った頭上を不思議そうに見渡していた。そんな旅人の態度が、ノイにははぐらかされているように見え、ムッとした。
「旅人さん、この森抜けて私達の街に辿り着いたんでしょ? それなのになんで迷っちゃったりするの!? 」
 初めて入ったこの森は、ノイにとっては見知らぬ土地。近くにあった森とはいえ、子供が一人で外に出られない決まりがあるあの町では、ノイにとって未開の地なのだ。
 太陽はいつの間にか沈みかけ、木漏れ日からはオレンジ色の光がチラチラと注ぎはじめている。それと同時に、ノイは嫌な焦りを感じていた。ノイの予定では夜までには切り上げて帰るつもりでいたからだ。

そんな焦りは空しく、暗い木々の影から目を覚ました一羽の茶色いフクロウが飛び立った。
「きゃ!? 」
 ノイの肩のすぐ上をフクロウは通り抜け、暗い森の奥へと消えていく。ノイを暫らく両手を耳の横に翳したままその場にしゃがみ込んでしまった。
「ノ、ノイちゃん? ただのフクロウだよ。そんな怖がらなくても……」
 旅人はそれなりにノイに気を使い、ボレロの袖から手をスッと差し出した。だがノイはこの手を掴もうとはせず、俯いたままボソリと呟いた。
「……なんでよ」
「え? 」
 低い声で呟いたノイ。するとキッ顔を上げて、手を差し伸べる旅人に訴えかけた。
「なんでこう上手くいかないかなぁ! 」
 それはノイの内に溜まっていたものであり、とうとうノイの中から溢れ出してきた。今までの寂しさや、上手くいかないことがゴチャゴチャになって、爆発してしまったのだ。
 叫んだノイの顔は徐々に興奮で赤くなり始め、爆発のきっかけを作ってしまった旅人を下から睨んでいる。その迫力に、旅人は混乱した。
「ノ、ノイちゃん。どうしたんだ? 」
 オロオロとノイの視界の中で慌てる旅人。ノイは旅人のその様子を見て、ますます自分の中にある黒くて冷たいものが膨れ上がってくる感覚に陥る。もう道に迷ってしまった事など、どうでもいい事になっていた。
「いっつもそうだ。誰も私の事信じてくれなくて、一人で突っ走って、空回りして……! 」
「ノイちゃん……? 」
 ノイは旅人を見上げる事をやめ、旅人のボレロの裾を両手で掴んで顔を落とした。掴まれた両手は僅かに振るえ、困惑した旅人に何かを伝える。
辛い。寂しい。
ノイの不安定な心が、旅人を頼っている。旅人はゆっくり息を吸うと、しがみ付いたノイの頭に優しく手を乗せた。表情を落としているノイは、その影で目を見開いていた。
「大丈夫。いつか君が報われる時がくるよ。君なら……そんな日がくるさ」
旅人は、どこか遠い目でその言葉を静かに述べた。
添えられた手の暖かさが、ノイに伝わり、安心感を与えてくれる。
(そんな日が……来るのかなぁ? )
 あえて言葉に出さず、ノイは自分の中で問いかける。そして、暫らくして帰ってきたのがいつもの自分だった。勝気で、強いノイ。
(そうだ、決めたの。今回こそ、私の話を証明してみせるって。なのに、こんなことぐらいでへこたれていちゃダメじゃない……。しっかりしろ! 私!! )
 ノイはキュッと唇を噛み締め、旅人のボレロから手を離す。会って間もない男の前で、取り乱してしまった事が少し恥ずかしく思うノイ。それでも、自分に励ましの言葉をくれた彼に伝えるべき言葉を伝えようと顔をゆっくり上げた。
「ありがとう。旅人さん」
 頬を少し赤らめ、ノイは恥ずかしそうに旅人に感謝の言葉を伝えた。そんなノイを見た旅人は、村の外へ出るときに向けた同じ笑顔をノイに向ける。
「……いいえ」
 同時に先ほど通りすぎたフクロウが、飛んでいった森の奥で声を低く上げた。
 夜が、やって来る。それでもノイは旅人と森の中を歩いて行った。

2006/08/13(Sun)22:56:11 公開 / 花弦海
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■作者からのメッセージ
 初めてここで投稿します。初めまして。花弦海(かげんかい)と言う者です。
 一年前から小説を書き始めているのですが、書き方の向上を目指して今回勇気を出して投稿する事にしてみました。緊張します。
 ここの小説は物凄くレベルが高いので、自分なんかにやっていけるかどうか不安ですが、一生懸命やっていこうと思うのでどうかよろしくお願いします。
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