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『死の例文1・2』 作者:風間新輝 / ショート*2 リアル・現代
全角11283文字
容量22566 bytes
原稿用紙約32.15枚
死とは何か? 謎の人物が、死にまつわるエピソードを収束させる。
 ――死とはなんだろうか。 
 ――貴方は考えたことがあるだろうか。
 ――それは、土に還ること? 新たな始まり? 有限の存在には決して逃れ得ぬ必然? 最果ての暗闇? 終焉という名の安息? 灰や一条の煙となること? それとも骨になることだろうか? 本当にそれだけのものなのだろうか。よく考えて欲しい。恐ろしくも魅惑的で絶望的な死を貴方にお教えしましょう。

 ケース1清村伸一
 首都、東京。都内髄一の偏差値を誇る公立高校、雪涼学院に通う清村伸一はいつものようにあまりにも無機質な、あまりにも白い、あまりにも冷酷な病棟に佇んでいた。
 外は春だというのに中は冬のように冷たい感じがする。そんなところに毎日訪れる理由が伸一にはあった。母がここに入院しているのだ。
 伸一は清潔感が溢れる、いや、人間味の感じられない廊下を見慣れた病室に向かい歩く。
 四二七号室。
 伸一は必要のないノックをし、返事を待たず、室内に入り込んだ。殺風景。その場を表すにはその一言で十分だった。鍵まできちんと閉められた窓。花瓶に挿された一輪の赤いカーネーションもその殺風景さを打ち消すには至っていなかった。このカーネーションは、あまりにも病室が無機質で寂しすぎると考えて、伸一が母の日に贈ったドライフラワーだ。
 あまり効を奏していないなぁと伸一は考える。ぽつんと置かれているが、そこにある何よりも存在感のある、白いシーツのかけられたベッド。そして、そのベッドに眠る者の命をただ延ばすために作動し続ける機械。音のない病室にはただ機械の作動音だけが断続的に鳴り響いていた。その機械音が伸一は不愉快だった。すべてが無機質に見えた。
「母さん、具合はどうだい? 僕の学校生活は順風満帆だよ。でもさ、僕がこうしてここに来るのを彼女が気にくわないみたいなんだ。どこに行くか話してないから、他に女ができたとでも思ってるのかな?」
 伸一は返事がないのを承知した上で、いつも通り、母に話しかける。笑いかける。
 母は伸一の言葉に身動き一つすることもなく、ただ白いベッドの上で眠っていた。しっかり閉じられた瞼。黒い睫毛。白い顔。白い肌。その中で色彩を栄える唇の朱。毎日少しずつ伸びる黒い髪。髪が伸びる。それだけが生きているという証のように伸一には思えた。母は意思を持たぬ人形のようでもあった。体に繋がれたチューブが操り人形のように感じさせていたのだろう。この病棟には、自分の意思では生命を維持できない患者しかいないのだ。伸一の母もその一人だ。
 母は、わき見運転をしていた車にひかれ、昏睡状態に陥ってしまったのだ。その時、母は十箇所近い骨折や内臓の損壊で生死の境をさまよった。一命は取り止めたのだが、それ以来母の瞼が開くことはない。伸一は相手を恨みたかったのだが、その相手も死んでしまい、とてもやるせない思いをした。相手の遺族から会って謝りたいという手紙が何度も送られてきているのだが、伸一には会う気はなかった。遺族の責任ではないとわかっていても、自分の暗い感情に任せ、罵倒し、怨み、全てをぶち撒けて、子供みたいに泣いて、暴れて、全てを壊してしまいそうだと思ったからだ。
 ――母さんはすぐに意識の回復をするさ。僕にできることはないけど、諦めることだけはしない。希望を僕が抱かなくてどうする! 母さんだってきっと戦っているんだ。僕に分からないだけだ。
 そう自分を叱責し、鼓舞すれども、母の昏睡状態は最早三年目を迎えようとしており、伸一にも心の中のどこかに諦めを抱いていたのも事実だった。
「換気ぐらいしないとね」
 伸一は窓を開けた。母が自分で呼吸することはできないため、口には酸素マスクをしており、そのような自分の行為が無駄だとわかっていたが、この行為は習慣であると同時に、いつ母が意識を回復してもいいようにという伸一の願望の表れでもあった。 
 突然、扉が開いた。伸一は少し驚き、一歩後ろに下がる。母を担当している看護士が入ってきたのだ。小柄な体格で、短めで艶のある黒髪をしており、赤い縁の眼鏡が印象的な女性だ。向こうも伸一がいることに驚いているようで、一瞬息を呑んでいた。
 伸一がここを訪れるのが学校帰りという時間帯のためか、伸一は今までこの病室に母以外の人がいるを見たことがなかった。父も母の事故以来、治療費のために仕事に忙殺され、ここに来ることはめったにない。それは、父が辛い現実から目をそらそうとしているからかもしれない。そんなわけで、いつも伸一は一人でここにいるのだった。
 たとえ、返事がないことがわかっているにしても、病室に入るのにノックをしない彼女に対し、伸一は多少腹を立てていた。自身の行為が無意味なように思えてしまったことも少なからず影響している。
 常日頃、母が世話になってるのだからと伸一は自分を抑え、彼女に対し、会釈をした。彼女は伸一がいることに戸惑いながらも、会釈を伸一に返した。
「清村さんの息子さんですか?」
「はい。母がいつもお世話になってます」
「今から、清村さんの体を拭かないといけないんだけど……」
 彼女は伸一の顔色を窺う。
「僕のことは気にしないで、やってあげてください」
 伸一の言葉を聞いて、彼女はそのまま自身の仕事へと移った。
 彼女は母の服を脱がし、濡れタオルで体を拭いていた。母の腕は白く、雪の乗った細い枝のように簡単に折れてしまいそうだった。母の肢体はどこを取っても痩せ細っていて、生きていることが伸一にはそれこそ奇跡や幻想のように映った。
 伸一がこうして母の体を見るのは当然初めてだった。普段はシーツがきちんと肩までかかっており、母の体がここまで惨めに、矮小に映ることを窺うことはできなかったのだ。
 ――母さん、あなたは本当に生きているのかな? それとも、死んでいるのかな? 生きているなら、死にたいのかな? せめてそれだけでも教えてよ。何を話しかけても、何も返ってこないなんて、耐えられないんだよ。お願いだから、言葉を発して……。もう僕は……。
 伸一は看護士が仕事を終え、去った後もただ母を見ながら、立ち尽くしていた。
 五時間以上立っていたのか、それとも五分ほどだっただろうか。それは伸一にもわからなかった。
 ただただ、機械の作動音が不愉快だった。頭はぼうっとしている。伸一には何も考えることができなかった。ぼうっとしていた頭には次第に激しい痛みが生じていた。
 ――なんでこんなにも頭が痛いんだ。僕の無力さを僕の体までも責めるのか? どうしたらいい? 何ができる?
 機械の作動音が伸一の落ちかけていた意識を取り戻させた。不愉快だと考えていた音が伸一の意識を現世と繋ぎとどめたのだから、皮肉だといえるだろう。
 伸一は機械の方を見る。つまり母の方を見た。
 ――今の母さんを支えているのは、この酸素マスクだけ。なければ、生きられない。『死』を迎える。簡単に。
 伸一はゆっくりと手を伸ばした。何かに誘われたかのように。何かに憑かれたかのように。
 伸一は母の酸素マスクを外した。
 酸素マスクを右手に伸一はそのまま立ち尽くしていた。呼吸すらできない、もはや何かを考えることもできない母を、壊れてしまった母をただただ見つめながら。
 壊れた人形を愛しむ子供のようにじっと見ていた。
 母は苦しむ様子もなく、喜ぶ様子もなく、眠るかのように息を引き取った。




 ここは八階建てのビルの六階のフロアの一室。風間は何かに疲れ、憑かれた男を前にし、椅子に深深と腰をかけていた。放心状態と言った様子で、男は空虚を眺めている。
「伸一君、貴方がお母さんを殺したのだね?」
 風間は伸一の肩を掴み、伸一の顔を覗きこみゆっくりと言い聞かせるかのように言った。
「僕は誰も殺してなんかいない! 人形……。そう、人形を壊したんだ。もう壊れかけていたから」
 ――人形とは伸一の母のことであろう。人なのに、壊れかけた、か……。
「じゃあ、お母さんはなぜ死んだんだい?」
 これは残酷な質問だった。現実から目をそらした伸一の矛盾をついたのだから。伸一の穴をえぐるのだから。
「わからない。わからない! わからないんだ! 僕にはわかりやしない! なぜ死んだ? なぜなぜなぜなぜなぜ……」
「貴方が殺したんだ。貴方のお母さんを救いたかったのか、どんな理由があったのかはわからないし、知りたくもない。知ったとこでどうしようもないからね。でも、貴方が殺したんだ。その事実は変わらない」
「僕が殺した? 母さんを。母さんを母さんを。マスクを外して。母さんを母さんを……、殺した!」
 髪を振り、頭を抱えながら、伸一はからからの声で叫ぶ。その声はあまりに悲痛で聞いている風間が嫌になるほどだ。伸一は突然立ち上がり、窓へと走った。
「自殺をするのですか? 止めやしませんよ。人生は辛いし、貴方の負った罪の楔は永遠に、永劫になくならないでしょうからね。でも、私から言わせて貰えば、自殺は単なる逃げだ。しかも、最悪で劣悪で卑怯で卑劣な逃げだ。辛いから逃げる。辛いから現実に目を背ける。重圧に耐えられないから死ぬ。死ねば、何も考えなくていいから、楽だと思っているんですか? それは『死』に対する冒涜。そして、『生』に対する冒涜です」
 冒涜。有限の『生』を現実から逃れるために、失う。この世には『生』を全うすることができない者もあまたにいるというのに、『死』という結末に逃げ込む。風間には、冒涜としか思えなかった。『死』とは有限の存在が背負う恐怖であり、終わりが与えられているという安息なのだと風間は考える。
「逃げでもいいんです。もう、僕は立ち直れないんです。僕も壊れているんです」
 伸一は哀しそうに目を伏せ、泣き笑いのような悲痛な笑みを浮かべ、弱々しい声で呟いた。窓のフレームに足をかけていた伸一の姿は一瞬にして、風間の視界から消えた。伸一は窓から身を投げたのだ。
 風間は窓に駆け寄り、下方を見た。
 伸一は手足を通常では曲がらぬ方向に曲げていた。いや、手足が曲がっていた。
 首は右肩に引っ付いたように曲がっていた。
 辺りにまだ酸化しておらぬ鮮やかな緋色の液体が散蒔かれていた。
 一条、一条の血が操り人形の糸のようだった。その姿は、壊れた人形のようだった。
 その人形の糸は途切れ途切れだからもう動かすことはできない。
 それは現実的な人形ではなく、幻想的な人形だった。それはもう動くことのない人形。ただ紅く、悲しい人形。
 『人形』fin
 Dolls can not move and laugh again……








ケース2 鈴木隆弘
 ――わからない。何回挑戦してもわかりやしない。世の中で最も難しい課題かもしれないな。
 真夜中の公園で、鈴木隆弘は闇を纏い、佇む。隆弘はナイフの刺さった女性の死体を見下ろし、考える。血はまだ女の体から滴っている。
 たった今殺したばかりなのだから、体はまだ暖かいだろう。だが、ナイフが心臓を貫いたのだから、確実に死んでいる。
 死と生の境界線が隆弘にはわからない。死がわからない。デカルトの『我思う、故に我あり』ではないが、自身に思考能力があるので、自身が存在する。つまり、自身が生きているとはわかる。
 しかし、その逆、思考能力がなければ死んでいるのかといえば、そうではない。植物が何か考えているだろうか。単細胞生物が何か考えているだろうか。人間といえど、意識不明では何も考えていない。植物人間は何も考えることはできない。だから、思考能力がないことと死を等号で結ぶことはできない。それとも、人間にはわからないだけで、思考能力が植物や単細胞生物や植物人間にもあるのだろうか。やはりこの命題は難しい。容易に答えには到らないだろう。しかし、隆弘は既に死の境界線がわからないという命題に気付いてしまった。考えずにはいられない。周りの人間は自分にもいづれ死が訪れると知りながらも、それを定義したり、問題意識を抱かない。抱かないのではなく、自分で自分を騙すことで、抱いていないように思うようにしているのかもしれない。
 他人がどうだろうと隆弘は気づいたのだから、人類の持つ知への探求心、好奇心に従い、考える。殺人は隆弘にとって、目的に達するための実験であり、プロセスだった。隆弘は死に臨する人間を観察することが最も近い道だと考えたのだ。
 始めは癌の末期患者などにアプローチをすることで、解を手に入れようとした。しかし、その手法ではわからなかったために次のステージに移動した。それが殺人だ。死の直前の人間を観察する。自身で死を与えるのだから、境界も必然として現れると考えたのだ。殺人はそのためだけの行為だ。実験なのだから、殺意なんてものはない。実験なのだから、殺す対象は広範囲にわたった方が良いと、隆弘は考えているが、殺しの難易度から考えても女性が多くなる。次は男性にしてみるかと隆弘は考える。殺人という事象には変わりないのだが、子どもを殺すという選択肢は隆弘の頭にはなかった。隆弘に息子がいることも影響しているだろう。
 隆弘は自身が犯人だと露呈しないように殺人を計画する。始めは自宅から距離が離れたところで殺人を犯し、転々と場所を変え、品を変え(これは実験の多様性を保つためだ)殺人を犯す。不自然にならぬように自宅付近でも殺人を犯した。今夜の殺人で七人目だ。隆弘は気が狂っているわけではないので、無計画に犯行をしたりはしない。寧ろ慎重に行動する。隆弘には一般以上に裕福で円満な家庭もやりがいのある仕事もある。
 良き父、良き夫、真面目な社会構成員としての役割を果たしてもいる。それらが隆弘にとって保持し続けるべきものだとわかっている。だから、捕まらないよう、慎重に慎重を期す。しかし、最大の理由は死を知ることが滞るのを避けるためだ。隆弘の一番の関心事は死の境界線についてで、やはり家庭や会社は二の次なのだ。
 隆弘は溜め息を吐き、いつになったら答えが出るのだろうかと考え、苛々しながら立ち去った。
 隆弘の家は、都内にしては珍しく閑静な雰囲気を持った、寂れているわけでもく、栄えているわけでもない絶妙な位置にある。とはいえ、流石に都内ということもあり、一軒家は少なく、団地やマンションが多い。しかし、隆弘は親が資産家だったこともあり、一軒家だ。
 もう時刻は零時を回っているために、周囲の家々には明かりがともっていない。秋の夜ということもあり、空気は冷たく心地よい。辺りが静かなのも隆弘には嬉しい。しかし、今の隆弘は心中穏やかではなかった。犯罪に手を染めているのに、解が見つからぬ自分の無力さに腹を立て、人が知っていても自分で見つけないと了解できないというジレンマに苦しんでいるのだ。殺人の成果がなく、次の手法が思い浮かばないことも悩みの種だ。
 隆弘は溜め息を吐き、服装を正す。隆弘の家はもう目の前だ。こじんまりとした白壁の家。その白壁は今は闇に紛れ、わからないが、隆弘には容易に思い出せる。窓からはまだ明かりが漏れている。屋根は赤く、二階建てだ。家の構造が全体的に角ばっており、人を排絶するような形状をしていることと、コンクリートと鉄骨を主に造られているために無機質な印象を受けることがこの家のウィークポイントだ。隆弘にとって家は帰る場所、落ち着く場所であると同時に自身を縛る鎖のようなものでもある。このこじんまりとした白壁の家にはそれだけの力がある。
 隆弘は鍵を開け、中に入る。
「ただいま」
 隆弘は靴を脱ぎながら、呟く。普段なら、何も言わないのだが、明かりがついていたので、誰か起きていると踏んだのだ。案の定、妻の裕子が顔を出した。既に寝間着姿だ。長い髪の毛も後ろで一つに結ばれている。時刻は零時を回っているので当然だろう。
「おかえりなさい。最近遅いのね」
 裕子は心配しているような顔をつくる。裕子の顔を見て、隆弘は最近妻や子と向き合う機会がなくなっていることに気づいた。
「ああ、時勢が時勢だからね。働ける内に働いておかないと。義行もまだ十歳だしな」
 隆弘は、最近皺が増えたなと妻の様子を観察しながら、はつらつと応える。隆弘が今、四十二歳で、結婚をしたのが二十五歳の時なので、義行が産まれたのは遅いと言えるだろう。
「最近は殺人事件も頻繁に起きているし、あなたも危険かもしれないわ。それに学校にいるときや登下校時は地域ぐるみで警戒しているから、義行は安全だけど、帰ってから、二人だけじゃ心細いわ」
 裕子は眉を寄せ、上目づかいに隆弘を見つめる。隆弘は、妻を安心させるためにも、俺が犯人だから大丈夫だと言いたい衝動に駆られたがそのようなことを言えるはずもなかった。
「不安にさせてすまない。できるだけ早く帰ってくるよ。俺がいない時は戸締まりをしっかりしといてくれ。夜間は外に出ない方がいい。外をふらついているやつだけが今の所狙われているのだろう?」
 隆弘は、家族の安全の保証は自身が一番知っているのだから、自身の行為を茶番だと考える。しかし、家族を心から心配し、真摯な態度で挑み、安心させるために優しい笑みを浮かべるという裏切りを、共に寄り添うべき伴侶にする。隆弘は自分の良心が痛むのを確かに感じた。それでも、死の境界線を追求することを止めることはできないと考える。
「食事なら、テーブルにあるわ。レンジで温めて。私はもう寝るわ」
 裕子は悲しげな表情をし、隆弘に背を向けた。それから、裕子は顔だけを隆弘の方に向ける。
「あなたは昔から変わらないのね。いつも、そうやって、何かを追い求めてる。私のことなんて……」
 裕子は途中で言葉を切り、夫婦の寝所へと入っていった。
 ――殺人には気づいてないだろうが、俺がいつもと違うということは気づいているか。それでも、俺にはやめられないんだ。
 隆弘は溜め息を吐く。背広をソファに放り、冷めたままの食事を食べる。
 ――早く死の境界線を知らないとな、自分と妻のためにも。
 隆弘は食事を早々に切り上げ、ビールを冷蔵庫から取り出す。酔っぱらって、家庭や死の境界線のことを忘れたかったのだ。それがその場しのぎで、単なる現実逃避に過ぎないとわかっていても逃げたかった。隆弘は冷たいビールを一気に喉へと通過させる。冷たくほろ苦い。自身の今の状況を示しているように感じる。二本目のビールに手をのばす。今度は少しゆっくりと味わって飲む。やはり喉を通る液体は冷たく苦い。いつもは一本空ければ、酔えるのに、酔いたいときに酔えないとは皮肉だと隆弘は思う。
 隆弘は靴下を脱ぎ、ネクタイを外す。ズボンだけは履き替え、寝所に向かう。熱い風呂に入ろうかとも思ったが、気力が沸かなかった。既に眠っている裕子の隣に敷かれた布団に隆弘は入り込んだ。
 ――以前はよく義行の将来や仕事のことを話したよなぁ。よく旅行にも行ったなぁ。
 そのように考えながら、隆弘は眠りに落ちていった。
 隆弘はいつもより早く目覚めた。近くにある目覚まし時計に目をやる。まだ午前四時過ぎだ。まだ隆弘の頭はぼうっとしていた。そんな状態でも、隆弘の頭をぐるぐると廻るのは死の境界線についてだった。
 ――どうすれば、達成できる? 他人をこれ以上殺しても無駄なのか? なにがあっても絶対に答えをみつけてやる。手段なんて構いやしない。そうだよ。それだけ、俺には重要なことなんだ。
 目覚まし時計のすぐ近くにはすやすやと眠る裕子の首がある。
 ――家族ならどうだ? これはまだ試していない。手段は選ばないって自分に誓ったじゃないか。
 隆弘の腕は理性を無視し、欲望の赴くままに裕子の首へと伸びていた。隆弘は裕子の体に跨り、手に力を込める。裕子の体がびくりと蠢き、苦しそうに喘ぐ。
「あなた、……」
 裕子は目を開くことなく、苦しそうに呟く。それは隆弘が首を絞めていることに対する言葉か最愛の夫に助けを求める叫びなのか隆弘にはわからない。
「うわぁあああああああぁ!!」
 隆弘は裕子の体から飛び退く。裕子は苦しそうに咳き込んでいる。隆弘はそれを聞きながら、逃げた。靴も履かず、自分の中の狂気を恐れ、魔がさしたなどでは許されない自分の行為に脅え、逃げる。何も考えず、体の動く限り、何度も転びながらも、兎に角、脱兎の如く走る。心臓が張り裂けそうに痛むが、気にはならなかった。
 走りに走り、自身が何処にいるのかすら分からぬ隆弘の目の前に舞い降りた白。
 それは天使のように美しく、まだ日が昇っていないために暗い空の中で異彩を放っていた。それは啓示のように隆弘の足元に舞い降りた。隆弘はそれを拾いあげた。それは、暗い空に舞う先程までの勇姿とはうって代わり、みすぼらしい一枚の紙にすぎなかった。隆弘は紙に書かれている文字に気づき目をやる。
 ――貴方の望みを叶えます。総ては『代償』次第。望めば、貴方に総てを。望まねば、貴方に平穏を。
 白黒一色刷りで、紙は汚い。でも、妙に心惹かれる文面だった。
 ――帰る場所もないしな。
 隆弘は半ば投げ遣りな気分で、それに小さく書かれた住所へと向かうことにした。
 何かに誘われているような、導かれているような、妙な高揚感が胸の奥底で大きくなっていた。


 風間は自慢の革張りソファに座っていた。フランスから取り寄せた本革のソファだ。汚さないように白のシーツを被せてある。しかし、そのシーツにもこまやかな刺繍がしてある。繊細で綿密に作られたものを使用するのは、風間のこだわりの一つだ。
 時刻はまだ午前五時を少し回ったところなので時間はある。とはいえ、風間は文字通り、時間にとらわれないので、時間という概念があまりない。ここはいつも開けているが、患者が来るも来ないもその時々だ。風間の目前の扉が勝手に勢いよく開く。いや、誰かが開けたのだ。その誰かは体を滑りこませるように室内に入ってきた。髪は乱れ、所々白髪が見られる。服装はカッターシャツを着、スラックスを穿いている。足は裸足で、切ったのか、血が流れている。
 秋の早朝にこの格好では寒いだろうと風間はぼんやりと考える。その顔には極度の疲労が窺い
しれた。目は見開かれ、血走っている。焦点があっていないような、何かに取り憑かれているような瞳。薄笑いを浮かべる唇。なのに、表情から伝わってくるのは、深い苦悩だけだ。狂気じみているというのが正確だろうか。
 異常などというものは、自身が今までの経験により得た常識の範疇に収まるかどうかによるものだと考えながらも、風間はその男を異常者だと思わずにはいられなかった。
「やれやれ。なぜか、私の所に来るのはこういう人達だらけなんですよね」
 風間は誰に言う訳でもなく、呟く。
「貴方はなぜここに? それに名前くらいなら伺っても構いませんね?」
「鈴木隆弘。この紙を見たからここに来た」
 隆弘は風間に紙を見せる。こんなものを見て、ここに訪れるものがいるとは全く考えていなかったので、風間は内心酷く驚いた。この紙を見て、ここに訪れたものは隆弘が初めてだった。
「これを見たのですね。なら、貴方からは『代償』を頂くことになるのでしょうね」
 風間はソファから立ち上がる。
「此方に来てください」
 風間は患者と話をするための椅子に座る。背もたれのついた安物の椅子だ。ローラーがついていて、座ったまま移動できること以外に利点はない。その椅子の横には小さな机があり、目の前にはもう一脚、椅子がある。この椅子は病院の診察室等でよく見受けられる背もたれのない、ローラーのついた可動式の椅子だ。そこに隆弘は座った。風間と隆弘は向き合う格好になる。
「御用件を伺いましょう」
 風間は気を引き締める。
「生と死の境界線がどのようなものかを教えてくれ。本当は不本意なんだ。自分で見つけるつもりだったのに、人に訊くなんてことは。本当に、不愉快だ。でも、もう俺は元には戻れないんだ。何も失わずに手に入れるつもりだったのに、失った。そう、失ったんだ! 畜生……。だから、早く教えてくれ」
 隆弘の言いたいことは抽象的で支離滅裂で風間には把握できなかった。わかったことは聞きたいものだけだ。
「なぜ、そんなものを?」
「皆が死に関して、気づかぬふりをして生きていると気づいたんだよ。俺なりに色々なアプローチを試みたよ。癌の患者と会ったりもした。生と死の境界線を作り出すために何人も殺しもした。それでも、それでも答えはでないんだ! こんなに、こんなにも俺は死力を尽しているのにだ! これ以上何をすればいいかも思い浮かびやしない! 自分の無能さが嫌になるんだ! 早く教えてくれ」
 隆弘は乱れた髪の毛を更に掻き毟る。
 ――自分のためなら、周りの犠牲は気にならないということか。しかし、話ぶりからすると、自分のものを失うのには苦痛を感じる。ことが上手くいかないと取り乱す。自分の欲求に対してストレート。子供のようだな。自分に素直といえば、正鵠を得ているだろうか。
「『代償』は払っていただきますよ。得る代わりに失うものが必要なのです。後
悔はしませんね?」
「くどいっ! 早くしてくれ! 何を失っても構いやしない。これさえわかれば、もう何でもいいんだ!」
 隆弘は床を踏み鳴らし、拳を握る。目は血走っている。隆弘の様子はまさに狂人だった。風間は横にある机の引き出しを開く。
 ――仕方がないですね。私の嗜好とは合わないのだけどな。でも、彼の願いを具現化するにはこれしかない。それに余りにも『道』から外れてしまっている。私でも軌道を直すように促せはしないな。やれやれ。
 風間は机の中から取り出したものを握り締める。それを握ったまま、隆弘の頸動脈に沿うようにそれを這わせる。それは、甘美に慈しむかのように、愛しむかのように、誘うかのように魅惑的で、それでいて翳のある淫靡な動きだ。
 隆弘は何をしているのか、わからないといった感じで茫然としている。沿った跡を後から追うかのように、隆弘の首から鮮やかな血が噴き出て、首筋から体へと血がゆっくりと伝い、滴る。風間が取り出したのはメスだったのだ。
「体からゆっくりと力が抜けていき、手足の先が痺れて、感覚がなくなっていくでしょう? 意識は徐徐に朦朧としていき、体は芯から凍りついていくのに、肌を伝う血の温かさと、心臓の拍動が弱くなっていく感覚だけがやけに現実的でしょう? これが貴方の望んでいた『死』です。これが境界線です」
 詭弁だと思いながらも風間は隆弘に呟く。
「なんだ……、こんなものだったのか。こんなに気持ちのいいものだったんだな。なんで気付かなかったんだろうなぁ。裕子や義行にも教えてやりたいなぁ。その前に、裕子に謝らないと、な……」
 隆弘は目を閉じ、至福の表情を浮かべる。自分の抱いた謎が解けた嬉しさ、自分だけの唯一の僅かな時間を楽しみ噛み締めているのだろう。
 風間が隆弘から貰った『代償』は『命』だった。寧ろ与えることと『代償』が一致していたのだから、与えただけとも言えるかもしれない。穏やかな死の在り方を生と死の境界線だと思って死ねたのだから、与えただけなのかもしれない。
 生と死の境界線は一人の人間につき、一つしかない。その境界線は人により異なる。誰もが自分の死に際してしか理解や体験をすることのできないもの、雲のように見えても掴めないものだ。だからこそ、風間の発言は詭弁だった。結論の出ない問題の解を追い求めた男の体は椅子から崩れ、床に倒れた。相変わらず至福の笑みを浮かべたままだった。幸せそうに浮かべたままだった。風間の目には憐れに映る笑みだった。
『死望者』fin
A child who wanted to find “death”paid the price for his desire.






2006/02/02(Thu)22:39:50 公開 / 風間新輝
■この作品の著作権は風間新輝さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 おひさしぶりです。buchiMです。センター試験が済んだので一作品出してみます。まだ受験はすまないので、そんなに顔を出せませんが、ご感想をいただけたらできるだけ、返信(?)します。
二作目です。またも嫌な話です。さらに嫌な話になっている気がします。
 アドバイス、誤字等をご指摘いただけたら幸いです。

 
以前、便利屋菊島オフィスを読んでいただいた方へ
便利屋菊島オフィスの方は少しずつ手直しを進めています。受験が終わり次第という形なので明言は出来ませんが、完成し次第訂正しますので、再度読んでいただけるなら幸いです。

 
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