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『慣性の法則』 作者:ゆるぎの 暁 / リアル・現代 未分類
全角11225.5文字
容量22451 bytes
原稿用紙約34.25枚
クリスマスまで、あと一日。クリスマスイブに再会した男女の幼馴染。その再会の理由は、これっぽっちも色気のないもの。けれど、その再会は微妙に二人を揺らすことになる。
――それは、熱を持っていた。胸の奥底でジリジリと、燃え上がる炎。それは、誰もが一度は焦がれるモノ。掴もうと必死になって、私はひたすらそれを追いかける。昔も今も変わらない気持ち。それを追いかけるのは苦しい時もあるけれど、きっと幸せだと私は思う。たとえ転んでも息が切れても。ただ駆けていく。目の前に広がる道を、まっすぐに。ひたすらに。それを捕まえる、その日まで――。

慣性の法則

 ――こうやって会うのは久々だ。
私は肺に新鮮な空気を入れようと、空気を吸い込んだ。しかし、それはこの場所ではちょっと無理なことかもしれなかった。周りは喧騒に包まれている。同じ年頃の男子や女子が自分勝手に騒いでいるのが、視界の端に見えた。特に興味は惹かれないから、じっくり見ることはしない。こんな風景はありふれている。           
 駅前のファーストフードの店。暖房と人の熱気とタバコの匂い。こもった熱。漂う油っぽい匂いが、鼻をくすぐる。窓際の席に座っているせいか、時たま窓の隙間から冷え切った空気が染みてきた。店内にこもる熱さは、その冷気で少しずつ消えていく。
私は窓の外から見える景色を深いことも考えず、眺めていた。流れていく人の群れを。晴れ渡り、しんしんと青さを宿す小さな空を。
 12月24日。そう、今日はクリスマス・イブだ。雪が降らないのが不思議なほど冷え切って、寒い日。店内はそれとは対照的に、温かい。私は冬に入れざるを得ない暖房が好きではない。ちょっと息がしにくくて、のどが渇いてしまうから。今ものどが渇いていた。さっき、コップ1杯の水を飲んだばかりだというのに。
 テーブルの上のトレイには、Sサイズのポテトの袋と空っぽのコップが置いてある。ポテトはすでに食べ終わっていた。私はする事もなく、ただ窓際の席で外の景色を見ている。柄にもなく、緊張していた。人を待つということが、これほどまでに落ち着けなくなる要因になる。…こんな風に自己分析をしてみるぐらいには。
ひやり、と何かが頬に触れた。
「つめたっ」
 思わず叫んで、手で頬をぬぐう。すると冷たい水滴が、手の甲から腕へと流れていった。袖がぬれる。流れるものは止まらない。止めることは、できない。
「悪い悪い、びっくりした? 」
 水滴の行方を追っていた私の目に、後ろから割り込む声。…耳と目、どちらに集中しようか一瞬悩む。が、自然に口が動いていた。
「…真冬に、冷たい缶を人の肌に接触させるのはどうかと思うんだけど? 」
私は、ようやく到着した待ち人を振り返る。
「ふはは! 別世界へ飛んでいたお前を現実世界に引き戻してやった、オレの優しさに感謝したまえよ? 」
 一人で、満足げに笑っている奴がそこにいた。向かいの椅子に座り、缶を片手で振った。
 思わずため息が出てしまう。それなりに思うところはあるが、気にしないことにした。短気は損気とも言う。それに人を振り回す言動・行動こそが彼、紀田 一貫(きだ いっかん)という奴なのだから。当人に悪気もないし、不機嫌になっても仕方がない。…久々の再会だというのに、いきなりのドッキリ。彼らしいというか何というか。緊張などさっぱり消えてしまった。
「久しぶりだね、一貫」
 会って最初の言葉は気の利いた事を言ってやろうかとも考えていたのだが、結局第一声はこれだった。
「よ、遼(ハル) 久しぶりー」
 一貫は着ていたコートを手早く脱いで、私に手を振る。相席なのだから手を振らなくても見えると突っ込みたくなったが、あえて言うまい。馬鹿につける薬はない。
「…ハル。お前、なーんかオレに失礼な感想を抱いただろ? 」
 ふと、探るような目で見つめてくる張本人。相変わらず、そういうところは鋭いらしい。
「なんでそう思うわけ? 」
「勘」
「あ、そう…」
 一言でスパッと言い切られると、こちらもそれしか言えなくなる。
 失礼な言い方だが、彼に学術的知識はあまりない。というか、覚える気がないのだと思う。だからそれに関して、彼は劣る。が、第六感は素晴らしく優秀だ。
「さっすが、本能の男は違うね」
 机に肘をついて、私は故意に笑みを浮かべてみせる。
「おい、コラ。それ、ほめてないだろ? 」
 不服そうに口を尖らせる、その姿は昔となんら変わりない。小学校のころ見せていた時と同じ表情。
「なんか変わらないね、一貫って」
「それってどういう意味だよ? 」
 目尻がキリッと吊りあがり、少し低めの声音。そんな態度にこっちが驚いてしまう。寛大な彼にしては珍しい反応だ。
「別に、何となくそう思っただけ」
「ふーん…」
 一貫は、自販機で買ってきたらしい缶ジュースに口をつける。ゴクリ、と喉仏が動くのが見えた。わざわざ外で飲み物を買って来る必要はないんじゃないかとも思うが、どうやらこの店にはない種類のジュースのようだ。「さつま芋100%ジュース」と、甘ったるそうな文字が缶の表面に綴られている。…どんな味かは非常に想像しにくかった。
「相変わらず甘党なんだ」
 その思わず口から出た言葉に、一貫は眉をひそめる。若干、先ほどよりも顔が渋いように見える。
「お前さ。オレの事、ガキ扱いしてるだろ? してるよな? 確実に」
 缶を机に置き、指をトントンと机の上ではじく。これは不機嫌な時に出る、一貫の癖だ。どうやら、彼の地雷を踏んでしまったらしい。私は慌てて口を開き、弁明を試みる。
「そんな事ない。久々に一貫に会って、色々再確認してるだけだって」
「言っておくけど、オレだってお前と同じ歳だからな。解ってるよな? 」
「解ってる。もう10年以上のつき合いじゃん」
 そう、一貫とは小学校時代からの友人なのだから。多く知っている事はあっても、少ない事は絶対ない。
「ってもな、直接会うのは4、5年ぶりの相手に『一貫、大人っぽくなったね』ならまだしも『一貫、変わらないね』はないだろ!? もー、修復不可能なぐらいオレは傷ついたぞ! 」
 指が更に強く跳ねる。さながらベートーヴェンの「運命」のように。周りの騒音より鮮明に、それは鳴った。地雷の種が明かされ、私はようやく理解する。つまり、言葉が足りなかったということ。
「いや、それはもちろん思ったよ。最初見たとき、一貫か分からなかったし」
 中学・高校共に別々だったのだから、それも当然だ。記憶の中では小学校の卒業式以来、一貫と会った事はない。普通なら、そこで別れた時点で縁が切れて終わっていたはずの友情。それが、何故ここまで続いているのか?
 それは、私たちの母親がいまだ繋がりを持っているためだ。一貫の母親と私の母親は、同じ料理教室に通っている。月1回の楽しみ、と私の母親は豪語している。そして、そのお料理教室の後、毎回お茶をする。つまり、私と一貫の互いの近況は母親によって垂れ流されているという訳だ。相手のことはたいてい筒抜けなのだ。だから、まるで久しぶりに会ったような気はしない。…というのは、ちょっと嘘になるかもしれない。
 やはり、伝聞と真実は似て非なるもの。毎年届く年賀状の家族写真と、現物はまったく違う。
 一貫は想像していた以上に背も高く、声も低くなっていた。髪色も明るい鳶色(とびいろ)に変わっていた。着ている服は変わらないのは、少しツリ目気味の猫っぽい瞳と少し薄い唇と、中身だけだった。
 だから、つい子供のころと変わらないところを指摘して、安心しようとしたのだ。そうしないと、まるで別人にでも会ってしまったような気分になるから。
「オレも一瞬、ハルだってわからなかったぞ? この眼鏡が曲者だったんだよなー 」
 一貫は嬉しそうに笑み、私の眼鏡を指で示す。奏でられていた指の演奏は、もう止まっていた。
「勉強に力いれてたから、視力が落ちたんだ」
 私はずれた眼鏡を直すふりをして、弦を持ち上げてみせる。眼鏡はフレームが紺色の、シンプルなものだ。
「ん〜? それは、オレに対する当てつけかなぁ〜? 」
 机から身を乗り出して、一貫の手が私の頭をぐしゃぐしゃに掻きまぜた。触れる手は、とても温かい。やっぱり、この感触は昔と変わらない。それが何とはなしに嬉しかった。
「バスケ部のエースさん、暴力反対の抗議を要求します」
「放送部の期待の星さん、その抗議は却下しま〜す」
 そう言いながら、互いに睨み合う。そんな構図がおかしくて、同時に噴き出した。周りの雑音が吹き飛ぶぐらいの音量で。笑いの嵐はなかなか収まらない。周りの人が一瞬こちらを見て、顔をしかめるのが見えた。人というのは自分には甘い癖に、他人には厳しい。
「ぁあ、そうそう。これ、渡し忘れるとこだった」
 息がしにくいのか咳き込みながら、一貫は無造作にポケットから何かを取り出した。出てきたのは、よれよれの一枚のチケット。机に置かれたそれを見て、私は苦笑する。
「ありがとう。…けど、ポケットに入れるのはやめようよ。小銭ならまだいいけど」
「待ち合わせ時間を過ぎたら、悪いかと思ってさ。慌てて家を出てきたんだよ。バッグも持ってこなかったし…だから今、文無しなんだよなー」
 そう困ったように首をすくめながら、瞳の奥でねだるような光が煌めいていた。…どうやら何か奢れ、ということらしい。まったく、呆れて怒る気にもならない。
「…本当に図々しいなぁ、一貫クンは」
「こっちはチケット持ってきてやったんだから、いいだろ? ギブアンドテイクってやつ」
 ニシシと声を出して、彼は手を差し出す。私は仕方なく財布から五百円玉を取り出して、机に置いた。周りの雑音に紛れず、かすかな金属音が机に響く。
「…人が手を差し出してるのに、何故机の上に置くかなー。しかもなんで、五百円なんだよ」
 そう文句をつぶやきながらも、一貫の手中には既に五百円玉が収まっている。
「いちいち文句言わない。五百円あれば、ファーストフードのお店でなら十分たりる」
「高いセットなら、もっとかかるんだぞ! 」
「普通のセットを買えばいいことです。はい、解決。さっさと買いにいけば? 」
「ハル! お前、冷たいぞ。自分のほしいものが手に入ったら、腹を裏返したようにっ」
「それを言うなら、手のひらを返したように。腹を裏返しても気持ち悪いだけ」
 数瞬、熱い火花と冷えた火花が散る。
「……買ってくる……」
 しばらくして一貫は肩を落としながら、席を立つ。口勝負と睨み合いで負けるのは、いつも一貫だ。私はこの二つでならば彼のことを負かす事ができる。いや、勉強でも勝てるかもしれない。
 カウンターに向かう一貫の姿が見えなくなったところで、私はチケットを手にとった。そして、それに目を落とす。チケットに印刷された黒文字に、私の焦がれた夢の世界へ繋がる場所が記されていた。

≪クリスマス特別編 ミクスタ! BMラジオ レッドスカイ主催≫

「……レッドスカイ……」
 口に出してみて、思わず声が震えた。ここが公共の場でなかったら、きっと叫んでいたに違いない。それほどまでに、心臓がドキドキしていた。顔は紅潮し、頬の筋肉が緩むのを止める余裕など皆無だ。
 BMラジオ レッドスカイ。愛称『夕焼け』今年で設立10周年を迎えたラジオ局の事を指す。音楽・ニュース・教養番組はもちろん、トーク番組、ラジオドラマもこなすバラエティー豊かなラインナップが魅力とされている。私は小学5年の頃から『夕焼け』のリスナーで、この『ミクスタ!』の大ファンでもある。
 『ミクスタ!』とは短編ラジオドラマを放送している番組で、本当の名称は『ミクロスタジオ!』だ。ラジオドラマの舞台は、ミクロスタジオという古びたスタジオでいつも繰り広げられる。コメディーから悲恋話、優しい思い出など多彩な形で物語は紡がれていく。繊細で時に豪快な言葉、ドラマの間に流れる音楽、効果音。全てが私の胸を打つものばかりが揃えられている。今年は、クリスマスのために特別に書き下ろされた作品がなんと生中継で放送される事になったのだ。ラジオ界では異例の企画だ。何しろ、ラジオドラマというのは普通スタッフと出演者以外スタジオに入ることは不可能とされている。
 出演者はブースに入って台詞を言い、スタッフは外側で脚本の流れを見守りながら効果音・演出を加えてドラマを作り上げる。今回の特別番組では、一般人が入る場所はスタッフがいるスタジオ。そこで、どのようにドラマが作られるかをナマで見学できてしまうという、本当に驚嘆に値する企画なのだ。
 十一月末に発表されたそのトンデモ企画は、先着20名と宣言されたチケットは予約開始十数分であっという間に完売。チケット争奪戦に完敗し打ちひしがれていた私に、ある朗報が舞い込んできた。
 ラジオ局で働いている一貫のお父さんから、私にこっそりチケットを1枚だけ取っておいたという電話が入ったのだ。
 私は、これほどまでに一貫の家と繋がっていることに感謝したことはなかった。何しろ、このチケットはファンの間では垂涎の代物なのだから。と言っても、私の周りに『ミクスタ!』のファンはいないから、これは予測にしか過ぎないが。
「はぁーるぅー、お前の顔とっても面白いことになってるぞ? 」
「……え? 」
 ふと我に返ると、一貫の楽しげな表情が間近に見える。そして、私の頬が軽く手で叩かれていた。温かい手だった。
 テーブルの上のトレイを見ると、もう紙のゴミの山しかなかった。まさに完食という言葉にふさわしい、終わりっぷりだった。
 一気に、私の耳に音が戻ってくる。ざわついた空気を感じた。辺りは、相も変わらず騒がしい。
しかし、今の私にはどうでもよかった。一貫の視線と頬を叩く手の方が、よほど心臓に悪かった。
「は、早過ぎない? 」
 慌てて声を出すと、温かな手はスルリと私の頬から離れていった。感触がまだ頬に残っている気がする。
「お前が放心していた時間が長かったから、オレは食べ終わってるんだけど? 」
 一貫の呆れたような口振りに何も言えず、私は思わず目を泳がせる。まさかそれほどまでに意識が飛んでいたとは気づかなかったのだ。
「仕返しのつもりはないけど、お前も昔と変わってないよなー。好きなものには目の色が変わるトコ」
 うんうんと頷きながらきっぱりと断言され、ぐうの音も出ない。確かに私は好きなもののこととなると、目がそこにしか行かなくなる傾向にある。
「仕方ないじゃん。番組収録をナマで見れる機会なんて…ないんだから」
 どうにかそう言い返すと、一貫はニヤニヤと嫌な笑みをこぼしている。
「おーおー、どうしたハル? さっきまでのインテリ気取りはどこ行った? その眼鏡、ダテ? 」
「…………」
 そのまま机に頭をこすりつける。本気で大失態だ。一貫の言葉に口を返せないなど、過去を含めたとしても4、5回もない。痛恨の一撃。無性に悔しかった。
「ま、お前のそういうトコ好きだからいいけどな」
 サラリと言われた言葉に、思わず顔をあげた。一貫は平然とした様子で、また缶に口をつけている。さつま芋ジュース。それが本当においしいのか考えながら、私は浮かんだ疑問を口にした。
「…そういえば、バスケ部のエース様はおモテでしたっけ? 」
「それなりには、まぁ」
 一貫はテーブルの上へ缶を戻しながら、そう答えを返す。
「へー、そうなんだ」
「って、ちょっと待て。今の質問の意図はナニ? 」
 サラリと流そうとした私に、疑問の声が即座に上がった。驚きの速さだ。
「いや、あまりにも自然に好きという単語が飛び出したから、女の子に言い慣れてるのかと」
「そっちの解釈に行くか、フツー? 」
 一貫は壮絶なまでに頭を抱え込み、盛大なまでのため息をつく。
「普通そうだと思うけど」
「スポーツやってりゃ、それなりにはモテるだろ? それなりには」
 それなり、という言葉が何ともリアルに聞こえた。確かに、信じられないぐらいモテる人というのはあまりいないだろう。そういう人間は、一つの学校に一人いれば充分だ。
「まぁ、一貫がモテようがモテまいが知ったことじゃないけど」
「聞いておいて、その言い草!? 」
「まぁ、だから、どうでもいいとして」
「オレの心のケアって、どうでもいいんだ!? 」
「もう! だからどうでもいいんだって、それは。それよりチケット、ありがとう。感謝してる」
 そう言って、私は頭を下げた。チケットを貰えた感謝は何度お礼を言っても、きっと尽きる事はない。それほどまでに、私はこのチャンスを掴み取りたかったのだから。
 数秒ほどの沈黙ののち、一貫の声が返ってくる。
「……お前、やっぱり夢は変わってないのか? 」
 予想もしなかった問い。一瞬、言葉に詰まった。その質問は少し動揺を誘い、私を心の底から安堵させた。素直に答えることが恥ずかしくない問いだった。
「うん。変わってない」
 しっかりと頷いて、私は彼を見る。彼も私を見ていた。先ほどまでのふざけた表情は消え失せている。
 また、雑音が消えていく感覚。他のものが遮断されていく。
 一貫は心の奥底を覗くように、私を見ていた。まるで一ミリでも不純物が混じっていないのを確認する、研究者のように。真剣で優しい、そんな光を湛えた瞳だった。
 その瞳を見つめながら、私は一貫が私の夢を覚えていた事にびっくりしていた。私が小学生の頃それを話したっきり、一貫は訊ねてきたりしなかったから。だから、きっと忘れているだろうと思っていた。私の夢のこと。
 最初に視線を外したのは、一貫だった。そして、唇が静かに動いた。
「…れ………い…」
 本当に小さくて、ほとんど聞き取れない言の葉。一貫は頷いてから、私を見て口を開く。
「それなら、いい」
 今度ははっきりと、そう聞こえた。少し困ったような顔をして、彼はまた目をそらした。窓を向いて、外を見る。どこか遠い所を見ている横顔だった。
「……うん」
 私もつられて頷いて、じっと窓の外を見つめる。間に漂う空気が何とも不思議な雰囲気に変わっていて、互いに言葉が出てこなかった。
 空は先ほどより翳りはじめていた。藍色と紅色が混じり合い、陽射しが頼りなげに地上を照らす。黄昏時。気づけば、時間は随分と経っていたらしい。冬特有の早い日暮れは、着実に近づいてきていた。
「そんじゃ、そろそろお開きにするか? 」
 気づくと一貫がそう言って、立ち上がっていた。コートを羽織り、片手には紙の山で埋まったトレイを持っている。
「あ、うん」
 私は慌ててコートを羽織って、椅子から立ち上がる。何故か、そんな情けない返事しかできなかった。スルスルと言葉を紡ぐ彼の唇からは、さっきのぎこちなさなんて一切感じなかった。さっきの空気は、一体なんだったのだろう?内心、ちょっと戸惑っていた。
「お前ん家、ここからだとそんなには遠くないよな? 一応、駅までは送るつもりだけど」
 スタスタと一貫は歩きながら、私を振り返る。もちろん人にも物にもぶつかるようなミスはしない。日ごろバスケで鍛えているおかげなのかもしれない。
 一足先にゴミ箱に辿り着いた一貫は、トレイのゴミを捨てる。何もなくなったトレイは、ちょっと味気なく見えた。
「別にいいよ。ここは駅前なんだから送ってくれなくても平気…っ! 」
 額が熱かった。空っぽのトレイで叩かれたそこを、手で優しくさする。
「ばーか。人の厚意は素直に貰っとけっての」
 一貫は額をさする私を見もしないで、そのままトレイを置いて外へと出て行ってしまう。
 後ろから見る背中は、やっぱり大きかった。小学校に通っていた時とは全然違っていた。私は彼について、自動扉をくぐり抜けていく。ぶぅぅん、と機械的な音が耳に響いた。
 その瞬間、体の底から寒気がせり上がってきた。寒々しく吹き抜ける風と、肌に刺さるような冷気が襲い掛かってくる。
 視界の端で、コンビニエンスストアの店員がクリスマスケーキを売ろうと躍起になっている姿が見えた。それを無視するように通り過ぎていく人々。
 あたりは暗闇へと沈んでいき、ポツポツと街灯が灯り始めていた。
吐く息は、白い煙。やはり昼よりも冷え込んでいた。さっきまで温まりきっていた指の先が少しずつ、熱を失っていく。
「そういや、夜には雪降るとか天気予報が言ってたな」
「え? 雪が? 」
「けど最近の天気予報って、あんま当たんないしなー。降らないかもなぁ」
 一貫はしみじみと空を見上げて、右手を上にかざす。自分で降らないと言ったくせに、少し寂しそうだった。
「小学生でもないんだから、そんな顔しない」
 忠告してあげると、途端に憮然とした顔つきになる。
「してねぇよ」
「してるって」
「…冷えない内に駅行くぞ」
 私の言葉なんて耳に入らないと言った様子で、一貫はまた突然歩き出す。
 やっぱり何か変だ。久々に会ったのだから当然なのかもしれないが、どうもしっくり来ない。最初に話していたときは、こんな感じはしなかった。足早に歩く一貫を追っていくにつれ、私の中で違和感は徐々に大きくなっていく。
「一貫、さっきから何か変じゃない? 」
「何が? 」
「何がと言われると困るんだけど…なんでそんなにイライラしてるわけ? 」
「してない」
 さっきと同じ返答。これでは埒があかない。違和感は一体なんだろう?と私は頭をフル回転させて、考える。そして沈黙が落ちた。互いに黙々と雑踏の中を歩く。通り過ぎていく大きな波を縫いながら進んでいった。
 立ち並ぶ店には、連なった水色の光が明滅していた。今年はどうもそれが主流の装飾らしい。どこもかしこも水色の光で瞬いていた。私はそれを見回しながら、再び一貫を見据える。
 見えるのは、紺色の背中。それを見つめていて、分かった。
「…あ! 」
 違和感の答え。
 不意に叫んだ私に驚いて、一貫がこちらを振り返る。さっきと変わらない憮然とした顔で、頭を掻いた。
「叫ぶなよ、びっくりするだろ」
 その姿に、私はホッとしながら呟く。
「一貫、ようやくこっち向いたね」
「は? 」
 きょとんとした顔はやはり昔と変わらず、幼かった。それが面白くて、ちょっと吹き出してしまう。
「何だ!? オレの何がおかしい!? 」
 顔か?顔なのか?と自分の頬をこする一貫。その必死な表情さえも何だかおかしい。
「はいはい。自覚ないならいいよ。別に顔がおかしくて笑ったわけじゃないし」
 ヒラヒラと手を振って、私は息をつく。きっと顔には笑いが残っているだろう。
「けっ! お前なんて雪に埋もれて遭難してしまえ! 」
「雪降ってないって」
 彼はそう言ってまた早足で進み、私は笑いながら後を追いかける。紺色の大きな背中についていく。
 それは昔もよく見た光景だ。けど、昔とは違う。私たちは、もう小さいころの私たちじゃない。昔なら一貫の考えていることなんて、全てお見通しだった。けど、それはもう昔のこと。『今』は、昔とは違う。  
 その答えにようやく辿り着いた。人に不変などあり得ない。水面に浮かんでは消える泡のように、変化は常に起こり続ける。
「一貫、変わったね」
 先を行く背中にそう投げかけると、
「そんなに変わってないって、さっき言ったくせに」
 そんな返事が返ってきた。そして、唐突に一貫は立ち止まる。あやうく鼻がぶつかる所だった。
「ほれ、到着」
 背中の先に、駅の改札口。左手には切符売り場が見えた。ぽつぽつと人影がちらついていた。
「ありがとう、わざわざ送ってくれて…っ!? 」
 礼の姿勢をとろうとして、その直後、私の頭が激しく揺れた。
「だぁかぁらぁ、これぐらいで感謝するなってぇの! 人として当然のことだろ? 」
「…脳細胞が今、確実に一万個は死んだ…」
 あまりの痛さに頭を押さえる。お礼を言って殴られるなんて、詐欺より酷い仕打ちだ。
「ハル、安心せい。ほんの峰打ちじゃ」
 一貫は笑いながら、ポンポンと私の肩を叩く。その振動さえも痛さを増す原因になるからやめてくれ、と訴える余裕もなかった。体は冷え切っているはずなのに、頭だけがジリジリと熱を帯びている。
「それじゃ、元気で。チケット、ありがたく貰わせてもらう」
 これ以上礼を言うと、また何をしだすか解らない。脳細胞を減らされるのは真っ平ごめんだ。私はそれだけ言って、その場から離れようと一歩踏み出す。
「…ハル」
視線を戻すと、一貫の瞳が困ったように揺れていた。それで私の歩みも止まってしまう。たった一歩で。
「…何? 」
「…頑張れよ」
 呟かれた言葉。何を、と尋ねなくてもわかった。
「うん、頑張る」
 だから、私はしっかりと首を縦に振る。
「ん」
 小さく頷き、一貫は視線を外す。それにつられて、私は口を開いた。
「一貫」
「ん? 」
「私、率直に言うと一貫のこと好きだよ」
 耳に、商店街で鳴り響くクリスマスソングが入ってくる。「サンタがまちにやってきた」を聞くのは久しぶりだ。いつ以来だったろう?
「…それ、何宣言だよ…? 」
一貫の声は、サビの一節が流れ終わる頃にようやく返ってくる。声は微妙に掠れていた。
「ああ、別に深い意味じゃないよ。ただ」
「ただ、何? 」
「一貫が欲しいものがあったら、今度それをあげるよ。すごく嬉しかったから、お返ししないと私の気が済まないし」
 その言葉に一貫はしばらく黙りこみ、
「…んー。まぁ、いずれ、な」
 複雑そうな顔をして、そのまま体の向きを変えて歩き出した。釈然としない返答だったが、それでもその姿を私は見送っていた。
そして、ふと忘れていたことが頭に浮かんだ。とても大事なこと。私は大声で背中に叫んだ。
「一貫! 」
 彼が振り返ったことを確認して、私は精一杯の気持ちを込める。
「メリークリスマス! 」
 寒空を突き抜けるように、その言葉は彼へと届く。驚きの表情がゆるゆると笑みへと変わり、一貫は大きく手を振った。
「メリークリスマス! 」
 互いにそう言って、私たちは別れた。気づくと、商店街に流れるクリスマスソングは「ジングルベル」に変わっていた。チリチリと高らかに鳴く鈴の音。
 途中から忘れていたけれど、今日はクリスマス・イブ。互いに相手の幸せを願っても、罰は当たらないだろう。
 一日早いクリスマスプレゼント。手元にある夢の世界へ誘うチケット。私だけがとても幸せのような気がして、ちょっと申し訳ない気分になった。

 ――家へ帰る電車の中。私は席に座り、再びチケットを取り出していた。表面の文字を指でなぞり、そして何とはなしに裏に引っくり返してみる。
 一瞬息が止まった。
(…これ…)
チケットの裏に書かれていたモノ。
『未来のレッドスカイ、喜望の星へ』
 右上がりの癖のある文字で、そう綴られていた。
「…字、違うし」
 喉からせり上がってくる笑いを、私は必死に噛み殺す。
けれど、喜望というのはいいネーミングだ。素で間違っている可能性のほうが高いとは思うが。
「ああ、もぉ…」
 どうにか笑いの衝動を抑えるのに成功し、息をついた。
 あんな困った顔をしていたのは、もしかしてこのせいだったのだろうか?目を合わせると私に何か言われると思ったのだろうか?自分でそう書いたくせに恥ずかしくて、イライラしていたのだろうか?
(やっぱり変わってないかも、根っこの部分は)
 ガタガタと体を揺られながら、私は目を閉じる。
 息のしにくい暖房も気にならなかった。体の中に充満していく熱に少し浮かされているのかもしれない。
 明日も、私は走り続ける。ただひたすらにまっすぐ、夢を目指して。だから、今は少しお休み。
 帰ったら一貫に電話でもしてみようか。そんなことを思いながら。心地よい横揺れに身を委ねて、私はまどろみに浸る。
 明日はクリスマス。
 どうかこれからも私の道がまっすぐでありますように。
 あと、ついでに、一貫にいいお返しができますように。
 私は無宗教だから、祈りの言葉なんて知らない。だから、とりあえずこの言葉で祈っておこう。
 自分自身で祈りだと思えば、どんな言葉もその力を持つのだから。

 メリー・クリスマス!!
2005/12/25(Sun)02:35:20 公開 / ゆるぎの 暁
■この作品の著作権はゆるぎの 暁さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。はじめまして、ゆるぎの 暁(あき)と申します。このお話が1ミリでも何か読まれた方の心に触れるものであったらよいな、と願っております。筆が遅い上、未熟なお話しか書けませんが、これからも時々参加させていただこうと思います、
 今回は「夢」と「クリスマス」をテーマに考えてみました。ふと思い返してみると1度も季節ネタで小説を書いた事がなかったので、今回はちょっとしたチャレンジでした。…途中から力尽きて、終わりはボロボロになってしまいましたが;;;感想、批評、非難、ツッコミどうぞよろしくお願いいたします。
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