オリジナル小説 投稿掲示板『登竜門』へようこそ! ... 創作小説投稿/小説掲示板

 誤動作・不具合に気付いた際には管理板『バグ報告スレッド』へご一報お願い致します。

 システム拡張変更予定(感想書き込みできませんが、作品探したり読むのは早いかと)。
 全作品から原稿枚数順表示や、 評価(ポイント)合計順コメント数順ができます。
 利用者の方々に支えられて開設から10年、これまでで5400件以上の作品。作品の為にもシステムメンテ等して参ります。

 縦書きビューワがNoto Serif JP対応になりました(Androidスマホ対応)。是非「[縦] 」から読んでください。by 運営者:紅堂幹人(@MikitoKudow) Facebook

-20031231 -20040229 -20040430 -20040530 -20040731
-20040930 -20041130 -20050115 -20050315 -20050430
-20050615 -20050731 -20050915 -20051115 -20060120
-20060331 -20060430 -20060630 -20061231 -20070615
-20071031 -20080130 -20080730 -20081130 -20091031
-20100301 -20100831 -20110331 -20120331 -girls_compilation
-completed_01 -completed_02 -completed_03 -completed_04 -incomp_01
-incomp_02 -現行ログ
メニュー
お知らせ・概要など
必読【利用規約】
クッキー環境設定
RSS 1.0 feed
Atom 1.0 feed
リレー小説板β
雑談掲示板
討論・管理掲示板
サポートツール

『死神〜Cross〜【終】』 作者:上下 左右 / リアル・現代 ファンタジー
全角18456.5文字
容量36913 bytes
原稿用紙約55.15枚
【4】  終焉

 
「少しは落ち着いたか?」
 死神は泣き崩れている女性にそう声をかける。
 先ほどまでは大変なことになっていた。死神は何度も同じような質問を彼女からうけ、うんざりしていたのだ。
 おとなしそうな性格からは想像もできないほどの声を出し、周りに迷惑をかけ続けていた。
 それで、少しでもショックを和らげることができたのだろう。疲れるということを知らないこの体で、完全に大人しくなってしまっている。
 死神が女性にその様な言葉をかけても返事どころか、反応すらない。
 彼女はその場に座り込んで無数の星が浮かぶ空、それを涙流しながら見ているだけ。このように人工の光が少ない場所では、月や星達は益々輝きを増しているように見える。
 誰もが口を開くことはなく、自分自身のこれからのことを考えている。
 男は来た時の表情のまま、そして茶髪女性は何を考えているのかわからないといった顔で二人を眺めていた。
 そんな沈黙を破ったのはやはり死神だった。彼女にしては珍しく相手のことを気遣い、少しの間黒髪の女性が落ち着くのを待っていた。いつもなら有無を言わさずに願いを聞きだして実行するのだが、今回は人数が多いというのもあり、急かすような雰囲気は先ほどまでなかった。
 そんな死神でも限界というものがある。
 彼女もそれほど暇ではない。これからもたくさんの人間の魂を向こうに送らなければならないのだ。
 彼女には時間という概念がない。歳をとることも無ければ老いることも無い。しかし、元は人間であった魂にとっては体験せぬ時。どのようなことをしでかすかわからないのだ。
 時間が決まっているわけではないが、できるだけ早く次の場所へと行きたい。彼女はそう考えている。
 口に出しはしないが、やれやれといった感じで首を横に振った。
「さて、そこの男。お前は今からどうする」
 さっきの女に対しての言葉など比べるだけ失礼に当たるかと思えるほど重い言葉を男に投げ掛けた。
「どうするっていったって、お前は死神なんだろ。だったら俺のことを連れて行くんじゃないのか?」
 少女のことも、今の彼の状況のこともすでに説明を終えている。彼がちゃんと把握しているかは不明であるが。
「確かにお前のいうことは間違っていない。もちろん私はお前のことも連れて行くし、こいつらも連れて行く」
 そう話しながら他の二人の方を一瞥する。
 会話に出てきた二人は少し死神の方を見たが、すぐにまた顔を戻す。
「その前に、お前の望みでも聞いてやろうというわけだ」
 いつもならこんな言い方ではないのだが、だんだんと彼女も面倒くさくなったというのだろうか。今までにこれほど大人数、それも何らかの繋がりのある人間の魂を向こうに送ったことはなかった。最初はどうにかなるとは思っていた彼女だが、限界のようなものが近づいてきていた。だから、少しだが言い方が違っているというわけだ。
「願い事……。それは、何でもいいのか?」
 自分がもう死んでいると聞いた時もほとんど動揺をしなかった。まるで最初からわかっていたかのような納得の仕方だった。そんな彼が、覇気のある言葉を発したのはこれが初めてだ。
「だったら、俺を殺した奴を……。俺をこんな目に合わせた奴を殺させてくれ!」
 先ほどまでの雰囲気はどこに行ったのか。断末魔の叫び声のように大きくそう、死神に頼みごとをした。それほど、彼の願いは強いということを意味している。
 彼がそういった瞬間、顔を戻してまた空を見ていた黒髪の女性は瞬時に彼の方を向いた。
その意見は、当たり前のように死神に却下される。
「断っておくが、人を殺すことと生き返ることはそれから除外される」
 これまでに何度も、何十人もの魂へ言ってきた言葉。ほとんどの場合、これによって納得して別の願い事へと変更されてきた。しかし、偶にそれが納得いかずに無理に意見を通そうとする者達もいた。
 そのときに見てきた納得いかない顔。彼もそのような表情をしていたのだった。
 眉間にはこれでもかというほどに皺をよせ、明らかに納得がいっていない様子だ。
「何故だ!」
「決まりだからな」
「お前はさっき何でもいいと言ったじゃないか」
「ただのいい忘れだ。お前がそんなことをいうとは思わなかったから」
 死神は、この男が黒髪の女性と共に天国へ行きたいとでも言うのかと思っていた。だからこそその説明をしなかったのだ。
「ちょっと待って。どうして!」
 涙を流しながら黒髪の女が、願い事を言った男に突撃した。
「私と一緒に天国にいってくれるんじゃないの!?」
 泣き叫ぶ彼女を、邪魔者をどかすかのように男は払いのけた。
「うるさい。俺はお前のことなんか知らないし、もしも知っていたとしても同じような選択をしている!」
 その言葉がどれほど彼女の胸に刺さったことか、男にわかるわけがない。
 今まで待ち続けていた者。死しても尚愛し続けた者に裏切られたこの気持ち。彼女はいったいどこにぶつければいいのだろうか。
 何もいうことなくその場に崩れる彼女を、一瞥することもなくもう一度死神のいる方を向いた。
 まったくこの話の中に入ることのできない茶髪の女性は、精神崩壊を起こしてしまったかのように座り込んでいる人物を慰めるようにそばにいるだけ。この話に自分は入り込んではいけないような気がしたからだ。
 この男は、女として絶対に許すことはできない。今ここで張り倒してやりたいとも彼女は考えている。しかし、それをすることはない。きっと、生きているときにこんな男に会えば確実にそうしていた。
 でも、何故かこの体になってからは変わってしまった。なにか、自分の中には逆らってはいけないものがあり、それが関ってはいけないと言っているようだった。
「どうして、どうして……」 
 何度も何度も同じことを繰り返す彼女は、もう正常とよんでもいいものなのか疑問に思えるものだった。話しかけても揺さぶっても何の反応も示さない。それほどまでに男に拒否されたことがショックだった。
「どうしても俺は許せないんだ。死んだことに関しては仕方がないと思っている。殺されたということは俺もそれだけのことをしたのだろう。でも、だからといってそれを許すことはできない。これは理屈ではないんだ。だから、頼む」
 その場で膝を折り、土下座をしてまで死神に頼み込んだ。
 それでも、死神の答えは変わらない。やはり首を横に振るだけ。
「確かにお前のように殺しを願った者もいる。だが、これは決まりだ。そいつがどのような事情があろうともそれを破ることはできない」
 その言い方は冷たく、考えを変えることはないという決心の表れのようにも聞き取れる。
「もしもお前のその願いを聞き入れれば今までに叶えられなかった者達に示しがつかないだろう」
 彼女にそのような願いをした者は少なくはない。自分を殺した人間を殺してくれ、殺させてくれという願い。彼女は今まで何十回とその願いは断ってきたのだ。
「……」
 その説明を聞いた男は、何も言わずにそのまま固まっていた。
 再びその場には沈黙の時間が流れる。
 涙を流しているが、黒髪の女性は声をまったく上げていない。隣で座っている女性も座っているだけ。
 そんな状況下で、死神の目つきが変わった。
 感情のなかった目は、近づくだけで何人も殺しそうなほどの雰囲気を出している。
 いつの間に手に取ったのか、背中にあった自分よりも大きな鎌を手にしている。
 彼女達は今まで忘れていた。初めて会ったときに感じた恐怖。それがこの表情を見て、蘇る。そう、彼女は自分達の願いをただ聞いてくれる天使などではなく、魂を連れて行くためにここへ来た死神だということを。
「こうなってしまっては仕方がないな」
 今の少女からは殺気というものしか感じられない。
 唯一まともな状態の茶髪女は、いったい何が起こっているのかわかっていない。さっきから男が聞き分けのないことばかりを言い続け、それを死神が拒み続けていた。それだけではなかったのか……。
 そのようなことを考えている彼女の目の前を、何か黒いものが通り過ぎていった。それは、あまりにも速いスピードだったので確認することはできなかったが、確実に何かが自分を横切っている。
 そして、死神がそれを切断したのは彼女が気づいたのとほぼ同時。
 切断されたそれは、一瞬にして黒い霧のようになって空中に散布される。不思議なことに、空気と混ざることなくその場に止まり続けている。
「……」
 もう、彼は何も言わない。ここに来た時と同じで、何を考えているのかわからない表情。だが、違うのはその姿だ。羽を生やしているかのようにして背中から二本の腕が飛び出している。しかも、それは人間の物ではなく黒い野獣を思わせるものだった。
 まるで黒い炎で作りあげられたようなそれは、先ほど宙に散布された霧状のものを再度吸収し、新しい物を構成する。新しく作られたことにより真っ黒の腕は三本。両側に一本ずつと頭の上から一本、死神を狙っている。
 しばしの硬直状態が続いていた。
 時間が止まったかのように全員が全員動くことはない。男の背中で揺らめく腕だけは絶えず動き続けていた。
 そんな中、先に動いたのは死神だった。
 大きな鎌を振りかざし、地面を滑るようにして間合いを詰める。
 男もそれに負けず劣らずのスピードで腕を伸ばし、相手の間合には入らないように努力する。
 男の放つ攻撃も虚しく、死神は鎌のとどく距離まで来ていた。
 自分と同じぐらい、或いはそれ以上ある大きな武器を持っているとは思えないほどのスピードでそれを横に振るった。あれだけの速さを出すには、生きているものには絶対にできないだろう。
 大きく振られた鎌により、引きちぎられるようにして切断される一本の腕。しかし、死神が狙ったものとは違っていた。
 見ると、彼女の肩には大きく引っかかれた跡があり、破れた黒い服の間からスッパリと抉られてしまったかのようにその部分だけがなくなっている。血というものは存在しないのか、出血はしていない。
 その傷のせいで軌道がずれてしまったのだ。彼女に痛みというものは存在しないし、体重というものもない。ちょっとした衝撃で動きが簡単に変えられてしまう。早い動きができる分、流されやすい。それが死神である彼女の弱点なのかもしれない。
 あまりにも非現実的なことに対して、それを見ている茶髪の女性は本当に固まっている。自分もどちらかといえば非現実的な存在ではあるが、それ以上に自分の前で起こっている光景はさらに上をいっている。
 声を出すなど夢のまた夢。震えてその場に座っているのが精一杯だ。
 一緒に座っている黒髪の女性は、これほどの状況にも関らず先ほどからまったく変わっていない。ずっと同じことを繰り返し言っているだけだ。
 一度拡散した黒い霧をまたもや腕の形のようにして、男は再度死神の方を向いた。いつの間にか、背中から生えている腕が一本増えている。
 男は、徐々に黒い物に体が包まれていっている。さっきまで背中にしかなかったそれは、今や胸部を包み込んでいる。
 だからといって、死神の攻撃は止むことはない。
 手に持った鎌を再度握り直すと、またもや突撃していく。
 今度は一直線ではなくいろいろな方向に曲がりながら少しずつ近づいていく。
 彼女が男のもとにやってくる間。それほど時間はなかったはずだ。
 それまではゆっくりだった黒い物体の侵食。それがもう丸呑みとでも表現できるほどのスピードとなり、瞬く間に男の体を呑み込んだ。
 その姿はもう、人間と呼べる姿ではなくなっていた。
 虫をベースにいろいろな生物を組み合わせたような気味の悪い姿。背中から出ていた腕も二倍の量になっており、スピードも速くなっていた。
 そんな劇的変化を目にしても、死神は攻撃を止めようとはしない。それどころか、こちらもさらに速さを上げているような気がする。
 一本……。二本……。
 襲い来る腕を確実に切り落としていく。
 三本……。四本……。五本……。
 体中に斬るのとほぼ同時に付けられた傷がいくつもある。しかし、そんなものを気にしてはいられない。今はただ一直線に相手だけを見ていなければならない。
 六本……。七本……。
 ついに相手の腕を一本まで追い込んだ。
 何故か定期的に伸びてきていた腕。その奇妙さに彼女はこの時点ですでに気がついていなければならなかった。このような動きはおかしかった。あれだけ攻撃手段が多いというのにこれまで単調な動き。
 彼女がそんな不安を覚え時にはもう、それは避けることのできないところまできていた。
 死神の体全体を物凄い衝撃が襲う。
 見えないほどに速かった動きは完全に止まり、彼女の姿がはっきりとその場に現れた。
 少女の体を、一本の丸太を思わせるほどに太い腕が貫通している。位置はちょうど胸部。
 それでも死神は、尚も前に進み続ける。
 腕が刺さっていることなど思わせないようなスピードでそれの根元、本体のあるところまで進んでいく。それに伴って、胸部からは血は出ないものの、男と同様に黒い霧のようなものが漏れ出ている。
 これだけ自分の体に被害が出ているというのにそんなことはまったく気にしていない。
 彼女が目的の場所にたどり着いた時には、胸にある穴は最初よりも一回りは大きくなっていた。それでも、動作に支障というものがほとんど出ていない。
 悪霊になってしまった者を消滅させるには、その体の中から溢れでる負のエネルギー。それが生み出される場所をうたなければならない。そしてその場所は、人間でいう心臓に当たる部分。
 彼女が断ち切った腕はまだ再生されること無く空中を漂っている。邪魔するものなど何もない。
 大きな刃先が、防御の仕様が無い男に突き刺さった。
「……」
 悪霊となった男は叫び声を上げることは無い。見るからに痛がっているのだが声はまったく出していない。
 痛みなのか、それとも自分の存在を保つためのものが破壊されたからだろうか。彼は暴れ続けた。周りのことなど気にすることなどない。茶髪の女性は危険を察知して離れていたが、黒髪の女性はまだその場に座ったままだった。
 悪霊は死神を刺したまま暴れ続けている。このままでは傷が広がると思った彼女は、振り回されながらもその腕を切断する。すると、遠心力により一気に吹き飛ばされてしまった。
 それと同時に死神は、小さい声で呪文の様なものを唱えると、どこからとも無く真っ黒な穴が現れる。最初に彼女が登場した時に発生させていた異世界に繋がる穴。それを、一瞬のうちに出現させた。
 ガラスが割れるようにして現れたそれは、空中にあった黒い霧を次々と吸い込んでいく。
 供給の行き渡らなくなった体の先端はだんだんと霧となっていく。彼を覆っていた黒い炎のような物体は消え、背中から生えていた腕もすでに形を成していない。残っているのは彼の本当の姿。
 悪霊になる前の姿がその場で暴れ続けている。
「あっ、ああ……」
 反応を示したのは座り込んでいる彼女のほうだった。
 ゆっくりと立ち上がったかと思うと、元の姿に戻った男に歩いていく。
「ちょっと、危ない!?」
 退避していた茶髪女が飛び出していき、ゆっくりと歩いていく女性を引きとめた。
 信じられない力だった。それほど力が無くも無い彼女の体ごと、引っ張っていく。
 彼女達は、わかっている。あの穴の向こうは地獄と呼ばれるところに繋がっている。
 だから黒髪の女性は彼と同じ場所に行こうとそっちに向かい、それを止めようと茶髪の女性は引っ張っているのだ。
「私は……、あの人と一緒にいくの……」
 男に否定されても彼女は諦めていなかった。むしろ、拒否されたことによりその思いはさらに強くなった。だからこそ、抑えることができないほどの力が生まれているのだ。
「だめよ。あいつと一緒にいったら、あなたも地獄に行っちゃうのよ!」
「それでも、いいの……。私は……」
 黒い霧のようになって行く男はもう、ほとんど消えてしまっている。手や足は消えてなくなり、胸部より上しかなくなっている。
 もう、それほどの状態になっているというのに男の顔は笑っていた。死神のいるほうを見ながら、口を釣り上げて今までに見た事が無いほどすっきりした笑顔を見せた。言葉は無い。それでも、その表情は苦しみから解き放ってくれて有難う、と語っているようだった。
 消えていく男を、皆が皆見ていた。体を傷つけながらもその場に立っている死神も、自分が待ちこがれた裏切られた女性も、二人にはまったく関係ないというのに巻き込まれている女性。だれもが彼が消えていくのを見ていた。 
「すまなかった。お前のことを忘れたくて忘れたわけじゃなかったんだ」
 すぐそばまで近づいてきた女性に、自分から話しかけた。そして、男の口から奇跡のような一言が出た。
その言葉は、明らかに記憶が戻ったというようなものだった。
「思い出してくれた……」
 この状況に、死神は特に驚くことはなかった。彼女も全てのことがわかるわけではない。それも、記憶といった形の無いものなどはいつ戻ってもおかしくはないし、戻らなくても特におかしいこともない。どちらかといえば、強いショックを与えたことにより思い出すことのほうが多い。
 自分のことを思い出してくれた男に、尚も歩み続ける彼女。もう、茶髪の女は止めようとはしない。
「ダメだ。こっちにきちゃいけない!」
「どうして!」
 いくら止めようとしても止まることの無かった女性は、この世に残った理由の男のその言葉ひとつでぴたりと足を止めた。
「わかっているだろう。あの先にあるのは地獄だ。そんなところへ君を連れて行くわけにはいかない」
 記憶が戻ったからだろうか。ここに来た時のような冷たい性格ではなく、どこかやさしい感じが漂うものになっていた。
「私も、私も連れて行ってよ!」
 叫ぶ彼女は、尚も男に近づこうとした。
「わかってくれないか。僕だって君と一緒に同じところにいきたい。でも、それではダメなんだ。僕のためにこれだけ長い間待ってくれていた君を、地獄へなんて連れて行くことはできない」
 彼の体は、もう首の辺りまで消えてしまっている。
「君には、天国に行ってもらって無事に生まれ変わってほしい。僕も絶対に後を追う。死神さん。地獄に行った者でも転生はできるんだよね?」
 ゆっくりと歩いている死神の方を向いてそう聞くと、彼女は小さく頷いた。
「それなりの苦しみは味わうがな」
 彼女は、傷口を少し気にしながら余計な事を言わないでそれだけを口にする。
「だから、君には先に生まれ変わって待っていてほしい。記憶は失っていても、僕は絶対会いに行く。たとえ、君が覚えてくれてなくてもいい。会いに行った時、すでに結婚していてもいい。それでも僕は君に会いに行くから。だから……!」
 そこまでいうと、男の体は完全に消えて黒い霧となって弾けた。言いかけていた言葉も発せられた声もそこで強制的に中断され、二度と再開されることは無かった。
 先ほどとは打って変わってそこには明るく、切ない気持ちが充満していた。
 涙を流しながらも笑顔で居る黒髪の女性は、黒い霧の吸い込まれていった黒い穴を見つめている。
「よかったわね。最後の最後に思い出してもらえて」
「ええ、いろいろとご迷惑をおかけしました。これで、この世に思い残すことは何もありません。早く生まれ変わって彼のことを待たなければなりませんしね」
「そうね。さあ、死神さん。彼女の願いは今聞いた通りよ。ところで、その傷大丈夫?」
 ゆっくりと彼女達に近づいてくる死神に対して黒髪の女性の願いを言った。
 死神の傷口から出ている黒い霧は、男の時のように自ら開けた穴に吸い込まれていく。
「これぐらいの傷はたいしたことはない」
 表情は特に変わらず、無表情を保っている。だが、それは表面的なものだけ。内心、彼女は限界に達しつつあった。
 視界が揺らぎ、気を抜けば意識が飛びそうになっている。できるだけ早く傷を塞がなければ彼女自体も消えてしまいかねない。しかし、それもこの仕事を終えてからだ。最初はここの時点で仕事は終了だったのだが、おまけが二人いるのだ。こちらも終わらせなければならない。
「残念だが、お前の望みを叶えてやることはできない」
「どうしてです?」
「お前は私との約束を破った」
 そう、彼女は死神に対してすでに願い事を行っている。明らかな契約違反を行った。あの建物で男のことを待つと言っておきながら、このような場所まで来てしまったのだ。いくら女性を守るためでも、その事実は変わらない。
「それは、私のことを助けるためだったから……」
「原因や理由などは関係ない。問題なのは結果だ。実質そいつはこの場所にいる。私との契約を破棄したということになる。ということは……」
 傷つきながらも死神は背負った鎌を再度抜き、女性に向かって突きつける。
「そうですね。今更になって自分だけ天国に行くなんて都合が良すぎますね」
「なに言ってんのよ。せっかく自分で向こうに行くって決めたのに、それでいいわけ?」
「しかたがありませんよ。それが決まりなのでしたらね」
 茶髪の女性が、大声で彼女に対して文句をいう。
 彼女と男の関係のことでは口を出すわけにはいかなかったが、今は彼女一人の問題だ。それも、自分のことを守ってくれようとした者。そんな人物を地獄へ行かせるなんて彼女は許せなかった。
 自分のせいで彼女に苦痛を味合わせるわけにはいかない。もしもそれが自分自身を犠牲にしてでも……。
「だったら私の願いは、彼女を天国に行かせることよ」
 その言葉を聞いた黒髪の女性は驚き、死神も又、眉を歪ませた。
「何を言ってるんですか。そんなことをすれば貴方が!」
「元々、貴方が天国にいけないのは私のせいだもん。これがむしろ普通なのよ」
 笑顔で言っている女性に、死神が問う。
「もしもそんなことをすればお前は地獄側へ行くことになるのだが、いいのか?」
 本当は、そのような願いをしても彼女が地獄へ行くことはない。それでも、この言葉によって意思を変えるのならばそれでよし。変えなければそれでよし。最後の確認のようなものだった。
「もちろん、そんなことは承知しているわ。それでも私はその願い事をするの!」
「わかった。お前がそこまで言うのであればそれでいい。ならば、二人であそこを通るといい」
 今の死神には、彼女達に何かをするという力は残されていない。自分達の力であの穴を通ってもらうしかないのだ。もしも、二人のどちらかが悪霊になってしまえば、確実にこの世から消されてしまう。それほどまでに死神は弱っている。
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
 黒髪の女性は、自分を天国に連れていってもらえるように頼んだ女性に何度もお礼を言いながら黒い穴の中に消えていった。
「いろいろ世話になったわね。できれば、次も貴方に案内してほしいものだわ」
「私としては、同じ人間の魂を導くのは勘弁してほしいがな」
 残ったほうの女性は、死神のその言葉を聞いて苦笑いした後に消えた。
 嵐のようだった。
 あれだけの騒ぎがあったにも関らず、今は波が立てる音しか聞こえてこない。周りに人の姿、霊の姿もまったく無い。
 これで、彼女の仕事は終了した。次の場所に行くまでにはまだ少し時間がある。
 今の死神にはあの世に続くゲートを閉じるだけの力が残されていなかった。
全ての力を停止させ、回復に専念させる。
 それと同時に、目の前が真っ白になりかけた。これほどのダメージを受けたことは今だかつて無かったので、初めての感覚に不安を感じる。
しかし、迫りくるそれに抗う暇も無く彼女の意識は深い闇の底へと落ちていった。
 







【終】 少女


 そこは何十メートルもある高い建物の屋上。空にはコンパスで描いたかと思えるほど綺麗な月が下界を見下ろし、淡い光を注いでいた。地上からの光をほとんど受けないその場所では、宇宙にある星が全て見えるかと思えるほどに輝いている。このように人口の光が地上を覆っていても、これだけ高いところだと星というものがこれほどよく見えると知っている人間はどれだけいるだろうか。
 街よりも少し離れたそれは、人間達を見守るようにしてひっそりと佇んでいる。
 一般人は近づくことができないように鉄線等があり、事故が起きない様に近づけないようにされている。その場所に立ち寄るのは整備をするものぐらいだろう。
 中心部から外れているからかこの場所は静かで、風音と遠くで車の走っている音が少し聞こえるぐらいだ。
 すでにこの時間では鳥も眠りについていて鳴き声などは聞こえてこない。
人間が街の外れに作った電波塔。人間なら道具などを使わなければ上れないような高い場所に、一つの人影があった。
 声を押し殺したかのように泣いているが、周りに音が無いので鼻を啜る音が大きく響く。
 その人影は少女だった。真っ黒な瞳にそれと同じで真っ黒な髪。それほど大きくない体をさらに小さくしながら、月明かりだけが照らすその高い場所で一人泣いていた。
 何故そのような場所にそんな少女がいるのかはわからない。
 彼女自身も、どうしてこのような場所にいるのかもわからない。気がつけばこのような場所にいて、降りることができなくなってしまったのだ。
 誰かが助けに来るわけでもない。
 どうすれば自分の立場が変わるのかもわからない。
 それでも、彼女は泣き続けるしかない。どうすることもできないからこそこうやって泣いているしかない。
 この先どうなるのかわからないからこそそれが悲しみを呼び、その悲しみがさらなる悲しみを呼ぶ。彼女が泣き止むことは無い。
 女の子の泣き声が闇夜に響き続けている。
 そんなところへ、まるで当然とでも言うかのようにある人物が現れた。
「こんばんわぁ」
 どうやってその人物が来たのか彼女は見ていなかった。足音もしなければそのような気配すらなかった。もしかすると、テレポートでもしてきたのかもしれない。それほどその人物の出現は突然だった。
 少女は泣くことは止めていないが、その人物を見つめる。
 彼女のように真っ黒な髪、真っ黒な瞳をしている。それに加え、服は上下とも黒。暗闇の中にいれば溶けてなくなってしまうのではないのかと思えるほどの真っ黒さ。しかし、所々覗かせている肌は真っ白で、雪を連想させるほどのものだった。
「はいはい、そんなに泣かないでよ。私が困るじゃないの……」
 口では困ったというようなことを言っているが、その顔は来た時からずっと笑顔のままだ。しかも作り笑顔ではなく、それは心の底から出ている笑顔。優しい笑顔。少女はそれを感じ取っていた。
「仕方がないなぁ。だったらこれをあげるわ」
 女性は、月をバックに指を鳴らすとどこからともともなくバラのようでバラでない、真っ赤な花が現れた。
 それを、やさしく少女に手渡す。
 柔らかいその指が、バラに良く似たその花を受け取って、包み込む。バラのようなとげはそれには存在していなかった。
「お姉ちゃんは、誰?」
 まだ鼻を啜りながら、目の前に現れた謎の女性にそう質問する。今まで見たことも無いのにこれほど馴れ馴れしく話してくる人物は今までいなかった。
「そうだなあ。あなたでも簡単にわかるように言うと……。死神ってところかしら」
「死……神?」
 普段の生活では、テレビや会話などで冗談半分にしか出てこないような単語。もしかすると、目の前にいる女性も自分のことを少しでも和らげるために言ってくれたのではないかと思った。
 でも、どうやら違うようらしい。
 少女は死神というものをまったく信じていない。あんなものは、大人が子供のために作り出した存在で、実際には存在していないと考えている。
 しかし黒服の女性は冗談で言っているようにも見えれば、本気でそういっているようにも見えた。
「嘘。だって、死神なんてこの世界にはいないんだもん」
 誰かと話しているからか、少女の涙は止まり、まともに話せるようになっている。
 いつのまにか、女性のペースに引き込まれた少女がいた。
「そんな、私の存在自体を否定されても困るんだけどなあ」
 表情をコロコロと変える人だった。さっきまでニコニコと笑っていたのに、今では頬を膨らませて拗ねたような顔をしていた。
「だったら、これならどう?」
 開き直ったかのようにそう言い放った女性。
 少女の身長にあわせてしゃがんでいた彼女は立ち上がって、少し距離をおく。そして、手と手を胸部の前で合わせると、それを一気に突き放す。
 すると、出てきたのは大きな鎌だった。彼女と同じぐらい。いや、もう少し大きいかもしれない。その大きな刃はコンクリートをも真っ二つにできそうなほど鋭く、月明かりによって不気味すぎるほどに輝いている。
 それほどまでにおぞましい武器を手にしたまま微笑んでいる彼女。それは、とても恐ろしい存在に見えて仕方が無かった。これなら、この真っ黒に武装した女性が死神と言われればわかるかもしれない。
 相手にはそんなつもりは無いのだろうが、体中から殺気が漲っている。刃物を持つと性格が変わる人もいるが、彼女はそんな者達とは比にならないほどに危険に満ちていた。
 その殺気のようなものを体中に受けた少女は、頭よりも先に体が反応を示す。体のそこから震えが出て、それが止まらなくなる。何か言おうとしても、声帯が締めつけられているかのように声を出すことができない。
「ごめんごめん。怖がらせるつもりは無かったのよ」
 少女のそんな姿を見て自称死神は、急いで地面にその大鎌を突き刺す。信じられないほど表情が変化した。滲み出ていた殺気も、不気味な笑みも消えている。出会ったときと同じような暖かな笑顔だった。
「まあまあ、そんなに怖がらないでよ。あなたが信じなかったんだから仕方が無いでしょう」
 このような表情を見ていると、鎌を持っているときの彼女を想像することは到底できない。あの、狂惜しいほどの笑顔。会う者全てを殺さんとする殺気。生きているうちでは味わうことのできない体験をした。
 いつの間にか、少女の体の震えは止まっていた。
「お姉ちゃんが死神だったら、ここに何しに来たの?」
記憶が錯乱している彼女は、自分のおかれている状況がよくわかっていない。死神が来たということは彼女の魂を回収しに来たということだ。
「気がついてないの?」
 死神と名乗っている女性は、少し驚いた顔をしている。
「あなたは、もう死んでいるのよ」
 変わらない表情。笑ったままいうので、少しの間少女は理解することはできなかった。いや、この歳の少女にいくらそんなことをいって突然理解できるというほうがおかしいのかもしれない。
「そうなんだ。私死んじゃったんだ……」
 笑顔で言った死神も死神だが、それを素直に認めた少女も少女だ。
「あら、えらく落ち着いているわね」
「私、どうしてここにいるかもわからなかった。だから、私のいる状況がわかっただけいいのかもしれないの」
 死神は、瞬時に彼女が記憶を失っていることにがわかった。先ほどから、死ぬ前のことをまったく語っていない。そして今の言葉。それが予想から確信へと変わる大切な架け橋となった。
 人間は、死んだ時の状況によって記憶がなくなることがある。ふとした拍子に戻ることもあれば、何をしても戻らないこともある。いくら死神でも、その辺のことはまったくわからないのだ。
「さてさてそれじゃあ、あなたが今の状況を把握したところで本題に入っちゃおうかな」
「本題……。私を連れて行くの?」
 どうやら彼女は、先ほどの姿を見て女性のことを死神と認めたようだ。
 死神の役目は、死んだ人間をあの世という場所に連れて行くというもの。それなら、彼女の言う本題というのは少女を異世界に連れて行くというものに違いない。
「うぅん、実はちょっと違うのよね。確かに連れて行くには連れて行くんだけど……。その前に、ちょっとね」
 そういうと、彼女は少女の隣に座り込んで、まじかで顔を見合わせる。
「まあ、そんなに難しいことじゃないのよ。ただ、貴方の願いを叶えてあげようっていうサービスのようなものかな」
 そのような大切なことを軽く言う死神は、少女の目を見つめながら片目を瞑った。
 少女は少し呆然としてしまっている。
 このままただつれて行かれるのだと悟っていたのに、まさかそのようなことがくるなどとは思いもしなかったからだ。
「別に、そんなに驚かなくてもいいじゃない。私は単にチャンスを与えているだけなんだからさ……」
 苦笑いしながら少女の顔を見る死神。普通の人なら驚くことだ、と少女は言おうと思ったがそれを呑み込んだ。
 しかし、少女は困った。今の彼女に願いたいことなどない。ここに来た記憶。ここに来る前の記憶がない。だから、自分にはやり残したことがあるのかどうかわからなかった。
「今すぐじゃないとダメなの?」
「今すぐじゃないとダメ」
「待ってくれないの?」
「くれない」
 意地悪をするお姉さんのようにいたずらっぽく笑った後に他のほうを向いてしまう。
 これは、死神である彼女には何もすることはできない。待つことしかできない。
 隣では、眉を顰めた少女が考えている。実は、死神である彼女はこのような顔を見るのが好きだったりもした。
 何もできないと思いながらもその表情を見て楽しむ。この時が彼女にとって最も幸せなのかもしれない。死神には変わった感覚を持つ者も多いが、やはり彼女も例外ではないようだ。
「ごめん。自分から言っといてなんだけど、ちょっと待っててもらえるかな」
 願い事を一生懸命考えていた彼女は、死神の言葉にまたまた驚いたが、声には出さなかった。
 ゆっくりと立ち上がった彼女は、先ほど突き刺した鎌を手に取った。
 それと同時に、またもや体中から殺気が放出される。
 肌を刺すような刺激が体の自由を奪い取り、首を思い切り絞められているかのように声を出すことができなくなる。
 最初に彼女が鎌を持ったときはここで手放したが、今度はそのようなことはなかった。
 死神は迎えに来た少女のことを無視するかのように背を向け、ただ一点を見ていた。
「まったく、あの時にすべて片付けておくべきだったわ。いったい誰なのよ、いい加減な仕事をした奴は」
 死神が見つめるその先には、ひとつの塊があった。いや、正確に言えばそれは塊ではない。何十という黒い物体。それが箱に詰められているかのように密集しているため一塊のように見えるのである。
 彼女はこの場所へ来る前に、大量に悪霊の集まる場所。そこで何人もの魂を地獄へ送りつけてきた。しかし、少女の魂を回収する時間が来てしまい残滅を断念。好きでその場所に集まっていたのだから、後で来てもいいと考えていたのだ。
 その考えが仇となった。
 彼女に狩られることなく残っていた悪霊たちが、彼女のことを怨むかのようにしてもこのようなところまで追ってきたのだった。
「おっと、いい加減な仕事をしたのは私だったわね。反省反省」
 舌を少しだし、軽く自分の頭を叩く。小学生ほどの少女がやるならまだしも、二十歳前後の女性がしている光景は少し違和感があった。まして、不気味な雰囲気を纏っている死神がしている時点でおかしなことなのかもしれない。
「じゃあ、さっさと第二ラウンドを始めましょうか!」
 やさしい笑顔から狂気に満ちた笑顔になり、口元はつりあがっているが、目線を合わせただけで殺せそうなほど睨みつけている。
 鎌を構えた死神が消えたかのように見えた。
 それと同時に、高層ビルのすぐ近くまで来ていた黒い怨霊群の前に出現する。
 初撃は誰にも見えなかった。
 気がついた時には何匹かの黒い物体は真っ二つにされて、霧状の物体へと変わり始めていた。
 人間には真似することのできないような尋常なき強さを発揮する死神。
 流れるような動き。まるで、曲にあわせながら戦っているような彼女は、踊っているかのように美しいものだった。たくさんの輝く星をバックにしたその光景は、絵にすることはできないほどの芸術品にもなるかもしれない。
 悪霊たちも、やられているだけではない。
 統一性のない彼らは、仲間のことなど気にすることなく死神のいる方へ攻撃を開始する。しかし、味方にあたることはあっても彼女にかすることすらなかった。
 その戦いはそれほど時間を使わなかった。
 戦いというよりも一方的に霊を狩り、すでに一匹も形を成してはいない。空中には混じることの無いまま、黒い霧が雨雲のように浮遊している。
 ひとつの戦いを終え、一段落した死神は小さな声でなにか独り言を言うと、星々のある空がひび割れたかと思うと、次の瞬間には音をたてることもなく割れた。
 そこには真っ黒な穴が現れた。
 どこに繋がっているのかは少女にはわからないが、その向こうがこの世ではない何処かだというのは直感のようなものでわかった。
 次々と吸い込まれていく黒い霧。この時、死神は完全に油断していた。
 気配を消し、少女の後ろから忍び寄る影に気がつかなかったのだ。
「きゃあああ!」
 その悲鳴が聞こえ、その存在に気づいたときにはすでに少女のすぐそこまで霊が接近していた。
 脅える彼女は声を上げるのが精一杯で、体を震わせながら同じ場所で蹲っている。その手には、死神がどこからか出したバラに酷似した花を強く握り締めていた。
 相手は一匹。だが、位置的にここから鎌を投げれば少女にも当たってしまうかもしれない。それは、死者達を送り出す死神のプライドが許さなかった。
 悪霊はすでに攻撃態勢に入っている。もう、彼らに知能というものはほとんど存在していない。さっきまで彼女と一緒にいた少女は、それらには仲間だと認識されてしまったのだろう。だからこそ、無関係の少女に襲い掛かってきたのだ。
 今死神のいる位置からでは彼女を助けながらにして怨霊の急所を突くことはできない。
瞬時に移動する死神でも、気がつくのが遅すぎた。
「!?」
 突然誰かに突き飛ばされた少女は何が起こったのかわかっていない。ただ、蹲った状態から少し頭を上げて周りの様子を見ている。そこに、とんでもない光景があった。
 すらっと伸びた死神の体。少し力を込めれば折れてしまいそうなほどに細い体に鳥のような姿をした悪霊の嘴が突き刺さっている。しかも、その場所は生きている者も死んでいる者も失うことのできない場所。生者でいえば心臓に当たる部分。死者にとっては体を保つために大切な場所。そこを破壊されれば彼らの体は消えてなくなってしまう。
 それほど大切な部分に、悪霊の攻撃は命中している。
「こんの!」
 心臓部分を貫かれて、とても苦しそうな表情を見せるが動きに鈍りは無い。
 大きな鎌を振り回しているとは思えないほどの速さで腕を振るうと、死神も相手の急所部分を貫いた。
 苦しみながら消えていく鳥型の悪霊。黒い霧はすぐさま死神が開いた黒い穴へと吸い込まれていった。
 彼女達のような霊体には痛みという感覚は無い。それでも、急所を破壊されては苦しさというものは出てくる。
 傷部分を押さえながら、少女がいる屋上にまで戻ってきた。
「大丈夫ですか!?」
 死神の殺気にすっかり慣れてしまったのか。それとも、やられたことによりそれが薄くなったのか。少女は体の震えが完全に止まり、致命傷を負っている死神に近寄る。
 彼女の体からはこれほど大きな穴が開いているというのに、血液がまったく出てこない。その代わりというように、悪霊を切ったときに出ていた黒い霧。それが彼女の体からもあふれ出ていた。
「あは、ちょっとミスっちゃったね……」
 死神は、苦しいはずなのにまだ笑っていた。大きな鎌は手にしたままだが、恐怖を感じることは無い。その笑顔は、この状況になってもまだ心のそこからのものだった。
「でも、良かった。あなたが無事で……」
 彼女の話方は、とても苦しそうなものとなっている。
「大丈夫、大丈夫!」
 少女は、いつの間にか涙を流しながら横たわっている死神を揺さぶった。死神の体が一度揺れるたびに、ポッカリと開いてしまった胸部の穴から霧が出てきた。
「私の心配なんかよりさあ、あなたの願い事は決まったの?」
 これほど深い傷を負い、苦しそうな息使いをしていても、死神である綺麗な女性は死者である少女のことを一番に考えている。
「早くしないと、あなたの願いが叶えてあげられなくなっちゃうよ」
 その言葉は、もう少しで彼女が消えてしまうことを意味していた。エネルギーの供給を絶たれた体は、よく見ると少しずつ霧に変わっていっているようにも見える。
「でも……」
「いいから早く。私にだって時間が無いのよ」
 涙の止まらない少女。出合ってからまだ数分だというのに、なんだか昔から知っている人物で、ずっとやさしくしてもらってきたかのような錯覚に陥っていた。それほど、死神は人の心を動かす力を持っていた。
 少し強く言われた少女は、何かを決心したかのような顔になり死神にいった。
「私、お姉ちゃんの代わりをする」
「えっ?」
 ここに来て初めての表情。驚きの顔を彼女が見せた。
「私、死神になりたい」
 少女の顔は本気だった。冗談をいう雰囲気でもなければそのような態度をとっているわけでもない。
 ここまでくれば、死神も本気としてとるしかない。それほど残された時間もなかった。
「結構、この道も大変なものよ」
 少女は、何もいうこともなく頷く。
「だったら、泣くのは止めなきゃ……」
 死神は、真剣な顔をしながら泣いている少女の涙を指で拭いてあげる。その指も、もう半分は消えてしまっている。
 それでも、少女の涙は止まることは無い。そうしている間にも死神の体は消え続け、下半身と左腕が消えてしまっていた。
「それじゃあ、後は頼んだわよ」
 そういって手に持っていた大きな鎌を少女に差し出した。
 最初こそは少し戸惑っていた彼女だが、一度それを手にすればしっかりと握り締めて放すことは無かった。
「……」
 もう、彼女が話すことはなかった。いや、話すことはできなかった。声が出ないものの、その唇はちゃんと少女への最後のメッセージを伝えていた。
 後のことはよろしく、と。
 女性の体が完全に消えてしまった。その体は霧となって空中に散布される。しかしそれは、先ほどのような黒いものではなかった。粒子一つ一つが緑色の光を放ち、まるで光の川が少女に流れ込んでいるかのように周りを包んでいく。
 しかし、その光も自らの開いていた黒い穴へと流れていった。
 すると、それが何の前触れもなく閉じられた。時間が巻き戻るかのようにして一つ一つの景色のピースが当てはまり、元の綺麗な青空の広がる空が出現する。
 少女はすでに、先ほどまでの少女ではなかった。いや、もう少女ではなく彼女のことは死神と呼んでもいいかもしれない。いつの間にか彼女を迎えに来ていた死神のように真っ黒な服を身に纏い、体に不釣合いな鎌を背負っている。
 その顔に、笑顔や泣き顔というものは無かった。ただ鉄の仮面を被ったかのような無表情だけがそこに存在していた。握っていた花はいつの間にか何処かへ行き、外見からではその姿を確認することはできなかった。


 死神が目を覚ましたときには、それなりの時間が経っていた。真っ暗だった空が、朝日で赤く染まっている部分もある。あれほど綺麗だった星は見えなくなり、力強い光が世界を支配する時間。
(私は、まだ消滅していない……)
 自分が消えていないことを確認すると、胸部の傷口を見てみた。
 確かに急所に近い場所を打ちぬかれていたが破壊されてはいない。だからこそ、これほどの回復力なのだろう。もう、その傷口はほとんど塞がっており、もう少しでそこに傷があったのかどうかもわからなくなってしまうだろう。
(懐かしいことを思い出した。自分を犠牲にして他人を救う、か)
 少し状況は違っているが、彼女のことを死神にしてくれた女性と、先ほどあの世に行った女性。行ったことは同じである。それが、死神である彼女には少し気にかかったのだった。
(こんな私でも友達というものができて、クロミという名前をもらった。あれだけ人の心を動かすことができたあなただ。いったい誰からどんな名前をつけてもらったんだろうな)
 彼女らしくも無い考えごとをしながら少しだけ口を釣り上げて笑った。
向こう側に繋がっているゲートを閉じる。それほどまでに体力が回復しているのだ。やはり、彼女の体は物凄いスピードで回復が行われている。
 死神は懐からあるものを出した。それは、あの時死神の女性にもらったあのバラに似た花。それは形が崩れることもなく、そして枯れてもいない。もらったときのままの姿でそのまま残っていた。
 そして、もう一度誰にも見せないような顔で笑った。それは、今までにしたこともないかのような、心のそこからの優しい笑顔だった。
 真っ赤になっていた空が真っ青に変化をとげる。朝日が海岸を光で満たし、何度も往復を繰り返す波がそれを反射している。
 そんな美しい光景の中に、もう死神の姿は無かった。 






2005/12/03(Sat)10:50:58 公開 / 上下 左右
■この作品の著作権は上下 左右さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
さてさて、やっとのことで完成することができました。かかったのが……二ヶ月ぐらい?長いですね〜。これだけの物にどれだけかかっているんだと怒られるかもしれませんね。でも、自分の中ではなかなか満足のいく終わり方でした。過去話も出せましたしね。でも、そろそろこのシリーズも終わりにすべきかな〜っと考えながらそのつもりでアイディアを膨らませております。でも、どうしたらこの物語って終わるんだろう。おっと、そんなことはどうでもいいですね。これまで読んでくれた皆様。本当にありがとうございました。これからも上下の書いたものを読んでくれればうれしく思います。それでは、又何処かでお会いしましょう。それでは!!
この作品に対する感想 - 昇順
感想記事の投稿は現在ありません。
名前 E-Mail 文章感想 簡易感想
簡易感想をラジオボタンで選択した場合、コメント欄の本文は無視され、選んだ定型文(0pt)が投稿されます。

この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
スタッフ用:
投稿者用: 編集 削除