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『群青のアルファル〔■一話/前編〕』 作者:凪風 / 未分類 未分類
全角12689文字
容量25378 bytes
原稿用紙約38.2枚
海の楽園アールヴヘイム。そこは群青色の海と、涼やかな風の流れる、妖精の住む楽園島。男はそこで、幸せに出会う。それは偶然でも奇跡でもない。この世界に、ただ存在しているもの……癒しの物語です。


――「中国人民解放軍の度重なる侵攻に対し、我々は今日、国民の総意の元、以下の発表を行う」――

 第四次世界大戦から五年後。

 あの、世界で三度目の核の使用によって地図から消えた『中国』『北朝鮮』『韓国』。これにより、世界は居心地の悪さを感じるようなにらみ合いの時代に突入していた。
 いったい誰が三国を消したのか。それすらわからぬまま、時代は過ぎて行く。世界各地で紛争がおき、国同士の小規模な小競り合いが続き、しかしその中であっても国際連合においては「平和」が謳われるような、偽りの平和が支配する世界。
 そんな中、国際連合国籍ナンバー005は突如として中華人民解放軍による攻撃を受ける。 それはとても小規模、国同士の戦争としてはあまりにも小さすぎるような攻撃。

――「『中国人民解放軍、および韓国、北朝鮮の陸、海軍による日本国保有の領海への領海侵犯、九州地方――福岡、長崎、佐賀県への領土侵犯、周辺施設への破壊工作、占領』これについて、我々国際連合国籍ナンバー005、『旧日本国』はここにこれを『侵略戦争』と定め」――

 消えたはずの中国。存在しないはずの軍人達。
 核の使用によってその大地を汚され、空気を燃やされ、そしてそこに住む人民達をも消されたはずのその国々たち。しかし、そこには確実に何者かの意思が存在し、また、人間が存在していた。
 それが日本に現れ、公然と攻撃を仕掛け、その土地を占領する。ハーグ陸戦条約にまでしっかりとのっとって。
 これは、侵略以外の何者でもなかった。

――「ここに我々は『個別的自衛権』の発動を国民のみなさま、ならびに関係各国、存在するのならば中国、北朝鮮、韓国の人民に対してご報告する次第であります」――


 宣戦布告。
 これはそう、宣戦布告だったのだ。
 確かに日本は恒久的平和を約束し、他国に対する戦争を放棄した。だから宣戦布告に対する法律など存在せず、この場でもそれは報告されなかった。
 だが、これはいうなれば『口の利けない若者が、代わりに中指を立てた状態』だったのだ。



 ガチャリ、とドアが音を立てた。
「……失礼するよ。アカシ軍曹」
 その途端、椅子に座ってその『一年半前の記録』をテレビで再生していた少年は、まるで弾かれた人形のように立ち上がった。
 ざっと空気を叩くような鈍い音が響き、それと同時に右手が伸ばされ、綺麗に額にかざされた。
 わずか十七の少年にはあまりにも似つかわしくない、規律正しい敬礼だった。
 ドアを開けて入ってきた老齢の石川大佐は、その顔に深く刻まれたしわをさらに深くしながら、目を細めた。
「……楽にしてもらって構わんよ、軍曹」
「了解いたしましたッ」
 木目の美しい机、黒い皮製のソファー、白と木枠の壁に、部屋の隅には観葉植物とともに日本国旗も立てかけられている。
 習志野の第一空挺師団基地、大佐の事務室である。
 そこでやはりその年齢に似つかわしくない軍服を着こなしていた少年は、敬礼を素早く解いた。しかし直立不動の姿勢は解かない。 
 石川大佐はその姿に再度ため息を一つついた。
「軍曹。一年半もの間よく頑張った。尉官の者も、将官の者もいなくなった中でよくぞ仲間の命を救った。君の行為は、とても誇らしい物であると私は思うよ」
「ありがとうございます大佐ッ」
 少年は怒鳴り、目をほとんど大佐には向けずに正面に据えた。目元には、醜い傷跡がくっきりと縦に入っている。
 そこに、液体がぬらぬらと光っていた。
 大佐はソファーへと向かい、その中途でそれを見つけて、一瞬ピタリと止まった。彼の長い軍人生活を知っている者がその場にいたのなら、その行為にその者は驚いただろう。大佐が僅かであろうと動揺するのは、彼の軍人生活の中で一度もなかったからだ。
 しかしその場にはそんな人物はいない。いるのはシワの目立つ本人と、直立不動でただただ何もない壁を見据える少年だけだ。
 光る液体……『涙の跡』に気がついた大佐は、何も言えずにただ手をうろうろとさせて何度か頷くだけだった。
 他に何をすればいいのだろう。彼にかける言葉は、自分の中で構成するにはあまりにも軽すぎる。彼はこの歳で、この僅かな年であらゆるものを失ってしまったのだ。
 故郷も、家族も、恋人も、仲間も。
 そして恐らくは、自分自身でさえ
「――家族のことは残念だった。我々も、申し訳なく思う」
 結局大佐の口から押し出せたのはそんな陳腐な言葉でしかなかった。
 だが他に何を言おう? このすべてをなくし、生きる意味すらわからず、ただただここへ流されるがままに赴き、まるで機械のように感情をつぶして気丈にも軍人らしくあろうとする少年。
 彼に何を与えれば、その心を救うことができるのだろう。
「いいえ、お心遣い、感謝いたしますッ」
 少年はそんな大佐の心の動きに目を向けるわけでもなく、ただ堅い動きで礼を述べるのみだった。
 大佐はその様子を見つめ、俯き、小さなため息をつく。
 何度かの頷きの後、すっと息を吸い上げて少年の目を見つめた。
「除隊は……いつにするかね。まだ残したい物があるのなら、しばらくの間ここにいてもいい」
「自分は、除隊はしません」

 大佐はしばらくの沈黙を迎え入れた。
 それは彼にとっては、堅い鉛を飲み込むために要した時間であった。

「……かたくなになることはない。もう君は十分に戦った。ここで身を引いたとして、誰も君を攻めたりはしないだろう」
「自分は」
 その少年は、大佐の言葉を聞いていなかったのだろうか。
 かれはただ、繰り返した。
「除隊はしません」
 それは予想されるべき事態だったのだろうか。上層部の都合で戦地へ赴き、銃弾の飛び交う世界へ降り立ち、人を殺し、仲間を殺された。そして地獄の末に夢見た故郷は、すべて灰になっていた。
 そんな男が除隊しないということを、大佐である彼は予想するべきだったのだろうか。
「……軍曹」
「自分は長くないと軍医に聞きました」
 少年は重罪に当たる『上官の言葉を制して話す』をなんの感慨もない無表情な顔で行った。
「自分の命の置き場は、既に考えてあります。その結果のご報告です」
 それは言外な『誰の意見にも耳を貸すことはない』という決死の言葉だった。彼の、決心だった。
 それは果たして、大佐の心を激しく揺り動かす。
 これが僅か十七の少年の言う言葉か。
 数々の死を見据え
 ――そして、自らの死を前にした者の言葉か。
 彼をこんな風にしてしまったのは、自分達、なのだ。
 大佐は吐き気がした。自分が悪魔以上の悪意を腹のそこに収めているのだと自覚すると、その吐き気は一層色濃くなった。
「……アカシ軍曹。退役しないのであれば、君には転属願いを出してもらうしかあるまい」
 大佐は胸のうちにある吐き気を押さえ込み、上等な木製ディスクの引き出しから書類を取り出した。
「新国際連合がUASC(Union Airlines Security Corps/連合航空保安隊)の他にULSC(Union Land large area Security Corps/連合陸上広域保安隊)を結成しているのは知っているか」
「いいえ、知りません」
「ULSCは、二度の世界大戦によって不安定になった国際情勢を取り戻す為に組織された陸上部隊だ。表向き保安隊だが、暗殺、誘拐、重要施設爆破など保安に関わることならなんでもする。君の肌にも良く合うだろう……転属だ」
 少年は何も言わなかった。その内に在るのがなんなのか、大佐には当然わからなかったし、少年自身、誰にも知られたくなかった。それは、極めて黒い、闇のそこに沈むかのような感情の渦でしかないのだから。
 だから少年は気取られぬよう、身長に表情を作りながらきびきびとした動作で再度敬礼をした。
 大佐は、ふっと表情を緩めた。それは安堵や喜びから出た笑顔ではない。


「『群青のアルファル』……これが君の参加する、作戦の名だ」


 これから先、この闇の底に飲まれようとする少年に、僅かな光が差すように。
 祈りの為の、笑顔だった。





 自然という優しい女神が、この世界を抱くように。
 あるいはこの世界をより美しく見せる為に覆われた水色のカーテンのように。

 あまりにも大きく、人一人では抱えきれない程広大なそれは、この世界のすべてのものを、優しく包みこんでいた。穏やかな風、流れる白い雲。合わせて見れば、その先はやはり、伝説の通り楽園であるのだと手を伸ばしてしまう。世界は美しかった。

 薄い水色を夢幻に広げ続けたような、抜けるような青空。

 耳を澄ますと、海鳥が、きゅう、きゅう、と心地よい鳴き声を、ゆったりと流れる時間に乗せていた。青空に芸術的なしみを付ける白い海鳥達は、羽を大きく、ゆっくりと動かして、風が踊る世界へと、自由なその身を預けていく。

 そこに羽音が聞こえた。
 ぶぅぅぅぅぅんという、小さなミツバチが花を渡り歩くような音が、空を流れて行く。世界を壊すでもなく、不協和音を流すでもなく、ただ、『そういう存在であるからそういう音を鳴らすのだ』と言わんばかりの、堂々とした音色だった。
 ふと、水色の世界に、紅い小さな機影が実にゆっくりと横切った。青い世界に、紅い機影と、それに続く白い雲が斜めに走る。プロペラが頭部についた小型の飛行機。羽音の正体はこれだったようだ。
 下から見上げれば、それがまるで歩いているのと同じくらいの速さで飛んでいるように見えただろう。事実、彼の尾翼辺りから見たプロペラの動きはあまりにも緩慢で、まるで飛んでいるという実感がない。代わりに目に入るのは、水平線をはさんで水色の空と対を成す、群青色の海。
 飛行機の速度にあわせ、キラキラと真っ白な光を返す水面。海の深みはより碧く、    浅くなればエメラルドグリーンに、快晴の空に映えるように、美しく光り輝く。さながら、太陽にかざしたエメラルドのきらめきだった。

 灯はそれを、黙って見ている。
 胸に風穴でも開いて、あまりにも心地よい風が吹いていったような気持ち。す――と胸の辺りが持ち上げられるような、そんな感覚が彼をどうしようもないほど感傷的にさせていた。

「綺麗でしょうお客さん!」

 小型の飛行機を操る小柄な黒人は、後ろを振り返ると楽しそうに微笑んだ。
「……あぁ」
 その満面の笑顔に、後部座席に座る灯は緩慢な動きで、生気のない目を外に向けながら頷いた。茶色がかったミディアムの髪を風の流れに揺らし、疲れたようなその相貌を窓から水色の空と群青色の海へと放る。
 不思議な男だった。少年のような、しかしそれとは思えないほど『生きること』に疲れ切ってしまったような表情を持つ。ほとんど生気の感じられない黒い瞳が、飛行機のゆらりとした揺れに合わせて、ふわふわと浮ついていた。
 そして何より目立つ、えぐれた醜い傷跡。目の下からアゴへと、周りの皮膚をひきつるように走っていた。
 灯はその傷跡に手を沿わせながら、眼下の青い海を眺める。
 初めて見る、明るい日差しの海。綺麗に輝く青い海を見ると、心の中に涼しい風が吹きぬけていくようだった。す、と息を吸い込むと、体中にひんやりとした風が流れ込んでくる。
 そんなぼぅ――と景色を見る彼は、美しい景色とは対照的に真っ黒だった。
 真っ黒な上下の戦闘服、ひじ、ひざにはプロテクトパットが装備され、頭には同じように、黒いケブラー製ヘルメット。大きなゴーグルがレンズ部分でヘルメットを覆いつくさんとしている。
 さらに胸部には分厚いボディーアーマー、ポーチがこれでもかと言わんばかりに大きなものを着込んであり、それもやはり黒い。窓際に置かれた分厚手袋も、やはり防弾装備であり、黒い。
 特殊CQB装備。そういう装備だった。
 太ももには、その大げさな装備に遠慮するかのように、小さな拳銃がひっそりとホルスターに身を寄せていた。
 少しでも『そういう』経験がある人間が見れば、それがダブルアクションハンドガン(*)……『IMI ジェリコ941RSモデル』であることがわかっただろう。9mmParabellumと41AE弾さらには40S&W、.45ACPと四つの弾種が使用でき、各種デバイスも取り付け可能、さらには砂塵や海水にも強いという優れものの銃である。
 まともな人間が持つものではない。
 機体に降り注ぐ柔らかな陽光にぼんやりとした戦闘装備の灯。操縦士はそんな異型の灯にニコニコしながら振り返る。
「お客さんの国籍ナンバーはどこで?」
 灯はチラリと操縦士のほうを見たが、それには答えなかった。馴れ合うつもりはない。彼にとって、この船に乗ることは不本意な結果でしかなった。
 操縦士は肩をすくめる。
「アールヴヘイムに来る兵士はみんなそんな感じだよ。ブスッとして、口も利きやしねぇ」
 灯はやはりそれにも目を向けるだけで、答えなかった。ただ窓の外を見つめ、広い海の中からひっそりと姿を現した小さな島を覗いていた。 
 海辺が居住区なのだろうか。白い建物が周りの緑色の草原地帯をわって立ち並ぶ。光を跳ね返す建物一つ一つが輝いているようでまぶしがった。
 濃い緑の草原は、寝転がってこの水色の空を見上げればきっと気持ちいいだろう。流れる海風に、ざわざわと丈の低い草が揺れる。それは自然が作り出した『自由』という題名を持つ芸術作品に他ならない。そして島を囲む白い砂浜の線が、真っ白な光の下で、美しく映えた。ゆったりと押し寄せる波をその身で迎え入れるその姿は、サラサラとした砂と合わせて、まるで神の羽衣のようだった。
 これから向かうのは美しく、穏やかな海に囲まれた絶海の孤島。
 ムエルノームの海に囲まれた、リゾートの街。
 灯は、眼下に広がる美しい海の群青色を眺める。思い出したように揺れる水面が、波を僅かに立てていた。ホントに穏やかな島なんだな、と灯はぼぅっとした頭の片隅で思った。そしてそれが、あまりにも自分には似つかわしくないことも。

 もっと戦場を。血風と銃弾が飛びまわる、死と隣り合わせの場所を。頭はそれを望んでいなくとも、体はそれを求めていた。込みあがる『この場にいるのは間違いだ』という不快感が、彼の神経を過敏に逆立てる。

 仲間がいて欲しかった。あの戦場を生き延びた戦友がここにいれば、柄にもなくこんなにも憔悴しきった自分を蹴り飛ばし、肩を抱き、心を支えてくれただろう。
 仲間が、いれば。きっと――

――すげぇ! 軍曹、見てくださいよッ、外すっげぇ綺麗――

 豪快で、それでいて戦場では繊細な中村は、軍服をクシャクシャにして、椅子に行儀悪くひざ立ちしていた。銃を放り出し、無邪気な顔を窓の外に向ける。美しい景色に心を奪われているようだった。海から跳ね返された光が彼の頬を照らし、笑顔を余計にまぶしくしていた。その笑顔がこちらに向けられると、灯は釣られて口の端を持ち上げる。

――うるせぇんだよ馬鹿……黙って銃の点検でもしてろ――

 冷静沈着、しっかり者の江崎が俺の隣でブツブツと文句をぶつけてきた。灯は振り返ると、口元をもたげ、軽く返してやる。この温かい雰囲気が、江崎は不満らしい。いじいじと手帳をいじりながら、しかし灯は知っている。その手帳の中身は、自衛官心得や作戦地図だけではない。二ヶ月前に生まれた子供と、高校時代からずっと付き合ってやっと結婚までこぎつけた妻の写真が、江崎の満面の笑顔とともに隠されているのだ。「内緒ですよ」と、クリスマスの焚き火の前でそっと教えてくれた。
 ふと、気づく。いつものあいつがいなかった。いつもいつも嫌味ったらしくジョークを放つ中里が、今日は妙に静かだ。
――いや、自分高所恐怖症ですから――
 小さな声で呟きながら、隅の方で縮こまり、軍服の袖をつかんでいる。顔色が悪く、薄笑いを浮かべつつもその表情は硬い。隊でも有名な毒を吐く灯だが、高所ではどうもそうではないらしい。灯はその怯えて警戒中の猫のような姿に、クククと声を殺して笑った。大声を上げて笑っては、彼に悪いという灯なりに気を使っていたのだ。
――うおしゃぁぁぁ―中里さん、外を見るんだぁぁ―!――
 うぅぅぅ〜とうなる中里に、中村が嬉々としてつかみかかった。「うをぉぉ!? やめろ! 立たせるな、暴れんな、飛行機が落ちる!」と慌てる中里を引っ張り倒し、日ごろ嫌味を言われている恨みを晴らす算段らしい。
――おおっ! 俺もやるやる!――
――中里覚悟ぉ!――
――揺らせ揺らせ〜――
 その計画に、さらにたくさんの兵士達が加わった。あまり広くない機内の奥から押し合いへしあい兵士達が現れ、江崎と灯の席を乗り越え、殺到する。
 無理やりひっ立たせようとする中村以下十数名やら、必死の抵抗を見せる中里やら、機内は大騒ぎになっていった。それに江崎が「うっせぇ! 手前ぇら黙れッつってんだろうが!!」と怒鳴ったことによってそれに輪をかけたように騒がしくなり

――そして

――そして、灯は

「お客さん、立ったら危ないよ」 
 いつの間にか中腰になっていた自分に、操縦士の声が冷ややかに聞こえた。
 ハッとして周りを見渡すと、そこにいたはずの兵士達の姿はなかった。あんなにも騒がしく騒いでいた彼らは、音も無く、消え去った。
 ただ、プロペラの回る音が静かに機内に響く。
 灯はしばらく、腰を上げたままの姿勢で硬直していた。視線を震わせ、どこかに彼らがいたことを証明する『何かが』あるはずだと探す。手すりをつかんだ手が汗にじっとりと濡れて、震え始めるまで、彼は探し続けていた。
「……大丈夫ですかお客さん?」
 灯はその言葉に緩慢に視線を返した。コクピットから、操縦士がいぶかしげに顔をだしていた。
 灯は動揺をその目に浮かべて、すとん、と力が愕然と抜けるように腰を落とす。うなだれて、薄く笑った。
 馬鹿だった。
 仲間はもうここにはいない。あの地獄のような戦場で戦った仲間は、もう地獄からの生還を果たして、幸せな日常に戻っていった。その舞台を、降りていった。
 舞台に残ったのは、血にまみれてたたずむ、彼一人。
 灯は空しさから考える。俺はどうして、生きているのだろう。
 あの戦場で生き残ったりしなければ、俺は深い闇の底で、横たわっていることができたのに。
 どうして、俺は




 猫がいた。
 普段気ままなことを(無自覚に)売りにしているその茶色い猫は、港で鳴く海鳥をバックにつまらなそうな瞳を海に向けていた。むーっと見つめつづけ、時たまくわわぁっとあくびをする。
 海は穏やかに凪いでいた。そよぐ風に、堤防に座る彼のひげがふるふると揺れる。
「にゃーこさん。何を見てるんですか?」
 ふと、耳に心地よいソプラノの声がその風に乗ってきた。猫はむーっとしたままその声を無視したが、声の主はそれには納得せず、ちょこんと猫の横に座った。
 ピンク色のワンピースが良く似合う少女。ひざに海と同じ、青色のジャケットをかけて、目を引く栗色のショートヘアに手を差し入れる。ふっと力の抜けた笑顔が、蒼を背景にのんびりと揺らいでいた。
 風がそよぐと、耳元の髪がサラサラと踊る。それを少しだけかきあげると、そっと猫の頭を撫でた。
「風が気持ちいいですねぇ……」
 微笑みながら海を見つめる。すーっと風は波とともに流れ、潮風の匂いがゆったりと漂っていた。
「……あれ?」
 海の上に広がる水色をさらにうすめたような空色。そこにぽつりと、小さな赤い点が浮いていた。ふわぁっと揺れると、まるで水面に浮かぶ糸くずのように見える。……どうやらあれは、マックの旅客飛行機のようだ。相変わらずおんぼろのまま空を泳いでいるらしく、時々危なっかしくふらつく。
「にゃーこさん、あれを見てたんですか?」
 猫はにゃーむと鳴いた。女の子がぽんぽん、とひざを叩くと、猫はつまらなさそうな顔のままその上にてこてこと歩き、体を丸めた。
 その姿を見つめ、そうですかぁ……と女の子は呟く。
「なんだか、いつもよりも楽しそうなことがおこりそうですね……ほっぺたがわくわくして、くすぐったいです」
 猫はただ、潮風と温かい日差しに目を細めていた。むぅぅぅんと鬱陶しそうにうるさい羽音を立てる飛行機を見つめ、くわわぁぁとあくびを一つ。
 穏やかな時間に乗せて、少女はふわふわと手を振った。飛行機はそれを知ってかしらずか、ゆっくりと飛行場に向けて高度を落としてく。紅い機影は、水色の空に鮮やかに糸を引き、それが森の中に消えた。
 一瞬「わわわわ……」とあたふたした少女だが、飛行場は確か、森に囲まれていたのだっけ、と思い出した。「よかった」と胸をなでおろす。「墜落したのかと思った」、と後に続けなかったのは猫に聞かれたくなかったからである。
 聞いてませんでしたよね? と語りかける代わりに、そっと猫を撫でた。優しい日差しに暖められた柔らかい毛が、触る手に心地よい。
 それがなんだか楽しくて、少女は微笑を浮かべた。
「私が手を振ってるの、マックさんたちみてたかなぁ……」
 なーご。と猫はぶすっとした表情のまま鳴く。轟音だってどこ吹く風。突き進むマイウェイな猫は少女のひざの柔らかさに満足げに頬ずりしていた。
 少女はそれに、くすりと吐息を微笑みにのせた。
「そうですかぁ……にゃーこさんは、物知りなんですね」
 暖かな日の日差し、そよ吹く潮風に耳に心地よい潮騒。それによくなじむ、少女のとても心地よさそうな表情。幸せのすべてをその身に一身に浴びている。そんな気持ち。
 さざ波がゆっくりと打ち寄せ、そしてまたゆっくりと浜辺から離れていく……
「そうだ」
 それがちょうど十回ほどたった頃だろうか。少女はふと、顔を上げた。ひざにかけていたジャケットを手に移すと、ぽんぽん、とほこりを払った。
 空に溶け出した、うっすらとした水色の世界。
「……迎えにいきましょうか? にゃーこさん」





 白い町並みの美しい居住区からは少し離れたアールヴヘイム南部空港。
 あまり豪華ではなく、大きくも無い空港だが、長旅の飛行機から降り立った客はここに来てまずアールヴヘイムの良さを知る。
 純白の壁に木製の装飾品。ピカピカに磨かれたカウンターに、これまた新品のような光沢を放つ待合用のソファーや、色鮮やかな観葉植物。油絵でかかれた港街の風景は、群青の海に妖精が舞う高尚な芸術品。

 そしてなにより、フロアの屋根をすべて取りさらって見えるようにした、水色の空。

 足元を見れば、そこにも空が広がっている。床はすべてガラス張りで、その中をめぐる水の流れが、空をその身に映しこんでいるのだ。

 この空港の創設者は言った。
――ここは世界で一番優しい気持ちになれる島だ。わざとらしくも、無理をしているわけではない。皆が皆、自由を得、そしてそれを自らではなく、優しさに費やしている。それはどこまでも美しく、得がたいものだ。そして私は、そういう世界を作りたい――
 もう彼は他界してしまったが、彼が作りたかった優しく、美しい世界は見事に再現されていた。空港に降り立った観光客は、まず室内なのに明るい空に目を奪われ、次に小川のせせらぎに耳を奪われる。見渡しても、そこには川は無い。何度か周りを見渡して、そしてようやく気がつくのだ。
 自分が水色の空と白い雲に囲まれているのを。
 空いっぱいに広がる水色の世界、見下ろしてもそこには水色が浮かぶ。そこにポツリといる自分に、人は無限の希望を抱く。
 まるで空の中に浮かんでいるようだと、訪れた者達は驚きと素敵な者に出会えた喜びに顔をほころばせて言うのだ。
 アールヴヘイム南部空港。治安を守る警備員は、客達が喜んだり驚いたりするのを見送るのが密かな楽しみであった。飛行機がこの島に訪れ、客達が時折彼に喜々として自分に話しかけるのが好きで好きでたまらなかった。だから今日、日に数本しか訪れない飛行機に合わせて、小さいながら飛行機が来ると聞いた時はいつも以上に仕事に向かう足取りが軽かったものだ。
 しかし今日、小型飛行機に乗って訪れた灯という少年は例外だった。最初に驚き、次にあまりに壮大すぎる世界にあっけに取られる。
 しかしその後顔をほころばせること無かった。ブスッとした表情で歩き出し、金属探知機に何度か引っかかって苛立ちながら、ロビーへと歩き出す。
 警備員の男は少々悔しい思いで歯噛みした。客達が喜ぶ姿を見るのは、彼の楽しみでもあり、誇りでもあるのだ。
 だが、とまるでいたずらを画策している子供のような無邪気な表情で、警備員は口元をゆがめた。だが、少年よ、これには勝てまい。
「ムエルノームに浮かぶ海の楽園、アールヴヘイムにようこそっ!」
 少年はあっけにとられていた。それはそうだろう。出入国チェック用の入り口に垂れた、ゴム製の垂れ幕をくぐれば、そこに水兵の服を可愛くデザインしなおしたというアルファル養成学校の制服に身を包んだ少女たちが左右にずらりと並んでいるのだ。
 それも美少女。どれもこれも粒ぞろい(この表現に関しては親父くさいと二十三歳の警備員はスチュワーデス達に言われているが……無視だ無視)の少女が自分をいっせいに自分を見つめて、ある少女には抱きつかれ、ある少女からは花の首飾りを渡され、ある少女からはキスだってされてしてしまうのだ。
 うーん、うらやま――もとい、ほほえましい
 警備員は、少年が顔を真っ赤にしながらロビーの待合用のソファーに向かうのを笑顔で見守っていた。彼はそれが、幸せで幸せでたまらなかった。
 片腕の無い警備員は、目元に深い傷のある少年の表情が暗いものではないことに、とても幸せを感じていた。



「……な、なんだったんだ今のは」
 灯はキスされた頬が熱くなるのを感じながら、そこをごしごし手でこすっていた。別に不快なわけではないのだが、なんだかそうせざるにはいられえなかったのだ。
 そっと様子を伺うように先ほどの少女達に目を向けると、少女達はこちらを見ながらクスクス笑っている。顔を寄せ合い、こしょこしょと内緒話をし合って……アレは自分を馬鹿にしているのだろうか。あまりの恥ずかしさに灯はさらに動揺し、取り出したタバコに火をつけるのに失敗し、何度も自分の手を焼いて擦り切れたジッポを落としまくった。もちろん、少女達はそれを見てまたクスクスと笑っていた。

 そんなことから数十分後。火をつけ終わったタバコを口にくわえて、灯はだらりとソファーに倒れこんでいた。
 洒落た空港に真っ黒な格好の男がいるというのは、彼自身の感覚ではなかなか異様な光景だったが、彼と数名のスタッフ、たった一人らしい警備員だけになった空港の中では、誰もそのことに気を使うことは無い。いや、他に誰がいたとしても彼に気を使う者はいなかっただろう。
 自分が一年半戦争に行っている間に、随分と世界は変わってしまっていた。灯はタバコの煙を肺の中に吸い込んだ。
 国際連合が独自の治安維持部隊を結成するかどうかでもめていたのはもう過去の話。灯が日本を出る前に聞いていたUASC(Union Airlines Security Corps/連合航空保安隊)結成のニュースは、帰って来た頃にはULSC(Union Land large area Security Corps/連合陸上広域保安隊)結成のニュースにすり替わっていた。
 そして世界は当たり前のようにそれを受け入れ、ULSC……別称ガーディアンと呼ばれる治安維持隊員が、こんな普通の島の中で拳銃を腰に下げてだらけていても気にしていないし、真っ黒な格好にも驚きを表すことはない。
 浦島太郎になった気分、という日本人独特の表現を用いるにはばっちりの状況だった。ましてそれが浦島太郎の立場ではなく、ヒラメやタイの立場であるといえば、彼の混乱は良く伝わるだろう。世界に取り残された地球、そんなめちゃくちゃな気分だった。
 太ももに巻いたホルスターの銃に、灯はそっと触れてみた。ひんやりとした、冷たい感触が彼の手と、心臓に残った。目をつむる。
 戦場に向かい、戦い、殺し、殺され、仲間とともに笑い、絶望に怯え、希望を抱えて帰還し、新たなる喪失にすべての感覚を失った。部隊の仲間達も軍を離れてしまい、一年半前と同じなのは、たった一つ。この銃の、冷えた感覚だけだった。
 どうしてこうなってしまったのだろう。銃の表面をなぜながら、灯は思った。わからない。どうして俺は、ここでタバコなど吸っているのだろう。
 なぜ世界は俺から、家族も、仲間も、奪っていってしまったのだろう。

 戦争は彼から家族を奪い、平和は彼から仲間を奪っていった。
 いったい自分は、どこに行けばいいのだろう。
 いっそ、死んでしまおうか。そんな投げやりな感情も頭に浮かんだ。その感情は、妙にするりと頭の中にしみこんできた。そうだ、ちょうどいい。こんな綺麗な場所で地獄の戦場を生き延びた兵士が頭を吹き飛ばす。劇的なワンシーンだ。そして後に語られる、彼の悲しい過去。孤独になった彼の話を聞いて、祖国の人たちはどう思うだろうか。僅かでも悲哀の心を抱いてもらえるのだろうか。
 灯はふっと笑った。それもいい。誰にも彼にも英雄として扱われ、幸せの絶頂にいると思われ続けるよりも、死をもって誰かに自分の思いを知ってもらったほうがよっぽど――

「あ、あの――シロカネアカシさん……ですか」

 ふと、頭のてっぺん辺りから、綺麗なソプラノの声が漂ってきた。その声は戸惑いに揺れていて、しかし僅かに笑っているような、そんな不思議な感覚だった。
 いつの間にかうなだれていた顔を、ぼんやりと上げる。
「あの――も、もしかして間違ってしまったんでしょうか」
 そこには、すらりとした綺麗な形の眉を下げ、困惑の表情を不安げに浮かべている少女。
 サラサラとした肩までの髪が、吹きぬける風に揺れて、白い肌が光の中庭の中で神秘的なくらいふわふわと浮かんでいた。もちろん本当に浮かんでいるわけではないが、そう思ってもおかしくないくらい……たぶん、雲を連想したのだろう。それくらい柔らかそうな白さだった。
 上も下も無限の大空の世界の中、光がスポットライトのように当たる姿はまるで本当に空の女神――柔らかい笑顔も、ふっくらとした唇も、ほっそりとした顔つきや栗色の肩までのさらさらな髪も、すべてが瞳に心地よく、ずっと見続けていたい衝動に駆られるほどだった。
「あの……私、雪紗っていいます。アールヴヘイムの妖精さんで……あ、アカシさん……?」
 ぼんやりと自分を見つめる少年のような男に、雪紗はどうすれば良いかわからず、おろおろしながら「あの、あの……」を繰り返していた。子供のような、無邪気な姿だった。戸惑いながら胸の前で組まれた手の動きが、もじもじとしていて可愛い。
 灯の頭の中は、この美しくもあり、可愛くもある少女が誰なのかということでいっぱいになっていた。



 死がどうのこうという感情は、その瞬間だけは、なぜか消え去っていた。 
 それが彼女と彼の、最初の出会いだった。


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(*/IMIジェリコは操作によってシングルアクションにすることも可能です。銃弾を変えるには専属の銃身、マガジンが必要となります)
2006/01/01(Sun)00:45:57 公開 / 凪風
■この作品の著作権は凪風さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
お読み頂き、ありがとうございます。このような稚拙な小説へ目を通していただけるとは、作者として嬉しい限りです。もしよろしければ、感想、簡易感想などで足跡を残していただけませんでしょうか。
辛口アドバイスもどしどしお待ちしております。

12月11日/前編改変
あまりに冗長がすぎた前回の反省点を生かして、前後編の一話完結方式にしました。今までの感想を読んで、主人公の灯の性格も上手く出てない辺り、これはもう前編改変したほうが早いな、というのもあります。
感想をわざわざ付けていただいていのに、勝手なことをして申し訳ありませんでした。不快に思われたのなら、お言いつけ下さい。誠心誠意をこめて謝罪いたします。一応今までのバックアップもとってありますので、今までのほうがよっぽど言いという方がいらっしゃりましたら、どんどん感想のほうに書き込んでいただければ幸いです。

ここ最近パソコンに触れない毎日です。これも普段とは違うパソコンでして……ここから先もなかなか触れるかどうか……とりあえず修正をかけておきます。
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