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『俺…』 作者:すみぽん / リアル・現代 SF
全角4706.5文字
容量9413 bytes
原稿用紙約12.9枚
俺にはもうすぐその答えを言える気がする。一歩…、今まで何万歩、何十万歩、それとも何百万歩踏み出して来たのかは分からないが、ただの一歩…。
 俺の今の母親は育ての母親だ。産みの母親はどうしようもないあばずれで俺を産んですぐ親父と離婚した。一時期どうしても産みの母親に会いたくて、地元中を探し回り友人に頼みまくり、幸か不幸か願いは叶った。派手な厚化粧にごわついたコートを羽織るそのおばさんだと聞かされた時は…。タバコをよく吸う女性だった。俺は関西の生まれで実家は神戸市だ。『服の街』と言われ始めたのも恐らく同時期だったろう。市内の○×駅で見知らぬ男と待ち合わせ、一緒にボロホテルに泊り込み、翌朝人目を気にしながら一人で出てきて近所のパチンコ屋に直行。3時間程して出てきた母親に俺は歩み寄った。もう一歩踏み出せば声を掛けられる距離に胸が高鳴った。が、パチンコ屋の前の歩道で酔いつぶれた乞食に蹴りを2〜3発入れた彼女は、俺の横を通り過ぎ、静かに去って行った。追い駆けないのか?追い駆けないよ…。いや追い駆ける事等出来なかった。有無を言わせぬ雰囲気は、皮肉にも誰かさんと同じだった。後一歩、気後れた。

俺は物心つくまで親戚中をたらい回しにされた。物心ついたときには既に育ての母親と暮らしていた。後に親父は、俺の為に一刻も早く母親を探してあげたかったと言っていたのを思い出す。

俺は育ての母親に殴られている記憶しかなかった。今も…。子供ながらに愛され様と必死だった。それこそ死に物狂いだった。今でこそ愛に飢えてると自覚しているけど、その頃はただ漠然と、優しく、本当に優しく包み込んで欲しかった。がんばった。運動会、学級委員活動、成績も学年でトップだった事も一度だがある。ただ褒めて欲しい。

来る日も来る日も殴られた。仕事で疲れて帰ってくる親父に、毎晩、毎晩、俺が病気だと言っていた。俺は布団にもぐりこんだ後も、その声があまりにやかまし過ぎて、次第に俺は病気なんだと思うようになった。

ある日突然学校を休まされ、病院に連れて行かれた。ガラス越しに男が座っていて、その男と積み木やら絵を書いたり、紙でやるゲームをして遊んだ。後でそれがIQテストだとわかった。150だった。正確には156だったと思う。病気どころか、帰って来る時には天才児扱いだった。けどそんな事はどうでもいい。ただ平均以下でなければ…いや平均より少し上であれば俺は良かった。何故?数年後調べた。精神病棟は一度入院してしまうと、精神科医の許可と両親のうちどちらかの許可がないと退院できない。それを知った時の俺のショックはかなり凄まじかった。精神科医が許可しても、あの母親が許可するとは思えなかった。ただのゲームかと思ってみれば…。もし母親の言い分全部があの時通っていたらと思うと、俺は怒りよりむしろひどく哀しくなる。何でそこまで憎まれなきゃいけないのかわからなかったんだ。その一件があって、母親の俺に対する扱いはほとんど犬畜生だった。そんな時、弟が生まれた。母親はいつも弟につきっきりだった。俺も昔はこんな風に抱かれていたのかなんて仕切りに考えてた。俺が小学校1年の時だ。俺の通う小学校は、地元でも柄の悪さで有名だった。『番町(ばんちょう)』。俺の地元をそう呼ぶ人もいた。詳しくは長田区。記憶を辿れば1〜9番町まである。長田区5番町2丁目…そこに俺は住んでいた。

それから数年経っても母親は弟につきっきりだった。俺はそれが羨まし過ぎてよく弟にちょっかいを出すようになった。その度に母親は鬼のような顔で俺を殴った。心底怖かった。殺されるんじゃないかと思った。今思えば、やたらと世間体を気にするあの人が、余程の事でもない限り俺を殺しはしなかったろう。一軒家だったが子供部屋はない。玄関をくぐると真っ直ぐ廊下が伸びている。その横を応接間が12畳、廊下に沿う形で開けていた。その隣を台所とリビングが合わせて8畳。部屋は1階にこの二つだけだった。

そんなこんなである日の朝、俺は朝早くから母親に正座をさせられた。親父は仕事に出かけていて、弟は幼稚園に預けられていた。当然俺にも小学校があったけどその日は休まされた。俺は正直学校なんてどうでも良かった。ただ母親と、正座させられているとは言え2人きりで話が出来る事が嬉しかった。かといって表情には絶対出せない。そんな俺に母親が言った。

「どうして欲しい?」と。

俺はここぞとばかりに言った。

「いつも優しくして欲しい。弟にしてるみたいに。」と。

その言葉に怒り狂った母親は俺を殴った。ハタキの柄で。部屋の天井近くをパタパタするアレだ。プラスチック製でよくしなるそれは、俺の持つ記憶の中でも最悪の物だった。その後弟の迎えに行き、父親が帰ってくるまで正座は続いた。俺は二階で正座させられていた。泣いたよ…。ずっと泣いた。何故こうなったのか意味が分からずずっと泣いた。熱を持ったミミズ腫れが不思議にその夜の孤独を埋めてくれた。その日、ご飯も食べず、いや、与えてもらえずそのまま寝かされた。そんな毎日が続いていた。

初めのうちは父親が俺をかばってくれてた。いつしか俺はあの女に愛される事を諦めていた。せめて父親にだけでも愛されたかった。事実父親は優しかった。俺は父親のその愛情が俺から逃げないようにと必死だった。そんな時、父親の誕生日が来た。俺はその頃まで一度も誕生日プレゼントをもらった事がなかったから、当然誰かの誕生日にプレゼントを上げる事なんて知らなかった。それを知ったのは学校のクラスメイトの一人が教えてくれたからだった。俺は焦った。時間がない。お小遣いとか言う言葉もその日知った。お小遣いで買えば?友人がそう俺に指摘したからだ。俺はその頃お金なんかほとんど触った事もなかった。親戚にもらった後も、家に帰ればすぐ母親が回収した。それが普通だと信じて疑わなかった。その日、どうしようかと考えあぐねてた時、仲の良かった幼馴染に家に来ないかと誘われた。何もいい案が浮かばず半ばやけになって遊びにいった。しばらく遊んだ後、幼馴染の机の上にお金が転がってるのを見付けた。俺は迷いもなくポケットに入れて、親父に誕生日プレゼントを買うからと、幼馴染の家を出た。俺は日ごろから親父が吸っていたタバコを自販機で買ってプレゼントした。有頂天だった。安心だった。これで父親の愛情が俺から遠のく事はないと、漠然とだけど感じていた。親父は言った。

「ありがとう。」と。

その一言で俺は実感できた。世界は俺を中心に回っていると。俺は父親に抱きついた。

が、母親が言った。

「これどうやって買った?」と。

俺は幼馴染の机の上にあったお金で買ったんだと自信たっぷりに言った。気がついた時には床に倒れていた。何が起こったのかもわからず泣く事も忘れていた。すかさず母親が言った。

「だからいつも言ってるでしょ。こいつはいつもこんな事ばかりして私を困らせてる。」と。

親父は床に転がってる俺を何度も蹴飛ばした。そして言った。

「信じてたんだぞ。」と。

俺は後で知った。人の家から勝手に物を持ち出してはいけないという事を。ましてやそれがお金だと尚の事良くないと。

意識がはっきりしてきた時、俺は病院のベッドの上だった。指一本動かしただけで体中に激痛が走って俺はまた泣いた。泣くと体が震えて、その度に激痛が走ってまた泣いた。個室だった。母親はどこまでも、金をかけても俺を憎んでいた。看護婦さんがたまに来るだけで後は静かなものだった。何日が過ぎたのか、今も分からないけどただの一人も見舞いに来てはくれなかった。傷がほとんど治って、泣いてもあまり体に負担がかからないと分かってからは…俺はずっと泣き続けた。朝も昼も夜もずっと。酷く無機質な灰色部屋に、俺の声以外俺の味方はいなかった…。

退院日の前日、母親が来た。何となく俺を殺しに来たんだと思って俺は布団の中で静かに身構えた。近くのスーパーか八百屋で買ったらしい袋の中からりんごを一つ取り出して、母親は皮をむき始めた。手に持ったナイフがいつ振り下ろされるのかと俺はじっとその様子を見ていた。皮を全てむき終え、ちょうど良い大きさに切り分けてから、母親はそれを俺の前にそっと置いた。

「食べなさい。」

そう一言だけだったが、優しいその一言に俺は泣きながら、母親がむいてくれたりんごに手をつけた。今まで食った何よりも上手かった。幸せだった。他には何もいらなかった。死にたくはなかったがその他のものは全て差し出す覚悟だった。ただ手の中で徐々に小さくなっていくりんごに俺は苛ついた。まだ無くなるなよと思いつつ少しずつ食べた。その時俺の部屋のドアが空いた。白衣を着た男が入ってきて、

「お母さん、かねてから申し上げていた通り、明日退院できますよ。」

と笑顔で言った。
 
「もう心配で心配で…、私があの時目を話さなければこの子は…そう思うともう…。なかなか暇が出来ずに今日の今日まで見舞いにこれませんでした…うぅ…。」

 「いやいや、大丈夫。もうすっかり良くなりましたよ。おや、お母さんにりんごをむいてもらったんだね?良かったねぇ。」

 俺は吐いた。その日食べた物全てその瞬間吐いた。

 十数年が経って、俺は今の母親が本当の母親でない事を知った。俺が十八歳の時だ。俺がそれに気付いた時の父親と母親の顔は今でも覚えている。恐らく俺が死ぬまで忘れる事は出来ないだろう。しまった!そんな顔だった。俺は在日韓国人で、日本人に帰化する時の書類で気がついた。隣で熱心に書類を埋めている弟と、妹。俺の目の前に置かれている書類のわずかな違い。母親の欄に聞き覚えのない女の名前…。後ろに座る両親を見た。黙って書けとアゴ先で促された。その時の顔…。忘れたい…。家に帰ってたった一言。

 「そういう事だ。」

 その夜、私服でコンビニに行った。度の強い酒を買い、公園のベンチで一気に飲み干した。初めて飲んだ酒は、やたらと胃に染みた。一緒に買ったまっさらのカッターナイフ…。手首を切った。頭上の遥か上で弧を描く赤い液体を眺め、静かに目を閉じベンチから崩れ落ちた。懐かしい香りで目が覚めたそこは、病院のベッドの上だった。心臓を刺すんだったとひどく後悔して俺は泣いた。

『眠らない街』東京。今俺は乱立するコンクリートジャングルの頂点にいる。社会不適合者とからかわれ笑い合いようやく2年。あの日、最後に涙を流した日からやっと2年。遥か下をミニカーが規則正しく蠢いている。轟くクラクション。香水やら排気ガスやらが入り混じった重たい空気。ここに、今ここに、今はこの俺の世界に、心臓を刺せばとか…、もっと早くこうしていればとか…、そんな思考はどこ吹く風だ。

昔誰かが言った。

「今広がる世界は、俺達の脳が勝手にそう思い込んでるだけで、それが現実だなんて一体誰に言える?」

俺にはもうすぐその答えを言える気がする。一歩…、今まで何万歩、何十万歩、それとも何百万歩踏み出して来たのかは分からないが、ただの一歩…。

願わくば、この世界で終わりにして下さい。俺は持て余しています…。

……トンッ……………


 「起きたの?」

分厚いカーテンの隙間から朝の光が漏れている。

「ん…んぅ…、ふぁ〜あ…、いちいち叩かなくても声で起こしてくれたら起きるよ、母さん。」

「何言ってるの。呼んでも起きないからそうしたんでしょ。ほんとにもう。さぁさぁ、遅刻するわよ。涙が零れるくらいのアクビしてぇ。いつまでもアクビしてないの。」

「ふぁ〜い。今日の朝飯は?」

「いつも通りのトーストに目玉焼きよ。」

「いい加減レパートリー増やせよなぁ。」

「はいはい、善処するわ。ふふふ…。」

2005/10/30(Sun)19:05:55 公開 / すみぽん
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■作者からのメッセージ
不快感を伴う読者様も意識しつつ、あえて一人称に挑戦してみました。
一人称ゆえに、又、技術不足もあいまって状況説明を極力省いています。さらっと読めるスピード感を心掛けてみました。
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