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『死神〜Cross〜【3、5】』 作者:上下 左右 / リアル・現代 ファンタジー
全角20512.5文字
容量41025 bytes
原稿用紙約60.4枚
 

【1】〜〜〜星野 京子〜〜〜
 
 


 私はいつもと同じように部屋で実家から持ってきたテレビを見ながら夕食をとっていた。いつもはお笑い番組ばかりを見て一人でいる寂しさを紛らわしていたのだが、そこだけが違った。
 テレビに映っているのはおどろおどろしい音楽の流れた廃墟。そして、大きな音と共に出てくる特殊メイクを施した化け物。去年流行ったホラー映画がテレビ初登場とか何とかであっているのだ。
 真っ暗な道を、一人の女性が全力で逃げている。そして、その何メートルか後ろをグロテスクな顔をしたモンスターが大きな鉈を振りかざしながら物凄いスピードで追いかけている。やはりこういう場合、追いかけられるのは女性のほうが恐怖が際立つのだろう。まあ、確かに筋肉マッチョの男が追跡されていてもあまり絵にはならない。
 私はこういうものを見ていて思うのだが、これを見て怖いとどうして思うことができるのだろうか。こういうのは恐怖というよりも驚きといってもいい。これならまだいかにも偽者っぽい心霊写真や心霊映像の方が怖い。
 なんというか、海外のホラーにない怖さが私達の国にはあるのだ。霊自体を怖くするのではなく、それを出すまでの雰囲気。ジメジメとしたものを出すには昔からある木製の家というものは適当なのだ。このような怪物を出してしまっては、現実に家で起きてしまいそうだというものがなくなってしまう。
 今までそのような怖さを体験してきた私にとって、これぐらいは子供だまし程度にしか思えない。どうして同じ人種でも怖がる人と怖がらないというのがいるのだろうか。それは人それぞれとしかいいようがないか。
 キャーキャー叫びながら襲われる女性。それを見ても私はかわいそうともなんとも思わない。もしかしたら私は、その辺の感情が欠落しているのかもしれない。
 そんなことを考えながら、いつの間にか私は少し眠っていたらしい。
 さっきまでテレビに映っていた恐怖の映像が消えて、砂嵐だけが写っている。独特のザーっという音が私のそれほど小さくも無い部屋に響き渡っている。どうやら、私はこの音で起きたみたいだ。
 その間に私は電気を消した記憶など無い。それなのに部屋の中は闇黒が広がっていて、ただテレビから放たれる光のみがその周辺を照らしているだけだ。
 停電でも起こったというのだろうか。しかし、それだとテレビも一緒に消えるに決まっている。じゃあ、私が寝ぼけて消したというのだろうか。でも、私はそれほど深く眠っていなかったので普通に考えればそれはない。
 なら、どうしてこの部屋の電気は消えているのだろうか。まあ、いいや。そんなことよりも私は眠たい。また明日考えればいいことだ。ベッドまで行くのが面倒くさい。もういい、ここで寝てしまおう。
 そう考えた私はテレビを消すためにリモコンに手を伸ばす。だが、いくら探しても見つからない。
「あれ、どこに行ったんだろう?」
 思わず声を出して言ってしまったのだが、テレビの音にかき消されるぐらいの声だった。確かに私の寝ているソファーの前のテーブルに置いたはずなのに、その場所をいくら探してみても見つからないのだ。
 さすがにおかしいと思い、上半身を起こして目的の物を探す。やはりどこを探しても見つかることが無かった。
 いったいどうなっているのだろうか。電気は勝手に消えているしテレビのリモコンは姿を現さない。明らかにおかしなことが私の周りで起きていることは確かだ。
 この部屋を借りた時、都心部にとても近いのに格安で貸してくれたのはただ古いからだけだと思っていた。だから、その理由を不動産に聞くことも無かった。もしかするとここは、噂で聞く曰く付き物件というやつなのではないだろうか。
 なんだか、お尻のところに違和感というかなにかがある。さっきは起きたばかりということもあって感覚はハッキリとはしていなかったが明らかに私は何かを敷いている。もしかしたら、霊の指か何かが私の下にあるのではないか。そう怖がりながらもそこにあるものに手を伸ばす。
 心臓が高鳴る。いつもの私ならソファーから即座に飛び降りているだろう。今は全くといっていいほどその気にはなれない。それを目にするのが怖いのだ。もしも本当に想像しているものだとしたら、私は立ち直れないぐらいの衝撃を受けるかもしれない。
 だんだん、唯一動いている自分の腕がその異物に接近していく。それとの距離と反比例するかのように心拍数はどんどん上がっていく。もう、心臓が痛いほどに高鳴っている。正直、ショック死よりも心臓が破裂して死んでしまいそうだ。
 長い時間をかけてついに指がその物体に触れた。硬い物が指先を使って、私の脳にそれがなんなのかを伝えた。
「なんだ、こんなところにあったの……」
 これほどドキドキしていたのがアホらしくなってしまう。そこにあったのは私の考えていたものではなく、さっき探していたリモコン。寝ている時に私の体の上から滑り落ちたのだろう。
 なんだか、先ほどの緊張感が嘘であるかのように体の中から何かが消えている。電気が消えていることも、やはり自分が寝ぼけて消してしまったのかとも思えてくるし、ここが安いのも古いから、と思える
 さっそく見つけたリモコンでテレビの電源を消そうとする。
 消えない。
 いくら電源ボタンを押してもそれは消えることなく、尚も雑音を出し続けている。
 電池でも飛んでしまったのかしら。でも、後ろの蓋はちゃんと閉まっているし……。そう考えている。どこか故障したのかな。まさか、私が踏んでいたから……。
 そんなことを考えているうちに、どこから何かが聞こえてくるのに気が付いた。なんというか、人のうめき声というかなんというか。
 まさかお隣さんが苦しんでいるのではないかと思ってもみたがそうではない。いつの間にか砂嵐の音は完全に聞こえなくなっている。どうやら、それが聞こえなくなった分、この声がはっきりと聞こえてくるようだ。これは、どう考えてもこの部屋で唯一光を発している物体から。
 空耳と思いたかった。さっき感じた緊張感がまたも私の心の中に出現した。
 映画などでは決して味わうことのないこの感覚。
 霊感というものは全くといっていいほど持っていない。そんな私でもここにいてはやばいということがわかってしまった。
 声を出そうにも出ない。涙が出そうになっても出ない。ただ出るのは体温調節するための汗ではなく危険を感じた時のそれだ。それだけしかでてこない。
 とにかく、ここから逃げなければならない。
 あまりの恐怖に体を急激に動かすことができない。だから、ゆっくりゆっくりとソファーからずらして地面に下ろそうとしている。その痛みで体が動くようにと願って。
 それほど心地がいいとはいえない音をたて、床に落ちる。肘から受身をとることなく衝突したので、そこから体全体に激痛が走る。通常ならこのまま痛みの発生源を押えているが、今はそんなことをしていられない。
 すぐに立ち上がって私は近くの窓に駆け寄る。幸い、ここは一階だ。そこから出ればすぐにここから離れることができる。
 まだズキズキと疼く腕を押さえながら窓に向かって走る。生活に必要なものを持っていこうとは頭の片隅のもなかった。そんなものを取りに行っている最中に呪い殺されてもおかしくは無い。うめき声は少しでも早く私を殺そうとしているかのように大きくなっていく。
 それがふと止まった。窓に向かっているのに、どうして止まったのか気になった私は、後ろを振り向いてしまった。この行動を、どれだけ後悔したことかわからない。
 そこには、真っ暗なのにも関らず、青白い光があった。一つや二つではない。部屋一面をその光が占領している。私が田舎から持ってきたテレビやソファーなど、それに阻まれて見えることは無い。
 直感というものだろうか。それがなんなのかが私はわかった。
 この世に残る怨念。俗に言う幽霊というやつだ。どうして私は、このような部屋で暮らすことができたのだろう。今までここにいられたことが不思議でたまらない。いったい何が原因でこいつらは姿を現したのだろうか。
 思い当たることはどこにもない。
 ここで倒れてはいけない。すぐに後ろを振り返り大きな窓を開ける。今日はそれほど暑くなかったということもあり、網戸を閉めているだけだった。これで鍵が閉まってなどいたら、おそらく私は絶望していたかもしれない。それほど頭の中は混乱している。
「待……」
 それがちゃんとした音なのかどうかわからないが、私の耳にはそのような声が聞こえた。ハッキリとは聞き取ることができなかった。そんな余裕は無かったのかもしれない。それが耳に入ったのと同時に腕を誰かにつかまれていたのだ。それを振り切るのに必死だった。
 転げるようにして怨霊の巣を抜け出した私。もちろん靴など履いているわけが無い。いち早く遠くに行きたい。こんな家から離れたい。そのことしか頭に無い。
 走った。
 もう後ろは振り返りたくない。もしもそれが追ってきているのを目にしてしまえば、気力を失ってしまうかもしれなかったからだ。とにかく今は前だけを見て走り続ける。
 足の裏にアスファルトのひんやりした感触が伝わってきた。
 どのくらい走っただろうか。まだ一キロほどしか走っていないようにも思えるし十キロ走ったようにも思える。それほどに疲れているのだ。さっき地面で打った腕だけでなく、足までも痛くなってきた。
 人通りの全く無い大きな道を走っている。ここら辺は住宅地だ。地元の人間以外はほとんど通らない。そこを、街灯の光だけを頼りに一人寂しく走り抜けていく。
 そんな私に、初めての救いの手が下りてきた。
 少し先で、丁寧に信号待ちをしているタクシーがいたからだ。
 お金など持っていない。家においてきたままだ。
 それでも私はあれに乗りたい。それほど逃げたかった。もう、あんな家のある町になど暮らしたくはない。それほど衝撃的な出来事だった。よくテレビなどでこういう話をやっていたが、そのあと引越しするのもわかる。中には、精神病になってしまう人がいてもおかしくは無い。
「……すいません。……とりあえず出してください」
 息切れしながら乗り込むと、それと同時に運転手さんにそういう。すると彼は何も言うことなく発進させた。いつの間にか、信号は変わっている。
 それから約一時間走り続けた。
 このタクシー、何かがおかしい。
 私はまだ、目的地をいった覚えは無い。それなのに、まるでどこに行きたいのかがわかっているかのような道のりを走っている。
「運転手さん、どこに向かっているんでしょうか……」
 私がいくら聞いても答えることは無かった。
 タクシーは海の見える道を走っている。こんな状況でなければ月明かりで綺麗な海が見えていたかもしれないというのに、今はそんな気に全くなれない。もう、疲れているのだ。あれだけの恐怖を味わい、あれだけの距離を走ってきたのだ。体も精神も悲鳴を上げている。
 少しでも両方の疲労を回復させるために仮眠をとろうかと考えて目を閉じようとした時、ふとあるものが視界に入ったような気がした。それは、私の部屋の中にいた女性の霊。その顔だった気がする。
 急いで周りを見回した。どこにもそんなものはいない。よかった、疲れているから幻覚のようなものを見たのだろう。
 そう思ってもう一度寝ようとした時だ。またもやそれが目に入った。しかも、彼女の顔が見えた場所は……フロントミラー。
「きゃっ!!」
 大きな声を上げて外に出ようと必死でドアを開けようとするが、どうしても開かない。
 女の霊は笑いながら車を運転している。どんどんスピードを上げ、そして、そのまま私を乗せ思い切りガードレールに突っ込んだ。
 今までに体験したことが無いような衝撃が私を襲った。
 何をするのかわかったので、何とか助手席を掴んでいたのが良かったのだろう。前に飛ばされることも無くすんだ。
 体の悲鳴を無視して走り出す。
 自動車はガードレールのおかげで海に落ちずにすんだが、フロントガラスは粉々に砕け、エンジンからは煙が上がっている。もう、走ることはできない。
 車体が曲がったことによりドアが開いたので外に逃げる。
 ここがどこなのかは分かっていない。どうして彼女がここに連れてきたのかも分からない。それでも私は走った。彼女に捕まらないために。
 聞けるものなら聞きたい。どうして貴方は私を追ってくるのか。何故突然出てきたのか。
 自分はどこに向かって走っているのだろう。それがわからずにただただ走る。気がつけば、はるか下に大きな波しぶきをたてている海が広がっていた。もう、これ以上は逃げることができない。ついに振り返らずに逃げるのには限界が来たのだ。
 目の前には真っ暗な海が広がっている。車に乗っているときはでていた月も、いつの間にか消えていた。黒く染まった海は空との境界線がわからなく、水平線が見えない。
「待……」
 またかすれ声のようなうめき声のような声が聞こえた。おそらく、後ろには先ほどの女性がいる。振り返って見ると案の定、そこに立っていた。薄気味悪い笑顔で私を見ているのだが、どこかに寂しそうな表情も見える。
「一緒……」
 これほど近くにいるのに、その声を聞き取ることができない。
 なんだか、その顔を見ていて恐怖というものが少しずつ薄れていき、かわいそうというイメージが出てきた。
「もしかして貴方……、私のことを守ってくれた……?」
 その女性の後ろには、部屋で見た大量の青白い光がこちらに向かってくるのが見えた。それらは人間の形は形成しているものの、顔というものが存在していない。
ごめんなさい……。
 最後のその言葉だけはハッキリと聞き取ることができた。どうして彼女は私に対して謝ったのだろうか。それが気になって仕方がなかった。
 この時、崖が崩れたのはあの霊たちのせいだったのか。それてもただの偶然だったのか。重力により勝手に落ちていく私は、まるで空を飛んでいるような感覚だった……。








【2】〜〜〜松本 和也〜〜〜




 空には太陽とまではいかないが、それでも辺りを照らし出すのには十分なほどの光を放っている月がある。
それは自らが光っているわけではない。この世にある全ての物と同じように、あるものからの光を反射しているだけだ。
 その周りには、またも月と同じように太陽からの光を受けて輝く星々が、綺麗な月を際立たさせている。
 地上にはこれといった光を放つものは無く、その何者も絵にすることはできないような星空ははっきりと見える。見ているだけで心の中にあるモヤモヤが今のように晴れていくと思えるほどの晴れっぷり。
 そこからは波の音も聞こえてくる。しかも、浜辺で聞くことがあるような静かなものではない。勢いよく押し寄せる波が、壁に激しく打ち付けている。普段は聞くことが無いような物凄い音があちらこちらから聞こえてくる。
 そのような、まるで話の中に出てきそうな場所に一人の男が横になっている。
それほど歳はとっていない。まだ少年と呼んでもだれも不思議には思うまい。
 無造作に伸びた髪の毛で視界が邪魔されてしまっているが、それを払いのけようという動作は見せない。
 呼吸をするたびに上下する胸部はとても弱々しく、今にも消えてしまいそうなほどに小さい。
まさに虫の息と呼んでもいい。
 最後の力を使って抑えている部分からは止めどなく血液が流れ続けている。その手をどければ、たちまちのうちに出血多量死してしまう。
 彼の体内より流れ出る赤い液体は地面に広がり、新鮮な色からすでに赤黒く変色してしまっている。
 流血しているのは腹部だけではない。内臓を傷つけられたことにより食道を逆流して口からも出てきている。手や足には大きな切り傷があり、人間が動くために必要な筋肉を断絶してしまっていた。
 動くこともできず、ただただ髪の毛の間から見える空だけを眺めている。
 雲の全くない空。月のみが動くその中で、時間という感覚が狂っていく。
 
――いったい自分はどのくらいこうしているのだろうか。

 気がついた時にはすでにこのような格好でここに寝かされていた。
 どこからか落とされたような衝撃で目を覚ました彼は、動かない体を不思議に思った。
 確認することはできなかった。体を起こそうにも腕がピクリとも動かずに、それを行うこともできない。
 自分で思うように動かない体。
 少し前までは好きなように動かすことができたその体は、今やただのガラクタにしか過ぎない。彼の体は、動くために必要な機関はほとんどが壊され、今その命さえも失おうとしている。

――どうして俺はこんなところにいるのだろうか

 体の中の血液が少なくなり、だんだん脳にも酸素が回らなくなってきている。それにより意識がだんだん朦朧となっていき、どうしても倒れる前に行っていた事を思い出そうにもそれができない。もう、それを考えるだけの思考する力は彼に残されていない。今できることはただぼんやりと綺麗な夜空を見ていることだけだ。
 
――綺麗な星空だなあ。俺が死ぬにはもったいないものかもしれない。

 突然吹いた風が彼のさらさらだった髪を嫌というほど掻き乱す。
 目を隠すほど長い前髪が何度も眼球を刺激する。
 だが、目を刺激しているのはわかるのだがそれが痛いとは思わない。
 そんな彼を、無限に広がるほど広い海も、永遠に途切れることもないような紺色の夜空も助けようとはしない。波は誰にでも聞こえる音を奏で続け、月明かりは分け隔てなく地上の物を照らし続けている。
「すまないな。こんなところでほったらかしてしまって」
 風を切る音と波の音しか聞こえていなかった中に、一人の男が現れ声を発する。夜なのにサングラスとスーツという普通ではこのような場所であまり見ない格好である。

――お前は誰だ。

「さすがにほったらかしっていうのはひどい」
 倒れている男がまだ生きているということを確認すると意味もないことを静かに話す。青年の考えていることなどお構いなしだ。
 しかし、倒れているほうの青年はそれを聞いているのかいないのかわからない。もう、意識があるのかどうかも怪しくなってくる。
 それほど口数がないのはもう、青年が死んでいると思っているからだろうか。
 男が、半分意識のない青年の襟を掴み沿岸部まで引きずっていく。普通、このような人間を運ぶにはとても力がいる。ということはこの男、そうとうな腕力の持ち主ということになる。
 そんなことをいうだけ無駄なのはわかっているのに、それでもいろいろと話しかけている。
 もう、青年に考える力と抵抗する力は残っていない。彼の生命は、すべて見ず知らずの男にかかっている。
「俺のことを、恨むんじゃないぞ」
 青年の最後に聞いた言葉はそれだった。それほど高くはない男の声。だからといってそれほど低すぎぬ声が彼の鼓膜に焼きついた人間の声。それが大きな波の音が轟いているが、その声ははっきりと聞こえた。
 今までに感じたことのない落下していく感覚。彼はもう、そんなものは自分にはないとは思っていた。
 そのなんともいえない感覚も数秒後にはなくなってしまった。






【2.5】〜〜章間〜〜



「今回はまた、大変な仕事だな……」
 綺麗な円を描いた月がいつもよりも少し強い光を出している空。そこにひとつの影があった。
 身長はそれほど高くはない。小柄な体格にあまり装飾品のついていない黒い服。真っ黒な髪にそれに合わせたかのような漆黒の瞳。人形をそのまま人間にしたような整った顔立ちをしたそれの肌はまるで雲のように真っ白だ。もしも、部屋の隅に動くことなく座っていれば少し変な格好をした日本人形と間違ってもおかしくはない。
 その小柄な体に不釣合いなほど大きな鎌を背負いながら、浜辺に座っている二人の女性を空高くから見ていた。
 その影の見ている両者は、それほど歳をとってはいない。まだ二十代前半といったところだ。そんな二人が浜辺に座り込んで抱き合っている。もしも、それだけを見ると変わった趣味の持ち主なのかと勘違いしてしまうかもしれない。
 だが、空中に浮いている少女に見えているのはそれだけではない。  
 その二人の女性の周りには何十。いや、何百とも言える数の真っ黒な何かが蠢いていた。その移動スピードはそれほど速いわけではない。ゆっくりとゆっくりと、筋肉なんかがそのもの達には存在せずに、芋虫が這っているような、それぐらいのスピードである。
 よく見ると、それは人間の形をしている。それが何十、何百と合わさって大きなひとつのよう塊のようになっているだけだ。一つ一つはちゃんと手足があり、頭がある。だが、それは輪郭だけであり、立体的なルエットのように見える。
 その光景を見ても眉ひとつ動かすことなく、その少女は無表情で戦闘態勢に入る。
 黒い影は、もう女性の一人に手を伸ばして掴みかけている。
 背負っている自分と同じぐらいの大きさの鎌を手に取り、その黒い影のようなもの達を睨みつける。
 一、二、三……。
 まるでそう数えるかのように息を整えると、まるで獲物を狩る肉食の鳥のようなスピードで急降下し、たった一振りで何十体もの影達を削除する。
 人間でいう心臓を一撃で切り裂かれた者達は元からその黒い体をさらに濃くし、霧状になってその形を維持できなくなっていく。
 その光景を見ている二人は、声を出すこともなく呆然と見ている。
 戦いというよりも、一方的な命の搾取。それがどのぐらい行われただろうか。彼女達にはそれがあっという間だったに違いない。
 いつの間にか地上から黒い人影は全て消滅しており、代わりに上空に靄のようなものが立ち込めている。
 少女は誰にも聞き取れないような声で何かを呟くと、背景がガラスの割れるかのように崩壊して、どこまででも続きそうなほどの闇黒世界が広がる。その向こう側にあるのがあの世と呼ばれる場所だとは、それを発生させた少女以外には誰もわからない。
 その穴は周りの空気を全て吸いつくさんとするほどの強力な風で、その周辺にある真っ黒な霧を次々と飲みこんでいく。上から下までを黒で包み、暗闇と同化することもできそうな少女はそれを何事もなかったかのような顔で二人の女性の方を見た。
 その表情は何を考えているのかわからない。なにかを考えているのか、それとも何も考えていないのか、そんな不思議な無表情だ。
 だが、その表情すらも彼女達には恐怖としか感じられなかった。
 目の前で、あれだけ一方的な殺戮を見せられたのだ。いくら自分たちのことを襲ってきた者たちとはいえ、あれほど多くの黒い影はほんの数分のうちに全て消えてしまった。あまりにも大きすぎる力の差。あれほど無駄のない動きはいくつもの修羅場を潜ってきたからこそ成せる技なのだろう。
 今の彼女達には恐怖の代名詞ともいえる少女は、その喜怒哀楽を表すことのない顔のまま女性達に近づいていく。
 先ほどの黒い影達など比べ物にならないほどの恐怖が、今二人に向かってくる。
 何か声を出そうとも出すことができない。その場から逃げ出そうにも体が動かない。目を逸らすこともできない。少女からは、そのような不思議なオーラが止めどなく流れ出て、二人の女性を包んでいる。
 片方の女性は今始めて味わった恐怖。そしてもう片方の女性はこれで二度目の恐怖。
「んっ、一度見た顔だな」
 恐怖という衣を身に纏っているかのような少女が、黒い服によりそれが際だたせている。
「あれ?」 
 髪を腰の辺りまで伸ばした女性は少女を近くで見ると、知り合いとでも言わんばかりの反応を見せた。
 先ほどまで恐怖に震えていたというのに、あまりにも親しみのあるこの二人を見て、どのような反応をすればいいのかわからないもう一人の茶髪の女性は、長い髪の女性の後ろに隠れながら見下ろすかのように少女を睨む。いや、脅えた視線で見ているといったほうが正しい。
「いつかの死神さん……」
 黒髪の女性は先ほどまで恐怖としかみていなかった少女を、まるで親友でも見るかのようなまなざしで近寄っていく。後ろの女性はそれを拒むように引っ張ってはいるが、引きずられるように一緒に連れて行かれる。
 死神。死んだ者の魂をあの世に導くためにあの世からの使い。それに目を付けられれば確実にあの世に連れて行かれると茶髪の女性は生前、本か何かで読んだことがある。
「お前はなぜこんなところにいる。確かお前が死ぬといっていた場所はもっと別の場所だったはず。まあ、さっきの光景をみたら大体の理由はわかるが……」
 死神は見た目と同じようにかわいらしい、透き通った声をしている。しかし、それには
全くと言っていいほどに感情というものがこもっておらず、男口調によりどこか違和感を相手に与える。
「これで助けてもらったのは二度目かな……」
「特に助けたわけではないがな」
 少しおとなしめの女性と、感情のこもった声で話さない少女。その二人の会話に入れないもう一人の女性。
「おや、そちらはお前の友達か?」
 どこからどう見ても黒髪の女性のほうが年上だというのに、少女は彼女をお前と呼び、何処か見下したような言い方。それが、まだ相手のことを良く知らない女は不愉快に思えてしまった。
「なんなのあなた。偉そうに!」
 大きな声で相手にそういうと、少女はそんな彼女を一瞥した。しかし、その感情の読み取れない瞳はすぐに元の位置に戻される。
 その態度にさらにボルテージの上がった女性は爆発寸前だったが、ぎりぎりのところでもう一人の女に止められた。
「私はお前達の言葉でいう死神という奴だ」
 無視されたのかと思っていた言葉の返事が返ってきたので、茶髪の女は少し呆気にとられて返す言葉もない。それには、返事が来たことだけではなかった。その内容に一番の問題があった。
 死神という単語。彼女はそのような実際に存在しているとは全く思ってもみなかった。
 あんなものは物好きの作者が勝手に作り出された空想の産物だと思っていたのだ。
 だから、その分彼女がそう自己紹介した瞬間はそれなりの反応を見せたのだ。
「大丈夫大丈夫。貴方が思っているほど怖い人じゃないから」
「今回は二人か。一人の時はお前でよかったが二人もいるとそうもいかない……。さて、どう呼べばいいかな?」
 無表情なのだが、少し笑っているような口調で死神は威勢のいい女に聞いた。
「そうか。まだ名前を言ってなかったわね」
 なんだか、最初に見たときは恐怖の塊のように見えていたが、隣の女性が言うようにそれほど恐ろしい存在でもなさそうだ。感情がなく無愛想だが、相手のことを気遣って話しているようにも思えてくる。だから彼女は、いつの間にか普通に話せるようになっている。
「えっと、私の名前は……。名前は……」
 おかしかった。いくら考え、思い出そうとしても自分の名前を思い出すことができない。まるで、その部分だけがカッターで切り抜かれてしまったかのようにそれだけを思い出すことができないのだ。
「思い出すことができないでしょ?私もそうだったの。だから、あなたに名前を教えることもできない」
 黒髪の女性はここに来て初めて悲しみの表情をみせた。





【3】斉藤 修子



 女性が気がついたのはひとつの部屋の中だった。テレビと本棚、ベッドだけ。人気アイドルのポスターやカレンダーなど、壁にも無駄なものが全く張られておらず、灰色のコンクリートが恥ずかしげもなく見えている殺風景な部屋。
 窓から差し込む光は弱々しく、それは太陽でないことは明らかだった。
別に彼女は気絶していたわけではない。ふと意識が戻った時にはその場で立っており、どうしてその状態で意識がなかったのかとてつもなく不思議でたまらない。いくら思い出そうとしても頭の中に浮かんでこなかった。
 何もない部屋の真ん中で、女性は一時呆然とするしかなかった。なにもせずに、ただ記憶を取り戻すことが最優先。深呼吸をし、一番新しい記憶から順に思い出していく。
 意識を取り戻したばかりでまだ女性は混乱が続いている。
 それは、どうしてだか思い出すことができないからだ。混乱が更なる混乱を呼び、彼女を惑わせる。一番に出てきそうな自分の名前すらも出てくることはない。
 静かな部屋。屋内も屋外からも全くといっていいほどに音が聞こえてこない。不思議なのはそれだけではない。何も聞こえないときこそ聞こえてくるはずの耳鳴り。それがないのだ。周りは、本当に無音状態。かすかな音でも逃すことはないだろう。
 不気味すぎる。この時間だからこそのほぼ無音の状態。前はこれが心地いいとまで感じていた。しかし、今はその時とは打って変わって恐怖に思える。何も聞こえないこの状態も、誰もいない、殺風景なこの部屋も。全てが恐怖の対象にしか見えてこない。
 時間が経つにつれて、だんだん頭のほうもハッキリしてきた。
 そして、そうなることによって周りの恐怖がさらに際立った。
 音のない世界にある、唯一の音は時を刻むための時計。その唯一の音でさえ今の彼女にとって恐ろしいものだった。これは今まで聞こえていなかったわけではない。毎日のように絶対聞くその音は、もう彼女には音として感じられていなかったからかもしれない。それが聞こえてくるまでにもかなりの時間を要した。
 ふと気がつけば、背後に物凄く嫌な気配があった。
 背筋が凍るほどのゾクゾク感がきたかと思うと、ねっとりと絡みつくような汗が流れ出る。そして、それを服が吸収し、肌に張り付くような感じがする。
 後ろを振り向くのが怖い。そこには、見てはいけないものがいるような気がしてならない。だが、人間にある怖いもの見たさというものだろう。半分条件反射のようなものでゆっくりと振り向いてしまった。
 いつもならこれほどの緊張感を味わっている時には必ずといっていいほど心臓がたかなるはずだ。今まで幾度となく感じてきたそれ。だが、今は感じ取ることは全くできなかった。
 流れる汗がこめかみを通り過ぎ、顎へと到達すると滴り落ちる。その汗は、地面についても地面が濡れることはなく、通り過ぎるかのようにして消えていった。
 振り向いたその先にいたもの。先ほどの背筋の凍るような気配を放つものが、入り口のところに立っていた。
 別に彼女を見ているわけではない。いや、見ているのかどうかもわからない。
 その顔というものがなかった。ちゃんと手足があり、頭はある。顔だけがないのだ。まるでのっぺらぼうのように。体中は真っ黒で、それはまるで影のようにも思えた。
 その影は彼女を見ているのか、それともほかの場所を見ているのか。それはわからないが、その場に呆然と立ち尽くしているだけだ。
 人間のようではあるが、人間でないそれを見た女性は驚きのあまり反射的に後退する。
 影のようなそれは彼女のその行動を見てか、人間の歩くスピードには到底追いつくことができないようなスピードで後を追ってくる。
 何故自分が追ってこられなければならないのか。身に覚えというものはまったくない。よって、彼女にはその理由というものはまったくない。
 前方にばかりに気を取られていた彼女は、ふと背後にまた先ほどと同じ感覚が襲ってきた。嫌な予感がし、前との距離が十分であることを確認すると、急いで振り返ってみる。
 そこにいたのはまたしても影だった。前にも後ろにもいる。瞬間移動したわけではない。同じような者が二人いるのだ。
 ここで、驚いて動きを止めるわけにはいかない。
 動きにくい体を無理に動かし、二つの影がいない方に移動する。しかし、それも無駄なあがき。一匹見つければ何十匹もいるゴキブリのように彼女の行くところ行くところにそいつらは現れ、最後には四方八方を塞がれてしまった。
 気がつけば、部屋全体が真っ黒いそれでいっぱいになっており、どんなに逃げるのが上手い者でもできない状態になっていた。
 恐怖で声を出すこともできない。動こうとしても逃げることもできない。
 まだ何かされたわけではないのだが、それに捕まるのはあまりよくないことを感じ取った。
 とてもゆっくりだが確実にそれは女性を捕まえるように追い詰めていく。
 もうダメだ。
 彼女は瞬時にそう思うと、目を瞑る。
 それから数秒、数十秒が経っただろう。いくら待っても痛みや、誰かに触られたような感じはしない。ただ、部屋の中だというのにやけに風が吹いたというだけだ。
 不思議に思って、恐る恐るゆっくりと目を開いてみる。
 そこにいたのは先ほどの黒い影ではない。だが、影のような存在には変わりはなかった。
 真っ黒な服。それと同じぐらい、いや、それ以上に黒く、漆黒とも思える長い髪。そして、普通の人間よりも数倍黒く見える瞳。先ほどの者達と違うのはその透き通るような真っ白な肌。圧倒的に低い身長。どれをとっても影とは似ても似つかない。
 雰囲気は影達とは比べ物にならないほどのものを持っている。緊張感、威圧、恐怖。まるで序の口だったかとも思えるほど禍々しいものがあった。背中に背負っている大きな大きな鎌が彼女を見下ろしているかのようにも見えた。
 声を出そうにも声が出ない。彼女の周りを、静まり返った恐怖から、感じたことがないような重たい恐怖に変わっていた。それが原因なのか、喉から出そうになった声はプレッシャーによって再び、喉の奥に戻されてしまう。
 もしも涙を流すことができるのであればすでに体中の水分がなくなるほどに号泣してしまっていたかも知れない。それほど、彼女はずっと恐怖の中にいた。
 女性の前に立っているのは少女だった。長い髪の間から見える顔はまるで人形をそのまま人間にしたような、信じられないほど整った顔立ちをしている。もしも少女が街中を歩いていたら、変な中年の男達に連れ去られても仕方がないですまされてしまいそうなほどだ。
「今のは残量思念というやつだ。もうこの世に魂は存在していないはずなのに、強い思いのみが残ったもの。心というものがないからそれらは暴走してしまう。だから、今のように心を持った者を襲おうとする」
 自分よりもかなり小さい少女が、意味のわからないことを次々と述べていく。その言葉のどれもが、例外なく頭の中に入ることはなく次々と抜けていった。
「私はお前達人間のいう死神というやつだ」
 彼女はもう、なんだか驚きの連続で頭が回らなくなっているのが自分でもよくわかっている。たしかに、本などでは良く使われているような単語だが、あまりそういう類のものを読まない女性にとっては、関係のないものだ。
「えっ、えっと……」
 ここまで来て、ようやく女性は口を開くことができた。
 今まで得体のしれないものだったので恐ろしくてたまらなかったが、むしろそれが死神であったとしても正体がわかっただけマシだったのかもしれない。もちろん、彼女がいっていることが本当だったとしたらもちろん怖いことではあるのだが……。
「あの、すみませんけど死神さん」
 半信半疑な彼女が、自称死神の少女に質問をしてみる。
「私に死神さんがお迎えに来たということは、近いうちに死んでしまうんですか?」
 そう言っても、彼女から答えが返ってくることはなく少しの間沈黙が流れた。
 外では、風が木々を揺らす音が聞こえてくる。だんだんと風が強くなってきているようだ。
「覚えていないのか?」
「えっ?」
「お前はもう、死んでいるんだぞ」
 いったい、この少女は何を言っているのだろうか。すでに自分が死んでいる。確かにどれだけ緊張しようとも心臓の高鳴りを感じることはなかった。そこは奇妙だと思っていたが、まさか、そのようなことを言われるとは思わなかった。
 なんだか、現実にそういわれてみると頭の中にその時の記憶があるような気がしてくる。
「えっと、なんなんですかそれ……」
「それは私に聞かれても困る。死んだのはお前の勝手な判断だ。わかるはずがない」
 透き通るような、少女独特の声だというのにそれは男性言葉でとても違和感を覚える。そして、それには同情や悲しみといった感情がまったくこもっていない。普通の言葉でもとても冷たく聞こえてしまう。
「そうか。私って死んだんだ」
 こうも死んだことを簡単に受け入れられるのはどうしてだろうか。死んでしまった人間というものはこんなものなのかもしれない。
 そう、彼女はすでにこの世の人間ではない。死んだことで肉体をなくし、精神体となってこの世とあの世の間で彷徨う幽霊なのだ。
 なんだか、彼女にそういわれてみればそうだったような気がする。
 そう、もう今の女性にはそれがもう確信に変わっていた。その時のことも鮮明に思い出すこともできる。
女性は、彼氏と死ぬことを決めていた。理由は良く覚えていない。なにか重要な理由があったような気もするし、ただ人生に疲れたというだけだったような気もする。その辺ははっきりしないが、二人で死のうとしたことは確かだった。車に乗って、二人とも海に向かって突っ込んだはずだった。
 それなのに、気がつけばこんなところにいた。そう、気がついたときはやはり寝ていたのではなかった。彼と共に死んで、どうしてだかこの部屋に来てしまったらしい。
「ねえ、あの人はどこにいったの。それに、どうして私はここにいるの?」
 ふと、思い出したことを死神に聞いてみる。これは、とても重要なことなので最初に思い出さなければならなかったのかもしれない。愛しい人。それゆえに一緒に死のうと決めた。同じ場所で死んだはずなのに彼だけがいないなんておかしな話だった。
「この建物自体がどうやら霊という存在を集めてしまうようだ。だからお前のような奴やさっきの思念が大量に集まってきている。その理由は、私にもわからん。元々そういう場所としか言いようがない」
 死者のことに関しては全てのことを知っていると思っていた彼女は、死神の口からそのような言葉を聞けるとは思わなかった。
「そして、お前の恋人だがまだ死んでいない」
 それはもう、自分が死んだというのを聞いたときよりも心へのダメージは大きかった。一緒に死のうといった彼。死ぬ間際まで私の横で微笑んでくれた彼が、私を裏切り、生き残った。
 それでも、何故だか彼のことを怨む気にはなれなかった。
 何故かとても悲しい。愛した者と共にいることができていないからなのだろうか。
「さて、ここでお前には二つの選択肢が与えられる。ひとつは今すぐにあの世へ送られるか。それとも私にひとつだけ願いを叶えてもらってからあの世に行く。さあ、どっちがいい?」
 女性はまだよくわからない悲しみに浸っていたが、死神にはそのようなことは関係ない。たとえ彼女が消えてなくなりそうでも今のような調子で話を進めていくだろう。
「願い……」
 そんな話を今までに聞いたことがない。どちらかといえば願いを叶えてくれるといえば天使の役目だと女性は思っていた。だから、この言葉には心底驚いた。驚きと悲しみ、どちらを優先していいのか少し混乱してしまいそうだった。
「ただし、生き返ることと誰かを殺すことはできない」
 一瞬、彼のことを殺してもらおうかと思ってしまった彼女はギクリとしてしまった。自分が生き返ろうという考えはない。それは、自分で死を選択した結果が今の状態なのだからもちろんといえばもちろんかもしれない。
「今すぐですか?」
「今すぐ」
「少し待ってくれないですか?」
「ダメ」
 女性の方は少し表情を崩して聞いてみたが、死神はまったく顔を歪めることもなくその質問には淡々と答え、最後にははっきりと否定した。
 困ってしまった。彼女にはこれといって叶えてほしいという願いというものはない。人を殺すこともできなければ、生き返ろうという気もおこらない。
「じゃあ、願い事はなしか?」
「ちょっ、ちょっと待って!」
 何かをしようとした少女をその一言で中断させ、一生懸命考える。
 そういえば、と彼女はあることを思いついた。
「この場所って、霊が集まり易いのよね?」
「そうだ。先ほども言ったが、どうしてかは私にもわからない」
 まるでコンピューターのように、さっきと同じ答えが返ってきた。
「きっと、あの人も一度死ねなかったからもう一度死のうとしてくれるはず。きっと、私の死んだ、あの場所で……」
 彼女には、そんな確証があった。なにか物証的なものを出せてみろといわれてもどうしようもないが、心にあるなにかが絶対という形となって彼女の中にあるのだ。
 この場所に死んだ人間の霊が集まりやすいということは、この近くで死ぬ彼もきっとここに来るに違いない。彼女がそれには、絶対という言葉はない。彼は死なないのかも知れない。ここにこないかもしれない。これは、彼女の予想でしかないのだから。
 だが、彼女はだけでも十分だと思った。彼のことを信じているから。
「私、ここで彼のことを待つことにする」
 その女性の答えに、初めて死神は微妙だが表情を変化させた。
「ここでか。またさっきのような目にあいたいのか?」
「ねえ、さっきの黒い影達が私に手を出したらどうなるの?」
 質問に質問で返す。少し失礼ではあったが、今の彼女はそんなことをいっている場合ではない。
「特にこれといっては何もない。生きている者の場合は別だが、その体になってしまっては死ぬこともできない。ただ単に鬱陶しいだけだ。痛みもない」
 だったら特に問題はない。それほど長い期間ここにいることはないだろう。あの人はすぐに来てくれる。そう信じていたからこのような選択ができたのだ。
「私、ここに残ります。残って彼のことを待ちます」
 その顔にはさっきのようなおどおどしたような表情はなく、堂々とそう言った。
 死神は、なんだか納得していないような顔をしていたが、自分で言い出したことなのだ。女性の願いを聞かないわけにはいかない。規定に反しているわけでもない。
「わかった。お前がそれでいいというのであれば特に問題はない」
 少し眉を歪ませながらも、死神はそう約束して彼女の前から消えた。
 その場所には他には誰もいなかったかのように静けさが戻り、闇だけが彼女を包み込んでいった。また、彼女の耳には時計の音のみが聞こえてきた。






【3,5】章間2




「あの時、どうしてその男に会おうと思わなかったんだ?」
 それほど大きくはない浜辺。どれだけかかっても数えきることのできないほどの星と、定期的に聞こえてくる漣の音が、人を幻想的な世界へと誘いこみそうな風景。そんな中、男か女なのか区別の難しい声がさきほどの話の主人公に問う。その声は、それほど大きくないのだが、まるで別次元から聞こえてくるようにはっきりとしていた。
「私が会いに行っても、逆に迷わせてしまうかもしれませんでした。下手に刺激しないほうがよかったと思いましたし。それに、その頃はすぐに会えると信じていましたから」
 そういう彼女は精一杯の笑顔を作っていたが、それは誰が見ても悲しみのものとしか読み取ることができなかった。
「結局、その人はあなたに会えたの?」
 先ほどまであった死神への恐怖をいつの間にか克服した茶髪の女性が聞いてみる。話していた者の顔を見ればわかるのだが、彼女もそれほど鈍感ではない。一応慰めの意味も込めて聞いてみたのだ。
 予想通り、彼女は首を横に振る。
「私がここにいるということは死神さんが魂を回収していないということ。魂が回収されていないということは約束が果たされていないということです」
 つまり、結局彼女の待ち人はくることがなくあの部屋で、あの後に集まってきた影達に邪魔されながらも待っていたのだ。
 話を聞いていた茶髪の女性もなんだか悲しい気分になってくる。
 先ほどまであった一瞬の軽い空気も、今では重苦しい空気へと変化を遂げている。
 少しの間、三人の間に沈黙が生まれた。それを補うように、それほど遠くない場所から定期的に波の音が聞こえてくる。
「でも、それはよかったんじゃないの?」
 その静かな空間が耐えられなかったのか、茶髪の女性が声をかけた。
「だって、そんな男と一緒にあの世にいったってどうせろくな事なんてないわよ。それだったら、あっちでもっといい人が見つかるわよ」
 彼女も軽い気持ちで言っているのではない。そのようなショックな出来事、果たして自分は堪えることができるのだろうか。死んでからでも、自分の好きな人を待ち続けることができるのか。今までそれほどの恋をしたことのない彼女にはまったくわからない。だから、このような言葉で少しでも軽い空気にするしかない。
「いえ、いくらあの世にいい人がいたとして、私はあの人以外は嫌です」
 今のこの国にもこれだけ一人の人間を愛することのできる人物がいるのか、と感心することができるほどの発言により、少しではあるが空気が軽くなった。
「いいわね、それほどまでに愛することのできる人間がいて……」
 それほどの愛を見て、少し寂しくなってきた。自分はそれほどの恋をしたことがない。今、気になっていた人もいない。男と居るよりも、女友達と居たほうが気楽だった。もしかすると、この生き方自体間違っていたのかもしれない。もう、彼女は死んだ身なので生活を変えることはできない。
「ねえ、死神さん。生き返ることはできなくても、生まれ変わることはできるの?」
「もちろんだ。人間は死ねばあの世に行き、ある一定の時期が来るまでそこで生活をする。そして、その時期が来れば新しい体に入り文字通り生まれ変わることができる。だが、記憶は全てないことになる」
 生き返ることはできなくとも、生まれ変わることぐらいはできるだろう。彼女の願い事は今、決定した。
「死神さん、私の願いだけど……」
「すいません、向こうから人が歩いてきませんか?」
 自分の願い事を決定しようとしたその瞬間、それを狙ったかの如く中断して黒髪の女性が指をさしながら叫んだ。
 少しだけ自分の話を中断されたことにムカッときたが、ここに人間がいるのも少し気になった。
 彼女の言葉に偽りはなかった。自分達が走ってきた崖の方から一人の人間が歩いてくる。いや、それはどう考えても人間ではなかった。この距離からではよくわからないが、人間が水上を移動することなんてできない。考えられる可能性としては、自分達と同じような存在がこちら近づいてきているということだけだ。
 まだ、それは遠くて男なのか女なのかも確認できない。
 最初、彼女達は先ほどのような黒い影なのではないかと少し怖がっていたが、それが近づいてくることによってその輪郭がはっきりと映し出されてきた。
 ゆっくりゆっくり。歩く気というものがまったく感じられないそれは今にも倒れそうなものだった。長い髪の毛が顔を隠しているが、その体型からして男性であろうということはわかった。
 黒髪の女性は、その人物が近づいてくるに連れてなんだか顔色が変わってきている。しかしそれに気がついているのは死神だけであって、もう一人の女性はただ向こうから近づいてくる者に釘付けになっていた。
 その影は、まるで浮浪者とも思える格好で近づいてきた男は、光の無い瞳で三人の前で停止する。
「なんだ、お前達……」
 覇気というものがまったく感じることのできないその声は、波の音に消されてしまいそうだが消えることの無い不思議なものだった。彼女達と同じように血の気の無い顔をしてはいるが、さらにといっていいほどに生気というものが感じられない。
「今日は客人が多いことだ……」
 そんな不思議な者が近づいてきたからといって死神は脅えることも驚くこともせず、前と同じように静かな声で言った。なんだか、呆れたような物言いにも聞こえたきもするのだが、誰もそれを口にすることはなかった。
「やっと、主役のご登場とはな」
 そう、彼女は元々ここに来た理由は彼の魂を回収するためだ。後の二人はその場にただ居合わせていたおまけのようなもの。いわば彼女達の魂を回収するのはついで、ということになる。
「主役……。なんの話だ?」
 意味のわからないことを言われても驚くことは無く、そのままのテンションを維持しながら目の前にいる小さな女の子を見る。
 明らかに他の二人とは違う雰囲気を醸し出している少女が何かを言おうと口を開いた時だった。
 さっきまで顔色を変えていた女性が、男に突然抱きついた。
 さすがにこれには驚いた男は声を出さずとも、動揺を隠すことができない。今まであったやる気のなさそうな顔が嘘だったかのように目を見開いていた。
「なんだ、いったい……?」
 驚いているのはどうも男だけではないようだ。顔には出していないが死神である少女も、そばにいた茶髪の女性もその顔を緊迫していた時とは別物になっている。どうしてそのようなことをしているのか、わかるのは抱きついている女性だけだった。
「やっと、やっと来てくれた」
 涙が両目からとめどなく流している女性。彼女は、意味のわからない発言をなんともいえないような顔で二人を見つめていた。
「ちょっと待ってくれ、突然で悪いが意味がまったくわからない」
 そんな女性を無理に自分から引き剥がすと、その悲しそうな顔を見直した。そして、そのような言葉を投げ掛けた。
 今度驚きの表情を見せたのは女性だった。恐る恐る男性に聞いてみる。
「そんな、私のことを覚えていないの?」
「君のことよりか、自分のことの方が知りたいところさ」
 彼はもう彼女の事どころか、自分のことさえも忘れてしまっていた。その話し方は、女性が知っていた頃のものとはまったく違っていた。
「ねえ、これってどういうことなの?」
 思わず、後ろで控えていた茶髪女性が死神に聞いてみた。
「死んだ時の状況によってはこのように記憶を無くすことは珍しいことではない」
 自分にはまるで関係ないといった表情、言い方で死神はさらっと言う。
「そんな……。せっかく会えたのに……、記憶がないなんて……」
 先ほどとは違う種類の涙を流しながら、その場に崩れてしまった。
 他の三人は黙ってその姿を見ているだけ。誰も、何も言うことなくその光景は一時停止のビデオテープのように続いていた。
 
 
 

2005/10/19(Wed)20:09:28 公開 / 上下 左右
■この作品の著作権は上下 左右さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
おっと、右後ろから上下が迫ってきている〜!!(またもや意味不明)いったい何章まであるんだろうな〜、これ予定では後四話ぐらいで終わる予定ではあるのですが、もっと長くなるかもしれません。纏める力のないものですから。さてさて、これからどうやって繋げていこうかな〜。んどと今更ながらに考えている上下でありました、それでは、また次回更新のときにでもお会いしましょう。シュン!!(消える音?)
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