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『一人の絵描きの話』 作者:上下 左右 / 未分類 未分類
全角5949文字
容量11898 bytes
原稿用紙約17.1枚
 




 私は、声にもならない声を上げながら目の前に広がる大きな紙を剥ぎ取り、それを丸めてゴミ箱の方へと投げる。それほど近い場所にあったわけではないので、私の腕なんかでは到底入るわけもなく、まったく違う方向に飛んでいった。
 思ったとおりのものが描けないことからのストレスなのか、時間があまりないという焦りからなのか、それはわからないのだがとにかく思ったものが描けないのは事実である。
鉛筆による下書きは完璧である。おそらく、誰に聞いても私の大切な人だということがわかるに違いない。
 この絵で一番気に入っているのはやはり命とも言える目だ。色を塗っていないから水々しさ、というものはないが鋭い眼光や周辺の細かい皺など、どこからどう見ても彼そのものだ。
 問題なのは色だ。人物画を描くのは初めてではない。今までにも老若男女、分け隔てなく描いてきた。しかも、どれもほとんど失敗ということはなく世間でも認められるほどの作品が出来上がっている。そんな私が、どうもあの人の絵のときだけは過剰なまでのこだわりというかなんというか、色が全くイメージどおりに作り出せないのである。
 肌の色、髪の色も気にくわないのだが、やはり一番は瞳の色だ。私は基本的に市販で使われているものでしか絵を描かないし塗らない。高価なものを使えば上手な絵をかけて当然だ。それでも描けない人間は才能がないので早くこの道をあきらめたほうがいいだろう。一般に売られているものを使い、どこまで高度な絵を描くことができるか。それが私の目標である。
 でも、今だけは違う。いつもの一般的な物を使って描く画家ではなく、一枚の絵を完成させるにはどれだけお金をかけてもいいというあまり私の好きではない画家と同じ事をしている。だから、いつも使っているものの百倍以上もの値段のする絵の具。普段、使うことがないほどの紙。値段を言うのが怖くなるほどの筆。もう、これでもかというほどにお金をかけている。
 それなのに、自分の気に入ったものを書く事ができないというのはいったいどういうことなのだろうか。納得のいく絵を描かせてくれない道具にも、それを書く事ができない自分にもだんだん腹が立ってくる。
 だめだ。こんなムシャクシャした気持ちで描いても仕方がない。時間がないのだが一時休憩することにしよう。
 パレットを置くのではなく地面に落とし、席を立つ。向かった先はキッチンだ。コップにインスタントコーヒーを注ぐ。普通に考えられる量をはるかに超えている。それに熱々のお湯を入れて、小さなスプーンでかき混ぜた。砂糖やミルクは一切入れない。
 それを自分の絵の前に行って口の中に入れる。到底溶け切れていないコーヒーの素が舌の上をザラッとした触感と共に通過する。これによって私の中に合ったモヤモヤや焦りが消えてくれるとうれしい。よし、そう考えながらもう一度挑戦だ。
小 さなテーブルをキャンパスの横に置いて、そこにコーヒーの入ったコップを乗せる。
そしてパレットを持って、絵の具を混ぜ始める。
 下書きは完璧に出来上がっている。もう、これだけを何十回も描き続けてきた。もう、数十分あるなら完成させることができる。休憩する前にすでにできていた。
 私は思った色を出すためにまたも高級絵の具を混ぜ合わせ始める。しかし、いくらやってもやはり思うとおりの色を作り出すことはできなかった。
 悔しさのあまり、今置いたばかりの机を思い切り殴りつけ倒してしまった。上に乗っていたコーヒーが、遠慮することなく散らばる。床、壁、カーペット、新しい紙、私のバッグ……。
 バッグ?そういえば、昨日の夜いいものをもらってきたような気がする。何かはよく覚えていない。何故だろうか。確か最近アルコールを入れた覚えもないのに、その部分の記憶がない。だが、確実にそれを誰かからもらったはずだ。
 コーヒーが染み込んだ真っ白なバッグ。ああ、せっかく彼が誕生日に買ってもらった物なのにちょっとショックだ。おっと、こんなことを考えている場合ではない。できるだけ早く絵を描かないと。
 私は壊れ物が入っているのかなど気にすることなく、それをひっくり返した。中からは絵の具や筆、それに比べると少ない化粧品が出てきた。そして、私が探しているそれも一緒に落ちてくる。銀色の少し熱い円盤。そう、確かこれだ。中がなんなのかは知らない。でも、もらったとき確かに彼を書くのにはこれを使ったほうがいい、といわれた。
 その少し妙な入れ物。それを開けてみた。絵の具に関連することだから軟膏状のものが 出てくるものだと思っていた私だが少し拍子抜けしてしまった。それは白い粉末になった何かだった。真っ白とまではいかない。なんだか少しだけ茶色い気がする。
 絵の具に粉を混ぜる……。そんなことを考えもしなかった。元々絵の具というものは粉から作られているものだから別に物凄くおかしい、ということではない。
 私はまた椅子に腰を下ろし、それを眺める。どう見ても普通の粉だ。白い絵の具とかいうオチではない。だったら、この粉はいったいなんなのだろうか……。やっぱりだまされたのかなぁ。
 まあいいや。ダメで元々、やってみるだけやってみるかな。
 絵の具に粉を混ぜる。別に怪しいことではないが、なんだかやってはいけないことのようなドキドキ感がある。
 真っ黒な絵の具に茶色っぽい白い粉が混ざっていく。それほど多くの量を混ぜたりはしない。もしもこれをくれた人のいうとおりならここで多く使ってしまってはもったいない。この絵以外にも使えるかもしれないからだ。
 絵の具に混ぜた白い粉は、すでに真っ黒になり完全に溶け込んでしまっている。こんなものでいいのだろうか。この状態では、先ほどとはあまり変わっていないような気がするのだが、私の目がおかしいのだろうか。塗ってみればわかるのだろうか。
 まずは絵の命ともいえる瞳からだ。ここで失敗すればまた全てやり直しである。
 ゆっくりゆっくりと、線を塗りつぶさないように筆を走らせる。漫画などを描くのとは違い、現実の人間の瞳など本当に小さいものだ。しかし、絵を生かすも殺すも全てはこの部分にかかっているのだ。気を抜くことなどできるはずがない。
 私はこのとき不思議な気分だった。今までにどれだけの素材を使っても出せなかった色。これだけ悩み、苦しみ、作り出そうとしていた色がたった一つの謎の粉でこうも簡単に出せてしまうなんて、なんか腹立たしい気分も少し混ざっている。
 でもいいや。これぐらいのイライラで無事に彼を表現できる色が出たのなら安いものだ。どんどん行ってしまおう。
 次は肌。これもいつもどおりの作り方に不思議な粉を混ぜるだけで完成させることができた。ここまで思ったものが作れるというのはとても気持ちいいものだ。もしもスランプに陥ってしまったら、これで治る。そんな気にもなってくる。
 もう、この粉さえあれば怖いものなんてなかった。
 次々と色を作り出して、それを塗っていく。気が付けば、その絵は背景までも完成していた。
 時間はそれほど経過していない。休憩を終えてからまだ一時間程度。パレットを先ほどとは違ってゆっくりと下に置き、椅子の上で糸の切れたマリオネットのような体制になる。
 とにかく私の中にあるのは達成感よりも疲れ。たしか、昨日からほとんど休むことなくこれを描いていたのだ。別におかしいことではない。でも、こんな格好をしていたらいつ寝てしまってもおかしくない。私は、できるだけ早くこれを彼の元に届けなければならないのだ。
 絵の具の乾いているのか乾いていないか微妙な絵を破れないようにキャンパスからはずし、それを折れないように丸める。本当はこんなことをしてはいけないのだが、今はそんなことを言っていられない。一刻も早く、この絵を彼に見せてあげたい。
 部屋の中は散らかり放題である。いい色がでないという理由で放り投げられた絵の具。そして、ある意味ではそれの巻き添えを食らったような紙。先ほど溢したコーヒー。一、二日でこうなったとは到底思えない。
 あまりにも体に負担をかけすぎた為か。歩くだけでフラフラする私の体。仕方がない。少しだけでも寝るとしますか。そう思って、近くにあったソファーに大きく横になった。どんどん、私の頭が真っ白になっていく。そんな中、ひとつの影が部屋の中に入ってきた。
「ちょっとあんた、なにやってんのよ!」
 それは私の大学にいた頃の友達、佐和子だった。卒業した後もこうして私の家に遊びに来てくれる親友だ。私とあの人の関係ももちろん知っている。入院した時も、一緒についてきてくれた。
「佐和子。見てみて、完成したのよ」
 先ほど丸めた絵を寝転がったまま広げて彼女に見せる。しかし、彼女は絵には全く関心を持ってくれずに、部屋のほうを見回している。そして、あるものを発見して手に取った。それは、彼の絵を完成に導いてくれたあの魔法の粉だった。
「ねえ、これって……」
 なんだか、それに気が付いた時の彼女の顔は真っ青だった気がする。でも、あれのことを知っているって事はあれをくれたのは佐和子だったのかな?
「それでしょう。絵の具に混ぜたら思い通りの色が出せたの。ありがとうねぇ」
「絵の具に……、混ぜた……」
 彼女は信じられないといった顔だ。どうしてだろうか。いい色が出ると言ってこれを渡したのは貴方ではないのですか?っと聞きたくなってしまう。そして、信じられないのは私の身に起こった。
 眠気にほとんど意識を支配されていた私の頬に、物凄い衝撃が走ったのだ。それがあまりにも強すぎたために眠りかけていた私の脳が一瞬にして活動を開始する。痛みのためか、気が付けば私の目からは涙が零れていた。
「何するのよ」
 しかし、涙を流しているのは私だけではなかった。私にビンタを与えた本人。佐和子も、私に負けないぐらいの涙を流しているからだ。私は、それを見て意味のわからないなにかが体中を走った気がする。
「あなた、あれがなんなのかわかっているの?」
 私は何も答えることができない。どうも私が考えていたのは間違っていたらしい。だから彼女はあれほど怒ったに違いないのだ。わからないのだから答えることができない。
「これは、あんたの大切な人の遺骨なのよ!」
 彼女には悪いが、いったい何を言っているのかを理解することができない。彼の骨?確か今、あの人は入院しているはず。そして、私の絵の完成を楽しみに待ってくれているはずだ。
 二人の間に一時の沈黙が流れる。
「なっ、何を言っているのよ。だってあの人は今も病院で……」
「もう、いい加減にしてよ!」
 まるで、叫ぶような声で私にそう言い放つ。いい加減にする?私はそれほどおかしなことを言っているのだろうか。
 彼女が私の頭を無理やり起こし、ある方向に向けさせる。絵を描いていた場所からは絶対に見えることのなかった場所、隣の座敷。そこに、彼の顔があった。だが、それは現実味のあるものではなく、写真立てに入ったモノクロの写真だった。
 それは彼の遺影。死んだことを表しているものだった。
 突然視界に入ってきた現実に、私は声を出すことができない。もしも今出してしまえば叫びしか出ないだろう。だから、無理に脳が押し殺している。
 頭の中に、今までは想像もしえなかった映像が私の脳に直接焼き付けられるような感覚だ。ベッドの上で力尽きた彼。大きな棺に入れられた彼。最後に火葬場の中へと消えて行った彼。そして、骨になった彼。
衝撃の映像はさらに続く。
 骨壷に骨を入れていく中で、それほど多くない量を自分のポケットの中に入れる。まだ熱を持つそれは私の手の皮膚を焼いた。今でも残っているその火傷はくっきりとしている。
 あの粉は誰かにもらった物ではなかった。自分で骨を盗み出し、そして自分ですり潰した物。おそらくは、彼が死んだことに対するショックがあまりにも大きすぎたため、その周辺の記憶を消し、新たに作り出してしまったに違いない。あの時と同じように、今の私の頭の中では電気信号の混乱が起こりかけている。
 佐和子はそんな私にそれ以上何も言うことなく丸めていた絵をまたキャンパスへと貼り直す。
「それにしてもよく描けているわ。まるで、あの時の彼を見ている気分……」
 彼女が何か言っている。悪いが、今の私にそれに構っている余裕と言うものがない。下手をすれば、またもや記憶の隠蔽が行われてしまうかもしれない。私は、何とかそれだけは防がなければならない。彼の死を認めなければならないのだ。
「もう、貴方は苦しまなくてもいいのよ。この五年間。貴方はよくがんばったわ」
 五年……。彼が死んでしまってからそんなに経ってしまっていたのか。私はつい最近のことだと思っていたのに。
「貴方は誰かがこの真実を告げるたびに何度も何度も現実を拒否し、その度に記憶を消してきた。でも、もういいのよ」
 彼女の声は優しい。先ほどのような怒りなど微塵も感じることができない。
 初めは精神病院で治療を行っていたらしいが、あまり長い間病室にいては体にも精神にも良くないということで偶にここへ連れてきてもらったらしい。私はその時だけ絵を描き、その時だけ彼のことを考えていたのだという。
 親友の佐和子が私のことを軽く抱きしめてくれた。頭を撫でてくれるのはうれしい事だが、落ちてくる涙が私の髪にしみこんで行く。正直、少し冷たい。それでも、この場は素直に甘えさせてもらった。 
「さあ、貴方も彼の元に行きなさい」
 その言葉が聞こえた瞬間に、私の胸に強力な痛みが走った。打撲のような痛みではない。何か、刃物のような物で刺された痛み。見てみると案の定、心臓を貫通するかのように一本の包丁が服を真っ赤に染めて刺さっていた。
 痛みは想像していたよりも少ない。喉に何かが詰まっているかのように声を出そうとしても発声することができない。後々、それが逆流してきた自分の血液であることに気がついた。
 どうして……。私はそれを聞く前に、私の意識は黒い絵の具に溶けていく微量の白のように消えていった。



 貴方もつかれたでしょうけど、私ももう疲れたのよ。何度も貴方の記憶が消えるところを見せられて、精神的にかなりまいっていた。彼女なんかよりも、私の方がよっぽど叫びたかった。我慢の限界ってやつが来たのよね、もう。いくら親友だからといって何度もこんなことを繰り返されたらこっちもおかしくなりそうだった。だから、私は最終手段をとった。彼女も私も両方救われる唯一の方法を……。





2005/08/17(Wed)22:54:52 公開 / 上下 左右
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■作者からのメッセージ
え〜、知っている方はお久しぶりです。知らない方は始めまして。今までマフィアに狙われ逃げ回っていた上下です。ああ、本当にこの掲示板に来たのが久しぶりに思えまして……以下省略。そして、掲示板に来るのと同じぐらい久しぶりの作品です。なんというか、大幅に腕が落ちたような気になります(いえ、前からダメダメではありましたが……)。やはり、小説というものは少し書かなかっただけで書けなくなってしまいますね。恐るべし書き物!
読んで感想をもらえればこれ幸いで御座います。もう少ししたら読み手の方も復活したいと思います(役に立たない感想ですが……)


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