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『How To Kill?』 作者:ごっち / ファンタジー ファンタジー
全角15364.5文字
容量30729 bytes
原稿用紙約44.95枚


 死はあらゆる生き物に、平等に与えられる数少ないモノである。



 佐々木俊弘(ささき としひろ)は、薄暗がりの部屋でひたすらに待っていた。彼の目の前には内側からぼんやりと光っている、人の背ほどもある巨大な卵がひとつ、ただ沈黙を守っている。
「……おせぇ」
 俊弘から発せられたのは、かなり殺気がこもった一言だった。充分に人を怖がらせる事の出来るそれはしかし、三分に一回の割合で呟かれたら効力も無くなってくるだろうが。腕に嵌めた腕時計を、何度も何度も見直す彼は、かなりイライラしているようだ。その男は、黒い髪は短く、襟足が服にかからないようにしている。瞳も髪と同じような黒で、少し細くて奥二重だった。背はそれほど高くはないが、あまり筋肉が付いていないすらっとした身体つきなので、必要以上にひょろりとして見える。
この部屋はすべての死神が生まれる場所。全世界の死神の安全を守ります委員会の本部で、端のほうに小さく存在している。使用頻度の低いこの部屋には、一人の死神が死ぬと卵がひとつ、突然出現する。そうして一日後に、その中から新しい死神が生まれてくるという仕組みになっていた。そうして生まれてきた彼らは、先輩の死神の元で一週間、びっちり死神のあれこれを学ぶというわけだ。
 『っのクソ卵さっさと割れやがれ俺をこんなに待たせるたぁいい度胸してんじゃねえかっていうかこの部屋イスくらい用意しとけよ誰だよ担当者配慮ねぇなあ床の埃はちゃんと箒で掃いとけ!』
 なんて事を延々と考えていた俊弘は、今回の新人育成当番だったりする。死神歴二年の彼は、もちろん歳も二歳というわけだが、当番になるのは初めてだ。
初弟子。なんだか照れるようなちょっと恥ずかしい響きだが、俊弘にとっては憤怒の対象にしかならなかった。まず、子供嫌い。歳が一桁の子供はまず自分の傍に置きたくない感じだ。赤ん坊の躾なんて、考えるだけでも恐ろしかった。しかし新人というだけで幼いような感じがするのは確かだが、もしかしたら年配の方が生まれてくるかもしれないのに。俊弘も生まれた時からこの姿、人間でいうところの二十代前半だ。
 そして、そんなことよりも数倍嫌いなのは、長時間待たされることだった。自分が時間を守る代わりに、相手にも正確さを求めるタイプだ。
「いい加減に生まれろ! このクソが!!」
 俊弘が待ち始めてからきっかり一時間後、彼は卵に向かって毒づいた。
 と。 それに卵が応えた! のかどうかは定かではないが――それは瞬間まばゆく光り輝き――ぱっくり二つに分かれた。
「あ……」
 その中には十五、六歳くらいの少年がちょこんと座っていた。ぐ、と俊弘は心の中だけでガッツポーズをした。とりあえず話は通じる相手だ。しかも子育て&躾をやらなくてもいいー! 俊弘の最悪だった機嫌がかなり上を向いた。これで、弟子の育成におけるほとんどの問題点は解消される。時間の価値観についてはまた話し合えばいいのだし、そもそも時間通りにいかなかったのも卵の所為なのだ。自然の神秘にどうこう言っても仕方が無いよな、なんて、もう待たなくてもいいんだと分かった途端にあっさり態度を反した。後は彼が面倒くせぇ、などと思わなければすむ話だ。


 その少年は濃い、少しだけ赤みがかった茶色の髪に、丸くて瞳の大きい黒目をしていた。肌の色は地球でいうところの、白人と黄色人種の中間くらいにあたる。ハーフのような顔立ちから推測するに……たぶん前世は人間では無かったのだろう。
「あっあー! ううぅーあぅうー。……んー」
 口を大きく開けて、必死に声を出そうとしている。それはまるで生まれたての野生動物のようで、俊弘は少し見惚れてしまった。あぁ、間違いなくこの子は動物だろうと思った。それはただの直感。植物ならあまり大声を出さないだろうし、人間ならまず喉の使い方なんかで戸惑わない何てのは、単なる理屈に過ぎなかった。きっとこの少年とうまくやっていける。
「あー……えぇと。いぃーつもすまないねぇー。それは言わない約束でしょっ」
 ん?
 俊弘は思わず身構えた。いや、今なんて? 動物かと見せかけて実はただのイタい子か? どうしよう、この子とやっていく自信が無い……。すぐに声の出し方を理解した点は誉めるべきなのだろうが、俊弘はそれどころではなかった。手に持っていた布を落としそうになって、ぎゅっと掴みなおす。と、とりあえずこの全裸の少年に服を着せなければ。その前に卵の中の液でびしょ濡れになった身体を拭いてもらわないと……。あ。
「っだークソが!! タオル忘れた!」
 思わず叫んでしまった俊弘の声に、さっきからきょろきょろきょろきょろと、せわしなく周りを見渡していた――この部屋には卵の殻以外には何も無いのだが――少年はびくんと身体を震わせた。そして叫ぶ。
「うああぁぁぁあああ! 何!? また知らないところにいるっっ」
 俊弘はすみやかに部屋の隅に避難した。心臓がばくばくいっている。誰か! 取説! この生き物の取扱説明書をくれ!!
 息を吸って、吐く。そうやって深呼吸を三回。よし、少しは落ち着いた。そうだよ、普通の反応じゃないか。あんな暗闇の中で過ごしていたら、まともな奴なら気が狂ってしまう。自分だって立ち直るのに随分かかったじゃないか。
 あれは……文字通りに、死の世界だった。死神は、死んでから生まれるまでの記憶がすべて残っている。生まれて死んで、また死神として生まれ、そして死ぬ。人生を二回も経験しなければならないのだ。何の嫌がらせか、絶対に前世を忘れる事は許されない。そうしてその二つの人生の隙間に、それはあった。終わりの無い孤独。闇の中にただ、自分だけぽつんと存在していた。死んだらやっと天国の祖父母に会えるのかな、なんて考えていた人間時代の自分の期待は完璧に裏切られた。死んだら手許には何も残らなかった。そうして独り、この部屋に生まれてきた。
 あぁ、あの時。すべての感情を放棄した自分に、彼女の存在はなんて……。
 自分のやるべき事は、分かっている。
「ほら、服だ。生憎タオルは忘れたが、まぁそこはそれ……気にすんな」
 愛想笑い付きの、出血大サービス。普段ならこんな大声で叫んでいる子供に笑いかけたりなんて、絶対してやらない。そんな俊弘の誠意が通じたのか、少年はぴたりと叫ぶのを止めた。初めて二人の目が合った。その、捨てられた子犬のような目。うぅ、次はどう出るんだ!?
「ここはどこ?」
 よし正常! 私は誰? なんて続かなかったところも大成功だ。
「あー、ここは死神世界といいましてぇーぴったし一億人の死神たちが暮らしていてー、おま…君は本部で生まれたので中央所属となるのですよー。っつーことでお前は今日から死神だ! 残念だったな」
 少年はぽかーんと口を開けている。無理もない。俊弘だってこんな説明で納得してもらおうなんて都合のいいことは考えていない。所詮どんなに詳しい説明があったところで、この自分に降りかかった運命をすぐに受け入れることなど出来はしないのだ。それより俊弘としては早く、差し出している黒い服を受け取って欲しい。
「じゃあ、あなたは誰?」
 これまた普通だ。第一声のインパクトが強すぎて、もしかすると思考が少しおかしい子なのかと疑ったりしたが、案外普通の子なのかもしれない。
「お前の師匠にあたる。師匠と呼んでいいぞ」
「師匠」
 少年はなんだか安心したように繰り返した。そう素直に出られると、なんかちょっと照れる。 中学時代、初めて“先輩”なんて呼ばれた時の、あのくすぐったい感じだ。
「で、お前は弟子」
「弟子っ」
 嬉しげに反復する。なんだかとても良い子だ。
「“弟子”なんて呼ぶのはなんか不躾だよな……。じゃあなんかお前可愛いからポチで」
「えーっ?」
「えっ」
 ここで反抗されるとはあまり思っていなかったので――そんな名前は誰だって嫌に決まっているが――俊弘は少し不意打ちをくらった気分だった。
「あ。なんだお前、名前あったのか?」
「うん。ヘルティって」
「ヘルティ?妙に上品だな。お前にはポチの方が似合うだろう、ポチにしとけ」
「うー」
 それよりも何よりも。この伸ばした腕と、その先にある適度な重さのおもりを早くどうにかしてくれ! と俊彦は願った。いいかげんに腕がプルプルしてきていた。


 
 なんだか何もかもがおかしい。感じる感覚がすべて違う。空気が身近に感じられないし、視界もはっきりしすぎて嫌だ。なにより、鼻がまったくきかない。自分の匂いも、相手の匂いも分からない。 感覚のほとんどを嗅覚に頼っていた自分としては、本当に怖くて心細かった。頭がふらふらする。
 普通に歩こうとしたらバランスがおかしくて上手く進めなかったし、師匠に怒られてしまった。普通は後ろの足だけで歩くものらしい。なんとかそうやって歩けるようにはなったのだが、地面が恋しい。頭の下にすぐ地面がこない。それはとてもとても寂しいことだ。あぁ地面。こんなに愛しているのにぃ。
 しかも体が濡れていて気持ちが悪い。ぶるぶるして水気を払いたいが、体中の毛がほとんど無くなってしまっているのでそうする事も出来ない。しかしこの、体に張り付いている布はなんなのだろう。師匠は服だと言っていたが、これの使用目的がさっぱり分からない。逆に歩きにくくなってしまった。はっきり言って自分には邪魔だった。
 それでも、この形には見覚えがある。どこかで……? さっきから、その事ばかり考えている。例えば。自分が掴まって歩いている師匠という人と自分は、同じモノだ。多少の違いはあれど、同じ構成をしている。姿形に、歩き方。この形は知っている。あぁそうこれは……。自分が最も愛した人たちの容姿と、まったく同じだった。



「っおい! なんだ、どうしたんだ!? ……えぇと……」
『なんだこいつさっきから俺の腕をがっしり掴みやがって……そうか杖か、杖代わりなのか? それにしてもこいつローブずるずるだなどんな大きさでも対応できるように青年男性用を選んだ俺の選択ミスだな……あそうか、それがアピールしたかったんだな? 』
 なんて事を考えながら二人で薄暗い廊下を黙々と歩いていた時。俊弘がくるりと後ろを向くと、ヘルティが呆然と泣いていた。
 決まり悪げに頬を掻く。
「うん、まぁそういう事もあるよな人生はっ。 ……」
 どうしよう。こういう時は、一人にしてやるのがいいんだっけか? いや、なんか違う。もしそれが正しいのだとしても、俊弘はヘルティを一人にするなんて事はどうしても出来なかった。一人で放っておくには、彼は悲しく寂しい顔をしすぎていた。それに、彼がどうして泣いているのか、俊弘には分かり過ぎるほどによく分かる。死神なら誰もが通る道だ。
 俊弘はぎこちなく、少年の頭をぽんぽんと叩いた。
「ふ、うううー」
 それをきっかけにして、ヘルティは俊弘に抱きついて泣きじゃくり始めた。滂沱の鼻水が俊弘の黒いローブに付くことになるのだが。うん、それは些細なことだ。
「あー……よしよし、怖かったよなぁ。お前はよく頑張ったよ」
 本当に。あの世界での経験は、すべての死神たちの心に、奥底で深い傷となって存在し続けるだろう。忘れたくても忘れられない。忘れたと思っても、また何かの拍子に思い出す。これが意図されたものだとしたら、神様はよほどたちが悪い。あの場所は、まさに地獄だった。あれ以上の責め苦は存在しないだろうと思われた。永遠。この言葉ほど怖いものは無かった。苦しくて、恐かった。もう自分は自分以外に会うことはないのだと思った。死にたいと、殺してくれと真剣に祈った。もう自分が死んでいるのを知っているのに。
 いいよ、思い切り泣いてくれ。この少年が、泣くのを覚えていたことを心の底から幸運に思った。自分はあの頃、泣くという行為さえ忘れてしまっていたから。


 全世界の死神の安全を守ります委員会は、あちこちの世界に飛ぶことを義務付けられた死神たちのために設立された。もうちょっとセンスの良い名前は無かったのか、と文句を垂れる奴も大勢いるが、どうせ“委員会”だけで通るので特に問題は無い。委 員会は何人かのリーダーと、一般人で構成されている。必要な役割はすべて当番制だ。新人育成当番もそうだし、個人記録管理当番、掃除当番も回ってくる。全員ほぼ常になんらかの当番に入っている事になっていた。
 そして委員会は、本部、そして十九の支部に分かれていて、配属はどの建物で生まれたかによる。本部で生まれたら本部所属、支部なら支部所属である。それは一生変わることは無い。一つの部署に、死神五百万人。その数は不変で、死者が出た場合にはその分だけ、まるで補充されるかのように新しい死神が生まれてくる。死神の絶対数は、増えもしないし減りもしない。


 「師匠ー、お腹空いたーっ」
 ヘルティはとても元気だ。……さっき散々大泣きしたばかりにも関わらず。 いや、あれだけ泣いたからこそ元気、と言うべきなのか。少し羨ましい。なんにせよ、表面だけだとしても前向きなのは好ましかった。
「それは我慢しろ。俺だって充分腹が減っている。これからな、誰かに食い物を恵んで貰おうなんて考えるな! 自給自足! それが死神の鉄則だ」
「うんっ」
 その黒い目をきらきらさせて、ヘルティは俊弘を見上げる。別に悪い気はしないのだが、なんか少し……やりにくい。
「まぁ実際自分で体験したほうが分かりやすいだろう。ほらポチ、手ぇ出してみろ」
 ヘルティは、ばっと手を出し、俊弘の手の上に乗せた。
「お手じゃねえよ! おまーほんとにポチだな。いいから手ぇ裏返す! まず俺が手本見せるから、よく見とけよ」
 その瞬間俊弘の手の上に、鈍く光る鉄色の大鎌が現れた。大振りの鎌に、身長くらいのながさはある、黒くて細い柄。
「うわっ何? これ何!?」
「これが死神の商売道具だ。つっても狩りに使うだけだけどな」
 黒髪黒目、黒いローブを着て大きな鎌を持った俊弘は確かに、死神の風貌をしていた。人間たちが不吉、だと考えている死神そのものだった。
「お前もやってみろ」
「そんな事無理ーっ」
「説明すんの難しいんだけどな……。じゃ、鎌を思い浮かべて、念じてみろ。鎌鎌鎌! これでどうだ?」
 非常に雑な説明だ。しかし大鎌は生まれつき死神たちの中に存在し、あまり努力しなくても出すことが出来る。こつが分かればいつでも出し入れ可能だ。大鎌はもはや、彼らの体の一部だった。
 ヘルティは口の中でゆっくり、鎌、という言葉を転がしてみる。すると。
 すぅ、とヘルティの手の上にも大鎌が現れ……そして取り落とした。
「重い……」
「なにしてんだこらぁ! ていうか何なんだこれは。こんな形、見たことねぇ」
 ヘルティの鎌は、一つの柄に、鎌部分が二つもあった。重いはずだ、通常の二倍くらいの重量があることになる。
「なんつー無駄な。上の鎌なんかどう見ても使えないだろ」
 鎌は上下に付いていた。ちょうど十六分音符の玉無しバージョンだ。
「とにかく腕鍛えて、なんとかこれを使えるようになれ。鎌が無いと食事が出来ないからな」
「どうして?」
「あぁ。死神においての食事っていうのはだな、食べることでなく狩ることなんだ。生き物の魂を狩る。それが死神の義務で仕事で、存在意義だ」
 悲しいことに。
「んんー?よく分かんない」
「まぁな。とにかく、誰か殺さなきゃ腹は膨れねぇってことだ。死期にいる生き物を狩る。狩ったらその直後だけ腹は満たされる。そんで次の瞬間腹が減るから、また狩る。そのサイクルが一生続くんだ」
「へぇー」
 分かっていないような顔で、ヘルティは頷く。その純粋で美しい瞳を見て、俊弘は少し胸が痛くなった。これだから子供は嫌なんだ。生き物を自分の手で殺していく時、この子はどういう顔をするのだろう。どうか彼が絶望に攫われることがありませんようにと、何者かに少し祈った。


 「どうも、ごくろうだな」
「ごくろうさま」
 死神どうしの挨拶は大抵、“ごくろう”だ。これは意訳すると、「こんにちは。 あなたも当番のお仕事頑張っていますね」という意味になる。実に暖かい言葉だ。
 目的地に着く前に、二人は少し寄り道をした。風呂場である。ヘルティはその、卵の中の液でべたべたになった体を洗わなければいけないし、自分のサイズに合った服に取り替える必要があった。そして俊弘は、いいかげんに大量の涙と鼻水の付いた服を着替えたかった。
 着替え終わってヘルティが風呂から出るのを待っていた俊弘は、更衣室の掃除にやってきた死神に出くわした、というところである。掃除を始めた彼をなんとはなしに眺めながら、俊弘はぼんやりと考え事をしていた。
『やっぱあいつは犬だよなぁていうか絶対犬だろ! いや、猫だったらどうしよう……その場合はポチをタマに換える必要があるよなぁいや奴はどうみてもポチだな!』
 なんていう、ものすごく暇な内容ではあったが。掃除の青年が部屋の隅も丸く掃くタイプではなかったので、俊弘は安心してそれを見ていられた。


 コンピュータのような、そうでないような何かでその狭い室内を満たしている個人情報室に行くと、今日の個人情報管理当番らしく、遊玲(ゆれい)がいた。彼女は半年前、俊弘が魔法世界当番になった時に同じメンバーで、なかなか気安い間柄だ。黒く長い髪をゆるく大きく巻いていて、赤い口紅をつけている。
 二人は散在しているコードを踏まないように気を付けながら、彼女の元へ進んでいった。
「お、ごくろう」
「あらぁ俊弘。ずいぶん久しぶりじゃなぁい」
 親しげにそう言った後、遊玲はその隣の少年に目を向けた。
「こちらの方は?」
「あぁ、俺の弟子のヘルティだ」
「そう。よろしくね」
「うん、よろしく」
 ヘルティはにっこりした。
「あぁんっ何この子かわいいーっ! あたしの弟子にしたいわぁ」
「わー」
 遊玲はヘルティをひし! と抱き締めた。もはや愛玩動物である。ヘルティはにこにこしたまま、彼女のされるがままになっている。大抵において、人懐っこくて愛想のいい者は得をする。
「いいから早く登録しろ」
ちなみに、言葉使いが乱暴で無愛想な者は、損をする。
「んー、俊弘が師匠なんてあなた災難ねぇ」
「お前失礼な奴だな」
「ふふ」
 発する言葉は悪いのだが、間に流れる空気は気安く、穏やかだ。その様子をヘルティは嬉しい気持ちで見ていた。こういう暖かい雰囲気は、大好きだ。例えば、日当たりのいい縁側。 ヘルティとあの人たちは、春になると大抵の昼間をそこで過ごした。
 「さて。 仕事しますか」
 そう言って遊玲は何か道具を取り出した。形状は、レジにあるバーコードをぴってするやつによく似ている、というのが俊弘の認識だ。それをそのまま、遊玲はヘルティの額にぴっと当てた。 これで登録終了。登録用の機械とコードで繋がっている先の、テレビに似た画面になにやら文字と映像が映った。
「お、やっぱ犬だ」
「やぁんかわいー」
 ダックスフンドのロングコート。よく街で見かけた、足がとても短くて常にとことこ歩き、妙に胴が長い犬だ。毛は長くて、赤の入った茶色をしている。いつも尻尾をぱたぱた振り、飼い主を見つけるとぴょんぴょん跳ねる。日本で、多くの人に愛されていた犬だった。
「あ、これ僕だ!」
やっと本当の自分に会えたような、そんな懐かしく切ない響きで、ヘルティは嬉しげに声をあげた。
「こりゃあ可愛いはずだよな……」
 前世の記憶と性格が、そのまま今に繋がっている。ちなみに俊弘の前世は、千葉県出身の日本人だ。生まれかわったらカメになりたい! なんていう子供時代の俊弘の希望は、見事に無視されたわけだ。もっとも、たとえそれが叶ったとしても、覚えてないのだから全く喜びも何もあったものではないが。
 ヘルティの行動の謎が解けたところで、二人は個人情報室を後にした。



 散々歩き回って、複雑に広い委員会本部の建物の外へと出てきた俊弘とヘルティは、通り道としての使用法しかないただの道を歩いていた。道の脇に花が咲いているわけでもなく、目を引きつけるものは特に何も無い。すべて無駄なものとして排除されてしまったのか、元から何も無かったのかは分からないが、ともかく道の他には何も存在しなかった。その道でさえ、周りと色が違っている、ということ以外に他と区別され得るものは無い。道部分は黄土色、残りは灰色。岩の断片を思わせる地面からは、全く生き物の気配が感じられなかった。しかも死神たちの近場の移動手段は、例外を除いて徒歩のみだ。いつまでも変わらない景色に飽き飽きするかと思えば、しかしそうでもない。長い道程でもないし、遮るものがないため目的地は見えているからだ。
 所要時間約十五分。委員会本部よりも更に巨大な建築物の入口の一つに辿り着いた。高さはさほどあるわけではないが――五階建てのマンションほどしかない――その厚みが普通ではなかった。なにしろ一番前の部屋から奥の奥まで、ゆうに十部屋はある。自分の部屋に行くだけでもう一苦労だ。
 この集合住宅には本部所属の死神が五百万人、一斉に暮らしている。したがって、建物の大きさは半端でない。本部の建物をぐるりと一周取り囲んで、恐いほどの圧迫感を放っている。 俊弘は見たことがないのだが、支部も似たようなことになっていると思う。自分から進んで行ってみたいとは思わない。ここと違っている事といえば、天気くらいのものだろうから。
 死神世界における気象は、地球で育った俊弘にしてみれば、異常の一言に尽きる。本部などまだましな方だそうだ。太陽が双子だとか、同時に月が出ているとかなんて、些細な変化だ。知人に聞いた話では、他の部では常に雪と雨が一緒に降っていたり、同じ場所にエンドレスで雷が落ち続けているなど、嫌がらせとしか思えない天候らしい。ただ不思議なのは、それらがずっと変わらないということだ。太陽は沈まないし、月の満ち欠けも無い。流石に、ずっと照りっぱなしのお日様なんて鬱陶しいものがあると思う。実際暑苦しい。死神は温度には鈍感なので過ごせないことはないが、偶には夕日も見せて欲しい。こういうのは、変化があってこそ美しいのだから。
 そのような事を適当に語っていると、やっと俊弘の部屋まで辿り着いた。最初はふーん、なんて合槌を打っていたヘルティだが、この頃になると全く反応が無くなってしまった。たぶん五階分の階段の所為だと思う。
「それじゃ中入っていいぞー。……ってかお前お邪魔しますくらい言えよ」
「ふいー」
疲れたような脱力系の返事。建物の中で入り乱れる灰色の通路を通った後では、皆こうなるのだろうか。その上ヘルティは華奢で、体力もあまり無さそうだ。俊弘もなかなかの細身だが、前世で大学の山登りサークルに入っていたおかげで、ただ歩きまくるだけなら得意分野だ。とにかくそのサークルは本格的だった。崖登りまでやったし。あまり思い出したくない過去だ。
 部屋は、一人につき一部屋支給されている。中は少し神経質な俊弘の事、綺麗に整頓されていた。私物があまりないという言い方も出来るが。小さな机が一つに、椅子のようなソファーのような物体がニつ。後は小さなベッドが一つに、小物が沢山だった。その小物の内のひとつに、妙に人を惹き付けるモノがあった。
「え、なっ、こっ……え!?」
先ほどの疲れがすべて吹き飛ぶ。思わずヘルティは好奇心で震える指先を近づけ、そうっと触れようとした。
「あっ! お前ヨーコさんに触るな!」
「……ん?」
 ヨーコさん? それはやはり名前、だろうか。……これの? ヘルティは変態でも見るような目で、慌てる俊弘を見た。
 それは、いわば花の様な形をしていた。植木鉢みたいな茶色い物の上に刺さっているので、たぶんそれで間違いはないだろう。ピンクの花弁で中は黄色、茎は緑で葉は黄緑だ。ここまでなら迷わず花だと呼べるのだが、ひとつだけ、大きな違いがあった。動いていたのだ。それはもうびゅんびゅんと。植木鉢と花の部分はぴったり静止しているのに、茎部分は凄いことになっていた。一秒毎に、左右に茎を振る。とても大きく。俊弘曰く、「ダンスするコーラの空き缶の一種」だそうだ。もちろんそんな作り物ではなく、これは本物だった。質感はまさに柔らかい、生きている花のそれだし、微かにいい匂いもする。しかしこれが――生きているはずはなかった。この世界では、死神以外の生物は存在しないのだから。
「こ、これは何?」
 ヘルティは恐る恐るこれの正体を訊ねた。途端に俊弘はいやぁな顔をする。
「俺の恋人だ」
「えっえええええ!? これ花……」
「うるせえな! 俺たちはプラトニックラヴなんだよ!」
 どうしようー、師匠が壊れたよー。ヘルティは少し怯えながら、本気でこの先の俊弘との接し方を心配した。
 畜生が。一方俊弘は舌打ちでもしたい気分で、彼にあのブツを押し付けてくれた人物を呪った。
――『あのね、今日は私の恋人を連れてきたのよ』
そう言って少しはにかむように笑った彼女はとてもとても可愛らしかった――普段彼女は大人の笑みで微笑むだけだ――のだが、俊弘はその台詞に打ちのめされていた。恋人!? それじゃ俺は貴女のなんだったんだ?
『ヨーコさんっていうんだけど』
 紙袋の中からごそごそと取り出されたのは、例の踊る花だった。……正直それはとても気持ちが悪いと思った。
『いや、それを俺にどうしろと』
『ふふふ。この子をさー、あなたの部屋に置いといて欲しいのね?』
 彼女は上目遣いで、長い黒髪を揺らして悪戯っぽく笑う。もちろんいつもはそんな甘えた表情をしてくれないだけに、それは酷く魅力的だった。
『彼女を私だと思って、ね?』
『っか―――!なんだお前っそんな可愛い顔されたら断れないだろっ!? いいよ預かるよ! 心の恋人にもしてやるよっ』
 そのようにして、ヨーコさんは俊弘の部屋に在る。これを見ると、俊弘はいつも切ない気持ちになった。
 どうして。どうして彼女は今、自分の傍にいないのだろう。彼女が何処にいるかは知っている。友人に頼んで、個人情報室で調べて貰った。しかし。どうしても、何故、が分からなかった。待っていていいものなのかも分からない。自分と縁を切るために離れていったのか、それとも他に理由があるのか。どちらにしろ、彼女には自分は必要ないのだという事だけは……確かで。 
被害者ぶって不安になって、自分で勝手に傷ついていた。漠然とした不安と、ふいに胸を締め付けるような強い不安。まるで波のように、絡まって入り乱れて向かってくるそれらは、どちらも苦しい事には違いがない。一年も待っている男なんて、重いよなぁ。そんな風に自嘲気味に笑ってまた少し胸が痛くなる。 
 しかも、自分の手許にある彼女と繋がっているものは、この奇妙な動く花しか残されていない。 こんなにも会いたいのに、隣を見ると、この花。……少し泣きたい気分だ。
 感傷に浸るのはこのくらいにして、自分の仕事を遂行しなければならない。とりあえずヘルティを俊弘の対面の椅子に座らせた。
「そんじゃ説明いくぞー。全部重要だから、聞き逃すなよ。で、最初に。何があろうと、“死神世界の果て”には行くな」
「なんでっ?」
 ヘルティの瞳が好奇心に輝いている。少し危険だ。
「なんかお前ひょっこり行きそうで怖いな。行ったら問答無用で死ぬからな? ……この世界には果てが在るんだ。一番外側にある支部たちの更に外側には、何も無い。灰色の地面が延々と続いているだけだ。と、ここまでは誰かが証明している。映像も残っていることだしな。そっから先は、分かっていない。調査に行った奴の個人情報が、突然勝手に消えたらしい。あぁ、俺たちが死ぬと個人情報が消えるんだ。さっきお前のを登録しに行っただろ? まぁとにかく外側に出なきゃいい話だ。……分かっただろうな」
「うん!」
秒速にっこりの、良いお返事だ。好感度抜群だが、元が犬なだけに返事だけで終わらないかが心配だ。なにしろ犬はとても、好奇心が過ぎるくらいに旺盛だから。
「よし。じゃあ次。廊下でも話しただろうが、食事の仕方だ。普通は“仕事”と言うんだけどな。
食事当番という当番名だ。大鎌あるだろ? あれを死期にいる生き物をぶった切るように、振るう。そうするとその魂がお前の体の中を通って、死の世界に送られるんだ。それで終わり。死期にいるかどうかは現場の方が判り易いから実際に行ってから言う。鎌は魂に魔法、後は力そのものしか切る事が出来ないから気を付けろよ。物体を伴うエネルギーは切れないって事だ。 例えばそうだな……殴りかかってくる拳は切れないな。すり抜けてしまうから、身を守ることも出来ない。……おい、ちゃんと聞いてるか?」
 ヘルティはなんだか虚ろな目をしていた。長い話は苦手なのだろう。
「そこで役に立つのが、何の変哲もないごく普通のナイフ! だいたいの奴はそういうのを護身用にしている。使わないに越したことはないが、緊急事態にはこれ使えよ。ほら」
「わ、ありがとう」
 無機質な冷たさが、ヘルティの掌の中に収まった。他を傷つける道具だ。そう思うと手が少し震えた。大鎌の時には感じなかった恐怖だった。あの大きさは現実的でないからというよりも、あれの本質は自分だからだ。自分の一部だというのならば、御することができるはず。
「それは服の内ポケットに入れとけ。とりあえずこれで最後にするから、もう少し頑張って聞けよ。――死神は、世界を渡るんだ。お前のいた世界に行くことも出来る」
「へぇっ」
 ヘルティは身を乗り出して、真剣に話を聞く体勢に入った。どうしてだろう。胸の鼓動が耳のすぐ内側で聞こえる。それは強い、期待だった。それは、もしかして。もしかしたら。何かの間違いでも起きれば、あの人たちにまた、会える、かも、しれない?
「それくらいの気合で中間の話も聞いて欲しかったな……。まぁなんだ、これが一番難しいからな。今いる死神世界があるだろ? これが俺たちの家と故郷で、本拠地だ。食事当番以外の当番になったら、この世界にある委員会で、働く。食事当番が回ってきたら、つっても殆んどこの当番だけどな、他の世界が仕事場だ。宇宙世界に混沌世界、魔法世界や別にどっちでもいい世界、パラレルワールドなど、十数個くらいあるな。特に気を付けるのが、魔法世界だ。そこに行くのは魔法世界当番といって、七人編成の当番になった時以外は絶対に行くなよ。な?」
「うん」
 シリアス風味の混じった声だが、目はきらきら輝いていてなんだかアンバランスだ。本当に分かっているんだろうな。
「肝心の世界の渡り方についてだが、これは一度行った世界ならほぼ簡単に行けるようになる。 体が覚えているんだろうな。一つの世界の中だけで飛ぶ時には逆に、全く思い通りには飛べない。的が小さいからな。自由に何処にでも行ける奴なんて、俺は一人しか知らない。そして、飛ぶ時には自分を……信じるんだ」
 えらく抽象的だ。夢見がちであまり彼のキャラに会っていない所がまた、気の毒に思えてくる。自分でもなんだか恥ずかしくなってきたのか、俊弘は軽く咳払いをした。
「とにかく。慣れてないうちには自分の意志とは関係なく、勝手に飛ばされることもあるから気をつけろよー。魔法世界には間違っても飛ばされるな! はい、これで説明終わり!」
「わー」
 ヘルティはなんとなく拍手をしてみたが、むしろそれは要らなかった。
「次は実践だからな! 宇宙世界に飛ぶぞ。お前の前世の世界だ。この感じ、しっかり覚えとけ!」
 そう言って俊弘は、ヘルティの腕を掴んだ。そして前方を睨み据え、静かに目を閉じた。
 頭の天辺が滲んで冷えていく。音が途絶えて、零れて溶けた。目に映る物はすべて綻んで、幽かな切なさと共にほどける。世界が千切れて、砕け散った。


 一人なのはもう、嫌だった。たとえ暗闇の中だとしても、誰かが一緒に居てくれればまだ、あれ程は怖くなかっただろうに。何の臭いもしない。何も聞こえない。……何も見えない。一人で如何する事も出来ずに、ただ、其処にいた。泣く事も出来ず、叫ぶことも出来ない。最後には、狂う事さえも諦めてしまった。誰かの温もりが欲しくて手を伸ばしてみると、決まって空虚な無が絡み付いてきた。それは幻想だった。自分には手など無かった。肉体が滅んでいるから。
 一人でいるのが怖い。一瞬でも一人になると、足が震えてどうしようもなくなってしまう。思い出してしまうから。忘れようと、心の奥底に沈めようとしているのに、気を抜くといつのまにかぽっかり浮かんでいる。見えないように裏返してみると、どちら側も表だった。
 だからお願い。何処かに行かないで、置いてかないで。今だけでいいんです。もう少ししたらきっと此処に慣れるから。頑張るから。だから――


 音が溢れている。様々な匂いに胸を膨らませ、目には鮮やかな彩りが飛び込んでくる。
 死神世界がどれだけ灰色で無機質だったかを、ヘルティはこの場所と比較して思い知った。
 清潔な雰囲気の街は、どうやら週末らしく、家族連れやカップルで賑わっていた。ちょうど今は昼飯時なのだろう。食材の焼ける香ばしい匂いがここらにまで立ち込めてきていた。
「イタリアかー、この国に来んのも久しぶりだな。……何お前しゃがみ込んでるんだ」
 ヘルティは道上の端に膝を抱えてしょんぼりとしている。俊弘が声を掛けると途端ににっこりした。
「へへへー、地面」
「……は?あ、それは良かったな」
 確かに、石畳は好きだ。何より、とても温かくて、生きているという感じがする。少し褪せたような赤茶も柔らかくて良い。あの世界の灰色と黄土色のあんなものは、ヘルティの愛する地面ではない。硬いし、岩みたいだし。
 いや、そうじゃない。地面も好きだが、そういう事ではない。鼻が利かなかった。こんなに周りは鮮明なのに、嗅覚だけがぼんやりと曖昧だ。全く落ち着かない。人が、人が多すぎる。こんなに大勢いたのでは、自分と他が区別出来ないではないか。
 怖い。体が震える。匂いは少ししか感じる事が出来ないのに、映像は色とりどりの賑やかさで、それがあまりにも不自然だった。色が怖い。自分が紛れて何処かへ雑じってしまう。鼻が利けば、それらははっきりと区別されるのに。耳が聞こえにくくなっているのは、逆にこの雑然とした場所ではありがたかった。 
 ふと、甘い匂いが鼻先を掠めるのに気付いた。ヘルティにとっては物足りないくらいの程度だったが、その匂いが他とは全く異なる事は分かった。
「ん、今……ぐはっ」
 突然女性に思い切り足を踏まれた。体育座りの指の先だ。
「あー。俺たち裸足だからな」
「――――っ」
 ヘルティは足の指を握って悶絶している。微かに涙目だ。
 俊弘は一瞬不思議そうな顔をして足元を見回した女性を、確かめるように一瞥した。
「おいポチ。あの赤毛の女性をよく見とけ」
「ううー。ん、何で?」
「すぐに分かる」
 なんだか少し俊弘の声が硬いように思えたので、ヘルティは黙ってその女性の後について歩いた。
 次の瞬間、いきなりヘルティの腕を誰かが掴み、後ろにぐいっと引かれる。
「あ、ししょ……」
 グアァッシャンッッ!!!!!!!
 驚いて、ほとんど反射的に前を向く。
 其処には、赤茶の長い、鉄骨が。そして下敷きになった幾人かの人間の、血液と潰れた体とはみ出た中身。街中の喧騒は一転して、静寂が訪れた。
 間髪容れずに俊弘はぽっかりと空いたその中に踊り出て、腕を後ろへ引く。手には出現した大鎌。反動を利用して、そのまま鎌で鉄骨の下の肉隗を薙ぎ払った。
 しかし、何も起こらない。
「いやああぁぁぁぁぁあああああっっ」
 その誰かの悲鳴で我に帰った周りの人間たちは、慌てて携帯電話を取り出し、警察あるいは救急車を呼び始めた。
 途端に、事が起こる前よりも更に騒がしくなった。他愛のない日常が、たった一つのイレギュラーな事象で非日常的な空間に一変する。ヘルティは如何する事も出来ずに、木偶の坊のように突っ立っていた。ただ、少しだけ鉄骨からはみ出した赤毛を見詰めているだけだった。
「一体、何が……」
「人が三人死んだんだよ」
 俊弘の、その強い光を湛えた眼に見詰められて、ヘルティは瞬きをする事が出来なかった。
「さっきのが、“仕事”?」
「ああ。お前ももう気付いただろう、死期に居る生き物っていうのは皆、あんな匂いがする。分かりやすい目印だろ? 見つけたら状況を判断して、タイミング良く狩る。思い切りが肝心だ。長引けば苦しいだけだからな……」
 そこで少し視線をあらぬ方向へと彷徨わせた。
「で、死期にいない奴らはあの匂いがしないし、万が一鎌で切ってしまっても魂が肉体から離れることは無い。とても単純な事だ。分かったな?」
「……うん」
「お前もそのうち、何も考えなくても出来るようになる。体が勝手に反応するんだ。……そうだな、とりあえずあの匂いを見つけてみろ」
「分かった」
 ヘルティは目を閉じて、鼻に体中の全神経を集中させようとした。しかし、出来なかった。鼻孔には血の臭いしか入って来なかった。眼を閉じたことで、その映像がまざまざと思い起こされた。鮮烈な、赤色。知らない間に足が震えていた。
 不意に頭をはたかれる。
「ひて」
「ポチ!……あー、目ぇ開けたまま探した方がやり易いぞ。そうだな、あっちの草とかどうだ?」
 むりやりに手を引いて、現場から遠い所へと連れ出す。血溜まりの真上を見て、何本かの鉄骨とクレーンの釣り針を見つけると、小さく舌打ちをした。 
 俊弘は、彼が思っているよりも遥かに過保護で世話焼きだ。
2005/08/16(Tue)00:39:54 公開 / ごっち
■この作品の著作権はごっちさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
はじめまして(≧∀≦;)
投稿しようかどうしようか、延々と悩んで悩んで今さっき決心したという、かなりの小心者でございますっ;;
こんな稚拙な文章ですが、よろしくお願いしますm(_ _)m
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