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『Feel night プロローグ〜第一章』 作者:切田露亞 / ファンタジー ファンタジー
全角12607文字
容量25214 bytes
原稿用紙約38.4枚

プロローグ


 フィールナイト。
 月のない夜を、僕の祖父はこう呼んでいた。
 古風で厳格な祖父にしては、酷くアンバランスな呼び方だと思う。それでも気にならなかったのは、祖父の目が酷く、哀しそうに見えたからだろうか。
 フィール……確か、感じる、とか、そう言う意味だっけ。
 何故、月のない夜が、フィールナイトなのだろう。今思えば凄く疑問だけど、当時の僕は幼くて、疑問には思わなかった。むしろ、昔から聞き慣れていたから、凄く自然で。普通はそう呼ばないのだと知るまでは、疑問にすら思わなかった。

 疑問に思ったのは、友達が、僕のこの呼び方をおかしいと笑った時だ。僕は、家に帰ってすぐ、祖父に問いかけた。
「なんで月のない夜がフィールナイトなの?」
 祖父は、驚いた風に目を見張っていた。だけどそれは、ほんの数秒の事で。祖父は、いつもの頑固そうな表情に戻った。
「お前の親父がそう呼んでたんだよ」
「……父さんが?」
 聞き返すと、祖父は黙って頷いて、サイドボードの上にある写真立てを見た。僕もつられて、写真立てを見る。写真立てには、笑顔を浮かべている父と母がいる。正確には、父と母の写真が、ある。
 二人は、僕が生まれてすぐに、事故で亡くなったらしい。僕はその日、偶然祖父母の家に預けられていて無事だったそうだ。だから今まで、僕と祖父母の三人暮らし。僕にとっては二人が両親みたいなもので、両親はなんだか少し、遠い存在に感じる。
 でも、時々……本当に時々だけど、思う。もしも父さんと母さんがいたら、どうだっただろう、って。でも、想像なんか出来なくて、すぐに考えるのを挫折する。だって、僕にとっては、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが家族で……。上手く言えないけど、それが当たり前なんだ。

 ふと、見上げた祖父の顔は、写真立てに向けられたまま酷く哀しそうに歪められていた。





第一章


 1

 青紫の空に、白いモヤが掛かっている。それを、どこか、現実ではない心地を感じながら、少年は見ていた。少年--佐波霞(さなみ かすみ)--は、ボンヤリとした頭を回転させる。
 こういう時、霞は、自分がどこか別の世界にいるような感覚を感じていた。決まって、稽古が終わった時。静寂な空間で、蛇口の水が流れる音を聞いていると、ふと感じる。
 ここは現実なのだろうか、と。

「霞、俺帰るよ」

 その声が耳に届いて、ハッとする。一瞬にして、霞の意識は現実に引き戻された。どこか、波がひいていくような、そんな感覚が体に染み渡る。
「あ……。ハル兄……」
「どうした?」
 現実に戻ったばかりで反応が鈍く、つい、マヌケな声を出してしまう。ポカンとした様子の霞に対して、声を掛けた本人、立花遼(たちばな はるか)は首を傾げた。
 そんな遼に、霞は誤魔化すように笑う。
「えっと……ごめん、ちょっとボーっとしてたんだ。また明日ね」
「疲れてるんじゃないのか? 早めに寝ろよ」
「うん」
 心配した風に言う遼に苦笑しながら、霞は軽く手を振った。遼は、まだ霞の事が気になる様子だったが、顔をしかめながらも道場から出ていった。

 彼を見送って、道場の扉が閉まる音を聞いた後、大きく息を吐く。そしてそのまま、霞は冷たい床の上に寝ころんだ。
 見上げる天上は、木目のある木の板で埋められている。ザワッと庭の木々が騒ぎ、風が道場を吹き抜けた。窓から入って来た葉っぱが舞うのを一瞥して、ゆっくりと目を閉じる。まるで、風が頬を撫でる感触を楽しむように。
 聞こえるのは、風の音。そして、流れる蛇口の音……。そこまで認識して、ハッと起きあがる。
(そう言えば、出しっぱなしだった……)
 先ほど、汗を軽く流す為に出した水が流れ続けているのを思い出し、ユラリと立ち上がる。怠い体を叱咤しながら、蛇口のある方の出口へ向かった。
 外は青紫色に包まれている。庭を包む光さえも青紫で、霞は目を細めた。
 蛇口をシッカリと閉め、水を止める。出しっぱなしだった為か、すっかり涼しくなった蛇口の周りに、息を吐いた。
 振り返れば、青紫に包まれた庭がある。こうして見ると、いつも見ているはずの庭が、どこか別世界のように感じた。
(何でだろう……。僕って結構ドリーマーなんだよね)
 今に始まった事ではない。昔から霞は、日常に幻想を重ねていた。まるで、この世界以外にも世界があると、本当に信じているように。実際、そうなのかもしれない。
 だが現実が、そうであるはずがない。友達に言ってみても、馬鹿にされるのがオチなのだ。現に、真剣に話を聞いてくれるのは、親友の響太くらいなのである。

 溜息を吐きながら、青紫色の空を仰いだ。すると、空の中に、キラリと光る一点の星を見つけた。
 星……。最初はそう思ったが、光は徐々に、大きくなっていく。どうやら普通の星ではないらしい。怪訝そうに顔をしかめながら、霞はその光を睨んだ。
 光は、徐々に大きくなっていく。そう、徐々に。まるで、霞に向かって、落下してきているかのように。
「って言うか、落ちて来てる……?」
 誰に言うでもなく呟いた言葉に応えるように、光は大きさを増して、こちらに向かってきた。そして、物凄い速度で、光の筋を作りながら霞の目の前の庭に落下した。
 鳴り響いた轟音と、巻き上がる土煙に、思わず目を見開いて固まる霞。余りの衝撃に、声も出ない。落下物は、よっぽどの速度だったのか、土煙だけでなく周りの石も巻き上げながら、地面に小規模なクレーターを作った。

(……隕石……?)
 突然の出来事に上手く働かない思考を動かしながら、ソレが何であるかを探る。隕石、らしき物は、クレーターの中心で淡い光を放っていた。
 土煙が収まるのを待ってから、恐る恐る、クレーターの中の隕石を覗きこむ。そして、淡い光を放つソレに、恐る恐る手を伸ばした。その、瞬間。
「っ!!」
 石を中心に、目映い光が霞を包んだ。その光は、目を開けているにもかかわらず、辺りの景色が真っ白に染まるほど激しい。閃光と言うのは、恐らくこんな光を言うのだろう。堪らずに、目を腕で庇いながら、きつく瞑った。

「頑張ってね」

 目を瞑った刹那、少年のような少女のような、中性的な声が響いて、ハッと目を開く。そして、飛び込んできた景色に、霞は呼吸が止まるのを感じた。
 目の前に広がっているのは、見慣れた庭ではない。青紫色の光でもない。そこは、花畑のような場所。そして手には、先ほどの隕石。
 辺りを見回すが、自分が先ほどまでいた道場はもうなかった。代わりに、生い茂る木々と、その奥に白い建物が見える。勿論、建物に見覚えはない。
「……白昼夢、ってヤツかな?」
 一人で首を傾げてみるが、問いかけに答える者はいない。誰も、いない。
 とりあえず、ポケットに隕石を入れて、霞は立ち上がった。




 2

 めぼしい建物が、白い建物の他に見つからない。と言うか、恐らくココは白い建物の庭なのだろう。綺麗に手入れされている花を踏まないように気を付けながら、カスミは辺りを見回した。
(なんか雰囲気が幻想的だな……。日本じゃないみたいな感じだ)
 白昼夢にしては妙にリアルだ、と思いつつ、白い建物と向き合う。少し遠くの方に見える建物は、大きなガラス窓が沢山あった。どこかの国の教会のようにも見える。
「とりあえず……。人がいそうな所へ行く、か」
 一人で呟き、誰も答えてくれる人がいない事を改めて虚しいと思う。だけど、そうして突っ立っていても、現状は打破出来ないだろう。とりあえず、人を捜さなければ。
 胸中で考えを纏め、カスミは、白い建物へと向かった。

 建物の入り口になっているらしき門は、西洋風だ。本当に、教会のように思えてくる。だが、雰囲気は何故だか、教会のソレとは違っていた。
 二枚の扉を両手で押して開く。扉は、少し古いのか、ギィィ……と錆びた音を響かせた。室内は、心なしか外よりもヒンヤリとしている。恐らく、天上が高いからだろう。
 一面真っ白な壁には、柱の所々に照明−−鉄で出来た網に松明を数個入れた物。松明は墨になっているが−−が設置されてある。少し広めの室内には、椅子らしき横長の凹凸がいくつか見える。中央の一番奥には、扉と、教壇のような台があった。
 どうやら、教会らしい。十字架はどこにも見あたらないが……代わりに、何かのエンブレムらしきマークを中心に描いた、赤い旗が部屋に数カ所飾られている。その形にも、見覚えはない。
 足を踏み出すと、思いの外足音が大きく反響して、思わず動きを止めた。
(僕……ひょっとして不法侵入かな? でも、ここがどこなのかくらいは調べなきゃ……)
 自分に言い聞かせるように胸中で呟き、再度、足を踏み出す。今度は、確実に歩き出した。
「すいませーん、誰かいませんかー?」
 明らかに誰もいない室内で呼びかけてみるが、やはり響くのはカスミの足音と声だけである。無音すぎて、逆に不気味だ。

 歩いて行くと、すぐに一番奥の教壇らしき台がある場所までたどり着いた。そこでふと、台の上に、ペンダントのようなメダルがあるのが目に入った。メダルには、旗と同じマークが描かれており、鎖の付いたプレートに埋め込まれているようだ。
(このメダル……。どっかで見たことある……)
 マークに見覚えはないのに、何故かメダルには見覚えがあった。銀色のメダルは、よく見ると、プレートとの間に隙間がある。何か道具を使えば、取り外せるかもしれない。
 何かないかと自分の持ち物を探ると、ポケットの中で指に何か堅い物が当たった。あの石とは違う、細長い形の。
 不思議に思いながら取り出してみると、ポケットから出てきたのは、小さな花の飾りが付いたヘアピンだった。そのヘアピンには、見覚えがある。
(確か……。今日、道場の掃除をしてる時に拾ったんだっけ。門下生の落とし物かと思って、ポケットに入れたんだった)
 蘇った記憶を脳内に映しながら、視線をメダルに向ける。このヘアピンを使えば、メダルが外せるかもしれない。だが、他人の物を勝手に触ると言うのも、今更ながら気が引ける。
 数秒、ヘアピンを片手に考えた結果、
(すぐに戻せば大丈夫だよね)
 と言う結論に至り、カスミは、ヘアピンをメダルの隙間に差し入れた。

 メダルは、意外と簡単に外すことが出来た。どうやら、埋め込んでいた訳ではなく、はめ込んでいただけのようだ。内心で、少し緊張しながら、外れたプレートは台の上に置き、メダルを裏返した。
 メダルに描かれていたのは、花だった。そして、二つの名前らしき文字と、数字。名前は英語で書かれている。名前の部分は所々擦り切れていて読めないが、他はなんとか読むことが出来るようだ。
(……S、A、K、U、R、A……サクラ? こっちは苗字かな……?S、A……。読めないや……)
 最初の一文は、どうやら女の人の名前らしい。サクラ……桜と言う名前か、あるいは、佐倉と言う苗字か。いずれにせよ、その後に続く文が読めないので、意味がない。諦めて、次の一文へ目を移す。
「うわっ……この行の方が酷いな……」
 次の一文は、一番最初のHと言う文字と、最後のYと言う字しか読むことができない。だが、Yで終わると言うことは恐らく、日本人の名前ではないだろう。なら、これも西洋での名前の書き方と考えて良いのだろうか。
 思考を巡らせながらも、次の文章へと目を移す。次は、数字のようだ。
(H165……12/7……なんだろう、日付っぽいけど……。H165って……?)
 Hが平成、と言う意味だとしても、165などと言う数字はおかしい。何かの暗号なのだろうか。
 銀色のメダルは、最後に、この一文で締めくくられている。
(H、A、L、L、E、L、U、J、A、H……?)
「何て読むんだろう……?ハ、レ、ル……ジャ……?」
(なんか、違う気がする……)
 何か特殊な読み方があるらしく、英語の成績がそれほど良くないカスミには分からなかった。ソレを疑問に思いながらも、分からない物は考えても分かるはずもないと断定し、次は、花を凝視する。
 描かれているのは、ユリのような形の花だ。だが、ユリとは少し違い、花びらの周りにも更にもう一層花びらがある。それが、三本。この花が何かの象徴なのだろうか。
 表には、旗のマーク。裏には妙な文字と、知らない花。だがそのメダルを、見たことがあるような気がするのも確かだ。どこで、どんな状況で見たのかなどは、覚えていないのだが。
 凝視しながら、よく考える。だから、扉の奥から聞こえる、足音に気が付く事が出来なかった。
(サクラ、って女の人の名前っぽいよね……。そう言えば、母さんの名前もそんな感じだったような気がする)
 あまり両親の事は聞かないので曖昧だが、名前の響きは似ていたように思う。だが、ここで母親の名前が出てくるのも、おかしいような気がする。この、訳の分からない白昼夢に……。だから結局、これはきっと母の名前ではないのだろう。

 メダルを凝視しながら考え込んでいる、カスミのすぐ傍で。唐突に、扉が開いた。そこで初めて、人の接近に気が付くカスミ。
 慌てて、咄嗟にメダルをポケットに押し込みながら、カスミは扉の方へ目を向けた。向こう側には、白い帽子を被り、黒いローブのような服を着た、男性が三人立っている。男たちは、やはり西洋風の容姿をしている。どれも、カスミの姿を見てか、驚いた風な表情だ。
「何者だ!?」
 男の一人が、声を荒げる。カスミは、慌てて彼らに向き直った。
「あ、えっと……不法侵入は謝ります。その、誰もいなかったから……。僕自身もちょっと、混乱してて、あのっ」
「おい、この少年の格好……。コイツ、異界の征者じゃないのか?」
 カスミの言葉を遮るように、何故か動揺した様子で男の一人が言う。その、聞き覚えのない単語に、カスミは怪訝そうに顔をしかめた。
「異界の征者……?」
「ああ、そうかもしれん……。いずれにせよ、ここに一人でいるのが怪しすぎる」
「門番は何をしているんだ?」
 首を傾げるカスミを余所に、彼らは自分たちだけでどんどんと話を進めていく。当分話は聞いてくれなさそうな彼らに、カスミは溜息を吐いた。
「僕はただ、家に帰りたいだけなのに……」
 今頃、祖父母も心配しているのだろう、とボンヤリ思うカスミ。だが、その思考は、次の瞬間に向けられた切っ先によって、すぐに中断された。

「えっ……!?」
「抵抗しなければ無駄な傷は付けないと約束しよう」
 突然向けられた、剣の切っ先に、目を剥くカスミ。ソレを余所に、切っ先を向けている男は、至極平然と言った。
 その言葉を合図にするように、他の二人がカスミの後ろに回り込む。そしてそのまま、二人がかりでカスミの両手を背中で縛った。
 唐突な彼らの行動に、ほぼ無抵抗で縛られるカスミ。呆然としたまま、声をあげる間も与えられずに、カスミは、彼らに捕らえられていた。
「ちょっ……待ってよ! 僕が何したって言うの!?」
(そりゃあ確かに、不法侵入した上にメダルのペンダントも壊しちゃったけど!)
 罪になりかねない事は胸中で呟くだけに留めて、正面の男に目を向ける。男は、やはり平然とした様子で、カスミの問いかけに答えた。
「何をしたかは、これから調べる。地下牢へ連れて行け」
 男の言葉に従って、二人の男がカスミの両脇を抱える。そのまま、強い力で引っ張られ、カスミは半ば引きずられるように扉の向こうへ歩き出した。男は、脇を抜けていくカスミたちを、どこか冷たい視線で見送っていた。


 3

 壁は粗雑な石造り。あの部屋よりもヒンヤリとした室内。そして、壁に埋め込むように設置されている、鉄格子。
 正にゲームなんかで想像される牢屋と同じ雰囲気で、やはりここは夢なのだと、カスミは思う。いや、ただ単に、夢と思いこみたいだけなのかもしれない。だがこれがただの夢ではないことは、背中に回されている手の痛みが証明した。
 一人が牢の鍵と扉を開け、そこへ向けて、後ろにいたもう一人に押し込まれる。非常に乱雑に押し込まれたので、自由の利かない手では身を守る事も出来ず、冷たい石畳に顔から突っ伏した。
「うっ……」
「しばらくここで大人しくしていろ」
 短く唸ったカスミの声など届かぬように無視をして、彼は言い捨てた。そして、石畳に伏している少年を一瞥すると、牢屋に鍵をかけ、二人揃って踵を返して出ていった。
 冷たい態度に、カスミは反論することもなく、黙って起きあがる。縛られたままでも、腕を駆使すればなんとか起きあがることが出来た。そのまま、壁に背中を預けながら、やはり石造りの天上を仰いだ。
「もう、何がなんだか訳分かんないよ……」

 家の庭にいたはずなのに、隕石に触れた途端に見知らぬ花畑に立っていて。とりあえず何か行動しなければ、と、この建物に入れば、妙な男たちに囚われてしまったのだ。今更になって、混乱と動揺が押し寄せてくる。
(そう言えば、あの隕石……なんだったんだろう)
 思えば、あの隕石が原因なのではないだろうか?突然庭に降ってきた、光る隕石……。普通、隕石というのは光る物なのだろうか?
(僕の知る限りでは、普通は光らない……よね)
 自分の常識と言うのが他人の常識と同じなのかは分からないが、恐らく光らないだろう。だが前例があるだけに、なんとも言い難い。
(他に……。あの隕石が落ちてきた時、何か変わった事はなかったかな?)
 青紫色の珍しい夕暮れが、辺りを包んでいた。出しっぱなしの蛇口を止めて、そう……その直後だ。

 あの時、何故かカスミは、あまり驚かなかった。隕石が降ってきた事や、轟音については驚いたが……いや、その驚きすら、常人よりは乏しかった気がする。
 何故か、不思議な気分だった。誘われるように、隕石に触れた。あの時は少し、正気ではなかったようにも思える。先ほども、だ。今もだが、この状況をあまり驚いていない自分がいる。そんな自分の中の感情に、カスミは内心戸惑っていた。
 何故か、これが至極当然のことのように、思えたのだ。この、ただの白昼夢とは思えない出来事が、異常と感じられなかったのだ。
 ……それだけで、少し異常なのかもしれない。
(昔からそうなんだよね……。何だろう……不思議を不思議と思わない、と言うか)
 例えば、目の前に突然人が現れて、そして消えたとしても、カスミはそれほど驚かないのだろう。ただのマイペースだと今までは思っていたが、ここまで来れば酷いマイペースだ。

 だが。驚かないと言うだけで決して、混乱しないと言う訳ではない。本当は、ただ混乱してボーっとしているだけなのかもしれない。もしくは、白昼夢だからボーっとしているだけなのか。
「……夢だとしたら、寝れば醒めるかな」
「現実逃避してんじゃないわよ」
 ポツリと独り言のつもりで呟いた言葉に、思いの外返答が帰ってきて、カスミは目を剥いた。そして慌てて、ソチラへ首を向ける。

 入ってきた時は気が付かなかったが、奥の方に、同じように手を後ろに回している少女が座っていた。茶色のセミロングの髪に、少し赤みがかった茶色の瞳……。日本ではあまり見かけない容姿だ。しかも、髪は染髪したと言う訳ではなく、地毛のように見える。
 少しツリ目の気の強そうな少女は、ポカンとしているカスミに苦笑した。
「アンタも捕まったの? 災難ね」
「捕まった、って……。僕はただ、あの建物の中にいただけだよ?」
(入ったのは無断で、しかもペンダント壊したけど)
 肝心な所は声に出さず、カスミは、彼女に無実を訴えるような目を向けた。すると彼女は、呆れたような表情を浮かべる。
「それがマズイんだってば、ったく……。ここは教会なのよ?」
「……教会って、そんなに警備が厳重だっけ?」
「はぁ? 寝ぼけてんの?」
 首を傾げるカスミに、彼女は怪訝そうに顔をしかめた。その言葉に、「そうかもしれない……」と、コッソリ溜息を吐く。
 寝ぼけているだけなら、早く醒めたいものだ。

「とにかく僕は、何もしてないよ……。なのに変なオジサンが、異界の征者とか何とか言って、突然こんな所に……」
「異界の征者?」
 溜息を吐きながら紡がれた言葉に、彼女は目敏く反応した。大きな目を更に大きく見開き、そのまま、カスミの顔を凝視する。
 対するカスミは、彼女の突然の反応に、少し後ろへ身を退いた。
「そう言えばアンタの格好……。もしかしてアンタ、別の世界から来たとか?」
「えっ……なんでいきなりそんなファンタジーな話になってるの?
 僕はただ、庭に落ちてきた隕石を触ったら、変な光が溢れて……気が付いたら、ここから出たところにある花畑に」
「やっぱり、異界の征者なんだ!」
 カスミの言葉を全て聞き終わらない内に、彼女は身を乗り出しながら言った。その表情は、見ている方が嬉しくなるほど明るい。だが、言いしれぬ気迫が漂っていて、カスミは少し後ずさる。
 そんなカスミの様子など気にも留めずに、彼女は言葉を続けた。
「ホントに来てくれたんだ……。これで世界は救われるわ、きっと!」
「……は?」
 突拍子もない彼女の言葉に、カスミは、それ以上の言葉は出なかった。ただ呆然と、やたら嬉しそうな彼女を見つめていた。



****



「さて……全く状況が分かっていない貴方の為に、今から私の知ってる限りの事を説明するわね」
「そうしてくれると助かるよ……」
 どうやら、彼女はカスミの状況を把握しているらしい。本人よりも状況を把握している、と言うのもおかしな話だが。
 コホン、と一つ咳払いをしてから、彼女は語り始めた。
「まず、預言書が正しければ、貴方は異界の征者と呼ばれる存在なの。異界の征者は、神を討ち果たす為に異世界より現れる、と言われているわ」
「神を討ち果たす……? っていうか、異世界……?」
 ますますファンタジー化の一途を辿る単語に、カスミは怪訝そうに首を傾げた。その様子に、彼女は至極真剣な表情で頷く。
「神の支配が大地を枯らす時、精霊の石に導かれし六人の征者が世界に降り立ち、救いを行う……って言うのが、預言書の一文にあるの。
 私が思うに、貴方が庭で触った石って言うのが、精霊の石じゃないのかしら?そして貴方は、石に導かれた」
「ちょっ……ちょっと待って。その話が本当なら、僕は今、異世界にいるって言うこと?」
「そうなるわね」
 混乱してどうにかなりそうな頭を押さえながら言うカスミに、彼女はアッサリと頷いた。突拍子もないこの出来事に、さすがのカスミも頭を抱える。

 今まで、他人と変わらずに現実を過ごしていたはずなのに。何故か突然こんなにも信じられない出来事に巻き込まれている。だが現に、縛られた手は痛むし、周りの景色が夢とは思えない。
 これが現実なのだ、と、認めるしかない状況を突きつけられて、カスミは項垂れた。
「なんで……。これはホントに、現実なの……?」
「残念だけど現実よ。大丈夫?」
「ごめん……あんまり大丈夫じゃないかも」
 相変わらず軽い調子の彼女に、カスミは溜息を吐きながら寝ころんだ。彼女にとっては、所詮他人事、と言うことだ。そう思うと、自分だけが不幸なように感じて、溜息を吐いた。

(……けど、ちょっと待てよ……?)
 彼女は先ほどの説明時に、征者は六人だと言っていた。つまり、同じ境遇に陥った仲間が、あと五人いると言うことだ。その彼らに会えれば、どうにかなるかもしれない。どうにかならないとしても、この状況で独りでいるのは心細すぎる。
「ねぇ、征者って六人いるんだよね? 捜し方とかあるの?」
 ここに来て、漸くカスミは彼女に前向きな質問をした。起きあがるのは困難なので、寝ころんだままだが。そんなカスミに、嫌な顔一つ浮かべず、彼女は答える。
「んー……。異界の聖者はみんな、私たちと異なる、珍しい服装をしているの。それが目印ね。あとは、精霊の石を持っている」
「手がかり、少ないんだね……」
 服装と石だけで捜すとは……かなり難しい条件だ。だが、それ以外に方法がないのなら、仕方がない。方法があるだけでも、まだ希望が見えてきた。
 これが夢ではないのなら、自分の世界に帰る方法を何としても見つけなければ。
「でも、まずはとりあえず、この牢屋から出ないと」
 そう言って、牢屋の入り口を睨む彼女。確かに、ここを出なければ動きようがない。出る以前に、今は身動きすら取れない状態だ。

(……そう言えば……)
 ふと、牢屋を見つめていて、今更だが思う。彼女はどうして、この牢屋に入れられたのか、と。
「キミは何で、捕まったりしたの?」
「ああ、私って探偵なのよ。だから依頼で教会を調べてたら、しくじっちゃって」
 問いかければ、苦笑しながら答えてくれた彼女。そう言えば、何故教会がそれほどまでに厳重な警備をしているのだろう。神を討ち果たす、と言う事も気になる。余裕の出てきた思考には、次々と疑問が浮かぶ。
(特に何もする事がないし……色々と聞いてみようかな)
 そう思い、彼女に疑問を尋ねようとした刹那。牢屋の上の方で、ドアが開く音が響いた。


 4

 ドアが開く音の直後には、足音が響き渡る。階段を下りるような歩調の足音は、ゆっくりと牢屋に近づいて来ていた。
 コチラに足音が近くなるにつれ、次第に、二人の鼓動も早まる。二人は、無言のまま、顔を見合わせた。その表情はどちらも硬い。
 この場所に来る、と言うことは、大方あの妙な男たちだろう。少女の口振りから察するに、恐らくこの教会の人間だ。教会とは、この世界の人々にとって、どういった存在なのだろうか。
 浮かぶ疑問を右から左に流しながら、階段の最下部になっている辺りを睨む。つまり、降りてきている人間が真っ先に見える場所だ。揺らめく炎が、この部屋を囲む石をそれぞれ照らし、不規則な影を作っている。
 その、揺れる影の中に、人影は侵略してきた。恐らく、階段から下りてきている人間の影だろう。それは、少しずつコチラに伸びてくる。徐々に近づいてきていることが容易く分かるソレに、二人は身構えた。

 そして。その影は、階段の方からついに姿を現した。だがそれは予想に反して、茶色の髪を持つ、黒いマントを羽織った、旅人ルックの男だった。彼の腰に、鞘に収まった剣が携えられている事から考えて、恐らく剣士なのだろう。
「アリス=ウェンディアか?」
 少し冷たい印象を受ける視線で二人を見下ろしながら、彼は不意にそう言った。どこか淡々とした風な男に、怪訝そうな表情を浮かべながら、少女−−アリス=ウェンディアは言葉を返した。
「そうだけど……。アンタは? 見たところ、神団の人じゃなさそうだけど」
「ただの雇われ者だ。お前の依頼主から、救出を依頼された」
 やはり、淡々とした口調で言いながら、彼は牢屋の入り口へ歩み寄った。そのまま、錠へと手を伸ばす。そして懐から取り出した鍵で錠を開けるまでに、そう時間は掛からなかった。

 錆びた音を響かせて開いた入り口をくぐりながら、後ろの腰の辺りから短剣を引き抜く男。彼が何をしようとしているのかを悟ったのか、アリスは後ろの縄を切りやすいように、男に背を向けた。縄に男が刃をあてれば、縄はいとも簡単に切れた。
 次に男は、横たわっているカスミに視線を降ろす。
「お前、名前は?」
 視線はあくまで冷たい。事務的にも見える淡々とした動作に、カスミは訝しげな視線を送った。だが、ここで突っかかったとしても問題の解決にはならないだろう。むしろ悪化するかもしれない。
 ここは、素直に答えるのが利口だろう。
「カスミ」
「苗字は?」
「サナミ……だけど」
 質問の意図が上手く掴めず、カスミは顔をしかめて首を傾げる。対して男は、変化の無かった表情を僅かに歪めた。
「そうか……。変わった名前だな」
「そりゃあ、異界の征者だもんね」
 男の問いかけに、答えたのはカスミではなかった。何故か自慢げな表情を浮かべて言葉に答えたアリスは、カスミの縄に手を伸ばした。

「異界の……」
 何処か険しい表情を浮かべ、男が言った。アリスは、縄を解きながら、振り向かずに答える。
「そうよ。あんまり驚かないのね?」
「世界がこんな状況だ。異界の征者がいてもおかしくはないだろう」
「ま、その通りよね」
 相変わらず淡々とした口調の男に応えたのと丁度同じ時。カスミの縄が解けた。
 自由になった腕を使って起きあがりながら、カスミはアリスに笑顔を向けた。
「ありがとう、助かったよ」
「大事な救世主をこのままにしておくなんて出来ないからね」
 解いた縄を無造作に放り投げながら、カスミに笑顔を返すアリス。彼女にとっては何気なく言った言葉だったのだが、カスミは、彼女の言葉に反応を見せた。

「助けてもらっておいて悪いけど……。僕は救世主じゃないよ?」
 困ったように眉を寄せながら、カスミは彼女にそう告げた。
 確かに、ここは別の世界なのかもしれないし、伝説と重なる部分も多いかも知れない。それは認めるが、カスミには世界を救う気はなかった。一刻も早く家に帰り、いつもの日常に戻りたいのだ。
 だがアリスにそんな考えが分かるはずもなく、彼女は怪訝そうに顔をしかめた。
「何言ってるのよ! 異界の征者が救わないと、この世界はどうなるの!?」
「この世界、って……。ハッキリ言うけど、僕いまいち現実味ないんだよね」
「現実よ! このままじゃ、この世界は独裁されるわ!」
 必死に訴えかける彼女に、カスミは眉を寄せた。
 つい数時間前まで平凡な日常を過ごしていたカスミにとって、「救世」と言う言葉は余りにも突拍子がなかった。仮に現実だとしても……いや、これが夢ではなく現実なのだと言うことは、理解している。彼女の必死な表情を見れば、独裁されると言う言葉に偽りがないのも分かる。

 だが。

「キミの言うとおり、現実だとしても。突然知らない所に来て、その知らない世界を救え、なんて……。どうすれば良いのか全然分かんないよ……」
 元々、困っている人は放っておけない性格だ。出来ることなら何とかしたいが、何をすれば良いのか全く分からない。そんな歯がゆさと、右も左も分からず、元の世界への戻り方すら分からない不安が、カスミの心に波を立てていた。
 伏し目がちに言ったカスミの言葉は真剣で、アリスは言葉に詰まる。そして、自分の事だけを一方的に話していた自分を思い起こし、顔をしかめた。
「ごめん……」
 上手い言葉が見つからずに、とにかく謝罪の言葉だけが出てくる。カスミは、ソレを聞いているのかいないのか、黙って俯いたままだ。シンとした、重い沈黙が降りようとした、その時だった。

「とりあえず、ここを出るのが先だろう。このままこうしていれば、いずれ見つかる」
 淡々と男が言った言葉に、反論は見つからず、二人は頷くしかなかった。
「申し遅れたが、俺はハウナだ。短い間だろうが宜しく頼む」
 ここに来て漸く自己紹介をした彼の表情は、心なしか微笑を浮かべているように見えた。
2005/08/11(Thu)00:31:25 公開 / 切田露亞
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■作者からのメッセージ
初めまして。
短くてスイマセン…;;まだ第一章すら終わってません…。
夏休みなので、なるべく早いペースを心がけて、更新していきます。
異世界側になると名前の表記がカタカナになるので、第一章の2からは全て、名前がカタカナになります。
では、長い物ですが、気長に完結まで宜しくお願いします。
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