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『世知辛い世の中』 作者:メリオ / ショート*2 ショート*2
全角1264.5文字
容量2529 bytes
原稿用紙約3.55枚
 あいつがやって来たのは先月だった。
 学び舎からの帰りに通る、川に架かる木製の丈夫な橋の隅の方にあいつがいた。貧相ながら防寒をして、そこにぽつんと哀愁を漂わせて、存在していた。目を合わせると同時に僕らは仲良しになった。
 どこから来たのかわからないからか、僕の周りの奴はあいつを毛嫌いして、仲が良かったのは僕だけ。そんなあいつがどうして僕と家族ぐるみの仲になれたかっていえば、よくどこかで見るパターン。泣き落とし。親父は、ちゃんとした奴が良いって言うんだけど、僕にはこいつ以外は考えられなかった。
もちろん、その代わりに僕が忙しくなったのは言うまでもない。
あいつは僕の生活を乱し始めた。こんなことを僕が言うもんじゃないけど、思ってたよりきついことってよくあるんでしょ。言ってる時は、充分出来ると思ってたことが出来ないことなんて、多々ある。しかも、あいつは我儘なんだ。そのせいで、朝が苦手な僕が歩行に何度、付き合わされたことか。
 あいつは舌に敏感でもある。
「なぁ、これを何で食わないんだよ? 今日はこれしかないんだよ。我慢しろって」
 あいつに飯を与える時は、いつも四苦八苦する。
「なぁ、よく考えてみろよ。例えば、果汁ゼロ%のオレンジジュースを飲んだとして、それが俺らが普段認識しているオレンジジュースの味だったら、誰か文句言うか? 逆に果汁百%のオレンジジュースだったとしても、俺らの予想外の味だったら、それこそこれはオレンジジュースじゃないって罵るだろう。そんなもんだって。世の中は理不尽なもんさ。これだって食べてみたら、最高級の牛肉の味でもするかもよ」
あいつはうんともすんとも言わずに息を荒げているだけだ。こいつって教養ないなって僕はつくづく思うが、そんなこと考えている自分が、教養がないのかもしれない。
 そんなこんながあって、あいつが来てから半年が過ぎようとしていた頃から、僕にはあいつを生かしているという意識が芽生え始めた。あいつには、僕がいないとダメだ。あいつを見つけたときからそうだった。あいつは僕がいなければ、死んでいたに違いない。だから、あいつは僕に奉仕をしなければいけない。その代わり僕はあいつを生かしてやる。今の政治体制だ。
 ある日、あいつが僕にいきなり噛み付いた。そりゃあ、三日間、友達と旅行に行ってて、放っていかれたんだからその気持ちはわからないでもない。僕の周りの奴はあいつの世話をしてくれないしな。でも、おまえは僕に生かされているんだぜ。そのことをわかっているのか? 僕はお前のご主人様なんだぞ!
 そう思ったら、僕は周りが見えなくなり、我が家伝統の刀を持ち出し、ほとんど無意識にあいつを切り殺していた。
 あいつはキャウウンと鳴いて息をひきとった。これも仕方がない、主人に逆らう奴なんて、殺されて当然だ。僕は、そう言い聞かせた。
 しかし、時代が残酷なもので、あいつを殺したことが役人に知られると、僕は処刑されることとなった。あんな奴、拾わなければ良かった……。
 
時、江戸時代。将軍、徳川綱吉。
2005/07/12(Tue)20:32:05 公開 / メリオ
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