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『巻き戻した夏』 作者:月夜野 / 恋愛小説 恋愛小説
全角1336文字
容量2672 bytes
原稿用紙約4.15枚
 七夕の日。ちょっと洒落ていないスーツ姿で僕と君は神社の境内を歩く。
夏の日差しが緩んで、神社の石灯籠も君の頬も、淡いオレンジ色に見事に染まりつつあった。
 既視感というものなのかな。こんな恰好ではないけれど、ここの石畳を君と並んで歩いている構図を、僕は一度どこかで体験したことがある気がする。
 でも、そんなことは間違いなくありえないことだった。君には以前恋人がいて、そしてその後の君の数年間の出来事を、僕は何一つ知らないのだから。

 高校や大学の友人たちに数年遅れて、僕は就職をした。その就職先に偶然君がいた。
高校の同級生だった君は既に社会人として先輩であって、僕は君の忠実な後輩兼部下として仕事をしている。

「七夕の夜、仕事帰りに縁日でビールと洒落込んでみない?」
 君から七夕の日の縁日に誘われたのは、6月の半ばの朝から雨が降りしきる日の、じめじめとした昼休みの時であった。
「前にも行ったじゃない? ほら、高校のときに部活のみんなと」
「前……?」
僕はその日のことをほとんど覚えていない。もう10年近くも前のことだった。
まだ僕らがお酒を飲むことが出来ず、車を運転することも出来ない頃のことだ。

 きっかけは突然だったけれど、今この並んで歩いてる時間がなんだかとても懐かしい。なにかが新しく始まる感覚と同時に、どこか大切な時へと巻き戻された心地がするんだ。
「笛の音がする。ああいうのって今はテープで流してるだけなんだね。ムード無いなあ」
口をとがらせて誰かに抗議するかのような言いっぷりの君を見て、僕は笑いそうになるのをこらえる。
「祭りにもBGMが必要ってことなのかもね」
君はそんな僕の一言なんて聞いていない様で、ちょうど通りかかったわたあめ屋に目を奪われたみたいだ。
「ビール、飲まないの?」
「ビールよりこれでしょう?」
君はくるくる回転する器械を指差して言った。
「懐かしい、ほんと懐かしい。私、大学のころはこの縁日に行かなかったから。わたあめも高校のとき以来かな」
君はそう言って、頼んでもいないのに僕の分までわたあめを注文した。

<そっか、アイツとわたあめを買っていたんだった>
 出来上がりを待つ君の後ろ姿を見ているうちに、あの夏の日の夜のことが、映写フィルムがカタカタと回るように一気に思い出されてきた。
「前回」は、仲間たち大勢で、制服姿でこの石畳を歩いていたんだ。そして君は、部活で一緒だった僕の親友と、途中からみんなと離れて2人きりで行動していたんだっけ。そんな些細な行動がなんだか眩しくて、部活のみんなは結構本気で羨ましがっていた気がする。
 あの頃の僕らは全てが不器用で、何もかもを思い通りにさせようとして、でも何もかもが上手くはいかなくて、そんな小さな自分たちを愛おしく思ってしまうほど、心の中は子供だった。

「空気が澄んでる。仕事帰りに縁日っていうのも、悪くないね」
 君はそう言って、微笑んだ。
 そして僕と君は、再会してから初めて、高校のころの思い出話をした。

 ――笑い泣きしちゃいそうな懐かしさと、今このときの新鮮な楽しさ。僕も君も、どっちが勝っているのだろう?
 そんな問いかけを自分にしてみた。そして、君にもそっと問いかけてみたかった。
2005/06/29(Wed)15:25:21 公開 / 月夜野
■この作品の著作権は月夜野さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
4作目です。
もうすぐ七夕ですね。夏祭り、というと少し規模が大きい祭りも入ってしまうので、縁日が個人的には好きです。型抜きとか今の若い人はやったことがあるのかな??(いや私もまだ20代ではありますが)
どなたかお勧めの学園恋愛小説をご紹介ください…… 学園ものの恋愛小説を書こうとしたら頭の中がすっかり歳とってイメージが湧いてきませんでした
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