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『じゃがいも 1-6(修正)』 作者:ホッチキス / SF SF
全角8245文字
容量16490 bytes
原稿用紙約24.55枚
<1>

「じゃがいも、ですか」
 L大学の研究実験室C。学生の白川文太は「すっとんきょう」な声を上げた。
「そう、じゃがいもなのだ」
 文太に確認させるように、加納教授は言った。
「じゃがいも。煮ても焼いても良し。ポテトチップスにも、コロッケにもなれる。こんな万能の素材が長い間研究されてこなかったのはまことに惜しい」
 教授は手の中のごつごつしたじゃがいもを弄びながらそう言った。
「確かにそうですが、それが今回の実験と何か関係があるのですか」
 文太も、渡された小ぶりなじゃがいもをいじりだした。
「そう。実は、じゃがいもにはもう一つ、大切な特性があるのだ。それこそ、今回の実験の最重要素質、性質なのだよ」
「どんな特性なのですか」
 普段、どことなく抜けている文太も、この時は興味津々で、教授の話を待った。
「皮だよ」
「えっ」
 文太はひどく失望した。
「皮がどうしたっていうんですか。にんじんにも、たまねぎにもあるでしょう」
「違うのだ。今回、我々研究班が総力をあげてじゃがいもの皮に研究を重ねたところ」
 教授は、一段と声を低くして言った。
「人間の心臓と同じ筋肉の性質をしていることがわかったのだよ」
 文太はその言葉の意味がいまいちわからないようで、首をかしげている。
「人間の心臓は『心筋』という『不随筋』によって、意思に関係なく、自動的に動かされている。その筋肉の表面と内部が、じゃがいもの皮とほぼ同じ性質を持っていたというわけだ。つまり」
 教授はそこで一つ咳払いをした。
「この性質を応用すれば、例え不整脈、高血圧、心不全なんかを起こしたりしても、元気な筋肉と取り替えて、安定させることができるわけだ。うまくいけば、人間の消えない夢であった不死も可能になるかもしれん。筋肉が老化したら新しいのに換えて、使ったら換えて……」
「えっ。それはすごいですね。ピーラーを使えばスパッと切れちゃうのに」
 文太は教授の顔を見て、それからじゃがいもをまじまじと見つめた。
「ここから本題に入ろう。ここにシカの心臓がある。もちろん、もう動いてない。この周りの筋肉を取って、代わりにじゃがいもの皮を縫い付けてほしいのだ。すると、どうなるのか予想がつくかね、白川君」
「全くわかりません」
 文太は、呆然とした面持ちで即答した。
「では、そういうことだ。早速はじめよう」
                      
<2>

 二人は手術服に着替えて作業をはじめた。
 作業は慎重を極めた。ピンセットで筋肉をちぎり取りながら、血を送り出す内部まで辿り付かなければならなかったからだ。筋肉は想像以上に固く、何度も引っ張らないと取れなかった。かといって、力任せにちぎったら、それこそ中心の最重要部位を傷つけてしまう。筋肉を全部ちぎり取るまで、二人でおよそ一時間ほどかかった。中から出てきた動物の最重要器官は、文太のこぶしよりも少し大きめの、もう動いていないと一目で分かる、暗い青緑色をしていた。
 文太も教授も、額には油汗がにじみ出て、深いため息をついていた。何しろここは密室の実験室。これから行われる怒涛の縫い付け作業が億劫になったのも、不思議ではない。2人は、一旦外に出て深呼吸、吸って吐いて、吸って吐いて、首を一回転させてから、意を決したように実験室に飛び込んだ。普通のものよりも頑丈な、手術用の縫い針を手にとる。その時文太は一瞬、悪寒がしたように感じた。
 内部のポンプ器官の周りに薄く、溶けたバターのように残った筋肉に、針を入れる。緊張の一瞬。じゃがいもの皮に通す。つばを飲み込む。教授の汗がぽたり、と落ちた瞬間、するっとじゃがいもの皮は、心臓に縫い付けられていた。
「この調子だ」
 教授は顔にかすかな笑みをたたえながら、ちくちくちく、と縫っていった。
 心臓の周りが一通り皮に覆われた。はたから見れば、大きさも形も色も、本物のじゃがいもと間違えそうだ。教授は、一旦それを実験台の上において光を当てて観察してみた。
「うむ……かなり多く重ねないと動かないようだ……白川君」
「はい、何でしょう」
「誰か助っ人を呼んできてくれ。あまりに多いと作業の邪魔になるから、数人でいい。佐伯君とか、尾根君とか、外科の人がいい。行ってきてくれ」
「はい、分かりました」
 文太はそう言うと、無造作に作業着を脱いでかたわらに置き、蒸し暑い実験室を出た。
 その実験室の空気と比べると、外の、少し薬品の匂いがする空気は新鮮なものだと、文太は感じた。階段を二つ下って、二階の外科講座に入っていった。
「こんにちは。内科の白川だけど、今、空いている人いる?数人でいいんだけど」
 文太は内科外科の共同研究、実験等で、外科講座には結構入り浸っていて、友達も多い。だから、かなり軽い口調である。 
 その時文太は実験室を出てはじめて時計を見る。夜の八時半。放課後、研究やノートに今日のことを書き終えた居残っている六人ほどが、一斉に文太の方を向いた。文太から見て左のほうから声がした。
「俺は空いてるよ。また加納教授の実験かい。あの人は論より証拠タイプだからな。だからって毎月の報告書は手抜きしないでほしいんだけどな……」
 文太もやせているが、さらにやせていてのっぽな男子学生が話し掛けてきた。彼の事は文太も知っている。名前を、藤島健二という。群を抜くほど優秀、というわけではないが、義理堅いやつで、文太は同い年の彼のその性格を尊敬していた。
「他に空いている人はいませんか……一人だけどいいか……どうも、失礼しました」
 四階の研究実験室に行くまでに、文太は藤島に博士が発見して、今実験していることを話した。人の身体に興味がある藤島も興味を持ち、文太の話に聞き入っていた。
「へえ……それは盲点だったな。臓器提供には限りがあるから、外科でも新しい技術でその臓器の役割を果たせるものができないかと、模索していた所なんだが……加納教授を見習ったほうがいいかもしれないな」
「何枚も重ねると言っていたから、結構目が疲れるハードな仕事になるかもしれないけど、よろしく頼むよ……」
 研究実験室の戸を静かに開ける。繊細な作業をしているかもしれないからだ。しかし、繊細な作業をしている博士の姿はなかった。だから普通なら「教授、連れてきました」というところだが、
「教授……」
としか声が出せなかった。教授自体がなかったからだ。
                                    
<3>

 この「加納教授失踪事件」は、瞬く間に大学構内に広まり、全国紙にも取り上げられる騒ぎになった。教授は、大胆な発想と実験で度々新聞やテレビに出ていたので、世間にも結構知られている人物であった。だから、これも何かの実験に違いない、と言い出す人が出てきてもおかしくなかった。
 大学もその点は調べ上げた。どこかに身を潜めて実験している、という内容のメモ書きがないか、失踪前に、周囲の人物に何か謎めいたことを言っていないか、など。しかし、教授の居所を断定する証拠は出て来ず、ついに警察に届けた、という経緯である。
 文太は失踪前に一番近くにいた人物として、さんざん尋問を受けた。文太は藤島に「あの教授の行動が把握できる人がいたら会ってみたい」と言っていたぐらいだから、そんなに心配していなかったようだ。
 しかし、一ヵ月半程して、警察も疲労がたまってきた頃、突然、教授が帰ってきた。大学に帰ってきたのではなく、日本から遠く離れたスペインの山岳地帯で。
 上空を偶然通りかかったヘリコプターによって発見されたのだが、発見があと三時間遅かったら命は無かったであろう、という大変危険な状態であったという。
 教授はそのまま大型の病院に搬送されたのだが、そこで容態が急変し、最後に「トーへツ……トーへツ……め……」という謎の言葉を残して息を引き取った。
 加納教授変死のニュースは、大学や世間に烈震を走らせた。全国紙の○□新聞は「生きたチータの解体で知られる恐れ知らずの男死す」と一面の左下を使って書きたてたし、ニュースでは最後の言葉の深読みに走ったりしていた。四角い眼鏡にごわごわした頭の評論家が「トーへ、というのは『泰平』と言いたかったのでしょう。ツ、は『舌打ち』だと考えると、この教授は争い事を好み、よく外国に出かけていたのは、戦争写真を取りまくっていたからに違いありません」等の訳の分からないことを言っていたりした。この評論家はその後のニュースも、なにかと戦争とくっつけて考えたがる性格を持っているようだった。
 文太も、教授が異国の地で死んだということについては、とても驚いた。それから、疑問が次々と生まれてきたのだった。
 実験室を出て行った後、じゃがいもの研究のために海外へ渡ったのだろうか。何かひらめいたのだろうか。急用があったのか。なぜスペインにいたのか。なぜ死んだのか。なぜ大学や世間の誰もが何があったのかを知らないのだろうか……。
 色々な思考が渦巻いては消え、また渦巻いて消え、また発生して消える……。そんな寡黙の日々が続いたある日のことだった。
 いつものように机に頬ずえをついて考え込んでいる文太に声がかかった。
「白川くん」
 文太がはっとして顔を上げると、そこには同級生の加藤英子の顔があった。短髪で、真っ黒な目が印象に残る女子学生だ。
「白川くん、加納教授のことが気にかかってるんでしょ?」
 英子は文太の心を見抜いたように、ずばり、と言った。
「……うん……まあ、そんな所……」
 英子の講師の心を見切ったようなピンポイント発言は、内科講座の中でも有名だった。もちろん、その事は文太も百も承知していたが、こうやってずばっと言われると、誰でもたじろぐ。
「今日、スペインの病院から連絡があったの。それで、教授の死因についてなんだけど……」
「何が原因か分かったの?」
「はっきりと分かった訳じゃないんだけど……。教授の司法解剖の結果が出たの。癌でもなければ、脳卒中でもなかったわ。でも、一箇所おかしい部分があったの」
 英子は一息置いてから、持ち前のピンポイント爆撃でこう言った。
「教授の心臓が……じゃがいもの皮に覆われていたの」
 文太の頭の中で、何かがピーンと弾けた気がした。

<4>

「何がどうしたんだ……さっぱり分からない」
 藤島は、開口一番にこう言った。
 L大学から10分ほど離れた所に、人気の無い、つるを巻いた植物が地面に寝転がっている空き地があった。午後四時半。そこに、文太、藤島、それに英子が集まった。教授変死の唯一の手がかり、とも言える「じゃがいもの心臓」を作ってみる事になったのである。まず藤島が言い出し、文太もそれに同調、さらに教授の死因に多大な興味を持っていた英子も加えて、三人であの日の状況を再現することになったのである。
 周りの余分な筋肉が全て取れた事を確認して、英子がうなずいた。
「じゃ、早速やってみましょ」
 文太が先陣を切ってじゃがいもの皮に針を通す。油汗につばを飲み込む音。あの時の状況と瓜二つだった。文太は、教授はこのとき何を思ったのか、その好奇心の塊と化していた。心臓は、藤島が実験で使わなくなったウサギの心臓を持ち出してきた。薄い筋肉の膜へ……ぷすっ。
 その後は順風満帆そのものだった。三枚縫い付けたら交代することに決め、順番に回していった。そんな物の、しかも皮を縫うのは、全くもっておかしいと、加納教授にも心で言っていた文太だったが、実際やってみると心がすっきりする感じがした。この心地よさにやられたんじゃないだろうか、とも思ったぐらいだ。
 藤島も英子も同じ気持ちを感じていたに違いない。二人も、口には微笑を浮かべながら、流れる汗も気にせず、黙々と、地道に、しかし確実に縫っていった。
 事件は、藤島が十五枚目を縫って英子に渡そうとしている時に起きた。
 藤島は、その前にも増して縫い付けることに熱中し、左の眉がもう片方と不釣り合いな程につり上がっていた。何も知らない人が見たら、何を悶え苦しんでいるのか、と心配することだろう。
 十五回目の玉留め。それを藤島が英子に渡す時に、突然心臓が、ゴゥン、ゴゥンと動き始めたのである。中からは鮮明な赤いものが、プシューッ、と飛び出してきた。
「うわっ!!」 「わわっ!!」と三人一斉に叫んだ。
 藤島は驚いて、心臓を取り落としそうになった。だが慌てて持ち直すと、地面にゆっくり、そっと置いた。
「これは血か……? これから何が起こるって言うんだ……」
 藤島が心臓を押さえながら言った。
「あの教授もこれには仰天しただろうな……」
 文太も、興奮さめやらぬ、という感じで英子に同意を求めた。
 しかし、英子だけは身震いをして、目がカッと見開いていた。
「何があったんだ……?」
 藤島が緊張に怯えながら、見開いた目の先を見た。
 文太もそれにならって、斜め後ろを向いた。
「あ……あれは……」
 そこには、穴があった。地面ではなく、空中に。その穴は、透明な糸に吊られているかのように、本当にもう、がばっという感じで開いていた。中は暗く、何がそこに存在るのかは分からない。
 三人とも開いた口がふさがらず、でくの棒になっていた。それから何秒何分たったのかは分からないが、多少は正気を取り戻した英子がそっと言った。
「……帰ろう」
 文太も藤島も、はっと意識を取り戻したように、きびすを返して立ち去ろうとした。
 その時、文太の頭上に何かが「ガツン!!」と降ってきた。
 何も防御していなかった文太は、一発で地面に突っ伏した。しかし、まだかすかに目を開けていられることができた。
 そこには、変に鼻の高く、耳の小さな無表情の男の顔が見えた。
「だ……だれだ……」
 もう一言文太は言いかけて、さらに一発また強い衝撃を喰らった。
 文太はそこで完全にノックアウトしてしまった。              

<5>

「う……うう……」 
 文太がやっと起き上がった時には、辺りは夕焼けに染まっていた。文太は広場のようなところに長座していた。足場の茶色の土と雑草が好き勝手に伸びている様子は、空き地と同じようなものだったが、文太にははっきりとここが何か違う場所だと感じられた。現に、今文太の目の前にそびえている大木なんて空き地には無かったし、なにしろこの広場は空き地の何十倍もありそうな程に、広い印象を受けた。
 文太は周りを見渡してみて、この辺りにいるのは一人だけ、という事に気が付くと少し怖くなった。そして、先ほどのことを思い出してみた。じゃがいもの心臓の赤い血、突然出現したブラックホール、振り向いたときの衝撃、無表情な男の顔……。
 全てが幻想世界のものと思えた。もしかしたら、あれは夢だったんじゃないかとも考えた。しかし、後頭部と額にはあの時の振動がまだ残っていたし、こんな、行った覚えがない場所で寝るのも不自然だ。じゃあ今まさに起こっている事とは、一体……?
 文太はとりあえず歩いてみることにした。恐怖で高鳴る心臓を押さえながら、適当な方向へ進んでいった。あっちの方向へ行ったら、誰かいるかもしれない。誰だっていいさ、誰かいるよ。そんな希望を、心の片隅において。
 それから何時間たったか分からないが、文太はまだ歩いていた。辺りはとっくに暗くなり、文太の希望にも陰りが出始めてきた時のことだ。
 文太の顔は、もう半分泣きべそを浮かべながら、よろよろと歩いていた。その中でも、文太の思考は少しずつ、余裕を取り戻していった。そういえば、藤島や英子はどうしたのだろう。男に殴られる前に、逃げたのだろうか。それとも、同じようにこの世界をさまよっているのだろうか。
 その時、微かに足音が聞こえた。
「藤島か!?」
 勢いよく音の聞こえたほうを振り向いた。その足音は、どんどん大きくなってきて、確実なものになってきた。
 孤独が怖かった文太だから、これにはガッツポーズをして喜んだ。涙が溢れてくる。待ちきれずに、足音のする方向へ走っていった。
 暗闇の中で、足音の主の姿が確立されつつあった。背が高く、痩せた外見。文太は、藤島だと確信し、涙声で叫んだ。
「藤島!! お前、今までどこにいたんだ!?」
 しかし、文太が対面した相手は、藤島とは別人の、男の顔があった。
 文太は、それには少しもがっかりせず、誰かに出会えた事にホッとしていた。
 文太は早速聞いてみる。
「すいません。ここは一体どこなんですか」
 返答を嬉々とした顔で待っている文太に、男が言葉を浴びせた言葉は、
「お前は白川文太、だな……やれ」
 突然、ガツーンと何かが頭上に降ってきた。ひたすら歩いて、体力が限界に近づいていた文太には、たまらなかった。地面に倒れ、何でこんな事になっているんだろう、と自問自答しているうちに、意識が遠のいた。                     

<6>

「白川くん?」
 どこかで文太を呼ぶ声がした。聞き覚えのある、女性の声だ。
 文太はがばっと起き上がる。合計三度も殴られた頭が痛む。
 文太は痛む後頭部を押さえながら、驚きの目で声の主を探した。
 まばらに生える雑草、湿った土の匂い、なだらかな平野、そう遠くない所にある黒い建物……。
 首を前に戻したときには、そこに英子の顔があった。
「うわわっ!!」
 文太、思わず叫ぶ。心臓がフル稼働しているのが分かる。
「いきなり何? 人の顔を見て、失礼ね」
「あ……ごめん」
 謝りながらも、文太はホッとしていた。良かった。知り合いに出会えた。もう緊張しなくていいよ、と脳が指示を出している。
「それにしても、ここは一体……」
「分からないわ。あたしも、さっき起き上がったばかりだから……」
 英子がうつむくと、ショート・ヘアが重力にひっぱられて、顔の前にさらり、と掛かった。
「歩こう」
 文太が、ぽつり、と言った。
「歩こう。……さっきから気になっている、あの黒い物の所まで。なあ、いいだろう」
 英子はその言葉に首を縦に振ると、すっと立ち上がった。顔の様子からは、特に何も考えていない様子がうかがえる。
 文太だって、何か考えがあったわけではない。ただ、あの黒い物が何かを知りたかっただけだ。 二人は並んで歩き出した。英子は、黒い建物を凝視している。その横顔は、本当に科学者の顔だな、と文太は思った。
 大学でしか会ったことのない英子だったが、横顔をよく見てみると、鼻がつんと高く、一重まぶた、かなり整った顔立ちをしていることを、文太は発見した。まじめ、正確すぎて、英子には堅苦しいイメージを持っていた文太だが、彼女って結構、かわいいかも? と、窮地で思い直す文太。
 そんな何とも言えない気持ち、空腹、のどの渇き、絶望、希望、好奇心などなど、さまざまな気持ちが一緒くたになって、文太の頭の中を駆け巡る。考えすぎて、頭痛がひどくなる。
「そういえば」
 英子が突拍子もなく言った。
「白川くんは、どうやってここに来たの?」
「あ……? ああ、まず、耳の小さな男に殴られたんだ」
「あ、それはあたしも同じ」
 すかさず、英子が合いの手を入れる。
「あ、じゃあ一緒に殴られたのか……そういえば、藤島はどうしたんだろ」
「さあ……白川くんと一緒にいなかった?」
「うん……あっ」
 しゃべっている間に、問題の黒い建物が、その形をはっきりとあらわしてきた。曇り空、草原の上に、ボンと置いてあるような、黒いレンガ造りのような建物だった。手前には直方体の、三階建てぐらいの建物があり、奥は手前の建物の五倍ぐらいある直方体の形で、頂上にはどす黒いドーム状のものが付いていた。
「……行ってみよう」
 文太は駆け出した。
「うん」
 呆然としていた英子も、後に続いた。
 
 全ては、この世界が何なのか、この世界に連れてきた者は何者なのか、藤島はどこに行ったのか、ここは一体どこなのか、教授は何をしたのか、知るため。知らなければいけない。知らなければ、何か悪いことが起こる気がする。駆け出した文太は、薄々と、しかしひしひしと、そう思い、感じたのであった。     
                                 
2005/06/25(Sat)12:49:38 公開 / ホッチキス
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■作者からのメッセージ
どうも。
六話目にして一章区切りがついた感じです。
これからも発展していくので、よろしくお願いします。
6/25 若干修正。
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